2018年10月07日

つらぬく、生きぬく、耐えぬく人生


つらぬく、生きぬく、耐えぬく人生
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つらぬく
生きぬく
耐えぬく

生きるということは何か?何か信仰で信念でも仕事でもこの三つが必要になる
そのつらぬくものが何かは人によって違ってくる
どうしても人間は曲がったものになるのはやはりそれだけこの三つが実行できないからである

国家的規模で歴史でもそれができない,それで戦争で負けたら全く日本人はあっさり転向した、アメリカにすべて従い日本人の自主性を失った
だから小野田少尉はジャングルで依然として戦闘状態にあり帰ってきたときがっかりしたのである、日本にはあれだけアメリカとも戦っていたのにアメリカに従うだけの国になっていたからである

そこに一貫性が国としてなくなっていたのである
国にも骨格のようなものがありそれが喪失したら国として一貫性もなにもなくなり成り立つのかともなる、だから戦後はただ経済的豊かさを求めるだけであり日本人としての一貫性は喪失して日本人の独自性も喪失したとなる
民主主義をとりいれてもただ権利だけを主張するエゴ的なものとして主張するようになった

右であれ左であり人間は一貫性があればそれそれで辻褄があってくる
でも転向すると何であれ辻褄があわなくなる
そういうことはすでに青春時代、若い時方向が決まってしまう
若い時妥協して曲がってしまうとその後も曲がったままになりやすい
カルト宗教団体でも何かおかしいのではないか?
そう思ってもずるずるそこにあって脱出できなくなる
若い時何かそうしてそれぞれに違っていても方向を決めるものにぶちあたる

ただ人間の一生は時代によっても違うしいろいろだから家庭環境でも生活する場も性格も違うから外から見て何を貫くは違うものになる
なぜ師がいたとしてもすでに師との世代差があり生きる環境も違うとか生い立ちも違うとかあり必ず師と違ったものとなってゆく
師の人生であり弟子の人生は人生で別に築いてゆくものになる
必ずそこで時代の影響を受けるから違ったものになる   
師とは別個の人間であり師と同じになることではないがカルト教団では師が絶対化して師のコピー人間にされる
大量の奴隷のようにされる、そこに師の危険性がある、師は学ぶとしても否定されるべきなのである
師と同じになることではないのである
正直あまりにも過酷だと自分の場合は耐えられないものとなった
環境に恵まれた結果として今日がある
だからそれぞれの条件は違っているのである                          
もし偉大な人なら過酷な条件でも耐えられるからである。

ただこの三つの戒めがあって人生は何かなしたとか実りが生まれる、満足が生まれる
でもどこかで曲がった方向に行きやすい、そこに強大な力が圧迫がある
それで曲がった方向に行ってしまう、その強大な力に従った方が楽だからである
でも若い時その方向性が決まることが怖いとふりかえり思う
一旦その方向が曲がった方に行くと正しい方向にもどせないのである
カルト教団に入ってもそこから脱出できない、それには相当なエネルギーが必要になるからだ 

それはだいたい30くらいまで決まってしまう、だからその後に変更することはむずかしくなる、ということは若い時にその方向が決まってしまうとなる
「若き日に汝の神を覚えよ」というときそうである  

「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。/苦しみの日々が来ないうちに。/『年を重ねることに喜びはない』と/言う年齢にならないうちに。」

その時を逃したら神を知ることができないともなる、だから若い時方向性が決まるから怖いのである、もちろん自分の一生は何か間違っていたしふがいないものだった
何か特別優れたことをしたということはなかった
社会からはずれたものであり参考にはならないかもしれない
ただ若い時の方向は間違っていなかったことは確かである

ともかく人間にはこの三つがないと満足したものとはならない
第一何をするにしても簡単に成ることはないからだ
即席に何かうまくいく成ることはない、するとどうしてもこの三つが必要になる
地道に努力して最後に成功するということがある
でも日の目を見ないとなかなかそうして継続して努力しつづけることが嫌になるだろう
それでも継続してこの三つを守れば最後に実りがあり満足がある

大地に根を張り
まっすぐに伸びた木よ
そはここに力強く根付き
その生は全うされた
そしてここに倒れた
その倒れた木はなおここにに立っている
一つの標としてここに立っている
その姿は不変でありゆるがない
その木はまっすぐに立ち
曲がることなく立ち倒れた
そこに悔いはない
その生は正しく全うされたから

人間はやはり土着的なものとしてある、その土地に木のように根付く
その土地に根を張り生きてゆく、そういう場が必要なのである
あちらこちらと移動していたらそういう強いアイディンティティではもてない
そこから文化も生まれるからだ、だから人間も土着的なものしとてある
だから都会には現代にはこうした土着なものは欠如しているからアイディンティティがもてず浮遊している感じになる
そこに生の充実感が得られないのである

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この最高裁判所の真ん中にあるのは樹の幹である、そして石に囲まれている
これは最高裁判所にふさわしい建築だと思った
木というのが真ん中にあり石という堅固なもので囲まれている
それは正しさを追求する場にふさわしいとなる
建築にも思想が反映されると重みを増すのである

一般的に日本の建築はそうした重みがないのである
現代文明にある建築にはそうした重みがない
ただビジネスする金儲けの場としての建築である
つまり精神性がないのである
精神性が養われない世界なのである
煉瓦作りの盛岡銀行のも何か堅実なものを感じる
高層ビルとかあってもそこに精神性がないからただ高いというだけになっている
ともかく樹の太い幹が柱となり石に囲まれているのは最高裁判所の内部にふさわしい














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2018年10月06日

責任をとらない,自覚しない、そしてまた同じことをする (戦争も原発事故も同じだった)


責任をとらない,自覚しない、そしてまた同じことをする

(戦争も原発事故も同じだった)


人間は何かというと責任が問われると思った、責任が問われるのは重要な地位にあり権力を持っている人である、権力という時それは今なら金が大きな権力になる
金で人を支配できる世の中だからである
それで東電とか電事連とかから莫大な宣伝費がマスコミに流れた
しかし戦争と同じく今回も誰も責任は問われていない、責任を課せられないのである
これだけの重大な被害があったのに過失致死傷にもなっているのに責任が問われない
それはなぜなのだろうかとなる
そういう無責任体制がもともと日本人にあったからだとなるのか?

戦争の責任は別に日本だけにあるのではない、アメリカにもあるしヨ−ロッパ側にもあった、なぜならなぜアジアまで進出する理由があるのか?
そんな遠くからなぜアジアまで来て侵略して自分の領土とする納得する理由があるのか?植民地にする理由があるのか?それは一方的なものであった
アメリカとの戦争でもアメリカに正当な理由があるわけでもない、真珠湾攻撃だってそれはアメリカがしかけたものだともされる
アメリカに別に正義があって戦争したのでない
とにかく日本を潰したいということでした戦争である
要するに喧嘩両成敗なのである、そしてアメリカが原爆を落としたことはこれはどんな言い訳をしてももう人類に対する重大な犯罪だった、それがカルマとなってアメリカに永遠にふりかかる、だから原子力発電でも核兵器につながるから最初日本にもたせたくなかったというのもわかる、また北朝鮮のような小国をあれほど恐れるのも核の呪いがありアメリカは日本に原爆を落としたことで恐れているのだ

でも一方で日本はどうだったのか?その責任は問われたのか?責任を果たしたのか?
これもほとんどなかった、これは別にアメリカが裁けるものでもない、日本とアメリカの喧嘩両成敗になるべきものだったが勝者が敗者を裁いたというだけである
そもそも戦争というそのものが犯罪なのである、その犯罪は裁かれることもないし責任を問われることもない、でも確実に何か事を起こすと人間は責任を課せられる
その責任とは三百万人が死んだということである
この事実はあまりにも重いのである、天皇もその罪を担うことになった
天皇にも責任があった、これも逃れることはできないことだったのである
天皇は神ではない、それで神ではないとしてアメリカにGHQに命乞いして助かったとされる、天皇が罪人となることは日本人にとって耐えられないこととなったからそうなったともなる

ともかく人間社会で例えば犯罪を犯しても別に反省することもない人も普通にいる
第一その人は犯罪の自覚がないのである、自覚がないから反省もしないし罪の自覚もない犯罪を自覚する人はそれだけモラル的には優れている
なぜなら犯罪を自覚しない、そういう人は自覚させられない限り犯罪したとも思わないとういこともある,いろいろな理屈を並べて自覚しないことがある
オウムだってそうだろう、宗教のためにポアしてもいい、殺すのは罪にならない、むしろ救済だとして殺人団体になったのである
人を殺すことになんら罪悪感もなく自覚もなく殺したのである
そういうふうに殺人すら理屈をいい正当化されるのである
戦争でもそうである、おそらく本当は戦争自体が人類の罪でありどちらが正しいとういことはない、どらちにも正義があるからだ
ただ力の強いものが正義だとされる

戦争でも誰も責任はとらなかったが300万人が死ぬことで責任をとらされた
原発事故でも誰も責任はとらないが地元で故郷に住めないとか荒廃してしまった
責任は地元でとらされたのである
でも事故を起こした「安全神話」を作った人たちは政治家でも官僚でも東電でもマスコミでも誰も責任はとらない、裁判になっても裁判する法の官僚にも責任が問われた
東電に天下りしていたとかなるからだ、そこで利益にあづかっていたからである

そもそも責任を明確にしないことは善悪でも明確にしないことである
あいまいに終わり何が悪いのか罪なのかすらわからなくなる、結果的に日本軍を正義の戦いで死んだのであり英霊として祭ることになる
そうなれば別に日本の戦争は聖戦であり誰も責任は問われないのである
日本の英雄として祭られることになり戦争を推進した人たちは褒められるべきものであり責任を問うことなどしなくてもいいとなるのだ
でも300百万人が死んだことや原爆を落とされたことは永遠に消えないのである

つまり日本がアメリカに謝るとか韓国や中国に謝るということではない
何か責任があるという時日本は永遠に中国や韓国に謝ることになりそのことでつけいれられて賠償金を延々と要求され悪者にされる
でも戦争の責任はアメリカにもありヨ−ロッパにあったのだから不公平だとなる
でも日本は攻め安いから責めているだけなのである
人を裁くなと神が言う時人は人を裁けないからそうなる

いづれにしろ戦争でも原発事故でもその責任の所在を明確にして責任をとらせないかぎりまた同じことが起きる、それは何が責任なのかも明確にしないからである
もし責任の所在を明確にして責任をとらせれば次はそれでその過ちと罪を自覚するから同じ過ちはしないとなる
でもそれが明確にならないとするとやはり同じ過ちを日本人は繰り返すことになる

原発事故は国家的犯罪で起きたとういことがある、「安全神話」は日本の権力をもつものによって作られたからである
そこにはマスコミも明確に入っていた、マスコミという報道機関も犯罪者だったのであるそれは朝日新聞が戦時中戦争をあおったことと同じである
朝日新聞も東電の幹部に中国に招待接待されていたとき事故が起きたことはそのことを象徴していたのである

要するに責任というとき権力をもつものがまず責任がある
権力がなかったら何もできない、報道すらできない、そしたら責任をもていってももてないのである、マスコミは六局は報道する権利を与えられていたから責任を言われる
特別な権利を与えられていたから責任を問われる
それは政治家でも官僚でも東電でもそうである、御用学者でもそうである
「安全神話」を作ったのはこうした権力をもった人たちだったからである
それは戦争の構図と同じだったのである
日本は神国であり天皇は現人神(あらひとかみ)であり神であるから戦争に負けないと同じだったのである、そうしたものは誰なのか?
国民も加担して戦争に熱狂していたというとき原発は電気が必要であり国民が望んだものだというのとにているのである
つまり国民が望んだものだから国民にも責任がありみんなに責任があるから結局誰も責任がないとなる、それは戦争を起こした構図と同じなのである

そうなると誰も犯罪であっても自覚しない、悪いとも思わない、別に東電でも月給が下がったりしないし被害はそれほどない、評判が悪くなったとしてもそれほど実害がない
でももしオウムの幹部のように死刑になったらいくらなんでも自分はなぜ死刑になるのだと反省するだろう、現実にオウムの幹部は麻原にだまされたとその時反省したが時すでに遅しであり死刑にされたという責任をとらされたのである
死刑になるくらいの責任をとらされてはじめてその罪でも過ちでも人間は自覚するとなるそれで死刑になったことは外から見ても厳しいなと見るが当然だったともなる

東電の幹部でも官僚でもマスコミでも御用学者でも数人でも死刑になったらどうなるのか?

その時その責任の重さにふるえあがり責任が否が応でも自覚されるのである
だから原発事故でも誰も責任をとらない,とらされない、その罪の自覚はない
あれは津波という天災の結果であり責任はないとなってしまう
そして戦争でも同じだが原発事故でも反省しないから原発推進にまたなるしなっている
人が死んでいるわけでもないとか軽くみる、でも故郷に住めないということは甚大な被害だったのである、これまで積み重ねた歴史が奪われてしまった
それは人生と同じである、自分たちが生きた証が故郷にあった時そこに住めないということで奪われたとなるからだ



posted by 老鶯 at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年10月05日

長寿大国 日本と「下流老人」森亮太を読む (手厚い治療や延命治療はできない、国にもその金はない)


長寿大国 日本と「下流老人」森亮太を読む

(手厚い治療や延命治療はできない、国にもその金はない)

この本は医者が書いたものである、医者から見てもう手厚い治療が限界だとしている
老人はもうそんなに医者にかかったり介護で手厚くしたりできない
老人はもうある程度諦観する、あきらめることが必要だとしている
それは結局老人にもうこれだけ増えてくると金も使えないし労働力も使えないとか限界にきているからである
日本人は病院好きだとか薬好きだとかそれで無駄な金が使われる
老人の病気は老化もありなかなか完治はしないから無駄に検査したり治療したり薬を飲んでも治らない、だからある程度あきらめるべきだという
そういうことは感じる、金もないのに仙台の医者に行き次は東京の医院で高度なMRIで写真をとる、それが必要だったのか?

今は医者だと高度な機械を設置しないと患者が来ない
そのためにまた医者でも金がかかる、するとそのために東京だけではたりなくて全国から患者を呼ぶということも必要になるのかもしれない、大学の関係で患者を呼び込むとういこともしているのかもしれない、つまり医者の方でも金がかかる
患者の方でも金がかかるのが現代の治療なのである
先進医療となるとさらに金がかかる、でも病気になるとどうしても金を節約できないのである、それで破産した老人の例を出している
そのことは他でも良く聞くことである、癌になるとかするとたちまち一千万単位で金がなくなったりする、それで老後破産になったりする
貯金が退職金をふくめてかなりあってもそうなっている
それはなぜなのか?

どうしても60以降は思いがけないことが起きやすいのである
その一番の思いががけないことが病気なのである
なんらか60以降は病気になりやすいのである、それから親の介護に直面することが多い私の場合もその二つが同時に来たから四苦八苦してきたことをプログで書いてきた
こういうことは自分だけではない,60以降に起きやすいことがこの本を読んで納得する60以降の最大の問題が病気なのである
それで予定が狂ってしまって老後破産に陥ってしまう

そして人間は60以降とか老人になると弱者化するのである
この弱者化することで犯罪にあったり追い込まれることが多い
それは自分が経験したことであり驚いた
頭がいいとか大の男も恐れない、こわがっでいた、それが見る影もなく無能化された姿には愕然としてたのである
銀行から金もおろせないとか認知症で白痴化したことは変化がはげしすぎたのである
それで対応に右往左往することになる
夫婦でもどちらかがそうして病気になると途端に弱者化してどん底に陥る
老後のリスクは金がないというだけでない、病気になるリスクが一番大きいのである
そこで予定が狂ってしまう、だからといって治療費を節約できないことが苦しいのである

自分に起きたようてことは60代以降に起こりやすい
親が介護になったり夫婦でもどちらかが介護になったりすると途端に弱者化して
追い込まれる、その時弱肉強食の世界が老後にも容赦なくふりかかる
それで耐えられなくなり悲惨な状態に追い込まれるのである。
現代は特に情がない社会であり金だけを要求する社会である
だから一人暮らしとかは孤立して誰も助けないような状態に陥りやすいのである
それは自分だけの特殊な状況から起きたとも言えないとこの本を読んで思った

Cさんはの代わりに買い物したり、ディサービスに向かう際に手助けしたり何かと身の回りを世話してくれた知人にお金をもち逃げされた
Cさんはその人の信頼して部屋の鍵まで渡していたのです
全部で3000万円近い金が盗まれました

この人は妻と死別して一人暮らしになったときにこうなった
いかに一人暮らしが今は危険か弱者化するかわかる
これと同じ経験を自分もしてきたからである
事情は違うにしろ一人暮らしは弱者化する、信頼して頼る者がいなくなる
するとそうしてヘルパ−などを頼み家の中に引き入れることがどれだけ危険なことかわかる、この人はそれなりに相当信頼していたがこれだけの被害にあった
額は違っていても自分も同じような目にあったからだ

ではなぜこうなりやすいのか?
それはヘルパーとか今は困窮した人がなる、金に余裕ある人は手伝いさんのようなことはしないのである
それが矛盾している、金に余裕のない人はそもそも危険である
しかし金に余裕がない人しかそうして働かないのである
老人でも金に余裕ある人はパークゴルフとか趣味とか遊んでいるのである
人間はいい悪いではない、もう窮迫している人はどんなことでもする
そういう人がそうして一人暮らしとか困った人の家に入ってくるから危険なのである
金に余裕がない人とか心に余裕がない人はまず人を助けることはできない
借金しているとか金がないとかしている人は常に頭が金しかなくなる
するとそうして入ってくる家なら金を得ることしか考えない、それは人のめんどうをみる
というより自分の方が苦しいのだからそんな余裕がないからである
つまり襲う人も弱者を襲い襲われる人も弱者なのである
弱者につけこみやすいからである、襲いやすいから弱者がねらわれる、襲う人も弱者なのである


働くことも人助けなんだけどそれは余裕ある人ならできる
余裕のない人はできない,むしろ相手が弱者化したときチャンスだとなるのである
こういうことは高齢化社会で起きやすくなる
一人ではどうにもならなくなる、介護でもそうである
その時家の中に入ってくる人は余裕ある人ではない、その人も困窮している人が多いのである、余裕あって金があってボランティアする人などいないのである 

この人は本当に悲劇だった、自分も同じだったから同情した
高齢化社会は長寿社会は暗黒の面が大きい、金の問題もあるし病気になること、自分自身だけでなく夫婦でも一方が病気になると悲惨なことになるのである。
この本で言うように自分の死に方でも事前に決めておく、延命治療はしないとか何かもう治療でもそんてに手厚くしないで死に向かうことを決めておく、つまり生をある程度あきらめる、そういう覚悟が超高齢化社会には必要になる
ただ別に健康ならいいのである、それだって百歳まで金があるのかとなるなくなる、老人は稼げないのだからどうにもならないのである、人間が長生きするとき少数だったらいいがこれだけの数がそうなるともう国を圧迫して国自体を破産させるとまでなっているのだ

だから若い人たちに老人は早く死んでくれとなるのもわかるのである
それはあまりにも数は多すぎることなのである、老人にはもう希少価値はない、長生きしたからと大事にもされないし敬老精神もないそういうなかで生きるとなると地獄だともなる
病院に行ったら早く死んでくれとか、介護施設は入れないとか、金がないものも死んでくれとかなる 
それは国をつぶすほどに老人が増えるからである、駅でも見ていると本当に老人が多い、老人ばかりが目につく社会なのである
その辺に老人ばかりがうろうろしている社会なのである
その人たちは別に用あるわけでもない、ただ何もすることなくうろついているだけだとなるからだ


posted by 老鶯 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

オウムは何だったのか? (現代文明から必然的に生まれた−偶像崇拝、科学者の崇拝など)


オウムは何だったのか?

(現代文明から必然的に生まれた−偶像崇拝、科学者の崇拝など)


● 偶像崇拝の危険

●科学技術社会の混乱

●大衆社会の真のエリート不在  


●偶像崇拝の危険

オウムとは何だったのか?これも一つの答えはないだろう
宗教の基本には偶像崇拝の否定がある、これがユダヤ教から発したキリスト教でもイスラム教でも最大の戒めである
偶像崇拝の否定から宗教がはじまった、人間はそれまであらゆるものを万物を神として拝んでいたのである、それは眼に見えるものを拝んでいた
目に見えるものは崇拝の対象になりやすい、すると自然の万物が神になる
木でも石でも山でもあらゆるものが神になる、動物も神になる
それはエジプトであらゆるものが神になったこととにている
それあアジアのアニミズム信仰ともにている、そして人間自体も神となる
エジプトでは神々に満ちていたからである
そういう偶像に満ちた世界からの脱出として出エジプトがあったともなる
出エジプトの前からも聖書では偶像との闘いがっあった
偶像信仰との戦いがそせそも宗教の始まりだったのである
神とは何か?その答えは偶像の否定から起きた、神とは形になるもの目に見えないものとして聖書で偶像の戦いのなかで示したのである

偶像礼拝とは

金の像を拝まないと王から殺される危機だったが守り通した、それだけ偶像の力は今でも強い、信仰するに至っては必ず偶像崇拝に陥る
その偶像を否定しないかぎり信仰には至らない、つまり信仰とは今でも偶像崇拝との戦いなのである、それだけ偶像の力が強大だからである
仏教では仏像から日蓮宗でも真宗でも題目を唱えることになったのは進歩だったのである偶像の否定として仏像を拝むことをしなくなったからである
偶像は依然として強力である、例えば師は本当に偶像になりやすいのである
師は必要でもそれが偶像として崇拝するようになるとき危険なものになる
師の危険性はそこにある、未熟な若者だと余計にそうした師を異常に崇拝するようになるからだ、それを神としてしまうのである

仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。羅漢に逢うては羅漢を殺せ。父母に逢うては父母を殺せ。
親眷に逢うては親眷殺せ。始めて解脱を得ん。

師というのは偶像化されやすいのである、つまり解脱とか悟りでもここまでいかないとない、命がけで偶像を否定しないとないのである
何故なら必ず偶像崇拝になり偶像がたちはだかることになるからだ
オウムの麻原も偶像化されているし創価でも池田大作がそうだしまた幸福の科学の会長もそうだしたいがい新興宗教の教祖は偶像化されているからだ
その偶像に何百万人が礼拝している、とすると偶像を否定することは何百万人の人たちの反感をかい攻撃されることになるのだ、だから宗教は奴隷化されふすいのである

あなたの救の喜びをわたしに返し、
  自由の霊をもって、わたしをささえてください(ダビデ)

あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。
(ローマ人の手紙)

自由の霊というとき集団組織に属しているものは奴隷の霊が与えられている
だからカルト宗教団体となり奴隷の霊を与えられているのである
なぜあれほど会員獲得に励んでいるのか?奴隷の霊を与えるためだとなる
それから地獄の霊を与えるためだともなる、カルト宗教団体では恐れと地獄を説くからである、それで脱会できなくなる、罰があたるとかを本気で信じているからである
それがまさに奴隷の霊を与えられたことでありその呪縛から逃れられないのである
そうしていれば一票を確実に獲得できるから選挙では力を発揮するとなる
つまり集団組織に属している宗教は信者は奴隷なのである
それを否定することはすでに社会から攻撃を受ける、それは社会そのものになってしまうからである、創価などを批判したらマスコミでもしない、権力をもっているからできないのである、そういう人は社会から排斥されることでもわかる

●科学社会の混乱

それから現代を特徴づけているのが科学が宗教となり信仰となっていることである
現代ではもう奇跡はない、奇跡は科学がもたらすし実益をもたらすから科学信仰になる
カルト宗教団体でもそこに医者がいたり科学者がいたりすると信用されるのである
今一番尊敬され崇められているのは医者であるからだ
あそこの団体には医者とか科学者とかがいるとなれば庶民でも一目おくのである
そもそも宗教が一般化したのは病気の治癒のためである
会津であれほど宗教が古代から入ってきたのは病気の治癒のためでありなぜ法印とかが必ず山伏が地域に小さな村でも一人とかいたのか?
それは病気の治癒のためだったのである、またなぜ地蔵が多いのか?
それは様々な病気のとき祈るためである、腰が悪いとか目が悪いとかあらゆる病気がありそれに効く地蔵があり祈っていたのである
そして村の中心には必ず薬師堂があったことでもいかに病気に苦しんでいたかわかる
人間の最大の問題は病気なのである、今でもそれは変わりないから医者が神様になってしまうのである

そして現代は科学の時代であり科学者を無視してありえないのである
科学技術者が神様になる社会である、だからこそオウムが理系の優秀な学生を虜にして間違った道に踏み入ったのである
その原因が偶像崇拝にあった、それと科学が結びついたことになったのは時代を反映していたのである、現代文明はそもそも複雑怪奇でありどうしても迷路の中に入ってゆく
何も指標がなくなった、あるのとはカルト宗教団体くらいしかない、そこでは救済を説くがカルトなのであり道を説くとかは全くない、会員を増やして勢力をましてこの世で力をもつことである、そして外国の勢力が加担して政治的なものとして利用される
キリスト教会でももともと宣教師が入った所はそうである
今では韓国系統の宗教団体は統一教会などがそうである
そういうものを否定したのが内村鑑三の無教会などだった、外国の宣教師などを拒否していたからである
そしてそういう独立系統のキリスト教は日本の伝統を重んじていたのである
内村鑑三は武士道を基にしたキリスト教を唱えたし手島郁郎は良くわからないにしても神道的キリスト教ともなっていた、日本の伝統を重んじたキリスト教となっていた
そこに外国の勢力が加担しないということがあった

●大衆社会の中での真のエリート不在

現代とは何か?江戸時代と比べると江戸時代は侍がいて指導する社会であり庶民は責任はない社会である、庶民はまず政治に口を出せないからだ
その代わり責任もないのである、侍はその代わり大きな責任を課せられていた
それで責任をとるものとして切腹させられたのである
それで庶民は侍になりたくなかったのである、そういうことを見ているからそうなった
責任をとる人は明確だったのである

現代とは民主主義になればみんな責任があり何かあっても誰も責任をとらない時代であるそのことを原発事故の責任で問うものになった
政府でも官僚でも東電でも科学者(御用学者)でもマスコミでも責任があったが責任はとらない、それはなぜなのか?。
原発を作ることは国民の賛成が支持があってしたこととなるからである
原発を作ることは国民に選挙で選ばれた人が政治家が率先してしたから何事民主主義社会では一票をもった人に権利が与えられているのだからその一票を投じた人が選んだ人に責任があるとはならないのである、選んだ人が悪いとなるからだ
だから政治家を批判したとしても選んだ人が悪いとかならずなるからである
ただ一票だとそれほど力にはならない、それで投票でも半分くらいしか行かないのであるそうすると国民が権利を放棄しているのだから民主主義は成り立たないともなる

そして現代で力をもったのもはマスコミのように大衆を操作するものである
娯楽を提供して大衆を操作する、カルト教団のように芸能人を利用して操作する
マスコミ自体がそうして愚かな大衆を操作するものとしてあると自覚している
愚かな大衆はマスコミに操作されるべきものだとして真実は報道されない、ただ大衆は操作されるべきものとしてある
だからこそ原発事故でもマスコミは電事連から莫大な宣伝費をもらっていた
権力と一体化してうまい汁を吸っていたとなるのだ
マスコミが現代のエリートであり指導者となっていたのである
それが大きな現代社会の堕落なのである、そしてテレビだと六局しか報道できなかったことでもそうである、その権利はあくまでも民主主義を促進させる正しい情報を与えるものとして権利が与えられたのだがその責任は果たさなかった
権力と一体化して利益を得ることしかなかったのである

いづれにしろ現代は真のエリートも地の塩もいない、指導する人はいない社会である
その中でアウトサイダーとなるような人がいるがそれは異常なものとして社会の異端となる、社会には受け入れられないのである。
そういう混乱の中で優秀な若者でも迷路の中にまよいこむ、それがオウム事件として現れたとなる
やはり社会には地の塩となるべき指導層が必要なのだが現代では失った
またそうした指導層でも堕落する、ただ利益だけを求めるものとなる
でも民主主義は愚民政治化してしまう、大衆は別に高邁なものは求めないからである

第一宗教でも高邁なものを求めたのだがカルトとなりただ御利益を求めるとてって俗化した、それは資本主義が修道院からはじまり節制とか他者への愛の実践としてはじまったのがただ強欲資本主義になったのとにているのだ
結局世俗化して堕落する、現代文明はそうしていくら科学技術が進歩しても精神的には荒廃して堕落したのである
そして異常に科学者が技術者がもちあげられて神のようになった社会なのである
そこにオウムが生まれ幸福の科学でも生まれる下地があった
科学ぬきではありえない社会だからである
科学が万能であり人間の望みを欲望をかなえてくれるものとしてあるからだ
しかし科学技術が何でもかなえてくれるかとなるとならない、今回のように原発事故となり挫折して終わるのである


posted by 老鶯 at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年10月04日

どこまで自己責任なのか? (自己責任になるための条件−なんでも説明責任はある −原発も同じだった)


どこまで自己責任なのか?

(自己責任になるための条件−なんでも説明責任はある
−原発も同じだった)


自己責任とは何なのか?
これも良くわからない、人間が生きる時本当に責任がつきまとっている
なぜなら常に何らかの判断決断を強いられるからである
それは軽いものだと買い物がそうなのである
正直買い物では失敗しているがそれは全くの自己責任なのである
レンジを量販店で買った,それはいろいろなことができるものだと思った実際は普通のレンジとなんら変わりないものだった、3万したが何かいろいろできるように思ったのであり思わせるようになっていた
店の人はその時説明していない、店の人は売る時必ずしも商品の説明をしない

だからかえって通販だとレビューがあるからそれでみんな判断している
量販店でも売るということが念頭にあり商品の説明より売ることが成績になるからそうなる、商品の説明は二の次になる
そして商品の数が多すぎて売る方も説明しきれないということがある
もちろん買う方にも問題がある、商品を知らないで買うな何を買おうがそれは買った方の自己責任だともなる
でも店の人はどうしても売るということが頭にあり商品のことを良く説明しないのであるそれレンジはもともといろいろなことに使えないものだったのである
だから普通に一万くらいのものを買っていれば良かったとなる 

とにかく商品を売るという時必ず説明責任があることは確かである
それは売る方の責任なのである、それを果たしていなければ買った方の自己責任とはならない
例えば銀行で投資信託を売るのはなぜか?
別に売るのはいいとして投資信託は説明されてもわからないし売る方にとって必ず最初に手数料が入るから売る方は絶対に損しない商品なのである
一応説明したとしてもわからないのである
株だったら別に安い時に買い高くなったら売ればいいのである
投資信託はそういうものではない、素人はには売り買いもどうしていいのかわからない商品である、だから銀行が一方的に決めるのである
何かそうして売ってまた買わせると手数料は売買料金として銀行に入るのである

それで分散投資というのは間違っていなかった
でもなぜ株が上がっているのにリートとか投資信託に回したのか?
銀行はプロですからまかせてくださいと言った
私は知らないからまかせたのである
ではまかせたとなればまかせてくださいというならまかせられたか人にも会社に責任が生じる、でも銀行は一切責任はとならない、株が上がったり下がったりするとかリスクはつきものだとか言い訳がいくらでもできる商品だからである

では全く銀行に責任がないのか?全部自己責任なのか?

もし自己責任にするなら説明責任を果たしてその買う客に決断させることである

なぜ分散投資がいいとして株が上がっていたのに売って投資信託にしたのか?

そこで説明が必要だったのである

説明責任を果たしてその客に判断させて決断させる

そうなればその責任は銀行にはない、商品を買った客の自己責任なのである

ところが私は金融のプロですからまかせてくださいと勝手に判断して決断して客に売った場合の責任は明らかに売った方の銀行にもある
つまり銀行側でも別に責任を問われない売り方がある
それは説明責任を果たすことだが銀行側とか会社側の利益を優先して銀行にとって都合のいいことをすすめるのである
人間社会では必ず説明責任がありそれを果たしていれば別に責任は問われないのである

私たちはていねいに正直に説明しました、あなたが今度は判断して決断してください
株を売りますか?今は上がっているし売らない方がいい、待ちましょうとかなる
でも勝手に銀行員は投資信託の方に株から回したのである
その時判断したのは銀行員であり自分ではない、そもそも前から私たちは金融のプロですからまかせてくださいと言っていたからである
その時点で客は判断も決断もまかせられない、まかされたのは銀行側なのである
その営業員だったとなる、営業の人が決断して判断したのである

そうはいってもあなたはもともと知らないから悪かったのだとなり自己責任にされる
何か商品を買うことでも自己責任である、でもその商品の説明責任は売る方にある
それを果たしていれば売る方でも責任はないのである
でも商品でも知らないと買い物に失敗する、判断しにくい時があるからだ
その時仲介約の店員とか銀行員でも売ることだけに熱中して説明はおろそかする
ただ銀行側が利益を優先して客には説明しない、またされてもわからないものがある

順序としてはまず説明をする→客が納得する→客に判断決断させる

こういう手順にするのが順序でありそうなれば売る方も責任はなく客の自己責任になる
ともかく何でも自己責任だとされるが実際はそうではない、こうした手順があって自己責任が問われる

それは原発でもそうだったのである、最初から「安全神話」を言って絶対に事故は起きないからと説得するとなるとその責任は明確に政府とか東電とかにあった
そしてその安全神話を信じたマスコミにも責任があった
なぜなら宣伝費として電事連から莫大な金をもらっていたからである
この責任も大きかったのである、金をもらったことで大きな責任があった
責任が人間につきまとっているし金でも責任がつきまとっているのだ
そして責任は誰かが必ずとらされるのである
戦争で300万人死んだのもそうである、原発事故で故郷に住めなくなったこともそうである

原発ではまずその土地の人への説明はない、原子力のことなど核など説明してもわからないとういこともあった、ただ最初から「安全神話」を作って何も説明しない
説明する必要もなかったのだ、なぜなら「安全神話」になっていたのだから事故は起きないと保証していたのだから避難訓練も何もしなかったのである
する必要もない、百パーセント事故が起きないと言っていたからである

だからその責任は原発を作り説明責任も果たさない政府とか官僚とか東電とかそれに宣伝費をもらって加担したマスコミにあった
でも原発事故では誰も責任を問われないのである、これもなぜなのだろうとなる
もちろん地元の人にあった、それは商品を買う時と同じである
ちゃんと説明してもらわない方が悪いともなるからだ
もともと金が欲しいなら何でもいいということであり原発を作らせた方も悪いのだとなる

ただでは原発を作る時そんな説明はしない、「安全神話」を言うだけである
銀行員の言うように私たち金融のプロですから任せてくださいとなっていたのである
原発のプロですからまかせてください、事故は百パーセント起こりませんと言って作ったのである、そうなると地元の責任はどこまで自己責任になるのか?
そもそせ責任が誰にあったのか?それが良く追及されていないのである
ただ今回のような事故が原発にあることを証明したから他の原発のあるところは事故になっても今度は補償できないということになると科学者が言っている
そういうリスクがあることを具体的に知ったしそれを承知で原発を受け入れたとなるからである

いづれにしろ常に自己責任が問われる時代である、でも自己責任になるのは説明責任とか十分に果たしてその後で判断させて決断させるなら自己責任になる
でも社会でそうなっているのか?
もしその自己責任を言うなら今回は政府でも官僚でも東電でもマスコミでも切腹ものだった、でも誰一人として責任は問われていない、マスコミだったら電事連から莫大な金をもらっているのだから返却して被害者に配分すべきだとなる
それが責任の取り方である、マスコミはテレビ局でも特別六局に許可されている特権を与えられているからである

結局そういう責任を果たさないからもうまた信用できないとなる
結局あとはお茶濁すようにしてごまかして誰も責任を問わないのである
もちろん説明をするように問わない地元の人にも自己責任はあった
金に目をくらんだ地元の人にも責任はあった
ただまず説明されなければ判断しようもない、いくら原子力のことなど説明してもわからないではすまされない、投資信託の仕組みがわからないというだけで説明が必要ないとかない、わからないならわからないことはやらない方がいいという決断にもなる
株がわからない人はやるなと言う人もいるからだ
原発は説明されてもわからないからやらないという決断もあるからだ

ともかく日本人の問題は責任があいまいになり誰も責任をとらない
そして国民全員が責任があるとなり誰も結局とらないのが戦争だったが実際は3百万に死んだ責任は必ず取らされるのである
それが日本人の自己責任だったとなる、そういうふうにアメリカに負けたのだからそれは日本人の責任だとなる、アメリカに別に正義があるわけではないにしろ責任は必ずとらされるということである
日本にアメリカが原爆落とした責任はかならずいつかとらされる
カルマとなりアメリカにふりかかってくる、それが北朝鮮の核を極度に恐れたり何か今でもおののいている
それは自らの罪業を自覚しているからである

オウムでもそうである、あれだけのことをしたのだから今になって死刑にされた
人を殺したものは殺されて当然だとなる
どんな理屈を言うおうが宗教だったとか言おうが人を殺せば殺されても仕方ないとなる
その責任をとらされたのである、だから何であれオウムに入ったことを後悔しても死刑になった時遅かったとなる

別にオウムを疑いやめることはできたからである、それは自己責任だとなりその責任が死刑だったのである、もしそういう責任を自覚していたらそうはならなかったかもしれない何しろ人間社会は責任が必ず問われる、最初からその責任を自覚していればいいのだが自覚していない、原子力でも事故になれば責任をとる、切腹していいという覚悟ならかまわないとなるがそれがないのである、それで江戸時代に庶民は侍になりたくなかった、責任とらされて切腹されるのが嫌だったからである
別に責任を問われないとなると重大なことでもこれから決断して戦争でもまたする
責任は問われない、ただ戦争を決断した政府が行政の人たちが責任をとる
それなら決断してもいいとなる、でもその責任はまた国民にあるとか他国にあるとかいろいって責任をとらない、そういう日本だとまた同じ大失敗をくりかえすとなる

カルト教団とかに入っている人も無責任なのである
そういう組織団体に入ると自分一人の責任は問われない
何するにしてもそれだけの数があり何百万人も会員がいるのだから
その人たちの一人一人の責任は問われないのである
それは戦争でも国民全部の責任だとなれば一人一人の責任は問われないと同じである
だからそういう組織団体に入る人は無責任であり信じられないとなる、何かそこであったらただ上からの命令で動いていただけだという、それはナチスと同じである、上の人から命令されたからと平気で人を殺したからである

組織団体は無責任であり無責任になるために組織団体に属しているとなる、なぜならそうした大きな団体組織の責任は問いにくいからである
こうして責任感覚の希薄さとか深刻なものがないから軽はずみな行動もできる、もし最初から重大な責任が課せられているとしたらとても原発など作れないし人の金を説明責任も果たさないで勝手にすることはない、ただ必ず誰かが責任をとらされる
商品を買ったものが損したとして客は責任をとらされる
だから責任をとらされるのはまた客であり原発なら誘致した地元の人たちですよという自覚が必要なのである
責任をとる覚悟がないものは重大なことは重大でないにしろ簡単にその役をになうべきではないとなる
それは原発事故のように戦争でも甚大な被害をだす、命を失うという責任をとらされるからである





posted by 老鶯 at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

故郷の家への思い−7年半過ぎた津波の跡(短歌30首)


故郷の家への思い−7年半過ぎた津波の跡(短歌30首)




我が家に波乱のありぬその時にこの家を支ゆは定めなりしも

この家に風のうなりて夜のふけぬともにありにし歳月思ふ

我はなほこの家とともに生きゆくやその命も長くはあらじ

たとえ人御殿に住むもその命家より短し一時の栄い

我が家に嫁ぎ母の耐えにつつここに生きにし思い出深しも

ふるさとに生まれ貧しく苦しみつ悲しみ生きて女の老いしも

ふるさとも非情の場なりさにあれど家族に恵まれ我はしあわせ

時にして姉は笑いつ母は寄りにつまたここにしも我は生きたし

病にて姉の暴れしその時にこの家に北風唸り一人苦しむ

台風の去りしもなほも我が家に風のうなるを夜に聞きにき

この家に住みて久しも我が家族みな死ににしも我一人住む

家族みな死して残れる家なりき我がよりにつつなほ住みにけり

我が姉の自慢したる柱かなこの家を支ゆ我がよりにけり

我が家に思いはこもる家族みな死すともここに家は残りぬ

人は死に何を残さむ残る家我が住みにつつ秋となりしも

我が家族裂かれけるかな何故に悲しみ深く泣きつすごしぬ

非情なる世にありしもただ金を求めて人見ず情けもなしも

人の縁みなはかなくも消えにけりただ求むるは金のみなりき

何故に人は争いにくみあう悲しみ深く慈父にあるべし

たちきれぬこの世の欲の深きかな終わりの日までつづく欲かも

ここに生き老いにし人の語りける昔や我も老いてあわれも

故郷の墓にしうもるあわれかな何し語らむ花を挿すかな

ふるさとに生きる思いの深まりぬなどかたやすく捨てられしかな

苦しむも悲しむも生くその所思い出深く忘れがたしも

我が家に争いにくしむ時長しも一つ家にあり家族なりしを




(7年半過ぎた津波の跡)

津波にて家は流さる家族死に何も思ふや7年半すぐ

松と松久しくここにありにしを無情の津波根こそぎ流しぬ

海老村は野となりにけり秋となる何をたずねむ家の跡もなし

烏崎人家もなしも寥寥と草にうもれて社残りぬ

津波にも残りし家の跡あわれ庭の石にそ昔思いぬ

津波より7年半すぐ家なしも庭の石残り秋風の吹く

右田浜松風鳴りて我よりぬその松なしも悲しかりけり

津波跡残れる庭のその石にここに生きたしと亀の置物

ここに住む人こそあわれ何もなしただ無情の風の吹くかな

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右田の津波の跡の庭



私の家族はみんな死んだ、その思いは深い、そして人間が死んで残すものは何か?
それは家なのである、家というのはただの建物ではない、人の思いがこもったものとして残っているのだ
姉がこの柱は橲原の木を使ったものだと自慢していた
その柱によるとき依然として姉が生きているとか思う
家には依然としてここに生きた家族の思いでが残っている
だからこの家に自分は死ぬまで住んでいたと思う
もし新しい家に住んだらそこには家族と住んだ思い出は消える
人間最後に残るのは思い出である、記憶である
その記憶をたどることが新しい家ではできないのである

何か人生も終わりに近づくとどんな人でも家族であれ家であれ故郷であれここに生きたなとあふれる思いが自ずと生まれる
だからこそ老人は故郷から家から離れたくないのである
それで子供が他の場所に家を建てたから部屋まで作ったから移ってくれとしても原発事故の避難区域になった所に住む人がいる
それは小高の人だった、要するにその思いが深いからはなれがたくなる

何も他に住んだらいいのではないかと外から見るが老人の場合はそうは簡単に移れないのである
だから家というのはただの箱ではない、思い出がつまっている箱なのである、自分にしても家族がみんな死んでそのことを思った
この家とともに長く家族として暮らしたからである
特殊な家族にしろ憎しみ合う家族にしろ家族だったのである

そして姉が認知症になり本当に悲しく苦しかった
自分は毎日泣いて暮らしていた、誰にも頼ることもできなかった
来た人はみんな金を求めるだけだったのである
でもそれが自分のカルマであり定めだったから耐えたのである
家族でも家には楽しい時もあるが苦しい時もある
それはどこに住んでも同じである、楽ばかりはないのである
でもそうして悲しみ苦しみ生きたときその場への思いは深いものとなる、もし楽ばかりだったら思い出も深いものにはならない
家でも家族でもそうして苦難がどこの家でもある
なぜなら必ず家族が病気になるからである、そして死ぬからである
そして家族でも必ず死別がある、そして残るのは家であり思い出だけになってしまうのである

ともかく私は介護十年して家族を看取り本当に苦しんだ悲しんだ
それも定めだった、誰も助けるものはない、その時求めてきたのは金だけだったのである、みんて金に苦しんでいたからそうなった
金という時金で補償金でこの辺は争い分断された
金は恐ろしい、なぜならその時平気で殺人にもなる
現実自分も殺されないにしろ殺されると同じような目にあったからである、それで人間観が変わったということもある
ただ自分の場合は結局楽しすぎた結果としてそうなったと思う
楽しすぎることも危険なのである
困難な時は人間に必ず来る、一生楽では人は終わらない
その時耐えられなくなるからだ、そのことにあまりにも楽観的だったのである、それで辛酸をなめたのである

この辺では特に津波と原発事故があり様々な体験をそれぞれにした
だから家というもの家族というものを個々に思うだけではない
全体でも思うようになったのである
津波と原発事故から7年半過ぎてもこの傷痕は消えない
それはあまりにも被害が大きすぎた、深刻だったのである
いくつもの村がこの辺でも消失した、村ごとなにもなくなった
この衝撃はあまりにも大きかったのである
海老村は家の跡すらなく野になってしまった
ここに家があったということすらわからなくなったのである
これこそ本当に無常であり無情だったのである

2018年10月03日

沖縄の地政学(原発事故周辺との相関関係)


沖縄の地政学(原発事故周辺との相関関係)
  
「沖縄の貧困」は学歴社会と暴力が生み出した

「松山には離島も含めた沖縄県全体から、学歴が低かったり、シングルマザーだったり、経済的に困る女性が集まっている。いろんな風俗がある東京とは、事情は全然違う。朝まで普通に営業しているし、客引きの規制はないし、店は未成年とか平気で雇用する。違法だらけ

沖縄と原発事故があったこの辺がにているということを書いた
ただ本当に地元の問題は外から見るとわかりにくいのである
沖縄でわかりやすいのは日本で一番所得低い地域なことである
それは原発や発電所銀座とかなった浜通りより極端である
浜通りでも双葉とか大熊とかはもともと相馬藩でも僻地であり磐城との境目でありもともと森とか野になっていたが明治以降開墾された場なのである

沖縄の歴史はNHKで放送していたが一時は中国の明の支配下にあり日本との外交交渉で苦心したことが放送された、明をたてなければならないしまた日本もないがしろにできない、その時秀吉が明を目指して朝鮮征伐に向かった時だったのである
それが沖縄にも影響していたのである
何かそれは日本の国際関係とにていた、最近中国が勃興してアメリカと対立するとその板挟みにあうからである、どちらもたてる外交になるから沖縄とにている
ただそうして悩んでいる時薩摩に征服されてしまった
琉球王国はそれだけの軍事力がなかったのである、城(グスク)とかは薩摩に征服する前からあり高度な技術であり琉球の群雄割拠時代のものだったのである
ただ平和の時代になって戦国時代の日本の薩摩の兵には対抗できなかったのである

沖縄は戦争の時四分の一が死んだというときそのことも日本であって日本を恨むとういことになった、だから中央政府と沖縄の対立は歴史的なものであり複雑である
地政学的には本土とは隔絶して遠いことである、北海道より遠い地域でありさらに辺野古となると那覇から遠い山原の入口であり出口である
要するに辺野古の先は山原(やんばる)でありジャングルが残っているのである
その基地になる所で私は自転車で行きテントを張り一夜過ごしたことがある

そこは那覇からも相当に遠い隔絶された場になっていた
そこでの生活は水道もないとか本当に未だに未開の地域だともなる
そこで基地ができるというとき単に簡単に反対とはならない、それはこの辺で原発が誘致されたのとにている、反対運動している人がほとんど左の外から来た運動家であり
地元ではみんて反対ではないし複雑なのである
外から来た運動家が地元の店で買ってくれないというとき運動家が金がないからだというのもその事情を知らないからそうなる
ただ辺野古はこの辺より未開の地であり極端な僻地なのである
いくら双葉や大熊が僻地だチベットだとかいう人がいたがそこは極端に僻地なのである

辺野古寄り旅人遠く去りにけり山原の森に風の鳴るかな

山原のジャングルの風の音を聞いているような場所なのだ、ただアメリカ軍のヘリコプターの音がしていたから基地になれば騒音で煩い地域になる
ただ基地ができればあのような僻地だから経済的には相当に潤うことになる
この辺では原発ができて原発長者が船主などに生まれたようになる
富岡町長の津波に流された5億円の金庫のようにそういう人が生まれることは確かであるあそこではどんなことしても豊かにはなりえないだろう

原発が建てられる所でも経済的問題でそうなる、核廃棄物の最終処分地の六ヶ所村もそうなる、そこでは経済的には相当に潤っているからである
そこも辺野古と似ている,辺野古はもっと僻地である

越前人のことを若狭の人間は「エッチャモン」というなぜシモなのかというと上方である京都を中心にすると若狭より越前は下方にあるから

背後の山が海に落ち込むような若狭地方には広大な耕地もなく繊維産業や眼鏡産業が発達した越前地方の豊かな経済力には到底太刀打ちできなかったことが原発事誘致の背景としてあった
(季刊東北学−ハナドリとコウナゴダカリ)

外から見るとまず若狭と越前の区別はしにくい、言葉も違っているから土地の人は明らかに区別してわかるのである、そして戦後無理やりにそうした地域の事情を考慮しないで
廃藩置県で県単位にしたからおかしなことになったのである
つまり歴史とが文化を考慮しないで強引に線引きしたからである
それは明治以降はその土地の歴史とか文化を地理を考慮しない県単位の行政になったからである 

沖縄の旅では那覇でも国際通りの近くでもバラックのようなバーがありそこに島の名が記されていた、那覇に歓楽街がありその島々から仕事を求めて女性がくる、そこには芭蕉の木があるのも沖縄らしい、つまり那覇の中心街でもそうした何か鄙びた感じがする所がありその近くの宿に泊まったということも不思議だった

月光り露店を出すや沖縄の国際通りを我も歩みぬ

芭蕉の木路地裏にありや那覇なれど島の名記す小屋の飲み屋

サンシンのいづこに今日もひびくかな月影さしぬ沖縄の家

沖縄と北海道は異国である、時間の感覚は沖縄だと遅れる、サンシンのびびきものどかである、北海道も苫小牧に上陸すると空気まで違っている、そこで心まで解放されて広くなる、日本は縦に長く沖縄は南国であり北海道は北国なるから多様なのである
沖縄は南の島になるし北海道で北方のノルウェーとかとにた厳しい冬の姿を見る
特に沖縄はもともと中国の支配下にあったりして気候も南国そのものなのだから日本は旅するには恵まれた土地だったのである
今何か異質なものを求めるのはむずかしい、どこでも文明化して一様化しているからである

沖縄の魅力は近代化していないということにもある、それは地元に暮らす人にとってはいいものではないかもしれないが何か江戸時代にもどったような感覚になるとすればただ観光するにはいいとなる
時間の感覚がやはり遅くなるということは文明生活に都会の生活に疲れた人にとっては癒しの場になる
それは日本の本土から隔絶していたからそうなったのである,ただそこでも基地の問題とか起きたのは地政学として考察する必要がある、つまり辺野古という地域でもどういう場所か知らないと地理を知らないと実感として知りえないのである
それは政治的問題でもなんでもそうである、地理があらゆることの前提してありそれを知らないと国際問題でも国内問題でもわからないのである。

posted by 老鶯 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

電車が行く(海底を、地底を、森を・・・)

電車が行く(海底を、地底を、森を・・・)

a train runs in the imagination of the train
at the ocean floor, underground, in the forest

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forestevening12321445566.jpgstarway1234.jpg
forestcoooo123.jpg

私がシリーズとして創作しているのが電車が海底とか地底とか森の中とかを想像の中で走る
これは私が鉄道モデルで一時遊んでいた、それでジオラマを作ったりした
その時感動がありそれを想像の中で作るようになった
ただこれは全くパソコンのソフトを操作していておもいがけなくできたものである
私は全く絵の才能がないからである
電車にしたって描くこともできないからだ
だから切り貼りして作っているのである
こういう抽象画は前からかなり作っているから連作として見れるようにすれば面白い
今のところできない、整理中だからである
できたら紹介できるようになる

I am creating a series as a train runs in the imagination of the train at the ocean floor, underground, in the forest
This was my time playing with a railroad model, so I made a diorama
At that time I was impressed and began making it in my imagination
However, this is what I was able to do with a lot of computer software being operated at all
Because I have absolutely no painting talent
It can not even draw on a train
That's why it's cut and pasted
Such abstract paintings are considerably made from the front, so it is interesting to make it seen as a series of works
It can not be done so far, because it is organizing
I will be able to introduce it when I can


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2018年10月02日

神奈川大学ヒマラヤ遠征隊の一人が死亡


神奈川大学ヒマラヤ遠征隊の一人が死亡

ネパール国におけるヘリコプター墜落事故について
標記につきまして、本学の卒業生で組織されている
「神奈川大学学士山岳会」の関係者から以下のような連絡を受けておりますので、
ご報告申し上げます。
同山岳会は、本学創立90周年記念の海外遠征として、山岳部の現役
のメンバーとともに、ヒマラヤ山脈のマナスル登頂を目指しておりました。

ところが、ベースキャンプに向かう途中で、隊員の一人で、
1975年に本学工学部電気工学科を卒業された小松広美さんが体調不良を訴え、
治療が必要であると判断されたため、同国の9月8日午前7時30分に、
ヘリコプターで同国の首都であるカトマンズに向かいました。 

その後、同日午後5時頃に現地警察及び在ネパール日本大使館からヘリコプタ
ーが墜落し、邦人が亡くなったとの一報を受けました。そのため、身元確認などの
ために、同山岳会の名誉隊長が収容先の病院に向かっております。
本学におきましては、引き続き情報収集に努めるとともに、適時かつ適切な対応を
行っていく所存です。
この度の事態への対応について賜りましたネパール連邦民主共和国政府及び日
本国政府をはじめとする関係各位のご協力とご支援に対しまして、深く感謝を申し上
げます。


アクセス解析で神奈川大学からきていた、大学のurlはわかりやすい、ただ私が解析できるのはわずかである、そういうスキルもないしわからないのが多い
大学は解析でわかりやすいからどこの大学かを見ていた

とにかく日本の大学は本当に多いなと思った

●日本には 768 大学あり、そのうち約 8 割が私立大学

私も団塊の世代で私立大学を出たが今のFランの一つ上でありもともと自分には高校も卒業できないような状態だったらその大学に入っただけでも何か不思議になる
自分は高校の時二回も蓄膿症の手術をしたりしてほとんど学業に身に入らなかった
だから三流大学でも入れたことで良かったとなる
ただ勉強の仕方次第ではもっといい大学に入れた
そもそも勉強が嫌いでしたくなかった     

ただ東京の大学を目指したのは田舎から脱出したかっただけの動機だったのである
どんな大学でも良かったのである、大学でも勉強などしてぽてからだ
神奈川の大学だったが何かカルトに入ったりしておかしな方向に行ってしまった
その頃クラスで大学に入るのは4、5名でありあと三分の一は集団就職の時代だったのである、だから自分は相当に恵まれていたしその後も会社勤めもしないですんだから恵まれていたのである。

ふりかえると自分の人間形成にとって親元を離れて大学でに入って一年でも体育部に属してやれたことが大きかった、そこで一人前の男になった
それまでは何かもう気弱であり体力もないから学業でもだめでありいいところがなかったのである

ここでこのニュースをとりあげたのはネパールで自分もヘリコプターにのってカトマンズからポカラに行ったことがある、何か危険だとも聞いた
やはり危険だったのか?墜落して死んだ日本人がいたということで驚いた
最近ネパール人が駅の前のホンダで何年か働いていて車の免許をとったかで知ったから
ネパール人も日本に増えたから身近になる

この人は登山で死んだのではない、ヘリコプターの墜落で死んだとなると残念だとなる
ヒマラヤはそもそもあれだけ高いのだから交通が不便である
歩くしかないがヘリコプターだと高い所に飛べるから利用すると便利になると見ていたのである、ただ何が落ちやすいとかも聞いたから怖いことがあった
海外旅行では私は盗まれたこともないし危険な目にあっていない
ただとんでもない失敗はしているが命にかかわるまではならなかった
最初に中国旅行したのが失敗だったしロシアに一人で行ったのも失敗だった

ヒマラヤに上るとすると相当な体力がある人だったと思う
それで電気工学とかなると優秀な人だったともなる
普通は学業は優れてもスポーツはだめだ体力がないともなるからだ
ともかく優秀な人でも運が悪いと若くして死んだりする
これはどうにもならい,これも運なのだと思う
自分は事故で死んでいたかもしれない、それはアルバイトでビルの4階で仕事していたとき寸前で落ちる所だったからである
今でもひやっとする、自分はとても工事現場などで働けるような体力もなかったのである第一そんな危険な仕事をさせるべきでもなかったのである

この人が死んだのは登山に行ってだがヘリコプターで死んだのは残念である
悔しかったとなる、登山で死ぬなら本望だがヘリコプターで死んでは何にもならない
ヘリコプターは日本でも墜落事故があるから危険なのだろう
何かドクターヘリ−をこの辺で5回見たという人がいる
すぐちかくの丘にきて福島医大に運ぶのである
ヘリコプターになると早い、南相馬市立病院にも離着陸する場が脳卒中センターにある

とにかくお悔み申し上げます

神奈川大学山岳部へ





posted by 老鶯 at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

沖縄知事選、自公丸抱え候補落選の衝撃 (沖縄と原発事故周辺の状況はにたものになった)


沖縄知事選、自公丸抱え候補落選の衝撃

(沖縄と原発事故周辺の状況はにたものになった)


「所詮、人間、カネと欲」という安倍首相にも菅氏にも共通するニヒルな価値観がある。それに対して、普天間基地は要らない、辺野古も要らないという玉城氏の訴えは「イノチこそ大事」ということであり、つまりは、カネなんぞいくら貰ってもイノチには換えられないという人間の尊厳に関わる主張を含んでいる。


何か沖縄と原発事故にあったこの辺がにている
原発を作った時
「所詮、人間、カネと欲」という安倍首相にも菅氏にも共通する」
と地元を見て金をばらまく、それに食らいついたのが地元である
沖縄でも政府の考えではそうだった、第一沖縄は貧しい地区だから余計にそう思われていたのである
辺野古という地域は未だにジャングル地域の山原の出口である
ジャングルをぬけた所にある鄙びた所である、一応町にはなっているが小さい町である
その砂浜で自分は自転車で行ってキャンプしたのである
そのキャンプした場所が基地になる、それは那覇からかなりはずれた地域である
そういう場所になると余計に金と欲が働く場所になる
この辺の双葉とか大熊地域ともにていたが一応常磐線が走っているし違う
本当にもう僻地の僻地なのである,だから辺野古という地名があっている
まずだからその場所がどういうところか地理的に知る必要がある
それで自分は日本なら全国を隈なく旅しているからイメージできる
やはり場所の感覚はそこに行ってみないと身につかないのである

今回の選挙で自民党候補が敗れたのは創価の影響があったとされる
指導部にさからって公に反自民の候補を応援したからである
沖縄には創価学会の会員が多い、結局貧しい地区に創価ははこびる
ただ沖縄とかなると地域の連帯も強いからどうかなと思うが創価が根付いたのは貧しいということがあるだろう

沖縄は戦争の被害が大きいしそのことで本土に対して恨みとなっている
それは韓国でもそうである、特殊な場でもある
日本政府に対して反感をもっている、それは沖縄人が四分の一とか戦場になり死んだということがある、そのことで恨んでいる
そういう恨みが消えないから政府寄りではなく左意識が強くなる
創価もそういう土地柄だからこそ沖縄で勢力をもつにはどうしても沖縄県民の意向に逆らうことができない、会員は増やせないのである
それが池田大作が今や死んだのかわからないが影響力がなくなると統制がとれなくなったのである

そもそも創価には自分も入っていたから疑問である
あまりにも政治的であり権力志向が強すぎる、権力を奪うことを露骨に幹部は宣言している団体である、だから完全な政教一致だから憲法違反だと書いてきた
宗教からすればたいがいどうしても反戦になるしアメリカの基地は容認できないのである宗教はもともと個々人の内面として追求するものでありそれが政治化したり経済化する完全に政治団体と化して歪められる、もうそこでは今度はあからさまに利権権力追求になる平和を言うのはあくまでも表向きではあり現実は利権追及になる
池田大作が元気だったらどう判断するかととりあげているがそれもわからない

なぜなら創価は自民よりというより常に権力側につくからである
だから実際は口で平和を言っても権力側につき利権にあづかりたいからわからいないのである
ただ公明党と創価学会が政治的にでも分離すると組織の崩壊をまねく
政教一致だからである、それは天皇が現人神(あらひとかみ)として戦争したときと同じである、政治と宗教が一致した祭政一致だからそれが分裂すると組織が一致できなくてり崩壊してゆく
別に戦争に負けたからと言って天皇が戦争に参加しなければ現人神とかにまつりあげられなければ天皇の責任はなかったのである
だから戦争に負けたとき自分は神ではないとして訴えて命が助かったのである
宗教と政治は別なのである

ともかく創価は池田大作のカリスマで成り立っていたから徐々に統一がなくなり崩壊してゆく、政治的野心家が票を得ることで利用することもできなくなる
会員がだんだん減って票にならなくなるからである
自分がしていたことも会員を票とりだったのである
幽霊会員というのが膨大なのである、ただ会員でも何もしない、座談会にも来ない
それで選挙のとき票を入れるものとして回っている
すべてが選挙中心に政治中心に動いているのが創価なのである

いづれにしろ沖縄とここはにたものになった、だから左翼運動家も入ってくる
中央と地方の問題が浮き彫りにされた地域でもある
ただここでは金と欲が優先されたから反対する人はほとんどなかった
それで富岡町長の5億円入った金庫が津波で流されたと話題になったのである。
それは沖縄でも同じである、どういうことかというと基地の土地を所有している人には多額の金が土地代として入ってくる
それでその人たちは東京で暮らしているというのだ
それはここだと船主が原発事故前でも原発御殿を建てていたとか言われていたからである基地はそれだけ沖縄にとって金になる、アメリカ兵が金を使うということでも経済が成り立つ、そういう矛盾がありこことにているのである

ただ戦争の傷痕が深く消えないということでもこことにたものとなる
原発事故でもこの辺は住めなくなったのだからその傷跡は本当に長く尾をひく
プルトニウムの毒が二万年消えないようにその傷痕は消えないのである
だからただ被害者意識にかたまりそれがマイナスにもなる
何もをしなくてもなにかあれば原発事故のせいだとして通るからである
沖縄でも戦争のことの被害を延々と訴えて補助金を水増しさせる、韓国でも同じである
それは補助金をもらいたいにそうなる、この辺でも補助金を補償金をもらうことだけが関心の的になってしまったからである
飯館村は原発とは関係ない貧しい村だったが今は多額の補償金をもらうことしか関心がなくなったと同じなのである、それで争っている

南相馬市もそうして補償金をもらうことでその差で分断された
こういうふうになると沖縄でも韓国でも被害ばかりいいそれで金くれという体質になる
そういう場は全国から見て嫌われるのである
自助努力をしないでただ補助金を補償金をもらうことだけになり現実に毎日パチンコ屋通いでありギャンブルに興じていて働いていたのは外部の人たちだったからである
そういう場所は退廃してくる、その子孫でもそうである
ただ被害を訴えていればいいとなる、自助努力をしなくてもいいとなると退廃した地域となる

いづれしろ中央と地方という問題が浮き彫りにされたのがこの辺であり沖縄とかとにている、沖縄は中国の支配下にもあったから国際問題に発展する地域であり現実にアメリカの領土だったのだからこの辺とは違うがにたものとなったのである
極めて政治的な場所となったのである
そしてこの辺は津波とかもありその傷痕も深い、これせ簡単には消えない、十年過ぎたとしても消えない、村がいくつもなくなるなどその傷痕は消えないのである

それは沖縄が戦争の傷痕が消えないとにているのである
ただ自然災害だから沖縄とは違っている、沖縄は日本政府の恨みが延々としてつづいているからだ、この辺だってその恨みどこに向けていいのかわからないが政府とか議員とか官僚とか科学者とか御用学者とかマスコミなど報道機関の責任を追及してきた
地元の人でもそこに責任があったとして追求してきた
でも私の場合は右でも左でもない、原発に反対でもどちらかというと右になる 

玉城氏の訴えは「イノチこそ大事」ということであり、つまりは、カネなんぞいくら貰ってもイノチには換えられないという人間の尊厳に関わる主張を含んでいる。

これをこの辺にあてはめると原発より故郷に住めることこそ第一でありそのことができなければ何にもならない、でも現実はここに住んでいる人は金だったとなる
原発は金になるものでありそれをう否定することは生活でも苦しくなるから誰も賛成しない、そういう矛盾は沖縄にもあるからにているのである



posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年10月01日

インタ−ネットによる報道の変化 (マスコミはyoutubeとなり土着的個々の放送に変化)


インタ−ネットによる報道の変化

(マスコミはyoutubeとなり土着的個々の放送に変化)

報道機関(テレビ・ラジオ・新聞等)の報道は、国民が国の政治に関わるために重要な情報=『判断材料』を提供し、国民に政策の良し悪しを判断できる様にする=『知る権利』に奉仕する、ものである。(昭和44年最高裁見解)  

ここで問題なのは判断材料である、判断材料が提供されなければ判断しようがない
でもその判断材料を提供できるのは何になるのか?
判断材料になるものが提供されない、マスコミでは客観的判断材料をオブジェクトを提供するのではなくマスコミが勝手に判断して提供しているのである
判断するのはマスコミではなく国民のはずだがマスコミが判断してそれを報道している
マスコミの意図がありそれで報道番組を作っているのである
だからこそ安全神話はマスコミの報道機関も剰余な役割をにない作られたものである
莫大な800億とかの宣伝費が電事連から出ていたからである
その象徴的な出来事として福島の原発が爆発したとき東電ではマスコミを朝日新聞社の幹部を招待していたのである
こうなれば政府と官僚とかの意向のままにされる
客観的な判断材料も提供されない、判断材料はマスコミが選びマスコミが判断するのである

要するにマスコミによって国民は判断停止されている

例えば地元に住んでいると判断材料になるものが具体的に身近に利害関係もあるからわかるし関心の持ち方が違う,遠い所になるとどうしても関心がなくなる
それは身近に被害もないし利害関係もないからである
今回は身近な直接利害関係とか被害があったから地元だから追求してきた
その地元に必ず外部からマスコミが介入してくる
そこに問題が起きる、マスコミはNHKでもその会社の意図がありその意図を通すために報道番組を編集しているのである
だから原発避難民を受け入れた地元との対立があった、津波被害者との対立もあった
でも一方的に原発避難者側に立った報道をした、そういう意図で報道した
それは取材している人は上の人の命令でしていると言っていた
NHKでもそうして上の人が決めたことを報道する                  

ところが一記者が取材したとしてその記者が報道すればどうなるのか?

それはNHKの会社の意図とは違ったものになる
何かこういうことは会社組織とか今は労働団体とか宗教団体でもみんな組織に属して生活している
するとどうしても一会社員とか一会員とか一組合員として発言したり行動する
その団体組織が圧力団体となり権力をもっている、だから純粋に個人の発言はない
特にマスコミとかでもそこで発言する人は個人ではない、マスコミに意向にそうものとして発言しているしその意向に逆らうものは発言できないのである
だから一番いいのは主張もなにもないお笑い芸人が一番いいのである
だから武田邦彦氏などは個人として科学者として研究員として勤務したり外国でも指導したりそういうグローバルな体験をしていたりと知識の幅が広い
まず理系で文系の知識があれだけある人はまれである

それで言っていることは個人ではとても報道機関にはかなわない、訴訟するにしても個人は弱いから不利である相手にならないとなる団体組織だと必ず専任の弁護士などをかかえているし財力も違うから対抗できないのである
ただプログでこれを実行した人がいた、でもなかなか個人では記者クラブにも入れないし取材できなかったのである
東電の原発敷地内でも勝手には入れない、許可が必要である、マスコミだと許可をもらえて制限されても取材はできるが個人だったらお手上げであり何もできない、それが大きな問題なのである

インタ−ネットの報道はyoutubeでもかなり違っている、それは個々人がテレビ番組を作り放送できる、小集団でもできる、今までは新聞でもテレビでも巨大な報道機関であり報道すること自体不可能だったからである
youtubeとかなるとつまらないものでも見る人が多いなと思った
それはテレビというメデアが大衆でもわかりやすいからである
だから絵画などで絵の制作過程などを出している人は世界の人が見ている
百万とか見ているから驚く、世界規模になればそれだけの人がみる、絵は誰も見てもわかるから見るのである
インタ−ネットはグローバルになるメデアである、ただ言葉の障壁があるから読まないだけである、絵とか音楽はには言葉の障壁がないから百万とか見る人が出てくるのである

要するにテレビとかマスコミはこれまでは既得権として報道の権利を与えられていた
六局とか報道できなかったからである、それが今や無限大に報道局ができたともなる
一億総記者になりプログだと気軽に誰でも発信できる
ただyoutubeだと見る人が多くなる、それはテレビが視聴率を稼いでいたのと同じなのである、わかりやすいから見るのである
文章を読むとなると相当に頭を使うから疲れる、それでインタ−ネット時代になり短文しか読まないとかなったことも問題にされる
自分でも短い文ではいいたいことが言えない、プログだといくらでも書ける
すると内容的にも自分の言いたいことを言えるとなる
ただ読む方になるとこれは頭を使うから疲れるから嫌だとなる

でも何かインタ−ネットのメデアの違うのはこれは今までのようにマスコミで新聞とかテレビのようにただ与えられる、洗脳されるだけのメデアではない
発信するのに便利なメデアなのである、一方でそうなるとそれを受信する読むのには適していないともなる皮肉がある
読む方にしたら長いとか嫌がるものだったからである
だから何かインタ−ネットになってからは私は相手がどう思って読んでいるのかとか反応を見ない、ただ一方的に書きつづけているのである
そして文章にするということは考えて書くということでありそうなると様々な情報でも他者の経験や思想やものの見方とかを参考にする
自ら文章を書くということは自ら考えて文章を構築することになる
そういう創造的な作業であることに気づいた
本にしても前より読んでいる、アマゾンでボタン一つで買えるからである
古本だと安くなるからである、でも本を読むのは一冊でも厚いから読み切れないとなる
でも文章にして読んいでもらうとなると底の浅いありきたりのものを発言しても無益だとなる、読む読まれないにしろ内容あるものとして文章にして残したいということがある
それは自分自身で後でまた参考になるからである

ともかく報道するにしても判断材料が無数にある、するとどれを判断材料にしていいかもわからなくなる、だからマスコミが判断材料を選びマスコミが判断したものに従ったというだけにてっていたのである、だから世論は民衆が聴衆が作ったものではない
マスコミは世論を作ったのである、なぜならマスコミが判断材料を提供して判断して放送していたからである
それでこの辺で原発避難民とそれを受け入れた地元とか津波被害者間での複雑な対立になったがNHKでは原発避難者側につく報道をしたのである
マスコミは全般的にそうである、原発避難者を批判することはタブーになっていたのである、国民がみんな原発避難者側につくというのではなくマスコミがそうしたことで国民が味方だとなってしまった

だからこそ原発避難者を批判することは原発避難者からもみんなが応援しているのになぜ地元で応援しないのだ、補償金だって住む場所を奪われたのだから当然だとなりなんなのだと怒りにもなり南相馬市は小高と鹿島はいがみあい分断されたのである
そしてマスコミはNHKでもみんなが国民は原発避難者を応援する方に立つようにした
だから原発避難者はそうして国民は世論は味方している、それで非難することはできなくなった、たとえ毎日パチンコ屋通いでもギャンブルして遊んでいてもそうである
とにかく同情さるべきでありあとはなにかや言うなとなった

でも今になると地元からすると地元で融和しないとまずいことだったなと思う
なぜなら地元に生活していると争うと生きずらくなるしまた復興するにも障害になる
心が一致していないと復興のために一致協力できないからである
遠くから応援に来てくれた人たちボランティアでも一時的でありあとはや地元の残った人たちで復興したり協力して生活せざるをえていからである
それで川俣の山木屋とかでは大学の研究者が来ていたが今は一校だけにてったという

つまり最後は継続して生活するのは地元に残る人だから外から来る人は一時的だからあてにならないとなるのだ
だからこそ地元の融和が大事であり優先させるべきだったともなる
外部からの応援は一時的なものであり後に残って生活するのは地元の人たちである
その人たちがいがみあい対立していたら復興はできないとなるからだ
でも何か外部からの応援とかが目立ち内部で地元で一致して協力して復興のためにすることがあまりなかったのである
そのことが今になると協力できないとなり南相馬市の問題として残った

なぜなら外部からの応援もなくなりやがて後三年で援助も打ち切られるようになると南相馬市だけで復興をしなければならなくなる
その時この辺はかなり厳しい場所になると市長も指摘していたからだ
だかちまず第一にするべきことは地元の融和だったのである、いくら外部からの応援があってもそれは継続しないからである
そういう点で行政とか政治も働かなかったのである
ボランティアでも外部からの応援でもマスコミでも外部からの介入でありいつまでも関心をもっているわけではない
一時的なものであり土着的なものとして存在するものではないからだ
だから土着的な報道もこれから必要になると思った、土着的でないと見えないものがありまた継続するものがないからただテレビだと次々に事件が起きてあとはわからなくなる、でも地元で起きたことは事件でも継続している
プルトニウムの毒が二万年消えないとか継続した被害としてある
そういう被害の深刻さが地元に残るしカルマとして消えないものとなったのである



 マスコミはもう終わっている (これからは土着的地域に根ざす報道機関が必要)


報道とは何かー報道に土着したものの眼が必要 津波や原発事故で思い知らされた

午前中だけ遅れたが午後からは正常に戻った


午前中だけ遅れたが午後からは正常に戻った

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この家は古いから壁が落ちた、かなり風が強かったが早く過ぎ去った

台風の影響は午前中だけだった、午後からは正常に回復した
今は風がやんでいる、風が吹いていると新地の高架のレールで遅れる
台風は早く過ぎ去ったということである

被害は思った以上なかった、ここではやはり風が夜強かったからこの古い壁が落ちた
後はそれほど被害はなかったろう
タグ:電車の遅れ

情けは人のためならず (自己責任は必ずある)


 情けは人のためならず

 (自己責任は必ずある)

他者の感情に対し共感する感情の同一性を指す。」
「英語におけるSympathy(同情)の語源としては、ギリシア語より由来し、共に苦しむこと、感情が同一になることを指している。これより転じて、同情とは他者の苦しみに応答して、自らも苦しむような感情を持つ。」

情けが仇(相手にかけた情けが逆に悪い結果を招く、という意味)

情けをかけることは悪いことではない、しかし情けは人のためにならずというとき何なのか?
その人は困窮していることはわかるし障害者をもったりといろいす苦労の連続だったということ雇われた人から金をもらえなかったことなどで同情した
ただそれにも限界があった、次から次と金をせびり要求する
消費者金融から借金していてそれも自分が払って返してやった
でもそれがまたとりたてにきたとかもうここ三年間そのことをいい要求してくる
これで終わりだといっても要求してくる
仕事は実際は何もしないと同じである
ただ金ばかり要求してくる、それじ事情があったから援助していた
でもこうなるときりなくなる、その人はなぜ借金とりにそんなに払わなければならないのか?そのことがわからないのである
ただ百万とかの大きな金でないから一万だ二万だと5千円だとかこまめに要求するから払った、そういう方法はうまいと思った
事業した人などは金の額が大きすぎるからとても借金して要求されてもできない
億の金が必要になるかもしれないからだ
現実に自分が苦しんでいる時自分の全財産を要求してきたからである

情けが人のためにならずというときなぜなのか?
それは同情するにしても人間は必ず自己責任がある、その自己責任とはカルマなのである何かしらカルマを積んで結果的に苦しい目にあう、それは同情に値するにしてもそこには必ず自己責任がその人なりのカルマがありそれを全部肩代わりすることはできない
それを情けをかけるのはいいが負担が全部自分にかかってくる
そうするとその人は自己責任として逃れる、でもその人は援助しても延々と借金しているのかもしれない、歯止めがない
例えばギャンブルなどで金を使って借金して借金を要求されたらたまらないとなる
延々として要求されるしそれでギャンブルをやめるわけでもないからだ
それで覚せい剤中毒の息子がいて有名な芸能人が一か月百万も小遣いを払っていたというその息子は40歳近くになっている、でも薬をたつことができずまた逮捕された
つまり親でも情けは人のためならずとなる、それで更生できるならいいがならないからである

人に同情するというときこれもむずかしい、事業に失敗した人はあまりにも軽い気持ちで事業をはじめた、資格をもっているし技術者で優秀だから事業をはじめたが経営者と技術者は違っている、その人が事業をはじめた理由はただ自分が優秀だからその優秀さを認めさせるためだともなる、何か社会的事業として社会に尽くすということはない
それで失敗して借金を要求してくる
その人は上にたって人を雇うとか導ける人ではなかった、ただ技術者としては優秀だったとなるから会社で技術者をしていればそれなりに優秀な人として通っていたのである
その人はまず人のためになにかすることができない人である
なぜなら自分が苦しんでいる時、軽い荷物一つも持つ気持ちがなかった
ただ金が欲しいというだけである、でも金は百万以上くれたしまた他にも貸したのであるだからただでやらけたわけではなかったのである
ただその人は他者のために軽い荷物一つても持つ気持ちがない人だった

そういう人が上にたてるのか?社長とかになれるのか?
ただ社長とかでもいろいろあるしブラックもあるからそういうものなのかとも思う
でも上にたつ人でも他者に尽くすということが基本にあるから会社を経営できるのかと思った
もちろん自分がそうさせられたのは自分のカルマだったのである
自分の場合は社会から離れて会社に就職していないしそこでカルマを積んでいたから苦しい目にあった、まずニートとかなるとその結末は本当に悲惨なことになる
ただ人間は何もしないにしろ何をするにしろカルマを積んでいるのである
その結果が必ず老人になって苦しみとなって現れるのである
だから人のことは自分も言えないのである

人に情けをかけるというときここで起きた原発避難者のことを批判してきた
そのことで反発があったがこれも情けは人のためならずであった
多額の補償金をもらい仮説に絶えずボランティアがきて応援してかわいそうだとしてNHKからマスコミが同情して応援した
そのことで原発避難者はかわいそうな人たちとして特権化したのである
現実は毎日パチンコ屋通いでありギャンブルにギャンブラーになっていたのである
それは行政とにも問題があった、なぜなら働くとかえって補償金をもらえなくなっていたからである、そうなれば誰も働かないからである

でも全国でもNHKからマスコミがかわいそうな人たちとして応援した
ボランティアも今でも来ていた人がいた
それは悪いことではないにしろ何か原発避難者は被害者意識にこりかたまり同情されるのが当然だとなってしまったのである
それで仮設を提供した地元の人たちは不満だったのである
ただそのことは表立っては言えない、原発避難者からお前は人間の心もないのかとか怒られるからである、それで小高と鹿島の人は分断されたのである
鹿島の奴らはなんなのだと遠くからこんなに応援に来ているのに金のことばかり言っている、NHKでもマスコミでもみんなかわいそうだと応援しているのに何なのだとなり
怒りとなり険悪な関係になってしまったのである

こういうことも情けは人のためならずということがある
情けをかけたためにかえって自立心をなくさせたりただかわいそうな人たちとして他者に要求するだけの人となる、被害者は特権化する、被害者意識が過剰になるとただその被害のために要求するだけの人となる
そしてこの辺ではおそらくプルトニウムが二万年消えない被害のように二万年被害者だとして訴えて要求するだけの人たちになるかもしれない
全部原発事故のためだとなり子供に子孫にもそのことを言い続けるからである
それは韓国と沖縄とかとにたようになる、その被害があったとしてもそれを種にして50年も百年もさらに果てしなく追及されたらたまったものではていからだ
そういう地域はもう退廃してゆくだけだろう、すべて原発事故のためだと言っていれば通るからである

だから人間のむずかしいのは情けをかけるべきことがありまたやたら情けをかけてもそれはその人のためにならないことがある
それがむずかしいのである、ただ金を要求されて払っていてもそれが仇になる
有名な芸能人は金があるから息子に払っていた、でも立ち直ることができなかった
そこになんらか非情になることができなかった
つまり非情になることもまた必要だったとなる
ただそれだってその人によりけりなのである、息子でも別に会社勤めをしなくても真面目に何かを勉強したりしている人はいるからである
私は会社勤めに合わないししていない、親の援助でずっと生きていただけである
でもただ遊んでいただけではない、いろいろと勉強して今その成果を出しているのである

つくづくここ十年の介護やら自分の病気やらで苦労して感じたことは今でも諺がすたれず十分に通用していることは人間そのものが変わっていないからである
確かにテレビを見てインタ−ネットをしてスマホをして車に乗って飛行機に乗ってとかいろいろ技術として科学として変わったとしても人間そのものは変わっていない
特別慈悲深くなるとかもない、情けでもそれがすべていいものとして働かない

金の切れ目が縁の切れ目

これも本当にそうだった、もう今になるとそれが極端になっているのである
みんなそうして別れて行った、これが世間だったとなる
だから諺は庶民から生まれたとしてそれが世渡りしていてみんなが感じたからそれが真理のようにして残ったとなるのだ

posted by 老鶯 at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

2018年09月30日

仮設暮らしは昔の長屋のようにいいものとしても体験した (かわいそうだけではなかった)


仮設暮らしは昔の長屋のようにいいものとしても体験した

(かわいそうだけではなかった)

 不衛生な環境でしたから、 子供がよく死にました。 統計はありませんが、 長屋では4、 5歳くらいの子供がよく死んだと聞きます。 長屋には年寄りも含めていろんな年代の人が住んでいました。 昼間に両親が働きに出ている間、 子供たちは長屋の老人たちとも自分の家族のように接して遊んでいたのです。 ですから子供が死ぬと、 長屋全体の悲しみとなりました。
死んだ子供のために大家さんが地蔵をつくってくれることも多かったようです。 

原発事故では誤解がある、津波と原発事故の避難者が混同されたのである
津波被害者は家族も失い、家も失い、住んでいる村とかさえ失った
その衝撃はあまりにも大きかったのである
そして仮設に住んでいたのは原発事故避難者と津波被害者が交わて住んだのである
原発避難者には手厚い補償金が支払われた
それで仮設で暮らす人を補償金がもらえない人はうらふましく思っていたのである
津波被害者は最も反発していたのである
その待遇の差があまりにも大きかったからである

だから何か外部から見たとき誤解がある、両方が一つのものとして見られた
それは原発避難者が圧倒的に多いということでもそうなった
そして原発避難者と津波被害者は違うのだが同じように見られた
ただ小高でも津波被害者はいたのである
両方の被害にあった人もいた

ここで誤解が生じたのは原発避難者が常にかわいそうだとされたことである
NHKでもマスコミでも原発避難者を応援する立場にたった
だから相馬市のトマト農家が飯館村の人を雇わないということをテレビで訴えさせたのである、全国で見た人は相馬市のトマト農家は冷たいというように見るようになった
これも原発避難者と津波被害者がいることによる誤解を生んだ
飯館村は原発とは関係なかったのだから特別同情があってもしかるべきであった
ただ相馬市には津波被害者が相当にいて苦しんでいたのである
補償金は相馬市では全くもらっていなかったからである
それで働かないで遊んでいる仮設の原発避難者を見て怒っていた人も多かったのである
この辺は複雑になって外からわかりにくくなっていた

でも仮設暮らしというのがそんなにひどいものだったのか?
部屋は確かに狭いし長屋のようになって隣が気になって嫌だということがあった
でも人間の生活は悪いことがあっても同時にいいこともある
仮設で暮らしていた山の奥に住んでいた年配の女性は毎日会えるから楽しいと言っていた仮設に暮らしている人がみんな暗い顔していたのか?
明るい顔をしていた人も多いのである

それはなぜか?

原発避難者の場合かなりの額を補償金をもらった、一か月百万とかもらった人もいる
そこが津波の被害者との大きな差だった
一財産築いたという人もいる、あらゆることで補償金がもらえたからである
そして毎日のようにボランティアがきて炊き出しをしたり娯楽を提供したり何かとしてくれた、これも仮設暮らしをいいものにしたのである
その時仮設を提供した地域では補償金がもらかないから不満になっていたのである
特に津波被害者は同じ仮設に住んでもその差が大きいから怒りにもなっていたのである

私が仮設に住んでいる人と親しくしたわけではないが、暗い感じはない、何か明るい楽しい感じにも見えた、これは住んでいる人でもいろいろあるから誤解がまた生まれる
それは外部の援助とか応援が常にありボランティアが来ていたということも影響しているそこで皮肉なことに仮設暮らしの人は毎日パチンコとかギャンブルになっていてそのことでまた怒っていた
ただこれは行政の問題もあった、本当は地元の人が除染でも復興する仕事を与えてさせるべきだった、毎日ギャンブルをしている人をみたら回りでは不満になるからだ
行政というのも全く良いものとして働かなかったのである
第一働くと給料をもらうと補償金がもらえないというなれば誰も働かないからである

ともかく仮設がすべて悪いとはなっていてかった,外国の難民生活とはまるで違っていたからである
「私たちは消費して金を使って地元の人を助けているよね」と知り合いの女性が言ったときそうである、それは現代社会を反映したものだった
消費者は王様だとなっているから金を持っていればそうなる
だから地元で働く人がいても金をもっていればギャンブルして遊んでいてもいいとなる
でも周りからみればこれはなんなのだとなった
仮設暮らしは経験していないが何かそこにはいいものがあったことは確かである
それはみなんかわいそうな被害者として外部からも扱われたし補償金も多額だったからである
田舎では本当に明日食べるものがないとかガス電気がとめられたとか困窮している人がいた、その人は常に原発避難者をうらやましがって批判していたのである

江戸時代のことを興味がある、それで長屋の暮らしとはどういうものだったのか?
引用したサイトでそのことを書いている
長屋では子供が多く死んだ、それは農村でも子供で死ぬのが多かった
そのために地蔵を作ったとなる、長屋でも京都辺りでも地蔵盆とかあるのはそのためだった、長屋は一つの家のようになり精神的連帯が生まれたから悲しみも共有していたのである、つまり長屋というのでも人間生活には悪い面があってもいい面も必ずある
時代でもそうである、江戸時代が貧乏だからすべて悪いとはならないし現代が豊かだからすべていいものとはななっていないことでもわかる

かえって現代はそうして長屋のような共同がなくなり精神的にも連帯がなくなったからである
長屋には何かそうした精神的連帯が生まれたのである
それで三陸辺りで津波の被害者が老人が仮設に住んで喜んでいたのである
それはそこに長屋の共同生活が生まれて一人暮らしでも気遣ってくれたからである
今老人は孤立化しやすいのである、社会でもそういう社会である
長屋では老人が住んでいるとしてそこに住んでいる子供は家族の一員のようになり老人も孤立しない、それよりその時代は老人といってもまた80歳とかの人はいないから別であるにしてもそこは一種の大家族のようになっていたから子供が死ぬと長屋のものみんなで悲しんでいたのである

だから誤解しているのは仮設の人がみんなかわいそうであり同情すべきだと強制のようにされた、NHKでもマスコミでもそのことでは一致していた
だから仮設を建てて受け入れた地元では批判することはできなくなった
南相馬市では小高と鹿島は反目するようになった
小高の人にすれば全国の人は遠くからかけつけて応援しているのになんなのだ
金の不満ばかり言っているとなり仲たがいするようになり分断されたのである
金になると人間はうるさい、それで飯館村でも補償金のことでもめて二つに分断したのである

外部の人でもボランティアでもかかわるとき地元の事情に通じるのはむずかしい
紛争地域でもそうである、そこに介入するとかえって悪く影響することもある
ボランティアはもともと行政がするものでありそれを無料で仕事させることを批判している人もいる
人間の世界の複雑さは善意をもっていてもその善意が思ったように通らないことである
その善意もは悪く作用することすら普通にある
善意でしたとしても迷惑な場合がある、障害者でも本当は自立したい、だから駅で盲人を手をとって電車に案内したとき嫌がっていた
その人は自分で電車にのれるからだ、ただドアをあけるくらいはしてもよかったが手を取って誘導するのは嫌がっていたのである、自分でできることは自分でしたいのである

ともかく仮設暮らしというのは外部から理解しにくい、でもそれが全部悪いことではなかった、いい面がかなりあった、それは今の社会が失ったものが再現したともなる
長屋暮らしは共同であり精神的連帯が生まれた
ただそれは仮設に暮らしている人たちの連帯であり仮設を提供した人たち地元の人はそういうことはなかった、そこには反目があった
ただ老人問題を考える時長屋暮らしというのが意外といいものだったということである
女性にとってもそうであり一人暮らしの老人にとってもそうである
毎日顔を見合わせて気遣ってくれるということがあったからだ

今の社会は本当に無縁社会とか孤立しやすいのである、そういうシステムの中で生活しているからである
一番の問題は何か物質的経済的にも精神的にも共同するものがない
そこに介在するのは金だけになってしまった、金さえあればいいとなる社会である
そこに人間と人間の関係も金だけの関係となってしまった
それが貧乏であっても江戸時代の長屋には共同生活がありそこで悲しみも共有されたとなる

ただ江戸時代でもこれも必ず誤解してみている、時代があまりにも違うから今からみるから誤解になる、そこで暮らしたら地獄だったともなるからだ
ただ仮設暮らしは悪いことばかりではなかった、いい面も多かったのである
それは特殊な状態が生まれてそうなったとなる
だから何かそこで原発避難者に対して過剰な同情が生まれたのも問題だったのである
でもマスコミでもNHKでも応援したから何も言えなくなったのである
今でもそういうことで反発しているからだ
そして南相馬市などで内部では分断されてしまったのである
それは飯館村でも他でもそうである、行政でも何かかかわり指導して働く必要があったが何もなかったことも問題だったのである

posted by 老鶯 at 18:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

日本の地方の自治体の依存体質(原発事故の原因) (日本では自治体は市民共同体という意識が育っていない)

日本の地方の自治体の依存体質(原発事故の原因)

(日本では自治体は市民共同体という意識が育っていない)


ほとんどの先進諸国には、交付金制度に類似した財源調整制度があります。皮肉なことに、アメリカにはありません。そこでデトロイト市の破産が起こるわけです。

ただしアメリカの自治体は、警察、消防、都市計画などが主な仕事で、日本のように市民生活全体をカバーしているわけではありません。だから破産しても、パトカーが減ったり、街灯が点灯しない程度で済むわけです。

地方に原発を作ってしまえば、その地方は原発の補助金べったりになりますから、補助金を切られるとボス猿以下、生活が困窮してしまうので、何が何でも「お上」の言う事を聞かないといけない。例えその近隣地域の市民、市長が原発が危ないから止めてくれと言っても、

「いやいや、我々は補助金がないと生きていけないから、原発が危険だろうが何だろうが原発を維持します」


社会というのはどこの国でも歴史的に形成されている
だから社会をみるとき同じ民主主義国だから同じだとはならない
アメリカでも歴史的に形成された過程を見ないとわからない
ヨ−ロッパでは都市が形成された歴史には都市が一つの国家となっていた経過がある
だから城壁をめぐらして他の都市から攻められるの防いでいた
そこに市民共同体というのが生まれた歴史的経過がある

日本にはそもそもそうした歴史はない、パスポートにcitizenという欄がありそこに所属する市を書かされる
これはやはり日本の感覚ではわからない、ヨ−ロッパの歴史から生まれたことなのである
つまり社会で歴史的に形成されているからそうなる
日本なら行政単位が村であり村が自治体の機能としてあった
治めるのは侍だけど村にはそれなりに自治体としての機能があった、ただそれは市民共同体とかとは違って小規模であり大きな政治機能は藩がになっていた
その藩とはお上のことでありそれに従うということで成り立っていた、そこでお上に従属するという態度が自ずと生まれた

アメリカや外国では政府のことを信用していないという
だから個人情報でもうるさい、政府に知られたくないとなる
日本はお上を信じて従う性質がある
そもそもアメリカでは西部劇でもそうだがインディアンが住んでいて無法地帯に牧場とか作る
でも守る者はいないから銃をもって自ら守る他ない
だからこそ銃社会になっている、そういう歴史があるからそうなったのである、日本では戦国時代が終わると刀狩りが行われて
治安が保たれたのである

アメリカの自治体は民間でするものが多いというときそもそもお上に頼ってやっけいけない歴史的なものとしてあるからだ
治安でも自分のことは自分で守らねば生きていけなかったからである、だからアメリカは個々人が自立していなければ生きていけない厳しい社会だったとなる

明治以降外国の制度とか思想を受け入れたとしても日本の歴史がありそれを変えることはむずかしかった
歴史的に形成されたものとしてあるものを簡単には変えられないからである、だから未だに日本社会はそういう体質なのである
日本は市民という感覚ももてない、自立して市民として社会を積極的に作ってゆくという感覚がともしい
そういう歴史的経過を経ていないからである
お上の力が強すぎるのもそうである
そうして原発でも安全神話が今のお上によって形成された
政府と官僚と大企業とマスコミとかが一体となり原発神話が形成されたのである
そして住民は補助金頼りになったのである

ただ不思議なのはでは過去の日本の村では自立心がなかったのか?
それがあったともなる、なぜなら村単位で自給自足の生活をしていたから東京からとか中央政府から地方交付税とかもらっていない、それぞれが地域で貧しくても自給自足の生活していたから
経済的にも自立していたから中央にも政府にも頼っていないから精神的にも自立していたというのも意外だとなる

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて
(大和田建樹)

この短歌は富む人があっても翁の自分には関係ないことだ
自分はただ年老いても炭焼きして生活している、都会の人には頼らないという意味である
こういう自負があったことも不思議である
人間は貧しくても自立心というのをもてることがある
貧乏だと依存するとばかりみるがそうでもない
かえって豊かな生活をするために依存して自立心がなくなる
それが原発事故で判明した
豊かな生活をするために依存体質が自治体でも生まれていた
地方が補助金頼りだという時それはどこでも地方交付税の割合が大きくそれがないと運営できないからである
そこで自立心が失われお上の言いなりになるだけだとなる
経済的自立というのが大事だとなる
ただそうなると貧しくなるから誰も同意しないのである

現代はあまりにも贅沢な暮らしになれてしまったからである
その贅沢の味を覚えると減らすことができないのである
一旦うまいものの味を覚えるとまた食べたくなる
これは猫でも同じだった、魚を与えるとまたせびるからである
その味を覚えているからである
ただ自立というとき貧しくても自立することはできるということは知るべきである
かえって豊かになると贅沢すると自立心がなくなる
これを国家にすればもう石油がなければどうにもならない、死ぬほかない、戦争する他ないとしきりにいうときもそうである
でもぎりぎりになったら炭でも生活できるしそうしてきたのである、電気はここ50年くらいしか十分に使っていないのだ
戦後10年は裸電球一つしか家になく電気製品もゼロだったからである、戦前も同じような生活だったからである

今回の原発事故では地方自治体も問われた
富岡町長の5億円入っている金庫が津波で流されて探してくれと頼まれたとかも噂でもそうである
原発にはそれだけの金が流れる、その後の除染作業とかでもそうである、何兆円のも金が湯水のように使われたからだ
地方公務員も批判の対象となる
地方公務員は優遇されすぎているのは本当だからである

普段まともに仕事もせず、市内のサービス残業やブラック企業は何ら知らぬ存ぜぬで通しているにも関わらず、税金だけは必死で集めようとする

こうなるのはわかる、自分たちの生活を優先するからそうなる
これは具体的でわかりやすい、江戸時代だった年貢を納めさせなければ侍の生活が成り立たないからそうなる
そういう体質は公務員に受け継がれているのである
公務員は何かと得するようにできているからである
国家レベルでも財政難を言って消費税を税金をあげようとするのもそうである
官僚とかは国民から税金をとり生活している、だから税金をとることには熱心になるからだ
だから今のような貧乏化する社会では公務員への反感が強くなるのである、官僚となると東電に天下りしたのが多いからである

自治体とは自ら治めるということてのだが実際はそうなっていない,中央に依存したり大企業に東電に依存したりと自主的な自立したものではなくなった
飯館村などはまでいな生活とかで炭焼きで自立していた村と多少はにていたが原発事故で破壊されて補償金をどれだけもらうかだけが関心の的ととなってしまった
飯館村は別に原発とはほとんど関係していなかったからだ
ただ原発は金になるから東電に働きに行っていた人はいたのである、そさだけ原発は事故前でも経済的影響が大きかったのである




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2018年09月29日

故郷やの俳句鑑賞 (故郷は原風景としてあり津波で右田の松原は消失した)

     
    故郷やの俳句鑑賞
    
    (故郷は原風景としてあり津波で右田の松原は消失した) 
    
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故郷や晩菊そえし古き松

故郷や松に実りに漁の船

故郷や木の根元に虫の声



旧里や臍の緒に泣く年の暮    松尾芭蕉

(ふるさとや へそのおになく としのくれ)

故郷やどちらをみても山笑ふ:正岡子規。

古郷やよるも障るも茨の花  一茶

故郷や酒はあしくも蕎麦の花 蕪村



これは芭蕉が、ふるさと・伊賀上野に戻った時の句。
紀行文「笈の小文」に登場する。
年の瀬の帰省である。
ふるさとに残って家を継いでいる長兄から、母が大事にしまっておいた、芭蕉の「臍の緒」を見せられた。
  
故郷とは何か?それが津波や原発事故で避難したりして問われた
故郷を離れ他郷に住むことを余儀なくされた
故郷自体が無人化して消失する危機にもなったし今でも帰らない故郷となっている人が多い、故郷とは何かということで哲学的にとかいろいろ探求してきて書いた

芭蕉の句は母を思う親を思う場が故郷だという句である
子供の時故郷で両親の元で育つ場が故郷なのである
一方で一茶は継母に育てられたり村人うとまれたりいじめられたりといいものはなかったそれも故郷なのである

正岡子規となると故郷はいいものだった、肯定になる
蕪村は食べ物で故郷を思う、蕎麦の花というとき蕪村は農村出身であり農家の出らしいからそこで蕎麦というのが原風景にのようになっていたことがわかる
故郷の酒はまずくても蕎麦はうまいということかもしれない

私が故郷という時も故郷はそれぞれの原風景なのである
両親の愛のもとで育てられたものとしてあるのも故郷である
ただ一茶のようにそうして継母に育てられたら両親の愛がないから故郷を嫌悪するようになった、そういう人は確かにいる
故郷は全部肯定できるいいものとしてはない、なぜならそこに人間の醜さが露骨に現れやすいからである、田舎の人が素朴な時代はとっく終わっているからだ
やはり欲が深く金を追求しているのは全世界でもう同じなのである

今はホームページの方の俳句日記を整理した
2001年頃から書いていた、もう20年前となるから時間が過ぎるのが早い
そんなに過ぎてしまんたのかとなる
その時は津波もないし原発事故もなかったからもともとあった風景は400年とか変わらなかったのである、右田の松原は江戸時代からあったらしい
だから松が太くいい松だった、松川浦の松と細いから年数がたっていない
いつも右田の松原に行っていた、それは故郷の原風景となっていた

秋には実りがあり黄金色に染まり松原がある
写真には松原と晩菊が映っている、その菊は野路菊とかあつぼったいものであり普通の山城菊とかとは違う種類である
この松がなくなったことは信じられない、松原がなくなったことは信じられない
それは故郷の原風景が全く消失したことだからである
海老村も右田村も烏崎村も津波で消失した、何もない、右田では当時を偲ぶものはなにもない,高い土盛りした防波堤と風力発電の風車が回ってソーラーパネルの風景となってしまった、何か工業地帯のようになってしまった
火力発電所ができたときも原風景は壊された
でも右田の松原がまだ残っていたから松は活きていたのである
それが根こそぎ津波で流されて残っていて一本松も枯れてなくなった
本当に右田の松原を知らない人が生まれて7年とかなる
もうそれを知ることはできない、つまり津波以後の世代は全くここにあった松原をイメージすることもできなくなったのである

ともかく故郷は原風景だというとき風景と生業が一体となったものが故郷である
その原風景が消失したのである、この変化はあまりにも大きいのでとまどう
ありえないことでありどう心の中で消化していいのかわからないのである

  俳句日記(2001−2005)

雇うことは雇われるよりずっとむずかしい (雇われる人は雇う人の気持ちがわからない)


雇うことは雇われるよりずっとむずかしい

(雇われる人は雇う人の気持ちがわからない)


人を雇うことは、雇われる人と労働契約を締結することを意味します。
また、雇われる人からみると雇主と労働契約を締結することを意味します。
求人に応募して、採用が決まり、働くようになったならば、それは雇主と働く人の間で労働契約が締結されたことを意味します。
働く人から見るとあまり意識しないかもしれません。
しかし、雇う立場の方は、契約を意識しませんでしたでは全く通用しません。
人を雇う以上は、労働契約を締結するという意識をしっかり持たなければなりません。
契約関係にあるということはお互いに義務を負い、権利をもつことを意味します。

もしもクビだと言われても、応じる必要はありません。

労働法も解雇を簡単には認めていません。職を失うことが死活問題になることを法律も考慮しているのです。

ちなみに労働契約を使用者から解約するのが解雇、働き手から解約するのが辞職、話し合って解約するのが合意解約です。

最初に明確に労働契約していないと賃金もまともに払われなくても法的に訴えることができないのである
その人は食堂で働いたが賃金が支給されないが訴えることもできなかった、なぜなら労働契約を結んでいなかったからである
法律的に文書で契約していなと訴えることもできない、それは他のことでもそうである
法律的に訴えるにはそうした証拠が必ず必要になるからである
だから現代では必ず法律的に有効なものとして文書が領収書などが大事になるのである
人間は口約束だとごまかしたりできるからである



雇う人は、雇われる人のことを考えるべきだし、
雇われる人も、雇ってくれている人のことを考えるべき。

雇う、雇われるの関係性に
上下関係だとか主従関係ていうもが
まったく存在しないとは言わないけれど、
結局のところ、「人」と「人」だから
土台の部分は対等だよね、って思う。

でも、人を雇うって、想像以上に気力も体力もお金も必要なのは事実。


雇われている人にも、雇われている人なりの思いがあるのと同じで、
雇う側の人にも、その人なりの思いがある。

「雇われる人」にはこれが永遠に分からないのである。
 だから「雇う人」が語る言葉を全く理解しないことがある。

─それだけではない。
 永遠に愚痴を言い、座っているだけで、何もしない無為の時を過ごすのだ。

繰り返し言う。
人間には「雇う人」と「雇われる人」の二種類しかいない。

どちらを選ぶのかは個人の自由だ。
「雇う人」は時間を思いのままに出来るが、同時に大きな責任を負う。



人を雇うことがこれほど大変なことを意識しなかった
もともと自分には人を雇う資格もないし経験もないし世事に疎いからできないものだった、ただ家の事情があって人を一時間でも雇うようになったのである
最初に雇ったのは自分ではない、母が雇ったのである
シルバーセンターの関係で手伝ってもらったのでそのまま雇った
しかしシルバーセンターは信用されるようでできない
人物の調査をしていない、ただその時はシルバーセンターは介入していないから責任は自分の家にあった

どんなことでもささいなことでも雇うことは大変なことである
雇う方が雇われるより大変なことだと知った

雇う人を信用できるのか?

これ自体がまず最大の困難である、どうしてその人を信用できるのか?
最初はするシルバーセンターとかで信用した
今は個人ではなくそうした組織が信用機関になっているからだ
その後は個人と個人の関係になっていたのである
シルバーセンターとは関係なくなっていたし別にシルバーセンターを通していないから責任はシルバーセンターにはない
現実にそう契約に書いてあるからだ、勝手にシルバーセンター通さないで雇うなと書いてあるからだ
そこが錯覚しやすいことだった
そして田舎のことだから信用することがあった
小さな領域に住んでいるからである
そこで盗まれて大損失になった

ここで私が意識したことは人を雇うことは本当に雇う側にとっては重大なことである
それは家なら家のことをまかすとまでなるからだ
だから家の中に入れる仕事は本当に信用が一番大事である
ヨ−ロッパなどでは信用をどうして得ているかとなると召使というのは前に雇われた家のことを知りそのことで正直に勤めていれば信用ができていた、それは今の履歴書みたいなものかもしれない
そういうことは雇う方で情報が入っていたからできた
要するにその人となりがわかって雇っていたとなる

雇うとはまずその人を信用しないかぎり本当はできない

そして雇う方では「頼みますよ」という切実な思いがあって頼んでいる、でも雇われる人はそのことを意識しない
いくら金がもらえるのか?それしか頭にないのである
そして二番目の人はただ金だけをもらうために来ているだけになった
なぜなら三日に一回皿を洗うにしても二三枚であり後はなにもしない
何をしにくるのか?金の請求である
契約でいくら払うといって雇ったがその倍以上請求する
払わなくても良かったがいろいろ事情があって雇う側の裁量で払ってきた
その時はまだ金の余裕があったからである
別に雇われる人がどうであれ雇う側でよしとすれば働かなくても払う人はいる、それは自由なのである

ここでの雇う雇われる関係は会社とは違う、個人と個人の関係になる
そうすると一番大事なのはどうして信用するかなのである
これが最高にむずかしい、実は雇うということはその人を信用したということなのである
そのことで決められた金を払うとなる
まず履歴書でも見て面接してその人を見て雇うか決める
雇った時点で給料を支払う時すでにその人を信用したのである
この信用するということがいかに重要か?
雇われる人は感じないのである
ただ時給いくらで働かせるだけでありできれば働きたくないとなっているからだ
でも雇う方は実は切実なのである

特に個人対個人になるとそうである、雇う方では困っている
それで他人に頼むとなるまず信用できるのか、家に入れて大丈夫なのか?そのことが最大の問題になるからだ
でも家に入れた時点で雇った時点で実はその人は信用されたのである
でも雇われた人はそうして信用されたことを意識していない
会社でコンビニとかで雇われる場合でもそうだろう
ただ時給をもらうために雇われたとしか意識しないだろう
ただ他人の家に入ることはまた違っている
そこで一番大事なのは信用なのである

雇う方では「頼みますよ」という切実な思いがある
雇われる人はただ時給として金をもらえばいいとしか考えないのである、これだけの金をもらったからこれだけのことをする
それ以上のことはしないとなる
でもその人は例えば三万で頼んだとすると確実に前借りするしなにかにやと要求する、それも電気がとめられたとか水道とめめらたかとか借金とりがきたとか次から次と切迫したことを言う
それで結局必ず倍以上の金額を要求する
それも事情があったから払っていた

「この金額で頼みますよ」と頼んでもそれでは絶対に終わらない
三万で頼んだら三万以上を要求されることがわかると頼めなくなったのである。
三万は六万になるとなれば頼めないのである
金を払う方になるとそうなる、雇う側になるとそうなる
雇う側でも金が無限にあるわけではないからだ、でも雇う人は何かそういうことを感がない,とにかく多くの金をもらいたいとなるのだ,でも金には常に責任がついてまわっている
金をもらえばそれは責任になる

自分の場合は個人と個人の関係の雇用だから会社ではないからかなり違っているが基本は同じなのかもしれない
まず雇う側としては信用しないと雇えないのである
そして雇うということは信用されたことだが雇われた人はそういう自覚はない、ただ時給をもらえばいい、できるだけ働かなくてももらえばいいしかないのである
そこであまり雇われる人は責任を自覚しないのである
頼まれるということはその人を信頼することだったのである

それでなぜ自分は病院に一か月入院したとき親戚の人に知らせないで頼まなかったのか?
それはその人が事業の失敗をして多額の借金をしているからである
もし頼んだら事業家だからその金が大きくなるからだ
すでに金を貸してもいるからだ、そこで頼まなかったということは信用しなかったことである
でも結果的にそのことで大金を失った
だから自分には頼むという人がなかったとなる、信用して頼む人がいなかったのである

人間は頼むとか頼まれるとかを簡単に考えている
ところが頼むという時切実なことがあり何とか助けてくれとかで頼むことがある
でも頼まれる人はそのことを重大なものと考えないのである
雇用関係が今は対等だということにもなっている
それより雇う側の人が責任があり責任が課せられている
そのことを意識しないのが雇われる側である
こういうことは大きな組織でも国とかの単位になるとそうである
指導する立場になるともきすごい責任が課せられることになる
その決断が判断が誤れば戦争のように3百万人とか死ぬことになるからだ、その決断する立場になったら空恐ろしいことだとなる
もうすでにそれは一人ではできない、だから戦争では国民全員が責任あるとして誰も責任は問われない、原発事故でもみんな責任があるとして誰も責任を問わないのである
国民に責任があるとしたら誰も責任は問われないのである
でも必ず誰かが責任をとらされる、3百万人が死んだということで国民が責任をとらされたのである

人を雇うって、想像以上に気力も体力もお金も必要なのは事実。

これは本当にそうである、もう自分はそうした力もない、もともとなかった、ただ事情と成り行きでそうなっただけである
本当に今は雇うと雇われ関係は対等でありむしろ雇う側の責任の方が大きいから雇うことは普通の人はできない
これは指導する人と指導される人の関係にも似ているかもしれない
指導する方が責任が重大であり疲れる
ただ支持される人は責任もなく楽だとなる
でも何かをまかせられる、たのまれることは雇われる方でも実は「あなたに頼みますよ」ということで信用して頼む切実なものがある、でも頼まれる人はそれを感じないのである

だから人間は雇う人雇われる人がいるというとき雇われるだけではなく雇う人の身にもなってみるべきだとなる
そうすれば両方の気持ちがわかるから責任も感じるとなるからだ
結局こういうことも経験しないとわからないのである
雇う人になることは普通は少ない、みんな雇われる人になっているとすると雇うことがどういうことかわからないのである
雇うことも雇われることも実は個人と個人の信頼関係だということだということは基本にある
それがないかぎり両者が基本的にうまくいかない
ただ会社とかなると組織になるとまた違っているが基本に個人と個人の信頼関係として雇用関係はあるとなる
会社だと個人とか雇う人が誰なのか?それが見えないから現代の雇用関係は集団的相互信頼関係に変わったともなるが基本にはやはり信頼関係は個人と個人にある


文章を引用しているがurlだけではない、文章そのままを検索に入れるとたいがいでてくる
だから著作権違反はすぐに指摘できる
引用でも別に相手が指摘しないとか引用側の文が主になっていれば違反にはならないのである
ただインタ−ネットではどこに引用されているかもわかりにくいからかなり違反があるとはなる



posted by 老鶯 at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

東と西の方角感覚 (大阪人と関東(東京人)の対立)


東と西の方角感覚

(大阪人と関東(東京人)の対立)

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SAPIO−9−10月号

秋の陽は湖西に没りて淋しかな東(あづま)の方に陽は昇るかも

東の野に炎の立つ見えて
     かへり見すれば月かたぶきぬ  柿本人麿

旅をして一番不思議なのは方角がわからなくなることである
それは会津のことでも書いた、東西南北がありそれが山が多くて方角がわからなくなる、ただ西会津となると何か辺鄙な感覚になるし実際にそうである
ただ方角という時東と西が基本にある
それはなぜなのか?
世界的にみても陽が昇る方角と沈む方角が基本になるからだ

オリエント【Orient】

 ラテン語オリエンスoriens(〈日出ずるところ〉〈東方〉の意)に由来し,同じくラテン語オクキデンスoccidens(〈日没するところ〉〈西方〉の意)から来るオクシデントOccidentに対する語。本来,ローマ帝国内外の東部を指したが,帝国の東西分裂以降,西ヨーロッパが独自の歴史的世界を形成していくに従って,自らとは異質なビザンティンおよびイスラム世界,さらにはインド,中国,日本などもを意味するようになる

世界史的にはオリエントが古い、ヨ−ロッパは西であり西欧文明であり新しいとなる、イスラムの方が文明的に先進国だった
ともかく方向感覚として陽が昇る方向と陽が沈む方向を意識する
エジプトのピラミッドがあるカイロでもナイル河の向こう岸に太陽が輝き沈むときその方角はエジプト人にとって死者の国になる
黄泉の国になる、それは太陽が沈むということでそういう感覚になるのは世界で共通しているのである
西というと西方浄土であり西行とかもいて仏教でもその思想があり共通している

ただ人間が方角を意識するときグローバルに意識することはむずかしい、だから東とか西とか意識するにしてもローマ帝国内で意識したとか柿本人麿の歌は山の原での歌だとすると狭い範囲なのである、人間は地理的に世界を意識することは容易ではない
ただ日本でも
「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という日本史の資料などにおいて出てくる聖徳太子の言葉がある
まず日本でも中国でも方角を意識していた
それは陽が昇る方角と陽が沈む方角なのである
韓国では日本海は東海(トンヘ)なのである
だから韓国から日本海を望んだ時不思議な感覚になる
日本海は陽が沈む所として意識しているが韓国から見ると陽が昇る国なのである
そういう感覚は旅すると常にある
アメリカでもカリフォルニアは西部であり西海岸であり陽が沈む海になる
これも方角として日本から来てみると不思議な感覚になるのだ

私の短歌を例にすると湖西という地域があり琵琶湖の西なのである、湖西線が通っていて何か淋しい地域に感じた
西には何か淋しい感覚になるのは陽が沈む方角にあるからだ
でも湖西から見て東の方は関ケ原になる
その感覚がなじめなかった、日本でも東と西に分かれる
地理的にもそうであり歴史的にもそうなのである
当然大阪とか京都とか奈良は古いから西が中心だという意識を今でも持つのは理解できる、関東とか東京は江戸時代までしかさかのぼれない、鎌倉があるとしても狭い地域であり西の京都の方がその時も中心であり天皇がいて室町時代になったことでもわかる
天皇がいるところが日本では中心であり京都が千年天皇がいたから中心だった

東京が中心になったのは江戸時代であり明治以降である
だから東京には愛郷心がないというのもわかる
地方からの寄せ集めでできた都市だからである
東北でも良く墓を見てきて紹介したが相馬藩では元禄となると相当に古いしめったにない、一番古くて慶長時代の墓が相馬藩の殿様の兄弟の墓があった
まず室町時代とかにはとてもさかのぼれないのである
奈良や京都や大阪になると江戸時代前まで普通にさかのぼれる
そこに歴史の厚みが不足しているとなる

ただ東と西の栄枯盛衰はある、それは世界規模でもある
西欧文明が世界を支配したという時そうである
でももともとはオリエントが起源だというときオリエントが東が古い文明の源である
インドでも中国でもイスラムでもヨ−ロッパより西欧より古い文明なのである、日本文明も謎にしても古いのである
東と西の栄枯盛衰は柿本人麿のひんがしから陽が昇り西に月が傾くということで象徴的に歌われている
でもこれは世界的に言えるのである、東西文明は栄枯盛衰を繰り返してきたからである、それは千年とか二千年とかの時間でみるときそうなる

ともかく大阪人が関東に東京に対抗意識があり大阪京都が中心だという意識は歴史的に形成された
だから大阪人はどこでも大阪弁を使って話してくる
その大阪弁が親しみ安いのである、だから私は大阪人には好感を持っている、京都弁になると何かよそよそしい、公家言葉になる
一見やさしいようで冷たいとなる、それが言葉にあらわれている
公家の文化がありそこから言葉が出てくるからだ

東北弁はズーズー弁であり何か言葉としては洗練されていないのである、でも縄文時代以来の言葉であってそこに正直さみたいなのものがある、それは洗練されていないが原始的な言葉だともなる
言葉は古語にその民族の精華となるものがあり古語を知るべきだとされる、ヨ−ロッパではラテン語を知らないと本質的に文化人にはなれないというのもわかる
ラテン語はヨ−ロッパの共通語となっていたからである
ヨ−ロッパでは言葉で明確に歴史的に合体したことがわかる
日本語は漢字を利用しても古い日本語との共通性はない孤立語なのであり謎なのである

そして関ケ原を越えて名古屋になるが名古屋は東と西の交わる場所であり歴史的にも信長が天下を統一した地の利があった
武田氏には地の利がなかったのである、中心の京都に進出しやすい場所にあったからだ

名古屋人の気風について

「名古屋の男女の風俗はもっぱら大阪になまぶなり、えひしりあけ(男の髪型)、おぼこづと(女子の髪型)などがあり人気の闊達は江戸にならうなり、吝嗇は京にまなぶなり、ゆえに江戸の戯作狂文は名古屋まで良く通じるなり」
名古屋の女子顔色美なるも、腰大いに太し、一人として細腰なるはなし」

滝沢馬琴の見た名古屋人である、京都大阪と近いし江戸とも通じている地理にあるからこうなった
そして腰が太しというとき農民的な体形気質もあったのかともなる、名古屋は京都とか大阪の影響を受けるがまだ未開的なものも残していたのかともなる
名古屋弁とかでもそれは大阪弁とか京都弁とかの影響を受けている場所である
名古屋の人にあったが東北人からみると闊達な人が多いともなる
つまり名古屋には大阪の商人的気質とか京都の公家的気質とか関東の武の気質とかが混交した場にもなる
それはヨ−ロッパでもそうでありそうした地域には天才が生まれやすいという分析がある
東西の文化の交わる場所とかはそうなりやすいのである、そういう刺激を受けるからである

いづれにしろこうして人間は地理によって文化でも文明でも作られるのである、だから地理を知らずして世界でも日本でもさらに地域でもわからないのである
私の場合は日本は隈なく旅行したからだいたいその土地が地理がわかるから話を合わせられる
ネパールでも一回行ったからここに住んでいる人がいて4000メートルの所に住んでいたというときでもイメージできる
ただあそこでは卵すらなくインドから買っているとかまず何を食べているのか?そんなところで住めるのかという地域である
そんなところにも人が住んでいるから驚くのである
だから奥さんを呼んで日本人になり暮らしたいという気持ちがわかるとなる







2018年09月28日

ネパールの人が自動車の免許を取得 (おくさんを日本に呼ぶという−日本人になりたいとういう)


ネパールの人が自動車の免許を取得

(おくさんを日本に呼ぶという−日本人になりたいという)

前に駅で会った駅の向かい側のホンダで働くネパール人は今日仙台の方から駅に来て自動車免許をとったと教えてくれた
ではどうししてとれたのか?
まず先進国ならもともと免許をもっいていたら実技試験免除とか試験も免除とかあるみたいだ
でもその人はネパールでありヒマラヤの標高4000メートルに住んでいる人である
そういう人がどうして免許をとるのか?
日本語で日本の試験を受かる他ないだろう
そうすると相当に難関になる
でも合格して免許をとったのである

その人は真面目でありホンダで車の修理とかして仕事しているから仕事もすでにできる、日本語もできる、だから日本人になりたいというのもわかる
永住権はとれるだろう、ただ日本国籍となるとめんどうらしい
ともかく奥さんがいて奥さんを呼ぶと言っていた
まずネパールだとあまりにも生活の差がありすぎる
ネパールはベトナムよりひどい第一4000メートルの高所でどんな生活ができるのか?まともに食べるものもないと思う

その人は日本国籍でも申請すればとれる人である
真面目だし日本語能力も高いし仕事もしている、それも車の修理関係でしている、すると会社で援助してくれる
保証関係でも援助してくれるかもしれない
ただ日本国籍となると何かめんどうになる
でもその人はすでに日本に住んで長い、10年くらい住んでいるのかもしれない、だから国籍でもとれるような人なのである
そういう人なら日本人になってもらいたたいとなるだろう
やはり人によりけりなのである
移民を全部否定はできない状態だけど無制限に入れることはできない、それだと後になって困るからである
でもその人は奥さんを呼んで日本に定住することは間違えない
永住することはもう決定しているのである
ネパールに帰らないし帰りたくないというのがわかるからだ
あまりにも生活条件が厳しすぎるのである

今駅では自転車置き場を作っている
前より半分くらいになる、他にも自転車置き場はあった
駅から離れているがあった
駅前は便利でもやはり車が優先されるから前の自転車置き場は駐車場にしたのである
そこが金を払う地元の人のための駐車場である
たいがい家が空き地になると用途としては駐車場になる
車がそれだけ必要な社会だからそうなっている



JR線路の除草剤で沿線農作物に被害 早場米の出荷自粛も 福岡・みやま市 今夏の猛暑で揮発、飛散か

駅ではこの前ホームを原町の駅長が草取りしていた
駅長もそんなことするのかと見ていた
一人で草取りしていた、前は除草剤を線路にまく人がいた
なぜそうしているのか、見通しが悪くなるから線路でも草取りしている、ともかく日本は雑草がどこでも生えるのである
だからどこでも草取りが仕事になる
ここの線路では専用の除草剤をまく車両を利用していたのである
だから本格的でありそれが畑に飛散したのである
これも鉄道を見ていたからわかったのである

鉄道でもいろいろなことがある、それは鉄道に駅でもかかわることがある、今日も何か走行に邪魔するものがあり一五六分遅れたのである、何かと遅れることはある
これから風が吹くようになるとまた遅れる
これは冬だがこれだけは困るのである、もう定期的に遅れるからである


タグ:ネパール人

彼岸に虫の音に秋の野 (7年は過ぎた海老の浜など)

彼岸に虫の音に秋の野

(7年は過ぎた海老の浜など)

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海老村のあった所に松が生えて育つ

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昨夜の分

雨しとと死者を思いぬ白木槿

故郷の木の根元にそ虫の声


今日の分

大海に秋の陽昇り鵜の飛びぬ

陽の昇り残月あわれ秋野かな

雨しとと死者を思いぬ白木槿

故郷の木の根元にそ虫の声


雲隠る月に亡き人思ふかなまた光りいで死すともあらじ

この里にともにしあれとあわれかなひびきあいにし虫の声かも

虫の音を今日もここにし聞き入りて近くに住める人思ふかな

耳澄まし虫の音聞きぬ我一人眠りにつきぬ町にしあるかな

耳澄まし今夜も聞きぬ虫の声草深し里ともしびあわれ
(昨夜の分)


今日の朝

津波より7年半過ぎ生い立ちぬ松も育ちて秋の陽さしぬ

津波にも御刀神社残りけり杉木立にそ秋の陽さしぬ

玄関に大岩構え妻亡くす人の住みける秋となるかな

昨夜も虫の声を聞いていた、夜でも歩いている、運動のためである
彼岸だとやはり墓参りであり死者には白木槿がにあっている
お盆ではない彼岸でもそうである

この町は一万くらいだけど河原は草深い、灯でも何かまだ里の感じがある、ただ震災以後は新築の家が何百件も建ったから都会化したのである、ただ灯あわれというときやはり田舎だとなる
これが隣の原町だとまた違っている、原町はやはり都会になるからだ

順序が逆になったが昨夜から今日の朝にかけての感想である
プログは日付順であり本当はその日その日に読むのがふさわしいとなる、俳句短歌とかはプログに向いていたのである
季語があり日本の季節は刻々変わっているからである
俳句はもともとそうした天候の報告として生まれたともなる
日本人の挨拶は天候になっているからだ

今日の朝は晴れたので海の方に行った、海老村は津波で消失した
そこは枯野になってしまった
そして残月が見え海からは陽が昇ってきた
そこには新しく松が根付いて育っていた、津波から7年半過ぎたのである、もうこれだけ育った、枯れた松もあるが新しく生い立つ松もあった、これは津波で塩水をかぶった松とは違うから枯れない
塩分があっても育つ松である
他に松の苗を植えたがそれは苗である、その苗が育つのは30年とか先になるから見れない
ただ自然に育った松がある程度大きくなったのは見れるもしれない
そのうち寿命になる方が早いとなる

いづれにしろ海老村の跡は秋野になった
そこに残月が出て海からは太陽が昇る
右田浜は風力発電の風車である、こんなに変わることが未だに信じられないのである
右田の御刀(みと)神社は残った、あそこまで津波が来たしあそこの家はかなり津波の泥をかぶった、それで京都辺りから大阪からボランティアが来て泥をかきだす作業をしてくれた
その車のナンバーからわかったのである
まず津波の傷痕はまだ消えていないのである
それだけの災害だった、おそらく十年過ぎてもそうである
原発事故も重なってこの辺では傷跡は消えないのである

北海道の方で地震で被害があったがスーパーとかツルハで募金しているが千円札が結構入っていたのには驚いた
この辺ではやはり助けてもらったしそれなりに金が入っている人があるからお返しとして金を入れているのかもしれない
ボランティアも相当に来たからである

知っている人の家は留守である、白内障の手術で二か月仙台に入院している、今日見たら玄関に大きな岩があった
何か岩のような感じのがっちりした人である
でも妻亡くして淋しいと一人で住んでいるのである
そういう人もまた多くなっている

今日は晴れたが昨日は寒かった
本当に秋らしくなった、今日は晴れたからでかけたいとなる
でも遠くには行かない、仙台にすら今年は一回しか行っていない
何か出かけたくないというのもこれだけ旅したの不思議である
ただ思い出す旅はしている、思い出す旅も実際は旅の継続だったのである、とにかく人間は忘れやすい、だから旅を記憶することが意外と大事である、そのことを書いてきた