2006年09月21日

新しい掲示板へ

 
試しの掲示板を新しく作りました。
今度で二回目です、プログの認知症などに発言がありましたので作りました。
試しなのでどうなるかなかなか掲示板を管理するのはむずかしいですから
発言もなかなか得られないしともかく一応試しです 



新しい試しの掲示板へ
http://www.21styles.com/mybbs/soma/index.html

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2009年06月28日

植木職人、庭師のプロとしての条件

 

植木職人、庭師のプロとしての条件
http://www.asahi-net.or.jp/~if7m-yjm/40prdvu.htm

 
植木職人とか庭師のプロになるのは条件が厳しい、これだけの条件を充たす人はそんなにいないだろう。私の庭をリホ-ムした人はこの条件を充たしている。体が大きいし体力が充実している。暇なし動いていて疲れる様子も見えない、この仕事はヤハな体ではできないハ-ドな仕事である。暑さ寒さの中で一日暇なしで動いている。石を扱ったりすると重労働でもある。基本的に普通の人よりかなり体力がある人でないとなれない、また高い所を怖がる人はできない、鳶職のような運動能力も必要になる。最初の基本的条件からして厳しい。これは体力だけではない、庭師は自然に実地に詳しくならないとできない、木の性質から石の性質から自然の素材を利用するのだから自然を単に知識としてではなく実際に利用するものとして知らねばならない、だから自然を応用する術を身につけねばならない、飯館で御影石がとれて御影石のテ-ブルある所知っていますと言ったら御影石は日に当たると暑くなるからテ-ブル石には向いていないという、それから庭に大きな石を置きたいと言ったら津島石はどうですかという、津島という浪江の津島か、そんな石あるのかとはじめて知った。確かに津島黒石を加工しているペ-ジがあった。津島にも名産になるものがあった。庭師は自然を利用するから地元の産物も利用することになるのだ。
 
庭師はまた注文する人に答えねばならないからコミニケ-ション力が必要になる。普通職人はあまり話をしない、ただ黙々と仕事にうちこむ人が多い、その仕事は注文者の要望に答えるものではなく棟梁が中心になって指揮されてやるから本人は注文者とはあまり関係しない、でも庭師は全部一人で見積もりから施行設計までこなさねばならない、注文者との密なコミニケ-ションが必要になっているのだ。また営業力が必要であるから相手とのコミニケ-ションがないと仕事を拡大できない、私の家に来た人は気さくに話ができる、いろいろと仕事しながらこれはこうだとかこうすればいいとかどういうことができるかいろいろ提案してくれるしそれができるからこんなにいろんなことができるのかと驚く、そもそも庭師はかなり創造的な仕事であることを知った。なぜなら庭は家によって全部違っている。場所も立地もいろんな面でそれぞれ違っている。建て売りのように建てることができないのだ。だからどこでもその家に合わせた庭作りが要求されること自体、創造的なものとなるのだ。だから臨機応変な対処が要求される。だから万能的な人間の力を発揮させるのが庭師である。
 
つまりこれだけのものを会得するのは容易ではない、技術的な側面、ハ-ドな側面とソフトな側面の能力も必要とされる。ソフトな側面とは美観のセンスも必要である。自分には美観のセンスはあってもハ-ドな技術的な面はほとんどわからない、しかし建築の基本はハ-ドな側面である。下地は注目されていないが建築で一番大事なのは下地作りだと書いてあった。ところが下地は見えないしそこが重要だと一般の人は認識できないのである。庭作りがこのように創造的な作業が多いというとき注文する人も大事になる。庭師は創造性発揮させる仕事をしてもらう、そのためには庭師に余裕をもって仕事をさせることも要求される。何回も互いに打ち合わせして納得いくものを作らせる人も作る人も共同することが必要なのだ。小さな庭作りでもそういう関係が要求される。注文する人との共同作業になるのが庭作りなのである。庭師は芸術家だということがわかった。そもそもartが技術を意味していたからまず建築でも技術の上にソフトとの芸術がありえる。
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2009年07月16日

田舎の住宅事情からみる不況

 
田舎だと普通のアパ-トに住む人は金を持っている人だ。田舎では3万でも家賃は高い。なぜか、収入が少ない、仕事がない、田舎で裕福なのは公務員とか先生とかくらいであり田舎の貴族とされている。郵便局関係も前は特権階級の公務員だった。東京で家賃が3万だったら最低だが田舎では違う、田舎では一万以下から5千円の市営住宅がある。それもかなり多いのだ。田舎ではそういう所に入らないとやっていけいない、仕事が限られているし収入がないのだ。古い住宅も残っていて汲み取り式もあるが若い人は嫌うので水洗にしているのが多くなった。やはり若い人が入り定着しないと市町村は活気が出てこない、そして田舎では空家が多い、しかし貸されていないし売れてもいない空家が多い、また一軒家でも安く借りられる。4万で広い庭付きで二階建ての家が4万とかで借りている。20年くらい借りている。他にも500万とかで売りに出した二階建ての家がある。ビラが張ってあったからわかった。
 
つまり今住宅事情がどうなっているかというと700百万軒もの中古の家があり売れていないのである。これが現代の経済の指標ともなる。まず新築するには日本では土地が高いしまともな家を建てるとなると最低で2千万以上かかる、3千万はみないと建てられない、これは田舎でもそうだろう。土地はやはり高いからだ。するとその前に中古の家を探し買うはずである。一千万くらいなら土地付きで買おうとなる。それが売れないということは余程買う人がいない、小子高齢化も影響している。団塊の世代だったら団地ができたり住宅需要はうなぎのぼりだった。だからこそマイホ-ムの夢をかなえるために働き現実に手に入れた人が多い。でも今や中古の家がこれほど全国にあり売れないということは日本の経済状況を如実に示す指標になっているのだ。これだけの中古の家が売れないということは土地も家も価値がなくなっているのだ。田舎で仕事がないというとき建築関係の仕事をする人が多い、一軒の家が建てば相当な経済の波及効果がある。それが新しい家は建たない、区画整理して住宅地をあちらこちら造成しても家が建たないのである。
 
そして田舎でも街中でもシャッタ-通りのように廃屋がみかけるようになった。それも何か不況のためであり日本の経済は衰退している象徴なのかもしれない、もちろん山村はさらに衰退が大きい。新しい家が一軒建つことはやはり何かそこにはそれだけ金をもうけた人がいたということなのだ。40年前に建てた我が家は土壁だがそれも老朽化した。その当時はでかい家でありかなり妬まれた。新しい家が建つことはやはりその家が興隆したことでありそれはその家だけではない回りも興隆する、景気が良くなることだったのだ。だからそのあと次々に新しい家が建ったことでもわかる。今はそれがないから田舎はさらに経済が縮小しているのだ。野菜泥棒がいるなどと聞くとやはり格差社会も田舎でもあり貧乏な人はかなり貧乏であり生活保護すれすれの人がかなりでている。
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2009年07月29日

古くなり危険な家(本の重みで傾いた家)

家を診断してももらんたけど家が重みで傾いていたというのには驚いた。それも本の重みで傾いていたというのも驚きである。確かに大量の本が増築した自分の部屋に置いてあった。百科事典とか全集だと相当重くなる。書庫のようになっていたからそれが影響した。でも昔風の大きな家だから頑丈だと思っていたがこれも違っていた。家が老朽化するということは木が古くなり枯れてくる、粘りがなくなり支える力がなくなるという、だから地震に弱くなっている。屋根が瓦でこれも重いので家がその重みで痛んでいるという、あとは風通しが悪い家で湿気で痛んでいる。ともかく築40年となるとどんな家でも木の限界になってくる。木の寿命がきれつつあるから危険なのである。老人の骨が弱くなり骨折しやすいのとにている。40年前だと耐震構造の家になっていないのも危険である。建築の基準が変わり古い家は地震に弱くなっている。新しい家は木も新しいから地震に強いという、壁なども多く今は地震に強い構造になっている。まあ、土壁の家だったから古い家である。でも本の重みで家が傾いていたというのは意外であった。やはり年月が何でも影響する。それも自分の歴史だった。本をそれなりに集め読んでいたからである。家も30年以上になったら危険だから診断してもらう必要がある。傾いた家を直す方法も会社もあった。耐震構造にするためにまだ方法あるのだろう。でもまた金がかかる。こうなると新しい家を建てた方がいいともなる。かといってあと余命いくらなのか、自分自身の寿命も計算しないといけない、日本では新しい家を建てるのは金がかかりすぎる、家を壊すのに250万から300百万かかるというのもこのくらいの大きな家だとそうなる。壊すのも大変だとなる。


この家にはもはや未練はないが新しく作った庭の方が価値がある。この庭に未練ができた。いい庭ができたのでもっとこの庭をみて過ごしたいという欲がでたのである。作家の庭作りの本をだしている人もそういうことを書いてあった。庭作りは石一つおいてもそれを毎日自分の庭で鑑賞できる、その石と一体化することである。自然の中にある石は毎日は見ていられない、旅でみたりしても一回では記憶に残らないのだ。だから庭に大きな岩を置いてそれを毎日みていたらその石と一体化する。人間は老人になってもこうした健全な欲が起きてくるもだと思った。こういう欲は悪いとはいえない、人間は老醜を残さないで適当な時期に早い時期に死すべきだということを吉田兼好などが言った。認知症になったり病気になったりするとそういうことを感じる。でももし健康なら人間はやはり長く生きていたいのが人情である。土地があったら最後に庭作りをしたい、庭は自然と日々、身近に対話できることであり第二の自然の創造になるからだ。


なんとか庭作りも終わり、リホ−ムも終わった。あとは墓を新しくすれば一段落である。姉の命日もあと一カ月くらいになる。なにやかにやとこの間もあった。家族が死ぬまで死んであとと大変なことだった。あと一人またひかえているし自分のこともある。この家の始末をどうしようかとするのも年だからである。

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2009年08月04日

パソコンのトラブル(分離型は修理がめんどう)


パソコンのトラブルはめんどうである。前の一台がおかしくなったのでもう一台富士通のビスタを買った。富士通が安全でしっかりしているからと思ったからだ。それが一年以内でデスプレイの液晶が壊れた。それを店に修理に出したのだが電気店で自己判断して液晶だけが壊れたと判断した。その判断は確かであったことは言える。でも本体も一緒にもっていったのだから本体と一緒に修理に出すべきだったのだ。何故なら機械は分離していても一体だからである。二つが合わなければ完全ではない、つまり分離型は一体型パソコンより修理する時めんどうになる。二つを合わせることが必要だからである。そして人間も同じだった、人間の体も一体型であり分離型ではない、頭脳と体を切り離せないように部品としてばらばらにすることはできない、だから臓器の移植は体が合わなくて失敗することが多い、人間も一人の人間は一体型であり部品化できないのだ。
現代の人間の問題も複雑に部品化してしまい一体型でなくなっている。分離しているから一体化することがむずかしいのだ。無数の部品と化して一体として社会をもはや考えることもできない、部品化して分離化したものを一体化して総合的に診ることはできなくなっている。

古代は人間は一体化したものとして機能していた。デスプレイも本体も一体なのである。何事部品化して存在しない、あらゆるものが一体化していた。いづれにしろパソコンは前はケ−ブルがあわなくても故障していたし相性が悪いとかなり使用できないとんでもないめんどうなものだった。パソコンマニアでないが結構早い時期からパソコンをやっていた。何度もパソコン自体を初期にもどす再インスト−ルをしていた。あんなことをやってやっと使えていたのである。今では安定したがやはりパソコンはトラブルになりやすい、そうなると困るのだ。でも富士通のパソコンが一年以内にこんなトラブルになるとは思ってもみなかった。これでは信頼性を疑う、そしてビスタになってからなんにもいいことはなかった。確かに早くなったがそれはビスタではなくパソコンの性能が良くなったからである。ビスタになった結果、ソフトが使えなくなったのが多いしソフトが適合しない、最初のうちは使えてもあとで使えなくなっているとかいいことが何もない、ビスタはXPからすると安定性がないのだ。XPからビスタにするメリットはほとんどなかった。ただ新しいのがビスタしかないので買ったのである。今度のパソコンははずれだった。機械にも当りはずれがある。これも不運だったのだ。人間も年老いて故障するし家も古くなり安全性が脅かされなんかいろいろなことが以前としてうまくいかない、不運なのである。いいものに当たらなかったということは不運だったのだ。
まあ、一年以内だからどうしてもハ-ドデモスクが古くなって故障したとは思えない、また電器店に行く他ない、自転車だから大変である。苦労は以前としてつづく、一台は不思議に復旧してこっちの方が使いやすいのにはがっかりしたのである。
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2009年08月31日

自動販売機のトラブル(おつりがでない)(1)


 
農協の脇の自動販売機が10円安いとわかったので千円札入れてコ-ヒ-を三つほど買った。でもお釣りがでなくなった。それで連絡先が書いてあったので連絡した。そしたらお釣りは郵便為替で送ると言ったので安心した。でもあとで係のものが調べたら故障していない、隣の自動販売機で買ったのでしょうと言われた。隣の自動販売機は違う会社のものだった。隣り合っていても自動販売機は違う会社のものが並んでいたのだ。ここもややこしくしたのである。今日買ったその場所で確かめたら隣の自動販売機から買ったものでないし連絡先が出ていないのだ。だから隣の自動販売機は連絡先がないのだからお釣りが出ないとかトラブルにあったら連絡しようがない、これも困った話である。つまり自動販売機には責任者がいないことがあるのだ。そこでトラブルがあっても千円入れてお釣りがでなくても支払われないことが起きる。そのくらいだからあきらめろともなる。そして考えたことは一体責任者は誰なのか?機械にあるわけがないから機械を設置した会社や人にある。ところがお釣りが出ないということを果たして明確に証明できるかとなるとむずかしくなる。なぜなら領収書が出るわけでもない、本当にあなたは千円札入れたのですかという証明ができないのである。だからそのくらいの金ということで泣き寝入りになるかもしれない、連絡先がないのはあとの責任を負わないということかもしれない、連絡しようがないからだ。責任の所在がはっきりしていないからだ。
 
世の中何でも責任がはっきりしないと困るのだ。小さな金だから責任を問うということもないとしてあいまいになっている。そこに人がいないなのだから余計にそうである。裁判でも何か自ら証明できないとアリバイでも疑いが晴れない、だから物証でも何でも証拠をそろいることが大事になる。それも客観的証拠が大事になる。それが果たして自動販売機では得られるのかというと得られない、機械が千円札を入れたことを記録してそれを見回った人がまちがいないと言えばそれまででありそれ以上追求することは無理だろう。これくらいの金で追求しつづけることはできないだろう。自動販売機は責任をとる人がいないのである。責任をとる人がいないことはお手上げでありどうにもならない、機械は責任をとるわけではない、責任をとるのは会社であり人である。今は機械の時代だからインタ-ネットなども誰が責任者なのかわかりにくい、実名で書いていても本人が存在するかどうかもわからない、連絡先があっても本当に本人なのかどうか、本当に責任をとってくれるのかどうかもはっいりしない、機械を媒介にしていても機械が責任をとるわけではない、機械が複雑になると余計に責任の所在もわかりにくくなるのだ。
 
この問題を法律的にどう解釈するかとなるのか?理屈好きだからこんなことをいつも書いているのだ。法律家になるのが向いていたかもしれない、法律はやはり誰に責任の所在があるかが重要なテ-マである。責任が問われるから素人にはわかりにくいように事前に契約しておく、その項目が長くなりほとんど読んでもわからないとかなる。それはただ・・・があっても当社では責任をとりませんよということを事前に明記しているのだ。まあ、自動販売機などは額が知れているからそういうことは明確ではない、でもこうしたトラブルがあるから連絡先が書いてあれば責任の所在を明確化しているから連絡先がないよりは信用できるとなる。

 
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2009年09月12日

こうもり(珍客の侵入)

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こうもりが家に入ってくるのは縁起がいいらしい、繁殖力が旺盛で子だくさんだからとかそもそも田舎に住んでいても家の中にこうもりが入ってきたということを経験していない、こうもりは田舎だからみかけていた。遊んでいると夕方になるとこうもりがとんでいて箒(ほうき)で追ったりした。しかし家の中に入ってきたことはない、この年まで家の中に入ってきたことがないのは不思議である。家の中にこうもりが入ってきたことは始めての経験なのだ。人間は60になっても不思議なことを経験する。特に自然に関しては未知なことが多く今まで見たことのないものを発見する。自然は未だに神秘なのである。自然の神秘を経験するにはやはり田舎でないとだめだろう。本当に山の中に住んでいれば自然の神秘はみじかになるだろう。
こうもりの歯はこんな小さいのでも大きい、白い歯をむきだしにしてかみついてくる。相当な力がある。こうもりは大食で一日に蚊を何百匹も食うとか肉食だから蜘蛛なんかも食っているのだろう。家の中には蜘蛛がいるから屋根裏などにも巣にしている。こうもりも神秘的である。なんでこんなものがいるのか不思議だとなる。いづれにしろ人間が生きるということはいろいろな不思議な体験をすることだと思った。認知症などという全く不可思議な病気に接したのもそうだし還暦すぎてからいろいろ不思議な体験が重なる。人間が生きるということは死ぬまで不思議な体験をするということである。まず生きてきたこと自体不思議としかいいようがないからだ。
今こうもりは自分の部屋の壁にはりついて眠っている。今日はこうもりと寝ることになる。
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2009年10月30日

鹿児島からの通信販売の勧誘


 

 
今の世の中って変だよな、鹿児島から「ニンニクダンゴ」の宣伝が電話できた。また宣伝かと思って電話を切ろうとしたが鹿児島ということでええ、こんなに遠いところからと思い、ずいぶん遠いところから大変ですね、鹿児島でニンニクとれるのですか?いいえ、青森から来るんですよ、ええ、青森から、九州から本州の果ての青森と結びつく、これはニンニクダンゴと聞こえたのだがニンニクの卵黄のことだった。ここからは前に扇風機型の暖房器具を買った。それは出始めでいいのが売っていなかった。ここで買ったものもいいものではないが他で売ってないので買ったのだ。それも実は韓国産のものだった。韓国で作ったものを九州で販売していたのである。今の世の中はこんなことめずらしくない、食い物だって世界中から集まってくるのだから普通のことである。でも鹿児島の人と通信販売でもこんなこと話するなんて奇妙である。ここで世間話でもしたら面白いとなる。まあ、買わないから今回は例外的なものだろう。世間話をするには買わなければだめだからな、人間ってモノを売り買いするだけの存在ではない、商売も人間と人間のつながりが大事になる。でも商売だと地元だとやりにくいというのがある。かえってわりきってやれない、すぐにまけろとかなりやりにくいのだ。今の時代、全国的グロ-バルに経済も展開しているのが普通だから何かいい方法がないのかと考える。光電話だと全国通話が一律だからそうした商売がしやすい、一方通信販売の問題は個人情報が知れ渡ることである。住所から電話番号を書かなきゃならないからだ。それでまた電話してきたのである。
 
確かに今の時代は距離が関係ない、でもこういうことってなんか変なんだよ、もう土地から遊離した人間の時代なんだ、でもそんな人間関係ってどういうことなのか、モノの売買でも通信販売は人間の関係がない、人間の経済ではない、現実はグロ-バルで世界的にそうなっている。モノが来るがそのモノについた人間のことはわからない、もはやモノと人間は結びつかない、貨幣そのものがグロ-バル化を促進する、金だけが絶対的価値基準になる。それが今回の世界的不況の原因でもあった。「ニンニクダンゴ」いやニンニク卵黄だけを売ろうとしている、それも九州の鹿児島からである。電話番号知っているからまた電話かけてきたりするから困るのだ。
インタ-ネットの文字だけのコミニケ-ションより電話のコミニケ-ションは声が聞こえるからいいかもしれない、相手はかなり年配な女性の声だとわかったしこっちでも年配だとわかる。声からわかることもある。
インタ-ネットの出会い系とかプログで自分のことを宣伝している女性が結婚詐欺で殺人を犯していたというのには驚いた。相手もプログを書いていてそれが証拠になっているのも現代的である。プログは今やそれだけ一般的になってしまった。その人のことがプログを通じて記録され残されている不思議である。どんなことしたって一般の人の日記など記録に残されることはなかった。一流の人の作家くらいしか本には残せない、一般人の言行など残し得ようがなかった。出版を通じてしかマスメデアを通じてしか自分のことを宣伝できない、表現できないとすると優れた人でも埋もれさせられたし何か大事なことでも伝わらないことはいくらでもあった。それがインタ-ネットでは自分がメデアになるのだからできるのだ。極めて結婚詐欺殺人事件も現代を象徴しているような奇々怪々な事件だった。自殺者が多いから警察も気づかなかったとかいうのもそうである。プログ、セレブ、自殺、練炭、ホ-ムヘルパ-・・・・とかがつながっている。ヘルパ-というのも家のことが筒抜けにわかってしまうから困ってしまことがある。それが外部にそのまま洩れてしまうのも困ってしまう。自分の家でもそうだがヘルパ-は増えている。この女性にだまされた人も現代を象徴していたのか、大金をもっていた孤独な老人、プラモデル制作のオタク、・・・・淋しい現代の男たちだったのか、事件は時代を写す鏡だというのはこれでわかる。
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2009年11月06日

プログのコメント欄の問題


あるプログに長いコメントだったけど書いたがコメント欄に出なかった。前は二三回出たが出なかった。自分のプログの場合、一応即座にコメントしたものはコメント欄にでるようになっている。だからコメントが到達したことがわかる。そこのプログはまずコメントが到達したかどうかわからない、普通掲示板だと自分の書いたものが掲示板で即座に見れる、時々拒否されることがあるがそれもわかる、それは掲示板を主催する側でそうしていることがわかる。
プログではそういうことが不明確である。自分がせっかくコメントしたものが反映されないとがっかりする。それも到達したかどうかもわからない、一応コメントを読みましたが採用はとりやめましたとか反応があればいいがない場合どうしたのか確かめることもできない、つまりコメント欄はともかく到達したということを示すようにしていないとコメントする方も困ったことになる。

自分のコメントが確かに到達したのだと確認できないと機械の関係で到達しなかったのかとかそれとも主催者がコメントに問題があり事前に拒否したのかそういう点が不明になる。
メ-ルでも本当にメ-ルが到達したのかどうか問題になる。スパムのためにメ-ルは大事なものでも読みのがしていることがあった。メ-ルはスパムで使用できないことにさえなる。
フログのコメント欄だと一応必ず即座に反映されるようになっている。そのあとに主催者の意向で消すのは自由である。でも自動的にコメントが反映されていないとコメントが一体その人に到達したのかどうかもわからない、一旦ともかく自動的にコメントが反映される仕組みになっていればそういうことはないのだ。そうしないとコメントをそもそも受け付けないのかとも思われてしまう。

 

要するにプログでは普通の掲示板とは違う、発現の平等性は維持されていない、取捨選択は主催者に決められているからだ。だからそのプログの趣旨に反するものは拒否されるし反映されない、もし批判するとしたら自分のプログで批判するしかない、ただプログも公共性があり
何かしら社会に影響するとなるとコメントされたとき一応到達したかどうか即座に確認されるようにしておくべきである。あとでコメントを削除するなりできるからだ。それがいやでコメントを自動的に反映されず取捨選択するのもやむをえないのだがそれだとコメントしたことが確認できない、一旦一応コメントしたことが確認できればあとは主催者の意向で削除なり反映しないことはしかたないことである。

 

私のプログもずいぶん長く書いてきたがコメントはほとんどないから反応はわからない、結局
認知症の介護に追われてじっくり他者に反応できなかった。他者と会話することは疲れる、相当なエネルギ-が必要になる。ただ一方的に書いていれば楽なのである。ただそうなると一体自分の書いていることが何か意味があるんだろうかという疑問もでてくる。せいぜいキ-ワ-ドで反応を見ているだけになるからだ。

 
コメント→即座にコメント欄に出る→あとで削除、拒否 →一応到達した
コメント→即座にコメント欄に出ない→そのままコメント欄に出ない→到達したかどうかわからない
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2009年12月10日

戻ってきた忘れ物

ス-パ-でバッグを忘れたけど今回ももどってきた。携帯がなかに入っていて通じた。とりにいったら今回はス-パ-の中ではなかった。ス-パ-の敷地内で落としていた。だから拾った人の名前が書いてあった。これがス-パ-の敷地の外だったら警察に届けられただろう。でなければもどってこないだろう。ス-パ-には何回か忘れている。でも寄った場所がわかっているのでどこに忘れたかはわかる。行動範囲が狭いからどこに行ったか寄ったかわかる。ス-パ-にしても二軒しかないのだからわかりやすいのだ。そのス-パ-も小さいから忘れてもわかりやすいのだ。都会だったらこういうことはありえない、ほとんど返ってこないだろう。田舎はそういう点ではいい、一方で田舎は狭い範囲で暮らしているからプライバシ-がないとかすべて筒抜けで家のことが知られてしまうというのも本当である。沖縄の島に行ったとき、同じ場所にいて動かないから怪しいと警察に連絡されたのには驚いた。旅をしていてもそんなことされたことなかったからだ。島だからよそ者が目立つのである。どこに暮らしても一長一短はある。田舎は安心社会であるが相互監視社会ともなる。日本は江戸時代から安心社会だったが今やそうではない、外部のものよそ者が外国人でも入り混在化した社会になった。田舎でも安心安全社会とはならない、ただ田舎だと今回のように落とし物、忘れ物などは回るところが限られているから返ってきやすいことはある。ただ今回はス-パ-内ではない、ス-パ-の敷地内でもそこに落としたものを拾った人がいてス-パ-の係に届けたのだからその人のおかげであり感謝している。


これは明らかにス-パ-内に忘れたのとは違う、やはりその拾った人がいい人だった。財布には携帯と金が6千円入っていた。その他カ-ド類もあったからもっていかれると結構めんどうになった。金もとられていないから感謝である。警察に届けたら落とし主にお礼をしなければならないことは確かである。この前はス-パ-のカ-ドを忘れてそれを届けた人がいて二回も警察から電話が来て嫌になった。そのス-パ-のカ-ドはほとんど使っていなかったからだ。警察に届けられるとめんどうになるのである。そんなものは届けなくてもすぐに作れる。そういうものを届けて連絡される方がめんどうだとなる。ありがた迷惑ということもあった。ともかく今回は届けてくれた人には感謝している。田舎で良かったなということであった。高齢化すると明らかに田舎の方がいいのだ。不便ではあるが都会のような混雑した所に住むことが億劫になる。行動範囲が狭い方がいいのである。認知症になっても行動範囲が狭いとある程度暮らしていけることもある。都会だったら認知症でなくても老人になったら機敏に対応できないから迷ってしまうだろう。田舎は活気がないにしろ高齢化社会には田舎の方がいいのである。

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2009年12月13日

負のエネルギ-を受ける問題(借金のことなど)


負のエネルギ-を受ける問題(借金のことなど)

 

借金する人は人格的欠陥があるのだろうか?借金する人がみんなそうではない、例えば起業のための投資のためにはそれが有望であればそこに金を貸すことこそ資本主義なのである。
そうして金を回さなければ資本主義は停滞してしまう。現代の不況はまさに金が有望な儲け口に回らない、もうけ口がないために起こっている。戦後まもなくと高度成長時代は銀行でも起業する人には金を貸した。それでも審査は担保が必要だし厳しかった。当時で5万とか今では50万とかなるのかそれだけでも普通の人は借りることができなかった。銀行では高度成長時でも担保がなければ貸さないのだ。それほど金を借りることは簡単にできないのだ。

 
借金を個人的に考えるとどうして借金するのか?ギャンブルとかないのかに金を使う見栄のためにとかいろいろある。それは個々の事情がありわかりにくい、借金する人は借金癖があるというのも確かである。借金をする人はまた借金をする。借金にこりない、借金をちゃんと返す人は少ない、でも正直に借金を10万なら10万必ず期日に返して感謝した人がいた。一方で全く借金に感謝しない人もいる。金を貸したからと言ってたいがい感謝したりしない、だから金を返さないとかで殺人事件などが常に起きてくる。借金する人は人格的問題、依存体質があるのだろうか?
 
こういう人は何か困り事があると宗教を渡り歩いたりする。ともかく頼るところを探す、でも例えば自分の見栄とかギャンブルとかで浪費して金がなくなり借金して困り神仏に祈るというのは勝手すぎる。そんな願いを神仏がきくはずがない、でもそういう人はこの世に多い。だからそうした勝手な人がいてカルト宗教団体などが栄える。カルト宗教団体ではその人自身が悪いとか、自己責任を問わないのだ。先祖が悪いから先祖を供養すればいいとかただ祈ればいいとかその自己責任をあいまいにするのだ。個人的には事情がいろいろあってもやはり自己責任の部分が借金する人にはある。社会のせいだ、これは前代未聞の不況のせいだというのは楽である。でもやはりこれまでの長い生活の結果として借金になっている。これは今は個々人だけではない、クレジット社会であり借金社会になっている。国すら膨大な借金なのだから個人もしょうがないともなるのか、でもその負担を他者に強いられるとき困るのだ。
 
借金だけではない、他者のいいかげんな無責任な行動は必ず他者に被害を及ぼす、全然関係ない人でも他者の無責任ないい加減な行動で被害を受ける。つまり他者のために責任を負わされるのだ。犯罪にあうのはそのためである。それがいくら理不尽だといってもどうにもならない、通り魔事件にもあう、この世には負のエネルギ-を持った人が大勢いる。念だけならいいが借金を背負った人は具体的な負のエネルギ-をもっているからそうした人と接するとなると接する人もその負のエネルギ-を受ける。ともかく何であれ借金しようとする、頼る。でも別に貧乏でも借金しない人もいる。その人はその貧しいなかでやりくりして借金はしないのだ。一方で身の丈の生活をしないで借金生活をする人も現代では多い、アメリカではそれが引き金となり不況に陥った。いづれにしろ借金する人と借金された人との関係は平等でないから友達関係も親戚関係もうまくいかなくなる。
 
借金だけではない、ある人がある人の悪口を盛んに言う、するとただ聞いているだけで不思議に同調してしまう、事情もよくわからなくても一緒に同席して聞いているだけで事情がわからないのだからその悪口を言う人の念が知らずに移ってしまうのである。これはたいしたことがないようでも結構怖いことである。それから親戚関係も破綻したりしたからだ。一方的に聞いていただけなのだがその念が知らずに移っていたのだ。その人の念は必ずどこかに伝播する。悪い念は特に伝播しやすい、この世には悪い念が満ちているからだ。だからどんな人でもそのつきあう人により何らかの念を受けてしまうのだ。ともかくこうしした負のエネルギ-を持った人とつきあうことは接することは何らかのその負のエネルギ-を受けるし禍ももたらしやすい、その人たち自己責任をもたない、依存体質の人が多い、そういう人はカルト宗教団体にとりこまれやすい、自分たちに何かしら悪いことがあっても責任を正されないからそういう場所で誰かが悪いとかただ自分を反省しないで神仏の助けを求めるのは安易だからである。
 
年の瀬だけどこの世の中、人間関係はむずかしすぎる。ほとんどそいいうことにわずらわされなかったの自分だった。今になり責任者になり責任を負わされる立場になったから金のことやら毎日のように考えるようになった。金を貸すも結局自分の責任になったしその他金を使うことも自分の責任になったからである。
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2009年12月20日

ヤマハ パスブレイス(電動自転車)にのる

yamahapass123.jpg
 
 
ヤマハのパスブレイスはやはり評判どおりの優れたものだった。まだ長距離は乗っていないがこれは長距離用に作れたのだ。リチウム電池が長時間もつようになったからだ。これは半分バイクになっているのだが違うのは平地ではそれほどスピ-ドがでない、自転車だからスピ-ドが制限されている。ロ-ドよりスピ-ドが平地ではでない、でも坂には強い、どんな坂でも普通より少し力を入れれば上れるのだ。坂では苦労したからこれは凄いと思った。バイクに乗っている人はたいしたものではない、そんなことはすでに簡単にできたことで何ら目新しいことがないとなるが自転車しか乗っていない人はそうではない、自転車からの格段に進化した自転車なのである。自転車からバイクへはバイクも自転車にエンジンをつけてバイクに進化したのだがバイクと自転車は全く別物なのである。バイクはむしろ車に近いのだ。スピ-ドだって車と同じであり早すぎるのだ。そしてすでにバイクになると自ら動かすという感覚はなくなる。自動車と同ように自動に走る。ガソリンで自動に走るから車に近いのである。バイクは早すぎるから途中の景色もゆっくり見ていられない、車と同じく環境にも優しくない、轟音とともに過ぎ去ってゆく、しかしこの電動自転車はやはり自転車でありペダルを自らの足で回さない限り動かない、坂でもやはりそれなりにこがないと坂を上ることはできない、スピ-ドもかえってロ-ドよりは出ないからスロ-な自転車でただ坂に強い自転車となる。自転車は平地だとロ-ドの方がかえって楽だし早い。しかし日本はどこでも坂が多すぎてまいってしまう。それで坂に強い自転車がリチウム電池とかの発達と同時に開発された。これは電機自動車が開発されるのともにている。電池の性能が良くなったから電気自動車も実用車になる。
 
日本は山が多いからトンネルの技術が世界的に一番となったように自然条件を克服する技術が発展する。この自転車は坂に強いから実用的であるし長距離向きになったのは電動自転車でははじめてである。百キロくらい電池がもつとしたらまた荷物にも強いのでスペア-の電池をのせて走れば一日坂をいくら上っても電池は切れることはない、途中で電池を切らすことがないから安心だとなる。ただ欠点は電池の充電器が大きいのでこれを持ち歩くことは難儀である。ただ荷物にも強いからかなりの距離のツ-リングできる。それを試してみたいが今や介護などでできなくなったのが残念である。この電動自転車が出てから十年くらいたっているしようやく本格的なものに乗れるようになった。パソコンでもデジカメでも一般化したのは最近である。人生の晩年でもこの新しい技術を経験できたことは幸福なことだった。いくら金があってもこの時代に生まれなければこうした技術は経験できないからだ。
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2010年02月11日

消えるプログの記録の危険


消えるプログの記録の危険

 
郷土史関係で明らかに5つつくらいの記事が復元できなくなっていたのでがっかりした。前に一度さくらのプログは全部消えたときはショックだった。一応パソコンに記録していても最近のを記録していなかった。今回はurlの番号はわかっていてもその記事が全くでてこない、その文を書いたのはごみ箱に入れたから再現できなかった。これもまずかった。一応とっておく必要があった。プログを「今日の一句一首」から「相馬郷土史研究」に分けたとき一部混乱した。ただこれはこちらの不手際なのか不明である。どうしてそのurlをクリックしても記事がでてこないのかわからない、全部が出てこないわけではない、
ちゃんとhttp://musubu.sblo2.jp/article/.htmlとなっていてhtmlの前に番号がでている。さくらのプログの不具合なのだろうか?これはさくらの会社に聞いても無駄である。プログは保証していない、サポ-トがない、プログはどうなっているかわからない、インタ-ネットにはこういうふうに突然消えることがある。すると全くこれまでの努力が水の泡になるのだ。ここがインタ-ネットの一番の問題である。他でも全く書いても消える、やはり重要なものは印刷しておくべきである。ホ-ムペ-ジは安全である。プログとは違う、パソコン内に他の記録メデアに保存していれば消えない、危険なのはプログなのである。最初はホ-ムペ-ジで書いていた、2000年からはじまり十年にもなる。時事問題の深層で延々と書いてきた。書くことに魅せられたのである。反応がなくても書き続けたのである。出版はできないからここに全精力を傾けて書いてきた。今日一人からホ-ムペ-ジの時事問題について反応があった。書き込んでくれたのは10年書いて二三人とかであった。でもアクセスがあることはわかっていた。プログは一つの記事ごとにアクセスがあることがわかるのでそれが反応だった。
 
「古池や蛙とびこむ水の音--意味」これがなぜ毎日のようにアクセスがあるのか不思議である。これだけ継続して10以内にしろアクセスがあるのはめずらしい。これは読まれているなとはっきりわかる。それからキ-ワ-ドも毎日のように調べている。これも仕事に誇りもてない・・・とかいろいろあり確実に自分のプログの記事にふさわしいのがきているからそれ相応にヒットして読まれていることがわかる。プログは全く変わった関係ない人は来ていない、確かに辞書のようにも読まれているが記事の内容にふさわしい人が読んでいることは確かである。自分もキ-ワ-ドで調べ関係したものを集めては編集して書いている。それがインタ-ネットを読むことであり書くことでもあったのだ。ともかくプログは記録の確かな保存をしておかないと消える。だから印刷しておくべきである。やはり記録で安全なのは印刷なのであり冊子でも本でも残せば残る。インタ-ネットは記録に関しては不安である。一瞬にして全部消える・・・そしたら努力も水の泡になる。


かといって出版はみんなできない、インタ-ネットの強みはこうして毎日いくらでも書けることであり全国に自由に放送できることなのだ。普通だったら狭い地域、10万くらいの都市に住んでいれば郷土史などその人数内でしか読まれない、ところが郷土史でも全国を相手にするから読まれるのである。これが大きな今までのメデアとの相違である。全国の人を相手にしているんだということはやはりやる気を起こすのである。アクセス数は最近また増えてきた。相馬郷土史関係では70くらいになっている。これはでも他から相当数アクセスししているから地元の人は少ないだろう。野馬追い関係などもっと書けばアクセス数はあがる。本プログの今日の一句一首は200を越えている、プログで便利なのはコメントを即座につけられることである。メ-ルはスパムでとめることができない、かえってプログに書いてもらうと即座に反応できる。誰かが読んでいるというだけでもやる気にはなる。

 


旗巻峠-伊達と相馬の攻防の歴史
http://musubu2.sblo.jp/article/27366573.html

戊辰戦争東北の一つの哀話(白河の遊女の墓)
http://musubu2.sblo.jp/article/27039464.html

 

このほかにも消えて復元できないものがいくつかある。書き直すことができるものもある。
ミルトンの詩と酷似していた相馬野馬追いなどはもう一回書けば復元できる。書いたことを忘れてしまいばなかなかむずかしい。なんとか試みはしてみる。


 

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2010年02月22日

召使、お手伝いさんは極めて人間的な仕事 (プログの紹介)


召使、お手伝いさんは極めて人間的な仕事
(プログの紹介)


イギリス最初の小説の主人公が、召使だなんて。
『パミラ』で初めて主人公の内面描写が描かれたという


召使いは、主人の私生活のなかでは永遠の「第三者」である。召使いは、優れて私生活の証人である。
(『ミハイル・バフチン全著作〈第5巻〉小説における時間と時空間の諸形式 他―』より)

故郷の家では、召使は地位は低くても、家族として扱われ、主人と共に喜び、共に悲しみ、また主人も、召使を親身になって世話したものでありました

しかし、その聖なる家庭の中を、じっさいに「手を使って」清めているのは、われらが召使いです。礼拝堂を掃き清める信者のように、召使いは室内の床をはき、磨く。
目立たず、ひっそりと。控え目に、勤勉に。わたしは、「召使いこそが、家庭の神聖性を体現している」と思うのだ。

(執事たちの足音)
http://blog.goo.ne.jp/countsheep99/e/60b08f650005074efba2f2c0d7438724

 
ヘルパ-とかお手伝いさんでも召使でもこの人たちの仕事は家庭に入ってくるから他の仕事とはかなり違っている。家族の一員となりやすいのだ。執事のことをプログで書いている人がいたのもインタ-ネットならではである。現在では古い型の本当の執事もいなくなった。それだけの貴族もいなくなったのだろう。召使は日本でも武家にはもともといた。召使はそもそも家内工業とか家族が経営体の場合、使用人がその家に勤めることになったから家族の一員ともなって同じ墓に納まっているのが日本でもある。今の仕事はそうした人間的な面が少ない、機械的でありロボット的である。人情が働く場面も少ないのである。秋葉原殺傷事件が起きたのも単に給料の不満だけではない、人情が通わされない機械化された工場の仕事環境にもあったのである。
 
イギリスで最初の小説が召使を主役にしたものだったというのわかる。 召使は極めて人間的なもの人間臭いものでありそこに人間のドラマが展開されるのだ。他人が入ってきてもその家の事情に詳しくなり一体化してしまうのである。礼拝堂を掃き清める信者のようにというとき霊前に花を捧げる時などそれと同じである。その家の祖先を供養して祖先にかかわっているのだ。実際は全く知らない人でもそうなっているのだ。戦前は女中とか金持ちの家には家事が大変だから必ずいた。今は介護のヘルパ-とかお手伝いさんとかなっている。実際お手伝いさんを住み込みで雇っている家は今は相当な金持ちだろう。お手伝いさんといってもそういうふうに家に一緒に住んでいたら本当に家族同様になってしまう。だから認知症になっても世話していたというのも長年一緒だったからできることだった。家族同様だからできることだったのだ。
 
自分の家などもともと貧乏だからお手伝いさんとか雇ったことないからどういうものか全く知らない、お手伝いさんといってもそこまでなっていない、一時間くらいだとすると家に住み込みで働く召使とはまるで違っているがやはりお手伝いさんという仕事がありこれは極めて他の仕事とは違う人間的なものだとつくづく思った。だから金さえあればお手伝いさんを雇いば毎日来てもらいば孤独死というのはありえない、一方でヘルパ-とかで今家庭に入ってきて金を盗まれたり女性に老人が騙されて殺されたとか物騒なことまで起きているのはそれだけ家の事情がわかるから反面そういうことが起こってくるのだ。ヘルパ-とかは昔の金持ちに住み込み勤める女中とか召使とかとは違っている。同じようでも時代が変わると違ったものとなる。でも世の中は家族だけではできなくなることがありそれで今でも他人を家庭に入れて助けてもらうことがどうしても必要でありそうした仕事は形を変えて需要があり現代のような孤独死するような環境だと余計にそういう人の需要は高まっているのである。この仕事はその家と深くかかわることが他の仕事と根本的に違っている。今だったらお手伝いさんを雇うことが経験できるのは後進国である。二人雇うことが義務づけられているとか給料も安いからできる。そこで地元の人と親しくなれるしお手伝いさんはどういうものか体験する。日本では二人もお手伝いさんを雇えるところは今はまれだろう。後進国に勤務した人はみなそうしているのが普通だから経験できるのだ。
 
引用したのはまずい面はあったがこういうことを研究している人もいるからインタ-ネットの面白さがある。自分でもお手伝いさんなど興味なかったがお手伝いさんは孤独な老人がふえるとき需要が高まる仕事なのである。
 

執事たちの足音
http://blog.goo.ne.jp/countsheep99/e/60b08f650005074efba2f2c0d7438724

 
このプログは特異だから推薦できる。こういうところにインタ-ネットの利用の知識の広さが役立つのである。
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2010年03月01日

インタ-ネットの匿名と実名の問題


インタ-ネットの匿名と実名の問題

インタ-ネットでは匿名が主流だから問題になった。今はかなり現実の社会が反映されて実名の人が多い。ただインタ-ネットでは同姓同名の人がかなりかならずいる。これは同一人物なのだろうかという問題も出てくる。匿名と実名の差は匿名だったら架空の人間と話しているのかとなる。対話してもその人間が実在しているのかとなる。例えば人と人の対話は生涯つづく場合もあるし死後までつづく場合がある。その人が匿名で架空だとするとその場その場の電子空間で消えてしまうものとなる。対話するにしても真剣味はなくなる。話す方にしても真面目に話する気にはなれない、実在しているかどうかわからないものに真剣さはないだろう。
では匿名がすべて否定されるものかといえばそうでもない、若いときはどうしても浅薄だから馬鹿な発言も多いからそれをいちいちとがめることもできない、議論の訓練として最初、パソコン通信は機能していたのである。だから匿名でも良かった。それがだんだんインタ-ネットが社会化してきたときやはり実名化がまたとりざたされた。匿名だと発言しやすいということで反応も見やすい、実名になればコメントも慎重になるからなるべくしないということにもなる。自分はこれまで一方的に書いてきた。でも誰かが読んでいることはアクセス解析でわかる。なぜ「古池や蛙飛び込む水の音-意味」この記事がいつも読まれてていることの不思議である。これだけは常時読まれているのだ。なぜこれだけがこんなに読まれているのか不思議である。どこか有力なサイトにリンクされているのか?不明である。ともかく記事が膨大だから何かは読まれている。
でもコメントはほとんどないから誰が読んでどう感じたかわからない、でも読まれていることは確かなのである。本を読んでもいちいち作者にコメントとか感想を書いて送ったりしないからそれと同じである。ただ読まれていることは確かなのである。

人間が本を読むにしても他者の意見に耳を傾けるにしてもメデアが何であれ対話が基調としてある。本であれある有力な人との対話は延々とその人の死後までつづいている。その対話に終わりがないのである。軽いものはその場で対話も終わるが重い問題となると延々と対話がつづく、残した文にそれだけの重みと深みがあるからそうなるのだ。芸術作品でも芭蕉の句でも延々と語られつづけているのはそのためである。誰とも直接対話しないにしろ人間は本質的に全く孤独から始める人はいない、必ず先人と先人の残したものと対話して文章を書いているのである。書くことはそもそも直接対話しないにしろそうした人類的な知的共同作業なのである。

ただ一人でも偉大なる師をもちその人との対話を基本にすることは自分を明確化しやすいのである。膨大な先人の偉人の残した本を師とするとき目がくらんでその人たちが本当に生きた人間なのか、ただ本の中にだけ存在するものなのかと具体性がなくなってしまうのである。
本だけではなく誰か生きた人間を生き生きとイメ-ジできると本に埋没することはないのである。キリストでも本当に実在したのか?そういつうことも生きた人間を通じて語り伝えられたのであり
聖書だけを本だけを読んでも実感しないのである。現実に今生きている人間から過去の人間を知る。そういうことを人間はくりかえしてきたのである。

インタ-ネットではそうした重みのある深みのある長い対話をするには向いていないのかもしれない、でも今や浅薄なものばかりかというとそうでもない、出版されない、本にならなくても重い内容のものも出ているのだ。これは本に出るような人だと思ったがやはり特異なところがあり出版されないのだろう。異端的なものは出版されないからである。だからインタ-ネットがすべて浅薄なものとは言えない時代になっているのだ。 でもそういうものを読むだけで必ず思想的に左右される。自然とそういう異端的思想でも左右される。だから時の支配者にとっては自由な言論の空間は常に危険視されたのである。出版界とかマスコミは権力で支配されるがインタ-ネットはされないから危険視されるのである。でもそうした自由な空間がないと新しい創造はありえない、だからいくらでも自由に発言できたり作品を発表できるインタ-ネットは今までにないものでありどう解釈していいかまだ不可解なものとなっているのだ。
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2010年03月15日

新しい試しの掲示板を作る

 

新しく試しの掲示板作りました
玉本様から長文の発言ありましたので作りました
これは無料と有料がありあくまでも試しです
どういうぐあいなのかわかりません
長文が可能なのかも今わかりません
前はコメントがないので掲示板は削除しました
やはり何か反応をみたいのでまた作りました
匿名でもいいですがアラシは削除しますので安心して書いてください

ともかくプログではつづけてコメントすると自分のコメントが反映されない
連続して会話できないからめんどうである 
使い安ければ無料から有料に移行します

ともかくまだ試しなのでうまくいかないかもしれませんが
よろしくお願いします

 

新しい試しの掲示板へ
http://www.21styles.com/mybbs/soma/index.html

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2010年04月29日

南相馬市原町区道の駅で無線通信していた人

musenn12.jpg 

南相馬市原町区の道の駅でバイクで来た人が無線通信していた。磐城から来た人だった。
今頃めずらしいなと見ていた。原町の記念の十分の一の無線塔をバックにして無線通信しているのも奇妙だった。アマチュア無線をしている人がまだいたのかと思った。あの記念の塔は十分の一だとするとあの十倍の高さになるから東洋一の高さだったから凄いものだった。


この塔は実際は五六年で役目が終えたのである。これができてすぐに関東大震災がありアメリカにこの塔を通じて伝えられた。それが最大の功績でありあとは無用の長物となっていたのだ。でも高いから前の原町市のシンボルになっていたのである。これもコンクリ-トで作ったということは日本も技術を誇っていたのである。これだけのものを作れるという誇りの塔だったのである。鉄塔ではないコンクリ-トとなるとその技術力も相当なものだった。そういう日本の技術力の象徴としてもあったのだ。

道の駅にいると外部からの人が来る、ここでお江戸日本橋から歩いて来た人もいた。道の駅の近くに整備された公園も花盛りでありでも桜ははや散っていた。市立病院の回りも桜並木があり桜が辺りに多い。これは相馬の道の駅とはかなり雰囲気が違っている。つまり前の原町市という市街にある感覚になっているのがここの道の駅なのである。相馬は市街から離れているからそういう感じは全くない、道の駅はあまり街の中にあるのは少ないだろう。ここの特徴は街の中にある感じなのである。前の市立病院では家族が入院して世話になり買い物もあの辺ですることが一番多いからなじみの場所である。
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2010年05月16日

夏の星と月

moonstar11.jpg

  お月さん、こんばんわ


お星さん、こんばんわ

どっちもぴかぴかきらり

田舎の町の夜の空

ケロケロ蛙が鳴いて

なんていい夜なんだ

お月さん、こんばんわ

お星さん、こんばんわ



今日はあとから晴れた、夜の空を見たら細い三日月の真上にきらきら星が一つきらめいている。これはめずらしいなと思い写真とってみたが夜はうまくとれない、キャノンの一眼レフで
error99がでたけどあれは問題らしい、不良品として日本の製品もそれもメ-カ-で出しているのでとまどった。今までそういうことはなかったからだ。error99がでるとなかなか直すのがむずかしいらしい。そういう不具合があるのにメ-カ-の製品として売ることもあるのかと思った。
日本のメ-カ-品だと信頼しているからだ。


インタ-ネットでは確かに同時にあの細い月と星を全国でいや世界中で見てるはずなのである。やはり同じ様に見えているのだろうか?ツイッタ-などで世界中からつぶやきでも報告があればわかりやすい、星とか月はやはり地球からだと同じように見えるから共通のものとして認識しやすいのである。インタ-ネットでは同時にリアルに存在している、今の時間を共有できる。それはどんなに離れていてもできるのだ。その同時間を活かすことがインタ-ネットを活かすことになる。あの月と星をみんなが見ているはずだからだ。ただ都会だと見えにくいから違っている。田舎だったら同じように見えているはずである。

月の真上に星が一つきらめいていたけど今見たらまた変わっていた、位置がずれている。
あれだと面白くない、ちょうど三日月の上に星が輝いていたのがめずらしかったからだ

八時半現在の状態
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2010年05月19日

キャノンの一眼レフカメラの「Error 99」は解決


キャノンの一眼レフカメラのError 99は解決

 

キャノンの一眼レフカメラのeroor99の原因は記憶するカ-ドだった。カ-ドなら何でもいいと思い通信販売の安いのを買って入れていた。それが原因でeroor99が出たことは意外だった。
電器店ではカ-ドが高いと思い通信販売で買ったことが失敗だった。カ-ドはみな同じだと思っていた。通信販売の弱点がこんなところにあった。そのカ-ドはカメラ用ではなかったのだ。
カ-ドもセットとなっていて電器店で用意したのを入れていれば問題なかった。
カメラでもそうだが機械も単体で機能しているのはない、今や様々なものが複雑に構成されている。昔はパソコンの周辺機器が相性が悪いとか機能しないのが多かった。今はそういうことが解決されたからどれでもいいと思っていたのだ。どんなものでも単体で機能するものはない、必ず総合的に機能する働くようになっている。通信販売は単体で安いものを買うことがあるがそれで失敗したのである。やはり電器店でセットとして買うのがいいのである。通信販売にもこうした弱点があった。こうしたことはなかなかわかりにくいしそういうことがかなりある。そういう知識は相当専門的だからわかりにくい、カ-ドがどの機械にも有効とはなっていなかったのだ。


人間の体も一部分が悪いからその一部分を切り取ってしまいば直るというのが西欧の考え方である。ところが人間の体が悪くなるのはやはり全体的な影響から部分がおかしくなる。特に老人の病気は老化が影響しているから全体の体の機能の衰えから病気になるから直しにくいのである。人間の体でもそうだし地球の生命もそうである。単体で存在しうるものはない、大きな全体の中に機能している。地球自体でも宇宙があるから地球が惑星がありうる。地球単体で地球は存在しえない、生命は一部分を切り取って単体で存在することはできない、全体の中で生きることができる。口蹄疫の問題にしても水牛をとり入れたらそれに付随してウィルスも入ってきた。水牛は日本ではとり入れていなかった。そこに落とし穴があった。グロ-バル化はこうしたウィルスの侵入などが防ぎようがない、どこからでも入ってくる、つまり食品だって単体ではない、そこにバイ菌も付着していたり何か良からぬものが同時に入って来たりする。これだけ自由に行き来する社会はもはやそうしたものを防ぎようがないのだ。
 
日本では牛、馬、豚はいないという漁業で成り立っていた国である。牛、馬、豚や羊でもそれに適した地がありそれが文化だった、culture(耕す)だった。それがグロ-バル化で破壊されて本来の日本の独自の生態系が破壊される。それが二十世紀になりあまりにもグロ-バル化しすぎたのである。だからそれぞれの固有の文化は破壊されるし生態系も破壊される。セットで存在する生命体が破壊されてしまう。日本ではもともとも牛、馬、豚がいなかったのだからやはり畜産というのは向いていなかったのではないか?外国には必然性があっても日本にはなかった。それが極端なグロ-バル化で破壊された。口蹄疫の問題もやはりグロ-バル化の問題として露出したのである。

 

注意 
 

キャノンの一眼レフカメラは直っていませんでした。
error99と出なくても症状は同じでありバッテリ-を入れ直さないと
セットに電源が入らない、いちいちバッテリ-を入れ直さないと
写すことができない、ただ途中でerror99が出ないだけで
写すときは必ずバッテリ-を入れ直さないととることができないのである。

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2010年05月21日

キャノンの一眼レフカメラはやはり直っていなかった


キャノンの一眼レフカメラは直っていなかった。error99と出ないだけで症状は同じである。
必ずバッテリ-を入れ直さないとセットから電源が入らない、いちいち写真とるとき必ずバッテリ-を入れ直さないととることができないからめんどうである。壊れたというのではないが何らかの不具合でありインタ-ネットにもerror99のことが出ていたからその情報の方が正しかった。
これは簡単に直らないのである。電器店の人も良く操作していなかった。これは電器店で直せるものではない、やはり根本的にメ-カ-で失敗した製品だったのだろう。
メ-カ-でもこういうものを製品として出していたことは問題だった。カ-ドは関係なかったのである。カ-ドが関係するとは思えなかったからである。
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2010年05月25日

今度はギックリ腰

 


前になったのは大腰筋痛だった。これは意外だったのは太股の筋肉が痛くなるのだ。立ち上がるたびにビリッと痛くなる。これを直すために風呂に入り立ったり座ったりしていたのが逆治療で良くなかった。これも湿布とか冷やすのが良かったのである。今回も風呂に入っていると気持ちよくなり同じことをしていた。これは温めると良くない、ただ本当にギックリ腰なのかどうか不明だが急激に立てなくなり脊椎が痛いからまちがいないだろう。ここでも自己判断しているが母が近くの整形で見てもらい注射したらかえって悪くなったとかインタ-ネットに

 
間違っても整形外科医の診察をうけ、腰に直接局所麻酔薬を注入する(神経ブロック治療)治療を受けぬように。ぎっくり腰の本質を知らない医者だ
 
もしかしたらこれなのかなと自己判断した。医者でも必ずしも判断がまちがわない、いい治療するとは限らな

いのだ。こう書いているのは整体師だからこれも信じていいかどうかわからない、
結局、胃酸過多でもなぜそうなるのかわからないとか試してガッテンでも骨のことを放送していたがカルシムの骨密度が高くても糖尿病になっている人は骨が折れやすいとかいろいろな病気の原因がわからないということに改めて現代の医学もそんなに進歩していないのかと思った。肺結核などは直したしこれは難病だったから直せたのに胃酸過多の原因がわからないとか
は他にも簡単な病気の原因がわからないのかと改めて人間の体はまだ医学でもわからないことが多いんだと思った。

 
結局自分が連続して病気になったのは未だに胃腸が直っていない、これは明らかに老化現象でありもともと弱かったものが悪くなった。そのつづきとしてギックリ腰になった。これは因果関係がある。老化現象として連続的に体に症状がでてきたのである。まあ、それほど重症というのでもない、なんとか歩けたし買い物もできた。そしてショックだったのは老々介護とかになる恐怖だった。病人が病人を介護するようになる恐怖である。お手伝いさんもしばらくこないから助けがない、老々介護はこれから増えてくる。なぜなら60代の団塊の世代の親が介護状態になる人が多いからである。60代になると個人差はあっても病気になりやすいからだ。認知症の人が認知症の人を介護することをNHKで放送していたがそんなことできない、認知症の人は食事の支度すらできない、金のこともあいまいになるとしたらどうして家のことを管理できるのかできない、正常な人が助力しないかぎり不可能である。
 

ともかくギックリ腰は安静にしていれば直るから安心だった。悪いことが未だにつづいている。
やはり60以降は健康が一番の問題になるのだ。健康でさえあれば問題ないのである。

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2010年06月15日

食は文化だった(アメリカ人と日本人の体は違っている)


食は文化だった(アメリカ人と日本人の体は違っている)

最近胃腸が悪く今までになく長引いたので健康のことを前より考えるようになった。

口蹄疫問題の深層は何か?(牛肉を食べることが必要なのか)
http://musubu.jp/jijimondai40.html#kotei

ここで「魏志倭人伝に牛、馬、虎、豹、羊、鵲(かささぎ)が(すま)ないとある。日本には牛、馬、羊はいなかった。 」日本は古来、魚介類中心の食生活だった。家畜文化がない特殊な国だった。

その謎も「アメリカ人の腸と日本人の腸は何が違うか?」という章を読んで解けました。また、アメリカ人の異常な太り方をしている人を見て、なぜあそこまで太れるのか不思議に思っていた謎も解けました。
新谷先生いわく、日本人があそこまで太れないのは、そこまでいく前に胃を悪くして食べられなくなってしまうからなのだそうです。それだけアメリカ人の消化器官は日本人に比べ丈夫なのだそうです。また、アメリカ人の胃腸が丈夫なもう一つの理由は、アメリカ人の方が消化酵素の量が多いからだそうです

アメリカ人の太りようは日本人の太りようとは違う、本当にとうしてあれだけ太れるのかと思うほど太っている。アムトラックに乗ったが座席が日本の座席より広いから悠々として楽である。そこに巨体のアメリカ人がどっしりと座っている。鉄道の軌道も広いからそうできる。いかにも大陸的である。アメリカ人とかヨ-ロッパ人はもともと牧畜民であり乳製品を食していたから体の作りが根本的に違っていたのだ。病気でも日本人は胃癌が10倍もアメリカ人より多いのは日本人には胃腸が弱い人が多いことがわかる。人間の体自体がその土地の文化から作られてきた。そこにグロ-バル化した結果、人間の体まで変化してきたのが現代だったのである。理想的なのは地産地消だったがその枠をはるかに越えて様々なものを食べるようになった。そうすると体も変化して栄養取りすぎの糖尿病とか太りすぎで高血圧とか心臓病が増えたりする。その国や民族の体質は長い年月をかけてその土地に合うように作られてきた。だからアメリカ人の体質と日本人の体質は相当違っている。アメリカ人が消化酵素の量が多いということは肉食とかにも向いているのだろうし乳製品、チ-ズなどを食べるのに向いているが日本人は向いていないのだ。
だから牛肉とか豚肉とかがつがつ食べることに日本人は向いていない、胃腸がそうできていない、むしろ米などが主食だから腸が消化するために長くなっているのだ。食をグロ-バル化することは体まで破壊される。いろいろな栄養がとれていいのではないかとなるがそれ以上に余計な栄養をとりすぎて病気になりやすいということもある。現代にはその傾向が強い、自分の場合も果物類が好きだから暑いのでとりすぎたということがあった。やはり今は何か栄養をとりすぎて病気になりやすいのである。

1日3食説が広まったのは、近代以降、かのトーマス・エジソンが、新発明のトースターを売るために「健康のためには1日3食。アメリカ人は朝食をしっかり食べるべきだ」という話を広めて以降のようです。
(おかげで、新発明のトースターはたくさん売れたそうです。)

食習慣も新しい機械の発明で変わってしまった。本来はそんなに体が要求しなくてもモノでも必要でなくても買わされるのが現代である。売る方で売れないと困るから買ってくれとなる。
仕事でも仕事がないと困るから無駄な公共事業でもやめるわけにはいかない、そして一番怖いのはいらない高価な薬まで飲まされることなのだ。製薬会社では薬が売れないと困るから必要のない薬でも売るようにしかける。インフレインザのワクチンなども過剰に危険性を宣伝する。製薬会社はマスコミでも政府にでも金を供給して危険性を過剰にあおり売らせる。これも薬が売れないと困るから製薬会社がそうしくむから買わせられることになるというのも納得がいく。
極端でもない現実の問題としてアメリカは兵器産業がありそこで武器を作っていても売れないと困るから戦争をしかけて売り込むというからこれも怖い、現代の経済はそういうことが多いのである。

 
 オリンピックでもグロ-バル化した世界でありこれも実際は平等なものではなく歪んだものにした。柔道でも日本の文化であり世界の競技となるとき力だけのプロレスとにたものとなり柔道という日本の伝統文化自体が失われたという皮肉があるのだ。マラソンは耐久力の勝負だから日本人に向いていたので女性で金メダルをとることができた。その他が全く勝てないのはそもそも牧畜民系統の食生活から作られた体力と米を主食とする農耕民では根本的に違っている。消化する酵素の量が違うとかなると肉食でも平気であり体力も相当違ったものになる。だから筋力の勝負ではアジアでは日本人は欧米人に勝てないのである。つまりグロ-バル化したオリンピックはそれぞれの国の文化の破壊でもあったという皮肉がある。一見グロ-バル化の平等の競争のように見えても根本的に体力と力では勝てない競技が多いからそうなっいるのだ。欧米人に有利な競技になっているからかえって不公平なのである。グロ-バル化そのものがもともとは欧米人に有利なように作られていた。欧米に世界が支配されたから当然そうなったのでありスポ-ツも一見平等の原理が働いているようでも根本的には欧米人が有利なようにできていたのである。
 
余談だが老人は金を使わないというが健康関係のために医療のためには使うのである。このところ胃腸が悪くていろいろな薬を買ったりした。それも高価なものもあったが高価なものでも買わざるをえなかった。医療には実際は金がかかるのだ。でも老人はこういうところには金を使う、他はあまり使わない、つくづく人間で一番大事なのは健康である。特に60以降は金があっても健康がないなら不幸になる。健康の価値は年とることに比例して重要になってくるのだ。若いときは健康問題はそれほどではない、現実にこんなに胃腸が弱くても長引いたことがなかったからである。


 

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2010年07月28日

警告(実名をあげた批判は削除します)

 
「カルト宗教団体はなぜ糾弾されないのか?」で書きましたが私はあくまでも公憤としてカルト宗教団体を批判しているのであり私憤で批判はしていません。私は特定の宗教団体の実名をあげた人は批判しません。カルト宗教団体を全般を批判しているのでありその団体の特定の人物は批判しません。またその特定の人物とはかかわりありません。それ故に玉本様の特定の人物をあげた攻撃は問題がありそこは削除する予定です。私はその特定の人物とはなんら関係ありません。批判もしません。その人たちについては私は何も知らないからです・・・・・・
 
それで削除の作業にとりかかりますのでよろしくお願いします
 
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2010年07月30日

本を半分捨てる

 
本の重さで家が傾いていると大工さんに指摘されて重い全集などの本を捨てた。本は本当に重過ぎるのだ。とくに厚い本があり重いから家が傾くほどになる。これは冗談ではない、本当に本を貯めるとそうなっていたのである。本は実際に集めても半分も読まない、全集なども読まない、調べるために買っておいても読まないのである。それで無駄が多いのだ。今はインタ-ネットで調べられるので本の役割も半減した。でも本にはインタ-ネットにはない豊富な情報が蓄積されていた。でもその本を利用することがめんどうなのである。本は調べることがめんどうなのである。どこに何が書いてあるか本が増えれば増えるほどわからなくなり同じ本を買っていたこともある。本を所有するには限度がある。あまりに多くの本を貯えても利用できない、ただツンドク、積まれているだけでありそれが家を傾けさせるのだ。
 
本に愛着があるのは確かだが知識愛と書物愛は違う、書物愛は書物そのものに愛着ができてしまう。本来は知識を得るのが本の役目だがモノとして本があるから本を手放せなくなるのだ。本は今まで必要不可欠なものだったが本は意外と調べるにも手間であり不便な面があることにインタ-ネットとか電子化されたとき感じるようになった。本自体を裁断して電子化する作業ができるようにもなった。本というのはインタ-ネットとと電子化で見直されるようになった。本は意外と調べるのには不便なのである。結局理想的には本もインタ-ネットのように自由に検索されるようになると新しい知的世界が開ける。それがインタ-ネットで一部実現しているのだ。第一どんな人でも本を貯えるには限度があるからだ。
 
ともかく本もそうだが晩年になると最後は人間はただ捨てることが多くなる。つくづく人間には無駄なものが多過ぎるのだ。着物を一山買っても着ることもなく終わり無駄になったり本当に死ぬときはもう何もいらないとなる。残るものとなると本当にわずかなものである。人間はあれも欲しいこれも欲しいとはじまるが最後はもう何もいらないとなってしまう。知識にしてもいくら本を買っても消化できるのはほんのわずかであり知的成果として残せるものもわずかである。結局知識も虚しいともなってしまう。人間は最後はいろいろなものをもっていてもわずらわしいだけになる。人間モノにとりかこまれているけど最後に必要なものはモノとしてはほんのわずかである。「もうなんにもいらない」となってしまう。来世に旅たつとき何が必要なのか?となる。それはモノでも金でもない、死ぬときはこの世のものは消失してしまう。この世の価値は消えてしまう。
この世にいくら拘泥しても死ぬときはもう執着しても無駄である。この世に価値あると思えたものは消失してしまうからである。ええ、人生はこれだけなのか、人生は終わって見れば一瞬でありいくらこの世で財を築こうがその財は来世にはもっていけない、この世に宝を積んでもむなしくされる。天に宝を積めというのはこの世が全く一時的なものだったからである。これは誰しも老人になると実感として悟る。若いときは無理でも老人になると現実問題としてみんなそうなっているのだ。
 
焼き捨てて日記の灰のこれだけか 山頭火
 
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カルト宗教団体に入った方悪い(自己責任社会)


カルト宗教団体に入った方悪い(自己責任社会)

 

私は度々玉本様には警告してきました。他人の掲示板に実名で攻撃することは掲示板の主催者が責任を問われる。何であなたはその実名の人を晒したのかと責任が問われる。
だから私は度々、自分で掲示板を作りプログを作り自己責任で告発すべきであると・・・・
カルト宗教団体が悪質であり告発された人が悪い人でも他の人はカルト宗教団体全体を批判できても個々の人を批判することはむずかしい。事情がわかりにくいからです。
裁判ざたにまでなると自分にも危害を及びますから
また団体を批判してもその深い事情がわからない場合があります
だから一方的に同調することはむずかしい。

 

結局カルト宗教団体がいかに悪質でもそういう団体とかかわった人の自己責任になってしまう。そんな団体とかかわったあなたも悪いんだよとなってしまう。個々人としてはそうなってしまう。
ただカルト宗教団体は公ではあまり批判されない、だから判断を誤り不用意に入る人がいることが問題なのです。宗教の看板をかかげても全くその中は違ったものになっているからこそその実体を知らせ批判するものが必要なのだけどカルト宗教団体は巨大な権力をもっているからできないことが問題でありそれで私はインタ-ネットで批判してきたのです。

 
民主主義社会は自由でも自己責任の社会です、でも自己責任ならその実体を知らせることがあってはじめて自己責任になる。カルト宗教団体の場合は政治家の票田になっていたり巨大な権力をもっているが故に知らされないことが問題なのです。個々の問題としてそのかかわり方もいろいろであり事情がありわかりません。例えばカルト宗教団体が権力があることで商売に利用しようとしたり悪意でもって入る人もいるしそういう人も許されるのがカルト宗教団体である。それでカルト宗教団体は闇の勢力となっていった。
 
カルト宗教団体にかかわると大変な目にあうこともある。そしたら誰も助けてくれない、自己責任にされてしまうことを知るべきなのです。結局そんな団体とかかわったあなたが悪いでかたずけられてしまうからです。世間でも相手にしませんから、だから極力そうした団体とかかわらないことを心がけるべきなのです。
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2010年09月19日

猛暑の後遺症(人間は生きることはなんらかの犠牲である)


 猛暑の後遺症(人間は生きることはなんらかの犠牲がある)

 

猛暑の後遺症は体に影響が大きかった。今年の五月ころから胃腸の調子を悪くした。オレンジとか最近は甘い糖分の多いミカン類が出ていたが果物好きだから食べすぎて胃腸を悪くしたのがはじまりだった。そのあと庭作りで無理したことと暑さが重なってずっ-と胃腸を悪くした。今も本調子ではない、胃腸は体はもともと弱いにしてもこんなに長くつづくことはなかった。そして猛暑がやってきた。最初は長くつづくと思わなかった。それがいつまでも34度とか35度とかここでもつづいたのである。それが体の変調にをきたした。どうしても果物類など甘いものばかり食べたから体が変わってしまった。あまりに甘いものは胃腸に良くなかった。それが長くつづいたことがまたひびいたのである。そしてお盆過ぎたら涼しくなると思ったがろらずさらに暑くなったことがひびいた。その時北海道に避暑に行くかと考えた。今までならこんなこと簡単にできた。
ところがここ五年間は介護とかになりどこにも出れない、そのことが一番辛かった。今も半場介護生活だからできない、梅雨の間はふらっといつでも北海道に一カ月くらい行っていたことがあった。そういうことが簡単にできたのである。今になると一日の旅行することが大変なのである。それより姉が生きているときは一日の中でもすら自由がなかった。誰もみてくれないから8時までには帰らねばならない、するとのんびり一日すら旅行できなかった。それでも自転車でなんとか近くを回っていた。今になると自由に旅行することがこんなにむずかしいものができないのかとつくづく思った。

 
自由に旅行することは相当恵まれていないとできないものだった。なぜなら普通の人は勤めているのだから一カ月の休暇などとることができないだろう。とするとまともに働いた人は自由な旅行ができないとなる。本当に旅するとなると時間も金もそれなりに必要だし大変な労力がかかる。今は車で簡単に行けるじゃないかとなるがでも電車とか自転車だとそうはいかない、まず時間がかかる。だから普通に勤めていたらそうした電車とか自転車とか徒歩とかの旅行はできない、それから体力もないとできない、60からでも自由な旅行をする人はいるが一般的に体力あるうちでないとできない、だから自由な旅行することは本当に相当恵まれていないとできないものだったのだ。そのことを今否が応でも認識させられた。ええ、今まで簡単にいつでもふらっと旅立つことができたのにできない、そのことが衝撃だった。そしてつくづく思った、今回の猛暑で自分は体を悪くして寿命を縮めてしまったと・・・これは誇張ではない、もちろん高齢者で死んだ人もいたのだからこの猛暑の後遺症は相当の人々が受けているのだろう。ただ北海道にお盆過ぎた辺りから行っていればこうならなかったろう。それかできなかったことが寿命を縮めた。それが悔しかった。
 
そんなことが悔しいのか贅沢だ、ク-ラ-がなくて死んだ人を考えろとなるが自分のことを正直に言っているだけである。なんて情けないやつだともなるがどうにもならない、あの時北海道に行けたらこんな体の調子になる必要はなかったと恨めしかった。なんか今になると介護のために犠牲になったと思った。そんなことで犠牲になったといえるのかとおしかりを受けるかもしれないないが贅沢な時代には贅沢な不満が出てくるのだ。そういう不満に満ちているのが現代なのである。山村で医者にかかれないで死んだとかなるもの凄く悔しい思いをするだすろう。昔だったら江戸時代だったらそもそも医者などいないから法印とかに祈ってもらって終わりである。あとは地蔵様にでも祈るほかなかった。それはそれでその時代のことであり不満があってもどうにもならなかった。でも今の時代は病院は街に出ればあるしできるからこそ大きな不満となる。だから昔がこうだったからそんな贅沢あきらめろとは言えないのである。現実に心臓移植で一億ではたりないとか募金している人がいるがそれも心臓移植で生きられるとなると募金で金が集まるとなるとそれを人は望むのである。昔だったら心臓移植などできるはずがないのだからあきらめるほかない、現代では望みがあるとなるとあきらめきれない、不満が残るのだ。そして現代はグロ-ルバル化社会だから国内だけではない外国までその希望を満たしてくれるところがある。心臓移植でもできる生きられるとなるとその可能性に賭ける人もでてくる。それができないと心臓移植さえできていたらもっと生きられたのにと不満になるのだ。
 
現実に沖縄には安い宿に3年いた老人がいた。金沢辺りの人であった。寒い冬を雪ばかりの世界をさけて沖縄でのんびり暮らすことが今ではできるのだ。だから北海道で避暑して暮らすこともできる。そういう安い宿も用意されていた。一カ月でなくても二週間くらい行けていたら相当楽だった。それができなかったが恨めしいのだ。その原因が介護にあった。もう先が短い老人のために若い人が犠牲になるのはおかしい。若い人は老人の介護に使われこと自体不自然を感じてしまう。老人のために若者に犠牲になる社会に未来はない、親がどうしたって子供のために犠牲にならざるを得ない運命にある。逆に子供が親のために犠牲にされるというのは不自然である。戦前はそういうことが多かったし今でも後進国では子供は労働力として考え生み育てている国も多い。人間は結局、何らか犠牲にならざるをえない、親は子の犠牲になるのはしかたがない、でも老親のために犠牲になるのは不自然である。自分の場合は犠牲の上に恵まれたから今になると文句は言えない、自由がありえたのはやはり親であれ誰であれ犠牲があったからである。この世の中、そもそもいかに犠牲が多いか、犠牲になるために生まれてきたのが人間なのだ。ある人は若くして肺病で死んだ、その話を聞きこの墓に埋まっているということを聞くとき胸がつまる思いがする。自分の父親は上の学校にあげてくれと言って中学のとき死んだ。ろくに学校もでていないからそう言ったのである。みんな何かしら犠牲があり不満があり恨めしく犠牲となり死んで行った。その犠牲の上に我々の生がある。
 
一番犠牲になったのは戦争で犠牲になった人たちである。戦争の是非はともかく20代で国のために死ぬということそれがどれほどの悔しさだったか今回の猛暑の後遺症で重ねて思った。この年になってそんなことですら悔しい思いをするのだから戦争で若くして死んだ人の悔しさは計りがたい、想像を絶する、でも歴史は今から考えるほかないのだ。自分の経験から重ね合わせて歴史はしるほかない、そんなもの犠牲でも何でもないとなるが自分にするとやはり辛いなと思いその辛さから昔の苦労を偲ぶ歴史を偲ぶのである。いづれにしろ今回の猛暑は辛かった。最近血の小便が出たのにびっくりした。内蔵機関も相当弱ったのである。本当におおげさではなく寿命が縮まった。ただ前のように北海道に避暑していればこうならなかったとつくづく思った。それができなかった。それで犠牲になったと悔しかった。今まで簡単にできたことそれができなかった。ええ、なぜこんなことが今できないのかとつくづく思った。それが寿命を縮め体を衰弱させて持病を悪化させたことが悔いるのである。でも介護は実際どうにもならないのだ。それで犠牲になる人があとをたたないのである。60代以上の人はそれなりに生きたのだからしかたないといえばそれまでである。でも人間は贅沢な時代は贅沢な時代なりにいろいろ不満があるものである。やはり命にかかわることになると人間は健康にもっと生きたいということは変わらないのである。こんなに長生きしても人間がこれだけ生きたからいいやとはならない、他からいくら言われてももっと健康に生き何かを成し遂げたいとなるのだ。それを感じたのが今回の猛暑による後遺症だったのである。
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2010年11月09日

母が交通事故で緊急入院!


母が交通事故で緊急入院!

母が交通事故になった。それも隣の人だった。その隣の人も日頃なんの関係もない人だった。手押し車で歩いていたら車がバックして転倒した。タンコブができて血がでていた。
すぐに救急車がきて近くの病院に入院した。明日にならないとどのくらいで退院できるのかわからない、ただ重傷ではない、なぜならポ-タブルトイレに自分でしたからである。動けないほどの重傷ではない、でもそれなり打撲であり腰をやられたようである。すぐに事故保険会社から連絡が来た。治療代と精神的に負担をかけた慰謝料は払うそうである。ずいぶん手回しがいいなと思った。自動車がパックして確認怠った事故は過失は自動車の方にあるからぶつけられた方には過失がないとされるのだろう。

ともかく退院して家を一カ月留守にしている間に大変なことが起きて寝込むようにガックリきていたらすぐに事故であり入院である。幸いたいした事故ではないので助かった。それから次から次と禍が起きてくるのは何なのだろう。これは姉が認知症にかかってからずっとそうだった。
なんだか不吉にもなるし呪われているのかとも思う。いい人がきたと思ったらとんでもない人だったり悪いことばかり起こる。 自分自身も気味悪くなってしまう。凶運は終わらなかったのだろう。凶運は二三年では終わらないやはり5年くらいはつづくのだろう。とにかくふんだりけったりでありなぜこんなめにあうのか不可解である。自分がなんとか退院してすぐこんな事故が起きること自体どういうことなのだろうかと思う、それも隣の人だったのである。隣など家族が困ってもなんにもしてくれないし、そもそも自分が入院したことさえ知らないのだ。自分に起きてくることは本当に何なのか不可解である。もう少し間を置いての事故ならいいが次から次と事件が起きてくるのだ。それがどうも解せないのである。

プログにも書いてきたが姉が認知症になったときも北風がびゅ-びゅ-吹いた時だった。それが不気味に感じていた。家をゆすり姉は暴力になった。自転車にのったらライトが落ちて壊れたりろくなことがない、だからなんでこんなことばかり起こるのか我ながら不気味になってしまう。
そんなに連続して悪いことが起こることが解せないのである。

タグ:交通事故
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2011年02月03日

2011年 年賀状二枚目

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2011年 年賀状二枚目

2011年はどうなるのだろう、世界的にはエジプトのデモのように不穏なものからはじまっている。世界的には何か大きな異変が生じてくるのか?2012年が人類の総決算が起きるというが人間は人生の総決算とか起きる、自分の家の総決算が起きた。今もそれはつづいている。人類の総決算がいつか起きてくるのかもしれない、人生の総決算は必ず個々人で起きてくる。
日本だっていつまでも膨大な借金を背負っていることはできない、これもいつか総決算が起きてくる。


人類の罪の総決算も起きてくる。それが最後の審判である。実際にその日が近いのかもしれない、文明は飽和点に達している。それはあらゆる点でそうでありバベルの塔のような崩壊がはじまるのかもしれない、要するにこの世にある限りそうした危険から逃れることができない、つくづくこの世は危険に満ちていることを自らも犯罪の被害者になったりして実感した。人間は他の人の災難なら面白く見ているだけなのである。自分に被害が及ばない限り面白いとなる。

エジプトの争乱でも日本に関係しないなら面白いとなるがこれが北朝鮮や中国になるとそうはいかない、尖閣諸島問題のとき戦争になるのかとさえ戦々恐々となっていたからだ。

2011から2012は人類史の最大の危機がくるのか?自分は去年は人生最悪の年だった。その最悪はすぎたのか?まだ災難は終わっていない、なんとか体が普通に動けるから助かった。

兎年といってもぴょんぴょん動けないことは確かである。蛇年のようにどぐろを巻いて動けない年になる。兎年にはならない、ただ去年のような最悪の年にはならないだろう。それを願うほかない。


 

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2011年02月07日

原町へ用事の一日


原町へ用事の一日

今日は原町まで風が強くて大変だった。電動自転車はバイクとにているから風にも強い。ヤマハのパスブレイスはとにかく坂に強い。相当急な坂でも上るようにできている。急勾配でも上るようにできているのだ。別にまだ自転車にはのれる。でも松川浦まで行ったあとに筋肉痛で苦しかった。やはり時間的に長い運動すると筋肉が弱っていから筋肉痛になった。それでも運動はできるからいい、腎臓透析している人でも普通に運動もしているから不思議である。病気にもいろいろありかえって適度な運動をした方がいい病気もある。糖尿病とかそうである。腎臓や前立腺は適度な運動は影響しない、管を入れてもそんなに困ったということはないから助かった。
今日はまず私立病院で管交換してそれから高見ホテルのレストランでカキフライ定食を食べ次に3Dを見れるメガネを買った。最近ソニ-の新しい3D対応のテレビを買ったからだ。でも3D対応している番組やCDはまだ売っていない、ギャオというところでブレ-レイを借りた。ブレ-レイもまだ対応しているのが少ない、3Dもブル-レイもこれからのものなのだろう。立体になるとき地図が立体になるといい。地図は平面的ではものたりない、立体になるとわかりやすいからである。ただまだ開発途上のものである。人間の欲望は限りがない、こういう欲望は悪いものではないからいい。それからキクチス-パ-でパンを買った。パンが原町や相馬市意外ではいいのを売っていないので困る。今はパン食が多くなっている。朝はどうしても簡単だからパンにしてしまう。それよりもう自分の家ではご飯自体二分間でレンジでできるインスタントの米である。ほとんど寝たきりだからその介護になると簡単にすましたいのである。自分も今日は介護用品店で小便用の袋を買った。それから向かいのココスでコ-ヒ-を飲み休んだ。ここの石窯パンというのはうまい。これは焼きたてだからうまい。飯館のアグリでもこれと同じパンを出していた。そしてソフトバンクの携帯の解約を一つした。最後によったのがサイヤでおかず類を買った。あそこはいろいろあり食事の用意には便利である。ライスカレ-の弁当を買って家で食べた。


買物だけでもこれだけあった。まさにこれは現代の生活だった。今は一人暮らしでも困らないようにできている。ただ五、六万の市でないと現代の生活の標準的なものにならない、小高とか鹿島では相当にたりないものがある。郡山で駅前に病院とか図書館とかス-パ-が一緒になるビルを作ったとかあるが病院は今や一番街でにぎわう場所なのである。人の出入りが一番多い場所である。小高でも鹿島でも村でも病院は高齢化社会だから一番人の出入りが多くなるのだ。だから駅前にそういう施設をもってくれば人が集る。イオンの問題は六号線から離れているから問題である。車だったいいのだが自転車だと今日のような風になると行けなかった。自転車はここから5キロ先に温泉があるとわかってもその5キロが遠くなるのである。往復10キロになったりするからである。自転車は風雨にはやはり弱い。今日は風で大変だった。でも普通にまだ動けるからなんとか家で介護して自分のこともできている。それが救いだった。

 


今日の仕事


市立病院→高見ホテルレストラン(カキフライ)→電器店(3Dテレビメガネ)→ブル-レイレンタル(ギャオ)→キクチス-パ-(パン)→ソフトバンク(携帯解約)→介護用品店(小便袋)→ココス(石窯パン)

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2011年06月18日

相馬総合病院に検査入院(2日間)


明日は相馬総合病院に検査入院です、二日間です。老化の病気です、泌尿器系統です
ガンの検査もするらしいです、でもこの癌ですぐに死ぬようなことはないようです
80以上とかなればかえって治療などしない方がいいとも言われています
まだその年にならないから手術とかなるようです、でもこれも病気は病気です


今南相馬市の原町区ではニュ-スでもわかるように治療をまともにできません
入院もできません、一週間に二三回とか私立でも開いていません、ただ治療費は無料です。
原町区の緊急避難準備地域というのは本当に変です、福島市や郡山市の方が放射線量が高いですから避難地域すべきなんだけどできない、政府で補償しきれいですから・・・
でも1000名くらい避難していた、やっぱり危険な領域になっている


相馬総合病院は東北大の医者や研修生来ています、南相馬市立病院は福島医大です
相馬市は宮城県の方が交通的に便利である。電車にしても原町駅始発-仙台駅であった。
今は代行バスが亘理まで出ている。新地が相馬市と合併しなかったのは伊達藩とのつながり深い武家の家があって主張したからだというのも他からはわかりにくい、江戸時代の境にはそういことをひきづっている。双葉町辺りも相馬藩の境だった。夜ノ森は余の森だったから、相馬藩主の余の森だった。つまりどこの境でもそこには歴史の興亡の場となったからそうなる。
末続駅と新妻一族の村だったということを書いたがあそこも相馬藩と磐城藩の興亡の地点だからそうなった。


そして今南相馬市と相馬市の間になって境となっているのが鹿島区だとなる。ただ相馬市は原町の倍の距離あるから経済的に結びつくにも問題がある。でも病院が機能しないことは住みづらくなる。実際に緊急な時があり入院もできないとなると大変である。救急車が相馬で受け入れられず福島まで行ったとかそうなると大変である。高齢化社会は病院がまともに機能しないなら早死になってしまうだろう。病院が良ければ長生きになる。医療の進歩とか病院の設備の良さとか福祉の良さとかで長生きしているのだ。すでに85才で近くの人が胃ろうになって3年くらい生きている。前より良くなったというから驚きである。胃ろうになると死期も早くなると思っていた。そうでもない人もいる。これも医療の進歩と手厚い介護あるから長生きになる。

ともかく明日は検査入院である。

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2011年10月12日

自分に起きたちょっとした事件の謎 犯罪は田舎でも増えている?)


自分に起きたちょっとした事件の謎

(犯罪は田舎でも増えている?)

犯罪が増えているとか増えていない主観なんだよ、自分のみにふりかかったら犯罪が多いなと思う
そうでない人は犯罪はあまり関係ないんだよ、犯罪を身近に感じて犯罪を知るんだよ
今回のことも変だった、小さなバッグを忘れた、それを知ったのが自転車でしばらく離れてからだった。忘れた場所はわかっていた。そこにもどってみたらなかった。それで近くのス-パ-に行ってみたら届けられていた。そのス-パ-に忘れた記憶はなかったが一応たずねてみたのだ。5分くらいしかたっていないからわかっていた。そしたらバッグがス-パ-に届けられていた。近いからス-パ-に届けたのだ。

「お礼をしてくださいよ」と店員に言われた。

店員に電話番号と名前が書かれたメモを渡された。

そのス-パ-では金がなくて外でカ-ドで一万下ろして使った。2千円内の出費だったろう。その時一万なのだから一万を使うはずがない、バッグが届けられていたしお礼をしろとも言われたので電話した。出たのは20才以下の高校生くらいの男子だった。そのバッグは通信販売で買ったばかりであり一万した。あとはカ-ドとデジカメが入っていた。あとは何も入っていない、でも全部で5万くらいとして一割の5000円払った。失敗したのは電話したときパッグの中味を見ていなかった。金が減っていることにきづかなかった。確かに一万をス-パ-に出したのだから2000円しか残っているはずがない、かといってぬきとられたとも思えない、わざわざ届ける人がぬきとるわけもない、するとス-パ-のバッグをわたし人がぬきとったのか、それとも自分に何か落度がありなくなっていたのか?その辺がわかりにくい、金はス-パ-でしか使っていない、・・・・その辺が謎になっている。ス-パ-内で忘れたならス-パ-の責任になるがその外になると警察に届けるものだった。ス-パ-に届けるものではななかった。ただ警察すら忘れ物の金をぬきとっていた事件があった。これはぬきとりやすいのである。小額だったら全くわからないのである。


バッグを届けた人に5千円をわたした。母親と一緒であり顔を見たらとても金をぬきとって届けるような顔ではなかった。すがすがしい顔をしていた。それも母親と一緒に来ていたからあの人はぬきとるようなことはしないと思った。人間はやはり表情を見るとわかるということがある。ただそれは人間を良くみれる人でないとむずかしい。人間の表情をよはとることはむずかしい。 するとス-パ-の店員がぬきとったのかとなる・・・それが有力だが自分の落度もある。小額をぬきとる犯罪がありそれはわかりにくくされて誰も訴えないということがあった。それは巧妙な犯罪である。犯罪者はそういう所に頭が働くのである。乱暴な犯罪はよほどせっばつまった人がするのだろう。


自分は最近どうしてか犯罪にあった経験があり犯罪を考えるようになった。これは額が少ないからどうでもいいことだがそれでも何か最近田舎でも犯罪が増えているかもしれない、せちがない、世の中になっている。余裕のない社会になっている。ともかく格差もひどいし時間給とか派遣という労働の仕方が労働倫理を壊している。まともに正直に働くことが馬鹿らしくなっている。自分も時間給とか派遣の働き方は大問題だと思う。それは底辺の労働のモラルを壊してしまったから犯罪は増えていると思う。ただこういうのは統計的には客観的にはわからない、そして警察に検挙されない数も膨大である。警察では小さい犯罪にはかかわらない、はっきりとした証拠がないかぎりかかわらない、それは大きな犯罪でもそうである。今は明確な証拠がない限り警察は動かないのである。結局犯罪がふえたとか増えないは主観的なものである。犯罪にあった人は犯罪のことを真剣に考える。あわない人は考えない、他人事であり面白がるだけである。それは殺人事件でもそうである


推理としては


●届けた人がぬきとった


●ス-パ-の店員がぬきとった


●自分が何かしらで金をなくした


何かで落としたのかもしれない、その可能性もある、ただ一カ所だけよって使ったあとは使っていない、それも何百円だけである。そのあとは自転車で去っただけである。
推理としてはこのどれかである。自分の過失も十分にある、そういうことも前にあった。
だから疑うのは良くないが最近犯罪にあったので主観的にそう思ってしまった。

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2012年07月12日

相馬市の病院へゆく (この辺の福祉の問題など-やがて施設も病院も入れなくなる)


相馬市の病院へゆく

(この辺の福祉の問題など-やがて施設も病院も入れなくなる)


老鶯や鯉ゆうたりと小泉川


今日は相馬市の病院に行った。手術の日が決まった。施設に家族もあづけられる。手術自体は2,3週間でありたいしたことないみたいだ。でも手術だからそれなりに大変だということがある。ともかく介護していて介護する人もいないのだから何でも大変なのである。介護して一人は死んだけどそのために病院にも行けずに悪化させたのである。幸い癌とかでないから助かった。体力的には落ちてない、普通の生活ができる。老人をみていると歩き方でわかる。歩き方をみていればこの人の体力がどれくらいかわかる。老人は見た感じでわかるがそれは歩き方と姿勢なのである。ぴんと背筋が張ってすいすいと歩いている人はまだ老人には見えない、例え白髪でもはげていてもである。ところが歩き方を見ているとやっと歩いているような感じの人は年だな、老人だなと見てしまう。自分は歩き方から老人には見えないだろう。すいすい歩けるし背筋も張っている。姿勢は悪くないからだ。それでも介護保険を納める年齢になっている。60代とか個人差が大きくなる。十歳くらいは違って見える。

60以後は年に関係なく歩き方を見てその人の体力の度合いを計るといいかもしれない、やっぱり人間は歩くことが基本なのだ。歩けなくなったら途端に老いてしまうだろう。

30年一人暮らしている相馬市の老女がアイネットのことを言っていた。緊急時の連絡のシステムである。その女性は福祉関係で無料で入っている。隣近所は全くあてにならない、都会と同じだと言っていたことは自分もつくづくそうだと思った。ちょっとしたことも頼めない、隣近所は無縁化している。頼りになるのは福祉サ-ビスでありここが機能しなかったら例え何なろうが隣近所は放置される。
死んでいてもわからないだろう。これは田舎でもそうであり社会自体がそうなってしまったのだ。

だから福祉サ-ビスが機能しないと悲惨なことになる。「おにぎり食いたいと・・・」と言って生活保護を受けられなかった人が都会で死んだ。昔だったら隣近所に言っておにぎりくらい食べさせてあげたろう。貧乏でも米をわけあったとかある。それが今の時代は全くなくなった。だからこそおにぎり食いたいと言って死んだのである。誰もおにぎり一つあげることもできなかったのである。そういう社会になっているということなのだ。隣近所は本当に無縁化してしまったのである。
ただ金があればアイネットとか隣近所の役割をするサ-ビスを受けられる。これもまたまさに隣近所が全く無縁化しているからこそ商売として成り立つ、そういうサ-ビスが仕事になるのもまさに現代を象徴しているのだ。何でも金を通じてサ-ビスを受ける社会なのである。だから一面金のない人はこういう社会ではさらに無縁孤立化してゆくだろう。ただ金だけでは何もできるわけではない、それは自分が痛感した、近くだと思って頼んだら犯罪にあった。もう金しかその人は求めていない、その現実に唖然としたしこれが現代社会なのだと痛感した。それは田舎でも都会と同じなのである。
農家辺りではまだ多少は隣近所は違っているかもしれないが街内どこも同じである。

不思議なのは隣近所でも何か困っても「福祉関係に頼んでください、民生委員に頼んでください」で終わりである。家族が認知症になったときも誰もかかわらなくなった。ただ病院に入ったとき看護師などがかかわってくれたのである。施設に入ればかかわってくれるのが現代であり隣近所は全くかかわらない時代である。それでもこの辺では福相とかの会社で募集しても人がこないとか働き手が流出していることが深刻な問題となっている。病院でも看護師、医者がたりないとか介護関係もたりないとかそういうことが深刻になってくる。

だからみんなが「福祉に頼んでください・・」というときその本人もそう言われる。重篤になったらやむをえないにしろちょっとしたことも頼めないのである。金がない人は特に苦しくなるはずである。金がないなら助けてやっても損なことはないのだ。打算的にしろ恩を与えることでもいい、人は助けて損になるはずがないのだ。何も得られないにしろ損にはならない、重篤になっている場合は別である。ついで買い物してやるとか留守だったら家をちょっとみてやるとかである。そういうことすら頼めないのが現実である。人によるにはしろそういうのが現代社会であることはまちがいない。

ともかくこの辺の状態といろいろと深刻である。自分は住むところがあるからまだよかった。他の人は飯館村でも住む所を奪われたし一体これからどうしていいのだろうと途方にくれているだろう。

津浪の被害にあった人もそうである。岩の子で津浪の被害にあった人がいた。塩害で田んぼがだめになったとか聞いた。様々な負担がのしかかっている。だから自分たちのことで精一杯だというのもわかる。そして若い人が流出することはこの辺ではいかに深刻なのことかまだ自覚していない、老人とか高齢者や病人ばかり残されことになる。その時「福祉の方に相談してください」だけでは解決しえなくなる。それだけの余裕がないし病院だって重症の人すら早めに出され自分で食事の用意すらできないような人が病院から出されていることが放送された。そううい時代になってくる。「福祉で頼んでください」で解決すらならいい、その福祉への期待が崩れることがあるのだ。だからなんだか三年も胃ろうで病院に入っている人などが増えてくるとそのあとに入れことができなくなる。そういうふうに病院でも施設でも手当てしているとあとにつかえるものが困ることにもなるのだ。いいところで死んでもらわないともうあとがもたないという事態になりつつあるのだ。とにかくこの辺ではこれから病院でも福祉関係でもまともなサ-ビスが受けられなくなる可能性が強いのである。そういう自覚にまだ欠けているからのんきなことを言っている、今度は自分の身にふりかかてっくる。


今やここに残り暮らすことは今までとは違っている。何らか互いにここに残るために協力するとかそういうことが必要になってくる、在宅介護だってもう施設に入りきれない病院ではめんどう見切れないからそうなっているのだ。だから隣近所の無縁化社会はこれに拍車をかけるから「おにぎりください・・」と言っても誰もくれない、餓死してゆく人が増えてくる。だから最低のセ-フティネットで現物を供給する場を作るのはいいかもしれない、アメリカではそうしている。生活保護だってふえる一方なのだからこんなことつづくはずがない、限界がきているからだ。ともかくこの辺ではまともな福祉サ-ビスも受けられなくなるかもしれないからそういう自覚をして残るほかないかもしれない、でなければ福祉サ-ビスのいいところに金ある人は移るほかない、都会の年金生活者は福祉サ-ビスのいい市に移住しているのだ。つまり現代は金があれば移住しやすい社会である。だからこそ若者もこんなふうな状態になるとこの市長村はもう未来がない、こんなところで暮らしていてもいいことはないと移住する人がふえてくるのだ。そして残されるのは老人とか病人とかばかりになる。でもそれを補佐する福祉が維持できるかと言ったら若い人がいなくなるのだからできないのである。


小泉川の所は情緒があり鯉が泳いでいるのがいい、相馬市は駅前から開発などしない元のままの街だった。そこが原町と違っていた。細い路次が多く城下町の名残がある。

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2012年07月13日

最近アマゾンで買ったもの(ニッチなものが売れる) (情報は連鎖して買いものもある時代)


最近アマゾンで買ったもの(ニッチなものが売れる)

(情報は連鎖して買いものもある時代)


最近買ったもの


アマゾンの電波時計 1800円
citixonnnclock.JPG


電波時計だから時間をあわせる必要がない、温度計とアラ-ムがついている。アラ-ムは最初ピッピッピッ・・・と単調になりづけ今度はピピピピと激しくなり続ける。一様な音ではないのがいい、だからこれは小さくも目覚めやすい、持ち運びにも便利である。1800円では安かった。


36GBのUSBメモリ- 1600円


これも安いから買った。それほどいいものではない、近くの電器店では倍以上している。


みちのくの都 多賀城・松島 (よみがえる中世)

chuuseibook.JPG


見逃していたのは岩切が重要な中世に栄えた要所だったことである。奥大道の要所だったから歴史が積み重なっていたのだ。それを見逃していたのである。この本も知らなかった。仙台のこうとう台公園の近くの喫茶店をかねた古本屋に置いてあることをインタ-ネットで知った。でもアマゾンで安く買えた。これも情報の連鎖で買い物しているのである。ともかく岩切には一回行ってみる必要がある。


岩切について
http://www.city.sendai.jp/kyouiku/bunkazai/panfu/pdf/53.pdf


この年になるとあらゆるものの整理になる。人生自体が整理になる。本も整理することになる。こんな本読んだなとか読み返している。これはこういうことだったのかと深く読める。意外と本は何があるかわかりにくいのだ。そして地方では本は買いにくいものだったのである。今はアマゾンで古本でも何でも買える、アマゾンでないと買い物がかなりあるからアマゾンを利用する人がふえたのである。ただ余りに高いもの大型のものは買わない方がいい、軽いと思ったバッグが形は良かったのだか重かったとか手にとれないので失敗する場合がある。だから一万くらいまでの買い物に向いているのだ。椅子などでも大きさや座り心地まではわからないのである。

ともかく本も整理になるが人生そのものが整理になる、こんなことしたとか、過去をふりかえりその意味は何だったのかとか必ず反省する。その時人生とはこんなものだったのかと誰でも覚らされるのである。

自分の場合は変わったいたにしろ家は余りにも居心地が良すぎるところだったのだ。二人の女性が仕えていたし何不自由がなかった。今思うとつくづく楽だったな幸福だったなと思いかえす。その期間も実に長すぎたのである。今になってそれがすべて反転した。自分をみてくれるものは一人もいない、これも自業自得だった。人間は何であれ結局自業自得である。借金で苦しんでいる人は本当は自業自得である。金がないのに金を使っているからそうなる。病気すら自業自得なのかもしれない、酒を飲み無理をしていたら必ず年取ると体に影響して病気になりやすいのだ。これはすべてとは言えないがそういう傾向は一般的にある。不摂生の結果として病気になってくる。

原発事故だってこれも地元の人にも責任があり自業自得だと他から言われるのも一理あり否定はできない、原発で利益を他よりも得ていたのだから地元も悪いとなる。これは日本全体自業自得だともなる。そんな危険なものを放置していたのは国民に責任があるともなる。自分のようなものは自由に生きてきたのだから野垂れ死にしろと言われてもしょうがいかもしれない、それも自業自得である。本当は責任を他者のせいにするのは間違っている。いろいろ境遇があるにしろそうかもしれない、そして時間はもどってこない、後悔してももどってこない、青春などたちまち過ぎて遠い夢の世界になる。この世で一番貴重なものは時間でありその時間が一番消失しやすく取り戻すことができないのだ。だから青春を浪費したものは一生を浪費したともなる。


老人が一番欲しいものはとかキ-ワ-ドでくるがモノを欲しがっていると思っているが老人が欲しいものは時間であり時間で得られたものだったのである。時間など何もしないでも何をしてもすぐ過ぎてしまうのである。女性はたちつち老いて美貌を失うのも早い。それでも60代になっても化粧して男を求めているのが業なのだろう。実際は皺を隠しているが近づけば見える、若いときの姿はもうないのである。老人になるとこうした悪あがきがふえてくる。あきらめきれないのである。いくら若返ろうとしてもできないのである。老人はやはり心の方にその精力をシフトする、集中することになる。
外見はもうどうにもならない、ただ精神的に気品があれば体はだめでも美しいということがある。そういう美しさを目指すべきだったともなる。ともかく失われたときこそ千金の価値があったのである。

今日はむし暑い、こうなるとなかなか知的作業が進まない、頭を使うことが嫌になるのだ。こういうときは北海道が一番気候的にはいい、からっとしているしこうしたむし暑さがないからである。
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2012年08月11日

さくらのプログに宣伝が入り「HTML」のコピ-するとエクスプロラ-がダウン


さくらのプログに宣伝が入り「HTML」のコピ-するとエクスプロラ-がダウン

さくらのプログに今度はアップロ-ドするとき、そこまで下に一行宣伝が入る
そのために不具合が起きた。「HTML」のコピ-するとエクスプロラ-がダウンする。
何度もやり直さないとコピ-できない、「HTML」をコピ-して二つのプログを作っていたので困った。こんなところまで宣伝を入れるのはせこいなと思った。
インタ-レスマッチの宣伝もしないのに消えないのである。
インタ-ネットの世界は安いから何らかこうした宣伝でもうけないかぎりもうけられない,
だからここまでせこく宣伝しているのだ。
いちいちアップロ-ドするとき宣伝でてくるので目障りなのだ
それで何もないならいいが不具合になっているから困るのだ。

プログは毎日書いているからスム-ズに書けないと困るのである。

今のところ、入院とかで他に移れない、退院したら移らざるを得なくなる。
今は本当に宣伝から逃れられないのだ。宣伝が収入源になっているのはさくらのプログでも
安すぎるからそうなるのである。レンタルサ-バ-でも管理するのが結構人件費など金がかかる。
だからどうしてもどこでも宣伝を収入源としようとする。
ただ利用する方にとっては困るのだ。


利用者がなんといってもプログはサ-ビスでしているのだからどうにもならんだろう
他に移ってやってくれとなる。もっと金払っているならこうはならないのである。

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2012年08月21日

明日から入院です



明日から入院ですのでプログはしばらく休みです

病院からも送信してみますが遅いので長い文は無理です

何回か送信できればいいほうでしょう
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2012年09月01日

無事手術終わりました


無事手術終わりました

自分の場合は前立腺肥大でも特別大きく普通は一時間半で終わるが二時間かかって出血も多く手術の後で輸血した。麻酔で頭が三日ほどくらくらした。
でも点滴も終わり尿も出るようになったのであとは楽である。
この病気は尿道を圧迫して尿がでなくなる病気である。
最悪は尿がでなくなり腎臓に影響して腎不全になり死ぬこともある。
南相馬市立病院に一カ月入院したのはそのためだった。

昔はじいちゃんが小便でなくなって死んだと言っていたらそれは前立腺肥大で死んだらしい。昔はこんな軽い病気でもかなりの人が死んでいた。
管入れて小便をとれないとするとそうなる。これは年取るとなる病気だからこういうことはありうる。


相馬総合病院は泌尿科で有名らしい。院長先生が泌尿科であり三人も専属の医者がいる。毎日手術している。南相馬市立病院
では若い医者が一人であり簡単な治療しかできない。病院によってこれほど違うのかと思った。
ただここは迷路のようになっていて見晴らしは良くないので快適とは言えないのが残念である。でも海が見える所が三階に一カ所あった。今日わかった。
それほどここはわかりにくい病院である。


一般的に泌尿科はみんな軽度で病気のように思えない、たいがい二週間で退院している。自分もうまくゆけばそうなるがわからない。同じ病室のものはみなそうなので毎日暇だから話しして暇つぶしして笑っている、病人には思えないのである。ただ場所が場所だけにいやなのである。


ここには津波で家を流された新地の人や浪江の請戸の人がいた。その人は深刻ではないのも不思議である。土地は買い上げて
もらえるとかこのさい職をやめてのんびりするとか、仕事しないから太ったとか請戸の人は特別室であり金持ちらしい、息子に家を建ててやるとかでも土地が高くなっているとかそういう人はやはり余裕がある。余裕があるのは家族が死んでいないからである。

ここの階には丸森、新地、相馬市、小高、浪江やいわきとかの人がいた
それらの人は元気だから話しできる。新地の古老のような人がいた。
実際に城跡の保存とかしている、なんか聞いたことがない話しを聞いた
話しがうまいから新地の生きた古老である。

なかなか通信できなかったが場所を変えてできた、
コメントは遅いのでできない

まあ、苦しい時はすでに過ぎたからパソコンもできる
暇だから文章書くのには向いている

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

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2012年11月12日

浪江町の赤字木(あこうぎ)の方からメ-ルがきました (一カ月読んでいませんでしたのでここでも返事します)


浪江町の赤字木(あこうぎ)の方からメ-ルがきました

(一カ月読んでいませんでしたのでここでも返事します)

浪江町の赤字木(あこうぎ)の方からメ-ルが来ました
その返事を一か月以上していませんでした
メ-ルを都合で読んでいませんでしたのでここでそのことを書かせてもらいました


ここのところ入院したりしてメ-ルを二か月くらい見ていませんでした
それでさくらのサ-バ-から重要な連絡が入っていたのもみていませんでした
あと一時間ですべて消されるところでした


メ-ルで困ったのは迷惑メ-ルが多すぎることです
そのためにメ-ルを見るのが嫌になって見ていなかった
メ-ルはやはり定期的にみている必要がある
プログでメ-ルだしましたとコメントで連絡すると必ずみます
プログでのコメントの方が毎日見ているのでわかるのです
メ-ルは毎日見ていなかった、一か月とかみないことが結構ありました


赤字木の人は避難して仮設に住んでいます 曽祖父が「相馬藩政史」にかかわったようです
「手書き原稿を始め参考資料等、数多の古文書も保管しておりました」とあるから由緒ある家の方だったようです

赤字木(あこうぎ)は山中郷だった、飯館、葛尾(かつろう)村の領域だった、山中郷は相馬藩ではあとから郷として組み入れられた。そして野馬追いにもでるようになった。馬を飼うのに餌とするものがあり野馬追いにでる馬も飼っていた。薪もとれたし塩の道でもあり相馬藩としては重要な山の村になっていた。


先祖代々の歴史と努力を一瞬にして葬り去ろうとしている国策には怒りを禁じ得ません。


やはりこれだけの歴史を山中郷の赤字木でももっていたのだからそこを放射能で追われたというのは怒りになる。一見外から見ると浪江とかは歴史がないように見える、特に双葉とか大熊はそうである。それでも江戸時代からの歴史がある。浪江は古代から標葉郷として四つの郷があったのだから古代からの歴史があった。ただ双葉、大熊は古代ではない、相馬藩になってから開墾されたのかもしれない、ただそれだけの積み重ねた歴史があるのだからその怒りは理解できる、ただ赤字木が山中郷になっていたのは知らなかった。浪江の標葉郷の方だと思っていた。


メ-ルはこれからなるべく読みますが毎日は読めないです、迷惑メ-ルで嫌になるのです
他にメ-ルアドレスを増やそうとしているのですがうまくいかなかった、その準備中でした
プログの方にメ-ル出したよと一言連絡してくれれば必ず読みますのでよろしくお願いします


注意

メ-ルを出して返事がないと思っている方、連絡してください

今回赤字木として出しましたが個人情報が出されるのが拒否する時は連絡してください

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2012年11月15日

田舎では落とし物は戻ってくる (家の中に入ってくる人は一番危険!)

 

田舎では落とし物は戻ってくる

(家の中に入ってくる人は一番危険!)


サイフとかカ-ド入れたのを自転車から落としていた。一瞬盗まれたかと思ったが今までにそういうことはなかった。ス-パ-に3,4回忘れてももどってきたし他でもわざわざ電話してきてくれて店もあった。それで5千円お礼したこともあった。今回は金は2,3千円しか入っていなかったがキャッシュカ-ドが一枚入っていたのですぐ連絡した。そのあと警察から連絡来て落とし物をとりにゆくことになった。仙台で落とし物したときも警察に届けられていた。案外落とし物は日本では届けられる。そもそももしかしたら落とし物はたいして金など入っていないからかもしれない、大金が入っていたらどうなるのか?その辺がわからないけど日本で落とし物が帰ってくる割合はかなた高いだろう。これが外国だったらほとんど帰ってこないかもしれない、そういう点、日本は安全である。狭い所だから落としていたらすぐもどれば落ちているものがそのつまにしていればわかる。そういうことも何回かあった。今回は人が通るところなのでそういうことがなかった。ともかく落とし物がかえらないことはなかった。ただ田舎が安全かというと家の中に入ってくるものはやはり金がからむことだと今は相当に危険である。あんな大胆な人が田舎にいるとは思わなかった。


今でその人ととは狭い田舎だから会っている。警察に届けても証拠がないということでとりあわない、警察は意外と犯罪では頼りにならない、なぜなら盗みでも何でも明確な証拠がない限り警察ではとりあげない、めんどうになるからだ。めんどうなことには警察はかかわりたくないのだ。なぜ尼崎の角田に警察がかかわらなかったのか不思議に思うだろう。それには何かかかわりたくないものがあったのだ。それは何かわからない、在日だカルト宗教団体だとかの巣窟でありそういう背景が何かあったので警察はかかわらなかった。あれだけの犯罪でもそうなのである。警察は証拠がはっきりしているものでないとかかわらない、それを決めるのは検察官であり警察官ではない、書類の手続きやら何やら今は人を犯罪者にすることは大変な労力がかかるのだ。だから今の時代は大きな犯罪でも見逃されているのが非常に多いのだ。
あれだけの犯罪でも見逃されていたということでもわかるのだ。殺人ですらかなりのものがつかまらないし見逃されているのだろう。もう一つは犯罪の範囲が広がりすぎたのである。世界まで広がったらなかなかつかまらない、そして人権に配慮するから犯罪者をつかまえにくいのである。


江戸時代がなぜ安全かといったら狭い範囲、村の中で生活しているから安全なのである。よそ者はめったに入ってこないしよそ者は必ず注意して見られているから犯罪できないのである。今は田舎ですら外国人が車で入ってきたりできる。関所があるわけでもない、誰だかわからない人が入ってくるのである。ただ実際問題として人間一番怖いのは内部の人間である。戦国時代でもそうだが内部に送られた密偵とか内部にまぎれこんで攪乱するとか内部でとりいって信頼されてあとで裏切られるのが一番怖いのである。だから角田の事件はわかりにくいけど家族の内部に入って内部を牛耳られたからあのような悲惨なことになった。そういうこと人類の歴史が始まって以来教訓として残されていた。
トロイの木馬である。木馬が贈り物として城の内部にもたらされた。それが何なのだろうといぶかっていたが城の中に入れてしまった。家の中に入れてしまったのである。城の中に家の中に敵を入れてしまったのである。これほど危険なことはなかったのである。角田の事件もやはりわからないあまりにも残酷なものにしてもやはり家に引き入れて起こったことなのだ。これは田舎でも今は関係ない、やはり金の力がものいう時代だから家の中にはよほど信頼する人でないとまかせてはいけない、家の事情もわかりそれが本当に危険なことなのである。老人などは特に危険である。


結局この安全管理は人間にとって盲点だった。会社経営している人などは借金している人は信頼してはならないとか言っている人がいる。金持ちは貧乏人とつきあうなとか世間に通じている人は言っている。人は簡単に信じることは命取りになる。ただではその信頼関係はどうして作れるかというと非常に今はむずかしい。村のような狭い範囲だったら互いに顔見知りであり江戸でも狭い範囲で生活しているから顔が金の代わりになる。あとで払うよと言っても顔で信用される。今は例えばコンビニなどでは外から人が入っているから監視カメラで見ている。店長は監視カメラを管理している人なのである。それだけ盗む人が多いのかもしれない、ただその金額は極めて少ない、家の中に入ってくる人はその家の財産がねらわれるから怖いのだ。貯金通帳もねらわられる。ボケ老人だとそうなる。
これは田舎でも今は金の世の中になっているから危険である。田舎も昔の田舎とは違っているのだ。やはり金がものいうことは田舎でも今は同じだから金にこだわる。人間関係も金を通じてしかありえない社会となっているからだ。


まあ、自分の場合はあまりにも世間にうとすぎたのである。坊ちゃんだといえばそうであった。そんな悪い人がいると思えなかったのである。もちろん悪の判定は簡単にできないにしろあまりにも人を信用しすぎたのである。それは田舎ではそんなことしないという先入観があったのだ。それが変わってしまったのである。ただ30年間くらい何も問題が起きなかったこと自体ふりかえるとあまりにも恵まれていたことだった。身内が認知症になってからすべてが狂ってしまった。そこからいろいろな問題ばかり生まれたのである。それで今はショ-ペンハウエルの本は一番読んでいたがまた読み返してなるほどなと思う。人間というのは災いがいかに多いかである。その災いこの五年間で嫌というほど経験した。だから今願っているのは災いのないことだけである。津波という自然災害もそうだけど

原発事故もありこれほどの災いはなかった。今はただ石のように何も災いの起きないことがどれだけ幸福なことか再認識した。便りがないのはいい便りだいうのは本当である。絶えず便りがきたとしても悪い知らせであり災いが人間を通じてもちこまれるのだ。いい便りなどほとんどないのである。
石のように何も起こらないことが幸福なことである。それを今回ほど願ったことはない、結局原発事故の災いはこれから放射能被害などどれだけ長い期間つづくかわからない、もううんざりしている人も多い。でもここに住んでいる限り逃れられない問題なのである。


アンケ-ト

百万サイフに入っていたら警察に届けますか?
一千万だったらどうですか?

金額によって人間の心理はかなり変わるだろう。
例えば百万であれ一千万であれ盗んだ人は返さない
もう十万くらいだったら返すが
額が大きくなると返さない
額によって犯罪の度合いが決められていたのだ


「死罪」では、強盗傷害や十両以上を盗んだ窃盗犯に科せられた


これは相当に厳しい、江戸時代は刑罰が厳しいことでもなかなか犯罪できない社会だったのである。今は十両など盗んでもわからない人が多いしつかまらないしそんなこと日常的に起こっているのだ。

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2013年08月04日

たまちゃんへ (すみません、コメント見過ごしていました こっちからコメントできない不具合もあるようです)


すみません、コメント見過ごしていました

自分のコメントが表示されない不具合があるようです


「今日の一句、一首」の方は「相馬郷土史研究」と違ってコメントないですから見ていなかった
メールなど一か月とかみないこと自分にあります
ほとんど反応ないですから
でも数として相当数読まれいるみたいです
ブックマークが二つのプログで2000くらいになっています
だから常時ふたつ合わせて2000人くらい読んでいるのかとも思います
ただ詳しくは分析できないです


自分のつきあった人はあまりにも自分のしたことに無責任だった

借金したの見栄とか自分のせいだったのに
それが自分が病気になったことを良いことに
その弱さにつけこんで借金しようとする
自分に責任転嫁されました
やはり追いつめられているからそうなる
そういう人はもう犯罪者に近い
借金に追われている人は自分が悪くても
追いつめられているから責任転嫁して
他者がみんな悪いとなる


カルト宗教団体に入っている人はまず勝手ですよ
自分の責任なのに自分の責任は問わない
自分に責任があってもそのことは問わず
神仏に祈ればなんでも願いがかなえられると思う
だからこそあれだけ増えている
それだけせ無責任な人が多すぎるということです


まあ、自分は病気も回復したので楽になりました
病気になるとどうにもならない
神仏にも他者にも頼るようになってしまう
病気になったらどんな強い人も弱くなる
ただその病気につけこまれたのが一番辛かった
人の非情さを身をもってしりました

まあ、自分の場合はいい方向に向かっているみたいです
 
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2014年02月08日

今年も不運がつづく (水道管が壊れ大量の水もれるときいなかった)

 

今年も不運がつづく

(水道管が壊れ大量の水もれるときいなかった)


今年もなんか不運だった。
遠隔操作でプロバイダーを変えて失敗したり母がトイレに行けなくなり入院した。
入院したら医者から退院許可がおりたから
ケアマネジャーと退院のことを相談してくださいと言われてショックだった。

そして今日は最大の不運だった。

入院している間に仙台に行った。約一年ぶりだった。
何やかにや追われて行けなかった。介護していると外出ができなくなる。
その外出した時に水道管が壊れて大量の水もれをしていたのである。
仙台にいるからそのことに気づくことはできない。

ただ最近知り合った人が電話でしらせてくれた。
その人は近くに住んでいるから5時ころきてそのことを知らせてくれた。
じも水漏れを知ったのは隣の人だった
その人が水道管の元栓をとめてくれた。
これは助かった。

大量の水漏れでどのくらい水道料がとられるのか不安である。

今まで水道管が壊れるなどありえなかった。
何の原因かわからない、台所が凍ったということもない。
それで水が出なくなったの原因なのかわからない。
大きな太い水道管から水がもれたのだから
こんなこと水道を設置してからない、もう40年間もないだろう。
それが自分が仙台に行ったとき壊れたのだからよほど不運である。

温水器も40年使って壊れたし家自体老朽化しているのだろう

本当に一人暮らしはどんな危険が待っているかわからない
突然病気になり入院して一カ月病院から出れなかった
そのとき家は火事場泥棒にあい大金を失った
今回も自分が留守のときに起きた

一人暮らしでは留守にすると何が起きるかわからない
だから電気のブレカー落とし水道の元栓を切ることは必ずしなければならない
ブレカーも落とすことがなかった
それに気付かなかったのである。
だから一回電気を消し忘れ仙台に行ったとき、火事になる恐怖を味わった
火事になったら大迷惑になるから大変である。
こういうことは経験を積まないとわからない
家族がいるときはこんな心配はなかったからである

介護したりして一人暮らしだと何か起きるかもわからない

そして隣の町でも意外と緊急の時は役に立たない
車で10分でも何かめんどうなのであり手間なのである
だから遠くの親戚より近くの他人というのは本当である
その遠くの親戚は今では東京辺りはをイメージするが
実は隣の村のことだったのである
隣の村でも車もない時は遠くなっていたのである


今日は大雪であり水道は出ない
市に知らせたら水道科は今日は休みだという
確かに今日は土曜日だった
これも不運だった
近くの水道屋来ると言ったがこの雪で来なかった

でも回りが平常なので水道が出なくてもすぐには困らない
明日になれば買い物もできるからである
ただこの寒さで電気がとまったら大変なことになる
暖房できなくなるからだ
石油ストーブは置いていないからだ


今ふりかえると津波原発事故のときは電気も水道もとまらなかった
そこで二週間の米のたくわえがたまたまあったのでしのいだ。
でも水道がでないと水をもらう必要があり苦しくなった
ご飯をたけないということがあった

だから水の貯えも必要だった
緊急時の貯えは何かしら必要である
ただ回りは平常であれば買いものもできるからしのげる
ただ外から物資が入らなくなりここでは苦しんだ
交通が遮断されてそうなった

それが今は正常なので自分がこうなっても数日間のしんぼうというだけである

ともかく緊急時の備えは必要である
それでも電気がとまり水道がでないとなるとパニックになる
ただ今回のように回りが正常だったら買い物もできるから困らない

大雪になると車もスリップするとか危険である
自転車もスリップしやすいから危険になる
今はここは雪はやんだみたいが


明日はなんとか水がなくてもしのいで月曜日まで待つほかない
皮肉なのはこのもらった水が一本あったというのも何か暗示している
緊急のために水を供えておけよということなのだろう

anshisuii11.jpg

 
これ一本だけがあった


40年間壊れない水道管が壊れた


原発は40年で大事故になった


400年間なかった大津波で大被害になった



災難はこうして長い期間の中で起こる
「災害は忘れたころにやってくる」というのは本当である
水道管が壊れて、温水器が壊れた、原発が壊れたというのは
一つの原因は明らかに古くなって壊れたということがあった

人間が作ったものは古くなり機械でも危険になり事故が起きる
人間も古くなると老人になると病気になると同じなのである


この世では災難は400年単位とかなれば必ず起きる
それも想像もつかないものが起きることは確実なのである
だから備えをしなければならないのだしていないのである

 

70年代に建設されたコンクリート構造物が2005年から2010年ころに一斉に崩れ始める
http://www.asahi-net.or.jp/~pb6m-ogr/ans040.htm


機械でも古くなれば故障が多くなる。そういう原発がマ-ク1の原発が他にもあるし
40年とか使っている原発があるけどそのままにしている。コストの面からしたら古くても使っていたのである

 
 
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