2019年03月10日

震災から8年過ぎて・・・・・ (復興特需が終わり旅館も客が来ない)


震災から8年過ぎて・・・・・

(復興特需が終わり旅館も客が来ない)


テレビ放送していた三陸の旅館も最初はボランティアとか来て復興特需があった
だからこれならやっていけると見込んで県から金を借りて復興を目指した
でも最初は良くてもその後は客が来なくなった
津浪で砂浜もなくなったとか前のようななごむ風景がなくなったとかある

結局いつまでも復興のために応援する人はいない
みんなむしろそうした旅館とかホテルに行くのはリフレッシュするためなのである
でも今でも何かそういう被害地にはみんなまだ応援しなければならないと強制される雰囲気になる、するともう行きたくないなとなる
だからアドバイザーがいかにそうした雰囲気から脱出するのが課題としている
いつまでも津波の被害にこだわりかわいそうだから応援してくれでは客はもう来ないと言っている

これもそうなのである、震災から8年過ぎているからだ
でもあまりにも被害が大きすぎてその傷は癒されないのである
そういう場所に観光で遊びくつろぐというわけにはいかないのである
この辺だって何か避難区域になった小高になるとどうしてもそうなる
俺たちは被害者なのだ、俺たち援助されるべきだ
予算を病院再興もするべきだとなる
それに反対するのは冷たい奴だ、同情心もない人間じゃないとまでなる
それで何か言うとお前は傷に塩ぬって楽しいかとかなる

そういう人たちと場所とはかかわりたくないともなる
ただ南相馬市はさけることはできない、なぜなら同じ南相馬市民であり浪江でも近いから傍観しているわけにいかないのである
現実に原町区や鹿島区や他でも相馬市でも相当数の避難民が復興住宅などで生活しているからである

何か現代社会は被害者とか障害者と病人とか弱者に手厚い社会である
それが悪い訳ではないが、それが何かかえって特権化している社会なのである
かわいそうと思わないのかとなり普通の人が暗黙の内にでも責められる社会なのである
一旦そうして被害者になるとそれがもういつまでもつづく
一代でも終わらない、それを証明しているのが韓国とか沖縄なのである
そのために責められて援助を強いられる、日本は韓国国民を苦しめただからその賠償は終わることがないとなる

原発事故の地域とそうでない宮城県とかの海岸線はまた違っている
原発事故は手厚い補償がありそれで生活に困らないとかある
でも宮城県とか岩手県にはない、原発事故だったら復興資金を借りても返済などしなくてもよかったろう、でも返済が迫られて多くの会社が苦境にたたされて倒産したりやめるとなる、原発事故地域ではかえって多額の補償金をもらって喜んでいる人たちもいる
ただ表面上は苦しいと言うことはある、それは人によっていろいろである

でも観光となると本当にむずかしい、観光とは何か癒しとか安らぎとかを求めているからだ、そこで何か被害地として犠牲者のことを延々と語ることも8年過ぎると問題になるというのもわかる
ただそれだけ被害が大きすぎたからどうにもならない責められないということもある

おそらく原発地域だっていろいろあっても飯館村などでも復興はしない
それは時間でしかしないのではないのか?
昨日飯館の森の中に入ったら樅の木新しく根付いて育っていた
それがなんとも瑞々しく感じたのである
新しい命がここにもやはり育つのだなと新鮮に見た
別にそれが放射能に汚染されいるとも見えないのである
小鳥はさえづり山にひびいて気持ちよかった

ただ人間と比べると村に子供も帰ってこない、立派な建物の学校ができても若い世代は子供は帰って住んでいない、それでも保育所とか無料にしたとかで人気にもなっている
そこで子供は暮らし住んでいない、学校には村外から通っているのである
放射性物質の汚染で自然が死んだとはなっていないのも不思議なのである
それが放射性被害の不思議さだった
実際は眼に見えなくても放射線とは怖いものだという、レントゲン写真で放射線をあびることは150日寿命を縮めるとかいう研究者兼医者もいる
だから正直放射線被害について私はわからないのである
細胞が成長する子供には特に影響するとなると親がそういう場所を避けるのは同にならないともなる
思うとすぐに解決する問題ではなくなっている
何か手っ取り早い方策がないのである

そういことでこれはもう時間が解決するしかないのかともみる
セシウムは30年で半減するというときそのことを象徴している
それだけの時間を待つ他ないのかとなっているのだ
そんな時間を待てないというのもわかる
でも方法がないのである、30年後でも50年後でも百年後にでも時間が解決するのを待つほかないのかと見てしまう
そうすれば森でもセシウムは半減する、その前に除染しても無駄な感じになる
森からいくらでも放射性物質が流れてくるからである
今なぜまた溜池の除染を方々でしいるのかというのも疑問なのである
それより補償金をたりない所に配った方がいいともみるのである

人間は普通の状態でもある家に病人がでたり何か負担になることがあると人はよりつかなくなる、私の家でもそうだった
それはそういう所に行くと負担を感じるし現実に負わされるからである
そこには重苦しい雰囲気がある、だからよりつかなくなるのである
それと三陸の旅館がにていたのである
最初はボランティアが来たとしてもそれを継続はできない
みんな癒しとか楽しみたいとして本当は来るからである
特殊事情で一時的にボランティアなどが来たがそれを継続できないのである

そしてその被害をいつまでもひきづると人は余計にこなくなる、来ずらくなるのである
俺たちは被害者なのだとそれはもう終ることがないのだ
援助されるのは当然だ、ここに来たら寄付金を出すのが人情だとなるからである
でもそういう状態から解放されるのは本当に50年とか百年とかの歳月が必要なのかもしれない、それだけ被害が大きすぎたのである

水産関係とか漁業とかは農業でも林業でももともと衰退産業だった
そして高齢化社会であり跡継ぎがいないとかなっていた
そのことを言う人がいたのもわかる、そういう弱体化した地域に津波が原発事故が襲ったのである、だから致命傷にもなったとなる
人間は暗い雰囲気の所に行きたくない、店でも暗い場所にあると飯もうまくないとかなる人間は明るい場所を好むのである、だから店の立地は明るい場所がいいのである
とにかく暗い重い雰囲気とか被害者であり応援する義務があるとかなるとそこで日ごろの仕事で疲れた体と心も癒せないのである

別に通り過ぎるくらいならい、現実に旅館に泊まらないで去ってゆく人が多いという
今も津波被害を語る会があるからである、それを聞いたら泊まらないで去ってゆくというのはくつろげないからだろう
人だって何かそういうことを未だに強制されているのである


俺たちがこうなって仕事もなくなったとか何が失ったとかこうなっているのは全部原発事故と津波のせいなんだということが言葉になくても重くのしかかるのである
現実は何もすることもなく朝から酒飲んでアルチュウになったというのも浪江の人にもいたのである
それだってみんな東電や国のせいだとかしていれば責められない、むしろ生業を返せとなりそれが補償金もらうために協力しろとなる
沖縄でもいつまでも日本人のために沖縄はひどいめにあったとその被害を今も訴えつづけている、韓国でもそうである、それでそういう場所には近づきにくくなる
人があまりにもそういう心の状態にあると地元の人とふれにくいとかなる
それはこの辺でも同じなのである

南相馬市内でもそうでありそういう被害者とは近づきにくくなる
それも8年過ぎても同じだからそうなる
おそらく十年過ぎても同じである、二十年過ぎても同じである、ようやく30年過ぎてこの辺ではセシウムが半減したとき多少変わるかもしれない
それは一代で終る問題ではない、二代も三代もつづく、それは韓国や沖縄の人たちとにているのである
こうなったのは全部津波と原発のためだとなり毎日酒飲んでいてもギャンブルしても生業を奪われたのだからしかないとされるのである

結局復興が8年過ぎてもできない、インフラはできたが人の心はしていない
それで心のケアが大事だとか孤独死をしない見守りとかに力を入れる
何かこれも時代だったのである、高齢化社会とか第一次産業の衰退と重なりそういうふうになった
でももしトヨタとか車産業が被害を受けたらみんなでなんとか復興しようとするだろう
ローカル線でも衰退している利用しないから津波でやられてももともとたいして利用はしていないとかなる、だからやめた方がいいとなる
北海道でも台風の被害で一部復旧していない、それは莫大な金がかかるからである
それより車の時代なのだから鉄道はやめた方がいいとなる
つまり時代が影響して復興できなくなったのかとみるのである
その手っ取り早い解決方法はない、ただ30年とか50年とか百年の時間が解決するとかしか方法がないのである
いろいろ試してみてもそう感じてしまうのである

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飯館村の森中に育っていた樅の若木

これが大きくなったとき30年後50年後に復興しているかもしれない


posted by 老鶯 at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

壊れたカメラを直せた (今は自分で機械に通じないと損する)


壊れたカメラを直せた

(今は自分で機械に通じないと損する)

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量販店に壊れかカメラをもっていったら3万5000円かかるといわれれた
自分はカメラはただデジタルカメラしか使っていなかった
一眼レフとかを使ったのは一年前二年間買ったが使用しなかった
それはソニーのα6000だった
これは大きいし重いから使わなかった
自転車を使用するので動くから使いにくい、そして今回落としてしまった

でも今日いじっていたら直せた、故障部分がわかったのである
レンズが落としたとき故障したのだ
それで前に買った望遠レンズをつけたらそれが動作したのである
それも十年前とかである、そんなものが使えるのかと驚いた
それは別にデジタルカメラ用でなかったのに使えた不思議である

カメラも覚えるには手間なのである、今わかったことはレンズが多様なものがあるからそれを使用するとかなり専門的になることが今になってわかった
一眼レンズ強みはレンズ交換だったのである
そんなこと誰でも知っていることが私は聞いていてもそれを実行して経験していないから理解していなかった、それより実際にそうしてカメラを操作していなかったからだ
それは何かと追われてそうなっていたのである

今回カメラを落としたのでレンズ部分を回していたらレンズが悪いのでありその本体は壊れていなかったのである
量販店ではカメラを見ないしわからずに3万5千円かかるとしたから修理に出すのをやめた、おそらくヨドバシカメラにはカメラの専門家がいるから故障の原因がわかったかもしれない、とにかくカメラの故障を直せたということは意外だった
電子機器は普通は直せないからである

機械はいかにして使いこなすかである、いくら機械を買っても使いこなせないと役にたたないのである
つまりノウハウが大事になるのだ、機械を買っても操作できない、ノウハウを会得できないのが今は多いからだ
これはいくらいい機械がでても使いこなせないと宝の持ち腐れになる
その一番いい例がヤマハの電動のロードだったのである
これは25万以上したのに全く使えなかったからである
これは老人に向いていなかったのである
若い人はそもそもロードにのるのは坂を上るのに快感だとしているからそこが根本的に違う、車にロードを積んで坂を上っているのである

今度のヤマハのYPJ-XCは形はマウテンバイクだから若者用だと思っていた
ただ最新のドライブユニットを使っているというので大金をだして買ったがこれは思った以上自分にあっていた、老人にあっていた
乗りやすいしバイクのようにすいすい走る、別に平坦な道でも走りやすい
悪路も行ける長距離も行ける、自転車だとしてはこれだけの機能あるのはなかなかない

これの最大の問題は荷物がのせられないとかスタンドがないことなのである
それでしょっちゅう倒して一部ライトが壊れたりした
たてかけていても大きいし重いから倒れるのである
でもこれは使いこなすと相当に役にたつものだった
高いだけの価値はあった
いくら高くても使いこなせないとただ宝の持ち腐れになる
だから買い物でも金があってもそれを有効に使うことは意外ととむずかしいのである
いろいろ機械でも道具でもあふれているけどそれを使いこなすことがノウハウを覚えることの方がむずかしくなる
パソコンなどが特にそうである、検索する能力、ノウハウがなかなかわからないからだ

いづれにしろカメラはやはり広角レンズとか望遠レンズを使わないといいのはとれないことが今になってわかった
ただ自転車で持ち歩くことは今回のように危険だった
そこが一眼レフの問題点だったのである

今の時代同士しても写真の映像の時代だという時、プログでも映像を写真を出さないと見られないことはある、だからこそyoutubeが盛んになっているのである
それだけ訴えるものがyoutubeにあるからそうなる
動画の訴える力があるからそうなる、ただ私は動画はしない、動画をするとまた手間になるからだ、そんなにいろいろなことはできない
ようやく介護が終わってできるようになったが以前として家事に追われたり忙しいのである
家の整理とかいろいろな今までしたことの整理に追われているのである
その一つが写真でも今まで買っていたレンズを使わなかったことでもわかる
何かしようとしていたができなくなっていたのである

2019年03月09日

春の日に大倉―佐須ー霊山―玉野の道

  
春の日に大倉―佐須ー霊山―玉野の道 

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大倉

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枝が折れた木
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これはアカタテハなのだろう

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樅の木の若木

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蛇のようにからまる蔦と樅

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佐須の峠より吾妻連峰―クリック拡大



霊山から見える残雪の吾妻連峰


初蝶や樅の若木の育つらむ

初蝶の崖に動かぬ一羽かな

初蝶を山の奥所に二羽見たり

猫柳山の家一軒残りけり   

東風吹くや相馬市に向かい山下りぬ

滝一つ山にひびくや芽吹きかな

山下る春田に流れひびくかな   

三本の松の残りて春の暮


さえづりの山にひびきて渓流にそいて上るや残る雪かな

山の奥去年の落葉を踏みにつつ樅の二本春日さすかな 

山の奥去年の落葉を踏みにつつ樅の若木のここに育つらむ

瑞々し若木生い立ちさえづりの高鳴りひびき山を登りぬ

痛々し枝おれし木や山の奥春の日のさしてやわらぎにけむ 

蕗の薹はやいでにけり飯館の山の奥所や沢のひびきぬ

春日さす道そ遠くも来たりけりなお住む人の家しありなむ  

ここにありし家はなきしも春日さし何をしのばむ飯館村に

残雪の吾妻嶺望む我が越えし佐須の峠や伊達に入るかな

残雪の吾妻嶺光る霊山を我が登りてさえづりひびく

霊山の高きにさえづりひびくかな吾妻嶺望み残雪光る 

(山津見神社)

岩にふれよじりのぼりぬ隠されし社の一つ春日さすかな

隠されし社一つやよじのぼる岩場の道去年の落葉踏みて下りぬ

玉野村昔の道に古き家去年の落葉踏み春の日通りぬ 

サイクル者走り来たりぬ春の日や若き等の命燃えにけるかな 

月光りなお我家のありにしや夜梅におい帰り来たりぬ  


大倉から佐須へ霊山と最近買った自転車で行った
失敗は8万で買った一眼レフのカメラを落としてだめにした、直すと3万以上かかるので買えなくなった
新しいのを買った方がいいからだ、今度の自転車の弱点は荷物をのせられないことだったのである
もう一つの一万のカメラもこわれた、これはいいとして8万だとかなり損だった
そのカメラはほとんど使っていなかったからだ、何か高く買ってもロードでも使えなかった
カメラは落とすと使えなくなる
自転車が動くから落としやすいのである

大倉には家が残っているからそこで猫柳が映えている、家がなくなると何か映えないのである
そこは自然に帰るというものでもない、荒地化するのである
大倉とか佐須には家は何軒か残っているのである                      

前に詩にした日本の樅の木はここだったと思ったがはっきりしない、こんなふうに見えなかった
その時秋だった、何かそうして実景でも心の中で見ることがあるから実際は違っていることもある
樅の木が新しく水々しい葉で育っていた、何かそれが新鮮だった
つまりこれもここに新しく育つ命であり人間に見えるからである
人間が住んでいればどこでも人間化するのである
そこが原生の自然とは違っているのだ
だから人間が住まなくなるとそこが一段と淋しくなるのである

佐須の峠を越えると残雪の吾妻嶺が見える、ビューポイントである
でも写真はとれなかった、紹介したプログの写真を参考にしてください

それから霊山を下ると小さな社が二あった、玉野にあったのは若木神社と愛宕神社と八坂神社である
八坂神社は多い、これも渡来系だというが浜通りなるわかるが山の方まで古代に来たのかともなる
玉野の伊達と相馬の境にある集落は古い、宿場町だと土地の人が言っていた
確かに古い家がありそれから昔の道に古い碑がある、元禄の碑とかあり古いのである
ただに西玉野とかあり昔は笹町と言っていた
西玉野の方なのか?そこは戦後開墾に入った集落があるという
そこで酪農で牛を飼っていた人はそうして戦後開墾に入った人だった
その人の妻はフィリンピン人だったのである
それから浪江の津島で妻が都会に出たいと夫を襲ったのは中国人の嫁だったのである
要するに日本人の嫁が来ないからそうなったのである
別に街にも外国人の嫁は来ているのである、それだけ嫁がいないからそうなっているのだ

そこから下り途中に鳥居があったから上った、そしたら岩場をよじのぼりそこに小さな社があった
隠されるように合った、それは山津見神社だった、おそらく佐須の山津見神社の分社なのだろう
今回の短歌のテーマは去年(こぞ)の落葉である
何かその去年の落葉を踏むということはこの土地に住んでいるからこそである

そして相馬市に出ると帰りは五本松を通る
そこにはもう三本しか松が枯れてないのである
でも何かそれが人間に見えるのである、松は人間に一番親しい木なのである
杉とか樅の木は人間には見えないからである
何か三人人が待っているという感じになる

家に帰ると誰も待つ人がいない、何か一人になってから家もなくなるんじゃないかと不安になる
そもそも誰も待っていない家というのも不思議なのである
ただ家が待っているというわけにはならないからである
まあ、警備してくれと親しい人には頼んでいる
ただそれも頼りないことはある、でもいないよりはいい

新しい電動自転車は楽である、ただ荷物がのせられないこととスタンドがないこととそういうものが長距離になると不便になる
カメラを落としたのもそのためだった、だから使いこなすにはそれなりになれる必要があるのだ








原発事故で問われたもの? (空気と水と土が汚染された生きていけない!)


原発事故で問われたもの?

(空気と水と土が汚染された生きていけない!)

原発事故ではいろいろなことが問われた
その中で何が一番問題だったのか?
それは空気と水と土が汚染されたことである
そういうものを大事だと普通は意識しない
ただ水は大事だと意識していた
空気と土は意識しない
空気という時、酸素だとか水素だとか二酸化炭素だか元素がいろいろある
そういう元素が地球からなくなったら植物も動物も生きられないのである
ただ空気を意識することは普通はできない
でもその意識できないものが一番生きるために大事だったのである

空気と水と土が汚染されたら生きていけない
水というとき塩水も入る、海は塩水でありそこで生物が生存できる
他にも確かにいろいろ必要なものがある
でも基本的に空気と水と土が汚染されたら生物はもう生きていけないのである
それは普通は意識しない、それを原発事故で意識させられた

つまりもうもうこれらが汚染されたら空気も吸いなくなったら生きられないからだ
住むこともできないからだ、他はなくても生きられる
例えば石油がなくても車がなくても鉄道すらなくても生きられる
他にもいろいろなものがあるけど生きられるし住むことはできる
それは江戸時代までそうして生きてきたからである
つまり江戸時代は極端化すれば空気と水と土があって生きていた社会だとなるからだ
その他の物がなくても生きることはできるしその土地に住むことはできたのである

でもこの三つが汚染されたときもう人間は生物でも生きていけないからその土地に住むこともできなくなる、そのように深刻なものを原発事故で自覚させられたのである
人間は現代は贅沢をする、電気がなくてはならないとか石油がなくてはならないとか
車がなくては生活できないとか言うがそれは別になくても生きられない、その土地に住めなくなるということではない、現実に江戸時代はそこで生きて生活していたという事実があるからだ、今になるとパそんな生活できないというけど現実に生きて住んでいたのである、エネルギーは炭だったとか薪だったとかなる
それも木があるから木が土があって育つからできた
その木すら使いなくなった、なぜなら木を燃やすと放射性物質が出てきて放射線が出るからである、木すら使いなくなったのである
その深刻さはもう生きられない、住めないということだったのである

でもここまでの被害になることに気づかなかった
今でも原発がある所はそんなに深刻に考えていない
原発がありもうそれで生活が成り立っているから原発をなくすことは死ぬことだ、生活できない、ここでは生きられないと逆に考えているのである
この辺でもそうなったからである
そこに原発がどういうものか深刻に考えていないのである

原発とともに核というものがどういうものかも考えていない
それを使ったらどうなるのか?人類が滅びるものでありどれほど危険なものか自覚していない、それを自覚するのは核で人類で滅びてからだとなる
「猿の惑星」になってからだともなる
原発事故でもそうだがそうなってみないと人間は意識しないのである、自覚しないのである

石油がなくなったらもう終わりだ生きられないとか車がなくなったら生きられないとか電気がなくなったらもう終わりだ、生きられないとかまでならない
なぜなら江戸時代を見ればわかる電気がなくても生きていたからである
それは戦後でも葛尾村などは電気がなかったのである
ネパールでも山の村では電気が通じていないのである
だから生きるということなら電気がなくても生きてきたし住んできた、電気を利用するようになったのはここ百年もみたないのである

原発事故はこうして最悪の結果をもたらしたのである
それを他の原発ある所ではここと同じように自覚していないのである
事故など起きないとしているからだ
でもその危険はあまりにも大きすぎたのである
人間は生きられない、その土地に住めないということほど最悪なことはないからである
ただそれはそうなってみないと意識しないし自覚できないのである

原発は別になくてもそれで本当に困るということはないのである
電気だってなくなることもないのである
なぜ原発があるのかやめられないのかは別な問題としてある
それは政治的軍事的問題とかアメリカの命令だとかありできないのである
核爆弾を製造するもののために備えているとかもある
原発はなくなっても電気がなくなることはないのである

田りここまで深刻に人間は考えない、でも本当にここまで原発事故は考えさせるものとして具体的な被害として現れたのである
ただ人間はこうして被害者にならないとその痛みとか自覚できないのである
戦争を経験しなければその痛みはわからないと同じなのである
そうなると戦争だって軽く考えてしまいまた戦争になる
核戦争が現実化するかもしれないのに核競争をしているというのもそうである
でも核そのものが人類を滅ぼすという恐ろしいものだということを自覚しない
いくら安全だといっても人間に完全なことはないからどうしても事故は起きる
核兵器だって使用することもありえるのだ
だからそもそも核を廃棄する使わないというのが一番いいのだがそれができないのであるそれで遂に人類が核で滅亡するという未来がすでに廃棄できないということで見えてくるのである

いづれにしろ日本でも原爆が唯一落とされた国なのに原発をやめられないというのは何なのだろうと思う、日本人が一番自覚するべきものだった
原発は平和利用だからいいというものではなかったのである
核そのものが非常に危険なものだったのである、そういうことがヒロシマの原爆被害者にもなかったことが問題だったのである
平和利用ならいいとなるものではなかったのである
こんなものを発明した科学者も悪魔的だったとなるのである
科学とか技術には怖いものがある、それを自覚していなかったともなる
科学技術がなんでもいいものとしては作用しないのである
つまり遺伝子組み換えとかでも何が起きてくるかわからないということである
核を発明した人でもそれは予測できなかったからである

原発事故から8年過ぎたけど以前として浪江とか双葉とか大熊とか復興していない
浪江では千人とか小中学生がいて五六人くらいしか帰っていないというのもショックである、もうほとんど若い世代は帰ってこないのである
そういう街を復興させることは本当に容易ではない
それはやはり空気と水と土が汚染されたことで住めなくなったことが最大の問題だったのである、空気は吸わざるをえないし水も飲まざるを得ないし土を利用しないでは生きていけないからそうなったのである


浪江町民登録の小中学生約1200人の1%に満たないが、
ふるさとの学舎(まなびや)での学校生活に期待を膨らませた。

これも少ないすぎる、何か絶望的になる



posted by 老鶯 at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年03月08日

競走馬の引退馬を仙台から見に来た人 (ノーリーズンが北右田で飼われていた)


競走馬の引退馬を仙台から見に来た人

(ノーリーズンが北右田で飼われていた)

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この引退馬が見れる


繋養展示場所〒979-2313 福島県南相馬市鹿島区北右田字大橋39〜1
鹿頭ステーブルTEL090-2606-9589
展示時間10時00分〜15時00分連絡予約3日前まで見学方法希望により案内あり厩舎内への立ち入り可

父: ブライアンズタイム
母: アンブロジン
品種: サラブレッド
性別: 雄(セン)
毛色: 鹿毛
生年月日:1999年06月04日
母馬所有者: ノースヒルズマネジメント
生産牧場: ノースヒルズマネジメント
産地: 北海道新冠郡新冠町
重賞競走
'02 皐月賞 G1



最初何かわからなかった、駅で案内板を見ていたので引退馬を見に行くと言うので案内した、そんなところに今牧場があるのを見ていない
前は北右田に牧場があったのを見ている、そこは津波で家もろとも流されてなにもなかったからだ

その馬がいたのは建設会社の置き場であり野球場の近くだった
だから普通はわからない、見えないからだ
ただ郵送用の車が置いてあるのでそうなのかとは思った

小屋となり一頭一頭がしきられた狭い部屋で飼われている
そこに確かにノーリーズンという馬がいた
案内の人がわざわざ車で来たからである
なぜわざわざ手間かけて案内したのか?
それはインタ−ネットに案内すると広告していたからである
事前に連絡していたからそれができた
だから無理を言ったわけではなかったのである

この馬は皐月賞をとっているのだから凄い馬だったとなる
でもそれは2002年である十六年もすぎているのである
もう老馬なのである、競走馬として活躍できるのは二歳から6歳くらいと短い
それは人間でも青春が短いと同じである、盛りは生物では短い
でもオス馬の場合は種馬として利用価値がある
なぜなら馬は血統できまる、世界的にもそうである
これは日本で育てられたのではない、アメリカで育てられた馬だからである
それでノーリーズンとつけられた、
ではノーリーズンの意味は何なのか?理由なしという名は何を意味しているのか?
外国産は英語名とかになり日本産は日本名とかになる

もう一頭外国産アメリカ産の馬が飼われていた
それも賞をとった馬である
競走馬は賞をとった馬は相当に価値がある、それは引退馬になっても価値があり馬好きの人はこうして見にくるのである
その仙台から来た学生はしげしげとその馬の頭をなで一時間以上見ていた
よほど馬が好きなのである、こんな人もいるのかと思った
年取ったからおとなしいのかと見たら暴れるから去勢したとか馬主が言っていた
狭いところで暴れて仕切りの板を壊してもいる
だから馬でも牧場で運動させないとまずいと見た
ただ牧場となると広い所が必要だからほとんどの競走馬は北海道で飼われているのである北海道はあれだけ広いから牧場に一番向いているのである

そもそも馬はモンゴルのような平原に向いている
今でも馬は羊を追うとかで使われている、私は競馬には興味がないが草原を走る馬には魅了される、
野生の馬はもともと草原を走っていた
草原を疾走する馬は見ているだけで気持ちいいとなる
競走馬が走るにしても狭い場所であり活きてこないのである
ただ私は競馬で一度も実物を見ていない
野馬追いでは競馬を見たがやはり迫力がある、あれでも相当に早いから実際に見たら相当に早いとなる
ただモンゴルの馬は小型なのである、足がつくくらいである
なぜあんな小型の馬でジンギスーパーハーンの大帝国ができたのか不思議だともなる
自分もその馬に乗れたからだ、高くないから初めてでも乗れたのである

いづれにしろ引退馬を見に来る人はいるし引退馬を生かすための応援する団体もある
特に賞をとった馬はやはりみんな馬好きだからその後も忘れずに見にくる
その人は何度もしげしげと見ていたのである
では学生で競馬に行っていたのかともなる
何かその辺が理解できなかった

引退馬を生かしておきたいというときやはり馬に愛情をもっている、殺すにしのびないとなってそうなっている、やはり馬は生き物だからそうなっている
生き物相手だと動物でも人間のように見ることがある
例えば猫でもそうなのである
私の家の庭をびっこの猫が通る、それをみているとあわれだなと見る
びっこでも良く生きているなと見る、懸命にビッコでも生きようとしているのである
動物でも何か人間に見える時がある
でも動物には情がない、そのビッコ猫を襲う猫がいたからである
縄張りのためにそうなっている、動物には同情がないのである

馬でも馬と結婚したとか伝説があるのはそれは曲がり屋で昔馬とともに暮らしていたからである、馬がなじみがなくなったのは日常の生活で関わらていからである
馬を見るのは競馬とかこの辺では野馬追いだけだからである
野馬追いはそうして馬がいた時代を思い出す祭りでもあるのだ
馬にふれる機会がなくなっているからだ
だからこの辺では小さな牧場があり馬を野馬追いのために飼っている
だから馬をみかける、それで少女が馬の頭をなでるのを見ていたことがある
つまり馬と親しむ機会がこの辺ではまだ残っているのである

ともかく引退馬とインタ−ネットで検索するといろいろでてくる
それだけ引退馬に実は関心がある人がいるとはいうことである
野馬追いがあるからこの辺では馬に関心をもつ、でも馬とは実用になっていないから何かわからなくなっている
あそこの六頭の馬は他の土地から来た人たちが共同で飼っているのかもしれない
それは小高とか浪江とかの人たちが場所がなくてあそこで飼うようになったのかもしれない、鹿頭となるとこの辺の姓にはないと思うからだ
この辺では外から入ってきている人が多いからだ
ただ牧場をもつとなるとなかなか土地がないということはある
それで共同で飼う場所を持ったのかもしれない

なんらか馬に詳しくなるのはこの辺では野馬追いがあるからそうなる
でも現実今は馬を知ろとしたら競走馬しかないのである
たいだい馬を知っているのは興味あるのは競走馬のことだからである
野馬追いではその引退馬とか活かせる場所である
たいだい競走馬を使っているからである、他では利用価値がないから活かせないとなるからだ

posted by 老鶯 at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

以前として原町行と仙台行きがわからない人がいる (JRの人が4人今日見に来た)

以前として原町行と仙台行きがわからない人がいる

(JRの人が4人今日見に来た)


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こういうふうに書けばわかりやすい

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2とかは二両の電車が止まる位置、4は4両となる



今日駅に四人ほどJRの人が来た
何を見ていたかというと2とか4の番号があるけどあれは二両の電車が止まるとか4両の電車が止まる位置だった、あれは普通はわからない

それから仙台行きと原町行きのホームがわからないので良く聞かれると言った
そのために向かい側に渡る階段の前に原町行と書いたものを入口にかかげたが
それでもわかりにくいのだろう
駅の入り口に1番線と2番線の仙台行きと原町行のことを書いた紙を張ったがそれでもそれがわからないのである
これも意外だった、初めての人はわからない、気付かないのである

だから向かい側の2番線の休憩所のところに大きく「原町行」と書けばわかりやすいと言った、ただJRの人は誰かわからない人が言うことを聞かない
でも原町の駅長は私がそのことを言ったら聞いて階段の所に原町行と書いたものをかかげたのである

何かこういうことでも現場にいないとわからないのである
私自身がそんなこともわからないのかと思った
はじめての人には意外とわからないものなのである

今日は競走馬で引退した馬を見に来る人がいた
それで案内した、その人はその馬主と事前に連絡していたのである
それは右田の建設会社の置き場にあった
それは牧場でないからわかりにくくかったのである
有名な皐月賞をとった引退馬だからぜひ見たいと来たのである
それで私はそこまで案内した

そのことは明日書く、写真をとれなかったから明日写真をとってそのことを書く
案内することは時々ある、ただ不愉快なのは何かわからないと思い説明すると説明されなくてもわかっているとか怒る人すらいる
それは地元の人だった、だから何か教えたくてもむずかしいところがある
相手が聞いてきたと聞きならいいが自分が何か案内する人となっていないからから聞くこともしないともなる
その辺は何か身分がない認められないボランティアはやりにくいのである

でもNPOの高校生の見守り役は何の役にもたっていないといつも見ている自転車屋の人は言っている
第一駅の案内を運行でもなんでも鉄道に関してはしないと契約を交わししているからだ
それは市とJRで決めてそうなったのである
でもどこから見ても駅員に見えるのである
だからそういうことを聞かれて案内しても別にいいのである
でもJRでは責任をとらされることを恐れるから嫌がるからそうしている

なにかこれもおかしいのである、無人駅で責任をとらされるとしたらその他にもある
子供が入ってきたり何か無人駅で危険なこともある
では何かあったら誰が責任をとるのかともなる
無人駅だから責任は乗客にすべてあるとなるのか?
ここにも無人駅の問題があるがJRではそんなことかまわないのである

この見守り役にしてもそこで何をしているのかというと小さな携帯のテレビを見ているだけなのである、あとはなにもする必要ない、ただ高校生は通り過ぎてゆくだけだからである
それで市で金を出すというのも何かおかしいとなる
ただ個人的なボランティアは一切何か認められないのである
ただ怪しいとか警察に通報されたりJRでは嫌がられるだけなのである
前の自転車屋は四六時中を駅を見ている
でも一切JRの人は来ていない、自転車屋は案内所みたくなることがある
聞く人がいないからそこに聞きにゆくことがあるからだ
でもJRでは一切関係しないのである
JRは何か無人駅にすればすべて事がすむとしているからだ

ただでは乗客でも問題がある、みんな利用しないから駅に鉄道に関心がない
もし多くの人が利用すれば関心を持ち無人駅ではだめだとかなる
でも関心がないから無人駅でいいとなる、そして無人駅でもわかっているから説明もいらないとなる
それでも盲人団体の人たちは東京で事故があり死んだとかあり無人駅にするなと抗議しているのだ、それは団体だからできたのである

ここでも毎日盲人の人が按摩で通っている、それで私は案内したりする
その人を毎日自転車屋の人は見ているのである
誰が来ているから毎日見ているのである、それは四六時中駅のじき前であり見えるからである、だから自転車屋が案内所に向いている
そこにはいつも人がいるからである
それで今日も自転車屋の人と話したのである

でも不思議なのはヨ−ロッパでは駅があってもホームに出入り自由である
無人駅とにている、自転車でもそのまま入ってのせられる車両がある
だから自由である、でも何かあったら自己責任になっているのだろう
私はわからないのでホームにある検札を入れる場所が機械があるのにしないで怒られた
それをしないと相当な罰金になっている
そういうことは無人駅と同じになっているのかもしれない
ヨ−ロッパでは日本の駅でも他でも自己責任になりやすいのである
そこで事故が起きてもそれは乗客が悪いとなるからそうなっている
日本がでは会社の責任になりやすいからうるさいとなる
責任をとりたくないからそうなることはわかる

梅匂う日々(災いないことが幸せ)


梅匂う日々(災いないことが幸せ)


日を重ね濃厚に梅の匂うかな今日も通りて夕ぐるるかも

馥郁と梅の匂いて山鳩の今日も来たりて事のなきかも

山里に老梅匂い家古りぬ昔の暮らしここにありなむ

春日さす姉母死しても我が家かな災いなくもここに暮らさむ

事もなく石にありなむ春日さし老いにし日々をここに過ごさむ
                                            

結局人間は災いがないことが平和だったのである
とにかく一身上でも津波原発事故でもこれほどの災いはなかった
もう本当に消耗したとなる、気力もなくなる
まず人間の一生で災いがないなどありえないのだ
だから火宅の世なのである
だから何も事がないことが平和なのであり何か退屈だなというときその時は平和な時なのである
現実は何か必ず災いがありそれにみんな苦しんでいるのである

だからいろいろあっても江戸時代が戦争がなくなったことで300年平和だったことは奇跡的なことだった、絶えず戦争が世界では起きていたからである
20世紀は戦争の時代だったのである

ともかくこれだけいろいろなことがあればもう何も事件が災いが起きてくれるなとなる
でもこの世から災いがなくなることはない、だから災いがないことこそ平和だとなる
津浪や原発事故が大災害だが常に災いは起きてくる
それはニュースを見ればわかる、災いは絶えることがないのだ

老後は意外と家が大事になる、そこがくつろげる場所として終の住処として重要になる
そうして家族はみんな死んだけど家に住んでいられるから幸いだとなる
だからそうして住み慣れた家を失うことは相当にショックだったのである
タグ: 梅匂う

2019年03月07日

生業を返せ、地域を返せ(2) (原発事故で奪われた人生の意味と価値)


生業を返せ、地域を返せ(2)

(原発事故で奪われた人生の意味と価値)

原発事故で奪われたものは何なのか?結局確かに多額の補償金を得たから外から見るとそれで贖われたとかかえって得したとか見る人もいる
地元でもそういう人はいる、みんな別にそんなに補償金をもらっていないからである
でもよくよく考えると金で贖い(あがなう)いないものを失った、奪われたのである
ただ前に書いたようにその生業とか地域に生きる価値が何なのか意識しないし自覚していなかった、そこには金にならないという不満が常にあった
現実問題として金がないと今は生活でもどうにもならないかである

でも何が大事なのか、人生とは何なのか?
それが原発事故で問われたのである、原発事故で奪われたもの失ったものが何であったか別にむずかしく哲学的に考えるのではなくても具体的に身にふりかかってそうなったのである
特に老人になると私の人生は何だったのだろうとどんな人でもふりかえる
その時金を残したとか財産を残したとか子供でもそう見る、親は財産も何も残さないから価値がなかったとはか今ではなる

でも親が残すものは財産だけではない、金ではない、その人がどう生きたかを伝えたいのである、本人にとっても自分の人生はこういうもので有意義だったとか伝いたいのであるそういうことが奪われて失ったことが大きな痛手だったのである
それはなぜか?そうした個々人の人生でももう一度人生を生きることはできないことが深刻なのである、人生は一度しかないからである

だから老人になると自分の人生とは何だったのだろうと誰でもふりかえり語る
自分の人生が無意味ではない、価値のないものではないということを伝いたいのである
戦争のことでもそこで地獄の苦しみを受けたからそのことを誰も無意味にしたくないのである
だって3百万人も死んだことが無意味となること価値なきことにされたらどうなるのか?それは空恐ろしいことではないか?
でもそれは戦争が終わったからこそ今になって70年過ぎても問われているのである
それが次の代ものものに負わされているのである
それでも戦争の時そうした価値と意義とか意味を追求してみんな戦争に参加してはいないほとんど国の強制でそうさせられたのである

このように何でも人間はその時の行為を明確な目的とか思想とかがあってしてはいないのである
原発事故だってそうなってはじめてみんな生業を返せとかなったがその前は生業のことなど考えない、むしろもっと生業より金が入る仕事をしたいとうだけだったのである
皮肉だけど生業でもなんでもそれを失ったときその大事さを自覚する、価値を知る
それは家族が空気のように思っているけど妻でも失ったときその価値をしるのとにているつのである          

60以上になればもう人生は過去に生きるようになる、これまで生きたことの価値を問うことになる、それがどういう意味と価値とか意義があったのかと問う
そしてその時もう人生はやり直すことはできないのである
たいだい高齢化社会でもうやり直すことはできない、それも補償金をたんまりもらったのだからいいじゃないかと外からは見る

ただ人生を奪われた

このことは言える、人生そのものが奪われたというときいくら金をもらっても人生の穴埋めはできとない、贖い(あがなう)ないのである
そこに深刻さがあった、生業を返せ、地域を返せというがそれは帰ってこないのである
つまりそういう農村であり山村でありそこに生きた人たちは長年、代々でもそこでアイディンティティを築いてきて生きてきたのである
その地域と土地と一体化して生きてきたことに意義があったのである
だから子供に孫に何か人生を語るときその土地に住んでいてこそその生きた場があってこそ語り伝えられるのである
人間の人生はその土地と一体化している、その土に帰る、土となる

人生を奪われた、地域を失った

そのことが老人にとっては深刻だった、若い人なら他の土地に遷ってもやり直すということができるが老人はできないからである
補償金をもらってもその人生の価値とか意義を奪われた失ったことが深刻だったのであるただ外から見れば金をたんまりもらったから良かったと見る人も多い
近くでもそうである、そんなむずかしいことを考えない人も多い
金あればいいんだと思っている人も被害者にもいる
だってもともとそういう場所は貧乏な地域だったからである
法外な金が入ったとき普通の生活から逸脱した者もいることがわかる

ただ一番この辺で矛盾していたのは漁業関係者なのである
魚をとることが生業であったが事故前も補償金で金は入っていたから魚はとれなくても十分に生活できていたのである
事故後さらに手厚い補償金をもらって立派な家を建てたのである
でも事故後は漁師が「俺はなんでここにいるんだ」と嘆いていた
これはまさにこの土地で魚をとり魚を与えることが生業であり役目であったのが奪われたでも生活は別に困らないという矛盾につきあたったのである
そもそも漁業だってそれだけは成り立たない時代になっていたからそうなった

そして浪江の
赤宇木(あこうぎ)
とかでもそうである、津島松とか百年二百年の松がありそれは一本2百万で売れるとかNHKの放送で言っていた、もともと林業が盛んだった時は木は財産でありそれで山でも金持ちになっていた長者がいたのである
確かに一本二百万となればそうである、それが外材の利用で林業が衰退したとき山林も価値ないものとされた
ただあこうぎでもその土地に場所に生きることで経済的にも精神的にもアイディンティティを代々築いて生きてきたのである
そのアイディンティティの場を失うことは人生を失うと同じだったのである
特に老人はその土地で長く生きたことがアイディンティティでありその土地と一体化しているからそこから切り離されることは人生も価値なきものとなる
次の世代に子供でも孫でもそこに生きたことを語れなくなるからである

その松を浪江の街の人に売って利用してもらいたいというときもそうである
私の家は橲原の木を利用して親が建てたものだからである
昔はみんなそうだった、地元の材料で何でも作っていたのである
そこに地元に生きる意味と価値があったのである

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

右は、聞かく「左大臣長屋王(ながやのおほきみ)の佐保の宅(いへ)に御在(いでま)せる肆宴(とよのあかり)の御製(おほみうた)なり」といへり。

山に住むものの役割はこうして百年ときか二百年とかで育つ木を提供することだったのである、それがグロ−バル経済で外材とかの利用でなくなったことからその役割が原発事故前でも喪失していたのである
そういうことが漁業でも農業でも林業でもあった
そして工業と電気とか石油の時代になったときそうなった
そして結果的にその住んでいる場の喪失だった、なぜなら空気から自ら土から汚染されたら住めないからである
これも何に価値を置くべき意味を求めるべきかということが原発事故で問われたのである
だからといって電気が悪いものではない、電気なしの生活など考えられない時代だからである、ただ農業とか漁業とか林業の価値があまりにも低くされていたのである
その仕事の持っている意味とか価値があまりにも軽んじられていたのである
なぜならそれらは自然と密接結びついている一体化しているから原発事故が起きたとき大打撃を受けた、人間は空気と水と土がなければ生きていけない
その基本的なものと結びついていたのがそうした仕事だったからである
そこに現代文明の危険性と矛盾があったのである

いづれにしろ森でも汚染度が強い所はもう百年は放置するほかないだろう
土を除染できないからである、まあ、津島松が百年二百年で育つというときそれくらいの時間がなければ回復はできなくなった
その時間もまた自然の営みでありその時間の中でしか回復しないとなったのである  

津島松百年二百年で育ちしと誇りにあれやここに生きなむ

津島というとき私の父の父の出身が葛尾村の柏原だったことが判明した、津島からの道を脇にそれた道である
津島では記憶に残っているのは自然の石で作った墓である
何かそこに生きた者の重みがそこにあった、津島石というものもある、津島と名がつくこと自体その土地の誇りになっているのだ
なかなか今は山の生活とかも理解できなくなっている、それは炭を街に供給していた時代が終わったり経済がグロ−バル化した結果なのである、燃料は電機であり石油になったからである
そういう時代に山村にも関心がなくなる、ただ憩いの場だと癒しの場だとかなり直接暮らしに結びつくものではなくなっていたからであ、でも改めて山林でも土でも川でも海でもそうしたものは生活の基本でありそれが失われたら住めなくなるということである
空気すら吸いなくなるということがあまりもに深刻だったのである

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津島石は中味が黒い、この黒さはなかなかないと見た
         

 東北石材

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浜通りは東京の影響が大きかった (戦後の歴史をふりかえる原町-津島から葛尾村まで)

あの自然石が貫禄がある




posted by 老鶯 at 13:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年03月06日

「謎の出雲、伽耶王朝」〈関佑二)を読む (出雲が蝦夷で伽耶から天皇が生まれた)


 「謎の出雲、伽耶王朝」〈関佑二)を読む 

  (出雲が蝦夷で伽耶から天皇が生まれた)
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 ●出雲はスサノオが始祖

春は種を重ね播きし、田の畦を壊したりした。秋には馬を放って、田の中を荒らした。またアマテラスが新嘗祭(新穀を神に供える祭事)を行っているときには、その部屋に糞をした。またアマテラスが機殿で神衣を織っているところに、馬の皮を剥いで、屋根に穴を開けて投げ入れた。

このような行動を木の神スサノオがとったのは、当然のことのように思えます。
森が田畑によって侵食されていく様は、スサノオにとって腹立たしい限りであったのではないでしょうか。
スサノオは日本国中に木々を茂らせた木の神様です。自分が育てた森を伐られて怒らぬはずがない、と思います。

蝦夷とは何ものなのか?それはただ大和王権に逆らった人たちの意味であり蝦夷というのは何か特別の決まった人たちではない
日本が建国される前に縄文人が生活していた、そこに外来の人たちが侵入してきた
だから出雲神社のスサノオは稲作する者たちに嫌がらせをした
それは生活形態が違っていてそれが争いになった、それは遊牧民と農耕民の争いと共通している、万里長城ができたのはそのためだったからである
世界史を見ればそういうことは人間共通の問題としてすでにあった
それで人種の相違とかよりそうした生活形態の相違が人間にとって大きな軋轢を生むものだったのである
日本が建国する大和朝廷ができる前にそこに韓国がとりわけ伽耶国が深くかかわった
それで天皇は伽耶国から出たという説がある
それだけ伽耶というのは日本と一体化して不可分な存在だったのである
ただ百済とか新羅とかなると伽耶国の後に日本にかかわったのであり日本が建国する大和王権ができる前は伽耶国が日本に深くかかわっていた

それはこの本で解き明かしている、蝦夷は何かとなれば縄文人でありそこに伽耶国から来た渡来人がありその人たちが共同して大和王権に逆らったのであり他に物部氏とかもそうである、仏教を取り入れたのは大和王権を作った人たちであり物部氏は神道派だからである、仏教というのもそれは仏像は鉄で作るし寺でも建築技術が必要だし技術と一体化して入ってきたのである
それは伽耶から最初入ってきたのである

●長野県の諏訪神社は出雲系

そしてもう一つ大事なことは長野県の諏訪神社もタケミナカタの神が由来であり出雲系統でありその長野県辺りから甲斐国がありそこから蝦夷の地域に移住している人たちがいた諏訪神社というのは非常に多いのである、そこで南相馬市の萱浜(かやはま)はもともとカイ浜と呼ばれていた、そのカイは甲斐から来ているという伝説があるがそもそもカイというとき北海道のことでありカイ族のいた地域でありカイとはアイヌのことでもあった
それも謎のなのだが出雲系は縄文人の勢力圏であり長野県ふ山梨県辺りは甲斐であり武田氏の支配地である
萱浜となっていればカヤハマだったら萱原にもなる、でももともとはカイだったのである縄文語やアイヌ後も地名として残っているという時それはアイヌ語なのか?
縄文語なのか判別できないしアイヌがどれほど縄文人とかかわっていたのかもわからない実際どうしても縄文人が日本人の古層としてありアイヌは比較的新しいものとして見ている、鎌倉時代まではさかのぼれるにしてもそれ以上は歴史を遡れないとかなる
その論争はなかなか決着がつかないのである
ただ確かなことは蝦夷と出雲は一体であり鳥取でもずーず―弁だとかなるとそうした古層と通じているからそうなっているのか?
この本はそれを解き明かすものとして一読の価値はある   

「荒覇覇吐王国」
「日高見王国」
「邪馬台王国」
「吉備王国」
「出雲王国」
「不弥王国」
「投馬王国」
「伊都王国」
「熊襲王国」

古代では大和朝廷で統一される前はこうしたクニがあった、会津も大きなクニだったがここまで大きなクニとはならなかった

●出雲系の神社が多い訳(氷川神社もそうである)

出雲系の神社は日本に本当に多いのである、最近氷川神社が高平にあることに気づいた
これも古い神社であり埼玉県の大宮を中心にして多いのである
この祭神はスサノオであり出雲系統なのである
氷川神社は「素戔嗚(スサノオ)」を祀っている。
大国主命(オオクニヌシ)と櫛稲田姫(クシイナダヒメ)を合祀しているところもある。
埼玉県さいたま市の大宮にある、武蔵一之宮、氷川神社がそうである。
が、いずれにしても「出雲系の神々」「国つ神」である。
隣接する千葉や茨城になると、違ってくる。

簸川郡斐川町」といった。簸川も斐川もともに「ひかわ」と読む。これは出雲平野を流れる「斐伊川」のことであり、簸川も斐川も斐伊川の古称である。
そしてこの埼玉県にある「氷川神社」は名前の由来は、出雲のヒカワ(簸川・斐川)から来ているのだという。
アラハバキの「ハハ」は古語で蛇のことであり、「ハハキ」とは「蛇木」あるいは「龍木」を意味し、直立する樹木は蛇に見立てられ、古来は祭りの中核にあったという。
実は出雲地方では大樹の周りを藁縄を蛇体のように巻き付ける風習があり、あちこちの神社で見かけるのでこの説には納得する

このアラハバキも渡来人の伽耶国のツノガノアラシトから来ているきではないか?アラがまず韓国にある、伽耶国にある阿羅国のことである、ハバキは良くわからないにしても土着の民族であり縄文人でありそれと合体したのがアラハバキだともなる

阿羅国(阿羅伽耶)は、やはり加羅(伽耶)諸国のうちの一つで慶尚南道(キョンサンナンドウ)咸安郡市(ハマングン)にあった国のようです。
意富加羅国(金官伽耶国)の王子は、名はツノガノアラシトです 

韓神祭り(からのかみのまつり)上代においては二月十一日に行われていた
宮内省の内に祭られる韓神社の祭り、中世以後衰え廃絶した

伽耶は韓であり加羅であり後に唐ともなった、唐神と南相馬市の古代真野郷地域にあるのは唐に変化したのである
何か加羅とか伽耶とかは大和朝廷に統一されてから隠されてきたのである、それは統一の過程で伽耶国の人が犠牲にされたためだという、それでもともと伽耶とあったのが草原(カヤハラ)萱になった、それで漢字をあてたから日本の地名は誤解しやすいのである 
             
その解釈はいろいろある、アラハバキ神社は猪苗代湖畔の湖南から行った所にもある、ただこの辺ではめずらしいのである
私が見た限りではここしか見たことがないのである

島根県益田市に染羽天石勝神社があり、祭神の天石勝命(アメノイワカツ)と
多数の天津神を祀っている。
ここに弁天池があり、イワクラ信仰があり、かつては滝があったそうです。
725年天石勝命を祀ったと考えられ、この神々の由来には、
元国津神を天津神として祀ったようです。

染羽(しめは)は標葉であり浪江の古代の郷の名前である、これも出雲系に由来している

鹿島」や「香取」など、「ヤマト系」というか「天つ神」の神社が多くなる。
 面白いことに、千葉・茨城と東京・埼玉の境界あたり、荒川流域には「久伊豆(ひさいず)神社」という神社がたくさんある。
これも「出雲系」「国つ神」の神社であるが、見事に「氷川勢力」と「鹿島・香取勢力」との境界に集中している

出雲地方から直接勧請された神社は「須賀神社」「八雲神社」「出雲神社」などと称している場合が多く、これに対し、かつて牛頭天王を祭っていた祇園信仰の系譜を引く神社は明治以降「八坂神社」「祇園神社」「津島神社」等と称したところが多い。同じスサノオ信仰でも、氷川神社と称している諸社はそれら両系統とも異なり独自の信仰圏を形成している。

つまり出雲系統の神社がある地域はもともと縄文人が住んでいてそうなった
その祭神が出雲系統なのである
ただ今の茨城県とかは常陸(ひたち)の国であり違っていた
つまり埼玉県の氷川神社がある地域はもともと出雲系が縄文人が蝦夷の勢力が強い場所だった
氷川神社は南相馬市の原町区の高平にもある

だからこそ稲荷山古墳から発見された鉄剣の銘文にこの地を支配した族の名前が記されている、その中にカサヒヨ カサハラと記されているのは渡来人である
カサとは韓国にある地名である、笠原というときこの地に残された万葉の笠女郎の真野の草原(かやはら)の歌がある、その笠女郎の父親は

笠 麻呂(かさ の まろ)。姓は朝臣で、吉備笠垂の子とする系図がある

吉備津神社の社伝に、中山の麓に茅葺宮を営み、吉備津彦神を加夜臣奈留美命(かやのおみなるみみこと)が祀ったのが神社の起こりという事で、加夜臣奈留美命(かやのおみなるみみこと)とは、飛鳥の神名備に坐せた、加夜奈流美(かやなるみのこと)ことで、この賀陽氏の始祖神です。吉備津神社の主祭神は、大吉備津彦命ら八柱で、二柱は賀陽氏の祭祀神で、他は吉備臣の先祖とされる孝霊天皇の子神。

この「温羅(うら)伝説」の温羅こそ、「吉備伽耶王国」という巨大勢力を代表する人物で、吉備賀陽氏自身であり「温羅(うら)伝説」は、古代「吉備伽耶王国」の始祖伝承を伝えた話
後に、百済勢力が進出してきて吉備津彦と争うこととなる。

吉備は大和王権として日本が統一する前に大きな国だった、それで会津の大塚山古墳から三角縁神獣鏡が発見された、これは吉備の古墳から発見されたものと同型である
『同笵鏡』(どうはんきょう)又は『 同型鏡』(どうけいきょう)に関するお話です。三角縁神獣鏡は、前述した通り、同じ物ではなく、沢山の形が存在しますが、同じ鋳型から鋳造された鏡を 同笵鏡または同型鏡 と言います。黒塚古墳出土の32枚の分析は、整理された情報が、私にはありませんので、それ以前までの分析では、 『88組』、『275枚』が、同笵鏡だそうである
ただこの同型鏡は全国に分布している、九州にも分布している、でもなんらか会津まで及んでいたことは注意すべきである、なぜなら東北地方ではここにしか発見されていない


●出雲系の神社が多い訳

出雲系の神社は日本に本当に多いのである、最近氷川神社が高平にあることに気づいた
これも古い神社であり埼玉県の大宮を中心にして多いのである
この祭神はスサノオであり出雲系統なのである

氷川神社は「素戔嗚(スサノオ)」を祀っている。
大国主命(オオクニヌシ)と櫛稲田姫(クシイナダヒメ)を合祀しているところもある。
埼玉県さいたま市の大宮にある、武蔵一之宮、氷川神社がそうである。
が、いずれにしても「出雲系の神々」「国つ神」である。
隣接する千葉や茨城になると、違ってくる。

「鹿島」や「香取」など、「ヤマト系」というか「天つ神」の神社が多くなる。
 面白いことに、千葉・茨城と東京・埼玉の境界あたり、荒川流域には「久伊豆(ひさいず)神社」という神社がたくさんある。
これも「出雲系」「国つ神」の神社であるが、見事に「氷川勢力」と「鹿島・香取勢力」との境界に集中している。

出雲地方から直接勧請された神社は「須賀神社」「八雲神社」「出雲神社」などと称している場合が多く、これに対し、かつて牛頭天王を祭っていた祇園信仰の系譜を引く神社は明治以降「八坂神社」「祇園神社」「津島神社」等と称したところが多い。同じスサノオ信仰でも、氷川神社と称している諸社はそれら両系統とも異なり独自の信仰圏を形成している

つまり出雲系統の神社がある地域はもともと縄文人が住んでいてそうなった
その祭神が出雲系統なのである
ただ今の茨城県とかは常陸(ひたち)の国であり違っていた
つまり埼玉県の氷川神社がある地域はもともと出雲系が縄文人が蝦夷の勢力が強い場所だった
だからこそ稲荷山古墳から発見された鉄剣の銘文にこの地を支配した族の名前が記されている、その中にカサヒヨ カサハラと記されているのは渡来人である
カサとは韓国にある地名である、笠原というときこの地に残された万葉の笠女郎の真野の草原(かやはら)の歌がある、その笠女郎の父親は

笠 麻呂(かさ の まろ)。姓は朝臣で、吉備笠垂の子とする系図がある

吉備津神社の社伝に、中山の麓に茅葺宮を営み、吉備津彦神を加夜臣奈留美命(かやのおみなるみみこと)が祀ったのが神社の起こりという事で、加夜臣奈留美命(かやのおみなるみみこと)とは、飛鳥の神名備に坐せた、加夜奈流美(かやなるみのこと)ことで、この賀陽氏の始祖神です。吉備津神社の主祭神は、大吉備津彦命ら八柱で、二柱は賀陽氏の祭祀神で、他は吉備臣の先祖とされる孝霊天皇の子神。
この「温羅(うら)伝説」の温羅こそ、「吉備伽耶王国」という巨大勢力を代表する人物で、吉備賀陽氏自身であり「温羅(うら)伝説」は、古代「吉備伽耶王国」の始祖伝承を伝えた話

後に、百済勢力が進出してきて吉備津彦と争うこととなる。

●伽耶国の王子のツノガノアラシトの東北地方に残した跡
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それが東北からはみちのくからは遠い世界のことのように思うがそうではない
そもそも地名が残るということはその土地と深くかかわらなければ生まれないし定着しないはずなのである、それが神社でも地名でも伽耶国とか韓国系統のものが多いのである
神社は先祖を祭る時その先祖は伽耶系統なのかともなる
津浪で話題になった津神社は実際はツノミツとかツノミヤとか言われる
津浪とは何の関係もなかったのである
小高の角部(つのべ)でもそうである、それがツノガノアラシトに由来しているのである縄文人が住んでいた地帯にこうした伽耶国の鉄を生産する技術や須恵器を作る集団が入ってきた、それで常磐線に末続(すえづく)駅があるがこれももとは出雲系の神社が基になっいたのである    

岩手県奥州市胆沢南都田に角塚(つのつか)古墳がありこれもツノガノアラシトのツノだとすると宮城県の北上川をさかのぼり登米に真野氏一族が鉄を求めて上ってきている、するとさらに一関を越えて北上川を上りそこまで達したのか
そして津軽とはこれもツノガノアラシトがなまったものだと推測したときそれだけの広がりを蝦夷の地域東北に影響力があったのかとなる、津軽は離れているとしても一つの連合体としてあり棚倉で蝦夷とヤマトタケル軍が衝突したとき津軽からの応援があったというとき蝦夷はツノガノアラシトなどの渡来人が連合していたともなる

登米市(とめ)の登米(とよま)まで製鉄集団の真野氏が移動した (奈女加多(行方)が移動している)

その渡来人は鉄を生産して力をもち蝦夷と一体となりヤマトタケル軍と戦ったとなるからだ
この本でもそういうことを書いている、蝦夷が強力だったのはツノガノアラシトとかの渡来人一族を敵としていたからである
物部氏もその中に混じっていて混成部隊であり強力だったのであ
吉備は大和王権として日本が統一する前に大きな国だった、それで会津の大塚山古墳から三角縁神獣鏡が発見された、これは吉備の古墳から発見されたものと同型である
ただこの同型鏡は全国に分布している、九州にも分布している、でもなんらか会津まで及んでいたことは注意すべきである、なぜなら東北地方ではここにしか発見されていない

●万葉集に残された歌の背景

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その裏付けになるのが万葉集の歌だったのである

会津嶺《あいづね》の 国をさ遠《どお》み 逢はなはば 
偲《しの》ひにせもと 紐結ばさね
     〜作者未詳(東歌) 『万葉集』 巻14-3426 相聞歌

つまり会津だけがクニであった、東北地方ではクニとして認定されている場所はないからである

陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを 笠女郎

この歌の草原(かやはら)は地名としてきたがそこはただ港のような交易があった一地点と推測する
では船が来たとしてそれが太平洋を渡り来たかどうかはわからない、もしかしたら入江内だけを行き来していたのかもしれない、焼津には確かに奈良から大船が来ていた

そこより入り幸でまして、走水海を渡りたまひし時、その渡の神浪を興し、船を廻らして得進み渡りたまはざりき。こにその后、名は弟橘比売命白したまひしく、「妾御子に易りて海の中に入らむ。御子は遣はさえし政遂げて復奏したまふべし」とまをしたまひて、海に入りたまはむとする時に、菅疊八重・皮疊八重・絹疊八重を波の上に敷きて、その上に下りましき。是に其の暴自ら伏ぎて、御船得進みき。ここに其の后歌曰ひまひしく、

 さねさし 相武の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも

とうたひたまひき。かれ、七日の後、その后の御櫛海辺に依りき。すなわちその櫛を取りて、御陵を作りて治め置きき
この伝説も信憑性がある、なぜならそうして荒れた海を鎮めるために人身御供が行われていたからである

とにかく相模湾辺りまでは大和健(やまとたける)は船で来ていたとなる
そこから関東とか東北になるとまた遠いから信憑性がなく伝説的になる
真野の入江が縄文海進でありそこに船が行き来したとしてもそれは入江内だけのことかもしれない、そこには船着とか市庭という地名は確かに残っている

 焼津辺にわが行しかば駿河なる 安倍の市道に逢ひし児らはも

  ここでは明らかに市が開かれていたのである
 いづれれにしろなぜ万葉集の歌が日本の歴史にとって重要なものになっているのか?
それを今のような個人的な恋愛の歌ではない、そうであってもその背景には日本の歴史がかかわって形成されている
つまり一私人の歌ではないからその背景をよむとることが必要になる
するとそこから日本だけではない韓国の伽耶とかも深く関係してくる
日本建国神話にかかわるものとなる
つまり一地点のことではない、韓国とかその範囲が拡大してゆくのである
そこに万葉集だけは日本建国と深くかかわるものを歌い収めているとなるから貴重なのである
それは物的証拠としては会津の大塚山古墳から三角縁ち神獣鏡が出たことや南相馬市の鹿島区の真野地域の小池の古墳群の一つから金銅双魚佩が出たことでもわかる
これもかなり珍しいものなのである、それが物的証拠となっている




posted by 老鶯 at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

駅から見える社会(高齢化社会で葬儀に来る人が多い)


駅から見える社会(高齢化社会で葬儀に来る人が多い)


駅にどういう人が来るのか?
多いのは葬儀に来る人である
昨日も横浜から葬儀に来た人だった
前は常磐高速を来たが今回は新幹線で来た
それは高速は楽なのだが高速に入るまで混雑するからだとも言う
高速は楽なのかとなればそうなのかとなる
結局車をもたないものは車のことはわからないのである

その人見た感じは相当年である、80歳にはなっているだろう
二か月前にも葬式に来たという
何か葬儀に来る人が多いと見ている
それは高齢化社会が影響している、高齢化社会とは介護とか病人とかなる人が増えてゆくのである、また多死社会になるのである
それで駅前が農協の葬儀屋になっていることでもわかる
それはあまりいい印象を与えないのだがやはり時代なのだろう
前はそこはスーパーだったからである
そして田舎だと毎月のように葬儀にでて香典を出す人がいる
親戚が多かったりするとそうなるし死ぬ人が増えるからそうなる
そこでその出費も大変なのである、それも無駄だと思うが人間関係が田舎だと濃密だからそうなる

とにかく知っている人も実際に何もしない、いつも腰が痛いとかなんとかで半場病人のようになっている、そして病院に行くことが多いから金がかかるのである
他の人でも駅であった老人も月に三万が医療費にかかっているという
3万となれば保険があってもそうなれば相当な金を払っていることになる
ある人は糖尿病で最近はしょっちゅう点滴とかで入院している

また同級生は一人は脳梗塞になり足を悪くしているが一人で暮らしている
もう一人脳卒中で死線をさまよったが頭も何でもないし体も普通にもどっている
ただやはり相当に体が衰弱しているから無理はできない
それは見た感じでわかる

駅でも老人が多い、高速のSAは若い人とか世代でもいろいろである、子供多いから子供の遊びも用意している、駅は高校生の通学が多いがあとは老人が多いとなりかたよっているただなんらかで老人が鉄道を利用する人が増えていることは言える
だから高齢化社会の交通は車だけではないものに変えることも必要になる
つまり高齢化社会は車社会を見直すことになりうる
それは悪いことではない、あまりにも車社会になりすぎたのである

自転車でも自転車道路があれば使いやすくなる、日本では狭いからまた作りにくい
また坂が多すぎるから自転車も利用しにくい地形的に不利な点がある
ヨ−ロッパなどは平坦な道がどこまでもつづいているからだ
とにかく自転車で困るのは坂なのである、だから電動自転車がいいとなる
今回のヤマハのYPJ-XCはE-BIKEは意外と老人向きだったのである
すいすいと悪路でも坂でも上れるし乗った感じまず今までのとは違う
それはドライブユニットが進化したからそうなっていたのだ
それは体力がない老人用にヨ−ロッパでは開発されていたのである

高齢者社会というとき負の部分が多いののは確かである
病人とか介護とかばかりなるとそれはただ子供とか孫の世代の負担になるだけだとなるからだ
プラスの面としては高齢化社会はそれに適応した社会に交通でもそうなることは悪いことではない、車社会を変えることにもなる
それはかえって暮らしやすいものとなるかもしれない、やはり車だけの交通社会は老人には向いていないからだ
とにかく駅から見えてくる社会がある、駅ではちょっとした会話が成り立つからこの人が何で来ているのかわかったりする、それがいいのである
常磐高速のSAではそういうことがわからないのである
ただ一時たちよるだけである
駅の場合は何かその町に市に用事があってきているから高速のように通り過ぎるだけではない、そこが高速とは違っているのである
だから高速はほとんどSAから町には市には寄らないのが多いのである


2019年03月05日

NHK総合 【クローズアップ現代+】フェイクニュース暴走の果てにを見て


NHK総合 【クローズアップ現代+】フェイクニュース暴走の果てにを見て


台湾人「外交官」を自殺へと追い込んだ、中国の卑劣な偽ニュース


日本の内閣府にあたる台湾の行政機関に職員が出勤。
2時間以上かけて新聞、SNS、ネット掲示板を確認する。
ここ数年、ネット上の過った情報への対応に追われている。
フェイクニュース対策での法改正の紹介。
死者が出た場合、最高で無期懲役となる。


昨日のNHKのクローズアップ現代で台湾の外交官が関西空港が台風の被害で空港から出れなくなった時バスが中国政府は手配したのに台湾は手配できなかった
それがネットで拡散してバッシングになった
でも手配したのは関西空港であり中国政府ではしていなかったのである

ではなぜこうしたフェクニュースが拡散したのか?
最初にそのフェクニュースを流したのは誰なのか?
MEG2NEWSではそれは中国政府関係者だったと指摘している

それは台湾と中国との間の綱引きがありそれが政治問題化している
そこで中国政府では中国政府の対応はいいし台湾政府はだめだということを示すためだとしている
そういう中国と台湾の政治的対立とかけひきの中で台湾外交官が自殺したとしている
ただ本当の理由はわからない、でも一言も中国人政府がフェクニュースを流したということは言っていないのである
そういうことも言われているとかも一言もないのである

するとNHKのテレビを見ている人の眼はどこに向くのか?

フェクニュースを流して拡散したネット民が悪いとなるのである
そしてインタ−ネットは危険だともなる、何かマスコミにはそうしてインタ−ネットを批判することが多いのである
つまりインタ−ネットは信用できないメデアだとしたいのである
マスコミは信用できるメデアだとしたいのである

ただおかしなのはマスコミのテレビ放送局がなぜそのフェクニュースに飛びついたのか?
それはマスコミのテレビ局では確かめもしないでそのニュースを流したのか?
そして外交官を政府を批判したのか?
それはネットに遅れをとってはいけいないとしてネットの後追いになっていたのである
これだけネットがマスコミにも影響している時代となったのである
テレビがマスコミがそれだけあせっているということである
視聴率をとるためにネットに後追いして追随していたのである
台湾と韓国では日本よりネットが普及しているからそうなったともしている

フェクニュースというときマスコミにもあった、NHKでもあった、だからネットだけ批判して自分たちは信用できるものだとしているのはおかしいのである
まずマスコミは事実だけを報道することはない
必ずその放送局の意図があって編集して報道する
まずどのニュースを取り上げると取り上げないかを決める
大事なニュースでも報道されなければなかったと同じになるからだ
そのニュースの取捨選択は放送局によって決められているのである
ニュースなどいくらでも日々ある、一人一人の個人もニュースなのである
田舎の小さな駅のことを報道したがそれでも結構な出来事があったということは自分でも意外だったようにいくらでも報告し伝えることは日々ある
でも全国で放送されるのはほんの極一部なのである
そうして膨大に報道されるものも報道されないのである

今回の問題ではマスコミは事実だけを報道しろと言う人が多い
それを放送局の意図があり編集したりしないで事実そのものだけを放送しろと盛んに今は言われる
なぜなら今回のNHKの放送でもNHKの意図が入ると一方的だから誤解が生まれる
やっぱりネットは信用できない、フェクニュースが多いとかなる
でも今回の問題は中国政府がかかわっていたとなれば重大なのことなのである

NHKは中国と韓国は批判しない

中国政府がかかわったかもしれないとも報道していない

ここが重大なのことだったのである、もちろんそれを確かめることはむずかしい
でもそういうこもありうるということもあった
だから別に台湾外交官が関西空港の混乱の中で自殺した、その理由はまだはっきりしてしいないと報道すれば問題なかったのである
それを台湾でもテレビで台湾の外交官の失策だとか中国はやはり対応が早く政府は優れているとか評価するようになったのである
それが中国政府の意図だったとしたら怖いことだとなる

結局緊急事態になると必ずデマにふりまわされやすい、みんないつらだっているし何か早く助けてくれとなるときどうしてもそうしたデマにとびつきふりまわされやすいのであるそれでそういうことは間を置いて冷静に判断するのがいいというのも本当である
そういう混乱状態では冷静に判断できないからである
そして個々人の人生でもずっと後になってあれはこういうことだったのかとか判明したり納得する、その時は無我夢中で冷静になれないから何が起きていたのかもわからないのである

ともかく事実だけ報道しろというときそれをマスコミでしないのはマスコミ側で放送局で自分たちの意図でもって社会を動かしたいためだというのもわかる
ただ事実だけを報道していたらつまらないとなっているからだ
俺たちが意図した報道して政治を変えたいとか社会を変えたいとなっているからである
それが別に政治家であったり何か主張があってそうするのは民主主義で許されている
創価とかの聖教新聞でも共産党の赤旗でもそれはそういう背景があって報道しているからみんなそういうふうに見ている、偏っているとみている

ところがマスコミは一見中立を装っている、でも実際は中立ではないから偏ったものとして洗脳されるのである
何か批判的に見れないのがテレビなのである、テレビの影響はそれだけ活字より洗脳されやすいメデアだったのである
メデアとは中間とか中立とか媒介の意味である
本来そういうものでも実際はマスメデアとはマスコミは自分たちの意図でもって放送している、事実だけを放送することはないのである

ただ取材するときでも取材させてもらうためにはどうしてもその取材を許可されないとできない、すると取材される側の方につく、中国のことを取材するにしても自由はないから制限されるから政府の許可が必要になる、すると中国政府の悪いことはとりあげることはできない、だから中国政府の悪いことは追求しにくいのである
この辺でも原発避難民でも取材してもらうとなると原発避難民の言い分を尊重するようになる、そうしないと報道できないからである
そこに報道が一方的になりやすい下地がある
何かを教えてくださいというとき頼むのだから相手の不利なことは報道できないのであるそこに報道の問題がある、一方的になりやすいのである
ただ事実だけを報道してその判断を視聴者にまかせればそういうことはない

事実だけではないマスコミで放送局で判断して報道するからそれによって洗脳されて批判もできなくなるのである
その洗脳能力がテレビは抜群なのである、それは反論もできないしコメントもできないからそうなる、一言でもいいからそうではないとか疑問をさしはさむ習慣をつけないと完全に洗脳されるのである
ネットではそれができるのでそういうこともありかなとなり全面的にはどんな意見でも情報でモ受け入れないシステムになっている
テレビにはそれもないから危険なのである
ただ今やみんな一応インタ−ネットでプログでも簡単に発言はできる
ただその影響力をもっているのはほんのわずかである
武田邦彦氏などは一人でマスコミに対峙しているので感心するとなる
ただそういう人は本当に何百万人の中の一人だとなっている
なぜならそんなに大勢の人の意見を読むことも聞くこともできないからである
そこにまたネットの問題がある




2019年03月04日

生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟 (金が欲しいだけだとかその矛盾) 生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟 (金が欲しいだけだとかその矛盾)


生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟

(金が欲しいだけだとかその矛盾)

生業を返せ、地域を返せ!これは何なのか?
生業(なりわい)と地域とは何なのか?
この矛盾が一番現れたのは漁業関係者なのである
魚を獲ることが生業であった、でもそれでは今は生活が成り立たないから漁業権を東電に売り事故前も豊かな生活をしていたのである
それで周りの人からうらやましく思われていたのである
漁業関係者はそれでこんな訴訟とか何も言わない、事故前も事故後も手厚い補償があるからだ、なんら生活自体に困ることがないのである

その他の成業を奪われた人たちが農業とかその他牧畜とかの関係者がもっと補償金を出せと抗議しているのである、もちろんその範囲は今は広いから地域を返せというとき地域で暮らせなくなったのだから多いとなる
でもこれも矛盾なのである
農業であれ漁業であれ林業であれそうしたものはもう生活ができないと事故前から跡継ぎもいないとかもう誰もやりたくないものになっていた
そこで大原では古い農家だったが街の方で息子は働き家を継がない、病院で一緒になったとき猫をのことを心配していたのである
今は空家になっている、そういうことが日本全国で多いのである

ただこの生業というのは今ではみんな農民ではないから幅広い職業の人たちだとなる
でもなんか矛盾なのである、もし事故前でも一億円出しますよとなれば誰も生業などしない、こだわらない、みんなその金の方が大事であり完全にそうしたら生業を放棄しているのである
そもそも原発を積極的に誘致したのもそのためである
生業では生活できないからそうなったのである、ただ原発事故以後にその生業を意識したとはなる、何もしないで仮設に入り毎日酒を飲みパチンコだとギャンブルで生活するようになってこれも生業を原発事故で奪われたからだとなったのである
でもその前に生業といってもそれより金が欲しい、金があれば農業でも漁業でももうやめるよとなっていたのである、だから今になって生業を奪われたということを訴えてもそれは補償金をもらいたいからであり別に生業を重視しているわけではないのである

つまり生業というものを価値あるものとして意味あるものとして自覚していた人はいないむしろ金にならないからやめたい、金になればもう年だしやめたいとなっていたのであるだから生業を返せというけど地域を返せというけど本当に生業に地域に生きることに価値と意味を重んじていたかとなるとそういうことは自覚していなかったのである
原発事故以後生業を奪われたと意識するようになったのである
それもやはり補償金をもらえるということで訴えるようになったともなる

何かこういう矛盾がこの辺にはあり指摘してきた
それを言うと何かバッシングされる、被害者として訴える側につけとなる
でも南相馬市では小高はそういうふうに訴えることができる
それは避難地区にされたからである、被害者になったからである
一方で南相馬市でも原町は鹿島区の三倍の補償金をもらっているから協同で訴訟を起こそうとしてもできなかった、利害が一致しないからである

そもそも生業とか地域に生きる価値は何なのか?
そんなこと意識していた人はいないだろう
ただ豊かな生活をしたいというだけである、生業に価値があり地域に価値があるというときそれが経済的な豊かさをもたらすものとしてしかありえなかった
それを今の時代に責めることはできない、みんなそうして生きているのが現実だからである
とても山尾三省のような極貧を現代で生きるのは無理だからである
パンが贅沢だとなれば誰もそんな人の言うことを聞かないのである

むしろ人間は知っている人でもどれだけ貪欲になっているか見ている
立派な家を借金で建てる、大工だけではないサイドビジネスもする、事業を起こしては失敗しても借金しても隠して成功したようにみせかけ贅沢をしている
そういう贅沢が多いのである、原発周辺は相当に原発関係の仕事で潤っていたのである
だから原発に反対することはできない、もうその地域に住んで生きることすらできなくなっていたのである
なぜなら毎日の糧を得るのは生業ではない、原発で働くことだとすればそうなる
生業などは今では暇仕事みたいなものになっていた、それで生活が成り立たないから事故前でもそうなっていたのである

山尾三省の場合は極貧でも農業とか地域に生きる価値を求めていたのである
でも今の時代にそんなことを追求するのは変人であり誰もついていけないのである
だからそういう人は何か貧乏を売り物にしている芸人とかにも見られるのである
「俺はこれだけ貧乏で生きれるんだ」ということを売り物にするテレビの番組とにていたのである
それは現実離れしているからただ仮想のドラマのように見ていた、演劇しているのだと見ていたのである

でもそうはいっても山尾三省は島で暮らすことに山村で暮らすことに意味と価値を求めていたことは確かなのである
では今田舎でもそうした価値を求めているのかとなるとない
もっとうまいパンを食べたいもっといい家に住たいとかいい車を欲しいとか限りなく都会人とも同じような贅沢な暮らしをしたいというだけである
そういうお前は何なのかとなれば自分も同じようにそんな極貧の生活をしたくない、またしていないのである
だから自分自身もそんなことを言う資格があるのかとなればない

ただ私の場合はどうてしこうなったのか、その矛盾をいろいろと解明しようとしている
何に問題があったのか?それを追求してきたのである
そもそも様々な職業があり仕事があるとして生業だけではない、その仕事に意味と価値を求めてしている人は本当にまれだともなる
ただもうけをだせばいい、利益を出すことが至上命令だとなっているのが普通だから別にこうして地域の人とか生業を返せとか訴える人を批判はできない
銀行だって詐欺まがいの投資信託を売りつけて自分達の会社がもうければいいとかなっているしみんな会社とはそういうものだからである

人間はとにかくどんな人でも矛盾を生きている、生業を返せとか地域を返せというけど一体生業とは何なのか、その価値は何なのか、それを追求してきた人はいない
やはり金にならないとしたら生業も価値ないものとされていたのである
地域でも田舎でもあなたに一億円やるからどこにでも暮らしていいとなったら若者でも都会に出て行くようになったろう、しかたがないから田舎に地域に残っているというだけの人も多かったのである
積極的に地域に生きる価値を求めていた人はまれなのである

までいな生活を主張していた飯館村でもそこに住むことに価値を意味を見出すより今や一億円の金が入ったら村から出てゆくとなったのである
もちろん放射線とか問題があるから理由になるが何かこれだって貧しい不便な飯館村に生きる価値とか意味を求めていたとはならないからだとなる
そこにもともと住んでいた人はそこで生きることを強いられていただけだとなる
一億円もらえば外に出て都会で暮らした方がいいともなっていたのである

結局人間は意味あるものに価値あるものに生きることは理想論でありそれと現実が矛盾して苦しむ悩むのがどこでもあるのだ
カルト宗教団体でも宗教なのに現実は御利益を利益追求しかない、権力を得れば地位や金にありつくしかないのである、そこで理想を求めてもそんなものは全くなくなっているとか何かそういう矛盾が常に人間にはある
それがこの世の現実だとなる、必ずそうした矛盾につきあたるのである
理想と現実の乖離に苦しむのである

もし生業に地域に生きることにもともと価値と意味を求める生活をしていたら考えて生活していたならこんなことを書かない、何か自分たちの都合良く金を要求しているだけでありそれは前からそうだったとなり全面的に応援はしにくいのである
ただ人間は現金だからもし補償金ももらえる立場なら一緒に応援して訴えるとなる
どうせもらえるのは訴える権利のある人だけであるとなれば一緒に行動できないのである
ただ本当に価値と意味を求める戦いとなれば参加することができるかもしれない
それは別に補償金をもらう戦いではないからだ

本当に生業に価値を置き地域に生きることに価値があり意味がある戦いなのだとなれば共通した目的をもつからである
でもそうなると犠牲とか強いられたり利益にもならないとかなり追求できなくなる
パンすら贅沢となってそうした山尾三省のような理想とか価値とか意味を求めることができるのか?
それは実際に過酷であり若くして60代で夫婦が死んでいることでもわかる
それは今の現実の生活とかけ離れているからそうなったのである
戦前の三野混沌とかはみんなそういう極貧の生活だったから今とは違っていた
ただそういう苦しい生活をから農業だけの生活から抜け出したいとして戦後の経済成長時代を日本は築いたのである

ともかくどうしても生業を返せとか地域を返せというときそういう生き方をしてきたなら賛同して共同してもいいが実際はそうなっていなかった
そうできなかった現代という時代がある、こうした矛盾がありそれも前提にして見なければならないとなる
国民からもそうして訴えても必ずしも共感を得られないのはそのように見られるからである
あいつらは原発で豊かになったのに事故後もまた補償金を限りなく要求してくる
原発乞食なんだと言う人がいるのもそのためである
内部でも補償金をたんまりもらった地区とそうでない地区ではもめているからである
ただこういう矛盾はここだけのことではない、どこにでも世の中自体がそうなっているのである、その矛盾に苦しみ悩んでいるのである
医者だって金になるためにはいらない薬を与えたりやはり医療も金だとなるからだ
だからここだけで起きている問題でないのである


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2019年03月03日

震災関連死の考察(家の跡の松一本(詩)


震災関連死の考察(家の跡の松一本(詩)

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介護度認定では南相馬市の場合は全国平均と同じだった
ただ震災前より3パーセントくらい増えている
でもこれは意外だった、小高の避難区域をかかえていてもやはり市全体から見ると
そうなったとなる、南相馬市の場合はやはり大きな市だから影響がそれほどではなかったとなるのか?

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いわき市は原発事故もあるが津波の被害者が影響しているのか?
南相馬市が多いのは避難区域の小高がふくまれているのと人口が多いからである
ただこの表を見ると平均している
特別どこが多いというものでもない、つまり一定の割合で関連死がある
だから正確なのかもしれない、ただ飯館村は6000人いたとして少ないのではないか?
飯館村は一二か月避難しなかったのである
ただここには飯館村特有のものがありこうなったのか?
それも考察する必要がある


人間は生きるということは何か自分が生きるというのではなくエネルギーが自然からでも人間からでも例えば死んだ人からでも先祖からでもエネルギーが与えられて生きている
そういうことはなかなか当たり前のことであり気づかないのである
この辺では故郷に住めなくなったとか家族が避難してばらばらになったことで特別意識された場所になったのである
こういう経験はなかなかそうならないとわからないことである
私自身は別に避難もしていないし津波の被害にもあっていない
ただ自分が苦しんだのは一身上のことであり自分の家族の介護とか自らの病気のことだった、津波とか原発事故の避難とかの影響はあまりなかったのである

震災関連死がこれほど多いということはその喪失感がありまにも大きかったからだろう
何か人間はその土地とか家とか家族とかそうしたものは一体化している
意識しないが一体化している、それで死んだりこうして家でもその土地にでも住めなくなると痛切に意識するものとなったのである
だから放射線の問題があったにしろみんな一斉に避難させるべきだったのか疑問だった
小高などはそうししなくてもいい状態だった、それが強制的に避難させられたことが問題を生んだのである

なぜなら老人は長く慣れ親しんだ家とか土地とかから切り離されることは精神的に相当なショックを与えたからである
今でも避難区域だったところに帰っているのはほとんど老人だったことでもわかる
そして老人は意外と放射線の影響を受けないということでむしろ避難するのではなく故郷に残っていた方が良かったのではないかともふりかえる
ただそれは政府の政策でそうなったのである、政府が老人を故郷から切り離すことがどうなるかなど考慮しなかったのである

なんか漢字とか言葉には長い歴史のなかで培われた意味があって残っている
嫁とは家と一体なのである、男とは田と力なのである
これも男女を象徴している、嫁は家と一体化した存在であり切り離されない
家という時、英語だとハウスであり一方でホームもある
マイホームと言うがマイハウスとは言わない、ハウスとは単なる建物の意味なのである
ところが日本では家というとき建物だけではない、ホームのことであり一体化しているのである、だからこの家の感覚は外国人にはわかりにくい、家という建物がなくてもホームはあるとなるからだ

裁判で「生業を返せ」というときもこれ生業とは何なのか?
これは日常的に農家だったら家の仕事やら田畑の仕事やらなにかかにかある
そういうものはその土地と家が一体となってあったものである
会社勤めと違って生業とはそうして昔からあった土地と家とが一体化してあったものなのである
だからあえてそんなことを意識しないがそれが奪われてしまうと何もすることがないとなり生きがいもなくなった
仮設で酒ばかり飲みパチンコ通いとギャンブルになった
それも影響して体も心もむしばんだのである
そして仮設というとき外からあいつらは補償金で遊んで暮らしているだけだと言われるだけでありそれがいいということにはならない、何か肩身の狭い思いをする

ただでは仮設暮らしがすべて過酷であり悪かったかというとそうでないことはあった
女性の場合みんな集まり楽しいという人もいたのである
また大金をもらって喜んでいたこともあった、それを言うとまた反発されるが物事に様々な面がありある一面ばかりから見るべきではないのだ
テレビとかマスコミの問題はある一面だけを強調するのである
そしてなぜお前は仮設に暮らしている人を責めているから許せないとなる
それはNHKとかが放送すればそれがすべて正義だともなってしまい、マスコミに逆らう者は許せないとなるのだ
何かマスコミで取り上げてもそこですべてを語られることはないのである
マスコミの報道はそうして物事の一面だけを放送して誤解させるのである
そして映像だからインパクトが強くなるから問題なのである

誰々が犯罪を犯したと報道するだけでもその時その人はひでに裁判が下されたように放送される、でも現実は違っていることがありでも一旦そう報道されると何百万人も見るのだからそのことでその人はすでに断罪されてしまうのである
そうして報道される側の被害があまりにも大きすぎるのである
マスコミの報道は一方的であり暴力的なのである
こういう言い分もありまた別な言い分も常にあるけど一方的にのみ取り上げるのである
それはNHKでも他の放送局でも放送局の意図があってそうしているのである
決して公平にはならないのである

私は地元に住んでいるから地元からの見方がある、でもマスコミが一旦報道するとそれによってみんな判断する、するとあいつは何なのだとバッシングを受けるのである
つまりマスコミは今まで報道を独占してナチス的なものとなっていたのである
だから震災関連死でも様々なケースがありいちがいには語られない
現実にむしろ補償金をもらって喜んでいた人もいることが確かなのである
飯館村でも聞いたら何か苦しいとか感じなかった
ただその人は土地をもっていたり前が開発されたりして相当な金が入ってきたことは確かである、それは軽く億の金かもしれない、そういう金が入ってきたとき人間はどうなるのか?完全に今までの感覚を失うのである
それで飯館村は外に出る人と残る人で補償金で分断されたのである
それは南相馬市でもそういうことは深刻だったのである

ます震災関連死でも多様だからケースバイケースであり本当のことは直接聞いたものではないからわからない、ただ老人の精神的ショックは大きかったことは自分も老人だからわかる、老人になると慣れ親しんだ所と家でも土地と一体化しているからである
だから家族でもばらばらになったり家に住めなくなったりその土地から切り離されることはそのショックはあまりも大きかったのである
人間は私の家族はみんな死んだけどやはり死んだ人でも思い出とともに生きているとかありその家に愛着が生まれている、特に農家とかなると土地とも一体化している

それでチェルノブイリでも老人は帰って畑を作り暮らすようになったのである
それは放射線とかあってもそうである、老人はもう死ぬとなるときそれより長く慣れ親しんだ家とか家族でも仲間でも土地でもそういうものから切り離されることがショックになった、つまり若い人のように新しい場に適応できないのである
私ももうなんか旅すらしたくなくなった、それは何か疲れるとなったからだ
いつも同じものでもそこにあるものでもそこでの意味を深めてゆくというのが向くようになったからである

それで不思議なのは近くにあるつ家の跡の松一本なのである
そこに人が住んでいたのだが今残っているのは松一本だけなのである
誰が住んだかもわからない、近くなのにわからないのである
でもなぜかその松一本が人間のように見えるのである
松にはもともとそうして人間に親しいものでありそう見えることがあった
何かその松はその家に立っていていてその場を離れたくないここにくいつまでもいたいという感覚になる
そして何かその松は人間のように家族がいなくなっても待っているという感じになる不思議がある

家の跡の松一本

家の跡
誰が住みにしや
一本の松は立ちぬ
ここを離れじと
松はなお立ちてあり
その松の家族ありし時
その一人を待つらむ
春の日さして今あわれ
待つ人来ぬも待つなり
夏に昔の庭に菖蒲咲き
その色深めぬ
ここに人の情の残れる
ここに母あり妻ありぬ
秋となれば木の実もなり
冬には北風に耐えて
松はひたすらに待つ
家の跡に離れがたく立ちぬ

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ここは原発事故の避難区域ではないにしろ何かこういう光景をこの辺では避難区域では普通の光景である
なぜそれらの空家とはか人のいなくなった村とか街とかを見た
今でも空家が無数にある、それは確かに今の日本の光景でもある
そこで感じるのはなぜ一段と淋しく感じるのか?
それは木でも例えば庭の松でも石でもそれに人間の情が移っていたからなのである
人間化した石であり木になっていたのである

だから人が去った時いなくなったとき石や木でも人間のようになっていたから淋しさを一段と感じるのである、これがもともと人が住んでいないとしたらこうはならない
それは原生林とかなりそれは自然のままの木であり庭にあるとか町とか村にあるものとは違うからである、人間はこうして人が住まなくなり跡も継ぐものがなくなるときそこは一段と淋しいものとなる、ただそういう家があったとしても人が住みつづければそうはならないのである
本当にこうした限界集落の村とか廃墟化した場所は幽鬼のように幽霊がさまよっているという感じになる、それを面白がって報告している人もいる
それはなんとも不思議な感じを与えるからそうなる、人が住まなくなるとこんなふうになるのかという不思議があるからだ
人が住まなくなっても依然としてそうして人が長く住んだ場所には幽霊でも住みついて離れないという感じになるのである
そこに一旦人が長く住んだということはそれだけの影響があったともなるのである




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フラワーアレンジメント(孟宗竹と花)


フラワーアレンジメント(孟宗竹と花)


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二本の柱のごとし孟宗竹その間に飾る春の花かな


これも苦労して自作した、フラワーアレンジメントは花だけの要素ではない
壺とかバックとか関係している
例えば茶室だと花を生けたとしてもそれは一部である
それは全体の中でまた活きる

フラワーアレンジメントは最近していなかった、一年くらいしていない
結局これも手間なのである、そして金もかかる
家事からなにからとても人間いろいろなことに手が回らない
ただ孟宗竹は好きであり今は一人だから好に家自体をアレンジできるのである

つまり芸術はアレンジなのである、私が抽象画を他者の写真なり絵を加工してアレンジしているのもそうである
芸術とはアレンジなのである、花を飾る舞台を作ったからまたフラワーアレンジメントをしてみた
ただ写真ではうまくとれなかった、暗い場所だからうまくいかてかった
写真を結構むずかしいのである

2019年03月02日

ピラミッドと山(Pyramids and mountains)


 ピラミッドと山(Pyramids and mountains)
  
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vital mountain

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way of  moon shodow

 
ピラミッドは神秘的なものである、正三角形でもないのである
その形をどうして割り出したのか?そして作り出したのか?
それも謎なのである

何かそこに高度な知的文明なのである、第一エジプト自体謎が多い
そういう幾何学的なものは動物を崇拝するような文明から生まれないのだが
高度な知的文明でありだからこそビラミッドが作られたのである

第一ピラミッドを作る技術自体相当な知的な優れた文明だった
今の時代だって作ることがむずかしいからだ
要するにピラミッドは何を現ししているのか?
王の墓でもないとしたら何なのか?
何か神秘的な宗教的建造物だったのか?

何のためにこのようなものが作られたのか?
それが謎だというのも同じ人間なの異星人のようになっているのである
そういうことは今の時代でも2000年もすぎればそうなるのかもしれない
なぜこんなことしていたのとか不可解になるかもしれないからだ


Pyramids and mountains
  

The pyramid is mysterious, it is not an equilateral triangle
How did you figure out its shape? And did you produce it?
That is also a mystery

There is something highly advanced intellectual civilization, the first Egypt itself has many mysteries
Such geometric things are not born of civilization that worship animals
 pyramid  was created because it is an advanced intellectual civilization

Technique for making the first pyramid itself was a considerable intellectual superior civilization
It is difficult to make even this era
In short what is the pyramid revealing?
What if it was not the King's tomb?
Was it something mystical religious building?

For what purpose did such stuffs be made?
That it is a mystery is like an alien of the same human being
Even in this era, it may be so if the year 2000 is over
It is because it may be incomprehensible why it was doing this

2019年03月01日

春の山鳩


春の山鳩

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春の鳥盛んに飛び交い呼び合いぬ

山鳩の十羽遊びぬ春野かな

街の上いづこに飛ぶや春の鴨

餌ねだる猫来る家や春の昼


今日もまた梅のにおいて山鳩の来たりて去りぬ事のなきかも

春日さし桜井古墳の大きなる主の二人やここに眠りぬ


山鳩は平和の象徴である、それが春野に十羽くらいきていた
その野というのが津波の跡でまだ田んぼになっていない所だった
何かまだこの辺はそういう所がある
ただ田んぼがないというときそこは本当に原野になってんるのである
ただまだ春草が生えたり花は咲いていない、そこは放っておくと花野になる
何かそういう光景をこの辺では津浪の後に見てきた
それもいいなとかなるとしかられるが野というとき田畑でもない
原野のことだがそういうのは日本では平地にはあまりないのである

ただ震災から8年もすぎとるとやはりいつまでも津波のことや原発事故のことを忘れられないにしても元の平和がもどってほしいとなる
いつまでもそれをひぎつっているのも問題だともなる
そういわれなくても人間は何でも忘れやすいのである
人が死んだとたんその人はあいまいな存在になり忘れられてゆく
ただそうはいってもあれだけの津波とかの被害はひきずる
実際に被害にあった人はそういう光景が頭に焼き付いて離れられないとないとなる
こうした巨大なさいがいは何百年一回なのだからやむをえないとなる

梅が匂う、山鳩が来る、それはなんでもないことだけど平和を感じる
一身上でももう人間とは思えない狂気のような人が来て自分の家はずたずたにされてきたからである、人間恐怖症にもなった
その人間のあまりのひどさにただ唖然としているだけだったのである

桜井古墳の不思議は二人の木棺があり二人が葬られているという
それは何を意味しているのか?
何か二つの勢力があってそれが和解してここを治めた人が二人が眠っているのか?
そういうことはありえる、それは自分の家でもそうだったからである
二人がいてこの家を支えて栄えさせたからである
ただ二つの勢力が争ってそれが和解して一つの古墳に収まったのかともなる
とにかくあの桜井古墳は大きいから頼もしいとなる
やはり何かそうした標しになるものがないと古代でも歴史を感じられないのである
鹿島区の古墳は多いのだが小さいから見応えがないとなってしまう

猫は隣の家に5匹くらい集まっていた、それを見ていると面白いとなるが猫の問題は増えすぎるのである、餌をやると増える、それで地域猫として地域の人が協力して飼うことをしている所がある、猫の数も去勢して調整している
ただそうなると誰が金を出すのかとめんどうになる
野良猫は何かいたずらされて傷つく、私の家の猫も尻尾を焼かれたのである
それからビッコの猫がいる、片方の足が使えないのだか結構早く動くのも不思議である
その猫をねらって黒い大きな猫が襲うのを見た
猫には相手が身体障害でもそんなことかまわない、同情がないから獣だとなる
猫は何か観察していると面白い、猫は無邪気である、動物でも人間のように邪心がないから欲がないから癒されるとなる
餌をやれば後は何も要求しないからである、人間はあまりにもいろいろなことを要求しすぎるのである、子供すらただ財産を欲しいというだけになっているから猫に財産を残したとか犬に残したというのも理解できるのである

ともかく今日はあたたかく外出するのにはいい天気だった


人の成果はすべて結果で決められるのか? (神は心を動機を見ているー結果より重んじている)


人の成果はすべて結果で決められるのか?

(神は心を動機を見ているー結果より重んじている)


例えば戦争だと負けるか勝つかの結果で決まる
負けたものは何も価値ないものとされる
だから歴史は勝者の歴史だとなる、負けたものは歴史に記されないともなる
では一体日本が戦争に敗れて300万人も死んだ
でも負けたのだから結果は惨憺たる敗北だったのだから意味がない
世界の歴史には記されないとなっていいのか?
その問いはあまりにも大きなものであり今だにそうなっていないことでもわかる
例え負けたとしてもでは三百万人の死は意味ない無駄な死だったできるのか?
それができないから後の世の人もその評価に苦しんでいるのである

人間社会では事業でもビジネスでも結果を出さない限り評価されない
投資信託を売って銀行員はその時成果をだした、ノルマを果たした、それは銀行に利益をもたらしたから結果から評価される
でも顧客に対しては損させたのだから結果を出してもすべてそれがいいものとして評価されるのかというのも疑問なのである
結果論で言えば金をもうけたものが何でも評価されるとなる
すべての価値は金で評価されるとなる
老人でもどれだけ金を残したのかもうけたのかで評価される
常に年収いくらだとか貯金がいくらだとかで人間は現代では評価される
結果とは金のことなのである

ただ結果を出すにしてもいろいろなことに条件があり左右される
戦争でも天候の影響などが大きいのである、だから勝負は時の運だとかなる
こういう結果を出そうとしてもその時々の条件がいろいろありいい結果が出ないということがある、それは時の運だとなる
つまり結果を出すということはいろいろな条件がありそれは一人の人間であれ会社組織であれ予測できないことが起こり結果が出たり出なかったりする
戦争でもどういう結果を生むかなど予測できないのである
大軍でも敗れることもあり信長の桶狭間のような勝利もある

そもそも人間を結果とか行動とかで評価すると間違うともなる
それで宗教では内面を重んじる、心を見るとなる
「神は心を見ている」というとき人間の成した結果を重んじていないのである
どういう心をもって成したのか?
それがもし不純な心で成したとすればそれが結果をだしても成功したとしても神は評価しない、逆に結果がでない負けたとしてもそこに例えば義があったとしたら神は評価するのである
それは何のことかというと神は動機の方を重んじているのだ
事業でもどういう動機でするのか?それが肝心だとなる
それによって成功という結果はでないかもしれないが動機が良ければまず行動する前にすでに成功していたともなる
動機が不純ならすでに何事かを成す前に失敗していたとなるのだ
たとえ巨万の富を得たとしてもそうなる
だから結果ばかりから判断すると人間は誤る

事業でも何か理系で技術が優秀だからと事業をはじめた、その人は自分が他者に優秀だということを見せるために事業を起こしたともなる
そして失敗したが依然として自分は優秀だと他者に見せたいから借金して隠している
そういう人はそもそも事業を起こす資格がなかったともなる
そんな動機で事業を始められたら周りの人が迷惑だとなるし現実事業に失敗してそうなった、その被害を関係ないと思ったが自分も受けた
その人が成功していたら結果をだしていたらどうなったのか?
今度はさらに自分は優秀だと吹聴して自慢することになる
成功しても結果をだしてもそれはいいものとならないのである
社会にとってもそんな人が成功することは逆に害悪にもなるのだ

どういう動機ではじめるのか?それが肝心だとなる
それは医者になりたいという時でも他でもそうである
ただ医者だと月給がいいとか評判もいいとか尊敬されるとか社会では一番優れた人と認められるとかで医者になる
そこには動機がない、何か親でもガンで死んだからガンを直すために努力したいとか何か動機が必要なのだがそれがない、親の跡を継がねばならないとかありやむなく医者になったとかなる

だから動機というとき犯罪でも故意なのかそうでないのかで有罪と無罪にもなる
なぜその犯罪を犯したのか?その動機を心をみて裁いているのである
殺人という結果があったとしてもそうである、その殺人を犯す動機をみているのである
神が心を見ているという時それと同じなのである
それで意外と思想というものに人は重点を置かない
人間が心でどう思うかということに重点を置かない、どう思うとそんなこと勝手だと思うそれが何か結果となるのかとなるからだ

でも実際は何か思うことは相当なエネルギーでありそれが影響する
誰かを憎いという念というのは相当なエネルギーなのである
一人でも誰かを思うことは相当なエネルギーとなる
そのために個人と直接対話するといインタ−ネットの匿名上でも疲れるのである
それは対話することは相手を思うからである
それで何か自分自身がプログでもコメントしてきても対応できないともなっている
それはその人に対して相当なエネルギーを思うことで使うからだともなる
そしていい加減な人の中傷とかもありインタ−ネット上だと相手がわからないから答えるのに疲れるとなる、エネルギーが消耗するから答えられないともなる
ただプログでも一方的に書いていると疲れないからこうして書いているともなる

このように思うということは相当なエネルギーを消耗するのである
それでインドの思想家が「誰かが憎い殺したい」とただ思うだけでその結果が出るということを教えた、本人が何もしないのにその念がが誰かに伝わりそうさせるというのだ
だからそういう念がもし国民とか会社とか組織とか多数の中に伝播するとなると怖いことになる、それは国家レベルだと戦争になるのである
宗教団体でも何百万人が地獄に落ちるとか罰があたるとか一斉にそうした念をもつことがいかに恐ろしいことになるか?
それが宗教の名のもとにそうした念をもつからである、それが巨大集団になるから空恐ろしいものとなりやがて現実に殺すとかなる

それは中国の文化革命とかカンボジアとかでもそういうことが起きた
巨大集団が一つの念にこりかたまった、それはナチスのようにもなったとなる
その念をあおることでマスメデアが加担するからメデアというのはそうした悪い念でも増幅させるから現代では怖いのである
ナチスがラジオからラジオの広報から生まれたという時いかにラジオですらそういう影響があったとなる

今なら映像である、テレビがどれほど社会に影響したかわかる
そこでまずテレビでとりあげるだけで犯罪者となりリンチ化する
何百万人も見ているとなる一斉にその犯罪者に対して憎悪の念が向けられるからである
マスメデアを通じたリンチなのである、それをあおるのがテレビになっていたのだ
韓国とか中国の危険はそこにあるのだ、現実に戦争にもなりかねない状態になった
毎日韓国では日本を呪詛しているともなるからだ、戦争の恨みを果たすためにそうしている、それが国民全体に伝播してやがて日本に対して戦争をしかけるとまでなる
人の思いとか念は眼に見えない結果として現れないがやがて結果として現れる

宗教の場合は思想となるとそういう方面を重視した、思想とは思でも思うであり想でも思うことである、思いとか念は眼に見えないとしてもそれは強力なものとして伝わる
様々な結果よりこうした人の思いの方が怖いとなるのだ
結果は様々な条件に左右されるしそれは人智を越えて結果がでる
でも思想は心はその前にわかる、どういう動機で行為になったのか?
その方が大事だとなる、それで思想を深めるということも大事になる
つまり結果とか行為にのみに重点を置いても人のことはわからないのである
その結果をみて人間はすべてを判断することはできないのである、評価もできないのである

人間はそもそも思いの中に生きている、生きているとは何かを常に思っていることなのである、意識していることである

無念無想に人はならない

常に何かを思い何かを意識している、一方で植物でも動物でもそうした念が生じていない悪い念が憎悪とか嫉妬とか様々な悪い念が思いが生じない、単純なのである
人間だけが思いとか念が生じてそれが実際に事実として現象として現れる
だから思いとか念を治めるものとして宗教が思想が生まれたのである
ただその宗教にしてもカルト宗教団体とか団体組織化するとそれが悪い念の集合体となる宗教という名で相手を呪詛する、それは宗教と関係ないのだけどその念で思いで一体となり地獄に落ちるとか罰あたるとか呪詛するものとなるから怖いのである
第一そうしたことが宗教のもとに正当化されるからである
そもそも相手を呪ったり何か憎悪したりしないように心の修養を積むのが宗教だからである

何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。(マタイ6:33、新共同訳)

これもそうである、最初に求めるべきなのは結果ではない、行為ではない、その動機を重んじることだからである
その動機が悪かったらいくら事業に成功しても神は評価しないとなるからだ
だから事業するにしてもこれとはまた違っていても何を求めてするのかが結果より大事だとなる
もしその求めるものが正しければ結果がでいなとしてもそれは失敗することがないとなるからだ
結果だけで人間の成すことがすべて決められない、評価できないのである
もし戦争で300百万人死んだとしてもその動機が評価されれば無駄とはならない

つまり最初に意味あるものを価値あるものを求める

そうすれば結果にかかわらずすでに成功していたともなるのである
だから意味と価値を求めて働けともなる、結果ではないとなる
そこがただ現実社会では取り違えるし評価が間違うのである

2019年02月28日

禍福は糾える縄の如し 万事塞翁が馬 (人間は未来が予測できない―不幸が幸福になり幸福が不幸になる)


禍福は糾える縄の如し 万事塞翁が馬

(人間は未来が予測できない―不幸が幸福になり幸福が不幸になる)


鹿児島の硫黄島に漁獲量の豊富な地区とそう多くない地区があって、漁獲量の多い地区がかえって過疎化した
その地区子供の教育に金をかけることができるので、子供は進学のために島をでて、都会で就職して帰ってこなくなった
一方教育に金をかけることができなかった地区は子供が漁業を継いで過疎化に歯止がかかった (文化の時代の経済学入門)

これは何を示唆ししているのか?
漁獲量が多い地区は金が入った、だから子供の教育に金をかけることができた
それは悪いことではない、いいことだったのである
それが島という狭い土地を離れさせる原因になったのである
どうしても島に住みたくないとなったのである
それは教育を受けさせた結果だとなった、ここには島の事情があるから一般的に適用はできないだろう

でもこれは何を意味しているのか?
人間は良かれと思ったことでもそれが必ずいい結果を生むとは限らないことである
人間の幸福はまた計れないことである、だから江戸時代と今の時代と比べて江戸時代の人が不幸だったとはならない、幸不幸は計れないからである
そういう時代を生きることはまたその時代を生きない限りわからないのである

人間はこれが幸福につながると思ってもそれが不幸なになったり不幸と思っていたことが幸福につながったりする
何かたりないものがあると思ってもそのたりないことが幸福につながることもある
日本がは資源がないから教育に力を入れて先進国になったとかそれぞれの国でもすべてを満たされた国はないからである
郷土料理は金をかけたものではない、その土地でとれたものを工夫して利用したものでありそれは金かけた材料で作るものではない、だからこそそれが今になると貴重なものになっている

原発事故でもわかったようにそれはこの土地にとっていいものだったのである
それは富をもたらしたのである、そのいいものが事故になり住むことすらできなくなっただから未来は予測できないものとしてある
それがいいことだと思っても悪いことに転化する
それは社会にとってもそうであり個々人でもはそうである
硫黄島の場合はそこに何ら悪いと思えるものを予測しえないものでもそうだったのである子供にいい教育をさせることにどこも悪いとはならない
それですら思わぬ結果になったのである、それは未来を予測する能力が人間にないからだとなる

そういうことは人生でも組織でも団体でも国家レベルでもある
いいと思うことが悪い結果を生み悪いと思うことがいいことを生む
戦争に負けて300百万人も死んだことは最悪だった
でも不思議なのことは戦争の結果として日本は高度成長を遂げたのである
それは既得権益者が一掃されて新しい国造りができたからだともされる
そしてその時なぜ食料もないのにベビーブームになり団塊の世代が生まれた
その人たちが労働力となり日本は経済成長を遂げたのである
これも予測し得ないことだったのである
つまり人間には個人でも社会でも予測し得ないものがあり思わぬ結果になる
そういう運命を握っているのは誰なのか?それは神なのかもしれないとなる
それでfortuneとは運命でありまた財産にもなっている
富も財も努力が必要でも運の力も大きいということである
でもその運がまたどういうふうに作用して幸福をもたらすのか不幸をもたらすのかもわからないのである

個々人でも技術関係で理系で優秀な人がいてもそれが経営者になったときまるで実際は違った分野であり失敗したという人も多い、あることで優秀でも人間すべてに優秀ではないからだ、だから優秀だと言っても一部のことであり神のように万能にはならないのである万能でないからこそ人間は原発事故であれなんであれ必ず躓く失敗する運命にある
また成功してもまたそれが永続したりもしない、成功したために失敗につながることもある
つまり人間の未来は予測できない、未来を握っているのは神にもなるからだ

だから硫黄島のことなど本当にそうである、どこも悪いことではないのにいい結果をその土地の者には家族にでももたらさなかったのである
そういうことはこの世にいろいろあるからこの諺が生まれたのである
だから悪いと思える所にいいことがあり見出す努力すればある
いいと思うところも原発事故のように悪い結果をうむのである
だから人間の未来は予測できない、だから悪いことがあったとしてもいいことに通じるということもあるのだからそういう志向が大事になる
そしていいことと思ったことでも悪いことに通じるということを知るべきだとなる
そこに謙虚さが必要だとなる、いいと思うことは才能でも奢りになりそれが失敗に通じているのが常だからである、それは一つの法則のようなものなのである
だから別にむずかしい学問でないにしろ庶民の間で諺が残された
それが今日でも生きているのは人間個々人でも社会でもそもそも人間は変わらないからである

人生が終わりになっている、老人に聞いてみるといい

意外な結果に終わったな  こんなはずじゃなかった

こうなっているのである、いくら努力したとしてもそれがいい結果になるとは限らないし思わぬ幸運も不運もあるからである
これこそ未来は予測できないからこうなっているのである
人間個々人でも人生でも思うようにはならないのである、それはたとえどんなに恵まれていたとても最後はわからないからだ
必ず思わぬことが起こりみまわれてそうなっているのである



posted by 老鶯 at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年02月27日

経済原理だけのグロール経済社会の限界 (環境保全とか景観の視点と価値観の転換の時代ー文化経済学へ)


経済原理だけのグロール経済社会の限界

(環境保全とか景観の視点と価値観の転換の時代ー文化経済学へ)

●戦後経済の見直し作業

原発事故は様々な現代社会の矛盾を具体的なものとしてつきつけたのである
それを追求してきた、大きな時代の変革の時にこういうことが起きてくる
それは明治維新とか戦争に敗北したとかで起きてきた
そういう時代に突入しているのが現代である、それは世界的な現象でもある
この世界に適応されたのは経済原理だけである
要するにグロ−バルに金で価値を計る社会である
あらゆる価値を金で計算する、それは国境を越えてもそうである
そこで国すら越えてグローバルな多国籍企業が世界を牛耳る時代になった
そこにあるのは経済原理しかない、金ですべての価値を計るのである

そこで問題が起きる、巨大企業が進出して環境も破壊される
それはこの辺の原発事故でも起きた、自然環境が放射性物質で汚染されて住めなくなった未だに松川浦で潮干狩りができない、それは観光の打撃となっている
アサリが汚染されたからだ
でもそういうことがなぜ起きたのか?そのことを延々とプログで追求してきた
それは現代社会のグローバル経済の矛盾でもあった

そこには一つの価値観しかない、経済原理だけなのである
国家だとGDPが増えればいいとか個人レベルだと金になればいいとかしかない
数量的価値観と金ですべてを計る価値観である
そこで原発を作った国家でも東電でもそれにかかわる人たちも地元民も金さえやれば納得する、それよりそうして地方を活性化させるためる地元民が積極的に誘致させたのだとまでなる、頼まれて原発を作ってやったのだとなっていたのである

でもあらゆるもの経済原理で金で価値は計れないのである、つまり人間の価値はあまりにも多様だからである
私はワインなど飲まない、飲まないということはそれに価値を置いていないということである、でも金持ちでなくても日本でもワインを飲む習慣が生まれている
ある人にとってそれは価値がないがそれを楽しめる人は価値があるとなる
  
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この表はわかりやすい、価値観が対象的にしているからである
赤丸で囲んだ価値への転換なのである、これは自分も特にそうだがそういう社会状況になったからみんながそういう価値観を求めれば自ずとそうなってゆく、もちろん金だけの価値観を克服することは容易ではない
ただ変革の時代にはそういうことも総体的に起きてくる

 ホスピタリティとか気遣うと情とか場所の価値とか倫理主体とか計算不能の価値観である、つまりすべてを金で計算できない価値の社会なのである
等価交換ではない、不等価交換である、実際時と場合により価値は変わる、価値は多様だから一定しないのである、だから時給いくらとかで労働力を計算するのは非人間的なのである、つまり現代から奴隷がなくなったようで巧妙に資本の論理で奴隷労働化されているのである、それで今仕事をしたくないというときそこに生きがいを見いだせないからである
お前の労働は時給いくらだ、それがすべての価値観となっているからである

●価値は多様であり一定ではない

例えば旅行でも豪華な列車で金持ちでも多額な金を払って一回限りの旅をする
また高級バスで何十万を払い超贅沢な旅をすることが話題になる
私は旅ばかりしたけどそういう旅をうらやましいとも思わない、ワインを飲めなくてもそれで不幸だともなんとも思わない
旅だとむしろ歩くなり自転車なりの時間をかけた旅の方が旅という経験をしているからだそんな豪華な旅はもう旅でも何でもないのである
確かに金のある老人の楽しみだとはなるがそれが旅とは言えないのである
つまり旅を経験していないのである

あらゆる価値はいくら金を出しても手に入れることはできない
例えば読書などがそうである、高い本でもいくら買えるとしてもそれを鑑賞することは相当な知的レベルを要求されるしそれを自分のものとして読むことは容易ではない
ただ私はやっとこの年になって鑑賞できるようになったことでもわかる
だから自分なりに本を読んでその解説ができる
するとその時こそ本当に読書しているとなっているからだ     
若い人はこれはできない、経験とかがものいうからである
また老人のように精神的に成熟しないからである

とにかくあらゆるものを金で手に入れることはできない、老人になるともう体力もないから登山もできないとか無理なことができなくなる、それはいくら金をだしても体力がもどらないのだからできないのである
若者だったら金がなくても別に野宿しても旅はできる
だから野宿して旅ししている人と豪華な贅沢三昧の旅をしている老人をとどっちが旅をしているかとなると若者の方だとなってしまうのである
それは老人がいくら金を積んでもそういう旅ができないからである

経済原理だけで金だけすべてを計る社会はもう限界にきた、貧乏な時代は豊かになりたいというのはわかる、でもそれもある程度満たされると人は価値観が変わるのである
それは今や社会全体に及んでいる
金でなんでも手に入れることはできないということがわかりつつある
老人ならそのことを何もむずかしい本を読まなくても経験から知っているのである

●農業漁業林業は生態系維持環境保全としての価値がある

だから価値というのは様々でありすべてを金だけで経済原理だけで計ることは人間を不幸にする、それがこの辺が原発事故で起きたことなのである
農業とか漁業でも林業でも第一次産業は金にならないとして誰も跡を継がないとかもう放置されるような状態になったときとうなったのか?
原発でも金になればいいとなった、結果として水すら飲めないとか空気すら吸いないとまでなって住めなくなった、これほど最悪なことはなかったのである
土も利用できないから田畑も利用できないとかなる、すると地元で食べるものすら得られないとなったからだ

価値観の転換として農業というのをただ食料生産の面から見るという視点より環境保護のために必要だということも価値観の変換である
環境保全の役割を農業はになっいていた、それは水の利用とか自然と密接につながりそうなっていた、それが自然環境の保全の役割を果たしていてその結果として農村の景観が作られていたのである
そういう景観と自然環境でも農業をただ経済原則だけからみたら金にならないとしてみんな誰もやらない、放置される、そして耕作放棄地が全国に膨大に増えて景観も破壊されるのである
そこには今度はソーラーパネルだらけになったり風力発電の風車が森の中や山にもできるそして景観は破壊されるのである
それはそもそも第一次産業を金にならないという経済原理からしか見ていないからある
でも実際生活するにはそうなるからやっていられないというのはわかる
でもみんながそうではない、経済原理だけからしか見ない価値観を変換させればまた違ってくる

東京のようなビルの谷間で人口が異常に集中して暮らすのが人間の生活なのかという疑問も都会から起きている
つまり景観とか環境保全があって人間は幸福に暮らせるという意識が高まると価値観が変わるとみんな金だけではない、経済原理だけではない価値観の変化が起きるとやはり社会は変わるのである
食料を生産するだけではない、環境保全、持続可能な自然との共生とか景観の保全とかが価値となる生活である、そこに意味があるのだとなれば金だけでは計られないものとしてそこに金を回すとういことも起きてくる 
そんなことではまともな暮らしができないというときそれはまた価値観の転換が必要なのである、それで家族一緒で故郷に住めるなら蝋燭でもいい言う人がいたときそれは極端でもそうなるのである   

●恵みはめぐるであり生態系の維持があって恵みがある

グロ−バル経済は多国籍企業が世界を経済原理で動かして支配するシステムなのである
そこにもともとある自然も無視するしそうして生活していた住民も無視する
それは原発事故で起きたのである
もちろんもともと住んでいた住民もまた今の社会の価値観に染まっているからそうなったそういう矛盾がこの辺では生まれた
元の貧乏な生活にもどれというのかとかそこにはまたいろいろな問題がある
ただ人間の価値を経済原理だけで金だけ計る時代は終わり新たなまた古くからあるものの価値観を見出すべき時代になっているのだ

恵みとは巡る、めぐることなのである、ロールすることなのである
水のように山から平地へと田んぼへと水は巡り恵みを与えるのである
それが自然との共生の生活でありその中で自然環境は保全されまた景観も維持できるのである
そういう恵みの思想が工業とか巨大企業にはないのである
何か自然から富を資源でも収奪する他国からでも収奪するというのが現代のグロ−バル経済である
それで自然は破壊されて極端になったのがこの辺だったのである
だからどうしても価値観の転換が望まれている
経済原理の金中心の経済を止めることなのである
何でも買うそして捨てるという生活なども見直す時代である
そういう傾向はシェア経済などで生まれてきている、大量生産大量消費の時代は終わったのである
そうなると確かに不景気とかになるがそれも時代だからやむをえないのである
そうなったならなったで人間は適応して生きてゆくほかないということである

●経済は意味と価値を求める時代になる

原発事故では現代の矛盾が噴出したのである、それはとりもなおさず現代社会を見直すものとなった
例えば松川浦の人が漁もできなくなった、放射性物質の汚染でできなくなった
その時「俺はここになんのためにいるのか」と自問していた

「漁もしない、俺はここになんのためにいるのか?」
「あなたたちは多額の補償金を原発事故前からももらっていたから別にいいんじゃない」「それはそうだけどでもなんのために生きているのかもわからないよ」
「今も十二分に補償金を特別もらっているだからいいんじゃない、みんなうらやましがっているよ」
「そう言われてもな」
「そもそもさ、漁業権を東電に売ったことがおかしいんだよ、その漁業権はそもそも資源保護とか環境保護のために与えられたんだよ、それは必ずしも漁業者のものじゃなかたんだよ、みんなのものだったんだよ、ただ資源保護のためにみんなから委託されたものなんだよ」
「そういうむずかしいことはわかんねえな」
「あなたたちは特権を与えられていたんだよ、その特権には責任が課せられていたんだよそういう自覚が必要だったんだよ」
「かといって漁業で暮らすことはできない、いろいろと金がかかるし魚もとれなくなっているからな」
「でも漁業権を東電に売ってどうなったのか、金だけはもらい何の意味も価値もない者になったんじゃないか」

原発事故は漁業関係者に一番矛盾が現れたのである
事故前も原発御殿が建っていたとかその後は軽く一千万以上の庭を作っているとか一番恵まれていたからである、ただ津波の被害にあったから家族でも死んでいるからその点は犠牲が大きかったとなる
それで近くでも漁業に関係しない人もいるから罰があたったとか言う人もいたのである
そこまで言うとはやはり周りの人はそういう恵まれた人に相当不満があったということである

そして松川浦では現実にアサリ採りが潮干狩りができないから観光でも大きな打撃だったのである、資源保護のために漁業権が与えられていたのにその資源保護の務めをしなかったとなる

とにかくここに象徴的に補償金で別に生活には困らない、補償金は継続的に東電や国から入ってくる、でもその存在意義と生きる意味とか価値は地域で失ったのである
ただ現代のグロ−バル経済はこの生きる意味とか価値とか意義とか倫理的なものは追求していないのである、むしろそうしたものを省略化して成り立つのがグロ−バル経済なのである
世界をそうして人間的属性としてあるものを省く、ただそこで経済原理、金だけで計るようにしたのがグロ−バル経済だからである
それで失敗したのは移民となると外国人を入れるとなると相手は人間だから物のように金で計ることはできない、様々な問題が生まれ福祉や共同体にどうして受け入れるかとかが問題になり失敗したとなる
人間はモノの用地扱えないからそうなったのである 

漁業が跡継ぎがいないとかいうけど漁獲高が多い所でかえって跡継ぎがいなくなった
教育に金をかけて子供を育てたが東京に就職したとか漁業を継がない
でも漁獲高が低くく子供の教育に金をかけなかった所は子供が漁業の跡を継いで残ったというのも皮肉である  
これも何か現代の矛盾した社会を示唆ししている、跡継ぎがいないというとき農業でもそうだし山村でもそうである、それは人間の生きる意味とか価値を経済原理だけで計っているからである、金になればいいとう価値観しかないからである

●万人の万人に対する戦い、モラルなき社会は地獄に生きることだ

ただ確かに先立つものは金だというときその矛盾は大きい
そんなものは理想論であり現実はそうはならない厳しいから適応できないともなる
でも明らかに現代の社会の行き詰まりというか荒廃はゆきつくところまで来ている
倫理もないモラルなき金だけが突出してふりまわされている社会である
それが自分自身の体験で嫌というほど経験した
もう金のために保険金殺人のように殺される一歩手前まで来ていたのである

金でめんどうみてもらへ

金をよこせ

金をください

これしかなかった、自分苦しい時にも相手は金しかみていなかったのである
それは芥川龍之介の羅生門の世界である、人間は生きていても死体でありその死体に身につけている髪の毛でも金属類でも金になる者が価値になる世界となっている、もうグロ−バル経済では人間的なものが省略されし見えないからそうっないるのだ
物がありそれに債権化された金しか価値観がない世界である

それほど金の亡者となり人を人とも見なくなっている社会である
それは何であれ生活をレベルを落としたくないということもある
今までいい生活していたのにそれを落とすことがむずかしいからである
でもそうだからといって他者から金を奪い殺してもいいとまでなることの怖さである
だから情なき経済原理だけの社会が極端化すれば万人が万人の戦いなっているのである

「万人の万人に対する戦い」とは国家や法律のない自然状態を表現した、ホッブズの言葉である。『リヴァイアサン』で語られており、自然状態におかれた人間は、すべての人が各々、自己保存の権利を無制限に追求して自由にふるまう。その結果、相互に敵対的な立場を取り、暴力的な混乱状態が発生してしまう。このホッブズの利己主義的な人間観は、「人間は人間に対して狼」とも表現されている

まさに現代のグロ−バル経済は世界的にそうなっている、そして極端な格差社会になっている、モラルなき社会と化しているのである、まさにこうなると地獄に生きているのである、そして生きる意味とか価値とかは無視されて金だけを追及する
それで何か原発事故でもそうした社会の中で起きた極端なものでありそれが具体的な現象として現れたともなるのである
posted by 老鶯 at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題