2009年06月24日

仕事はやはりWORK(作品)の追求だ


仕事はやはりWORK(作品)の追求だ



頑丈さ、耐久性、美観はどうだとかその仕事にこだわる、ここにただプロックを積むだけでいい、機械的ではない、もっと頑丈に美観にもこだわる、庭作りなどは極めて芸術家的感性が要求されている。芸術家は画家でも詩人でも小説家でもその作品のできにこだわる。もっといいものにしあげるためにこだわる。レオナルドダビンチなどのモナリザは何年も描きつづけて未完だったように悠長な昔の時間の中で自分の納得いく作品を仕上げようとした。職人気質は今は何でも機械的規格製品をつくる事だから仕事へのこだわりがなくなっている。江戸時代は職人気質というとき自分の仕事にこだわっていた。つまり自分の納得のいく作品を作ることが仕事でありそうでないと売ることもしない、作っても捨てるということもある。それは大量規格生産でないからである。大量規格生産なら別にみんな同じなのだからそんなこだわりが生まれない、下駄一つとっても職人の名前がつけられた下駄や櫛などがあるように手作りの時代は一つ一つが文字通り-作品(work)であった。一つ一つにその職人の個性が刻まれていたのだ。そのためには一品作ったら一年くらい暮らせるとかならないとそうした仕事へのこだわりはうまれないかもしれない、納得いくものを作るにはそうなる。一つ一つが芸術品になってしまう。昔の製品が籠一つとっても今では芸術品になっているのをみればわかる。手作業だからその苦労は手間が大変なものである。大量生産できない仕組みになっていたからである。

ブロック塀が30年くらいたち一部から砂が出ていた。最初の作り方が悪かったのも原因していた。それで上の三分の一くらいをコンクリ-トでぬりそこを壁のように塗装することにした。造園の仕事から庭作りから外溝のコンクリ-ト固めからいろいろできるのだ。コンクリ-トのブロックをセメンで塗り固めるにしても壁をぬる経験がないとなかなかできないがこの人はやっていたから思い出してやっているという、壁塗りの仕事は最近は需要がなくいなくなっているらしい。昔からいろいろやっているからできる。これをこうすればこうなんだよとかこれはもっとこうできるとかいろいろ自分なりに工夫して語ってくれる。今どきなかなかこういう仕事はないだろう。家でも出来合いの注文して買うのでありここをこうしてくれとかこの模様はこれがいいとかいろいろ注文するの家作りはそんなにしていない、めんどうなのでできあいの買う、いろいろ注文するとなるとその度に金がかかりすぎるのだ。だから地元の棟梁とで建てる建て方は敬遠されるようになった。ただ今回は自分が金を出してこうすればいいとかこうしますかとか言われたので作らせるものと作るものとの対話が生まれた。その人はいろいろできるからそれも可能だった。その人もここをこうしたらいいとか自分もそれができるならいいとか言って作り上げてゆく、作る人も楽しんでやっているし注文する人も自分なりの欲求が満たされる。作る人は芸術家であり注文する人も何か作る人の面白さを工夫を活かしてやる。これはルネサンスのラファエロとかミケランジェロの才能を活かした法王ににている。その規模は比べようがないにしろにている。庭作りでも家作りでも芸術的センスが必要になる。でもそこにハ-ド的なもの技術の制限を受けるからなかなか個人的には自分の希望通りの家とか庭はできない、設計者と作る人と注文者が一体となり作った家の紹介などがあったがそれと規模は小さいにしろ同じだったかもしれない、ただこういうことは金をケチるとできにくい、ある程度の金の余裕がないと作る人も答えられないのである。

仕事はやはりwork(作品)作りなのが理想である。それも協同での作品作りとなるとさらにいい、ただ日本の庭はヨ-ロッパのような公共的空間として作られていない、外からも隠されてプライベイトな私的な秘密的なものである。外から見えず楽しむ隠者的空間である。そもそも茶室自体がそうした隠されたものであり隠れて合う、選ばれたものが談合する場所であった。ヨ-ロッパのような広々とした大勢の人々が集う場所ではない、そこに相当な文化の差がある。ともかくとんな仕事でもその人なりの工夫や創造性が発揮されるとき仕事自体が楽しくなる。それは作っている人だけではなく見ている方でも楽しくなる。ああ、この人は仕事に生きがいをもって取り組んでいることがわかるからだ。今までそういう人を見ていない、仕事をいやいやながらしているのが普通だからだ。そういう仕事はやはり本当のその人の仕事ではない、ただその場稼ぎの食うためだけの仕事になってしまう。仕事は仕事自体楽しまないとそういう余裕がないと奴隷の労働になってしまうのだ。何かを買うための労働ではなくwork(作品)を完成させようとする仕事が本来の仕事である。
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2009年07月07日

庭師の労働から考える労働の対価とは

 
庭師の労働から考える労働の対価とは
 
●庭師へのもてなし
 
まだ庭作りがつづいている。今度は水場が必要になった。そしたらまた何日かつづく、でもそこを作らないとつながりがなくなる。全体の庭として完成するには水場を作らねばならない、毎日おやつの時間があるのでそれを自分が担当しているので結構疲れる。もてなすのは自分なのである。何かするたびに話もしている。庭師はここをこうしたらいいとか提案してくる。そうだなとそれもいいだろうとか絶えず打ち合わせも必要になる。こんなにして何か作ってゆくことはなかった。もちろん話があうというか相手が話しやすい、話を合わせやすい人だったからもある。大工さんとかでも今まで話したことなどほとんどない、作られたものを利用しているだけだった。もちろん大工さんを接待などしたこともない、今度は毎日もてなしの役を自分がやっている。それも疲れる。でも庭師の人に四六時中くいているともっと大変だと自覚させられる。百キロ以上の石を車から下ろして立てたときこれは力が入った。あれだけの石を動かす力は並の力ではできない、だからその労働が大変な労力だと身近で自覚させられる。俺はこれだけの労働をしているんだよと見せつけられている。その他でも毎日じかに労働している現場にいてついているのだからその労働は例えばバナナが地球の裏側から運ばれて買って食べているのとは違う、バナナを炎天下てとるのも大変だったとあるがその労働のことは実感しえない、その苦労は実感しえないが恩恵に欲している。 その人をもてなすということは労働の対価としている。ごくろうさんということでしている。そういうふうにもてなされれば報われたとなる。家に入ってくるリホ-ムとかヘルパ-とかは相手と直接接するから人がもてなしもてなされることになるからわかりやすい、他はただモノが流れてくる、そのモノがどうして作られてきたののかその過程もわからないし商品は人間の労働を離れて物神化するとかマルクスのモノによる疎外論になる。確かに世界がグロ-バル化したからといって労働の対価は正当でなく不公平が助長されたのである。
 
●労働の対価として不公平な金
 
金で買うということは何か労働の対価を払っているという感覚がない、何の苦労もせずそこにあるから金があるから買うという感覚である。別にそんなに苦労してここにあるのかということを思わない、私自身も一番辛い労働の経験は冷凍庫の中で働いたことである。零下20度にもなりあれをつづけていたら体を壊す、しかしそういう労働があってアイスクリ-ムでも冷凍食品も食えるとなる。その労働を自覚している人はいないのだ。そういう辛い人間の労働の結果として商品があることを自覚できないのである。働く-ハタラク-端を楽にするということは誰かが苦しい労働をしているから楽にしたいが働くになった。庭作りでも一人で大変だと思い補助をしている。一人では大変だから楽にさせたいからそうなるし一人だけではできない面があるからそうなる。働く人に直接に接していればそうなるのだ。
 
労働の対価として貨幣がある、みんな労働の対価として金を求めている。これだけの苦しい労働しているのだから一日2万くれともなる。金を労働の正当な対価として求める。でも金は労働の対価としては公平ではない、金自体が不可解なものなのだ。金はどんなに苦労した人でもその分多く入るということはない、全然労働しない人でも金は入る、親が金持ちなら遺産が入ったりすると働かなくても金があるから働く必要がないのだ。自分にしても金がたいしたものでもないにしてもコンビニとかで時間給700円とかで働く気がない、一応今のところ金があるから働く必要がないし今までもそうだった。なぜ働かないのか、働くことを強要されなかった。だから自分の好きなことを追求した。それが旅であった。「働かざるもの食うべからず」というけどすべての労働に価値があるわけではない、例えばパチンコ屋で働けば時給も高いとかなるがそこで働くことに意味があるかとなると疑問である。そこは賭博と遊びの場である。そこで働いて金になっても社会的には本当は有益なことはしていない、パチンコ屋を仕事するものとして尊敬する人はいないいだろう。でも金は他の人より数倍ももうけているのだ。金とはこうしていたるところに不公平なものとしてある。正当な労働の対価として機能していないのである。その象徴がアメリカの暴利をむさぼった証券マンにあった。とてもそれが正当な労働の対価ではない、世界的な詐欺として莫大な利益をあげていた。金はそうして世界的にも不公平なものとしてある。
 
●人は金だけではない、自分のwork(作品)を認めてもらいたい
 
なぜ人が働くかとなると金のためだというのが普通である。しかし金のためにだけ働いている人はいない、金で買えるもののために働いている。車が欲しい、家が欲しいとなれば金が必要である。でも車欲しいとなれば車を作っている人がいてその労働を買っているのだ。家が欲しいとなれば家を作る人の労働を買っている。その媒介として金がある。金がほしいのはそうしたモノが欲しいことや他に金でしてくれるもの助けてくれるから金のために働くとなる。でも金になるためには簡単に金にならない場合と簡単に金が入る場合もある。時給700円くらいで働いていては金はたまらない、ところが遺産などになると簡単に労働もせず莫大な金が入ってくることがある。株でもうけるというのもそうであった。金は労働の対価としては不公平なものである。だからなぜあの人が高い賃金でこっちこんなに苦労しているのに賃金が安いのかと絶えず不満が社会には渦巻いている。庭師の労働でも大工の賃金の方が高いと不満を言ったりなぜ医者は賃金が高いのかとか言えば医者はそれだけ命かけで労働しているとか反論される。また介護士は労働の割りには安月給なのだやっていけないとかつまり金だけで労働の価値が計れないことに常に不満があるのだ。労働の賃金がどうして決まるのかは不可解だからである。
 
労働が今回のように直接的だと一個人に向けての労働だとなるとわかりやすい、壁塗るにも手が痛くなるとかいろいろ労働の苦労が直接的なものとして訴えてくる。それだけではない、庭師は自分の作ったものを認めてもらいたいことがわかった。自分のwork(作品)を認めてもらいたいのである。私は価値ある仕事をした、work(作品)をしたことを認めてもらいたい、それは金としてではなく庭を作ってあげた人に認めてもらいたいのである。だから絶えず自分の庭のでき具合を訪ねるからいい庭だすばらしいと何度も言っているし認めている。おせじではない、一応石などに前から興味をもっていたし本当にそう思うからwork(作品)を認めている。それならもっと賃金を高くしてもらってもいいのではないかともなる。金の問題もそこにあるのだがやはり職人は自分のwork(作品)を認めてもらいたい、そういう要求が強いから芸術家とにていた。芸術家も作品の価値を認めてもらいたいのである。金をもらわなくても自分の芸術を理解する人がいれば幸せだとなる。それも何度も言うから認めているしここからもてなし役にもなっている。それでこうした直接的労働だとそういう点では償われることが多いかもしれない、地球の裏側で苦労して働いた産物を送っても金をもらっても何か報われないというのが現代の労働だからである。
 
君がため 手力疲れ 織りたる衣ぞ 春さらば いかなる色に 摺りてば良けむ  

君がため、浮沼(うきぬ)の池の、菱(ひし)むと、我が染めし袖濡れにけるかも

月草に衣そ染むる君がため 斑 ( まだら ) の衣摺らむと思ひて
 
君がため 手力疲れ 織りたる衣ぞ・・・・大石を渾身の力で動かす、壁をぬる、手力疲れになる。春になったらこんどはどんな色に染めれば満足してくれるのだ、ここに石を置き木を植え花を植えこの次はどうすればあなたは満足してくれるのだ・・・・君がための労働になっていたのが古代である。労働は目に見えて直接的であるからこそわかりやすい、そうなれば相手もその労働に答えねばならないと目に見えてわかりやすいのである。


 

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2009年07月11日

金のたまらないのはなぜ(人間は10年、20年間隔の計算ができない)


金のたまらないのはなぜ(人間は10年、20年間隔の計算ができない)


60歳から90歳までの30年間…

2万×12ヶ月×30年=720万円
3万×12ヶ月×30年=1080万円

約一千万になる、一見2万5千円は少ない気がするんだけど塵も積もれば山となる
こんな計算とてもできないよ、でも90まで生きるとなるとこんなこともできる



これだけの小額でも 長い年月をかければ金はたまる。金がたまる人は金を使わないのだ。
金を使う人はいくら金を稼いでも金がたまらない仕組みになっている。そして人間は一年とかの間の金の計算ができるが10年となるとできない、20年となるとさらにできない、それが金がたまらない理由なのだ。何故なら10年で金の計算ができないということは結果的に金を浪費しているのだ。ここで問題にしているのは金をためて使っていいとか悪いとかではない、なぜ金がたまらないかということだけを問題にしている。

例えば車を持つことを10年単位で考えると百万で買い一年で50万かかるとすると10年で5百万かかっている。
10×50=500万となる。20年だと20×50=1000万
この額は思った以上大きいのだ。自分は車を使っていない、使ったのは旅行代金でも一年に50万にみたない、それでも車なみに20年になると一千万は使ったことになるのだ。人間はどんなことにでも金を使えばたまらないことがわかる。その逆に金を使わないでわずかでもためれば10年20年でその額は思った以上の額となり驚くのだ。これに複利とか利子がつき利子がついたとき10年20年で倍になっていたのだ。
都会のように家賃が10万とかしたら30年で三千万以上なるロ-ンが買った方がいいというのも説得力がある。ただこれの盲点30年という長い年月の間に価値の変動があるから問題なのである。
人間は10年20年の間隔でものを考えたり金を計算できないことが大きな落とし穴となり金がたまらないのである。またその方がいいのかもしれない、金は時価であり金の価値は変動するから金はいつも同じ価値ではない、その時々に金を使わないで投資しなかったら晩年は索漠としたものとなっている。現実わずかの金をためた老人は何のためにためたのか最後に介護のためだったのだ。あとは何の楽しみにも使わなかったのである。こんな人生誰もすすめられないし嫌になるだろう。そういう人とつきあうのも嫌になるだろう。身内でしかたないということで世話するのである。
  人間の盲点は長い年月考えられない、木を育てるのに50年かかるとかしたら一代で林業でもうけることは無理だとなる。代々仕事を受け継ぐことで利益がでてくる。そういう気の長い計算は全く現代向きではない,現代すぐに利益を出すこと優先するからだ。実際ス-パ-のカ-ドでもその度に割引してくれるカ-ドの方が得な感じがする。何百回も買ってやっと金になるのはまどろこしいしやる気もなくなるのだ。その場で金が割引されるのが得した感じになるのもまともな感覚である。その時々買って得になる感じだからあとからまとめて清算して割り引かれるより得な感じになるのだ。それが正常な感覚なのである。金で人生を図ることはできない、一億ためてもその人生が豊だったとは限らない、晩年金がなくても金なんかなくても自分は自由に生きたから満足だった、別にこれ以上長生きする必要がないとなれば金の計算などする必要がないのだ。人生はそもそも金の計算どおりではない、私が知っている人は金だけの価値しか与えられていない、その事情は複雑だが金だけを目的として施設にあづけられ施設を転々している。軽い認知症であり自分のことも良くわからないのだろう。ただ金持ちだったため一応赤子のときだけ育てた娘やら養子やらがいるが全く愛情がない、ただ金だけを目的にされていてその老人を愛している人はいないのが悲劇なのだ。ただ本人は気づいていないのである。一方金がなくても苦労して子供を育てたから子供が介護でめんどうみるという人もいる。金なくても幸福な人はいるし金があっても不幸な人はいる。
人生は金の計算どおりにならないから10年20年で金の計算できないように人間をしているのかもしれない、人間の先はどうにもならない、金があっても金がなくても先はわからないから10年とか20年で金の計算をできないように人間を作っているのだ。ともかく時間は金では買えない、時間が過ぎ去ったらその時間は金をいくら積んでも買えない、そこに青春の大きな価値がある。30年間ひたすら金だけをためて老後を豊に生きるなどと考えたら絶望になる。60以上になると予期せぬ運命が待っている。本人が体力弱り旅もできない、頭脳も老化して本も読めないとか、したいこともできなくなる。若いときにできることしなかったらとてもじゃないが老人になってできるわけがない、時間こそ最も貴重なものだったことを知るだろう。老後に金がなくても青春、人生を生きたものは満足なのである。だから瞑目して安らかに死ねる。人生は機械を生きるロボットを生きるのではない、意外な展開があり意外な結末が人生のドラマに待っている。それを自分の一番身近でまざまざと見たからショックだったのである。
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2010年02月01日

腕一本の誇りに生きた時代と仕事を嫌い鬱病になる時代

 腕一本の誇りに生きた時代と仕事を嫌い鬱病になる時代

 

江戸時代の職人の世界では腕一本で勝負していた。 大工調べでは、ある大工のところへ同僚がいくのだが この前俺がいったらあいつ本を読んでいるんだ 字が読めるだけじゃなくて書けるのだ ヤナ奴だね ことによると算盤もはじけるんじゃなかろうかと問いただしたらすまねえって謝るのだ
要するに、学があるのは職人として恥ずかしいという感覚だ。

http://www.nescom-asuka.co.jp/teacher/soliloquy/japan/beautiful.html

例えば、飛騨には昔から「貧乏したけりゃええ大工になれ」という諺がある。高山に近い国府町の岡村利衛門邸を作った広田藤兵衛という大工は、施主から与えられた材料で仕事を始めたが、どうしてもその材料に満足できず、色々工夫してみたがうまくいかない。そこで施主には黙って、高山八軒町あたりの材木店へ足を運び、やっと気に入った材料を見つけて普請した。そして、何喰わぬ顔で仕上げて帰った。
どっちみち、大工は貧乏するようにできている」という言葉を残して。こういう言葉の奥にひそむのは、すさまじいばかりの「誇り」なのである。

(飛騨の匠)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~fujii/s_hidatakumi.html

 男一匹、銭を持ってる訳じゃない。境遇に恵まれてる訳じゃない。ただ自分を信じて、腕一本で、たくましく根を張る伊佐次の生きざまに胸がすく。

戦前は職人が腕一本で多くの会社を渡り歩くのが当たり前であった。これくらい短い歴史の中で年功序列・終身雇用・首にされにくい制度が日本の文化によるものだというのは無理があると思う。
 昭和の日本には、旧きよき時代を腕一本で支えつづけた男たちがいた。 頑固一徹に磨き上げられた熟練の手技。 愚直なまでにひたむきに昔ながらの手仕事 ... 昭和の男たちは自信と誇りに溢れていた


   職人は腕一本の人であり今でもそういう人はいる。そういう人をまじかで見たとき今も腕一本の人がいると実感した。前にも書いたけどその人は庭作りもできるしリホ-ムできる大工であった。いろいろできるからめずらしいし仕事できる人だと見ていた。腕一本というとき腕が太くないと力仕事になるから職人にはなれない、畳職人でもそうだし職人は腕を使うのである。戦前から江戸時代にさかのぼるとそういう腕一本の職人が巷にあふれていた。その人たちは気っ風が良く威勢が良く職人気質であり町の中を誇らしげに自信に満ちて歩いていた。こんなことをなぜ今思うのかというと今はそういう仕事に誇りをもっている人が少ない、見えない、絶えず聞こえてくるのは仕事への不満、こんな仕事したくない、給料が安くてやっていられないとか不満ばかりなのである。職人の世界でもそうだろう。「大工は貧乏するようにできている」・・・貧乏より仕事に誇りをもち仕事にひたすら精を出す、そんな人がいたこと自体不思議になる。大工でも今は会社に雇われている人がいるのだから月給を給金をもっと高くしてくれとなる。自分の収入に今の時代満足している人はいないのである。「腕一本オレはどこに行っても食える」昔は一つの会社に勤める終身雇用などない、そんな保証を求めない、腕さえ良ければ仕事はある、それが誇りとなっていたのだ。一般的に仕事に誇りをもつというとき戦前から江戸時代の方がそういう人が多かった。まだ仕事は細分化されていない、職人でも一つのもの完成品として作っていた。一つの部品を作るのではない、完成品を作っていたことにある。字が読めなくても算盤ができなくても良かった。腕一本仕事一筋に励んでいれば良かったのである。仕事に誇りがもてないということはかなり深刻である。仕事が人生でもありもしその仕事に誇りがもてないとすると人生そのものが否定されるからだ。それで仕事しないニ-ト、フリ-タ-などが増えたのかともなる。


仕事してオレは仕事に誇りをもっている、腕一本で生きている、給金は安いけど仕事が生きがいなんだという人は極めて少ない、嫌々ながら仕事して鬱病になったとか鬱病になる人が実に多い、それは仕事に誇りがもていない、仕事に充実感がないことなど日々の仕事に原因しているのだ。仕事に満足しない人は賃金が安いと訴えることになる。目的は仕事ではなく賃金を多くもらい別なことをすることなのである。なぜ現代の文明の空気が濁っているのか?爽快感がないのか?仕事に誇りをもてない人があふれているからだ。こんな給料で仕事していられるか・・・そういう声しか聞こえてこない、それは否定できないにしろ社会全体がどんよりとした曇り空、鬱病的空になっているのは仕事に満足している人がいないことなのである。仕事がいやでも金のためにはしょうがないとかそういう人が日々仕事しているからこの世はますます鬱病的になっている。出版社で売れる本を作れと言われできないからとやめた人が鬱病になった。売れなければ価値がない、その人の作るものも価値がないとなることが多い社会である。売れなくても価値あるものを作り出すことに意義がある、それができれば鬱病にはならない、現代はまさにそういう点で病的であり社会の空気も鬱病的に濁っているのだ。「腕一本どこでもオレは生きてゆく」そんな颯爽として生きている人がいないのである。ニ-ト、フリ-タ-、派遣と比べると余りにも違っている。そういう人たちがあふれている社会と腕一本で生きてゆくという人があふれている社会はあまりにも違っている。仕事に誇りをもてない人が余りにも多すぎるのである。

働いたら、負けだったのか。
俺はマンホール開けては中に入る仕事をしているが、
もう腰をいつやられるか心配で心配で。
着ている服は役所と同じだから公務員と思われているかもしれんが、
派遣会社からの契約社員で、保険も、年金も手取りの17万から出さなければならない。
腰など痛めてしまったら、労災も出ないだろうし、会社からは放り出されるだろうし
考えると鬱になる。
もう安月給でマンホール持ち上げて臭い中に入るの嫌なんだよーっ。
こんな仕事についた俺はまさに負け。
働かない方がまだいいかも。


マンホ-ルだけではない、こういう人が現代では多いのである。月給が安いこともある。それより仕事に誇りがもていなことが日々憂鬱になっている。それは医者の世界でもあれだけ崇められている人でも給料が少ないとかいろいろ不満なのである。それは逆な見方として自分の腕に誇りがもてないからなのだ。むしろ医者自身より機械の方が優秀なのじゃないかとか思っているかもしれない、オレなんか偉そうにしているけど人間のほんの体の一部しかわからない、でもわかったように偉そうにしていないと医者はまずい、医者もこんな給料じゃやっていけないよ・・・とか必ず金の問題としてすべてが提起されるのが現代なのである。年収一千万でも不満なのか?やはり不満なのだから今の時代、自分の仕事に心から満足している人はいないのである。
要するに自ら働いているのではない、働かされている、働きたくないのだけど金のためにしょうがない、食うためにはしょうがない、人に使役されてもしょうがないとかそうしたいやいやながらの労働に満ちているから鬱病の時代なのである。その影響は社会全体に及んでいるから空気まで濁ってしまうのである。


秋日和(かっこいい、粋な鳶職)
http://blog.sakura.ne.jp/pages/my/blog/article/edit/input?id=33101295

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2010年02月10日

製糸工場女工の労働から働く価値観の変化を歴史的に考察


 

製糸工場女工の労働から働く価値観の変化を歴史的に考察(時事問題の深層40へ)
http://musubu.jp/jijimondai40.html#seishi

母が原町の製糸工場で10年間働いていた。この10年間はそれなりに長く重いものがある。でも必ずしも女工哀史ほどの悲惨さとは思えない労働だった。自宅から通っていたこともあったのだろう。今でも流れ作業などは労働として苦しいから同じである。食べるものなどは味噌汁とタクワンくらいだから違っている。でも現代でも労働は楽ではない、女工だけが特別辛かったともいえない、丸森町の新潟から来た女工は20才前であり名前を記した墓があるがずいぶん死んだものだから何か悲惨だった今になると思う。やはり結核にかかったからこんなに死んだのである。ここで死んだ人を思うとやはり辛かったろうなとは思う。とにかく15才から20才と若いからである。ただ別に結核は国民病といわれ製糸工場でなくてもかかっていた。だから特別製糸工場で死んだから製糸工場のひどい労働のせいだとはならない、その辺が女工哀史として特別に搾取されたとか言われるようになった。確かに製糸工場は生糸の輸出で日本は明治維新以後富国強兵を成すことができた。輸出するものは生糸くらいしかなかったからである。だから国のために働く、奉仕するという働く価値観が生まれた。それは戦争中の歌とにていたのである。みくにのために命をささげる、製糸工場でも支配者側ではそうしむけた。支配者側の意図が大きく働いていたのだ。


明治以降はすべてが国家のための労働であり欧米に追いつくためにそうなった。だから今になると批判されるのはやむをえない、今は働く価値観が全く違っているからだ。でも戦後はすべてが会社のための労働となった。国の代わりに会社になったのである。その会社一辺倒も批判されるようになった。ニ-ト、フリ-タ-がこんなに多いのは何なのだろうとなった。これは団塊の世代の価値観の反映であり子供には自由に個性を伸ばす生き方をしてもらいたいという親の願いからそうなったという分析もうなづける。すでに団塊の世代でも個性的趣味を生きる時代になっていて実際にそれを実現した生き方をした人もいる。でも大方は会社人間の企業戦士となったから会社の犠牲になった。戦争中の国の犠牲になったということと同じでありそれで子供には自分の個性を伸ばし生きてほしいとなりその結果としてニ-トとかフリ-タ-が増えたのである。ここでまた労働の価値観は変わってきた。それがグロ-バル化とともない労働の価値観は今までにないものとなりどうなってゆくのかわからいようになった。個性を伸ばす生き方といってもグロ-バル化で日本が衰退してゆくとき個性どころではない、ただ職にもつけない失業者の群れでありこれは高度成長時代とは比べることができないような悲惨な状態にもなりつつある。個性を伸ばす生き方などいつの時代でもほんの少数者が幸運でできたのであり何百万の人間ができるものではない、ただ労働の価値観そういう方向に向かっていることは確かである。

 
これは論文のように長くなったからホ-ムペ-ジの時事問題の深層に書いた。ここはずっと継続していた。ただアクセス状況など見るのにはプログが便利なのでプログ中心になった。長く論文的になるとホ-ムペ-ジの方が書きやすい、インタ-ネットはインタ-ネットの中の情報を編集すると明らかに論文を書くことができる。著作権に違反しないようにして論文を書くことができる。ただインタ-ネットを丸写しでは著作権違反になる。その辺のかねあいがむずかしいことは確かである。でもインタ-ネットは自ら編集して読むと意味あるものとなってくるのだ。ただ情報を集めていたのでは意味あるものとならない、部分であり断片にしかならず意味がないものとして消失しやすいのだ。編集して読むことはこれはかなり労力と読む力と書く力がないとできないのである。インタ-ネットを創造的に利用することは相当むずかしい作業なのである。
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2010年07月02日

桑の木陰にて(ベ-シックインカムの思想の検討)


桑の木陰にて(ベ-シックインカムの思想の検討)


甘美かな桑の木陰に実を食す

 
いつも休んでいた近くの木陰は桑の木だった。桑の実がなっていたからだ。桑の木はこんなに大きいのかと思った。実際に桑の木は大きくなる。大木にもなる。
 

高さ五丈の、盛り上がったその頂は、あたかも天子の乗る馬車の天蓋のように立派だ。
樹齢は、もうどのくらいになるのだろうか、どれだけ多くの人々の暮らしを見てきたのだろう。この巨木は、平凡な人々が住む平凡なこの村の、ただ一つの名物だった。旅人たちに木陰を与え、子供たちには良い遊び場となってくれる憩いの場だった。
http://www.t3.rim.or.jp/~miukun/san1.htm

 
桑の葉は蚕をしていた時代は裏の畑は桑の葉でおおわれていた。どこでも桑の葉だらけだった。その実を食べていた。でもこのような大きな木の桑の木があると思わなかった。これだけの木だと相当な実がなる。ただ黒ずんでいた、でもうまかった。こうして無料で食べられる自然の木の実の味はなんともいえない、それも木陰で食べているとエデンの園にいる感覚になる。労せずして木陰に休み甘い木の実を食べる、それは人の手から渡されたものではない、自然から神からじかにあたえられたものだから甘美なのだ。そうじゃないか、この世にいろいろなうまいものがあるけどかならずこれを作るのにどれほど苦労したか、手をかけたか、この食べ物にはそうした苦労の賜物だとして渡される、だからそれ相応の金は払ってもらおうとかありがたくいただけとかなっている。お前みたない遊んでいるような怠け者は食べる資格なんかないんだよとか食料は額に汗して得るものであり遊んでいる怠け者には与えられないとなる。今ではさらに遠い外国からも運ばれるからさらにどれだけ苦労して運ばれてきたかを知れとか無償でえられるものではない、確かにそうした労働の恩恵で得られたからこそその対価が要求されているのである。
 
でもエデンの園では食料は労せずして無償で得られていた。労働は呪いとして人間に与えられた。罪の結果として与えられた。動物は鳥でも労せずして得ている。もちろん餌を毎日とるのも命懸けだとか大変だとかあるが人の労働によって与えられるものではない、自然から神からじかに与えられるのである。そこが根本的に人間社会と違っているのだ。人間は本当にこんなに労働が必要なのだろうか?何を言っているんだ、毎日働かずして食べていけるのか?そんな天国がどこにあるというのだ。例えばベ-シックインカムなどを民主党などが検討するというのもやはり豊になればそういうものも是認されてくる。そんなことしたら誰も働かなくなる、嫌な仕事をする人もいなくなる・・・・・とか夢物語として見なされるのも確かである。人間そんな甘いものじゃないとかなる。働かざる食うべからずでもある。でも労働の理想は自主的に働きたいものが働くことなのである。現実そういう人はいる。大工とか庭作りとか技術者は自分の腕を磨き働きたい、仕事をしたいし、自分が仕事をしていること自体楽しそうにしている。確かに苦しい面はあるがやはり何かを作り上げることに喜びを見出しているのだ。
 

こういうことは人間にはある、だからworkは作品となっているのだ。職人でも単に賃労働ではない、職人になると自分なりの作品を仕上げたいということがあるのだ。ベ-シックインカムになっても誰も働かないとはならないのだ。自分も何の収入もなくてもいろいろ書いてきたのはwork-作品を仕上げることに生きがいを持つからである。人間は誰しも生きがいが必要である。だから働く人がいなくなるということはない、ただ無駄な仕事はしなくなることはありえる、働いて人がいやいや働いていたら現代のように鬱病の時代になっている。好きで生きがいで働いていればそうならないのだ。現実に人間は働かないと退屈で体をもてあます人もいる。つくづくあれだけ頑丈な体をもっていて何もしないとなるとその体も活かされないからかえってそれなりの肉体労働も必要なのだと思う。そういう体力をもっている人はそういう仕事が必要なのである。変な話だけど体力のあるひとがいてその肉体をもてあましているような人もいる。そういう人にはそれなりの仕事を与える必要がある。
人間は働かなくてもいいから毎日なまけて何もしないでいられるか?実際は働かずにいられないのが人間なのである。

 
そんなもの夢物語だ、この不景気の時勢に馬鹿げたことをと言うのもわかる。でも理想的にはそうだし現実的にそういうことがあてはまっている人もいる。力仕事もしたいという人もいる。力ある人は力を出したいということがあるのだ。なぜならその時俺は力あるんだと自分を誇ることもできるからだ。何かしら自分ができるんだということを示したい人はいくらでもいる。だからベ-シックインカムでも誰も働かなくなるということはないのだ。それだけは一面確かなのである。
お手伝いさんとか職場でも確かに金のために働いているのは確かである。でもあの家で働くのは楽しいとか職場でみんなで働くのは楽しい生きがいだという人も普通にいる。家でぶらぶらして食べることができても楽しくないということもある。自分の家の状態は今は別にお手伝いさんはなくてもすむ。簡単な掃除と家事だから自分でも今はできるのだ。そうでないときは介護のときはあった。でもそういうときは援助はほとんどなかった。今は別にお手伝いさんとかヘルパ-とかなくても自分でそれなりにやっていける、つまり働いてもらう方にしてもそれほどその労働は必要とは今はなっていない、とすると私はあなたのために働いて尽くしている、だからそれ相応の対価を収入を与える必要があるとはならない。でも相手はそう思わない、金がない場合は余計にそうである。ベ-シックインカムになればあそこの家では職場では働きたくないから働かないということが多くなる。そうすると働かせる方でかえって働く場所の魅力を作らねばならなくなる。これは今までの労働観とは相当違ったものとなるのだ。いやいやながら働かされているのが現状であり今度は逆に職場に魅力がないなら人が来ないとなる。そういうことがベ-シックインカムで起こってくるかもしれない、ただこれは本当に未知であり夢物語にもなるからどういう社会になるか検討つかないのである。
何故なら労働は労苦として人間に与えられたものとしてこれまで継続された固定観念があるからだ。その労働観を根本的に変えること自体がむずかしいのである。ベ-シックインカムという思想自体なじみのないものだから夢物語とされるのである。思想として深く検討されていないのだ。ベ-シックインカムの思想の由来は聖書のエデンの園からはじまっていたのである。エデンの園では食料は無料で得られていたからである。
 

エデンの園の木の実((詩)
http://musubu.sblo.jp/article/39405512.html

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2010年08月22日

金持ちと貧乏人


金持ちと貧乏人

 
●金持ちは運命的なのか?(財産はFORTUNE)
 

お手伝いさんというと昔は女中であり家事が機械化されていないから掃除、洗濯、料理とかそれ自体が大きな仕事ととなっていた。ヨ-ロッパでも「洗濯女」という商売が成り立っていたから洗濯は一仕事であり洗濯専用の仕事があったのである。洗濯は主に川でしていた。だからセ-ヌ川で大勢の女性が選択している絵が残っている。もともと人間の歴史が始まって以来、召使とか手伝いする人は存在した。人間の歴史をマルクスが階級制から解きあかしたのもそれだけ人間の歴史はすでに上にたつものと下で働くものに別れていたのである。その階級制の起源はやはり財も持つものと持たざるものに必ず別れることなのだ。なぜ財を持つものと持たざるものに別れるのかそこにはいろいろな要因がある。技術的な要因もある。一早く先進の技術をとり入れた国は豊になる。そういう大きな側面からの考察ではなく個々の家でも豊かな家、財を築く家と築けない家がある。そもそもなぜこの世には貧乏な家と金持ちの家があるのだろうか?
その疑問も実際は解けていない、金持ちの家の人はなぜ自分は金持ちなのだろうかなどと考えない、貧乏な人はなぜ自分は貧乏なのかと絶えず考えている。そもそもなぜその家が財を築き豊になっているのか?それにはそれなりの理由があるだろう。ただ幸運だけでそうなったのか?やはりその家の積み重ねられた努力もあった。

 
ただ昔から財はfortune(運命)だから運が作用しているというのも確かである。いくら真面目に努力しても財を築けない人はいくらでもいる。努力しなくても運で財がある時入ってくることがある。道路工事や公共事業の住宅工事でこの辺では家など建てる金がなかった人が土地も与えられ家が建てられた。何千万という金が市からもらえたからである。これは運というほかない、他でも火力発電所ができたとき漁業権で億の金をもらったとかで近くの呉服屋が高価な着物を売れたとかある。大きな金は必ずしも努力しても入ってこない、親が死んで財産相続で大金が入ったりと運が良く大金が入るのが多い。その人の努力とは関係ないのである。なぜ金持ちと貧乏人がいるのか?その疑問は解けていないからインドではまさに運命だとなり前世の宿縁だとなりカ-スト制が生まれたのである。つまり洗濯する職業の家は代々洗濯を仕事として他に仕事を持てないとまでなっている。それは運命だから受け入れざるをえないとなる。そういう人たちは金持階級の暮らしを羨む時、前世の宿縁であり運命だからあきらめるほかないと納得する。もしそれに納得しないなら中国やロシアやその他の共産主義国家のように革命を金持ち階級、資本家を倒して財を奪いとなる。
 
●成功しなかったマルクスの階級制の否定
 
なぜこのこの世に金持ちと貧乏人がいるのか?その疑問は解けていない、それを運命論的なものとして受け入れのを拒否して階級制を打破して金持ちも貧乏人もない理想国家を作ろうとしたのがソビエト連邦であり中国であった。しかしその試みは失敗した。カンボジアなどでもかえって何百万人もが粛清されたことでもその試みは失敗したのである。中国では経済発展が著しく豊になったが貧富の差は日本では考えられないものになっている。その差があまりにも大きすぎるのである。平等を目指した共産革命がこれだけの貧富の差を生み出したことが皮肉である。共産党幹部は大金持ちになりまだまだ膨大な貧民が中国にいる。共産革命がこれだけの貧富の差を作り出していることでもわかるようにいかに貧富の差を解消することがむずかしいかわかる。だから中国では金持ちになるものは先に金持ちになりあとにその金持ちにつづけとなった。その思想は的を得ているのだ。誰もが一気に金持ちに離れない、一部のものが金持ちになりつづいてみんなが金持ちになって行く。その方法が正しい方法であり金持ちを倒してその財を奪うというやり方はまちがっていたのである。
 
相馬地方でも飢饉で人口が3分の一になったとき越中などから移民を募集した。その移民は最初は草分けというその土地の旧家の下で働いた。最初は悪条件の下で働かされたが徐々にその努力が実り豊になって土地に根を下ろすようになった。こういうやりかたが豊になる方法であり最初から貧富の差があるからと言って財産あるものを否定して奪って豊になれというのはまちがっている。財産は資産はその家の代々の努力によって築かれた場合であるのが普通である。幸運だけでは財産は築けないのだ。一代で財産を築くのは無理だろう。何代も家が続けばどんな貧しい家でも家を買ったりと財産をもてるのである。
 
●不遇な人、貧乏人は不満を言っても解決にならない
 
この世には不遇な人や貧乏な人はいくらでもいるし人間の歴史が始まって以来そういう問題は生じていた。それでマルクスの階級制の否定の歴史理論が生まれた。でもそれは実際に社会に適応したとき失敗した理由はそれが実際の社会を生きるものにとって不具合であり適さないからそうなったのである。豊になるにはまず相馬に移民した人のように草分けの旧家の下で地道に働く他なかった。それはヨ-ロッパでも同じである。パリの革命のように一気に貴族階級を倒してしまい、貴族を抹殺してしまいとなった結果、悲惨な殺戮の世界になってしまった。それでみんなが金持ちになれるわけではなかった。そういう革命は無理があり社会的に大混乱をもたらす、一部に今でも官僚の天下りとか批判すべきものがある。それは王政社会にもあった。
 
ただでは貴族を金持ち階級を否定して抹殺してみんな金持ちになれるかとなるとそうはならなかったのである。個々の問題としても不遇な人がいる。なぜそんなに不遇の星の下に生まれたのかと思う人もいる。ではその不遇な人が恵まれた人を羨みその不遇が解決するのかとなるとしない、むしろその不遇を運命的なものとしてとらえ金持ちの人、恵まれた人を羨むだけではなく地道に努力していればその人もやがて財を築くのである。不遇な人は貧乏な人は他者を羨みその不遇をいくら嘆いても解決しないのである。かえって悪い方向に向かってしまうのだ。不遇でありさらに不遇にしてしまうのである。そういう人はその原因をその運命に社会の不平等とか外部に求めていることが多いのである。確かにそういう側面はあったとしてもやはり自分自身にも不遇を産む原因を作っていることが見逃されているのだ。個々によって事情が違うにしろ文句ばかり不満ばかり他者に社会にぶつけても解決にならないのだ。お前は恵まれたからそんな呑気なことを言っていられるのだというのも一理ある。それは否定しない、でも不遇だった人がどうしてさらに不運を招いたのかは不遇の星の下に生まれたからではない、その人がさらに不運を招きよせたのである。
 
●お手伝いさん召使の仕事
 
台所に菊の香満ちる手伝う女(ひと)
 
そもそも金持ちでないからお手伝いさんとか召使がどういう仕事なのか庶民では知る人は少ない、たまたまお手伝いさんというのを家でわずかの時間でも働いてもらってこういう仕事もあるのかと思った。なかなか仕事に対して理解をすることをむずかしい。仕事の苦労はわかりにくいのだ。よそからみていれば重労働でもそれを見ている人は感じないのである。そこに人間の弱点がある。他人が苦しんでいてもその苦しみはわかりにくいのだ。だから傍観的になってしまうのだ。でも一度介護とか認知症の介護とかしてみれば大変だなと身をもって経験するから同情できるようになる。それまでは人の仕事の苦労はわからないのである。ただ昔なら働くが(端を楽にする)からきていたように身近で働く姿を見ていたから理解した。今は身近で子供でも働く姿を見ていないから余計にわかりにくいのだ。お手伝いさん、召使はその家と深くかかわる。その家の一員のようにまでなってしまう。住み込みになればそうである。仏壇に菊の花を捧げる時、その菊の花が台所に満ちてくる。そのことはその家の先祖とも深くかかわっていることなのだ。
ともかく人類の仕事で昔からお手伝いさん召使の仕事はあったし家事が機械化されないとき女性の仕事としても男性でもそうなっていた。それだけ働く場としてあったのである。武士の家でも相当数の家来をかかえておりその中には女中や召使も多かった。それだけ家事が大きな仕事だったのである。戦前までも女中の仕事の需要があった。母が東京に出て女中になった。女中が嫌だったかというと嫌とは言っていない、住み込みで食事も出されるし何より給料もらえるから良かったと言っている。女中は結構当時ではいい仕事だったし需要があった。だから女中とかお手伝いさんは卑しい仕事とはならない、その家と深くかかわる工場とか会社とかで働くのとはまた違ったものなのである。
ただ今のお手伝いさんはまた役割的には昔と違っている。介護関係でヘルパ-などが家に入ってくるとき庶民でも家の中で他人に働いてもらうことがどういうことなのかみんな考えるようになるのである。このお手伝いさんにしても女中にしてもその家で仕事するとき身の不遇や不満ばかり言っていたら勤まらないだろう。むしろその家に忠実に仕えて富を分けてもらうとか富にあづかるとかしようとするなら勤まる。不遇、不満ばかり言っていたらどんな仕事も勤まらない、そして地道に努力していれば報いられる時がくるだろう。
そこにfortune(運、財産)も味方するだろう。それを金持ちを否定してその財を奪って豊になるのが豊になる道だというのは無理があり失敗する。財産はfortuneだとしても運だけでは財産は得られない、確かに生まれつき努力しなくても大金持ちの家に生まれる人はいる。それこそ運なのだけどその財を他者のために運用しないものはその財も消失しやすい、運命的なものが財でもその運用は勝手にしていいものではない、そもそも財そのものが共有的なものであり個人のものではないからである。財はとても一個人の努力ではできない、みんなの協力がなければできない、大金持ちがいたとしてもそれはみんな努力してくれた結果なのである。一個人でお金持ちになることはありえないのである。自分のことを言えば自分は別に金持ちでもないしお手伝いさん雇えるような金もない、ただちょっとだけお手伝いさんに家で仕事してもらったのでその感じたことを書いたのである。現実今や介護などで自分自身がここ5年くらいは今や家のお手伝いさんであり給仕である。だから金持ちの家とは全く違うのであることを考慮してください。
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2010年11月07日

職業を金だけで計ることの疑問


職業を金だけで計ることの疑問

毎日問題にされるのは給料の問題である。働いていくら金をもらえるかが問題になる。医者はいくらだ、弁護士はいくらだ、公務員はいくらだ、恵まれているとか毎日が金の計算しかない、こんな金でこんなひどい仕事してられるかとかそうした不満が延々とメタンガスのようにふきだしている。それはそれでいいとしてでは人間はもしあなたは仕事しなくていいですよ、金は十分に与えますからとなったらどうなるのか?毎日安い金で働くことがない、遊んで暮らすというのも結構楽ではない、社会的にも認められない生活は結構楽ではない、人間はそもそも仕事しないでいられるものだろうか?農家の人にしても農業など金にならないからやりたくないといつも言っている。でもでは何もしないで暮らせる金を与えたらどうなるのか、あなたはこれから自分のやりたいことをやってくださいと言われたらどうなるのか?医者にしても看護婦にしても激務で給料が安いと言うとき、では医者をやめてどんな職業につけばいいのだろうか?金になるだけならいいのかとなる。医者は社会的にも尊敬され感謝される職業である。仕事は辛くても他の仕事とは全然違う。もっと金になる職業につきたいとして医者をやめたら他の仕事で生きがいを見出されるのか?社会的にも尊敬される職業なのであり他にそんなに尊敬される職業があるだろうか?ベ-シックインカムが導入されると働かない人がでてくるというけどそういうことは絶対にない、人間は仕事しないでいられないのである。


人生とは仕事が生きがいなのだ。本当に画家になりたい人は金にならなくても絵を描いているのに間違いがない、金にならないから画家はつまちらないとして絵を描くことをやめるような人は本物の画家ではない、別な仕事に向いているのだろう。ともかくどんな人でも能力があるにしろないにしろ人間は仕事が必要なのである。家事手伝いとか掃除の仕事でも立派な仕事だった。病院を掃除している人は60才すぎているけど金は安いけど緊張があるからしているという、シルバ-センタ-でも金を得るより実際は老人の生きがいを作るためだった。人間は六〇才で会社を退職させられることは残酷だというのは本当である。人生が会社とともにあったのにその会社から断絶し切られてしまう。地域社会などに生きがいを見出すのは至難である。なぜなら地域社会自体崩壊しているからだ。人間はまず金を計り金が優先される。しかし仕事をすべて金で計られるのだろうか?仕事の理想は仕事に使命感、ミッション、をもつことであり天職に従事することである。天職というと何か医者のような高級なものと思っているが家事手伝いのようなものでも立派な天職であり実はそれしか活かす道がない女性が結構多いのだ。掃除も天職なのである。


もしそういう仕事もないとしたら何をしているのか?ただ遊んで暮らすのかとなる。退職して何もしていないことは本当にかえって苦しいということがわかる。退職金をもらい、多額の年金をもらって遊び暮らせるからいいではないかとなるが本当に趣味などの世界で生きがいを見出せる人は少ないだろう。芸術家は別にして一般的にはそうではないか?人間に生きがいが必要である。生活は保証されても生きがいがなかったら淋しいものとはならないか?ただ毎日他人の給料をうらやみ仕事を金だけ計っていることは何か変ではないか?金からしか計算できないことが何か変なのである。仕事にはそれに見合った収入はあるべきである。でも仕事そのものにも生きがいがあるはずであり掃除婦にししても今日から病院の掃除はしなくていいですよ、家の掃除だけでいいですよとか言われたら淋しいものとなるだろう。病院の中で掃除することは患者にも眼をとめられ患者を励ましたりして患者とかかわる掃除婦なのである。つまり医者や看護師だけではない掃除婦も患者を助ける一員として共同で仕事しているのである。だから緊張感があり生きがいあるということになるのだ。

タグ:職業
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2010年12月07日

「労働が美徳」から「消費が美徳」へ極端化すると社会は崩壊する


「労働が美徳」から「消費が美徳」へ極端化すると社会は崩壊する


生産力がその需要に対して小さい社会では節約が美徳であり、生産力の方が大きい社会では消費こそ美徳になるというのが答えだ。
http://aircheck.blog68.fc2.com/blog-entry-88.html


●労働が美徳、倹約、節約がモラルの世代の人


現代の特徴はモノ余りでありモノが売れない、デフレの時代である。米が余る、電気製品も過剰生産しても売れない、車もみんなにゆきわたり売れない、たいがいモノをもつようになったから売れないのである。モノがない時代、高度成長期はモノがないから何でも飛ぶように売れたのである。モノが一応ゆきわたれば電気製品も車もゆきわたればモノは売れなくなるのは当然である。モノ余りの時代だからこそ「消費が美徳」となってきた。戦前から戦後の一〇年くらいまではそもそも消費するモノがないから「消費が美徳」とはならないのだ。高度成長時代は生産と消費は一体化して回転していた。大量に生産すれば大量に消費されて売れたのである。でも今になると大量に生産しても売れないのである。「消費が美徳」として会社でももっとモノを買ってくれといっても生産しても売れないのである。それでモノの値段は安くなりいくら生産して売ろうとしても売れないからデフレになる。老人は金をもっていても使わない、金があってもどう使っていいかわからない、ただ病気や介護にそなえて金をもっている、だから豪華な介護施設をどんどん使って老人に金を使わせろというのも一理ある。老人は金をもっていてもそうした施設に入るためにかなりの一時金をとられる詐欺にもあうのが現代である。老人の望むものがそこにあるから詐欺にかかりやすいのである。それは家の中に入ってくるヘルパ-による詐欺で金をとられる老人が多いことでもわかる。老人はなにかに消費する力がない、消費するのにも時間がかかるのだ。旅のことを何度も言ったが本当の旅をするのには今やかえってその労力は大変なものになる。かえって歩く旅とか自転車の旅が本当の旅を経験するのだがその労力は体力や時間がかかるのだ。旅などど無駄となるがでも本当の旅を体験しようとしたらその労力は実際は大変な労働にもなるのだ。単なる消費ではない消費も労働になっている場合があるのだ。パソコンと高度な知的道具だからパソコンを買う人は単に無駄に消費しているのではない、すでにパソコンを消費する人は使う人は必ず知的生産に寄与しているのだ。パソコンを使いこなすには相当な時間と労力が必要だからそうなっている。消費と浪費はまちがいられやすいが
消費も生産につながっていることがある。老人は消費できないというとき反面は生産できないということにも通じているのだ。パソコンをやるにしても時間と労力が大変だから買わないという人も多いからである。


●消費が美徳の世代の人の価値観


人類史のなかで「消費が美徳」とかモノ余りを経験した時代はない、モノ不足が常態である。
米が余って捨てるほかないなどという時代を経験していないのである。米をもっと食べてくれとか言っている時代は戦前までないのだ。米は常にたりないのが普通であり米の生産をふやすことが第一であった。米があまり減反政策をするようになるなどありえないことだったのである。
消費ではなく生産に重点が置かれる時代は働くことが大きな価値観になる。働かざるもの食うべからずになる。団塊の世代の親の世代、今の八〇代はそういう世代であり「もったない」の世代であり米粒一つもむだにしない、必ずあまったものを残らず食べている世代である。その人たちは働く一方で消費しない、働くこと自体が生きがいであり消費は生きがいにならない、だから働いても極力消費しない、金は使わずためる一方である。今になり何に金を使うかとなると病気のためとか介護のために金を使う、そこでだまされる老人が多いのである。消費しないのは消費することに価値を認めないからである。それが例え例えば庭作りでもそれが無駄だとなれば絶対に認めないし使わないのである。モノ不足の時代に生まれたから生産が美徳であり貯蓄が美徳の時代なのである。金をいに有効に使うかを知らない世代である。これも人間としては相当にアンバランスであった。

現代はこの八〇才以上の世代の価値観-モノ不足時代の価値観-労働が生産が美徳という価値観が逆転して消費が美徳の時代になったことのギャップが大きくなってしまった。そこから生じた問題はいろいろある。マクロ的にはそもそも地球の資源は限られているのだから消費は美徳として無駄に消費していたら地球の自然は森でも何でも破壊されてしまうということがあり節約、倹約が美徳だとなる。モラルとしても正しいとなる。労働が美徳であり節約、倹約が美徳でありモラルの時代が江戸時代から戦後まもなくまでつづいていた。これは世界的にもそうだろう。モノ不足が常態である。では「消費が美徳」の時代になれば勤労すること生産することは美徳になる、モラルとなる傾向が減少する。つまり働かなくてもこれだけモノがあふれているのだから働かなくてもモノが手に入る、手に入れるべきだとなり若者でも働こうとしない人々がでてきた。それがニ-トとかフリ-タ-とかであった。それが実際は不景気となり正社員としてまともに働けない人たちとなっていたのである。ニ-トとかフリ-タ-とか派遣が働く人にふえたのは最初は消費が美徳の時代に生まれたのだからそうなりやすいのである。働かなくても消費した方がいい、労働は辛いからそんな労働をやめて消費する側に回った方がいいとなる。
アメリカが消費が美徳として極端化したとき、金もない人までカ-ドで消費される、消費が美徳が拡大化して極端化したとき世界的不景気の引き金となった。つまり消費するのにも金が必要である。では金は労働なしで生み出せるのか?ドル紙幣をすればいいじゃないかとなるがそこから富は生まれない、借金からは富は生まれない、富は労働なくして生まれないものである。アメリカがまさに消費が美徳で拡大化して極端化したとき世界的不況となり世界に混乱をもたらしたのである。だからアメリカの罪は大きい、その根底に消費が美徳が拡大化して極端化すると社会のモラルは崩壊して社会そのものが崩壊するのである。だからすべてをアメリカに習ってはいけなかったのである。


●「消費が美徳」から「労働が美徳」へ逆戻りの矛盾


一方で消費するには金が必要である。ところが金は働かない限り入ってこない、つまりいくら消費しようとしても働かない人には金は入ってこない、入ってこないだけではない、社会から社会の敵として脱落者の烙印をおされる。無職は社会の最大の敵として排除され攻撃されているのは豊かな時代でも同じである。不景気の時代になると余計に働かない者は責められる、景気のいいときはかえって少数だったら働かない人がいても世の中そういう変わった人もいるとかで見逃される。社会自体に影響ないからである。でも相当数の人が特に働ける若者が働かないのけしからんとなり責められる、働かない若者は日本にいる資格がない、海外から働く人を入れるべきであり働かない若者は外国に追放すべきだとまでなる。「労働が美徳」の時代がモノ余り「消費が美徳」の時代にに起きている矛盾があるのだ。そして不景気で新しい貧乏の時代になり働いてもたいして金は入ってこないからますます消費が美徳とされても消費できない人々がふえてきたのである。

すでに消費が美徳とされてきた時代も30年-40年と長いのである。でもその間でも労働が美徳、節約、倹約がモラルとしてありつづけていた。だんだん薄れるにしてもありつづけた。それでも消費が美徳ということが圧倒してくる。モノ余りの時代が加速してくるからそうなる。労働という難儀なことより一気に金が入り消費する方が美徳だともなる。そういう風潮が広まり大勢となっているのが現代である。それが極端化してゆくと働くより盗んで消費した方がいいとなる。実際自分でも働くことを否定してきて生きてきた。そもそもの出発点が悪かったのである。最初に労働が底辺労働であり大学卒業して流れ作業ばかりやらされたことが原因だった。それ以来労働することを極度に嫌悪するようになった。流れ作業に労働の歓びを感じることはない、労働で歓びを感じた経験もないのである。それ以来労働しなかった。偶然にそういう環境にあったためでもあり普通はそうならない、労働は嫌でも強制されるのが普通である。


●根本的には労働がすべての価値を作る


根本的には人生は労働なくして存在しえない、労働がすべての価値を作りだしてゆくのであり労働しない人生とか社会などありえないし成り立たないのである。農民が労働しなかったら食料がなくなり飢饉になってしまうだろうし大工が働かなくなったら家にも住めなくなる。労働なくして社会は存在しえない、労働が価値としてすすめられない時代はなかった。それは宗教的でさえもあった。人間社会の根底に労働は常にすすめられてきたのである。労働によってすべての価値は作り出される。労働なくしていかなる価値も作り出せない、土地があっても土地は何も生み出せない、自然に生み出されることはない、そこに人間の労働が加わって価値あるものが生まれる、食料は生産されるのである。だから土地だけもっていて豊になる地主は一時戦前では敵とされた。不公平だとされて農地改革が行われたのである。労働することが権利を獲得することであった。労働しなければいかなる権利も生まれない、得ることもできない、介護でも親族でなくても介護という労働をしてくれた人には権利が生まれる、その人に財産も分与されるのは当然だとなる。いかに親族でも何もしないなら労働しないなら正当な権利は生まれてこないのである。


●「消費が美徳」が拡大化すると道徳は破壊される社会も崩壊する


そもそも労働なくして富が得る方法は泥棒しかない、他者のもの盗む、富者のものを盗む、それは消費が美徳であれば正当化されるのだ。難儀な労働より一気に金が入るのに一番手っとり早いのは相手の富を盗むことなのである。それが犯罪にしても消費が美徳の時代になるとそうなりやすいから万引きとかがふえてくる。モノが余っている、あふれている、でも労働してモノを買うことがめんどうになりこつこつ働いて金にならない不景気の時代は余計にそうなのである。こつこつ時間をかけて働くことが馬鹿らしくなるのだ。80代の人の価値観は消費が美徳の世代になると通用しなくなるのだ。「欲しがりません勝つまでは」とか忍耐するということもない、とにかく今あるものを手っとり早く消費したい、消費したい、欲しい、欲しいとなれば盗むのが一番手っとり早いのである。労働は難儀なものであり否定されるのである。借金して無理やり消費するのも消費が美徳ということが拡大化して極端化すればそうなる。金がなくても稼がなくても借金すればいい、でもその借金は返さねばならないものとなりさらに負担になるのだ。でも安易に借金をするのは消費が美徳ということが社会的に拡大化して極端化するとそうなるのだ。

 

 
急いで得た富は減る、少しづつたくわえる者はそれを増すことができる


はじめに急いで得た資産はその終わりが幸いではない-箴言-20-21


欲の深い人は急いで富を得ようとする、かえって欠乏が自分のところに来ることをしらない
箴言-28-22

急いで富を得ることはできない
http://musubu.sblo.jp/article/41830381.html

 


でも富はそんな簡単に手に入るものでもない、確かに親の遺産とか別な事情で大きな金が入ることはある。それもまた先祖の恩恵でありその人はそれだけの恩恵に欲したのだから責任もあるとなる。無駄に浪費できないものとなる。でも本質的に人間は労働がなければいかなる正当な権利も得られない、あの人は富んでいからといってその富を盗むことは犯罪になる。でも富者の下で働いて財をふやすのは正当でありやがて富者になる権利を労働によって作っているのである。でも一気に富者になりたいとなれば盗むほかないのである。それはいくら貧乏でも犯罪になる。現代はまさに富者になるためには富者の富を一気に奪った方がいい、富者の元で地道に働くなど馬鹿げているという風潮が増大しているのだ。今すぐ金をくれ金をくればかりでありあわてる乞食はもらいが少ないというのが実感である。もっと欲を少なくして少しづつもらうようにしていれば付き合いもつづいたが今お前のもっている金をよこせよこせと性急に要求されて付き合いも絶えてしまった。このことは富者とは別に個人ではなく社会がモノ余りの富者になっているのにいくら働いてもこつこつ働いてもたいしてし金にならないとなればモノを盗む奪った方がいいとなってしまう。それはいくら不公平でも犯罪であり社会のモラルはなくなりただ対立だけの分裂社会になってゆく、労働というとき何かしらそこには金だけではない価値を生み出すのが労働である。人間はいくら働かなくてもいい社会になっても労働がなくなることはない、労働は生きがいであり農民は種をまき手入れして収穫の季節を迎えてその収穫物を自ら食すとき働いたことを無駄だとは思わない、充実感に充たされるのである。いづれにしろ今は「消費が美徳」-「労働が美徳」の矛盾が増大して性急に富を得ようとして根気よく働いて権利を得る、価値を作り出すということができなくなっている。労働が美徳という価値観が減退して消費が美徳ということが常態になり拡大化してゆくときそこにモラルの崩壊から社会の崩壊に向かうことになる。人間の社会がモラル、道徳が基礎にありそのモラルが破壊されることは社会そのものが崩壊することになる。現実の社会は今やそういう非常に危険な水域に入っている。


worktimes2222.jpg
この図のように消費が美徳となり拡大化して極端化すると長い時間の労働より短絡的に富を得ようとする。石の上に三年すら耐えることはできない、さらに極端化すると盗むのが一番手っとり早いとなるのだ。

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2010年12月08日

働く動機が金だけになっている危険


働く動機が金だけになっている危険

人の為に働かされる 労働はみな、他人の為の行為です。自発的にはやらない行為です。自分の労働力と時間を、他者に利用されているのです。労働者も売春婦も、実は同じなんです。

奴隷との違い
 奴隷が合法であった時代には、奴隷は売買対象になりました。また購入後も食や居住といった維持費がかかりました。それを上回るメリットがあったから奴隷は成立 したのです。
現代は月給と退職金です。経済的な仕組みは今も昔も同じです。
働けど働けど我が暮らし楽にならず
 
奴隷と同じく、その立場ははっきりしているはずです。つまり従う事を前提にしているのです。その根拠はお金が無い事に起因します。
もっとはっきり言えば、不労収得が成立する社会の仕組み上、必ず額に汗して割に合わない就労を強いられる人が出てくるという訳です。
http://psychology.berible.com/machinery/blueworker.html

こういうふうに思っている人は本来働かせるべきではない、ヘルパ-であれ介護の仕事であれ、手伝いという仕事であれ何であれ俺は他人に使われているにすぎない、それも金がないためである。もともと働きたくない、なぜ金持ちの家で働かねばならないのか?金がないからだ。
馬鹿げている。そもそも働く気がない、働いてもつまらない、あの家になぜ自分が働かねばならないのか?金がないためであり働く理由はそれしかない、あんな婆に尽くして何になるのか?ただ金がもらいるからである。それ意外なんの働く理由もないのだ。だからあの婆は金をためこんでいるからうまくだまして金をせしめればいいともなってゆく。働く動機が俺は働かせられている、奴隷にすぎないとなれば当然そうなってゆくのである。働く尽くす相手が金があるなら一気に奪った方が効率的だとなる。その家について何ら働く理由がないのである。金をもらうことしか働く理由がないからである。


一方で逆の考え方も成り立つ、あの家は富んでいる、自分は貧乏だがあの家に勤めていれば福を分けてもらえるだろう。あの家が富んでいることはそれなりの理由があるのだろう。その福と富に自分もあづかろう、あの家に勤めていて嫌だということはない、家の人は親切にしてくれるしいろいろモノもくれるしいい人たちである。仕事も広い庭を掃除したりしてもきれいな花が見られるとかいろいろためになることがある。別にそんなに働くことが嫌ではない、働いていてそれなりに楽しいこともある。富んでいるあの家に尽くしていれば必ずいいことがある。福と富を分けてもらえる、だから気長に勤めていよう。・・・・・というふうな考え方で勤める人もまれにはいるだろう。一般的には前者の方が圧倒的に多い、金持ちの家に来たら自分との生活の差が大きすぎたら特にそうなる。とてもこういうふうには思わないのである。いづれにしろ家はみんな成り立ちも違っていて金持ちでもみんながいい家とは限らない、その家のことはなかなか外からくるものにはわからないしだから嫌でも金のためにはしかたないと働く人が多いのである。


人間はそもそも仕えるものと仕えさせるものに別れる。キリストがまず仕えなさいと弟子の足まで洗った。でも人間はいつまでも仕えるものと仕えさせるものが同じではない、必ず逆転してゆく、仕えたものはやがて仕えさせるものともなる。最初はなんらか仕えねばならない、そのあとに仕えさせるものとなる。人間の立場は一定していない、常に変わるのである。良く仕えて勤めないものはやはり仕えさせるものとはならない、働くことは自分には金がないからであり人のために奴隷になることなのだとして働いているとしたらその人にいかなる労働の歓びも生まれない、ただ労働は苦痛でしかない、金がないから働くのだとしたら働く目的は金だけになってしまう。
働かないことさえ理想だとなる。つまりそういう気持ちで働く人は本当に危険である。それは盗んだ方がいいとかに極自然になってゆく。簡単にそういう方向に向かってゆく、心がそうなっているからだ。


働くというとき家事労働は子供のためとか夫のためとか愛する家族のための無償の労働だった。そこには金だけではない動機がある。しかし外に家事労働を頼むときそうした無償の愛は喪失する、ただ金のために働かせられている奴隷になっている。そういう気持ちで家の中で働くときどうなるのか?ここの家で働かせられのは自分に金がないからだ。この家には金がある。その金のために自分は働かせられている。金さえあればこの家で働く必要などないのだ。この家とはなんの関係もない、金がもらいるから働いているだけである。それ意外の理由は何もない、金の奴隷になっているのが自分なのである。だから金さえあればここの家でも働く必要などないのだ。ただ金だけが目的なのだから遂には金を盗んでもいいとさえなってゆく気持ちになってゆくのである。働く動機が金しかないならそうなって当然なのである。つまりそういう人を家で雇うということがいかに危険なことか雇う方でも自覚していないのだ。雇う方でもそんなことみんな当たり前じゃないかとなるからお手伝いさんなどは信用できないからアメリカでは裸で働かせるとか極端なことになっているがこれも笑えないのである。そんなところで働く方も働きたくないとなるが働く方にも問題があるからしかたないとなるのだ。


人間はいかに動機が大事かわかる。心が大事かわかる。その行為ではない、心から発して行為がある。そういう心で働く人はすでに犯罪にさえ向かっているから危険なのである。犯罪でも動機を重んじる。無銭飲食でも最初から無銭飲食しようと心で思ってやるものとあとから心変わりして無銭飲食になったものではその罪の重さがまるで違う、計画的ではなくあとから食い逃げしたものは罪にもならないのである。食い逃げする動機が入った時点ではなかったからである。故意なのか、故意でないのかで罪の重さは別れる。故意でなければ過失なら罪にならないのである。心で意図ししてやっていないからだ。心で意図してやっていればその罪は大きいのである。「神が心を見ている」というとき心の意図するところを見ているのである。だからそもそも働く意図が悪ければただ金のためだけの奴隷にされているんだということが働く意図としたらその人を本来は働かせるべきではない、でも現実はほとんどそういう人が多いのが現代である。

働くことが美徳ではなく、消費が美徳であるときそうなる。消費するために働くことになる。遊ぶために働くのであり働くこと自体に意義を見出す人は少なくなる。そういう傾向が増大したとき誰も働くことは奴隷になることであり働くことは馬鹿らしいとなり働くなくなってくる。そして手っとり早く消費するには金を手にいれることだとなり盗むことや借金になりただ消費することが目的化するのである。それがアメリカの消費社会であり日本もそれにならい借金してまで消費を推進させたのである。借金しても消費することがいいのであり借金は払う必要がないとかなる。
国では莫大な借金があるが日本銀行で紙幣をすればその借金は返せるとかまでなる。借金を奨励してまで消費させることが推進させられるのである。その結果としてアメリカから起きた世界的不景気になっているのだ。

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2010年12月24日

年の暮に 一人掃除する


年の暮に 一人掃除する

我一人掃除をするもあわれかな

まことこの家を清めるは我のみなりき

掃除とて心こめられずばなせず

何を成すにも心ありてこそなり

心なければなべて汚すものとならむ

我が家に一人今年も暮れむ

 


しかし、その聖なる家庭の中を、じっさいに「手を使って」清めているのは、われらが召使いです。礼拝堂を掃き清める信者のように、召使いは室内の床をはき、磨く。
目立たず、ひっそりと。控え目に、勤勉に。
わたしは、「召使いこそが、家庭の神聖性を体現している」と思うのだ。


「執事たちの足音」
http://blog.goo.ne.jp/countsheep99/e/60b08f650005074efba2f2c0d7438724



ここのプログは価値ある。なぜならこんなテ-マで書いている人はまれだからである。こういうのがインタ-ネットでは価値ある。一つのテ-マにしぼって書いているから価値が出てきているのだ。そしてこういうテ-マを扱っているのは少ない、プログで価値あるのはこういうものになる。
召使を主題にしたのが最初の小説だったというのも召使が極めて人間的な仕事だったからである。日本でも昔は家で働く女中が多かった。なぜなら家事の仕事があった。電化されていないから家事自体が大変な労働だったからである。セ-ヌ川で洗濯している女性たちの絵が残っているように洗濯自体大変な仕事だったのである。


でも今は執事とか召使とか日本でも家の中で勤める女性は激減した。貴族階級が消失したからである。戦前はまだ家事が仕事としてあったからそういう人たちは大勢いた。今はよほどの金持ちの家でしか需要がなくなった。それに代わりヘルパ-とか一時的なお手伝いさんとかが仕事として介護関係などで需要が生まれたがこれは最近のことでありこの人たちは一時的な賃金労働でありほとんど何かモラルが皆無である。金をもらい時間給でやるだけである。昔だったら奉公するとかのモラルがあった。そのモラルとか信頼は一朝一夕には作れない、一〇年くらい働いていると信用が生まれる。一年くらいでは生まれようがないのだ。今家に入ってくる人は昔のように長くいる人ではない、一時的だからこそ信用が作れないのである。また人を使いなれていない普通の家だから人を使うことがどういうことかもわからないし使われる方もただ金になればいいとなり問題が起きる。

だから実際に盗みが多くなっているのだ。ヘルパ-などに老人が金をもっているからだまされやすいのである。そういう事件がたまたま出てくるが実際は数がふえているから知られずにだまされたりしている事件が相当数ある。表に出にくいのである。こういうふうに一時的に家に入ってくる人は本当に危険である。田舎でも危険である。働くモラルが気持ちが金だけになっている。だから掃除するだけでもいやいやながら実際はしているしこの家のこの人のためになぜ掃除するのか金がもらえるからしかたなくやっているだけになる。まず人間どんな仕事でも心がこもらなければ効果がない、この家にめぼしいものでもあれば盗んでやろうとかそんな気持ちで働いている人だったら実際は恐ろしいことである。でも実体は今やそういうのが多いのである。自分の家を掃除するなら心をこめてやるが他人の家ならたとえしたとしてもまず心がこもっていないから掃除していても掃除したことにならないのだ。召使とか女中とか手伝いはその家に深くかかわるから問題なのである。


この世には別に機械的にやってもいい仕事はいくらでもある。そういうのは別に気持ちが大事とはならないだろう。でもやはり人間は機械ではない、何かしら気持ちがないと働くことができない、今の問題はみんな働く気持ちがない、すべて金であり賃金労働者になってしまった。資本主義が実は宗教的動機が基になっていたということを説き明かした学者もいる。プロテスタントの宗教倫理が働くモラルを作り出した。現代の大きな問題は働くことのモラル、倫理が金だけであるとき汚される。特に家庭内で働くとなるとその家に深くかかわるから危険なのである。ともかく働くということは奉仕するとか何かモラル、倫理がないと人間は働けない、もしそういうものがなければ働いてもらうにしても非常に危険なことである。でも実際はモラルなき倫理なき労働が普通でありそこに現代の大きな問題がひそんでいた。


昔の方が封建的だとかなんとかなるがそこでは家族並に扱われて奉公していたとか何かモラルが倫理が生きていたのである。それが雇う方でもまるで奴隷なみに扱っているのがかえって豊かな現代社会になっている。だから働く意欲もそがれる。働くということは人間の基本でありそこが一見豊になってもその根底のモラルが崩壊しているとき社会そのものの崩壊につながってくるのである。人間は奴隷でもないし機械でもない、モラルなしで心なしで気持ちなしで生きられないものであることを示している。人間をモノのように機械のように使い捨てにされたりするのも反発をくらう、そういう労働の仕方が蔓延するとき社会はまた荒廃してしまうのである。現代の派遣とかフリ-タ-とかパ-トとかそうした時間を切り売りした労働や人間扱いしない労働は本当に社会を荒廃させてしまっているのだ。これはかなり深刻な問題であることに気付いていない、モラルを培えるものが社会になくなっているのだ。


 

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2011年01月23日

昔をふりかえる意義 (移動過剰が社会を荒廃させた)


昔をふりかえる意義
(移動過剰が社会を荒廃させた)

現代と昔の相違の盲点は昔は人は移動して生活していない、江戸時代でも長屋の大家が親同然というとき長屋でもそこで一生を終える人たちであった。今のアパ-トのように移動するのが普通になっているとそうした昔のことが誤解するようになる。時代劇で浪人が長屋に住んでいるがひょいとどこかに行っていなくなってしまう。長屋はそんな住人もいたのかと思ってしまうが長屋の人はほとんど移動しないで同じ場所で同じ長屋で変わらぬなじみの人たちと暮らしていたのである。江戸時代は明治以降より移動しない、移動しないだけではない、職業も親を受け継ぐのであり結婚も親に決められた家同士の結婚である。分相応というように階級があり武士は武士、農民は農民、職人は職人とそれぞれ暮らし方が決まっていたし職業選択にほとんど悩むことのない社会だった。社会が固定化して安定してていた社会でありこういう社会では犯罪は起こりにくい、ウチとソトも明確に別れていて村のウチでは協力して安定していた。ソトと交わることがない社会であった。
移動しないということは身近で生活を成り立たせねばならない、遠くに行けないのだから身近が大事になる。前田、門田、前畑・・・・とかが重要だったというとき家の前の田こそ生活を支える場所だったからである。歩いて行ける範囲で生活は完成する自給自足社会だった。これは町だってそうである。買物でも歩くとなると隣近所が便利になる。車社会になるまでみんなそうだったのである。移動するにしても馬とか牛が荷を運ぶのだから遠くに運ぶとなると一日かかりとかなるから基本的な生活は身近でできるようにしていないと生活が成り立たない、だから必ずしも貨幣が今日のように万能とはならない、貨幣がこれほど力をもつようになったのは交通が発達して外部との交流がグロ-バルに広がったからである。金があれば何でも買えるとなったがでも交通が発達していなければ原町区でも大原から市街に買物に行こうとなると簡単には行けないから自給自足の生活が基本になる。つまり金に頼らないでも生活できるようになっていないと昔は生活が成り立たなかったのである。移動することがどれだけ大変だったか車社会になったとき想像できなくなったのである。移動するのは基本的には歩くことであった。不思議なことに人間が歩くことがなくなると歩くという人間の基本的な感覚も喪失する。浮世絵では下駄を履いて歩きその足元に雪がふってくる。浮世絵を見ると人間が歩くという情緒があふれている。そんなことが当たり前だとなるが車社会になったら歩く情緒がなくなったことでもわかる。人間から歩く姿の美というかそうした感覚が喪失したのである。

手前味噌という言葉よくお使いになりますね。自分のことをほめる言葉です。これは自分の家の味噌汁なんです。味噌ではないんです。ですがもう少し前に行くと味噌も自分の家で造っていた家庭が沢山有りました。私の家でも私が中学生頃までは作っていました。
http://www.kanda-zatsugaku.com/070615/0615.html


醤油は味噌よりも手間がかかり、醤油絞りの職人を頼まねばならないため、早くから購入するようになりましたが、戦前まではほとんどの農家が自家製の醤油を造っていました。
http://www.hirahaku.jp/hakubutsukan_archive/minzoku/00000065/23.html


手前味噌という言葉も使ったことがないから死語になっているかもしれない、昔は味噌でも醤油でも自家製で作っていたのである。何かを買うということはよほどのことでないとしていなかった。農家では特に自給自足だったろう。町だと買うことが多くなるのは近くに買う店があったからである。それでも卵すら戦後まもなくして農家が放し飼いの鶏から商品として売るようになったのである。それまでは農家では鶏の卵を家でとって食べていたから農家の方が豊だった。卵自体贅沢なものだったからである。自分の家で店をやっていたとき自転車で卵買いに農家に行かされていたことでもわかる。卵すらまだ商品化されていなかった。1961(昭和36)年の流行語で「巨人・大鵬・卵焼き」だったのである。玉子焼きがこの頃やっとみんな食べられるようになった時代だったのである。玉子焼きを弁当にもっていたときうらやましがられたこともあった。学校でも玉子焼きを食べられない人はいたのである。その頃中卒や金の卵の時代だからやはり相当貧しかったのである。でもその頃から急速に高度成長時代に突入していたのである。


着物は仕事着、子供の着物など、ひとえものはすべて手織りでやっていた、糸を買い、これを染めて織ったのである。


越後平野の代表的な農村においては醤油は日常つかわれるようになったのは大正の後半期からであり鮭は今なお客用、正月用だった。   地方生活(島木赤彦)


こういう生活は江戸時代の継続であり基本的な生活そのものが変わっていなかった。なぜなら町でも囲炉裏があり燃料は炭だったからである。醤油すら使っていないということは意外である。醤油は外国旅行でももっていくと便利である。魚がでても醤油がないので困ったことがあった。醤油はそれだけ役に立つのに醤油すら使っていなかったということはいかに貧しい生活だったかわかる。醤油は広く売られていないから自家製でも作れないと使われないということになるからだ。人間の生活これだけ貧しかったのでありこの貧しい時のことをふりかえり今を見直す作業が必要なのである。


人間の共同が地域でもどこでも失われて無縁社会化ししているというときその原因の盲点が交通が発達していない時代は自給自足が基本であり身近ですべてをまかなわねばならないから身近で協力すまことが必要になる。そしてそこで金の力は大きくはまだなっていない、とおくから外部から交通が発達していろいろなものが入ってくると金が大きな力となる。もちろん金はすでに明治以降になると地租も税金も米ではない金になったのだから大きな力になった。でも生活そのものは戦前までは自給自足が基本だったのである。そういう時代は人間は身近で協力しあって生活していたしそうならざるをえなかったのである。だから現代の生活を見直すときこれまでも書いてきたがモラルが低下したというときそうしたほとんど移動しない自給自足的生活だったら犯罪も起こりにくいし古い日本的道徳も守りやすいものとなる。現代のようにグロ-バルに生活範囲が拡大するととてもそうした狭い世界で旧来の道徳を維持することは不可能になる。そこで外部から外国人まで入ってくるから犯罪はふえて治安は悪くなる。身近で協力するというより金の力が大きくなりすぎると近隣より金さえあればいいとなり近くの人も信用できなくなる社会になったのである。金がすべての価値観になってしまいやすいのである。


そして今は高度成長期と違って働いてもフリ-タ-、派遣、パ-トととかこれらは時給でありたいして金にならない、使い捨てのような人間性無視の雇い方であり労働のモラルもかなり低下している。働くのが馬鹿らしいという風潮が大きくなっている。逆に一方でモノあまりであり豊かな生活を維持しようとするとき車も一人一台とか必要であり手放せない、それで借金してでも今までの豊かな生活を維持しようとする。人間がそこで余裕のない人であふれている。そういう人たちは自給自足の貧乏な時代より汲々としている。心に余裕がないのだ。借金している人はまず心に余裕がないから交際したくない、でも借金している人が実に多いのである。それだけ家を借金で建てたとか余裕がないのに贅沢してきたのである。別に車がなくても一万の町でも町内ならス-パ-もあるし買物もできる。原町とか相馬なら本当に車がなくても医者も近くにあり便利だなとつくづく思う、ザイは車がないと今はやっていけないことは確かだが町内だったら別に車がなくても生活できるのである。こんなに人間が頻繁に移動する社会というのは人間的でなかった。そこからモラルの低下、治安も非常に悪くなったのである。田舎でも隣ですら油断できないと身構えなければならない、本当に怖い社会である。だからこうした社会にどうしてなったのだろうというとき昔はどうだったのだろうとふりかえる必要があるのだ。そこからもう一度社会を見直してみる必要があるのだ。郷土史というのもそういう面からも研究する必要がある。

人間は豊かさを追求してきた。それ自体は悪いことではないだろう。その結果としていろいろな負の部分が大きくなったことも確かなのである。移動しすぎる社会、豊さを追求して心に余裕がなくなった社会、これはやはり豊かさの過度の追求の結果だった。高度成長期とか戦前でも江戸時代でも貧しいときの方が日本人は道徳的には高いものをもっていて治安も良かった。

明治に来た外国人が日本人はほんとうにいい顔している、満足している顔しているとかその表情を見て感心していた。それは社会が貧しくても身近に協力しあねば生きていけない社会だったからかもしれない、それに豊さを過度に追求しないからかえって少ないものでたりるとしているからそんなにあくせく働く必要もないとかあった。今は豊になってかえってあくせくして心に余裕がない人が実に多いのだ。金がない金がないと金欠病になっている人が実に多い、それもあまりにも豊かさを求めた結果だったのである。ある程度の貧しさでいいとしていたらこんなことにはならない、豊かさの餓鬼地獄になっているのだ。これでいいとか満足することがないのである。
 

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2011年10月15日

終身雇用制は労働意欲を醸成した (派遣、時間給の労働がモラルを破壊した)


終身雇用制は労働意欲を醸成した

(派遣、時間給の労働がモラルを破壊した)


●終身雇用制は労働意欲に不可欠だった

最初に就職した場所を生涯の職場と心得て、あらゆる職場で、全精力を傾けて働いた。卒業と同時に就職した組織が、忠誠心とエネルギーを傾ける場所になった。その組織を発展させることが、自分の仕事を、自分の人生を発展させることと同義になった。
http://uonome.jp/article/tougo/854


利益優先で企業のモラルが低下すると、製品の品質が劣悪化するのは当然である
http://www.ne.jp/asahi/21c/union/news/no80/03ap_seih.html

この時代の働く意欲は終身雇用からでていた。これは極めて日本的労働形態だった。なぜなら終身雇用とは江戸時代の村のように一生をともにする,働く協働、協同、共同のコミニュティとしても機能していた。会社はそれほど人間の存在意義を与えるものとなっていた。会社人間には社蓄とかと批判されることもあるが人間の存在意義すら与える場所としてあった。だからドラマでもリストラされた人が自殺したことでもわかる。会社から離れたとき存在意義が断たれてしまったのである。そうした存在意義は終身雇用だからありえた。今のように派遣だとかパ-トとだとか時間給では絶対にありえない、時間給は時間を切り売りしているのであり極めて非人間的な働きかたである。それが常態化したとき労働の倫理はモラルは破壊した。派遣とか時間給は勤めるとか奉公するとかとはまるで違う。それは一時的に派遣する、一時的に時間給で働く・・・そういう人生を部分化する、時間も切り売りされた部分的なものとなる。終身雇用だったら時間は一生費やされるものであり奉公するというときもそれは一生であり時間給ではない、江戸時代の武家でも主君に奉公するというとき一生のことであり一時期、一時間のことではない、全人生を奉仕する奉公するということになる。君主に仕えるということはそういうことでありそうでなければモラルはありえない、時間給で働き派遣で働くとなると限られた一時間を金のために働くのでありあとは君主であり雇い主であり関係はなくなる。そういう働き方にはモラルが生まれようがない、ただ一時期を部分として部品として金のために働くことになる。終身雇用は外国のように職能団体の組合とも違う。

外国では職能ごとに組合があり強固であるからストも長びく、労働組合は資本家と経営者と対立してある。だからマルクスの階級闘争の思想も生まれた。今もヨ-ロッパでは階級社会であり貴族と支配階層と労働者は分かれて暮らしている。言葉すら違っている。イギリスでは英語に通じていれば労働者階級かどうか見分けられる。日本でのステ-タスはいかなる会社に属しているかであり階級ではない、会社が一つの村であり藩になっていた。

会社のビルの上に鳥居を作り祭っている。会社を反対にすれば社会なのである。そういう社会を戦後作ってきたのである。それは悪いとは言えない、労働のモラルを作ってきた。それが日本の高度成長を成し遂げた要因だという人もいる。つまり労働意欲がどこから生まれるのか?そのことが大事なのである。労働意欲は確かなことは派遣とか時間給から決して生まれない、江戸時代だったら藩に帰属して奉公する、勤める、商人も商家に奉公するとなりそういう部分的にではなく帰属するものがありそこに仕えるということで働く意欲が生まれてきていた。職人は職人でまた違っていた。職人は会社に属するというのではない、自らの職を技をみがくことに追求することにあった。職人は個々人でありその技を追求することに誇りをもっていたのである。だから下駄にしても職人の名前の下駄がありさまさまな分野で職人の名前がつけられているのだ。現代では職人の名前をつけている物はない、たまたま包丁作りでいい職人が近くにいて名前が彫られていた。でもそういうのは大量生産時代には消失したのである。


●江戸時代に犯罪は少ないのは移動しない生活だったから


もう一つ大事なことは労働のモラルが保たれたのは一カ所に定住して住んでいたからである。このことが意外と見逃されている。現代はめまぐるしく移動するから江戸時代がどういう生活か誤解しやすいのである。人はほとんど移動せず暮らしていた。農村は自給自足的な生活だった。するとそこに住む人は長く住んでいるなじみの人ばかりだった。そして一代だけではない、三代くらい住んで村の一員として認められるように長く住まないと信用もないのである。信用はそもそも長く一緒に住み生活しないかぎり協働しない限り作られない。ところが現代の生活は経済的にも今日あって明日は別れているような関係が多すぎる。そういう所からは信頼関係は生まれない、どうせ今日限りだとなればいちいち相手のことを考えない、ただ一時的に物を交換するようなものとして物として考える。それがマルクスの言う貨幣が神となる物神化現象となる。人間はそのときモノに過ぎない、モノとしてしか見ていないのである。そこから人間疎外が起きてきたということがわかる。人間の信頼関係とか存在意義は長い時間の中でしか作ることはできない、江戸時代は変化が少なく長い時間で継続する仕事が多かったのである。だから農家はもちろんそうだが職人でも十何代もつづいているような職人の家があった。そういうことはもう一代だけではない、そんなに長くつづいているのだから社会も安定しているしそういう所では犯罪は起こりにくいのだ。農村でも長い時間の中で人間関係も培われている。即性的なもの一時的なものはないのである。

一時的なモノを交換する、売買するような関係ではないのだ。そういう人間関係は狭い関係にはなるが犯罪を犯せるような社会ではない、そういう所で一人が犯罪を犯せば村自体が崩壊しかねない、それでそういう人がいても何とか一緒に暮らす方法をとる。いちいち裁判に訴えるようなことはしにくい、村のうちで丸く治める、そういう大家とか庄屋とかが仲介役として折り合いをつけていた。それが談合とかの日本的な折り合いの決め方になる。それをいちがいに悪いと言えないのはやはり狭い社会だとそうなる。波風をたてずみんなが穏便にまとめる方法をとったのである。だから日本人はあまり自己主張しなというときそういう狭い村の中で生きていたからである。ただそういう場所では犯罪は極めて少ない、日本で犯罪が少ないというときこういう狭い村のモラルがあったからである。よそ者が交じり合う世界ではなかなかこうはならない、日本でも外国人が交じれば増えれば犯罪がふえてくる。江戸時代からすれば今は何万倍も犯罪社会になっている。


●時間給、派遣の労働がモラルを破壊した


その原因が派遣とか時間給の労働の仕方にあった。特に時間給の介護士とかヘルパ-とか手伝いとか家に入ってくる人はもはや全く信用できない、時間給ということは時間を細切れにして労働を売っている。そういうとき金さえもらえればいいのだから労働のモラルも何もない、人を助けるということなどありえない、時間給で金さえもらえればいいということしかない、働く動機がそれしかないときいかに危険なものになるか、これは身をもって経験した。アメリカでは手伝いの人を裸で働かせるということで話題になったがそこまでしないともう働かせることもできない深刻な状態になっている。金目のものは盗まれるし家の事情がわかることは非常に危険なのである。


それも時間給とか派遣とかいう働き方が原因としてあった。ただ十年とかその家で働いていて家族の一員になっているような人は別である。それだけの時間の中で信頼が生まれているからだ。ところが最近はそういう金持ちの家でなくても一時間とか時間給で家の中に入ってくる仕事が増えたのである。こういうのは本当に危険極まりないのだ。信頼するには時間がかかりその時間をもてないで雇うからそうなる。そういう時間給で働く人には労働意欲が育たないし信頼もできないのである。特に人と人が直接向き合う介護関係はそうなる。そこではただ物の売買だけではない、親密な関係になるからだ。そういうところでは時間給とか派遣とかで雇うのは向いていない。本来そういう仕事はなかった。最近高齢化で生まれたものである。昔は隣近所で介護の世話をしていたとある。なぜ隣近所が向いているかとなると近くの90才の老婆と話ししたけどその人は自分が子供のときから知っている。今になり話ししていると自分の母親のようにも思えた。おそらく狭い村で育った人はみんな顔見知りであり一族のようなものになっていた。それは昔の言葉からもそうなっていた。


ハワイで発見された親族名称体系。全てのオジ・オバが父・母と同様に呼ばれ、全ての従兄弟・従姉妹が兄弟・姉妹と同様に呼ばれています(モルガン)


人間は部族時代ならみんな家族でありそうした大家族の一員になっていた。そういうところでは犯罪はおこりにくい。そういうところでは現代のような金が第一の社会ではない、金は貨幣はやはり交通が発達して外部との接触が増加すると金が大事になる。外部との接触がすくないと金は使いようにも使いない、金が贅沢品から生まれたというとき貝から生まれたというときそれは装飾品であり贅沢品だからそうした贅沢品は外部から入ってきたからそうなっているのだ。そういう贅沢なものが入ってくるとき金の力は大きくなり金をもつものともたざるものの階級分化も起きてきた。都市文明になったとき階級分化が起きてきた。それは市が都市の起源だとすると贅沢品が外部から入ってくるからそうなったのでる。だから二千年前のギリシャのポリスでも現代と同じ状況が生まれていた。それは貨幣が社会を支配するものとなっていたからである。


●福祉関係は金だけでは通じない世界


特に福祉関係ではそうでるある。「オマエなんか助けるつもりなど全くないんだよ、あわれみもしない、オレは金がないから時間給でオマエのために働いているんだよ、一時間でいくらかもらい働く、手助けするが一時間だけだよ、あとはしない、一時間これっぽちでは働く気などしないがしょうがないんだよ、オマエなんか死ぬおうが死ぬまえがどうでもいい、問題は金だよ、金をくれ、同情するより金をくれ、同情などしない、金さえもらえればいいんだよ、・・・・」こういう心の人が普通に働いていることは福祉関係では恐ろしいことである。あわれみなどまるっきりない、動機は金しかないのだ。だから非常に危険である。だから身寄りがない人は本当に悲惨である。例えいくら財産があっても苦しいとき助けてもらえない、むしろその巨額の財産のために殺されることが推理小説の普遍的テ-マになっている。そういうことは日常的に親族間でも起きているからめずらしくないのだ。そして身寄りのない人はどうしても今の社会は金だけが頼りになる。施設に入るにしても金である。でもいくら金があっても金で人の心は買えない、そのことが最後に老後になるとわかる。金があっても誰も助けてくれないということが現実としてわかる。みんな求めるものは金だけだとなる。自分もあわれみ助ける人は一人もいないことがわかる。金で雇う人は金が目的なのだがらあわれみなどない、それは親族さえそうなっている。そして遂には笑い事ではなくネコや犬に財産を残すということが事実として起こっている。ペットは金を欲しいと思わないからだとか最後の友はペットだったという人も高齢化で多くなっているのだ。無縁化社会もそうである。ただ若い人は老人になり身寄りがなくなることがどれほど恐ろしいことか実感できないのである。


ソロン自身が都市国家を破滅に導く最大の要因として「金銭の誘惑」をあげ「悪人でありながら富める者、善人でありながら貧しい者」が多いことを嘆いているようにこの世紀に抗しがたい貨幣経済の元でおよそその方向にしかなさえなかったのだろう。(時間の比較社会学-真木悠介)


人は金なりという言葉が前七世紀にすでにあったというから貨幣の歴史もそれだけ古いのである。
貨幣がこの世を支配するときそうなってしまった。グロ-バル化も金融が世界を動かすというときそうなった。でも金というのは紙幣にしかすぎない、実体ある富ではない、だからある時紙幣は紙屑になる時がある。資本主義が世界恐慌となりそういう時が迫りつつある。こういう社会はやはりある時ゆきづまり崩壊する運命にある。そういう時が近づいている。クロ-バル経済も崩壊する予兆がでている。それはやはり非人間的な貨幣が支配する社会の終焉に向かっているのかもしれない、今回の津波もそういう非人間的な社会から助け合う人間の姿を見た。それは利益追求だけではない、苦しいときただモノを運んでくれるだけでその運んでくる人が利益だけではない,命を救っていたのである。経済は協力のことであり利益追求だけではないことを知ったのである。助け合う協働に経済の基本があった。だから暴利をむさぼる人はやはり悪人なのだが資本主義社会ではそれが許されている。

その反発が世界中で激しくなりデモがアメリカでも起こっているのだ。ただここで言っているうに貨幣なしの社会は作り得なかった。貨幣に代わりうる社会の構築はむずかしかった。物々交換の社会にもどることはできない、貨幣なしの社会をつくりえるのか、何か新しい方法があるのかとなる。労働を労働で返すというのは昔は行われていた。ユイとかではそうである。それは貨幣なしの協働社会だったのである。そういう社会が江戸時代にはあり犯罪が極端に少なく協働社会は人々がなごやかにむつみあう社会でもあった。だから明治時代に訪れた外国人は日本人は幸せそうな顔している。その顔もみんななざごやかな笑いに満ちていたのだ。今はみんな憂鬱であり幸せそうな顔をしている人はいない、ただ金に追われ信用はない、不安定な相互のつながりもない無縁化社会になった。身寄りがある人はあまり感じないけど身よりない人はこういうとき最も悲惨な最後が待っているのだ。金だけではどうにもならない時が来る。だから最低限金だけではない家族や仲間を作っておく必要があった。そういうことを痛切に感じる時が来る。


 

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2011年11月09日

モラルなき欲望資本主義はすでに崩壊している (働かない人が増えるのそのため)

 

モラルなき欲望資本主義はすでに崩壊している

(働かない人が増えるのはそのため)

●修道院からはじまった資本主義


当面生活に必要なお金が手に入れば、それ以上働かないというのが生物としてはむしろ自然な行動だと思います。


労働そのものに価値を見出し、経済発展を遂げた国はプロテスタントの国と日本だけです。


キリスト教の信仰から、近代資本主義に必要な「勤勉」「契約の遵守」「所有権の確立」「資本の蓄積」という考えが出てきたのです。


カトリックは一般信者を甘やかしたので、この精神も希薄ですが、プロテスタントは厳しくキリスト教の原則を守りました。


http://plaza.rakuten.co.jp/sailmssn/40000


人間はそもそも本来は怠け者であり働かなくてもよければ働かない、勤勉になるのはそれなりの理由があるのだ。資本主義は修道院の中から生まれたというときまさに宗教と特にキリスト教と関係していたというときその基になるのが宗教だった。神に仕え人に奉仕するために勤勉になったのである。人間は豊になりたくてもそんなに働かない、働かないことを選ぶ場合だってある。労働は過酷でありすべての人が過酷な労働に耐えられないし選びもしない、貧しくてもそれなりに暮らせればいいとか考える人がいるのだ。江戸時代は会社に勤めていない、職人は一人一人であり商人も棒ふりなど一人一人の零細な商人だった。大きな商家はあっても底辺の多数は一人一人の商いであり職人だった。だから会社のように何時間働けとか強制されない、今日はこれくらい稼いだからあとは休もうとか働く時間もル-ズなのである。分刻みで働かせられる現代とは違っている。工業会社社会ではそういう圧力から逃れることはできない、会社員でないものは人にあらずとされるからだ。ただそういう会社社会の勤勉ももともと修道院からはじまったのだから宗教的なものとして出発したのである。その宗教的モラルが強制力をもつようになったのが社会全般に普及したのである。侍のモラルが民衆のモラルとなったのと同じである。商家でも奉公するというとき侍が主君に奉公すると同じなのである。

●侍はモラルの模範であった


侍のモラルを習って商人のモラルもあった。修道院のモラルが一般社会に普及して人々は勤勉になるようになった。それは最初は自主的なものであり強制されるものではなかった。信仰はいくら信じろと言っても信じない人は信じないからだ。どんなことでも人間はすべて強制してやれるものではない、奴隷すら強制的に使用はできない。その人が何か有効な価値を見出すとき自主的に働くことになる。その時その人は本当に金だけではない労働自体の価値を見出しているのだ。そういうことは本当に特別なことではなくあらゆる仕事にある。ヘルパ-とか掃除婦とか卑近と思われる仕事でもある。

ただ労働は今や一般的に苦役であり強いられた労働となっている。初期の自主的にはじまった資本主義の精神とは違ったものとなっている。それは宗教意識、信仰の堕落だともなる。働くモラルが低下したのである。また初期の信仰心から発した労働と今はまるで違ったものとなってしまった。ただ欲望を満たすだけための労働となった。最初は勤勉であり節約が美徳とされ労働はあまり消費に重点を置いていなかったのである。そもそも修道士は禁欲を実行するものだからそうなった。仏教でも修行者は禁欲を実行する者である。だから修道士や僧侶がぜいたくすることは禁止されるし他からみても許されないのである。


労働そのものに価値を見出し、経済発展を遂げた国はプロテスタントの国と日本だけです。


日本人がなぜこんなに働くのか、勤勉ななのか不思議である。労働自体が救済であり労働自体に価値あると見なしているからだ。働くことが勤めるとは仏教のお勤めのことである。お経をあげることである。それは宗教と関係していた。働くも端を楽にするということは他人を楽にしてやりたいということは助けたいから働くということは宗教的と言えないことはない、働くにはそういう動機があったのである。働くことは自分もそうだが他人を益すること他人を助けるということがあった。奉仕とか奉公とかはそういうことがあったから出てきた言葉である。自分も無化してただ仕える奉仕するということがあった。そういう仕事は今でも家事とかに残っている。家事するのは無報酬の愛が基でありそれがなければ成り立たない、その家事を切り離して利益労働にするとただ利益だけを追求するようになる。家事から離れるとそこに愛は必要なくて利益だけを追求するものとなる。

つまり労働でも動機が大事でありその動機が失われたときその社会は崩壊する。「神は人の心を見ている」というときいかにあらゆる所で動機を見ているかわかる。犯罪でも故意なのかどうかまずみる。盗むにしてもコンビニなどで知らずにカバンにパンを入れてしまったことがある。週刊誌を読むのに気をとられてそうなった。全然盗む気がないのにそうなった。そういうのは犯罪にはならないが外から見れば盗んだように見える。殺意なくて偶然殺人になることだってある。そういうものも犯罪にならない、明確な動機がなければ犯罪にならないのだ。だからもし具体的に犯罪にならなくても恨みを抱き殺意をもったらすでに犯罪だというのも言える。それほど動機は大事なのである。


●モラルを実行する模範とすべきものがいない社会の荒廃


資本主義は修道院からはじまったのだから動機は今とはまるで違っていた。神に仕え奉仕するというのが先にあり禁欲であり節約であり勤勉があった。大金もうけてやりたいことをやるというのとは欲望を満たす資本主義とは違っていたのである。現代の資本主義はすでにこの動機、モラルの点で崩壊している。すべての働く人の動機はすでに不純でありただ金が欲しい欲望を満たす何か消費したい、贅沢したいという動機しかない、だから手っとり早いのは働かず盗んだ方がいいとさえなる。みんなそういう気持ちになっているのだ。現代はもうモラルが崩壊している。経済の基礎は道徳だというのは本当である。その基礎が崩壊しているのだから資本主義自体崩壊しているのだ。それは下々のものまでそうである。下々のものもモラルは江戸時代だったら侍を模範としてモラルを形成していた。

それで奉公ということが商家でも習ってそうなったのである。今や習うべきものがない、金をもうけることがけが最優先される。欲望を満たすことだけが追求されている。教育からして他人を蹴落としてまで受験戦争に勝ちいい会社に就職して楽をする得をするということを教えられる。その結果として東大を頂点とするヒエラルキ-が生まれた。官僚が身分だから壊せないというときそれは江戸時代の侍の身分とは違っている。侍は庶民と同じく貧しかった。


ただ模範とされたのはモラル的なものとして精神的な徳を実践するものとして見習ったのである。今は上に立つ人はモラルがない、官僚であれ、政治家であれ、会社であれ、あらゆるところで金さえ得ればそれでいい、利益を得ることが第一とされる。そして模範とするべきものはない、ただ金持ちを庶民はうらやむだけでありそのうらやむのは欲望を満たすことができるからいいというだけである。官僚の天下りとかそういうものを見れば誰もうらやましがるのはそういう身分になれば得をするということだからである。濡れ手に粟で金を入る立場になるということがうらやましがられているだけである。実際に上に立つものの腐敗がモラルのなさが原発事故につながっていた。ただ金を得るということで人々は働いていたのである。マスコミも宣伝費をかせぐためにそうなり官僚も巨大な天下り先だから監視が甘くなり地元も金になるということで見逃されてきたのである。技術的問題もあったがモラルの崩壊としても事故は起こっていたのである。


●資本主義はモラルが喪失したからすでに崩壊している


資本主義が修道院からはじまったとういとき余りにも今は変わりすぎた。強欲資本主義とか欲望充足のためだけの資本主義であり土地転がしとか金転がしで金融業がアメリカの産業だというときアメリカの働くモラルも最悪である。西部開拓時代はホイットマンのように働く人は実業に働く人でありその人たちが讃美されて詩になっていたのである。金転がしのようなことで巨万の富を得るような人達ではなかった。その時代は働くことでも健全であったのだ。資本主義はもう崩壊しているのだ。それは恐慌とかそういものではない、経済の基礎となるべき道徳が崩壊しているからだ。日本はそうではないというが日本も同じである。日本には明治時代あたりにあった義理人情とかまるでない、ただ金だけが

唯一の価値となってしまった。だからこそ今働かない人がニ-トなどがふえたりしているのは
働くことに意義を見出せない人々がふえたということもある。働かないということが価値観にすらなっている。働く奴は負けだとかさえなっている。それは余りにも働くということが金だけの欲望充足のための経済となったためである。唯一の価値基準は金しかない、金があるものが一番偉いのであり金がある人が一番責任がある社会である。金がすべてになればそうなる。金によってすべてが動くとなればそうなる。庶民も見習うべきは金持ちでありかただ金持ちになりたいというだけである。そうすればすべての欲望や願いもかなえられると思っているのだ。そのことが資本主義が崩壊していることなのである。そういうことが極点に達すればモラルがないのだから崩壊する。人間社会は基礎に何らのモラルがないともう維持できない、無秩序の弱肉強食の社会になってしまう。そういうふうにもうなっているから崩壊してゆく。


人間は明かに働くにしてもモラルが必要だったのである。ただ金だけ欲しいという動機の人は実際はヘルパ-でも家政婦でも家の中に入ってくる場合本当に怖い。家の事情がわかるから大きな犯罪に結びつきやすい、昔の奉公するというモラルもないとすると働く動機が金しかなくなれば人など簡単に雇えない、そういうことは金では福祉関係などでは助けてもらえないということである。社長が借金ある人は側近に雇うには信用しないとか金のない人は危険だというのもわかる。金に飢えている人は犯罪予備軍なのである。そういう人を簡単に信用したら大変なことになる。虎視眈々と財産をねらっているという怖さがあったのである。そういう恐ろしい時代にすでに入っているのだ。だからこそ資本主義はモラルの喪失から崩壊してゆくし実際に崩壊している。それが今や恐慌からではない、働かない人がふえたり上に立つものから下々のものまでモラルはなくなり崩壊しているのである。庶民にしてもモラル的に模範とすべきものなど何もない、今一番偉いのがお医者様になるけどお医者様にしても病院では利益第一主義でありいらない薬とか金のために無用な手術までしたり怖いことが起きている。それは金のために殺人するとさほど変わりないけど医療の現場では隠すことができるし許されるのである。医も算術になったのである。


●モラルが崩壊すれば法律も役に立たない


そういうモラルの荒廃が社会全般に起きているからこそ資本主義は崩壊する。原発事故もそうしたモラルの崩壊も原因して起こったのである。危険をかえみみずただ利益になればいいというだけである。それは社会全般にそうである。宗教はカルトとなりこれも利益追求を第一としてとても修道院からはじまったモラルなど皆無である。教えることは贅沢ができることでありそういう身分になれとはいうことで権力を追求しているのだ。そのために毎日祈っている、禁欲など全くないのである。モラルが崩壊することは社会が崩壊する深刻なことだとまだ認識していない、これは法律だけの外部からの強制では成り立たない、人間は自主的なものがなければ成り立たない、自主的に働くことや自主的に社会に参加して働くことがないかぎり成り立たない、強制では成り立たないから共産主義は崩壊したのである。

民主主義はそうした自主性を育つものとして作られた制度であるけどそういう自主性もモラルも喪失するとき最悪になる。自由は自由なエゴと各人の欲望を充足するためのものであり権利だけを主張して義務は実行しない、とにかく金だけはよこせというだけになる。ボランティアが震災で起こったがその時やはりその時働くこと自体人を助けることに意義と喜びを見出しているからこそできるものであった。その労働は修道院からはじまった資本主義の理念とか動機と一致していたのである。そこに働く意義をかえって見出したのはそのためである。ただ物資を運ぶことが人助けになっていたのである。まさに働くことが奉仕だったのである。
震災の負の面も大きかったがそういう点で助け合うのが経済だったということを見直したのはいい面として働いたのである。


資本主義の堕落がここに書いてある。
http://www18.atpages.jp/hisao123/newpage16.htm

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2012年01月03日

禁欲生活から始まった資本主義にもどる必要がある (宗教は人間の欲望を抑制するために生まれたことを再考せよ)


禁欲生活から始まった資本主義にもどる必要がある

(宗教は人間の欲望を抑制するために生まれたことを再考せよ)

●働くこと自体、欲念や欲望を避けるためだった


宗教はそもそも禁欲からはじまっている。道徳というものはすべて何らかの欲の抑制と禁欲を教えている。資本主義すらもともと修道院の禁欲主義からはじまった。神に奉仕して民衆に奉仕することが動機となっていた。そのためにこそ働き利益をあげることが神から許されたのである。修道士は利益をあげてもそれでもって享楽したり贅沢などしない、家庭ももっていないとしたら日々食べるだけで満足しているのが修道士である。そうしていれば自ずから利益が上がり利益は蓄積され資本も蓄積される。ではその利益が蓄積されその資本をどう使うかが問題となる。消費をしない倹約、禁欲を守るのだから修道士は消費しない、でも生産が増加すればもの余りになるだけである。資本主義は勤勉の宗教、哲学なのだからいつかはそうして日々働いていたら誰かが豊になり裕福になることに運命づけられている。一方で富は富裕になることは修道院では禁止されている。そういう矛盾が資本主義にはあった。


日本人が勤勉だというとき本当に明治から大正生まれの人は良く働く、そして消費をすることを悪いものとしている。それが極端になると働くことだけを価値となしあとの一切の消費を悪いものとして否定する。食べるものは贅沢したりして認めている。しかし庭とか作ったりしたら全く価値を認めない、他のものにも認めない。趣味的なものも認めない、花を買って挿したりすることは多少認めていても庭に花を植えたりして鑑賞することも認めない、一切遊びもしない、趣味で遊ぶことも体験もしていない。そういう環境にもあり労働が子供の頃から強いられた世代である。すべてがもったいなという世代である。だから食べ物で今贅沢しても食べ物で何か文句を言ったりすることもないのである。どんなものでもありがたい、食べられればいいという世代である。そういうことは感心する。しかし自分の家族のことは極端だから一般化はしにくい。しかし何のために働いたのかというと奇妙なことは働くために働いたということになる。たいがい今は消費するために働いている。食べるほかに家が欲しい、いい車が欲しい、大きいテレビが欲しい、海外旅行がしたいとかそういう消費がグロ-バルに広がったからそういう消費で満足するために働く。そういう欲望が限りなく広がって来たのがグロ-バル化経済の欲望資本主義である。


なぜこれほど労働に重きをキリスト教のプロテスタンシズム、修道院では置いたのだろうか?それはおそらく働くないと気が散りかえって様々な欲望や享楽の誘惑に負けるからだったともいえる。働くことに夢中になっていれば別に消費しないでも誘惑からまねがれるからいいとなる。そうでないと怠惰な時間があるとそこに欲望や誘惑が入りこんでくる。それを修道士は恐れたのである。それは別に厳格なキリスト教でなくても仏教でも禁欲であり禁欲こそが宗教であり哲学であり道徳なのだ。ただ仏教では働かない、洞窟で座禅を組み禁欲にはげむ、僧院にこもり修行するのも禁欲である。インドなど暑いから木蔭でじっとすることが暑さに耐えることも関係していた。蓮の花のあうのはインドである。その蓮の花がエジプトでもロ-タスとし象徴的な花となっている。蓮の花はもともと暑い国の花である。

プロテスタントシズムが起こったのはドイツとか北欧とかでありそこは寒い国だった。寒い国は勤勉になる。暑い国はどうしても怠惰になる。だから座禅を組んで働かないで禁欲を実行したが座禅しても気が散り欲望は目覚める。かえって強く目覚める。一方働くことは気が散らない欲望を忘れられる効果があった。それで修道士は働くことに勤しんだのである。働くために働くということとある程度共通していたのである。自分の家族の場合は異常だったけど修道士はそうではなかった。神に奉仕しているとして働いていたのである。時計というものが修道院内で発明され時の鐘を鳴らすのは修道院でありそこで時間の感覚が養われたのである。


●キリスト教では座禅する代わりに働いて禁欲した


宗教というのはどうしても禁欲が不可欠なのである。例えば女性と交わらないというとき女性はあらゆる面で欲を増長するものとしてあることがいなめないのだ。その衣裳で飾り様々なもので誘惑する。それは女性が悪いというのではなく極自然な行為としてしている。それでその女性の贅沢のために男性が働くということも普通にある。するとそうした労働は贅沢のためであり宗教的にはしてはならないものである。だけど働くということに重点が置くとその意図とは違ってそうした贅沢なことに消費されるのである。そこにまた矛盾があった。それでソロ-が働くことを拒否したのは金持ちのために金持ちの浪費のために働いているとかを見て働くことをその場合は無意味としたのである。確かに現代の労働となるとすべてが本当に必要なものなのだろうか、これほどの労働が必要なのかという疑問がでてくる。貧しいときは労働は必要だった。おそらく機械化も関係している。コンバイン一台で千人分の麦刈りをしてしまう時代である。人間の労働はある程度機械が肩代わりするようになった。すると人間は機械と比べるとこれだけの差があるのだから人間の労働が無力になったから働くことが必要なくなったという一面はある。ただ労働の分野は無限に増えている。介護とか新しい分野ではいくらでも必要になっているのだ。家事などは機械化して消費化しやすくなっているから金でまかなうことができる。自分でもほとんど買ってまかなっている。風呂も自動だし洗濯も自動だから一人で何とかやっていけるのだ。ごはん炊くこともしていない、インスタントの米をレンジであたためて食べることができる。これが昔のように電気釜もない時代だったら家事だけで一日が終わっている。洗濯にしても骨の折れるものであった。昔の労働は大きな部分が家事に費やされていたことは確かである。女性の主な労働は家事だったのである。


人間は強いられて働いてきた。日常の糧を得るために追われ働いてきたのが普通である。でも豊になると働く必要もないのに働いているように見えるようになった。明治維新後は欧米に追いつくために富国強兵とかがむしゃらに働かされたのだ。豊になることを追求してきたのだ。戦後の焼け野原になってからも物質不足でありその物を充たすために団塊の世代はがむしゃらに働いたのである。それが今働かない人が人口の三分の一くらいもあるような時代になった。高齢化の人も年金暮らしで働かない、ニ-トや若い人でも働かない人口が多い。これほど働かない人がいた時代はないだろう。ただ働かない人達が働きたくないということではない、自分の生き甲斐となるものがあれば働く、ぶらぶらして何もしないということも楽でないからだ。そしてそういう暇な所に欲望や享楽の誘惑がはいりこみやすい、また小人閑居して不善を成すとなやすいのである。働くことは修道士のようにそういう欲望を抑制して逃れるためにもあったのだ。特にに若いときは欲望の力が爆発的になるから余計にそうである。そこで禁欲を実行することは至難である。


ところが懸命に労働しているとある程度逃れられるとういことがある。座禅などしていてもかえって欲望が増大するからむずかしい。ともかく人間の生活には明かに禁欲が必要だからこそ昔から宗教や哲学や道徳が生まれたのである。欲望のままに生きる人間は野獣と同じになってしまうからである。結局人間の悪は性であれ何であれ抑えられない欲望のために起こるからだ。だからあくなく消費を刺激する現代の資本主義は全くプロテスタントシズムからはじまった禁欲の資本主義と正反対のものである。消費がすべて悪いものではない、消費も生産につながっているものもある。旅をしたことは知らない世界を見聞することであり本を買うことも知識を得ることであり消費は生産につながるものでもある。だからいちがいに消費は無駄とはならない。ただ絶えざる性を刺激するようなファッション産業などや様々な消費が奨励されるのかとなるとそうは思えないものが増えてきたのである。車だって本当にこんなに必要なのかと疑う、そんなことを言う人は今は異端であり誰も相手にしない。もし車が過剰で無駄だとなるとき車を生産していることにで働くことも無駄だとなるのだ。働くことが疑問になったのはあまりにも物がふえすぎた結果だろう。そしてさらに足りない足りないと欲望を刺激するものが過剰に作られているからだ。


●現代は昔の禁欲生活が必至になった


江戸時代から戦前は貧乏だから別に宗教のように禁欲を強制しなくても強制させられていたのである。禁欲が大きな価値となっていた。宗教的には享楽的消費より禁欲が推奨される。それで魂は汚れから逃れられる。そして実際に禁欲というのは現代文明には不可欠となっているのだ。原発事故がなぜ起きたのか?その原因はいろいろあるにしても人間の欲にあったことはまちがいない。原発は人間の欲望に答えるものだからこそ危険なものでも作られてきた。原発は人間の欲と深くからんでいる。だからこそ廃止することもむずかしいのである。すべての人の欲を抑制させることはむずかしいからだ。地元にしても原発からの恩恵があるから積極的に誘致したという経緯もある。だから原発も宗教ともからんでくる。双葉町辺りで何キロしか原発から離れていない所では家族がばらばらになりその主人が家族が一緒に暮らせるならロウソクでもいいと言っていた。まさにそうした極端な禁欲的なことを言うようになったのはその被害が大きすぎたからである。こんなに害を及ぼすものだとは思っていなかったのである。


原発を拒否するには生活そのものでは昔のように禁欲的にならざるをえない、俗社会では耐えられないということになればまた原発事故が起きて住めなくなる。以前として欲望を拡大化する欲望資本主義が継続されたらまた原発事故が起きる。社会全体に禁欲が要求されているのだ。もちろんロウソクにしろとか車をもつなとかは言えない、しかし禁欲はある意味で強制的にすら必要な時代になっている。そして禁欲がすべて悪いとはならない、禁欲はかえって満足をもたらす、幸せをもたらすことにもなる。江戸時代の人々が幸せそうに見えたというのは今より欲望が抑えられて禁欲的だったからである。人間の欲望は限りないし決して満足をもたらさない、結局人間は何ら本質的には変わってない、欲望から脱しない限りこの世に平和はこないし人間は欲で滅びるということは変わっていない、原発だって人間の限りない欲望が作り出したものである。原発は科学の問題であり科学がやがて解決するというがそうはならない、今回の津波はこれ以上原発をもつなという天からの神からの警告だった。これを無視してさらる原発をつづけるなら日本は滅亡する。地震国であり津波国であり危険すぎるのである。アメリカの科学者が日本では狭いから原発事故になると逃れる場所がないと言っていた。二三ケ所事故になったら日本は滅亡して外国に逃れるほかなくなる。


いづれにしろ人間は常に少数者であれ禁欲を実行する人達を必要としていた。それが今のように全く世俗化した社会になったとき欲望のみが放置され拡大化してゆくときそこから原発事故でもあらゆる害が抑えようなく起きてくる。カルト宗教にしてもそこもぎらぎらした人間の欲望を増長するだけの団体である。宗教はあらゆるところで厳格な禁欲を実行する場ではなくなった。神社にしてもそうでないか、賽銭にはこの世の欲がこびりついている。何を祈るかと言ったら何かのこの世の欲望を実現したいが為にお参りしているだけではないか?だから現在は神聖な場はすべて欲で汚ごされている。寺もまた戒名商売とか観光商売とか世俗の欲と離れた世界ではない、宗教は本来世俗の欲と離れることを志向した。世俗の欲を絶つことが出世であり信仰の場だったのである。そんなところ今はどこにもない、宗教的な場所に行けばそこは常にそうである。なぜ山の上まで行ったらそこに神社があって賽銭のようなものが要求されるのかわからない、どこでも賽銭が要求されるのが宗教的な場所になっているのだ。それは商人にかけた関税なのかとも思う。だから今は自然そのものにじかに接することが身を清めることであり宗教的な場に行くべきではない、そこには常に人間的な欲がまとわりついているのである。昔のように禁欲的な修行をしているということもないのだ。ただ賽銭をもらいたいという人が形だけ僧侶になったり神主になったりしているように見えるのだ。宗教はそもそも禁欲を実行する場でありその原点に帰るべきなのである。

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2012年05月10日

土着なくして職業も学問も芸術も報道もない (故郷とは有機的に結合されたミクロコスモス)


土着なくして職業も学問も芸術も報道もない

(故郷とは有機的に結合されたミクロコスモス)

●土着の思想
土民生活に於ては一切の産業が土着するが故に農工業や交換業が或は分業的に或は交替的に行はれて鞏固な有機生活が実現される。

鍛冶屋も土民なら、大工も左官も土民だ。地球を耕し――単に農に非ず――天地の大芸術に参加する労働者はみな土民だ。土民とは土着の民衆といふことだ

土民思想に於ては、職業によつて軽重を樹てない。たゞ総ての職業が土着することを理想とする。自治は土着によつてのみ行はれる。然るに他の諸々の職業人と有機的に連帯しない農民のみの土着は不可能だ。その土着生活は必ず他の職業に依頼せねばならないので、再び動揺を起さねばなるまい。総ての職業が土着するには、金融相場師がなくなるを要する。総ての職業が土着すれば、そこに信用が確立し、投機が行はれなくなる


底本:「石川三四郎著作集第三巻」青土社
http://www.aozora.gr.jp/cards/001170/files/46455_25648.html


土着性とは何かというときこれも奥深い問題である。土着というときそもそも人間は土着しなければ生きていけないということからはじまっている。縄文時代はその土地に動物のように土着して生きていた。回りにあるものだけを食べて生きていた。どんぐりまで食べていたとすると猿とさほど変わらないものであった。それしか生きる道がないし神は動物でも人でもそこに生きる糧を与えていたのでありそれで生きていた。弥生時代になり稲作がはじまっていても基本的には土着なくして生きてはいけない、農民的土着的生き方が江戸時代までの生活だった。今日のように高度に文明化したとき、改めて土着性が問題になった。それはとりもなおさず人間は土着的なものから余りにも離れてしまったからである。当たり前のように土着的に生きていたものが土着的でなくなった。東京辺りだと土すら見ることがない、そこでは土着という言葉さえ通じなくなってしまう。土から離れて生きる人が何千万人と今ではいる。江戸は百万都市でも回りは農家であり農家の人が町中まで深くかかわって暮らしていた。だから江戸に住んでいてもやはり土着的な所があった。

土着的というとき人間も自然の中に生きるのだから当然土着なくしてありえない、誤解しているのはあらゆる職業が土着的なものとしてあるべきなのが自然なのである。土着的であってこそ生の充実と生きがいが見いだされる。土着的とは全体的と同じである。職業には土着性が必要なのである。

勤務医は土着性がなく転勤しやすいとかいうときやはりそこに何か職業として欠落してくるものがある。開業医は土着性がある。何代も医者をやっていたりしたら農家と同じくなる。この辺で看護師が不足して他の県から派遣されて働いている人がいた。でもその人は期限付きだから困るという。ずっとここで生活して働いてもらわないと困ると言っていた。それもまさに看護師も土着的でいなと勤まらない職業だということになる。何代もつづくということは土着性があることになる。職人でも十何代もつづいているのが江戸時代であった。職人も大工でも地元の材料を利用して家を建てていたらより土着的になる。庭作りは地元の石や植物とかに精通していないと作れないとかなると極めて土着的である。庭は故郷の自然と直結していたのである。庭作りは農耕ともにていた。花作りは野菜を栽培するとたいして変わりないのである。


芸術もこれも土着なくしてはありえない、cultivate(耕す)がcultureになったことでわかる。その土地に根ざしてできるのがア-トである。山や海や大地や川がなくてどうして芸術がありうるのかとなる。都会には芸術家は生まれない、天才も生まれないという、それはそういう基盤が故郷をもたないからである。その人が大地から自然から遊離していたら芸術が生まれ得ようがない。芸術の霊感の源は自然だからである。その自然のないところで芸術が生まれようがない。音楽だってベ-トベンの音楽がドイツの森や大地から生まれたというときまさにそのことを物語っているのだ。ベ-トベンの音楽を理解するのにはドイツの大地に立たないと理解できない。すべての文化の根源には土着性がある。それぞれの国そのものが土着して生まれた。大和(ヤマト)自体が奈良の一地域の名前だった。一村が日本という国になったのである。奈良が国のはじまりだというときまさに奈良という山と大地に土着したものが日本の国となった。封建時代はそれぞれの藩が国でありそれも極めて土着的でありそれぞれが一つのミクロコスモスとなって生活していた。そこでの職業もすべて土着的なのである。

●地人論の思想

政治家でも銀行家でも実際は土着的である。地域に通じなければそもそも政治家になれないし融資するにしても地域の経済に通じなければできないから土着的になる。報道というものも実際はこれも土着的なものなくてしてありえない職業である。今回の津浪や原発事故でそのことがみんな理解した。そもそも情報が東電や巨大なマスメデアによって支配されていたことが事故につながっていたのである。マスメデアは報道すること自体莫大な金があるから宣伝費をもらって成立している。だから東電では莫大な金をマスコミに流していた。そして情報は統制されて安全神話が作られていた。福島県の地元のマスコミ、新聞雑誌も同じだった。土着的に独立している報道機関ではない、他の巨大な財力、権力あるものの一機関なのである。カルト教団から金をもらっていたりとか報道するのに莫大な金がかかるところは巨大な権力に頼らざるをえないから地元民に密着した土着的な報道となりにくいのである。あらゆるものは土着的なものの追求なのである。土着的なものから離れたとき今回のような原発事故も起きてくる。公害事故も起きてくる。災害にも対処できないとかいろいろな問題が起きてくる。東電は土着的ではない、それ故土地の歴史を津浪を考慮しなかった。東北電力は地元であり土地の歴史を重んじて高台に原発を作り辛うじて津浪の被害をまねがれたことでもわかる。


地を離るれば人なし、人を離るれば事なし、故に事を成さんと欲する者は
まさに地理を究むべし 吉田松蔭


われわれは、各地に生まれてから昇天するまで、各地に固有の地の理
を究め、産業や経済を起し、政治や行政を行い、子や人を育て、美や文
を追求し、自然や神に祈る。
「仕事を起こし、地域を創り、人を育て、文化を高める」‘営み’によっ
て、先人から学び、経験を蓄積し、次世代に伝える。内村鑑三(地人論)


ユダヤ人が土地をもてない、国をもてないから金融業に頼ったというのはわかる。そこから世界は金だけの世界になったと批判するのもわかる。マルクスの人間疎外が貨幣が神のようになったということもわかる。現実的に今は人間をどうみているかはいうと物-金(人間)-物・・物を交換する媒体として金がありそれが人間なのである。普通に人間を金としてみてしまっている。この人がいくらの金がもたらされるのだとしか考えない、それは親族の間でさえそうなっている。それが普通の状態になっているのだ。それほど貨幣の力が大きくなりすぎた。それをいろいろ批判しても現実がそうなっている。だから否定できない力として貨幣社会がある。江戸時代まではそういう貨幣万能の社会は生まれていない。貨幣はやはり土着的なものから人を切り離すことにも大きな力を発揮したのである。今はただ金のために働く生きるというときそこで労働の本質が見失われたのである。


●働くことなくして人間の存在価値はない


農民は土を耕し種をまき作物を育てるとき力が湧く
その実りを自らの手にするとき力が湧きあがる
大工は工夫して家を建て完成したとき
自らの力を自覚して力がわき上がり喜びがある
土木業者は道を作り土台を作り力が湧く
医者や看護師も患者の病を直し助けて力が湧く
手伝いさんも自ら料理して掃除して家事をして力が湧く
料理人はうまいものを食べさせたとき力が湧く
教師はうまく生徒をに教えられたとき力が湧く
旅人は困難な旅をしているとき力が湧く
画家はいい絵を描き力が湧く
詩人はいい詩を書けたとき力が湧く
何もしなければ例え金をもらって生活はできても
何の力もわき上がらない
金のために働く前に働くことはその人が活かされること
その人の能力が活かされることにあり

労働とは本質的には金のため消費のためではない、生きがいのためでありまた各自の能力が活かされることである。その能力は別に特別の人がもっているものではない、あらゆる人が能力をもっている。例をひいた土民思想はそれを示している。なぜ今働くことが拒否されるのか?それは土着的なものとして意識されないからである。ただ一つの部品のようにされ全体の中で生きるという自覚がもたらされない。人間はいくら仕事してもそれは一部である。でも全体に通じているとき力がでてくるのである。仕事がしたくないというとき生きがいが見いだされないということが根本的な問題としてある。貧乏な時代は生きがいもなにもない、ただ食うために働かされるという時代であった。そういうとき働くことがどうのこうなどと考えない、働かねば飢死するという窮迫だけがあった。今は働かなくも食べて生ける、その数が何千万人にもなっていると思う。こういう時代はただ金のために働けといっても働かない、郷土史いうときもこれミクロコスモスの探求であり土着性の追求である。郷土史は別に特殊な好事家のものではない、すべての人にとって不可欠なものである。土地のことに通じなければ市町村長になることはできない、今回の津浪でもそうであった。いかに土地のことに通じる必要があったか思いしらされた。また何百年前のことも知っていなければならないか思い知らされたのである。


この辺ではともかく働くというとき働くこと自体を奪われた。それで昼間から酒飲んだりパチンコしたりと外からも批判される。それでも別に補償金をもらっていれば生活はできる。でも生きがいが喪失してしまいその存在自体が無用とされてしまう。だから働くとは何なのかということを当たり前のことが別に普通は考えない人も考えざるをえなくなったのだ。そしてその働く場としての土着の場としての故郷が喪失したとき人はすべてを失ったのではないか?補償金として一億円もらっても自分たちを活かす場が喪失した。「先人から学び、経験を蓄積し、次世代に伝える」その先人も経験の蓄積である歴史も失われた。次世代に伝えるものはその故郷という場すら喪失したのだからない。
ただ金だけをもらい故郷に蓄積されたアイディンティティをすべて奪われた。それが原発事故の悲劇だったのである。


 

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2012年10月14日

労働の価値は労働してみないとその価値がわからない (料理することも運ぶことも労働だ)


労働の価値は労働してみないとその価値がわからない

(料理することも運ぶことも労働だ)

佐用共立病院(兵庫県佐用町)で女性入院患者=当時(85)=が肋骨(ろっこつ)を折られた事件で、傷害容疑で逮捕された同病院の看護師羽室沙百理(はむろ さおり)容疑者(26)が、動機について「患者が感謝の気持ちを示してくれなかった」などという趣旨の供述をしていることが12日、捜査関係者への取材で分かった。看護師として自信がなかった、とも漏らしているといい、仕事への不満と不安の矛先が、一方的に寝たきり患者に向けられた可能性がある。


この事件が何か突拍子もない、異常な事件のように見えたがそれなりに理屈があり通り魔事件のように全く理不尽なものとも言えないことが自分の経験からもわかった。
ずっとこの五年間家で介護しているから食事の用意をすることでそのことを感じた。
料理することと別室に料理を運ぶことが結構手間なのである。実際に食事がゆっくり余裕をもってできなくなった。お茶わかすにしても別室にもってゆくから手間になり自分の食事をゆっくりできないのである。別室で寝ていることはそれだけ運ぶ手間が必要になってくるのだ。

つまり料理をすること、運ぶことで二重の手間になっているのだ。だから自分の食事をゆっくりできない、食事の途中で立ったりすることが多いのである。食事もゆっくりできないことが何とも悲しいとなる。今までは三食用意されていたからだ。ただこれもつくづく自業自得だと思った。母も店をしているときゆっくり食事できなかった。店に客が来ると食事の途中でもしょっちゅう立っていたのである。母は自分の家では奴隷のように働かされてきたのである。それが今度は自分にふりかかってきたからしょうがないきとあきらめている。人間はつくづく他人が苦しんでいることが自分の身にふりかかってくる。この人は病気でかわいそうだなと思って自分は関係ないとその時は思っていてもみんなやはり病気になっているのだ。人間はもし誰かを虐待したり苦しめたら必ず自分も同じ目にいつかあう。それは生きている内にあう、死んでからではないのだ。


ともかく料理して運ぶから食べ残したりすると気分悪くなる。なぜせっかく料理して運んだのに食べ残しているのだ、贅沢だと思う。ただ病人だから違っているにしろそんなこと思ったこと今まで一度もない、相手のために労力を使ってるから食べ残したり感謝しないと不満になるのだ。それは金を払ったからといって解決する問題でもない、金持ちの施設で「オレは大金払っているんだよ、もっと親切にして働けよ、お前たち奴隷なんだよ」などと横柄に対処されたらいくら金をもらっても嫌になるし金持ち相手が嫌になったというのもわかる。料理して運び世話するということは相手のために尽くしていることでありそれがすべて金を払えばいいじゃないかでは人間の関係は成り立たない、働く方にするとそこに不満が生まれるのだ。これは看護師が患者に対して不満をもつのもわかる。苦労して嫌なことをしているのに感謝もないとか相手が横柄だとなると仕事する気にもならなくなる。
ただ一方で手術したばかりなのに手荒くあつかわれるのは患者からするとひどいな残酷だなと自分は思った。


人間は絶対にサ-ビスを受けているばかりだったら労働の価値がわからない、消費しているばかりだったら労働の意味もわからない、食料でも金があるからス-パ-に行けばいくらでも買える、金さえあればなんでも手に入るとなるが実際は食料でも誰かが手間をかけて作り出している、それが見えないことが問題なのである。ただ医療関係、福祉関係はあからさまに見えるから自分はこんなに苦労して尽くしているのになぜ感謝しないでこの人は横柄なのだとかなってしまう。それは介護でも同じである。なぜそれなりに苦労して料理を作り運んでいるのに食べ残したりしているのかとかなる。これは病人だからしかたがないが病人でなかったら家族でもそう思うだろう。


結局労働とは何でもそれなりに苦労するからその苦労することで労働の価値が生まれる。苦労もせずに何もかもできるなら何にも感謝しないし感謝しろとかならない、だから人間は自ら労働しない限り労働の価値も物の価値もわからないとなる。それは知的労働でもそうである。プログ書くにしてもそれなりに努力している。苦労して買いているところがある、でも実際は何の報酬もないのが現実である。つまり情報を与える方にならなければその苦労はわかってもらえない、ただ記者でも取材で死んだ人が結構いるからその時報道でも命懸けで知らせているのだと自覚させられる。その情報は命に変えて与えたものだとなりその価値を認めるようになる。


オレはこの料理を苦労して作ったんだぞ
そしてこうして運んできた
なぜ食べ残したりするのだ
なぜうまいと食べないのだ
買うにも金がかかっている
買い物でもそれなりの労力なんだよ
それだけじゃない、
この食料を作っている人の労力も大変なものだよ
だからこそ食料は無駄にしてはならないんだよ


相手が病人でなければこうなる。それでも日本などではゴミが出すぎるのだ。ゴミ出しに毎日追われているのだ。その中に無駄になった食料がありその量は日本全国になるとものすごい量になる。
人間は作り出すものの苦労がわからないとその価値もわからない、電気にしてもボタンを押すと使えるが実際は石油を運ぶのにどれくらい労力がかかり危険を犯しているかとか考えるとやはり料理して運ぶ労働とにているのである。そういうことが現代ではリアルに感じられないのである。

大工さんとか看護師とか医者には労働が目の当たりに見えるので感じるが他はなかなか感じにくいのが現代なのである。人間はただ与えられ消費するだけだったら人の労働の価値は何もわからないとなる。「働かざるもの食うべからず・・」というのは基本的にはあたっている。
食料を生産しなくても料理してそれを運ぶということ自体手間である。それは労働してはじめてわかることなのである。ただすべての労働が価値あるとは限らない、ブラックな仕事も相当この世にはありそれらが価値あるとはならない、そういう労働でも無価値な労働もまた多いのである。ただ蟻塚を築くために営々と働くということもあるのだ。無益な労働も膨大なものとなっているのだ。

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2013年05月23日

株も運なのか? (財産は努力しても得られない、fortune(財産)は運である)


株も運なのか?

(財産は努力しても得られない、fortune(財産)は運である)


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●財産は運(fortune)


fortune
身代, 運, 幸, 資産, 資財, 福徳, 富, 富み, 吉凶, 昌運, 運勢, 幸い, 財産, 盛運, 幸運, 好運, 好事, 身上, 運気, 財, フォーチュン, 産


Fortune
運命の女神.


印欧語根
bher- 運ぶこと、実行すること、または、子供を産むことを表す印欧語根。語幹fer(offer, transferなど)の由来として、運ぶこと。他の重要な派生語は、bear, birth, peripheralなど。



みんな誰しも金が欲しくないという人はいない、毎日頭から金のことが離れない、では財産どうしてできるのか?こつこつ貯めてできるのか?それも無視できないにしろそれで財産を築けただろうか?
そういう人の確率はどれくらいあるのだろうか?というとき何か疑問なのである。
金はためようとしてもたまらない、もうけようとしてももうけられない、金はたまるのだと宗教者が言っていた。富とか財産とかが古来からfortune(運)と一体として考えられてきたのはそのためである。努力の結果として財産が築けるとは限らないから古来からfortune(運)の意味になっていたのである。もちろんこつこつとためれば金もたまる。高齢化でそういう例がある。年金一か月二万五千円もらっていた人が60から90まで使わずに30年間ためると30000×12×30=10800000になった。
高齢化社会だともう90まで生きている人がめずらしくないからこういう人も現実にいるということである。このことは逆に年金を長い間、払い続けなければならないから高齢化は若い人にとっては相当な負担になりつつづけるのである。これもやはり高齢化で生まれた金勘定だったのである。


ではこの人が財産家になっているかというとなっていない、生来がやはり貧乏性だったからその金もつまらない犯罪で失ったのである。振り込め詐欺のようなことで失ったりする。財産はもともとそんなふうにしてたまらないと思う。財産家を見てみたらそんなふうにしてこつこつ貯めて財産家になっている人は少ないと思う。身近でも財産家をどういう人がなるのか見ていたらこつこつと貯めて財産家になったような人は確率的には相当少ない、財産が入るのはやはり運(fortune)が多いのではないか?なんげあの人が金が入ってくるのか、さほど努力もしないのになぜなのか?そういう事例を近くに見ていないか?

 
それはこの辺で住宅の宅地区画整理でそもそも金がなくて家も建てられないような人が立派な家を建てることができた。それも広い土地が与えられたのである。それだけで何千万もかかっていたが自分では金は全然払っていなかったのである。そういう公共事業であり国から金が支払われたからである。これは全く運があってまさfortune(財産)が生まれたのである。道路などできるとそこに土地をもっていた人は思わぬ金が入ることがある。運は何かそうした外部からの影響があってなることが多い、語源が運ぶことにあるのもどこからか外部から運ばれるのが運でありfortune(財産)になるのである。商人が財産家になりやすいのは運ぶことによっている。運ぶことによって巨利を得ることがある。国と国の貿易が巨額の利益を得ることになるのもそのためである。


●こつこつためても金はたまらない


自分の一身上のことでも一時自分の家が商店を開いたときは繁盛した。そこで一財産築いた。今の家が建ったのもそのためである。ただその時はみんな小商店でも高度成長の波にのって商店街は繁盛したのである。それは小さな工場とか小資本の商売もみんな繁盛したのである。だからその時は自分だけの力ではない、富は日本全体に及んでいたからみんな財産を得たのである。所得倍増に本当になったのである。つまり富は決して自分だけでは築けない、その時日本全体の経済がどうなっているのか、昇り調子なのか下降気味なのか、世界全体ではどうかなどが関係してくる。富はそもそもどんな財産家でもその人一人で築けるものではない、だから富は公平に分配されるべきだというのも一理あるわけになる。富はどんなに能力があっても努力しても一人では築けないものになっているからだ。
現実には必ず栄枯盛衰がありある個人に家に富はとどまることがない、必ず個人でも家でも国単位でも富は移動しているのだ。そういうふふうに見るとき日本の富は限界に達して他の国移るのが順序だというこきともいえる。だからもう日本の経済はこれ以上伸びない限界説がでてくる。株ももちろん金融であげても上がらないとなる。


ただ富をえるために古来から諺(ことわざ)にあることは真理である。
「あわてる乞食はもらいが少ない」「せいては事をしそんじる」とかは今でも通用している。
結局株があがったからあわてて買ったということで多くの素人が損するかもしれない、そういうふうに仕組まれていたのかもしれない、株は素人はもうけられないという人もいるからだ。
株でなくても「あわてる乞食はもらいが少ない」「せいては事をしそんじる」とか普遍的真理である。金がない人はまたあわてる、余裕がないからあわてる、今金を得よう得ようとあせりかえって金を失ったりする。余裕がない人は失敗しやすい、仕事もできないのである。
バチンコやっている人と借金ある人とは経営者は組まない、採用しないというときそういう人は信用できない、余裕がないから仕事もできないのである。

まず相手のことを余裕をもって配慮することすらできない、絶えず借金に追われ頭にそれしかなくなる。相手のことを慮(おもんぱかる)余裕がないのだ。つまり相手がどうなろうとかまわない、自分のことしか考えられてくなるのだ。そういうふうに相手のことを慮(おもんぱかる)ことができないならビジネス自体成り立たないだろう。借金していると何か追いつめられているから犯罪者に近くなっているのが多くないか?


●自分が調子良くなったから株を買った


ただ今回株が上がったのも一時的であり金融政策の結果であり日本の経済が高度成長のように好調になったからとはならない。それでまた株が下がったともなる。高度成長のような好景気はもう日本には来ないのかもしれない、日本の富は限界であり他国に移ってゆくということもある。
それでも自分も今回また投資信託で株を買ったのはなぜか?

それはちょうど自分が5年前に投資信託を買った時期と同じだった。その時も株は1万5000円で上がり調子だったのである。それから下落一方になったのである。それは同じ傾向にも今もなっているのか?自分の運不運からみると本当にその苦しみをプログに書いてきたように苦難の連続だった。それは2006年からはじまっていた。株が下がり始めた時と一致していたのである。

その自分の不運や苦難は自分だけにはとまらなかった。回りが津浪の被害や原発事故などでこの辺は自分の苦難だけではない回りも最悪の状態になっていたのである。その時自分も病気になり一か月入院したり最近は手術して二週間入院したりと苦難の連続だった。その間二年間は身体障害者でありこれもふりかえると実際苦しいことだった。ただそうした自分の苦しいことで同情した人は一人しかいない、かえって火事場泥棒だとかいろいろ苦しいとき責められつづけたのである。何より健康でないことが苦しさを増したのである。


そしてその苦しみも継続中でも自分の健康が回復したことで楽になった。自分の状態が楽になった、余裕ができたということでまた株が上がっているということで投資信託で株を買った。5年間塩漬けであり放置したが株はまた上がるものだと思ったからだ。ただまた株が下り5年前と同じ下降線をだとるのか?それは自分の運命曲線からすると上がり調子だから株をまた買った。ただ投資信託は長期戦用だった。だから5年間で一回売っていないし放置していたのである。

自分がここで何を言いたいかというと自分の調子が上がり調子になった。だから余裕ができたから株を買ったのである。そもそも大学の経済学の先生が株だけはやるなと忠告していた。それだけ専門家でも株ではもうけられないのが多いのだ。専門家でも株はギャンブルなのである。
だから5年前と同じ様に下降一方になるのか?それは今回が自分が調子が上がり調子になったのでそうはみない。自分の運、不運があり運が上向きになった、つきがでてきたからギャンブルのようにして株を買ったのである。額はさほど大きくないからどうでもいいということもある。


 

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2013年05月24日

家事の機械化の意味するもの (人を雇うのはめんどうすぎるから機械化になった)


家事の機械化の意味するもの

(人を雇うのはめんどうすぎるから機械化になった)



私なんて専業主婦なのに家事が嫌いです(爆)
もう19年にもなるのに・・・
嫌いだし正しいやり方かどうかも自信がなくて、
娘4人もいるのに家事を教えることができません。
こうして家事ができない女が増殖していくのです。

あまりのダメっぷりに、夫はいろいろ機械を導入してくれました。
機械のほうが信用できるそうです(私の信用ゼロ!?)


高齢者です。
やらなければいけないから仕方なくやってきました。

特に料理、なんで人間は一日に3回も食事をするのか
それも365日延々と続く。
せめて3日でもいいから家事から解放されたら、などとも
思いましたが夢のユメでした。


私たちの子どもの世代では、子どもを持たない割合が38%、孫を持たない割合は50%になるだろうと言われている。家族で支え合うことが難しくなるということです。

 その結果、世帯構成が変わり、例えば一人世帯が増える。ならば、どうするか。生活の中での効率化という視点が意味を持ってくる。人がするべきことは人がするべきですが、人がものとかかわるような場面で、人でしなくてもよいことは機械がやればいい。そうすることで、さまざまな負担が軽減できるようになるわけです。
http://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001539


●女中は戦前は家事手伝いとしてあったから抵抗感がなかった
 
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女中というのは戦前までは女性が経験するものとしてあった。それは嫁入りの修行とか単に賃金をもらうだけではないメリットもあった。家の中で働くことが若い女性の働き口であった。そういう社会では女中であることはめずらしくないし女中を雇うことも抵抗がない、一つの歴史として文化として女中という仕事があった。それはどうしても家事が機械化されていないから骨の折れる労働になっていたからだ。洗濯自体が洗濯機がないとき洗濯板でごしごし洗っていたのだからその労力は大きなものだった。家事自体が女性の仕事の大半をしめていたのだ。だから若い人は結婚前の女性は嫁入り前の仕事として女中を選ぶことは社会慣習としてあったのだから雇う人も雇われる人も抵抗感がなかったのである。


戦後は社会が急速に変化した。家族は核家族化して大家族が消えていった。高度成長時代になり人手不足の時代になった。そこで若い女性は工場労働者となったり働き口が増えたのである。それで家事に手が回らなくなり家事は機械化され外注されるようになった。
オカズも惣菜屋とかでまにあわせて家事は洗濯でも掃除でも機械化した。女性はその分外で働き稼いだ金で電化製品を買うようになったのである。
機械化というとき別に家事だけではない、あらゆるものが機械化がどんどん進んだのが戦後でありそれは今なお継続中である。もう理想はロボットで家事をやってもらうことなのだ。介護でもロボットにしてもらいたいという願望があり開発されている。結局こうしたあらゆるものの機械化は何を意味しているのか?


雇う側からすれば個人の家だろうが会社だろうが人を雇うことほどめんどうなことはないからである。特に家の中で働いてもらうことが一番めんどうなのことなのである。そのことが後進国の人がフィリンピンであれ手伝いとして雇用されるがそこで問題が起きる。
日本でもアジアなどの後進国でどうしても人を家事のために雇わねばならないから問題が起きる。この世で人間ほどめんどうなものはない、人間は使う方から見るとどれほどめんどうなものか?
機械化する原因はやはり雇う方にすると人間があまりにも要求が多くて仕事させるのがむずかしいからである。

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https://www.gcoe-intimacy.jp/images/
library/File/working_paper/New%20WP/
WP_NextGenerationResearch_11_YAMAMOTO_s.pdf


家の中で働いてもらうには機械のようにはいかない、いろいろと気を使うし信用もできないからさらに疲れる。戦前のように嫁入り修行だとかモチベ-ションがあればいいが今は賃金しかないから余計に気を使う。そして人間と人間の信用関係は長い時間がかかる。すると何かしてもらうには機械の方が便利だとなる。それが人間が機械化する大きな要因でもあったのだ。


別に今家族の中で働く人手がたりないということではない、働ける60代の人が相当にいる。でもその人たちはゲ-トボ-ルとかパ-クゴルフとかして働かない、原発事故地帯では働ける人も補償金もらっているから働かない、そういう働けるのに働かない人も今の時代は膨大になっているのだ。いくらそういう人がいてもその人たちは金があれば無理して働かないのである。それでますます機械に頼る生活になっている。電化製品はそれで実際はますます必要になってくる。料理するにはガスよりIHヒ-タ-が便利である。安全装置があり今度は自分も安いのを買うことにした。ガスだとガスを消すのが忘れやすいのだ特に自分の家は台所と食事するところが離れている古い家だから特にそうなのである。だからなんとか家事をやりやすくするために機械に頼らざるをえないのである。いろいろ験してみたがおかゆメ-カ-は使えなかった。機械も使いこなすのがパソコンのように馴れるまで結構手間がかかるのである。


●時間給とか人生の時間を切り売りしたくない


ともかく人間は一つの機械のように部品のうよに使えないめんどうなものである。人を使うということはその全人間が問題になってしまう。それを無視して派遣だとかアルバイトだとかパ-トだとか一時的に便宜的に人間の時間をさいて働いてもらうのはそれは雇用主側の要求でそうなっているのだろう。人間はそんな時間を切り売りするような働き方をしたくないというのが普通である。人間は時間ほど貴重なものはない、その時間を部分化され賃金のためにパ-ト化されるのは人間を無視していることなのだ。ただ雇う側からするとどうしてもそんな全人間を相手にするようなことをしていられない、便宜的に効率的に安く雇いたいとなる。それで今のような人間の時間を人生を切り売りするような労働形態が生まれたのである。だからこそ雇用する側からすると人間より機械の方がいい、いっそうロボットの方がいいとなる。現実的にパ-トとか派遣とかアルバイトとかの雇用は人間のロボット化なのである。現代の雇用形態自体が無数に部分化した労働になっているのだ。そこから人間疎外が言われるようになったのである。ス-パ-でも労働力不足になると自分で機械を操作して計算してカ-ドで金を払うとか自動化する。それは雇い主のためというより客のためにもなる。そうして労働力を省けば品物のコストが安くなるということもある。


労働は雇う側と雇われる側ではそこに大きな溝があり埋められないのである。実際は雇う側も雇われる側も一体化する、区別がないような労働形態が理想でありそういう会社を小規模ながら目指している所が紹介された。そもそも一時間いくらとか時給制という働き方自体が人間を無視したものである。人間を雇い主の都合によりロボット化機械化したものなのである。それより戦前のように雇う人も使用人も一つの家族のようになっているのがかえって全人間的な働き方だったかもしれない、現実に一つの墓に使用人の名前が記されている所が一緒に墓に埋められているのがある。それは墓まで一緒だったとなりそれなりに家族のようになっていたとなる。ただこれもいろいろな見方がある。そんなものは一方的に奴隷のように地主にでも働かされたのだろうとかともなる。

ロ-マ帝国のような奴隷制でも結局人間を奴隷として扱うことはできないからこそ主人と奴隷でも人間的なものが生まれたし奴隷制は廃止されたのである。現代もやはりロ-マ帝国のように露骨ではないにしろ社会組織の中で奴隷制が生まれているとも言える。それで働くこと自体に抵抗を感じるから働かない人もニ-トなどもでてくる理由にもなる。もし働くことが自らの価値観で自ら求めてその働くことに満足するならいいがほとんどの人は満足していない、自分は奴隷だよとなっているから問題があるのだ。ただこうしたことは何千年前から継続された人間の問題であり簡単に解決しない、その解決方法として機械化がロボットに労働を代行してもらうということになったのである。


 それにしてもあまりにも機械化された結果、農家でも昔は村のもの総出で田植えとか稲刈りをしていたときそのとき協働することで連帯が生まれていた。今でも家族総出で田植えしているときそういうものを感じる。大家族で労働しているとき協働しているとき家族の連帯も生まれたのである。
つまり労働を通して家族のつながりや地域のつながりが作られていたのである。
労働は単に便利になればいいというものでもなかったのである。だからいくら人間の労働を機械化してもロボットにしてようとしてもそこに必ず欠けたものが生まれ矛盾が生まれる。
何でも便利に使用として機械化しても何にしても人間はうまくかないものなのである。
どんなことしてもすべてを機械に代行することなどできないのである。


 

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2013年06月01日

家事とはまず道具を機械をそろえること (将来の社会は一部のエリ-トと機械が支配する)

 

家事とはまず道具を機械をそろえること

(将来の社会は一部のエリ-トと機械が支配する)

●家事も職人も道具が大事


家事のコツはなかなか会得しにくい、家事は職人ともにている。職人にとって道具が大事である。コケシ職人であれ昔からそうした器を作るものであれ道具が大事だった。それは大量生産するだけの型にはまった道具では使えないその人独自の道具を開発したりして使っていた。特別その用途にあった道具が必要になってくるのだ。農家でもまだ昔の鍛冶屋のことを四国の山国でしていたがその鍛冶屋は農家の人の注文で鍬などの道具を使っていたのである。つまり人間にとってどんな職業であれ道具が必要なのである。道具は機械でもあり現代が何でも機械化したというとき昔から道具に頼っていたにしろ機械に頼る割合がものすごいスピ-ドで増大したのである。あらゆる職業で機械をいかに使いこなすかが問題になる。医療分野でもここも高度な機械化でありコンピュ-タ-を駆使した高価な機械で人体をみる。そして人間よりロボットの手術が正確だとまでなっている。こういうところはかえって人間の細かい作業が必要だと思っていたがロボットを操作する手術が正確にできるというのも不思議である。もちろんそのロボットを操作するのは人間にしろコンピュ-タ-ができてそういうものが開発された。コンピュ-タ-ができてまた人間は頭脳の仕事もコンピュ-タ-に頼るようになった。
最近プロバイダ-が安いから変えてみないかと連絡があって変えた。その変えることも簡単だった。
パソコンを遠隔操作して変えていたのである。本人は一回だけ文字を入れるだけであとはなにもしないのである。こんな簡単にできるのかと驚いた。遠隔操作というのはまさにコンピュ-タ-に頭脳がつながってできることである。なんか自分の頭脳まだ遠隔操作されるのではないかと思った。


ともかくあらゆる分野でまず人間から教えられるより機械の操作が大事になる。そこに問題があるにしろ現実はそうなっているのだ。まず人間に頼ることより家事も機械に頼ることが第一になる。一人暮らしなどは特にそうである。今は女中とか手伝いさんとかは簡単に雇えない、そういう生身の人を家庭に入れることは非常に危険であるしそんな便利な人はいない、人は機械と道具とは違うからめんどうすぎる。信頼だって簡単に築けない、何か昔の村の共同体のようなものだったら人の手を借りることもできるが今はできない、人間は信用できない時代になった。機械は嘘をつかないからかえって機械の方が人間よりいいとまでなっている時代である。人間を信用するということは昔の小さな村のような共同体があればそうなりやすい。でもこれだけ広域な社会になったとき人間は今や誰を信用していいのか?人間だって広範囲に交わっているのだからまず昔の村の共同体のような感覚では生活できなくなった。だから家に入ってくる人は一番危険なのである。田舎だってどんな人間が入ってくるかわからないしそもそも田舎だって信用関係はなくなっているのだ。するとまず頼るのは人間ではない、道具や機械になってしまうのである。それは人間との信用関係は長い時間でしか作れないということもある。でも自分だけでやるのは家事だけでもむずかしい。すると頼るのは道具であり機械の方が便利だとなる。


●人間との信頼関係が失われた社会では機械と道具に頼る


今回買ったのはカタログが店に置いてあったのでそこからキッチン用の道具を選んだ。インタ-ネットでは意外と何を選んで買っていいかわかりにくいのだ。アマゾンで言葉で検索したらみんな売っていた。アマゾンで買う場合もまず検索する言葉が大事になってくる。言葉がわからないと検索しようもないのだ。インタ-ネットでは検索する言葉、キ-ワ-ドが重要になる。そこを手がかりとして情報を拡大化深化しているのだ。
ステレンス洗い桶、匂いのしない、生もののごみ入れとかみそを計量してとかすみそドラマ-とか
料理したものをはさむちょことトングとか料理したものを切るハサミとかである。これらは必ず家事をしていれば必要不可欠なものとなっていた。だけどこういうものがあるということ自体近くに店屋があってもわからないのだ。インタ-ネットでもまず言葉がわからないと検索しようがないのである。インタ-ネットではそうしたものが混雑して選べないということかある。意外と調べにくいというのも盲点なのである。


今の世の中は人間の信頼関係が失われた時代といえる。それは昔の村のような共同体とはあまりにも違いすぎるからだ。昔の村では名付け親とか何か一つの家族のようになっていた。こういう村は介護とか福祉の面ではやりやすかった。なぜなら介護の医療福祉の関係は機械ではすまされない、人間的なつながりが必要になっていた。つまりケアマネとかよくくるけどこれは若い人が多い、すると家に入ってくるのだからそのめんどうをみるのはおばあちゃんとかその曾祖母とかになってしま。そこで家族のようにおばあちゃんとかなるとやりやすいわけである。それがないとただその関係は金だけで仕事するとか動機がなくなってしまう。家で仕事してもらうことは何か家族の一員のようになる。
するとどうしてもそういう関係が基礎としてある社会だとやりやすいのである。金だけ雇われる現代にはそぐわないということもある。だからいくら高価の施設でも金持ちの人が入っていてもそれを世話する人は介護士などは金だけだとなりうまくいかない、その世話する人がおばあちゃんとかおじいちゃんとか思えないからである。福祉関係はどうしても人間と人間が直接向き合う場だからそうなる。それは医療にも言えるのだ。病人でも老人でもモノのように扱うというときそういう人間的関係が喪失した社会だからそうなりやすいのである。


いづれにしろ今の職業は農家だって機械に追われて機械貧乏で失敗しているし小さな会社でも機械の設備投資の額が大きいからそれで失敗する。またそうした機械の設備なしでは仕事もできなくなっているのだ。あらゆる所で機械を介して仕事している。人間より機械の役割が巨大化して機械に道具に使われているというのも現実である。戦争だってもう人間の戦争とはまるで違う。機械同士の戦争であり鉄腕アトムのロボット同士の戦争というのも現実化している。遠隔操作されたロボット同士が戦う戦争になる。


●家事でも機械の安全が大事だった


自分も家事は機械との格闘だった。そこで問題になったのが安全性があった。介護でモチを食わせるのに自動で消えない古い形のヒ-タ-を使っていたのでそれを消し忘れることで火事になるところだった。ガスでもつけ忘れるのがあり何度してもそれができないのである。だからIHヒ-タ-を買った。これはガスや他の電気製品より便利である。これだったら付け忘れもないし料理しやすい、こうした最先端のものを使わないと危険だということに気づいた。これは原発でもマ-ク1という古い型の原子炉を使っていたことで事故になったと同じなのである。技術は日進月歩であり安全性も向上してくる。それを使わないと安全は補償できないのである。パソコンのウィルスでもやはりそうである。機械には常に安全性も便利さと共に大事になってくる。家事の道具でも機械でも火事とかになりやすいのである。パソコンが安全でないとということはデ-タ-が一瞬にして消えるとういことはこれまでもあったから恐いのだ。こんなに機械に道具に頼る文明はやがて機械に操作されて機械とともに滅びる、原発も機械だったからそうなるというのも現実にある。でももう機械なしでは生きていけない社会である。家事にしても人間がもはや助けてくれない、遊んでいる人が膨大にいても雇うことなどもできない、金があれば誰も働かないし雇うにしてもその人間をどうして信用していいのか現実に大損害になった。これは機械の損失などというものではない、財産すらなくしてしまう危険が人間を雇うことにはあったのだ。また殺人にまでもなりうる、人間関係は機械の関係より恐いのである。


例えばA地点からB地点まで物を運ばせる場合、機械だったら忠実に文句も言わず運ぶ。
でも人間だったらそうはいかない、
「こんな仕事したくないんだよな、給料も安いしな、
他ではもっと高いらしいよ、ここの社長はいい暮らししている、俺たちはこうして奴隷のように働かせられるだけなんだよ、そしてこんな仕事して誰が感謝してくれるんだよ
金も安いのになんのためにやっているかもわかんねえんだよ、つまらないよな
結局奴隷なんだよ、俺たちはな・・・ 」
人間なら働くものの不満はどこでもきりがないのだ。機械だったらロボットだったら一言も文句も言わない、雇い主の操作する人の通りに運ぶだけなのである。別に感謝しなくても気を使わなくてもいいのだ。

だから人間より機械の方が正直だとか本当に思う人が増えてもいるのだ。だからもう人間は信用できない、ロボットを使って足りないところを補おうとなる。これも人間不信が極端化するとそうなる。外国人を労働者として受け入れるにしてもそこでは給料がたりないとか殺人まで発展している。
必ず回りとか雇い主と生活を比べるからそうなる。雇い主では機械のように安上がりに便利に仕事してもらいたいけど人間はそうはいかないしそうさせるべきものでもないからだ。だから労働は常に奴隷的な側面がつきまとっていたのである。最後は人間より機械の方がいいとなり人間は事務でもコンピュ-タ-が代わりをして重労働も機械がして人間は不用だともなるかもしれないしすでになりつつある。人間はみんな失業するのだ。だから遊んでいる人が今や日本では全人口の三分の一はいるだろう。仕事しているのは機械だともなる。そこで人間の役割は何かとなる。みんなが機械より創造的な仕事ができるわけではない、ただの無用な人となる人も膨大になってくる。一部のエリ-トが金をかせぐ仕事をしてあとは機械が仕事してあとの三分の一はただの無用な社会の邪魔者無駄飯くらいになってしまうのかもしれない、問題はあるしろそういう社会を目指しているのは確かなのである。


家事の機械化の意味するもの
(人間はあまりにめんどうだから機械に仕事させるようになった)

http://musubu.sblo.jp/article/68282810.html

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2013年06月06日

ベ-シックインカムは可能なのか (人類の理想は自ら価値を求めて働くこと)


ベ-シックインカムは可能なのか

(人類の理想は自ら価値を求めて働くこと)


ベ-シックインカム研究所
http://blog.basicincome.jp/


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生産性が上がり効率化された日本の土地の利用


●戦後十年までは貧乏のどん底だった日本


そもそもベ-シックインカムということが本気で論議するようになったことだけでも現代の豊かさを象徴している。人間の歴史は労働の歴史でもあり労働によって酷使されてきたのである。労働は人間に神から呪いとして課せられたという労働感もある。そうした呪いの労働の解放が実現されるとなるとそれは人類の理想の一つが達成されるともなる。それを可能にしたのは一面現代の文明だというのも確かである。例えば高齢化でもすでに65才以上の人が四千万いるとかなるとその人たちは年金とかで働かない人でありさらにニ-トとか無職の人が普通にいる、働かないでも暮らせる社会が現代なのである。高齢化も働かない人がこれだけいるのもありえない社会だった。

貧乏は戦前から戦後十年まで延々とつづいていた。日本の戦争の原因だって満州に農民が土地を求めて移住したことからはじまっている。日本は狭いからもう開拓する耕地もないからそうなった。
人類史上これだけの豊かさを実現した時代はなかった。特に日本は江戸時代であれ明治以降から戦後十年までは貧乏しか経験していな人が大多数だったのである。戦争だって東北の農民は白い飯が食えるからと志願した人さえいる。戦争の原因が貧乏でもあったのだ。だから日本は豊かさの欲求が激しかった。アメリカに戦争で負けたのも貧乏国だったということを負けて知ったのである。

アメリカは日本では考えられない豊さだったのである。

それは日本の養蚕業が絹織物が戦前はアメリカの輸出品となっていた。それはアメリカでは贅沢だから輸入できた。日本ではその絹製品を使用できない、みんな貧乏だから安い綿の着物とか着るものでも貧しいものだった。女工哀史などあるのもそのためでありその絹の輸出製品で外貨をかせぎ軍事費に使い戦争で使われただけだという人もいる。こういうことは後進国では今も起こっている。アジアでも貧しい国ではエビを養殖しても自分たちは食べられないとかそういうことはいろいろある。
輸出するものがないからそうなる。日本は資源もないし輸出するものがなかったのである。
その輸出するために女工哀史が生まれた。なんかよくわからないけど母も原町紡績の(原紡)で働いていて昼の休みが30分しかなくその時遊びたくて早食いした人が病気で死んだという。それだけ休み時間が待ちどおしくてそうなった。ゆっくり食べていたら30分で休むことすらできなかったのである。そういう貧乏のことは何度もプログで書いてきた。


●技術の発展で人間は働かなくても良くなった


人間の労働感は高度成長経済をへて相当に変わった。豊かさをもたらしたのはいろいろあるがやはり機械化とか技術の発展があった。アフリカ辺りで貧乏なのは広大な土地をもっていてもその土地の生産性が極端に低いのである。日本では戦後、米の収穫量が増え品質が良くなったのはは技術の発展のためだった。土地が狭くても前より何倍も米の収穫量でも増えたから減反までなった。だから農家では野菜とか果物とか花の栽培とか商品性が高いものを作らないと生活していけなくなった。米だけでは農家はなりたたなくなった。それはあらゆるところで技術発展の影響を受けたのである。情報分野でも目ざましい革新があった。新聞であれ本であれこれを出すのには設備もかかり金がかかるから簡単にはできないものだっ。本だって一つ一つ活字を拾っていた時代があった。そうした分野の技術者がいてもてはやされた。そんな時代があったが電子化で活字の時代など終わった。今はこの分野では何十倍の効率化をしている。文字が電子化してIT化すれば何十倍の効率化であり一人の人間でも新聞社やテレビ局や出版社にでもなれる時代なのである。


そういう自分がこれだけ忙しいのにプログに写真まで出してやれるのはIT化だからできているのだ。家事から介護からやっているのだからもしパソコンやIT化していないならできない、だから自分は今一人で3,4人分の労働をしている。暇なく絶えず何かをしていてそれでもこれだけ書いているからだ。それができるのはパソコンで書いているから忙しくてもその暇になんとか書けるということがある。そもそも家事だけで昔は一仕事であり一人がかかりきりでないとできないものだった。
その家事もやり介護まで一人でしているのだからすでに三四人分の労働をしているのだ。
そして現代では4千万人が働かないように働かない時代である。この辺でもそれが顕著に現れている。仮設に入っている人が3千人とかいたとしてもその人たちは補償金をもらっているから働かない、
それからゲ-トボ-ルとかパ-クゴルフとか健康な老人も働かない、東京まで競馬に行ってギャンブルしているしこの辺でもまた競輪のサテライトが開設される。パチンコが繁盛しているようにギャンブルが暇で金がもっている人が増えるから繁盛する。まさに原発避難者は働かないことで批判されているけど金があれば人間は働かない、そういうことが原発事故周辺では起きている。
それも豊かさの象徴であり極端化してこの辺が問題になったのである。


●すでにベ-シックインカムが現実化している時代では?


ベ-シックインカムになったら働かない人が膨大に増えて経済が成り立たないというけどそもそもすでに高齢化で4千万人が働かない時代は現実にそうなっているのではないか?確かに高齢化社会だからそうなっているが人間が技術の発展による機械化や効率化でそういう高齢者でも生きていける高齢者医療のために膨大な金を使っていて若者から批判されている。昔だったらとても無駄な老人は養えないからうば捨て山があったとか間引きがあったとかなる。それよりも老人はみんな早めに死んでいたのである。でもよくよく考えてみると介護士とかの仕事ができたのも現代の豊かさを象徴しいるのだ。それだけの介護する余力があるからそこに回す経済力があるからそうなっているしその医療とか介護福祉分野での仕事が増えて働く場を提供しているのだ。技術の発展で失業した人も膨大なのである。家事も機械化したから女中は必要ないし事務もパソコン化したら必要ないしとか自動販売機で売り子もいらないとかいろんな分野で機械化して人手を省いているからだ。そこで介護分野に仕事があるとなりそこに就職できる。それが若者がするべきものではない、無駄だといっても他に仕事がないからそこで働く人もいるのである。機械化されて人間の仕事がなくなるからそこに仕事が生まれた。そして介護関係の仕事は極めてもの作りとは違って人間と人間が向き合う人間的な仕事でもあるのだ。そんな老人の世話なんか無駄だというのも言える。では失業した人たちの仕事かどこにあるのかとなるのだ。

いづれにしろ原発事故周辺で起きていることは何か未来を先取りしたような地域になっているのだ。

●働かないで暮らせる人が膨大に増える
●自ら価値を見いだせない人は働かない
●介護する老人が他より増大している
●自然エネルギ-地帯を目指す(ソ-ラ発電)
●米以外の産業の振興
●花栽培などは放射能に汚染されないからできる
●津浪で住めなくなり市町村がコンパクトシティ化ししている
・・・・・・・・・


他にもあるが津浪や原発被害地は何か価値の大きな変化を求められているのだ。何らかの発想の転換が求められている。だから何かの特区にしようとするのもわかる。自然エネルギ-特区とかコンパクトシティ化とかは他でも言われてきた。花栽培というのもこれは盛んになってもいた。
つまり豊かな時代は文化の時代だから花の需要が増えるということもある。「森の花屋」というのが鹿島区の六号線にできたのも新しいことだった。あれだけ大きなものができれば何か心が豊になった気分になった。

オランダでチュ-リップバブルがあったけどそんなに花に価値があるものかと思った。でも豊かな時代には文化の時代となり花にも価値が生まれてくる。米など食糧は余っているとなるとそうなる。
つまり一つの土地が米をとり野菜を栽培してその余力があるから花の栽培にできるのだ。花を楽しむこともできるのだ。土地の効率的利用ができる時代だとなる。今までだったら全部田んぼか畑にするほかなかったのである。だからそういう点で働き方も変わってくるのである。


ベ-シックインカムの悪い例が原発事故周辺の市町村
(補償金で誰も働かず市町村は衰退、荒廃、消滅?)
http://musubu.sblo.jp/article/68953271.html

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ベ-シックインカムの悪い例が原発事故周辺の市町村 (補償金で誰も働かず市町村は衰退、荒廃、消滅?)


ベ-シックインカムの悪い例が原発事故周辺の市町村

(補償金で誰も働かず市町村は衰退、荒廃、消滅?)


●働くことはとは何であったのか?


そもそも人間が生まれてから働くことははじまった。その時働くことの意義は何だとか考える人もいないだろう。働かねば食えないのだから働くことが強いられていたのである。ギリシャで余暇が生まれたのも奴隷が日常の仕事をしていたからでありそこから余暇からスコ-レ(スク-ル)が生まれた。
余暇が文化を生み出した。哲学や様々な学問も生まれたのも余暇があってこそである。でもその余暇は奴隷がいて余暇がありえたのである。そこに矛盾があった。その後も何か学問や芸術や文化の発展は誰かが下働きするものがいて成り立っていた。裕福な家でも下働きの人がいないと成り立たない、それは奴隷的労働だったともなる。ただそうした裕福な家から天才とか学芸に秀でたものが生まれた。毎日下働きばかりさせられていたら学問や芸術やその他の文化的なことはできない、現在自分はある程度そうなっている。絶えず家事に介護に追われている。簡単な仕事でも結構時間をとられる。
だから前のように十分な時間がないからいろいろなことができない、介護でも寝たきりになったらポ-タブルトイレの始末するだけで時間がとられる。つまり下働きが多くなっていたのである。
現代は下働きを機械が代わりにするようになった。それでもどんなにしたって全部を機械化はできない、それで仕事に追われてしまうのである。


働くことはそもそも何であったのか?日本語では働くは端を楽にするということである。家族とか非常に狭い範囲で生まれた言葉なのである。家族の一人が苦労しているからその子供が楽にしてやりたいということなどから生まれた言葉である。家族的労働の日頃から目に見える範囲で生まれた言葉である。今は地球の裏側から食糧でも入ってくるからその労働など見ることはできない、だから例えその労働が過酷でも身近なものとはならないのである。
家族の中でその人の労働の価値を認めるということであった。いまでもそういうことがある。
介護の場面でそういうことが一番出やすい、家族としてその労働の価値を認めるのである。家事でも子供にしてみればあとで大人になって自分のために苦労して家事してくれたんだなと思うときがありその家事の労働を認める。それが介護になったとき介護する意義になる。一つの恩返しである。
介護というのは家族だとその価値を見いだしやすい、家族でもいろいろあるがひどい親だったらめんどうみたくないということがある。でも一般的に家族だと世話になったとかなりその働くことの価値を見いだしやすいのである。特に親が苦労して育てくれたときはそうでありかえって金持ちは苦労もしないから親に恩情を感じないということがある。だから金持ちの親は高額な施設にあづけられるのである。子供も介護では苦労しないということになる。子は親の背中を見て育つというのはまさに介護の時に現れやすいのである。


ところが家族的労働だと他人になるとその価値を見いだしにくい、一体赤の他人の親の介護を下の世話までどうしてするのだろうという疑問になる。この親が自分に何をしてくれたのかとなると何もしてくれないからだ。だから金だけが動機になる。だからヘルパ-などでも手伝いさんでも家族の中に入った時一番危険なのである。昔だったら女中とかは嫁入り前の修行だとかあったが今はそんなもの全然ないし若い人はそんなところで働かなくても他に働くところがあるから働かない。他人の家の中で働く動機が全くない、金だけになる時最も危険なのである。現実にそういう人を知っている。
全く動機がないから家の中を荒し回り犯罪にあう、だからそうした動機のない人、金しか動機のない人ほど家にいれて働かすことは危険極まりない時代になった。アメリカでは手伝いさんを裸にして働かせたというけどそのことが突飛とも思えない、それほど危険だし信用できないからだ。
本当は働くことで動機がないほど危険なことはないし致命的なことがわかった。


●金しか動機がないなら働く必要なし、何かしら動機がないともう働かない時代


ベ-シックインカムのいいところは働きたくなければ働かなくてもいいことである。でもそうしたらみんな働かなくなるではないか?それはこの辺で実際に起きたことである。補償金をもらっているから毎日パチンコなどギャンブルであり東京まで競馬にも行っている。その人の言い分は今さえ良ければいいと言っていた。別に働く必要がないなら人間の悪しき面としてそうなる。要するにギャンブルが生きがいでありそれは補償金でまかなえる。だからベ-シックインカムの悪い行き着く先は原発周辺地帯で実際に具体的例として起きているのだ。
ではなぜ働かないのかという時根本的に働く動機がないことなのだ。金だけしか動機がない人は金があれば働かない、実際自分も流れ作業とか事務とかはしたくなかった。自分のあう仕事もないので仕事はしなかった。コンビニのアルバイトとかス-パ-のレジとか工場とかの流れ作業とか時給いくらかとか働きたくないのが普通だろう。


それが原発事故周辺では現実にそうなっている。人を募集しても来ない、補償金とかもらっていれば働く必要がないのだからそうした仕事もしない、時給がチェ-ンのレストランで1200円になっていた。それも昼間でそうである。そこでは支配人のような年配の男性がお膳を運んでいたのである。
この辺では募集しても人が集らない、そもそも働く動機がないのだから補償金がもらえば働かない、また高齢者も他より多くなった地域だから働かない、年金でももらえば働く余力があっても老人は働かない人が多いのだ。働くことがわずらわしくなるしそもそも動機がないのだから働かない。
犯罪でも一番大事なものは動機なのである。何かしらの動機があれば犯罪者として目星をつけやすい、動機がないと皆目見当つかなくなる場合がある。「神は心みている」というとき人間を見る場合、心が動機が一番大事なのである。金だけしか働く動機のない人は働く価値を見いだしていない人でありそういう人を働かせなくなくするのもベ-シックインカムの重要な役割になる。
そういう動機がない人が無理やり働くことは社会にとっていいものではないからだ。
そんな理想を言っていたら誰も働かずみんなギャンブルになりどうなってしまうのかともなる。
そのことがいままさに原発周辺地帯で具体的に起きているのだ。


●誰も働く価値を見いださない時、市町村は荒廃して消滅する


---働く価値を見いださない市町村は荒廃して消滅する-----

これはこの辺で具体的に起きている。ベ-シックインカムになったら働かなくてもいい、働きたくなければ働かなくてもいい、つまり働く価値が見いださなければ働かなくてもいい。
ベ-シックインカムをつきつめると具体的にはこうなる。働く価値が見いだせない市町村は消滅するということである。これは原発事故周辺で具体的に起きていることである。補償金で働かなくてもいい。働く動機もないからギャンブルに興じる、それを誰もとめることもできない、なぜか?


  働く価値を見いだせないから働かないのである
 
結果としてどうなるのか?原発事故周辺地帯では毎日パチンコでありギャンブルである。募集しても人は来ない、時給をあげてもこない、いたるところで働く人がいなくなりサ-ビスも受けられなくなる。病院でも看護師がたりない、医者がたりない、福祉では介護士がたりない、外部から今は応援されているがあと何年かで外部から応援には来ない、ギャンブルで助ける人が遊んでいるのに外部の人はもう助けるのも馬鹿らしくなるだろう。そして最後にどうなってゆくのか?
テレビでやっていたけどある限界集落で村のス-パ-がやっていけないと働く人がいなくなった。それで老人ばかりが取り残されそこに住む老人が無料で働きなんとかス-パ-を維持するようになっていた。その時働く意義というか価値というかそれはあまりにも歴然としている。
ス-パ-がないなら生活すらできない、どうしたらいいんだ、みんなで無料でも働かねばならないとなったのである。


原発事故周辺ではその前に働く人がいなくなりギャンブルする人ばかりで生活を支えて働く人がいなくなるのだ。極端化するとそうなる。ギャンブルばかりしているような市町村にはいたくないと出てゆく人も増えてくる。すると老人とかギャンブルだけをしている人たちしか残されない、誰も働かないなら遂にはその市町村は荒廃して消滅する。大内村ではもともと不便だったから郡山市で暮らせようになったら便利だから帰りたくないという、その大きな原因が補償金だったのである。
要するに大内村で暮らす価値を見いだせなくなったのである。何か大内村で暮らすメリットや価値があったのけどそれも便利な生活をしているうちに忘れられたのである。
つまり働くことの本質的な価値が原発事故でその市町村が問われたのである。
故郷を喪失することがどういうことかなどいろいろこの辺では問題が山積みでありいろいろな人間的課題が生まれたのである。


ベ-シックインカムは


働く価値が見いだせない時、市町村は荒廃して消滅する


市町村だけではない国すら消滅する、みんなギャンブル狂になったら当然そうなる。ということはいかに働く価値を見いだすかにかかっている。いかに働く価値が自ら見いだすことが大事になる。
それは本当に生きるか死ぬかの問題にもなる。それを見いだせなかったら市町村も国も消滅するからだ。その価値を見いだすことに命がかかってもくるのだ。

でもこのことは笑い事ではなくおおげさでもなく人間にとって一番大事なのは働くにしても動機なのである。この世でその働く動機を見いだせないものは消滅するしそれこそ生きる価値がないものとされる。ギャンブルだけをしているものはいくらベ-シックインカムでも許されないものとなるのだ。
つまり自ら生きる価値を働く価値を見いだせないものは死に価する社会なのである。


「最低の金はもらえんだから働かないよ」
「じゃなにをするの」
「毎日パチンコやギャンブルだよ」
「そういうふうに働く価値を見いだせない人は追放されるよ
ベ-シックインカムで補償するのはあなたの働く価値を見いだすことなんだよ」
「それがギャンブルでもいいじゃないか」
「そうしたら市町村は荒廃して消滅するよ、働くことの価値を見いだせない市町村は消滅する
誰も働かないところでギャンブルだけしている人が残りどうするんだ」
「そういうことになるのか?今が良ければいいんだよ、そんな先のことは考えないよ」
「この辺じゃもう働く人がいなくなるから生活できなくなるんだよ」


確かに何か必要かなど人間にとって働くことは多様であるべきだから強制できない、でも働く意義は価値は家族労働でもいいから自ら見いださねばならない、それがベ-シックインカムの責任なのである。だからこれは結構厳しい社会となる。働かなくていい社会でも結果的に前よりも働かざるをえない社会になる皮肉がある。働かなくてもいい社会は最も働くことが必要とされることにもなる皮肉がパラドックスがある。何か人間には常にそうしたパラドックスがある。そもそも民主主義とは民が主になる時代である。すべてが対等にもなる時代である。
誰かに指示されて働く時代ではない、奴隷の時代は終わった。それがベ-シックインカムにもなる。
でもここでも自らでは価値をルものを民は見出せるのか、何が価値があるものなのか自ら見出されるのか?
それが問われている。民衆の個々にそういう責任が課せられるのである。

「自分は価値を見出そうとしましたがどうしても見出せません、ギャンブルしかできません」
「じゃ、社会から追放です、死んでください」

冗談でなくてこうなるかもしれないのである。

 

posted by 老鶯 at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2013年06月07日

ベ-シックインカム時代の顛末の一物語


ベ-シックインカム時代の顛末の一物語

ある家に金が欲しいと働きたいという女性が来た。

「あなたはなぜここで働きたいのですか?」
「金が欲しいからですよ」
「ただ金のためですか」
「金のためにの他に何かありますか、みんな金のために働いているんですよ、そんなことは聞くまでもないでしょう、私は貧乏してきたんです、女一人で子供二人育てたんです」
「それは苦労したんですね、金に苦労しましたよ」
「どうしてご主人と別れたんですか」
「そんなことどうでもいいでしょう」
「別れないで二人で働けば子育ても楽だったでしょう」
「あなたは私を雇いたいのですか」
「家事をしてもらいたいのですが一時間いくらになります」
「いいですよ」
「でも、あなたには働く動機が金しかないんですよね」
「そんなこと決まっているじゃないか、みんなそうだよ、金のために苦労しているんだよ
なんのために働くなど聞くことじたい馬鹿げているよ」
「今の時代、豊になりましたので金のためだけでは働けません、何かしら動機が必要なんです、
何でもいいですから何かここで働きたいという理由が悪といいのですが・・」
「そんなものないよ、金だけなんだよ」
「家では母親が高齢で寝ていますのでその世話などもしてもらいたいのですが・・・ただ金だけだとなるとこちらでも困るのです」
「そんなこといったって私はこの家とは何の関係もないものですよ、働く動機は金しかないじゃないですか」
「それもわかりますが少しでも他人様の役に立ちたいとかいう理由でもあればいいのですが・・・
私の家は人手がたりなくて困っていますので・・・」
「そんなものないです、あなたと私の関係は金だけですよ、金をくれるから働くそれしかないでしょう」
「それもわかりますがそうだと雇うわけにもいかないのですが・・」
「あなたは困っているなら金で助けてもらったらいいでしょう、みんな金をくれるから働くんですよその他になにかありますか?何にもないですよ、あなたの家族とも何の関係もそもそもないんですから」
「そういうことでしたら今の時代、最低の生活補償はされる時代です
ベ-シックインカムといって一人いくらと生活補償はされるんですよ、だから働かない人は働かなくてもよくなったんです ただ働きたい人は働く理由が必要になったのですよ
働く理由、動機がないものは働けない時代になったのです」
「そんなら遊んでいればいいは、ここの家に働く理由などこれっぽちもないから働かないよ
もっと金だけ欲しいだけだったんだから、別にそういうふうに暮らしていけるなら誰も働きますか?そんなこと聞くまでもないでしょう」


こうしてこの人はそこの家では働かなかった。働く動機、理由が金しか見いだせなかったのである。ベ-シックインカム時代は生活の補償は最低されるのだからこの社長は気に食わない、働く仲間がいやだ、仕事がくだらない、こんな仕事に何の意味があるんだ、様々な理由で働かなくてもいいことになっている。働かない理由は何でもいい、身勝手でもいい、だからベ-シックインカムの社会では働かせることは最高にむずかしい時代となった。みんな働かなくてもいいなとなったがその社会の盲点があった。


働かない理由が動機が見つけられないと働かない社会である、人を雇う時も必ずその理由が動機が問われる。雇う人も会社も働く動機がないと雇わないのである。雇う方も困るじゃないかとなるがあえて働く動機も理由もない人を雇うことはできないのである。そうしたら働かない人ばかりが増えて誰が一体社会を維持するのか?あるところでは生活が補償されているのだから働かない、それで毎日ギャンブルであり遊んで暮らしている。そうしたらその市や町は医者も看護師も福祉関係でもス-パ-のレジでもあらゆるところで働く人がいなくなり店をやるにももう人は働かないのだから成り立たなくなった。街は閑散として毎日ギャンブルの話ししかない、そのうちこんな市にいるのはもうできないと市から出てゆく人が増えた。そしてますます市はギャンブルだけの市であり衰退して遂には買い物すらできなくなった。ス-パ-で働く人すらいなくなったからだ。それでようやくみんなが騒ぎだして

「買い物をどうするんだ、買い物できなければみんな死んでしまうよと騒いだ 」
「働く人がいなくなったのだからどうしようもないよ、いくら時給を高くしても働く人が来ない、

最低は補償されるベ-シックインカム時代だからみんなレストランとかの給仕とか働かないよ、レジだっていやだろうし工場も働くのいやだろうし肉体労働も疲れるしな・・・あとさ高齢化で老人ばかり増えているんだよ、この辺は特に三人に一人は老人なんだよ、その人たちは働くにも働けないんだよ、一応ベ-シックインカムで年金代わりに補償されているから働かなくてもいいんだよ」

「そんなこといったて高齢者とか言ったて買い物すらできなくなったら病院でも医者不足医者がいない、看護師も流出していない、病気になったらもう医者にもかかれない、死ぬほかないよ」
「もう無給でもス-パ-を経営して働くほかないよ、老人も健康だったら働くほかないよ、みんなこの市は死んでしまうよ・・・ベ-シックインカムなんかなんではじめたんだよ、馬鹿げているよ
働く理由が見つけなければ働かない,働かせないというけど最後はもう生きるためにぎりぎりで働かなければならなくなるんだよ・・」


結局働く理由や動機を見つけることは容易ではなかった。それができないから市町村自体がもう消滅する危機に直面したのである。働く理由、動機さえみんながもてばこうはならなかった。それが見つけられないから市町村は消滅するほかなくなった。働く理由を動機を必死で探し見つければこうはならなかったのである。金だけ欲しいということは理由にも動機にもなりえなかったことが致命的だったのである。でも一方で


「私はどうしても金が欲しいんです、家族が何にもいて子供もいます、だから食べさせて養わねばなりません、そのために金が欲しいから働くのです」
「その動機はわかります、そういうふうにしてみんな働く動機になっている、金がなければ食糧も買えないですからね、その動機はわかります、でも一人一人にベ-シックインカムは金は支払われんですよ、別に働かなくても子供でも家族でも養うことはできますよ、子供も一人いくらともらえるんですから、かえって子供が多いと金は多くもらえるんですよ、子供が多くて助かったという家族もベ-シックインカム時代には多いんですよ」


ベ-シックインカム時代ではこうした普通にあった働く動機も理由も通用しないのである。だから働く理由を見つけることが動機を見いだすことに苦労するのだ。

そしてどうしても働く動機を理由を見つけられなかった女性がその理由と動機を言った。


「私はあなたに仕え奉仕するために働きます、あなたを助けるために働きます、あなたは家族もないので困っているようですから私が助け働きます」
「それは立派な理由です、金だけではないですね、それは十分な理由になります」


その女性は遂に働く動機と理由を見つけたのである。そして人々何とか働く動機を見つけるように努力した。街が汚れているので掃除してきれいにしたいということで働く人もいた。それは金のためではない、自分たちの住んでいる場所をきれいにしたいということが動機だった。もちろんギャンブルで遊んでいる人もまだまだいた。でも回りでもそうして働く動機を理由を見つけるようになって働きだしたとき働く動機を見つけないで働かない人へ向ける回りの視線はきついものとなっていった。


「なぜあの人たちはギャンブルばかりして働く動機を見つけないのだ、あういう人たちとは一緒に暮らしたくない、あういう人たちは市から出て行ってほしい」


つまり働く動機や理由を見つけられないギャンブルばかりなど興じてた人たちは遂に市民の怒りの対象にまでなっていった。あんなやつらは出て行けという嫌がらせや暴力まで起きた。

ベ-シックインカムとは働かなくてもいいものではない、働く理由や動機を見つけられないものは市町村から追放されいる場所をなくすのである。それは人間社会の一面の理想の追求でもあった。

でも皮肉なことに働かなくてもいい社会は最も働くことを要求されるものともなっていたのである。社会主義革命が平等を目指したがそれが中国のように極端な格差社会になったように矛盾していた。共産党の幹部は百億円とかもうけても庶民は食うや食わずの人が膨大に残れたように矛盾していた。民主主義も平等を目指したのはいいがあらゆるものがみんな平等で同じでなければならない、偉い人はあってはならない、金持ちもいてはならないとなり、結局みんなどんぐりのような人間しか生まれなかった。傑出したものは追放され殺されもしたからである。大衆が一番偉く誰も指導者もいない、そういう社会では指導者がいないのだから何か危機があっても指導できない、大衆は烏合の衆でありわめき騒ぐだけで何にもできない、そして混乱してその国は滅んでしまったともなる。

 


 

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2013年06月27日

戦前の国家軍国主義と民主主義教育の過ち (個々人の権利ばかりを人権の名の元に要求する-自分の非を認めない社会)

 

戦前の国家軍国主義と民主主義教育の過ち

(個々人の権利ばかりを人権の名の元に要求する-自分の非を認めない社会)


●明治維新から富国強兵国家主義が始まった


戦前と戦後は極端に変化しすぎたのである。そもそも江戸時代から明治時代へ移る時も変化が激しく極端だった。この時も外圧が元でそうなった。黒船が来て日本は変革を迫られ封建時代の武士社会から平民社会へと移行した。それがなしえたのは日本ではヨ-ロッパのような貴族社会と平民の差が経済的にもそれほどなかったことが原因しているかもしれない、武士にしても平民とそんなに経済的に差があるわけではない、特に武士でも下級武士が多くそれらは内職していたようにたいして平民と生活が変わりない貧乏だったのである。家老クラスくらいが経済的に恵まれていたとしてもあとは日本全体が貧しいのだからたいして変わりない生活をしていた。明治維新はだからフランス革命のように貴族を倒すための革命ではなかった。不思議なのは武士が武士を否定する革命だったのである。

ヨ-ロッパでは考えられない革命だったのである。武士といっても下級武士が多く貧しいのだから別に武士を否定することに抵抗なかった。それほどの特権階級ではないから否定できた。ヨ-ロッパのように資産あもつ階級だったら自らの階級を否定できないだろう。

一旦既得権を得るとなかなか手放せないのだ。今でも官僚の既得権が問題になるように既得権が大きいと手放せないのである。それは財産でもそうである。一旦大きな財産をもったら簡単に手放せなくなる。だからそういう人は革命などできないのである。既得権にへばりついている方が楽だからである。人間の習性としてみんなそうなっているのだ。だから武士の既得権はそれほど大きなものでなかったとなるのだ。
確かに江戸の大名の屋敷は立派で農民は大部分が掘っ建小屋で庶民は長屋だったというのは確かである。でも大名の屋敷は公邸であり政治の場だからそれなりの格をもっていなければならない、そこでヨ-ロッパの貴族のように贅沢していたとはならない、今でもそうした公の建物は立派である。ヨ-ロッパのような貴族の邸宅とは違っていた。城にしてもヨ-ロッパとかと比べるとそれほど立派なものに見えないのである。ヨ-ロッパの宮殿などとは違っている。日本にはそもそもヨ-ロッパのように富の蓄積のない貧乏な国だったのである。だから西欧に追いつくために無理をしすぎたのである。明治維新の富国強兵がが継続して太平洋戦争までなった。


●国家主義から民主主義も極端に変化しすぎた


つまり国家主義から軍国主義になったのは対外的な圧力でそうなったのである。太平洋戦争までは国家主義であり国家に奉公する、国家のために生きることが優先された。それが極端にそうなっていたのた。個々の権利など主張することなどできない、富国強兵にして対外的に欧米にロシアにも伍するために背伸びするほかなかったのである。その最終戦が太平洋戦争になった。国家が優先されるから太平洋戦争のように300万人以上死んだ、犠牲にされた。国家の方が重く一人一人の人間の命は実に軽いものだったのである。それがわかるのは今の時代と比べるとわかる。民主主義時代になったら国家より一人一人の人権だとか権利ばかり主張される。誰も国家を優先して国家のために犠牲になるという感覚が全く喪失している。むしろ国家が一人一人の人権のために権利のために犠牲になるべきだとなっているのだ。だからあらゆる人が絶えず国家に要求するだけになった。その差があまりに極端であり日本人はこんなに極端に変わる民族かとなる。


国家最優先の社会も個々人の利権、権利最優先の社会も両極端であり間違っていたのである。国家のためにそんなに簡単に300万人も犠牲にされたことは間違いだった。一方で戦後は個々人の利権、権利ばかり主張するのも間違っていた。民主主義はただ自分だけがいい、自分だけの利権、利害だけを追求するだけになった。そこにはもはや公はない、個人の私欲の追求が民主主義になった。弱者でも弱者なる故に保護されるべきだと権利をもつにいたった。弱者がこんなに権利を主張して国に要求するのは今までなかったのである。戦前ではそんなに主張できない、今は弱者が弱者なる故に強者ともなっている時代である。あらゆる人が権利をもち主張し要求する時代になったのだ。

それは団塊の世代から特に顕著になった。ゲバ棒をふりがざして社会に何を主張するのかわからずに暴れ回った。その時学生だった人たちまだ貧乏なのだから恵まれた人たちだったのである。それで警察官は高卒だとかなんだあいつら金持ちの恵まれたやつじゃないかと反発して戦った。つまりあの学生運動には共感していなかったのである。もちろん戦争の時のように真剣さはないし死ぬ等はありえないことだった。戦争ならそれが間違っていても死ぬということは容易ではないから真剣なものが生まれる。学生運動は結局人権主義でありただ利権を権利を追求するものとなった運動だったのである。それは社会全般がそうなっていたのである。


●戦後60年は大きな時代の変わり目


いづれにしろこ国家軍国主義にしろ民主主義にしろその教育は根本的に間違っていたのだ。団塊の世代が特に嫌われるのは戦後の民主主義教育の一番影響を受けた人間だからである。個々人の利権と権利しか追求しない人たちだったのである。そういう教育の結果でもあった。それは団塊の世代の5年前くらいの人は子供の時、ギブミ-チョコレ-トの時代であり進駐軍にただモノをおねだりする世代と変化していた。国家主義には多分に精神主義があった、貧乏でも志操をもつとかあった。でも戦後はアメリカ化してギブミチョコレ-トしかなくなった。モノを得る物質主義の追求しかなくなったのである。それは高度成長時代となって加速されたのである。明治維新後の富国強兵から国家軍国主義も個々人の権利をエゴを追求するものがすべて肯定された民主主義も誤りだったのである。戦前の国家軍国主義の反省から否定から今度は民主主義の個々の権利、エゴの追求の肯定になり団塊の世代に顕著にみられるただ権利ばかり追求して何か公のものを追求しない一団となってしまった。

教育自体が他者を蹴落としてでも得をしろ利権を得ろという受験戦争しかなかった。その教育も間違っていた。戦前には国家主義でも個々人にまだ日本人的な義理人情があった。これも否定されるが否定してもそれでは民主主義に何かいいものが生まれたのか?物質的には豊になっても人間の心は荒廃しきっている。ただ人間関係も金しかない、こいつからいくらとれるんだとしか頭にない、その人が生きようが死のおうが関係ない、金さえとれればいいとまでなっていてそれはすでに犯罪者に近いのである。だから保険金殺人も起きる。現代人はともかく理不尽なことには耐えられない。絶えずなぜ自分だけはんなに不遇なのだ、金がないのだとかその不満は例え自分にあっても自分が責任があるとは思わないのだ。必ずむしろ国家にその不満をぶつけ権利を要求するし他者にその不満をぶつける。金持ちがいればそいつが不当に利益を得ているとなり不満をぶつける。そしてもうそういう人だらけだから家で働いてもらうことは危険極まりない。こいつは不当に金があるから盗んでやれしかない。介護でも水一杯も運ばないのに金だけは要求してくる。そんなもの親戚でも権利がないのだ。権利をえるために水一杯で運べとなるがしないのである。そして不満ばかり言っているのだ。


もう絶対に自分の非を認める人はいない、そして悪いの他者であり国家だ、社会だ、金持ちだとなる。そうして自分は病気の時まで金を要求され脅迫もされた。どうしてそんな人が上に立てるのか事業をまかされるのかわからない、例え技術があり頭がいいとしてもそういう人が信じられないのである。戦前の国家主義では「なぜ国のために死なねばならないのか?なぜ国のために犠牲にならねばならないのか」こう若者が苦悶したのはあまりにも理不尽だからわかる。その逆が個々人の理不尽がありそれが国家や社会や他者に向けられるのだ。戦争の時はその理不尽は国家によって作られたものだった。戦後の理不尽は例え個々人にあったとしてもそれを認めない、国家が悪いんだ、社会が悪いんだとなる。

そういうことが民主主義の平等人権権利主義では多すぎるのだ。戦前はそうした大きな理不尽があっても従わざるをえなかったし一般的にも社会そのものがそういう理不尽に忍従する他なかった。マルクス主義者からすればそういうことが強いられたともなる。でもそれが民主主義社会になった時、明かに社会ではない自分に非があるのに国家や社会や他人のせいにしているのだ。何も質素に生活していれば別に借金などしなくてもよかった。収入なりの生活をしていればよかった。たりないとしても戦前の貧乏よりはずっとましなのである。


そこまで社会は人心は荒廃しきっているのだ。それは戦前の極端な国家主義から民主主義に変わってそうなったのである。民主主義には民主主義の良さがあるにしてもその解釈はまた違ったものとして実行されたのである。結局津浪も原発事故もこういう時代の変わり目に起きたのである。原発事故も日本国民全部が目前の利益だけを優先して事故を起こしたのである。
戦後60年は大きな時代の変わり目に来たのである。これまでの民主主義は根本的に改めないとますます日本でも社会は荒廃してゆくだけである。

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2013年07月12日

気配りとか精神的なもが大事になる時代 (ス-パ-やチェ-ン店、コンビニにはない店の対応)


気配りとか精神的なもが大事になる時代

(ス-パ-やチェ-ン店、コンビニにはない店の対応)

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●気配りでもてなす例



お勘定を済ませ店をあとにしようとすると、女将さんらしき女性の方が入り口をでるところまでずっとお見送りをしてくださいました。
こういう気配りはとても気持ちがいいものです。
http://tabelog.com/yamanashi/A1901/A190101/19003303/dtlrvwlst/2762602/


目を見て、笑顔で、きちんと話せれば、十分小さな感動ものです。
その上、お客様のことを覚えていれば、完璧です。必ずうれしくなってまた来てくれます。
ちょっとした気配り、気づきでお客さまに感激、感動していただく。
マニュアル化できないとは、そのとおりですね。
だから、感性を磨かなければならない。
http://mikan-no-kokoro.blogspot.jp/2013/05/2013530.html


私の周囲の人間も、「カスミは店員の態度がわるいからネ〜、でも安いからね。」
と言っている、
私も実際、安いので利用しているが、それでいいのだろうか。
http://toridestory.at.webry.info/200805/article_14.html


まちづくりや観光客誘致に関連して、『もてなし』という言葉がよくいわれる。これは、簡潔にいうと来訪者を受け入れるときの「迎え方」といえるのではないでしょうか。

 地方を旅していて、「佐倉から来ました」というと、「良い所に住んでいますね」といわれたり、たまたま立ち寄った店での接客態度や、途中で道を聞いた時の住民との触れ合いが、楽しい思い出として心に刻まれ、そのようなまちは再度訪れてみようという気持ちになります。
http://p.tl/hBAahttp://p.tl/hBAahttp://p.tl/hBAa


相手を和ませることができるような人になれば、素敵だと思いませんか。



●自転車旅行でももてなされた例


自分は旅行ばっかりしていたから旅館に泊まればいい接客をしてくれる普通は旅館が印象に残ったとかあるだろう。ところが自分にとって旅館は安ければいいのでありもてなしはかえって必要なかった。ただ泊まって寝れる場所があれば良かった。だから本当は木賃宿のようなものが一番自分にはあっていたのだ。ホテルなどは旅にはあっていない、旅が長くなると一番金がかかるのは宿泊代なのだから安い方が一番いい。日本ではその安い旅館を探すのが一苦労だったし実際はなかった。最低でも5千円とかになってしまう。素泊まりで泊まってもそうである。日本では長い旅行をしにくい。外国だと安い泊まるだけのホテルが多い。ユ-スホステルだって多く年配の人も普通に利用している。スイスなんかホテルが高いけどユ-スホステルに泊まれば千円とかで泊まれるのだ。だから長い旅行ができるのだ。

そもそも日本を旅行してもてなされた記録は二回しかない、一回は阿武隈高原を自転車で走っていてどこかわからなくなったが石川町辺りの山の中で昔の万屋があった。そこで食糧を買ったら味噌汁までごちそうしてくれた。今どきこんなことまでしてくれる人はいない、今は何かよそ者に対して冷たい社会である。疑り深くもなっている。昔の人情を田舎で期待するのはもうありえないのだ。むしろ人情とかもてなしは都会の方があったりする。もてなしが商売として洗練されたりしているからだ。江戸時代あたりだとかえってこうした人と人が人情的に接することが多いからもてなしががあった。わが町から江戸時代にお伊勢参りとかに行った人が旅籠でとまった三人の女性の名前を覚えていた。接待してくれた女中だった。三人もの名前を今ホテルとか旅館に泊まって覚えている人はいないだろう。それだけ現代は忙しいからあう人も多いから人の名前とか顔を覚えていないのだ。

要するに一人一人に注意が払われない時代なのである。そういう余裕もないスピ-ド時代である。

もう一回はこれも山形県で山の中に自転車で迷い込んだのである。どこに泊まっていいかわからずホテルがあったのでそこに入った。そしたらそこでただで泊めてくれたのである。そもそもそこは自転車で旅するような人を泊める場所ではなかった。普通は断られる。自転車旅行の人は普通はホテルなとどで泊めない、汚い面もあり嫌われる。第一ホテルが向いていないからテントを持って歩いているのだ。そこではそういう自分の状態をみて空いている部屋にただで泊めてくれたのである。結構大きなホテルであり団体客用のホテルだった。そこは相当にもてなしがいいホテルだったのである。

ただ個人客の自転車旅行者まで同じ様に接客するようなことはありえないのだ。
自分はたいがい身なりなどをみて一番悪い部屋に泊まらせられたし別な部屋に移されることも多かった。それでも自分は安ければいいしそれでいちいち怒ったりもしない、要するに安ければ待遇などはどうでもよかったのである。それで外国旅行まで安宿探しだった。バリの東駅で安宿探しているとは思わなかった。今になると旅でも人に親切にしてくれた所は覚えていたとなる。今は本当にそういうことはまれになった。


●モノを売るだけでない精神的サ-ビスを求める時代


最近思うことはこれからはモノを売るだけの商売が変わってくるように思う。老人が欲しいものはなにか?老人が喜ぶものは何か?そんなことをキ-ワ-ドで探している人は結構いる。老人相手の商売が増えているからだ。老人への接客はまさにただモノが安いからでは喜こんでもらえないのである。
老人はモノより精神的なものがあるゆる点で重視される。親切な言葉の一言でも喜ばれる。例え多少高くてもそうなる可能性が強い。すると現代の店屋というのはそうした精神的サ-ビスは欠落している。ただス-パ-やチェーン店でも安ければいいとなっていた。だからそういうところではいちいち人をもてなすなどという心はまるでいなのである。第一そこに雇われている人も時給でありただ一時間いくらで雇われているという感覚しかないからそうなる。ただ売ればいいというだけの人なのである。そこに働くことの現代の問題が生まれている。コンビニであれス-パ-であれあらゆる所で雇われているのは時給の人でありただ雇われてモノを売ればいいというだけの人である。その人はその店に愛着もないのである。時給いくらであり他の店が高いとなれば簡単に移る。だからロボットのように自動販売機のようにも人が見えると前に書いてきた。

ところが高度成長時代が始まったころは店屋はみんな自営業であり自分の店であり家族経営であったから今のコンビニやス-パ-とは違っていた。ただ売っているというだけではない、家族経営だとその店に愛着をもつ、時給で雇われているのとはちがう。それが今でも自営の店だとそうなっている。
何か同じ様で自営で店を運営しているのと時給で雇われる人は違うのである。

その例として相馬市駅前の花屋のことを度々とりあげて書いてきた。あそこの女の経営者はただ売っているのとは違うことに気づいた。客への気配りがあるのだ。一人一人に気を使っている。一見気がつかないが確かに時給で雇われている人とは違う。何か自分で経営しているから店に対して思い入れが強い。なんとか小さい店でも維持していかねばならないという責任感みたいなものがある。時給の人にはここでやめても別にかまわない、他に移ればいいとなるから客に気配りなどしないし客も求めていない、安く便利に買えればいいというだけである。だから何年も通っても客がお得意さんとして覚えられることがないのだ。まずお得意さんという言葉自体廃れた。そして通りはすべてシャッタ-通りになった。でも高齢化社会はまた逆にそうしたもてなしとかモノを買うだけではない、それプラス精神的な付加価値を求める時代になる。小さな個人経営の店で大事なことは常連客を作ることである。もう一度そこにゆき買ってみたい、その人とあってみたいとかが大事になるのだ。だから客一人一人の気配りが大事になる。特に品揃えが少ないとかなると余計にそうなのである。モノを買うだけならス-パ-の方がいいとなってしまう。意外とこうした時代の移り変わりに気づいていない人かいるかもしれない、モノなど安く便利に買えればいいとかなっていたがそれも変わってくるということもある。


明かにこれからはの時代はモノだけではない、精神的なものを求める時代になる。その精神的なものは何かというときそもそももてなしに気配りがマニュアル化できないし時給の人にそれを求めることは無理である。それは天性の感性でもありみんなができることでもないだろう。その価値はいくらいくらだと金で計算することもできないものなのである。ただそうした金で明確に計算できないものの価値が大きくなってくる時代になるかもしれない、そのことに気づいていないかもしれない、その付加価値的要素が大きくなる。でもそれはみんな簡単にできないのである。そういう人は得難い人だとなる時代がきてそこは貴重なものとして見られるようになるかもしれない、それは明かにコンビニとかス-パ-とかチェーン店では養われないのである。そういうところにいくら勤めていてもそういう心は養われないのである。だから時給で勤めている人は相馬市の駅前の花屋のような感覚はない、ただモノを売るロボットのように見えてしまうのである。


●土着的なものに回帰する時代


自転車旅行も旅行そのものもできなくなったからそんなことに注意を払うようになった。もてなしのいい旅館でホテルでゆっくり休みたいとなる。多少金がかかってもそういう所に泊まり癒されたいともなる。ただそれ自体ができなくなった。地域自体でもそうしたよそからの客のもてなしがあればもう一度来てみたいとなるだろう。それはモノを売ることではない精神的なものだからなかなか気づいてもらえないし目に見えて金でも計れない価値なのである。ただそういうものがこれから大事になってくる。価値があるものとなってくる時代になる。前にも書いたけどそういうものは土着的なことである。コンビニとかス-パ-やチェーン店は土着的ではない、そもそも時給で働くこと自体土着的ではないのだ。これからモノを売るだけではない土着的精神が大事になる。土着的なことが文化だからである。店屋でも自営業はその土地に根を下ろすということで土着的だったのである。何事土着的でないと仕事もうまくいかない、仕事も成就できないということがある。仕事も一カ所で技を磨かないと上達しない、芸術も石のことを詩にしたけど土着的でないと深いものが作れないのである。


だからこの辺は放射能汚染で故郷に住めないということはもう土着的な志向すらできないから深刻なのである。水も食糧も土着的に供給できないことは致命的だからである。まずそういう所には他からは来たくないとなってしまう。ただ津浪の跡とか原発で田んぼが草原になってしまったとか変わっているから他より面白いとかにもなる。現実にそういうことをプログで書いてきた。それでここで死んだ人がいるんだぞとしかられもした。その辺はまたむずかしい面がある。

自分は花が好きだし花を見てきたから放射能と関係ない、花の栽培地域にするのもいいかなと思うがなかなかそういうことも簡単にはできない、そうしたノウハウは簡単に生まれないだろう。
でも自分が郷土のことを紹介しているけど全国の人呼んでいて何か宣伝になり興味をもつ人もある。そういう効果はどこのプログにもある。その土地の魅力はそこに住んでいる人しかわかりにくいことがあるのだ。自分は自然的なものとしては相馬辺りはいいと思っていた。気候も暑くもなく寒くもない所で良かった。人に関してはあまりいいとはいえない、東北人はかえってもてなしの心などないのである。

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2013年10月17日

俗謡の分布と連続性-失われた労働の共同の歌 (箒はいらぬ、裾で掃くは栄えた所に残っていた)


俗謡の分布と連続性-失われた労働の共同の歌


(箒はいらぬ、裾で掃くは栄えた所に残っていた)


野蒜新町竹箒いらぬ、若い娘の裾で掃く


野蒜築港が賑わい料理屋や旅館などが軒を並べるようになって新町と言われていた。
原野に新興市場が生まれた。


飯豊耕土にや 箒はいらぬ
新田、おみかの裾で掃く
http://musubu2.sblo.jp/article/65971043.html


宍道木幡は箒がいらぬ 嫁や姑の裾で掃く
http://www7b.biglobe.ne.jp/~tabikiti/kikou/kikou107.html


狭山茶作り唄


♪狭山よいとこ 銘茶の場所よ(ハァヤレヨレヤレヨレ)
  娘やりたや はぁ婿ほしや(ハァヨリコメヨリコメ)

♪お茶は芽が出る蚕は二眠
  連れて出るなら 今ここよ

♪宇治の銘茶と 狭山の濃茶
  出会いましたよ 横浜で

♪狭山街道にゃ 箒はいらぬ
  
茶より茶摘みの 裾で掃く


海野宿場は 箒(ほうき)がいらぬ
     笹屋およしが 裾で掃く

箒(ほうき)がいらぬ裾で掃く・・・ということは江戸時代から時代の連続性があり戦前までその歌には共通性があった。この歌は江戸時代の元禄にも相馬藩に残っていた。相当に古い由来があり伝えられていたことがわかった。この唄か歌われ所は栄えた場所なのである。相馬市の新田というところ実は松川浦の方に開拓して新しい田ができて栄えた所になっていてこんな歌が生まれた。だから必ずしも相馬の殿様がおみかを無理やりみそめて城に仕えさせたどうかはわからない。明確なことはこの歌の歌われるところは一時的でも栄えた場所だったのである。裾は今のスカートでありそれか何か当時のエロッチクな俗謡となっていた。女性が特に若い女性が多くいることはやはりそこが栄えて繁華になっていたのである。


我々の間にしけ出現したものに工女唄があった。工女は一つの階級で特殊なる利害と心理とをもっていた。


仕事唄は多数の合同作業を必要としなくなって次第にその第一次の目的を忘れて行ったようである。古い霊では今でも残っている草刈り歌、茶摘み歌などどいうのがそれであった。

柳田国男(仕事唄と恋歌)全集6


ここで気づいたのがこういうことだった。仕事歌が生まれたのはその背景に当時の労働がどういうものだったかを知る必要がある。歌は共同性がありその象徴として民謡や俗謡でも生まれたのである。それだけではない歌には辛い労働を紛らわすものがあったりいろいろな要素があって生まれたのである。民謡が非常に多いこと俗謡も多いこと童歌も多いこと昔話も多いことこれらは民衆の文化であった。

今はなぜ労働歌や共同の歌が喪失したのか、すべてが商業化して専門家しか文化を作り出ししていない、歌でも専門家が作ったものを民衆が金で買って歌わされている。民謡は専門家が作ったものではない、もうけるために作ったものでもない自発的に民衆から生まれたものである。文化という時今は何か文化人と民衆からかけ離れたもの高貴なものとして商業化している。それも考えてみると文化はそういうものではなく民衆レベルで無償で作り出していたのである。


そして共同の歌が失われたという時まさに現代がどういう時代か見えてくる。現代は共同性が喪失したことが最も顕著な時代である。その共同性がないから共同の唄が民衆から自発的に生まれないのである。田植え唄でもそれは早乙女がするのはやはり若い女性が主役になるときそこに活気か生まれる。今若い女性がスターやアナンサーに憧れ芸能が商業化してしまい民衆の文化が衰退したというより喪失したのである。


現代の様々な問題、異常性は歴史的に考察してみれば見えてくるものがある。あまりの機械化も共同性を喪失させたのである。田植えが稲刈りが機械でやれば共同の労働がなくなるから歌もなくなる。そこに共同性がなくなる。会社員がほとんどだというとき会社の歌になる。でも会社の共同性と昔の共同性は別なものである。工女というと工業化がはじまった大量生産の走りだけどそこでも時代的に連続したものがあった。そこにはだから共同の歌が生まれていたのである。


現代の文化とは何なのかというと、民衆から自発的に生まれる文化が喪失した時代なのである。すべてが専門家により作りそれを買う時代であり消費するだけであり民衆は文化を作り出さない文化不毛の時代なのである。それは機械と深い関係がある。あらゆるものが機械化するとき共同性も失われる。共同で労働する時一番人間は連体感をもつ、会社が現代の連帯する場所であるというときそこでは一応みんな共同で仕事しているからである。
例えば出版社とかマスコミとか知識や情報分野でも民衆レベルでは参加できない作り出せないものとなっている。新聞社とテレビが知識と情報を伝達するものだとなっている。

これも長くつづくと当たり前であり疑問もさしはさまないようになる。マスコミによって一方的に洗脳されているのだ。ただ一般の人は民衆は気付いていない、マスコミは必ず何か意図をもって報道している。事実をそのまま報道すことはない、ただ気付かないことが多々あるのである。TPPの報道でも公平には報道しない、必ずTPPは得だから参加すべきだということがマスコミの方針なのである。なぜならマスコミを成り立たせているのは会社の宣伝費であるからだ。だからTPP推進になる。第一次産業の農業や漁業や林業はマスコミに宣伝費など払わないのである。東電からは電事連から莫大な宣伝費が入っていたから原発推進になっていた。東電の会長の人が中国にマスコミの幹部を招待していたとき事故が起きたことが象徴的である。


現代は民主主義とかなんとか民衆が自発的にものを言い行動する時代のようになったとか言われる。ところが現代からかつての民衆はいない、ただ専門家の作り出すものを金銭で買う消費するのが大衆なのである。それは情報という面でもそうでありマスコミに操作されて自発的に考えて判断していない、なぜなら情報にしても全国レベルになるとマスコミが主体となってしまうからである。出版なども一見誰でもできるようで限られた専門家しかできない仕組みになっていた。今は本自体は簡単に作れるけどやはり書店には置けない仕組みになっている。それは出版社とかマスコミが力を持っているからなのだ。
つまり現代とは大衆が消費する文化であり何かを作り出す文化がない、それは共同の労働がなくなったとかそこには時代の変化で膨大に喪失したものがあったからだ。
共同性がなくなったといカルト宗教団体が創価でもオウムでも何でもそうした社会背景があって生まれた。これは本当の人間の共同ではなかった。

柳田国男が語り書いたものは戦前でもほとんと喪失してしまった。そこには人間的営みとして貧乏でも豊かなものがあった。現代の文明の発展の中で喪失したものがどれだけ貴重てものだったか?そのことが目前のことに目を奪われて見失ったのである。

新しい時代には新しいものに適応すべきだというがその失われた膨大なものにこそまた新しいものがあった。なぜなら今失われたものが今の精神の貧困の原因となっているからである。現代の社会は民主主義で自由だとか表面上は見えてもすべて操作されていることが多いのである。原発事故はその象徴として起きたのである。


過去から歴史から学ぶことは無限にある。現代が何なのかは歴史から見ないと相対化していとわからないのである。昔は貧乏でいいことがなかったというのも事実としてある。
しかし人間の営みはそれだけではない、かえって現代のこれだけの豊かさのなかで失われた精神の貧困や文化の喪失は深刻なのである。過去にはもとれないしろ過去から学び未来を作り出すのが人間なのである。どうして労働の疎外が起きているのか?労働が忌避される時代なのか、それは機械化により人間の労働が自然と一体化したものとならない、流れ作業とかになり労働に充実感が得られない、それは機械化と関係していた。機械化は労働を楽にしたいために必然的に生まれたものだがその機械化が人間疎外を生むという矛盾もあった。機械貧乏で農業が成り立たないとか機械によって苦しめられる人間が一方であった。原発事故はそうした矛盾の象徴として起きたのである。つまり原発事故は時代の矛盾を象徴したものであり一技術者の会社の問題を越えた社会全体の矛盾の象徴として起きたのである。だから現代社会そのものの見直しが必要になっているのだ。

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2013年10月24日

江戸時代の対比で現代を考える (人口と石高の関係ー土地より人口が労働力が大事だった)


江戸時代の対比で現代を考える

(人口と石高の関係ー土地より人口が労働力が大事だった)

日本史再発見(板倉聖宣)の中の相馬藩の研究を読む

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●人力で人数で生産高をあげる代わりに機械が上げる時代
相馬藩の年貢の石高を人口の対比で調べたものである。これは比例している。土地というのはもともと一定であり増えないものである。でも最初は耕地とささない田とされない土地が広がっている。人口も少ない、だから開発する余地があるから生産高も上昇して人口も上昇してくる。それを江戸時代の変化でとらえた。津浪があった慶長時代(1611)頃はまだ検地もされていないし石高も良くわからない時代である。それは開発する開墾する余地が十分にありまた人口も少ない時代だった。だから津浪が来て今回の津浪と同じような被害があっても人口が増えれば開墾する地は広いのだから津浪自体がそれほど痛手となっていなかった。伊達藩でもそうであり相馬藩でもそうだったのである。相馬藩ではまだ石高とかの記録がされていない記録の空白時代だった。だから津浪のことも溺死700名しか記されていないのだ。


この本での発見は天明の飢饉とかか相馬藩で甚大な影響をした。三分の一の人口が減ったというけどそれがその後の石高が増加しない原因ではなかったという。石高はすでに下降気味でありそういう下降極線が飢饉で促進されただけだったという。すでに開墾する余地が土地になくなっていたことが最大の原因だった。それでも天保の飢饉では餓死者がなかったのはなぜか?天明の飢饉の教訓を活かしたことと人を大事にする政策をとったからだという。
百姓の数が減ったら農地が増えるのだから生活が楽になるかというとならない、いくら土地があってもその土地に応じるだけの百姓がいなければその土地を耕すことができなくなる。」相馬藩の場合も人口が減り荒廃田が増えて年貢が減ったのである。

ところが現代を考えればこのようにはならない、土地が一定であり人口が減っても生産高はあげられる。なぜなら機械がその穴埋めをするからである。中国では手刈りで麦を刈る出稼ぎ者がいたかコンパインはその人力の千倍もの働きをする。つまり人間の労働力はいらないとなる。だから土地が広ければ広いほどいいし狭ければ生産高は上げられない。

それでアメリカとかオーストラリアか中国の広大な土地で機械でやればいくらでも生産高はあげられる。飛行機で種まきなどをやっているからである。こうなるととても日本の狭い土地での農業はたちうちできないのである。現代文明は機械によってう動かされている時代なのである。戦争まですでにロボットが現実にしているのだ。機械を動かすには石油が必要でありそれが原子力になって事故が起きたのである。機械と言っても魔法の力ではなく石油とか石炭とかそれが枯渇するからと原発にてったのである。

家事の機械化にしてもそうである。家事だけで料理から洗濯からしていたら家事すら大労働であり当時の中産階級ですら女中を雇わないとできないものだった。
二人も雇っていた家がそれなりにあった。人力で補う他なかった時代である。
それは江戸時代も同じだったのである。すべて人力で補う時代だった。
だから人口が減ると致命的なものとなっていたのである。


●江戸時代に相馬藩で子供を強制的に産ませていた

 農村では14歳から50歳までの女性を登録させて年に三回づつ妊娠しているものを見届け確実に生ませるように監視する
体制ままで作った


江戸時代と現代を比べるといろんな面で過去も現代も見えてくるものがある。それはいい悪いとか江戸時代に帰るのかという問題ではない、過去が意味するものが現代と対比して見えてくるし現代も見えてくるのである。歴史を学ぶということはそういうことなのである。戦争で若くして死んだ人がいたというときその心中を察すればあまりあるものがある。そんなことで今の若者は悩むこともないから就職ができないくらいで死ぬことはないともなる。過去の貧乏を思いば今は贅沢すぎるとかなる。それは過去を歴史を知らないと具体的にそういう考えも身につかないのである。
現代ばかりに注目しても現代のことがかえってからないのである。

江戸時代は1611-慶長津浪が起きた時は伊達政宗の活躍の時代であり家康の江戸時代からはじまったばかりだったのである。だから相馬藩では石高との記録もない、津浪の記録も一行しかなかった。そういう時代で公的な記録がされなかった。ただ被害が大きかったのだから民間で伝承されてもいいはずだったがされなかった。その理由はよくわからない


江戸時代はグラフで示されたように元禄から宝永の時、最盛期だった。相馬藩でもそうだった。新田の開発でうるおっていたのである。元禄は江戸でも一番華やかな時代であり今のバブルの消費時代だったという。それは都会ではそうなったが田舎てはそうではなかった。宝永時代も新田の開拓が進んで豊かになった時代である。だから鹿島町の御子神社の隣の墓地にあれだけ大きい宝永時代の碑があったのだろうか?あれだけ大きい碑はなかないからである。元禄時代はまた芭蕉が活躍した時代で文化が花開いた時代だったのである。それで葛尾(かつろう)村の落合に元禄の碑があった。明暦とも書いてあり明暦は検地がはじまった年である。でもあんな山の中にあるのか不思議だった。あのうよな山の中も元禄時代は開拓が進み山の中でも繁栄するものがあったのかもしれない。
古い碑を研究すれば見えてくるものがある。新地にある文禄の碑はやはり朝鮮への伊達政宗の出兵が関係していた。文禄とだけ記してあるのはないからである。


江戸時代を参考にするとき、人口の増加が収入を石高を増やすことだった、だから人を大事にせねばならめとして年貢を減らした。それは税金を減らしたことなのである。
子供を生んだ人には奨励金を出したりもした。まず人口を増やすことが奨励されたのである。強制的に子供を三人作れとかの政策もあった。これも現代の少子化とにている。
ただそういう政策が現代には通じない、なぜなら機械化がこれだけ進んでいるのだから労働力の穴埋めが機械でてきる時代だからである。なぜ現代は1億二千万の人口で三分の一が実は働いていない、さらに会社でも働かずにただ会社にいるだけで会社内失業の人も多いという。ではそんなことがなぜ可能なのか?それはやはり機械が仕事の肩代わりをしているからである。江戸時代は人力なのだから労働力は人口によっていたのである。


●人口増加政策だけでは現代は対処できない(労働の質が変化した)


ただこの辺の津浪原発事故を考える時、やはり人口が流出している、労働力が流出していることが問題になっている。それは江戸時代とにている。特に若い働き手か流出していることで衰退してゆく危機になっている。高齢化で老人ばかり残されるうば捨て山になる恐怖がある。医療や福祉の担い手が流出するとそうなる。看護師はいくら募集しても来ないという。他にも人手が不足して時給を1200円にしても人が来ないというのもそのためである。補償金で金があっても若い働き手が流出すればそうした贅沢なサービスは受けられない,金は銀行にも増えているけどその金が使われて産業が起こるわけでもない、その金で昼間から酒飲んだりパチンコしたりする人ばかり増えてもこの辺はやがて衰退してゆくだけである。


双葉や大熊などでは原発交付金で立派な公共施設を作っても繁栄しなかったという。つまり金だけあっても何でもできるわけではない、過疎地域に一億円あるから住んでみようとしても肝心のサービスする人がいなければ医者にもかかれない、そこで死んで行く他ないともなるのだ。だからそんなところで金は何の価値もないとないとなる。
そういう人が来てもなにもならないとなる。土地が一定でも狭くても働き手の人口が増えた時生産高が上がったというときそういうことはこの辺のことにもあてはまる。


今はなぜ都会に人が集中するのか?それは労働の質がまるで変わったからである。
第一次産業は一割にもみたない、あとは工業とか情報産業とか別の労働になっているからである。東京のような全く農業もない世界で一千万人もどうして生きていられるのか不思議に思う。江戸時代は百万都市でも回りは農業の社会であり農民が肥料として人糞を集めていたことでもわかる。回りには田畑が取り囲んでいたのである。
そういう社会とはあまりにも違っているのだ。工業、商業、情報産業が生活の糧であた農業でも漁業でも林業でもないのだ。だからtppが促進されるという時、都会人にとっては別に食料が外国から入ってもかまわないとなる。現実にそういう生活をしているからそうなる。そして都会では様々な仕事があり第一次産業とは関係なく生活しているのである。農業より原発が電力が大事だという時、工業は電気なしで成り立たないからである。

農業すらハウス栽培とか電気とか石油でありやがては都会では工場で野菜などを作るともなっている。だから江戸時代の農業中心の社会をみても現代の問題の解決にはすべてなちないのである。

むしろ別な発想が必要になってくる。花栽培なら放射能の影響がないからやるとか何か別な発想が必要になる。農業だけにだけこだわることもできない、でも農業を新しいものとして活かすことはできる。現代は肉体的人力労働が主流ではない、知能労働が主流になった時代である。機械を作るのは肉体労働じゃないかとか思うが実際はそれも知能労働である。機械の設計は知能労働だからである。事務の効率化も情報処理の効率化もコンピュターが優れている。それがすべてではないにしろコンピューターなしで社会はもう成り立たない時代になった。職人の技もコンピューター化されている時代である。出版にしても活字を一つ一つ拾っていたのは昔話である。新聞も本つくりも一部からオンデマンドで機械化している。この情報化のスピードは早い。自分の家が新聞社とか出版社とかテレビ局とかにさえなりうる時代である。
ただ取材となると人力が必要だがそういう情報化の機械化で飛躍的な情報発信能力が生まれたのである。
最近わかったことは考えるとは書きなから考えていることだった。だから自ら情報発信しない限り書くことは進歩しない、自らが主体的に発信しない限り考えも深まらないし書く能力せ見につかないのだ。
だからインターネット時代はかえって書く能力がましてくる。様々な情報を自ら考えて構築することが要求されているのだ。
そして発信することか要求されている。

少子高齢化時代は果たして人口を増やすだけで解決できるのか?
江戸時代はそうだった。現代でも人口が増えれば活力生まれることは確かである。
でもその労働力を機械で補うとするときその労働は知能の労働に移っている。
すると良質な教育を受けた知能労働者こそか必要となる。
だから現代は教育に金がかかるから子育てが苦しいから少子高齢化に必然的になる。
貧乏人の子だくさんというとき子供も農民では労働力としてみていた。
後進国では今でもそうである。戦前でも親に孝行というとき子供は親に尽くすものとされたのは親も労働には人手が必要だから子供を労働力とみていたからである。
そういう時代の変化をみないと社会は見えないのである。

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2014年03月02日

広域化したグローバル化した経済がもたらしたもの (愛郷心もうすれモノだけを見て人は注目されない)

 

 広域化したグローバル化した経済がもたらしたもの

(愛郷心もうすれモノだけを見て人は注目されない)

小さな畑で野菜を作っている人が雪で野菜がだめになったというとき
農業は天候の影響を受けやすい、だから農業が中心だった時、
農家でなくても天候に敏感になる。
日本では特に四季の移り変わりが激しいから季語が生まれ俳句文学が生れた。
体力では天候が毎日からりと晴れるような所では天候のことをいちいち言わないだろう。
ともかく雪で野菜がだめになったと野菜を作っている人が言う時、
直接田舎に住んでいる人にはひびく、それは他人事ではないからだ。


それが広域化グローバル化したときどうなったか?
確かに大雪で野菜がが一時的に高騰はした
でもある県でとれなくても別な県ではとれる
北海道でとれないなら九州でとれるし入ってくる
そうなると自然災害でもあまり影響しないともなる
ナーニ日本がだめなら外国から買えばいいともなっている
そういう感覚は戦後20年くらいまでなかっただろう
そんなにまだグローバル化経済になっていなかった

戦後十年は江戸時代の延長の自給自足生活だった
食べるものも燃料も炭でなんでも地元にあるものでまかなっていた
だから農家では納豆まで作っていたのである。

地元で暮らすということは地元の土地の実りと地元の人の労働によっていたのである。
そこに自ずと地元の人の連帯が生れていたのである
まさに協働が共同となっていた。

小さな畑で野菜を作っている女性はいろいろとその苦労を語る
すると野菜一つとるのにも苦労しているなと思う
つまりその野菜ではないモノではない
苦労して作っているその人自身が価値がある重みあるものとなって訴える
その人があって労働があって野菜が作られている
その労働にも価値があると実感として思う
モノより人に注目されるのである。


ところが現代ではモノは商品としてあふれているがモノに注目して
それを作り出している人には注目されないのである
小さな畑でも苦労して野菜を作っているものをもってくれば
それはどういうふうに作られているから実感としてわかる
するとその野菜も大事だがその人が大事であり注目されるのである
でもモノが全国から世界中から入ってくるときは
人より金が大事になる

金があれば別に大雪になっても外国から飛行機で買えるということもある
ただ今回の大雪は交通にも影響したから別だった

普通はモノはいくらでも入ってくるから金さえあれば買えるとなる
第一そのモノがどうして作られたかなど想像すらできないのだ
モノはその土地からも人からも分離してしまっているのが現代である。
だから意外と愛郷心などなくなっているともいえる
別に金さえあればどこでも暮らせるではないかとなるからだ
それでこの辺で原発事故で故郷に住めないとなったとき
若い人は簡単に多額の補償金をもらって別な所に住んだ方がいいとなり
家も建てたり帰らないとなる

つまり愛郷心というのはその土地と人と密接に結びついて育まれるものである

現代はそれは分離してしまった、田舎でもほとんど会社員だかから愛社精神はあっても
愛郷心はうすれているのだろう
原発事故では避難区域になったところは実際に東電の廃炉事業の拠点の街として残そうとすることでもわかる
市町村が実は東電の社員になっていたのである
トヨタの社員になっている市長村もある

愛郷心は人と人のつながりのなかで愛郷心が育つ
人と人との結びつきが広域化グローバル化経済で破壊されると愛郷心もなくなる
だから愛郷心が希薄化するのはそうしたグローバル化経済が関係してたのである

田舎は本来は協働共同社会であった
田舎は陰湿だというのもそこにはマイナス点としてあった
ただ田舎では土地と人と人のつながりが強かったから助けあう社会でもあった
助け合うという意識をもたなくてもそうした自然環境の中で自ずとそうなっていた
「たすけあいましょう」「親切にしましょう」「・・しましょう」というとき
それがなくなったから声高に叫ばれるのである
連帯がないと「連帯、連帯」と前の全学連のうよにスクラムを組んでデモになる
そういうところは連帯がないからこそそれを声高に叫んでんいるのである


現代はグローバル化経済はモノだけどこからでも流通して暴力的にすらなっていると思う
そこで肝心の人に注目されないし無視されている
すると金だけが唯一の価値として物神崇拝になるというマルクスの理論が受けたこともわかる
いくらモノが流通しても金で買えても人間の心はばらばらになっている
自給自足経済では人が大事であり人と人が結び合いその地域を支えあって暮らしていた
だからこそ愛郷心が育まれた

「この野菜は私が耕し苦労して育てたものですよ、買ってください」
「そんなものより、もっといいものがスーパーで安く買えるよ、だから買わない」
こんなふうになるともう地域の連帯もなくなる
人と人のつながりもなくなる
ただグローバル化経済の中で価値あるモノを作らない限り生きていけない

でもいくらいいモノを作って売れても買った人と作った人の連帯は生れない
もっといいモノが売られているよ、じゃ今度はそっちを買おうとなるだげである
そういうところに人と人の持続的連帯など育ちようがないのである

だからインターネットで生産者と直接結びつくような販売で
雹がふってアスバラガスがとれるのが遅くなったが一週間がまんしてくれと連絡があった
契約している消費者はその一週間を耐えた時、生産者との連帯が生れた
でも現実は別に他からいくらでもメキシコ産の太くて安く売っていたよとなれば
そっちを買うのがふつうなのである

だから広域化グローバル化経済はいいようでも人は常に無視されている
作っている人は注目されないのである
だから互いの連帯感も生まれないのである
ただ金だけがあればいい、金さえあればモノは買えるし腹は満たされるという考えになってしまう
それがかえってモラルの荒廃を生み人間同士がバラバラになってしまっているのだ


追記 
労働能力が生産物を自己自身のものだと見抜くこと、そして自己の実現の諸条件からの分離を不埒な強制された分離だと判断すること、――これは並外れた意識であり、それ自身が資本にもとづく生産様式の産物である」(「経済学批判要綱」『マルクス資本論草稿集A』S.371)。「労働能力が生産物を自己自身のものだと見抜くこと、そしてUnrechts――強制関係―自己の実現の諸条件からの分離を不公正―だと判断すること、――これは並外れた意識であり、それ自身が資本にもとづく生産様式の産物である」(「1861-1863草稿」『マルクス資本論草稿集H』S.2287)。

なんだかこれもむずかしいけど労働が本当は一番人間にとって大事なものだということ
労働が自己実現の道であるということ、それが広域的グローバル化経済では労働の価値とモノの価値が分離させられるということ


「労働能力が生産物を自己自身のものだと見抜くこと、そしてUnrechts――
強制関係―自己の実現の諸条件からの分離を不公正―だと判断すること


モノだけが注目されて人が注目されない、人の労働の価値がモノより注目されない
モノと人の労働は分離している
むずかしく言えばそうなるが簡単な例で言えばそういうことは狭い範囲の経済活動でもわかる

この世の中のことは具体的な生活にこそあるのでありマルクスの理論でも
その一面をとりあげたものにしかならない、ただそれがグローバル化経済で顕著になったから
マルクスも見直されるのである


 
 

posted by 老鶯 at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2014年04月19日

人によって場によって時によって価値は一定していない (自分にとって手料理の価値は大きいー個々人へのサービスへ変わる時代へ)

 

人によって場によって時によって価値は一定していない

(自分にとって手料理の価値は大きいー個々人へのサービスへ変わる時代へ)

これまでの価値観はあるモノに対しての価値は変わらない、世界中でモノの値段は均一化されつつある。
どこでもどこで買っても値段は同じだという世界である。
だからスーパーなどが均一化して安く売るから繁盛した。
「安ければ売れる」というのが価値観だったのである。
でも本当に価値というのはそんなに均一化した単純化できるものだろうか?
価値というのはどうして作り出されるかである


最近手伝ってももらう女性は料理を作ってもってきてくれる。
その手料理が自分にとっては何ともうれしいのである。
その手料理は他では買えないものなのである。
今日はスイトン料理を作ってくれた。
これは一回そういう料理をしている食堂で食べたことかある。
これは食料不足の時戦時中に工夫して作られたものだった。
それで母も普通は食べなくなっているが食べたのはおいしかったのだろう。
食欲がなくてもおいしいものは食べるということが病気でもあるからだ
自分もその料理はおいしかった。
だから千円払ったしそれたけの価値は十分あったのである。
前にはアシタバの天ぷらをもってきてくれた。
これも変わった味だなと食べた。


ところが別に妻がいて手料理を食べさせられている人は
いつも食べているのだからそれがありがいたという価値観がない
当たり前のこととして食べていて文句を言ったりしているのである
自分もこれまではそうだった。
今になって食事でも全部自分で作って出す方になった
その時、鍋物などが作れなくて食べれなくなったので悲しくなった。
手料理を食べられなくなったのである。
だからほとんどオカズは買って食べていたのである。
だからそういうものをもってくれる女性がいることの価値は自分にとって大きい


前にも来ていた女性がいたがありきたりもの買ってくるだけであった
女性だから何か手作りの料理でも作ってきてくれてもいいと思ったが
そんなことが全くない、心使いが全くないのである。
自分の所に来たのは実際に強盗だったり人の気使いがない異様な女性たちだった
それは信じられないものだった。
地獄の中に引きづられて出れなくなったような閉塞感に苦しんでいたのである。
自分が病気でも同情など全くしない、借金しているから入院していても借金の要求であった
こんな人達ばかりなのだからこの7年間は地獄の苦しみだったのである。


その女性にも問題がありいい面ばかりではない、でも比べると地獄で仏にあったという気分にもなるのだ。
その気持もやはりこんな異常な人たちに囲まれることによって価値観が変わってそうなったのである。
津波の被害にあった人が貯金などしない、今生きていればもうけものだというふうに考え方が変わったのと同じである。
その人の価値観は様々な体験を経て変わるのである。

ある人に対する価値観も人それぞれによって見方が変わってくるのだ。
もう一人の人もその女性と友達関係にあるが娘が一週間に二回来て料理などしてくれる
だからその女性とは毎日電話のやりとりして頻繁に行き来してもその女性の手料理を食べていない
その男性は妻を六年前になくしても料理に苦労していてもまだ娘がいて料理してくれている
自分は全く料理してくれる人がいないからまたその女性に対する見方も変わってくる
人に対する価値観もその人の事情によって経験によって違ってくるのである。


要するに人が人の気持がわからないのはそういう立場を経験しないからなのである。
確かにその男性は妻をなくして一人暮らしは同じである。
でも娘が一週間に二回来て料理してくれるから違っていたのである。
人間にはこういうことがいくらでもあるだろう。
相手のことがその境遇でもわかりにくいのである。
それはそういう境遇になっていないし経験していないからわからないのである。

ありきたりのを売っているだけのものを買ってくるような女性はかわいいくても全く
何か根本的に人に対する心使いがまるでないのである。
もちろんそうしたくないからそうなったともとれる
だから自分の病気に対しても何の心使いもなかった
もともと何もしたくないのでありしかたなく一カ月に一回義理で来ていただけなのである
あういう人がどうしても事業に成功するとは思えなかった。
妻であってもそういう人は夫を助けることはできないと思った。

いづれにしろ人間は顔だけ見ていると外見だけで判断すると女性でもあとで失敗する。
それで離婚が多いのかもしれないのだ。
美人でかわいい顔していたけとこんな女性だったのかと裏切られことがあるかもしれない。
それは介護の時などに露骨に現れやすいのである。


人間の価値観は一人一人実際は違っているのだ。
だから値段が一定しているということはかえって不平等なのである
ある人が千円払うしある人は二千円払ってもいいのである
金持ちの場合は定価ではなく本当のものに金を高くても払う。
要するにもしかしたらこれからの時代は個々人への
サービスが大きな価値を生む時代になるかもしれない
大量生産で大量供給してもモノあまりの時代は売れないのである
個々人へのサービスは多様になるからその価値づけも一人一人違ってくるから
値段は一定しないのである。


だからポランニィーが黄金と塩が等価に交換されていたとか全く今の経済感覚とは違った価値観の経済があった。

中央スーダンの首都クカでは、糸に吊るされた子安貝とマリア・テレサ銀貨との等価が、毎水曜日に市場において公示された。
(人間の経済ーほランニィ)

これはその時々によって価値が違っていることなのである。
次の水曜日にはまた違った等価が公示される。
そういうふうに時価は今でもそうだが変わってくるのである。
その場その時によって価値観は変わるのである。

贈与経済でありそれはその時代の価値観であり今の価値観とはまるで違っていたのである
そういう経済にもどるということもこれからは考えられる。
若者と老人の価値観は天と地のように違う場合がある。
老人にとって失ったものは青春でも健康でもとりもどけないから悲惨なのである。


というのはもの余り時代の価値観はそういうふうに個々人へのサービスに変わる傾向があるからだ。
価値観は個々人で違っていて多様化するのである。
だから定価で安いからいいとは限らないし選ぶとも限らない
現実に今は不景気時代がつづいたといってもいいものは高くても売れていることでもわかるのだ。
すべてが安ければいいとはならないのである。
老人にはモノは売れない、老人が欲しているのはそうした個々人の心使いであり
それが手料理を提供してくれた女性の価値が高くなるということか一つの例なのである。

posted by 老鶯 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2014年05月08日

機械でもできない田の縁(へり)を人が田植えしていた (機械化で人手が必要なくなり格差社会が生れた)

 

機械でもできない田の縁(へり)を人が田植えしていた

(機械化で人手が必要なくなり格差社会が生れた)

tanohhheri.jpg

田の縁(へり)を人で補う田植えかな


時々田植えしている人をみかけるけどあれは機械で田植えできない
縁(へり)を人手で補っている
つまりほとんどは機械で田植えしているのであり手ではしていない
だから今の農家は重労働ではない
でも小さな畑で野菜を作っている人は年取っているので
うなうことが辛いから男の人にしてもらっている
金を出して頼むかとも言っている
それなりに今でも農作業は力仕事がある
その女性は骨太で腕も太く農家の人にふさわしい女性に見える
土木関係の仕事もしていたから力仕事ができる


一方で若い女性は華奢でありまるでモデルのようにすらっとしている
だからその女性がとても農家の人とは思えなかった
それでも田植えをしたことがあるという。
その田植えとは今は機械でしているのだが田のへりが機械でできないから
補うためにしていたのである。それなら重労働ではない

人間の労働は機械化すると人手がいらなくなる
その極端な例が中国で麦を刈るのにコンバインだと人間がやるより
百倍もの差がでるだろう。
ただそのコンバインを借りてやるのに金がかかる
今までは出稼ぎ労働者が麦刈りに動員されていた
それでも需要がなくなったわけではなく
機械ではやれない場所がありそこで出稼ぎ労働者が利用されている
これは田の縁を田植えしているのと同じだった
でもその労働は微々たるものとなってしまったのである。


現代は人手不足が言われるけど一方で人手が必要としているのは
機械化するとその頭脳にあたるものが人手不足になる
なぜならそれは高度な技術が必要であり知識が必要であり
誰でも簡単にできないからそうなる
だからITでも科学の研究でも技術の開発でも頭脳部分の人手は不足する
そういう場では高給取りになる
だから会社でも人手を省くために事務でもコンピューター化して
事務職はいらないとなると今度はその人たちが失業する

格差社会の原因はそういう社会の構造の変化にもあったのだ。
もちろん官僚が天下りとかで得するとかはある

でも全体の社会から見ると労働力を省く機械化がすすむと
一部の頭脳の技術者だけ会社では採用すればいいとなる

そして底辺労働しか残らなくなる
コンビニとか配達とか介護とかしか雇用がなくなる
つまりそれが格差社会の根本的原因だともなる
要するに機械で田植えしてどうしてもできない労働を人間が補う
機械が主役であり人間は脇役になっているのだ。


ただ医療とか介護とか人間的サービスとなるものは機械化できない
機械化できない労働は必ずある
労働の価値も常に変わっているのだ
機械でやれることは価値がなくなる
機械でできないことが価値がでてくる
だから介護なんか最底辺の仕事だと言うが
極めて人間的サービスであり機械にはできない
特に認知症の介護となると最高にむずかしい
そういうものにはかえって価値がでてくることにもなるはずである
常に価値は変動しているからそうなる
機械でやれるものは価値がなくなり
機械でどうしてもやれないものが介護など無駄といっても価値がでてくる


機械化されると多くの労働が底辺化して格差社会になった
そうしして機械化されると農業でも昔のように村人総出で田植えとか
稲刈りとかもなくなるからと共同性も失われる
労働歌の民謡とか踊りとかも農村の文化も失われたのである。
なぜならトラクターであれ田植機でしていればそこには人間がいないからである
それでも田植えでも稲刈りでも無料でしていたのではない
手間賃が払われていた。子供の頃、そのもらった金が大きかったという
江戸時代辺りになると共同で無料でやっていたかもしれない


人間は重労働から解放されたくて機械を発明した
毎日重労働に負わされるので辛いから機械を発明した。
昔は土を固めるにも人力だったとするとその手間と労力は莫大なものとなっていた
機械化した結果そういう辛い労働から解放されたのである。

でも結果的に人間はみんな頭脳が優秀ではなく
ITとか設計とか技術職につけるわけではない
活字文化や本でもインターネットで機械化されるとそこでも労働力はいらなくなる
紙の節約にもなり森林資源の保存になる
でもそこでいらなくなった労働者はどこにいけばいいのかとなる
そういうことは機械化がすすむといたるところで起きている
その象徴が田植えをしていたがそれは機械でできない縁(へり)をしていたのと同じなのである

 
posted by 老鶯 at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

機械に代われないものに価値がでてくる時代 (モノ余り、豊かな社会の価値観は変わるー人間にしかできなものが常に残る)


機械に代われないものに価値がでてくる時代

(モノ余り、豊かな社会の価値観は変わるー人間にしかできなものが常に残る)


しかしロボット開発はそう簡単ではない。少なくとも基礎としては、工学の世界で4力と呼ばれる「材料力学」「機械力学」「熱力学」「流体力学」が最低限必要だし、これだけでは足りず、「電気回路・電子回路」の知識も必要だ。
さらにこれらを知っているためには、物理学の「力学」「電磁気学」「解析力学」「統計力学」ぐらいは必要な知識だ

http://mathcut.seesaa.net/article/385235486.html

こんな頭のいい人がロボットを生産して働かせる。人間の代わりにロボットが働いてくれる。
すると人間はロボットに代わられた所では失業する
ロボットを作り出した頭のいい人は特別の高給取りになり
他の人は働く場すら奪われる、そして最底辺から生活保護にもなる
ここはネズミの実験用のロボット化なのか何かわからないがロボットが屋ことによって
人力がその研究分野で省かれたのである

これはあらゆる分野で起きている。

機械化とはロボット化でありロボットが高度に発達すれば知能部分も機械化される
コンピューター化して事務部門の労働が省かれたのと同じである
家事でも前にも書いたが機械化しているから主婦がかかりきりで家事をやっていた時代とは違う。
男一人でも家事はできる。自分は介護士ながらやっている。
機械がある程度してくれるということはロボットがしているのである
主婦がかかりきりで家事をする必要がないからパートにでて現金収入を得る
主婦という家事が機械化されて専門の専業主婦がなくなったのである。


ロボットは歴史的には昔なら奴隷である。
ギリシャでもソクラテスなど知識人が輩出したのは日常の家事など
または生産をしていたので知識や哲学の探求ができた。
「スコーレ」暇がありスクールができた。
学校の起源が暇にあったということは重要である。
暇を作り出さなければ知識の探求や哲学など生れないのである。
なぜなら毎日労役に費やされるからである。
自分だって家事と介護に追われているがそれでも知識の探求ができるのは
家事も機械化していてそこで暇がなんとか作り出されているからである。


マルクスの理論では労働力だげが資産で労働しか売ることができないものは
資本主義では搾取されると見た、そういう無産階級は土地ももたないから余計にそうなった。
でも現代で格差社会、階級社会になるのは土地とか資産もっているとか
そういうものではない、地主とか小作の関係でもない
そこに機械化された知能までコンピューター化された労働がロボットに代行される
それが大規模に起きたためである。




産業革命では繊維工業で機械が発明され,それによって手工業職人たちは失業と賃金が安くなるかもしれないという不安に襲われました。
さらに食料価格が非常に高くなり,経済不況も加わって機械破壊運動が爆発的に発生したわけです。
この運動の最初の犠牲になったのは,1779年当時イギリス最大の紡績工場であったアークライトのランカシャー工場でした。そこから始まり1810年代に入って運動はもっとも激しくなりました。1811年にはノッティンガムシャーで熟練手工業職人が,靴下やレースを編む織物機械を破壊しました。翌年1812年にはランカシャー,チェシャー,ウェスト=ライディングなど北部で,新しい紡績機や織布機の打ちこわしが続発しました。

この運動の被害者の多くは新しい機械の発明者たちでした。ケイやハーグリーヴズ,アークライト,カートライトなどは工場や住宅を破壊されました。



こういうことが過去にあった。機械というのはそれだけ社会を変えてしまうものなのである。
格差社会という時常に公務員が得しているとかある特権化した人間にその恨みを妬みを向けているけど
機械にその恨みを向ける労働運動は日本では起きていない
機械は自然と同じように人間ではないから天災のように恨みを受けない
具体的に恨みや妬み受けるのは人間である

だから現代では本当の特権階級とか金持ちが見えないということもある
では頭脳労働者が高給取りでもなかなかそういう人たちは社会では表立って見えないのである。
そもそもIT長者といっても田舎などではそういう人たちのことを理解できないだろう。
山持ちとか地主とか何か具体的になものがあればわかりやすいが
現代の金持ちは見えにくいのである。
だから公務員とか官僚とかそうしたものは巨額の税金を扱い国民から奪い楽していると常に怨嗟の目で見られるのである。


文明は結局機械化で起きている問題が特段に顕著になった時代である。
あらゆるものが機械化してその機械によって人間が動かされている
だからついにはコンピューターが世界を支配するというSF映画があったことでもわかる
原発事故にしたってこうした一連の文明の進展のなかで起きた事故である。
機械化して機械が故障して破壊されて大事故になり悲惨な結果をもたらしたのである。
戦争すら現実にロボットが無人兵器がすでに実用にされて殺傷までして問題になっている
人間の戦争ではなく機械と機械の戦争になる、ロボットとロボットの戦争になる
それは鉄腕アトムのテーマでもあった。
それは未来を先取りしていたから漫画でも歴史に残るものとなった。


これだけ機械力が巨大になると自然破壊も巨大化する
原発事故はその機械化によりこの辺が大被害になった
機械というのは確かに苦役から人間を解放した
一方で人間から人間的なものを奪ったのも機械であった。
だから鉄道でも最初はソローのように自然を破壊するものとして驚異だったのである
車社会だってそれも大規模な自然破壊でもあった
便利になったが商店街やら他にも失われたものはある


機械化をおしすすめたのはエジソンなどが生れたアメリカである。
アメリカはあれだけ巨大な国だから国土だから機械化に向いていたのである。
広大な土地をトラクターで耕すことが向いていた。
機械化文明はまさにアメリカ文明だったのである。
不思議なのはホイットマンが生れたアメリカの開拓時代は日本の江戸時代とにていたのである。
ホイットマンが賛美したのは農民であり牧畜民であり手仕事をもった職人であり
そうした巨大機械化しない人間そのものが働いていた時代なのである
それは江戸時代とにている。個々の職人がその技を競い農民でも人力社会である
だからそこには機械より人間中心の人間を賛美するものが生れる

牛と馬とかも機械の代わりに利用されているがそれは機械ではない
生物であるから人間扱いされて馬が人間と結婚する、動物と結婚するという
民話が生れる動物は人間と同じ生物であり機械とは違う
やはり命をもったものであり人間化する
機械は生物ではないから人間化しない、ロボットもいくら知能化しても人間にはなれない
ロボットはペットにはなれないし介護も精神的な面ではできないのである。
物を運ぶくらいはできるが精神的交流はできないのである
そこに機械とロボットの限界があるのだ。

americaland.jpg
マークス「楽園と機械文明」ーテクノロジーと田園の理想

この本は面白い本だから何回も読み直している。アメリカの理想はその広大な土地を利用した農業にあり機械を利用した製造業に開拓時代はなかったのである。
その製造業はイギリスのヨーロッバにさせて田園の農本主義が理想だった。
そこには大規模な自然破壊は起きない社会であった。
農本主義になると江戸時代までの日本とにているのである。

なぜ現代は三分の一も働かないで暮らしていけるのか?
それは労働が機械化されているからでありそれだけの余剰が機械を生み出しているからである。
でも実際に労働するとなると機械の方が安上がりで人間は高くつく
手伝いさんでも家の中では働いてもらうとなるとその労力が大変なものになる
犯罪にあったように気を許すことができないからええって疲れる
炊飯器や洗濯機のように人間は使いないからである
人間はそもそもそんな機械の部品のように使えるものではないし
機械より能力がないものとして扱われること自体異常だったのである

生産性とか効率性とか合理性を追求すれば機械がいいしロボットの方がいい
人間の効用は機械にやれないことにこそある
それはこれだけ機械化してもそうである
機械にできない、人間にしかやれないことはいつまでも残る
それは別に高度な知能とか技術だけではない
介護なんかはまさにそうした人間でなければできない
ただその価値がまだ認められていないのである。
必ずしもこの世の中価値があってもその代価が払われないことがある
そういう価値の不公平の故に格差社会になっているということもあるのだ


要するには人間の社会の価値は実はあまりにも多様なのである。
だからボランニィーの人間の経済学がある。
何が価値になるのかその土地により国により時代により違ってくる
それは食料の心配がなくなると贅沢品を求めるから
あらゆるものが価値となってくる
珍しい石でも庭に置きたいとか高い価値が出てくるのである。

結局価値を決めるのはその人の価値観にもなる
一億円あったら家とかは別にしてその人の価値観で金を使う
自分の場合は庭を作ってみたいとか
家事を手伝ってくれるひんいい人があれば高い金でも払うとか
その人の価値観で金を使うのである


だから老人はあまりモノがいらなくなるから
かえって個人的に人間的サービスをしてくれるのがいい
宅配の弁当でもそこで老人の話しを聞いてくれるとかがいいとなる
しかしそれは若い者にはなかなかできないかもしれない
なぜならただモノを配達すればいいというのが仕事になるからだ

そういう老人と話をできるのはかえって経験の積んだ老人が向いている
これも誰でもできるというのではない、一つの能力なのである。
女性でも話しがうまい人と下手な人とがいるのと同じなのである
いづれにしろそういうものは機械ではできない価値があるし
その価値に金が加算して支払われる時代にもなっている。
モノに付加された価値の方が高くなるということも豊かになればある時代になる
ペットブームが象徴しているのは犬は番犬でもない、猫はネズミ取りでもない
そうした実用的なものでなくで何かかわいいから癒されるとか
別な価値観でペットブームになっているのとにているのである

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2014年05月14日

時給化された労働は本来の人間の労働ではない (時給が上がるのは当然だったー時給1500になった原町のすき家)


時給化された労働は本来の人間の労働ではない

(時給が上がるのは当然だったー時給1500になった原町のすき家)

時給が深夜1500円になったのは福島県の「すき家」原町店。原発事故を起こした東京電力福島第一原発からは約25キロメートル。JR常磐線原ノ町駅から約1.5キロメートルの国道沿いにある24時間営業の店だ。

周辺の外食店はどこも深刻な人手不足に悩まされている。放射線の影響を懸念して、主な働き手だった若者や主婦層が市外に流出したうえ、除染作業などの復興事業の本格化が重なったことで、労働力の奪い合いが起こっている。
http://www.j-cast.com/2014/05/12204475.html


あそこは本当に忙しいのがわかる。時々納豆定食を食べていた。
あそだ働いていたら息ぬきもできない、暇なし働かされる。
普通は働きたくないだろう。
この辺では若い人が流出したこともあるし小高などの原発避難者は補償金で遊んでいて働かない
第一そんな忙しい所で働きたくないのが普通である。
この辺の人で不足はそこだけではない、コンビニでもそうだし全般的なのである。
チェーン店はほとんどそうなっている。


ただ時給千円というのは前は地方では結構な値段だった。
でもそもそも人件費が安すぎたのである。
人間を雇うほどめんどうなものはないし金がかかって当然なのである。
あまりにも人間を大事にしなかったのである。

自分は家でちょっと一時間でも家事の手伝いしてもらうのに大変な苦労してわかった。
そもそも一時間など働く人がないから余計そうだった。
それで犯罪の被害者になった。
ただ人間とは機械のように扱いないし奴隷のようにも扱えない
それが時給いくらだとかそんなふうに人間を扱うこと自体、奴隷化されていたのである。
時給いくらだとかいう働かせ方自体間違っていたのである。
働くのには別な価値観が必要である。
時給いくらだとかで計ること自体、人間無視だったのである。


働くことはそんな時給いくらきかで決められないだろう。
なぜなら働くことはその人の人生の問題であり
ただ一時しのぎの稼ぎとは違ったものだろう。


英語で

workは作品である、自分の作品を作るために働くとなるとライフワークになる。


I work for a company
I work at a company


の意味は違っている。

forには全体のためにとか目的のためにとか長い時間の中で働くという意味がある。
電車でも行く先地に行くのはforである。

つまりforは目的地に向かって電車を運転して運んでいるという感覚である。
一方はatは場所とか一部の担当とか部分的なものになる。


I work for the hospital
I work at the hospital


これはforは病院という全体の働いている感覚になる。
atはそうではない、一つの部門とか科で一時的に働いている感覚になる


現代とは働くにも部品化して細分化しているからforの働き方が消失している
for my familyとなれば一人のためではない家族全体のために働いている。
お手伝いさんとかなるとそうではない、ただ賃金をもらって一部の家事をしているのだから
work atになってしまうのである。]それは時給的働き方と同じなのである。

現代は働くこと自体、forという観念はなく時間的にも部分化、部品化されているのだ。

むしろ村だったら村という全体のために働いているという意識が自然と生れていただろう。
自ずと共同意識の中に働いてきた。それは意識しなくても無意識的にそうなっていたのである。
そこではそもそも時給いくらだとかいう感覚はないだろう。
もちろん田植えでも稲刈りでも手間賃をもらうということはあった。
それでも逆にまた自分の家でも田植えや稲刈りで働いてもらうとなると助け合いという意識、
共同性の中で働いていたということもある。

ともかく時給いくらだというのはatの一時的なその場しのぎの働き方なのである。

だから本来は郷土のために働くという時、部品としてではなく郷土全体のために働くということであり土着的な働き方であった。
そういう共同性が喪失した時、時給化された部品化された働き方になったのである。


I work for my homeland

I work at a homeland


この意味は相当に違っている。forは全体であり時間的持続性もあるがatにはないのである。
ともかく現代は全体を共有するとか共同意識が衰退して時間でも空間でも
何でも部分化して細分化して人間自体もそうされているのだ。
アルミニウムの高度な溶接していてもそれが郷土のためだとか意識することはない
でもその人が退職して自転車で郷里を走り回っているとあそこはどうだとか
今なら津浪でどうだとかになり郷里の共有意識で話しているのである。

いづれにしろ現代はwork forという働き方が喪失した時代なのである。

workには機能するとか作用するとかの意味もありそれは自然だったら
自然に機能して作用してゆく働きかただから自然とも深く関係していた働きかたである。
大地に根を張るような働きかたである。
毛細血管のよう細密に土に根を張る植物とにていたのである。

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2014年06月03日

ギブ・ミー・チョコレートの世代 (戦後の日本人の精神形成、原点がここにあった)


ギブ・ミー・チョコレートの世代

(戦後の日本人の精神形成、原点がここにあった)

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マッカーサー連合国最高司令官の来日、連合国総司令部(GHQ)の設置で、連合国軍による占領が始まった。日本側は連合国軍を「進駐軍」と呼び「占領軍」という呼称は使わなかった。ジープでさっそうと走る米軍兵士の姿は岡晴夫の歌にもなった。子どもたちは、進駐軍のジープを取り巻き、「ギブ・ミー・チョコレート」「ギブ・ミー・チューインガム」と兵士にねだった。

終戦記念日まで1ケ月弱。この頃になると何時も焼け跡、輪タク、進駐軍、パンパン等を思い出します。
今の新神戸駅前の道路で遊んでいると、進駐軍兵士とパンパンを乗せた輪タクがやってくる。私達子供は忽ち内に彼らを取り囲んで、ハロー、 ハローと連呼する。早くS*Xをしたい兵士は子供達に付きまとわれるのを嫌って、進行方向とは逆に出来るだけ遠くにチューインガムやチョコレートを投げるって訳ですね。


巷間この様な時には ギブミーチョコレート と叫ぶ様に言われてますが、我々の所では ハロー 一本槍でした。

町には第7艦隊の進駐軍兵士の休日のお相手をするパンパンが沢山いましたね。真っ赤な口紅とマニキュアそれにブラジャーこれが彼女達の三種の神器でした。当時マニキュアなんて普通の女性はしませんからね。
日本一の闇市でパンパン相手に一儲けしてのし上がったのがワコールの塚本氏だと言うのは有名な話ですよ。

大阪駅で良くチョコレートを貰いました。
「ハロー進駐軍」って言ってました。

中学の頃に分校の裏の料亭の窓から撒かれた硬貨を拾った為に、
全校集会で校長から大目玉を喰らいました

私は田舎育ちでしたので、思い出すのは、家族が畑で芋掘りをしているところへ、ジープに乗った進駐軍の兵がきて、掘っていたお芋と、チョコレートを交換していきました。

芋とチョコレートとの交換ですか。立派ですねギブミーチョコレトの様な物乞いじゃないですからね
http://smcb.jp/ques/50000


外国旅行してあった人は自分より五歳年上だった。その人はギブミーチョコレートの体験を話ししていた。九州の人だから東京とかの大都会とは違う。それでも日本がアメリカ軍に占領された時進駐軍が日本全国でみかけたからこの言葉が一時代の流行語として残った
人間は五年の世代の差でも相当に違う。戦後爆発的に人口が増えたのは団塊の世代となった。それは終戦になってからでありその時進駐軍のことはまだ生れたばかりだから知らないとなるのだ。ただ小学校でもアメリカから援助されたまずい脱脂粉乳のミルクとかが支給されていた時代でその延長があった。給食でもコッペパンとか粗末なものだった。

その時子供は良く働かせられていたのである。農家でもそうだが街でもそうであり
自分は店屋をやっていたからしょっちゅう配達とか農家に卵買いさせられた。
その卵をヌカに入れて買ってくるのだが必ず一つくらい壊れるのである。
というのはその頃の道は舗装されていないから道が悪かったからなのである。

真野川にかかっていた橋も木の橋でありヤハなものだっから洪水になると流される。
江戸時代から橋は流されるのが多かった。だから流された橋の絵が日本には多い。
野馬追いでも新田川の橋が流されていてそこを通る絵が残されている。

自転車にしても今のとは違う。だからそういう時代を子供の時経験しているし団塊の世代はそこでも今の豊かな世代とは違っている。
だから三年くらいしか年が違わない女性とは話しがあう。やはり同じ経験をしていたということで話しがあうのである。

五年の年の差が意識される時は時代が急速に変わると五年でも違った意識をもつようになる。江戸時代だったらそんなに世代が変わっても意識の差はない、代々職業でも親から受け継がれるからそこで何か精神的にも安定したものとなる。
仕事でも第一次産業だから土地に根ざしているから土着的でありそこで精神的には安定している。木を利用していたがその木が育つには五〇年かかるとすると気長に待つ時間の感覚が育つ、そんなとき時間給で働かせるという感覚は生れない、代々に今の会社のような大きな農家で働くということがあった。それも搾取されていたとかともなるがまたその社会なりの働き方でもあった。
その時代の見方はいろいろあっていちがいに極端な貧乏だったということだけではかたずけられないものがあった。
なぜならそうしした貧乏でもなぜ明治時代に来た外国人が見た日本人はみんな幸福そうな顔していたというのはなぜなのか?
それはやはり貧乏でも何か精神的に安定したものがあったからである。
それはその社会が時代が作り出していたものなのである。


明治維新後は全く変わってしまった。社会もモラルも激変して江戸時代の人間と明治以降の人間は別の国の人間のようになってしまったのである。つまり時代が変わると同じ国でも別の国になったように変わるということである。むしろ外国人の方が親近感をもつようにさえなる。それでも日本は戦前は天皇を中心としたあ忠君愛国であり国中心の社会であり国のためには個々の欲望は抑えるモラルがあった。それは国のために犠牲になるということで批判もされるが今のように個人の欲望のためには人を犠牲にしてもいい、自分が得するためには相手を犠牲にしてもいいいとは違うものがあった。

戦前と戦後もまた人間はまるで違ったように変わってしまったのである。

その象徴がギブミーチョコレートだったのである。もちろんアメリカ兵につきまとうパンパンとかもいたから戦後の荒廃は大きかった。つまり戦後の日本がどうして作られていったかの原点がギブミーチョコレートにあったのである。
「勝つまではほしがりません・・・」から全く逆になった。チョコレートを得るためには女性なら体も売る、子供は恥も外聞もなくアメリカ兵につきまとうねだる。
そういうことが日本人の心を作っていったのである。
戦後はただ貧乏からの脱出、物質的欲望を充たすことしかない、そのためには他者を蹴落としてもいいからのしあがれしかない、それで受験戦争がありいい大学に入ればいい暮らしができるしかない、そういうことに反発して団塊の世代が大学改革を求めて全共闘が生れたという経緯もあった。


ともかく五年の世代の差が戦前と戦後では激変したから大きいものとなった。
ではさらに五年違うととをなるかとなるとまた違っている。
今の七五歳くらいになるとまた違ったものとなる。戦争が終わった時は一〇歳でありやはりギブミーチョコレートをしていたのか?そうなるとそういう世代の仲間に入るのか?
それよりまた五年違うと今度はそれなりに大人になっているから戦前のモラル的なものが残っている世代となるから違っている。
現代の指導者はすでにそうした戦後生れの人たちとなった。戦前生まれ出もギブミーチョコレートの世代なのである。その精神形成はギブミーチョコレートからはじまっているから追求するのは物質的欲望の達成でありそのためには他者を蹴落としてでも達成するということしかない、それが社会の腐敗を産んだのである。

確かにアメリカの豊かさに追いついたがそこで欠落したのが日本人が江戸時代からもっていたモラルの喪失だった。今や義理人情すらほとんどないだろう。
そんなもの古いとなるがそういうモラルさえなくなることが金一辺倒の社会となり荒廃したのである。
日本人は何も尊ばない、何を尊ぶものかもわからない、ただ金のみうが唯一の価値となったのである。金を持っている人のみが一番偉いのである。

それはアメリカ的価値観に戦後のギブミーチョコレートから子供の時から形成されていたからである。
戦争に負けた時、日本人のモラルが根本的に壊滅してしまった。焼け野原となっただけでなく日本人の心も喪失してしまったのである。

世代の差というとき大きく時代が変わる時その差が大きくなる。今回の津波でも津波の前の世代と後の世代では相当に違ったものとなる。現実に今になって慶長津波と前と後で時代を区切りことが強いられた。津波が時代の転換点として意識された。
相馬藩では天明の飢饉がありその前と後では大きな差が生れた。
津波や原発事故はまだ日本全国を変化させるようなものになはなっていないが津波や原発事故周辺では時代がまるで変わってしまったのである。
だからどう対処していいかわからないという混乱期に入ってしまった。
漁業とか農業とか木材業でも放射能汚染で成り立たなくなるとすると一体この辺はどうすればいいのだろとなる。
補償金だけもちらって暮らせばいいやとかなるとこれまた精神的には荒廃してくるだろう。現実に今避難して仮設に暮らしている人はそういう精神的状態になっている。
ともかく津波や原発事故周辺は戦後六〇年の弊害が極端な形で現れた地域となった。
高度成長経済の発展が原発事後となり事故前も多額の金で漁業権を東電に売りわたしていたとか
この辺はまさに戦後日本の負の部分が現実化されたのである。
人さえ住めなくなったという極端なものとして現れた。
だから「福島の再生なくして日本の再生がない」と言われる時、戦後日本の象徴がフクシマになったからである。
ただその再生がどういうものになるのか暗中模索であり明確なものとして見えないのである。
それだけ大きな戦前と戦後のような時代の激変を経験しているからそうなる。

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2014年06月15日

一九七〇年代からふりかえる (高度成長時代から日本は物質欲が減退して文化の時代に)


一九七〇年代からふりかえる

(高度成長時代から日本は物質欲が減退して文化の時代に)

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●団塊の世代の大学生活

案外忘れられてるけど卓上電卓がオフィスに普及したのも最近なんだよね。
70年代からじゃない? つまり団塊が社会人デビューしたころは算盤上等なわけで
電卓はあっても値が張るわけで、まだまだ算盤やら手計算がメジャーなわけだ。
いわんや簿記なんか分厚い帳簿を引っ張り出さなきゃいけない。
 経理だろうと人件費計算だろうと大量に人間がいたわけだ。

書類がコンピューターでデジタル化した。だから相当書類が減った。書類の整理だけで大変な労力がこれまではあった。そういう所が省力化すると人手がいらなくなる。
本や情報もデジタル化すると効率がいい、ただ本なんかはやはり本としての良さがあり
なくならないだろう。ただコストがかかるということで衰退してゆく。

今や自分は忙しくて図書館などで調べられない、図書館は何か調べ物するには効率が悪いし時間がかかりすぎるのである。
町とかに図書館があっても小さすぎて役にたたないのである。
インターネット化すると郷土史の研究が全国的ネットで結ばれるメリットがあった。
郷土史研究はマイナーであり本で調べるのがむずかしい分野である。
大学で論文を出していたのでそれを読んで参考にした。
一般の人が大学と結ばれるのもインターネットではできる。
今までは情報にアクセスするには壁があった。
大学には一般の人は入ることはできなかった。
ただまだまだ情報や論文を公開している大学は少ない。


それにしてもずいぶん時間がすぎてしまった。遠い昔になってしまった。
団塊の世代も歴史的に語られる存在になっているのだ。
高度成長時代を作ったのが団塊の世代である。
大学時代に車に乗っている人がいたがあの時車は贅沢であり車もっている男性は格好いいと女性から見られていたのかもしれない。
車はそんなにみんながまだもてるものではなかったろう。
ただその頃から急速に普及し始めていたのだろう。


自動車の普及が急速に進むなか、1968年日本の自動車生産台数が世界第2位に躍り出ました


日本の技術の開発のスピードは意外と早かったなと思う。その時すでに世界二位というのは驚きである。集団就職の時代であり人手がたりな金の卵として田舎から大量の労働者が東京などに送られた時代だった。
この日本車もすでに世界で通用していたのである。

●団塊の世代でもすでに大学は大衆化していた

クラスで田舎では大学に入れたのは4,5人だった。
集団就職が三分の一くらいいたようだ。
それでも大学だと私立はマンモス大学であり凄い数が集まっていた。
この時大学は特別なものではなく大学の大衆化がはじまっていたのである。
3000人とか入る大講堂で講義しているのも異様な風景だった。
高校からするとあまりにも違っていたからとまどい勉学の意欲を失う人もいて
全学連など学生運動に身を費やす人もいた。


大学はレジャーランドとか言われた時代であり毎日マージャンをしている人もいた。
大学で授業にゆくやつは遊ばないやつだとうとまていたのも不思議である。
大学とは高校と違って遊ぶ場所だったのである。
マージャン大学、パチンコ大学にもなっていた。
パチンコはその当時本当にヤハなものだっ。
誰でも手作りできるようなもので板の箱でただ釘を打っているだけのものだったのである。
その釘の調節で出るのと出ないのを調節していた。
そのころからみるとぶいぶん変わったなと思う。


高校では考えられない落差がありとまどう人も多かった。
高校は毎日通い遅刻も許されない、大学は授業に出るのも出ないのも自由だというのはあまりにもその差が大きかった。
かといって自主的に勉強している人はまれだったのである。
文系は特にそうでありそれでも卒業できたのだからでたらめな大学が多いとういこともあった。
それでも社会に出ると学歴で判断されることが多い。最終学歴はあとあとまでついてくる理系ならともかく文系なら学歴などほとんど関係ないものだったかもしれない

そういう大学で自由に過ごしたのに卒業したら企業戦士として会社人間となったのも不思議である。全共闘の闘士は今度は企業戦士に変身したのである。

●高度成長時代から労働欲減退の衰退の時代へ

その時丁度高度成長期で経済は鰻登りで波にのっていた。
給料は毎年確実に上がっていた。だからメーデーなどの賃上げのパレードは祭りとなっていた。
労働組合もその時最盛期であったのはそれだけの賃上げが確実に要求すればあったからである。
それは日本経済が家電分野でも自動車でも世界の最高レベルにありプランドとなっていたからである。
今になると高度成長期は日本の黄金時代だったともなる。

現代の経済状態はアベノミックスとか金融で経済を活性化しようとできない、
なぜなら世界で売れるものが作れていないからだ。
家電でも中国韓国においつかれているしこれは日本製でないとだめだというものがないのである。そうしたらいくら金融で経済を活性化しようとしても無理だろう。


紙幣をすって紙をすって景気よくなるなら苦労しないよな


これ本当だと思った。日銀で一兆円でも紙幣をすっても景気良くなるとは思えない。
日本はどうみても衰退社会に向かっている。高度成長の黄金時代から少子高齢化とか非正規雇用が一千万とかまともに働く場所すらなくなっている。
その一つが引用したパソコンなど機械化により労働力をはぶいている。
2001年にwindows xpがでたとき急速に普及した
農家でも田植え稲刈りも機械であり片手間に農業をしている人が多いしそれでもできる。あとは専業農家に田んぼでも頼んでいる。

高度成長時代は会社人間であれみんな働く意欲があった。
それは物質欲が強い時代だったからだろう。
ギブミーチョコレートからはじまった戦後があり物質欲が異常に高い時代だった。
戦後の何もない焼け野原からはじまっていたからである。
その物質欲、欲望に高度成長が火をつけた。
その時、若年人口が多く人手はいくらでもあったがそれでも人手不足の時代だったのである。


●機械化がすすみ底辺化した労働者

現代は非正規の人が多いという時、機械化により労働力がはぶかれ会社の正社員にもなれず、底辺労働化した時代である。
高度成長時代はどんな大学出ても会社に就職できていた。正社員になれたのである。

今後何十年も新卒は6割しか就職出来ず、その多くは非正規の仕事か数年以内の早期退職になって、 

 毎年数十万人以上の若者がニートやフリーターになるんだぞw
 氷河期やニートを含めたらやがて1000万人を越えるぞ。 
大卒や弁護士や会計士の資格の有る人ですら就職難なのです、
それ未満の学歴の人には更に就職先は有りません。


大学などは今やこれだけ数が多くなれば価値がない。大学でて当り前とまでなっている。そうした非正規労働とかブラックな企業で働くとかが問題になるとき、高度成長期のような労働意欲が衰退しているのだ。
そして別にテレビでも車でもなんでも一応もてるしそれが特別ほしいという物欲も衰退している。そんなもの安く誰でも手に入るという感覚になった。
つまり団塊の世代のような物質欲も今は衰退している働く意欲もない
そして働く場所がそうした底辺労働しかなくなっていることもある。

つまり現代は物質欲の減退した時代になっているのだ。テレビがほしい、車がほしい、マイホームがほしいという欲望が希薄化した時代である。
そういうものはすでにあり充たされている人が多い。
だから経済を活性化させようとするとき高度成長のような物質欲を刺激してもすでに充たされているとなるとそれはできない。
日本ではすでにそうした物質欲を刺激して経済成長を計る時代は終わっている。
そしたら何をもって経済成長するのかとなる。

だんだんモノではなく心を豊かにするものを求めてゆく時代になる。
中国でも経済成長とする世界旅行がプームになったことでもわかる。
物を買いにもくるがやがて日本文化というものに興味をもつようになる。
つまり文化の問題がクローズアップされるようになる。
その日本文化というのが明治維新以来の欧米化で衰退してしまった。
だから日本人自体が日本の文化を見直す時代が来る。
こういうことは奈良時代や平安時代にも起こったことである。
インターネットは事業化してもうけようというビジネスに利用するという風に騒いだが
本来インターネットはそういうツールではない
情報の共有とか格安で自力で発信できるとかビジネスの金儲けとは違ったコンセプトで作られた。
だからインターネットを金儲けしようとすることにあわないのである
それは何か知的なものとかハードからソフトへと移行するツールでもあった
それはハードの物作りよりソフトなものが要求されている


ともかく人間は働くという自主性が労働にあるときはいい,でもたいがい非正規でも働かせられているという受け身にさせられている。だから働くことに生きがいを感じない。
また働く場所でも人間はただ部品のように付け替えさせられているだけであり機械と代わりないとなる。時給いくらというときそれは人生の貴重な時間を切り売りしている。
労働がworkというとき、作品になるのだから働くことが自分の人生の作品を作るような働き方でないと自ら働くとはならないだろう。
ただ強いられて働かせられているというのは人間本来の労働ではない、
そんな贅沢がいえるかというのもあるが豊かになればやはり労働の質も変わってゆくのである。


ともかく現代の問題は過去から考えないと見えないのである。
すでに団塊の世代は過去になり歴史となりふりかえる時代になっているのだ。
60まで生きれば個々人も一つの歴史を生きたとなりふりかえる。
そしてその時自分はどう生きたのかどういう時代を生きたのか自ずと理解できる。
その人の人生が個々人でもどういうものだったか否応でも解答が出る。
だからでたらめに生きた人は過去をふりかえるのも苦しくなるだろう。
ただ人間は過ちを犯さない罪を犯さない人間はありえない
でも最後は後悔が多くなるというのが人間の繰り返しだったのである。

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2014年07月16日

贅沢を覚えた猫(豊かさの貧困ーモノがあふれても売れない時代)



贅沢を覚えた猫

(豊かさの貧困ーモノがあふれても売れない時代)

●猫も人間と同じだった

猫を飼うということも一つの経験であり猫というものが自分にはわからなかった。
実際に飼ってみて猫というものを新たに理解した。猫にはほとんど関心がなかった。
犬は子供の時飼っていた。猫についてはそもそもわからなかった。
猫も犬と同じく人間が飼うと人間と一緒に生活すると人間化してゆくものだと思った。
その猫はたまたま餌をやったらいつくようになった。もともとは飼われた猫だったのだろう。だから甘えるよに鳴いてよってきた。ただ半年以上すぎるけどまだ時々襲いかかるように吠えるように化け猫のよように口をあけてなる

おそらくこの猫は捨てられて野良猫となり相当に人間に虐待されたのだろう。
だから人間になつかなくなった。その傷が深く忘れられない、人間に恨みをもっている。でも最近は自分のところによってきて眠るからなれてきている。
でもまだ時々口を空けて化け猫のようになる。
ただこの猫はしょっちゅう餌を要求するからよく野良猫として生きていられたと思う。
野良猫として生きるのは相当に厳しいと思うからだ。
猫の胃袋は小さいから食い溜めをできない、だからしょっちゅう餌が必要になるというが野良猫だったらそんなに餌がない、だから相当に窮乏した生活をしていた。
その窮乏感とはその日食えるか食えないかというぎりぎりの生活からくる窮乏感だったろう

野良猫は家猫に餌をやるからその餌をねらってやってくる。野良猫は結構多いものだと思った。最近近くの空家に三匹の子猫が出入りしていたのを見た。
空家だと猫の住まいにはいい場所である。その三匹も野良猫になる。
だから野良猫は増えるから餌をやるなと言う人もいる。
野良猫は結局もう野生の猫のように自分で餌をとれないのだから人間の問題化している。犬のように登録制にしろとか地域猫として飼いとかいろいろ法律まで整備しろとまでなるそれは一個人で勝手に飼ったりするとまた増えたりするから去勢して飼いとかなるからだ猫というのは人間化すると人間の問題になるのである。
だから猫はもう介護までされたり猫の墓まで普通にある時代になったのである。

猫は自分が食事している時、猫が自分の食事しているのを見ている。その時、サシミでも一切れとか与えていたらその味がわかって必ずご飯のとき見ていて分けてくれと鳴くのである。他にも魚類や肉類なども一切れとか分けてやっていた。するとその味を覚えて食べたいとちょこんと座って鳴いて要求するのである。
この猫は自分の家で飼われるようになってから贅沢猫になったのである。
野良猫の時は満足に食えなかった、窮乏していてうろついていたのである。
その生活は相当に厳しいものだったろう。家に入ってきてはぶたれたり追われて生活していたのである。野良猫は飼い猫の三分の一の年くらいしか生きられないという。
それだけ野良猫として生きるのは厳しいのである。

それが一旦こうして贅沢を覚えると自分が食事して何も与えないとすごく不満そうにしている。それがやはり表情でわかるのだ。とにかく食事の時迫ってきて鳴いて「俺にもくれ」と要求するのがわかるからだ。
だから与えないと「なんでくれないんだ」と口に言わなくてもひどくがっかりしたようにして離れるのである。
だから猫もぜいたくを覚えるとその味を覚えるといいものを与えないと不満になるのである。野良猫のようにともかく腹をみたせればいいというのではない、うまいものを食べない日は不満になるのである。贅沢を覚えてその贅沢ができない窮乏感をもつようになったのである。


●モノがない時代の貧困


この猫はやはり現代の社会を生きる人間とにているなと思った。
自分の子供のころはモノがない何もない社会だった。どこの家でも飯台一つくらいしかない貧乏だった。電気製品は何一つない裸電球一つあるだけだったのである。
食べるものは麦飯でありオカズはコロッケとかサケとか決まっていた。今日ももコロッケ明日もコロッケなどの歌がはやったのもそのためだろう。その頃まだ卵も農家では食べられても一般の家では食べられなかった。だから自分の家では店をやっていたので農家に卵を買いにやらされたのである。卵はずっと贅沢品だったのである。
病人しか食べられないとかの贅沢品だった。

その時代は乞食というのも普通にいた。乞食は戦前も田舎にもいて悲惨だった。
それは野良猫とにていたのである。
ただ回りを見ればみんなそんな何もない貧乏暮らしなのだからその貧乏を嘆くというよりはあきらめて生活していたのだろう。
大正生れの母は今でも梅干しとご飯があると満足するくらいである。
もちろん介護されているのだから食欲がないからそうなっているがもともとそういう暮らしだったのである。粗食で生きてきたのである。ただその後はやはり食べ物は贅沢している、だからエチゴなどやケーキは食べるのである。

現代の貧困は何かというとボロを子供などいないから貧乏に気づかない、野良猫がいるのが普通気づかない、でも猫を飼っていると必ず野良猫もよってくるのである。
この猫はやはり現代の社会を生きる人間とにている。自分の子供の頃はなにもない、飯台が一つあるくらいの生活だった。電気製品も一つもない、裸電球が一つくらいしかない生活でありそれは共通していた。
食べるものでもオカズは決まっていた。麦飯とかでありコロッケでありサケとかは良く食べていた。肉は食べず卵は農家では食べていたが一般の家庭では食べられない贅沢品だった。親が病人で卵を食べていたのをうらやましがっていたことを話す人がいた。
だから店をやっていたときその卵を農家から買わせられたのである。その時は農家の方が家で納豆まで作っていたのだから豊かだったのである。そもそもモノがない時代はモノを作り出す米でも野菜でも卵でも作り出せる農家の方が豊かになる。
戦争中でも戦後でも着物を食料と代えたということでもわかる。そして農家は汚いとか都会の人に言われた。今でも農家は農家の人が汚いというからそういうことは今でもある。


その頃は乞食も普通にいた。乞食は一軒一軒物乞いして歩いていた。それは普通の光景だったのである。戦前になると山頭火のような物乞いして旅できたというのもそういうことが普通にできた時代だったからである。戦前から戦後十年くらいは普通に乞食がいたのである。今は乞食がいないから貧乏人がいるように見えないのである。
だから貧乏自体がないように見える社会なのである。
現代がいろいろ貧乏のことが言われるようになった時、それがモノがない貧乏ではない、モノがありふれてそのモノが買えないという貧乏なのである。
それは野良猫から飼い猫になり贅沢を覚えた猫と同じである。
うまいものを食わせないと不満になった猫である。その窮乏感は渇望はかえって強くなり不満になる。

●モノがあふれているのに買えない貧乏の時代

例えは新車が絶えずでるけど車を運転できる人なら買いたいと思っても買えない、するといいものがあるのに買えないという不満が渇望感がましてくるのである。
ではその渇望感を充たすにはどうするかというと借金してまで買うということになる。
それでサラ金とか闇の金融から借りている人が八人に一人もいるのが現代社会の実相なのである。充たされない欲望を借金で充たしている異常さなのである。
まず昔だったらローンで家を建てたりはしない、家を建てるのも借金なのである。
だからあとで借金は大きな負担となってまた苦しむことになるのだ。
「消費者は王様」だという社会になったとしても消費する金がない人、貧乏が増えたのである。そんなにモノを作っても売れないとなるとそんなに作ることもないとなる。
少子高齢化でますますモノは売れなくなる。だから実際は作る方も売る方ももう限界にきているとなる。それでもグローバル化社会になるとあらゆる食べ物でも入ってくるからほしいとなり欲望は無限に拡大してゆく。

現代の矛盾はそうしていくらでもモノを作り出しても今度はそれだけのもの買える経済力がない人たちが増加した。フリーターとか派遣とかニートとか正社員でいな人たち増えた。その人たちは賃金が安いのだからモノを買えといっても買えないのである。
これも欲望資本主義社会の矛盾なのである。何か過度な無際限の欲望資本主義が限界にきているのだ。作る方にしても売る方にしても買う方にしてもそれが限りないものではなくどこかでとまる、制限される、それが無限に増えてゆくということはありえないのであるそういう無限に増えるということを追求してゆく社会自体が過ちだとなる。
そのことは社会自体に個々人に返ってくる。


これが今回の原発事故と関係ないように見えても関係していた。つまり身の丈にあった生活ではなく、無限に拡大した欲望を充たす社会だからこそ原発事故も起きた。
豊かになるには原発が魔法のようなものであった。でもそれは危険であったがその危険も無視して豊のためにはどうしても原発が必要であるとなり作られた。
これは石油もそうである、豊かになるためにはどうしても石油が必要であり危険でも石油を得る必要があるとなり戦争してまでも石油がほしいとなる。
原発事故でもそういう無際限の欲望追求の社会にもあった。
人間はどこかで欲をとめない限り危険なものになってゆく。戦前や戦後十年の貧しい時代にもどるのかというのではなく何らかこれだけ豊かになったら欲望の制限が必要になっているのだ。第一みんなそんな欲望を充たされる社会などないから一部の金持ちが豊かな暮らしができても今度は多数の貧乏人が生れる。高度成長時代のようにみんなが豊かにはなれない社会になっていたのである。
売る方にしても作って買う人がいない、こうなれば作る方もまた貧乏になってゆくという矛盾が生れたのである。
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2014年10月07日

金とは何なのか (思いがこもっている金とこもらない金)


金とは何なのか


(思いがこもっている金とこもらない金)


金というのは何なのかこれも実際毎日使っていてわからないものである。金の重みは使うときとそれを労働など得る時わかる。労働していればこれだけ働いてやっと自給が七〇〇円とか不満になるのがわかるのだ。
何かしらの労働の代価として金が得られる。その時金の重みがわかる。
一方で全然金の重みがわからないで金を得られることも資本主義社会ではある。
株とかで億とか一気にもうけたとかギャンブルでもうけたとか遺産が入ったとか何か金の重みを感じないで得る金もかなり現代ではある。グローバル経済化したとき、世界に人間の思いから離れた金が莫大に流通してマネーゲームで稼いでいることが批判される。でも金の力は大きいから金は金になるところに流れてゆく。
今はアメリカが景気がいいからアメリカに投資される傾向が大きくなる。
グローバル経済とはアメリカ中心になっていることは変わりなかった。
もし中国が中心になれば中国の貨幣が世界のマネーになるからだ。依然としてドルが世界のマネーなのはアメリカが世界を動かしているからである。政治経済の中心はアメリカなのである。

金はともかくグローバル経済になるとマクロになると人間の思いから離れて人間の経済から離れて動いているから金が何かわからなくなってしまう。金はミクロ的になると金がどう働いているのかわかりやすいのである。
例えば家族の金として使うときなど一番わかりやすいのである。子供のためとか妻や夫のためとか親のためとかその金が誰のために何のために使うか明確でありそこに思いがこめられているからである。
それは親戚でも入学祝いとか何かの記念に送る時はやはりそこに思いがこめられている。
立派に育ってもらいたいとかの願いもある。親ならもっとあるだろう。
自分は子供を育てたことがないからそういう感覚がなかった。でも親戚の子供に金を渡したときそれを感じた。個人単位と家族単位とかで使う金には必ず思いがこめられているのである。
そういうことをもらっているときは意外と感じないしありがたいとも思っていなかった。
それが親になれば親の気持ちがわかる。今は親を介護しているから食事を作りだして洗ってとか結構大変だと思い親の苦労がわかった。

金というのは例えば雇うものと雇われるものでも思いがこもる。雇う人はやはり金を支払うのにはそれなりに苦しい時がある。経営が苦しいときでも支払うということがある。人を雇うということでもそこで金には雇い主の思いがこめられるている。よく働いてくれたから加算したとか働いてもらうことに感謝して払う場合もあるし
これからも長く働いて会社のために尽くしてもらいたいとか家で働く人だったら家のことを思い働いてもらいたいとかなる。一方で雇われている人はただ金がもらっているから働いているだけだともなる。
だからもらう給料には常に不満になるのだ。ただ雇い主からすると本当に苦しくても過分に払っている場合もある。それはその人を見込んでそうなる場合もある。その支払う金にはそれだけ思いがこめられているのである。ただ給料をもらうだけの人はそんなことは思わない、給料が少ないし働かせすぎだと思っている。
ブラック企業などになると確かにそうなる。
だけど中小企業とかでは従業員のために苦しいやりくりをして経営している人もいる。
つまりかそ家族経営とか何でも小規模だと金がどう働いているか実感としてわかりやすいのである。

商品には本当は多くの人の労働がかかわっているとすると単に金があれば買えるというものでは本来なかったのだろう。小さな村社会などでは物々交換とか小規模な社会だったらそうだった。品物を売買するにもどうしてその品物がもたらされたかをその苦労などを語るからその物の価値にこもっている思いが見えていたのである。
つまり人間の思いから離れた経済は何か暴力的になり侵略的でもあり人間の思いなど無視されている。
非常な無機的な世界的市場経済で人間の思いは排除されて物だけが流通して金が支配する社会になる。
まさにこれはマルクスの言う物神化というとき、その思想が宗教のようになったのは今の社会の矛盾を的確に指摘したからである。物によって人間の心が疎外され無視される社会だということは確かだからである。

人間はものを考えるとき卑近なことからミクロ的なことからマクロ的なものと思考を拡大すべきである。
金にしてもそうなのである。思いがこもっている金には単に金だけでなく人の思いがこめられているからそれを無視することはできない、無視された方もその思いが無視されたことで傷つくのである。
だから苦労して子供を育てた、金を使ったというときそれに親の思いがこもっている。その親の思いを無視されることは親にとって辛いのである。
ただ金を権利として要求するような人が増えてきた。民主主義は権利の主張のみをあらゆる欲望も是認されるものだとなりモラルが喪失した。
遠い親戚の人に金をやっても全く感謝しない、その子供にやっても感謝しない、なぜなら権利だと思っていたからである。複雑な事情があっても権利として要求しているのだから感謝などしないわけである。
「俺の金をよこせ」しかないのである。だから裁判に訴えるとまでなって関係は切れたのである。

何かこうして今は金の問題で人間の関係が切れることが本当に多い。金の切れ目が縁の切れ目になることが多すぎるのである。そういう自分もそれでもう人間関係は次から次と切れてしまったのである。
金を与える人の思いを理解しない人が多い。人間はもらうだけではない与える方になると違った観点から人もみるようになる。子供などはただ与えられるだけだから愛されるものだから愛のことはわからない。
愛とは与える愛になってはじめて愛だというのもわかる。
それは金というものにも思いや愛や労働の汗や期待もこもっているのである。
だから金を盗むということはそうした思いも盗むし裏切るから罪深いとなる。
強盗とか殺人までして得た金がどうなるのか?それがまともに機能する金とはなりえないだろう。
その金は呪われた金となる。その金には殺されたもの奪われたものの強い怨念がためられているからそうなる。いい思いがこもった金とそうでない悪い怨念がこもった金もあるのだ。

金というのは何か具体的なものとして現れるからわかりやすいから金を通して人間性も現れてくる。
生活保護の人と二組ばかり知ったが生活保護の人がモラルが頽廃している人が多いのはなぜか?
貧乏ということもあるがまず生活保護の人は金をもらっていてもそれを権利だと思っているから感謝などしない、遠い親戚でも権利だと思っているから金をやっても何の感謝もしない、強引に俺の金をよこせとなるだけである。その権利もないのに誤解してそうなっていてもそうである。
今の人間は特に団塊の世代以上はまず権利を主張するのが民主主義だとして育ったから共通性がある。
生活保護も権利であり憲法にも条文があるから当然だなとる。
ではなぜ生活保護の人がモラル的に頽廃しているのだろうか?

もちろん貧乏な人も現代ではそうなりやすい、それは生活保護の金にはどういう思いがこめられているのか考えればわかる。生活保護の金を国民が出しているのはしかたがない、出したくないのに出している、何かそこにはマイナスの思いしかこもっていない、本当は出したくない、何の思いもないのだがしかたなく出している。
そんな生活保護の人などいなくなった方がいいと思っている。
つまりそういう金で養われているから生活保護の人のモラルは頽廃しているのである。
そんな金をもらっても感謝などしないのもそのためである。
生活保護で誰かに世話になったという感情も生れないのである。誰に感謝していいかもわからない、国民に感謝しろと言っても感謝しようがない、やはりマクロになると人間の思いというのは働かない、ミクロだと働きいやすいのである。人間の思いは人間と人間の個々の間では一番働きやすいのである。
そこに金に対しても思いがこめられることになるのだ。


 
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2014年10月08日

金とは何なのか(2) 人間の思いがこめられたものは価値は金では公平に決められない


金とは何なのか(2)
人間の思いがこめられたものは価値は金では公平に決められない

人間の思いというものが意外と作用して影響が大きいことを意識しない。
ある人が殺したいとか強く思ったとき関係ない人にも影響して殺人起こるというのはそれだけ念が影響しているからそうなる。もしそういう悪い念が満ちてくると何か自然災害でも今回の津波でも起きてくるというのはそれが人間界だけではなく自然界にも影響してくるということもありうるのだ。
清浄な自然界で耐えられなくなりその悪い念を打ち消そうとして巨大災害が起きる。
どうしても今は田舎も都会もないのだが都会に悪い念が集まりやすい。
だから都会で大災害が起こると被害も甚大になる。
東北の大震災は津波はなぜ起きたかとなるとおそらく今後来る東京などの大都会の災害が起きる前兆かもしれないのだ。
思いは念は距離を越えて働く、だから外国からでもその念が影響することはありうる。一種の強烈な電波のようにもなる。ある人のことを常に思っていたらその人と会うということがよくあるだろう。
それも思いが通じているからそうなる。ある人を思ったとき電波が発信され相手に届き会うということもある。念は距離とか空間を越えて働いている。
そして金というのは一見人間の念とは関係ないように見える。
日々使っている金にどんな念が思いがこめられているか意識する人はいないだろう。
金にもそうした思いが働いているのだがその思いが普通は感じられない。
ところがよく箱に寄付金などに金を入れるとき一〇〇円でも何かすごくその金を意識しないか?
「俺は百円入れた、寄付したぞ」となるがその金は全く個人として記録されないし匿名なのである。
でも寄付金にその金には特別な思い入れがこもる。それは普通の生活で使う金と違っているからだ。
そこには何も代価を得られないから無償だからこそかえって思いと願いがこめられているのである。
だからそういう金を取り扱うことになると相当な注意が必要である。
寄付金というのは実際はどういうふうに流れてゆくかわからないのである。
そこで寄付金を管理する団体がその寄付金を私用するということもかなりある。
なぜならそこには普通の経済生活で行われている監査などされないからである。
つまりどこにどう金が流れて使われたのかわからないのである。
ただその集められた金には人々の思いが強くこめられているから百円でも普通に使うのとは違うのである。

だからそれを管理する団体は相当な信用がないとできないのである。
本当は収支をはっきりするのがいいのだが集めれた金がどれくらいあるかなども明確にされなくてもいい。
営利事業でないのだからかえってずさんになり金の行方がわからなくなる。
この辺の東北の震災の義援金を五万くらいもらった。それもこの辺では感謝すべきものだったのだろう。
原発補償金はまた別でありこれは義援金でなく補償金だから権利だから違っている。
だから義援金なぎ寄付金を集める団体が赤十字ですら何か疑われるのは収支がはっきりしないからである。
不正に使われてもわからないし私腹こやされてもわからない、そういうのは相当な罪になるだろうけどかえって善人にされる。でもそういう強く人間の思いがこめられた金を悪用するとそれは犯罪にもなり社会自体がゆがめられる。その影響も大きいのである。

大きな金を集めるとなると税金があるけどそこにも人間の思いがためられている。だからこそ税金を無駄使いしているのではないか、官僚や公務員だけがいい思いしているとか常に批判がある。税金にもなんらかの人間の思いがのりうつっているからである。だからそういう金を正当に利用しないと国すら腐敗し頽廃してゆく。
現代は金の世界だと常に言うとき金のあること自体がすでに責任を課せられている。金をもっている人が現代では一番偉いとされているからである。江戸時代は別に武士は貧乏でありそれでも偉いとされたのは庶民とは違い高いモラルを追求するものとしてあったからである。今は金をない人を誰も相手にしないし偉いともしない。
金があらゆる価値の基準になった時代だからである。だからどんな人であれ金をもっている人が偉いのでありまた責任も課せられている。億の金を持っている人は億の責任を課せられている。百億もっている人は百億の責任が課せられている。それだけの責任を負えるかとなるとかえって重荷になるから拒否する人さえでてくるだろうすでに金のあるところには人がよってきて金を有効にもっていな人のために使うことを要求さているからだ。
その金をためこんでいたりすると盗まれたり強盗にあったり殺されることまでされるのが現代である。
それは金中心の社会だからそうなっているのである。江戸時代でもそういうことがあっても別な価値基準もあったのである。今は全くその価値基準がないのである。だからみんな金だけを追求しているのである。

思いがこもる金として例えは年金は保険金だという人もいるが普通の保険金なら何かあったとき災害であれ事故であれ病気であれ払ってもらえるから払っている。保険は相互に協力するものとしてあった。災害のときなどは被害者が保険金を受けるとるが何もない人は受け取らない、みんなで助け合いとして資金を出し合ってリスクに備えている。
それがわかたっのは近くで同じ農協の保険に入って人が津波の被害で五〇〇万もらっていたのでわかった。自分は三〇万くらいしかもらっていない、でも被害が大きい人は高いのしょうがない、それでもその差が大きいと思った。それは互いの助け合いだからそうなっていたのである。ただそれを意識しないのが意識できないのが現代なのである。保険に入っている人は膨大でありそんな人同士がつながっているなど思わない、ところが江戸時代の講などは顔の見えるものであり協力していることが具体的に見える
現代のような広域社会は保険でもグローバルになると巨大であり数も膨大なにるから顔が全く見えなくなってしまうのである。

ともかく人間は思いが念が常に影響している。個々人でもそうであり社会でもそうである。誰か思っているとき念が働いている。そして意外と人は思うことは簡単であり目に見えないから注意しないのである。
それでも思うということはそれぞれの個人でも思うことは結構なエネルギーを使うものだということを知る。
なぜならたいがい思うというときその思いの働く対象が限られている。
ある人を思うとなってもその思いを働かせる人が極めて少ない、だからある人を思ったり思われることは得難いことだともなる。奇妙なことは憎しみも相手を思っていることなのである。何も関心がなければ憎しみもない、憎むことは相手を強烈に思うことなのである。だかち愛の反面は憎しみであり憎しみが愛に変わることもありうる。
無関心から愛も何も生れないのである。

「あなたは今誰のことを思っていますか」こう問う時、愛であれ憎しみであれ思いで通じ合っているというのも不思議である。なぜならこの世に数十億の人間がいても思っている人は数人にととまるだろう。
とくに老人になると交わる人が減ってくるから余計にそうなる。たださよならだけが人生だとなりやすいのである。もう思う人が死者だったりするわけである。だから墓が一番親しいものとなっているのが老人なのである。思っているのは墓に入っている死者だとなってしまうのである。
ただ死者を思い続けることも反応がないのだからやがて忘れやすい、いつまでも思いつづけることはそれだけ愛していたからだとなるだろう。
祈るとか願うとか宗教と関係してきたけどそれも思いが現実に働くから実際に効能があるからこそ今でも祈るのである。

ともかく金は単なる金属でもないし紙でもない人間の思いがこめられたものでありそれが金属となり紙となっているものである。ただその思いが感じられないのが問題なのである。
毎日買っている無数の商品にも作る人の思いがこめられているだろう。単に売れればいいというだけではない、自分の苦労して作ったものが使われて喜ばれたとなるとうれしいとなる。そういう思いが商品にあってもただ金で媒介されるとき市場原理だけが働くだけになりその思いが消失してものの物神化になり疎外されるというのがマルクスの理論であった。

だから金というのは何か極端な不公平をみんな感じている。金持ちが例えば百万円使ってもなくしても何にも感じない、一方で貧乏人はそれで自殺もするし相手も殺すことも平気でする。金の重みが貧乏人と金持ちでは全く違うのである。ものの値段であり労働の値段でありあらゆる値段はそれがその価値に相当するかというとそうではない、ただ便宜上便利だから金に換算しているにすぎない。物の価値であれ人の価値であれ人間の価値観は刻々変わっているからだ。今価値あってもすぐに一年も一カ月もたたないうちにもう一日でも価値が変わるのが現代である。江戸時代は土地とか山の木材とか価値の変わらないもので生活していたから価値観がさほど変わらないが現代はめまぐるしく何でも変わる。
もともと商売だったら中国人や外国では物の値段は決まっていない、値切って決めるのが普通だというとき物の値段はその時その人その場によって一定していないからである。
だからポランニーの言う人間の経済というのが現代から見るとそんなことありうるのかというけどあういうのが本当の経済だったのである。

この世にはものがあってもそのものは常に人間の思いがこめられている。だからものは心と同じ意味になっていたのが日本語だった。ものが憑くとかになるからだ。
自然の石でも古い伝説となっている石などは何か本当に違っている。何かまさに心が憑くような感じになっている。全くの自然の石とは違って見えるのである。
実際にすでに何からの人間の心がついてものなのである。津波の跡の不思議を常に書いてきたけど庭の石とか樹が残っていたけど家がなくなったときそれが主人がなくなったがその忠実な家来が残っている感じになっていたのである。それはまるで人間だったのである。普通の自然の樹とは違っていたから何度見ても不思議だなと思ったのである。それは何か言いようがないものだったのである。


金とは何なのか(2)


人間の思いがこめられたものは価値は金では公平に決められない

人間の思いというものが意外と作用して影響が大きいことを意識しない。
ある人が殺したいとか強く思ったとき関係ない人にも影響して殺人起こるというのはそれだけ念が影響しているからそうなる。もしそういう悪い念が満ちてくると何か自然災害でも今回の津波でも起きてくるというのはそれが人間界だけではなく自然界にも影響してくるということもありうるのだ。
清浄な自然界で耐えられなくなりその悪い念を打ち消そうとして巨大災害が起きる。
どうしても今は田舎も都会もないのだが都会に悪い念が集まりやすい。
だから都会で大災害が起こると被害も甚大になる。
東北の大震災は津波はなぜ起きたかとなるとおそらく今後来る東京などの大都会の災害が起きる前兆かもしれないのだ。
思いは念は距離を越えて働く、だから外国からでもその念が影響することはありうる。一種の強烈な電波のようにもなる。ある人のことを常に思っていたらその人と会うということがよくあるだろう。
それも思いが通じているからそうなる。ある人を思ったとき電波が発信され相手に届き会うということもある。念は距離とか空間を越えて働いている。


そして金というのは一見人間の念とは関係ないように見える。
日々使っている金にどんな念が思いがこめられているか意識する人はいないだろう。
金にもそうした思いが働いているのだがその思いが普通は感じられない。
ところがよく箱に寄付金などに金を入れるとき一〇〇円でも何かすごくその金を意識しないか?
「俺は百円入れた、寄付したぞ」となるがその金は全く個人として記録されないし匿名なのである。
でも寄付金にその金には特別な思い入れがこもる。それは普通の生活で使う金と違っているからだ。
そこには何も代価を得られないから無償だからこそかえって思いと願いがこめられているのである。
だからそういう金を取り扱うことになると相当な注意が必要である。
寄付金というのは実際はどういうふうに流れてゆくかわからないのである。
そこで寄付金を管理する団体がその寄付金を私用するということもかなりある。
なぜならそこには普通の経済生活で行われている監査などされないからである。
つまりどこにどう金が流れて使われたのかわからないのである。
ただその集められた金には人々の思いが強くこめられているから百円でも普通に使うのとは違うのである。

だからそれを管理する団体は相当な信用がないとできないのである。
本当は収支をはっきりするのがいいのだが集めれた金がどれくらいあるかなども明確にされなくてもいい。
営利事業でないのだからかえってずさんになり金の行方がわからなくなる。
この辺の東北の震災の義援金を五万くらいもらった。それもこの辺では感謝すべきものだったのだろう。
原発補償金はまた別でありこれは義援金でなく補償金だから権利だから違っている。
だから義援金なぎ寄付金を集める団体が赤十字ですら何か疑われるのは収支がはっきりしないからである。
不正に使われてもわからないし私腹こやされてもわからない、そういうのは相当な罪になるだろうけどかえって善人にされる。でもそういう強く人間の思いがこめられた金を悪用するとそれは犯罪にもなり社会自体がゆがめられる。その影響も大きいのである。

大きな金を集めるとなると税金があるけどそこにも人間の思いがためられている。だからこそ税金を無駄使いしているのではないか、官僚や公務員だけがいい思いしているとか常に批判がある。税金にもなんらかの人間の思いがのりうつっているからである。だからそういう金を正当に利用しないと国すら腐敗し頽廃してゆく。
現代は金の世界だと常に言うとき金のあること自体がすでに責任を課せられている。金をもっている人が現代では一番偉いとされているからである。江戸時代は別に武士は貧乏でありそれでも偉いとされたのは庶民とは違い高いモラルを追求するものとしてあったからである。今は金をない人を誰も相手にしないし偉いともしない。
金があらゆる価値の基準になった時代だからである。だからどんな人であれ金をもっている人が偉いのでありまた責任も課せられている。億の金を持っている人は億の責任を課せられている。百億もっている人は百億の責任が課せられている。それだけの責任を負えるかとなるとかえって重荷になるから拒否する人さえでてくるだろうすでに金のあるところには人がよってきて金を有効にもっていな人のために使うことを要求さているからだ。
その金をためこんでいたりすると盗まれたり強盗にあったり殺されることまでされるのが現代である。
それは金中心の社会だからそうなっているのである。江戸時代でもそういうことがあっても別な価値基準もあったのである。今は全くその価値基準がないのである。だからみんな金だけを追求しているのである。

思いがこもる金として例えは年金は保険金だという人もいるが普通の保険金なら何かあったとき災害であれ事故であれ病気であれ払ってもらえるから払っている。保険は相互に協力するものとしてあった。災害のときなどは被害者が保険金を受けるとるが何もない人は受け取らない、みんなで助け合いとして資金を出し合ってリスクに備えている。
それがわかたっのは近くで同じ農協の保険に入って人が津波の被害で五〇〇万もらっていたのでわかった。自分は三〇万くらいしかもらっていない、でも被害が大きい人は高いのしょうがない、それでもその差が大きいと思った。それは互いの助け合いだからそうなっていたのである。ただそれを意識しないのが意識できないのが現代なのである。保険に入っている人は膨大でありそんな人同士がつながっているなど思わない、ところが江戸時代の講などは顔の見えるものであり協力していることが具体的に見える
現代のような広域社会は保険でもグローバルになると巨大であり数も膨大なにるから顔が全く見えなくなってしまうのである。

ともかく人間は思いが念が常に影響している。個々人でもそうであり社会でもそうである。誰か思っているとき念が働いている。そして意外と人は思うことは簡単であり目に見えないから注意しないのである。
それでも思うということはそれぞれの個人でも思うことは結構なエネルギーを使うものだということを知る。
なぜならたいがい思うというときその思いの働く対象が限られている。
ある人を思うとなってもその思いを働かせる人が極めて少ない、だからある人を思ったり思われることは得難いことだともなる。奇妙なことは憎しみも相手を思っていることなのである。何も関心がなければ憎しみもない、憎むことは相手を強烈に思うことなのである。だかち愛の反面は憎しみであり憎しみが愛に変わることもありうる。
無関心から愛も何も生れないのである。

「あなたは今誰のことを思っていますか」こう問う時、愛であれ憎しみであれ思いで通じ合っているというのも不思議である。なぜならこの世に数十億の人間がいても思っている人は数人にととまるだろう。
とくに老人になると交わる人が減ってくるから余計にそうなる。たださよならだけが人生だとなりやすいのである。もう思う人が死者だったりするわけである。だから墓が一番親しいものとなっているのが老人なのである。思っているのは墓に入っている死者だとなってしまうのである。
ただ死者を思い続けることも反応がないのだからやがて忘れやすい、いつまでも思いつづけることはそれだけ愛していたからだとなるだろう。
祈るとか願うとか宗教と関係してきたけどそれも思いが現実に働くから実際に効能があるからこそ今でも祈るのである。

ともかく金は単なる金属でもないし紙でもない人間の思いがこめられたものでありそれが金属となり紙となっているものである。ただその思いが感じられないのが問題なのである。
毎日買っている無数の商品にも作る人の思いがこめられているだろう。単に売れればいいというだけではない、自分の苦労して作ったものが使われて喜ばれたとなるとうれしいとなる。そういう思いが商品にあってもただ金で媒介されるとき市場原理だけが働くだけになりその思いが消失してものの物神化になり疎外されるというのがマルクスの理論であった。

だから金というのは何か極端な不公平をみんな感じている。金持ちが例えば百万円使ってもなくしても何にも感じない、一方で貧乏人はそれで自殺もするし相手も殺すことも平気でする。金の重みが貧乏人と金持ちでは全く違うのである。ものの値段であり労働の値段でありあらゆる値段はそれがその価値に相当するかというとそうではない、ただ便宜上便利だから金に換算しているにすぎない。物の価値であれ人の価値であれ人間の価値観は刻々変わっているからだ。今価値あってもすぐに一年も一カ月もたたないうちにもう一日でも価値が変わるのが現代である。江戸時代は土地とか山の木材とか価値の変わらないもので生活していたから価値観がさほど変わらないが現代はめまぐるしく何でも変わる。
もともと商売だったら中国人や外国では物の値段は決まっていない、値切って決めるのが普通だというとき物の値段はその時その人その場によって一定していないからである。
だからポランニーの言う人間の経済というのが現代から見るとそんなことありうるのかというけどあういうのが本当の経済だったのである。

この世にはものがあってもそのものは常に人間の思いがこめられている。だからものは心と同じ意味になっていたのが日本語だった。ものが憑くとかになるからだ。
自然の石でも古い伝説となっている石などは何か本当に違っている。何かまさに心が憑くような感じになっている。全くの自然の石とは違って見えるのである。
実際にすでに何からの人間の心がついてものなのである。津波の跡の不思議を常に書いてきたけど庭の石とか樹が残っていたけど家がなくなったときそれが主人がなくなったがその忠実な家来が残っている感じになっていたのである。それはまるで人間だったのである。普通の自然の樹とは違っていたから何度見ても不思議だなと思ったのである。それは何か言いようがないものだったのである。


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2014年10月12日

現代の格差社会、貧民の増加は危険な状態に (昔の貧乏より現代の貧乏も苦しい面がある)




現代の格差社会、貧民の増加は危険な状態に


(昔の貧乏より現代の貧乏も苦しい面がある)

スーパーで万引きしたり、親戚や友人知人の家に盗みに入ったり、
 息子や娘名義のJA口座を無断で作成して借金したり、
おかしなボッタクリ物品のセールスに励んだりと、ムチャするのが多数。
んで、こんなことがあっても警察は何もしてくれない、と。

最近話題になるのは老後破綻とか老人の犯罪増加とか生活保護の増加とか生活が困窮している人のことである。
株が上がっても恩恵があるのは金持ちだけであり底辺層はかえって円高で生活が苦しくなっている。
資本主義は資本があると得する社会である。資本というとき金もそうだが土地でもそうであり無産階級は損することばかりになる。
金が金を生む、資本が資本を生むのが資本主義なのである。
だからアメリカが景気かいいとかで投資したら得していた。
つまり金はグローバルに移動しているからそうなる。
でも元手がないものは資本がないものは大きな金は入ってこない仕組みになってる。
株だって元手が一億円くらいないともうからないだろう。
きャンブルでも元手大きければ必ず最後に勝つ仕組みと同じなのである。
いつまでも負け続けることは無いからである。株でも長期間でみれば上がったり下がったりするから長い目でみればもうかることにはなっている

現代の貧乏は昔の貧乏とはかなり違っている。戦後十年くらいは戦前と江戸時代の生活のつづきだったのである。自給自足であるから農家の方が豊かな生活をていた。
第一卵を食べていることが贅沢だったのである。玉子焼きが食べれるようになったとき高度成長期に入ったのである。
貧乏というとき醤油が使いなかった貧乏のことを書いたけど今の貧乏のレベルとは全然違っている。要するにご飯と味噌汁と梅干しとタクワンとかの食生活が普通でありそれはほんの一部をのぞいたて変わりなかったのである。
三食食べれれば良い方たったのである。だから自分の家の貸していた家では着るものもなく布団もセンベイ布団で餓死して老人が死んだ。そういう時代だったのである。
もちろん生活保護も無いし医者にかかれるわけもない、貧窮のどん底だった。
その老人は風呂にも入らないし汚い手で家賃をわずかばかりもってきたのである。
それは戦後間もないときでありそのときはそうしたどん底の生活をしていた人がいたのである。
だから農家では食べ物はあったのだから餓死すようなことはなかった。
ただその老人が餓死したのは別に子供がいたのに助けなかったのだからまた事情は違っていた。あういう人は今だったら福祉の方で世話するからあんなふうにはならなかったのである。
昔の貧乏も苦しいけど今の貧乏もまた事情が変わって苦しい。
とうしても消費社会になったから買う生活になっているから金がかかる。
まず戦後十年くらいは水道もないから街では水をもらっていた。
その水は無料だったのである。水代は無料であり電気代なども裸電球一つだとほとんどかからない、買うものというと米とか味噌とか豆腐とか極限られたものである。
燃料は炭だからこれは金がかかっていたかもしれない。
ともかく家にあるのは飯台一つであり何もない生活である。また何もモノがない時代だから買いようがない時代だったのである。

今はあらゆるモノがあふれた時代であり金さえあればなんでも買えるモノがある時代なのが違っている。基本的なところで水道代とか電気代とか通信費とかでも二万以上になるからこの出費も大きいのである。
そして毎日買い物しているけどなぜこんなに買い物があるのかと思う。
別にそれほど贅沢していないのにともかく買う物が多すぎるのである。
金さえあれば何でも買えるということで無駄も多くなる。
だから底辺層が増えると老後でも国民年金をもらっても8万でもやっていけない、辛うじて夫婦で15万くらいもらえばギリギリでやっていける状態であり妻か夫が死ぬとやっていけなくなる。ともかく消費社会は金が使うようにできている。金を使わないといたるところで支障がでる。節約すればいいだろうとなるが基本的なところで水道や電気や通信代を節約できない、みんな携帯を老人でももっている。
今の貧乏はモノがいくらでもあるのに金がなければ買えないという貧乏なのである。
もともと何もない戦後十年くらいの貧乏とは違っている。
欲しいものかいくらでもあるのに金がないから得られないというのはかえって苦しいともなる。要するに渇望感が増してくる、あふれるほど物があるのに買えないとなるとますます欲しくなるというのが人間の心理だからである。なければないですますというわけにもいかないのでてある。
今は清貧などありえない、清貧がありえたのは何も物がないときにありえたのである。
清貧だからといって水道代や電気代通信代を払わないわけにはいかないからである。
だから八人に一人がサラ金から借りているとかみんな無理をしてなんとか現在の生活水準に合わせようとしているのだ。

結果的にこうした困窮者が増えてくるとどうなるのか?
社会の秩序が乱れ犯罪も増えるから金持ちだってもう塀を囲み防衛しているというとき安心がない社会になる。
金持ちはまたそうした貧民が増えるとどうしてもねらわれやすくなる。
それは強盗にもなり殺人までなってゆくから怖いのである。
現代はすでにそうなっている特に老人で犯罪が十倍になっているのは国民年金などでそもそも生活できないからである。
つまり現代は相当に社会の治安が乱れ秩序も乱れすでに貧民の動乱が起きるような危険な状況になっているのだ。
犯罪は表に現れるのは罰せられたりするのはほんの一部であり一割くらいかもしれない。だから老人の犯罪が統計上10倍に増えたというとき実は百倍にも増えているのである。

人間は善人も悪人もない、こうして生活に困窮してくると誰でも犯罪を犯すしモラルがどうのこうのもなくなる。明日食べるものがないとなる平気で殺すのも人間である。動物と同じように食うためには相手を殺すほかないとなる。
現在はそういう危険な状態になっている。
金持ちから奪うのに抵抗さえなくなってくる。あいつらは俺達が苦労して働いている金で贅沢している。だから奪ってもいい、殺しても奪ってもいいのだ。
金もっているだけでそうみられるし危険になっているのが現代なのである。
反乱か起きないというが暴動が起きないというがそういう前夜にさえなっている。
個々人ではそういう危険なものになっているから何らかのきっかけで暴動さえ起きかねないのである。

posted by 老鶯 at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2014年10月20日

富者と貧者(詩)より (富者と貧者の問題の根は深い)



富者と貧者(詩)より


(富者と貧者の問題の根は深い)

富める人と貧しき人


富める人は知らじ
貧しき人のありしを
日々工面して生きる人を
わずかの金を貸し借りする人を
狭き市営住宅に住む人を
富める人は知らじ
貧の悲しみを
今は貧者のあるすら見えじ
富める人はみな富めると思ふ世なり


幸福なる人は悲しみの人を知らじ
障害者を持ちて苦しみ悲しみ老いし女
その女の悲しみ苦しみ尽きじ
かくなる女のありしも知らじ
重なる苦しみと悲しみの女
人はそれぞれ苦しみ悲しみもてり
近くに妻を亡くせし女の苦労を語りぬ
家事に苦しむ一人暮らし
我もまた同じなれば知る
ただ夫婦健やかなる人は知らじ
老いの悲しみ苦しみを若きは知らじ
その美貌も力を失いゆくを知らじ
その時老いのあるを知らじ
病める人の心をを健やかなる人は知らじ

津波にあまた亡くせし人のありしも
近くにあれどその悲しみも知らじ
家をも土地も家族を亡くせし人の
その悲しみ苦しみを知らじ
災いの我が身に及ばざれば知らじ

幸いなる人よ、汝は知らじ
世に苦しむ悲しむ人を
富める人は知らじ
世に貧に苦しみ悲しむ人を
ただ自らの幸いを求むのみにてよしや
苦しき悲しき人もしばし還り見よ
汝の幸いは汝のみにてかなわざるを知るべし

人は知らし、知らじ苦しみ悲しむ人を
ゆえに必ず巨万の富を積む人は呪わるべし
富を分かたざれば富は失うべし
また貧者は富める人の同情を知らじ
情けをかけてもただ富を奪う心のみなり
まことに富を強奪して富者に報いぬ
これまた貧者の追い詰められし悲しさ
それは良しや富者と貧者はいかにあるべし
その調和はいかにあるべしかな


富者と貧者の問題は有史以来ありつづけたのだろう。原始人だったらなかったろう。それだって獲物をとる人が上手な人と下手な人がいるし必ず何か差が生まれてくる。
そういう差が貧富の差となる場合もあるから人間には避けられないものとして富むものと貧するものがある。
ただ本当に貧者というとき、その貧者にも問題がある。たいがい離婚した人は貧乏になりやすい。生活の当てもないのに若いときすぐに離婚して生活保護になった人もいる。
こういう女性が今は本当に多いのだ。すぐに離婚してあとで困っている。昔だったら子供が成長するまで我慢するとかなっていた。今はすぐに不満があったら離婚する。
すると二人分でやることが一人でやるから苦しくなるのは当然なのである。
だから貧者にも必ず貧者になるべきものがあってなっているということもあり批判される特に現代では自己責任論になってしまうのである。確かにそういう人か多いからである。ただ障害児とかもったら苦しみ悲しむ、それも一生だから悲惨てのである。
そういうのは同情するけど貧乏には貧乏になる所以がその人にありすべてが社会のせいでもないのである。


資本主義は何か根本的にシステムとしても壊れている。資本主義は修道院の禁欲から生まれたというとき今の欲望資本主義とはあまりにも違ってしまったからである。
それでは共産主義がいいかというと今の時代また共産主義が復活しつつあるのあまりの格差社会になったからだろう。共産主義は貧者は富者を殺してでも革命でもして富を奪っていいのだということに極論すればなるしソ連と中国などでは実行されたのである。
でもそれもうまくいかなかった。やはりさらなる格差が生まれている皮肉がある。
人間から格差がなくならないというのはそれは宿命のようにある。
どんな社会になっても富者と貧者や貧富の差はなくならない。


現代は貧者がいても見えないのである。ボロを着ているわけでもないし見えないのである現実に食べるものは富者とさほど変わりないのである。もちろん外食では差があっても刺身を食べていない人はいない、いくら貧しくて最低一カ月一回は食べるだろう。
自分の父親は病気になり刺身を食えるようになったけど食いたくないと言って死んでいった。モノがない時代は貧乏とはそういうものだった。
今の貧乏は昔の貧乏とは性質が違ったものとなっている。だから貧乏が見えにくいのである。どこに貧乏人かいるのとなってしまう。
自分は直接貧乏人と接したから現代の貧乏人がいることを知った。一人はただ貧乏といっても贅沢したい貧乏でありだからこそ自分は強奪されたのである。
その人は確かに貧乏でも同情されない犯罪人であった。

もう一人はこの人はいろいろ苦しみを背負わされた女性だから同情している。
でもやはり富者に対して要求するものが大きすぎるしいくらでも金とれるとかなると怖いと思う。
その女性は今どきなんでももったないもったないとしていて本当に貧乏だったのである。だからといって人をだましたりして富者から奪うというのは少額でもいいのだろうかという疑問があった。前のは大金だったので許すことはできないでいる。
でもやはり富者からも犯罪でもなんでもいい奪えばいいというのがこうしこた格差社会になるとなってきている。それを富者は気づいていない、ただ現代の富者も知られていない、ビルゲイツなんか何百億の資産があってもジーパンはいて街を歩いていれば普通の人と変わりないのである。金持ちすら見えない、豪邸に住んでいるとわかるくいである。

でも今でも別にいい家に住んでいる人は多いし車もみんな持っているから誰が本当に金持ちなのかなどわからないのである。
要するに現代の貧乏はアメリカでも日本でも中産階級が没落した結果、上と下の中間がなくなって格差が露になった結果なのである。労働者でも派遣とかフリーターとか時給いくらで働く人が増えた。正社員でない人が増えた結果、差が開きすぎて貧乏が問題になったのである。そして物が溢れているの買えないということもある。

高度成長時代は物があふれてきて買うことができた。今はトヨタで派遣で働いても車も買えないとなっているのが不満になっている。
そういう格差社会になった結果貧乏がクローズアップされるようになった。
貧乏な人が目立つようになったのでありそのためにかえって富者も比較されて責められるようになったのである。つまり共産主義革命の時代に戻ってしまうということである。
みんなが高度成長のように裕福になればこうはならなかったのである。
ただ貧乏の原因が富者だけにあるのではないしそこかまた問題なのである。
でも目先のことを見れば富者にその憤りが向いてきているのである。


別に自分はこれまで富者という気分になったことはない、ただ前にも書いたように自由な時間を与えられただけなのである。やはり千円レベルで苦労していたのである。
百万など現金をもったこともないのである。車もないし本代には使っていても旅行しても最低限しか使っていない、自分が金持ちだと思ったことは一度もないのである。
金持ちはやはり少なくても一千万でも自由に使っていいという身分だろう。
それでも一億円とか資産でもある家なのである。ただ上見ればきりがないし下を見ればきりがないということがある。こんなに貧乏しているのかというのが現代ではある。
そういう格差社会になったことが問題なのである。
ただ富者と貧者の問題は簡単に解決するものではない、なぜなら富者と貧者がない時代はなかったからである。そこには何か深い理由があり共産主義のような理論では解決しない人間の根本的問題があった。
だからこそ「悲しむものは幸いなり」というキリストの教えかあった。
悲しみ苦しみを知らないものは人間的に浅薄だとなり人間を知らないとなる。
そして人間の幸福とはそうした苦しみ悲しむ人の上にあり一人では富者になることができないということもある。その自覚が富者にも必要である。
だからといって貧者が富者を殺してでも奪えばいいとなるのか?
それを理論化したのがマルクスだったのである。それも失敗したのである。
だからそういう歴史もふりかえる必要があるのだ。

 
タグ:格差社会
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2014年11月03日

機械化が社会を根本的に変えた (刀自には一家の主的役割があったー機械化で失った主婦の役割)


 
機械化が社会を根本的に変えた


(刀自には一家の主的役割があったー機械化で失った主婦の役割)

●機械化工業化で明治以降は社会が激変した

現代の社会を根本的に変えてしまったのは機械化の影響が大きい。信長の時代だと鉄砲が入ってきてそれが時代を変えた。戦争でも常に武器が社会を変えていった。中世の城壁が無用になったのは大砲がでてきたためである。会津の戦争でも大砲で旧式の鉄砲で戦いなかった。現代社会を大きく変革したのは機械だった。江戸時代まで大量生産ができなかったから工場もないから時間にルーズですんだ。大量生産で効率的にするには時計で時間を絶えず計り規格製品を大量に作り出さねばならない。
その大量生産のために学校が作られたのである。学校もまた機械化される社会に適応させるために世界中で作られたことでもわかる。
それは国と関係なく機械化社会に人間を適応させるためにそうなった。
江戸時代の寺子屋は意外と自由であり机を並べて一人の先生の指示に従うものではない。学校は規格化された大量生産のために必要だから作られたのである。
time is moneyになった資本主義もそうして時間を機械化して計ることにより人間を機械化することだった。
現代文明とは機械文明でありそれは機械を使いこなせなければ生きていけなくなった。
それは非人間的なものであっても機械化された社会になるとその中で生きる他なくなるのである。
戦争すら機械化戦争であり高度な機械は殺人兵器となり大量殺戮になった。
原子爆弾がその象徴でありナチスのガス室送りでの大量殺戮もそういう文明の結果だともされる。ともかく人間がこれほど大量に殺されたのは機械が発達して機械が大量殺戮を可能にしたからである。空爆だったら大量に殺戮できることでもわかる。
人間は機械に使われ機械によってその人間性も容赦なく奪われる。
ただ機械化しなければ他国との競争に勝てないから共産党主導の強引な政策の強制は失敗した。

全農民を動員して鉄鋼大生産に全力を挙げるよう命じた。だがそもそもが農民を総動員して鉄鋼生産をさせるという手法に根本的な無理があった。金属工学の専門家もそれに適した設備もなく、原材料も満足に確保できない中で、素人に良質な鋼鉄が作れるはずもなく、生産された鉄の大半は全く使い物にならない粗悪品であり、膨大な資源を浪費する結果となった
http://dadao.kt.fc2.com/fanzui08.htm

要するに機械化できないから鉄鋼の大量生産ができないから農業から工業化ができずに遅れをとったのである。
戦後は農業でも機械化であり農機具なしでは農業もできなくなった。そのことは中国でも同じである。コンバインだと麦刈りするとき人力の百倍とか千倍の収穫ができる。
それで麦刈りの出稼ぎ者は極端に減ってしまった。ただコンバインの入れない地形の所で出稼ぎ者がまだ使われていた。それは日本でも田植機で田植えしてもその縁(へり)が機械でできないので手植えしているのとにている。
巨大な機械によって人間が隅に追いやれ人間の力は機械に比べていかに小さいものか認識される。中国は人口が多いから人力作戦で行う。その中国ですら機械の力にすれば小さいものになったのである。

●日本人意識は鉄道によってもたらされた

これは大局的に見た現代文明である。明治維新以後は鉄道化した結果江戸時代の社会が大きく変わったのである。江戸時代は簡単に藩を出ることはできなかった。範囲意外の人間と交わることはまれだった。それより隣の村との行き来すらしていない自給自足の閉鎖された社会だった。例えば伊達政宗が相馬藩の街道を通るとき相馬の殿様の許可を得なければ通れない、でも伊達藩にも恩義があるということで特別通された。
そういうことは全国であり簡単に道は関所もあり通れないのである。
鉄道の歴史で面白いのは切符が江戸時代の手形やパスポートのようになっていたという指摘がある。切符一枚あれば日本全国どこにても行けるからである。そんなこと当たり前だろうとなるが鉄道ができた当時はそれはありえないことだったのである。
そして鉄道に見知らぬ人が乗り合わせることもありえないことだった。江戸時代は見知らぬ人が出会うということは少なかった。だから全然知らない人が同じ車内にのっているということが何か普通の経験ではなかったのである。
そういうことを小説の描写で残しているのがあるし鉄道ができたことにより社会そのものが人間関係も変わってしまったのである。見知らぬ人が同じ車内で出会い切符一枚で全国どこでも行けることは日本の社会を変えてしまった。
だから鉄道が日本を統一国家にした日本人として意識させるようになったというのもあながち否定はできない、天皇ではなくそうした鉄道化した社会は日本人としての意識をもたらした。なぜなら天皇とはその頃まで庶民にはそんなになじみがあるものではなかったからである。
江戸時代までは日本人は他の藩のことなどしりえようがなかったのである。
現代の人間関係は常に見知らぬ人と遠くの人と交わるのが普通になっている。
狭い村の自給自足的な閉鎖された社会とは違い人の出入りが激しい社会である。
そういう中で犯罪も増えてくる。
機械化というとき通信の世界でも匿名の人が集まり文字で話し合うというのも現代的である。これも相手の顔も素性もからず文字だけで話しているのである。こういう世界もありえなかったのである。現代は膨大な人々が匿名で交わる社会である。
それもパソコンとか通信機械化社会に寄ってそうなったのである。
コンピュターライズド社会になった。その前にモータライズド社会が車社会ができあがっていた。車社会となったのも大きな変化である。
それは鉄道にまさる変化をもたらしたのである。

●昔の家事の重みは万葉集など刀自の言葉に伝えられる

機械化というとき家事も機械化であり機械なしでは今やありえない、機械化で効率化しているから仕事も外でできる。今は一人暮らしでも機械によって家事が簡便化した。
米たくにもスイッチ一つ押せばいいとか誰でもできる。
ただ家事のノウハウは多岐にわたっているからそれが家事を全くしていな男にとってはそのノウハウを知らないことで苦労する。
自分もここ七年間はそうした家事に追われていた。家事は簡単にそのノウハウが会得できないのである。まず料理からしてめんどうであり自分はほとんど買ったものでまにあわせている。それからいろいろな管理方法でもわからないのである。
その点女性は知っていて教えられることがあった。
全然家事したことがない男性が妻に突然死なれたりすると苦しむのはそのためである。
家事というのは昔でも大きな仕事であり

トヌシ(戸主)の転。戸口を支配する者の意。「家長(いへきみ)」の対。
「刀自」は女、つまり、「一家の主婦」なのですが、奈良時代には「一族の女主人的な立場の人」でもありました。年寄りでも若くても関係なく「刀自」です。
さらに転じて、「女性に対する尊称」として用いられるようになり、
 平安時代には、「内侍所・御厨子所・台盤所などに勤めて、事務・雑役に従う女房」に使われるようになったと書いてあります
 
 
 神道では故人は神(祖霊)になって、一族を見守るようになる。
刀自命(とじのみこと)、姫命(ひめのみこと)、大人命(うしのみこと)、命(みこと)は祖霊になった際につける敬称の1つ。

 意味合いは違うが、仏教における「戒名」と近いものとなっている。
※刀自命の刀自とは、戸口を守るという意味があるそうです。転じて女性を指す言葉となっています。

母刀自(その2)……駿河国の坂田部首麻呂の歌。

「真木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず」(4342)
目豆児の刀自/身女児の刀自……『万葉集』巻十六、能登国の歌。
「鹿島嶺の 机の島の しただみを い拾ひ持ち来て
石もち つつき破り 早川に 洗ひ濯ぎ
辛塩に こごと揉み 高坏に盛り 机に立てて
母にあへつや 目豆児の刀自
父にあへつや 身女児の刀自」(3880)


刀自は家事を背負った大きな役割を果たした女性である。その家事の内容が今とは戦前でも役割の中身が違っていた。今のように機械もないし買うこともないのだから自給自足となると一軒の家ですべてをまかなうということになる。
戦後でもまもなく農家では納豆まで作っていた。もちろんその前は味噌も自前で作っていたりと何でも自前で作っていた。今はただ買う生活なのである。
だからそこで刀自とかいう家の重みを背負っている女性は喪失した。

真木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず」(4342)

ここには家の重みのある時代を彷彿とさせる。家自体も真木柱とありその木が特別な木である。その柱のごとく殿はあった。そういう家に母刀自は重い存在だった。
お袋の味とか言われるがそれすら今もなくなったがそういうものを作り出していたのが母刀自である。その日々の仕事は家事に費やされていたのである。
時代をさかのぼればのぼるほど家の重みがあった。

鹿島嶺の 机の島の しただみを い拾ひ持ち来て
石もち つつき破り 早川に 洗ひ濯ぎ
辛塩に こごと揉み 高坏に盛り 机に立てて
母にあへつや 目豆児の刀自
父にあへつや 身女児の刀自」(3880)

一種の自家生産なのである。塩をもんでいるとなると塩を加工するのも仕事である。
売っているものを買うのではない、回りにあるものを利用して自給自足でありだから生産と消費は直結していたのである。ここに刀自が四つもでてくることでもわかる。
刀自の役割は大きかったのである。つまり今でいうなら言うなら主婦の座の役割は大きかったのである。
今は主婦はそうした刀自の重みはない、むしろ外でいくら稼ぐかとかで計られる。
家事はやはり料理でも自前でするというよりオカズでも買っている人が多いのである。
家の重みでも主婦の座の重みでも消失したのである。
刀自の重みは単に家だけではない自家生産して消費していたことにあったのである。

●刀自の役割が喪失して女性のフェミニズムが主張されるようになった。

昔の家事は機械など極力使わないから人力であるからその費やす労力も大きい。戦前でも中産階級ですら二人の女中を雇っていたというからそれだけ家事は機械化していなければ手間がかかるものだったのである。家事の労働に女性の労力は費やされていたとなる。
それが機械化されたとき女性の労苦も解放されたのだがまた新たな苦労が待っていた。
外で稼ぐには男性並みの能力がないと稼げない、でもそれだけの能力ある人は少ないから今度は外で働くのに女性は苦労するようになった。
つまり人間の社会は一見何かで楽になった機械で楽になったとか思うと別な苦労が待っている。機械化でもたらしたものは大変革だったがそれによる弊害も大きかった。
昔の女性はフェミニズヒムなどでは差別差別とか騒いでいるけど実際はそうした家事全般を受け持つことで大きな役割を果たしていたのだ。
刀自というのは今でも原町の大原の知って人の墓に刀自と記されている。
何か刀自というのには女性の高い大きな地位を示していたのである。
だから墓まで刀自と記しているのである。女性の地位をいろいろ言うが機械化でかえってその大きな役割を失ったということもあったのである。
男女平等を言うがそもそも男女平等というとき外で働くようになった女性が男並に能力を発揮することを強いられた結果としてそうなった。どうしても仕事では女性は男性並にはなれない。つまりそもそも男女の役割が違っているからそうなっているのである。
要するに女性本来の力を発揮する所は家にあり刀自としての役割にあったのである。
むしろ女性の本来の役割が近代化機械化で失われたということもある。

なぜそんなことを思うようになったかという自分がまさにそ家事一切を背負う男刀自になっていたからである。墓参りでも先祖の祭りでも自分がしなければならない、すべて家事一切家のことをまかされることになった。その刀自の役割は家を守ることである。それは家事だけではない家の財を守ることでもある。実際に犯罪に合い家の財も奪われたから家はまた刀自がいないと大きな隙間ができるからそうなる。
そして毎日介護でありこれも刀自の延長の仕事してあった。家の中で介護する負担は大きい。今でも嫁がやらされるというときその時刀自のような役割を担うことになる。
昔は大家族だから手のあいている人がやっていたのだろう。女中が中産階級で二人もいたということは女中も介護などの仕事をしていたのである。
ただ機械化した結果、掃除洗濯料理はもう機械ができる。オカズも買うから料理しなくてもいいから女中の仕事もなくなったのである。
今は女中の仕事をする人はまれである。それでも毎日家事の仕事は本当にあるものだと思った。大きな家になると掃除自体が手間になる。
だから最近買った3000円の掃除機が使える、簡単な掃除に使える。
3000円は安いなとすぐに通販で買った。35000千円で買った。スチームクリーナーは3万以上したがトイレとか床にはいいがあまり使えなかった。掃除機は重いからこれは気軽にできるから良かった。
これも機械をいかに自分にあったものを買うかとかが問題になり買うことから使うこなすことが始まってる。
なかなか道具は使ってみないとわからないから困る。この3000円の嘘かと思うくらい安い。それでも使えるから得だった。
知らないとこうして無駄な出費も多くなるのが現代である。何を買っていいのかも電器店に聞いてもわからない。
印刷機でも使えないものがあったし自分でいろぽす見て選択するほかないのが現代である。
電器店では売れ残りとかを進めたりするからこれも信用できなくなっている。
かえって通販の方がいいとまでなんているのだ。ただそこでは選択する能力が必要になっているのである。

毎日ゴミがでる、ほこりがでる。掃除は毎日欠かせないからまた手間なのである。
家事でも機械化すると便利な機械を知り機械を使いこなすことが肝心になる。
誰か主婦にならうより機械を使いこなす方が現代では大事になる。
そうはいっても家事のノウハウは実際の主婦の女性の方が知っている。
でも現実は機械でこなすほかないのである。
だから無洗米とかを精米できるところがあるとは知らなかった。
それだともう米を洗う必要もないのである。そうなると主婦の役割は喪失して外での仕事でいくら金をかせぐかが男と同じように評価の基準になってしまうのである。
家事をうまくやれるかより外で仕事ができて稼ぐことができるかが女性の価値判断になり男女平等がフェミニズムが興隆することになったのである。


これが3000円!
http://urx.nu/dHy8

吸引力が結構あり便利である。音はかなりうるさい。でも普通の掃除機は重いからめんどうである。これは手軽にチョコチョコ利用できるからいい。
これは偶然に見つけた、通販でしかこういうものは買えない
最近また通販で毎日のうように買っている。
通販だと自分の欲しいものが次々と買えるからいい
今は機械でも何でも多様化しているから通販でないと買えない
もう電器店だってそろえきれないものがあるからだ。
それは本でも何でもそうである。
あらゆるものがそろえきれない、だから店にあるのは大型テレビとか決まりきったものになる。
買い始めたらきりなくなるというのも困るが今まで買えないものが買える。
田舎でも都会にいると同じなのである。



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