2022年11月05日

精神障害者とは何なのか (そもそも人間とは何なのかー知情意の問題)


精神障害者とは何なのか

(そもそも人間とは何なのかー知情意の問題)

精神障害者といっても千差万別なのかもしれない、直接接してみないとわからない
そもそも精神障害というとき何が精神障害なのかもわからない、例えばその人は100×100を計算できないという、では何もできないかというとそうでもない
知人の家で納屋にいろいろなものがありそこに米が入っていて取り出せなかった
自分も取りだせなかった、でもその人はとりだせたのである
するとそのことを見れば自分より優秀だとも見たのである

では何が精神障害なのか?

これがわからないのである、計算できないということは知的障害者なのか?
何か精神障害者とか発達障害とかは小学生くらいで発達が止まっているという
要するに子供だとしている、では子供と大人の相違は何なのか
例えば子供は親に世話されものだと思っている、何でも与えてくれるものだと思っているその障害者は何かそういうことがある、親がその人に対しては他に兄弟がいてもどれだけ尽くしたか理解していない、いつも心配していたのである
ても50歳になってもそのことがわかっていないから依然として子供なのかとも見る
だから母親が脳出血で倒れて介護状態になっても世話することができない
それだけの能力もないとなる、負担がかかるからできないとなる
でも軽いことならできるのである、父親の時でも何か足りないもなのを持っていたりしたからである
ただそれはあくまでも軽い作業であり負担にならないことである
だからとても自宅で介護するということは負担になってできないようにも見えた

ともかく人間は何かということが実はわからないのである、この人は人間ではない!
こういう時その人は非情な人であり残酷でありとても人間ではないとみる
でもその人は別に精神障害者にならない、かえって社会で重要な役割をもっていたり金持ちでもあったりする、社会的地位も高いということがある
何かわからないにしてもサイコパスとかもいる
非情でもそれが人間ではないなど言っても別にそういう人は普通に社会で暮らしているのである

その人が何が精神障害なのかよくわからない、ただ確かなことは50歳まで母親に世話になったか、その苦労を見たら母親に対して依然として小学生のようだというときただ世話になることしか頭にない、また介護でもできないとなるとそれが精神障害者であり普通の人間ではないとなるのか、それは言えるかもしれない、だから母親にしてみれば世話をしても何の報いもないとなる、でも何もできないことはない、病院に行って頼まれたことをしているのである、でも自宅で介護することは無理だと見たのであく

不思議なのはこの人は人間ではないというときもう残酷な非情な人をさしていう、そういう人は現実にいる、かえって戦争とかなるとそういう人の方が適任であり優れた人ともされるのである、人を殺すことが仕事にもなるからである
そこで相手をかわいそうだとか言っていたら戦争などできないからである
そこで非情な人間が英雄ともなる、プーチンとかでもそうなのかもしれない、ヒットラーでもそうだった、戦争ではジェノサイドとかありむしろ残酷なことが平然と行われるのである、そしたらその人たちは人間なのかともってしまうのである

例えば認知症とかでもそうである、これも精神障害だからである、ただ認知症で違っているのは病気になる前までは社会的地位もあり優秀な人でもなるのである
だからこれは何なのだろうと衝撃だったのである、もう人間でなくなったのかと疑った
でも物忘れとかは誰でもする、でも何かとわからないことがでてくる
計算もできない、漢字も読めない書けないとか銀行から金を下ろせないとかもある
知的障害がある、でもこれまた人間でなくなったのかとなるとわからない
なぜならこれまで生きた人生の中で培ったものがあり何もわからなくなったわけではないだから親切にすれば喜ぶし何か対話でもできる、人間としてわかることはある
良く世話してくれた人に感謝しているのである
そういう感情はありこれは生まれつき小学生から発達が止まった人とは違うのであく
またこれまで苦労して生きたというプライドもあるから違っている
だから馬鹿にすると怒るのである

それでこの人は人間ではないとして20人以上精神障害者を殺した原因は何だったのか
何か精神障害だったのかその辺がわからない、ただ小学生で発達が止まったというとき
いつもまでも母親は世話してくれる、では母親が病気になり世話する方になったときそれができないとなる、となると精神障害者は一人前の大人として扱えないとなる
50歳になっても子供だとなってしまう、でも何もできないことはない、でも普通の人ができることでも負担になるからできないとなる
だから親は一番世話した人に世話になれないとなり悲劇だとなる
何か親が世話される状態になったことを良く理解できていないからである

とにかくこの人は人間ではないというとき知的なことではなく、非情であり冷酷であり残酷な人を言っている、それは人間ではないというとき獣だともなる
ところが獣でも人間より優れていることがあるのだ、10年以上とか世話していた動物、ライオンでも虎でもその飼い主を忘れずに本当に再会を全身で喜んでいたのである
それは感動的である、猛獣でも恩とか忘れない、情は持っているとなる
でも人間は恩でも忘れるしあんなに体全体で世話になった人に喜びを表現することもないのである、恩を仇で返すこともある
すると人間とは何なのかとなる、動物より劣っているのかともなる
人間の知的能力は動物より格段に優れている、でも情的な面では恩を忘れるとか動物より劣っているともなるのである
精神障害者も千差万別であるが何か小学生で子供の状態のままで大人になっていないのかとなる、親にいつまでも甘えている、だから親が病気になり苦しんでいても軽いことはできても負担になることはできないとなる、世話する方になったことがわかっていないのである
だから精神障害者は親でも世話できなくなったらかなり厳しいことになる
親のように思う人も世話する人もいないからである、これは引きこもりとかでもそうである、介護のようになると厳しくなる、急激に関係が変わり世話する尽くす方になるからである、親はもう何もできない、ただ頼るだけの存在になってしまうからである

精神障害者の問題はいろいろある、そもそも精神障害者のことが理解できないのである
だからどう対処していいかもわからないのである

皿を1枚割っただけですぐ警察が入って逮捕する。一方で障害者が被害を受けた時は、殴られても被害者になれない。こういった障害者への不均等な差別は実際にあります。

精神障害者は罪を犯しても罪にならない、ということは罪の意識がないからだとなる
でも人間は罪を犯しても罪の意識などない人はなどいくらでもいる
刑務所に入って殺人を犯した人もそうだった、たまたま運が悪くて捕まっただけであると言っていた、つまり人を殺しても罪の意識がないのである
でもそもそもこうして罪の意識を持たない人は犯罪者でも相当いる
でも何も罪を具体的に犯していないのに罪の意識をもっている宗教家もいる
俺は悪人だとしているのである、だからそもそも罪の意識を持てる人は相当に優れた人だとなる

人間にはいろいろな面を持っている、例えば全然は何に興味を持たない人がいる
私の母親はただ働くばかりでそうだった、花などいらないとして庭に豆を植えろと言っていたのである、これも異常だったがびんぼうて苦労してきたからそうなっていたのであるまたそうした教育もされていないからそうなったのである
でも花を美しいと思わないとしたらその人は人間なのかとなる
でもそういう人は女性でも別にいる、その女性は花に興味がない、美人なのだけど花に興味もがない、性格的には陽気であり悪いことはない、でも花に興味がないのである
するとその女性は人間なのかとなる、美的なものに興味がない、美しいものを美しいものと見ないとなるからだ、それは動物なのかとなる
でもそういう人もいる、別に花に興味をもたない、美しいと見ない人は結構いるからだ
それぞれの趣味とか関心は違っているからである、でもそこに人間として大きく欠けたものがあるとなる

精神障害者でも画家がいたようにあることに能力がある人はいた、だから何か精神障害なのかわからない、むしろ最も残酷非情な人が英雄のようになる場合もある
政治家とかはそうなりやすい、プーチンとか習近平とか前はヒットラーなどがそうだったからである、政治の世界ではマキャベリズムになる、官前首相の愛読書がマキャベリの君主論であったとでもわかる、政治の世界は非情になりやすいことがあるからだ
だから精神障害者だけではない、普通に生きる人にも何かそれは人間ではない障害者なのかとなってしまうのである
ただ根本的に人間として生き物として情が通じないことが人間ではないとなっているのか?精神障害者と意思疎通できないというとき知的な面もあるが情的な面もある
認知症の場合は知的な面で通じなくなっているが別に情的な面では通じ合うことができるのである、親切にしてくれる人のことはわかるのである、またこれまでの人間関係がありそこで培ったものが継続するのである、つまり愛というものは通じるのである
ただ愛は動物にも通じるということである、植物にも通じるという人もいる
愛情をもって植物でも育てれば育つとなる、心が作用してそうなる
宗教だと知的なことより情的なもの愛情が大事だと説いたのである

だから人間ではないというとき情的な面から人間ではないとなる、でもそういう情がない人も実際この世に普通にいるのである、としたらどうなるのか、この世そのものが人間の住む所ではないとなってしまうのである、地獄とはそのことにもなる
確かに知的な面では人間は優れている、でも情的な面では愛情では動物より劣っているともなるからである、だから人間とは何なのかわからないのである
要するに知、情、意のバランスがとれた人間がいない、科学技術とか理系で機械とか物の分析している人は頭が冷たくなるという、それは人間相手ではとないからである
でも家畜でも動物を相手にしていると情が育まれるのである
そのために馬でも牛でも人間のように見て一つ屋根の下で暮らすと家族のようになっていたのである、今は動物と接する機会が少ない、でもペットを飼うのはやはり動物でも情が通じるからだとなる、現代文明社会といっても情の面ではかえって昔より後退しているのである、だから人間の進歩とは何かというのもわからないのである
人間が非情化する社会がいいものなのかとなるからである

2022年11月04日

冬に入る故郷(秋薔薇、時雨、短日、冬日没る、冬薊、冬籠り)

冬に入る故郷(秋薔薇、時雨、短日、冬日没る、冬薊、冬籠り)

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庭に石長くもあれや秋薔薇

頬濡らす一滴の時雨老い深む

短日や老人生きる日数かな

故郷の小径を行くや冬に入る

故郷の病院に入り冬日没る

この道に今年も咲きぬ冬薊

老一人木戸木に残り冬籠る


我が庭に一輪秋の薔薇咲きてしみじみと今日も一人見ゆかな

姉と母遺影に花を我が献げ訪ぬ人もなし冬に入るかな

知る人の病院に入り逢わざりき治れと祈り冬に入るかな

野は枯れて陽の没り早し夕雲に月の光りて老いし我かな

空家なる庭の紅葉の赤く映ゆ人住まずば誰に映ゆらむ


文化の日すぎて今日は明らかに冬だった、冬日が山脈に没するのが早かった
短日にもなった、一昨日なのか確かに時雨もあった、時雨というと山頭火である
後姿も時雨れてゆくか・・・となる

老人になると短日が似合っている、時間がすぐ過ぎてゆくからである、老人は冬に合っている、ただ今老人といっても70以上になる、60代は初老であっても老人とも言えなくなったのである、高齢化で老人という感覚が相当に変わったのである
長生きでないとき老人は何か貴重に見えたかもしれない、それは長生きする老人が少なかったから希少価値があった、それで姥捨て山伝説とかあるがこれでも本当のところはわからない、子捨てとか間引きとかは食い扶持を減らすために現実にあった
でも老人は長生きしないから江戸時代辺りだとあまり迷惑をかけずに早めに死んでいたともなる

知っている人は近くの病院に入院した、逢ってもいない、病院はウィルスが怖いのであるうようよしている場合がある、それで私自身が風ひいて40度の熱が出たのである
病院というときやはり地元の病院だと何か安らぐとなるかもしれない、近いと看病にも行きやすいとなる
ただ病院でも人による、医者でも看護師でも人がよければ場所は関係ないともなる
そもそも昔だったら村で病気になったりしたら薬師堂で祈るくらいしか方法がない

でもスリランカの村のように村人全員で祈っていたりしたかもしれない
高度な治療などできないから祈るほかなかったからである
でもそういうことでやはり精神的影響はある、そういう思いが伝わるからである
私が入院したときは相馬総合病院では看護師に虐待のようなことをされたからいいものではなかった
ただ今は看護師でも老人とか病人を嫌っている、それは数が多いからである
病院でも老人病院になっているからである、だから病院でも番号で呼ばれるとか無機質な空間なのである、そしてかえって病気を悪化した人がいたのであ
確かなことは老人の病気の対処は違ったものになる、老人医療を言う医者がいるがそうなく

私が毎日語りかけているのは姉と母の遺影である、私は姉と母のことを一番今でも大事にしている、それだけ良くされたのでそうなったのである
ただ本当に死者を愛すということはなかなか継続しにくい、全く返事がないからである
だから日々に去る者は疎しとなりやすいのである
ともかく今日は本当に冬になった、秋は終わった、ただ秋は短すぎた
紅葉はこれからであり晩秋が冬になった

奇妙なのは隣の空家に紅葉が赤く映える、でも見る人はいない
私がその紅葉を見て私に映えていることの不思議である
時々に庭に入っているからである、つまり空家の庭になったのだが半分自分の庭のようになっているのである
その家とは自分の家でいさかいがあった、でもその人達はみんな死んだのである
隣同士では何かもめることがある、でも今はみんなそうした人達も死んだのである
つくづく人間はこうして何か争うものであり醜いずるい人がいる
でもいづれはみんないなくなるのである、でも何か後味が悪いものを残すとなる
ただその家にもともと住んだ人はずっと前から住んでいない、別な所に住んでいたから
それも変わってしまったのである
そこに二十年以上住んでいた人は借りて住んでいたのである

飯館村の木戸木(ことぎ)に一人80以上の人が住んでいる、そのことを書いた
あそこに一人住んで冬ごもりとなるのかと思う、あそこは大倉でもあり意外と近いと思った、草野の方に行くと遠い感覚になる、もともと大倉は近かったのである
ただ坂があるので苦しいのである、車だったら近いとなる
自転車だとどうしても近くでも遠くなるのである
ただ一つの空間を共有する地域だと思った、川俣になると飯館村から十キロとなるから遠い、別な世界にもなる、飯館村まではもともと相馬藩内だから地理的にもそういう範囲にあった、でも葛尾村となると三春に近く遠く感じるのである




日本の貧困化格差社会化の危険 (世界でも信用できず信頼できず社会は分断される) (信用できず信頼できず社会は分断される)


日本の貧困化格差社会化の危険

世界でも信用できず信頼できず社会は分断される)


●階級社会の欧米

日本はあまりヨ−ロッパとかアメリカのように極端な格差社会、貴族社会とか階級社会はなかった、それは日本はもともと貧乏であり侍だからといって食べ物でもたいして庶民と変わりなかった、殿様くらいはいいものを食べていたとしても後はたいして変わりないのである
だから士農工商がそれは職業の分類であり階級の分類ではない
外国ではヨ−ロッパとかでその差が激しい、貴族の下で働く召使いたちは貴族の食べた余りものを食べてそれが庶民の料理として発展した
人間は食べ物に一番シビアなのである
そこに差が一番現れて貧乏を感じるのである、だから今私は果物が高くて買えないというときそうである、やはり貧困化して格差社会になると食べ物に影響する
それで栄養がとれないとかなる、それで病気になったのかもしれない

ヨ−ロッパとかに奴隷がいたのは民族と民族の争いが陸つづきでありまた多様な民族が混交しているから激しい争いがあり負けた民族が全部奴隷になることもある
それでスラブ民族はスレーブであり奴隷から来ているとなる
その民族の争そいが熾烈であり民族絶滅(ジェノサイド)も起きて来る
日本だと争ったとしてもそこまで熾烈にならない、歯止がある
それは同じ民族だということがある、日本は早い時期に一つの民族に島国の中で成った
からである
だから敵味方塚とかがある、ぼっしん戦争で東北で戦った九州とかの人でも戦死した人たちが手厚く葬られているのである、日本では戦争でも歯止がありジェノサイドにはならない、また奴隷化もしないのである

大陸だとその争いに容赦がない、異民族同士の争そいになり容赦がなくなる
そもそも階級社会はそこから生まれてきた、貴族がいて奴隷がいるというときその奴隷とは戦争で敗れた民族である、戦争に負けたら奴隷になるからだ
この奴隷にすることはアメリカに受け継がれて黒人は奴隷としてアフリカから連れてこられたのである
そしてなぜアメリカがまとまらないかというと人種差別があるのかとなると黒人はもともと奴隷とかありそういう歴史をひきづっているからである
それはヨ−ロッパの歴史から継続しているのである

ヨ−ロッパでも中国でも中東でも豪華な宮殿がある、中国でも始皇帝なら地下まで宮殿を作っていた、その富が支配者に集積されるのである、それが国が巨大だからそれだけの富みを持つことができる、今でも共産党の幹部が兆の金を持つとか妾を何十人持つとか継続されているのである、つまり支配者になると莫大な富が集中する
でもあれだけ中国が発展成長しても農民は依然として貧しいのである、とても14億の人間が豊になれないのである

●格差社会は国でも分断させる

どうして格差社会が問題になるのか、それは国がまとまらない、一体感を持てなくなる
そのことが具体的にわかるのは金持ちの家で働く召使とかに現れる
その生活の差が具体的に現れて感じるからである、それは食べ物に一番現れる
日本が貧困化するとき果物が高いから食べられないというときそうである
でも別にその人が働けば稼げればいいのだが高齢化して働けないということもある
そして必ず家に入って働く人は金持ちの家にきてその暮らしぶりを見てその格差を具体的に感じる、それは食べ物の差なのである、つまり貴族の余り物を食べるということに現れている、ただそれすらましな方だという時代でもあった
まともな食事にありつけない時代があったからである

そういう格差社会の何が問題かというと互いに信頼しあえない、共同できないことにもなる、それは金持ちにしても手伝ってもらうにしても必ず盗むことが起きる
とても信用できないのである、盗みはどこでも起きるが金持ちの家に働く人に起きやすいそれで雇う人を裸にして雇ったとかアメリカである、それだけ盗みが多いということである
つまりそうしたところで金持ちが働かせようとしても働く気になれない不満がある
すると盗んだ方がいいとなる、そういう格差があると互いに信用できないとなる
この信用があらゆるところで問題になる、別に手伝いさんでも十年とか働いていると
格差があるとしてもそれなりに納得して勤めるようになる、でも時間が必要になる
私もそれを実感した、別にその人は何もしないけどやはり最初は盗みがあった
でも五年間くらい家に来て互いに何か理解しあうものがありその人は盗むことはなくなった、つまり信用できる人となったのである
でもその期間は最低でも五年くらいかかるのである、人間が信用するということは最低でも五年くらいかかる、それでお手伝いさんを雇う時、ある家で十年勤めて問題なく信用されていれば信用できるとしているのもわかる
でも十年間の時間を見なければならないとなる

●どうして人間は信頼信用するのか

人間はそもそもこの信用が人間関係で一番問題なのである
第一初対面の人をまず信用できないだろう、それでこれまでは農家だったら三代同じ場所で働いていないと信用できないとなっていた、農家として認められないとかあった
つまりそれだけもう三代でも同じ地域で共に働くということで信頼を培ったのである
だから昔の農家とかなると簡単に新入りは仲間になれないとなる
それは時代遅れとなっている、だから農業はかえって会社組織にしてそこで信頼してやると楽だとなる、昔の村社会のような所で農家になることはむずかしいとなる
ただここで言えるのはいかに人が信頼して信用して共同することがむずかしいかということである
それには時間がかかる、昔なら三代同じ地域に生きて信頼ができるとなっていた
江戸時代はこうして村社会を基本としていたから強固な信頼関係があり共に生活していたとなる、江戸時代は農民社会であり変化があまりないからできたとなる

ともかく人間がどうして信用しあうか、信頼しあうかが大きな問題である
それが格差社会とか広域社会とかグロ−バル社会になると村社会とかとはまるで違った世界に生きるようになった、その時どうして信頼し合うのかとなる
だから契約が生まれたのは大陸だと異民族同士が信頼しあうことは非常にむずかしい
それで契約をしてその損失をまねがれるために細かいところまで契約書に書いて保証したとなる、それは遊牧民社会から生まれた、遊牧民は移動するから商業民にもなるからである、するとどうして信頼するかとなると商売してどうして損しないようにするかとなり契約したとなる、ただその契約でも破られることがある、それを守るのは軍事力だとなる
今なら警察力だとなる、強制する力がないと守れないとなるからだ
つまり商業でもどうしたら信用しあえるのかということがまずある
だからこの信用というのはどこでも問題になるのである

そして格差社会が悪いのは上と下で格差が激しいと金持ちの家に来て働く人が盗むように信頼し合えないのである、それを国単位になると国自体がまとまらない、離反して暮らすようになる、金持ちは盗まれるからと鉄条網を作り家を囲む、また外国の金持ちは私兵を雇うともなる、財産を守るためにそうなる
そうなると国自体がまとまらない、共同できなくなる、それがアメリカでも起きている
極端な格差社会であり数パーセントの人達がアメリカの富の半分をもっているとかなっているからである
そういう国はもう国自体がまとまらない、そこで対立も激しくなり内戦状態になっているというのもわかる、そこに格差社会の恐ろしさがある
金持でも安閑としていられないのである、絶えず盗まれるとか襲われるとか恐怖の中で生きていかねばならないのである、それが格差社会の問題であり世界的にもグロ−バル化するとアメリカのほんの一部の人達に世界の富が収奪される、金融とかでももうける人達がそうである、それは公平な市場ではない、操作された市場である
そこに信じられない格差が生まれている、そういうシステムが資本主義でもやはり破綻してゆくだろう、それは金持ちの家で働いて具体的に感じることができないから維持できるのかもしれない、外国のこととなると見えないしわかりにくいからである
でもこうした極端な格差社会はやがて信頼しえない信用しえないとなり破綻する
公平な富の分配がなく搾取されだけだとなるからである

つまり格差社会は互いに信頼信用しえない

このことが致命的になり破綻する、それは金持ちの家で働く人が常に盗むということでもわかる、食べ物でも差がありそこで互いに信用できないのである
つまりその格差でも大きくなければいいが大きくなると社会自体が分裂する
そういうことが世界で起きて来る、アメリカが内戦状態だというときそれが原因にもなっている,ヒスパニックなど移民が増えてその人達は英語もしりべられないとかなり意思疎通が難しくなっているからである、そして貧富の差も大きいからである
とにかく人間が互いにどうしたら信頼して信用するかが大きな問題なのである
広域化グロ−バル化するとそのどうして信用するのかとなる
村社会とはまるで違った社会になっているからである
大勢の見知らぬ人達が交わる社会でどうして信用する信頼することができるのかとなる
グロ−バル社会ではそれができないから破綻するとなる
株でも誰かがうまいこと操作して楽して大儲けしているとかなる
つまり株でも実際は信頼していない、それは八百長の博打と同じのようにも見ているのである、公平だと見ていない、だからもう株など信用できないともなる
そうして資本主義でも社会主義でも国自体が破綻してゆく、それが格差社会の深刻な問題なのである
posted by 天華 at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

財布を入れたジャンパーがなくなった謎 (盗難とは思えない?カードは銀行で止めた)


財布を入れたジャンパーがなくなった謎

(盗難とは思えない?カードは銀行で止めた)

ジャンパーを探したらいつものあるところにない、財布を入れていたのとそこにカードを入れていた、金はそれほど入っていない、これは盗まれたとは思えない
また忘れたとも思えない、なぜならジャンパーだったらどこかに忘れるとかないからである
そして毎日買い物に行ってそのジャンバーの置いた場所が決まっていた
だからどうしても盗まれたとか思えない
でもいくら探してもないのである、でも何か小さなものだったらひょいと後から出て来るこれは大きなものだしなくしにくいものである
いつも同じ場所にぬいで置いていたからである
ただ盗まれたものでなくても一瞬盗まれたと思い込むことがある
でもこれはどうしてなくなったのか見つからないのかわからない
ただその額は小さいからたいしたことがない、カードは銀行に連絡してとめてもらえばいいからである

何か自分は災難つづきであり終わっていない、震災津浪がありそれから泥棒も入って来たし大金も近くの人に盗まれたとかある
でも今回は被害はたいしたことかないからとても盗まれたと思えないのである
でもどうしてもジャンパーだけがなくなっている、そこに財布が入っていたということがあり不可解だとなる
盗まれたとしたら近くの人かもしれない、なぜならジャンパーから財布を取りだして買い物していたからである、それを見ていた人かもしれない
ただそれもわからない、後は荒らされたものはないからだ
前は金庫を開けられた、でも中には金は入っていなかったし家には金を置いていない

ともかくどうしてこうして災難がつづくなのか?

私自身に関してもまた自然災害でも起きる、今年起きた地震の片付けもしていない
また地震で被害が大きかったところは家そのものを壊したりしていた
家の屋根などをまだ直している人がいる
そして今年は円安になり物価高になりウクライナ戦争になりと災いの歳だった
寅年はやはり大きな災いの歳だったとなる

ただ確かなことは経済的に困窮してくると犯罪が増える、だからいろいろなことがあり
追い詰められた人達の犯罪が増えることはありうる
すでにそういう傾向が出てきているのかもしれない、別に田舎でも今は都会と変わりないのである、隣が何をしているかわからないとかある
田舎の人が素朴だとかない、むしろ今は田舎の人の方の何か非情だともなる
つまりどこでも今も金だけの世界であり金に困窮すれば犯罪が増える
だから今の日本は危険になってゆく

ただ正直どうしてもそのジャンパーが盗まれたとは思えない、でもそんなもの盗んでもしょうがいなとなる、財布が入っていたから盗んだのか、でも中味はカードくらいだったのである、それにしてもわからないのはジャンパーがなくなることはありえないとなる
その前の日に買い物に行って帰りいつもの場所に置いたからである
どこかにまぎれることもないともみる、置く場所を決めていたしそれは目立つ場所だったからである

しかしこれは謎であり本当のところはわからない
でも田舎でも都会と同じようになっているし金だけの世界となると金がねらわれやすいとなる、少額の金でも殺された人がいるからだ
つまり田舎でも今や安心できない、そして格差社会というのは危険なのである
人間余裕がなければ他者を省みたりすることはできない
つまり経済的困窮から犯罪が増えるのである
でもとても盗まれたとは思えないのである、だからこれは不明のままに終わる
たいして被害もないからである

ただなぜこうして一身上でも災いが起きて来るのか?

これがわからないのである、災いが多すぎるのである、今回は別にたいした被害ではないからいい、でも不安になる
確かなことは日本全体でも田舎であれこうして何か災いが増えてくる
日本全体が貧困化して盗難でも増えてくる、そして来年に関してもいいことを言う人はいないのである
今年も二カ月で終わりだが今年も災いの歳だった、そして来年にも期待できないのである
それは日本全体でそうだから都会でも田舎でも変わりないのである

とにかく現代は信用するというとき対面的ではない、システムとかを信用するとなる
グロ−バル化すれば外国からも買い物するから村社会のように対面的にはならない
するとそこにいろいろな問題が生まれてくる
何を信用するかとなる、カードは支払われないようにした
でもまた他に手続きがありめんどうになる、今の社会はネット社会になると手続きとかでもめんどうなのである、デジタル社会というのは何かめんどうなのである
老人にとっては特にそうである、デジタル社会の一番の問題は信用なのかもしれない
どうして逢ったこともない人を信用するのかとなる
そもそもグロ−バル化社会というのは何に基づいて信用するのかとなる
だからこそ株でも何でも何かそこで知らないうちに騙されていることがある
簡単に数字を変えたりすればわからないから巨額の金がいつのまにか銀行とかでも不正に引き出されたとか常にある、それはわかりにくいからである


今回のことは不可解である、でもカードを使われるとまずいから銀行に連絡して止めた
だから被害はない、でも後の手続きがめんどうなのである
デジタル社会というのは何か現実感がない、仮想空間のようになっている
そこで問題になるのが信用なのである
近くのスーパーでカードを無くした、一万ほど入っていたがカードが見つからず損したとなる、それは他人が使っても止めることができないからである
だからカードを使って一年に何千円かもらったとしても損だとなる
保険もないから損だとなる、それは結局安全の問題なのである
安全と信用が確保しにくいのである、そしてデジタル社会は操作されてだまされやすいことがある、それがわかりにくいからである
ただ今回のことは何かわからないから盗難だったと決めつけられない
二回の盗難ははっきりわかったが今回は実際は不明である

ネット社会だと相手を信用するのだろうか?そのことでネットでやりとりしてだまされたとか犯罪でも起きる、それは相手のことがわからないからである
でも田舎だからといって今や本当に隣でも何をしているかわからない
みんな村社会のようにつながりがわるわけでもない、匿名的社会にもなる
孤独死になるのも田舎であった、だから田舎で都会化しているのである
不特定のものが交わる社会でありそこに問題が起きて来る
でもそれが社会になっているのだから適応するしかないとなる
ネットで何か対話するにしても相手のことがわからないし対面もしていないからまず相手を信用できないことがある、何を求めているのかもわからない、それでプログでも今は対話していない、何かただケチをつけて面白がるとかありいちいち対応できないのである
ただ相手を貶めようとか真面目に話し合いできない、それはネット空間だとどんな人がいるかわからないし責任もないからである

それでも対話しているのはニュース記事とか読んで対話している、他のプログでも関連したものを探して対話している、そこではやはりその人なり意見がそれなりの文で出しているから対話できなるとなる、一行二行とかで対話しにくいのである
そこでは深い対話はできないのである
でもネットだからといって全部信用できないことはないし外部から来る人でも信用できないとはならない
むしろ内部の人達が信用できないこともある、そこで実際に犯罪があるからだ
仙台市から来た創優建というリホーム会社は百万でユニットバスを作ったがいいものだった、別にここに不正はなかった
安くていいものだったからである、だから人間が内部外部にかかちわず信用できるかできないかわからないのである

ただ広く人が交わる社会だから信用が問題になることは確かである、でもそれは別に内部でも田舎だからと今は信用ならない
江戸時代の村社会とは違うからである、江戸時代だと隣の村から来た人さえ信用しない、麦つきに若い人が蛇だったという伝説が残っているのもそのためである、それだけ隣の村の人とも交わらないからそうなった
でも今はその何千倍とか何万倍とか何億なのかグロ−バル化して人と交わる社会なのである
そうなると何を信用するのかということが問題になるのである、契約ということは見知らぬ人がするものであり村社会では日本でしていなかった、それは安全を計るものでありだから細かく損失があったとき賠償させるようにしたのである
そうしないと見知らぬ人を信用して取引できないからだからでア

今年も災難の年だった、もう災難はいつまでつづくのだろうか?

来年もいい年は期待できない、何か鬱になってくる、つくづくなぜこんなに災いが起きて来るのか、それがわからない、ただもともとこの世は火宅の世であり災いの世であり変わりなかったのである、人生70年とかあれば必ずこうして大災害でも小災害でも災難が必ずある、これを逃れることがてきなのが人間社会なのである

カードで一番怖かったのはレンタルサーバーの支払いができず消されるところだった
入院していて手続きをしていなかったからだ
電話が通じて助かった、余裕は一日もなかったからだ、危機一髪だった
もし電話が通じなかったら消されていた、その日は日曜日でも通じた、今はさくらでは電話予約であり一週間待たないとできない、チャットはしているがめんどうである
デジタル社会は何かこうして手続きとかめんどうであり何か不具合でも一瞬にして記録したものが消えることがある、それが一番怖いのである
ただ今回のことは謎である、でも小さいものだったら後で出て来ることがあるが今回はないとみる、ただ私はどうしても何かと不注意であるからわからない、何度も失敗しているからである




2022年11月02日

愛は死んでも消えない (家には愛が残り通っている−心は見えないが通い合う)


愛は死んでも消えない

 (家には愛が残り通っている−心は見えないが通い合う)

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遺影にそ花を献げて姉と母なお家にそ生きつづけなむ

地震にも落ちずにあれや達磨かな姉なお家を支えてそあれ

愛はなお我が家に通い姉と母我を見守り心安らぐ


不思議なのは今年の地震でダルマが落ちなかったことである
あれだけの揺れだから落ちてもいいが落ちなかった
姉はダルマと似ているところがあった、それで家を守ったのかと見た
父親が死んでから姉がこの家を支えたともなるからだ



 
人間には謎が多い、科学的に解明できないことがある、愛というのでも何が愛なのか良くわからないのである、母の愛もあるし父の愛もあるし兄弟愛もある
また祖父母の愛もある、これらはそれぞれ違ったものなのである
家族でもそれぞれ違ったものでありなかなか理解しにくい、でも母の愛といっても必ずしもその愛が良く働くとは限らない、何か母に反発する人が多いのは母のエゴの愛だからだろう、純粋に子供を思う愛ではない、母のエゴの愛がありそれで反発する
何か条件付きの母のために子供を利用する愛ともなる
そこに母のエゴがあり肯定できないものがあり反発して母を良く思わない人も多いのである、なぜ祖母がばあちゃんがいいかというと孫にはいろいろなことを要求しないからである、ただかわいいとなりかわいがるというだけだからである
母の場合はいろいろ子供に要求することが多いから反発される

人間は常に愛が大事だと言われるけど母と子供でも本当の愛がないのである
また兄弟が多いとどうしてもみんな平等に愛せない、かたよるのである
だから介護になったとき一番良くされた者が介護しろとなるのである
兄弟を平等に愛さなかったからそうなる、それもむずかしいからである
だから必ずしも親を子が良く思わないことがある、ただいろいろ家族のことはあり外からわかりにくいのである

ただ愛の不思議はそれが意外死んでからわかることがある
私の家族はすでにみんな死んだ、姉の場合は十年も過ぎた、だから人間は日々去る者は疎しとなり忘れられてゆく、でも人間は肉体は消えても愛は消えない
これは合理的には説明できない、人間には何か目に見えないものが働く
愛といっても目に見えないものだからである
では目に見えてないから何もないのかとなると違っている
私は家族が死んでも依然として家にいると感じることがある

何か今姉の寝ていた部屋に寝ている、するとぽかぽかとそこに愛のぬくもりを感じた
姉は特に自分に良くしたからである、それは自分に全く要求するものがなかった
肯定することしかなかったのである、だからいつも肯定することしかなくとがめることもなかった、それはまた特殊な家族環境でそうなった
でも本当の愛は相手に何かと要求したりしないのである、ただ肯定することなのである
こうして肯定されず愛されない人は心も歪んでくるのである
実の母親でもどうしても子供に要求することがありまたあからさまに否定されることもありそれで歪められる
8人兄弟とかで父親は何か言うと怒り黙っていろとかなり反抗的態度をとると殴られたという、それが明治から戦前の戦後十数年の父親像だった

だからその女性は常に厳しく育てた方がいいと言っていた、学校では体罰でもあった方がいい、厳しく育てた方がいいと言っていた
でも結果的にはそうして育てられた子は親を良く思っていないのである
それで学校で体罰を受けた人は今でも近くの先生を恨んでいたのである、その人は死んだにしろそういうことがある、でもそういう時代だったのである
子供は厳しく育ててしつけた方がいいとなっていたのである
兄弟が8人とか11人いたとかなるとどうしてもそうなる
でもそこに問題があった、そこには本当の愛がなかったともなる
だからこそ大人になっても親を良く思っていないのである

そしてこうしたことは長く尾を引くのである、一方で本当に愛された人はその親でも兄弟でも死んだ後まで親のことを想っている、そのことを自分はわからなかった
それは親が死んでからわかったことである
複雑でも二人の親がいて特に姉は私を良くしたから親でもあったからその愛が不思議に家に通っている、それは姉の寝ていた部屋で自分が今寝ているかそこに愛を感じた
愛につつまれていることを感じた不思議がある
ぽかぽかと愛につつまれた感じになった、ただ死んでから十年も過ぎたのだから忘れるがそうではなく愛はやはり消えずに通っていたのである
だから家は単なる箱ものではなく精神的なものとしてもある、つまり愛が通い合う場所なのである、それで家にいると安らぐのである

その人は病院に半年くらい入院していたがかえって悪くなった、でも家に帰ったら回復した、その人は死んだ妻のことを死んでからも思っていたのである
余程妻を愛していたのかもしれない、それで親しい女性が手伝いに行っていたがその女性は死んだ妻のことを良く思っていなかった、妬んでいたともなる
死者を妬んでもしょうがいないが死んだ妻のことをそれだけ思って愛していたからそうなったともみる
人間は死んでも肉体は消失してもすべてが消えるわけではない
やはり愛が消えずに残っているのである

自分の場あいは特にそうだった、生まれた時から60年間一緒に生活していた
そのことの影響も大きかった、もし結婚したりして別々に暮らしていたらそうはならなかった、だから外孫には愛情が通わないということは離れるとそうなってしまうのが人間だからである、そもそも人間は一緒に暮らさないと愛を持てないからである
それで例え憎しみ合っても一緒に暮らしていると実際は愛していたともなる
いくら争っていても60年とか一緒に暮らしていると実は愛していたともなるのである

ともかく家に自分はこだわっている、家を否定する人もいるが何か家とか家族は人間の根源的な場所だからどうしてもこだわる、家にはやはり愛がある愛が通っているということで違っている、他の場所では愛は感じない、建物にしても愛は感じない
病院でも公共的な場所でも愛を感じない、家では例え家族が死んでも愛が通い合っているだからそれは説明できない不思議なものなのである

愛は人の肉体は消えても残っている

愛は消えないということなのである、目に見えないけど愛は残っている、家には残っているとなる
ただその愛にしても私の家族でも他者には冷たかったしまた兄には事情があり冷たかったこれも兄弟がみんな愛されるとはないと同じであり差別があった
それが心の痛みとして残ったのである

愛とういとき目に見えないが常に働いている、だから愛がない人がそばにいることはその影響が大きいのである、なぜなら私が病気になって手術したときその女性はそこにいることすら嫌がっていた、つまり愛が全くないからそうなっていた
それも怖いことである、何もしなくてただいることで見守ることでも愛がないということは恐ろしいことなのである、ただ病院では体は診ているが愛をもって接する医者か看護師は家族でないからできないとしているのもわかる
愛といってもそれが何か大きな負担になることをするということではない、ただ見守ることすらできないのである
また荷物の箱一つを持つのも嫌がっていたのである

要するになにもしたくなかった⇒金だけが欲しかった

私の来た人達そういう何ら愛をもたない人だったのである、それも余りにも恵まれた自分だからこそ起きたカルマだったともなる
ただ確かなことは愛は死んでも肉体が消失しても残り続ける、これは重要なことではないか?
なぜなら肉体が消えて灰になって見えなくなったら何もなくなるのかとなるとならないとなるからだ
人間は死んでその人の肉体は消える、でも愛は残りつづける、これは救いでもある
人間死んだら何もなくなる終わりだよとはならないということである
死者はせ依然として生者の中に愛があれば生き続けるのである
だから愛が一番大事なものとしてシャカでもキリストでも説いたのである
ただその愛とか慈悲は家族の愛というものでもない、高度な愛である
そうでなくても愛が大事だというときそれは肉体を越えて働くものだからである

人間は死ねばすべて終わりだと思っている、確かに肉体は消えるのだからその人は完全に消失してないとなる、でも愛が消えずに残っている
このことは重大なのことである、人間など死ねば終わりだと思っている
肉体は灰となり塵となり消える、要するに何も残らないと思っている
それで絶望して虚無的になる、でも愛は消えない残るとしたらそこに希望がある
この世にいくら宝を積んでも無駄というのも確かである
でも愛は消えないとすれば人間の最大の宝は愛だともなる

その他のものは消えてしまうからである、そもそも肉体自体消えてしまうからである
でも死んでも愛が消えずに通っているとなればその愛こそ最も大事なものだとなる
それは生きている時はわからない、でも死んでも肉体は消えても愛は消えずに残りその人が生きているとも感じるのである
これは理屈ではないから説明しようがないということである
ただそういうことを感じている人も多いことは確かだからやはり人間は眼に見えるものだけを価値あるものとすることはできない、天に宝を積めということは目に見える物ではない、愛とかを持てということにもなる
そうすれば愛は消えずに残り活きつづけるとなるからである
ただ愛というとき血のつながった親子すら愛がもてない、なにやかやと要求する愛なのである、愛は無条件に肯定することであり何やかにやと要求するものではないからである
私の場合は60歳までそうされてきたのである、これは例外的なことでもあった
だからこそ愛というのはなかなかありえないとなる、何か常に要求する愛はある
でも純粋な何も要求しない相手を肯定する愛というのはなかなか持ちえないのである

ただこの世の生ははかない、もうあっという間に人生は終わるとなる、そういうとき何か永続的なものなのか、それを見る必要がある、その重要なものが愛だとなる
肉体は消失しても愛が消えず残るというときそれを重要なものとして価値として生きればはかない人生も死後でも活き続けることができるとなる
でもこの世では欲がありエゴがあり様々なものに魅惑されて肝心なものが見失うのである愛より金だとなるのが普通である、他人ならそうだし家族でも本当の愛を持つ人は親でもなかなけかないとなる、自分の場合、特殊な家族のためにそうなったのである
愛というとき何か人に特別尽くすということでもない、ただ病人を見守るというだけでもそこに愛がないと怖いことになる、それを自分は病気になって経験したからである
愛がなければただ座っていて見守ることすらできないのである
その心が病人に通じて来るからである、すると病気でも悪化することになる
だから何か愛というとき苦しいことをするということではないのである
心の中で愛を持つことでありただそれだけのことでも人間はできないのである




2022年11月01日

時間はもともと存在しない (変化によって時間を意識する―時間の見方の多様性)


時間はもともと存在しない

(変化によって時間を意識する―時間の見方の多様性)


時間がなぜ謎でありわかりにくいのか、だからそもそも時間はないという人もいる
私も時間はないと思う、時間ではなくて変化があるだけである
だからこそこの世は無常ということになる、常無きものとは常にこの世が変化するからそうなる
人間関係でも今日いた人が明日は死んでいないとなる、60年も一緒にいた家族ですらみんな死んでいなくなったとかなる

この世で同じ状態がつづくことはない
鳥海山が噴火してそこに埋もれた木があり埋もれ木が発見されて噴火が起きた年代がわかったという、それは2000年前とかなる
その埋もれ木の年輪を見てわかったのである
木は成長しているから年輪も増えてくる、つまり成長することは変化なのである
もし木でももし変化しなかったら成長しなかったら時間がないとなる

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
苔のむすまで

君が代でもさざれ石が小さな石が成長して大きな岩となり苔むしてゆく、それは変化なのである、その変化によって時間を意識するのである
だから木でも成長しない、変化しなければ時間を感じないのである
石とかも苔むすこともなく変化しなければそこに万年あっても時間は意識できないのである

今年この辺で大きな地震があった、これは怖かった、それで私の家は今だにかたづけていないのである、他の家でも依然として修理つづけている
その大地震で大きな石が転げ落ちて来た、それは二三個見ている、結構大きな石である
その変化も大きいものだった、そこに石がないのに石があるようになったのも変化であるでも時間がたてば百年でも過ぎればその石が崖から落ちた石だということもわからないとしたらその石はいつもそこにあり地震で落ちてきた石だと認識できない

それで令和石とか名付ければ令和の年に落ちたものだとなる、でもさらに令和4年石となづければその年に地震で落ちた石として認識できる
でもそれを知らなければ時間というのは意識できないのである
つまり時間とは変化することによって意識する、太陽が朝昇り夕方に沈む
これも変化でありその変化で時間を意識しているのである
もし太陽が一点にとどまっていたら時間を意識できないのである

空間は常に認識する、でも時間は変化しないかぎり認識できないのである
ただA地点からB地点に移動するとき時間がかかるというときそれは変化ではない、空間の移動による変化であり時間とは違う、そもそも空間でも時間を感じるのは変化することで意識する
エベレストの山の上にアンモナイ化石がある、なぜそこにあるのだとなるともともと海だったからだとなる、その変化のスケールが大きすぎるから時間も億年単位になる
時間とはこうして短いものでも人間の一生でも変化して意識する
子供が成長して大きくなるのもそうだし老人になり白髪になるのも変化である
人間も40才になると白髪がでてきて歳だなと意識するからである
いつまでも若いとはならない、女性でも劣化してゆくからである

そもそも時間とは物事の様々な変化のことであり時間そのものはない、なぜなら変化しなければ時間が意識できない、ここに何もなかったが地震で石が転がり落ちてきた
ここに石があったがなくなったとかなれば時間を意識するのである
それは変化したから意識できる、だから変化しなければ時間を意識できないのである
それで天国では神の国では人はみな若くて年取らないというとき変化しないから時間もなくなるとなる、時間を感じるのは変化することによって感じるからである
共にいた人が死んだ時永遠に逢わないとなるのも変化である
つまり時間とは変化によって意識する、それで仏教でそのことを無常としたのである
常にこの世は変化するからである、今日逢っても明日はなく永遠に逢わないとなる
それが老人になれば実感する、あの時逢った人とも永遠に逢わないとなるからである

2022年の福島県沖地震(ふくしまけんおきじしん)は、2022年3月16日23時36分に、福島県沖で発生したマグニチュード(Mj)7.4の地震である。宮城県と福島県で震度6強の揺れを観測した

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この石はその時落ちた石である、だから令和4年石ともなる
手も時間が過ぎるといつ落ちたものかわからなくなる
自然でも変化するからその変化することで時間が生まれる、時間を認識する
もし石でも動かないとしたら時間を認識できないのである
でももう千年とか万年億年でも動かない岩でも石でもある
そこには時間を感じない、でも風化して岩でも石でも変化するからそこに時間を感じる
つまり全く変化しなければ時間は感じないのである

江戸時代の年号を見ているけど元禄とあれば相当に古いかこの辺では貴重である
でも幕末のころになるとその時代順序がわからなくなる、年号でも順序を逆にして見る
そしてその時代がどういうものだったかもわからなくなる
江戸時代は変化が少ないからその時代がどういうものかわからない
ただ天明とかあると飢饉の歳だったとか記録されているのである
でも明治以降は順序を間違えない、明治時代があり大正時代があり戦前の昭和時代がある戦後の昭和時代がある、次に平成があり令和になった
でも戦後でも平成の30年間とかはあまり変化がないから時代を意識しにくい
つまり時代を意識するのはその時代に何か大きな出来事が変化があるときである
日本だったらまず明治維新とかは時代の大きな区切りだから必ず意識する
でも明治後半と大正時代は意識しにくい、昭和でも戦争前と戦争後に時代は大きく変わったら戦争前と戦争後として区別する、つまり何か大きな出来事変化があったとき時代を認識する、時間を認識するのである
自然の変化でも津浪は巨大な変化をもたらしたから時代の区切りになるのである
江戸時代は余りそうした大きな区切りがないから時間を意識しにくいのである

ともかく自然も万年とか億単位なると変化する、陸だった所が海になったり海だったところが干拓して陸になったりする、人工的変化もあるが自然の大きな作用の変化もある
それで驚いたのは津波だったのである、津波が八沢浦だったら本当に江戸時代の入江に戻ったことほど驚いたことはない、美しい入江が再現したのである
そこで死んだ人もいたが元の入江にもどったことは信じられないことだった
時間はそもそもないというとき自然にも時間はない、ただ変化のみがある
その変化によって時間を意識するのである
鳥海山の噴火はその時埋もれた木の年輪からわかった、それも2000年前とか古いものだった、年輪を刻んだ木は時間を記録していたのである

時間があるのではなく変化することがありそれが時間として意識される
全く変わらないとしら時間を意識できないのである
宇宙の中に惑星があるとしてその惑星に行って時間を感じるにはどうしたらいいのか?
それもやはり地球が変化するように変化することを見ると時間を意識する
もしその変化がわからないと時間を意識できないのである
同じままで変化しないとしたらどうして時間を認識できるのかとなるからである
鉄の玉があるとしてそれが変化しなければ時間を感じない、鉄の玉でも錆びたり摩耗したりしていれば時間を感じるのである
でも風もない雨も降らないとか変化しない惑星だったら時間を認識できないのである

2022年10月31日

専門家でなくても病気でも知識を持つことは可能 (オンライン診療は普及させるべき―田舎では特に必要)


専門家でなくても病気でも知識を持つことは可能

(オンライン診療は普及させるべき―田舎では特に必要)



公立・公的病院の経営は厳しく、そのうちの約60%が赤字です。ここでいう公立病院とは自治体が母体となる病院であり、公的病院とは公的機関(例えば、日本赤十字社)が母体となる病院です。

現状では、高度急性期と急性期病床が約70%と過剰です。今後、住民の高齢化に伴って必要数が増える回復期、慢性期病床への転換が遅れています。高齢者が望んでいるリハビリテーション向けの病床は、約20.4万床不足しています。これは、高度急性期、急性期のほうが診療報酬が高く、公立・公的病院の経営上の問題もあるからで、それが回復期、慢性期への転換を難しくしています。

公立・公的病院の問題点は、財政難(資金的困難)と医師不足(人的困難)です。この2つが相まって公立・公的病院では次のような負の連鎖が生じています。

オンライン診療

国の規制改革推進会議がまとめた報告書では、オンライン診療の普及・拡大に向けて、対面より低い診療報酬の見直しや、診療上の優位性を厚生労働省の指針に明記するように求めました。

一方で日本医師会は、顔色や匂いを含め、対面診療でなければ得られない情報があると主張するなど、オンライン診療の拡大に慎重で、医療のオンライン化を巡る応酬が続いています。

日本医師会は、オンラインでは十分な診療が行えず、正しい判断ができないと主張していますが、米国や中国ではすでに実現しています。特に中国では、携帯電話やスマートフォンで医師に24時間アクセスでき、緊急事態なら専門家を紹介するという優れた仕組みが機能しています。これは、忙しい人や遠方から通院している人に有用です




なぜ脳卒中の前兆がでていたのに医者で見抜けなかったのか、わからなかったのか?
このことで医療のことを考えた
その原因はわからないにしろ片方の手がしびれるとか物を持てないとかの症状がでていたそれから片方の目が悪いと仙台市の眼科にも行った、めまいがするとも言っていた
実際私の家の前で自転車で転んだ、いつも疲れるとも言っていた
これらは明らかに脳卒中の症状が出ていたのである
それで遠くの病院にも行きMRIの写真もとったし原町でも撮った
でも脳卒中と判断できなかった

これで疑問に思ったのは素人でもインタ−ネットでちょっと調べたか脳梗塞の症状として7つあるとして5つくらいがあてはまっていた
だから総合的に見ていれば医者だったら専門家だったら気づくはずだと見た
でもMRIで写真をとれということは脳梗塞かもしれないとしてそうしたのかもしれない
でも全体的に症状をみれば脳梗塞の前兆だということがわかったはずである

ともかく医者とか病院にもいろいろ問題がある
糖尿病の人は半年くらい入院していて病状が悪くなった、栄養がかえってたりなくなって悪くなったとかある、そしてその人は病院には二度と入院したくないと言っていた
そして家に帰って療養していたらかえって回復したのである
その原因は多分に精神的なものもある、やはり家には何か精神的に安定して心安らぎそれが体にも影響するとなるからだ

だから老人は総合的にみ総合診療が必要だというのもわかる
在宅で死にたいという気持ちもわかる、家はやはり体だけではない心にも影響する安らぐ効果があるからである、病院ではただ病人となっているが家にいれば違っている
その人は特に若い時苦労して家を建てて庭も立派な庭を造ったのである、それも20代だったから驚く、高度成長時代でそれだけ収入があったからだとなる
そういう家にいればやはり自分の存在価値が家とともにある
また家には例え家族が祖父母でも両親でも死んでも遺影を飾り家になお生き続けて支えているという感覚になる、病院はただ病人となっているだけであり死んでも物のの用地始末する感覚になるから嫌なのである、病院とは無機質な空間なのである
愛もなく何か心が通わない空間である、もちろん医者でも看護師でも懸命に尽くしているでもどうしても家族のようにはいかないのである

そして田舎の問題は医者自体が優秀とはいかない、また田舎だととにかく閉鎖的なのである、常に田舎であることは医者だったら他の医者に行くことをすごく嫌うのである
それで私が家族が倒れて頼んだらあなたは日ごろ来ていないから助けないとあからさまに言われた、そういうことは他でもある
自転車の修理でも隣の市の自転車屋だと受け付けないのである、つまりいつも来ている客でないと受け付けないのである
それも自分の利益にならないなら親切にしてもしょうがいなとなるから当然だともなる
緊急の場合でもそうだった、そこに田舎の問題があった
まず医者をそもそも選べない、医者が少ないからである、特に優秀な医者を選べないのである

こうなるとオンライン診療がある程度役に立つかもしれない、youtubeの医者の説明を聞いているとわかりやすいからである、そしてyoutubeだと優秀な医者が説明している場合がある、なぜなら全国放送だからである、全国の中で優秀な医者が説明しているかもしれないからだ、教育でもyoutubeだと一流の人が講義しているとなるからだ
オンラインになると狭い範囲ではない全国的規模になるからそこに優秀な人がいて教えるとなる、だからオンライン診療も普及すべきだとなる
ただそれで全面的にはできない、どうしても対面的でないとわからないことがある
でも今回の脳卒中の前兆がみぬけなかったことはその症状を医者がオンラインでも診ればわかったかもしれない、ただその後をどうするかとなるとどうしても地元の病院と医者とかとても連携しなければならない、その辺のむずかしさはある
でも素人でも別に症状を訴えてこれは脳梗塞なのかとでも察知すれだけでも違うとなる

ただオンライン治療となると老人は通信が苦手だから問題がある、ただこれからの人達はみんなスマホを使っているから使いやすくなるからそうなるかもしれない
対面治療は必要でもやはりオンラインでも病気を知り治療する方法が生まれるとなる
どうしても田舎は病気でも医者の数がたりないし優秀な医者がいるとは限らない
だからむずかしい病気はこの辺では仙台市に行っているのである
医者も専門外が診れないとか必ず連携が必要になる
でもお前はいつも私の所に来ていないから診ないとかなっているのは田舎の閉鎖性なのである、ただやはり自転車屋でも自分の収入にならなければ修理もしないというのはしかたないとなる、そもそも自分の利益にならないとしたら自分の生活があるのだからどうにもならないとなる、それが悪いとはならないのである

ともかく田舎ではたりないものが多い、私の町には百円ショプがない、これも困るのである、隣の市までは自転車で行くほかないからである、通販だと百円ショップのような買い物はしにくい、でも通販で助かるものがある
飯館村の辺鄙な所でも通販で配達していたともなる
また本などは古本でも何でも買える、だから知識的には都会と田舎の差はなくなったとなる、まず文系なら本を読むことだから本を読めないとしたら学べないからである
田舎でも今ならインタ−ネットでもyoutubeでも本でもどんなものでも買えるとなれば差がなくなったのである、つまり独学する環境が備わったのである

こういうことで病気に関してもネット化する、オンライン診療することも助かる
それで全部が充たされないが田舎だとこうして閉鎖的なことがありそれで困るのである
でも当人にとっては福祉事業でもないのだから利益をあげなければならないのだから
それが冷たいようでもそうならざるをえない事情があるとはなる
だから田舎ではオンライン診療も普及して利用する方法を知るべきだとなる
ただオンラインでは全部はできない、補助役になるがそれでも役立つとはなる

病気でもちょっとした知識があると素人でも役立つ場合がある
特に認知症の介護では誰も教える人がいなかった、医者すらわからないものだったのである、でも介護するうちにわかることがあった、それはちょっとだけでもインタ−ネットで即座に調べてそれを実行したのである
認知症の人は物忘れで異常な興奮状態になる、その時お茶でも飲ませて落ち着かせろと書いてあった、それを実行して効果があった、だからちょっとしたことでも素人でもしれば役立つことがある、だから医療に関しても専門的なことがわからなくても対処できることがある
専門家の時代であり何もわからない何もできないということはない
だから原発でも専門的にわからないにしても素人でもわかりうることはあった
わかりやすく説明すればわかることはあった、でも専門家は知らせなかったのである
そこはアンタチャブルの世界で素人は立ち入れない何も知らされないものとなっていたのである、そこに危険があった、やはり素人でも専門家でなくてもわかることはある
だから素人でも知ろうとすることが大事だとなる、専門的でなくても知りうることはあるからだ
そういう点ではインタ−ネットは役立つ、医者自身がyoutubeで説明しているからである
これも時代だと思った、閉鎖的な田舎だけではない世界が開ける、それがインタ−ネットのいい点だとはなる

2022年10月30日

なぜ脳卒中の前兆があったのに医者がわからなかったのか? (高齢化社会は健康な人と病気の人の差が大きい)


なぜ脳卒中の前兆があったのに医者がわからなかったのか?

(高齢化社会は健康な人と病気の人の差が大きい)


片手がしきりに麻痺していたので料理するのがむずかしくなっていた
物を持つのがむずかしくなっていた、でも手を手術すると治ると言っていた
眼が悪くなった、仙台の眼科に行った
また脳のMRIを遠くででも近くの原町でも撮った
それでも脳卒中と判断されなかったのはなぜなのか?
何か全体としてその人を見ていないで部分的に見ていたためだろうか?
その人は良く近くの医者には通っていたのである
毎日のように薬も飲んで欠かすことがなかった
肥満体であったが10キロも痩せたのである
ただ問題は煙草を毎日かなり吸っていた、それはストレスが多いからそうなった
この煙草は脳卒中の原因になるとされている
ただ癌との因果関係はわからないしないと最近わかってきた
でも煙草はいいものではない、脳卒中の原因になるからだ
でもなぜこれだけの症状があって脳卒中の前兆なのかをわからなかったのか

一人はすぐ南相馬市で診てもらい血管にカーテルを入れて助かった
早く治療したので助かった、南相馬市には脳卒中センターが最近できていた
そこには優秀な医者がいて若い医者が学びに来ているという
だからもし脳卒中の疑いがあれば南相馬市立病院でみてもらうようにすれば良かったとなる、優秀な脳卒中専門の医者がここにはいたからである
この辺のことはどうなっているのかわからない
何か病気の前兆はある、症状がある、MRIで診ればわかるようなことをyoutubeで医者が放送していた

病気では早めに症状を見て病名を知り治療する

これが必要なのである、でもこれがむずかしいとなる、病気にはいろいろあるからだ
認知症でも症状が出ていた、ただ最初見抜けなかったのである
同じ物を買っていて買物して計算ができないとか近くの店屋の人が気づいていた
ただ明確なものとしてわからなかったのである
自分自身が冷蔵庫にあるものを同じ物を買ってきたりするから正常でもそういうことがある、だから初期には認知症はわかりにくいのである

ともかく病人が多い、高齢化社会ではどうしても病人が多くなる
近くで癌の人がいるし糖尿病の人がいるし脳卒中になった人が三人とか合っている
心臓病の人もいるしそれから必ず前立腺肥大の病気になったり老人特有の病気がある
白内障とか緑内症とか眼が悪い人が必ずいる

50くらいで精神障害の人がいる、その人がどういう精神障害なのかわからない
100×100の計算ができないという、何か負担をかけられない、だからとても親の介護などできないのかとみる
でもその人しか介護する人がいない、すると福祉の方で施設にいれるほかないのかとなるでも症状が軽いらしいから介護度3以上になっているのか、またなかなか施設に入りにくいのが現状である
病気にはいろいろあるから理解しにくいのである
ただ高齢化社会はとにかく病気になる人が多い、だからこの病気の知識をある程度常識的にももっている必要がある

私は家族が認知症になったので認知症には詳しくなった
意外と認知症は医者でもわからないのである、私は介護したから症状がわかるのである
これも精神障害なのだが別に人間でなくなるわけではない
何かこれまで生きた人生がありその人生に誇りをもっていたりプライドがありそのプライドを傷つけられると怒ったりする、つまり馬鹿になった人として扱いなのである
また精神障害の人もいろいろいる、でも人間として付き合いとも言う
これも症状にいろいろあり軽度から重度とあるから理解しにくいのである

私の母はなぜ百才まで細身で体力もないのに生きたのか、それは血管は丈夫だったみたいだ、血管に障害がないと百才近くまで医者が言っていたからである
脳卒中は血管の障害が出る病気だとなる
親戚で白血病になった人もいる、これ血管の病気なのだろう
ともかく病気の種類も多い、だから理解するのもむずかしい、ただ早めに病気を知ることで早期発見で癌でも何でも治療しやすいとはなる、悪化してから治療しにくいとなる

高齢化社会は悪いものではないけど健康であれば百才でもいい、でもみんな何らかの病気になる、これが問題なのである、百才まで健康な人はまれなのである
高齢化社会はいくら金があっても病気になったら何もならない、金で病気は直せないからである,金が必要ではないのではなく根本的に金だけで病気は直せないのである
特に老人の病気は直しにくい、体全体の老化と関係しているからである

とにかく突然人間関係でも変化がある、家族でも変化がある、その原因が病気になることが多い、特に老人はそうである、病気になりやすいからである
夫婦でもどちらかが介護状態になったりするから安心はできない
つまりどんな人でも必ずリスクを持っているのである
そのリスクから逃れようがないのである、病気のリスクは別に金持ちでも持っているから平等だとはなる、いくら金があっても病気になったら確かにいい治療ができるとしても限界がある、体全体が老化したりしたら直しようがないのである
美人でも醜い婆となっている、肌の手入れをしても元にもどらないのである
だから老人になると美人でも不美人もない、みんな婆になってしまうのである
ただ健康であるかないかの差が非常に大きいのである
脳卒中でも半身不随とかなったら悲惨である、車椅子とかにもなり身体障害者ともなり
誰かの助けがないと生きていけなくなるからである

2022年10月29日

統一教会が批判されて創価公明が批判されない怖さ (マスコミは時の権力を持つ側につく‐ナチスになる危険)


統一教会が批判されて創価公明が批判されない怖さ

(マスコミは時の権力を持つ側につく‐ナチスになる危険)

●統一教会より創価が危険

旧統一教会を問題視するマスコミの問題点


(統一教会と創価学会の違い)50歩100歩。


そのため、安倍元首相の殺害事件をきっかけに、特定の宗教を過度にバッシングしたり、その活動を制限したりといった、事実上の「宗教弾圧」が始まることは避けるべきだ。

国民が今統一教会問題でこれほど騒いでいるのになぜ創価公明については批判しないのか?
このことが本当にかえってマスコミでも一言も問題しないことにこそ大きな問題が浮上していたのである
統一教会とか会員数にすれば創価と比べたらとるにたらない、そもそも統一教会員と直接接している人などどれくらいいるのだろうか
エホバだと一万の人口でも集会所が一つくらいあるからエホバに接している人は多いのである、統一教会員など聞いたことすらないのである

だから逆になぜこんなに大騒ぎしているのか?

それよ創価公明こそ大問題なのである、それがしていないということこそ大きな恐怖を感じた、何か統一教会がこれほど騒がれるのにマスコミで問題にしているのに創価のことは一言も言わないのである
余りにもと統一教会が責められるがどうして創価公明は一言もマスコミでは言わない

マスコミは最も大事なことを報道しない!

これが明確になったのではないか?マスコミは巨大な権力がある団体は批判しない
また聖教新聞などをすっているので金をもらっているので批判できない
そもそも新聞などは金がかかりすぎる、するとどうしても団体の組織の援助が必要になるそれが宗教団体でもいいとなる、金がかかりすぎてそうなる
それは選挙でもそうである、金がかかりすぎて金を持つ団体に左右される
選挙に金がかかりすぎているからこれらをなんとかしないことにはもう選挙で勝つとなると必ずそうしたカルト団体だろうが何だろうが票集めしなければ勝てないからそうなる

確かに創価では統一教会のような悪どい金集めはしていない、ただそれは数で金を集めている、新聞でも何百万部売れれば金になる、統一教会だと数で金を集めることができないから高額な金を集めるために信者が犠牲になっていたのである
ただ不思議なのは人間は金にはシビアである、そんな簡単に金など出さないのである
いくらいろいろ脅されても金だけは出さないのに出していることも理解できないのである

●宗教がビジネスとして成功しやすい、金になるから権力を得られるから集まる

宗教と経済(宗教は金を集めやすい―成功しやすい)

このサイトで宗教が商売になりやすい、宗教も経済と切り離してあってはならないという宗教は金になる、税金もかからないから金が集まる、それでその金を目当てに御利益を目当てに人が集まるとしている
つまりカルト教団とは宗教を装って商売しているのである、だから相当に悪質なのだけど不思議なのは国民でも容認している、悪徳商人でもあるが税金も払う免除されて宗教を利用したあくどい商売が許されているとなる

そのため、安倍元首相の殺害事件をきっかけに、特定の宗教を過度にバッシングしたり、その活動を制限したりといった、事実上の「宗教弾圧」が始まることは避けるべきだ

ダイヤモンドでもこんなことを言っている、これも危険だと思う
宗教でないものを宗教と認めることである、宗教弾圧などと言っていると今度は逆にナチスのように弾圧される方になる
宗教というのは一面危険なものなのである、日本の戦争だって天皇がかかわ現人神(あらひとかみ)として民族的ナショナリズムの戦争となったからである
そのために初代の創価の会長の牧口恒三郎が獄死したのである
また三島由紀夫がなぜ天皇は人間宣言したのかと怒り自刀とした
宗教戦争にもなり三百万人が死んだ、だからこそ靖国神社に英霊として祀られているとなる、それを全部否定するということではないがやはり政教一致であったことに問題があった、慰霊は必要でも政教一致になることはもう妥協がなくなる
天皇のために殉教するともなる、それは間違ったものでありそのために死ぬことで正当化されるのである
だから政教分離がヨ−ロッパでは法律化した、それはカトリックが政治と一体となり支配した歴史が長いからである

特定の宗教を過度にバッシングしたり、その活動を制限したりといった、事実上の「宗教弾圧」が始まることは避けるべきだ

これも危険なことである、弾圧するとかではない、宗教が政治を積極的にかかわることをしているからである
ただ正直統一教会がそれほど力がある団体なのか、でも現実に政治にかかわり日本の独立を脅かす団体であったことは確かである、だから国家的問題になったのである
でも統一教会自体がそんなに権力を左右するほどの力をもったのかとなるとそうは見えないのである
だからむしろ本丸は創価公明こそ危険な団体なのである
ただ本当に似ている、何か瓜二つでありそれでその矛先が創価公明に向かうことを恐れるとういうのもわかる

その手法が創価公明と似ているのである、創価は二十四時間でも活動は選挙である
選挙に勝つことにすべてのエネルギーを費やすからである
そのこと自体が権力奪取すると毎日活動している、題目や拝むのも選挙で票をとるためであり座談会の目的も票をとることである
選挙で勝つことが信仰の最大の目的でありそのために団結する
だから完全に政教一致なのだけで自民党も票を得たいために見逃しているのである
どうしても創価公明と比べると小粒である

統一教会は小粒だからマスコミも批判する!

統一教会を批判してもマスコミにとってはたいして影響がない、でも創価を批判したら新聞社でも地方の新聞社でも福島民報でも聖教新聞を刷っているから批判はできない
毎日新聞も刷っているとか読売新聞でも今度は聖教新聞を配達するようになるとか金を得ている批判できないのである
ここにマスコミの問題がある、youtubeだと創価でも批判しているのである
それは金がかからないからできるのである、プログなどでも簡単だし金はかからないのである

●危険を報道しないマスコミは信用できない

でもマスコミでも何か危険なことを報道しないとどうなるのか?

それは国民が大被害になる、原発事故でも安全神話が政府と東電と一体となりまた検察でも警察でもマスコミでも一体となり安全神話を作ったからである
海上自衛隊まで天下りしていたのである、検察でも警察幹部でも天下りして甘い汁を吸っていたのである
このことが確かに津波のためであっても危険が隠されていたのである
誰も危険を言うこともできなくなっていたからである
だから創価でもナチスのようになることすらあった、なぜなら創価は権力を得るために外務省であれ国の政策を決める場にも会員がいてその人達が創価の指令に従うとなる
そのために会員を送り込んでいるともなる、総体革命とかを目指していたからである
本当の目的は宗教ではない権力を得て日本を支配者になることである

それはオウムでも小集団でも暴力化して権力を得ることでオウム王国を作ろうとしていたのである、幸福の科学でもそうだし他のカルト教団も権力を得ることを目的としている
心がどうのこうのではないのである
だからそういう宗教団体が放置されているとどうなるのか、それを弾圧するのは言論の自由とか信仰の自由を奪うものだとなるのか?
実際の活動は全然違ったもので明確に権力奪取を目的として活動している
統一教会も韓国が日本の政治権力を動かすとういことがあったから危険だったのである
創価でも中国と一体であり中国の命令には絶対服従だとなると中国が攻めて来た時どうなるのか、中国人と一体となり日本の権力を操作して支配者になる
だから宗教弾圧するべきではないとかの問題でもない
むしろ逆に国民が宗教の自由とか宗教団体の法人の自由とかで思想でも言論の自由でも奪われるのである、その認識が甘いのである

いづれにしろ本当にマスコミが報道しないことに重大なことがある

これだけは確かである、報道されなければ重大な危険でも知ることはできない
結果的に国民自体に大きな被害になる

津浪でも実際は相馬藩政記録に二行だけ700人溺死と記されていた、それは400年前のことであり学者すら気づかなかった、でも津波の後にそれが発見されたのである
もしこういうことが発見されて報道されていればここにも巨大な津浪が来ると警戒したかもしれない、でもここには津波か来ない場所だと思い込んでいたのである
ただ東電でも科学者集団が十数メートルの津浪が来ると警告していた
でもそう警告していてもマスコミでは地元でも報道しないから警戒もしないとなっていたのである

●報道の使命は危険を知らせること

報道の使命とはやはり危険を知らせること

ここにあるともなる、なぜなら命にかかわることだからそうなる
その危険もいろいろある、でもカルト教団でも野放しにしているとそれがナチスのようになって日本を支配するとなる
つまりそうなったときすでに遅いとなるのである、そして戦争のように莫大な犠牲ともなる、だから危険を警告する必要がある
宗教団体だから平和な団体とかではない、あくまでも宗教による偽装でありその目的は権力を掌握したり奪取することである、いかに権力を得ることを最大目的にしているか
そういう野心家が宗教の名の下に集まっている、だから平和どころではない、権力を得る為には武装集団にもなる、僧兵にもなるのである

統一教会の会合でも何か手を挙げて気勢を上げていた、その人達に武器をもたせたら戦争でもすることになる、キリスト教とかでも武装勢力になるのである、それがカルトなのである、アメリカの統一教会の文鮮明の息子が武装集団化していることでもわかる
オウムも武装化したからである、平和集団などではないのである
日本の権力を政治を通じてかかわり乗っ取るともなっていたのである、韓国と直接結びついていたことがまた危険だったのである
だからそういう危険を報道しないマスコミはもう信用してはならない
肝心なことを報道しないからである、批判もしないからである

むしろマスコミは信じるな、騙されるな

こうにもなってしまう、確かなことはマスコミも時の権力側につくことである
そして報道というのは世界でもウクライナで戦争があったら必ず欧米側一辺倒になる
もちろんロシアがいいとかでなはい、世界の報道でもやはり日本はアメリカの属国だからアメリカ側の情報しか入らないとなる、世界となるとわかりにくくなるからである
そこで中立的見方ができなくなるからだ
そこにも危険がある、そうして報道されないことで危険なことに戦争にもまきこまれるとなる、中立的見方ができないからである
一方的な見方になって失敗するのである

ともかく宗教とか信仰の自由がある、それを盾にして何でも許されるとはならない
それが集団化して組織化して権力を左右する、積極的に権力を得ることが目的化しているだから公明党が国土交通大臣になることは憲法違反なのである、でもそれが自民党は票を得るために許可しているのである、それは統一教会と同根の問題なのである
でも創価公明は一切批判されない、そのことに大きな危険が潜んでいる
一時創価の会員が増えてナチスのように日本が席巻される危機にもなっていたからであるただ創価だけではない、民主主義からナチスが生まれたように民主主義とはギリシャのポリスのような小人数のものではない、大衆民主主義は全体主義にナチスのようになりやすいのである、すべて数だけで何でも決まるからである、数が恐怖になるのである
何百万の会員がいる、その数がすべてになり政治でも社会でも動かすようになるからである
だから赤信号みんなでわたれば怖くないとなる、それが全体主義でありナチスになったのである、その危険が常にあることを知り備えるべきだとなる

インタ−ネット時代になると多角的な見方が可能になる、マスコミ一辺倒の時代は終わりつつある
多様な見方になるのは地域地域でも必ず違った見方があるからである
また人間の経験することも年代の差でも違ったものになる
だから一つの見方は成り立たない、そこに偏見が生まれる、とにかく何か人間は直接経験していることに真実が生まれる
実際カルト教団でもその中で運動したり被害にあえばその人が訴えればそれが真実だとなる
内部情報を持っている人が真実を語っているとなるからだ
そうでないと真実は隠されやすいし何か危険を感じないし幻想でも信じるとなる
現代は何かありもしない幻想をバーチャルとして信じやすいのである
それはやはりインタ−ネットでもそうした仮想区間になるから現実から離れる場合がある
それも問題になる、でもマスコミだけでもそこは必ず偏るのである
人間は何らかで偏る、なぜなら人間は万能でもないから複雑な社会で専門家でも偏るからである
だから多様な見方があり一つの色にナチスのように染められないことが大事なのである

『公明新聞』を印刷している新聞社系の印刷会社、毎日新聞グループの東日印刷など26社、
新聞ジャーナリズムが機能しない客観的な原因に




2022年10月28日

飯館村から川俣町へ(秋の暮の短歌俳句) (伊達藩との相馬藩の境の地名)


飯館村から川俣町へ(秋の暮の短歌俳句)

(伊達藩との相馬藩の境の地名)

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石臼は水車でも使っていた

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水境神社の夫婦松ー妙見神社で伊達と相馬藩の境

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養蚕していた家、二階でしていた




秋深むキツネ二匹や大倉に

秋日さし石あたたかや山の村

菊映えて柿なる家の蔵古りぬ

川俣へ葉山神社と秋の暮

境木とバス停一つ秋の暮

峠越え安達太良望む秋の暮

参りける御霊神社や秋の暮

川俣や小手姫の里黄菊かな

川俣は絹の里かな薄紅葉

川俣に猫神神社や秋の暮


木戸木にそ昔の苦労語りしも跡継ぐ人なし秋のくれゆく

木戸木なる半鐘古り秋の暮鐘盗まれしと語るもあわれ

飯館にまた花買いて帰り来ぬ我が家にさして映えにけるかな

(水境神社)

からまりて離れざるかな夫婦松峠越え行く秋のくれかな


安達太良の大いなるかも秋の陽の輝き没りて雲を染めにき

川俣の通りに古き蔵の家昔栄しいくつかありぬ

(御霊神社)

川俣の御霊神社のその前に老女の語るや秋の暮かな

川俣の神社の由来京奈良や小手姫もまた絹の里かな

川俣の絹を作りて栄いけり古き蔵あり秋のくれかな

川俣に神社二つに参りけり木の葉色づき由緒をたずぬ

それぞれの土地の歴史をたずぬるや我がめぐりて秋深まりぬ

深々と山は黙して秋の星きらめきましぬ人は眠らむ


飯館村から川俣へ行った、飯館村から川俣へは10キロあったから結構遠かった
途中「境木」とかのバス停があり境だったのだろう、本当の境は水境神社の所だろう
妙見様を祀っているからである、そこはもともと伊達の相馬の境であった
玉野村がそうなっているがここに植えていた桜の木を玉野村に遷したということでそうだったのか?

臼石とあるとき臼石とは水車に使うものだったのか?その話を木戸木で聞いたからである川俣町は絹で栄えた街であり古い黒い蔵が通りにいくつかあった
それから御霊神社がありその前に老女は座っていた、前の家の人だった
謂れを聞いたがわからない、ただ鹿島神社があると言っていた
ここにも鹿島神社があるのかと思った、鹿島町から来たと言ったが良くわからないようだった、鹿島神社はそもそも全国にある、ここにもあったとなる

小手姫の里となっているから絹織物で栄えた、猫神社があるのは養蚕で猫がネズミを追い払うからいいとなり祀ったとある
丸森にも猫を祀っている猫の町になっているのもそういうことかなとなる

川俣町にも歴史はある、これは次に書くことにしよう

旅という時どうしても車だと旅にならないし地理がわからなくなる
峠にしても車だと越える感覚がなくなるだろう
自転車だと川俣への道を下る所で安達太良山を望んだ時は感動的である
車で来たらそういう感動がなくなる
それで福島市とか二本松市とか中通りに行くとき電車で行くと地理につながりがなくなる相馬藩から川俣へ行くときはやはり地理のつながりがあり地歴を知るのである
つまり相馬藩の境も感覚的に理解する、岩沼から電車で来たらその境を感じないのであるそうすると地歴を理解できないのである

ただ日帰りで行くのは川俣くらいまでである、後は帰るだけで時間がかかりすぎる
また自転車だと宿をとれないことがある、それも大きな問題なのである


2022年10月27日

飯館村の木戸木(ことぎ)で残された老人が語る (ここには戦前も人が住んでいた、水車もあった、縄文時代のヤジリや石斧も発見された)


飯館村の木戸木(ことぎ)で残された老人が語る

(ここには戦前も人が住んでいた、水車もあった、縄文時代のヤジリや石斧も発見された)

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道も歩いていたキツネ キツネは二匹いた

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これは確かにキツネである、キタキツネと似ている(大倉)で見た

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この半鐘は盗まれたという

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森の所に家があった
獣道があり「こだき」といっていた、でも地図にはない
手前の荒地に語った人がいた、心臓悪くて仕事ができないと言っていた
この鉄条網の線には電気が通っていて効果がある
でも狭い鉄条網から猿がくぐりぬけてくるという
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老人が植えた桜が50年で大きくなった
ここの平な土地は田んぼであり荒地になった
ここを平にするのに苦労したと言っていた




畑だった所が草ぼうぼうになりそこに老人が草むしりとかしていた
鉄線で囲まれているのは猿が入ってくるからだという、電流が流れる線に触れると猿は怖がるが鉄条網でもその穴から入ってくるという、狭い穴で入るのである
なぜ大倉でキツネを二匹もいたのか、今まで見たこともないのである
だからキツネはいなくなっていたと見ていた
だからそもそもキツネはどんなものかわからなくなった
犬とも似ているからである、でも確かに尻尾は太いし明らかにキツネだった
キツネはもともと多くいたのである、それで街にも来てキツネが鶏をねらっているとか食われたとか子供の時聞いたことがある、キツネは身近な存在だったのである
それでキツネにだまされた昔話がいろいろ残っているのはそのためである
原発事故以後この辺では飯館村などでは特に人が住む人がかなり減った
そのためなのか猿とかイノシシとかが人を恐れなくなり荒すようになったのである

その人は昭和16年生まれだった、ということは戦争中に生きていた
でもまだ幼児だからどれだけ記憶があるかわからない、そこでわかったことは木戸木は
戦後の引揚者が入ったからできた村ではなかった
すでに戦前でも住んでいた人がいたのである、だからその老人は大きな水車があったとしきりに言っていた、

挽臼(ひきうす)
https://www.city.mitaka.lg.jp/suisya/shikumi/usu.html

大きな水車で挽臼(ひきうす)を回して麦とかついていた、米もここでも作られていたが麦も作られていたのである、何か私の住んでいる街内でもうしろは麦とか桑畑があった
麦は結構作られていたのである、今でもネパールとかで田んぼと麦畑が一緒にある
だから麦は欠かせないものとして作られていた、子供の時は麦御飯だったことでもわかる麦を食べないと白米だけだと脚気になる
それで江戸では白米ばかり食べていたから江戸患いとして脚気(かっけ)が多かったのである
これは明治以降も原因がわからなかったのである、それで森鴎外は医者だったがその原因がわからず脚気を増やしてしまったのである
臼石とか飯館村には村があるから石臼水車の米つきとかに使っていたからその名が残ったともなるのか、臼石というと戦前でも使っていたとなる

木戸木では確かに戦後の引揚者だけではない、戦前から人が住んでいた
それよりそこでヤジリとか石斧が発見されたという、それには驚いた
するとここには縄文人が住んでいたのかとなるからだ
もともと飯館村からは縄文中期のものが発見されていてかえって海側に住んでいた人より古い場所だったのである
ということは何かしらそこにも食べるものがあった、もちろん鹿とかを追って動物を追って狩猟して食べていたのかもしれない、そこに住んでいたのかどうかわからない
でもあそこにもそんな古くから人が住んでいたとういことに驚いたのである
今は十軒であり残されたのは老人だけだという、若い人もいたが原町でも相馬市でも鹿島の方にも移り住んだと言っていた
それは大倉に真野ダムができたときもこの近くにそのダムに沈んだ家があり移り住んだ人がいたのである、それは相当に古い話である

そこで発見したのはそこが意外と古くから人が住んでいた場所だったのである
ただ共栄橋とかあるのはやはり戦後の引揚者が住んだ人が名付けたためであるとなる
そして高い森の所にも人が住んでいたという、家があったという
そしてその近くにも獣道がありそこを人が通っていたという
それをコダキと言っていた、漢字にするとどうなるのか?
今通っている道は新しいのであり助けというのがあったという
それは塩の道として助け観音があるがそれとは別なものである
あそこに道があり人が通っていたということはわからなかった、その土地の人しかもうわからないだろう、あそこを越えて佐須の方へも行ったという
獣道を利用していたというのも驚きである

その人は盛んに前の田んぼのことを言っていた、学者の人が来て修復しようとしたがうまくいかないとか言っていた、何でも平らにできなかったとか平らでなくなったことをしきりに言っていた、山だから傾斜地になりやすい、何か泥ででも埋まったらしい
だか平らにしなければならないとしきりに言っていたのである
つまり日本では山が多いから平らな所が少ない、それで苦労していたのである
平という地名は山の中にもあり平たいらにしないと田畑にてきないからである
平にすることが山で生きる場所を作ることでもあったからだ
そもそも日本で野というのは山の傾斜地のことであった、だから平な場所が少なかったのである、そこで平氏とあるのはまさにその平な地が日本では重要だからそこから平氏が生まれたともなる

その人はいろいろ語った、ここの桜は私が植えたものであり50年過ぎたとかもともと山は杉とか植えていないで自生した木が育っていた
確かに杉は家を建てる木材として植林した人工林なのである、それは海側の松原も人工林だった、そのために津波で全部流されてしまったのである
もともと自生した木だと20年くらいで育つとか言っていた
だから自生する木を利用すればいいとかも言っていた,その人は山を持っているという
でも今は利用しないから金にならないから仕事がないとなる
ただ50年過ぎて大きなった杉などは今利用されるようになっている

山でも炭焼きとか木材を利用していたとき山にも金持ちがいたのである
それは大倉の女性が相馬女学校に通っていた、それも山からおりて街で親戚の家から通っていたと言っていた
相馬女学校に入れると人は特別な女性だったのである、まずそこに入れ人は頭がいいとかではなく金持ちでないと入れなかったのである
だから相馬女学校出だというだけで特別扱いだったのである

その老人は大工であり何か東京の方に呼ばれて仕事をしたという、大工としての腕がいいから呼ばれたとなる
だからその老人は木戸木だけで暮らした人ではない、仕事は大工だったのである
だから山でも大工の仕事があった、でも東京の方でも仕事をしたとなる
今そこで一人暮らしになっているけど息子は相馬市で役所に勤め博物館の仕事をしていたという、それで縄文時代のヤジりとか石斧を発見したことなどを言っていたのかもしれない

それにしても今そこに住んでいる人は十人くらいなのか、それも老人である
不思議なのはフィリピン人の嫁がいると家がある、夫はここから外に出て働いているという、その嫁も40以上である、だから結構長く夫婦だったともなる
前は浪江の津島で中国人の嫁がこんな山の中に住んでいられないと夫を鉈で襲った事件があった、あそこも辺鄙な所だったからである
それから玉野村でもフィリピン人の夫が乳牛を飼っていたのだが放射線被害で仕事ができなくなり自殺したとかあった
だからここから見えてくるのはこういう辺鄙な場所に嫁に来る人はいないから外国人の嫁をもらったとなる
これも現代を象徴していたのである

いづれにしろその人の語ることでその土地のことが見えてきた、半鐘が何でここにあるのかと思ったらここで山火事があったという、子供の遊びで山火事があった
だから半鐘もあったとなる、その半鐘の鐘は盗まれたという、それはいつのことかわからないが金属が高く売れる時代があった
戦後は子供の時屑鉄拾いをして売っていたからである、それはいつの時代かわからないがそんなものまで盗むのだろうかとなる
ただ十軒ばかりしか家がないのに半鐘があることが不思議だった
でも半鐘は私の家の近くの神社にもあった、その半鐘に上り遊んだことを覚えているからだ、半鐘は必要なものとしてあったのだ

昭和20年代初頭の頃までは、学区内のほとんどの村には火の見櫓や警鐘台が設置されていた。

元々は、火災や洪水を村人に報せる目的で建立され、構造としては四角鉄塔や梯子状の自立木柱、中には1本木柱の櫓もあったようだが、いずれも頂上付近には半鐘といわれる吊り鐘が取り付けられていた。

戦時中は青年団員の警鐘係が決まっていて、駐在所から村役場へ警戒警報が伝達されると警鐘係は直ちに福泊の鐘楼に登り、「− ・・」(カ〜ン カンカン)、空襲警報だと「− ・・・・」(カ〜ン カンカンカンカン)と半鐘を打ち鳴らし、各村落の半鐘もこれに和して鐘の音が村落の虚空に響き渡り、学童は裏山へ、村民は防空壕へと身を潜めたものだ。

火の見櫓今昔
https://townweb.e-okayamacity.jp/tomiyama-r/intro/tower/tower.html

半鐘はどこにでもあった、火事を知らせることが重要だったからである

ともかくその老人の語ることでその土地のことがこれだけわかった
何かこういう歴史というのは郷土史でもその場に立たないと実感しないのである
今回はその場に立って聞いたから実感したのである
だから土地のことを知るにはそこに住んでいる人に聞かないと本当の所はわからないのである、ただ問題はそういうふうにうまく話ししてくれ人がいるかどうかである
その人は結構話してくれたし話すのもうまかったのである
話好きな人だったのかもしれない、でも老人は昔のことを語りたいことは誰にでもある

それにしてもあんな辺鄙な場所に一人住んでいられるのか?
なぜなら車ももっていないというからだ
それで一週間に三回くらい村のバスが通うからその時買物するのだという
そもそも飯館村だと草野の方にでてもスーパーなどなくなっている
その人は冷凍食品を買っているという、たまたま宅配便の車が来ていた
宅配便は便利なのである、辺鄙な場所でも配達してくれるからである
草野の道の駅のコンビニでは配達もしている、張り紙が張ってあったからだ
何か配達してもらわないと困る、飯館村は広いからである
車がなかったら不便である、アマゾンだと食料まで配達してくれるから便利である
移動販売車もあるがここには来ないという、それも人が少なすぎるからである
ここにきても商売にならないからである

こうしてとにかく老人の語ることを聞いてこの土地のことを知った
こうして土地のことはそこに住んでいる人に特に昔から住んでいる人に聞かないとわからないのである、ちょっとしたことすらわからないのである
なぜこんな辺鄙な場所に半鐘があるのだろうと疑問に思っていたが山火事を知らせるためだったともなる、山火事は燃え広がり怖いからである
なんでもその時消防車などなく旧式の手で押すポンプとかでありどうにもならなかったとかも言っていた、火事を消すにしても昔はなかなか簡単にできなかったのである
水もないからできないと言っていた、小さな川とか江戸水はあってもそれではたりないからである、大量の水を必要とするからである、でもまた手で押すポンプではどうにもならないということがあった

ただ言えることは木戸木は消滅する、後を継ぐ子供すらいないからである、だからいづれは誰も住まない場所となる、今住んでいるのも老人でありまた住めるのは補償金をもらっていたからだとなるからだ、それもなくなると村自体がもたないのである
そんな収入がないから国からでも金が出ない限り村を維持できないのである
確かにしばらくは補償金とか援助かあるから暮らしていけるけど若い世代は流出したし後を継ぐ人がいないのである、こういうことは全国でも同じことが起きている
だた原発事故の避難区域は極端な現象として現れたのである

飯館村では他にも消滅する村がありそのことで本に書いて村の歴史を残すとかしている
この木戸木もそうなるかもしれない、ここはもう維持すのことは不可能に見えるからだ
もともと少ない軒数であり維持できないとなる
夜もここを通ったが真っ暗だった、そんな暗い所に一人住んでいるのも淋しいと見る
それでも愛着がいる住んでいるのかとなる、さすがにこんな所には私でも住みたくないとなる、住みたくないというより住めない、食事するにも大変だからである、買い物もできないとなるからだ

でも不思議なのは車もない時代人々はこういう山の村の不便な場所でも住んでいたのである、なぜなら電気もない時代があったからだ、炭を使って暮らしていた、炭は街に売れたからである、それから山に仕事がありなんとか暮らしていたとなる
つまり電気も水道もガスもなく暮らしていた時代があった
でもその時それなりに人口が多かったというのも不思議である
その人は11人兄弟だったという、とにかく戦後食べ物がなくても子だくさんであり
子供がどこでもわんさといて遊ぶ声が木霊していたのである
今子供を見かけるのは幼稚園くらいであり子供の遊ぶ声など聞こえないのである
これもなんなのだろうと思う

とにかく木戸木は消滅してゆく、私はここに人が住んでいることに関心がなかった
私が関心がもっていたのは森の中に清流の流れがありそこがなんとも神秘的な場所だったからである、でも今は道路になってなくなったことが残念だったのである
でもここに住んでいる人に関心がなかったのである
かえってそういう場所は保存しているべきだと自分自身は思っていた
でもそんなことを思う人は一人もいなかったとなる、むしろ便利な道路を作った方がいいとなっていたのである、でも私にすれば残念だったとなる

飯館の道


残る虫、秋の暮(飯館村に行くー木戸木は戦後開墾された場所)
http://musubu.sblo.jp/article/188048143.html


posted by 天華 at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2022年10月26日

銀行にまかせる投資は危険 (投資は長期的にしないとだめー金より時間が価値あるものだった)


 銀行にまかせる投資は危険

 (投資は長期的にしないとだめー金より時間が価値あるものだった)

何もしなければ10倍になっていたのに…投資信託を買う人がどうしてもやってしまう"最悪の行動"

これは自分の経験からもそうだった、そもそも間違っていたのが銀行にまかせたことである、銀行は投資のプロでもないし素人と同じなのである
ただ私は手続きとかめんどうだからまかせただけである
投資は別に自分で手続きして自分でトレダーになるのならいいのである
でもそうなると一日中パソコンの画面を見て取引することになるからめんどうになる
その時間がもったいないとなる、それでもうけても何かその人の価値を作るのかとなるとないとなる
私は何億円も株でもうけましたよと語ってもそれがその人の価値となるとも思えない
人間の価値は金で計るが全部は計れないからである

例えば大工さんの価値はやはりその腕にある、これまで培ったスキルがありそれは修行して訓練して仕事するなかで作られたものでありそこには価値がある
人間は何かしら積み重ねたものがありそれが実りとなり価値を作り出す
例え金にならなくてもやはり芸術とか学問でもなんでも価値を作りだす
私は株で百億円もうけましたよとなってもその人の価値は金にしかないとしたらどうなるのか、人はその金のことしか見ないのである
でもその金に魅かれる人はある、でもあくまでも金だけでありその人自身の価値ではないとなる

だから人間は意外と何に時間を費やしたかで人間の価値か決まる、そして時間だけは金持ちでも貧乏人でも平等に配分されている、特別多く配分されないのである
だから長生きするとそれだけ時間が多く使われるから早死にの時代よりその人の価値を高めることができる、高齢化社会の地獄を書いたがいい点としては生きる時間が長くなったことである、すると長い目で積み重ねでその人なりの価値を高めることができる
もちろん投資する金も必要である、ただ金だけでは何かすべての価値を作り出すことはできないのである
別にたいして金がなくても旅はできる、でも社長とかなくと忙しくてできないという
つまり時間はあらゆることに費やすことはできない、社長だったら社長の仕事があり他のことに時間を使うことはできないのである

例えば一つの外国語でも習得するとなると相当な時間がかかる、英語でも日本人がしゃべれないというとき外国語の習得が日本語からだとむずかしいからだとなる
すると膨大な時間を費やしてもしゃべれる人はまれだとなる
結局何をするにしても金だけではない時間がかかるのである
投資というのは確かに時間がかかる、それはリーマンショックの時、半分に下がった
ても8年後に元にもどしてその後に倍くらいになったのである
でも銀行員は上がった時に元にもどった時売ったのである

普通だったら上がり調子の時は売らない、では何故そうなったのか?

それは銀行の都合でそうなった、銀行でもうけるためにそうしたのである
一方的に話し合いもせず銀行員は売ったのである

何故そうしたのか?

銀行員はこうして株でも投資信託でも転売させる、そして別な商品を買わせる
するとその投資額が大きいと手数料が入るからもうかる
ただ自分の都合でもうけるのために銀行員だったらノルマのために転売するのである
だから銀行員には頼むことはするべきでなかったとなる
ただ投資は株でもリスクがあるのだから全部が銀行員の責任とはならない
結局自己責任になるのが自由主義民主主義の社会だからである

でも本当にそのままにしておけば倍にはなったのである
他でも転売したりして失敗した、というのはこんなに円安となることが信じられないとなるからである
もし外国に株を投資していればアメリカに投資していたら相当なもうけになったと驚いたからである
アメリカにも投資していたからである、だからこれも失敗だった
銀行にはそもそも素人であり頼むべきではない、頼んでも銀行員に判断させないで自分で判断することである、売る売らないは自分で判断できるからである

ともかく銀行員には投資は頼むな

これだけは間違いない、投資自体は資本主義社会だから悪いものではない
でも銀行は投資とか証券とか株の素人なのである、また証券会社と違ってそういうものを売るノウハウとか蓄積がないのである、だから銀行は証券とかには素人と同じなのであるただ銀行というとやはり会社とかに投資したり金をだしたりしているからプロだと思っていたのである

なぜ銀行がだめになったのか?

これまでは高度成長時代は会社を始めた人がいくらでも貸してくれと銀行に頼みに来た
でもここ30年は日本経済が低迷して借りに来る人が減って金余りにになったのである
だから利子もつかないし逆に手数料がとられるとか投資信託を売りつけられとかになった銀行とは何か今までは信頼できるものとして地域であった
堅い職業としてあった、でもそれも崩れた、それはゆうちょでもそうである
とにかく利子をつけられないということは致命的である
何のために金を預けているのかわからないのである
ただ貸金庫なのかともなる、そして預金封鎖があるとかなんと悪い話ばかりなのである
紙幣は紙切れになるとかである

ここで投資とは30年くらいみて投資しろとしている、それは確かにそうである
つまり上がり下がりがありその間に放っておいてももうかるとなる
それはリーマンショックの時半分になったのが元にもどりそれから倍くらいになったことでもわかる、それでも10年くらいの間のことである
このように投資とは長い期間を見ないと成功しないのである
短期間ではもうけることはできない、つまり投資の株のスキル以前に時間が問題だったのである

要するに人間の問題は意外と時間の活用が関係してくる、時間だけは一挙に増やしたりできない、30年間を見ろとなると長いとなるがそれが別に若い人だったらできるのである若い人の有利なのは体力があるとういだけではない時間があるという事でも有利なのである
それで庭に木を植えてもそれが育つまで十年かかるとすると植える木もなくなった
また家でも直してもリホームしてももう十年も生きないとると直す気にもなれないとなるだから老人は投資だけではない消費することすらできないとなる
ただこれまで費やした時間が何であったか問われる、学問にしても芸術にしてもこれも会得するに時間がかかるからである
一億円あってもではすぐに習得できるかとなるとならない、語学にしてもいくら一億円もらってもすぐに身につかないのである
それはあらゆることでそうである、何か技術でもすぐに身につかない、必ず時間がかかるのである

だから人生をふりかえれば

時間>金

時間の方が金より貴重だったとなる、もう最後は時間がないで終わる
金でないから終るという人もいるが何かする時間をがなくなって終わるとなる
時間切れで終わるというのが人生だとなっていたのである

そして大事なのはタイミングだ!

何するにもタイミングが大事である、投資でも株でもそうだった、もし株でも投資信託でも売らないでもちつづけたら大儲けだった
でも今になるとこれだけ円安になったからそのタイミングがはずれてできなくなった
投資するタイミングは株安の時だったからである
そして私自身タイミングをはずれて50代でバックパッカーになって外国に行ったが
今になるとそのタイミングをはずと外国旅行はできなかった
あとで親の介護になって国内すら旅行できなくなったからである
つまり何らかタイミングをはずすとチャンスを逃すとできなくなる
そしてそのタイミングとかチャンスは何度もないのである

それは人間の生きる時間が限られているからだ!

それが老人になって痛切にわかるのである

 ひとくちに30年間と言いますが、その間には株価の上り下がりは数え切れないぐらいありました。例えば大きな下落でいうと、1987年10月19日のブラックマンデーではNYダウ平均株価が一日で22.6%も下落しました。でも何もせずにそのまま持っていれば、その30年間でほぼ10倍になっているのです。

ただ正直これだけの長い時間を何もしないで待つとういことはむずかしい
何か不安にもなるから売った方がいいとなるからだ
自分の場合は銀行員がノルマを果たすため手数料をとるために売られたのである
だから別にもし本当にまかせられる人がいたらそうすればいいがそういう人はまれだろう銀行では銀行のもうけしか考えないからである
だから常に転売することをすすめる、そして新たに買わせて手数料をとるのである

とにかく老人には投資は株でも投資信託でも向いていないのは長い目で見れないからである
庭に木を植えても十年とかかかるとなるとその頃生きているのかとなり種を植えることもはばかるようになる、何か家を直してもあと何年生きているのだかなる
つまり時間が限られているから投資に向かないのである
ただ投資した成果を実りを老人になったら得るということである
それは金とは限らないのである、経験であり何かの習得であったりそれぞれに生きた時間で得たものが価値となるのである
未来に向かって投資することはいくら金があってもできない、時間が限られているからである
でも高齢化社会になると百才まで元気で生きるとなればそれだけ時間があるのだから
まだまだということもあるがやはりもう新たな投資することはむずかしいとなる

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2022年10月25日

信教の自由とは何なのか? (統一教会は政治団体でもある,カルト団体がが信教の自由を盾にするのは間違い)


信教の自由とは何なのか?

(統一教会は政治団体でもある,カルト団体がが信教の自由を盾にするのは間違い)

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信教の自由を盾にカルト教団でもタブー化される、そして権力化して暴走する
それは原発でもそうだったのである、これも巨大な権力化して誰も批判もできなくなっていた
安全神話はこの政府と一体化した巨大権力でタブー化したのである
だから何かタブー化するのは危険だともなる
アンタッチャブルになりそれがナチスのように暴走するからである


常に宗教団体が批判されると信教の自由を言う、これを盾にして正当性を主張する
法律も常に都合のいいように利用されるのである
その解釈にもいろいろあり理屈はいくらでも言えるからである
そして最終的には法律でも権力がある者が決める、その権力が何かとなれば民主主義では選挙で政権をとったものである
すると選挙で勝てば数が多ければ法律も改正できるし何でも通るとなる
だから赤信号みんなで渡れば怖くないとなる

おそらく何が問題なのか?それは宗教法人とか宗教団体の問題である
信教の自由とは個々人にはある、個々人で何を信じようがいいともなる
だから無神論者もいいとなる、でも無神論者も一つの宗教だとしても無神論者の団体はないのである、ただ個々人的には別に神も仏もはいないというのは信教の自由で許されているのである
ただイスラム教国だと許されない、死刑にまでなるし殺戮される
イスラム国では信教の自由はないとなる

宗教法人とか宗教団体に信教の自由があるかが問題なのである

神は心を見ているという時、そもそもそれは個々人の心であり宗教団体のことではない
第一心を見るというとき団体化したら見ることもできないからである
団体化すること自体すでに政治化していることにもなる、また権力化していることになるなぜなら誰も一人だと社会では相手にしない、個人というだけで図書館に本を置くことを断られたりそもそも個人など社会では認めない、個人自体が犯罪者扱いなのである
でも団体化すれば犯罪的なことでも許されるのである

なぜ団体化すると社会で認めるのか?

それは団体化することは権力を持つからである、例えば一人で店で買うより十人が買うとなるとその十人の団体を相手にした方がいいとなるからだ
だからすべてこの世は団体でしか活動できない、NPOにしてもボランティアも団体でしかできないのである、つまり団体化組織化しないとこの世は動かないとういことである
つまり権力を持つためには団体化組織化することであるりそれは政治化することなのである
統一教会でも政治団体であり他のカルト教団も政治団体なのである
一番あからさまなのは創価である、宗教と政治が完全に一体化しているのである
教義自体がそうなっているから疑問も感じないとなる

だから奇妙なのはカルト教団は信教の自由を言うけど政教分離という法律があっても法律でも権力があれば無視できる、創価は完全に政教分離に違反していてもすでに自民党と一体化した政権なのだから無視である
だから自民党は創価公明党を批判しないのである、統一教会これほど問題にしているのに一切創価公明党にはふれないことでもわかる
でも政治的に質問権などを許可すれば創価も問われることになる

信教の自由は個々人にあるーでも宗教団体にあるのか?

そこが問題なのだけど信教の自由となれば何でも通るとなる、だから常に法律でも悪しく利用されるのである、理屈などいくらでも言えるからである
結局信教の自由というとき戦前はなかった、天皇崇拝となりその他は弾圧された
創価の初代会長の牧口恒三郎は逮捕されて獄死した
他の宗教団体も弾圧されたのである、そこで戦後は信教の自由が何かといわれるようになった、それはあくまでも宗教団体の信教の自由なのである
そして人間は団体化組織化することは政治化することなのである
民主主義ではすべて数で票で決まる時それで法律も作られ悪法でも作られる
そしてナチスは選挙で選ばれたことでもわかる、ナチスでも数が多ければ権力を持つことができるのである
こうして歴史的経緯があり戦後は極端に宗教団体とかでも批判されなくなった、でも逆にそこにも問題が生まれたのである
信仰なら信教の自由があり組織化団体化して権力を得ることも批判できないとなる、それは戦前の反省から極端化したのである

信教の自由というときこれも権力団体があり都合いいように使われるのである
力が正当化するのであり法律が社会を規制する訳ではないのである
だから創価になると権力を得ることしか頭にない、毎日選挙運動なのである
それは権力と御利益と直接結びつくからである
そういうものは大衆も即座に理解する、利にはさといからである
望むことは権力を得ることでありその他はどうでもいいということである
ただそこに宗教がかかわるからややこしくなるのである
宗教とはそもそも何かがが定義されないからである

現実は権力を得てこの世の王となることである、心の問題は関係ないのである
そんなことしたら人が集まらないからである
要するに人が集めるには心の問題より現実の利益であり権力を得ることが最優先課題なのである、そういうことは誰でも理解するからあれだけ人が集まるのである
だからそれが宗教なのか?信教の自由を言うがそもそもそれが宗教のなのか?
宗教は良心の問題だというときも宗教団体では関係ないのである、そんなことを問題にしているのではなく政治的利権とか御利益しか追求していないからである、それは一般社会だったら別に批判されないのである
でも宗教がかかわって信教の自由とかで批判するなとなるのがおかしいのである
それ自体が疑問なのである、信教の自由を盾にしているがそれは方便であり実質は権力を得ることだとしたら宗教法人でも許可すべきではないのである
宗教はあくまでも方便であり目的は権力を得ることだとなるからである
宗教と政治が一体化しているから複雑になっているのである
政治団体は政治的党派は許可される、でも宗教団体は実質は政治団体でも許可されるのかという問題がある

ともかく宗教が政治にかかわり権力を持つとおかしなことになる、別に預言者のように政治で権力を持つものを批判していい、それが日蓮でも預言者でもそうした
でもそれが政治団体化すると権力を持つことを目的化することは政教分離に違反するのである、でも自民党そのものが創価公明党と一体化しているのだから政教分離違反の政党であり法律違反だともなる
創価公明党に質問権を行使しなければならないとなる、それは他の宗教団体でもそうなるのである、でも自民党でも票が得たいからそれがでなきいとなる
つまり世の中は権力によって左右される、結局明治の前は戦国時代でも戦争で権力を持った者が支配するとなっていた、その後民主主義社会になっても権力が武力ではなくなったがやはり権力を追及するのが人間である、宗教でも権力を得る手段になる

目的は権力を得ることであり御利益を得ることでありそれしかないのである
あくまでも信教の自由とかいうのは方便である、権力をもちさえすればすべては通るとなる
それがナチスになったのである、現代では数が権力だからである
この世とはこの権力をどうするか、操作するか規制するかが常に問題になるのである
そのために三権分立とかもできたのである、権力は集団化して選挙でも得たものがナチスのようになる
権力が暴走するのである、原発事故だって権力を持ったものが起こしものだからである
だから権力を抑える監視することがどうするかか課題なのである、でも一旦権力を持つとその権力の悪しき利用が常にありそれを規制できない、それは歴史的にもそうでありそれが政治の一番の課題なのである

いづれにしろ宗教でもそうだが権力の危険なのはそれが常に権力自体が暴走する
それを制御できなくなることである、図のように必ず権力によって国民全体でも被害を及んでくる
オウムでも危険でも暴力装置化して権力を持つようにもなる危険があった
それでマスコミでも恐れて何も言えなくなっていたのである
マスコミは権力を監視するものとしてあってもそうではなかった
それは原発事故でも証明された、800億円もの金が電事連からでていたからである
宣伝費がでていて東電から朝日新聞でも全部新聞社では中国に招待されたとき事故になったのである
戦争中は朝日新聞が戦争を一番あおったとしている、それも権力側についた方が得だと判断したからである、だからこの世では政治では常に権力をどう操作するかか問題になる

でも結局人間ではできない、それで聖書でもみどり子に治めさせよとかまた老子だと治めずして治めるとか議員はくじ引きで選んだ方が公正になるとかなる
それだけ権力を持つと人間は危険なものになるからである
だからいかに権力を監視するかが制御するかが問題になるのができないのである
それは民主主義でもできない、なぜならナチスは選挙で選ばれたからである
民主主義だとすべて数で決まるのだから大衆化して数を集めようとしたのである
大衆社会になると大衆が権力を持つ、だからそもそも権力を制御することは不可能だともなる、人間はそもそもこの世を治めることが不可能だともなってしまう
だから神の国はこの世に成ることはない、神が治める神の国にしかないとなるのである
そこに人間社会の絶望がある、それは人間は権力を得ることを切望して争いが絶えないからである、それは民主主義社会でもそうだった、今度は大衆が数となり権力を持つようになったからである






2022年10月23日

南相馬市鹿島区浮田国造の謎 (地名から探る古代史ー物部、安曇、草(かや)部ー毛野氏の跡をたどる)


南相馬市鹿島区浮田国造の謎

(地名から探る古代史ー物部、安曇、草(かや)部ー毛野氏の跡をたどる)

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●浮田国造(うきたくにのみやっこ)の由来

『先代旧事本紀』「国造本紀」によれば、成務朝に崇神天皇の五世孫の賀我別王を国造に定めたとされる。
氏族
吉弥侯部氏(きみこべうじ、姓は不明)で、上毛野氏、下毛野氏、針間鴨国造などと同族神護景雲元年(767年)7月19日には宇多郡人の外正六位上勳十等吉弥侯部石麻呂が上毛野陸奥公を賜姓されている。

東界と北界にはそれぞれ大きな山があって、境界をつくっている。その山の向こう側が、毛深い人の住む国なのである。

「毛人(蝦夷)」説
「蝦夷」を古くは「毛人」と記したことから、「毛の国」、二字表記にして「毛野」の字が当てられたとする説。『宋書』倭国伝の倭王武の上表文には「東に毛人を征すること五十五国」という記述があり[原 1]、この「毛人」との関係が指摘される[6]。


地名と言うのは相当に古い、そして地名は古代に由来する、なぜなら最初に地名もない土地があるとしたら最初に来た人たちが名付けるからである
それで古代由来の地名が多い、その地名の多くは渡来人に由来する時、渡来人が最初に名付けたらかそうなった
確かにもともと住んでいた原住民がいた、ヨ−ロッパだとケルト人とかいてその人達が名付けた地名が今の地名でもある
日本だったら縄文人が一番古いから地名もその時代に基づくものとなるが言葉が明確ではないので実際の地名は渡来人が来て名付けたものが多い

そして南相馬市の古代史で一番の問題は一体桜井古墳には誰が埋められているのか?

これが問題なのである、賀我別王(かがわけ)が埋められているとのの説だとなぜ浮田国造の地域に真野地域に大きな古墳が作られなかったのか?
時代的には桜井古墳は古いからである、真野古墳群は大和王権に組み入れられたもので
大伴氏が派遣された支配した地域となる、つまり浮田国造は毛野氏が入ってきて国造(くにのみやっこ)が置かれたのである、ただすでにその前に大きな勢力が桜井古墳を作った人達がいた、それは物部氏だとなる、それは物部吉名という人がいて吉名郷ができたからである、真野郷も真野氏が入ってきて地名化したのである
一族の名前だということである、古代は人命とか氏族名が地名化しているからである

物部氏族にもいろいろあり

浮田物部

馬見物部

などがある、ここで馬見とはなになのか、それは鹿島区の浮田地区内に馬見がある
馬見塚となっている、それは上真野地区にあり上浮田の領域なのである
つまり上真野地区までも浮田の領域に入っている
この馬見はマミアナとして狸の字があてられている

信太の馬見山には小字名で駒込があり隣接して馬掛(まがき)があり駒込は馬を追い込んだ放牧地、馬駆けで馬場のことか、馬見山とかあるがマミアナは牧とか古墳などで馬に関係していることが多い、
(常陸風土記と古代地名ー鈴木健)

浮田国造がある地域に馬見がありその浮田国造は真野郷に編入されたともなる
馬見塚とは古墳があったからなのか、真野郷の寺内から小池には真野古墳群で有名であるただ横手にも古墳があるが上真野地区となると残っていない、ただ馬見はやはり古代に由来した地名なのである

最近できた高速道路のSAにも浮田神社が作った
この浮田は浮田国造として最も古い地区として歴史の正史に記されている
その浮田国造は毛野氏系統なのである
毛野とは栃木県とか群馬県を本貫とした氏族であり鬼怒(きぬ)川は毛野川だったのである

ここで注目すべきはなぜ浮田国造が毛野系統なのかということである
それを地理からみればまず一番古い地域は会津であることは歴史書に記されている
山側の方が古いというときもともと日本人は縄文人から始まっている
この縄文人は山を根拠として生活していた、この辺でも意外と一番古いのは飯館村でありそこから縄文中期の遺跡が土器とかが発見されている
もちろん海側にも縄文人は貝をとってとか暮らしていた、でも山でも暮していたし海側より山側が古いともなる、すると日本全体で見た時、山の方により古い時代は人々が住んでいたとなる、採集狩猟で生活していた、だから毛野というときここから遠いとなるがなぜそんな遠くから浮田国造として大和王権から官吏が派遣されたのかとなる
つまり毛野氏の勢力がその時大きいものだったからそうなった
そして毛野氏にも物部氏が進出していて一体化していた

毛野氏族はその分布からみて、大阪湾岸の茅渟地方にその起源をもち、血沼之別の流れとみられる。御諸別命より以前の系譜は難解であるが、三輪君一族との同質性がかなり濃く見られる。
 
毛野氏族の分布は、起源地の茅渟地方を出て摂津・河内に入り、近江から北陸道(特に能登)、信濃を経て毛野地方(上野、下野の両国)に到る経路をとって、畿内から東国へと続いていたとみられる。
 東国では、両毛に限らず、隣接する常陸西部や信濃における一族の分布も濃く、さらに下総にも分布が及んでいた。毛野では鈴鏡・鈴杏葉など鈴をつけた祭祀具が用いられ、古墳の埋葬品や埴輪にみられるが、この鈴文化圏は両毛を中心として、常陸西部・武蔵北部にも及んでいたことがしられる。

○ 毛野氏族は東国第一の大族であり、上毛野君をその宗族とする。朝廷の命をうけ東北の蝦夷を討伐し経営に当たったものであり、大和朝廷から独立した東国の存在とすることは

毛野氏族は東国第一の大族であり、上毛野君をその宗族とする。朝廷の命をうけ東北の蝦夷を討伐し経営に当たったものであり、大和朝廷から独立した東国の存在とすることは無理である。その部曲を吉弥侯部(公子部、君子部)としており、その関係氏族には本来の毛野氏族と血縁のない蝦夷の人々も組み入れられか付合されている可能性が強い。
 また、朝鮮半島にも出兵していることから、渡来系の色彩のある毛野一族(田辺史に代表される)も多く、その中には実際には血縁のない帰化人系統が上毛野君姓等を冒姓している可能性もないではない。これら蝦夷系・渡来系で本来は他姓であった氏族も、その判別が極めて困難であるので、ここであわせてとりあげざるを得ない。
 https://ameblo.jp/oyasumipon/entry-12103720558.html

  毛野氏族から出た地方の国造としては、上毛野国造、下毛野国造、針間鴨国造、浮田国造(及び能登国造)があげられる。この氏族奉斎の神社としては、下野国河内郡宇都宮の二荒山神社(宇都宮大明神)及び豊城入彦命を祭る示現太郎宮があげられる。また、駒形神(駒弓神、子眉嶺神、子檀嶺神)や豊受比売神(保食神)を奉斎したが、これは陸奥で顕著に見られる。

(4) 東北地方……陸奥国宇多郡の浮田国造の一族が、駒形神を奉じてさらに北方に展開したのが主な流れとみられる。ただ、毛野に属した蝦夷が混入したものも一部あろう。
 吉弥侯部(君子部。録・左京)、上毛野陸奥公(浮田国造の姓氏とみられる。中村、黒木−陸奥宇多郡仲村郷に起る)、吉彦宿祢(斑目、荒川−出羽仙北郡人。山口−下野人、越中にも分る。西沢−濃州石津郡人)、名取公(名取−陸奥国名取郡人、後甲州に遷)、名取朝臣(名取郡の菅井は族裔と伝える)、上毛野名取朝臣、上毛野遠田公(遠田−陸奥国遠田郡人)、上毛野中村公(中村−甲斐国山梨郡人)、、置井出公、上毛野緑野直(同上の改姓。出羽の田夷とされる)、上毛野賀茂君。
http://wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15/keihu/sizokugairan/kenu1g.htm

  また、出羽国秋田郡の金成(嘉成)氏は陸奥栗原郡に起っており、栗原郡の吉弥侯部の族裔(上毛野栗原公という姓氏があったか)とみられる。陸奥宇多郡黒木の諏訪神社祠官桃井は、同郡の物部末流か。
 下毛野俯見公(陸奥玉作郡の吉弥侯部の改姓)、下毛野静戸公(陸奥信夫郡の同)、下毛野陸奥公(陸奥柴田郡の丈部の改姓)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%BE%8E%E4%BE%AF%E9%83%A8

毛野氏一族の吉弥侯部氏(君子、浮田国造)がその伴造だったと考えられており[4]、賜姓の際には多く「上毛野」某公、「下毛野」某公の氏名を賜っている。一例としては陸奥国信夫郡の外従八位吉弥侯部足山守(きみこべのあしやまもり)が上毛野鍬山公(かみつけのくわやまのきみ)を賜ったことがある[2]。吉弥侯部のうち、一部の者は中央に貢進され、朝廷や貴族などに仕えて雑役に従事した。吉美侯部(吉弥侯部)が東北地方以外にも各地に広く分布するのは、律令国家が俘囚を全国に配して内民化をはかったためだと考えられる[3]。奈良時代後半の吉弥侯横刀(きみこのたち)は近衛府の判官(近衛将監)から上野介へと昇進し、「下毛野朝臣」を賜姓されている

陸奥国宇多郡の浮田国造の一族が、駒形神を奉じてさらに北方に展開したのが主な流れとみられる。

この吉弥侯部は相馬地域では相馬市に配置された、つまり真野の草原とは真野郷のことであり相馬市は古代でぱ毛野氏の吉美侯部が支配していたのである、なぜなら宇多郡に相馬市に駒ヶ嶺がありこれは駒形神であり高麗にも通じているのであるそしてここは境界ともなっていた、毛野氏の勢力は相馬市から名取の方へ拡大したのであり、物部氏とか安曇氏の支配する原町区の桜井古墳がある方には拡大しなかったのである
泉かんが跡は大和王権の官営のものであり真野郷が大和王権に大伴氏などによって組み入れられたのである、ただ毛野氏に入ったのが物部氏であるから何か対立したとはならない物部氏が最初に大きな勢力となり桜井古墳を造り安曇氏と一体化していたのである
鹿島区には安曇氏の綿津見神社がないからである

毛野氏は大きな勢力として古代にあった、蝦夷というときこの毛野氏のことだという学者もいる、

陸奥宇多郡黒木の諏訪神社祠官桃井は、同郡の物部末流か。これは物部氏と毛野氏が結びついていてそう推測した

『古事記』によれば、10代崇神天皇は12人の御子がいたとありますが、そのひとり
豊木入日子命(トヨキイリヒコノミコト)について、

 「豊木入日子命は、上毛野、下毛野君等の始祖」
 
●埼玉県稲荷山鉄剣が意味するものー毛野氏がかかわっていた 
 
埼玉稲荷山鉄剣から発見された鉄剣に「獲加多支鹵大王」、「斯鬼宮」の文字があ
り、これをワカタケル大王、すなわち雄略天皇のことと、磯城宮のことだとする説があ
りますが、解読をめぐっては決着をみません)

 ただし、関東の氏族たちは大和王権の勢力圏に加えられながらも、6世紀に至っても
なお半独立性を保っていたとも考えられます。
 おそらく上毛野の東部の氏族たちも同様だったでしょう。
 それに対して、武蔵の紛争に介入する形で東国に進出してきた大和王権はその支配体制をより強力なものにしようとしたと思われます。
 
1意富比抔 おほひこ
2多加利足尼 たかりのすくね
3弖已加利獲居 てよかりわけ
4多加披次獲居 たかひ(は)しわけ
5多沙鬼獲居 たさきわけ
6半弖比 はてひ
7加差披余 かさひ(は)よ
8乎獲居臣 をわけのおみ

意富比抔 おほひこは多(オウ)氏であり神八井天皇に連なる大きな氏族である
笠は加佐であり韓国の地名なのである,笠とは当て字にすぎないのである
埼玉古墳群の南方10km程の所に、笠原という地名があり、使主はここを拠点とした豪族であるとされている。

『日本書紀』安閑天皇元年(534年?)条に記載されている。同条によると、武蔵国造の笠原直使主(かさはらのあたい おみ、おぬし[2])と同族の小杵(おき・おぎ)[注 1]は、武蔵国造の地位を巡って長年争っていた。小杵は性格険悪であったため、密かに上毛野君小熊(かみつけののきみ おぐま)の助けを借り、使主を殺害しようとした。小杵の謀を知った使主は逃げ出して京に上り、朝廷に助けを求めた。そして朝廷は使主を武蔵国造とすると定め、小杵を誅した。これを受け、使主は横渟・橘花・多氷・倉樔の4ヶ所を朝廷に屯倉として献上したという。

武蔵国造の乱
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E8%94%B5%E5%9B%BD%E9%80%A0%E3%81%AE%E4%B9%B1

ここに内乱があり上毛野君小熊の助けがありと記されていて毛野氏が大きな勢力であったことを示している
その前に毛野氏と物部氏が結びついていた、そのことは南相馬市相馬市の領域にもあったなぜなら南相馬市の原町区でも桜井古墳は誰が葬られていたのか?
それは毛野氏と一体化した物部氏になるのが有力だからである
それは大和王権が全国を統一する前に物部氏が大きな勢力となっていて古墳も作られた
それが東海地域と関連しているとかなると物部氏なのかとなる
ただ東海地域としてもその時は海伝いではなく毛野氏の支配地域の山伝いに物部氏が進出してそれがこの地域に及んだとなる
ただここで大事なのは毛野氏が関東東北の古代で大きな勢力でありそれを見ないと理解できないのである

●たかは高句麗、高麗に由来していて物部氏は筑後国の高良山を祭神としている

有名な稲荷山鉄剣銘に

2多加利足尼 たかりのすくね
3弖已加利獲居 てよかりわけ
4多加披次獲居 たかひ(は)しわけ

このタカは高句麗や高麗のことであり九州の壁画古墳は高句麗系統のものである
「肥前風土記高来郡」とは高来の峰とある山であり「和名しょう」に郡名として(高来多可久とありタカクと読む、高句麗は紀元前一世紀中ごろから668年までつづいた高句麗のことである、今の北朝鮮地域である、918年に建国されたの高麗である高来とは高麗から来た人達の意味である、

肥人の額髪結へる染木綿(しめゆふ)の染(し)めにしこころ、我忘れめや)

万葉集の肥人(こまひと)とは高麗人でありこれは高句麗のことである、熊本とかある熊はコマだクマとなまったものだとしている

この本に相当に詳しくこのことを書いている、そもそもその常陸から移住して作られたのが行方郡であったから地名も移動しているのである、地名は最初に移住した人達が名付けたのである、その前に原住民とも言える蝦夷が住んでいた
海老のエヒはそうである
だから常陸からそっくり地名まで移動しているのである、高倉とかあり信太とか駒ヶ岳とか相馬市にあるがこの駒はコマは高句麗のことである
物部氏は高句麗から来たのでありだからこそ馬にも乗り船も操作する技術ももっていたのである
多珂神社は大きな神社であり格式ある神社である、その隣に綿津見神社神社がある

それで九州に見られる装飾古墳は高句麗由来のものでありその九州の物部氏が最初は毛野氏に入りそれがこの相馬地域にも入ってきて浮田国造になった
なぜ毛野氏がこの地に関係したのかというと地理的にもともと奈良から大阪地域から日本海側に出て越の国から加賀に勢力を伸ばした、日本海側の方から進出したから浮田国造が加賀別王になっているのである
常陸から移住した人達は毛野氏より後なのである、だから毛野氏はもともと蝦夷であり一番古い氏族だったとなる、最初に大和王権が遭遇したのは毛野氏であり毛野氏は蝦夷でもあったが大和王権に組み入れられたのである

七国の高麗人(こまひと)、1799人を以って武蔵国に遷し高麗郡置く(続日本記)高麗川があり高萩も由来であり高来(たかき)から高萩になった
高萩には駒形山弥勒寺があったしここを一体として高麗原と称していた
高萩に駒木原、呉坪があり高句麗の句麗(くれ)である、高句麗系統の地名の伝播がある相馬市の駒が峰もそうである、駒をあてたがもともと高句麗のことである
ただ高句麗は北方の騎馬民族であり馬に乗るのにたけていた、また船を操作する技術も持っていた、だから装飾古墳とかに馬に乗った武人が描かれているのである
(常陸風土記と古代地名ー鈴木健)

この本は詳しいからそれを読むとなるほどと得心する

神武天皇の東征の神話も多氏の事跡を基に作られたとか神武天皇の前に神八井耳命(多臣の始祖)が支配する国造の系譜がある。これは全国に及び道奧石城國造もそうである出雲国に「阿太加夜神社」 (出雲風土記、意宇郡)があり大隈国−蛤羅郡に阿多小崎君(古事記)がいて鹿屋郷がある。それがそのまま出雲−伯耆国(安曇郷 鹿屋郷)→国→因幡国に移動しているのだ。この伽耶に由来する地名は関東になると埼玉郡に草原郷があるだけで少ない、それがなぜ陸奥真野の草原郷にあったのか?

●桜井古墳は物部氏が作った

この地のに最初は物部氏が入り桜井古墳が作られた、それは大和王権より物部氏のものだったとなる次に大きな謎なのは綿津見神社が原町区から小高区でも多いことである
本当にいかに綿津見神社が多いから20近くあるようにも思う、それも格式が高いものなのである、だからなぜこんなに綿津見神社が多くまた対になった山津見神社が多いのか
飯館村の山津見神社は綿津見神社と一体となっている大きな神社なのである
それは安曇氏系統が入ってきてこの地を開拓したからだとなる
焼畑とか農業の技術もあり船を作る技術ももたらされたからである

この辺では物部氏が先であり次に綿津見神社を建てた安曇氏の後継者が入り最後に大和王権の直属の大伴氏が真野地域に入った、そして前方後円墳に金銅双魚佩を残したのであるただ謎は一体時代順序がわからないのである、物部は一番古いとわかる、次に毛野氏とかになり安倍氏でもそうである、でも安曇氏に関しては歴史書に記されていないのである
それが謎なのである、でも地名として安曇族の系統の八木氏とか犬飼氏が地名化しているそれは八木沢峠がそうであり霊山をおりた所に犬飼というバス停があるのもそうである
犬飼(犬養)は安曇族の系統だからである、安曇氏の後継者だったからである
また吾妻山は安曇(あづみ)のなまったものだというのもそうである

ただ安曇族は太平洋側から入ってきたのである
なぜなら松川浦に和田と山津見という地名があるからだ、和田とは綿津見(わたつみ)の和田(わた)なのである、それが対になっていて飯館村の方に移動している
栃窪村に山津見神社があり宇多川をさかのぼった所に山津見の社が隠されるようになったまた八木原というのもあり明らかに八木氏なのである
だからこの安曇族のことはただ神社があるだけで正史に記されていないから謎なのであるでもなぜこんなに多く神社があるのかとなる、それが解明されていないのである

でもこの安曇族は九州の福岡から出て移動してきた海人族であり古事記にも記されている有力な氏族だった、でも安曇族のことは後にその存在感が消失してゆく
でもなぜこんなに綿津見神社が多いのか、特に南相馬市の原町区に多いのかとなる
最近では大原にも綿津見神社があったことを発見した
つまり大原を通り飯館へ八木沢を峠を越えて入ったということである
それで安曇族の後継の八木氏が入ってきて八木沢峠になったのである
三方向から飯館村に入った、一つは松川浦であり一つは真野川をさかのぼった栃窪村から入った、おそらく栃窪村は塩の道の通り道でありそこは古代も通り道だったとなる
もう一つは大原から八木沢峠を越えて飯館村に入ったのである

そして物部氏は歴史書に余り記されていないが物部吉名という人がいて小高は吉名郷という古代の大和王権の領域として支配された、だから確実に物部氏が大和王権の前に支配していた、ただ綿津見神社や山津見神社を残した安曇氏については歴史書に記されていることがわずかなのでわからないのである
物部氏というとき右田の御刀神社が右田にある、その前は湿地帯になっていて江戸時代に開拓されて田になったのである
海老はエヒでありこれは蝦夷のことである、海老には津波で30人が死んだ高台にも古墳が最近発見された、弥生時代から人はそこに住んでいたのである
右田は江戸時代から住んでいたから新しいのである
なぜ右田に御刀神社があるのか、それは海老は蝦夷でありそこで争いがあり物部氏と戦うこともあり刀を使うからそうなったのである
つまり最初に蝦夷と戦ったのは鹿島区では物部氏だったとなる
その後に大和王権が蝦夷と戦い鹿島御子神社を創建したのである

つまり一番古いのは桜井古墳がある原町区であり物部氏が最初の移住者であり入ってきた次に毛野氏が入り浮田国造に大和王権から官吏が派遣された
その後に本格的に大和王権が直接的にかかわり真野地域に前方後円墳が作られた
そこに金銅双魚佩が発見されたのである、それは大和王権から大伴氏が覇権されてこの地の支配者に贈与されたものである
だからその古墳は大伴氏が葬られたのかもしれない、その大伴氏を慕った笠女郎がみちのく真野の万葉集に歌を残したのである

桜井古墳(物部氏)⇒(安曇族(綿津見神社)?⇒毛野氏(浮田国造)⇒大和王権(大伴氏)(真野古墳群)⇒真野の草原の歌

こういう順序になる、ただ綿津見神社を多数残した安曇族がどこに入るのかその順序がどうなるのかわかりくいのである、毛野氏の前なのか、毛野氏の後なのかわかりにくい
ただ歴史書に記されている安曇氏は古い氏族である、だから物部氏の後か同時期なのかとなる

神武天皇の東征の神話も多氏の事跡を基に作られたとか神武天皇の前に神八井耳命(多臣の始祖)が支配する国造の系譜がある。これは全国に及び道奧石城國造もそうである出雲国に「阿太加夜神社」 (出雲風土記、意宇郡)があり大隈国−蛤羅郡に阿多小崎君(古事記)がいて鹿屋郷がある。それがそのまま出雲−伯耆国(安曇郷 鹿屋郷)→国→因幡国に移動しているのだ。この伽耶に由来する地名は関東になると埼玉郡に草原郷があるだけで少ない、それがなぜ陸奥真野の草原郷にあったのか?

●物部 安曇部、草(かや)部

高良神社の祭神五姓とは丹波、物部 安曇部、草部、百済という

高麗に属するものとして物部があり安曇部があり草部がある、ただ草部はカヤ部ともあてられるが草部はクサ部と読むと違ったものにはなる
カヤと読めば伽耶の国のことになるからだ、物部、安曇部と連なっている時、原町区の桜井古墳はこの二つの氏族が関係している、というのは二つの棺があったとかなるとやはり物部氏と安曇氏の首長が葬られたのかとなるからだ

東界と北界にはそれぞれ大きな山があって、境界をつくっている。その山の向こう側が、毛深い人の住む国なのである。

「毛人(蝦夷)」説
「蝦夷」を古くは「毛人」と記したことから、「毛の国」、二字表記にして「毛野」の字が当てられたとする説。『宋書』倭国伝の倭王武の上表文には「東に毛人を征すること五十五国」という記述があり[原 1]、この「毛人」との関係が指摘される[6]。

古墳時代前期には東海地方由来の前方後方墳が多く築かれたほか、同地方由来の「S字甕」と呼ばれる土器も多く出土しており、畿内に対する独自性が見る説がある[20]。一方この墳丘形式について、墳丘規模がどの地域においても前方後円墳が前方後方墳を上回ること、東国においても前方後円墳と前方後方墳が併存していること
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E9%87%8E

九州が出雲より古く出雲をあけ渡す前に、おそらく安曇部族が入っていた
その験しとして安曇族の信仰や伝来物が包囲した形跡がある

阿部氏(安倍)はアヅミのなまったものである

福島県の吾妻山とか安積(あさか)とかも安曇(あづみ)のなまったものだという
http://musubu2.sblo.jp/article/189571236.html


これは九州のことであるがこれが不思議にこの辺と関係している
なぜなら桜井古墳は物部と関係して安曇となるととにかく綿津見神社が原町区には本当に多すぎるからである、20もあるとしたら本当に多い、この三つの部は明らかにこの辺にもあてはまるのである
ただ百済は違うとしても伽耶国とか唐(から)は関係している、唐は中国のことではなく韓国の韓(から)である
原町区には物部と対になって安曇氏がかかわっていたのである
ただなぜか安曇氏は正史の記録として残らなかった、でも神社は多く残した不思議がある物部系の神社が見あたらないからである
何らか物部氏は歴史から消されたとなる、安曇氏も消されたのである
残ったのは大伴氏でありそれは寺内古墳群を形成したのである

鹿屋野比売 顕宗即位前記 取葦草葉

<日本書記 神代上81>

草祖草野姫

この草祖草野姫(かやのひめ)は不思議に寺内に祀られている、この草とあてているがカヤであり伽耶国の姫ともなるのである、何らかで伽耶の国の人が葬られていくいる墓だったのかもしれない、それで真野の草原はこのカヤに由来しているのかとなる
萱が茂っていたから憧れの地とかなったとはありえないのである

黒樹取 草毛苅乍 仕目利 勤知気登 将誉十万不有

黒木とり 草(かや)もかりつつ 仕へめど 勤いそしき奴わけと 褒めむともあらず

皮のついたままの丸太。製材してない皮付きの材木。くれ。くろぼく。⇔赤木。
※正倉院文書‐天平宝字六年(762)三月九日・造石山寺所告朔「採黒木百八十物〈柱桁間度之類〉」
A 三〇センチメートルぐらいに切った生木をかまどで蒸し焼きにして黒くしたもの。たきぎとして用いる。京都の八瀬、大原あたりでつくられ、大原女(おはらめ)が頭にのせて京都市中を売り歩いた。江戸中期(天明ごろ)にはすでに名ばかりで、普通の粗朶(そだ)であったらしい。大原木(おはらぎ)。

黒木という地名が相馬市にありこの由来も古いとなる

阿太加夜神社」 (出雲風土記、意宇郡)がありこの阿太は安達太良や安達の地名と同源である。安積は安曇族と関係しているとなると海人族の宗像市などともに九州から出雲、瀬戸内海と海人族の跡は残っているからそれらと一緒に草原の地名も移動したのである。意富(オオ)氏と「阿太加夜神社」は草(カヤ)原という地名はセットととなって武蔵に移動して陸奥の真野郷に移動した。
http://musubu.jp/manokayagimotoketa.html

金銅双魚佩が発見された寺内の前方後円墳の下に草野姫(かやのひめ)が祀られている真野明神がある。ここはかなり重要な場所である
この草野姫とは伽耶から来た姫ともなる、つまり単なる草のことではない、伽耶国にまつわるものでありそれが祭られていたとなる

ともかく物部氏ー安曇族ー毛野氏吉弥侯部)ーは一体としてありこの地に関係した
ただ物部氏は一応物部吉名とあり吉名郷があり名前を残しているがその外神社がないのである
でも安曇族の残した神社は綿津見神社は多いのである、これも謎なのである
正史には記録がないことも不思議なのである、ただ他でも伽耶がかかわったとしてもそれも正史には残されていない、大和王権が最後にかかわった大伴氏族は正史に記されているし万葉にも残されているし大伴氏となれば天皇に仕えた大豪族だったのである
それで真野の草原の歌を残したとなる、浮田国造は毛野氏の系統でありその隣の相馬市の宇多郡が毛野氏系統の君子部が支配した、つまりここも一つの境界となっていたのである原町区の方が先に物部氏とか安曇氏が入ってきて開拓して桜井古墳を作った
でも大和王権は最初に毛野氏を通じて浮田国造を置き浮田地区が最初の拠点となった
その後にここに大和王権直属の大伴氏が入り支配したのである
そして金銅双魚佩はその首長に贈与されたのである

posted by 天華 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2022年10月22日

高齢化社会の地獄-大事なのは健康 (8050問題は始まっている-頼る人がいない恐怖の経験)


高齢化社会の地獄-大事なのは健康

(8050問題は始まっている-頼る人がいない恐怖の経験)

●人間の体もこれまでの行為の積み重ねで健康もあり不健康にもなる

72歳で脳梗塞になったのは辛い、ただ近くで三人くらいその前の年ても脳梗塞になっている、だから70以上になると何らか病気になりやすいのである
知っている人は煙草も吸っていたし健康的にはいいものではなかった
なぜ煙草をやめられないのか、他の人でもやはりストレスがたまりそうなっていたのである、問題はストレスでありそれが解決しないとやめることもできなかったのである
女性でも今は普通に煙草を吸う人はいる、でもそれが老人になって60以上になって
病気となる場合がある、もちろん煙草と癌の関係ははっきりしないがいい影響はないだろう

ともかく人間はそもそも突然何か病気になったり何でも突然には起きない、これまで積み重ねたものが現象になり症状となって現れてくる,カルマを積んでいてそうなっているのである、それは裕福でも楽した人も最後はかえって苦しむとかある
つまり人間はカルマから苦しみから逃れられない存在なのである
それは肉体的にも精神的にもそうである、生まれつきもある、人間は遺伝的に必ず誰でも欠陥をかかえているからだ、それは自分自身でもそうだった、高校の時蓄膿症の手術を二回もしている、それで頭がさえずやっと三流大学に入学できたのである
それも家族に恵まれてできたのである、今でもやはりこ鼻腔が狭く息が十分にできないのである
でも私は30頃に煙草とか酒はやめた、それが意外とそれが影響していてまだ体がそれほど衰えないのかもしれない、たた衰えていることは衰えている
それから私は学校とか会社に適応できな体であり心でもそうだった
だからそういう場所でマイナスであれ働くことがなく自由に生きられたので良かったのである、だからそうさせてくれた親には感謝しているから介護もできたのである
死んでも供養しつづけているからである

すべては生まれつきでは決まらない、体力ある人でも無理するとそれが後年たったて病気になり早死にしたりするからである、スポーツ選手が意外と早く死んだりするのはそのためである、では体力がない人がいいともならない、何か体力がない人は若い時でも冒険がしにくいからである、それで私でも登山はきつくてやめた、疲れ方が尋常ではなかったからである、40前で登山はやめたのである、その後は自転車旅行になったのである
自転車旅行は意外と楽なのである、ただ登山より楽だというだけでそれなり厳しい面はあった、でも疲れたら休めるし食事もとれるから長距離でも行けたのである
だからもしかしたら70以降でも自転車旅行はできないことはないかもしれない
つまり老人でもできるのが自転車なのである

●高齢化社会はマラソンになる、最後まで健康で走りぬいた人が勝利者

ともかく高齢化社会になるとマラソンなのである、70以上とかなると力尽きて脱落してゆく人も増える、病気になったり死んでしまう人もでてくる
つまり百才まで健康に生きる人がまれだというときそれはマラソンなのである
百才まで走り続ける人が本当に百才を生きた人なのである
でもどうしてもそれまで故障したりする、そこで百才を元気で走れる人は極まれだとなってしまうのである
金も必要だしまた百才まで生きればかかる、でも健康でないと悲惨になる
介護でも息子娘にも頼れないとかなっている時代である、それも息子娘も今は生活が厳しいからそうなる、頼りにくいからである

その負担は肉親と家族だけで負いきれないのである、その女性は72歳で脳梗塞になっても頼る人がいない、知的障害者の人を一番世話したが他の兄弟二人とはうまくいっていない、だから脳梗塞になっても知らせるなとか言ったという
また知的障害者の人に頼って頼ることもできないとなる、何か兄弟三人いきても二人は親のめんどうみたくないとなっている
でも誰がめんどうみるのか?父親は施設で死んだから良かった、では母親はこれからをなるのか、知的障害者の息子がめんどうみれるのかとなる
軽度にしても何かやはりわかっていないことがある、まだ母親は世話してくれるめんどうみてくれると思っているのである、その辺の理解がたりないのである
そこで知的障害者なのだとなと思った

普通だったら50歳まで子供の時のように世話していたら親が病気や介護になっても必死で世話する、自ずと強制されなくてもそういう気持ちになっているからだ
それは自分自身のことだった、60歳まで世話してくれた、だから私は自ずと自分が病気になっても必死で世話して介護したのである
悲しいのはそうして親に尽くされた人がそういう感覚を持てないことである
一応親に対して全くなにもしないということではないが何か親がまだ世話してくれると思っているのである
そんなこともう不可能でありそこが認識されていないのである
そこに不幸が悲劇があったともなる、何らか家族でもこうして悲劇がある

●病気や介護になると頼る人が問題、非情な人になると地獄になる

私自身の家族でも悲劇だったのである、家族が認知症でばらばらになったからである
その苦労をプログで書いてきたのである
たから人間は悲劇的に終わること知ったのである、それは私の家族だけではない何か悲劇的に終わるのが人間なのかということを知った
人間は悲しむ存在であり悲劇的存在なのである、地獄を生きるのが定めだと親鸞が言ったのもわかる、この世とはなんらか地獄を生きることなのである
戦争を生きた人もまこにこれこそ地獄を現実に生きたのである、その戦争の地獄は経験しない限り理解できないものだったのである

病気、介護⇒頼る人⇒?


頼った人⇒事業失敗して借金した人または泥棒(自分)

頼った人⇒5才で捨てられた子供⇒親は認知症になり金のみをねらい施設に入れる

頼った人⇒知的障害者の息子(ほかの二人は頼りにくいから)

ここに恐ろしい悲劇があった、頼る人がそういう人だったということである
でも他にいないからそうなったのである、これもその人のカルマだけど恐ろしいと思ったこの世とはこうして恐ろしい場所だと自ら認識した
もちろん介護などしたくない、それはわかる、でもそれだけではないそういう人は簡単なことすらしたくないのである、それが必ず行動となって現れる
だから病人の世話とか介護とかにその心が出やすい、なんでこんなジジババを世話しなければならないのだ、そういう気持ちが持てないからである
兄弟でも親に良くされ人が介護しろというのはそのことである
つまり人間はいくら装っても本心を偽ることはできないのである
必ず行為となって現れるから怖いのである、日ごろは隠されているが相手が弱者化したりする怖くないとなりその本心が現れるのである

知っている人は実の娘は五才まで育てていたが嫁ぎ先を出ては金持の家に後妻に行ったから金はもっていた、でも認知症になっていたのである
その人は全然親とも思っていないのである、ただ金だけ欲しいとなっていて施設にあづけただである
本人は頼る人がなくなってそうなったのである、これも恐ろしいことである
人間は必ず親でも子供に対して強い時がある、絶対服従だとかなる、でも後で必ずまた弱者化する、例え金があったとしても認知症になったら貯金すら下ろせなくなるのだ
これには本当に自分でも驚いた、いくら金を持っていても何にもならない、もう金を自由にできないのである
金を持っていてもそれ自由にできない、法律的に資格を失ったしまったのである
これは体だけではない、何の権利もなくなってしまったのである、そこに認知症の恐ろしさがある
もし信頼する人がいないならその人はどうなるのか?
実の娘でも育ててもいないのだから金だけが目当てになる、そうでなくてもこの世の中金だけが目当てなのがフツウだからである
施設で金持ちを介護してもそこに愛情など持てないからである、むしろこいつは金もっていて働かせられていると思っているからそれが行為となって必ず現れる、人間はどうしても本心を隠すことはできないのである

こうして楽した人でもカルマとなり苦しむことになる
誰もめんどうみる人はいないということである
助けてくれと言っても金をだせ、全財産を出したら助けてやるとかなる
そういうことがやりやすいのである、それが非情な人間社会の現実なのである
つまりこの世は地獄だということである、非情な人間がいるから地獄になる
他人の苦しみでも田舎なら楽しみにもなる、田舎の人間が情あるなど今はないからである人間は地獄を経験するために生まれて来たともなる
それはやはり地獄に生きることで天国を渇望するためなのともなる
ただひたすら念仏でも唱えて来世の極楽に行くことしか希望がなかったともなる
それがこの世の現実だったのである

●人間の本性の怖さ

また老人は老人を頼りにできない、病人が病人を頼りにできない、それだけの力がないからである、知っている人は糖尿病であり最近良くなったとしても85歳であり頼りにならない、老々介護になると介護する力もないとなるからこれも悲劇なのである
でも若い人に息子娘に頼ることもなかなかできない社会になっている
そこで悲劇的な最後になる人がさらに増加する、高齢化社会の地獄絵図がそこに展開する時代となる
おそらく一番世話した知的障害者の息子にその母親は頼っていることである
それが悲劇になる、私が頼ったのも泥棒であり金だけを要求するような人ばかりだった
他でも悲劇的なのが5才まで一緒にいた母親に育てられた娘にしか頼ることができなくなった、その娘は母親となと思っていないからである

本心が現れた世界が地獄!

地獄とは何か、それがダンテの地獄辺のように本心が現れた世界である、人間の悪が非情でもあからさまに隠されることなく現れた世界である
この世ではそうした本心は隠すことができる、でも地獄ではあからさまに現れる
それがまさに地獄なのである
「お前なんか世話したくなかったんだよ、俺は欲しかったのは金だけだよ、金持ちだから金をもらいたいだけだったんだよ、世話する気持など全くなかたんだよ」
こういう本心が行為となって現れ虐待になる
この世ですでになっていることもある、だから病気と介護の問題は金で解決できないのである、どうしても気持が現れるからである

いつも若い世代は老人は死んでくれといっんているときそれが冗談のように思っていてもそれが必ず現実化する、それは老人施設でも病人の世話でも介護でも起きて来るのである人間は力ある者、権力がある者には低姿勢になりごますったりするのが普通である
でも相手が弱者だとなると平気でいじめたりする踏みつけることもする
つまり人間を見る時弱者に対してどういう態度をとるかでわかる
そこに本心が出やすいのである、だから病気と介護の現場ではその本心が現れやすいとなる、やはり気持がないとできないからである
別に他の仕事だったら金をもらって一定の仕事するとか金をで買ったり売ったりする
そこに人間の心はあまり関係していないからである
そこは別に金で割り切ってやっているしそれをとがめる人などいないのである

もしそうして頼る人がまともだったら地獄に仏となる、そんな人はめったにいないとなるからだ、諺もこうして人間の経験の実験の歴史でありそれは今に通用しているのはいくら科学技術がこれほど発達しても人間自体が変わっていないからである
第一キリスト教徒が何十億人いたらこの世が天国になっているはずである
依然として地獄であり変わっていないのである
だからこの世を去ることこそが楽になることである、地獄はまさにこの世にあり別に来世にある訳もないのである、この世でみんな地獄を経験しているからである
地獄に落ちるとか罰当たるとかカルト教団が言っているけどそいつらもみんな地獄人間なのである、地獄に落ちるというけどこの世が地獄であり地獄人間が現実に生きている場所なのである

世の中は地獄の上の花見かな 一茶

一茶はまさに地獄を生きた人だからこの句ができた、救いは地獄にも美があったことである、でも大都会になるとそこに自然の美がなくなる、つまり大都会とは地獄でもあり地獄を作りだしたのは人間なのである

人間の本性とは怖いものである、権力ある者にはへつらう、また金持ちにもへつらう、でも本心はあくまでも違う、権力者に従うのはあくまでも相手が強いからそうなる、でも立場が変われば相手が弱者化すれば逆になる、今度はその強者も虐待することにもなる、あくまでも相手が権力者であり金持ちだから従っているのであり立場が変われば逆転するのである
人間社会とはそういうものだろう、戦国時代の下剋上とはそのことである、要するに人間社会は弱肉強食の世界だったのである
それは歴史をみればわかる、そこに平和などないのである、だからこそキリストは下僕となりなさいと言ったのである
権力を持ち金をもって人間の心は支配できないからである、やはり愛情をもって接して子供でも育てれば違うとなる
親がもしただ力をかるとして子供を支配するだけなら親とも思わないだろう
それが後で復讐されるともなる、夫婦の間でも夫が力があるからは服従させたりしても病気になり弱者化したら虐待されるのである、でも人間は必ず弱者化する、老人になると体も弱り弱者化する、その時が怖いことになる

「おれをこんな地獄におとしこんだのは、へつらいのせいだ、おのれの舌はそれでも飽きもしなかった」ダンテ地獄

へつらうというときみんな権力者には金持ちにはへつらうのである、それはマスコミとかもそうである、巨大な権力団体には逆らえない、だから原発が危険でも知らせない、その権力は政府が指導して電事連でも800億もの宣伝費が出ていたからである
そんな巨大な権力だから安全神話が作られたのであるねそれを暴いたのは津波であり人間ではないのである
とてもそんな巨大な権力に抵抗できないからである、権力が巨大化すると手がつけられなくなるからだ
そういうことはウクライナ戦争のロシアのプーチンなどでもそうである、独裁者の権力が絶大なものとなり誰も逆らえなくなるからである、そういうことで歴史は争いが戦争が絶えないともなる

●高齢化社会はマラソンであり最後まで健康で走りぬいた人が勝利者

ともかく高齢化社会を生き抜くにはマラソンを完走するには健康第一になる
健康失えばたちまち地獄に転落するのである、でも老化することは病気になることでもあり最後は体も弱り誰でも死んでゆくのである
望むことは健康で死ぬことだとなる、それができない、老衰は体が枯れるように死ぬから苦しまず死ぬから理想的だともなる、私の母親は100歳生きたが枯れるように楽に死んだのである、いつでも楽に眠るように死にたいと言っていたのである
その望みだけはかなえられたのである、それは苦労した大正生れの人だったら最後は楽に死んだとなる、でもみんながそうはいかない、苦しみ死んでゆくのが普通だとなる

頼る人がどんな人になるのかそれが問題だった
もちろん頼る人が無く孤独死とかもあり他にもある
実の親子でも子が親のめんどうを見ないことも普通にある
でも病気になり介護になると誰かがめんどうみざるをえない、でも人間はそういう人がいないなら誰にも世話にならず死んだ方がいいとなる
孤独死でも誰もそもそもめんどう見る人がいないのだからそれが悪いともならない
隣の部屋の人が二け月間も死んだのを知らなかったというのもそうである
電気がついていると隣の人は思っていたのである
でも兄弟が近くにいても付き合いがないとなっていたのだから孤独死が全部悪いともならない、そもそもめんをとみる人がいないなら一層死んだ方がいいとなる
後の死体の処理が問題だとしても誰も病気になっても介護する人がいないならそういう死に方の方がいいともなる

高齢化社会はマンションでも老朽化してぼろぼろになるとかそれも60年くらいでなる
そして空家が膨大に増えてゆく荒寥とした風景になる
子供の遊ぶ声も聞こえず老人だけが増えて認知症も膨大に増えてくる、その光景はもう始まっているのである、plan75という映画が公開された、75に成ったら安楽死を選ぶことができるとなる、それは余りにも悲惨なものとなるからそうなる
それは本人だけではない周りの人の負担も大きすぎるからである
国家自体が老人によってつぶされるとまでもなるからである
8050問題はもう始まっているのである、それは金だけでも解決しない問題なのであるもちろん国家の経済的負担も人数が多いのだから重荷となる

ともかく地獄が一定の住処なりという親鸞の言葉が高齢化社会の現実なのである
それは金がないこともあるが健康が喪失する病気になる老化して弱ることが地獄を産むのである、それは極一部除いて避けようがないのである
8050問題は始まっていてすでに地獄を見るようになっている、私の家族でも一人が認知症になりもう一人は百才まで生きたがやはり最後は5年間くらいは介護になったからである、その時自分自身も病気で塗炭の苦しみになった
その時助ける人はいなかった、それもカルマだった、私自身はそのカルマを自覚していた結局それほど自分は親に良くされたことでできたことなのである
他の人はそういうことがないから簡単にできないのである、だから子が親を捨てきる家族遺棄社会にもなる、でも誰かが世話しなければならないことにもなる
だから息子娘が放置することは問題である、代わりに世話する人がいるからである
それか強いられるからである、捨てる訳にもいかないからである

2022年10月21日

今年の冬が早い、近隣の無常迅速の短歌二十首 (柿の俳句ー冬に入るに故郷や家の短歌)


今年の冬が早い、近隣の無常迅速の短歌二十首

(柿の俳句に冬に入る故郷や家の短歌)

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伊達市石戸村

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石の庭我が家に安らぐ柿なりぬ

老人の我が家に安らぐ柿なりぬ

蔵古りて柿のたわわに石戸村

秋の夕一番星の冴え光る

枯山水流れひびきて冬の庭

組み合いぬ石と石かな冬深む


漁の船幾艘浮かぶ秋の朝海面光りて輝きまぶしも

何を見む何を語らむ命かなふるさとにあり冬に入るかな

誰か住むその跡に咲く菊の花我が手折りて室に挿すかな

金木犀一時匂ふ広間かな我が家の栄にあづかる人かな

近く住む医者を語れる人もなし何を残さむ忘れらるかな

苦しみつ生きてあわれも我が家に語りし女や病に倒る

病なれなほ生きなむ家にあれ齢幾ばく冬に入るかな

ふるさとに老いてなほ生くそれぞれに語るものあれ冬に入るかな

松一本家の跡にしありにしも今無きかも冬に入るかな

故郷の夕べさみしも幽かにも虫鳴く声に耳を傾けぬ

地震にそ壊れし家のそのままに空家のあわれ何を語らむ

昔なれ子供遊びし神社かな今は淋しも声も聞かじも

神社にそ天明の碑ありこの地にも歴史はありぬ我が家も古る


我が家に越中よりの移民なれ相馬の歴史語るもあわれ

小高より原町に住む女にあれ老いて変わりぬ無常なるかも

昨日(きぞ)ありし人は今無し無常迅速冬に入るかな

若き時逢いにし人はいづこにや行方も知れじ永遠に逢わざれ

誰が問うや墓のあわれも戦争に死す人なりし省みる人もなし

戦争に苦しみ果てしその命生きて語れる人も消えゆく

子に恨み残して死にぬ親ありぬこの世の縁の切れるも早し

我が母の遺影にそえてカーネーションの紫濃きをさして偲びぬ

言絶えて遺影微笑我を見む花を献げて守る家かな

清らかにきらめきあいぬ秋の星み空の澄みて濁りなきかも


昨日は北風が吹いた、今年はもう冬なのかもしれない、夏が来て秋が来ても短い
冬の感覚になっている、ただまだ紅葉にはならない、何かつくづく近隣を見ても死んだ人の家が空地になったりまた地震で壊れた家がそのままになっていたり今年の地震はまだ修復されていない、屋根が直されていない家がまだまだある
私の家の中もまだかたづけていないのである

本当にこの年になると無常迅速である、こんなに変わるものなのかとなったのは震災原発事故以降でありその後すぐに家族もみんな死んだ
何かめまぐるしく変わったのである、こんなに変わるものかとただ驚くばかりである
この世の中とは本当に変化である、常なき世界なのだ、無常の世界なのだ
それは昔からそうだったのである、だからこそ別に宗教を知らなくてもそのことは諺に残っている

若い時はどうしてもこうした無常だということがわからない、ただ人生は無限につづくものとみる、ところが30過ぎるともう青春とか若さは消えてゆく
そして40才になると白髪でてくる、つまり初老にもなる
だから実際は高齢化社会でも老いることは早いのである、青春はもう夢のように消えてゆく、それはあっという間だったとなる
その時あった人はどうなったのか、それももうわからないし逢うこともないとなる
人間が逢うということは縁があってそうなるのだがそれも束の間であり別れから一期一会となる出合いを大事にしろとなる

でも実際はいくら人と逢ってもそれはこの世の一時であり後は永遠に逢わないのである
もう50年前ともなれば本当にそんな人いたのかとまでなる
それで確かに子供の時五年間一つ屋の下で暮らした人のことを覚えていなかったという
女性がいた、その人は非情化した人間だからそうなった
でもその人とは本当にいたのかとも50年も過ぎるとなる

回りを見ると空家になったり空地になったり死んでしまったりしている
近くの医者はとにかく話題になる人だった、でもその医者のことを語る人もいないのが不思議である、あれほど語っていたのに語る人も死んだこともあるが他でも語ることがない家は残されているが地震で屋根をが壊れても直していない、一人息子も78歳で死んだと聞いて驚いた、その家にしても放置されているだけである


とにかくこの辺は原発事故の避難区域になった所は空家だらけであり老人が住んでいるだけでありやがて消滅するのかとなる、これも余りにも大きな変化だったのである
次々に人間関係でも変わってゆく、五六年家に来ていた女性も突然脳梗塞だ倒れた
これも大きな変化だった、その人の親しい人も糖尿病であり最近あったらめっきり老けていた、病院通いであり八五歳になるとやはり老ける、でもぼけではないない
どうしても病気になれば老人は一挙にさらにふける

その人は病院に半年くらい入院していた、でも病院にいてかえって悪くなりもう入院したくないと言っている、家に帰ってきてかえって回復したのである
そして良く庭を見たら柿がなっていたのである
その庭は大きな石を積み重ねた立派な石の庭がある、それはすでに若い時人一倍働いて家でも庭でも作ったのであり自慢なのである
だからそういう家にいることは病院と違って気持ち的に尊厳があるとなる
老人になれば体だけではない、やはり心が問題になるのである

だから総合診療が必要だとなる、家で死にたいというのは家がアイディンティティの場でありそこが生きた証の場所でもあるから家で死にたいとなるのである
そして死者は家でなお生き続けているのである
なぜなら残された人がいれば供養しつづけるからである、死者も家に生き続けるからである、また故郷でもそこは生き死にの場所であるから老人になると離れたくないとなる
ただ若い時なら他の場所でも慣れるから第二の故郷となるのである
だから老人は故郷を離れることが辛いとなる

柿は何か日本的な果物であり、KAKIで外国にも通じる、柿と石ともあっている
それは単に果物ではない、何か精神的価値がある、バナナとか外国の果物はただ食べるだけだが柿には精神的な意味を感じる
それは極めて日本的なものになっているからだろう
私の母親は柿が好物であり干し柿を食べていた、大正生れだから果物でもいろいろ食べられなかった、柿は干し柿でも子供の時から食べていた
そして霊山を越えて伊達市に入るとあんぽ柿で有名になる、石戸という村の名前もいい
そこで柿がたわわになっていた、柿の季節でもある
ただ私はあまり柿は食べない、他にいろいろ果物が今はあるからだ
かえって柿は高い、干し柿でも高いと思った、やはり果物も種類が増えたから他のものを食べるよちうになったのである
ただ石戸村には柿が似合っていた、その名前が良かったのである
だからまた行ってみようとなるが結構遠いから疲れる、でも紅葉を見に行きたいとなる

2022年10月20日

老人医療は総合診療が必要 (体の部分ではなく心まで全体を診る医者が必要)


老人医療は総合診療が必要

(体の部分ではなく心まで全体を診る医者が必要)

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週刊新潮10月27日号

これは確かにそうだった、この人は老人医療の専門家にもなっいてた
老人医療は60代以下とかと同じにできない
老人は体の部分を見るより全体を心まで見る必要がでてくる
体の一部を部品を見てその数値とか見ているだけでぱわからない
特に老人医療の場合はそうなのである

その女性は72歳だけど体の不調を絶えず訴えていた、でも医者には行って訴えて相談していた、何か所もの開業医とか病院にも行ってみてもらっていた
だから片方の手がきかない、食器でももちにくいとか訴えていた
他にも目まいがしたとかして実際目の前で自転車で転んだ
明らかに脳梗塞の前兆の症状が出ていたのである

ではなぜ医者が脳梗塞と気づかなかったのか?

それが理解できないのである、ただ脳の写真をMRIで遠くにも近くにも行って撮っていた
それも何ら脳梗塞のことを疑う人はいなかったのである
あちこち不調を訴えてもそれぞれ一部分として診ていたのかもしれない
ここで書いている総合診療をしていない、またそういう医者がこの辺ではいなかったのかとなる
つまり仙台市の上手の眼科に行ってもその人は眼しか見ていない
でも片手がきかないとか目まいするとか脳梗塞の症状が出ていた
眼だけ見ないで全体を診ていればわかったかもしれない

その人の行くべき病院は南相馬市だったら脳出血をみる新しいセンターができているし
そこに優秀な医者がいる、なぜ開業医でもそこで診てもらわないかとすすめなかったのだろうか?それも不可解なのである
老人に必要なのは総合診療であり心のケアまで必要なことである
体の一部分の専門家ではない、心までふくめた総合診療なのである

でもそれをやれとなれば一人の医者では重荷になる、ただ精神的ケアになると別に医者でなくてもできる、何か医者だけが医療にたずさわることではない
病気には必ず精神的ケアが必要なのである
むしろもしただ人間を機械のようにみて臓器でも機械の部品のように診ている人がいたら怖いとなる、でも実際はそうもなっているのである

まず一人の人間でそんなにいろいろできる人が気が回る人はいないだろう
数をこなさなければならないから一人にそれだけ気を遣うことはできない
だから病院で議員でも番号で呼ばれて怒ったというのもわかる
つまり病院では数をこなすから数として処理されるのである
だから看護師でも家族の役はできないというとき精神的ケアは必ず病人には必要なのである、そこに心の働きが必要なのである

要するに医者とか看護師でも病人を機械のように数として診たりしていることは怖い
でも数をこなすとなればそうなりやすい、だから私は二回病院に入院して虐待もされたし親戚でもその人は全く愛情がない人だったから手術の時何もしなくてもいるのが嫌だったのである、また箱一つ入院するとき持つのも嫌がっていた
私のために何もしたくない人だったのである、そういうことは必ず行為となって現れる
それが病人に影響する、もうそういう人がいるだけで体は悪くなる
私はこうして病気になり介護になり人とかかわって恐ろしい目にあった
ただこれも楽をしてきた自分のカルマとなってこういう恐怖を味わったのである

心のケアとなると宗教家の役割なのかもしれない、医者は体をみるが心までみれない、
ただそれにしてもそんなに一人の人のために気を配る人はいない
前にも書いたけど

「もっと栄養をとりなさい」
「私は金がないので果物を食べろと言って買いません」

そうは医者には言えない、では金をあげますから果物を買って食べなさいとはしてくれない、むしろ医者は常に金をのことだけは心配しているのである
だからいらない薬でも飲ませるとかなる、そのために病気でも悪化するとここで書いている、医者は家族と違うのだから金のことや心まで診れないのである
そこに限界がありそこまで要求もてきないのである
でも医療は心が相当に影響する分野である、もともと心と体は一体である
それを分離するのが西洋式だともなる、漢方とかなると体と心を一体のものとして見ているからである、色心不二とかそうである、色とは肉体のことだからである

いづれにしろ現代の問題はあらゆるものが専門化して部分化することである
教育自体もそうだし学問でもなんでもそうなのである
全体としてみれないのである、職業でも無数に部分化して田舎でも近くでも何をしているのかわからないのである、これもだから不思議だと思う
何で生活しているのだろうとなる、昔だったら農業に従事している人が六割とかなれば自ずとどういう人なのかわかる、今は本当に職業自体が部分化してわからないのである

だからとても総合診療というけどできない、総合的に見れないのである
それは原発事故でもそうだった、原発もエネルギーを作る全体の一部分だったがそれが生態系を空気でも水でも森の木でも土でも放射性物質で汚染された
つまり生態系とは全体のことである、その全体にどういう影響があるのか見れなかったのである、つまり現代の問題は総合的に見れない、もし事故になったらどうなるのか生態系が汚染されたらどうなるのかを見ていないのである
ねの全体を壊すということを見ていないのである
人間はまず本当は全体を総合的に知り仕事でもするべきなのだけどそれが理解不可能になっている

第一原発事故でも吉田所長すら復水器のことがその方の専門家でないから知らなかったのである、他の社長でも会社のことを全部知っている人などいないのである
何かそういうことから破綻してゆく、社会が大きく文明も崩壊してゆく
それは科学技術の分野だけではない、経済の分野でもそうである
誰もグロ−バル経済のことなど知りうる人はいない、だから当然ある時株が暴落したり
世界中で破綻して混乱してコントロールできなくなる
経済政策してももう物価高がとめられないとか円安がとめられないとか世界恐慌になるとかなる、全体のシステムが崩壊してゆくのである
それはバベルの塔と同じなのである
要するに誰も全体を知りうるものはいない、そこでカタストロフィが起きてくる
そうして文明は崩壊するのである