2014年04月02日

今日の予定 (母のショートスティ、仙台から松島へ、津波の被害を見る)

 

今日の予定

(母のショートスティ、仙台から松島へ、津波の被害を見る)


母のショートスティ 2日間泊まる

自分は仙台から松島に行き一泊の予定
途中野蒜などの被害地を見る
それから石巻から女川の被害地をみる
泊まりは一日だけ


ショートスティがとれたので一泊して野蒜などの被害地を見てくる
どういうわけかあの辺を旅行した写真入の記事が常時アクセスあることが謎である
あの辺は結構家が密集しているから被害が大きかったのだろう

まだどうしても津波の被害か関心になる。この辺では旅行を観光を楽しむということにはなっていない、

だから実際に女川辺りの街全体が被害にあったところはまた違っている。
この津波の被害も実際に見てみないと実感できない、テレビだけではわからないことがある。

すぐ近くの津波の被害にあった人の家に行った。その話を聞くと水害の被害とは津波の被害は違う。
床下から水があがって床上になり家を壊す他ないと言われたという。
海岸から3,4キロ離れていたした被害がないと思っていたがそうではなかった。
その人はそこに住めなくなり避難した。
そししてボランティアなどがきて泥さらいや瓦礫の処理をしてくれて助かったという。
ボランティアは一生懸命やっていたという。
近くの親戚などは見ているだけで手伝ってくれなかったとか言っていた。

津波の被害は実際にあった人でないとわからない
近くでもたいしたことがないと見ていたのである。
まず自分は二週間は自分のことで追われていて津波の被害者のことを見ていない
みんな放射能騒ぎもあり自分のことで精一杯だったと思う。
だからその時、知り合いの人に助けられたことにその人は恩義を感じていた。

いづれにしろ津波原発事故の後遺症は長くつづく、何があったのか近くでもわからないことが多いのである。
今になって冷静に語る人がでてきているのだ。


昨日も今日も忙しい、まだ常に何かちに追われている状態がつづいている。

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2014年05月06日

コメントについて

 

コメントについて

コメントはまれにしかないので見ていないことがあった
コメントされればみんな一応反応として出している
ただ答えるとは限りません


忙しいのでコメントに答えることがめんどうになるからです
通りすがりの・・・とか言われても答えようがないです

自分のプログはそうした今までの文字の会話の場とも違っています

ただ反応があればうれしいのでコメントはなくても
こんな反応があったとかとして出しています

だからコメントは見ずに遅れることがあります


ともかく自分はプログは書き続けています
書くことがここに書いているだけではなく他にもあります
プログはその時々の情報を自ら書いて発信して情報を蓄積するのにいい
だからコメントがなくても書き続けている
あとで役にたつこともある

つまり日にちが記されるのであの時点でこんなことを書いていたのかと
自分で参考にもなるから書いている

ともかく人間は忘れやすいからこうして日記で何でも書いておくのがいい
だから東松島の鳴瀬川の土手を下りた白萩や浜市などの写真が貴重なものとなった
なぜなら津浪で家も通りも松も流されてしまったからである。
ただ一本だけ松が残っていた、その写真が一致したのでわかった。
こうして記録として大事になることがある

要するに現代は写真でも膨大な記録が残され集積されていく時代なのである。
 
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2014年05月28日

「新田川温泉はらまちユッサ」でバッグを忘れた


「新田川温泉はらまちユッサ」でバッグを忘れた


八木沢峠の麓の太古を回り飯館村へ行った。
その帰りも八木沢峠を下ってきて原町のユッサに回って食事した。
その時、バッグを忘れたのでカメラも入っていたから
その写真が出せない

すぐ気づいて電話したらあったので明日とりにゆく

ちょうど150円で天ぷらを出していた、いろいろな野菜天ぷらであり
安いなと思って食べた。
ここでこんなのを安く出しているのかと思って聞いた
それは水曜日の午後5時からだけ特別出しているそうである
だからそれを知って来ている人もいるようである
あの天ぷらだけで天ぷら定食になるから得である。


原町ユッサの湯に入ったことはない、750円にもなったら入りにくいだろう。
でもあそこは鹿島からも近い場所である
だから行きやすいということはある

あそこはオカズまで食券を買ってからだからめんどうだった
何かちょっとめんどうだとそれに気をとられてしまう。
なれればいいのだがはじめてだととまどい気をとられたのである。

他でも湯だと靴を入れるのともう一つ中にも脱衣場で鍵をかけて
貴重品を入れるからめんどうである

意外とこうしたことが手数がかかるとわかりにくくなり本当は利用しにくい。
食券にするのは出す方では計算とか便利でしいても
利用する方では不便な場合がある
それがほんのちょっとした手間でもそうなる

外国旅行ではそういうことでわからずに失敗の連続だったから
自分では外国旅行はしたくないとなる
簡単なちょっとした手続きでわからなくなるのだ
そして人が教えてくれないということがまたかえって不親切に思えるのだ

現代の社会は人と人がやりとりする前に機械が介在してめんどうになるのである
バソコンでインターネットを利用するにしてもそうである
だから今はスマホとか携帯とかでインターネットを読んでいる人が多くなった
読むだけならその方が簡単だからである

近間だったら忘れ物として本当になくしたことはない
どこに忘れたかだいたいわかるから必ずとってくれている
でも自分は何かに気をとられて忘れるから困る

 
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2014年09月04日

バソコンの怖さ (プロダクトキーをなくしてオフィスのソフトが使えないークロウドで記録が取り出せない)


 
バソコンの怖さ

 
(プロダクトキーをなくしてオフィスのソフトが使えないークロウドで記録が取り出せない)


reg clean proはマルウェアでウィルスとは違うと言っていたが
それも影響してパソコンのスタート画面が出なくなり
富士通のサポートに連絡した。

セーフモードでたちあげて通信もできている。
でもオフィスのソフトが使えなくなっている
そこにワードとかワンノートがあり
それがクラウドに記録されていても取り出すことができない

今度はマイクロソフトに聞いてみると
再インストールと直るというが
買った時箱に入っていたものに
プロダクトキーの番号があれば再インストールできると言われたが
その買った時箱もなげたしプロダクトキーは見つからない
前もソフトのキーをなくして新しく買ったりしていた

ここもパソコンを使う点で注意する必要がある
オフィスは三万もするから簡単に買えない
記録したものはだいだい移動したからいい
でもオフィスのワンノートに記録したのがクラウドになって
取り出せないのだ

クラウドというのがわかちらないので使っていなかった
新しいものはわかりにくくなるからこまる
ここではプロダクトキーがいかに大事になっているかわかる
これがないとお手上げになってしまうのである。

記録さえ移せば初期化してもなんとかなるが
記録したものが取り出せない、消えることがパソコンの一番の怖さである。

ただ今回わかったことは富士通であれマイクロソフトであれ
直接聞いて答えてくれたので助かった
有料とかなっていたので電話をかけなかった
料金は今のところとられていない
富士通はサポートはいい
それも一年の保証期間があと三日くらいで切れる時だったのである。

ともかく完全にクラッシュしたのは違うから助かった
パソコンはやはりわからないところはすぐ聞いて対処した方がいい
マイクロソフトでも聞けるとは思わなかった。
ソフトの会社は電話しても通じないのが多かったからだ

パソコンはやはり会社だったら詳しい人がいるからすぐに聞けるからいい、
個人でしているとやはりわからなくなったら富士通のすぐに聞けるようにしておかないとまずい、つまりクラッシュする突然アクセスできない
壊れることがパソコンでは一番怖いからである。

 
タグ:バソコン
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自分のパソコンの履歴 (親指シフトキーボードで文章をスムーズに書けたことがパソコン つづけることができた)


自分のパソコンの履歴


(親指シフトキーボードで文章をスムーズに書けたことがパソコンつづけることができた)


自分がパソコンに親しんだのは富士通のオワシスのワープロからだった。
これはたまたま買ったワープロがオワシスでありそこから親指シフトキーボードを覚えた。
それがパソコンでもできたのでパソコンに親しんだ
パソコンでつまづくのは文章をいかにスムーズに打ち込むかなのである。
いちいち文章を打つのにてまどうとパソコンは使えない
ローマ字入力だとどうしてもスムーズに打鍵できない
親指シフトキーボードだと思考の邪魔にならないようにスムーズに打鍵できる
自分はローマ字入力だとパソコンに親しめなかったろう

だから自分はパソコンも富士通のものをずっと買っている
パソコンは今やどれでも親指シフトキーボードがあれば使える
ただこれをしていると他では不便な面がでてくるだろう。
少数者しかしていないからサービスが少ないから対応できなくなる
でもwin8でも親指シフトキーボードで打鍵できた。
ソフトを売っているところで対応していた

親指シフトキーボードからはじめるとそれをつづける人は多い
でもこれを知らない人はローマ字入力になる
ローマ字入力だと長い文章には向いていない
だから親指シフトキーボードでないとパソコンを自分は使いなかった
どうしてもパソコンでも文章がめいんになるからだ

今回win8が使えなくなったのでXPの古いパソコンでアップしようとした
そしたらやはりパソコン自体が画面が狭いとか文字が雑に見えると違っている
新しいパソコンはきれいに文字もでている
パソコン画面は広い方がいい、狭いと窮屈になる

パソコンはその人なりの仕様に使うことがある
ただソフトはあまり使わない方がいい
なるべく少なくしてシンプルにして使った方がいい
そしてパソコンで大事なのは安全性だった
突然クラッシュしたりウィルスで機能不全に陥るのが一番怖い
それが突然になることが多いからである。
reg clean proは別なパソコンにも入ってきた
こんなものがすべてのパソコンに入り混乱させる
それは今や何億という人に影響するからその範囲が広くなる
だからこれは世界的犯罪でありこういうものをで
インターネットが攪乱することは世界的犯罪であり重罪にすべきである
今やパソコンとかインターネットは世界のインフラにもなっているからだ
この世界的システムを破壊する罪は大きいのである。
パソコン
は一部のマニアの時代はとっくに終わっているからだ

明日は初期化の作業になるだろう
半日もかかるというのは困る
初期化することにはかなり抵抗があったがどうしようもない
やはり最初に親指シフトキーボードが使えないと
何もできないから困る
あとは順次そろえればできる
その親指シフトキーボードも一つの字がキーボードの一つが故障したらこれは不便で使えなくなった。
この故障にも困ったがこれは直してもらうのは簡単にはできない
サービスする場所が限られているし通販で買ったものだからである。
こういう特殊なものになるとパソコンは使いにくくなるのだ。
ただその特殊化があったからこそ自分はパソコンを使い続けることができたのである。


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2014年09月11日

ひまわりを見て写真をとっていた京都の若い女性 (やがて津波の跡も観光地になる)


ひまわりを見て写真をとっていた京都の若い女性

(やがて津波の跡も観光地になる)

京都から来た人が女性二人男一人が写真で紹介したひまわりバックにして写真をとっていた。
あそこのひまわり大きい、あそこはこはひまわりがずっと咲き続けているから大きくなった。
ほかのひまわり畑は枯れてさいていない、咲いているところも小さいひまわりである。
でも南相馬市がひまわりの市になったと書いたがやはり外から来た人もそのひまわりに注目したのである。

京都というそこに住んでいるだけでうらやましがられ所である。でも意外とそこに住んでいる人は京都のよさ知らないことがある。
京都にはなんでもあるから京都の人は旅はあまりしないともいわれる。
奈良の人に一作日はあったが若人は地元のことがわからない、いくら歴史があっても普通はわからない、そして若い時はただ外に憧れているのである。
要するに長年住んでいる場所に感動している人まれである。
京都には山ほど文化遺産があっても感動しない人もいる。
いつもみているから感動しないのである。

観光でも京都はわくりにくい、特に歴史的なものはわかりにくいのだ。どこでも歴史を感じることはむずかしいのだ。京都はありすぎてかえって文化的なものさえ興味がなくなるということも起きているだろう。
京都は街のなかでもきれいな水が流れているのがいい。
まわりが山に囲まれているからまだ自然はある。
ただ今日会った若い女性がここは広く感じるといって言っていたことがわかる。
京都も都会であり家が密集しているかそう感じる。東京よりはいいのだがやはり広々とした空間はないのである。
だから鰻の寝床もような町屋になった。

現代は医療関係は田舎と都会の差はあってもそのほかで差が感じられなくなった時代である。仕事面では都会中心でも文化的に東京や京都や大阪が中心とはならない時代である。むしろ自然がないのだから自然の感性はつちかえないということもある。平安時代の環境とはあまりにも違いすぎるのである。
要するに京都からはかえって紫式部や枕草子がうまれにくいのである。
現代は文化的面では都会に住むメリットが少ない、京都の日常は家が密集して狭い空間に押し込められている感じになるのだ。

「田舎の学問より京の昼寝」
これは今まではあった。でも交通が発達してインターネットで通販時代になると買い物でも不便を感じないのである。情報的にもそうである。
今ではかえって京で昼寝しても何にも得るものがないだろう。都会と田舎の環境がそれだけ似通ってきたからである。
むしろ田舎で都会をはなれて昼寝していると都会の喧騒から離れて人間的になり感傷的になる。物思うのは田舎の方が向いている。
兼好法師の徒然草の時代とはあまりに違いすぎるからでる。

結局人間はどこに住んでも感じるものがなければどこにすんでも同じである。名所に行っても同じである。
現代は何かに深く感じることができなくなっている。
情報社会になっても感受性は衰えている。人工的空間で機会に囲まれ生活しているから自然への感受性が衰退する。

石や岩を詩にしてきたがその石や岩は都会にない、それは具体的な像としてもてないから言葉も観念的なものとなる。言葉と具体的な事物が結びつかないのである。
だから今や人間は政治人間経済人間科学人間になり本来の人間はいない、トータルな人間もいない、ただ部品化した人間しかいないとなる。

郷土を考えるとき自分は全体としての郷土であり部分として機能するものではない、なんでも全体として機能するものとして見るのである。
小さい田舎だとそいうことがしやすいということもあった。福島県でもこれをアイデンティティ化することはむずかしいのである。
ともかく人間の充実した生は自然を離れてはない、なぜこれほどに殺伐として美のない世界になっているのか?
これが繁栄といえるのか、いずれにしろ都会の価値はここ十年くらいでインターネットの発達などでまた下がった。

南相馬市の将来像は描かれていない、まだ混乱状態にある。ただフクシマが世界的にも有名になった。
全国的にも有名になったから今までは南相馬市を観光する人は少ない、野馬追いくらいだった。
だから外から来る人少なかった。六号線で道の駅ではあっていた。でも自転車を借りて見て回る人は見かけなかったのである。
ひまわりが咲いているということでもそれが人を引き付けるものにはなるということである。
津波の被害地域はまだ観光にするのは無理である。でも現実は津波の被害地を見て回っている人がいる。
その人たちにとっては観光でしかないのである。
だんだんかいそうだというよりそいうふうにポンペイの遺跡見学のように時間がたてばたつほどなってしまうのである。


タグ:京都
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2015年03月20日

南相馬市の鹿島の仮設の食堂について (くつろぐ場とはなっていない)


南相馬市の鹿島の仮設の食堂について


(くつろぐ場とはなっていない)


鹿島の仮設食堂でバイキングにしたのはめずらしい。原町ではしていた。でも千円だから高い、コーヒーは無料であるからそれほど値段は変わらないかもしれない
バイキンク形式は毎日変わるから常連になっても今日は違っているなとなり来る
ただレストランとかは意外と雰囲気とかが大事である。
仮設では狭いし作りにくい、あそこは他より広いがレストランのような雰囲気が作りにくい、ただ食べるだけだとなる
まあ、仮設だと狭いのだからしょうがないとなる。
今は半分くらいは除染とか外部の人が入ってきている
それでどこでもレストランとか食堂はにぎわっている。

レストランとかは本当はいろいろなものがある。
ただ腹を満たせばいいというのも普通にある。
一般的な食堂はそういうのが多い
ただ人間は腹を満たすだけではない、そこにいろいろな付加価値を求める
もちろん腹を満たせばいいという人もいるし金をかけられない人もいる
スキヤなどはただ安く食べられればいいとなっている
あこも人手不足で時給1200円でも集まらない
この辺は特にそうだが全国的に人手不足が深刻である。
人手不足で熱海では経営難になったとか他でもそうである。
介護関係はますます人手不足になる

つくづく人手不足というとき人手は必ずしも金を高く払っても補えないということがあるまず人間はロボットのように機械のようには使えないのである
家で働いてもらうような場合、経験があるからちょっとしたことでも人を使うことの大変さがわかった。それで大損にもなった。
家で働いてもらうにはまず信頼関係が一番大事なのである。
これは簡単にできない、それなりの金を払ってもできない
例えば信頼関係ができているのはその家に十年とか働いている人なら信頼できる
その十年の間にはなんらか金だけでな人間的やりとりができているからである。

ともかくあつみ食堂は前は弁当屋だったのでその時も買っていたから料理がうまいことはわかっていた。今でも料理はいい、どっちかというとバターとかで味付けしているから若者向けというか現代風にしているのだろう。
料理はいいとして何か仮設食堂はくつろげる場所ではない空間がない
それがそんなに問題あるとは思っていなかったが何かくつろいで食事できないことを感じた
もちろんそれは個人的な好みもありかえって場末の飲み屋のような所でくつろげるという人もいる
そこのマスターとかと親しいとくつろげるとかといろいろ要素が入ってくる
つまり食堂であれレストランであれ食べるだけではない付加価値が必要になる
そして現代の商売はものがあふれているから付加価値の面が大事になる
でもそこまで考慮して商売するとなると大変な作業になる

ともかく食事は何かくつろぐ時でありただ腹を満たすだけだと人間のような気がしないとなる。
介護になってからずっと一人だけで食事であるが家で食べている方が落ち着く
ただ食事の用意がめんどうなのである。
だから家事に時間がとられる、家事はいろいろあって時間がとられる
それで外で食べた方が時間の節約になる。
食事でもレストランでも一人で食事すると嫌で一人暮らしの人が良く女性の友達を誘っているのもわかる。
その相手によっても食事の楽しさは変わる
結局人間は機械でないのだから人を雇うにしても誰でもいいとうわけではない
家で手伝ってもらうにも相性とかかえってめんどうなのである。
人手不足の時代だけとどこでも誰でもいいというわけにはいかないから人手不足はこれからもつづくだろう。
極力機械化するとしてもやはり人手が必要であり人手不足はつづくのである。


タグ:仮設食堂
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2015年08月29日

田舎でも差があり一万くらいだと限界集落化してゆく (自転車屋がなくなり困る)


田舎でも差があり一万くらいだと限界集落化してゆく

(自転車屋がなくなり困る)


家の地区など もうどこに自転車屋あるのかしりません。
今の中学生とかどこで自転車買ってるのか不思議です
自転車パンクしたらもはや自分で修理するしかない状態です

 
近くの自転車屋がなくなるらしい、というのはまだ50代くらいで病気になりできなくなった。
このことが自分にとっては困った。なぜなら自転車は買ってもあとの保守が必要であり自分は不器用でできない、パンク修理することもできなくなる
こうなるとパンク修理くらい自分でやれるようにしないと困る
自転車は結構自分で部品交換までしている人がいる。
構造が簡単だからできるのである。でも自分は何か機械は不得意である。
車の運転も自分には向いていない、必ず事故になっていたし死んでいたかもしれない
原付の免許をとろうとしたがこれも危険だからしていない
だから自転車屋がないということは苦しくなる

何か現代は不便なところはさらに不便になり住みにくくなる
需要がないから便利なものもできない
都会だと様々なサービスが提供できるのは人口が多いからである。
老人だけが集まる食堂ができたりもする
老人に対するサービスもふえている。
一人暮らしだと野菜が不足する、だから野菜を細切れで売っていたのは便利だと思った。なぜなら一人暮らしは野菜を無駄にすることが多いのである。
何でも一人暮らしは何か生鮮食料だと残したりして投げたするから無駄が多くなって損なのである。

なんかここだとまず商店街の店屋は薬局くらいししかなくなっている。花屋は確かに一軒あるがこれも花の種類が少なすぎる。
通りを歩く人も今とほとんどいない、車が通り過ぎてゆくだけである。
駅前の自転車屋があったのは鉄道と深く関係していた、自転車はもともと鉄道で運ばれてきたから駅前に店をかまえた。
引き込み線があって物が運ばれてきたからである。
駅前通りも今やシャッター通りになった。
田舎では確かにみんな車をもっているから自転車屋がなくても困らないのである。
まず車がない人は必ず貧乏人であり社会的地位は低い
自分は別に車をもてるが車の運転に向いていないのである。
自分は必ず事故を起こすから乗らない、乗らずに田舎で暮らすことができたのは仕事もしなかったからである。

自分は車より自転車が好きなのである。風を切って自転車にのるとき一番幸福感を感じるだから自転車にのらなくなったら死にたいとまでなるだろう。
自転車の不思議は一台一台乗り心地が違うことなのである。
だから五台くらいあるが乗り心地が違うから楽しめるのである。
田舎に楽しみがないというのは歓楽街のことなのか?
田舎は十分に楽しめる、自転車に乗る空間が広がっている、自転車で自然と一体化できる特に電動自転車だと坂が気にならないからこれもいい、体力がない老人になっても楽しめる
そして田舎では自転車道路がありほとんど通るひともいないから悠々とどこでも乗れる
等位だったら自転車で事故が起きたり何かと狭いから何でも窮屈なのである。
まさに田舎は贅沢な空間がある。spacious(贅沢)なのである。
そもそも田舎を楽しめない人間は人生すら楽しめない人だろう
自然と切り離された人間をイメージできない、自分は大学時代に四年間住んで都会を嫌悪するようになった。
その後は性格でありほとんど隠者のような生活になったのである。

まず芸術というとき自然の感性が基本にあり俳句でも四季がない自然がないところでは作れないだろう。
そこからして田舎を嫌うとしたら芸術の基本的感性すらみがけないのである。
田舎の人間関係を嫌うのはわかるが自然と隔離された大都会に住むことで自然と遊離したら感性がみがけない
そうなるとほとんど人類が残した芸術というのを理解できなくなる
それがいかに人間を貧しくするか?
そんなことを考えない社会というのも異常である。
都会に住んでいる人はキリコのようなロボット人間に化しているのかとも思う
常に像で考えろと言う人かいるがその像が自然がないのだからイメージできないのである像とは山とか樹とか石とか自然の像のことだからである。
高層ビルを毎日見上げていたらどんな像が生まれるのかとなる。
毎日株のやりとりでパソコンの画面ばかりみていたり何か人間が機械化している
都会人の感じることはかなり浅薄になっている
それはそもそも自然という人間を形作る基本が喪失しているからである。

不思議なのはまず自分のように山とか石とか樹とかそうしたものから発想しいてる人はほとんどいない、あらゆる問題でもそうである。
農民だと意識しなくても無意識のなかに自然と通じている。
でも経済的には苦労ばかりで金にならないと嘆くばかりである。
ただ今は金のかかる時代だから田舎を余裕をもって生活するとなるとかえって資金が必要だとなる。
農業は趣味としてやるのもいいがそのために余裕で暮らす金が必要となるのが現代である田舎に作らすにもそうした矛盾がある。
田舎に対する誤解は一万の街内と500メートル離れただけの地域とは相当違っている。
500メートルはなれるとそこは農家が多く、農家のつきあいはめんどうになり拘束される
四六時中回りから看視されていると嘆く人がいる。
街内はそれほどないからである。
それかちさらに一キロとか離れると街が遠いから買い物に不便になるのである。
それで田舎では車なしでは暮らせないのである。

いづれにしろ自転車屋がなくなることは自分にとっては痛手だった。
田舎は便利な生活になるとどうしても分散する生き方は不便になる。
でも分散していたのは米を作り野菜を作る土地が必要でありその土地を得るために分散したのである。それも自然に則った生活だったのである。
その時別に車がなくても自給自足していたのである。
つまり不便でも自足していた生活だとなる
だから今でもそうした不便でもある程度自足するという心構えないと田舎では住めない
便利なもの便利なものを求めることは自足していないのである。
田舎の生活なら本当は自給自足の生活をしたときこそ田舎を知る
近くの森から燃料の薪をとり清水をくみ最低限でも田んぼと畑で食料を自足する
そうして生活したときそれが本来の田舎の生活だったのである。
今やそれをするには資金があって趣味的なものとしてしかできない
それも矛盾しているのである。
なぜかというと街から離れるとすでに車が必要でありそれにコストもかかるからである。一万の街内ならなんとか自転車でも生活できるとなるからだ。

そもそも自分にしてもカナダの国債とかアメリカに投資しているとかそんなことをしていまこと自体大きな現代の生活の矛盾である。
でもまず田舎では公務員くらいしか余裕もって生活できない、職はないのである。
ただこの辺は原発でも火力でもあったからそれなりにあった。
だから比較的豊だったのである。それが原発事故で悲惨な状態になった。
家を維持にするは相当な資産がないとできない、田舎の生活は収入が低い割りには金がかかる、だから食料くらい自給しないと割りに合わないのである。
自分はただ親の遺産があってのでなんとかやれているというだけである。
遺産とか資産がないと田舎では生活が苦しくなる。

自分は相馬藩内は意外と自然が変化に富んでいるからあきないということがあった。
双葉以南になるとあまり感じないが浪江は二つの川があり高瀬川渓谷があり風光明媚である。
原町も鹿島も相馬市も松川浦があり新地も地形的に変化に富んでいる
それから丸森も森が深いからいいし飯館村もそうだった。
山元町から亘理へ行くと何かそこは景色的に地形的に平凡になるから魅力を感じない
蔵王が見えるところで自然の変化を感じる
いづれにしろ田舎を楽しめないものは人生そのものも何も意義あるものも感じないだろうただ田舎の人間は都会の人間より劣っているというのも確かだろう
優秀な人間は田舎には残っていない、何かのんびりしたのを好むから才能ある人間は特に理系の人などは残らないだろう。

芸術家なら田舎なしではありえいな、例えば自分が抽象画をパソコンで作ったがそれも自然をイメージする力がないと感じないのである。
これ何なのだろうとなるとき何か自然をイメージするからだ。
そのイメージ力がないと鑑賞もできないとなる。
ともかく地方創生が課題になっているがこの辺はその自然が放射能で汚染されたから致命的だった。もう立ち直れない状況である。
もっとも田舎的なものが一番打撃を受けたからである。その最も基礎を成すものが失われたということはその損失は計り知れないものとなってしまったのである。

 brainnnn123444.jpg

日本の自然の魅力が複雑な地形にある
大陸だとどこまでも平坦な平野がつづいたりあきる
日本は地形が複雑だからあきないのである。

この絵でも火山があったり湖があったり森があり複雑になる。
それが狭い国でもあきない理由なのである。


タグ:自転車屋
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2015年09月01日

自分より相手が苦しんでいた不思議 (追い詰められている人が多いから危険な時代)


自分より相手が苦しんでいた不思議

(追い詰められている人が多いから危険な時代)

人間の経験することはみんな不思議である。事実は小説より奇なりというのは本当である個々人で経験したことを語るとそんなことあるのと思うけど事実なのである。
自分の経験したことを書いてきたけどこんなことあるのというのがこの七年間に起きたことだった。
津波とか原発事故とかが起きたこともそうである。この世にこんなことがあるのという驚きだった。これだけもうなんといっていいかわからない出来事だった。

この七年間は家族の認知症に苦しんだ、これもこんな病気があるのという摩訶不思議な経験でありそれを書いてきた。病気というのもまた不思議なのである。
病気の種類もまた多いのである。だから理解できない病気がいくらでもある。
病気も自分の身にふりかからないとなかなかわからないのである。

ふりかえると自分が苦しいことを訴えた相手が自分より苦しい立場にあった。
自分が訴えたときわからなかった。一人は別に親しいのではないが近くで癌であっというまに死んでしまった。
もう一人は時々あっていた人で自分が病気のことを言ったが何の関心もなかった。
もちろん仕事で頼んでいるのだから客にいちいち病気のことまで関心をもつことはない
でもその人も自分より死にいたる病気に今になるとなっていた驚きである。
やはり死ぬ病気となると自分より最悪の状態になっていったのである。
その時はまだそうした最悪の状態になっていないときであった。
そのあとすぐに最悪の状態になり一人死んだのである。

ともかく自分が介護になり病気になったとき接した人はまず金でもぎりぎりにおいつめられていたのである。
一人は事業に失敗して借金で首が回らなくなっていた。
そんな人が人を助けることなどできない、自分の病気のことなどどうでもいい、まず金をとることだとなっていたのである。
だから自分の病気に対して同情を示すことができなかった。
これもふりかえると恐ろしいことである。
お前が死んだら金が入るとまでなっていたのである。
それだてけ追い詰められていた。
もちろんもう一人もそうである。だから金をくれと来て家捜して丁度病気だったので大金を失った。これも近くにそういう人がいることが信じられなかった。
みんな自分が介護だと病気だとか苦しんでいても自分が接した相手も追い詰められていたのである。そういう人はもう人を助ける余裕などないのである。
むしろ死んだら金になるとか金のことしか眼中になかった。

最近接した人もまた金に追われている人だった。その人はずっと貧乏だった。
ただ自分は病気も回復したので余裕あるから助けている。
自分が病気のときだったらとてもそうした余裕はないのである。
人間は自分が苦しかったら相手のことすら考える余裕がない
相手を思うということはそれなりかなりエネルギーが必要だからである。
思うということは何か行動しなくてもそれ自体がエネルギーとして相手に働く
でも人間は思うというときそんなに大勢の人を思うことはできない
その数は極めて限られているのである。
相手が知らないでもその人を思いば何か良くても悪くても作用する
悪い面に悪い思いでも作用する

だからなんかある人が誰か殺したいという思いは強烈だから全く関係ない人がその思いを受けて殺人にいたるとか言う哲学者もいた。
それは何かそうした思いに影響しやすい弱い人がなりやすいというのもそうかもしれないだから人間が思うということは何でもないようで怖い面があるのだ。
人間の想念というのはだから宗教では一番大事なものとしていたのである。
悪い思いがあれば悪いことが必ず起こるということである。
悪い思いを抱くだけでそういう悪い行為に結びついていくからである。
人間はどうしても思うことを軽く考えるからである。

ともかく今の時代は世相はまず金に追われているぎりぎりの人が多いということである。老人でもそうであり老後難民というのもそうである。
新幹線で老人が焼身自殺したのもそうである。
ぎりぎりに金で追い詰められているからそうした事件を起こす
人間はもう善も悪もない、追い詰められれば今日食べるものがなければ相手を殺してまで今日食べるための金を得るために殺すこともありうる
だからそういう追い詰められた人間と出会うことは恐ろしいことになる
ただ相手のことはそういうふうに追い詰められているということが理解できないのである自分か金にも病気にも困らないとしたら相手がそんなに苦しんでいることがわからないのである。
事業に失敗していたのもわからないし、その人がそんなに金に困っていることもわからない、それは病気でも同じだったのである。
ただ自分の状態をみればひどいなと普通だったらわかるが相手は全くそういうことを思う余裕がない人たちだったのである。

それにしても癌がふえているのだろうか?
癌で早死にする人がふえているのだろうか?
50代でも60代でもなんらかの持病をもつようになる人が多い
また生活習慣病としてその世代に症状として現れる
酒を飲みすぎているような人は肝臓などが疲れいたんでくる
自分の病気は本当は軽いものだったのけど実際は身体障害者のようになっていたから苦しかったのである。
人間も残酷であり相手が弱くなると喜ぶ人が結構いるのである。
自分が弱くなったとき露骨にそういうことが現れたから人間の非情を知った。
それより自分の接した人たちもぎりぎりに追い詰められていたのである。

まず今の世相はこういう人たちが多いとしたら怖いと思う
もう気を許してつきあうこともできない、それは田舎でもそうである。
やはり金、金、金の世界になっていることは同じである。
みんな金のために余裕がないのである。
この辺も原発の補償金でもめて市民自体が分断されていることを書いてきた。
人間は今金によって心も分断されているのだ。
こういう社会はなんらか大きな破綻がくるのかもしれない
社会自体が資本主義自体が限界に来ていて大きな破綻が来て変革の時代に入る
そういう末世として現象が現れているのかもしてれないのだ

今回の津波や原発事故もそうした社会の末世状態に入り起きたことなのかもしれない
内外的にも国難が起きてくるのが末世である。
そして今回の津波や原発事故のように文明の崩壊現象のようなことが起きてくる
自分は今は余裕ができているから相手を思うことができる
ともかく今は何かみんな余裕がない時代である。それが犯罪に結びついてくるし
格差社会は治安も悪くなるから怖い時代になっているのである。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから

-   マザー・テレサ




 
タグ:危険な時代
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2015年12月09日

フランス人の一人旅の女性とあった (コメリの放射能汚染物質の廃棄場を写真でとったいた)


フランス人の一人旅の女性とあった


(コメリの放射能汚染物質の廃棄場を写真でとっていた)


最近できたコメリの脇の大きな放射性廃棄物の一時保管場所の前に年配のフランス人にあった。
何才かわからないけど60まではいかなくても50くらいの女性である。
不思議に思ったのはその放射性廃棄物処理場の写真をとっていたことである。
写真をとりに来たといっていた。新聞記者なのかとも思ったが普通の旅行者である。
あんなところでばったりあったので驚いた。


その女性はそこは放射性廃棄物であることを知っていた。英語がしゃべれるからわかったそれからここからすぐに海で津波の被害があったことも知っていた。
つまりこの場所がどういう場所が知っていたのである。
何らかの関心がありここに一人で来た
この辺は世界でも有名になったこともあり来てみたのかもしれない
ただ女性の一人旅というのはめずらしい、でも今や世界は一人旅は女性でもめずらしくない
インドまで日本人の女性が一人旅していたしなぜかいたるところに日本人がいた
日本人宿もどこにでもあるから日本人に合わないことはなかった
なんでここに日本人がいるのかと不思議に思った。
その時は円高で日本人の海外旅行者が特別多かったこともあった


今は日本に相当数の外人が旅行に来ているから都会に行けば珍しくないだろう
ただこの田舎で一人写真をとっていることはめずらしかった。
一日は泊まると言っていた。何かその女性はあまり話したくない
逃げる感じだった、まず日本は女性の一人旅でも安全である。
何か事件に巻き込まれることはない、女性の一人旅でも安全だから旅しやすいとなる
これたらは田舎の方にもそうした一人旅の人などが来るかもしれない
フクシマは世界的に有名になったから来るということもある


世界はグローバル化していて人の交わりでもそうなっている
仕事でグローバルに活躍している人と旅だけでグローバルするのはかなり違う。
旅だとどうしても表面的であり深くコンタクトすることはむずかしい
海外旅行で自分は何か外人と表面的でもものおじせず話せるようになった。
別に英語ができなくてもいいのである。
中学英語くらいで表面的なことは通じる
なぜ日本人が英語できないかというしゃべれないかというと欧米人にものおじするからだというのわかる
欧米人と話す前にものおじするから話せない、英語ができないというのもそうである。


自分が中国で犯罪にあわなかったのは汚い恰好して中国人に見えたからである。
日本人と中国人の区別がつかない、韓国人でもそうである。
だから金あるように見えないから犯罪にあわなかったのである
中国人は団体で買い物などに爆買しているがやかで一人旅とかでも来るようになるかもしれない、その時田舎に来るが中国人だとやはり日本に来たとき日本人に見えて見分けがつかないのである。
東京辺りでも中国人と日本人の見分けがつかない、中国語をしゃべっていたのであれ中国人だったのかとなる


フランス人でもフランスに行ってもも英語をしゃべらない、みんなが英語をしゃべれるとは限らないのである。
いづれにしろ田舎でばったりとフランス人の女性の一人旅の人にあったことは一つの事件ともなる
ただこの辺はそういう外人が結構来ているかもしれない、世界的に有名になっているからである。
ツバメの放射能汚染を調べる人がアメリカのサースカロナイナ大学が来ていたりいろいろな人が世界から来ているということはある
ただあの女性は新聞記者かと思った。でも普通の旅人である
しかし何かそれ意外はわからないからつまらないとなる



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2016年02月21日

自分のプログの目次一覧が表示され読める


自分のプログの目次一覧が表示され読める


ここで自分ののプログの目次の一覧が表示されているから便利


これは便利だろう。今まで書いたきたものが時系列に目次が表示されている、クリックすれば読める

タグ:目次一覧
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2016年07月21日

紫外線の怖さ(今年は特に紫外線が強いので日射病に注意)


紫外線の怖さ(今年は特に紫外線が強いので日射病に注意)


薄い雲の場合、紫外線の 80%以上が通過します。

紫外線被爆は一日をとおして蓄積されていきます。

サンバーンは私たちが感じることのできない紫外線
によるものです。暑さを感じるのは赤外線によるも
ので、紫外線ではありません

 わが国では、大気清浄化の取組によって、以前に比べ大気はきれいになりまし
た。つまり、紫外線をさえぎっていた大気汚染物質が減少したため、紫外線カット
効果が薄くなったともいえます。


今年は4月から紫外線が高かった、紫外線は暑さとは違う、赤外線が暑さをもたらすという、紫外線は暑さをもたらすものではないとすると暑く感じなくても紫外線はあびている今年は4月ころから紫外線が強かった、それで外出してなぜ日射病のようになったのだろうといぶかった。
もともと自分は暑さに弱いし光にも弱い、でも4月からこんなに光の影響を受けたことはない。小高に行った時もそれほどの暑さとは思えない、夏だったら普通の暑さだろう。
ただ違うのは紫外線が普通の年よりかなり高いのである。
駅までも近いし電車に乗って小高まで行ってほとんど光をあびていないからなぜまた日射病のようになったのか?
これは年のせいかなとも思った。でもそれはあってもそれだけではない、明らかに紫外線の影響がある、これまでも暑い時がいくらでもあったがこれほどに日射病になるようなことはなかった。
日射病の怖さは良く老人が畑仕事していて死んでいたということがニュースで伝えられる老人はやはり紫外線にも弱いのである。

この紫外線は全く目に見えないから感じないものではない、放射線とは違う。何か光の感じが違うなと体感する、いつもの年とは違う光だなと4月ころから思っていた。
調べるとインターネットだといろいろでていた。

4月22日には、この10年間の中で一番早く「非常に強い」の基準値を超えたそうです。

4月から紫外線が強かった。

薄い雲の場合、紫外線の 80%以上が通過します。

曇っているから安心して外出していた。これも違っていた。そもそも赤外線は雲でさえぎられる。紫外線はさえぎられないということである。
そして曇りの日に庭仕事しただけで日射病のようになったことがこの説明でわかった。
曇った日でも紫外線が強く受けることがある、確かに老人になると体の抵抗力が弱くなるからそうした紫外線でも影響を受けやすい、ただ紫外線に対してはあまり警戒しないということもある。

紫外線にはUVBとUVAがあって、自宅に居てもガラスを透過して紫外線が入るそうです。

これもそうなのか、やはり庭でも紫外線をあびるとなる

皮肉なのは紫外線をさえぎる大気汚染物質が減少したために大気がきれいになったため紫外線のカットがそがれた、たいがい空気がきれいになったら人間の生活にはいいはずである。オゾン層というのも意外と意識しないがオゾン層で紫外線がさえぎられなかったら人間は生きていけなくなる、そのことで人間が滅びるとまでなる。

其の光を和らげ、其の塵を同じゅうす。すなわち、自分の光り輝く才能や知徳を隠して、世俗の塵にまみれ、慎み深く目立たなく暮らせという教えが「和光同塵」ー老子

つまり科学とは関係ないかもしれないが、あまりにも光が強すぎるとここでは紫外線だけど良くない、塵があって強烈な光がさえぎられてかえっていいとなる
大気汚染というかそれも全部悪いともいえなっかたというのも奇妙である。
放射能でも放射性物質でも低いとかえって体にいいとか言う学者がいた。
何か放射線でも全部が悪いというのではなく人間にも良く働くとなればいい、ただ放射性物質は自然界にない物質を作り出したことが問題だったのである。
考えてみるとこの老子の思想は不思議である。
光を和らげるというのは光をさえぎり弱めるであり塵と同化するという思想は普通にはイメージできない、発想できない、だからこの思想は不思議だとなる。

紫外線被爆は一日をとおして蓄積されていきます。

放射線と同じなのは一年で被爆する量がいくらかと計算していることである。
だから外で働いている人は危険になる、でも農家の人は草むしらないといけない、工事現場でも一日外で仕事しているから紫外線をあびる
この辺では工事が多く絶えず外で仕事している人が多い、家を建てるにしても楽ではないとみる、ただ自分はそんなに外にでていなくても日射病のようになったということは明らかに今年の紫外線は相当に強いことは確かなのである。

この辺では絶えず放射線とかが問題になって現実の生活に影響しているから科学に弱くても考えざるをえなくなった。だから放射線研究所ができた。
紫外線もままた人間に影響する目に見えないものである。
インターネットだと知識が広まることは確かである。科学に弱くてもいろいろつなぎあわせると理解した気分になる、でも深いところは素人にわからないのである。

紫外線のグラフ

タグ:紫外線
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2017年10月15日

食中毒か,嘔吐に下痢


食中毒か,嘔吐に下痢

スーパーで買ったレンジであたためるだけのラーメンが良くなかったのか?
腹の調子は良かった,食欲があったからだ
だから胃腸が悪くてなったのとは違う。

下痢にはなっても嘔吐したことはなかった,かなりの悪い症状だった
だから一日寝ていた

ただその原因を考えると一つではないかもしれない

●天候不順

●ウィルス

●不潔にしていた

天候不順もかんけいしていたかもしれない,急にまた寒くなったからだ
それで体の調節ができなくなったかもしれない,やはり病気は一つの原因ではなく複合的に起きてくる

それでも食中道だとすると問題である。ラーメンを食べた人が何人かでも食中毒になればラーメンに原因があったとなるからだ
それはわからないからやはりなんらかの複合的原因でそうなった

ウィルスでもノロウィルとかで死んだ人もいる,冬になるとウィルスの食中毒になりやすいともある

ただ食道でもスーパ-の食べ物でもなる,そしてもう一つの原因が自分が手を良く洗わないとかあったかもしれない,自分は何か不潔なところがある。
料理するとなると絶えず手を洗う必要があることを知った
そこからウィルスが入ったのかもしれない,それは可能性としてはある


タグ:食中毒
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2017年10月20日

今度はかぶせた歯がぬけた (今日の内に歯医者に行く)


今度はかぶせた歯がぬけた

(今日の内に歯医者に行く)

人間はつくづくこの辺の原発事故でもそうだが日常の何気ないことが貴重なことを知ったそういうものは意識できない,無意識的になっていた,空気のようになっていた
それは家族でもそうである,親でも妻ても何でもしてくれるときそれが当たり前と化してありがいともなんとも思わなくなっている
それが一旦死んだりしていなくなるとその存在の大きさと貴重さを自覚する
親に死なれる妻に死なれると家事でも自分でやらざるをえなくなり大変なことになる

今度は歯が奥の方にかぶせたのがぬけた,不思議なのはこの歯もかぶせたものだと思っていなかった,長い間意識していなかったのである。
この歯は自分の歯だとてっきり思っていた,何の不都合もなくなっていたからである。
だから意識しない,前も前の三本の歯が欠けて入れ歯にしていたのも忘れていた
それは自転車で転倒して前の歯が三本折れたのだ
この時は打ちどころが悪いと死んでいた
危険な事故だった,それはすぐ近くのいつも通っている道で起きたのである。
自転車も結構危ないのである。

ともかく人間は体でもどこかが悪くないかぎり意識しない,意識するときは病気なのである。歯が痛いとなればやはり歯が悪いと意識するし体のどこが悪ければ意識する
でも健康であれば意識しないのだ
体の一部が悪くなればそこを常に意識していなければならなくる
歯などは何も意識しないときが一番いいわけである。

人間はこうして日常生活でもそれを意識しない,価値あるとか意味あるとかそんなことを考えないのである。ただ当たり前として日々暮らしているのである。
でもこの辺のように家にも住めなくなり故郷にも住めなくなるとき意識せざるをえない
今まであった平凡な日常の価値や意味を意識する
まず故郷自体に住めなくなるなどありえないことだったからである。
故郷がなくなるなどありえないことだったからである。
でもそれが現実この辺では起きたのである。

例えば医者でも歯医者でも病気にならなければ歯が悪くならなければ別に必要ないとなるでも一旦こうして歯が悪くなると歯医者のことをあれこれと意識する
初診でもみてもらうのに予約して一カ月もかかるのとか驚く,もうこの歯医者にはどんなに優秀でもかかれないのである。
それで今日の内に初診でもみてもらう医者に行くことにした
インプラントできるとなるとそれなりの設備があると思い行くことにした
この辺では歯医者も多いが選べるとまでならない,いい歯医者はすでに予約で一杯とか行けないのである
その医者がうまい下手は関係なくなる,なるべく早めにしてもらいたいのである。
ごっそり奥の歯がなくなったから苦しいからである。
今日は雨ふっているけど予約がとれたので行くことにした




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歯でまともに食べられない影響は大きい


歯でまともに食べられない影響は大きい

つくづく歯は大事である。ご飯がまともに食べられない,触るといたい,右はかむことができないようになっていた,でも左でかんでいたから不自由は感じなかった
食べるのに一苦労なのである。
まともに食べられない影響は大きい,まずご飯をまともに食べられないことは精神力も低下する
人間は食べることが生きることの基本だからである。

ただ自分の母親は60代で自分の歯がなくなって入れ歯になっていた,でも百才まで生きたから不思議である。歯が悪い人が長生きしないとか趣味がない人が認知症になるとかもすべての人にあてはまらない,自分の母親は何の趣味もない,ただは働くことだけだったからである。そうして90数才るで働いていて認知症にならずにすんだ
でも94才ころから寝たきりになり認知症になった
これはやむをえないことだろう。

人間は食べる楽しみがなくなったら終わりなのかもしれない,胃ろうなどで生かされていても何の楽しみもなくなる,食べるということは人間の場合,動物と違って腹を満たすだけのものではない,何か食べることは人間の場合,さまざまな役割があり腹を満たすということだけではないのである。

だから人間が食べることができなくなる,味覚もなくなるとかなると悲劇である。
人間として生きる力もなくなってくる
それは食べることがただ腹を満たすだけではない,何か精神的活力をもたらすものとしてもある。
お茶は食事して飲んでいたがそこから茶の湯が生まれたように人間は必ずしも腹をみたすだけのものとして食事があるのではない,人間は何でも動物とは違いがつがつ食べるだけではない,精神的なものを付加され追及されてゆく

ともかく歯はすぐに直せない,保険の関係で医者は何回も通わせるという
アメリカの歯医者は長い時間治療して一気に直してしまうという
この相違も大きい,医者が今でもめんどうなのは何回も通うようになるからである。
今回も一週間に一回行って一カ月くらいかかるという
そうなると今でも食べるとあたり痛みを感じるから食べづらいのである。
一カ月こうして不自由な生活を強いられるのである。

まあ,こうした歯医者であれ医者は重要なものになる,だから飯館村のような医者も歯医者もない村に住みたくないということがある
別に川俣でも通えるからいいが車がないと不便だとなる
原町だと駅から歩いて行ける範囲にだいたいある,だから不便を感じない
ある程度選ぶこともできる,今回は早く治療してもらいたくてそこにした
一カ月待って初診をうけつけるその後も一カ月くらい置きに予約制となっていたら長すぎる
それだけこむということはやはり他と違ったものがあるのだろう。そこに患者が集中しているからである。

今日は原町駅ではお土産を駅の売店で見ている人があった,その人はこの土地の出身者だった,やはりお土産が必要になる,駅では買いやすいのである。
それから駅前で「原発反対」の抗議をしている人達がいた,どこかの党派とかと思ったがそうではない,みんなで集まり定期的にしているという。
そして駅で桜井市長にあった,最初わからなかった,でも確かに桜井市長だったのであるなんかそれも不思議だった,なかなか市長には会わないだろう。
別にすれちがっただけだったけど原町だとこういうことがある

今日は雨でびしょぬれになった,でも原町でも歩くと違って見える
路地裏の方でもここにこんな店があるとか認識するのである。
歩いて見るものは何か違ったもの死とて見えるのである。
今は歩かないから余計にそうなる,だから本当は街は歩くべきなのである。
すると街に発見するものが生まれまた町の魅力が作られるともなる
原町は大きいけどまだ歩ける範囲内にある
ただ歩けるように街が作られていないのである。
そうなったのは街を人が歩かなくなったからなのである。
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2018年04月24日

鹿島区にできた「コバケン」の料理はいい (鹿島は震災以後かえって良くなった)


鹿島区にできた「コバケン」の料理はいい

(鹿島は震災以後かえって良くなった)

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20席くらいあって座敷席もある

待つ時間が長いが料理はいい,昼間は問題である

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和彩   和の彩(いろどり)とある

和式の料理店である

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コバケンが六号線のダイユーの向かいにできた,今日はじめて入って焼き魚定食を注文した,これが活きがいいのでうまかった
魚定食は他では出していない,ブリの鎌焼きとかで結構食べる量があったし活きがいい
魚は活きがいいのがなんでもうまい,活きが悪くなるとどんなものでも味が落ちる
前は松川浦の石鰈を売りに来たのを食べていた
それは高かったからぜいたくだった,それを売りに来たのが小高の人だったのである。

魚定食はめんどうだから普通は出さない,自分は一人暮らしになって料理で一番困っていた,それで前はあつみで野菜料理が多いのでそこに通っていた
それも終わりになった,今度は仮設で一軒残っている食堂に週二回は行っている
そこでの定番は餃子定食(700円)とカレー(500円)である
ラーメンが主な店だが自分はラーメンは食べない

今度できた店はメニューが豊富である。まず焼き魚があることがいい,煮魚もある
これも日によって変わるという,だから魚を食べられることは貴重である。
定食で1000円は手頃である。実際に料理すると魚だけでも高いからである。

そしていいのは夜9時までやっていることである。この辺で夜までやっている食堂は一軒くらいである。それも飲み屋になる
あそこは酒も出しているがから9時までやっている
あれだけの食堂兼飲み屋ができたのは鹿島でははじめてである
中には20席くらいあり座敷も予約席としてある

ただ待つのが長かった,一時間近く待っていたのである。
昼間も行ったが一杯であり待つ時間が長くなる
それはやはりそれだけの時間をかけていい料理を出しているからだとわかった
長すぎると昼間とかなると困るだろう
昼間の休み時間が一時間としてそんなに待っていられないからである。

ともかく自分にとってはいいものだった,鹿島では食堂がレストランがない,ラーメン屋は二三軒ある,一軒は駅前にあるとしてもまずあのように多様なメニューはない
まず魚類はどこでも普通は出さないからである。
あそこでは飲み屋でもあるから魚類をつまみとして出しているのである。

ともかくあそこで天ぷら定食とかも1000円で出している,揚げたてが食べられる
スーパーで食べると揚げたてでなくなるからまずくなる
だからあそこには自分はこれから定期的に利用することになるだろう
ただあそこでも野菜だけは不足する,野菜を別に注文するようになると高くなる
1000円とまりでないと利用しにくい。

何か鹿島は震災以後かえって良くなったというのも不思議である。
小池にホテルができてそこでも食堂があり行っていたが今は行かない
今度で来たのは本格的な鹿島で唯一の料理屋だった
それも高いとは言えない,あれだったら原町とか相馬市からもくる
評判になるだろう,隣の席に座った人は原町の人だった
料理が良ければ原町でも相馬市からでも遠くからでも車だからくる
六号線沿いだから入りやすいからまたいいのである。

まず鹿島には原町でも相馬市からでも買い物には来ない,ただシシドスーバーに来た人はいた,それははじめの売り出しの頃だったろう
鹿島でも人は集められることがあの食堂ができたことでわかる
料理は誤魔化すことかできない,味はごまかせないからである。
だから評判になれば客がつく

つくづく小高のことをなんとかんとう自分が言ってきたけど肝心の自分がどうだとなれば小高には住みたくない,現実に70代の小高の人は小高に通っていたと思ったら小高には何もないから山下とか何か別な場所に通っていたのである。
今の世の中こうして便利な贅沢な時代である。
だからいくら金をもっていてもそうして便利なもの贅沢なものでも金があれば利用できる金があっても小高とか浪江とか避難区域では何のたしにもならないのである。

復興のことで自分はなんだかんだと言ったが誰も避難区域だったところには住みたくなくなることはわかる,いくら思い出があるとかいっても現実になると厳しい
第一車がない人は買い物もできないから住めないのである。

贅沢になれたらもう苦労はしたくない

これが人間の偽らざる現実である。
何か自分はかえって年とってから食べ物にこだわるようになった
それは健康のためもあるがうまいものが食べたいということが若いときよりある
若いときは腹を満たせばいいとなっていた
旅行してもほとんど金を使っていない,ありきたりのものしか食べていない
そういうことに金を使う余裕もなかったのである。
外国ではハンバーグを毎日食べていた,レストランは入りにくかったからである。
自分の目的は食べることではない旅行することだからそれでも良かった

今は食べることに気をつかう,やはり老人になると体が弱るから栄養をとらないとならないと思うからだろう,今は旅行しないし後は金を使うものがないということもある
食堂は近くにないと利用しにくい,車がないと余計にそうである。
食事しようかと30分もかかるようなところだと手間で行きにくいのである。
だから近くにないと利用しにくいのが相当にあるのだ

とにかく鹿島は前より良くなったというのも不思議である。
都会化してサービスするものが増えたのである。
一人暮らしだと実は都会の方が恵まれているのだ
そういうふうに何でもサービスするものがあるからである。

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2018年04月28日

ヤマハ PAS ビエンタ 2018モデル (欠陥か,チエーンがはずれ部品交換に)


 ヤマハ PAS ビエンタ 2018モデル

 (欠陥か,チエーンがはずれ部品交換に)

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ギアが一つしかなくこれがはずれた,これは2016年型だが作りは同じだろう
ただ脇の作りは違っている
こんなふうではない,そこで傷ついて壊れた


 街中を走り短い坂を上った,上りながら曲がったことはあった
 その時チェーンがはずれた,これはチェーンのギアが一つしかない
 普通はギアがいくつかついて変速できる
 これは一つしかない,それがはずれたとき衝撃ではずれた部分が傷んで
 部品が壊れた

 これは買ったばかりでありこんな簡単にはずれるのか?
 これは自分には落ち度がないと思う
 何か無理やりしたことではずれたわけではない
 今まではギアがいくつかついていてはずれても自分で直していた
 これはギワを直すことができなかった

 このビエンタは古くから売っているものである
 ただ2018年型は出たばかりなのである。
 その出たばかりなのは故障しやすいということがある
 どこかに不具合がありそれを修正して故障しないようにしているからである。
 この前のモデルだったらこんなことはなかったろう。
 なぜならすでに修正しているからである。

 ともかくこの自転車はもしかしたら欠陥商品なのかもしれない
 こんな簡単にチェーンがはずれのでは遠くに行ったら直しようがないからだ
 前のはチェーンがはずれても直していたからである。
 こういうことは今まで経験していない
 これも14万とかしたし高いから簡単に壊れては困る

 これは部品を交換してもチェーンがはずれやすいとなると遠くに行くのは危険になる
 簡単にはずれるでも直しようがないからだ
 自転車で買い物に失敗したことはほとんどない
 自転車はやはり作りがそれほど複雑でないからだろう
 今回でもチェーンがはずれてその衝撃でその付着していた部品が傷ついたということは  素人でもわかったからである。

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常磐高速の鹿島のセディティの芸人


常磐高速の鹿島のセディティの芸人

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この人は福島市から来た芸人だった,連休で来ていた
仮設の食堂に行ったらここでたこ焼きしていると張り紙があって休みなので行ってみた
あそこは本当に人が来る,鹿島では一番にぎわっている
あれだけ人が来ると商売になるから芸人も来る
あそこは鹿島で一番活気がある所なのである。

セディティとは英語だと思っていた,そんなむずかしい英語ではなかった
でもなんか英語にしてもあっていた,休む場所だからである。
セディティは連れて行ってというこの辺の方言だったのである。
この方言自分も子供のとき使っていたし聞いていたが忘れていたのである。
方言は最近聞かないし忘れているのがある
年配の人はこの辺では知っていたのである。

とにかくこのセディティから駅に来るとその差が余りにも大きい
でも何人か乗り降りしている,バイクで来た若者がいて桜平山に行くとか案内した
それからやはり時刻を見に来る人がいた
新聞の折り込みで最近時刻表を鹿島でも出したらしい,それは意外だった

連休だけど自分は出かけられないかもしれない
新しい自転車の部品交換は月曜日に注文だ時間がかかる
別に自転車はあるから行けるけど無理だろう

復興住宅の浪江の人に聞いたら75歳の車のない人が自転車で浪江まで行っている
浪江まで遠い,その年で良く行けるなと思う
ただ車がないと自転車で行くほかないのである。
シシドスーパーの隣の復興住宅は浪江の人達だが抽選なので地域的にはばらばらなのである。

あの芸人は連休中ここで芸をするらしい,金をもらうが数人しかやっていない
あれでは商売になりにくい,それだけの芸をしているとも見えない
ただ福島市からきてあんなことしているというのもこの辺ではめずらしい
自分は百円帽子に入れた,でも金にはならない
今出店もでているからあそこはにぎわっている

タグ:セディティ
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2018年04月29日

コバケンの料理はそれほどでなかった (煮魚定食は貧弱だった)


コバケンの料理はそれほどでなかった

(煮魚定食は貧弱だった)

この前の焼き魚のブリの鎌焼きは良かった,大きいから満足だった
今回の煮魚定食は貧弱だった,スーバーで売っているような安い鰈だった
ほとんど食べる所がない,タレはうまいにしても肉がほとんどないものだった
これも1000円だったが焼き魚と比べるとあまりに貧弱だった
ただそもそも魚料理を出している所は少ない
でもあれで魚を買った方が良かった

それから天ぷら定食もそれほどのものではない中くらいのものだろう。
ただ近くでやっているから食べに来ることがあるかもしれない
焼き魚はいいが後は本当のところ,料理がいいのかどうかはわからない
料理はその店でいいものとそうでないものがある
あそこで焼き魚とサシミ定食などがいいかもしれない
ただ1000円だと今ではそんないいものは食べられないから文句は言えないともなる

何か自分は一人暮らしになり食べ物にこだわるようになった
外食すると料理したくないからいいのである。
まず料理はいろいろとめんどうなのである。これに労力を使っていると他のことができなくなる
そして毎日のことであり買い物でも手間なのである。
だから料理することではない何を買うかが一番の問題だったのである。
外食でもそうである。何か買うのと同じである。
できた料理を買うことになるからだ,最初が当たったというか良かったので評価が良くなったが三種類食べて最初が良かっただけなのかともなる
ただ1000円では今はそんなものだとなってしまう

要するに食堂が多ければ自分にあったいいものを選び外食できる
でもこれまではできなかった,ある程度できるようになったのでそうする
料理はこんなに手間になると思わなかった
例えば盛りつけだってめんどうになるだろう。
やることが細かいことでもいろいろある
すると料理するだけで時間がとられるのである。
人間はいろいろなことに集中できないのである。

その手間を省くためになんとかしようとしたができない
雇っている人は今では三日に一回皿洗うとしてもそれも数枚であり何もしない
だから雇う必要もないのだが相手に事情があり雇っている
実際その人は金をもらいに来るだけなのである。
自分は介護になってからそうしてみんな自分一人でやるほかなくなったのである。
金でなんでもできるわけではない,金あってもまわりにいい食堂がなければ
やはり自分で魚など用意しなければならないからだ
もし大金持ちだったら原町でも食べに行くとかなるし
仙台辺りだったら外食でほとんどすますことができる
ただ安い料理だと材料もいいもの使わないし仙台でも貧弱だったのである。

食堂とか料理店の評価は分かれる,ある人はいいとしても他の人はそうでなかったりする
だからあてにならないこともある,実際自分も三種類しか食べていないからだ
好みがあるから当てにならないこともある
ただ今の時代はプログとかスマホで何でも評価しやすいのである。
まあ,何回か実際に行って食べて見れば一番いいとなる
でも最初はいいとしてもし客が入りつづけるならそこはいい店となるだろう

なぜある店が混んでいるのか?
そこには何か理由があるのだろうとなるからだ
プログでもyoutubeでもそんなにアクセスがあり見られるのだろうともなる
するとアクセス数が多いものを見る
でもつまらない場合もインターネットの場合はある
なぜならそれは料理とは違うからである。
つまらない大衆受けするものがアクセスがあるからだ
だからインターネットでは必ずしもアクセス数が基準にならないのである。
むずかしい本を普通は読まないし売れないと同じなのである。

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2018年06月08日

大草原のローラ様とアシオ様のコメントがありました (遅くなりましたがレス(返信)を書きました)


大草原のローラ様とアシオ様のコメントがありました

(遅くなりましたがレス(返信)を書きました)


自分のプログはめったにコメントがないので見ていませんでした

「今日の一句一首」は特にありませんでした

今回コメントがありましたので遅くなりましたが返信しました

コメントがあれば返信をしますが全部にはできません

やはりコメントがないとどういう反響があるのかわからないですから困ることはあります
ただアクセス数を見ているだけですから

アクセス数はページビューは最近かなり減っています

ただ訪問者は増えています,ページはあまり読まれなくなったが

訪問者は増えている、だから必ずしも減ったとはなっていない

おそらく「心の青雲」の読者が多かったということで著者が死んでからこっちにもアクセスがあったのかしれこません

その分析ができませんが・・・コメントが一人でもその関係者だったということでもそうかもしれません

プログは何かリンクされないとなかなか読まれないですから・・・

遅くなっても一カ月後とかでも返信をすることはあります

ですからそういう間隔でも返信があるということは知ってコメントしてください

「今日の一句一首」の方はコメントはほとんどなかったですから・・・

タグ:コメント
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2018年06月19日

交通事故発生 (南相馬市鹿島区寺内)



交通事故発生

(南相馬市鹿島区寺内)

accident222.JPG

accident.jpg

レッカー車で白い乗用車が運ばれた
それは脇がへこんでいた

写真の車と衝突した
怪我はたいしたことかなかったらしい

毎日どこかで交通事故が起きている
それでデジカメをもって歩く必要がある

結局ボランティアの記者にもなっているからだ
今や一億総記者の時代に
タグ:交通事故
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2018年11月01日

食事がうまいかどうかは雰囲気に左右される (ビジネスホテル高見の食堂は雰囲気がいい)


食事がうまいかどうかは雰囲気に左右される

(ビジネスホテル高見の食堂は雰囲気がいい)  

家庭料理を劇的に美味しくする秘訣!武田邦彦 

takamih111.jpg

外で食事する時、武田邦彦氏が言うのは面白い視点である
なぜ家で食事してもうまくないのか?そもそも普通は料理が下手だからとなる
料理の作り方に原因していると思うのが普通である
でも実際は違っている、五感が関係している
視覚が意外と大事となる、外食だと見た感じに気を配っている、つまり外食では中味もあるがうまそうに見えるようにしているのだ
それから音が大きいと何か聴覚に影響して気がとられ食べることに集中できないから
料理を深く味わいないとはいうことがあるとか五感に影響しているというのある

その指摘で家で食べるとごちゃごちゃとして何かそれが影響してうまくならない
雰囲気が関係している、家の食事は便宜的に食べるというだけ腹を満たすだけだというのもわかる、まず自分は本当にそれしかない、まず料理そのものがめんどうすぎるのである根本的に料理ができていないことが自分の場合はあるからうまいと思えない

主菜と副菜二つ。このごはんと主菜以外を付け合わせと考えてみてください。え〜副菜を二品も作るの?大変!いいえ、

意外と料理にはちょっとしたものでもつけあわせとか副菜とかが大事なことに気づいた
一人で料理をするそれができないのだ、小皿に盛ることがめんどうになる
料理は本当に手間がかかりすぎる、だから一人暮らしとかではただ腹を満たすというだけになる、そして何か日常的な雑多な所で食事するからうまいと感じることがない
つまりレストランとかは晴れの場でありそういう場を演出しているのだ   
ビジネスホテル高見の食堂は何が付け合わせいいものを出しているから料理もうまくかんじるのかもしれない、料理には実はこのようにいろいろな要素がある、一つではないのである

そうはいってもではそういう場がレストランとなるとこの辺では少ない
チェーン店では何か安く食べればいいという感じであり雰囲気もそうである
要するに庶民食堂なのである、実際はほとんどそうである
それはそもそも値段からしてそうである、そうした雰囲気で高級感があるとなると1500円以上ないと普通はないだろ、都会だと2000円以上にもなる
つまり雰囲気とか兼ね備えたレストランは本当は日本では少ないなとなる
外国だとレストランは特別な場所なのである、だから正装して入る
それで外国旅行では気軽に安く食べる所がないので貧乏旅行者は苦労するのである
逆に日本に来た外国人は食事するのは安く気軽にどこでもできるのでいいとなる

何かそれもヨ−ロッパと日本の文化の相違なのだろう
レストランとかそもそも貴族階級のものであり庶民は別だった、庶民は利用しなかったともなる、そこは貴族が利用するものであり貴族は召使とか料理人を雇っていてそれがレストランと変化したのかもしれない、だからチップをやったりする
第一チップの習慣は貴族がいたヨ−ロッパで生まれたことでもわかる
そして韓国で中国でも料理は宮廷料理からはじまっている
宮廷で貴族のために料理は工夫されたのである
ヨ−ロッパは階級社会なのである、日本はもともと平等社会なのである
だから外食するにしてもそうした雰囲気の場はない、ただ安くてまずくなければいいとかになる

1789年のフランス革命後に、お城のお抱え料理人たちがパリの街に散り、飲食店を開業します。これが「レストラン」の始まりです。「Rest」は休息、安心の意で、レストランと呼ぶ体をいやすブイヨンスープを売った事からこの名が付いたと言います

レストランの起源は食事するということもあるが癒しの場としてはじまったのである、だから雰囲気が大事になる

とにかく自分は食べることに関心がなかった、特別うまいものを食べたいとも思わない
旅をしても費用がかかるから食事で節約していた、最低レベルのものしか食べていない
そもそも自分は貧乏性なのである、金があったときがないからそうなった
だからこれが習慣になっているから大きな金を使えないのである
それで貧乏だった秀吉があんなに贅沢するらうになったのか不思議だとなる
貧乏性は簡単にぬけないからである

ともかく田舎では何かゆったりとして食べれるレストランは本当に少ない
それは日本は狭い場所に生活しているからである
だから空間的な余裕がないのだ、東京だってそうである、本当に広い空間で食事するとなると一流ホテルのようにな空間が必要になる
それが日本ではできない、何か日本人は食べるにしてもせかせかしている、早食いとかなる、日本には何が落ち着いた広い空間がないのである
みんなせほしくたちまわり落ち着かないのである、食べる時もそうである
外国のようにゆっくり時間をかけないのである
アジアでは一般的にそうだろう、やはり貴族階級と金持ち階級からレストランが生まれたからかもしれない、こういうところにも文化の差が生まれる

それで原町の高見食堂は内部が広いのである、四人座る場所に一人で食事もできる
でも十人とか座るテーブルがあるがそれは大勢の時になる
それと4人座る場は広々とした感じになる、だから座る場所でも何か食事する味も左右するとまでなる、あそこは高級とまではいかない、1000円あれば食べられる
でも雰囲気は広々としている、他にはそういう場が少ない
何か狭い所に押し込められて食べるとなっているのが日本なのである
つまり日本では庶民的であり食べればいい腹をみたせばいいというのが基本にあるしそうならざるをえなかったのである

とにかく私の場合は本当に一番食事には困った、介護してからも今でもそうである
まともな食事ができない、ただ飯をかきこむという感じなのである
料理自体が手間で作れない、そんなにいろいろなことをできないからである
他の家事もあり全部自分一人でしているから他に労力を使えないのである

ただ人間は雰囲気左右される生き物である、だから景観のことをうるさく言ってきたのはそのためである、ソーラーパネルでも景観を悪くするから嫌なのである
だからなぜ東京とかの景観の悪い所に人がそもそも集中するのかわからないとなる
食事でもレストランでも中庭がありそこで食事すればくつろげるとなる
料理もうまいとなる、それは日本では最高の贅沢だともなる
日本では空間が狭いからそもそもそうした演出ができないのである

家でも実際は広い方がいい、最近は八畳間にずっと寝ている、すると天井も高いし広いからそこは寝室としていいと気づいた、今までは六畳と天井が低い部屋に寝ていたからである、日本では家でも狭苦しいのである、それがレストランとかでも広く場がとれないことが根本的な問題なのである
そして広い家だと場を変えて本を読んだり何か考えことするとアイデアがでたり雰囲気が変わり脳が活発化するというのは本当である
脳は常に外界に出てもそうだが刺激を受ける必要があるのだ
人間は頭を働かせるのでもそうした雰囲気とかに左右されるのである
だから原町と相馬市に行ったとき他から来た人は相違がわからないがいつも住んでいると違ったものに感じる、それは新地でもそうである、飯館でもそうである
その雰囲気が景観でも変わることによって心も変わるのである
ただ自転車だと相馬市とか飯館村は遠すぎるのである
原町はしょちゅう行ける場にある、それでそこで食事を楽しむ場があればいいとなる高見食堂はその場として適しているなと思った
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2018年11月17日

人間は身近な所を見逃している (原町のHARD OFF-ハードオフは去年から始まていた)


人間は身近な所を見逃している

(原町のHARD OFF-ハードオフは去年から始まていた)

dish222.jpg


dish111.jpg


青は海をイメージする、黒は何か?茶色は土をイメージする
これはやはり黒がミソである、黒の配色がいいとなる

黒は林のイメージである、森のイメージである
するとこれは新地のイメージなのだ!
海と林と土の色である
それは詩にもしたからである
やはり何か抽象画でも具象画をイメージする時活きてくるのである



これも大失敗だった、震災以後閉鎖されたとずっと思っていた
そこに人の出入りしたのを見たことがないし閉鎖している思っていた
今日は外から明るく人の出入りがあり入った
確かに内部は今日はきれいにしていた
でも今までも開いていたのである

なぜ人間は身近な所すら認識しないのか?
灯台下暗しということを何度も自覚させられた
原町のモスバーガーも10年以上とかそこにあったのに気づいたのは最近だったのであるそれは車をもっていないからわからなかった
車のみの人が利用する場だと思っていた
車をもっていてい人は車社会になった時知らないことが起きる

それは社会からはずれている自分特有の問題だということもあった
でも人の出入りがひんぱんにないとするとそこははやらない店と見られやすい
認識しにくいとなる、だから店にはレストランでも人がいないとかなるとそこは休んでいるのかとも見られることもある
だから繁盛している所は人の出入りが多いのである
人の出入りが多いことでそこは人気がある店だとか判断されやすいのである

そこを知らないで失敗したことは今家を整理して売るものがあったからだ
それは利息三文でも整理したいものだったからである
それで捨ててしまったものがある
たいしたものじゃないが誰かに使ってもらったら良かったと思う
あそこの店は買い取りとかが便利にできていたからだ
小さい店だと売るのがめんどうになるから行かなかった

何か狭い地域でもわからないことは損したり困ることになる
実際今は隣り合っていても何をしているのかわからないということがある
何の職業なのかもしわからない、そういう社会というのも問題である
だから買い物でも通販ばかりしているのも問題だともなる

人間は身近な所でも本当に気づかないことが多い
近くの神社に天明の碑があったことでもそうである、となるとここも相当に古い場所なのかとも認識する
不思議なのはすぐ自分の家の近くに松一本が残された家の跡がある
庭の跡も残されている、それは震災以後その家の人がいなくなった
でもすぐ近くに誰が住んでいたかわからないのである
皆目見当もつかないのである、ただ松一本が残っているからここに家があり人が住んでいたと自覚する、でも全く誰が住んでいたのかわからない
その回りは空き地になっているような所だから都会のような混んだ場所とは違うのだから誰が住んでいたかわかるはずなのである

いづれにしろ現代は近くでも何かわからなくなっている
それだけ人と人がつながる社会ではないからだろう、通販などは全く地域と関係ない商行為だからである
ネットなどでも全国と世界に通じているとしても人と人がつながるというものでもない
有益な情報が得られても人と人がつながるわけではない
それですぐ身近な人のことがわからない、認識されないということが起きてくる

ともかく300円くらいでこの陶器を買った
陶器には興味がありこの青が何とも言えないので買った
何か自分は青が好きらしい、青色に興味があるということはそうした性格だともなる
赤とか好きでないからである、それだけ陰陽があるとき陰の性格なのである
この性格は母もそうだから遺伝したとなる

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ここに誰が住んでいたかわからない謎
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2018年12月07日

仙台の師走の一日 (どこも後継者不足で日本が終わる)


仙台の師走の一日

(どこも後継者不足で日本が終わる)

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会津塗りー刷毛の跡がある

師走の仙台に行って街を歩いてきた、今日は用事があった
ドルを円に換えることである、このドルも10年以上前に残っていたものだった
それからトラベラーチェッカーズもそうである、アメリカエキスプレスのものだから信用があった
調べてみたが交換できた、20万円くらいあった
実際はこの交換は損している、なぜなら円安のとき交換していたからである
紙幣は機械で検査した、一ドル紙幣だけが交換できないものだったから良かった
10年以上前のものであり古くなっていたからである
なんでもそこで世界の紙幣が交換できるので余ったものを交換しよう

駅前のトラベルックスはドルを交換するとレートが悪い
それで三井住友銀行で交換した、109円だった
トラベルックスでは100円になる、こういうふうに差がある
だから外国でも場所によって差があるから損している
電話で事前に聞いていったからできた
ともかく海外旅行も十年以上と化していない、日本国内の旅もしてもいないから旅する感覚を忘れるともなる、ただ一応新しいパスポートは申請してもっている
でもこれも使用するかどうかわからない、なかなか海外となると行くのが苦しくなった
国内さえそうだから海外になるとハードルが高くなるようになった

次に自転車を見に行こうとしたが場所がわからずできなかった
何かタイヤが普通のタイヤの何倍もある太いのに乗っている人がいた
聞いてみたら20万したという、私はヤマハの電動自転車を買おうとしていた
それは38万する、電動のマウテンバイクである
でもそのタイヤがこんなに太いとしたそれでどうなるのか?
これは山道を悪路にはいいにしても普通の道路走るにはどうかなと見た
その太いのに驚くからである
自転車は乗ってみないとわからないから困るのである
自分にはロードは向いていなかったからだ
高いから失敗すると大損になるから困る
アメリカのトレックのはボッシュ制の電動を使っている、これは馬力がある
30ボルトとかなりこれはヨーロッパで開発されて人気になった
そもそもe-bikeは体力のない老人用に開発されたのである

仙台と食べ物がいろいろあるからいい、この前は山形の芋煮を食べたし今度は宮城の豚汁を食べた、こうしていろいろ食べられれば楽である
ともかく一人暮らしで困るのは食事なのである、用意するのがめんどうなのである
皿だしてそろえるのもめんどうである、人間いろいろなことをできないのである
だから一人暮らしは外食がいいのだが仙台のようにいろいろなメニューがこの辺ではないのである、それで不便なのである
でも仙台にいたら贅沢できるから金がかかってこまるとなるのである
ともかく料理はめんどうすぎる、そこに時間をかけていたら何もできなくなってしまう

帰りは駅前で店を出しているので会津塗りのお椀を買った
その売る人が言うには跡継ぎがいなくて困ったと言っていた

ここもそうなのか?

漆塗りは縄文時代からあったとか古い、子供の時前の家が漆塗り屋だった
そこで仕事を見ていた、何回も何回も塗りをするから根気もいるし手間がかかるのであるだから大量生産はできない、一つ一つ手作りになるから売るとなると高くなのである
農業も跡継ぎがいない、近くの畑でも借りて畑で野菜を作っていた人が死んだ
そこも荒地になる、隣は車に乗せられて這って畑でやらん作りしてしいたが力尽きて
やめた、その後は草ぼうぼうになり隣でも困る

何かどこでも人手不足で困っている、それで外国人に働いてもらおうとなる
そもそも日本は人手不足というとき日本国自体がそうして崩壊しつつあるのではないかとも思う
人手不足ということは民族の力が衰退しているからなのかもしれない、弱体化しているからかなのかもしれない、日本が戦争に負けたとき不思議なのだが民族の力は弱体化しなかった
戦後団塊の世代が大量に生まれたからである、それで高度成長となったのである
その反作用として少子高齢化になり日本の国力が衰退しているのかとなる
この後継者不足は実際は相当深刻なものであり日本の国力の衰退となる
そうすると他国からの侵略を受けやすいのである
例えば耕作放棄地とか空地とかが多くなると中国の人に買われたりする
特に北海道ではそうなっている、ただ放置しておくより金にした方がいいとなるからだ
それで空地とか耕作放棄地はソーラーパネルにもなる、すると景観が破壊されたりする

例えば駅でも無人化すると変なのだけど取り仕切る者がないから勝手にする人がでてくるそれが自分だった、JRの社員とか駅長から嫌われているからである
勝手に自分たちの仕事の中に入ってくるなり嫌われている
でも無人駅だからこそそういう人もでてくる
それは悪いことをしているのではない、誰もいないからそれを補うことをしている
そうして無人化することは何か勝手にそこを自由にする人が出てもどうしようもないことがある、誰もいないから管理していないから勝手にされるのである
そもそも空地にしている人はただ土地をもっているだけで利用していないのだから土地があっても活かせないのだから所有する権利すらないともなるのだ
それは空き家でもそうだし土地でもそうである、そういうことがこれから少子高齢化で増大してくるのだ、それは800万軒の空き家が生まれるとか空恐ろしいものなのである

いづれにしろ日本はどうなるのか?人手不足で会社が継続できないとか伝統も維持できないとかもう日本が終わりなのかとも思う
国力が衰退すると必ず他者が他国が侵入してくる
それはそこに人がいないと土地でも放置されているとそうなりやすいのである
誰かが勝手にしてもそれをとめることができなくなる
むしろ耕作放棄地なら誰かが勝手にそこを畑にしても文句言えないとなるのだ
それは土地を活かしているからである、ただ土地をもっていても放棄しているのだから誰かが活かして使ってもらった方がいいとなるからだ




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2019年01月23日

南相馬市鹿島区さくらホールにドクターヘリ来る(3時頃) (交通事故負傷者をのせて福島医大に15分)


南相馬市鹿島区さくらホールにドクターヘリ来る(3時頃)

(交通事故負傷者をのせて福島医大に15分)
doctorhh77.jpg
ドクターヘリが桜田山の上を旋廻

doctorhh4.jpg
交通事故負傷者をのせる
doctoyhell2.jpg
浮上
d0ctoehell1.jpg
福島医大へ

キクチスーパーにいたら突然救急車がサイレンを鳴らして来た
それが桜田山の方に上った
するとヘリコプターが飛んできた
それはドクターヘリだった、それで桜田山に上りさくらホールに行くとドクターヘリが着陸していた

そこで運ばれたのは交通事故の負傷者だった
近くによると危険だと離れた
福島医大まで15分で行くというから早い
ドクターヘリは南相馬市だと最近できた脳卒中センターのビルの上にでも着陸できる
やはり速さが勝負になるとヘリコプターは威力を発揮すると見た
ヘリコプターの威力は速さにあった
福島医大まで緊急でもにあうからだ
中には緊急時の備えがあり患者をみれる、酸素も吸入できるとかなっている

ドクターヘリは実際は時々来ている、そのことを報告している人もいる
ただ今回自分が見たのは初めてだったのである
ヘリコプターの音がするときドクターヘリだということがある
ヘリコプターはあまり見ないものだから恰好いいと思った
ドクターヘリは緊急の時は頼もしいとなる

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2019年02月13日

ビジネスホテル高見内のレストランと高見食堂は別である


ビジネスホテル高見内のレストランと高見食堂は別である

私が前に書いたのはビジネスホテル高見の中にあるレストランであり高見食堂ではない
別に高見食堂がある、南北朝市立病院の脇の道を入った所にある
これはここの食堂とは違い、狭い所である
ここが間違いやすかった、いい食堂を探している人がいる

でも高見食堂はインタ−ネットで見たら人気のようだ
ここには一回も行っていない、ランチ時は混むから行きたくないともなる
一時過ぎたらすいてくるからいいとなるのか?
混むと何かゆっくり食べられない、せかされるので嫌なのである

鹿島区だと最近できたサクマ食堂はラーメンとかもいいし餃子には肉が入っていないけど野菜だけでそれがいいという人がいった
そういうものなのかと自分も思った、何か人によってこれがいいとか悪いとか必ず評判は違ってくる、それは何でもそうである
いいと思う人そうでもていと思う人は必ずいるからだ

結局一回でも実際に行って食べてみないことにはわからないということである
おそらく高見食堂には結構人が入っているみたいだ
意外と高見ホテル内の食堂には人は最近は入っていないのも不思議である
料理は悪くないと思うからである、味噌汁はカニ汁とか出すことがありうまいのである
サシミ定食などもお得なのである
そして広いからゆったりできるのである、混んでいないから雰囲気だとここがいいと思うただラーメンとかはやっていないから高見食堂の方に行くのかもしれない?

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2019年02月14日

原町の高見食堂に行って食べてみた (そこはやはり狭かった)


原町の高見食堂に行って食べてみた

(そこはやはり狭かった)

高見食堂に今日行ってみた、けんちん汁食べるのかと思ったらトン汁だった
どんぶりで出していた、4人くらい忙しく働いていた
中は狭い、一人で入るとカウンターに4人くらいしか座れない
他には四人用であり一人は座りずらい、高見ランチを出していたが
ミックスランチを頼んだ
メンチとアジフライとかぼちゃのコロッケだった、何かそれが大きい
家庭料理的であるから人気があるのか?

ビジネスホテルの高見の料理はいかにもレストラン風なのである
でもあそこは広いしゆったりしてくつろげる
四人座れるところに一人でも座れる
そしてコーヒーも無料なのである

それでなぜあそこは客が入らないのか?一時は外部の人がきて10人くらい入っていた
今は何か5,6人とかしか自分は見ない
料理は悪くない、サシミ定食はおすすめである、千円でもマグロがついているし高いとは言えない、味噌汁は独自のものを出しているからいい
でも人が入らないのはラーメンを出していないからかもしれない
高見食堂は麺類をいろいろ出しているからだ

ともかく何かこうしてレストランとか食堂とかにこだわるのは自分自身外食するからそうなる、自分で料理できないから外食で安くていいものを食べたいとなるからそうなる
そして不思議なのはなぜ外食の方が自分で作ったよりうまく感じるのか?
これも不思議である、雰囲気の作用もあるとなることはありえる
高見食堂では一人ではゆっくり食べられない、カウンターが狭すぎるからだ
ただメニューがいろいろあるから入っているのかもしれない

ところで鹿島区の仮設の食堂のはる食堂は小高で再開すると聞いたが始まったのだろうか聞いたところではしていないという、あそこはラーメンも野菜一杯とかうまいものだったカレーライスが500円ではうまかった、そういう味を覚えたのである
何か自分は年になって味にこだわるようになった
アジをかみしてめ食べているという感じになる

それが意外と脳にもいい、味覚の感覚も大事なのである
味覚は脳を刺激する、すると脳が活性化するのである
それは例えば本を読んでも何か深く味わって読むともにているのである
年をとると深い考察ができるようになるからだ
何か新たに発見するものが多いのである、今まではただ一方に読まされているとんう感じだった
今は必ず自分なりに読んで評価して利用もできる、引用できるからだ

味覚というのはだからこれも他の五感と同じであり脳を刺激して新しいセンスを磨くのである
だからといって贅沢するのではない、別に普通の料理でも味覚を磨くことができる
もし味覚の能力が減退したらそれはかなり老化したともなる
それは健康にとって危険な状態なのである

認知症になると五感が衰退して何も感じなくなる、寒くても寒さを感じなくなったりする味覚でもそうである、感じなくなる、それが危険なのである
感覚がなくなることはやはり脳がもう弱体化している
なぜなら脳で人は感じるのであり体ではないからだ
人間だけが性欲でも快楽でも脳で感じて記憶している
一旦快感として記憶したものはまた快感を覚えたい味わいたいと必ずなるのである
つまり快感の記憶は強烈に脳に刻印されるのである
だから麻薬だとか何か薬でも一端脳が覚えた快感を忘れられないからそれをやめることができなくなるのである

いづれにしろ食を豊かにすることはむずかしい、料理はめんどうである
だから何か外食するからそれでレストランとか食堂にこだわるようになった
でもこの辺ではそれには限度がある、どうしてもたりないからだ
そして外食の弱点は飽きるということである
どんなにいいレストランで食事してもそれが飽きるのである
それでカレーでも毎日違ったもの工夫して出している店が東京であり紹介したことでもわかる、やはり手料理とか家庭料理が必要になるのが料理だったのである

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2019年02月17日

20万入りのサイフを落とした! (これもつくづく不運ー金運がない自分)


20万入りのサイフを落とした!

(これもつくづく不運ー金運がない自分

pocket22222.jpg

pocket111.jpg

これまで着ていなかったものでありこの裏ポケットから財布が落ちたらしい
それしか考えられない、すぐに気付けばよかったが家事で忙しくすぐに金を
別な所に保管しなかったのでもう探せなくなったのである

これはポケットというものではない、何かわからないがとりつけたものだった
両側があいていたからである



こうなったのは朝にカードで金を下ろしにコンビニに行った、そこで20万おろした
そのサイフを穴のあいた内ポケットに入れたためだった
今日あたたかいからうすいジャンパーにして中にこのチョッキを着た
それが不運だったのである
それも用心しすぎた結果である、チャックがないポケットだと落ちたりすると思って内ポケットがあるからそこに入れた
それはポケットというものでもなかった
半分あいているポケットだったのである
これは利用していない、今回はじめて着たようなものだった
普通にジャンパーにサイフを入れていればこうはならなかった

これは探しようがなかった、帰ってきてすぐに気づけばよかったが家事でいつも忙しいのでそれを忘れていたのである
まず落とすとは思ってもみなかったからだ
これは本当に不運としかいいようがない
私は金運がないとつくづく思った
金運があったのは姉であり母にも父にもなかった
今頃もし姉がいなかったから私の家は貧乏だし自分も貧乏だった

なぜなら父は酒屋だったがその酒屋もつぶれたりそれから母の実家も事業に失敗して一家離散になったりもう一軒も会社が倒産して悲惨にその両親の跡を継いだ息子夫婦は死んだそれからまた父方の親戚とまでならないにしてもやはり事業に失敗した
それで借金をかかえていて苦しんでいたから自分の家が苦しい時助けることはできない
何かこうして金運とか事業運とかてない家系なのである
ただ姉は違っていた、金運があるし事業も成功するような人だったのである

だからこそ遺産を残したのだがそれで自分にも金運がないのだが金運があったとなる
ただ自分自身にはつくづく金運がない、遺産を受け継いでもそれが減るばかりだった
大金をタンス預金をして盗まれたとか銀行に投資信託で失敗したとか何かその後金は出てゆくばかりだった
それも自分の運命だったと思う
こんなふうにしてサイフを落とすというのもよくよく不運だったのである
不注意というものではない、内ポケットがあいたものだったということなど予想もしなかったのである、それもたまたま着たこともないものを着たのだから不運だった
これは不注意とはいうよりは不運としか言いようがない
こういうことは人生である、これはどうにもならない不可抗力の運命がある
そもそもそうだろ、人間のそれぞれの運命をみればもう若い内に死ぬ人もいる、事故で死ぬ人もいる、すでにもう同級生の一割は死んでいる、重い病気になる人もいる
津波で死んだ人もいる、つまりこれらはただ不運なのである
そうとしか考えようがないものである

財産がf0rtuneというとき運命ともなっているからである
何らかの運が作用しているのであり人間一個人の力でまず財産は作れない
それは時代にもよる、高度成長の時代だったらいくらでも財産を作れる時代だった
貯金でも7パーセントとかの利子がつく時代があったからだ
それはただ時代の幸運だったのである、いつの時代に生まれか生まれないかでも運不運がある、どの親に生まれかでもそこに最初から運不運がある
それこそ生まれたときから運不運があり将来も決められていたともなる
今や銀行にあづけても投資信託などをすすめられて利益はとられるだけである
この相違も大きかった

いづれにしろタンス預金で大失敗したしまたキャッシュでも失敗したから現金を持ち歩くこと自体危険だからキャッシュレスの方がいい
それは老人にはめんどうでも必死に覚えようとすれば覚えられる
それが安全とわかればそうできる、ただ今の状態がつづいているのは別にたいして不便を感じないからである、ただ安全面からするとキャッシュレスの方がいいとなる

とにかく親が介護になり病気になり死んでも何か自分には不運が続いているのである
もともと幸運だったのだから不運なのではないがそういう不運が今になって続出しているそれもカルマだったとなる、不運というのではなく自分のもったカルマだったとなる
こんなふうにしてサイフを落とすということはありえないことだからである
よほどの不運であり不可抗力だったと思うからである
まずこの金は帰ってこないと思う、前は忘れた所がわかりスーパーとかでとっておいてくれたから良かった、でもその時はたいして金は入っていなかった
今度は大きな金だったかちショックだったがこれもカルマだったのである
小さい金ではないということがやはりカルマとして現れたのである
金になんかカルマが関係していることは間違いないのである
何か金を出てゆくカルマがあったとなるのだ

結局ある程度の年になればもう生きていることが得だとも考えるようになる
なぜなら同年でも死んだ人が増えればそうなる
ああ、まだ自分は生きていたな、幸運だったとなる
20万なくしたにしても命はあまだあるとか考える、まだ金もあるとかなる
これもショックだったが不運はどうにもならない、防ぎようがないからあきらめる他ないのである
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2019年02月18日

サイフは見つかりました (お騒がせしました)


サイフは見つかりました

(お騒がせしました)

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台所にサイフが置いてあった、てっきり穴のあいたチョッキに入れたからそこから落ちたと疑いもなく思った
なぜそうなったのか?
それは8時に起きてコンビニに行っておろした、その後の記憶が抜け落ちていたのである
8時から11時まで記憶がぬけおちていた
そしてコンビニをでてどういう径路で行ったのか思い出せなかった
普通は思い出すのである

それはなぜか?

これは前からそうであった、私は毎日家事に追われているしその他ずっと家の整理をしているがそれも未だにできていない
一番の問題は台所を一人でしていることなのである
手伝いさんは今はなにもしない、ただ見守りとか話相手とかなっている
それは三日に一回くらいしかこない、前から何もしていなかったからだ
それでも一人では困るからと余分な金を払っていたのである

まず家事でも台所は料理の用意はつくづく大変なのである
それで妻が認知症になって家事をできない夫が施設にあづけたというのもわかる
家事とは相当に経験をつまないとできない
特に料理は本当にできない、それより買うことも種類が多い、それで何がどこにあるのかわからない、最近わかったことはスーパーで売っている魚でも冷凍しておくと長持ちするから便利だと思った
生協を頼んだのは簡単にオカズができて料理をそのまま食べれると見たからである
そういうものではなかった、たいがいスーパーで売っているものだったのでやめた
とにかく冷蔵庫に何があるのかすら何回も見てないと記憶できないのである
それで料理する時だけ見ていると買って置いたものも忘れるのである
料理は料理専門に担当しないとできないということなのである

今回は認知症となっていた、なぜなら直前の記憶が完全に抜け落ちるのが認知症の記憶障害だからである
なぜこのことが私に起きたのか?それは私は家事だけでも大変なのにいろいろなことをししている、プログに文章や写真をアップするだけでも手間でありそれより頭を使うから
家事とか料理の方に頭が使えないのである
つくづく人間のできる範囲は限られている
例えば冷蔵庫に何があるのかいつも見ていないと記憶できないで忘れるのである
それは別な方に頭を使い気をとられるからである
そういうことは何度も前から経験しているからである

これは本当に認知症と同じだった、こういうことは正常な人でもある
ただ認知症の場合はそこで激情的な人は盗んだとなり家の者を責めるのが違っていた
ただ完全に自分の場合もこの時間の間に何をしたか記憶がぬけおちていた
全く思い出せなかったのである
ただコンビニに行く前に食べたものは覚えていたのである
その後炬燵に寝転んでいた
しかし全く台所にサイフを置いたことを思い出せない、サイフはなくし安いことは確かである

要するに私の場合は家事でもなんでもすべて一人でありやることが多すぎるのである
だから暇なく何かをしていなければならない、そこで全部に頭が回らなくなるのである
今までは家事でも料理でも全部家族がやってくれた
それは本当に贅沢なことだったのである、それが全部自分の負担になったときもう全部に頭が回らない状態になっていた、それは介護になってからもずっとそうである
そういう状態に同情する人など一人もいないのである
人間のやれる範囲は限られている、そんなに何でもやれる人はいないのである
そういうことを考慮してほしいともなる

ただやはり自分の金のカルマだと思ったがそうではなかった、そのカルマは消化された
これまで書いたように金も大金を盗まれたとか様々な苦しみを経てきてそれが解消されたとなる、ただまだまだつづいているのかと思ったらそうではなかったようだ
今年はこんなことで幸先悪いと思ったがそうでもないようだ

とにかくこういう事情なのでお騒がせしましたが私の事情を考慮してください



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2019年05月31日

人間は「灯台下暗し」が必ずある (これも人間の弱点、盲点である―原町の新しいいか焼店を見逃していた)


人間は「灯台下暗し」が必ずある

(これも人間の弱点、盲点である―原町の新しいいか焼店を見逃していた)

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ここでコーヒーが50円で飲めるのは驚いた、別に普通のコーヒーなのである
ただ座る場所は少ない、持ち帰りする人が多いのかもしれない



この店は去年からはじまっていた、必ずあそこは通っていた
でも向かい側を通っていたからわからなかった
たいがい新しい店は見ているし行っている
どうしてしも外食しているから注意する
でもなぜ去年に開店していたのに知らなかったというか見てなかったのが不思議だとなるそれは前にもモスバーガーを10年以上とかそこにあるのは知っていた
でもそこで休んで食べられると思っていなかった
車がよってそこで弁当のように車で食べる場所だと思っていた
それは車がないからわからないことだった
車がない人は今の社会では社会のことがわからなくなることが結構あるのだ
それはインタ−ネットがわからない人が何か情報的にわからなくなるのと同じである
インタ−ネットをしてないとテレビとか新聞とかが情報源になりそれで洗脳されてしまうようになる

なぜならテレビは企業の宣伝費で成り立っているなんでも企業側のいいようにしか報道しないからである
マスコミの報道は中立ではないのである
それがはっきりしたのは原発事故でわかった
莫大な宣伝費がテレビとかマスコミに入っていたのである
それは東電だけではない電事連という電気関係の組合からも入っていた
そこは組合だから野党関係だともなる
企業といっても東電であれ電気関係でもそこに働いている人がいるのだからその人たちの収入は電気の仕事から得ているのだから原発でも反対にはならないのである

とにかく近くでもわからないことがある、何か近くでも盲点になってわからない所があるたいがいレストランとか食堂ならあの辺は行きやすいから一回くらいなら試しに入っていたからである、でも500円の海鮮丼の店はやめたという
500円だと安い、でもその店はさらに安かったのである
それも驚きだが何か安くないと売れないのかもしれない
みんな貧乏になっているからである
あそこは500円以下であり350だった、それなりのものといえばそうである
それでも安すぎるとなる

インフレになるとか言うけどこんなに安い店が出るのもデフレにもなっている
逆に安い店が必要になっているからだともなる
この辺では地方では都会のように金持ち相手の商売は成り立たない、第一いないからである、すると安くしないと売れないとなる
ユニクロで安売りしていたら行列していたかある
また新しく始まった鳥のから揚げ屋も並んでいたから売れている
とにかく原町は都会だからいろいろな店ができてもまたやめているとかなる
でも新しい店ができるのはそれなりの需要があるからだ

鹿島では弁当屋さえなくなったのが痛い、安く昼食がとれない、スーパーの弁当はいつも同じでありあきるからだ、何か外食は飽きやすいのが問題なのである

いづれにしろ近くのことが意外とわからないということが問題である
丸森のソーラーパネルの敷き詰められたところは眺望が抜群だった
でもあそに一度も行っていないということも盲点だった
ただ丸森は遠いのでそんなに行けないことはあった
でもあんなに眺望がいいなら自分ならそういう所を探しているから行けたはずなのである自分の場合わからないというとき車がないということも影響している
どうしても遠くになるとそんなに行けないからである
あそこまで相馬市から坂を上るのが大変だったからだ

灯台下暗しで起こることは直接自分の生活にひびくから問題なのである
それがささいなことでも近くのことをまず知らないと何かしら直接影響してくる
それが原発だったのである、近くにあっても無関心だった
小高に東北電力で原発の工事が始まるところだった、それが原発事故が起きて中止になったのである
その時家に来ていた小高の大工さんが原発できるらから景気良くなると言っていた
その時も無関心だったのである、原発がもう20キロ圏内にできるのでも無関心だった
普通だったら原町は人口も多いしいろんな人が知識人でもいるし騒いでいいはずだか
そんな声も聞こえていなかったしマスコミでも騒がないのである
ただプルサーマルでは新聞でも騒いでいたのでそんなことがあるかとか多少は興味をもっていた、でもそれもほとんど関心がなかったのである

何か人間は直接自分に利害及ぼしたらよほど危険を感じないと関心がもていなのである
また関心を喚起されないことも問題なのである
その役目が報道機関とかマスコミにあったのだがその危険性は指摘されなかった
「政経東北」などでも「ふくしま財界」とかでも指摘されていないだろう
なぜなら「政経東北」は渡部恒三が良く紙面に出ていたからである
「ふくしま財界」では最初は原発の危険性を指摘したが何か東電とかから広告費をもらっていからは指摘しなくなったとか言うものがいた
その真偽せわからないにしてもそういうことはありうる

とにかくやはり地元だからいろいろなことに日ごろから関心を持つ必要がある
地元のことでも喚起されるものがないとまた無関心になる
つまり利害が直接及ばないと関心をもたないのが人間の盲点であり弱点なのである 
そして川崎登戸殺人のようにあのような大事件にならないとまずあんな引きこもりはいくらでもいるからそもそも関心などもたないのである
そんな奴はしょせんどうでもいい、何か責めることしかないのである、それがあんな人でも関心をもつべきだったとか言うようになるそれも変なのである、ニートとか引きこもりは社会のクズだ、いらないから早く死ぬ方がいいとか言っていたからである
人間の無関心が問題なのだが今のような情報社会になると情報がありすぎてとてもあらゆることに関心がもていないのである
でも近くなら地元なら関心をもつべきであるが意外と「灯台下暗し」なのである

そして現代は情報の洪水であり外国に関心をもって隣に関心をもたない
隣に困った人、困窮した人がいても外国の困った苦しんでいる人に援助しているのである
これも矛盾だけど何か外国に援助している人は偉いとなるが近くの困った人に関心がないのである
まず近くから住んでいる場所を知ることが順序なのである
外国のことが詳しくて日本のことを知らない人も普通にいる、その人は外国人に日本のことを説明できないのである
特に今は何でもグロ−バル化しているからそうなりやすいのである

posted by 老鶯 at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年07月03日

交通事故発生(近くの十字路)


交通事故発生(近くの十字路)


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近くだったのでびっくりした、そこはいつも自転車で通る場所だった
交差してぶつかったらしい
ここは横から来るのが見えない、それで自転車でも横切るとき車がくる
でも徐行するから自転車だと止められるから事故にはなりにくい
クルマはすぐに止められないからそのままぶつかる事故になりやすい
急ブレーキでもまにあわないのだ

ここの停止線はあっても消えていた、標識ではないが規則的に一時停車する場らしい
何か交通標識とか規則はめんどうで守れないということを言う人がいた
要するにどんな所で事故が起きるかわからないのである
いくら注意しても事故は起きる

今回はスピードを出さない場所だから大きな事故にはならなかった
何か前も十字路で事故を起こしたのを見た
そこは見晴らしいいのだが車は早いから交差するとき事故が起きやすい
右田の方でめったに車が通らない所でも交差するところで死者が出た
交差するところは事故が起きやすいということである
それはスピードが速いと大きな事故になる
でも車は重量があるから衝突すると衝撃が大きいのである

どっちも前が損傷している、でも交差したとしらそうなるのか?

話を聞いたらやはり横から出てくるのが家の陰になり見えない
それでここは気をつけていたという、事故を起こしたのは近くの人だったからである
自転車だったら急停止してまにあうがクルマだと間に合いないことが多いから事故になりやすいのである
交差するところは要注意となるがそれだってどこでもあるから事故はさけられないのだ

posted by 老鶯 at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記