2020年06月14日

神の園の鷺(詩) (人間はなぜ自然と調和しないのかー原発事故以後鷺は消えた)


神の園の鷺(詩)

(人間はなぜ自然と調和しないのかー原発事故以後鷺は消えた)

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神の園の鷺

いづこより来しや
鷺の歩みのひそかなり
その細き脚の巧妙なる歩み
辺りを乱さず静々と
田の面を歩み音もなき
かくて餌は確実にとらえぬ
その長き嘴にて
街道のここに古りにき
古き石橋一つ渡り
松並木に夕影さして城跡へ  
そこの墓地に声なき声を聴く
鷺はいつしか空高く飛びて
いづこへとその姿は消えぬ
草叢深く花は咲きて
家々は林に隠りぬ
鷺はその優美な姿に
神の園を乱さず歩みぬ
誠に神の創りしものの
調和して妙なる美を現す
その鷺一つにしても
完璧なる造化の妙
神の園にそは置かれふさわし
人よ、つつしみ深くあれ
その田園に勤めいそしめ
そしてその暮らしを隠せ
さらばそこは神の園となりぬべし

白鷺の脚

白鷺の川の岸辺に一羽
悠然として優美なる姿
何か加えるものありや
何もなしかも完璧な姿
その翼と脚と嘴と
過不足なく与えられ
神の御園生に生かしめられぬ
夏の日太陽に一段と白くまばゆく
その天然の衣は映えぬ
夕風そよぎそのしなやかなる脚
その脚に絶えず水が流れている
水にひたひたと浸されている
いづこかへまた軽やかに飛びたち
白鷺は風を光を身に感じている
常に明るい光と風の中にある
その他は何も知らない
何も得ようとはしていない
完璧に神の業の賜物
エジプトの神殿の守り神
静謐なる純白の衣をまとい
水辺に菖蒲は咲きてひそまり
神にかしづき自然に調和する
いかなる災いももたらされず
神の御園生に生かしめられぬ


                            
神の園の鳥

神の園に鳥の朝飛びきて
木の実をついばむ
そのわずかな実にて養われるや
神の技に生きるものの不思議なり
昨日も来て今日も来ぬ
その糧のここに消えることはなし
明日もまた糧ありと疑わず
無邪気に木の実を食べぬ
そしていづこかへと消える
庭には花には花が添えられて
夏の日ざしを浴びて映える
それぞれの個性の色に映える
庭の石はただ並び黙して日影に憩う
しかし人に絶え間なく煩いのあり
明日の事、十年後のことでも患う
日々患い十年後も煩う
その重荷の消えることなし
この鳥は今日木の実を食べて
明日木の実のなくなることを思わじ
そこは神の園なれば神に与えられる
そを疑わず神の園にあればなり


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白鷺に魅せられるのはなぜか?それは完全に自然と調和しているからである 
人間は原初状態だとトーテム信仰があり動物を祖先としていた
原初状態では人間は自然と一体化していた、それで人間は鳥とも一体化して人間の頭が鷺になったり鷲になったりする、つまりそれだけ自然と一体化していたからである
それは奇妙なことに今なら見えるがその当時は極自然なことだったのである

現代はどうかとなると人間は機械と一体化している、人間自体がロボットとなる
頭がコンピュターが組み込まれたものとなる、それも異常なのである
なぜ人間だけが神の創りしもので自然と調和しないのかが常に疑問になる
それは自然をみていればわかる、鳥でも何でも自然と調和して自然を乱したり壊したりしないのである

庭の鳥が木の実を食べにくる、あんな小さな湖のみに栄養があるのかとみる、でも楽しそうに木の実を食べている
明日を思うな、今日のみでたりるとなるのが自然であり鳥である
自然のものは貯えることをしないからである、だから良く心配しないで生きられると思う
人間は十年先でも20年先でも心配しているからである
常に不安にさいなまされているのだ、人間に十億あっても安心がないのである
現実にそういう金持ちでもその金を失うことを心配しているのである
お前もそうではとないかというと多分にそういうことがある
だから人間というのはなぜこうなっているのかと思う、神の園はこの世にある、だが人間世界にはないのである
それでいくら人間は努力しても理想の社会は作れないのである

人間だけが調和しない、文明化といってもそれは自然と調和しない、東京とかの大都会を見ればわかる、それは人工化した自然がない異様な光景ではないか?
それを誇ることができるのか、そこは地球ではない、異世界に入ったような気分になり
高層ビルを見上げて人間の小ささを思い知るだけになる
そこにいるのは人間なのだろうかとなる
そんな所が人間の住むところなのか、そういう疑問があっても現実には都会に住む人が大多数なのである

ただ都会でも5万くらいならいいのかもしれない、原町くらいの規模は自然とも両立できるとなる、第一ヨ−ロッパは都市国家である、でもギリシャのボリスでも一万くらいなのである、だからこそ直接民主主義だったのである
フィレンツにしても5万くらいであり原町くらいだったのである
それであれだけのルネサンスの芸術都市となったのである

人間はありきりのものに感動しない、日立木の薬師堂の町場橋を渡り陸前浜街道の松並木に行く所に霊感を受けてこの詩を作った
詩の霊感は場所から受ける、その場所場所に独自の雰囲気を作り出している
そこは何でもない風景だけど鷺なども見慣れたものだけど鷺一羽でも過不足なく自然に調和している、それに感動する
そういうことが人間にないのである
ただ松並木のかたわらはソーラーパネルになった、それは隠されていはいるけど自然が損なわれることはある
でもこの辺でぱ震災以後放射性物質の汚染で田畑を放棄したことが目立つ
そうなると手間がかからないのはソーラーパネルなのである、そこから地代を稼ぐのが楽だとなるからソーラーパネルが増えてくるのである
ただそれが風致を乱すものとなる

結局人間と自然が調和していたとき戦前の農業中心の社会であり戦後のまだ開発されない工業化が余りされていない時だった、時代がたつにつれて世界でどこでも自然は破壊されてきたのである、開発が進めば進むほど自然が破壊されるのである
自然が荒廃したという時、田は人口のものだが実際は自然ととけこんだものであり紫前の一部になっていた、生態系を構成しているものになっていた
だからこそ田があってそこに餌があり鷺がいたのである、鷺は夏の季語である
でも原発事故以後に30キロ圏内は田畑が一時なくなった
そして草ぼうぼうになり荒廃した、今でも避難区域だった所は小高でも浪江でも草ぼうぼうなのである

そうなったとき気づいたのはそこに蛙とか鷺がいなくなった
鷺は本当ちいなくなった、なぜなら田んぼの蛙とか水生の虫とかを食べていたからである餌がなくなりいなくなったのである、ただ川とか小川には一部いたが草ぼうぼうの原野になった時、鷺はいなくなったのである
そして田んぼが回復した時、蛙が鳴いた、蛙の声がうるさいという人もいるけど蛙が鳴いてこそ田舎なのである、つまり田んぼは生態系の一環の中にあったのだ
それは意識しなかったけど田んぼが草ぼうぼうの田んぼと化した時、そのことを自覚したのである
田んぼは確かに米をとるためであり食料を得るためである、そのことがなくなれば誰も田んぼを作らなくなる、だからこそ震災以後は田んぼがソーラーパネルになったのである
小規模の田んぼは跡を継ぐものがない、ただ手間かかるばかりであうり金にならないから放置した、でも金にするにはソーラーパネルにする方がいいとなったのである
その時やはり生態系を破壊したのである、なぜなら田んぼは生態系を形成するものだったからである
田んぼの効用は確かに米をとれるということにもあったが生態系を維持するものとしてもあった、だからこそ田んぼが草ぼうぼうになったとき鷺が餌がないのでいなくなったのである

いづれにしろ人間は自然から離れる時どうなるのか、東京のような所では何とアイディンティティ化するのか?
エジプト文明では動物でも自然とアイディンティティ化した文明なのである
それが遅れたとはならない、違った文明というだけなのである
人間は必ずしも進歩していない、ただ変化しただけなのである
エジプト文明が遅れた文明とはならないのである   



白鷺は、その一羽、
睡蓮の花を食み、
水を食み、
かうかうとありくなり。

白鷺は貴くて、
身のほそり煙るなり、
冠毛(かむりげ)の払子(ほっす)曳く白、
へうとして、空にあるなり。

白鷺はまじろがず、
日をあさり、おのれ啼くなり、
幽かなり、脚のひとつに
蓮の実を超えて立つなり。

北原白秋

白鷺は貴くて、
身のほそり煙るなり

白鷺はまじろがず、
日をあさり、おのれ啼くなり、
幽かなり、脚のひとつに
蓮の実を超えて立つなり。

この辺は理解できる、身のほそり・・・白鷺はまじろがず・・この表現はいい
幽かなり脚の一つにとかもいい、へうとして空にあるなりというのもいいが地上に舞い降りる時細き脚に乱さず歩むとかなる

やはり詩は言葉の表現だからその言葉をどう駆使するかで感じが相当に違ってくる
だから日本語で文語で現すとまた違ったものとなる
詩はだから外国の詩は訳せないのである
それだけ言葉の芸術だからそうなる、絵とか音楽だと違っている、それは世界共通のものとして認識できる、詩は言葉の障害で理解できないのである

ただ何か遅くなりすぎたのが詩でも深く理解できるようになった、やはり芸術とか詩とかは簡単に理解できない、鑑賞できないのである
芸術そのものが簡単に鑑賞できない、鑑賞すること自体が相当に理解がないとできない
鑑賞能力あるとしたらその人は芸術家でなくても芸術家だとまでなる
芸術というのはそれだけ批評しにくいのである
何か私はもう死もまじかになっていろいろ理解できるようになったのである
詩でも深く鑑賞できるから批評もできるとなる
だから詩の鑑賞したものをプログにのせる
詩集の部も作ったがそれは詩だけをまとめるものとして出す
それと電子本でこれまで作った詩集をだす計画はあるがこれもまためんどうなのである



2020年06月13日

右田の松原の写真を一枚加える


右田の松原の写真を一枚加える


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の写真とにているようで違っている

この写真をみると奥深くまで松がある

それだけここは松が多かったのである

でも一本もなくなった、思い出すのは写真だけである

あの松原は故郷の心にしみこんだ光景となっていたのである

でもあれは自然のものではなかった、作られた森だったのである

なぜなら松だけの森はないからである

森にはいろいろな木があって森になっているからだ

だから杉の森も木材にするために人工林にした森である

もともとはブナとかがあったが木材に適していないので切ったのである

もし自然の森だったらもしかしたら残る木があったかもしれない、松だったら根こそぎなくなった



写真を整理していた、前に出した写真とも思ったが見てみたら違うようである
ただアップしてとったもので同じものなのか?
厚ぼったい菊であり野路菊のようでありこういうのはめずらしい
野菊は咲くけどこれは浜に咲いていたのだろう

野路菊や松の幹太く根付くかな

右田の松原が全部消えた、今はソーラーパネルになったし風力発電の風車となった
だから何か右田の松原を偲ぶものがない、一本松も消えた
とにかくあそこに松原があったということも時間がたてばもう津波から十年すぎている
すると十歳くらいの子供だった人は覚えているからもしれない
でもだんだん覚えている人も少なくなってゆく
それは津波のきおくでもそうである、家族が死んだりした人はなかなか忘れられない
ただ人間の記憶は本当に消えてゆく
そんなところにいたのかということすら定かでもなくなる

それで外国旅行の写真は貴重だった、なぜなら外国旅行は10年くらい過ぎる思い出すことがむずかしくなる
すると確かに自分の行った場所だったと写真で思い出すのである
ただその時デジカメがなかったから写真の数が少なすぎるのである
だから貴重だともなる、それでも映りが悪いなとみる
今のデジカメの方が格段に映りがいい、なにかボケたようにしか映っていないのである

これからは写真で膨大な記録が残される時代である、だからどうしてもいい写真をとりたいと思うようなった、でもカメラもいろいろありレンズもいろいろでありめんどうだし金もかかる、それで将来に未来に残すものとして写真に記録しておく
それが郷土史にもなる
私の撮った写真はやはり貴重な記録だったとなる
でも数が少なすぎたし写真の記録としては物足りないものだった
posted by 老鶯 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2020年06月12日

つつじの季節(立葵の写真などー写真の撮り方を覚える)


つつじの季節(立葵の写真などー写真の撮り方を覚える

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花は必ず背景をぼかさないと映えない

水滴が写っている、昨日の雨の水滴である

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花は近づいて大きくすることがコツかもしれない
ここでは大きさが前面にでて映える
同じような大きさにすると映えないのである
つまり何か一つでも焦点をしぼりそこを見させるようにする
これも訓練なのだろう

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大木の木陰に昔語るかな

朝の海広くひびけり夏雲雀

街中の喫茶店に集うつつじ咲く 

なお暮れず外出歩くや夏雲雀

                                                    
行き交いぬ車の列や六号線夕暮れ映えぬ立葵かな

道の駅遠近(おちこち)の人寄りにけりつつじの赤く映えて暮れゆく



道の駅は車はないけど良く行く、原町も相島市も行く
原町の道の駅の公園は散歩するのにいい、そこで小高の人がベンチに座っていてた
あそこに無線塔がありその無線塔の中に入り上ったとか言っていた
あの無線塔は長く原町の象徴だったのである
原町高校に通ったのは蒸気機関車だったということが今になると信じられないのだ
その記憶もないのである、なぜそうなったのか?
高校とか自分が学校になじめなかったしそもそも学校に行くことが嫌だったからかもしれない、何かわくわくして学校に行くようだったらこうはならない
学校は常にいやいやながら行っていたからである

だから学校にはいい思い出がないのである
でもどうしても蒸気機関車に乗って通っていたということが記憶にない
ただ一つトンネルをくぐったときすすけたことを覚えている
それくらいしか覚えていないというのは不思議である
こんなに人間は忘れるということである
いろいろなことを経験しても本当に忘れる、そこにいたのかどうかもわからなくなる
半世紀以上も過ぎれば本当に遠い昔であり記憶から消えてゆくのである

一昨日は海老浜から磯部に寄り相馬市の街中に行った、そこで中村珈琲店に寄った
藤の花は終わりツツジが庭に咲いていた
あそこはカウンターは使わずほかは離れて広い座席だからコロナウィルスでも危険ではないかもしれない、でも何か面と向かって座ると危険になる
みんなで集まり話したりすることが不安になる
それで東京で昼のカラオケで老人が集まり感染した
どうしても三密になると感染するから不安になるのだ
ただこの辺はそんなに警戒する必要はないと思う、その点は楽である

つつじが盛りである、道の駅に一杯咲いていた、写真は意外とむずかしい、それでyoutubeでプロの写真家が教えるのを参考にした
花はクローズアップして大きくとる、何か目立つものに的をしぼり見せる
何か写真でも漠然として撮ってもいいのがとれない、花は二つはうまくいったみたいだ
やはり背景をぼかすと花は映える

とにかくカメラはかかせない、俳句でも写俳の時代である、写真と俳句を組み合わせるのである、写真の不思議はこれはやはり絵画の分野であるがまた絵とも違っている
確かにプロの写真は500万とかのカメラを使っているから違うということもある
ただレンズがいろいろあり最初は失敗した、レンズによっていい写真がとれるのだろう
でばせレンズは高いから困るのである


今日は雲り写真の写りははっきりしないが撮り方は良かった、花をいかにして映えさせるかが問題である
フラワーアレンジメントは活け方が悪くてうまくいっていない、このフラワーアレンジメントも手間なのである、家事から何から一人でやれない、だから私は毎日こうしてプログに書きとか追われているのである

近くのコロナウィルスに感染した人の家のガラスが壊された (コロナウィルスで気づいた生活の見直し)


近くのコロナウィルスに感染した人の家のガラスが壊された

(コロナウィルスで気づいた生活の見直し)


その人は東京のライブハウスに行って感染した、それはすぐ近くだった
浪江の人だったという、何かそこには二三軒新しい家が建っていた
警戒している時、ライブハウスに行ったことはとがめられるべきである
田舎ではそういうことがうるさい、そこで他でも田舎で住めなくなって他に移ったという人がいた、それは東京の方から移り住んだ人だった
村八分にされると住めなくなるのである、この人も仙台に移ったという、ほとぼりが冷めたらまた帰ってくるのかもしれない

このコロナウィルスは何か田舎では都会より相当に敏感である
みんなマスクしているししていなと暗黙の内にとがめられる
その同調圧力は都会より強くなる
ただコロナウィルスでは何か外から来る人を警戒するようになった
東京ナンバーとかみると警戒する
また外に出て行くこともなかなかできない
それでカメラのレンズを買うことで聞きたいと思ったがこの辺では専門店がない
仙台に行こうとしたが行きづらくなった
ただそれは簡単にわかることで方法はいくらでもあったのが急いで失敗した
今や別に買い物で困ることはないのだ、通販で買える、ただそこで失敗がある
サイズが違っていたとか現物をみないので失敗はあった
だから高い買い物はしにくかったのである

音楽でも別にライブハウスに行けなくても楽しめる、家で楽しむ方法はある
ただライブハウスの魅力も大きいから行ったのである
若い女性の人がロードに乗っていた、それが感染者を出した近くの人だった
だからもしかしたらその女性の家だったのかともなる
つまり田舎だとコロナウィルスでも感染者が出るとより身近になり警戒する
それで外から来たということでガラスが割られた
これが田舎の怖い所である

ただ反面はこうして警戒が強くなるから感染が広がりにくいのである
外からの人でも警戒するしまた内部でも一人でも出ると警戒が強まる
そさで岩手県では最初の一人の感染者にならないと警戒して今も感染者が出ていないのである、それだけ最初の感染者になると責められることの恐怖からそうなったのである
田舎はこうしたコロナウィルスとかでは都会より警戒するから広まらないことがある
みんな見ているからである、もうそうなったら感染した人は家でも監視状態になる
現実そうでなくても田舎は監視社会である
それで近くの知人は誰か家に入って行くが見られている
女性が入ると必ず噂になる、それがたちまち広まる
田舎でぱ誰もいない、見ていないようで誰かが見ているのである

だからなんかコロナウィルスでは遠くの人と接すること、また遠くに出て行くこと特に東京に行ったり来たりすることは警戒する
東京が一番感染しやすいからである、あれだけの人口が行き来したら感染はとめられないのである
それで変なのは内輪だけで生活していれば安心だとかなる
江戸時代だったら内輪の人としか交わらない生活である
でも現代は外国人でも田舎に必ずいるし絶えず人、物でも外国からでも運ばれ交流する時代である
だからそういう社会はウィルスには弱かったことがわかった
これも奇妙な経験だったとなる、ただそうして遠くの人と交わる社会が過度になっていたのである、それはもしかしたら人間の生活にとって必ずしも本来の生活ではなかったともなる
交流はしても基本は日本がだったら地域だったらその地域に生活の根拠がありそこを中心にして生活する、それが人間的だともなる


とにかくどうしても警戒するようになる、それもすぐにコロナウィルスでもなくならないからそうした生活がつづく、何かそういう心にもなってしまう、遠くの人と交わりにくい遠くから来る人を警戒する、これはまさに江戸時代に戻ったという感覚になる
関所がいたるところにあり外部の人はそこで調べられて通される
それはその関所で感染者を検査して通さないともなる
江戸時代でも玉野村に相馬藩と伊達藩の境に若木神社がありこれは疱瘡の伝染を防ぐものとして境に祀られていたのである

まず人間が外国人でも普通に交わり物でも人でも交流することは悪いことではない
ただその悪い面が今度はコロナウィルスで露骨に出たのである
ただ外国と交わるにしてもそこには様々な問題が生れていた
だからグロ−バル化社会というのはもう過剰自体であり歪(ひずみ)もたらしていた
人間は何かコミニュティでも共同体でも世界規模とか日本でもあまりにも広い範囲だとそこで人間的な範囲を越えて問題になる
人間というのは心と心が通じ合うとかなるともうグロ−バル化では日本国内で遠くになりすぎると無理である、県単位でも広いから一体感がもてない
相馬藩くらいが適当な規模だとなり私はそこでアイディンティティをもつ世界を作ろうとしたのである

コロナウィルスの不思議は何か本来の人間の生活とは何か問うようにもなった
テレワークでも何か家族中心にした仕事も一体化した生活である
それはもともと会社員になる前はみんな自営業であり小規模なものだった
それで・・・屋という屋号があるがそこは会社のようなものだった
家族経営の会社だったのである、そういう家族経営があり近隣の人を雇っていてそこで家族のように扱われたとういこともあった
奴隷でも誤解しているのは奴隷が本当にみじめなものでもなかった
なぜなら家族の中で働いていたから自ずと家族のように扱われた面もあったからだ
だから奴隷というと何かみじめな悲惨なものとして見るがそれは今の時代から見るからである、だって侍がいたとしてその家臣がいたとして家臣は殿様の奴隷だとなったらとても忠義とか御家のためとかとして尽くす倫理が生れないのである
使う者と使われ者が今のように必ずしも敵対するものではない、そこに人間の情が生れ一つの家に仕える、そしてともに栄えるということがあった
「御家」という野馬追いの旗がそうなのである、一つの家の旗印としてそれがあった
それは会社と同じだったのである

コロナウィルス後の社会を語られるようなったがやはりこれまでのグロ−バル社会とか広域社会を問うものになった、他にも働き方が変わる、そもそも遠くの会社まで満員電車で通うということ時代異常な人間生活だったということに気づいた
職住接近がもともと人間の生活だった
それで前田とあるとき前畑でも家の前に生活の場がある、生産の場があるということが人間として自然な生活だったとなる
何かグロ−バル社会は世界とも友好に交わるのだからいいと見ていたがそれは本当は不自然なものであり人間的に無理なものだったのである
だから歪として現れた、コロナウィルスは人、物の交流を止めた
それで気付いたものがあり悪いことばかりではなかったともなる

村八分や離縁も…根強い新型コロナへの偏見 アフリカ

MSNニュース

人間は未知なものに恐怖心をもつ、アフリカとかなると医療も発達しないから余計にそうなる
アフリカでも外部からの侵入者をとめることができない、中国人も大量に入っているからだ
つまりここで中国人とかかわったことが仇(あだ)になった、イタリアから広まったのは中国人の影響だった
つまりグロ−バル化の影響は中国を巨大化した、それと同時に中国が覇権国家となり近隣を蹂躙するともなる
グロ−バル化の負の部分が大きくなった結果としてのコロナウィルス騒動になったのである

posted by 老鶯 at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年06月11日

小池百合子氏の学歴詐称疑惑 (エジプトの歴史と日本の歴史の共通性ー旅した記憶)

 

小池百合子氏の学歴詐称疑惑

(エジプトの歴史と日本の歴史の共通性ー旅した記憶)

小池百合子氏の学歴詐称疑惑、カイロ大学が声明文を発表。背景に何があるのか。

ヌビア人のファルカーの写真

これも説明がいい、それは実際にカイロの大学に留学していた人だからである
エジプトは本当に人なつこいしアラブ人はそういう傾向があり日本人には好意的である
でも何か乞食とかがいたり子供が金をくれとしつこくついてくるから貧乏な国である
産業としては麦作りと観光すくらいしかないからである
ロバに乗った少年がワンドーラーとか叫んでいた
これは戦後日本の子供が進駐軍についてギブミーチョコレートととなったのと同じである
日本人は戦争に負けて日本人の魂を失いただ物質主義になり金だけを求めるようになったのである

誤解しやすいのはエジプト人と今のアラブ人は人種的には別物である
そもそもエジプト人とは何なのか解明していない謎である
でもあれだけ高度な文明を作りだしたのは誰だろうとなってしまう
だからこういうとき常に宇宙人が作ったとかされる
それだけの高度な技術でありそれは現代でも再現できないような技術をもっていた
だからそんな時代にどうしてそれができたのか不思議になる
相当な幾何学とか建築学とかがすでにあり天文学も高度なものとしてあった
その人たちがメソポタミアから来たという時、そうなのかとなる
高度な文明は必ず最初優れた文明から取り入れるからである

エジプト神話に登場する「上の国」(ナイル上流)と「下の国」(ナイル下流)、二つの王権、白冠と赤冠といったモチーフは、もともと北と南で異なる勢力だったものが統一されて一つになったとき古代エジプト王国の歴史が始まった、ということを表している。

「ヌビア遠征から7000人の捕虜と20万頭の家畜、またエジプト東部砂漠から多数のベドウィンを連れ帰って来た」という。
第四王朝つーと、でっかいピラミッド作ってたあの頃ですな。

西アジアに覇権を広げるための軍資金をヌビアの金鉱に頼っていたエジプトは、南のヌビアが強大な力をもつのを嫌った。そのためエジプト第18王朝(前1539〜前1292年)の王たちは、軍隊を派遣してヌビアを征服し、ナイル川に沿って要塞を建設した。ヌビア人の首長を行政官に据え、従順なヌビア人の家の子どもをテーベの学校に送り込んだ。

あれだけ広いとなると必ず二つに国が別れるというのも歴史である
日本でも西と東に分かれていた、その争いは関ケ原の戦いまで続いていたのである
だから大きな国となるとまとめることが容易ではない
それはどこでも起きたことである、イギリスが島国でも今だにスコットランドとかウェールズとかアイルランドとかに分かれている
その歴史も古い、アメリカでも南北戦争がありアメリカという巨大な国を統一するのに苦心した、中国は巨大すぎるから三国志になったことでもわかる

また興味をもったのはヌビアに金がとれたことで力をもった、それで東北の蝦夷地は金の取れる場所として大和朝廷が征服に乗り出した、そして多賀城を築いた
奈良の大仏を鍍金するために

天皇(すめろき)の 御代栄(さか)えむと 東(あづま)なる 
陸奥山(みちのくやま)に 金(くがね)花咲く
大伴家持 万葉集巻18 

陸奥国小田郡から黄金が貢献された(続日本紀) 

みちのくには渡来人が来て海岸沿いを砂鉄をとりにきて鉄を作っていた
それが真野の草原の万葉集の歌と関係していたと書いてきた
つまり黄金の道、鉄の道がみちのくだったのである

それでここでヌビア人とは何ものかとなると日本の歴史から推測すると東西に分かれて
資源国であり一時はヌビア人がエジプトの王になったということがあるとかヌビアとはそれなりに進んだ大きな国だったのである,ヌビアのヌビは黄金のことだったのである
なぜこうして歴史に共通性があるかというと人間が作ったものであり宇宙人が作ったものでないからである、人間ということで同じようなことが起きてくるのである 
ただここでもヌビア人は奴隷にされていたしモーゼの出エジプトでもイスラエル人は奴隷だったのかとなる
でもエジプトの記録に脱出したとかの記録は一切ないのである
そんな大事件が記録されていないことが不思議である
でも聖書は事実を基にしていて事実ではないものは書かない、だからこそ奇跡は事実なのである

ともかく何か事件とかあるとき歴史をふりかえるみると理解が深まる
エジプトと今のアラブ人は関係ない、またイスラム文化は偶像崇拝を禁止しているから
エジプト人の後継者ではないのである
歴史が継続しているのは日本がである、日本人は縄文人から日本人であり今も日本人なのである、こういう国はかえってめずらしいのである
だからこそ天皇の万世一系になる、他はみんな人種の混交であり異文化の混交だからである、だから日本の歴史とは文化は異質なのである

小池百合子が何か都知事になるとき異常にもちあげられた、熱狂したのである
それを演出したのは誰なのか?それが今になると不可解になる
マスコミだったことはわかる、マスコミではこの学歴について何も追求していないからだあの時異常な熱狂は何なのだろうとなる
その時自分自身も小池百合子の人気に乗ったのである
その時は今でもそうだが何か行き詰まった政治を打破してくれる女性のように見えたのである
ただ小池百合子のことはそうしたマスコミにのせられて作られた虚像だったとなる
そもそも何かそうした虚像は常にマスコミで作られているのだ
何をもって判断するのか?その判断するのはテレビでありマスコミだとなっていたからである
それだけテレビ局六局の力が強すぎたのである
テレビによって世論も形成され導かれ大衆が熱狂したとなる

ただyoutubeでいろいす説明する人はでてきた、それが意外と専門家であり体験者であり説得力があるのだ
だからテレビに対抗するメデアとして相対化できる時代になった
カイロの大学に実際留学したとか仕事していたとかの人は説得力がある
ともかくテレビだと虚像が作られやすいのである、その人のことなどそもそもわからないからだ、するとイメージ選挙になる、見た目にも左右される
小池百合子は中味がなくても見た目がいいとかで左右されるのである
そしてyoutubeでも何か最初に顔を見て判断するようになる
私はしゃべるのが苦手だからこうしてしプログに文章を書くことをしている
深く探求するには文章も欠かせない、しゃべるだけでは何か深いところがわからないのである、一つの説を打ち出すとなると論文になる、本だと長くなるがpdf形式の短い論文なら書けるのである

ともかくエジプトでも一通りみたのは貴重だった、ナイル川を帆をついたファルカーで下るというのも今の時代ではそういうことができる、それだけ今の学生は有利になっている
本を読むより外国はこうして体験しない限りからないからである
だから50代からバックパッカーになって世界を見たのが本当に良かった
その後介護とかて行けなくなったからである
ただ正直苦しかった、今になるとその気力もなくなった
それで行ける時行っていないと海外旅行は行けなくなる  

ナイル川のヌビア人(詩)

詩はべつにしたけどここは更新していない、実際詩は膨大に書いているが発表していない



posted by 老鶯 at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

abstract painting(cool road 、japanese palace)


abstract painting(cool road 、japanese palace)

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japanese house

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motion and flight


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カメラのレンズで歴史をみる (日本が技術的にも優秀だとうぬぼれるのは危険だった)


カメラのレンズで歴史をみる

(日本が技術的にも優秀だとうぬぼれるのは危険だった)


メーカーごとのマウント一覧
ライカ   M マウント L マウント
キヤノン   EF マウント FD マウント
ニコン   F マウント
ソニー − A マウント E マウント


日本のカメラ産業の競争力分析
望月 宏

日本のカメラの歴史を紹介している、ソニー − A マウント E マウントとありこれはソニー用だったのかとなる
そもそも私はソニーは電気関係の会社とばかり思っていた、デジタルカメラの前にカメラを作っていたのかとなる
現実にレンズに関してはミノルタの技術を取り入れてデジタルカメラを作っていた
となるとミノルタのレンズとは相性がいいのかとなる

日本ではドイツからカメラの技術を学んだ、今でもドイツと連携している、風力発電もドイツの技術者が来ていた、日本独自の技術はほとんどないというのが現実である
ただ改良した結果として世界でも通用する誇れるものにしたということである

カメラの技術はスマートホンでも利用される、監視カメラでも利用される、映像の時代になったときカメラの技術でもレンズでも重要なものとなった
日本の技術は優れているというとき何か日本で発明したものではない、改良改善したものである、だから日本人は技術先進国のように見ていたがそうでなかった
原子力だってももともとアメリカの技術をまねたものであり日本がで技術が優秀だから事故は起こらないということに洗脳されていた
日本は優秀だとか、日本が特別な国で神の国で優秀だから戦争に負けないというのも過剰な自尊心から生まれたのである、それは危険なことになった

日本人は津浪の被害の歴史が生々しく伝えられているのにスマトラ地震で津波の大被害があったときも日本だったら警戒しているからあんなに死ぬことはないのにと言っていた
それもまた日本人の奢りだった、日本人が苦手のはどうしても島国であり他国との接触が直接的ではない、間接的になる、すると「他山の石」という感覚を持てないのである
海を隔てて世界を見ることは弱点になる、地政学として長所として働くがマイナスとしても働く、大陸国だと絶えず異民族が否応なく侵入して規制の社会を壊して新しい社会を作ってしまう、日本自体が異民族に支配されたことがないから内輪で物事を処理できたのである
腹でかるとかいちいちその理由を問う必要もなかったのである

とにかく技術に日本人は相当にうぬぼれていたのである、それは高度成長時代に電器製品が売れたことにより日本は技術的に優れているという先入観を植え付けられたのである
その優秀さとはあくまでも外国の物をまねてコピーして改良改善したことによるものであった、日本人が発明したものではないのである
それはカメラの歴史の一つでもそうなっている、だからこそなぜ日本が今技術的にも遅れをとっているのか?それはもともと日本人が優秀で技術的にも優れたということではなかったのである
日本は確かにそういう自尊史に陥り安い国なのである


それは漢と争った夜郎自大国と同じである、漢などたいしたことがないと戦争した
相手は鉄の武器をもっていたが夜郎自大国では青銅器でありあえなく敗れた
漢などたいしたことがないというときアメリカはたいしたことがないとして戦争して負けたとにているのである
つまり技術力では漢が優れていたしアメリカが優れていたのである
別に日本には日本の歴史と文化があり誇るべきものがある、それはどこの国でもある
ただ日本は特別で神の国だとか宗教にもなるのは危険だったのである
日本は世界のことを肌でしりえない地理にあったとでそうなった
それでも日本独自のものがあり文化があり歴史がありそれは尊重されるべきなのである
ただそれは他国にもるから他国の文化も歴史を尊重するべきだとなる


カメラ一つとってもそこには歴史があった、ミノルタのレンズ技術をソニーがとりいれたというときそうだったそういう技術が継承されてソニーのデジタルカメラが作られた
そのカメラの基はドイツだったということである、車を作る技術はドイツと日本とアメリカしかないというときやはりこの三国は技術先進国である
でも日本の技術はほとんど外国から取り入れたものであり自国で発明したものがほとんどないのである
技術的にでも学術的にでも科学でも発明したものは欧米だったのである
日本で発明した技術があるのか、それが世界で利用されているかとなるとないだろう
日本の発明品とは何かとなると日本語だったとなるかもしれない
漢字を取り入れる前に大和言葉があったからである、だから日本語は日本が発明したものである
でもどこでもその国の言葉があるから日本語が特別優れているのかというのも疑問であるつまり言葉はそれぞれの文化だからである

とにかく日本のいい点はあり悪い点もある、それはどこでも同じである
日本の危険は何か自尊史に陥り安いのである、それが危険なのはそれで戦争になったし
また原発事故も起きたことなどがあり戒めるべきだとなる
個人的にうぬぼれることは危険になってくる、国でも同じでありそれが滅びにも通じている
技術でも必ず歴史が関係してくる、どうして今の高度な技術になったのかをカメラの歴史からふりかえる

今回面白かったのはカメラとレンズのアダプターである、これに接合することがむずかしい、メーカーが違うとうまくいかない、そのことは例えば国際関係でもそうである
日本は中国とアメリカの和を保つ接合するアダプターの役割がある
それは韓半島もそういう地政学的役割があり今もつづいているからだ
アダプターとして接合する国なのである

2020年06月10日

Amazonの通販で買い物の失敗 (レンズのことがわからないで失敗)


 Amazonの通販で買い物の失敗

 (レンズのことがわからないで失敗)

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 広角のレンズが欲しいとAmazonで8ミリの広角レンズがあったのでこれは凄いと思ってすぐに買ったのが失敗だった
そもそも自分にはカメラの知識が欠けていた
レンズでも買ったことはあるがそれはずいぶん10年とか前だったのである
それでもそのレンズがソニーのα6000にあっていたからレンズがあうのかなと思って買ってしまった
その前に近くカメラ専門店があれば聞いたが今は仙台市にもコロナウィルスで行けなかった

別にこの買物はむずかしいものではなかった
だけどカメラの素人にはEマウントカメラとAマウントカメラの区別がつかなかった
その時表示していたのがメーカーを選ぶことでありソニーの選んだから合うと思った
でもそれは簡単にわかることだった
まずシグマの会社に電話して聞くことだった
ただこの電話を大きなメーカーだと電話が通じない、ソニーでは有料対応になっている
でも500円くらいだと聞くことができる
知識がないものは今通販の買い物で失敗するときがある
レンズのことはほとんど知らなかったからである
カメラを使っている人はデジタルカメラの前から使っている
その時に使っていた人はレンズのことを知っている
かえってそのレンズが古くても映りがいいと言って使っていた
デジタルカメラでも使えるそうした古いレンズでいいのがある
レンズ自体はかえって古いのでいいのがある

それを返品しようとしてAmazonで調べたら不安になった
なぜなら中味を開けたら箱でも壊したら半分の値段にするとか書いてあったからである
すると4万で買って2万になるのかと躊躇した
それからこれを使えないかとアダプターがあるのを聞いた
でもそれも三万以上とかして躊躇した
それも動作は保証できないとシグマの本社の人が言って教えてくれた
ソニーの方は有料でめんどうなので聞いていない
これは本当は動作するかどうかメーカーに直接聞くべきだった

なんでもソニーではミノルタのカメラをレンズでも引き受けたとかある
ミノルタのカメラ技術を取り入れてソニーで電子化した
ただ私の記憶でぱソニーがデジタルカメラ専用だとばかり思っていた
おそらくミノルタとかでも何か古いカメラメーカーがデジタル化する前にあった
それから電子化したのがソニーだと見た

まずシグマの8ミリの広角は他にないと思い即座に買ってしまったのが失敗だった
これは自分の落ち度だった、それをアマゾンに電話で連絡して返品で金が返るのか聞けたのが良かった
そこで案内してもらい安心した、だから電話対応してもらわないとわからないことがあるただ電話対応となると手間がかかる、それでAmazonでも電話対応をやめていたのだがまたはじめたので助かった

とにかく新しく名取にできたビックカメラの人は親切に教えてくれた
シグマに電話してみて聞いてみてはといわれ、聞いたら電話対応してくれた
他にソニーにも聞いてみたらといわれ調べたが電話対応しているが有料だった
この教えることが有料になるのはやむをえないだろう
なぜなら教えること自体かなりの手間だからである
買う人も今は別になってもしかたない思った、商品自体が種類が多くて買うのさえむずかしいのである

自転車では試乗できないから乗り心地がわからないから高いの買うと困るのである
それでヤマハの電動のロードを買ったが25万してもほとんど使わずに終わった
これは大失敗だった、でもヤマハのマウテンバイクのYPJ-XCは本当に優れたものであり
乗り心地がいいのである、自走する感じにもなりこれは乗り安いから老人に返っていいものだったのである
それで病気になった同級生に紹介したらいいものだと言っていた

カメラについてはなかなか奥が深いからレンズとなるとめんどうになる
なぜカメラが奥が深いかというとレンズがデジタルカメラの前に大量に出ていて中古品の市場となっているからだ、レンズ自体はデジタルのではなくてもいいものだったのであるおそらくカメラは機械でもそうだがレンズにも左右される商品である

とにかくヨドバシカメラの対応した人は良くなかった、何も教えてくれない
要領がえなかった、ただあそこは東北では一番カメラには強い店である
ただコロナウィルスのことで行けなかった
今の時代こうして機械でもカメラでもなんでも複雑化している、するとどうしても教えられないとわからなくなる、ただインタ−ネットが発達してあらゆる知識が検索できる
でも問題は検索の仕方がわからないとか何か行き詰まることがある
そもそも初歩的なことがわからない人は検索もできないということである

今日ゆうちょで返品として送った  

名取のビックカメラの人に教えてもらい感謝します





2020年06月09日

アメリカの暴動の次は日本か? (日本の貧困化と治安も悪化する)


アメリカの暴動の次は日本か?    

(日本の貧困化と治安も悪化する)

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アメリカの暴動の原因は何なのか?それは簡単に黒人差別とも言えないようだ
暴動に参加したのはアジア系とかアフリカ系とかが入り混じっていた
黒人を殺した白人の警察官はアジア系の女性と結婚していた
これも複雑である、アメリカは人種の坩堝である
黒人差別の根はもともと深く解決していない、そして最近はヒスパニック系が多い
スペイン語であり英語が通じないとてしいる
そうなるとコミ二ケーションするのが困難になる
言葉自体通じないのだからそこからして意思疎通がむずかしくなる
だからそんな国がまとめられるのかとなる

様々なモザイクのような人種模様があってそのパズルも複雑であり分解してしまうのではないかともなる、そんな国は何をアイディンティティするのかとなる
そして極端な格差社会であり数パーセントの人が富を独占しているのも異常である
移民がまた多いということでまとめるのが至難になる
人種で相反目して銃で威嚇して不穏な状態になり暴動になる
そこに経済的格差が極端なので不満が金持ちに対してでも爆発する

それは資本主義というのはもともと格差をさけることができないものとしてある
資本主義が勝者を選別して持てるものがますます持てる者になり持てないものはますます貧しくなる、なぜなら資本がもていないからである
資本という時土地でもそうであり金融資本でもそうである
金でも本当に一億もつと株でも何かの投資でも見返りが大きくなる
損することがあっても一億あれば一千万損してもいいやとかなるから余裕なのである
そうして投資すると今回のようにコロナウィルスで職がなくなる人がいてもかえって株が上がってもうかっているのだ
これも社会の矛盾でありゆがんだ社会となっている
つまり道徳なき経済なのである、市場はギャンブル場でありカジノなのである
そこに公平さなどはありえない、もう見えざる神に導かれるのではない
実際は見えざる悪魔に導かれているのが現代のグロ−バル資本主義なのである

こういう社会は真面目にこつこつ働くことが馬鹿らしくなる
一攫千金とか消費だけが目的化する、ギャンブル場では時給いくらで汗水たらして働いていても金にはならない、でも市場のギャンブル場で巨額の金が賭けられてもうける
そこにももう職業倫理もなにもない、そんなふうにして真面目に働いても金は博打場に吸い上げられて下には回ってこないのである
道徳なき経済である、そして金は湯水のように刷られて日銀が株を買いコロナウィルスで苦しんでいる人たちのことなど関係ないのである
株は上がっている、国債とかからの金が株にながれて上がっているとかなる
要するに実態経済とは関係なくマネゲームなのである
そして労働倫理も職業倫理もない、一攫千金を夢見てFXに底辺層は賭ける

ただその資本主義のマルクスが指摘したことで社会主義共産主義国家が生まれたがこれも中国のように共産党幹部が王朝の官吏となり莫大な金を得ているから同じなのである
ただ不満を暴力で抑えている違いがあるだけである
六億人が貧困層だというのも驚きである
その格差もまた大きい、不満が爆発しないのは暴力で抑えているからである

中国の李克強(りこくきょう)首相=写真、新華社・共同=が五月二十八日の記者会見で「中国では六億人の月収が千元(約一万五千円)前後だ」と発言し、中国メディアなどで話題となっている

これが中国の実体なのか・、中国の貧困はもともと生活費が安かった、粥だけで朝食とかで安いのである、日本の十分の一とかだった、10数年前にしてもそうして安く生活できるからいいのである、宿でも百円か何か安く泊まれのである、日本がだったらとても泊まれない、つまり日本では貧困でも金がかかりすぎるのである
貧困用のものがない、みんな富裕層とたいして変わりない生活しかできないのである
第一食べるものでも外食でそんな安いものがないからである

このアメリカの暴動は世界に飛び火する、格差が世界で大きくなったからである
それを是正するにはなにかしらの今回の様な暴動のようなものが起きてしか変わらないともなる
中国は盗賊が王になったごとくである、それすら底辺層は目指すようになる
それが主義とか関係なく権力をとることである
黄巾族とかが宗教でも時の政権に反抗する、カルト宗教団体がそうである
その創価とかカルト教団と自民党が一体になっているのも不似合なのである
なぜなら創価には下級国民が多いからである
自民党は上級国民を相手にしていて旨い汁を吸う政党だからである

だから何かこれからさらなる巨大な変革が起きて来る、格差社会を打ち破るような大きなことが起きて来る、その後に来るのはわからないが資本主義でもない社会主義でもない
何か新しいものがそこから生まれるようになる
日本の貧困化はさらに厳しくなりその人たちがもうアメリカのように暴動を起こすかもしれない、そんなことがないとはいうけど犯罪は増えることは間違えない
追い詰められた人間に善悪などない、明日食べるものがなくなれば襲ってくる
相手のことを考える余裕もないからだ
そういう不穏な危険な時代になっているのだ

ただそうした混乱状態からまた新しい秩序が生まれるかもしれない
格差社会は打破される、フランス革命のようなことが起きるかもしれない
その前に既得権層は貴族がギロチンで殺されたように血祭りにあげられる
そのとき下層民は喜んでいたのである
そういうことがアメリカでも起きて中国でも起きてそして日本でも起きる
日本の貧困化は深刻になっているからだ
このコロナウィルスでさらに貧困化してホームレスなどが増えたりして治安が悪くなる
そういう困窮者が増えれば治安が悪くなる
そして上級国民とか金持ちとかが襲われるのである

だから株でもうけたからいいやとか金持ちが思っているとそうはならない
巷に浮浪者がホームレスがあふれるときその人たち犯罪者になってゆくからだ
それで戦々恐々として生活するようになるからそこに富裕層にしろ貧困層にしろ平和はなくなるのである
若者の不満も大きい、貧困化しているから世代間対立も激しくなりその不満をぶつけるようになる
貧困層とか不満分子が怖いのはもともと資産もは金もないからかえって守るものがないから暴動でも起きて失ってももともとだとなる、ところが富裕層は金でも資産を持つと守りに入る
どうしたら財産を守れのかとなら腐心するのである
それは中国の共産党幹部でも外国に逃げる算段しているし金があっても紙幣が紙切れになることがあり恐怖になる
その金持ちにつけいり財産の保全を説く投資家のコンサルタントが生まれるのである
つまり金持ちは金持ちで決して安泰ではないのである
むしろ格差社会を金持ち自身がなくすようにしないとその危険から逃れることができないのである

ただこうして大きな混乱が起きてその後にまた新しい社会が生れて秩序が生まれるかもしれない、そういうことが人間の歴史の繰り返しでありカルマだったからである
だから津波から原発事故から水害からコロナウィルスからアメリカの黒人暴動からと世界は不穏になり国際関係も大きく変化する
そこで日本はどうするのか、それが今大きく問われているのである


posted by 老鶯 at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

磯部村の寄木神社の謎(津波の伝説を調べる)


磯部村の寄木神社の謎(津波の伝説を調べる)

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磯部村の寄木神社の石段



今から300百年程前の江戸時代に、浅羽海岸を中心に大津波がおき、海岸周辺の集落は大打撃を受けました。この地方の殿様から、町の人たちを助けるよう命じられた役人が、海岸(現・浅羽町中新田)を歩いていると、神々しい光を放つ木像の観音様が打ち上げられているのを見つけ、拾って帰りました。


ゆめごこちのまま、海岸に流れついた木(こ)っぱの山を見つめていると、その上に、おさないわが子の無事(ぶじ)な姿(すがた)があったのです。そして、その木っぱの下には、一ぴきの大きな亀(かめ)が死んでいました。子どもとともに流されたつまが、亀になってわが子を助けたのでしょう。いつもつまや子どもをだいじにし、いっしょうけんめい仕事にはげむ青年の願(ねが)いを、神様がきいてくださったのでしょう。
 青年は亀をていねいにほうむり、そこに一本の松(まつ)を植えました。

 亀の松(袋井市)これも浅羽海岸の津波の伝説


この神社の名称となっている「寄木」とは、海の彼方に実在すると考えられていた常世(天国・浄土)から、神仏の依代(よりしろ)として流れ着いた霊木のことである。太平洋沿岸には漂着した寄木を祀る神社が特に多く見られる


熱海(あたみ)来宮の七月十六日の例祭に、古来行われていた鹿島踊の記録は、かなり精密なものが『民俗芸術』三の八に報告せられている。附近の幾つかの村のも是に準拠したものか、歌の詞ことばなどは互いによく似ており、俚謡集に出ている次の安房郡ものも大同小異である。


ちはやふる神々をいさめなれば
みろく踊のめでたし
まことやら熱海の浦に
みろく御舟が着いたとよ
ともへには伊勢いせと春日かすがの
中なかは鹿島かしまのおん社やしろ 云々

海上の道 柳田国男


磯部の寄木神社の由来は全国にも共通している、海に囲まれた日本だからこういう物語が生まれた、物語でもそれは実用的なものがあり空想から生まれたのではない
つまり歴史でも伝説でも事実があり人間が生きて経験したことから語られる
全くの空想など小説にもない、そこには何かしら必ず経験されたことが伝えられている

海となると海にまつわるものがあり海彦山彦の物語が生まれる、それは綿津見神社と山津見神社がありそこから安曇族が全国に海を通じて渡ってきて未開の地を開いた物語がある相馬地域に本当に綿津見神社と山津見神社が多いのかそのことが神社として残っていてもそれにまつわる伝承がないのも不思議である
伝説とか伝承とかが歴史の前にある、歴史は文書化するとそれに頼る、その前に伝説と伝承が口碑として伝えられた、それを掘り起こしたのが柳田国男だった

まず寄木神社の由来は海の寄り物がありそれが由来である、木でも海岸に流れ着く
去年の洪水では海岸に木が多く流れ着いたことには驚いた
川からも木は海岸にながれつく、するとその木を炊きものとして燃料として利用する
海にはまたいろいろなものが漂着する、人間すら漂着する
つまり海から來るものが日本に多いのは当然なのである、海に囲まれているから当然そうなり、海のかなたに理想の国がニイラカナがあるという弥勒信仰が起きる

だから寄木から弥勒菩薩が現れてそれが神社の基として祀られるのも自然だとなる
海から福と富がもたらされる、海を伝って異人でも中国からでも韓国からでも渡ってくるからである
そして日本ではその入り口として津が大事だった、津(つ)とはつづく、つづる、つたえるとかなりきづなは木綱であり何か海から流れてくるものによって絆が結ばれていた
木と綱だということもそうした漂流物と関係して生まれた言葉なのかともなる
つなはつなぐにも通じるからである、海は外と内を結ぶものとしてあった

それで津波のことを津(つ)になったのは津波はつづいて波が押し寄せるからだともしている、つはつづくだからである
この検索で注目したのが津波が遠羽海岸に木像の観音様が打ち上げられたという伝説である
するとここでは津波の伝説が語られていたとなる、確かに津波があったこととして伝えられている
この辺でこれだけの大きな津波がありそのことを探求して来た 
でも不思議なのは400年前に慶長津波があり大きな被害があった
でもその記録は相馬藩政期に二行だけ700人溺死と記されていただけだった
それも津波の後にやっと発見された記録だったのである
伝承は確かに相馬市の鹿島区の境の八沢浦の延長の柚木村に急ぎ坂とか念仏に関係する伝承が残っている、あそこに残ったのは八沢浦の奥ということで残った
そこまで津波が来ても大きな被害にはならなかった、津波は村を全滅させる
するとそこには伝承でも伝説すら残らない、海老千軒あったとするとあそこは弥生時代の遺構も発掘されたり最近古墳が二つも発見されたから古い場所だった
ただ鹿島区に何一つ津波の伝承は残されていない、原町区でも他でもそうである
これもなぜなのだろうと探求しても結局わからないのである

だからここに一応伝説で大津波が来たということはやはり大きな意味がある

相馬市磯部地区では約2000人の住民のうち、251人が大津波の犠牲になった。
市全体の死者・行方不明者458人の半数を超える。

その村は壊滅して今はソーラーパネルが敷き詰められてその面影を偲ぶものはなにもないそこに家があったということもわからなくなった、それは海老浜でも右田浜でも烏アでも萱浜でもどこでもそうである、家があった痕跡するなくなる
だから津波は本当に恐ろしいものであったのだ、それで津波で壊滅した村の伝説は残らないというのはそれをう伝える人も死んだからだとなる
ただ津波でも助かった人たちがその周辺で伝説を残したとなる

津浪から十年すぎて一昔になるとしてもまだまだこの辺ではその傷痕が消えない
それだけの大きな被害だった、ただ八沢浦とかは田が回復したとか復興はしている
でも犠牲者が余りに多すぎたことでその死者は還ってこないのだからそのことでまだまだ忘れるとはならない、家族を失った人たちはやはり忘れられないとなる

とにかく磯部村に残ったのは寄木神社だけであり海岸の磯部村は消滅したのである
ただ古磯部ともありもともとは海岸地帯の磯部村は後からできた
もともとは高台に住んでいたのだろう、なぜなら家が密集していたところは砂州だったからである、古い場所は高台にある、日本では平地は湿地帯になっているからである
それで古い神社はたいがい高台にある
八沢浦でも熊野神社がある所は海から近くても高台にありそこで津波が来て必死にその後ろの山の高台に逃げて助かった人がいた
かなり海に近いのに助かったのは前に丘があったからである、それで津波の勢いがそがれたのである

そして八沢浦は明治になって干拓された場所でありそれで平地にあった妙見の社は消失した、それは新しいものだったからである
神社とか寺は古いから高い所に作ったのである
烏崎の津神社ももともとあそこの平地にはなかった、別な所から移されたのである
そこも湿地帯だったからである、烏崎の方が最初の漁場でありその河口の方はあとから生活の場となり港ができたからである
烏崎で最も不思議だったのは高台にあった八幡神社が津波からぎりぎりで助かったということである、それはまさにぎりぎりの高さにあったことの不思議だった
それも古い神社はたいがい高い場所に作るから助かったのである

日本がにはこれだけ津波の被害かある国だった、でもこの辺では津波の伝承とか伝説がなかった、それで400年間忘れられていたのである
それで此の辺ては津波が来ないとして逃げずに死んだ人もいる
むしろ老人が頑固で逃げずに死んだ
これは何を語るのか?それは人間の時間の感覚が短いからである
いくら人生百年としても百年である、400年前となるともう誰も知らない伝える者すらいなくなっていたのである
それでも他では津波のことが語られている、相馬地域ではほとんど語られていなかったからなぜなのかとなる


寄木神社の由来  

  合祀稲荷神社 寄木神社 
  
平氏没落後志摩国磯部に身を隠した落武者辰
之丞一行は間もなく陸奥国石巻に下り寺島氏
を称して世を忍ぶ辰之丞を船頭として漁師とな
つたが 海面を混濁する北上川の氾濫に度々漁撈
を妨げられ 遂に適地を求めて宇多郡大竹荘磯部
の里に移つたと伝えられる
辰之丞より六代程過ぎ寺島三郎通称与五作が或
日海に漁して一古木を得これを海中へ捨てたが三度
も網にかかったので砂浜に放置したところ 其夜海
浜一帯に怪光を輝かし与五作には夢に寄木大神の託
宣があつた
与五作はこの古木を箱に納め藁菰に被い祠に安置
して寄木大明神と崇め奉ったと伝えられ 時に
暦応二年(一三三九)秋七月であったという 次い
て与五作は神官となり市大夫と称して寄木大神
に奉仕し 黒木城主黒木正光が神田若干を寄せ
たと伝えられ また四代の神官寺島大之進の応永
二十二年(一四一五)三月には時の黒木城主が信託
によつて社殿を建て神田三反余歩を寄附したと
いう
永享の末頃寺島家は元の漁師に復し神官は絶
えたが後 佐藤好信が相馬氏に仕えて磯部城に拠
り祈願所として開山した海蔵寺が別当を勤めた
と伝えられる 天正十三年(一五八五)の建立を伝え
られた社殿は昭和九年(一九三四)旧正月十二日の類
火に焼失したが 畏くも御神体は災禍を免かれ
同年社殿が再建された
天永元年(一一一〇)上之台に祀られたと伝えられる
稲荷神祠は大永元年(一五二一)ここに合祀された
と伝えられ祭神宇賀御魂神と称し奉る
 昭和六十年十月吉日」

 海面を混濁する北上川の氾濫に度々漁撈
を妨げられ 遂に適地を求めて宇多郡大竹荘磯部
の里に移つたと伝えられる

これも災害があってこの地に移った、そしてまた津波の災害にあって磯部村は壊滅した
つまり日本がいかに自然災害が多い国でありそれが伝説にも物語にもなるのが当然である実際に津波にあって石巻からか故郷の丸森に移りそこで今度は水害にあった女性もいた
これはその逆の話しだったのである

posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2020年06月08日

海老村ー八沢浦ー磯部村を夏に回り俳句と短歌を詠む (津浪から9年半過ぎた変化)

                            
海老村ー八沢浦ー磯部村を夏に回り俳句と短歌を詠む

(津浪から9年半過ぎた変化)

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ここは金沢へゆく六号線の脇

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この薔薇はブルーバリューと名である

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鹿島区の仮設がみんな壊された
その跡が広いのである、だからその空地をどう利用するのかとなる
家はまだ建っているがこれ以上はそんなに建てる人はいないだろう
でも鹿島区の人口は二割以上が外から来た人になった
だから都会化したのである



磯部村(寄木神社)

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家囲み紫菖蒲の色深む

街中の空地の広く夏雲

外へ出て今日も飛び交う夏燕

黄菖蒲や沖行く船を海老に見ゆ

(磯部村寄木神社)

老鶯や石段上り社古る              


我が庭に薄紫の薔薇一輪奥にそ咲きてつつみ隠さる

我が家の廊下の広く真夜中に夏満月を見て歩むかな

灯のともし月影さして夏の夜や町は眠りぬ音もなくして  
  
(八沢浦)  
         
新しき道まっすぐに八沢浦都草咲き我が行きにけり

湊村消えしもあわれ誰が語るその跡もなく消えてなしかも

(磯部村)

磯部村消えて悲しもその思いいづこに残る社訪ねき

磯部村社の樹々の森なして残るも人は消えて悲しも

ハマヒルガオあまた咲きにつ海広く鴎の群れの鳴きて飛び交ふ   



八沢浦から磯部村に行った、八沢浦の湊村は消えた、磯部村は余りにも悲惨だった

「相馬沖は遠浅だから津波は来ない」。地域の多くの人たちが、そう信じていた。1960年のチリ地震でも津波は防潮堤を越えなかった。経験則があだになった。

相馬市磯部地区では約2000人の住民のうち、251人が大津波の犠牲になった。 市全体の死者・行方不明者458人の半数を超える。

海老村も消失した、崖の高台が避難場所として指定されたのが大失敗だった
あそこで30人くらい死んだ、でもうしろの森に逃げた人は助かったのである
危機一髪で助かった、あそこを津波の避難地として指定したのは津波のことをこの辺では全く知らなかった、まず400年前にあったとしてもそんなことを知る人は学者でもいなかったのである
津波の後に相馬藩政史に二行だけ津波で700人溺死という記録を発見したからだ
だから津波は来ないという確信になってしいたから磯部では逃げなかった
津波の恐ろしさは村ごと消えてしまうことである
磯部村は消え八沢浦の湊村は消え、海老村も消え烏崎村も消えたのである
これほどの被害があったならあんな海岸線に家を建てない
だからなぜあんなに家が密集して建てていたのかという疑問になる
それは日本が全体でもそうである、津波の被害は常に日本であったけど忘れられていたのである

とにかく災害は忘れたころやってくるというのは本当である
コロナウィルスでもそうである、スペイン風とかコレラとかで被害があっても忘れていたそして今回でいろいろとウィルスの怖さを言うのである
つまり人間はこうした自然災害とか定期的にくる、カルマとして来ることなのである
カルマは必ず苦しみとなってくるときそのカルマを自覚するのである
そうしないと自覚できない、昔の人が津波であれ苦しんだとかウィルスでもそうなのである

磯部村ではただ寄木神社だけが残った、あそこは森になっていて何か古さを感じる
でも事実上磯部村は消滅した、丘の方は残ったとしても村として維持できるのかとなる
磯部地区全体としては2000人いたとなると人口としては多い
その大部分が海岸地帯に住んでいたから悲惨だった
ともかく磯部村にはあの寄木神社が残るだけである、ただ丘の上の小学校とかは残っている、もともと磯部村は古磯部がありそっちの方が古いとなる
だからあの海岸線に住んだのは新しいとなる、でも実際はそこでも慶長津波の前から人は住んでいたから古い場所なのでなのである
古磯部とあるのはそこに新しい町が生まれたからである、そっちの方が中心となったから
である、寺も高台にあったことでもやはり古く住んだ場所は高い場所だったとなる

とにかく何か磯部村ではそこはソーラーパネルが一面にしきつめられそこに多くの住んでいた跡がなくなった、だからもうここにあれだけの家があったことを後の人は知ることもできない、つまり偲ぶものがないからだ
神社が残ったとしてもそこに人が住んだ跡とはならない、それは別だからである

なぜか磯部の海に鴎が群れて飛んでいた、あんなに多く飛んでいるのはなぜなのか?
浜昼顔が防潮堤の隙間から咲いていた、砂浜に咲くといいがそれもない
松川浦の海には咲いている

夏は写真とか花を見るにはいい、それで原町へ行く六号線の脇の金沢の坂を上る所の堤の側に新しい家ができた、それは大工の家だった、庭に畑がありその家を囲んで紫の菖蒲が咲いていた、それを写真にとらないんのが失敗だった
人間は何気ない所に美があるが見逃しているのである
あまりに平凡だとそこに美があると感じないのである
ただあそこは前がソーラーパネルになったから景観としては良くない

夜は満月であった、広い家の二階の廊下から見る、まずテレワークとかなると家で仕事するとなると静かな広い空間と部屋が必要になる
子供もいたり何か煩いと仕事ができないからだ、私自身は知的作業するが誰もいないからかえって集中できる、でも家事とかやるのに追われる
これだけの文章でも写真でもプログに出すとなるとそれが一仕事になる
それでフェスブックとかはじめたが一回も見ていない、やり方がわからない
それよりいちいんち答える時間がないのである
まずプログに書くことが一仕事なのである
それでプログの人気者がyoutubeで5000万一年に稼いだという人がその苦労話を語っていた、最初プログの記事を書くために8時間かかったというのもわかる
プログとかインタ−ネットとかで表現する問題はやはり手間がかかり時間がかかるのである、この時間だけは手間だけはいくら便利になってもできない
それはどんな仕事でもそうである、いくら機械化しても人間の手間がかかるのである
その手間がなくなることはないのである

2020年06月07日

「相馬新報」にタイトルを変えた

                                      
「相馬新報」にタイトルを変えた

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プログのタイトルを題名を変えた、相馬郷土史としてはじまったがその他いろいろなことを書いたので似合わなくなった
そもそもインタ−ネットという技術からして新しいものでありその技術で新しいものが生まれる
だからこれまでのメデアとして新聞があり雑誌があり週刊誌があり月刊誌がありいろいろあった、でもこれらは個人でやるのは金銭的にも無理でありできなかった
このインタ−ネットは個人をベースにして新聞であり雑誌でありyoutubeだとテレビ局になっているのだ

これまでのマスメデアは巨大なものでありテレビだと六局しか放送できなかった
そこには莫大な資本がかかるから報道を独占して権力をもった
それでマスコミの報道に洗脳される結果になった
特にNHKは絶大な力をもっていてNHKの放送すること国民の世論を形成したのである
NHKが言っているから正しいとまでなっていた、国民から全員から強制的に金をとって報道しているのに偏向報道していたのである

相馬郷土史とか相馬学とかでも何かあっていない、相馬新報というときあっている
それは相馬地域からの土着した場を重視した発信だからである
それがリアルタイムでもインタ−ネットでも可能になった

ただ正直一人でやるとなるとこれまでしてきたけど楽ではない、プログでも本当は
ワードプレスとかでも試したがめんどうでやめた、またフェスブックもやろうとして設置したが一回も発現せずに放置した、ホームページもWIN95から始めていた、これも放置したままである、それで表現する技術も進歩した
だから早い時期からはじめてここにいたっているが技術が変わりついていけない、何でも一人ではできない
スマホから読まれるのも多くなった、それで私はスマホはしていないから技術的についていけなくなった
スマホから読まれることでインタ−ネットも一般化したこと確かである

人間はやはり常に革新であり新しいものが生まれることが喜びなのである
それはあらゆる分野でそうであり新しいものを創造することが人間に与えられた使命なのである
だから最初新しいものが何かわからないのである
私自身自分のしていることが何なのかわからない面があった
でもふりかえると郷土新報という名にふさわしかった
郷土史だけでなく様々な視点から報道してきた、探求して来た
それは津波とか原発事故というあまりにも大きな事件があったためである
それがメインテーマとなったからである
これはどうしても外部より地元が大被害になったのだから地元の人が語るべきこと報道するべきことであったからだ
それは今だにつづいている問題なのである

これはもう大きなテーマとして未来にも託された大問題になった
そこに科学が深くかかわっているのでそれを探求する事は文系の自分には無理があった
そんないろいろな能力がないからである
でも地元だから自分なり放射線量とかを計り報告したのである

相馬新報でもそうだが人間は何か人間は新しいものを作り出すことにより新しい世界が開けて来る、そういう繰り返しなのである
人間に停滞は許されない、停滞は死なのである
技術でもそうだし社会でもそうである、常に改革がイノベーションが望まれる
グロ−バル社会になると世界との競争で旧来のままだと負けて衰退国家になる

だからメデアでも旧来のものは衰退して消えるともなる
マスコミは報道を導いた6局集中の独占形態だった
それがインタ−ネットで崩れた、ただ依然として旧来のメデアに頼る
でもそこから新しい報道でも何か生まれないのである
明らかに新しいものはニューメデアのインタ−ネットから生まれている
ただそれも最初は何か理解しにくい、新しいものは簡単に理解できないのである
明治維新でも江戸時代から明治になったときこれはなんなのだろうと理解できない
変化大きいと理解できない、それは明治維新と戦後にそうなった
あまりにも大きな変化でありそこで旧来のものが新しいものになったとき最初は何か理解できないのである
つまり技術でもインタ−ネットとかでも何か最初理解できない、それでとまどう
でもその技術になれて一般化するとそれが当たり前にもなるのが歴史なのである

ともかくどこに未来があるのか、その未来を作ることが新しい世界を作る
何かいろいろなものが日本でも行き詰まっている、それは新しいものが作れないからである、明治維新のように新しいものが作れない、それであらゆる面でゆきづまる
世界に後れをとる、日本は政治経済教育技術であれ新しいものを作り出すことが強いられている、そうしないと日本は衰退国家となって取り残される
そういう岐路にたたされている
それは中国が巨大化するとかアメリカが衰退するとか国際政治でも日本は岐路にたたされている、経済とかでも本当に日本が貧困化して上級と下級に分断される
そして暴動さえ起きるのではないかと危惧されるように格差社会となる
それは資本主義が限界に来て機能しなくなりギャンブルとなりカジノとなり道徳なき経済となっているからである
そこにも大きな変革が起きて来る、それは銀行の役割がなくなったことにも現れている
つまりあらゆるもので変革が迫られているのである
もしそれができなければ衰退国家となり日本は今度は中国の奴隷国家とされる

戦後はアメリカの加護の下に高度成長がありえた、でもそれは冷戦とか国際情勢の幸運によっていたのである、それがなくなったとき中国とアメリカのはざまで日本は新たな危機にさらされる、でも日本の地政学はどちらにも組みしない、東西を結ぶつなぎ役なのである
ただそれは日本がやはりそれなりの大国でないと無理である
小国では結局どちらかの属国の継続なのである

いづれにしろ日々状勢は変わる、コロナウィルスでも今度は世界自体が変わる、考え方まで変わる、これも時代の要請で生まれたのかとまでなる
何か神の意志が働いて世界が変わるのかともなる、易姓革命である
どうしても老人は時代の変化についてゆけない、でも老人は経験があり深い見方ができるだから無用なものではない、人生百年時代は特にそうである

自分自身でも今ようやく成果が現れたと感じる、だから人生百年時代は成果を出すのが遅くなる、高度成長時代は経済一辺倒だったが企業戦士の時代だったがそれも変わる
これからは文化の時代になる、内面の時代になりそれそれの創造の時代になる
ただ高度成長時代に培ったものが人生百年時代に華開く
やはり豊かな時代を経験しないと文化創造は生まれない、ルネサンスは生まれないのである、だから高度成長時代はその基を築いたのである

それが人生百年時代に華開く、だから日本は経済的に衰退しても文化の面ではこれから栄えてゆくように思う
インタ−ネットはそうした表現の場として優れているからだ
こんなプログでさえ表現できることでもわかる、無料で誰でもできるからだ、他では表現の場を与えてくれないからである、つまりインタ−ネットはyoutubeもで個々が表現する時代になったのである
その表現するものにもいろいろある、多様な表現の社会になったのである


神よ、あなたに向かって新しい歌をうたい
十弦の琴をもってほめ歌をうたいます。詩編-ダビデ

2020年06月06日

資本主義は限界、銀行に金があっても投資先がない (投資は株でももギャンブル化して経済の実体を反映しない)


資本主義は限界、銀行に金があっても投資先がない

(投資は株でももギャンブル化して経済の実体を反映しない)


この手数料は明確化していない、でも3パーセントとなると銀行にとってはいい商売である

絶対に銀行は損しない商売だからだ!

3パーセントというとき100万だと3万であり1000万だと30万になる
それで何かその1000万をあづけたものを投資信託としてでも国債でも株でも売ると売り買いするとき手数料が入る
だからずっと長くもっていていいものでも売る
それがリーマンショックの時もっていた株が元にもどり上がりはじめていたとき売って
J=REITに回した、その理由は東京の不動産とかオリッピックで上がるからだとしていた
でもリートは一時下がっていた、でも上昇してもうかるようになった
そしてコロナウィルスで半分にも下落したのである

これまでの成績をみるとカナダ国債が石油かとれるのでいいとして買った
なぜカナダなのかも私にはわからなかった
カナダで石油とれていたんだというくらいの認識しかなかった
それが石油が下がり急激に下がった、それで売った、これは失敗だった
ただ一つだけはアメリカのリードは為替差益でかなりもうけた、トランプ大統領になったとき円が安くなったからである

結局何もわからないで銀行にまかせた、第一そういうことが失敗のもとだった
だから自分にも責任がある、ただ銀行とは信用できるものだとばかり思っていたのでる
ところが今ではゆうちょでも農協でも金融となると信用できなくなったのである
だからこの変化も大きいものだった
それで地方のおばあちゃんでもおじいちゃんでも今までの感覚でゆうちょでも地銀でも見ているから失敗する、ゆうちょに銀行にあづけていれば安心だとなっていたからである
そういう時代は夢物語になっていたのである

ただ奇妙なのはコロナウィルス後一週間前だったか株が上がっているからどうですか?

チャートを見せて株をすすめた、でもいろいろあって買う気にもかかわる気にもならなくった
でもその株が上がったのには驚いた、こんな時期にどうしてあがったのか?
富裕そうにはコロナウィルスで庶民が苦しんでも株で大きな利益をプレゼントしたとかいうのもわかる
株は富裕層が大きくもっているからだ
そして株長者も生れる、株とか資本を多くもっている人はさらに大きくもうかるのが資本主義である、それは確かなのである
投資する額が小さいとどうしても利益も少ない、それはギャンブルとにているのだ
大金をかければ大金が入る、一気に大金をかけると百万二百万になり一千万が二千万になる、それはギャンブルなのであり株とかはギャンブルとにているのだ

そもそももうグローバル経済となると見えない世界だからである
ただ金が増えれるか減るかしかわからないからだ
だから運が作用しているとなる
どんなリスクがあるかも先が見えないからだ、石油が下がる、コロナウィルスで世界の経済が縮小する、こうしたリスクは予測できないからだ
そしてコロナウィルスから回復するというのも予測できない
でも回復すると見込んで株が上がったのかというとそうではない
日本で日銀が株を買っているとかアメリカでも国の機関が買っているとかで上がっていて景気とは関係ないのである
一種のマネーゲームと化しているのである

景気をみる指標は銀行にある、銀行に金があまっていても貸す先がない、投資する先がない、つまり新しい会社を起こすとか新しい事業をするとかで金を貸してくれとかないのである
私の家では店をはじめるとき戦後まもなくであり5万円だったかその資金がないので苦労した、それをやっと知人から借りた、銀行では貸してくれなかったのである
でもその後店は繁盛した、だから借りた金は利子をつけて十分に返すことができたのである、そういう時代に金を貸さないのは銀行では見る目がなかったとなる

ただその時は貧乏な時代だから慎重になっていたのかもしれない
高度成長の時代はとにかくそんな小規模の零細な店でも工場でも雨後の竹の子のように出てきた時代だったのである
それで労働力がたりなくなり中卒の金の卵が集団就職したのである
その時どこでも何か起業しても何でも作れば売れる時代だったのである
そういうときは銀行から金を借りて事業を起こすようになる、それで事業でも成功して銀行も貸した金に利子がついて返ってくる
結果的に銀行に貯金した金にも利子がつく、それも高かったのである
銀行ではただ金を集めるだけで良かったのである

つまり株だけでは景気をみれない、アベノミックスは政府に操作された作られた景気であり株しか上がっていない、コロナウィルスでも株が上がっていること自体異常なのであるだからみんなコロナウィルスで苦しんでいる時株だけは上がっているというのはもう経済が機能していないのである
要するに紙幣は紙なのだからいくらでも供給できる
それで景気が良くなったりしないのである、MMTとかの理論も成り立ちようがないというのもわかる
そこに現代の資本主義が限界にきていることを証明している

それで不思議なのはコロナウィルスである、これはグロ−バル経済をとめたことの驚きである、その一番の象徴が航空会社が大損して倒産したとかある
この航空産業こそグロ−バル経済では最も必要としたものだったからである
ばんたりとヒトの流れはとまったのである
それで有名な投資家が航空会社で大損したのである

そしてグロ−バル経済はもう元のように戻らないというときもそうである
国と国も分断される、自由なモノ、ヒトの流れがとまる、国内に回帰する
それとともに何か人々のマインドも変わる、外へ外へと向かったマインドが内へ向かう
鎖国とならないまでも何かそういう傾向になり家でテレワークしたり家で過ごすことが多くなる、外出すらままならいなともなる
そうなると禅僧のように家で瞑想しているともなる
それで家を住みやすくする心地よくする、家です過ごすためのものが売れるようになる
まず家で仕事するにも仕事場が必要であり家の中が快適でないとできないからである

そうなるとIT関係はさらに需要が増える、教育関係でも家で授業を受ける、今でもyoutubeでできる、するといかに効果的に教えるかということで競うことになる
それで人気になればテレビに勤める人のようにわずかでも高収入を得る社会となる
私も子供向けの番組を作りたいがめんどうでできない
それは教材を作ることと同じなのである、熟とかなると場所の問題から人間関係とかいろいろめんどうすぎるのである
ただyoutubeで教材を作るだけだでありそれで収入になるとしたら楽ともなる
ただそこで必要なのは創造力なのである、いかに教えるかは創造力なのである
テレビだとか動画だとわかりやすくなるからだ、それで大衆向きにもなっているからだ
だから専門外でも何かそれなりに知識がつくということがある

いづれにしろ資本主義はもう限界にきている、金融資本主義とかマネーゲームとか世界がギャンブルゲームになるような世界は退廃してくる
道徳無き経済は人間としてありえないからだ、経済は経世済民である
「経済」という言葉はそもそも中国の古典の中にある「世を經(おさめ)民を濟(すくう)」ことを意味している。つまり民を救うために様々な公的対策を行わんとすることが「経済」なのである。
まさに今コロナウィルスで苦しんでいる人たちがいるのに株が上がり富裕層だけが得しているというの世界は成り立たない、だからアメリカで暴動が起きるし日本でも中産階級が下級民に落ちてくるとき危険な状態になる
今までも格差が危険な状態にあった、さらに危険になり日本でも犯罪が増えて暴動が起きる、それを一身上でも経験したから恐怖なのである
そういう恐怖を富裕層も感じるべきなのである、政府でもそうである
それで自民公明政府も倒れる、そういう兆しが見えてきたからである
そういう大きな時代の変わり目にある、だから予断を許さないのである

posted by 老鶯 at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2020年06月05日

夏菊、青葉、夏の雲(夏の日の花の写真)


夏菊、青葉、夏の雲(夏の日の花の写真)

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奥の日影に薔薇が咲いているのもいい

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ここまでクリック拡大

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老鶯に聞き入り根付く木によりぬ 

様々なの薔薇を咲かせて通りかな

SAに寄り夏の雲湧く行き来かな

二手にそ湧き広がりぬ夏の雲  

夏菊や川の流れに沿いて咲く

夏日没る一時燃える牛越城

  
夏菊や雷雲湧きて広がりぬ街の上かな燕飛び交ふ 

野萱草に薊の咲きて草深し高松の家居離れて開墾の碑あり

真すぐなる木の梢にそ風そよぎ青葉にまぶし夏日輝く

分け入りぬ森の中にそ真すぐなる樅の木立ちて力強きも

夕風に青葉のそよぎ六号線萱草咲くや走りさるかな   

満月の植田に写し蛙鳴き原発事故の復興成りぬ


昨日は夕べも原町の方の高松と回り自転車で走った、夕風が涼しく気持ちよかった
夜は満月でありそれか植田に写っていた、蛙が鳴いて南相馬市とか原町鹿島は復興したと見た、小高でも50パーセント帰った、でも小高は復興にはほど遠い隣の浪江町は10パーセントも帰っていないからその影響も大きい

そして今日は暑かった、午後から常磐高速のSAに行った、あそこは休憩できるからいい
それからまた帰ってくると夏の雲今度は海の方に湧いていた
黄色の夏菊が土手に一面に咲いている

それから夏菊が咲いている家の庭を写真にとった、ここは何かいい感じである
ただあまり家を許可なくとるとまずい、でもわからないことがある
畑の写真などはかまわないが家だと誰かの家とわかることがまずい
でも田舎の家自体が絵になるのが多いのである、農家は特にそうである

そして雷雲になり雷(かみなあ)が鳴りを降った、何か梅雨に入る前の夏なのか?
暑いのは暑いが夕方になると涼しいから自転車で運動するのにはいい

高松は越中などの人が開墾に入った土地である、もともと森だったし開墾された場所はどこでもそうである、あそこちは牧場もあったがやめていた、原発事故以後牛を飼うことをやめた人が多い、牛肉がコロナウィルスで売れずに安くなったというニュースもあった
飲食店に売れないとかコロナウィルスの影響は広範囲にある

今の季節はやはりまだ外に出れるからいい、これが30度近くになると熱中症になったりするから危険である、去年だったとか三回くらい熱中症になったので怖い
ただ今の自転車は走って楽だから乗りたくなるのである

写真は結構むずかしい、写真をうまくなるのにはカメラをプロ級にしないといい写真はとれないという説明があったがそうだと思う、もう一つめりはりがない写真になる
一応記録として撮っている、今回は花にいい場面があった、今頃は一番花が咲いているから写真とするにはいい
のである

原発事故では南相馬市の原町と鹿島地区はほぼ復興した、だから満月がにあっていた


地銀は証券会社となりモラル消失 (そもそも法律に違反していた―担当の営業の人に左右される)


地銀は証券会社となりモラル消失

(そもそも法律に違反していた―担当の営業の人に左右される)

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こうなるとたいがい何か銀行でも証券会社でも違反している


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資産防衛の新常識-江幡吉昭


銀行そのものがもう成り立たなくなっていた、社会が変わりすぎたのである
銀行でもゆうちょでも金をあづけていれば利子がついた
一時は7パーセントとかついた時期があった
30年前とか40年前とかそうだった、だからみんな貯金して何の心配もなかった
貯金していれば利子が増えるから貯金の価値は大きかった
そしてその貯金の利率がかなり長く継続していたのである
それで保険ですら二十年前とか親が欠けていた保険がかけた金額より大きな金になって返ってきたのである

今ふりかえるとそれは本当に恵まれていた高度成長時代の夢物語になった
そのとき銀行でもただ貯金を集めれば良かった銀行員は土地のエリートであり公務員と同じだったのである、地方には安定した就職先がないから銀行員となれば固い職業として結婚相手としてはいいとかなっていた
それがまるで変ってしまったのだ
この変わり方も大きかった
どこでも地銀があり郵貯があり村にも郵貯がある、与那国島とかに行って最初に上陸して見たのがゆうちょの支店だった、それは全国津々浦々にゆうちょの支店がある
でもそのゆうちょすら苦境にたたされて詐欺的な保険を売って金融庁から注意された
そして今アメリカの証券会社、ゴールドマンサックなどの助言で危ないジャンク債に巨額の金をつぎこんでいる、一番危ないのが農林中金だとされる
地銀でも投資先がなくそこに金を回している
そこで損失になると日本の莫大な金融資産が奪いとられることになる

私自身は全く金融のことがわからなかった、銀行のこともわからなかった
大学の経済学部出てもなんの勉強もしていなかった
大学の先生が株だけはやるなというのを聞いたことがあったのを覚えている
つまり学者でも株でぱもうけられないからそういったのだろう
でも今は利子がつかないのだから株でも投資でもすすめられるし知らないでいらなれない時代になった、でも経験がないと株など簡単にもうけられないのである

それで十年前に買ったリーマンショックの株が元にもどしてそれから上がっていった
15000円で元にもどしそれから2万以上になり2万4000円にもなった
コロナウィルスでも今26000になっている
だからこれは何なのだろうとなる、景気は悪いのにどうして上がっているのか?
それはアベノミックスの金融の操作であり日銀が株を買っているからだという
実体経済と株が乖離しているからそうなる
つまり紙幣はいくらでも作れる、でもそれで富を産み出せないのである
結局世界で金余りになり投資先がなくなり金の価値が低下する
利子がつくということは儲ける会社がありそこに金を貸すことで銀行がもうかるからだ
そういう会社がないとしたら富を得ることはできないのである

いづれにしろ銀行は今やブラック会社である、その社員もブラック社員ともなる
だから銀行が大学生の就職先として人気だった時代は終わったのである
何かわからない投資信託とかをうりつける手数料商売になったとみられる
それでやめたくなるのもわかる
銀行員だったら信用されたり地位として安定して時代は終わったのである

地銀の営業マンを最初は信用していた、今は信用していない

まず東京の証券市場で働いたというのもわからない、なぜならその投資も何か知識があってしたわけではない、ただ分散投資は基本だとしてもそれすら守らなかった
勝手に説明もなくリーマンショックの時もっていたものをJ=reitに回した

それはなぜか?

転売して手数料をとりノルマを果たすためだったとなる
何回か売ったり買ったりした、すると手数料が入りその収入が大きいとなるからだ
3パーセントとかとると大きいのである
手数料が安い証券会社もあるが地銀とは高いのである

ともかく地銀の営業マンとか地銀そのものが金融の法律に違反していた

赤枠のようなことは普通に今は銀行員でも証券会社でもしているからこれはただ注意しろとかであり法律違反にはなりにくい

それで株が上がった時、何の説明もなくクライアントの承諾もなくJ-reitに回した!

これは法律違反だった、なぜ株が上がっているのに回したのか?
それも客に説明もなく勝手にそうしたのである
確かにオリンピック景気でオフィスとかインバウンド系が土地でも上がるという気分だったことはある
でも株を売ることで「売りますか」と聞くこともなかった
そのことで私はその地銀の営業マンを信用しなくなった
この人は会社のノルマを果たすのが至上命令であり客のことなど考えないことがわかったただ自分にも非があった、自分はめんどうだからその営業マンを信用して地銀を信用してまかしたからである
こうして銀行でも証券会社でもまかせたりしたら本当に危険である
なぜならそうした会社では会社と自分のノルマを果たすことした頭にないからだ

そして奇妙なことはその営業マンを信用しないことで今回助かった
コロナウィルスでJ=reitが半分ほどに暴落したからだ
別に私はその時予想したわけではない、その営業マンを信じられなくなったからである
それは地銀も信じられないとなった
銀行は信用商売だけど株とか投資信託とかreitでもすすめれば信用を失うことになる
ただ銀行はもう商売が成り立たないというとき余裕がない、そこで追い詰められた人間でも会社でもブラック化するのである
つまり銀行自体の役割が喪失してモラルも消失する
すでにそうなっている、だからそうなると地域での役割もないとなる
建築土木関係を見ると川が氾濫して土手が崩れたとかで復旧修理している
それは郷土のために働いていると目に見えている
地銀とか証券会社はなかなかそうして何の役割なのか目に見えてわからないのである
農家だったら食料を作って提供しているとか目に見えてわかるが金融関係はわかりにくいのである

ただ資産を守るにはプロに頼む、でもそれもまた専門化して誰に頼むかもわからない
私の場合は一億以上の富裕層には入っていない、でも頼むにしてもむずかしい
でも頼む人に左右されることは確かである、有能ないい人に当たれば資産活用はうまくいくのである
ただ株とかわかりにくい、今度は株がコロナウィルスでも上がってきたからとすすめにきた、でもそれに乗らなかった、ただその時は確かに買えばあがったのだからすぐに売れば利益になったとはなる
でももうめんどうだから頼まなかった、このように株とか投資信託とかリートとか買うにも売るにもタイミングなのである、それを逃せばもうけられないのである
だから奇妙だけど今回は買いのときにすすめにきたとはなる
このようにめまぐるしく株とか変わるから追いついていけないのである
そんな時間は私にはないからまかせたのである


結局人生は何に時間を費やすかでその人の価値が決まる、投資に時間を費やしていれば株でももうけられる、時間をかけて学び訓練するからである
老人はそういう時間がないのである、老人の問題は時間がないということである
死が迫っていて時間がない、やるべきことはその人の価値を追求したことである
それは私は芸術学問の創作だったとなる、別にこれで金にはならない
でもそこに自分の価値を追及して来たからそれを示すということになる

結局人間の価値は最後は金ではない、その人の価値は何だったのか?
その人の価値は貯めた金で計られるのか?
今ではそうなっているけど価値は多様でありすべて金銭に換算できないのである
一応金には余裕があるとして今それを使えないのである
自転車で長距離も行けないから長距離用の最新のもう一台30万以上で買ってもいいとかなるが第一それだけ旅行する気力も体力もなくなった
登山用の新しいバッグを買ったけどこれも登山できない状態になった
また他にもビデオカメラを買ったが編集とかめんどうだとかできない
youtubeでもしたいとなるがこれもめんどうでできない、ワードプレスも試したが時間がかかるしめんどうでできない、こうして新しいことができないのである

すでに40代のとき、偶然にワープロで通信していて今日に至っている
つまり30年間ITにかわっていたのである、でも通信世界が急激に発達した結果として追いつけなくなったのである
このプログとかでも文章を毎日アップすることが手間なのである
つまり老人なにるといろいろなことができなくる、限界症状が出て来る
だから退職して老後にいろいろなことをしようとしてもできないとなることが多いと思う若い時しかできないことがありその時しないとしたら後はできない
海外旅行などバックパッカーなど若い時することであった
それが50代で自分はした、遅かったのである、その後介護で旅行すらできなくなった
ただ今は人生百年時代だから人生の後半戦が長くなる
それでそこでその人の実力を発揮する人もでてくる、でも若い時にやるべきことやらないと後はできないのが普通なのである

いづれにしろ何かあらゆる仕事でモラルが消失している、それが社会を歪める、金になればいいが至上命令になるとき
本来の役割も使命もなにもない、金と利益の亡者になってゆく、まさにそれは滅びることに亡ぶことに通じている
posted by 老鶯 at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

浪江町の帰還率が10パーセント以下 (9年半過ぎても帰らない現実ー コロナウィルスで東京も住めなくなるカルマ)


浪江町の帰還率が10パーセント以下

(9年半過ぎても帰らない現実ー
コロナウィルスで東京も住めなくなるカルマ)

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帰還率




復興住宅に住んでいる人は浪江の人であり大工さんしていたという
娘と二人で住んでいる、家が狭いと嘆いている、二階にはトイレもないとか不便を言う
たいがい田舎でぱ大きな家に住んでいたからである
自分の家でも家で法事したりしているから人が集まるために広い家作った
小高の人は十八畳なのか広い家に住んでいた
だからまず仮設に住んたり狭い家だと窮屈に感じる

その復興住宅でもう一人の浪江の人は毎日釣りに行っている
何もすることがなく遊んでいるだけだとなる
その大工さんもいつも土手の所に暇そうにしている
何かすることがない、金は5000万近くもらっているから余裕がある
でも何か失った方が大きい感じになる

10年も避難暮らししている人のことはわかりにくい、感覚的にわからない
何か喪失感が今になって大きくなっているかばしれない
その人たちは帰らないと言っている
取り残されたのはこうして老人なのである

ただ浪江町が2万くらいいて一割も帰っていない、これは深刻である
現実に浪江駅前でも閑散として人も住んでいないし店もやっていない、確かに電車は通るようになっても人が住んでいない
でも小高は50パーセント帰ったから浪江町とは相当に違っている
高校でも通っている生徒が500人とかいるからだ
ただ問題は若い人がいない、子供がみかけないというのは本当である
子供が他から町が用意したタクシーで通っている
小高とかでも原町区は5万くらいの人口が今でもありそこに移り住んでいる人が多い
だから原町からでも小高の学校に通うとなる
飯館村でも人は住んでいない、でも新しい立派な建物の学校があり他から通っている

何かはっきりしなけど浪江町の町長自体が中通りの町に家を建ててその後死んだとかある飯館村の町長も福島市に住んでいる、つまり肝心の町でも村でもそのトップが住んでいないのである
ただ何か飯館村でも人が住んでいると自分は錯覚した
なぜなら新しくこじまりとした家を建てていたからである
現実はそこに住んでいない、それはときたま帰ってくる別荘だというのでそうかと納得した
浪江町がなぜ10パーセント以下という低さなのか?

その原因は何なのか?町の半分くらいがまだ高い放射線量があり敬遠した
ただ飯館村の方が帰っている人が多い、だから帰還者の比率では低い
隣の小高は50パーセントだからかなり帰っている、しかし子供は見ないというのは共通している、見かけるのは65歳以上の老人でありなんとか働けるのは50代からだともなる、田舎ではもう50代は相当に若い世代であり働く世代である
第一農家の年齢が67才というときもう田畑を維持する限界なのである
それでも日本では8割は専業農家が農産物を生産しているから実はそうした零細な農家がつぶれても外から入ってくるから困らないのである
でも地元の農家でも田畑でも荒廃する、草ぼうぼうになる
それを見ると何か荒涼とした風景になる

つまり今なら田んぼでも蛙が鳴いている、今日の夜は満月だった、それで自転車で夜風を受けて走る、涼しくて気持ち良かった
おりしも満月がでていた、植田にその満月が映っていた

満月の植田に写り蛙鳴く

こういう光景になるが小高とか浪江では草ぼうぼうなのである
だからそういう風景は原自然でもない、もとも人工的に作られた第二の自然であり
人間が作った光景なのである、それが失われたときかえって荒涼と感じる
それで飯館村とかではもう神社まで死んでいた、誰もお参りするものもなく捨てられていた、つまり神様も人が住んでいて活きていたのである

とにかく原発事故でも避難区域でも日本国民は忘れるようになった
今はコロナウィルス一色である、でも原発事故と同じようなことがコロナウィルスで起きていることも不思議である、政府の対策でもそうである
何か検査をしないとか被害の正確な数字を出さないとか隠ししている
原発事故でも放射線量を低くしていたとかある、それは自分が計ったからわかっている
それが大成建設の社員がモニタリングポストの下の土を掘っていたからである

そしてこういうことが今回のコロナウィルスでも起きている
何か支援金が電通とかに700億円くらい流れているという、それは除染費用の3兆円とかが大手ゼネコンに流れたとかあったのと同じである、ただ地元の建築業者にも流れたから大手だけではない、そしてここで補償金でもめたように支援金で不公平がありそれで
不満になる、それはここでも嫌というほど経験したからである
つまり人間は何か同じことをしている、カルマになる
政府でも原発事故のことを忘れさせ同じようなことをしている、福島を反省していないとなる

まずオリンピックの復興だとか聖火リレーだとかであたかも福島の復興がありとか政府で世界に装うとした、何にも復興などしていないからである
だからオリッピックなどなぜするのか理解できなかった
そのオリッピックもコロナウィルスでつぶれたとなるとそれは神意だったとなる
また何かしらコロナウィルスはカルマであり神の意志が働いたのかともなる
それは東京が一番人口が密集して被害になったからである

それで東京の人は来るな!

これは放射能うつるから福島の人が来るなと言われたのと同じである、カルマなのであるさらにこれからどうなるのか?
東京の人は東京に住めなくなる、そして一部であれ人がいなくなった原発避難区域に住まざるを得なくなる、そこは人がいないのだから田舎のめんどうな人間関係もないのだから住めばいいとなる
放射線のことを気にしているどころではない、東京にはさらなる災害が地震でも何でも襲ってくるからだ、その前に地方に特に人の住んでいない原発避難区域に住むのがいいとなるからだ、それがカルマなのである
東京がもたらした災いを福島が受けた、その償いを福島でしなければならないのだ
そうしてこそカルマの清算ができる
何らかで個々人でも必ずカルマの清算を強いられるからだ
それなくして東京の人からカルマが消えることはないのだ

そういうことはアメリカにも言える、原爆を落としたカルマは消えることはない、その人類的罪はカルマは消えないのである、だからアメリカは一番核に恐れていなければならないのだ、核兵器を世界で一番もっているがそれで安心は来ない
カルマは清算されないのである、むしろ自ら核で原爆のように苦しまない限りそのカルマは清算されないのである
とにかく東京の人はそういう自覚をもつべきである
福島を忘れてももう忘れることはできない、必ずカルマとなり襲いかかる
コロナウィルスがもしかしたらその一つのカルマなのかもしれない
次にはさらなるカルマが襲ってくる、それが地震なのかミサイルなのかはわからないがそれは確実なのである、だから東京脱出しないと危険なのである

posted by 老鶯 at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年06月04日

コロナウィルスウィルスが世界を変える不思議 (グロ−バル化、都市化、生態系破壊などへの逆襲)

コロナウィルスウィルスが世界を変える不思議

(グロ−バル化、都市化、生態系破壊などへの逆襲)

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新潮6月11日号


コロナウィルスが提起した問題はいろいろある

そもそもなぜたらまち広がったのか?その原因は何なのか?

●生態系の破壊

●グロ−バル化と都市化

●経済のみ重視

●科学技術進歩と偏重

他にもいろいろあるにしろこの三つが基本的にある
何か動物から未知のウィルスが発生したという時、そこは人間は入ってならない場所だった、聖域、サンクチャリーとしてあった、そういう場所にもづかづか人間は入り込むようになった、その原因が今科学者とか生物学者からも指摘されている

新潮の記事でもアフリカに意外とコロナウィルスが広がらないのはなぜだろうというとき人口の密集する場所が少ない、都市化もまだしていない、それで広がらないとしている
それでコロナウィルスが一千万都市の武漢から世界中に拡散したというときまた世界中で都市封鎖がされたというときそうである
都市が世界で巨大化したからである、日本でも東京から拡散する、東京を止めない限り安心はないとなる
この辺でも東京のライブハウスに行った人が感染したのである
他でも東京から感染が広がる、大都会から感染が広がる、大都会は常に人が密な場所だからである
都市そのものが生態系と断絶した生物として住むには異様なものなのである
異物ともなっているのだ

ただコレラとかでは長崎とか福島県なら会津若松から拡散した
そこは新潟県からでも中通りからでも街道があり人が集まる交差点になっていたからである、だから人の交流する集積地となりそこから各地に拡散したのである

またグロ−バル経済を批判して来たけどグロ−バル経済とは結局政治と経済原則とか生態系とか地理とか様々な制約をあったものを破るものとしてある
それが極限に達するような状態になっていた
そうなると何の制約もないアナキー社会になる、無政府状態のようになる

そこに通用するのは何か?

金しかなくなった、金ですべては売られだけである、金にならないものは一切価値のないものとして切り捨てられ無視される社会である
値段のつかないものは無価値にされ捨てられるのである
だからそもそもグロ−バル経済など成り立たない代物だったのである
世界的な公平な市場など成り立たない、そこは極わずかな超富裕層がもうけるギャンブル、カジノなのである
そこで世界の富は数パーセントの人たちに吸い上げられるのである

こういうグロ−バル社会が継続できるのか、それはバブルとなり恐慌となり破綻して当然だともなる
現実に家もなく路頭に迷っている人たちがいるのに株価は上がっているのも変なのであるそのこと自体経世済民が経済だというとき全く正反対の経済なのである
モラルがない、ただ金が右から左に流れ投機になる、マネーゲーム化して巨万の富を得ている少数者がいる経済なのである
経世済民どころではない民を苦しめるだけの経済なのである
だからアメリカのように暴動が起きても不思議ではない、その資本主義のシステム自体がもう成立しなくなっているのだ

また科学技術が巨大化して一地域のミクロコスモスを簡単に破壊する
それが原発だった、原発事故によって空気も水も土も汚染されて住めなくなったからだ
科学技術は万能ではない、だからコロナウィルスも未知のものであり対処できない
専門家でもいろいろ言って定まらない、原発事故でもそうなった
コロナウィルスについて誰も科学者でもわからないのだ、ただみんなそれぞれ勝手に予測している段階なのである

ともかく東京から若い働き盛りの人が地方へ移住するようになるのは老人が移住するより活気をもたらすからいいとなる
テレワークになったり働き方も変わる、距離を関係なくさせるのがIT技術だからである
こうして文章を書いて一瞬で全国に世界に発信できるのもそうである
その技術の恩恵はある、ただ技術がすべていい方に作用するとはならない
それが原発事故だったのである

いづれにしろコロナウィルスで社会構造をシステム自体変えざるを得なくなったというときそれは悪いばかりではない、人間が密集する都会は災害でも危険である
それでミサイルが飛んでくるとして恐れたりするようになる
軍事防衛的にも大都会は一発核ミサイルが飛んできたら壊滅するから恐怖である
それより一千万とか人間が密集する世界が生態系を無視しているし危険なのである
津浪で襲われた三陸とかでは裏山の清水で米をたいてしのいだとかある
そういうことが大都会ではできない、備蓄しても限度がある
その時ただ脱出するほかなくなる、ならばその前に脱出した方が安全だとなる

グロ−バル経済でも何か物でもいくらでも入ってくるという社会はいいように見えた
でもその物を得るためには金が必要である、その金をどうするのかとなる
何か売るもの作らねばならない、でも何か売るということはいろいろコストがかかる
第一全国でも外国でも売るとなると交通費がかかったり容易ではない
それは負荷が大きいのである、それは簡単にみんなができることではない
かえって苦労が大きくなり負担になる、だからあらゆるものを世界から買うことができる食料でも外国から金さえあれば入ってくることはありえないのである
それでマスクすら中国頼みであり日本で作れず調達できなかったことでもわかる
つまり肝心なものが日本国内で作れず入ってこなかったのである
それは今後でも緊急事態でそうなる

人間は遠くの親戚より近くの他人というとき緊急の場合はそうなる
何か親戚としても薄い関係であり自分自身が責められることがあるらいいにくいが
東京にその人がスンデいても要求するのは金だけの関係になっていた
だからその人は金だけを要求する、金を送ってくれだけでありこっちのことは何の関心もない、心配もしない、そういう人と人間関係が結べるのかとなる
このように人間関係を越脱してグロ−バル化が限度なく進攻したのである
経済の前に人間と人間の関係が何なのか?
ただ物の交換とか金だけがグロ−バル化で通用する世界は人間からするとありえないことだったのである   

だからコロナウィルスで物でも人でも交流が止められた、その時外国人労働者が自国に帰れないとかなり雑草まで食べて飢えをしのいだとか記事にあった
まさにこういうとき外国人労働者でも人間なら助ける、相手は物ではないからである
外国人労働者を入れることは単に給料が安いからとして受け入れても物として扱えないからそうなる
つまりグロ−バル経済というのはそうした本来の人間の在り方を越脱したものであり
それがコロナウィルスの危機で露呈したのである
「金を送ってくれ、あなたが病気になろうが何になろうが関係ないです、その時は連絡しないでください、私は関係ありません」
こんな関係が成り立つのかとなる、それは親戚でも成り立たないから遠くの親戚より近くの他人になったのである

人間はいくら交通が発達してもある限定された土地で生活する、そこが根拠になる
その中で経済でも回す、それで戦前までは自給自足の生活だった
その土地でとれるものを基本にして生きるほかなかったのである
だから燃料は炭だったのである、炭なら森林があり森林は50年で育つとしても絶えることなくある、でも石油とかに頼るとなると遠くから運ぶから負担になる
緊急の場合、紛争とか戦争かあると石油は入ってこなくなる
かといって炭で生活する時代にはもどれない、でも何か外国でも外部に頼りすぎる生活は緊急時に弱いし危険が伴っていたのである
それをコロナウィルスで知らしめられたのである
posted by 老鶯 at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年06月03日

記者の避くべきこと (公正中立を保つためには隠者になること?)


記者の避くべきこと

(公正中立を保つためには隠者になること?)

有名な新聞記者スモレー氏は,ハーバース雑誌上に記者の資格について論述するに当りて
記者こるの避くべきこと、二ケ条をあげたり

一、多く人と接すべからず
一、問をかくべからず

而して記者と深報者との肝要なる別あるべし
公平独立の観察は隠遁者流の者ののみに世に供するを得べしと述べたり、卓見と謂うべし
(内村鑑三)

これは意外である、なぜこのことに共感するかというとき何か自分でホームページを立ち上げてプログでいろいろ書くようになった
その時、自分が記者の端くれになったと自覚した
記者の様なこたとをして報告するようになった
それは津浪と原発事故が起きてそれが地元の自分が住んでいる場所だから否応なく地元のことを報告することになった

なぜ一、多く人と接すべからず・・とか言うのか?

普通は記者とはいろいろな人と逢い情報を仕入れてみんなに知らせるのが役割である
まず人と接しないとしたら何ら情報は得られないのである
でも黒川検事とマージャンしていた新聞記者が批判されたのはそこで客観的な立場ではなく親しい仲間となった、そうなると新聞記者として真実を追及して報告することはできなくなる
でもまたそうした検事でも接しなければ情報は得られないのである
新聞記者の仕事は第一多くの人と接することなのである
取材とかでもそうである、だから人と接しないでこの職業が成り立つのかとなる
それで意外と思ったが自分自身がまず人と接しないから共感する
引きこもりのような状態をづっとつづけてきたからである

問をかくべからずとはよくわからないけど深報者とは仏教者のことらしい、とすると何かそれは常に問うものである、
人生にいかにあるべきとか問うものである、でも記者は何かを問うのではなく真実を事実を伝える者でありそこが違っているとなる、だから何か勝手にマスコミが編集して操作して事実を曲げて粉飾してもフェクニュースにすることは一番記者とてはしてならないことである、でも現実は事実を事実として伝えない、マスコミの意図があって編集して操作して伝えている
それが巧妙でわからないことがある、そのトリックに気づかいなのである
マスコミはただ事実を伝えることに生きがいを感じない、社会を政治でも自民党なら時の権力者なら攻撃して転覆させるとかの意図があって報道しているのである
だからその意図にかなわないものは報道すらしないのである
そこに視聴者は相当に不満になっていたのである、それでインタ−ネットが出てきて様々な個人がそこで経験したことを知ったことを報告するようになったのである、だからマスコミの比重は相当に低下してゆく
マスコミ自体が常に批判の対象になってしまったのである

この意味するところは記者が公正な立場に立って報告をするというとき情実が生じて来るまた権勢家と権力者とかかわるとどうしてもその権勢に従うようになりそこから利益を得るようにもなり公正な立場がそがれる
そもそもマスコミが批判されるのはまさに独立の立場をとれないからである
会社の様々な団体の宣伝費によって運営すること自体がそうである
また視聴率第一になるのもそうである、そこで本来の趣旨より面白おかしく芸能人を呼んで大衆向きにする
つまり娯楽番組であり何か政治とか現実の様々な問題を真剣に追求することはなくなる
そこから原発事故でも800億円という宣伝費がマスコミに費やされていた
そのことから原発の闇が生れて真実は報道されず大事故になりとりかえしのつかないことになった          

おそらくどうしても公平になるにはある団体とか組織とか派閥に入ると公正さが失われる第一にその所属する組織団体の利益を利権を優先するようになるからである
だから公正中立になるには何かの派閥とか党派に組みしないことである
でも実際は何らかの組織とか党派に派閥に属していないと力をもてない
それで一個人が取材させてくださいとしてもそんな人を受け入れないのである
門前払いで終わりである
でもそもそもそうして団体に組織に派閥に属しているから取材を受け入れるというのも
すでにその時偏っているのである、取材される方も相手を受け入れるのは権力をもっているからだとなるからだ
そこで権力ある者と権力ある者が利益を共有するようにもなる
それが黒川検事とマージャンするということで起きた
新聞記者と検事のなれ合いとなりもともとは不正を追及する立場の人ができなくしていたのである

とにかく「神は偏り見ない」というとき人間がこれを実行するのは至難である
なぜなら内輪のことでも家族のことになると家族に属していれば家族が悪いことをしてもそれを正すことがしにくいからである、家族だとどうしても利益共同体だからそうなる
そこに肉親の情もあり余計に偏り見ないことができない、偏って見てしまうのである
それで裁判では肉親は弁護できないのである
私が原発事故の補償金で追及した時でも自分の住んでいる区で自分自身が不満でありそれで他の区を批判したともなる、人間はなんらか必ず利益を得たいとなるから公正に見られない、ただそういうことがあっても私自身が特別の利益を要求したわけではなく不公正が大きかったからそれは偏ったものではなかったと思う
ただコロナウィルスの支援金でも必ず公正にはならない、不公正が生まれるのである

現代の退廃はあらゆる部門で場所で職業倫理でも喪失した
その職業が何を目的として何を期待されて何を果たすべきなのかわからなくなった
ただ金をもうければいい、金を得ればいい、利益がすべてだとなってしまった
利益をあげれば金を得ればそれでいいしかないのである
それは社会全体でそうでありグロ−バル経済になると全くそうした倫理的なことが消失した世界の経済なのである
見えざる手によって導かれるとういがそんなものは成り立たないのである
だから一握りの人に世界の富が収奪されている
つまりカンジ―の言う道徳なき経済(商業)なのである

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である(二宮尊徳)」

@ 原則なき政治

A 道徳なき商業

B 労働なき富

C 人格なき教育

D 人間性なき科学

F 犠牲なき信仰 

二宮尊徳はまさに道徳なき経済は犯罪だと言っているのだから手厳しい
現実にグロ−バル資本主義とは本当に犯罪だともみる
一部の詐欺集団が犯罪者であり莫大な富が収奪されているからである
公正な市場などでありえないのである
また金融資本主義には労働などない富なのである
なにか世界的ギャンブルのようになっているからだ、市場が賭博場のようになっているからだ

だから記者とか報道関係に従事するものではモラルが喪失している
真実は追求されずそれが原発事故にもなって甚大の被害を与えた
何かモラルの退廃がそれが大きな事故とか崩壊に通じている
ローマ帝国もモラルの退廃で滅びた、もともとは質実な農民が基となり建国したからである

記者のミッションがあるがこれも何か失われた、真実を追及して真実を明らかにして世に貢献する、そういうものがなくなった
マスコミはテレビは大衆に娯楽を提供する場となった、そうしたのはまた大衆の方でもある、いくら高等なことを言っても大衆が欲している低俗な娯楽だとしたらローマのようにパンとサーカスにならざるを得ないからだ

現代は何かそれぞれの職業で職業倫理が喪失した、ただ金だけを利益だけを求めているだけである、もちろんそれを全部否定はしないとしてもその目的とモラルを失っている
グロ−バル経済では範囲が広すぎるしまたそこに人格など働きようがないのである
倫理が人格に由来するとすればもう人格など通用しない世界だからである
大衆社会とか機械社会とかAI社会の盲点はそこに人格が消失した倫理も消失した社会なのである、そんな社会がとても理想の社会とはなりえないのである

スーパーヒタチは絵になり写真に映える


スーパーヒタチは絵になり写真に映える

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夏菊にスーパーヒタチ映えて去る

夏燕スーパーヒタチの走りさる

吹きぬける風や青葉に映えて去る  


スーパーヒタチは見ていて気持ちがいい、それじ写真をとる、写真撮るためにいい場所を決めて写真をとる
写真がむずかしいのは場所の選定とか構図とかいろいろ要素がありそれがうまくいかないそれでし写真のプロは何百万のカメラをもっているとyoutubeで説明してい
メカに左右されるとある
なかなか大きな画面になると花などはとりにくいことがある
ただそこまでやるとなるとめんどうである

今は駅には行っていない、このスーパーヒタチの写真をとることが鉄道に関係することである、これは絵になる、走っているのを見ているだけで気持ちいいのである
でもまだスーパーヒタチに乗っていないのである
乗っているのは一人とか本当にがらあきである

とにかく今の季節は写真とるにはいい、花とかいろいろ映えるからである
今は映像の時代だから俳句でも写俳と言われたように写真と俳句が一体化する
だから写真は欠かせないのである、ただ重いととりにくい、私は自転車だから重いカメラはもちにくい、それで落として一部レンズが壊れたからである


summer forest

summer forest

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summer wind in the forest

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ruin road
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