津浪から原発事故からコロナウィルスから熊騒動
【自然と人間の関係から起きたことで共通するもの】
●自然と人間の生活の乖離
これら一連の問題は関係あるのか?何か自然と人間の関係で生まれた
津波も巨大な自然から定期的に起きていた。その周期が何百年とかの間隔だと初めて起きたように見る、でも津波でも地震でも定期的に周期的に起きている。ただその時間間隔が長いから初めて起きたように見える
コロナウィルスでもウイルスの被害は過去に繰り返し起きている
だからこうした災難は人類から無くならない、でも時間の間隔が長いから初めて起きたように見る。それで災害は忘れた頃にやってくるとなる
人間の一生が百年になっても短い。その間で経験することは限られている
でもここ十数年でこれだけのことを経験した
いづれにしろこうした災難はカルマのように繰り返し起きる
人間と自然の関係から起きて来た災難である。津波でも甚大な被害となったのはそもそも人間側の自然に関わり方に問題があった
もともと海であった所を干拓して田んぼにした。その田んぼが津波で元の海になったことには驚嘆した。でも自然から見ればそれはただ海だったから海に戻したとなる、自然の再生回復だった。人間が自然を無視して田にしたことが問題だった。縄文人は津波の来る場所には住んでいなかったからである。だから縄文人は津波が来ても被害はなかった
その時代は自然に則って生きるほかなかった、その後人間側の力が増大して自然を改良するようになり問題が起きるようになった。
コロナウィルス、ウィルスもももと風土病としてあり一地域にしか広まらなかった。それが交通が発達してグローバル化すると世界に拡散されるようになった。交通がが発達して文明化した結果なのである
文明というのは自然に逆らうものでありそれが災いを産むのである
熊騒動でも人間と自然のバランスが崩れて本来は人間の生活圏には出てこない熊が出るようになった。これも自然側ではなく人間側の問題にもなる。自然に異変が起きるとき人間側の異変もあり起こる
熊の生息圏と人間の生息圏のバランスが崩れ起きる
それで森に餌がドングリが足りないからクヌギの木を森に植える
●くぬぎはドングリの木
「くぬぎ」は、広葉樹の一種であり、その実(どんぐり)は、熊が好んで食べるものの一つです。くぬぎのどんぐりは、比較的大きくて食べ応えがあり、栄養価も高いです。これらの実は秋に落ち、熊はその栄養を求めて積極的に集めます。
橡とは、ブナ科クヌギ(櫟)の古名。染め色に使われていたドングリ一種であるクヌギの実の色で、一般的には黒味がかった茶を指します。橡と一言で表しても、灰汁やアルミで媒染した黄橡や鉄で媒染された黒橡などがあり、昔から日本人と関わりが深い色として知られています。
紅はうつろふものぞ橡(つるばみ)のなれにし来ぬになほしかめやも
「紅は 色あせるもの 橡(つるばみ)染めでも 着なれた衣に やはり及ぼうか」です。そしてこの歌の眼目は、紅と橡の染色の色合いと色持ちの違いです。
クヌギ、またはその実のどんぐりの古名。〈和名抄〉
2 1の実またはその梂かさを煮た汁で染めた色。灰汁あく媒染して薄茶色、鉄媒染して焦げ茶色や黒色に染める。また、その色の衣服。
㋐奈良時代、家人・奴婢ぬひの着る衣服の色。
明確に着る衣服の色も身分でも違っていた。ともかく自然のことがわからなくなった。自然からとれるものを自覚できない
日常的に自覚できない、ただ買うものとなったから自覚できない
それだけ人間は自然から遊離して生きるようになったためである
そこで自然と人間の乖離が生まれて様々な問題が生まれる
熊騒動ももその一つである、熊とは何者なのかわからないからである。
だから害になるものは駆除すればいいということにしかならない、
でも森に熊がいなくなったらどうなるのか?それが未知だから問題なのである。何か未知の領域がまだある。原発事故でも核を操作してエネルギーを作り出してもそこに危険があった。そこに依然として未知がありそれが災いを産んだのである
つまり自然であれ人間の体でも未知が残されていてわからないから問題が起きる。
【時事問題の深層の最新記事】