相馬野馬追いは江戸時代の身分制社会の再現
【商人は身分が低く馬を利用できなかった】
推理ドラマであれ時代劇であれ何に注目するのか
そこに単なる空想ではなくリイアリテイを感じることで共感する
でも江戸時代になると時代が違うからそこにリアリテイを感じるのがむずかしくなる。江戸時代は厳しい身分社会である。その生まれで決められてしまう社会である
そういう社会で生きる人は
常に身分を感じていた、その差別を感じていた
現在でもFXのように、為替相場は儲けることができます。また米の先物取引で儲けることもできます。この儲けのために頻繁に江戸-大坂間を証文がやり取りする必要があったので、飛脚が発達したのです。
しかしこれは階級社会から見れば士農工商の商、何の労働もしないで富をえるいちばん悪い儲け方だったので、当然ながら役人は馬の使用を許可しなかったのです
武士でも下級武士は馬に乗ることが許されなかった時代なのです。士農工商といいまして、農民は農作業用に馬を使うことは許されていました。しかし、それは手綱を引っ張るだけで農民が馬に乗ることが許されていませんでした。飛脚は商の一番下っ端という位置づけなので論外なのです。元禄赤穂事件で赤穂藩の江戸藩邸の下級武士が事件の急を地元に伝えるために江戸を出立したわけですが、それでも馬に乗ることは許されなかった。駕籠を乗り継いで帰郷したわけです。
東北地方東部は労働力として有用な、非常に力強い馬の産地でした。南部藩ではその馬を軍用で使用できないかと考え、藩で牧場を作り飼い始めました。それと同時
軍馬用にも使っていた。相馬藩では野馬追いのためだけに今でも馬を飼っている
農作業でも使われていた。
ただ商人は馬を使うことが許されなかった。
飛脚は商の一番下っ端という位置づけなので論外なのです。
商人が馬を使わない、飛脚は身分的には最低だった、これが江戸時代の身分社会なのである。このことを前提にしないと江戸時代がわからないのである
江戸時代の窮屈さ閉鎖性がここにあった。
だから時代劇を見るときその背景に強固な身分社会があったことを知るべきである
住む場所も侍でも足軽となると徒町(かちまち)とかなり馬を持たない人々が住む場所だった。足軽長屋とか今でも新潟県の。。。残っている
そこは一間であり庶民の長屋である。侍屋敷に住んでいたのとは大違いとなる
つまりこの厳しい身分社会を常に頭に置かないと江戸時代でも時代劇でも理解できない、現代ではそんな厳しい差別がないからである
雀の子そこのけそこのけお馬が通る 一茶
大名行列であり雀の子と庶民のことである。これが野馬追いで再現される
御行列であり庶民は馬に乗る侍を見上げる。その時確かに明確にやはり馬に乗る人と乗らない人の差別を意識する、馬に乗った人は本当に偉く見えるのである
他でも時代祭りがあり行列があるがこうした身分社会を感じない
野馬追だけは今でも身分差を歴然として感じる祭りなのである
何故なら野馬追に出る人は侍の出の人であり一般からは出れないからである
つまり歴史の再現でありそれは架空のフィクションではないのである
だからこそ鎧兜でも旗印でも先祖伝来のものなのである
このことからなぜ明治維新になったか?その理由がわかる
この身分の差別に対して不満な下級武士(足軽)などが上級武士に対して反乱を起こしたものだった。それを象徴的に示していたのが伊藤博文である
彼の出自は足軽に養子に入り一応侍身分を得たものでありそれが後の初代の首相になったことでもわかる
明治維新とは侍の身分制打破を下級武士が行ったものである
「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」
福沢諭吉の言葉に象徴されているように身分制社会の打破が明治維新だったのである。ともかく江戸時代は人間を生まれつきの身分で判別して見ていた
侍の中でもそうである。足軽となれば下に見ていた。その差は大きいのである
何かこうした身分社会になると常に身分で人を見る
その人の能力とかは基準にならない、すると身分が低い者は相当に不満が常にありたまっていたがどうにもならなかった。
それが明治維新でその不満が一気に爆発したのである
野馬追いの見方はこの江戸時代が現実に再現される祭りである
だから他の祭りと違い気軽なもにならない、馬に乗る侍とそれを見上げる庶民とは厳然として差が明確になる。
ただそのために侍の出しか祭りに出れないから人数が減り将来的に規模が縮小して迫力が無くなり維持できないことにもなる
今年は女性でも参加が自由になり多少緩和された。でも将来的には維持するのもむずかしくなる。
この身分社会は人間の問題として常にある。なぜ江戸時代にエタヒニンとかの人達がいたのか?
それは身分制社会の不満のガス抜きだった。お前より下の者がいるとなるからである
何かその女性は貧乏であり常に人に頼むのが日常になる。でも何かその下の女性がいてその人を蔑む
その女性がエタヒニンにされていたのである。それはインドならカースト制になる
現代の差別は貧富の差で決まる。金が多寡で決まる
でも人間の習性として常に差別が生まれる。アメリカなら人種差別がある。
おれはお前より上だ下だと争う、これは人間の本質としてあるから変わらないとなる
明治になっても
官員、兵隊、華族、士族、卒、祠官、僧侶、農、工、高、雑業の11種に区分して集計するように定めています。
その後明治5年1月29日に卒が廃止され、士族か平民に編入されます。
士族は侍の身分は一応残っていたのである。