2007年03月01日

認知症に関するキ-ワ-ドの私の答え(3)

●認知症のはじまり

認知症のはじまりはわかりにくい、耄碌とまちがいやすい、一般的な老化とまちがいやすい、ほとんど見分けがつかない、私の家の場合、三人家族だが私はいつも一緒ではないが二人は家事でもいつも家の中に一緒にして生活していたから認知症の症状は実際は三年前ころから始まっていたという、私も一緒に生活していても家事のことはしていないからわからなかった。同じものを毎日買ってくるとか整理ができないとか同じことを毎日しゃべるとか日にちを毎日聞くとか認知症の症状があったが老化とまちがいやすいのである。「今日風呂たてるか」とは今でも毎日聞いているからその頃から言っていた。風呂に入ったことたてた日を覚えていなから毎日聞き言うのだ。認知症の不思議は毎日その日にしたことを忘れるからそんなことするなと言っても毎日同じことをすることをやめないし同じことを言いつづける。今日言ったこととかしたことをまるっきり忘れてしまうからだ。ここにあるものを置くなと言っても置きつづける。それはいくら言っても言われたことをまるっきり忘れるから言いつづけるし同じ行為をやめないのである。

これは普通の人にはわかりにくいことなのだがすでにそういうことが三年前から始まっていたとすると相当病気が進んだ結果、症状が悪化して一時期最悪の結果となって表に現れたのかもしれない、毎日家事とか料理とか見ている人はおかしいと気づくがでも認知症がどういうものか知らない場合はやはり老化の一種として見逃してしまう。ただそれが妄想化とか暴力になったときはっきりと病気を認識する。その前はわかりにくいのだ。それでも兆候はあるので注意深くみていればわかったのである。

●江戸時代 認知症

このキ-ワ-ドは珍しいが私も認知症という病気が過去に歴史的あったのかという疑問があった。精神病は人間が生活するとともにあった古いものである。それは狐つきとか言われていた。鬱病は現代の風邪というとき江戸時代にも鬱病はあった。でも不思議なのは認知症の病気の症状があったのか?認知症のようなものは単なる老人のボケ、耄碌として扱われ明確な病気とされていなかったのかもしれない、長生きする人も少ないから数も少ないので社会的問題にもならなかったのかもしれない、ではなぜ昔話とか伝説とかにこの病気をあつかったようなものがないのか?それともあったのか?ないとするとやはりこの病気が社会問題になるほどではないから見逃されていた。

病気にも歴史がある。疱瘡(天然痘)とか非常に恐れられていた。これに関する祭りや伝説などは無数にある。伝染病が恐れるから魔よけとして村の入り口に大きな藁人形などを置いたり村によそ者が入ることを極端に恐れたことでもわかる。伝染病の恐ろしさは昔からあったのだ。でも認知症となると皆目わからない、精神病は狐憑きとかでこれも不可解なものとされたがそれなりにあったことの証明である。実際暴れたとき目がつり上がって狐が憑いたような顔になったから何者かが魔物でも入ってきたのかと思い恐怖したのである。

●認知症 憑依

このキ-ワ-ドでくるのが結構いるのもこの病気が精神病がわかりにくいためである。認知症もあまりにも不可解である。だから祖先が悪さしているから除霊しなければならないとか言うものもいる。つまり今でも原因がわからない病気は呪術や民間宗教や他の宗教に頼ることになる。認知症など高価な機械で脳の中をみても普通の老人と同じですよでは何もならないし治療方法がないなら祈るだけでも祈ってもらい気休めにでもなった方がいいとなるのだ。

認知症は霊障なのか?精神病も霊障なのか?とかなる。これは他の病気とは違い心と関係しているから不可解となりそうした宗教者や宗教団体に頼る人もでてくる。しかしここには危険性がある。宗教団体は非常に危険である。何かそうした困った人を利用するのが宗教団体でありそれで勢力拡大を計るからだ。ホ−ムレスでも左翼の人がホ−ムレスに援助するように見えてホ−ムレスに支払われる金を利用することもある。創価などでも一票獲得の手段として困った人を援助するように見せるのだ。困った人を助けるにもその動機が不純だからだめなのだ。医者だったら確かに金はとるがあくまでも病気を直すことを目的として病人に接するのだが宗教者や団体は金とか勢力拡大を目的にしているからよくないのだ。でもそういうとき人は弱いから藁をつかむ思いで頼る。ガンにきかないとわかっていてもだまされていかがわしい薬を買うのも人間の弱さなのである。魔がさすというときまさ宗教団体が魔だということを知るべきなのだ。

聖書で傲慢の故にネブガドネザル(王)が確かに憑依現象のようなものが起きて獣ののようになってしまったというのは多少にていると何度も書いてきた。他にはこの病気について歴史的に存在したのか明確なものはないみたいだ。

認知症、ボケは神による人類への刑罰か?http://musubu.jp/jijimondai33.html#nin

リア王の狂気−老人の最後のあがきhttp://musubu.jp/jijimondai34.html#king

● 認知症 対応(対処)方法

認知症は記憶できなくなり知能低下するが暴力とか暴言とかその他の問題行動は対処しだいで直すことができる。自分の家族の場合そうだったからだ。記憶障害や知能低下は直らなくても問題行動起こさなければそれほど困るものではないのだ。認知症は記憶障害など直らないにしても問題行動を起こさせないようにするのが介護である。介護はあきらめからはじまるというとき老人への対処方法は直すことではない、問題行動を起こさせないようにすることが介護でありそして穏やかな死へ導くのが介護なのである。そもそも老人の病気そのものが直らないのだからそうなる。一つの死の過程として認知症があると言う人もいる。死への準備として認知症があるというのは痛みとかも記憶障害でなくなるとすると死ぬには楽だとなる。なぜならガンとかになると痛みがひどくて辛いとなるからだ。そういう点からすると認知症にも良いこともあるとなる。

認知症でも病気に関してインタ−ネットはかなり役に立つ、まず認知症で苦しんだ家族が直接書き込んでいることはかなり役に立つ、そこに対処方法のヒントがある。認知症の複雑さは個々の家庭で個々人で対応方法が異なってくるからだ。家族の歴史とか個性とか環境とかがかかわってきて対応方法がむずかしいのである。介護のマニュアルとかも役に立たない、介護するキ−パ−ソンが大事になるというのも本当かもしれない、施設でも人によって症状が改善したりしているからだ。ただ一人の人にだけ介護をまかせられると辛いとなるのだ。
 

2007年03月12日

春寒し(認知症にはやはり回想法が効果的)

蝋梅や残さる仕事墓掃除

生きる日の今や短く情交わす命尊く日々をいとしむ

生きる日の今や短く今日もまた昔語りつ春寒しかも


今日は急に寒くなった。風花が舞ったしびゅうびゅう北風が唸って真冬に逆戻りだ。やっぱり認知症にはいろいろあるが回想法とか作業療法が一番いいみたいだ。これなら誰でもできるし誰でも昔を語るものをもっているからだ。作業療法も家事でも農作業でも庭いじりでもいい、何もしないよりはいい、脳を多少なりとも刺激するからだ。リンゴの皮をむくのはかなり高度なことになるからできない、たまにやるときは調子いいのだろう。
認知症の問題は認知症だけの病気の問題ではない、老人全般に関しての問題なのである。これは高齢化の主要な問題になったのだ。長く生きれば最後は人間は認知症になって死ぬというのは脳も老化もまねがれないし脳の老化が極端化したのが認知症だとなるからだ。

認知症になると三年くらい早く老化がすすむというと先は短いとなるのか、ならば短い命の日々は貴重である。老人になれば先の時間がなくなるから時間が一番貴重である。命は癌になったとか限られてくると貴重になる。もしいつまでも生きるとしたら命も貴重なものとして認識できなくなる。家族でも十分に情を尽くして介護したりして見送った人は満足している。死んでからもっとよくしていたらと後悔している人も多々いる。ただ十年とか寝たきりの人を見ているとかなると見ているだけでもひどいなとなる。そこまで人間を生かし介護に費やすことに疑問も生じるだろう。もうそうなると文学的なものさえ越えている深刻な事態になってしまう。

介護について語れるのはやはり悔いのない介護をした人である。語ることはみななんでも簡単にできないことに気づいた。戦争のことが未だにわからないのは戦争を経験した人が本当のことを語らないからである。語れない事情があるからだ。それを責めるというのではなく人間は自分の過去の失敗や罪なことを語ることはかなり勇気がいるし簡単にできない、戦争というあまりに深刻な経験が語れなくさせているのだ。戦友のことを語るにしても語りにくい、その死にざまがあまりに無惨だったらそれを伝えることもはばかられる。そういうことはかなりあるし私も経験しているからある人のことは語りにくいし人は過去のあらゆくことを語りえない、だから戦争のことは戦争の経験をしていない人に本当に伝えられずただ欧米の植民地のアジアの共同の戦いだったとか美化するのだ。それはそれとして個々の戦争体験の真実は語られていないのである。

認知症の人から昔を聞くことはまた郷土史と密接に関係していた。それで牛太郎という名前に興味をもち郷土史の部に書いたのである。他にも書いてきたことでもそうである。施設などでも様々な人の昔を知るからそれが生々しいから郷土史研究としてかなり役立つことがわかったのである。回想法と郷土史は密接に結びついていたのである。

老人になると残された仕事が墓掃除となる。墓も遠いと大変だが近くにあればいつも行けるからいいのである。


牛太郎の謎(相馬郷土史関連)http://www.musubu.sblo.jp/article/3512929.html



2007年04月03日

プロとしての介護の仕事(その追求するものは何なのか?)

プロとしての介護の仕事(その追求するものは何なのか?)

時事問題の深層35へ
http://musubu.jp/jijimondai35.html#kaigo2

認知症とかの施設につとめている介護関係のプログを毎日のように読んでいる。自分も介護しているから思い当たるふしがあり同調できるからなのだ。
介護士の仕事は医療技術としての医者や看護師ではない、家族の介護の延長として介護士がいる。本来家族がやるべきなものができないから介護士がしている。だから介護に何を求められているのか?何を追求しているのか?暗中模索になっている。医者だったら医療の技量を高めることであるが精神的ケアの面が強くなるとこれは福祉関係であり医療技術を高めることではない、一部にはあっても根本的には精神的ケアが主要なものとなる。認知症では特にそうである。

だから看護師の仕事と介護士の仕事はだぶってくる。介護的なことを看護婦がもともとやっていたのだから今度は看護婦が医療できるし介護士ができないとなると医者の補佐が看護婦で看護婦の補佐が介護士となっているとか不満を言う人がいる。介護士の仕事は患者にト−タルにかかわるものでかえって生きがいがあるとか介護士側からの主張もでてきていることがインタ−ネットを探索してわかったのである。インタ−ネットには医療福祉現場からの発言が多いしそれが生々しいから参考になるのだ。

2007年04月11日

認知症の暴力の原因(再発した暴力)

認知症の暴力の原因(再発した暴力)

●連続的思考ができない認知症

認知症の人は記憶できないというとき三月三日に仙台の病院に行きますと知らせても記憶できない、日にちはまるっきり記憶できない、ここで病院に行くということをうる覚えに一つくらい記憶していることがある。自分は病院に行かねばならないと思って、病院に行くといったけどいつ行くんだとか聞いてくることがあるがそれも何度も聞くことはない、記憶できないから病院に行くということ自体忘れてしまう。例えは隣の人が死んだのだがその隣の人をどう記憶しているのかというと五〇年前のことのその人のことを記憶していてそこからその人のことに関しての話しがはじまり現在の死んだ人のことは誰なのか関心ないのである。現在のことは記憶できないから連続的に思考できないからわからなくなっている。ただ五〇年前のその人についてはよく覚えているからそこからその人についての思考がはじまり現在のことはわからなくなっているのだ。だから昔から接していた人は昔のことを覚えているから昔のことばかり話しているから通じるが現在の人のことは接してもすぐ忘れるから覚えられないから記憶から消えるから連続的に思考できなくなる。昨日来た人が誰でどういう人でどういう要件で来た人かわかればまた来てもその連続としての話しが継続されるがそれができないのである。

●感情も過去に根ざしている

感情的にも過去に根ざしていて過去にその人にとって好ましい感情をもっていた人は息子でも娘でもいい感情を持続している。ところがそれが嫁とかなると悪い感情を潜在意識にもっているから暴言とか暴力になりやすいのだ。感情も現在ではなく過去からの感情に根ざしている。今回暴力になったのは過去からの感情の遺恨みたいなのがまた現れて自分に向けられたのかもしれない、自分自身にはいい感情をもっていても媒介した人にはいい感情をもっていないから電話しただけでそれ聞いて怒り暴力になったのである。そうした悪い感情をもった人は延々と悪いままであり変わらない、それは認知症になってからでも感情的なもの嫌な思いをしたときは理由は全く自分自身にあっても嫌だとなり拒否したり暴言、暴力になる。
施設でもそうらしいから一旦悪い感情をもたられて接触することがむずかしくなるから困るのだ。

今日暴力になったのは自分できなくなった、わからなくなったことを認めたくないためであった。「俺は馬鹿ではない、できる、馬鹿にすんのか」と騒いだからである。「金どこにあるんだ」と聞いたら「銀行だ」とか叫んでいたから銀行にあることはわかっていた。ただいつも金はない金はないと言っていたから銀行にあるとわかっても金はおろすことはできないのである。つまり認知症は何かわからないできないということに関して自ら憤りと悔しさを感じているのだ。しきりに俺は頭よかったんだぞとか言ったりこの家は俺が建てたんだぞとか過去を自慢する。それは嘘ではない、頭がよかったし何でもできる一家の中心だった。でも自分がわからなくなりできなくなったときそれが自分にたいして許せないのである。そしてあなたはわからなくなりできなくなったんだから人の世話になるんだから言うことをきけというとき怒り暴力になったのだ。つまり自分がわからなくなった、馬鹿になった、できなくなったということを認められない、それが不満となり他者への暴力となったのだ。



認知症をかかえた家族は暴言、暴力に悩んでいる人が一番多い。その一番の根本原因は自分が今までできたことができなくなった、わからなくなったことに対する自分への不満が相手への特に感情的に悪い人、もっとも身近な人、特に姑は感情的に悪いものを一般的にもっているから暴言、暴力になりやすいのだ。それから嫉妬妄想とか妄想化して執拗に責めることがある。そしてなぜ家はオレが建てたとか財産に固執したりこれはオレのものだと固執するのか?それは自分が記憶できないことや金のことがわからないことや能力の低下で自分のことが管理できない主張できないことからそれが自分への憤り不満となり他者への攻撃となる。素直に自分が馬鹿になったできなくなったから他人へ頼るということにはならないことが一番の問題なのである。それは自尊心をなくすことであり今までの自分でなくなるからだ。これが一番やっかいなのである。自分は何でもできた人間であり以前としてできる人間としてありたいからあなたはわからなくなったんだからできないんだから人に世話になる他ない、他人の言うことを聞くほかないと諭しても言うことを聞かないのである。弱者となった自分を認めることができないのだ。自分はできるんだできるんだと暴れるたのもそのためである。

●認知症の人に虐待されているのは介護する方

認知症の虐待のことをよくいうけど認知症で虐待されているのは介護している方なのである。自分は相手を怒ることはあるがその怒ることに対してさらに怒り暴力になっているのが認知症なのである。物を投げられたりしたから虐待されているのは介護している方である。自分は何も暴力などふるっていない、ただ耐えている他ないのだ。そして自分の家族の場合、本人の立場は前と同じだし変わっていない、対立するものは別になったからだ。狂気、異常なものが正常なものを追い払い正常なものが虐げられている。これ自体全く納得いかないのだがどうにもならないのだ。だから認知症の人が虐待されるのは正常な人の言うことを聞かないからである。正常という感覚がもはや通用しないからである。

そしたら認知症の人の言うことを聞いていたら家族は崩壊してしまう、現実私の家族はそうなってしまった。異常、狂気が正常なものを駆逐しているのに虐待されているのに虐待するなと他人が言うのは認知症の現実を知らないのである。正常な人の生活をどうするんだ、正常な人の生活の方が大事と考えるのが普通なののに逆転している奇妙さがあるのだ。介護している人が悪いから認知症が悪化したといわれても確かに困るのである。狂気、異常な人は隔離するほかないとなる。でもこうした拘束はかわいそうだからと盛んに言うが暴力、暴言に毎日のように晒されている正常な介護する人、回りのものはどうすればいいんだとなる。まあ、私の家の場合、なぜか急に暴力になったが今までは治まっていたので良く原因がわからない、何らか過去の悪い感情が蘇ってきたのかもしれない、ともかく認知症とつきあうのはやっかいであり嫌になるのだ。それでもず−と感情的に良かったし平穏だったので今回はちょっとショックだった。

でもオレはできるんだとがんばることは悪いことではない、できないなりに掃除とか洗濯とか洗い物はしているからなんとか最低限でもできるようにがんばることはいいことでありそれは一緒に家事でもやったり農作業でも庭いじりでもやることはいいことなのである。自分はできるんだというときそれは何か自分がまだやっているからであり何もできないと言われたら自信を失いかえって認知症も悪くなるから最低のことでもできるように励ますことは必要なのである。ただ問題はできないことはできないと素直に認められないことが最大の問題なのである。別にできなくても代わってやってくれる人がいるんだから困ることはないからである。それができていのが認知症の最大の問題なのである。

2007年04月20日

生きる、生かす、生む(体の延命だけが生きることではない、人間はどこまでも生きることを望む)

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生きる、生かす、生む(体の延命だけが生きることではない、人間はどこまでも生きることを望む)

生きる、生かす、生む・・・・この意味は英語だとlive,work,produceなどになる。生かす-活かすは機械が作用す、機能するとかの意味でwork outになる。生きるというとき同時に生かす、生むということにも作用する。介護を例にとると看護師は体のことばかり気にしているからおかしいと指摘する老人を診てきた医者が言っている。血圧などばかり気にして散歩させないとか体を診ることばかり気にしている。体の専門家になりすぎている指摘がある。これは生きるということから考えるとどういうことかというと生きるとは体だけを診ることではない、生きることには精神的な面が強く働いている。その本人が生きるということは
I live for・・・・であり何のために生きるかが大事になる。体が悪いのだから今日は無理して散歩は行けませんと言われても春のいい日だから是非桜を見たいというとき桜を見ることが生きることに通じているから多少の血圧の高低はあっても散歩して桜を見ることが生きることなのである。癌になっても登山した人々がいた。癌だから何もしていけないとはならない、せめて最後に登山したいというのは生きることなのだ。

私自身も最近介護で遠くに行けないのでショックであり最後とはならないかもしれないが本当に最後に富士山を仰ぎたいなと切実に思ったのである。つまり富士山を見る、仰ぐことが最後に生きることなのであり多少体が悪くても最後に富士山を見て幸せだったと死ねることになる。ただ単に体が生き長らえることが生きることではないのだ。病人を介護していろいろ生きるということを考えてきた。病人になっても老人になっても人間はどこまでも生きることなのだ。この生きるは単に生命の延長ではないのだ。医者や看護師は機械的に体だけを診ているが生きるということに関しては無理解であり無頓着なのである。しかし不治の病になったとしてもなおさら生きるということが切実な課題となり癌でも海外旅行したり登山したりすることになる。それを医者がとめても生きるという意志の方が強いから医者も認めざるを得ないのである。一年後一カ月後に死ぬと宣言されたら体のことはもうどうでもいい、最後に何かをしたいと切実に思うようになる。最後の見納めになってしまうからだ。

介護でも他者の生きることを助けて生かすことであり単に命を延長させることが介護ではないというのもわかる。重病人でも生ける屍となっていれば生きることがないならばそこには希望はなくなる。しかしどんな重病になっても生きるという姿勢がありつづければ体の病とは関係なく介護者も助け生かすことができる。その生きるとは人により様々であり何が生きるかはわからないのだ。最後にビ−ルを飲みたくて体に悪いが飲んだとかそれもその人にとっては生きることだったのだ。枕元の花を見て生きることを感じている人もいるかもしれないし誰かに会うことを待って生きることを望む人もいる。体の機械的維持、延命ではない、生きるということはまた生むことであり生み出すことである。俳句でも短歌でも病人でも作りつづけるから生むことはつづいている。

人間とは生きることであり生かされることであり生むことでもある。生むは何かを生産することなのだ。病人でもそれはできるししたいのである。認知症の人に生きることができるのだろうか?認知症は何を生きるのか?認知症の人は何のために生きるのかとなるがやはり認知症の人も生きたいのである。それは人並でありたい、仲間外れにしてくれるなという普通の人と一緒にいたい生活したいという当たり前のことが生きることになっているのだ。認知症になって馬鹿になったから施設や病院に隔離してしまうほかない、普通の社会で生活していけない人だからそうするほかないとされたくない、ただ当たり前であることそれが生きることになっている。それが認知症の人にとって生きることなのである。当たり前のことができないのだから当たり前のことができることが大きなことになってしまった。障害者にとって当たり前のことができることが感動になてしまっているのだ。それでもそれは生きることなのである。

夕桜介護士付き添いなお生きむ

介護士は生かすために付き添っているのでありただ単に体の延命だけを助けるのではない、そこに介護士の仕事の意義がある。介護する方だって生きることがない、生きる意志がない人をみるのは辛いし嫌になるし自分自身が絶望的になる。その人に生きるなにがしかがあれば生きるを共有できるから意味も見いだしやすいとなる。ただこれはいろんな具体的な場面でむずかしいものがある。現実と理論のギャップはあまりに大きい時があるからだ。実際は生ける屍になっている人たちばかりだとしたら絶望になるからだ。現実そういうこともありうるから常に現実と理想は乖離する。現実は厳しく理想は理論で終わりになりやすいのだ。でも生きるということが人間のテ−マであることは変わりないのだ。


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2007年04月23日

人を愛すとは人を知ることからはじまる(老人を知ることのむずかしさ)




人を愛すとは人を知ることからはじまる(老人を知ることのむずかしさ)

●家族すら知ること愛すことはむずかしい

人を知ることがむずかしい。老人への嫌悪感を書いたがそれはその老人を個別的に知ることがむずかしいからである。これは家族にもあてはまる。家族さえ自分の親さえ身近に接していて理解できないのが人間なのだ。自分自身もそうした問題に直面して日々悩み苦しんできた。これまでこうしたことを考えることがなかったというより考える必要がなかったのだ。認知症になた家族が出て日々考えるようになった。一人の人間を知ることは容易でないことなのだ。それが身近な人、親ですらそうなのだ。親のことをどこまで知って理解できるだろうか?親子の間ですら人間は理解し合うことがむずかしい。人間を愛すということはどういうことだろうか?これはまずその人について深く知らなければ愛すことは不可能なのである。それは家族の間でもそうだったのだ。

人間が人間を知ることはなぜこれほどむずかしいのか?それは人間の心があまりにも複雑だからである。神は心をみるというとき心を見れるのは神しかいないからだ。人間の愛は母の愛でも恋愛でもエゴだと書いたときまさに神はそれはむしろ仏教でもエゴだとして肉親愛を否定する方向に向かったのは必然だった。恋人を愛す、子供を愛す、妻あ夫を愛すということにもエゴがある。自分だけを自分をもっと愛してもらいたいから愛すということがある。だからその愛も簡単に憎しみに変わる。なぜ自分を愛さないのだということで憎しみになる。つまり無償の愛でないからそうなる。愛というとき世間的な愛はほとんど無償の愛などないのである。だからこの世には本当の愛の世界などない、永遠にないとなると聖書でも言うのはわかるのだ。

●老人問題は金だけで解決できない

愛すというとき相手を知ることが先決なのである。相手を知らなければ愛すことは不可能である。認知症の老人を介護するときもそうである。なぜこんな暴力になるのか?なぜこんなひどいことをいうのか?なぜ金にうるさいのか?なぜ家に帰るとうるさいのか?・・・・・
こうしたなぜがかぎりなくでてくる。その何故を知ることが認知症の介護になる。そのなぜは老人の場合その人の人生全般にかかわっている。どういう人生を生きてきたかにそのなぜのヒントがある。それを見ることが容易でないから認知症などの介護は大変だとなる。

一般的に金にこだわるのはほとんどの老人がそうであるというより現代はすべての人間が一番金にこだわっているのだからこれは別に老人だけの問題ではないのだ。老人は金にこだわるのは金が自分のめんどうをみてくれると思っているからである。娘、息子でも金をやらなければ金のない老人は大事にしないかもしれないと思いば金の方が大事になり現実、金持ちの老人は何億もの金でいい施設に入れてもらえる。娘、息子も金で解決する。ではそれで万事めだしとなるかというとならない、介護は心が大事だから必ずしもいい介護を受けられるとはどんな金をかけた施設でもならない、そこに介護の問題がある。金で解決する、金がすべてとしている現代でも金だけではどうにもならない問題が老人になってでてくるのだ。金だけでその息子や娘が全く親を省みず放っておくことが現実にありそれは金があっても不幸だとなる。どうしても老人になると金だけでは計られない問題が出てくるのだ。

●弱者となった老人の心

老人になって共通するのは弱者になることなのだ。体は弱り頭脳も弱り人の助けを必要になる。今までは人の助けを必要としなかった。むしろ人に頼られていた。だからこの逆転はショックだし認知症の場合はさらに極端になる。記憶もできない、簡単なことも自分でできない、そこに認知症本人自身がかなり狼狽して混乱して暴力になったりするのかもしれない、それで金のことや過去のことにこだわる、また現在は記憶できないのだから過去だけが自分のしてきた自分が盛りのときを何度も千回も言うようになる。その時こそ本人が最も生き生きと生きていた時だからだ。弱者となった自分の拠り所は過去の強かった自分になるのだ。

そして金にこだわるのはやはり金が大事なものだと知っているし金をやれば助けてくれるとかなおわかっているからだろう。いろいろ尽くしたこととか言うのも自分が弱くなったことで恩にきせるというのではなくそうした過去のことが頼みとなる。つまり認知症の場合、極端な弱者になったことに問題行動が起因しているのかもしれない、だから過去に強かったことを誇示し金にこだわり自分を主張することになる。これは認知症だけではない老人全般に言えることなのだ。

●老人とかかわるのはその一生とかかわること

ともかく人間を愛すには相手をしることが大事なのだ。その行動の裏には過去の知られざる不幸が隠されているかもしれない、そういうことがわかり老人に親切になったという人もいる。何か深い痛みを経験してそうなってしまった。そういうことは誰にでもある。するとその人についての理解が深まり愛すことができるようになる。この人はこういうことでこんなことをしているのかとわかると同情もすることができる。しかしその人を知らなければなんでこんなひどいことをするんだとしかりつけるだけになる。嫌悪感だけを抱くようになる。自分自身も常に嫌悪感を抱いてきたからそうなってしまうのはわかるのである。

つまり何であれ一人の人間を知り愛すことは家族すらむずかしいということなのだ。相手を知るということは特に老人の場合は生きてきた人生を知ることだから余計にむずかしい。その長い人生を受けとめるて理解すること自体、大変な作業になるのだ。そこにはその長い人生を理解する人生経験を持つ必要さえある。それが若い人には無理だから老人の介護は肉体的介護はできるが精神的ケアが重要だとするときむずかしいとなる。老人とかかわるのはその一生とかかわることでありその一生を理解することは簡単にはできないし家族すら知り得ないものがありむずかしいことがわかったからだ。

2007年05月10日

認知症の記憶障害からの暴力(狂気はおさえようがない)

認知症の記憶障害からの暴力(狂気はおさえようがない)

最近また記憶障害から暴れるようになった。自分でとり出した衣服をタンスなどにしまっていないと誰だこの着るものを出したのとは誰か入ってきて盗ったとか瞬間的に狂気の状態になる。これは一年前からそうだった。その後この症状は出ていなかった。忘れる、記憶できないだけならいいがここから一瞬でも妄想化し狂気になるから手に負いなくなる。認知症の症状で一般的に変わらない、共通な部分はもの盗られ妄想からの狂気である。
「誰が入ってきて盗ったんだ」
「あなたがタンスから出して整理しなかったんですよ」
「なに、絶対自分じゃない、自分じゃない、誰か言え、名前を言え」
こうして問い詰めるとき狂気になっているし形相も狂気になっている。これは誰かなど言えようがないし答えようもない、適当にだますように言っている人もいるがそれも効力がないのだ。これは狂気の妄想からの暴力だからおさまるのを待つ他ない、ここが他の精神病とにている。何を言っても理性的に言っても無駄なのだ。ただ鎮静化するのを待つほかない、暴れてもどうにもならない、あまりにひどいと精神病行きになり薬とか拘束するほかなくなる。狂気には理性とか理屈とか当たり前のことが通じないのである。だから説得することも納得させることもできないのだ。ここが認知症の一番困った、対処しにくい根本症状なのではないか?これは一年前からはじまりまた再発した。ただ狂気となり他の理由でも暴れたから暴れやすいのも認知症である。何か理性で制御できないのである。

とにかく自分で記憶できない、忘れることからが意識できないから他者のせいにする。それが狂気となり他者に襲いかかる。これが認知症の変わらない症状である。これは狂気だからおさえようがないのだ。狂気は理屈とか説得しても無駄なのである。ただ一時の嵐が過ぎ去るのを待つほかない、ただこれが何のか知らない人はもしこの有り様を見たらショックだろう。狂気がおさまるともう死ぬんだから着物などいらない、くれてやるよとか平気で言ってくるからどうなっているのか苦々しくなる。それほど自分でも騒ぐほどのことではないと平然と言っているのだ。まるで暴力をふるったのを嘘のように言う、そして暴れたことなどすぐに忘れるのである。狂気−それは対処しようがないものなのか?認知症も狂気の時がありこれは対処しようがない、ただおさまるのを待つほかないのか?それが狂気となるのか?

認知症とは何なのか?これをいろいろ考えてきたか自分にもわからない、どうしてそうなったのか、どうしたら治療できるのかもわからない、いい心療内科があるなどコメントにあったが大都会なら行けるが田舎じゃ無理である。認知症の直った例などあるのか?症状が和らいだというのはある。でも記憶障害からの狂気から暴力というのは直らない、記憶障害だけだったら対処しやすいがそこから妄想化して狂気の暴力になるのが一番怖いしそれが一番の問題でありそれは解決していないのだ。一部屋で整理しやすい慣れた所で暮らすのはいい方法である。自分の家は部屋数が多すぎるのだ。二階もあり二階に着物を置くから二階で問題が起きやすいのである。一階におりたときまるっきり記憶していないからだ。持ち物も多すぎるのだ。暴力とかおさまっていたから安心していたが記憶障害が直らないから認知症の根本症状は継続していた。

2007年06月11日

認知症には心が通じないのか? (最後まで千恵子に人間として接した光太郎)


認知症には心が通じないのか?
(最後まで千恵子に人間として接した光太郎)


●身近な持ち物の管理の大事さ(入れ歯もなくした)

認知症の対処方法とか介護の方法はどうすればいいのか、みんなわからないから探っている。記憶訓練などとキ-ワ-ドで来る人がいた。まず記憶訓練しても記憶力、記銘力は回復しないだろう。それ自体無駄である。認知症の介護はどういうものかというとここ一年悪いときからみてきてわかったことは別に回復したり良くなったりすることを願うことでもない、認知症では騒ぐことが一番良くないのである。しょっちゅう何がなくなったとか騒ぎ狼狽して情緒不安定になにことがよくないのだ。最近は入れ歯をなくして新しく入れ歯を作った。入れ歯までなくすとは思わなかった。眼鏡などはよくなくすから近くにいる人がみていないと誰かが盗ったとなり情緒不安定になる。いつもすぐに見つけてやると安心してあまり騒がないようになるのだ。不安になるから情緒を安定させることが大事である。


認知症の姉のこの頃おとなしく何も言わず釣鐘草咲く
 

●人格は変わらなかった


一時盗った盗ったとか形相まで変わり人格まで変貌したかと思い恐怖した。でも実際は情緒が安定してくると人格まで変わっていない、脳血管性認知症だと人格は変わらないというのは本当かもしれない、人格が変わる、崩壊したりしたら一緒にいる人は恐怖だろう。認知症でも介護は男に対してはしたくない、女性はいいとか言う人がいる。それは女性はかわいさがあるというのもわかる。子供みたくなりかわいいというのを感じることは確かである。無邪気な子供みたいになるともいえる。かわいい・・というときこれもかなり人間的に接していてなごむことなのである。子供と接して気持ちいいのはかわいいということがあくからだ。憎たらしいことがあってもかわいいということがあるから愛すことができるのだ。認知症でも憎しみが湧いてくることがあるのだが一面かわいいという面があり接していてそれは嫌だという感情にはならない、男にはこのかわいいということがないから介護したくない、特に暴力のひどい人は嫌だとなる。かわいいということは無邪気ということもあり金を権力を笠にきるような人より接していて嫌だとはならない、金や権力を笠にきる人の方がずっと嫌なものでありそういう人は正常でも一緒にいたくないとなるのだ。でも権力があるから金をもらいからとかこびへつらうのである。だから認知症だからと蛇蝎のように嫌うものだけではないことがわかった。むしろ権力を笠にきる人こそ接したくない人であったのだ。

 

私は認知症の人に癒されるけど、まともなおやじに腹が立つよ。
認知のおじいちゃん・おばあちゃんに優しい言葉をかけられたりするけど。
まともなおやじには嫌味を言われたり、卑猥な事言われたり。。。
結局、ボケても、ボケてなくても人間性が出るね。
年取ってまで人に嫌なこと言ってどうするんだろうね


●認知症の人とは全く心が通じないのか?

 

一般的に精神病の人とは心が通じないのか?認知症の場合確かに話しが通じない、何か知能低下してわからなくなることが多々ある。でも全く心が通じない人なのかというとそうでもないし何もわからないのかというとそうでもない、ここがとまどうのである。明らかに認知症の人でも好意をもっている人には愛ももっている。親切にされるだけでなく気遣いもしてくれる。それはわかるのである。極端に忘れるとしてもやさしくしてくれる人には好意をもつのである。ただ嫌な人は極端に責めるだけとかなりやすいのだ。好き嫌いがはっきりして感情がおさえられない、全面にでてしまうのである。
 

●高村光太郎と千恵子の場合
 

山麓の二人
 
二つに裂けて傾く磐梯山(ばんだいさん)の裏山は
険しく八月の頭上の空に目をみはり
裾野(すその)とほく靡(なび)いて波うち
芒(すすき)ぼうぼうと人をうづめる
半ば狂へる妻は草をしいて坐し
わたくしの手に重くもたれて
泣きやまぬ童女のやうに慟哭する
――わたしもうぢき駄目になる
意識を襲ふ宿命の鬼にさらはれて
のがれる途(みち)無き魂との別離
その不可抗の予感
――わたしもうぢき駄目になる
涙にぬれた手に山風が冷たく触れる
わたくしは黙つて妻の姿に見入る
意識の境から最後にふり返つて
わたくしに縋(すが)る
この妻をとりもどすすべが今の世に無い
わたくしの心はこの時二つに裂けて脱落し
闃(げき)として二人をつつむ此の天地と一つとなつた

わたくしは黙つて妻の姿に見入る
意識の境から最後にふり返つて
わたくしに縋(すが)る


愛する人が精神病になったことの生々しい告白がここにあった。千恵子がどういう精神病なのかよくわからないが・・・意識の底から最後にふりかえって・・・わたしにすがる・・・というのは光太郎にすがってなんとか意識を正常な意識をとりもどそうとした姿なのか、鬼気迫るものがここにあった。精神病になったのだが最後まで人間をみていたのであり人間として接して一つとなったということになる。これは若年性アルツハイマ−とかの妻と夫の悲劇に通じている。これ以上の悲惨さがありついにここまで達せず絶望で終わっているのが多いかもしれない、若年性アルツハイマ−の人自身が女性が語ったものにもその側にいる人にすがるということがあった。そうならざるをえない、老年性の認知症はまた違っている。悲劇なのだが喜劇的にもなっているのが違っている。不思議なのは光太郎が作った文鳥の彫刻を千恵子はいつももっていたという。これも子供じみたものになっていたのか?何かお守りのようにあどけない気持ちで子供のように宝物のようにこの彫刻をもっていたのである。何らか子供じみてくるのも精神疾患の共通なものとしてあるのだろうか?認知症は明らかに子供みたいになってくることは確かなのである。認知症になると子供の人形を抱っこしている人もいたから共通しているのだ。
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千恵子がいつももっていた光太郎か作った文鳥
むつまじい二人を象徴していたのか?


 

2007年06月14日

もの盗られ妄想にはほとほと困った・・・


もの盗られ妄想にはほとほと困った・・・

 
●もの盗られ妄想の心理学的分析
 
分裂病者の妄想は現実の生活世界から直線的に導かれるとはいいがたく心の深奥から出現する。だが痴呆を病む人たちの妄想お場合は、その心のありかが妄想主題からごく自然にたどりつける。(痴呆を生きるということ−小沢勲)
 
自分で着物をかたづけてそれがそれを包んでいた大きな紙をみて誰が着物をもっていったんだと妄想化して誰だ誰なんだ、私の大事なものを盗っていったのは何も盗る必要はないのに、私に言えばくれてやるのに・・・黙って盗っていくことが許せないんだ・・・そして激怒して泣いて形相が変わる・・・・これはもう変わらずつづいている。一時期そういうことが消えたかと思ったらまた起きる。前は友達からもらったカバンだった。そのカバンは特別大事なものだと肌身離さずもっていた。それを布団にも隠していた。それがなくなると誰かが盗ったと大騒ぎする。顔をみると眼の回りが赤くなっていた。おさまるとその赤いのが消えていたから何か脳に異常が起きてそうなるのか?確かにおこりっぽい人でも勝気な人でも怒りかたが激しいのだが眼まで赤くなることはないだろう。身体的な異常がでてくるのだ。
 
ただ認知症のもの盗られ妄想は突飛な妄想ではない、具体性を帯びている。自分自身がまるっきり忘れてしまい着物をかたづけてしまったのだがそれを誰かが盗ったというときそれが身近な人だったり近くの人だったり家に出入りしたりする人であり具体的な現実生活の中にいる人なのである。その人を罰あたるとか責めつづける。勝気な人だったから他者を責めることが強くなるのもわかる。人格の継続がありそれが極端化しているのだ。もの盗られ妄想は一瞬狂気なのだがそれが現実生活からまるっきり離脱したものではない、現実生活の具体的なものと結びついているのだ。
 
●プライドが高い人は認知症になるとひどい
 
性格的にはまず一生が人の世話ばかりしてきた人だった。一生が人の世話することが仕事でもあった。従軍看護婦時代から保健婦時代からもそうである。退職してからもあれやこれやと人の世話することが性分だった。金も貸したりするし人の頼みごとを聞くこともした。でも人から世話になることはほとんどない、人からありがとうと言われても自ら人にありがとうといい世話になることがあまりなかった。「面倒見はよいが、面倒見られが下手」というのはぴったりである。面倒見ていればその人の上に立てるが面どう見られる方になるとその人の下になるからそれが屈辱と感じられるという心理がある。素直にありがとうと人に世話になれない性分が性格とともに作られてきてそれがかたくななものとなり極端化した。だからあなたはこれから世話になるんですよと言うと怒って物を投げたりするのはそのためだったかもしれない、世話になることに耐えられないということがあるのかもしれない、世話になるこことは今まで上にたち命令していた人に従うということだからだ。それがプライドを傷つけられることになる。
 
●認知症はその人の一生の反映がある
 
認知症の人はプライドが高い人が多い。その一生でそういう生活をしてきた。一家でも頼りになる人であり命令する人であったがそれが総崩れになる。そもそも忘れかたがひどく日常生活そのものができなくなるからだ。人に頼らずには生きてゆくこともできない存在になってしまった。プライドを維持しようにもできない、最低限の日常生活も自分でできないのだから信じられない弱者となってしまったのだ。そのことに対しての憤りが身近なものに狂気となって襲ってくるのが認知症なのだろうか?今までの築きあげた自己というものが総崩れになるのが認知症なのだ。記憶障害、記銘力がなくなることが根本の病気なのだがその障害から周辺症状としての暴言、暴力となることが問題なのだ。そこから妄想の狂気化が起きてくる。この狂気は確かにこれまでの生活の延長として具体性を帯びているのだ。ただ自分の非は絶対認めないというのは記憶障害からきているのだがまた自分が悪いということを認めたくない、自分が忘れるということを認めたくない、自分は今までのように強い自分であることを主張する。自分は忘れない、自分は今までの自分と同じだという誇示を否定したくないことがあるのかもしれない、でもここは狂気であり病気である。眼の淵が真っ赤になるのだから体にまで異常がでてくる。
 
このもの盗られ妄想の対処方法はない、ただ治まるのを待っているほかない、でもここが一番嫌にもなる。ここが怖い面でもある。やはり一時的妄想の狂気であることは確かである。なぜならそのあとは落ち着いて眼の淵の赤さがすっかり消えていて穏やかになっていたからだ。生活の延長で具体性はあってもここはやはり狂気となるのだから側にいる人は恐怖するのだ。そして対処方法がその瞬間にないことも恐怖なのである。薬を飲ませろとか縛りつけるとかまでなってしまうだろう。ここがずっと変わらずいちばんやっかいだと思ったがのが認知症だった。

2007年06月21日

[キ-ワ-ド]介護はなぜある・・・・


[キ-ワ-ド]介護はなぜある・・・・
 
介護という問題を自分の家族で認知症を看護するようになって考え書いてきた。介護がなぜなる・・・・とキ-ワ-ドできていた。介護は昔はあったのか?これも書いてきたが介護ということ自体個々にはあったが社会的問題として多数のものが介護を考えるようになったのは超高齢化社会になってからである。介護がなぜある・・・介護がなぜ生まれたのか・・・・それは未だ経験していない豊かさと高齢化の結果として介護が生まれたのだ。介護が問題になったのはだからはじめてのことであり介護自体いろいろ論じられるのもそのためである。脳梗塞とか脳溢血でも今は医療の発達で10年は生きるのだ。昔だったら一年くらいで死んだしそういう人を手厚く介護はしていない、介護は豊かさと医療の発達とによってもたらされたのである。介護はなぜあるのというとき・・・これは新しい問題だからすぐに答えはでない、個々によっても違ってくる。
 
NHKでも作家だった女性が脳梗塞になり10年夫が介護したというのもその苦労は想像を絶するし介護の問題は先が長いことなのだ。だからこの先とても介護できないと脳梗塞で倒れた夫を半年で妻が殺してしまった。NHKの放送の10年を手厚く介護した夫は特別なものだろう。介護がなぜあるのというときなぜ10年も介護しなければならないのかという問いにもなる。もし若い人だったら耐えられないだろう。いろいろなことが犠牲にされるからだ。人生そのものを介護によって奪われることにもなる。介護する人の年齢によっても対処の仕方が違ってくる。夫が介護するのと妻が夫を介護するのと娘が親を介護する、息子が親を介護するでも違ってくる。しかし今や介護は男女に関係なくふりかかってくる問題なのだ。介護の人間関係は個々に家族でもみな違っている。介護には露にその本性がでてくる。どんなに装ってももし愛情がもてないなら介護はつづかない、そもそも長いから本音がでてしまい嫌になるのだ。
 
介護がなぜあるの?・・・・という一つの私なりの答えは前にも書いたが人間の寿命が長くなったことで人は誰でも介護される状態になりうる、それまで長く生きるようになったことから介護の問題がおきてきた。60くらいで死ねば介護の問題は起きていない、80から90とか生きるとみんな健康でいられない、ある一定数は認知症になるし動けなくなる者もいる。高齢化社会の意味するものはこれまで強さを生きてきたものがどうしても年齢により弱さを生きること人間のマイナス面を生きることを強いられるのだ。どんなに強い人でも優秀だった人も弱者に転落する。認知症はそれが驚愕するほどの弱者になってしまう。銀行に金があることさえわからない衝撃を書いてきた。それは大統領だった人も超一流の人物もなっているのだ。高齢化により人間はそれまでは強さを生きることができた。女性だったら若さの美をもち生きることができた。しかし高齢化はその若さの美は失う、醜悪化した人生のマイナス面を陰の部分を生きることが強いられるのである。
 
介護がなぜなるの?・・・というとき人生は50年60年で考える時代から90年とかで考える時代になった。退職してからも30年とか生きるとなるとどうなるのか?必ずその間には病気とかになり弱者に転落する度合いが大きくなるのだ。脳梗塞のような病気になっても10年はいきる、介護の時代になった。今まで弱者は障害者がいてそれを介護する人、補佐する人はいた。それが社会全般に一般化する。弱者や障害者は当たり前にいる、どこにでもいる。家族には一人はいる時代になる。そうした障害者をかかえることは弱者をいたわることであり弱者を社会の一部としてになうことである。今健康な人も強い人も優秀な人も高齢化社会では障害者、弱者になることは普通になる。なんらか社会観と人生観まで変えてしまう問題でもある。
 
今奢りその力を若さを誇示している人も弱者に障害者を経験して死ぬことになるのが高齢化なのである。実際に優秀な人間も認知症になったらこんな無惨な結果になるのかと愕然としてしまう。人間の強さとか若さとか能力とか人間として誇示していたものがこれほどもろいものかと愕然としてしまう。介護がなぜなるの?というとき・・・介護は弱者への理解を深めいたわりの心をはぐくむためにありまた強き人も弱さを知るためにあるともなる。だから高齢化社会は確かに負担なのだがすべてが悪いとはならない、介護の中で人へのいたわりとか愛とかが養われる。それが社会にも反映されることがある。確かに一方では介護殺人もさらに起きてくるから一概にはいえないがあえて言えば介護がなぜなるの・・・というとき介護もまた人類進歩のために必要だったともなる。そこで人間の愛や情やいつくしみやそうした今までにない別な価値観の追求が行われる。競争で蹴落とし自分だけが得して楽しようとしたりする世界と介護の世界は正反対の世界だからである。

 
 
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高齢化社会は老い、弱さ、病気を生きる時間が長く多数が経験する社会なのだ。


 

2007年07月02日

弱者、病者、障害者への愛は純粋な愛が要求される(介護で考えたこと)

 

弱者、病者、障害者への愛は純粋な愛が要求される
(介護で考えたこと)-時事問題の深層(宗教問題の部)
http://musubu.jp/jijibunruishukyou1.htm#love

 
自分の家族に障害者をもつようになってから障害者についていろいろ考えるようになった。この世にあるものはどんなものでも意味があって存在させられているのだ。サタンすら神の許可のもとに存在させられている。だから障害者というものもいろいろ見方はあるにしてもやっかいなものでもそれなりに意味あるものとして存在させられている。人間が愛するというとき美貌や金や権力を愛すのであり障害者のようなもの人に忌避されるものは愛さないのである。だから愛しているとかいくら言っても一旦愛するものがアルツハイマ−などになったら愛しえないものとなる。その落差があまりにも大きすぎるからである。恩恵をもたらしたもの愛していたものが何一つ愛に値しないような存在になったら愛もなにもなくなってしまう。つまり白から真っ黒になってしまうよな変化がそこにでてくる。
 
介護という問題もそうである。10年もつききりで介護できないと夫殺したりするのもあまりにもその変化が急激であり状況が反転してしまうからである。だからこれは簡単に外のものが批判できるものではないのだ。愛というのは口にすることは簡単でも実行するとなるとあまりにもむずかしいものでありほとんどの宗教団体が愛や慈悲とは全く関係ない権力追求になっていることでもわかるのだ。障害者を利用して権力を追求しているだけなのである。この世で本当の愛をみることはまれだし愛はそれほどむずかしい問題だから語ること自体偽善的になってしまうのである。

2007年08月16日

認知症にならない食物−納豆がいい! (記憶できなければ思考もできなくなる!)


認知症にならない食物−納豆がいい!
(記憶できなければ思考もできなくなる!)


●認知症は前頭葉と海馬が機能しなくなった
 
認知症になぜなるのか?これは科学者も懸命に研究している。認知症の人と一年半接してわかったことは明らかに前頭葉と記憶の部分が損傷したのか退化したのか縮小したのか脳の部分的な疾患が認知症である。銀行に金があることがわからないことは衝撃だった。金のことがわからない、金が今紙幣として貨幣としてもたせないとわからない、金が数字となって銀行に預金されていることがわからないのだ。これは前頭葉の抽象的思考、理性的思考が失われたためである。この部分が機能しなくなると銀行に数字として金があることがわからなくなる−こんな簡単なことがわからないのかとなり衝撃だった。でもこれによって認知症の人は馬鹿になったとは言えない、世間的な話でも人間的なコミニケ−ションはできる。特に昔からつきあっていたことや昔のことは良く覚えているだけではなくその人が自分にとってどういう人なのか熟知している。世話した人なら毎日のように世話したのになと言っている。だから昔の人との人間関係は継続できるのだ。前頭葉と海馬であれ何らか機能しなくなった結果が認知症だというのは正しい見方なのだろう。顔がキョトンとしているというかその部分が機能しなくなった結果として顔に変化がある。ただそれは馬鹿になって何もわからなくなったのとは違う、ただ症状がすすむとテレビにでていたようにいつも馬鹿みたく笑っていたり口をもぐもぐしていたりするとなるとこれは明らかに脳の機能の悪化であり認知症でも重度になるからこれについてはよくわからない−一般的軽度の認知症についてはまだ人間としてコミニケ−ションはできるのだ。
 
●記憶力を維持するには納豆がいい
 
記憶力を高める食べ物・・・納豆,みそ,ピーナッツ,ビール(麦芽)
 
93才になる母は毎日納豆を欠かしたことがない、夏でも納豆を食っていた。ネバネバしているから自分は納豆はめったに食わない、それで記憶力がいいのだ。80才の人より記憶力がいい、細かいことまで覚えているから驚きなのだ。認知症は記憶力が衰えることからはじまる。老人になれば記憶力が衰えることは普通だがそれが異常化するとどうなるのか?これは記憶の盲目状態になってしまう。今タンスから出した衣類を自分が出したことを忘れ、誰かが盗ったとパニック状態になり誰が盗ったんだと身近なものを狂気のように責める、これは異常であり狂気になる。今言ったことを忘れ何度でも聞きつづけるし話しつづける。そういう極端な物忘れなのだ。その前兆としてもの忘れからはじまるから忘れることがひどくなることは要注意だとなる。記憶力がいいということは認知症になりにくいことなのだ。だから納豆がいいことは確かに言えるかもしれない、認知症になった一方は86才であったが心臓が悪いということで薬も飲んでいたので納豆は食べていなかった。ただ味噌汁は食べていたのだから大豆はとっていたのだからどういう影響でなったのかわからない、言えることは記憶力がいいことは認知症にならない大前提だということである。酸素水なども記憶力を高める脳を活性化するからいいというのもあり効能があるかもしれない・・何らか薬でも記憶力を高めることが認知症の予防には必要なのだ。
 
●記憶できなければ思考もできなくなる
 
認知症の人でも記憶がいいときと悪いときがある。一般的に悪いのだが直前のことを忘れることはかなり悪い。意識がぼ−としているときである。自分自身でもそう訴えている。その時散歩するといいといって散歩すると血のめぐりがよくなっている。前は血のめぐりのよくなる薬を飲んでいた。脳血管姓認知症と診断されてそうなった。意識するということはまず何かの対象物を記憶することなのだ。記憶することから思考がはじまるからだ。もし記憶できなかったら思考できない、だから記憶できないことは人間にとって致命的なことだった。

目の前のもの見る−記憶する−思考するという過程がなくなる。目の前のもの見る−記憶できない−思考できない−となってしまう。記憶できないから誰かが盗ったとかの妄想と狂気になるのだ。前頭葉と海馬の機能の低下は老人には起こるのだか認知症は病的な機能の低下の結果なのだ。でも全く記憶できないかというと記憶できるときもある。全般的には記憶力は回復しないが調子のいいときは直前のことを忘れるということはなくなんとか思い出すこともできる。認知症の症状にはいろいすあるが一番の問題はこの記憶力の極端な低下からもろもろの症状が起きてくるのだ。銀行のことなど金のことがわからないとなると極端な脳の機能低下であり馬鹿になったと思ってしまうがその症状だけをとりあげれば馬鹿になったと思ったが他は今のところ正常化している。

2007年08月30日

記憶の不思議(一生は記憶、悪い記憶も消せない)

 記憶の不思議(一生は記憶、悪い記憶も消せない)
 
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岩は脳に刻印された記憶−青春時代が一番記憶として残る


 
●人生の最後に残るのは記憶である

歴史が基本的には記憶であるというとき人の一生も最後は記憶になってしまう。それぞれの人生をふりかえると自分自身の記憶の不思議を感じてしまうのだ。それぞれの一生が脳裏に刻まれているのが記憶なのである。いいにしろ悪いにしろ思い出したくないにしろ記録にその一生が刻まれる。戦争経験は大変な経験であるから記憶から消そうとしても消せないのである。今でも戦争体験者にとって戦争の経験は生々しいものなのだ。認知症になっても忘れないから千回も語りつづける。その一生は記憶だとすると消したい記憶も消せないのが記憶だから一面記憶は恐ろしいものともなる。記憶の重圧が人生の最後にのしかかってくる。いい記憶ばかりではないからだ。特に記憶として残るのは青春時代まで30代頃まで生々しく残りやすいのだ。子供時代から青春時代までは時間感覚では同じ時間でも10倍以上の時間の長さで経験している。脳裏に刻まれやすいのである。だから宗教カルトになどにはまるとなかなかその記憶が消せずトラウマとなる。そして実際に刻印が脳裏を記憶として占領したときその人はもはや正常な思考はできなくなっているからカルトにはまることは怖いことなのである。相当数の人間が宗教団体に入っているから後年怖いことになる。

青春時代にいい記憶を残した人は幸せである。記憶は宝となる。金銀より貴重な宝となるのが人間の不思議である。青春時代の友達と最後まで記憶されるが老人になってからの友達などありえないのである。老人になったらもはや青春時代とか経験できない、いくら金を積んでも経験できない、残っているのは記憶だけだとなる。自分の場合はいい記憶はない、カルトにはまったりとかいい記憶がない、でも犯罪を犯したり悪にそまったりしていたら後年、そのことが記憶に刻まれているから恐怖の重圧となってくるかもしれない、罪を犯した記憶も消えないからだ。あの世で神に裁かれるというときその心に魂に罪の記憶も消えず刻印されているからである。カインは確かに体にその罪が記憶されたが魂に記憶されてあの世でその記憶から裁かれる。記憶は一生の結果でありその悪しき記憶も消えないのである。確かに犯罪を犯してもまねがれる人はいる。でも心に刻まれたものは記憶からは逃れることはできないのだ。それが人間の罪の怖さなのである。
 

●消したい記憶も消せない

記憶の不思議は青春時代までは絵の岩のように所々大きな岩として動かぬ岩として記憶に刻まれている。子供時代は小さな石ころのような記憶かもしれない、鮮明には思い出せない、青春時代になるといやがおうでも記憶に刻まれるのだ。自分の場合は学校に適応できないとか記憶したくないことが多かったから学校時代のことは思い出したくないのである。学問でも受験だけであり興味を全くもてなかったからだ。だから記憶から消したいんだけど消せないのである。人間の一生と歴史もにているのだ。大事なエポック、歴史の転換期とかは大きな岩として記憶される。平和な時代、変化のない時代は大きな岩としての記憶はないのである。青春時代の消しがたい記憶となるのだ。青春時代はそれだけ貴重な大事な時なのだが青春時代を浪費しないで生きた人はいないだろう。人生の半分は無駄なことに費やしてしまっている。記憶というとき苦労した記憶もなかなか忘れにくい、親を子供のときなくしてどん底の貧乏とかその後も介護10年とか辛苦の経験ばかりした老人は苦労を語り続ける。青春時代が苦労ばかりだったからそうなる。戦争経験者も戦争のことは忘れられないのである。時間の流れの中で巨大な岩となって脳裏に刻まれているのだ。そして三〇以後になると意外と記憶されることが少なくなってくる。これも不思議なことである。自分の場合はそうだった。そして極端なのは年をとるにつれ記憶することはすくなくなるばかりで小さな石ころになってしまう。これは幼少期の石ころの記憶とは違う、記憶に留まらない石ころなのである。認知症になるともはや現在は直前のことすら記憶できない、これは病気でそうなる。
 

●たちまち流れさる時間の急流
時間を流れに例えると子供の頃は小川の流れである。小さな流れでありそれは小さな里を流れている。青春時代になると急流となる。激しく岩に当たり轟き流れる。奔騰する青春の流れである。その時はたちまち過ぎる。ふりかえると時間は急流のように急速に流れて行ってしまった感じなのだ。時の流れの速きかなというのが実感なのである。

子供時代は里の小川の流れ、乱されぬ見守られた平和な流れ

陽はあたたかく穏やかに 小さな花ように岸辺に微笑み咲く

青春時代は暗い急流の流れ、奔騰する危険な流れ

その激流にある者は 飲み込まれ難破して 死にいたる

老年はただ時の流れの早きをなげく 過ぎ去りし時のみ回顧する

そして流れもしない深い淵となる そこにひっそりと月を写す

それは木曽の浦島伝説「寝覚ノ床」ににて 記憶の脱け殻になる

彼はただ昔を夢見て その奥山の深い淵に沈み 永久に姿を隠す

ただ一生は計りえぬもの 自らさえ計りえぬものにて神秘と化しぬ
この詩すら記憶なしでは書けない、深い淵と言ったとき現実に見た深い淵でありこの世にある淵なのである。「寝覚ノ床」も伝説の場所でも妙に現実味を帯びた場所なのだ。はるかな遠い過去の記憶の脱け殻が釣り竿などがまことしやかに記念として残されいるからだ。

2007年09月06日

時代によって変わる価値観(大正生まれの老人は不幸か?)


時代によって変わる価値観(大正生まれの老人は不幸か?)


●親のために働かせられた大正生まれ−戦前の親


時代によって国によっても価値観が変わる。だから老人介護とか障害者問題でも昔は簡単に殺していたとかよく言うけどそれも参考にならない、子供は昔は貧乏人の子だくさんなのは幼児期に死ぬ確率が多いし労働力として子供を生んだ。子供は親のために働かせられていた。親に尽くすものとして子供があったのだ。今でも外国の貧乏な国では親を楽にさせたいために働く、送金するというのが多い。それだけ親の貧乏生活を見ているからだ。一方で現代は逆になった。子供は少子化で親は子供のために働かせられる。子供に尽くすために働かせられる。この不満は戦後の団塊の世代からはじまったのだ。団塊の世代の親は大正生まれとかが多い。今も85から90代で生きている人が多いのだ。こういう人たちは親のために働かせられていた。親のために身を売るということもかなりあった。今でも貧乏な国では同じことが行われているから貧乏だとそうなるのだ。だから大正生まれの親などは非常に子供に対して不満をもっている。全く自分たちが生きた時代とは逆になっているからだ。嫁姑の関係でもそうである。嫁は姑に仕えるのが順序であるが今は姑は嫁に気を使っている。私たちの時代は姑には逆らえず従っていたのに今は逆だから不満になる。そこに時代の差による価値観の相違がでてきたのである。少子化というのも今は大学まで出すのが普通であり何かと金がかかるから大勢の子供を育てるわけにはいかないから必然的に少子化になっているのだ。
 

●「親孝行したいときは親はなし」の諺は廃れる

その時代時代により価値観は変わってくるから昔はこうだったから今はこうすべきだとはならない、戦争の時代はみんな若くして犠牲になった、今の時代の若者は戦争時代の若者よりどれだけ恵まれているかとか言う老人がいる。でもこれもその時代の価値観の中で生きていたのであり今の時代にそれをあてはめるのは酷である。今の人はどれだけ恵まれているかだから文句を言うなとは言えない、では大正生まれの老人が今不幸かというと今が一番幸福なのである。長生きしても贅沢できるし病気になっても手厚い介護をされる。「親孝行したいときは親はなし」とはならなくなった。親孝行は子供が60になっても親は90で普通に生きているのだ。親孝行は必ず介護とかでされるのが義務にもなる。親孝行してもらえず死んだ昔の親とは違い必ず親孝行を要求して実際に親孝行をしてもらい死んでゆくのが今の大正生まれの親なのである。私たちは子供のために尽くすだけでつまらないとか思っていたが認知症になっても介護される、子供がそういう義務を負うようになったのだ。すると子供に対して不満だった大正生まれの親も長生きして良かったとなる。ただ子供に尽くすだけではなかったとなるのだ。だから世の中はうまくできているなともなる。その不満の償いがあったとなる。
 

●手厚く介護される大正生まれの親は今は幸せ


障害者の問題でも昔は産婆が障害児が生まれたら簡単に殺して始末していたとか言うがこれも現代にあてはめることはできない、障害者に対する価値観も変わるからだ。今は障害者は特権を受けすぎるとかの不満が健常者に大きくなっているのもそのためである。50代60代の軽度の知的障害者は障害者とも認められず社会に放逐されて刑務所に出入りしていた。障害者手帳すらもらっていなかったのである。家族からも見捨てられてホ−ムレスとなっていた。これも戦後まもなくは貧乏だから社会保障が行き届かなかったためである。人権の思想だって奴隷は実際は戦争で皆殺しになるよりは奴隷として生かされることは人権としての進歩だった。当時の価値観としては進歩的なものとして奴隷制があったのだ。時代によって変わる価値観は現代に適応することはできないのだ。老人問題もそうだったのである。江戸時代の間引きとかうば捨て山とかがあったとするとそれは極限の貧乏からそうせざるをえなかった。豊かになれば考え方も処遇も変わってくるのだ。人権の問題も中国では人権意識は軽い、日本などでは人権意識が高いから中国人の犯罪者は刑務所は待遇がいいからたいしたことないとまでなる。国によっても価値観は変わってくるのだ。だから幸不幸というのは昔の人は貧乏だったから不幸だったとか今の人は豊かだから幸福だとかはいちがいに言えないのである。時代により価値観が違っているし何を幸不幸の基準にするかでも変わってくる。だから時代によって幸不幸は計れないのだ。ただ戦争に生まれ合わせた人は不幸だったとはなる。でもその人たちの不幸から今の人は見習うべきだとはならない、戦争は異常なことであり異常を基準にはできないからである。

2007年10月02日

認知症の誤解(認知症は正常者かみ見てわかりやすい?)


認知症の誤解(認知症は正常者かみ見てわかりやすい?)
http://musubu.jp/jijimondai36.html#nin1

 
二年近く家族の認知症にかかわった。最初は本当に恐怖した。人間が人間でなくなる、人格が変貌するとか、様々な恐怖に襲われた。今でも恐怖はあるが意外と認知症はわけもわからず人を襲って殺人にいたったりすることはない、確かに感情的になり暴力にはなるがそれが殺人までなることはない、それなりに歯止めがある。感情的になっても暴力的になってもそれにはそれなりのその人の理由がある。相手にとっては納得しがたいものでもその人にとっては理由があるし他から見ても理屈的に全くわけのわからないものではなかった。正常者から見てもその行動はわけのわからないものでない、訳がわかる、わかりやすい病気だという面があった。こんなことをするのはこんなことにこだわるのは何々だからと理屈でわかるのだ。全くわけわからないものではない、忘れるから記憶できないから同じことを何度も言う、それを言うなと言っても無駄だとなる。記憶できないことから様々な症状がでてくるのだ。
 
記憶できないことから感情が不安定になり不安感があるから安心できる環境を人でも設備でも与えると感情が安定して扱いやすくなる。認知症は確かに複雑なものだけど理解すれば理解できる、心を通じ合わせることができるということに救いがある。もし正常者とは理解できない世界に行ってしまったとなると悲劇である。確かにちぐはぐだし低能化して理解しがたいことは確かである。とても普通の人のようにはつきあえない、でも全く心が通じない、理解しえないとなると悲劇だがなんとかその接する人が認知症はこういうものだとわかって接すれば怖いものではないし心は通じ合える、理解しあうことができる、相手を理解できるのだ。もちろん認知症にもいろいろあるから絶望的な人もいるし重度の人はわからないからいちがいには言えないが私が接した限りではちぐはぐで変なんだけど普通にはつきあえないにしても正常者がカバ−すればそれなりに相手を理解できるから救いがあったとなる。ただこれもこれからどうなるかわからない、もっとひどくなれば理解できない、通じ合えなくなるのか、そうなるとやっぱり悲劇だとなるが今のところは理解できる病気だなと思ったのである。

2007年10月05日

福祉介護は現代社会のアンチテ−ゼ(福祉の問題点)-時事36へ

 

福祉介護は現代社会のアンチテ−ゼ(福祉の問題点)-時事36へ
http://musubu.jp/jijimondai36.html#welfere1

 
福祉介護の問題も複雑である。福祉は受ける側にもかなりの問題があった。福祉もただ権利を要求するだけとなるのが現代だった。だから団体化組織化して福祉の権利を要求するだけとなると本来あわれむということに発していた人間の福祉の精神はもはやそこに働かない、ただ福祉を強要される恐怖しかなくなる。弱いものを楯にしてコムスンの社長のようにこの世の栄誉栄華を追求するものとなる。福祉は弱肉強食の世界とはアンチテ−ゼの世界としてあった。福祉は社会の負の部分を負う世界である。高齢化社会でこの負の部分が増大したのだ。福祉を受ける側が負担する側の過重となる。そうなると福祉もきれいごとだけではかたづけられない、若者の憎しみをもかうことになる。福祉の負担が大きくなり社会自体が福祉によってつぶされるという自体にもなりかねない、高齢化社会は今までにない問題をつきつけたしその解決方法はこれから模索される世界なのだ。高齢化社会がすべて悪いとはならない、高齢化社会とはすべての人が弱さを生きる社会となるから社会の在り方を問いなおすことにもなる。だから大家族制を見直すべきだとか地域を見直すべきだとか現代社会のグロ−バル化などが壊したものを再建するべきだとなる。それは本来の人間味ある社会にもどそうとすることにもなるからすべてが悪いとはならないのだ。

2007年10月07日

高齢化社会で問われる遊びの価値(認知症の原因は遊ばないから?)

 
高齢化社会で問われる遊びの価値(認知症の原因は遊ばないから?)−時事問題36へhttp://musubu.jp/jijimondai36.html#asobi
 
認知症の原因はわからなんにしても高齢化社会は未だ人類が経験していない様々な問題を提起している。90まで普通に生きる時代を想定することができなかった。個々の問題として高齢化があると同時にそれだけ大勢の人が長生きするのだから全体の社会の問題になる。昔も確かに老人の問題はあったが全体社会の問題とはなりえない、例えば老人を供養した地蔵は少ないが地蔵は子供が幼くて死んだのでその子供のために建てたのが多い。老人の問題より子供が幼くして死ぬのが多かったから地蔵信仰が広まった。姥捨山とかあるが全国でもそれは極一部でありそれほど問題にされなかった。長生きする老人そのものが少なかったからである。間引きとか子供の方を殺し人工調整を計ることの方が多かったのだ。
 
高齢化社会は認知症になる老人の数の多さも半端じゃないし90以上生きる老人が百万とか信じられない高齢化社会なのである。長生きしても80がやっとでありそれでもわずかしかいない時代であった。この長生きの中で人間の生きる意味が問われる。働くばかりでは残りの長い人生を生きていけないという問題がでてくる。暇(スコ−レ)からスク−ル(学校)が生まれたとすると学校とはそもそも実用の学ではない、遊びの学として生まれた。実用的職人的な仕事は学校とは別にあった。学校は暇ができてその暇から学問が生まれたとすると実用的でないのがそもそも学問だったのである。その暇が高齢化で老後にもたらされたという皮肉がある。その暇は働く時間ではない、実益の必要ない時間として老後に与えられる。その時間が長いのである。そこで純粋に実益とは関係なく遊ぶことが老後に求められる。でも遊ぶことは無益として働くだけ実益だけを追求してきたら遊ぶことはできない、会社をやめたら実益の仕事もない、遊びは馬鹿らしいとなりやることがなくなるのだ。夫婦などでも趣味がないなら話すこともないと知的停滞が起こりそこから認知症になってくるという恐怖が生まれた。60くらいで死んでいればそうはならないですんだがそのあとの人生が長いからそうなる。ここに価値観の転換が求められるが簡単にはいかないから大きな問題となる。

2007年10月14日

高齢化介護福祉社会の労働は助け合いの労働 (人間は誰しも社会に大家族制を求める)


高齢化介護福祉社会の労働は助け合いの労働
(人間は誰しも社会に大家族制を求める)
http://www.musubu.jp/jijimondai36.html#bigfamily

 
高齢化の問題は日本だけではない、一番深刻なのが意外と中国だということでもわかる。人類的課題としての高齢化問題だった。高齢化介護福祉社会は今まで競争社会として追求してきた価値観とは正反対の世界である。それが一番わかるのは家族の中にヘルパ−を入れるときその人は擬似的にも家族の一員のようになる。ヘルパ−自体そう思わない賃金労働者として家族に入ってきても実際は家族の一員のようにならないとうまくいかない、料理だけすればいいとはならない、家族の一員としての無償的労働を望まれるのだ。だからそういう人が即席に金で雇うことはできない、世話になったから今度は世話する番だとか昔から金持ちの家だったらその家で家族のようにして働いていたからとかなるとその家の事情もわかっているから働きやすいとなる。これまでの会社で追求してきたような競争で勝者になるという労働とは違い家族的協力の労働になるから利益だけを追求するのとも違う価値観を求められるからむずかしいのだ。
 
カルトの宗教団体が求められたのも社会自体に疑似家族を求めたのも要因の一つだった。暴力団だってそこに疑似家族を求めている。親分子分も疑似家族なのである。それはとりもなおさず現代が家族そのものでも家族的な紐帯や愛すら失われてきたからだろう。人間は家族内だけでなく家族の外部にも疑似家族を求める存在である。大家族制があるときはその中で情愛深いものが育ったかもしれてない、そういう情愛が育つ環境を失ったとき人間はカルト宗教団体であれ外部に疑似家族を求めた、会社にも終身雇用とか大家族制的なものを求めたのである。しかしそれはまさしく疑似でありそんな巨大な疑似家族などありえようがなかった。疑似家族は国家ともなり宗教団体は恐るべき権力志向となった。何百万の人間が集まるところには疑似家族なりえない、家族というからには百人以内くらいが家族の限界だったのである。

2007年11月09日

認知症の暴力の原因(プライドを失わない


認知症の暴力の原因(プライドを失わない)


直前のこと忘れるけど自分が忘れたと認めない
自分じゃない、他の人にする
サイフを隠したりして自分でわからなくなるけど
絶対に自分のせいにはしない
馬鹿になったけど馬鹿にされたくない
訳がわからなくても訳ありの顔をする
金は管理できなくても自分の金はもちたい
いろいろ能力がなくなっても
前と同じようにあつかってもらいたい
前と同じくできる人間としてあつかってもらいたい
馬鹿にされたくない、軽蔑されたくない
私は前と同じであり優秀なんだ
そして何でもできる時に心は帰り実際にその時の人になる
これらを認めないと暴力をふるう
自分自身もできないことに憤りを感じている
なぜこんなことができないのかわからないのか
その不満が最も身近な人に向けられ暴力になる
認知症の人は何よりもプライドをもっている
これを傷つけられると怒り暴力になる


認知症とはそもそも何なのか、認知症はわかりやすいと書いた。わかりやすいというとき正常者の心理で推測できる、理屈でわかるということでそのことを書いた。ただわかりにくいこともある。なぜしきりに家を出るというのか?何かことあるとそうなる。私の家ではその人の言うようにしているからそうなるはずがないのにそうなっている。これも不思議な心理だしこれが極端になると徘徊になるのかもしれない、家から出てしまうという心理がわかりにくいのだ。どこに行くのかというと前は友達の所だったが今は拒否されたから行くところもないのに出て行くという、何か不満があるとそう言うのである。そこが解せないし行くところもなくあてどなく出て言ったらこれは馬鹿だしどうにもならないものとなる。
 
最近また悪くなって暴力をふるう、暴れたのは不満があったからだ。自分の金を自由にできないから自分の金を盗ったと騒ぐ、金を自分で管理できない不満が身近なものに向けられる。認知症の人は自分ができないことに大きな憤りをもっているのだ。その不満が暴力になる。どうしてもこれだけ無能力化されれば家庭でも回りでも軽蔑の対象になり家族からも嫌がられのが普通である。では認知症の本人の心理としてこれは理解できないことはない、誰だって馬鹿にはされたくない、軽蔑はされたくない、無能力化されても能力あるときの自分のように接してもらいたいというのは理解できる。ここが普通の生まれつきの知的障害者との大きな相違である。プライドを堅持している、だからプライドを傷つけられると怒り暴力にもなる。軽蔑されたとかわかるとか回りの対応に敏感になっているというのも不思議である。家に時々話し相手にくる人は世話になったからと馬鹿にしていない、今も前のようにたてている。それで満足しているのだ。でも普通はそうはならないしめんどうだからつきあわないしつきあえないのだ。理解力がなくなり能力が落ちているから話が通じなくなるからだ。
それで幼なじみから付き合いを拒否されたとき暴れたことがわかる。回りの対応が今までと違ってくる。なぜ

自分は嫌がられのか?その不満が身近な家族に暴力となってくるのだ。 


沖縄では老人を敬う習慣が残っていてボケ老人でも老人は敬われているから老人のボケは気づかなかったり仕事までして普通に地域社会で暮らしているというから不思議である。認知症になっても回りの対応が変わらないからボケがすすまないし社会に適応しているという。だからこうした昔ながらの老人を敬う社会だったらボケは認知症はあったのだが単なる耄碌とか老化として家族でも地域でも大目に見ていた故江戸時代でも認知症の対する病気という認識がなく記録として特別なものとして残らなかったのかもしれない、高齢化してこうしたボケが増えてこれを病気とするようになったともとれる。文明化して科学が発達するとかえって病気の種類が無数に増えて来る。鬱病もどこまで全部が病気なのかわからないが鬱病は病気だとなりあらゆるものが病気として治療の対象となってしまう。ともかく認知症は不可解な病気にしてもその暴力の原因も心理も理解できないものではない、その点これが精神異常なのか何のかわからない点なのである。能力がなくなったそのことに対して自らも憤り他者にもその不満をぶつけるのが認知症の最大の特徴のように思えるのだ。
 

認知症の誤解(認知症は正常者かみ見てわかりやすい?)
http://www.musubu.jp/jijimondai36.html#nin1

 

認知症の暴力の原因(プライド高いリア王の最後とにる)
http://musubu.sblo.jp/article/1323527.html

 

認知症老人より劣る普通の老人?
(人間の価値は誰もわからない、神のみぞ知る)
http://www.musubu.jp/jijimondai38.html#robot

 
認知症だけではない、普通の老人でも人間は自分が優秀だとこだわる人はリア王のように狂気と化してゆく
だからこのプライドの問題は人間一般の問題でもあった。それをここで書いた。
 

2007年11月25日

認知症でも最後まで人とのつながりを求める(キ-ワ-ド−猿 介護 介助−)


認知症でも最後まで人とのつながりを求める

(キ-ワ-ド−猿 介護 介助−)
 
●猿も介護の時代?
 
「猿 介護 介助」というのには笑った。猿も介護なのか?動物園なのだろうか?犬、猫なら今や介護は普通にある。ペットの犬、猫は家族の一員と化しているから違うのだ。時々ペットを飼っている人のプログ読んでいると人間として扱っているし飼われた犬、猫も人間化している。だから介護もするようになる。犬でも猫も認知症になる。やはり年老いると動物も認知症になるのだ。犬は確実になる。夜吠えつづけたり異常行動がでてくる。つまり認知症、ボケとは病気なのだが老化として動物でもなるのだから死ぬ前に起きてくる共通した極端な老化現象なのかもしれない、四国のホ−ムレス遍路がペットより人間の方を大事にしてくれと言っていたがこれはまた別な問題だと思った。人間の方が大事なのだがペットとは特別な情が通いあっている。長く一緒に暮らしていることで情が通いあっている。それは人間の一方的な感情ではない、犬、猫でも人間にたいして情をもつようになっているのだ。ペットは人間化した犬、猫であり野生の犬、猫とは違ったものとなっているから介護までするとなる。
 

猿は、気に入った人間と強い絆を持ちます。たとえば、動物園の飼育係さん。漫画にもありましたが、猿に気に入られた人が飼育係になることが多いそうです。そして、気に入っている人だからこそ、その人の気持ちといっしょになり、その人の行動を共にするようになるのでしょう。
http://allabout.co.jp/pet/smallanimal/closeup/CU20060306A/index.htm


これは認知症の人とにているのだ。認知症の人は嫌う人は嫌って寄せつけない、家族でも子供がいても兄弟でも気に入った人を選びその人に頼ってくるのだ。その人とは心が通じ合い言うことをきくのである。これは施設でもそうらしい、他で問題行動起していた人が前の施設で介護していた人がきたら言うことをきいたというのだ。気に入った人の言うことはきくのだ。それはその人と猿と同じように心の絆が作られていたからなのだ。ただこれで困るのは気に入られた人なのだ。その人だけに頼るからいやな人を拒絶するから代わりにめんとをみる人がいないから交代もできないとなる。
 
●つながりの継続を求めている認知症
 
このキ-ワ-ドできていた人は介護犬とか介護猿のことで人間を介護する方としてのアニマルセラピ−の動物のことかもしれない、認知症の人にはアニマルセラピ−などもいい療法である。なぜかというと今までの普通の人ととコミニケ−ションがとれなくなる。会話が通じなくなり付き合いが拒否されてしまうからだ。これはかなり人間にとって深刻なもんだいてある。若い人50代とか60代とかでなるアルツハイマ−になった夫婦の一方で困ったことは会話が成り立たないということだというのもわかった。人間としてのまともな会話できなくなるのだ。若いからこれは辛いとなる。年取ると年だからしかたないとあきめめるが若いとそうはいかないからだ。なぜここでこんなことを話題にしたかというと人間であれ動物であれつながりをもっていたいというのは共通している。心を通じ合わせたいというのは共通してある。それは人間と動物の間にもあった。特に霊長類だと確かに情が双方向的に通じ合うことがある。認知症の人もつきあうことがひどくめんどうだからさけるようになり付き合いが断たれるがそれでも人間としてのつながりをもっていたいということが認知症の人にあるのだ。幼友達として長年つきあっていた人との関係も断たれた。やはり知的障害がでると普通の交際はできないからそうなる。比較的寛容な人でもそうなりやすいのだ。一人だけは特別世話になったということで一週間に一回くらい相手してくれる。この女性は認知症のことを良く知っている。昔の話もいやがらず聞いてくれるし何を話してもちぐはぐでも合わせてくれるのだ。だから認知症の人にとってこういう人であればつながりの継続は保つことができる。でも自分のように毎日離れずいなければならないとなると問題になる。たまにしかこないから精神的負担はないからだ

●奇妙な認知症の人との関係の継続
 
奇妙なのは近くの唯一時々呼ばってくれる女性は話が通じないのになぜ時々呼ぶのだろうと思って不思議だった。前から親しくしていたし世話したこともあるからそれで嫌でも話相手になっているのかと思っていたのだ。実際はその人は相手のことをかまわず一方的に話す人だった。そしてただその話を聞いているだけでうなづくだけの関係だったのだ。認知症の人が話すと同じことをあくことなくしゃべりつづけたり話すことが脈絡なくなったりおかしなことがでてくるので聞いている方でいやになる。この場合は一方的に話をして認知症の人の話は聞かないからそういう問題が起きていなかったのだ。でも呼ばれると喜んで行っているのだ。つまりこれでも前の人間関係はつづいているのでありつながりの継続があったのだ。何であれこうしてつながりが継続されることが認知症の人にとってはうれしいのである。話はうまく通じないけどわたしとあなたは前と同じように友達だよ仲間だよという一体感をもつことが認知症の人にとって必要なのだ。施設でも認知症の人の会話は訳のわからないものでも仲間だという認識はありそれで連帯感をもっているというからこれともにているのかもしれない、会話は外から見てちぐはくでも心は通じ合っているとなる。
 
これはペットと同じかもしれないと思ったのだ。犬猫とは確かに言葉は通じなくても情が心ににたものが通じるのである。ペットとして扱うのも変だが相手が普通の会話が通じなくなっても動物的感のようなものをもっていて心を通じあせるものの言うことはきくし愛情をもつし一体感をもつのである。ただここまで配慮してくれる人はまれだから人間の場合は相手が悪いとなる。ともかく一方的に話す人であれその人に好感をもっているからゆくのでありあの人の所にゆくと話が長いので疲れるというが今ではその人しか呼んでくれない、そこに普通の会話ができなくなっても心は通じ合っている、前と同じように友達なんだよという関係はつづいているのである。いづれにしろ「猿 介護 介助」というとき現代が介護の時代であることがこれでもわかるのだ。


●介護士などに向いている人
 
介護士というのが職業になったのは最近のことである。だから給料が安いとか不満が多いのだ。また介護士という職業の地位が定かではないからアルバイトくらいの土方作業だとかしかの評価がない、でも職業には何かその職業にあった資質がどんな職業でも求められるのだ。職業には詳しくないけど一般的に介護士に求められるような資質は職業に存在しなかったのではないか?確かに看護婦が共通していたし介護士と非常ににているが看護士は注射をしたりとか医者の役割もしていた。介護士は医者の役割をしない看護婦となるのか?それ以上に認知症の介護となるとさらなる資質が要求されている。
 
今まで述べたようなこと猿の飼育者のような動物に好かれるような性格が必要になっているかもしれない、それはどちらかというと男性的ではない女性的資質である。やさしさとか気配りとかいったもので競争に打ち勝つ強さとかではない、看護婦とにているからそうなる。だから介護士というのが男性がなることは女性的資質をもった人となる。そういう資質を男性に要求されること自体今までなかったのだ。
 
認知症の介護となるとこれは実際相当な高度な資質が要求されているのだ。それは長年親しんだ家族でも介護はむずかしいのだからこれを他人がやるとなるとさらにむずかしいものとなる。そこで常に施設でも問題が起きているしそこまで配慮して介護している施設はまれだとなる。認知症の介護できるのは本当は相当な高度な仕事なのである。ただそれはほとんど評価されていない、価値が認められていないのだ。ただ介護士という仕事が介護時代に生まれたのでありその仕事の評価も変わってくる。その過渡期だからそうなっている。時代によって新しい職業が生まれるしその資質も変わるのだ。優しさが職業の資質として求められるということはあまりないことだった。ただ介護の時代になるとそういう資質が要求される、価値が認められる。時代によって求められる価値は変わるのである。


 認知症でも最後まで人とのつながりを求める(2)
(人間より犬猫の方が正直で親愛の情は変わらない)
http://musubu.sblo.jp/article/27841356.html

 
この記事にアクセスがつづいている。それで続きを書いてみた。犬とか猫に財産残した人いるけどそれだけ人間が信じられないとか嫌になったためだろう。認知症になると親しかった人の付き合いはたたれることが多いだろう。人間としてすべてわからなくなったのではない、今まで親しかった人とは親しくしていたいのだがそれができなくなる。でももし犬猫だったら親愛の情は変わらず保ちつづけられるだろう。相手が馬鹿になったことがわからないからだ。すると認知症の人にとって犬猫などペットの方になぐさめられるとなる。
 
 
 

2007年12月23日

消えたもの盗られ妄想


認知症の姉の騒がず穏やかに庭に石一つ冬の雨ふる

 
どういうわけかしらないけどやけにおとなしくなってしまった。盗ったとも騒がないし感情的に穏やかになっている。今までの騒ぎが嘘のようになり気のぬけたようにおとなしくなっているのも不思議だ。認知症の中核症状はもの盗られ妄想である。これは何度も書いてきたけどこれは抑制できないパニック症状だから薬でも飲ませるとか拘束するとかしか対処方法がない、それがないと認知症でも極端な物忘れとか計算できないとか銀行のことがわからないとかあるがそんなに困ったものにならない、それ意外は普通の人と同じに見える。老人は物忘れしてもそれは異常ではない、認知症は物忘れが極端だから異常にしても人間的にすべてがわからない人になったわけではないから異常に見えないのである。顔も一目見ただけではわからない、普通の人と同じ顔しているのだ。一時顔まで歪んでいたのである。
 
そもそも認知症とは何か医者すらわからないのだからこれは今も謎である。ただ中核症状から波及する周辺症状は対処によって抑えられる。その人の気分のいい状態にしてやればおとなしくしているのだ。ただこれは誰かが犠牲となったりするからむずかしい。できない人をたてたりできる人のように扱いないからである。いづれにしろこの病気と苦闘した二年間だった。認知症でもこんな状態だったら楽である。三食用意していればあとは文句も言わないからだ。極端な物忘れ症状は残ってもそれだけなら介護に困ることはほとんどないのだ。だからこの病気は一体何なのか未だにわからない、脳が損傷したらもっとひどくなり暴れたりして手に負いなくなっていた。それがやけにおとなしくなった、つまりもの盗られ妄想が消えたのである。これでわかるようにもの盗られ妄想は消える。暴力もおさまる。ただ中核症状の極端な物忘れやその他の知能の低下は以前として残る。でも何もわからなくなるのとは違う、大人としての見識をもっているし通じるのだ。それが全部とは言えないにしてもこれが前からも不思議なことだったが今でもそうである。
 
認知症はその家庭とか回りの対応によって非常に影響されるものではないか?簡単なことができなくなったとか計算もできないとかいろいろな知能の障害がでてきてこの人は馬鹿になったとか回りでしかったりおとしめたりある人は息子が嫁の前で殴ったりとかひどい対処の仕方をしている人がいる。そうしたから確実に悪化する。プライドは以前と同じように持っているから正常なときと同じように扱ってもらいたいのである。それができないと暴力となり攻撃してくる。だから対応が誤ると悪化するのではないか?今の状態を見るとそうである。私の家ではその人のいいようにしてきた。失敗しても何してもとがめたりはしない、確かに何回かは頭に来て私も怒り狂ったがあとは困ったことを言わない、そして毎日朝にお湯を沸かす必要がないと言ってもわかすので沸かすなと言ってもわかしてしまうのでガスコンロをわかさせないようにするほかなかった。でも今度から沸かさないようにするからと・・・しおらしげに言っているのを見て悲しさを感じた。自分ではするなと言ったことをしないようにしているのだがそれができないのである。それが病気なのである。
 
ともかく二年間認知症と苦闘してみてこれほど不思議な謎めいた病気はない、これは人格の全体の知能全体の破壊ではない、人格は前と変わらないし性格も変わらない、知能も確かに銀行のことがわからないということは余りにも極端なことだから驚愕した。でも全体の人格とか知能とかが全部だめになったのではない、人格は保たれているし大人としてわかることはわかる。大人として全部ではないにしろ通じるのだ。自らも自分がどういう状態になるのかをわかっている面がある。全部ではないにしろわかっているのだ。だから中核症状は残っているにしろもの盗られ妄想が消えたことは精神に非常にいい影響があるし穏やかになるしいちいち盗られたとか騒ぎ自らも苦しみ回りもそれにふりまわされることがないから楽になったのである。対処方法がよければ中核症状は残るにしてもこのようになるのかもしれない、ただこれからどうなるかは予測できない、もし脳の損傷だとしたらまた悪くなる。そうでないとしたら精神の病でありもの盗られ妄想などは消えることは確かである。


 

子規の句から介護について

 
 子規の句から介護について
http://musubu.sblo.jp/article/8719955.html
 
今日の一句一首の方にこれを書いた。介護のことと一句一首が重なってしまった。
子規の介護論というのもあった。あれだけ病気で苦しんだのだからわかる。やはりどんな人でも
病人は介護され人でも医者でも不満がある。不満が怒りともなる。モンスタ−ペイシャントと極端にしても
そうなりやすいのだ。認知症でも不満から怒りとか暴力になっているのだ。
病気と文学は関係が深い、病気から深い文学も生まれた、それは病気は死と直面して物事を別な目−末期の目とかで見るようになるからである。だから健康のときは作れないような深いものが生まれる。
病気も人間の宿命であり逃れることができない、でも病気から生への深い洞察が生まれることも人間だとなる。人間は何であれ苦難であれ病気であれそこから意味を見いだすことができる。それが人間が人間たる所以である。介護するとはまた弱いものを見つめるというこれもまた健康なときとは違った人間の接触であり
嫌になることもあるが人間として成すべきものとして介護があるのか、介護される人−介護する人という関係はこれまた普通では経験しない特殊な関係であることに気づいたのである。弱者のいたわりを養成されることであるが反面、老人とか病人への嫌悪感を抱く契機ともなりうるからむずかしいのだ。
 
このカテゴリ−にこれを出そうとしたが今日の一句一首に介護の俳句の鑑賞としてだした。 
 

2007年12月24日

ある兵士の祈りの詩と認知症

 
ある兵士の祈りの詩と認知症
 
原作者不詳・南北戦争で廃疾となった南軍兵士が残した言葉と伝えられる
 

1)成功を収めるために 神に力を願ったのに
  弱くなってしまった 謙遜を学ぶように
  偉大なことをするために 神に健康願ったのに
  病気になってしまった 神の心に適うように
    私の願いは何一つ叶えられなかったけど
    希望した全てのことを 私は受けた


2)幸せになるために 神に富を願ったのに
  貧しくなってしまった 生きる厳しさ知るように
  弱い人を助けるために 神に権威を願ったのに
  無力になってしまった 神に頼ることを学ぶように
    神は私に必要なこと何もかも知っておられる
    希望した全てのことを 私は受けた


3)人に尊敬されるために 神に手柄を願ったのに
  ただ失敗に終わった 思い上がらないように
  聖なる人になるために 神に徳を願ったのに
  罪の醜さに泣いた 神の愛の深さ悟るように
    私の姿は変わらない 弱く何も出来ないけれど
    喜びに満ちあふれて 私は歌う


成功を収めるために 神に力を願ったのに
  弱くなってしまった 謙遜を学ぶように

 

あなが築いてきたものはもろくもみな崩れた
あなたは力が強く頭が良かったが今や
あなたは簡単なことも整理できない
料理もできない、計算もできない、弱者だ
あなたは人に頼ってしか生きることもできない
あなたは謙遜に人に従うほか生きることができない

 
幸せになるために 神に富を願ったのに
 
銀行に金あることもわからなくなった!!!
 
人間は認知症になったらこうなる、それも神の御意だったのか、それとも神の罰だったのか?しかしこの言葉は認知症にも通じているかもしれない、強い人も金に執着して頼る人もそれがわからなくなる、ただもはや他者にすがるほかない、神にすがるほかないのか?自らの頼むものはみなもろくも奪われ崩れさってしまったのだ。認知症はなぞにしても人は最後にこうなりうる、人間はいかに弱くもろいもなのか思いしらされる、アメリカ大統領になった人でも認知症になる、一流の学者も認知症になる、誰でも認知症になりうる、そして人間の弱さ、もろさをこれほどあからさま示されることはない、あなたが誇りとしていたもの頼りとしていたものがみなもろくもくずれさる、バベルの塔のように崩れさる、あなたは無能とされてしまう驚愕が認知症だ。


しきりに頭良かったのになとか言うのは本当である。誇りとしていたものがもろくもみな崩れさったのである。

そのことに対する憤りが暴力となったのか、人間がこれほどおとしめられるものはない、なぜそうなったのか、させられたのか?これは誰にでもなりうるものでありやはり人間の傲慢に対する罰なのだろうか?
なぜなら人間の能力の極端な無能力化が認知症だからだ。能力がなくなり整理もできないような盲人のようになってしまうからだ。目が見えないのではない、脳が記憶できないから物事が見えなくなるのだ。
本人にとってもショックであり悲しいことである。その悲しさを介護する人は知る。介護する人もその悲しさを共有するのだ。
 
神はなぜこのうよな酷い仕打ちを人間になすのか?

人間になぜ酷い罰のようなものとして無惨にされるのか
 
しかし認知症になっても人間は人間である。まだ愛がわかり愛情を理解している。愛の絆は保たれる。それは家族だけではない他人でも愛情をもって介護してくれる人とは通じ合える、無能力化しても愛は通じる、言葉は通じなくても愛は通じる・・・それが人間の最後の救いなのだろう・・でもまた最も愛しえざるもの、忌避されるものが認知症なのだ、そこに愛の葛藤が生まれ、苦闘する。認知症も人類に与えられた試練であったのか?それを克服するのは医学なのか、新薬なのか?それとも愛の接触、介護なのか・・この病気の謎は深い・・・・認知症に明け暮れた今年もクリスマスとなり終わりである

2007年12月29日

人生の価値は金なのか? (貯蓄できない時間、老人は体験したものが宝)


人生の価値は金なのか?
(貯蓄できない時間、老人は体験したものが宝)

 
この世の中、金はいくらでも貯金できる。ところが時間とか体験とか貯金できない、老人になれば何が一番大事か誰でもわかる。青春の体力であり能力であり老人になって失ったものである。もはやそれは取り戻せない、時間は貯金できないからだ。時間がもし貯金できたらどうなるか、私は時間を1000000時間貯蓄したから60才になっても貯金した分だけ生きられるとなる。しかし時間は貯金できないからそうはならない、金は貯金できたから一億円貯金した人はこれで何不自由なく生きられる、これから悠々自適に暮らせるとかなるがその時体が弱っていれば旅行もできなくなる。本を読もうとしても頭が働かなくなり読めなくなる。それは金ではどうにもならないのだ。体力、能力も貯蓄できない、確実に老人になれば低下してしまうからだ。60年間生きて別に金を貯蓄しなくても貯蓄されたものは必ずある。それはその人なりの体験であり知識の積み重ねでありその人がテ−マとした研究であり旅をした体験も蓄積されているのだ。私の場合は30年間旅をした体験が蓄積されているのだ。だから思い出しては書いて発表している。詩でも明らかに過去の様々な体験から創作しているのである。外国旅行でも日本旅行でも豊富な旅の体験が書くものに自ずと現れてくるのだ。旅で撮った写真も今では貴重なものになっていた。旅では後で思い出すように写真をこまめにとっていた方がいい。今日も昔の映画をデジタル放送で見たがほとんど忘れていたのだ。映画も二度見るとわかりやすい、記憶に定着しやすいのである。旅も同じ場所二度行けば記憶に残りやすいとなる。前にも書いたが老人の財産はその人が体験したことであり記憶なのである。
 
人間が蓄積するものはまず金であることは確かである。これは一番具体的にわかりやすいからだ。90まで生きて60のとき国民年金を一年に25万ちょっともらった。それが90まで生きるとどうなるのか?30年で一千万貯めたんだよというとこの計算の長さには驚くだろう。30年の期間を考えれば金もそれだけたまるものだと思った。でも金の価値は変動しやすい、30年前の一千万は二千万の価値があった。今の二千万は一千万の価値しかないのである。貯蓄するもので金は具体的でわかりやすいが実際は変動しているのだからその価値を計ることはできないのである。時代の変化であらゆる価値は変わりやすい、戦争を体験した人はそれを身をもって知っている。工場に働いていて夫が事故で死んだ、その妻は保証金をもらいそれで一生暮らせるといわれた額だった。その後戦争がありそのもらった金の価値はゼロになった。ただ故郷に二反ほど買っていた土地だけが財産として残ったのである。戦争はまるっきり日本の金の価値をゼロにしたのである。戦争中に発行した軍票とか紙幣も価値はゼロになりそれで日本政府に訴えている人がいるが無駄だった。戦争のような大事件があれば価値は全く変わる。もちろんこれからも世界大不況が起これば金の価値はゼロになる恐ろしさがある。つまり金は紙切れと数字にすぎないからいくら貯えても安心はないのである。事実戦争中や戦後も農家の食料を買うためにどれほど苦労したかわかる。金は役立たず衣服とかと交換して都会の人はその日の食うものを農家から買ったのである。
 
人間はまず体験や物語を買うことはできない、なぜならそれは自ら苦労して勇気をだして体験したものだからである。戦争の体験をした人はともかく今では体験しえないものを体験している。その体験の重みがあるから体験しない人が言うのとは違っている。ただ現実に人を殺してどんな気持ちだったとか問われてもなかなか正直には答えられないだけである。それぞれの体験は物語はその人だけのものでありその人の血肉となって刻まれたものである。そこに体験の重さがある。今になればもっと外国旅行を体験していれば良かったとなる。ヒマラヤにももっと上っていればよかったとかなる。実際に60才くらいで十回も上ったという人もいたから驚きである。それだけ行けば満足だろう。私の場合は北海道には十回行ったからこの点では満足している。ただこれだけ30年間旅行してもやはり一個人が旅行する範囲は極めて限られたものだと思った。今の人は世界一周を一年とか平気でしているからそれはあとで役に立つだろう。どんな体験も蓄積されあとでふりかえりその意味を問うことになる。誤った体験もそうである。戦争でも私の場合はカルト宗教に入ったこともそれは一つの体験でありどうしてそういう過ちを犯したかを書くことになる。戦争でも本音はなかなかでてこないが今ではみんなその時ふりかえりあのことはこういうことだったのかと納得いくことがある。ただ時間だけは逆戻りできないのだ。あのときこうすれば良かったと思ってももはや老人になればできないのである。悔いのない人生を送れというけど人生に悔いが残らない人はいない、金は貯金できても時間は貯蓄できない、あなたのなかに確かに一億円貯金が残ってもあなたの人生の中味−体験は何だったのか?それが老人になって問われるのである。

2008年01月15日

救急車を早く呼ぶべきだった(家族が脳内出血に)


救急車を早く呼ぶべきだった(家族が脳内出血に)

 

かかりつけの医師がいる場合は、すぐに連絡をとり、その指示によって、ただちに救急車を呼びます。
救急車が到着するまでは、トイレや浴室等で倒れた場合は体を拭くなどして、体が冷えないように。また、呼吸しやすい体位をとり、吐いたものがのどに詰まらないように、首と体を横向けに(動かない手足を上)。


軽度の患者や救急車をタクシー代わりにしようとする通報者には民間搬送の利用を求める。これによって年間約5000件の搬送が不要となる見込みで、同庁は、通報から平均7分30秒かかっている救急車の到着時間の短縮につなげたいとしている。

病院は受け入れを断れば、それで済んでしまいます。
しかし、救急隊はそうはいきません。
なぜなら、目の前には苦しんでいる患者さんや、その家族がいるわけですから・

 
昨日から今日は姉が何回も吐いて起きられなくなった。吐いていたから嚥下障害とばかり思っていた。起き上がることもできないので今までとは違うと思ったが一晩寝れば直ると思ったのが失敗だった。脳出血して動けなくなっていたのだ。朝になって近くの医者に行って往診たのんだら当番だから規則だから行けないと説明しても来てくれないと言われた。当番であっても緊急なのだから命がかかっているのだからもっと真剣に考えてほしいがそうではなかった。最近一年くらい医者に行かないのもそうされた原因だった。ホ−ムドクタ−にはなっていなかったからだ。それにしても医者として冷たいし医は仁術でもない、医者も冷たいものだなと思った。医が仁術というとき命がかかっているからそうならざるをえないのだ。ほっとおいたら死んでしまうからこの人が貧乏だとか日頃私にみてもらっていないとかいろいろ注文つけていられない面があるからだ。ただ医者も人だから人によってかなり対応が違ってくることは確かである。日頃から親しくしていれ人はそうはならないからだ。
 
救急車が到着するまでは、トイレや浴室等で倒れた場合は体を拭くなどして、体が冷えないように。また、呼吸しやすい体位をとり、吐いたものがのどに詰まらないように、首と体を横向けに(動かない手足を上)。
 
動かさないようにというときトイレに行きたいというから動かしてはいけないのに動かそうとしていたのだ。倒れたわけではなく最初前のように嚥下障害で吐くものとみていたのが失敗だった。私も吐き気が直れば直ると思っていたがその吐き気は脳出血からきた吐き気だったのだ。これは医者がみればすぐにわかることだった。認知症と嚥下障害に気をとられて脳出血のことを考えなかったのである。明らかな知識不足だった。そして親戚の人からやはり風呂に入って脳出血で死んだ老人がいた。やはり親戚の人だから連絡がきた。その時姉のことを話したらすぐにきてくれてこれは救急車呼ばなければ死んでしまうということで救急車を呼んだ。救急車がこんなに簡単に呼べるものだと思わなかった。昨日の夜に救急車呼んでいれば早く治療できたから軽くすんだというから知識のなさがこの結果を生んだ。姉の場合も寒さのために脳出血になった。認知症になると寒さとかの感覚に鈍感になっている。この寒いの外に出たらしい、寒気にやられて脳梗塞になった。老人はこの寒さは気をつけないと危ない、脳梗塞になりやすいのだ。だから老人は風呂で死ぬ人が多い、温度差がありその影響でそうなるのだ。
 
今の世の中ともかくいろいろな知識が要求される。その知識の有無が生死まで左右するとは思わなかった。普通だったら救急車を早い時期に呼んでいた。これも日頃救急車はなじみないからすぐ簡単に呼べるものだと思っていなかった。一方でタクシ−代わりに呼んでいるとするものがいるからこれも弊害を生んでいる。肝心の一刻の命を争う人が助けられないということにもなっている。医者は親しいホ−ムドクタ−でないとみてくれないとなると救急車がいかに便利かわかる。ともかくすぐきてくれてみてくれて運んでくれるからだ。医者は一刻を争う場合でも親しいホ−ムドクタ−でないと往診にもきてくれないのである。だからこそ常識的緊急時の知識が必要なのだがそれがわからないのである。つまり緊急というのは誰もが家族で一生に何回もあるわけではないからだ。一回経験すればなるほどとわかるのだがそれまではわからない人が多いのである。病気や病院や医者のことにしてもあまりにもいろいろありすべて通じることはできないのだ。でも脳梗塞などはなりやすいしこれからは認知症もなりやすいからその対処方法の知識を常識的に知っている必要があったのだ。そうすれば認知症でも早い時期に気づけばこれも進行を遅らせることができる。ただこういう知識は本だけ読んでもわからない、実地の経験によってしかわからないから理解するのがむずかしいのだ。

2008年01月16日

尊厳死の問題−命二つの中に生きたる桜かなの意味


尊厳死の問題−命二つの中に生きたる桜かなの意味 

 
呼吸器をつけて植物人間にするのは酷いからやめるべきだ、人間の尊厳死の問題がとりざたされている。この問題の前に死は生があって死があるのだ。その生とは何かが問題になる。癌末期患者でも富士登山とか海外旅行した人もいる。最後に命が縮まってもそれがしたいから望みだからこそあえて体の危険を犯して実行したのである。体の単なる延命ではなく生に重点をおいたのだ。人間はあくまで生を追求するものであり死を追求しない、例え「武士道は死ぬことと見つけたり」と言ってもその死に意義ありと見つけたとき死ねるのである。だから人間は確かに肉体的な生の延長を計ることはやむえない、医者はそれが勤めだからだ。一方で患者は介護する肉親でも愛する人でも友達でもその人のかかわりにおいて生を望んでいる。昨日は確かに親戚の人にも私にも反応していたのだ。わかっていたことは互いに意思疎通を確認できていたから互いにまだ生のなかにあったのだ。
 
命二つの中に生きたる桜かな 芭蕉
 
この句は命ふたつとは家族であったり特に親しい友達でもいい、介護する人介護される人でもいい、二つの命があってその中に桜が咲いている。二人の間で生の象徴たる桜が映えているのだ。人間の生とはそういうものである。つくづく介護してそのことを感じた。認知症の人でも私の場合は最初はひどいものだったが最近は普通の人と変わりなかったから命ふたつのなかに生きるものがあった。でも今日行ったら何の反応もない、命二つの中に通じるものがないのだ。そこにもはや生がないのか、尊厳死というとき人間はあくまでも生を追求するものとしての尊厳死なのである。意識がなくても呼びかけなどで意識が戻ったという人もいる。一般的に八五以上になると十二分に生きたから若い人の死と老人の死はかなり違った見方になる。特に高齢化社会はその負担が大きくなるから老人は十二分に生きたのだから死なせた方が負担がなくなっていいというのがある。そこに高齢化の問題が深くからんでいるのだ。
 
自分としても認知症で苦労したのでこれがトラウマになってしまった。また親が若くてアルツハイマ−になった若者がアルツハイマ−恐怖症になったことがつくづくわかった。私も確実にそうなってしまった。また認知症で苦しめられるのかという恐怖である。ただ認知症には誤解が多いし情報も錯綜している。みんな徘徊と便のぬりたくりとか暴力とか極端な悪いイメ−ジだけが先行している。確かに最初に私は暴力や妄想や認知症特有の症状を経験して苦しんだ。でもその後二年間介護してひたすら耐えて家でもできなくなってもできるとしてたてて尽くしてきた。親戚の人も物がなくなったりしても本人がなくしたとかいわない、私がなくしたんだとか言っていたのだ。私もあなたがどこかにしまったのだというとき自分にしていたのだ。それほどまでひたすら耐えてたててきたから普通に変わらないほど良くなったのである。つまり認知症は介護の仕方対処の仕方によるのだ。他の人も殴られても黙っていたとか言う人と殴っている人と極端なのである。尊厳死も認知症がからむとやっかいになるのだ。
 
ともかく尊厳死を考えるときそれは死ではなく生を追求するものとして尊厳死かある。生とは肉体の機関の延命ではない、生を追求するものとしての延命でありそれがなくなれば人間は死なのである。人間は肉体で生きるのではない、精神こそが心こそが生きることなのだ。認知症でも互いの心が通いあうなら生きているのである。そして認知症でなくてももうこの人を介護するのはいやでいやでしょうがないとかなっていればすでに命二つの中に咲く桜(生)は崩壊しているから破綻しているから命二つに生きる意味はなくなっているからこそ深刻になる。実際死んでせいせいしたとかなるとその人はすでに生きる人にとって呪い悪鬼のような存在になっていた。そこには命二つが生を追求する意味がなくなっていたのだ。尊厳死の前にこの人を活かす、活かしあうということはないからすでに互いに死だったのである。それは死んだあとでもその人を思い出したくないとかまでなる不幸がある。死んだような植物人間よりそう思われる人は不幸である。
 
命二つのなかで生を追求するものでありそれが失われると尊厳死もなにもなくなる。命二つのなかで生を追求するものがあれば意識が戻り再び生きるものとなった実例はある。だからどこまで命二つが生を追求するかにあり医者の判断では決められない側面がある。家族でもそうであり年齢が大きく左右するし認知症になっていれば特にトラウマになっているから延命治療を望まない人もでてきてもしょうがないのである。つくづく言えることは人間は惜しまれるような死に方をしたいということである。高齢化社会はそれがなくなる。戦争で若くして死んだ人は不幸の極みだがかわいそうだとか惜しまれている。ところが一方で戦争を経験した人でも今や長生きしていると惜しまれることはない、ただ早くしんでくれといんうのでは戦争で死んだ人の方が良かったとかいう逆説も成り立つのである。
 

2008年01月18日

在宅介護は負担が大きすぎる(冬の暮)

在宅介護は負担が大きすぎる
 
冬の暮老人なぐさむ病室に

病室に昔の点滴の苦労かなそも老いにけり寒さ厳しき
 
●医者は責任が問われる仕事
 
なんとか生命の危険の山場は越したらしい、今日も反応があったからだ。苦しいかと聞いたらそうでもないような返事があったのだから楽になっているのかもしれない、半身不随で眼は開かないからまだかなり病体は重いのには変わりないのだ。でもすぐ死ぬようなことはないようにみえる。何でももし苦しいともがいたときすぐに救急車呼べば出血もしなかったというから救急車は早いタイミングで呼ぶべきだった。脳出血の場合は治療が進んでいるから早い時期だと元のように回復している人も結構いるからだ。早く治療すれば回復が早い、リハビリも大事でありリハビリを嫌い寝たきりになった人もいる。苦しくてもリハビリしないとだめだという。脳出血、脳梗塞とかは緊急時対応が良ければ軽くてすむのである。自分の場合、対応が悪すぎた。もう少し遅れたら死んでいたしこれは密室の故意の殺人とかで疑われてやっかいになったかもしれない、救急車呼ぶことを知らないではすまされなかったからだ。かかりつけの医者に行ったがとりあってくれないと言うと医者も対応が警察に問われたかもしれない、当番医だから行かなかったではすまされない、医者にはともかく命の責任がかかってくるから重要な仕事になっていることがわかった。医者によって自殺でも自殺と診断書に書かれなくすることもできる。医師にはそれだけの権限があり責任もあるのだ。医者とは仲良くしておけというのは本当である。でも医者と仲良くするのには病気になることだからいいことではないが医者は命にかかわる仕事だから裁判ざたにもなりやすい職業だからこの頃なぜ来なかったのかとかそんなことばかり気にして緊急時の対応ができないことは医者の責任が問われかねない、家族から訴えられる場合だってありうる。なぜ診に行かなかったのか、「当番医」で規則でしたのではすまなくなるからだ。医者には休みがないというのもこれでわかった。
 
●在宅介護には無数の負担が・・・・・


しかし自宅で死を迎えるには、死を看取る医師が必要であり、連れて帰ってきてほっとする間もなくご主人は、必死で医者探しをした。知人をつてに・・・医師に連絡が入ったのが、
 
こういうことはほんの一部にすぎない、在宅介護にはこの他無数のことが負担となってのしかかってくる。皮肉だけど今病院でみてもらっているから楽になった。認知症は軽くても家で診ていることが苦しいのだ。特に一人で診ていたから苦しかった。離れられないとういのも大きな負担だった。つくづく病院で診てもらうと楽だなと思った。でも昔は点滴でも夜まで見ていて切れたら連絡しなければならなかったとか大変な看病を課せられた。今はコンピュタ−化しているから切れたら自動的に連絡されるから見守りは必要ではない、その話も五〇年前とかになるから比べようのない医療の進歩が今はある。日進月歩でありついていけない、町の老医者では対応ができなくなっているのが問題である。今回の私が遭遇した問題でも認知症すら在宅はむずかしいのである。吐いたことは嚥下障害で何どもみていた。その度に背中をたたいたりとその前日までしていたからてっきり嚥下障害の吐き気だと思っていた。そっちに気をとられ脳出血に気づかない、救急車すら呼ぶことが頭になかったからあまりにも間が抜けていた。その知識のなさが命にかかわっていたのだ。早く救急車呼べば出血すらなく軽くすんでいたというからこの差は大きかったのだ。認知症は認知症だけではない、様々な病気が併発するからそれにも注意しなければならないとなると在宅ではそこまでできない。施設ならそうした病気にはすぐ対応できるからいいのである。認知症の介護は家族的で家族でできればいいが医療の面では手落ちがでてきてしまうのが自分の場合の実例だった。
 
今回は重体になったのでかえって施設には介護度が高く優先的に入れる事になった。軽ければ一カ月で病院をでて次の病院探すとかいる場所を確保することが大変になった。重体になり介護度があがり介護できるかそくがいないとかなると優先順位があがるからそうなった。個室でも一二万くらいだと安いなと思った。そういう見通しが一応できたのでなんかかえって楽になったほっとしたのである。在宅介護は軽い認知症でも大変であり他でも在宅になると負担は大きすぎるのだ。それを国の都合で在宅介護にしようとするのは大きな問題であり介護殺人がふえてくるというのもわかる。その負担はあまりに大きすぎるのだ。なんか今日はやっとゆっくり休めるというのも意外だった。この二年間毎日気の休まる日がなかったからだ。これからどうなるかわからいにしてもかえって病院とか施設に入れればこれほど楽になるのかというのが実感だった。
 

2008年01月21日

冬の虹(心が通じ合う不思議−人に作用する思いの力)


夢に見し結ぶ心や冬の虹


黒々と枯木の影や病院に妻リハビリの夫ありしも
 
人間にはおそらく科学では計りえないものがまだあるのかもしれない、昨夜冬の虹がかかっているのを一瞬夢で見たのだ。これは何なのだろうと思った。それは人と人を結ぶ虹だった。今日認知症になって分かれた家族のものが姉のところに行ったら不思議なことだが返事したというから驚きである。昨日は何の反応もなく体も動かないので植物人間になったと思っていた。今日は体も片方の足を動かしていたという。医者の説明では一週間が山場と言われたからその山場を越したからすぐに死ぬようなことはないと言われた。医者が言うのだからこれはもはや単なる憶測ではない、科学的なものである。その前にやはり人間には科学だけではおしはかれないものがある。それが脳死の問題などに影響しているのだ。脳のことは心に通じているから科学的にすべてわかりえないのである。植物人間でも何も反応がなくても実際は聞こえていたが口にだすことができなかっただけだったとかいう報告もある。聞こえない反応がなくても本人が聞こえていたということもあったのだ。
 
宗教というとどうしても科学的ではないから今の時代は宗教に全面的に頼ることはできない、その実例が自分だったのだ。つまり脳内出血だったことはわからないにしてもかなりの異常だったからすぐに救急車呼ぶのは常識でありまた医者だったら即座にわかった。その時神仏に頼って祈っていたってかえって死にいたらしめることだった。本人は祈っていたが早く医者を呼べと言った方が軽くてすんだのである。とっさの時の知識や常識的な知識の欠如がまねいた失態でありこの時神仏に祈ったところで助かることはない、救急車を呼べば良かったのである。
 
一方で宗教的なこと心霊的なことがすべて否定されるのもまた極端なのである。なぜ夢で冬の虹が人と人を結ぶものとして見えて返事があったというのも不思議である。心は不可思議であり心が通じ合ったからそうなったのかもしれないということがある。そういうことは他の人にも別に宗教的なことがかかわらなくても実際にいろいろある。それは人の思いが通じ合うということがあるからだ。そこに神の導きがある。これは別に特定の神だけではない、心の思いが通じる世界が現実にある。その人のことを本当に思う、もう一度生き返ってほしいとかそういう心が植物人間にも作用するのである。だから反応がなくても呼びかけは無駄にはならないのだ。認知症の介護もやっかいなものでも人の心は通じ合う、認知症でもそうである。だからあとで姉はかなりよくなってきたのである。

 
現代では科学的な合理的な見方とそれと同時に心の作用も宗教的なことも必要であり一方的になることは良くないのである。現代は宗教的に祈るだけで医者はいらないとはならない、では医者だけで科学だけで人間の体でも心の病気でも解決するかといったらしないのである。だから相互作用が必要になっているのが現代なのである。近くの医者に緊急だから診てくれというときすげなく当番医だからと断られたのももう一年もその医者には行っていないから姉のことはその医者の心にない、姉を思う心が消えていたからすげない返事になった。日頃から医者にかかっていればその人の思いが働くから対応が違ってくるのだ。医者でも患者への思いが影響するのだ。患者に対する思いがなければ人間を機械的にみていれば直る病気も直ならないかもしれないのだ。とにかく人間は思いを軽視しているのである。人の思いはいいにしろ悪いにしろ大きな作用がある。だから悪く作用するときは怖いのである。

2008年01月22日

介護の効用−人をやさしくする?


介護の効用−人をやさしくする


●男は介護に向かない
 
認知症の介護を二年間してこれがすべて無駄ではない、やはりこれは大きな経験だった。認知症のかいごはしてみないとわからないからだ。私の場合は料理はできないにしても他は自立しているから他の人の苦労とは違っていた。ただ認知症特有のもの盗られ妄想とかは同じように経験したので書いてきた。何度言っても同じことを聞く、特に金のこと年金のことを聞くのにはまいった。それは近所の人にも聞きに行っていたのだ。認知症でも最初はひどかったがあとはもの盗られ妄想が消えて穏やかになったことが救いだった。おとなしくなり聞きわけがよくなったのである。ただ認知症の介護としては万全ではないしかなりの手抜きがあった。他のプログをみてももっと親身になってやっているからだ。特に母と娘はそうできるのだ。いろいろもめても女同士親密に介護できるのだ。だからつくづく男が介護になったら悲惨である。介護は女性であると仲間もできるし女性を介護するのに女性のきめこまかさが活かされるから向いているのだ。男性が介護になったとき殺人事件が多くなるのがわかる。
 
介護疲れなど介護をめぐる問題で、65歳以上の高齢者が家族や親族からの虐待や、心中で死亡したとして市区町村が把握している事例が2006年度に31件あり、32人が死亡していたことが厚生労働省の調査で分かった。加害者は「息子」が最も多く、被害者は「母」や「妻」ら女性が半数以上を占めた。


加害者は息子が最も多いということでもわかる。その相手が母や妻だというのもわかる。いかに介護が男の息子が母を介護することがむずかしいかわかる。料理から着るものもわからない、今回の失敗も女性だったら寒くないように着させることもできたがそれができなかった。それが今年の寒さで脳内出血に結びついたのである。つまり認知症も介護の仕方で命にもかかわってくる。確かにたまには手伝いにきてくれた人はいたがそもそも認知症の介護は二四時間なのである。私はこの二年間一日も休むことなく離れずに一緒にいた。その介護の内容はともかく一緒にいたしいられる人は自分しかなかったからだ。でも娘がいたらもっと良かったことは間違いないのだ。男だったからこまかいこと着ることなどの世話はできなかったのである。それが命取りにさえなったのである。
 
●介護は女性的やさしさを育む
 
二年間朝昼晩の簡単な食事を用意するだけで何か女性的やさしさが育まれた。食事の用意は女性のするものだが男性がするとやはり女性的なやさしさが要求される。母親的なものが育まれる、子供の世話と介護は共通している面があるからだ。母親や妻を介護していれば確実にそうなる。母親や妻の役割を男性がになうことになるからだ。一方でこれがうまくいかないから虐待にもなるのだ。私の場合も度々我慢できずしかりつけた。認知症の介護はどうしても現場ではそうなるのだ。認知症の介護は限りないやさしさが要求されているのだ。常に相手が大目に見ることが介護だからである。だからたいがいめんどうでいやになるから普通の人はさけるしつきあわなくなる。
 
それで不思議に思ったのがすぐとなりの同じ年の女性だった。この人はこれまでは馬鹿だとつきあっていない、何を言っているかよくわからない人だった。でもよく話を聞いてみるとそうでもない、馬鹿だと気づいて受けいれてくれた、話を合わせてくれていたのだ。そして「一緒にがっぱっぺな」とか励ましていたのである。だから喜んで行っていたのである。この女性は何も世話したわけでもないのに話を合わせてそこまでしてくれたので不思議なのである。たいがいいやがるからである。あとの人は世話になったからと受けいれていたがこの女性はそういうこともなかったのである。こういう人はよくわからないいろいろなことができない人なのだが認知症の介護には向いている人だとつくづく思った。他の人は話を合わせることできない嫌がるからだ。
 
職業はいろいろありそれを長くしていれば職業によって形成される人格ができあがる。職人気質とかもそうである。看護や介護関係もこれは優しさを要求されるし育まれる仕事なのである。これは別に仕事としてではなく家庭で介護した人はわかる。一方で虐待にもなる、優しさでもって対応できないときそうなる。その時性格もかえってゆがめられ険しいものとなってしまうかもしれない、そういう人も福祉関係には結構いるかもしれない、福祉関係だからといってみんなそうしてやさしさを育まれているとは限らない、認知症の介護となると毎日どやしつけしかりつけて虐待しているかもしれないのだ。すると性格的もそうした険しいものとなってゆく。
認知症はみなそうなりやすいからいちがいに責めることはできないけれどそうなるとそういう人は向いていないとなる。
 
ともかく自分の場合は二年間認知症の介護を経験して楽だったせいなのか優しさ育まれたことは確かである。もともと性格的には女性的であった。強さが欠けていたのが自分だった。優しさを育む仕事があることがわかった。女性は母性愛はそういうものだし家庭での仕事で女性はそうなっているのだから介護がいかに女性向きがわかるのだ。まだ死んだわけではないしまた恐怖の認知症の介護がつづくのかわからないがふりかえってみてつくづくやさしさを要求され育むのが介護の仕事だと思ったのである。

2008年01月24日

「命には優先順位と軽重がある」その判定のむずかしさ−高齢化社会の命


「命には優先順位と軽重がある」その判定のむずかしさ−高齢化社会の命


東京都清瀬市で今月8日夜、自宅で体調不良を訴えた無職女性(95)を清瀬消防署が救急搬送する際、近隣の11の病院に受け入れを断られていたことが分かった。女性は12番目の病院で応急処置を受けたが、まもなく死亡した。通報から病院到着まで52分かかっていた。

これはすぐに連絡したのだから家族に手落ちはない、これだけ断られたのだからあえて拒否して殺したともいえる。助かった人を見殺しにしたということが明確なのである。95才だから断ったという人もいる。寿命だからしょうがないと言う人もいる。子供なら大問題として追求されたとかいろいろある。そして「命には優先順位と軽重がある」と言う人もいる。それは確かにしてもそれをどうして具体化するかとなるとむずかしいのである。
これをテ−マとした議論となると相当むずかしい。救急車でも確かに子供なら優先的に助けるが95才では死んでもいいとなるのは一般的な見解で受けいれやすい、この議論をすすめてゆくと高齢化社会の問題になるのだ。こんなに老人がふえて老人に金をかける福祉社会は否定される。現実にそれは他人事ではない、自分自身の家族の問題だった。植物人間になってまで活かして金と貴重な労力を使っていいのかとなる。これは税金を他人の金を労力を使うからそういわれる。とても家族ではめんどうみきれないからだ。認知症でも介護でも家族でめんどうみていて社会の他人の世話に極力ならないようにしていればこういう問題にはならないからだ。だから社会的に命の優先順位をつける議論は差別とかにはならない。でもこれをおしすすめてゆくと高齢化社会の問題となり極端になると老人には金をかけるな、早く死んでもらいたい老人は邪魔だとということになってゆく。私の入院している病院でも入院している人はほとんど老人であり次々に脳梗塞とか脳出血とか入院してくる。老人になればそうなりやすいのだ。でも今は治療がいいから脳出血でも助かるしリハビリして元のように回復した人や逆に10年も寝たきりになるとかもある。でも生きていることは生きているから昔とは違っている。昔ならみんな死んでいる。救急車がきて治療で植物人間になるまで活かすのである。
 
「命には優先順位と軽重がある」というとき別に年齢だけではない、その人によって差別されることがでてくるかもしれない、この人は暴力団関係だから受け付けないとか、ホ−ムレスで金がないから受け付けないとかいろいろ差別がでてくるかもしれない、現実アメリカでは金があるものは救急車でも受けいれるが金がなければ受けいれられない厳しさがある。金で完全に選別しているのだ。命の優先順位が金によって計られている社会である。医は算術であり仁術ではない、命にかかわっているから金がなくても救わねばならないという仁術の問題ではない命も金で優先順位が決まる。救急医療問題でも高齢者でも金さえ払えばしてやるともなる。アメリカと同じになる。日本ではそういう差別にうるさいからあえてそういうことを言う人は少ないのである。命の重みは平等だ当たり障りのないことを言っていれば無難なのである。そもそも命の軽重を計ることは人間にとって計ることがむずかしすぎるからだ。それは神の領域にもなり人間がそんなことを判定できるのかとなるからだ。キリスト教徒の命は重くイスラム教の命は軽いとか中国人の命は軽くアメリカ人の命は重いとかゲルマン人は優秀だから世界を支配すべきだとか知的障害者は無用で邪魔だから抹殺していいとかナチスの優生思想やら何やらいろんな問題がからんでくるのでむずかしいのだ。
 

「あなたにはもう生きる価値がありません」
「なぜあなたにそれを決める権限があるのですか、そんなことを言う権利がなぜあなたにあるのですか、

その根拠は何なのですか、あなたは神なのですか?」
こういう議論になってゆくことは間違いない、民主主義社会だったら権利は平等とかなって特にそういうことにうるさいからだ。ただ高齢化社会は社会的コストがかかりすぎるから年齢で差別されることは社会的コンセンサとなるかもしれない、その負担があまりに大きいからである。つまり命の優先順位を年齢で決めれば公平に見えるし社会的コンセンサスを得やすいのである。誰の命が尊いとかといった議論になったらそんなことで選別していたら決めることなどできないからである。実際命の価値は個々によって違うし家族によっても年齢と関係なく違っている。そうした個々の事情に配慮していたらできないから将来的にそうした基準になるかもしれないのだ。社会的に納得されやすいから法律までになるかもしれない、90才以上は命をあきらめてくださいとかいう法律ができてしまうかもしれないのだ。まあ、90までなら納得するだろう。私も90ならしかたないとなる。それまでにやれることはやっていると思うからである。

2008年01月25日

冬の雲(認知症と尊厳死)


冬の雲男介護の苦労かな

 
妻をつききりで介護している男性が同じ病室にいる。症状は軽く元の状態までになるというから今は辛いがやりがいがあるという。確かに表情も普通の人である。苦しみの表情はない、介護している男性の方が疲れている。隣のばあさんは家族が介護に来ない、苦しい表情をしているが食事も自力でしているから回復するだろう。家族により事情はいろいろである。私の姉は今日確かに一回「ハイ」と返事したがまた眠るだけである。ただ手を握り通じ合う作業をしているだけである。何もしないよりはいいと思うからである。看護婦さんがきて朝に眼があいたというのはどういうことなのだろう。眼があいたのを見たことないからだ。
 
いづれにしろ姉は認知症になってから悲惨の連続だった。認知症になった時点で著しく人間の尊厳が失われた。尊厳死・・・というければ認知症そのものが人間の尊厳を極端に喪失させるものなのだ。尊厳死というレベルの問題ではない、生きながらにして人間の尊厳は喪失する、認知症はだから他の病気とは違う、別に体が丈夫でも人間の尊厳が生きながらにして喪失させられる。尊厳死とは正常な人の場合のことであり認知症は尊厳死にいたる前にその人間の尊厳が喪失させられるのだから酷いとなる。認知症になったらむしろ死んでいた方が尊厳が保たれて良かったのではないかとさえ思えてしまうのが認知症である。あまりにも無惨な姿を晒してしまうのが認知症なのである。これは後々までも影響する。家族でも認知症になった無惨な姿が記録として残り嫌なものとなるからだ。
 
ただ私の場合は介護してあとはもの盗られ妄想とか消えて穏やかになり介護しやすくなったのでそんなに悪い印象はなくなった。だから介護しがいがあったともいえる。ただ今度のまた植物人間の延命治療と尊厳死とかなるとわからないのだ。どうしても認知症とからんでいるからむずかしいのだ。でも姉は脳出血で倒れる寸前、苦しい苦しいもがきその中で正気にもどった。はっきりとした物言いで自分のことを反省して「すまねえ、すまねえ」とか自分の悪いことを言ったことが本当に不思議だった。自分を反省しないのが勝気な姉だったのである。悶絶するような苦しみのなかで正気の言葉を吐いた不思議だった。認知症の人も死に際に正気にもどったという報告もあり人間は認知症でも植物人間でもわからないものである。
 
しぼりだすようにして苦しみのさなかに吐いた言葉は忘れることはできない、どんな人間でも最後に吐く言葉は劇的になるのでは?現実全部がそうでないにしろ一人の人間を看取ることはやはりその人の一生を知ることになるのだ。そこに終末期をともに生きる意味があるのだ。最後の死が言葉が立派だとこの人はやはりそういう人だったのかと感心する、認知症でもこんな言葉を吐くのかとびっくりする。最後に認知症でもそういうことがあるから人間はつくづくわからない不思議がある。今日は「ハイ」と黄泉の国から返事したのか?それもまた不思議である。いづれにしろ認知症自体が不可解の塊でありそこから一連として起きたことは不思議なことばかりだった。

2008年02月13日

高齢化社会の暗黒(長生きは刑罰を受けるためか?)


北風(キタ)唸る老にもたえぬ苦労かな

 
自宅で寝たきりの妻を殺害したとして、大阪府警平野署は13日、  大阪市平野区平野本町4丁目、無職吉崎敬逸(けいいつ)容疑者(90)を殺人容疑で緊急逮捕した。 吉崎容疑者は「妻をずっと介護していたのに、 夜中に水を持ってこいと命令口調で言われ、かっとなった」などと容疑を認めているという

これは娘三人いたのに助けなかったのか問題だ。しかしこれが高齢化社会の現実でもある。92才でとてもじゃないが自分の家だって在宅で寝たきりを介護できない、家に帰りたい帰りたいと言われても無理だ。人手がない、在宅は負担が大きすぎる。高齢化社会の暗黒面も大きい。寝たきりも悲惨である。鼻から管で栄養とるのはかなり苦痛であり苦しい苦しいと言っているし表情も苦しい、胃ろうにするからそれで楽になるといい、苦しい表情をしていると見ているものまで苦しくなる。とにかく姉のことについて書いてきたけど認知症もあまりにも悲惨だし回りのものもひどいし脳卒中で倒れるとき苦しい苦しいと絶句して「オレは罰あたった」と言ったけど本当に罰当たったとしか思えない悲惨さがつづいた。姉は勝気であり自分は正しい他者が罰あたると言っていても自らが悪く罰当たるなどと言ったことがない、この時やっと自分のことを反省した。創価など宗教団体の人自ら罰あたるなどと言う人はいない、他者が罰あたる、会員以外のものは罰あたるとしか言わないがこれはかなり危険なことである。自ら罰あたると思う人は自らのことを反省しているから自分は正しくないものがあるということ反省しているから謙虚になっているからかえって宗教的な懺悔、悔い改めの意識をもつことになる。それが団体に入ると自分たちだけが正しいとなるから傲慢になるからほとんど団体では悔い改めることがないのである。国家でもたいがい相手の国が悪く自分の国は悪いとはならない、自分の国は正しいとなり戦争も正しいとなる。
 
高齢化社会は暗黒面も大きい、老年になっても90になっても苦しむ人生は残酷である。老年には苦しみたくない、若い内は苦労しても老年まで苦しむ人生は祝福された人生ではない、それが認知症やら今度は脳出血で寝たきりとか無惨すぎる。楽な死は老衰であるがこれはまれでありあとはほとんど人間はなんらかの病気で死ぬのだ。認知症も病気の一つであり病気は人間に対しての罰、刑罰のようにさえ思う、姉は確かに死の淵から蘇ったのだかまた生きることも寝たきりでは刑罰を生きているようにさえ思う、死んだ方が良かったとか自ら言うのもわかる。あんなに苦しまなければならないのかと長生きしてもいいことはない、人間の生は明らかに刑罰の側面がある。これは宗教団体に入ったからといってまねがれない、こんなに苦しんで死んでゆかねばならないのかというそれ自体が生が刑罰に思えてくるからだ。医療の発達は確かに寿命を伸ばしても人間を必ずしも幸福にはしていない、ただ寿命を伸ばすというだけで人間の幸福とは別問題である。文明が人間の幸福をもたらしたとはいえないように文明でも科学でも医療でも人間を幸福にはできないのである。寿命が延びても意味のない生の延長だけだったら生自体が刑罰になっている。向かいの96才の老女はただ嫁の文句だけを言うことだけに生きている。家族と一緒に食事することもなく別の部屋で一人で食事を与えられて淋しい生活である。ご飯が冷えていたとか愚痴をいいそのことを言うことだけしかないのである。これもまた生自体が刑罰のように思える。高齢化は暗黒の側面が大きい、おそらく昔の高齢者は優れた選ばれた人が長生きしていた。今は長生きするべきでない人も長生きする子に問題があるのかもしれない、選ばれた人だけが長生きすればこうはならないはずである。高齢化社会は人間の刑罰としての側面が大きくなる社会でもある。老年は人生の結果であるとすれば刑罰にもなる。人生の罪の総決算としての刑罰を長生きによって受けねばならないとなる。神は人間を刑罰のために長生きさせたとなる。

2008年02月19日

医者は神様か?(医者の傲慢の驚き)


医者は神様か?(医者の傲慢の驚き)

 
驚いたのは胃ろうの手術担当の医者である。元気になったので口から食べられないのかと聞いたら怒って「なに、それならもう一度やりなおしで手術はなしだ」手術担当の人の科とは違っていた。そこで説明されるべきなのを聞いていなかったからここで聞いたのだがそれがそういわれると何もいえない、「するかしないのか、じゃしないんだね」で終わりだった。ちょっと連絡して聞けばいいようなものだか科が違うとここでは別になって連絡がないのかもしれない、ともかく最初から喧嘩ごしで頭ごなしに「私たちはこうこうしますがリスクはあります、でも私たちは今説明したようにして納得してもらったのだから死んだとしても責任はとりません、承知したなら署名してください」これ意外は一切聞くこともなにすることもできない、ただ命令に従い平身低頭お願いするだけでいいという傲慢さである。まるで人と人とみていない、ただ患者は命令されかしづく奴隷としてしか見ていない、一言でも何か聞こうとしたら「手術はしません」これで終わりである。手術自体は自信があり失敗はしていないという、でもリスクはあると最大限に言うし現実に死んだ人もいる。しかし老齢ということもありあまり責任は追及しないのが老人医療なのである。ただこの背景には忙しい病院の事情があるのかもしれない、ともかく説明と言っても指定された時間、何分かで簡単に説明して終わりでありそれも一方的だからよく聞く時間もない、やはり仕事に追われるから急いでいるから事務的に強圧的に仕事を処理しているのかもしれない、公立病院ということも関係しているのか、いづれにしろここでは聞くこともできないから一方的に処置されるだけである。それができないなら病院を移ってくださいとか手術はしません、そのまま死んでもしりませんよで終わりになる。何ら要求することはできないのである。
 
私でも患者は認知症をもっているしいろいろあったから寿命ということで責任など追求しないのである。責任を追求される恐怖症になっているのかもしれない、でも大手術とも違うし危険はあっても他の手術とは違うのだからそこまで言うことがあるのか?まるで神のごとく私は手術してやる、患者や家族は何もいうな、失敗しても責任は全くないでいいなというのもあまりの傲慢さには唖然とするばかりたった。神様なら失敗はしない、失敗するから人間なのであり老人だからそういう点は大目にみる。それをともかく一言もいえない、一方的に命令と要求で終わりである。まず人間の尊厳死を書いてきたがその前に全く医者によって人扱いされない、尊厳も何もない、ただ手術するものが神のごとくその技術者の前に平身低頭しなければならないとなるとこんな医者とか病院には行きたくない、でも簡単に移ることはできないとか弱みがあるからまた何もいえずがまんする他ないとなる。モンスタ−ペイシャントのことを言っていたがそんな人がそんなに要求できる人が医者にいるのか?モンスタ−ドクタ−はいてもモンスタ−ペイシャントはまれである。そして医者の実験台にされて怒りのあまり病院の前で焼身自殺した人もいたがその人の気持ちが今わかった。今までは逆の立場だった。そんなことで要求していたらきりがないと冷たいものだったが今や変わった。
 

医者は人間を人間として扱わない、物として扱うことがあるのだ。そこにはすでに人間に対する一片の尊厳もないのだ。だから病院では尊厳死などありえるのか?そもそも医者が人間の尊厳など微塵も考慮していないなら病院で尊厳死なとありえないのでは?ただ物として延命したり実験台にしたり機械や物として扱っても技術的に優れていれば病気も直ることはあってもそれと尊厳の問題は別である。
「お前を手術してやるのはオレの腕だ、オレには何もいうな、ただ平身低頭してお願いするのがお前だよ、ただ失敗してもオレは責任はとらないよ、そのリスクは説明したし承認してもらったからな・・・」

こんなふうにしてまで医者に平身低頭して医者を神様のように扱わねばならないのか、自分のことだったら死んでもこうした医者にはみてもらいたくない、手術してもらいたくない、死んでもいいとなる。なぜならその前に人間の尊厳が著しくそこなわれてしまい精神的に活かされていない、それまでして医者をたてねばならないのか、そんなに医者は偉いのか?そんな医者はいくらでもいると医者に詳しい人が言うからめずらしくないものかもしれない、モンスタ−ペイシャントなどありえない、モンスタ−ドクタ−はどこにでもいる。医者が全部病気を治せるわけではないのに科学とか医者とかが神のようになった現代を象徴しているのかもしれない、でも人間の体を直しているのはその人のもっている体力でありその補助をするのが医者であり医者が全部病気を治すことはできない、神でもないのだから直すことはできない、でもみんな直せるように錯覚させてこれほどの傲慢になっているのか?技術も権力だからどうしても権力をもつものは奢りそして弱みをもつものは虐げられるのが世の常だとなる。ミスを認めないというとき手術して中にガ−ゼを残していてそれが一年後に膀胱からでてきたとかあったがそれに対して謝罪の一言もなかった。医者のミスは今でも不問であり医者が権力的に優位にあるからそれに逆らうことかできる人などまれではないか?ただ最近は裁判ざたになることも多くなったから異常なほど訴えられることに恐怖症になっているからあんなふうに言ったのだろうか?どうしても理解できないのだ。
 
さらに詳しくは
 
医療にも民主主義(話し合い)は必要(素人でも話し合いする権利はある)−時事問題の深層38へ

 http://musubu.jp/jijimondai38.html#doctor
 

2008年02月29日

高齢化社会の命の価値は低くなる(何が幸不幸か決められない)


高齢化社会の命の価値は低くなる(何が幸不幸か決められない)

 
余命いくばく、その枕元
チュ−リップの赤さ映えぬ
生きたしと思えど生きられず
うら若き乙女の切なく哀し
生きられぬ命の心残りや
チュ−リップの赤さ映えぬ

燃焼されざる命の赤さのごとく
 

33才癌になった女性の短歌
http://www.morimuraseiichi.com/miyata/aitoshi_06.html

 
これは33才で癌にかかった女性の短歌を読んで作った。若くして死ぬときはこれから生きようとして生きられなかったものの無念の歌となる。肺病で死んだの若い人である。そこに悲劇があったし戦争でも若い人が多数死んだ。それは生きたくても生きられなくなったものの切ない叫びである。でも死ぬということでは老人も若い人も同じことなのだがそこに命の価値が違ってくる。今日も「まだ死にたくない・・・」と88才の老人が来たが人間はどんなに長生きしても死にたくないのである。しかし若い人の命の価値と高齢者の命の価値はかなり違う、老人は十分に生きた人だから命の価値は若い人が死ぬのとは違う、90まで生きたとしたら誰もあまり惜しまないだろう、でも33才で死ぬとなると悲劇であり誰もその命を惜しむ、命の価値は老人とは全然違った価値を帯びているのだ。高齢化社会の命の価値はどうしても低くなる。かえって重荷となり早く死んでくれともなる。若い人の命は惜しまれる。高齢化社会ではあまり命が惜しまれない、だから救急車で運ばれた90才の老人が断られたのは仕方がないとまで言う人がでてくる。ここに人間の逆説がある。人間はただ長生きしたからといって全部が価値あるものとはならない、かえって若くして死ぬとき命の価値は大きくなる。そして自然も全然別なものとして見えてくる。ただ単に側においたチュ−リップでも全然別なものに見えてくる。それはまさに自分の消えゆく命がチュ−リップになって赤々と咲いている。チュ−リップを普通はそうは見ない、チュ−リップでも余命いくばくの人が見ているとそれも若いとなると生きられざるものの命が託されている
 
やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに 啄木
 
というのもやはり柳が青みて故郷に春を迎えるその春を生きられないという無念が強烈に歌われた。若くして死んだからこそ老人が歌うのとは全然違った価値を帯びるものとなったのだ。価値とは必ずしも長生きしたから生まれるわけではないのだ。かえって若くして死んだときどんな人でも惜しまれる、長生きしていたらうとまれて死んだかもしれない、そこに命の価値の逆説、パラドックスがある。命の価値は別に寿命の長さでは計られないのだ。若くして死んだからすべてが不幸ともいえない、その命はみんないとしまれ惜しまれて死んでゆくからだ。それはあとあとまで惜しまれる。
 
一方あまりに長生きしたものの命は惜しまれない、やっとやっかいものが消えたとくらいしか思われないとしたらこれも不幸なのだ。だから人間の幸不幸は何なのか本当に決められない、境遇でもすべて決められない、不幸が幸福だったということが実際に長生きしてふりかえると確実にある。あんなに不幸だったのに今ふりかえると今の幸福につながっていたということがいくらでもある。90才くらいになってそのことがわかったりするのが人生なのである。何が幸不幸になるかその基準はない、なぜなら幸不幸は絶対的なものではなく相対的なものなのだ。人間の幸不幸には絶対的なものはない、金があれば幸福だとか、美人だったら幸福だとか、才能あれば幸福だとか、家族に恵まれれば幸福だとか・・・あらゆるものが実際は幸福の基準にはならない、幸福と思っていたものが不幸に反転するのはいくらでもある。そもそもそうした世俗的幸不幸を基準にすることがあやまりなのだ。絶対的幸福を求めるならそれは宗教的なものとなり哲学的なものとなる。それは世の中のめまぐるしい変転に左右されないものだからだ。そこでは水とパンだけで幸せだともなるし犠牲になっても幸せだとなる。


 

2008年03月15日

団塊の世代が介護難民になる高齢化社会


団塊の世代が介護難民になる高齢化社会

 
●早く誰か死んでくれないと施設(特養)などには入れない
 

「早く死んでくれないかな、そうすれば空ができて施設に入れる、いつまで待つんだよ、そんなに長生きさせてどうなるんだ、こっちは在宅で切羽詰まっているんだ、なんとか早く空がほしいんだよ・・・・」
「そういったって死なすわけにいかないよ、今はなるべく一旦入ったら手厚い介護するから余計簡単には死なないから空はできないよ、あんた誰かに死んでほしいのかい?あの入りたい人がたくさんいるので順番があるので入所者は早く死んでもらいませんか?そんなこといえますか?」
「施設の回転率を高くするにはこれ以上の長生きは困るとなるね、みんなが長生きすることは無理なんだよ、大勢の人が長生きすることは国にも負担がかかる、そんなに手厚い介護して長生きさせて金と手間をかけて他に税金を使わないとどうなるのか、若い人から責められるよ」
「これは蜘蛛の糸じゃないか、自分だけ長生きしようとしてあとからあとから這い上ってくる高齢者が団塊が増えてくる、団塊はともかく若い者には重荷なんだからとっととあの世に逝ってほしい、消えてほしい・・・」


団塊世代、特に全共闘でイキがってた方々へ。
あなた方が要介護になっても、私はあなた方を介護してやる気はありません。
将来の税収減少や年金制度の破綻が予測されていますが、そのような状況下で
あなた方を支えられるわけがありません。
あなた方が年老いた時、ボケようがどうしようが放置されることになるでしょう。
そして、可燃ゴミのように処分されることでしょう。
いままで打算的に自分勝手に振る舞ってきたツケが、人生の最後の最後で
回ってくることを、いまから覚悟しておきなさい。


団塊に介護は不要だ
団塊にはのたれ氏にしてもらおう
お似合いじゃないかね


●老人施設は団塊のために増やせない
 
団塊の世代は高校にも入れないとか大騒ぎだった。急に増加する生徒数に高校を新設することが追いつかなかったのだ。それで馬鹿みたいな勉強させられて私の場合は無駄な受験戦争で青春を浪費したのだ。これは私の特殊な事情にしろ団塊の世代は常に席取り競争を強いられた。中学卒はクラスに多く金の卵として集団就職して高度経済成長の一翼をになったのも団塊の世代である。その時は数が多いということが歓迎され経済も好調で人手不足だったから団塊の数を経済界も吸収できたのだ。大学もマスプロ教育で行動に三千人も入って講義を聞いていたのだからやる気をなくした。50人クラスからそんな数の大講堂になるとその差が大きくとまどってしまう。だからやる気がなくなり学生運動に走るのもマスプロ教育が一つの原因だったのである。つまり学生はその時エリ−トではなくなったのだ。東京にものすごい数の学生があふれだした。新宿で石を投げれば学生にあたるとか一日マ−ジャンししていると質の低い学生があふれたのもその頃であった。(私もその一人だった・・)駅弁大学とも言われた。
 
ともかく激しい席取り競争が団塊の宿命だった。電車も満員であり人をおしのけて席をとらなければ座れないのが団塊の世代だった。退職して高齢化してゆくと今度は団塊の世代は施設の席取りが競争になる。これはあまりにも狭き門であり高校のように急増できないし国の経済も下降経済に入ったので介護には金は使えないから施設自体総量規制で増やすことができないのだ。このことが致命的となり介護難民200万人とかそら恐ろしい時代になる。それが自分の家族にもふりかかってきたのだ。団塊の世代は親が80以上でも生きているから介護する人も多くなっている。親を介護したあとは自分の介護が問題となるのだ。まだ今の80以上には戦争で苦労したとか老人に対する尊敬があるが団塊にはないのだ。だから野垂れ死にしろとかやっかいものだとか金食い虫だとかろくなことを言われない、若い人の老人に対する態度は全く昔とは違ってくる。だから長生きすることは確実に悲劇になる。現実孤独死とかも増えているし悲惨な最後を遂げる老人が増大する。誰かが生きる価値、長生きする価値と権利をもつのか?それも蜘蛛の糸のように他者を蹴落として生き延びる他ないのが高齢化の現実になるのかもしれない、施設の席をとれないものは野垂れ死になるのか?そういうことが極めて現実的な問題となるのが高齢化なのだ。
 
●団塊の世代にも化野の無常の時が・・
 
化野の露……人の世の無常をあらわす枕詞だ。古来、この化野では風葬が行われており、うち捨てられた無縁仏が散乱していた。その惨状を嘆いた弘法大師空海が里人に土葬を教え、一宇を創建したことがこの寺の起源である。その後、法然が念仏道場を開いたことから念仏寺と呼ばれるようになった。

あだし野の露消ゆる時なく、鳥辺山の煙立ち去らでのみ住み果つるならひならば、いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏のせみの春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年(ひととせ)をくらすほどだにも、こよなうのどけしや。飽かず惜しと思はば、千年を過ぐすとも、一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世に、醜き姿を待ちえてなにかはせん。
 命長ければ辱多し。長くとも四十(よそじ)にたらぬほどにて死なんこそめやすかるべけれ。そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出でまじらはん事を思ひ、夕べの陽に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん浅ましき
(徒然草)


無常とは突然にやってくる。あれほど元気だったものが肉体も健康優良児のようであり頭も優秀だったと人が一転して認知症になり見る影もない信じられない脱落した姿を書いてきた。老人になると病気などになると突然そうなりやすいのだ。白が真っ黒に反転して高見から急降下して転落して在りし日の姿が見る影もなく消失している姿には愕然としてしまう。「命長ければ辱多し。長くとも四十(よそじ)にたらぬほどにて死なんこそめやすかるべけれ。・・ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん浅ましき・・・」90まで生きればどうしても恥が多くなる。50が寿命の時代だったら40で死ぬのがいいとされたから人生85才が女性では寿命だとすると75で死ぬのがよく男は65〜70で死ぬのを目安とすればいいのかもしれない、ただ個々には百才までもかくしゃくとして生きる人もあるから一概には言えないが現代の高齢化の問題もあまりにも長生きする人間の無惨さが顕著になっているからそう感じた。いづれにしろ団塊の世代も化野念仏寺の無常が迫ってくる。膨大な団塊の墓の山が築かれる。そして団塊の葬儀がふえたりその方面では経済的効果があったとか言われるだけで団塊の評価は若い人には低いのである。
 

2008年03月16日

なぜ回復したのに「胃瘻」がすすめられたのか? (病院から転院させるため・・・)


なぜ回復したのに「胃瘻」がすすめられたのか?
(病院から転院させるため・・・)

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 今回の改定で「障害者施設等入院基本料」の算定要件から「脳卒中の後遺症患者及び認知症の患者」が除外された。この入院基本料は、疾病の原因にかかわらず、重度の身体障害者に対する看護労働の評価である。特に、脳卒中後遺症の患者は、重篤な肺炎等になる場合が多く、「障害者等病棟」の疾患対象から除外することは、その受入先がなくなり、重大である。

説明で医者が「後遺症」は病院ではめんどうみませんと言ったのはこのことだったのか?国の支出を減らすために重傷患者を病院が受けいれない、病院から出してしまうのは金の問題だった。

最も重症の方々は回復期リハビリ病棟に入院できたら、2〜3割は驚くほどの回復をして自宅に戻るのに、そのような方々は回復しないために寝たきりになる
最も重症の方々は回復期リハビリ病棟に入院できたら、大多数の方は少なくとも食事をすべて口から食べることができるようになるのに、一生涯食事できなくなる

急性期病院は例えば平均在院日数が20日を越えると診療報酬が減額されるため、最も重症の方々をなんとかして、自宅退院させたり、療養病院に移す様に家族に圧力をかける
療養病院は「胃瘻」という手術しないと受け入れないので、必要のない胃瘻手術がたくさん実行される(医療費の無駄: 胃瘻手術は食べるためのリハビリを何ヶ月かやって、口からすべての栄養を摂取できないという結果が出てからするべきもの
最も重症の障害者の方々が急性期病院でどこか別の病院への転院を待っている間に肺炎で死亡する数が増加する

http://d.hatena.ne.jp/zundamoon07/searchdiary?word=%2a%5b%b4%c7%b8%ee%c9%ac%cd%d7%c5%d9%5d(リハビリ医者の独白)
 
回復したのになぜそんなに性急に胃瘻の手術を急いだのか?「思ったより回復したので口から水くらい飲ませられないでしょうか?」それさえ聞くことができず手術されたのはこういう背景があったのだろうか?でもここの病院が悪い病院とはいえない、口から食べさせる専門のリハビリの人が一人いてゼリ−状のものを食べされるリハビリをしているというから私の家族の場合重傷だったので胃瘻はやむをえなかったのかもしれない、口の中も毎日掃除しているから他ではそれさえしていないというから病院の差は大きいのだ。要するに問題は医療費削減のために金のかかる重傷者とかを病院から出したりして病院を回転率を良くして金が入るようにする。医は算術になってしまった。実際に病院にいるのは退院できる軽い人が多く重傷の人は少ないのはそのためだったのか、医は算術といってもそれは高齢化のゆえだから昔とは違う、病院にいるのはほとんど高齢者であり高齢化社会の問題として病院が問題になっているのだ。病院自体も収入源倒産する限界にきているのが自治体病院で多い。政府ではふえ続ける高齢者の患者に金を払いたくない、切り捨てをする。これからもこれはひどくなる。行き場のなくなったリハビリ患者は劣悪な安い施設に収容されて拘束などの問題が起きた。在宅介護のすすめとかともかく国では金を極力金を払いたくない、その結果として在宅で介護させられ無理をおしつけられ事件が起きてくる。施設も順番待ちなのも特養など施設は何年も入れないかもしれない、病院にもいられずにどこにゆくのか?それが深刻な問題になっていたのだ。
 
高齢化問題は個々には違っているがやはり金がないと成り立たない、社会化すれば人件費とか膨大になる。だから介護士などの給料をおさえねばならない、そもそも福祉や介護は利益をあげるということに向いていない、教育とか福祉とか利益を追求することに向いていない分野がある。でも高齢化は医療費が安いとかいろいろ無駄も多い、その無駄が今やできなくなった。公共事業も無駄もできなくなった。高齢化の社会的負担をどうするのかという切実な問題となっているのだ。長生きには金がかかる、高齢化すればするほど病人は確実にふえるし負担が増大する。高齢化の重圧はすでにリハビリ患者が重傷患者の行き場がなく命が縮められるという具体的な問題として社会化している。


金のかかる病気の高齢者は早く死んでくれというのはすでに政府の政策で実行されているのだ。これは団塊の世代まで待って起こることではない、すでに高齢者は病気になったら捨てられつあるのだ。高齢者の切り捨てはすでに病院では実行されているし現実の問題なのである。現実に病院から強制的に医者により出された患者もいたから金にならない老人は捨てられる。中世の野垂れ死の時代にさえなる。これが高齢化社会の現実だったのだ。これは医者の傲慢として書いたが政府の政策を非情に実行しているのが病院であったためであった。金をうまないものは去れという国の政策が変わったのである。

2008年04月05日

死と直面した介護の短歌の鑑賞


 死と直面した介護の短歌の鑑賞


武部善人
 
母の胸さすりてをれば末子われ甘えし記憶この母の胸に

艶やかな若き日の母黄躑躅に交錯す華やぐ幻影

吉野秀雄
 
病妻の(やみづま)の胃腑のいたみ小夜中のわれにひびきて胃のうづきくる

古畳を蚤のはねとぶ病室に汝がたまの緒は細りゆくなり

彼の世より呼び立つにやこの世にて引き留むるにや熊蝉の声

たなうらにみ墓をさすりつつゐたり堪へねばわれはかくのごとしつ

これの世に二人の妻と婚ひつれどふたりはわれに一人なるのみ

わが庭に今咲く芙蓉紅蜀葵眼にとめて世を去らむとす


 
古畳を蚤のはねとぶ病室に汝がたまの緒は細りゆくなり
 
洗面道具や食器、寝巻や布団一式、七輪や鍋まで持ち込み、病院にとまりこまねばならなかった。
昔の看護とか介護はかなりお粗末だった。ベッドはなく畳でありそれも古くなった畳であり病気は不潔であり消毒や薬品の匂いがしていた。そこには蠅はか虱とか蚊もわいていた。木造だから余計汚い暗い感じになっていた。点滴も点滴がきれたとき看護婦を呼ばねばならなかった。だから絶えず点滴を見ていねばならなかったと戦後すぐ看護した人が言っていた。今は自動化されているから点滴がきれると看護婦がくる。病院はこの辺では一番立派な七階建てのビルである。この辺で七階建てのこれだけ立派なビルはない、外観を実に立派なのである。介護にしても家でされているのが普通でありオムツは使っていない、藁に寝せて藁にしていたというから信じられない、オムツを紙にすることはできない、紙は高価なものだった。新聞紙でトイレ紙に利用していたときもあった。あれだけオムツで高価な紙を大量に使うことはいかに贅沢かわかる。看護とか介護といっても昔は実にお粗末なものだったのだ。それは物質的な面、ハ−ドの面でもそうでありソフトの面、看護婦頼りだったというのもわかる。ハ−ドの面で不備であり看護婦になぐさめられる他なかった。この辺の生々しい体験談はインタ−ネットで発見されなかったのでわかりにくい、小説などに残っているかもしれない、そもそも看護のはじまりがナイチンゲ−ルの戦傷者の看護にはじまったように明治の日赤の看護婦養成も戦時のための軍隊のための看護婦養成だったことでもわかる。それは太平洋戦争の従軍看護婦時代とつづいていた。平時の生活では看護ということは一般化していなかった。この歌はこういう病院のお粗末な状況を示している歌である。病人はかなり粗末に扱われていたのだ。それは家庭でも同じだった。今ほど手厚く介護されている時代はなかったのだ。だから昔の人は死ぬような病気になると良い介護されないから早く死んだように思う、医療も十分でないから死期は早くなった。現代は死期があらゆる手を尽くすから延びる。それでかえって費用やら人手の負担が増大して苦しむ結果となっている。

病妻の(やみづま)の胃腑のいたみ小夜中のわれにひびきて胃のうづきくる
 

家族の声に何時間でも耳を傾け、痛みとの闘いに共にあり、安らかな死を見つめ合う。ついには患者の悩みを思い続けるあまり、患者と同一化してしまって自殺まで考え、患者から引き剥がすのに苦労される、看護部長の訴えもありました
http://pronet-kyoto.seesaa.net/article/23003206.html

 
ここまでなる人もいるのか、やはり毎日接していると情の厚い人は情が移ってしまうからこうなる。でも自殺まで考えるのは驚きである。自分も苦しみを訴えられると苦しくなってくるのだ。なんとかしてやりたくてもできない、でも苦しみを訴える。便が出ないとか背中が痛いとかいろいろな苦痛が寝たきりになるとでてくる。胃ろうになっていることもどうしても体を不調にしてしまう。他の人はどうしても自分で食事できるから楽だ軽いとみてしまう。自分で食事できる人があそこの病院では多いのだ。軽傷者が多い。だからいづれは自宅に帰れる人たちである。ただ毎日きている妻を介護している人は疲れて倒れたとか介護は体の負担が大きいのだ。車椅子に乗せるだけで一苦労だし体力が必要になるのだ。病気を診る人は病人と一体化する。つくづく認知症にかかわってからそのことばかり考えつづけてきた。なんとかしようとして認知症のことを調べたり何かいい療法がないとか探ってきた。実際認知症の介護では効果があったのだが脳卒中で水泡にきした。病院で認知症は悪化した。病院では誰でも一時的にボケ症状がでるからもともと認知症の人にとって最悪の環境である。病気とかかわるとその本人も病気と戦うことになる。そして介護する人や医者や看護婦でも犠牲になる場合がある。野口英世も細菌と戦いその細菌で死んだのも象徴的である。認知症も病気とするとこの病気との戦いが高齢化で強いられている。これもあまりにも不可解な難題なのである。
 
リハビリに我がかきいだき哀しかな起き上がれずに寝てしまいしを
 
最近起き上がれずに寝てしまうのが哀しい、車椅子に乗るためには起き上がれないとのれないからだ。現代の介護はまたリハビリである。リハビリの期間が長くなる。リハビリによってまた寿命がのびる。リハビリは介助する人にもよる。リハビリを手助けをししてくれる人が必要になる。専門の人もいるが一日一回ではたりないのである。リハビリを毎日介助する人がいれば回復してゆく人もいる、鬼のようになって夫をリハビリさせて何不自由なく車まで運転できるようになった人がいた。リハビリを嫌った人は寝たきりで動けなくなったというのもわかる。脳卒中の場合はリハビリで回復する度合いが決まってしまうのである。だからリハビリさせる人がいるかいないかでも回復の度合いは大きく左右される。


母の胸さすりてをれば末子われ甘えし記憶この母の胸に
艶やかな若き日の母黄躑躅に交錯す華やぐ幻影
私はこれまで延々と書いてきたように認知症の介護をしたけど体が悪い人の介護をしたことはない、認知症でも元気だから体が悪くなった人の介護をしていない、ただ今度脳卒中になり死線をさまよったのでこうした体験の短歌などに興味をもったのである。こういうことは体験しないとわかりにくいのだ。脳卒中だと体がきかなくなるから体にさわる、スキンシップが多くなる。体を持ち上げたりするだけでそうなる。リハビリ専門の人もそうしているのでまねてやっている。ただ専門の人と看護婦と家族が違うのはこの歌のように必ず過去のことを思い出すのである。今のあまりにもみじめな姿だけではない、過去のことが彷彿と思い出す、こういうことが他人にはないので本当に情が通わないのである。認知症になってもやはり常に健やかなときの母なり姉妹なり兄弟なりの姿が浮かんでくるのである。体で情を交わすというのは介護であるんだなとつくづく思った。認知症の介護では嚥下障害のとき背中をさすったりしていたが今は体全体を抱いて起き上がらせようとしたりもっと密接に体のじかの接触が多くなったからである。
 
彼の世より呼び立つにやこの世にて引き留むるにや熊蝉の声
 
この歌も熊蝉は沖縄で聞いた、南方の蝉である。鳴き方も普通の蝉と違っている。ジ−ジ−と長く鳴かない、ひびかないのである。一度死線をさまよったときみんなで呼んだ、植物人間のようになったときみんなで呼んだ、その声はちょうど熊蝉のような声に聞こえた。本人は死人の夢を見ていたというから本当にあの世に一旦行っていたことはまちがいないのだ。それがこの世からの呼びかけでこの世にもどってきたのである。植物人間でも呼びかけが大事であり意識を取り戻している人はかなりいるのである。

これの世に二人の妻と婚ひつれどふたりはわれに一人なるのみ

わが庭に今咲く芙蓉紅蜀葵眼にとめて世を去らむとす
これはこの人の特殊な事情があった。二人の妻が一つになったというのもうらやましい、私の場合はならないからだ。そして最後に芙蓉紅蜀葵と三つの華やぐ花を見てこの世を去った。芙蓉は初秋に咲く花だからこんなに一緒に咲くものなのかわからないが三つの花が最後に見てあの世に逝ったというのはいい最後だったとなる。こういう短歌とか詩でも体験しないとわかりにくい、今回自分自身が体験したので深く読むことができたのである。

2008年04月13日

認知症の対処方法−入院して認知症はどうなった


認知症の対処方法−入院して認知症はどうなった

 
●病院で認知症は悪化、妄想もひどくなる
 
認知症との付き合いは二年以上になる。家で二年あり病院で三カ月である。病院に入ってから認知症はかなり悪化した。妄想がはげしくなっのだ。誰もいないのに昔仕事していた仲間の名前を読んだりと話が支離滅裂になってしまった。そもそも胃ろうにしていて食べ物の妄想がでてくること自体妄想が生活になっている。ボタモチ食いたいとか水を飲みたいとか胃ろうでは飲んだり食べたり気がしないからそうなる。これは餓鬼地獄のように見える。餓鬼とは食べ物が食べたいというときその食べ物が消える、水が飲みたいというとき水が消える、そして永遠の飢渇の地獄なのである。地獄とはあの世にあるのではない、この世にある。だから胃ろうなどということができる科学の発達も地獄を作り出すものと一面思った。科学は原子爆弾とか実際に地獄も作り出しているのは医療の分野でも同じだったのである。延命治療は一面非人間的な面があった。そこには人間の尊厳が失われる危険があった。また寝たきりも人間の尊厳を失う、オムツとかすると最低の人間の尊厳が失われてしまうのだ。長生きさせる医療技術がすべていいものとして働いているとは言えない現実があったのだ。
 
認知症の対処方法を探っている人が多い、キ-ワ-ドをみるとそうなる。認知症に対処する方法は効果的方法はないように思える。認知症を家族の生活のなかで対処していると混乱が生まれる。平常な生活が一人の認知症によって破壊される。それはいくら良く対処してもそうなりやすい、一般的にもの盗られ妄想からはじまり最も身近な人が攻撃対象になるからである。平常な家族の生活が成り立たなくなる。家族という中に異物が混入したようになるから実際はその異物を排除しないかぎり平穏な正常な生活に戻せないのが認知症だったように思える。あとで私の場合はもの盗られ妄想とかは完全に消えたから対処しやすくなった。もの盗られ妄想は対処しだいで消える。中核症状のもの忘れとか知能の低下とかはあるにしてももの盗られ妄想が消えると認知症は対処しやすくなったことは確かである。でもそのために家族の犠牲があり結果的に家庭は破壊されたからすべてが良かったものではなかった。認知症の人が家族にいると家族で平常の生活ができなくなる。どんなに努力してもそうなりやすい、どうしても混乱させられる。二人きりだと留守番もできないし離れなくなるからどこにも出かけることもできなくなる。実際昼間ちょっとの間出かけても何も言わずどこに行っていたとか一人にさせられると不安になっていた。誰もくる者もないし相手にするものもいなかったらからである。認知症の人は話がちぐはぐでも何でも話相手が必要だったのである。その話相手がなくなるから困ることになった。近くで一人だけ相手ししてくれる人があったがこれも家族の中に入ってきたけではないから役に立ってもわずかであった。でも貴重な人だったとあとでわかったのである。
 
●かえって病院に入って楽になった(体の病気は同情される)
 

病院に入ってから隣の人はひどい認知症であった。わけのわからないことをのべつとなく大声でしゃべりつづけ人を呼びつづける。あまりに大声なので個室に移された。
認知症の人は絶えず過去に関係あった人を呼んでいる。20年前に死んだ夫を「とうちゃん、とうちゃん」と暇なし呼んでいる。過去に関係あった人の名前を呼んでいる。それが妄想となって絶えず現れてきてその名前呼んでいる。過去を記憶に呼び出そうとしている。子供の名前も呼んでいる、一時も誰かそばにいないと不安になるのだ。病院では特にそうなっている。隣の認知症の人はこれだけひどくても恵まれていた。女性が三人で交代して側につききりでそのわけのわからない話につきあってなだめていた。どんなわけのわからないことを言ってもそうかいそうかいと話につきあっているのだ。あれだけ三人で交代してみれるのだからうらやましいと思った。私の場合は一人だったから苦しかった。もし交代する人がいれば楽だったのだ。介護そのものが交代してくれる人がいれば楽なのである。息抜きができるからだ。それがなく一人に負わされると追い詰められることになる。余裕がないから虐待とかにもなるし現実何回もそうなった。虐待しないにしても対処しきれなくなり激怒したりするようになる。認知症の場合は特にそりやすいのだ。

 
今病院に入ってかえって楽になった。そこで名前を呼んで声かけてくれる人がたえずいる。家では誰もいなかった。リハビリでいろいろな人が声をかけてくれるし同室の人も声をかけてくれるしわけわからないことを言ったり呼んだりしても答えてくれたりしている。病院は淋しいからそうなる。認知症でなくてもそうなりやすいのである。病院に入って認知症が悪化しても今は三日に一度だけ介護に行っているから楽である。半日以上つきあうから結構疲れるが家にいるより楽なのである。家だと実際24時間認知症とつきあうことになるからだ。わけのわからないことを言ってもうんうんとあいづちをうち話につきあっている。妄想を言ってもそれともつきあっている。いろいろめんどうでも半日つきあいばいいのだから楽である。今は体の悪いことを四六時中言うのが多いから体の悪いのをなぐさめることが多い、病院の人も体のことでなぐさめている。そして何よりいいのは自分だけが一人で対処しているのではないことである。みんなで体のことだけでも心配してくれるから楽なのである。家族では自分一人だけだったし地域ではかえって認知症になったらよりつきもしなくなった。差別偏見もあり地域はかえって冷たいものだった。病院にきていろいろな人が声をかけてくれるので助けてもらうので家族や地域にいるよりかえっていいとさえ思った。本人は家に帰りたいと言っているのはわかるが自分にとっては病院にいてもらった方が楽である。これは施設に入ってもらっても同じである。
 
●認知症は支離滅裂でも根気よくつきあうほかない
 
認知症の対処方法は特別ないと思う、ただ支離滅裂でも相手しなければならない、それが強いられるのだ。そして全部がわけわからなくなったわけでないから余計対処がむずかしいのである。これまでわけのわからないことをのべつとなく言っていたかと思うと「最後までめんどうみてくれる人はいないな」とか本当にわけのわかった真面目なことを言うのである。これが認知症の不思議である。すべてがわけがわからなくなったのではない、あることでは訳がわかっているから不思議でありめんどうなのだ。どこまでわけがわかりわけがわからないのかわけわからないとなってしまうのである。ともかくこうした不可解な認知症でもわけわからない話でもそれにあわせてつきあうほかないのが認知症なのだ。そこで拒否することはできない、拒否することは介護を放棄することになってしまうからだ。だから四六時中家族の中に家にいることは認知症の介護ではむずかしい。ただ交代する人がいれば介護もできる。それがない人は追い詰められる。何とか外部の助けを求めるほかないのだが今回のように体の病気なら外部の助けはあるのだ。認知症だけなら外部の助けはなかなか得られない、やはり何とか施設とかいろいろ外部の助けを求めるほかない、そうすべきだったと思うがこれがうまくいかない、だから認知症自体の対処方法は特別ない、体が病気ならあるが認知症にはないことが多いのだ。
 
認知症はまだ回りでも理解がたりない、隣の認知症の人はあれだけひどくても介護する人が三人もいるのだから介護できる。そうでない人は一人だったら不可能である。それを認識すべきだがそうなる人は悲劇にもつながる。ともかく支離滅裂でも話でも相手してゆくほかないのが認知症の対処方法なのである。全部がわけわからなくなったのではないから人間として全く心が通じなくなるのではない、通じると思い対処するしかないのである。認知症の人も相手に心が通じると思って話してくる。それを拒否することは関係が断たれてしまう、実際長年子供のときからとか付き合いでもみんな断たれてしまった。それは良くないことである。やっかいでも付き合わなければ関係は断絶してしまう。そうなるともはや介護にはならなくなり家族としての絆も失われてしまうのである。家族でなくても人間としての絆も失われてしまうのである。

2008年04月30日

難聴と認知症の対応(NHK−ためしてガッテンにヒント)


難聴と認知症の対応(NHK−ためしてガッテンにヒント)


今日見たNHKのためして合点の難聴の話は面白かった。人間の体はつくづく一部分が悪くなってもその部分だけが悪くなっているのではない、血流とも関係しているしその他いろいろ体全体が影響して難聴になる。だから目で聞くとか脳で聞くというのもなるほどなと思った。人間が何かを理解することは耳からや目からやいろいろなセンサ−を使って理解するのだ。脳で聞くということは耳から入った音でも脳で理解するのだから脳で聞くとなる。老人はいつも聞き慣れた言葉聞き取れるが最近の変わった言葉は聞き取れない、これは認知症の人と同じである。いつも聞き慣れた言葉は音だけではない、脳でも理解しているのだ。今日は竹の子ご飯だよというとき音だけではない脳でも理解している。今日は竹の子ご飯かというとその味すら脳で刺激されて食欲が湧くということかある。目で見ただけで食欲がわくということもある。だから食欲は目で見たもの視覚的なものに影響されやすい、視覚で食欲がわくというよりかつて脳に記憶されたものが呼び起こされて食欲がわくのである。それで食べたことのない料理はいくらうまいといっても食欲がわかないのである。そして聞き慣れた言葉、聞こえなくても聞こえることがある。いつも聞き慣れている孫の名前であれ家族のことを言うと脳が聞く前に察してわかる。それは脳に記憶されたものがありそれに反応して理解する。
 
しかし脳に記憶されていない最近の人の名前は認知症の人は覚えられない、看護婦さんを自分の娘だと思って娘の名前をしきり看護婦に言って呼んでいる。今の看護婦の名前が覚えられないのである。人間は耳だけで聞いて目だけで見た物事を理解しているとは限らないのだ。その中心が脳で理解している、その中で大事なのが脳に貯えられた記憶なのである。かつての記憶が刺激されて反応するのである。だから認知症になると記憶できない病気だから今のことは反応できなくなるが過去のことは常に話している。同じ病室の人は絶えず家族の名前を呼んでいる。断片化した記憶からでてくるもの声に出して呼んでいる、それが大声になるので別室に移された。それと同じようにK子もなってしまった。病院に三カ月もいて最悪になってしまった。病院は認知症でない人も一時的に認知症になっているのだ。毎日天井ばかり見ていたら普通の人でもどうにかなってしまう。過去の記憶された断片が脈絡もなくでてきて妄想を見つづけている。かなりの妄想でありこれとつきあうのは頭が痛くなる。妄想が現実化して誰かが盗んだと問い詰めたことが初期にあったがそこに逆戻りしたのである。過去に貯えられた記憶だけが断片的に頭から病室に飛び出している。それが狭い病室に反響するのだからそれに対応する人も異常化してしまう。前もそういうことがあり嫌になってしまった。ただ体がきかない、寝ているから暴れられないからいいだけである。
 
この番組は認知症の対応に対するヒントがあった。なじみの経験として脳にたくわえられたものは難聴の老人でも理解するのだ。認知症も過去に貯えられた記憶からの話は通じる。現在のこと新しいことは通じないのである。だから最近の話題や言葉は通じないことが多い。過去に貯えられたものは理解するが最近のことは理解できないのだ。現代のようにめまぐるしく変わる話題も世界的になるとほとんどそうした複雑なものも理解しにくくなる。老人は現代にとって過去の記憶から理解できないことが多いから老人にとっては住みにくい、江戸時代なら変化が小さいから過去の記憶から過去の経験の知恵が役に立つことがある。だから老人は尊ばれていた。過去の記憶と現在がつながるから良かったのである。めまぐるしく変わる現代は過去と現在がつながらない、別なものとなるとき理解できなくなるのだ。でも人間そのものはこれだけ文明化して便利になっても以前として過去の知恵も生きているし過去の智者の言葉を生きている。二千年前に書いたものでも現在に生きている。人間の本質は変わっていないから名言は残ってそれは現代にも通用しているのだ。認知症の対応に悩んでいる人が多い。この番組はそのヒントがあった。過去に貯えられた記憶から脳を刺激して対話を計る、なじみの変わらない世界でなじみの言葉でなじみの人との接触が認知症の人に安心感を与えるのだ。難聴になっても目で聞き脳で聞くこともできる。記憶ができなくなっても過去の貯えられた記憶からコミニケ−ションができる。・・・・と言ったら過去の記憶から・・・が明瞭にイメ−ジとして脳に貯えれたものから話すことができる、理解できる。それなら難聴になっても生活自体はさほど困らない、認知症の人にとっても記憶できなくても軽いならなんとか適応できるし改善されることもある。実際家で介護していたときは全くもの盗られ妄想などは消えていたから認知症の妄想は消えることは確かである。ただ今は病院で最悪になりどうにもならなくなってしまったから残念である。

 

追記

人は自分の見たい物しか見ない』 ユリウス・カエサル
 
 
自分に都合のいい状況、或いはその人の経験や知識と論理的整合のとれた情報しか見えない(聞かない)という格言である。
 
 
耳の聞こえない老人も関心のないことは聞こうとしない反応しない、ところが関心のあることは聞き耳をたててそこだけを聞いて反応してくることがある。脳で聞くというのは自分の脳に関心があることは難聴の人でも脳に反応して聞いているのである。そして老人の難聴は自分の都合の悪いことは聞かないし反応しない、そして聞こえなかったで責任を逃れるから便利なのだ。人間は耳だけで聞いているのではない、脳で聞いているというのは脳が刺激されて反応することが多いからである。
 

2008年06月01日

二度目の危機を脱出(肺炎になった原因)


二度目の危機を脱出(肺炎になった原因)


急に医者に呼び出されてレントゲン写真を見せられて肺に水がたまりこれはかなりひどい状態で助からないでしょう。本当にそんなに悪かったのか脳出血の時も助からないと言われたので助からないと思ったが助かったので医者は最悪のことを言う、最悪のことを言っていれは責任をまねがれためかもしれない、判断に間違いがないともなる。でも本当に肺炎になって生死の境をさまよったのだろうか?酸素マスクして呼吸が苦しそうだった。血圧が下がり黒い水を吐くと死ぬんだよと死をみてきた人が言っていたので本当に死ぬのかと思った。それでも顔はふっくらとして体も太っていたから死ぬように思えなかったのである。隣の人はやせこけて骨と皮でありやっと息ついている。あの人こそ死ぬように思えた。血圧もK子より20くらい低い、血圧下がると死んでゆくんだよと言われたのでやはり死ぬのかと思った。顔も蒼いし血の気がひいて死んでゆくのかと思った。病院の控室に二晩泊まって今日の朝に顔を見たら顔に赤みがさしていたのでこれは血圧が下がって死ぬことはないと思った。看護婦さんももう元にもどりましたよと言ったので安心した。
 
今回肺炎になった原因何なのか?老人は肺炎で死ぬ人が多い、嚥下障害などで肺にばい菌が入り感染症になり肺炎になりやすい、今回は胃ろうの胃液が逆流して肺に入りたまったのかもしれない、胃ろうというのも肺炎を併発しやすいのだろう。体の抵抗力も弱くなると肺炎で死にやすい、でも肺炎に対してもいろいろな肺炎を起こす細菌に対してもいい薬ができてきたのでなかなか死ななくなった。今老人はなかなか死なない、死なせないのだ。隣の半分骸骨のようなっても生きている老人をみればわかる、あれで良くいきていると思える。苦しそうだからかえって死んだ方が本人にとっても楽に見える。それでも50万もの電気を体に通す機械を買ってその老人に電気を通して効果があったというから延命させることはいろいろできる時代なのだ。だからこそますます老人は死なない、死なせられないのだ。その瀕死の老人には看護婦さんもしっちゅうみてまわり気をつけ看護しているから死なない、薬もいいのができているから死なない、脳出血では20年前は死んだ人が多いが治療が進歩して脳出血死ぬ人は激減したのである。医療の進歩が老人を死ななくさせてそのためにコストがかかっているという皮肉がある。いいことだが悪いことにもなっているのだ。
これで危機を二回脱して死から生還したことになるのか?

 

隣の街の病院に二日泊まったことは不思議な経験 だった。また原町という街がより身近になりただ通うだけの街ではない、その街と一体化する体験をした。それで家族控室で短歌を作った。病院に患者とともに泊まり介護する、これまで介護のために二年半も一日も泊まった旅をしていない、日帰りの旅だけである。今回はじめて隣の街に二日病院に泊まったことが旅だったという不思議な体験をしたのである。旅をこれだけしてきたから病院に泊まることも旅の宿だったという不思議があった。
 
一つ家に遊女も泊まる萩と月」の一つ家が病院であり遊女が患者であったと変わっただけであった。隣の街でもやはり旅の宿に変わりなかったのである。これはつづきとして書く、すでに十首以上の短歌を作ったからだ。