2009年02月21日

砂場の山のトンネル(小学生三年以下)-(童話の部)


 

砂場の山のトンネル
 

砂場に二人はまたあそびにやってきました。
「今日はなにしてあそぼうか」
「今日は山をつくってあそぼう」
「そうしよう」
みんなで一つの山をもりあげてはたいてかためてつくりました。
「山をつくったらどうしようかな、つぎは」
「つぎは山にトンネルつくろう」
「それはいいや」
こんどは山に穴をほりあいました。穴がほっているうち山に穴がつうじました。
「穴ができた」
「こっちからもできた」
「だれの手だい、オレのだよ」
「トンネルができた、できた」
トンネルは山にできました。トンネルをとおして二人は顔を見あいました。
「見えるかい」
「見えたよ」
二人は笑いあいました。車の小さなおもちゃをもっていたのでそのトンネルをはしらせました。
おもちゃの車はトンネルをぬけて二人のあいだをゆききしました。二人はそれぞれ砂の家をつくりました。山をはさんで二人はあり二つの家がありました。トンネルをつうじて二つの家はむすびあうことができました。でもとつぜんトンネルはちょっとくずれました。
「トンネルがふさがったよ」
「またほればいいよ」
二人は両方からまたほりあいました。またトンネルはつうじるようになりました。二人はよろこび安心しました。トンネルにまたおもちゃの車をとおしました。二つの家はまたむすばれました。
ぽっかりと春の雲が一つながれてきました。また一つぽっかりとふわふわと流れてきました。

今日の砂場あそびはおわり二人は家にかえってゆきました。二人は家で夜ねむり夢をみました。
おもちゃの車がトンネルをとおる夢でした。スイスイととおってゆく夢でした。
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2009年03月24日

春を待つ土手の桜並木(風の話)


春を待つ土手の桜並木(風の話)

 
この町の川の土手には一四五本の桜並木が立っていました。そこでその木々がささやいていました。
 

風が吹こうとみんな一列に並んで
しんぼうしていれば春が来る
びゅ-びゅ-風が吹こうと
みんな並んでしんぼうしていれば
春が来て花をいっぱい咲かせる春がくる

 

「昨日は東風(こち)吹いたけど今日は北風がうなって吹いてくる」
「春北風(はるきた)だよ・・・・」
「春になって吹く北風だな・・・・本当の春はまだか」
「東風(こち)も荒東風(あらこち」と言って荒い風だよ」
「この頃風が強いんだよな」
「オレタチが花を咲かせるのはまだか」
「もう少しのしんぼうだな」
風にはいろいろあります。東風(こち)は東から吹いてくる風、この風が吹くと春が近い、でも今頃は北風と東風が交互に吹く時期です。でも春は近いのです。すでに猫柳も出て近くの公園の木蓮も大きな芽を出しています。やがてこの桜並木も満開の花を咲かすでしょう。
また土手の桜並木の樹々は話ししていました。
「東風(こち)は海の方から吹いてくるな」
「ここは海が近いからな」
「海がないなら山からも吹いてくる、それで有名な歌知っているだろう
東風吹かばにほひをこせよ梅花 主なしとて春を忘るな・・・・・」
「ああ、それか、それなら有名だから知っているよな、京都の偉い方が残したものだ、
東山があって東山の方から吹いてくるからその歌ができて東風(こち)が有名になった」
「普通は東風というと海から吹いてくるのが多い、風もその土地土地によっていろいろに吹くんだよ」
「そういえば、梅も咲いたらしく梅の香りがここにも流れてきたみたい」
「そうそう、あれは確かに梅の香りだったな、なんともいえぬ気持ちいい香りだ」
そこでまた春北風がびゅ-んびゅ-んと桜並木にうなり吹きつけました。話はまだつづいています。
「また春北風(はるきた)が吹きつけるな、春がくるまではやはり長い、本当に長い」
「そうだ、この前までだって雪からみぞれふったしな、寒いんだよ」
「今年はどうも寒いな、いつもの山脈を見ても春の山という感じがしない」
「雪も残っているし春の山じゃないな」
その時ヒヨドリがけたたましく飛んで鳴いて枝に止まりました。
「ヒヨドリさん、寒くないかい」
「うう、寒いよ、でももう少しで春になるよ」
「オレタチも満開の花を咲かせるからな」
「その時はまた喜んで飛んでくるよ、ここに、ここの花はいつもみごとだよ」
次に飛んで枝にとまったのはジョウビタキでした。
「ジョウビタキさんの羽は美しい、そしてスマ-トだ、白い点があるからすぐわかる」
「ジョウビタキさん、そろそろ帰るころじゃない、まだまだでしょう」
そのうち、またジョウビダキはどこかへ飛んでゆきました。
ヒヨドリはまたけたたましく枝をはじくようにして飛んでゆきました。やがて夕方となり月がでました。今日の月は満月です。こうこうと明るく輝いていました。
「それにしてもまだ白鳥は帰らないな、今年はいつ帰るのかな」
「そうだな、あたたかい日もあったからその時帰る思ったけどな」
白鳥は川にまだ群れをなして一〇羽ほどいました。今年はまだ帰らないでいるようです。
「あの月もまだ春の月じゃない、冬の月だよ、冷たく輝いている」
「そうだな、春の月という感じじゃない、星も冬の星だよ」
「一気に春は来ない、じょじょに季節は移っていくんだよ」
「そういうことだな、天地のリズムには逆らえねえ」
「そうだよ、天地のリズムにはみんなしたがうほかないよ」
「寒さも必要だし、寒いから身もひきしまる、いつもあたたかったらぼ-として馬鹿になってしまうよ」
「寒さはつらいけど寒さがあるからあたたかい春がまちどおしくなる」
「それも神様のはからいだよな」
「そういうこと、そういうこと、天地のリズムにしたがうほかない」
「春は待つほかない、待っていれば春は確実にやってくるよ」
町はまたしんとして静まり空には星が冷たく輝いています。白鳥はその星の輝く星座の下で静に白さまして眠ってゆきます。白鳥は寒いときに一段と映えます。
「おい、まだ眠らないのかい」
「今日は星が美しいのでみとれていたよ」
「やはり寒いときの星はすんできれいだな」
「白鳥も寒いときこそ一段と美しい、白さが映えて美しい」
「白鳥が群れて飛ぶときも美しい」
「白鳥は本当に冬の星座になるにふさわしいな」
土手の桜並木はこうして話しして春のくるのをみんなで並んで待っているのでした。
今日はまた三月も終わろうとしているのになお強い冷たい風がびゅ-びゅ-吹きつけていました。
「もう花も咲こうという時期に今日の風はなんだい、強い風だよ」
「鶯も鳴いたのにこれじゃ鳴きやんでしまうな」
そうして一日強い風は桜の並木に吹きつけました。
「春は本当になかなか来ないな、この風が終わればもう花は咲かせなきゃ」
そんな話をしてまた夜になりました。
「夜空の星を見るとやはり春の星なんだよ、冬の凍てつく星とは違う、やさしくなごむ感じなんだよ」
「やはり春は来ているんだよ、春の星のきらめきは冬とは違うよ」
夜まで風はうなっていましたがこうして桜並木はささやいていました。今年は確かに寒いのかもしれません、でもやはり確実に春はそこまできているのです、寒さの一時の戻りはあるのはいつものことです。そろそろ花が咲いてまた花見の人は通るでしょう。その時風もおさまり、鶯はのどかに鳴くでしょう。桜並木はその鳴き声をゆったりと聞いているでしょう。

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2012年02月29日

春の日の二色のバラ(童話)

 

春の日の二色のバラ


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春の日の二色のバラ

春の日でした。この館のご主人様は一鉢のバラを買ってきました。黄色の小さな鉢のバラでした。その黄色のバラの花を前に買っておいたピンクのバラの鉢の隣に置きました。庭にはピンクと黄色のバラは美しく映えてご主人様は満足でした。その花は何もいうことがありません、花も満足していたのでしょう。
ところがその花から声が聞こえたのです。
「黄色いバラさんよりわたしのほうがきれいよ」
「なんですって、わたしの方がきれいですよ、ふん」
とピンクのバラは怒りました。
「あなたはわたしより新しい、わたしはあなたより前からここに置かれていたんですよ」
「そんなことで差別するのね、いやだね」
どうもピンクと黄色のバラは仲良くともに咲いていないようです。
ご主人様もその声を聞いて嫌になりました。
そしてまた何やら争う声がバラから聞こえました。
「ここのご主人様は新しく買った私の黄色のバラを愛してくださるんですよ」
「ええ、そんなことはありません、ピンクのバラを愛してくださるんです、だから最初にピンクのバラを買ってくれたんですよ」
「そんなことはありません、ピンクより黄色ですよ、ぱっと映えるのは黄色ですよ」
「馬鹿も休み休み言いなさいよ、ご主人様は私の方を愛してくださるんですよ」
花は争いやまず険悪になったようです
ご主人様がそう聞こえたのは実はバラの声ではなく人間の声だったのです。
ご主人様によってくる女性たちの声がバラから聞こえてしまったのです。
いつも争っている女性たちの声がご主人様を悩ましていたのでそれでバラからも聞こえてしまったのです。
バラはもともと人間のようなそんな争いなどしません、ピンクのバラと黄色のバラはとても美しくともに調和して咲いているのです。人間のみが調和することがないのです。
人と人が寄り合うときすでに争いの種がまかれています、どんなことでも争いの種があります。
人間の間で調和するということはないのです。ご主人様はそのことで悩んでいたのでついバラからもその声を聞こえてしまいました。
そして一人つぶやきました。
「ああ、人間はいやだね、いつも何かで争っている、その争いもやむことがないんだよ・・・
その間にたって苦しむのはもういやだね、このバラのようにともに美しく調和して咲いていたらいいのに・・・なぜそんな簡単なことが人間ではできないのか・・・」
こうひとりごとをやりきれなくつぶやいていました。


ピンクのバラに黄色のバラをそいる
二つの花は美しく調和して咲けり
ただそれだけのことなれど
人と人は互いに会いて調和することなし
争いはやまず仲違いは常なり


ピンクのバラと黄色のバラは調和して咲き春の日がさしていました。ご主人様の愛はピンクのバラにも黄色のバラにもそそがれていました。その二つの色はかえって並べることで互いに美しさを増していたのです。桃色は桃色にさらに映え黄色は一段と黄色に映えて咲いていたのです。ご主人様はそのバラを見て満足していました。

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2012年05月14日

石と放射能(童話)


  石と放射能

この近くで原子力発電所が大津波を受けて爆発して放射能をまきちらした。20キロ圏内は警戒区域になり立入禁止になった。この石は30キロ圏外の石であった。盛んに外からは言われる。
「放射能の危険を、お前知らないのか、早く逃げろ、逃げろ、そこは住めない所なんだよ」
「何にも目に見えないんだけどな・・・」
「だからお前は馬鹿なんだよ、放射能は目に見えないから危険なんだよ、これが機械で計った数値だよ、はっきりとここに放射能が数値として現れている、わかんないのか・・・
ここにあんたはもう住めないんだよ」
「そう言われても困るんだよ、オレはここに千年もいるんだよ、隣の石もそうだよ、そう簡単に動けねえんだよな」
「お前は馬鹿なんだよ、放射能の怖さを知らないんだよ、今は影響なくても10年後20年後に影響あるいだよ、ガンになるんだよ」
「オレは病気にはならん、石だからな、関係ねえな、オレは動くわけにいかねえんだよ
千年ここにいたからそんな簡単に動けねえんだよ」
「石はしょうがねえな、でも人間は逃げろよ、ここには住めないぞ」
あるここに住んでいた老人が言う。
「オレもここに長年住んでいた、もうここから動くことできねえよ、石のように岩のように動くことできねえよ、例え放射能に汚染されても動けねえよ、どうにもならんよ・・・・・・・
ここは放射能もたいしたことがないみたいだし老人には影響が少ないし動けねえよ
外からのここから離れた遠い人の言うことは無責任なんだよ、放射能なんか関係ないから面白がって言っているんだよ、親身になって言っている人はいねえよ、人間は自分に災いがかからない限り
みんな高見の見物なんだよ、取材にくる報道関係もそうだからな、あいつらもただ商売のネタとして被害者を利用しているだけだよ」
長年ここに住んだ石はぼそぼそと言う。
「石の気持ちをわかる人はすくねえよ,オレはここに千年いたんだよ、それをすぐに今危険だからと他に移れとと言っても移れるか、そんなこと簡単にできねえんだよ、オレはここの大地の上に千年いたんだよ、その重みをわかってくれるやつがいるか、放射能も三十年で半分以下になるとかそのうち消えるだろう、30年と千年を比べてみろよ、時間の重みが違うんだよ」
隣の石さんもまた言う。
「そういうこったよな、簡単に動けねえよな、こうしてオレタチは千年ここに動かずいたんだからな互いに気もしれた仲だ、雨風やら雪やらをともにしのいで千年だよ、その重みはオレタチにしかわかんねえんだよ」
ここに住んでいた老人も言う。
「ここに住んでいたのは自分たちの一代だけではない、代々先祖がいて田畑を耕してきたんだ、その上に俺たちが今ある、実りもその先祖たちが苦労してもたらされたものだよ、そういう代々の先祖がいるところを簡単に離れられるのか、それは簡単にできねえことだよ、先祖様に申し訳ねえということだよ、そういう長い時間の中で積み重ねたものが故郷にはある、そういう場所から簡単に離れられるのか」
外野席のものがまたあおる。
「かわいい孫をガンにしていいのか、それこそとがめられることなんだよ、老人はあきらめてそこに住め、でも孫は将来のために逃がしてやれよ、老人の勝手は通らないからな、一億円を国で払うそうだよ、それで若い人は再出発だよ、老人は残れ、そしてそこで死ねばいいんだよ」
老人がまたぼそぼそと言う
「まあ、30年後にはどうなるかわかのかんな、その時また子孫ももどってくるだろう、石や樹や土の時間は長い、また元の荒野になっても開墾するやつがでてくる、日本はな、土地がないからな、土地は貴重なんだよ、土地を大事にしなきゃならんのだよ、土地が命なんだよ、だからまた帰って来る人はいるよ、」
石があいづちうって言う
「そういうことだな、石は千年ここにいるから動けねえ、30年後には放射能は半減しているし
百年後は元通りになっているな」
 隣の石も言う
「また春が来たよ、ほら、燕も飛んできた、梅の香りも流れてくる、明るい春の光がさしている、蕗の薹もでた、ここは何にも変わらないよ、水もきれいだしな,ここに住めないということはないんだよ」

石はあいづちをうってまたいう。
「俺たちは千年ここにいたから動くことができねえんだよ、お互いにな・・・」
こういって石は動かなかった。春はきてやがて新緑となり山桜が咲き水はきれいに流れて表面は何も変わっていなかった。ただ何百年と江戸時代から耕された田や畑は草ぼうぼうとなり原野化していた。それでも人々は飢えることもなかったから住んでいる。江戸時代と違い食糧はいくらでも外から入ってくるからである。この辺の土地は江戸時代の天明の飢饉のとき三分の一に人口がへった。その時の悲惨さは今にも語られている。人の肉も食ったとか信じられない地獄絵図だった。それから比べたら放射能は騒ぎが大きいけどまだ軽い方に見える。ばたばた人が死ぬようなことはない、空気が吸えなくなったり水が飲めなくなったりもしない、10年後20年後の病気になるということも定かではない、天明の飢饉とは違う、その時と比べればまだいい、人はここに住めるし子供だって住める。確かにガンになる人はいてもみんながなるわけではない、ほんのわずかかもしれない、それで大騒ぎして住めないと故郷をでてゆく人は故郷に未練がない人なのだろう。老人はもう故郷がどうのこうのというより動けないのだ。だからここで死ぬほかないと百才の老女が「墓に入ります」と言って家族と避難せず自殺したのである。
山陰の森の奥の方に隠れていた石がぼそぼそと口数少なく言う。
「もう放射能なんかどうでもいい、オレタチはここにいつづける、動かない、動かないからこそ石であり岩でありそれが尊いことなんだよ、それ故に神とも祭られるのが石なんだよ、人がいなくなってもここにいる、オレタチはな、人が住んでないときからこの森にいたんだよ、その人のいない時代にもどるだけだよ・・・もう人の話しは当分聞かないよ、ここに埋もれてゆくんだよ・・・」


森の奥処の石は動かず
森に埋もれ人のいない
原初の世界に還る
もう人の話は聞こえない
苔むすままに千歳
ここに黙りこむ
そうして石は千年眠るがよい
・・・・・・・・・
いつしかそこに座っていたのは神
人は去って原初の森に還る


確かに人はこの世に生きる、ある人は山間の森の中の細い道を歩いた。しかしそれも本当なのだろうか?ある人はいつしか死ねばこの世から消えてしまう。姿形もなくなる。本当にここにいたという証拠があるんですか?江戸時代に生きた人もいた。その人たちの生きていた確かな証は定かではない、
人が生きるとは風のようなものなのである。明確な足跡は残されない、死んで深い闇の中に消えて二度と現れない、束の間現れて消えるだけである。その人の一生とは何だったんだろう?
その細い道をたどると確かに一つの石がある。人は本当に石になった。石に化してしまった。遂に物言わぬ石と化してしまった。騒々しい世の音は聞こえない、すべては夢と消えてここに石となって隠れてしまったのである。でも世の中の馬鹿騒ぎは終わるわけではない、延々と同じ様につづく、この世の終わるまでその欲も変わらない、騒ぎは延々とつづき、不満も延々とつづく、はてしなくつづく、しかし石は終着点としてそこにあった。人の不満はつきることがない、人の欲もつきることがない、そうして原発事故があり放射能をふりまいた。

 


びろう葉帽子の下で

山に還る

その山がたとえチェルノブエリの灰で汚染されているとしても

わたしはほかに還る所がないのだから

山に還る

びろう葉帽子の下で

死期を迎えた動物のように

山に還る


人間は本能的にこうなってしまう。放射能に汚染されてももうそこで死ぬほかないという感覚になる。もうそこが死に場所であり外に移ってやりなおすことはできない、それは人間も動物や植物と同じ様に本能的なものである。だからもう老人は長年住んだ場所で死なせてやりたいともなる。
浪江の58才の赤字木(あこうぎ)の人は孤独死ではなく自殺だった。


親族は、「原発事故さえなければ自殺なんかしなかった」と言う。そしてこの地区の住民は男性の自殺についてこう口にした。

「あれの自殺は、これは最大の抵抗だ。切腹して死んだ思いを、私たちは大切にしなければいけない」 (長老)
「彼の死は原発への抗議だ」(区長)

「人間には、耐えられる限界というものがある。それを考えて、行政も対応していかないといけない」(馬場町長)
この地区の線量は馬場町長いわく「推定年間200ミリシーベルト」。原発は人をそして住空間を殺した。


二人も自殺したことは重い事実である。このことはあまり報道されていない、あの辺に何度も行っているけど下冷田とかありその地名のように山の中であり米もとるにも寒いからいい場所ではない、それでもそこに住めなくなることは最悪であった。あそこは高すぎるのだ。桁違いであり帰ることはもはやできないとなるから自殺に追い込まれた。

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2013年06月18日

蟻が甘いもののためにいなくなったわけ(童話)


蟻が甘いもののためにいなくなったわけ

夏になりムンムンとして湿気も出てきた。この家の主人は今90才になる母親を介護している。それで家事も全部一人でやっているから毎日が仕事に追われ忙しい。料理もしなければならないし掃除もしなければならない、食器も洗うのも手間である。リンゴの皮をむいたり、飲み物がこぼれたり、お菓子を食べたものが散らかったりとそこらじゅう甘いものがあった。
そこに蟻がいつも湧くようにどこからか集まってくる。
「ああ、きょうも蟻がたかっている、この蟻はどこからくるんだ、殺しても殺してもやってくる、
しつこいやつらだ」
そこで虫殺しスプレ-でいつものようにシュッシュッと吹きかけて殺すのが仕事となっている。
そもそも小さな狭い庭でありそんなに蟻がいるとは思えない家だった。
その蟻たちは蟻の巣で仲間と話していた。
「甘いもの向こうにいくらでもあるんだよ、いくらなめてもなめきれないよ、この狭い庭じゃ何もないよ、本当に限られたものしかないよ、延々と探してもたまに虫の死骸が見つかるとかな・・
わずかなもしか見つからないんだよ、遠くはなるがあそこに行けば甘いものがふんだんにあるんだよいくらでも甘いものにありつけるんだよ」
「そんなに甘いものがあるのか」
「あるというもんじゃないよ、もうそこら中あまいものだらけだよ」
」へえ、そんなにあるのか、俺も行ってみよう」
「俺もだ」
こうして蟻は甘いものにあるところに毎日のように出かけた。蟻にとってリンゴの皮一枚でもあめきれないほどの蜜の宝庫だった。他にもこぼれた飲み物の甘いものがいくらでもあった。菓子の屑などもあり甘いものはあまりにも過剰にあった。
そこの家の主人は今日もその蟻に困っていた。
「今日も蟻の大群がきたな、どうしてこんなに湧いてくるんだ、殺しても殺してもきりがないやつらだ」
こう言って虫殺しスプレ-で日課のように殺していた。
しかしそんなことをつづけているうちに蟻の巣で仲間たちが話ししていた。
「なんだか変なんだよな、仲間が巣に帰ってこないんだよ、毎日甘いものが一杯あるところに行くとみんなぞろそぞろ行くんだけと帰ってこないんだよな、このままじゃ巣がからっぼになってしまうよ」
「本当だよな、こののままじゃ巣はなくなってしまうよ」
「なんとか甘いものが一杯あるところに行くなととめるべきだよ」
「とはいっても甘いものにはひかれるからな、とめられないんだよな」
「そんなこといったってとめなきゃ巣はなくなってしまうよ」
こんなことを小さな狭い庭の中の巣で話ししていた。
「おい、今日は甘いものが一杯あるところには行くな、帰ってこれなくなるぞ」
「何を怖がっているんだよ、甘いものが欲しいんだよ、俺も行ってみるぜ」
「帰ってこれなくなるぞ、殺されているかもしれんぞ」
こう言っても無駄だった。甘いものの誘惑はおさえることができなかった。
こうしてそこの狭い庭の蟻の巣には蟻がいなくなり巣はからになり消滅したのである。
今も蟻は玄関の前の所に長い蟻の道を作っていて行進していた。
ただそこは甘いものがあるところから台所からかなり遠いのでそこまでは行かない、今は蟻がいたるところに活動している時期である。
ここの主人がその玄関に花を買って飾った。蟻はその前に蟻の道を今日も行進している。


この童話の自分の説明した評論です


過度な富の呪い
(文明も過度な富を求めた結果呪いがあった-原発事故もそうだった)
http://musubu.sblo.jp/article/69616306.html
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2015年01月23日

山の村の幽霊屋敷(童話)


山の村の幽霊屋敷

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......一軒目の空家......

 そこは山の村であり市の中心部から大分離れている。確かに中心部の市街には鉄道が通っているし海がそこからは近い。ここはずっと海からも市の中心部からも離れている。
 山側にありここはそれでも古い場所である。早くから開拓された場所である。
 ここでの暮らしは戦前から戦後十年は日本全国どこでも同じような暮らしをしていた。
 山の木で炭を作り薪を燃料にしていて水は井戸水でありほぼ自給自足の生活である。
 第一市までは遠いし車もない時代である。市に買い物にゆくこと自体まれだった。
 その村のすぐ山のそばに一軒の古い家がある。
 そこを訪ねる者があった。
 「佐藤さんの家は古いでしょうか」
 「家系的にはこの辺で一番古いかもしれません」
 「がらんとして何か淋しいですね」
 「一人暮らしもなげえよな、息子は市役所に勤めているんですよ、もう一緒に住まないし農家の跡を継ぎやしませんよ」
 「猫を飼っているんですか」
 「猫は友達だよ」
 「わびしいですね」
 外には家がぽつりぽつりとあるが回りは田んぼであり冬なので特に淋しい風景である。
 それでも静かでそれなりにいい場所である。冬の日がおだやかにさしている。
 「ここでの暮らしも大変だったでしょう」
 「いろひいーありましたな、戦争終わったときは食うものがねえ
 それで猿を食ったんですよ」
 「ええ、猿を食ったんですか、なんかアマゾン辺りで裸で暮らす人が猿を焼いて食っていたのをテレビで見てびっくりしましたが・・・・」
 「猿のノウミソはうまい・・・」
 「ちょっと考えられませんが猿はよくこの辺では山からでてくるのを見ています」
 「イノシシもしょっちゅう出てきますよ」
 ここだったら確かにすぐうしろが山だからイノシシでも猿でも出てきても不思議ではないと思った。竹藪が川沿いにありそれは土手の補強にあった。
 竹は強く根をはるので川の土手に植えているのが多い。
 「跡継ぎがいないことは淋しいですね」
 「これもどうにもならん、世の中変わってしまったんだ、農業は機械に金かかるしな
 他の田んぼを請け負って米を作ったりしていたがなかなか金にはならんんですから」
 「農業が大変なのはどこでもそうですね」
 「この村ではすでに三軒空家になっていますよ」
 「空家はどこでも多くなっていますが・・・ここでもそうですか
 そろそろおいとましましょう」
 「あなたはどちらからきたのですか」
 「隣の町ですよ」
 「そんな近くからでしたか・・・」
訪ねた人が去ったあとには実はその家は空屋であり誰も住んでいなかった。
死んだ人と話ししたことも知らないでその人は去ったのである。
 
 .....幽霊屋敷を訪ねる.......

 
 その家を訪ねたものは去りその家を出て細い道を行くと杉の木が二本立っている。
 それがなんとも普通の木とは違う、その影が細い道にのびてさえぎる。
 何か人をとどめるようにさえぎる。
 するとそこに廃屋となった農家が確かにある。それがいつ人が住まなくなったのかわからないが大分時間がたっていて放置されたままになっている。空家ではなく廃屋である。それは本当に幽霊屋敷に見えるのだ。あういうふうになるのはやはり相当な時間がたたないとならないだろう。
 その作りは昔風のまである。外に便所があり風呂まであり外に井戸がある。
 それはみんな昔そうだったのである。その配置が昔のままであり放置されている。
 こっそりと隣の町から来た人はのぞいてみる。
 すると風呂は立派である、煉瓦作りの五右衛門風呂になっている。
 煉瓦だということが珍しいしこの家はそれなりに裕福だったのかもしれない。
 煉瓦ということは職人も必要だし作るのにめんどうだからである。
 遠くの市の職人がかかわって作ったのかもしれない。すると余計に金がかかることになるからこの風呂にひかれた。
 
 そこから家の中をのぞくと戸があいていて炬燵が置いてあり柱時計がありとまっている
 炬燵がここにあるということは電気のをすでに使っていたのか、下は囲炉裏風になっていて炭だったかもしれない。ただ囲炉裏ではない、なぜならそんなに時間はたっていないから電気を使った炬燵である。

 「いらしゃいませ」
その時びっくりした、奥からのっそりと白髪のおばあちゃんがでてきたのである。
「よごれていますけど炬燵に入れや」
「いいですか、なんか人がいないと思い入ってきたので失礼しました」
「人が来てくれてにぎやかになりいいですよ、なにしろ家というのは人が住まないと人の声が家にひびかないと死んだようになるから」
「あの煉瓦の風呂は立派ですね」
「まあ、あれはいい風呂だった、職人をわざわざ市から呼んで作ったんじゃ
あの風呂に入ったときは疲れはとんだな」
「自分も子供のころ、外に風呂があったんです、その風呂は自分の父親が作った小屋の風呂でした。鉄砲風呂で子供のとき新聞紙とかたきつけにしてバタで燃やしていたんですよ」
「あなたはどこにお住まいで」
「隣の町ですよ」
「それは近いそこはなじみです」
「ところでおばあちゃんは何歳ですか」
「わしか、百歳じゃよ」
「ああ、そうですか、自分の母もその年に近いですが・・・・」
「まあ、今はみんな長生きじゃよ」
「でもこんな立派な煉瓦の風呂はみかけなかったですね」
「まあ、お茶飲んでゆっくりしなされ」
「今日はゆっくりもできません、街の方に買い物があるんで」
「そうかい、それは残念じゃな・・・・」
その時またすーとその白髪のばあちゃんは消えてしまった。
あれどこに行ったのかと思うともう見えなくなっていた。
ただ幽霊のように消えた。
その家全体が今でも残っているけど本当に幽霊屋敷であり空家とは全然違うのが不思議である。つまり幽霊が本当に棲みついたような家になっているのだ。
なぜそうなってしまったのか?
長い年月放置されていたためなのか、それが不思議だった。
一つはその家を離れたくない人の霊が感じられるからかもしれない
だからこそ幽霊となってもそこに人が住み続けているのである。
そこを出ると野原に一本のこれも幽霊じみた一本の老木がくねり長い枝を伸ばして濃い影をおとしていた。
そこに根付いてから相当に長い木である。
そういう木は老人と同じでその土地を離れたくない、そこで朽ちてその土となってゆく。人間もまた生物だから木のように老いてゆくと何てゆくのが自然である。
隣の町から来た人はこうして二つの人が住まなくなった空家と廃屋をあとにして街の方に去った。

タグ:幽霊屋敷
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2015年02月18日

森に埋もれた境石(童話)


森に埋もれた境石

東村があり西村があった。それは江戸時代からあり長い間二つの村の境石として呼ばれていた。それは二つの村を分けるものでありしるしでありみんなが言い伝えられて知っていたその石は風が吹き鳴り雨がふり雪がふる日もそこに長い間村人とともにあった。
その境石がとまどうことになったのはこの辺に起きた放射能騒ぎだった。
原発事故があり放射能で村は森も山も自然全部が汚染されたのである。
それで村人も住めなくなり人がいなくなってしまった。
田畑があった所は葦がぼうぼうとしげり元あった自然にもどった。
そこには人々の生活はなくなり葦など元の自然にもどる。
イノシシなどが出てきて土を掘り起こし田畑は荒れるばかりだった。
普通見られない羚羊まで里におりてきていたのだ。
境石はいぶかった。
「村人はどこに行ったのだ、人影も家もなくなっているみたいだ」
「もうみんな村から出て行ったよ、誰もいなくなったよ」
そう言ったのは人がいなくなり自由におそれるさとなく出てきている猿だった。
「そんなことあんのか、ありえん」
「世の中はな、ありえないことが起きるんだよ」
「どういうことなんだこれは」
「見ればわかるべえ、人はいなくなり家もない、ただ葦がしげっているだけだべぇ」
境石はそれが納得できなかった。
「西村も東村もなくなったら境石としてある意味もなくなるんだ」
「まあ、そういうことだな」
「俺はここに何百年と村人ともにあったんだ、そんな簡単になくなっては困る」
「そんなこと言ってもこれがまぎれもない現実なんだよ」
猿はこう言って森の奥に仲間とともに消えた。境石はまだ納得がいかなかった。
「俺は境石なんだ、東村と西村がありその境石として何百年もあったんだ、それを簡単に変えられるか、東村と西村は水のことで争ったりもした、そういうことを伝える石でもあるんだ」
そうは言っても時間がたつのも過ぎるのも早かった。辺りはまもなく葦がしげりおおわれてしまった。その境石も葦におおわれみえなくなるほどだった。
それでも境石は言い続けた。
「俺は境石なんだよ、村人が消えても葦におおわれても境石なんだ」
しかし葦だけではない葦から樹も生えてやがて林になり森になってしまった。
それは大昔の村人が住まない状態にもどっていた。
そんな森の中に境石は取り残されてしまった。
「俺は東村と西村の境石なんだよ、何百年もそうしていたんだ」
でも森の樹はさらに密生してそこは道もない状態にもどった。
そして森に向かっても叫んだ。
「俺は東村と西村の境石なんだ、境石なんだ」
そしたら深い森なってしまった森の神の声だろうか聞こえた。
「境石よ、もうここには東村も西村もない、どっちの村も消えたのじゃ」
「じゃ、俺は何の石なんだ」
「ただの前から名前のない石だよ」
「そんなの嫌だよ、俺は境石なんだよ」
「まあ、そうして叫んでいるのもいいだろう、やがては忘れるだろう」
こう森からの声はその境石に言いきかせた。森はさらに樹が増えて暗くなりさらに深くその境石をおおってしまったのである。
そして森の声は言い聞かせる。
「もう東村も西村もない、争うこともない、ただ名もない石に帰る」
しかしそれからも境石は境石とさけびつづけていた。
でもだんだんその声も弱くなりかてかとなっていった。
「俺は境石なんだ、境石なんだ・・・」
なおもかすかでも言い続けているが森は深くなり風が森に鳴りその声もひびかなくなっていったのである。

 
タグ:境石
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2017年05月25日

石を考える (童話的なものとして)


石を考える

(童話的なものとして)

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南相馬市鹿島区橲原(じさばらの立目石


ここに石がある、この石に形があり、色があり、重さがある。
形は幾何学的に見ることである、石は正方形のようなものもあるし三角形のようなものがある。台形のようなものが多い。山は三角形であり立体的に見れば円錐になる
自然を幾何学として見るのが必要になることがある、計測するときはそうなる
山でも高さがあるからだ、石は見る場合、この石は一体ここにいつからあったのだろう。
そんなことがわかるかい、確かにわからない、ではどうしてここにこの石があるのか?
石は土から生れたのか?石は火山の噴火などで飛んでくることがある
この石もそうかもしれない、ただこの辺には大きな石はない
ではどうしてここに大きな石があるのか?
もしかしたら近くに川があるからここが大昔川であり石があったのかもしれない

もともとこの山の村は森だった、人は住んでいなかった、すると森の中にこの石はあったそれを見る人もいなかった、人が来て森を切り払い田畑を作ったときこの石は現れたのである。
そしてここの森を切り払って住んだ人たちは隣の村から来た人たちだった
そしてここに住んでいて別な村になった、それでその村との境にあったから境石と名付けられた、昔はやたら境とつく地名が多いのは村が無数になりそこで村人は共同で暮らしていたから隣の村でも別であり区別する必要があった、村々で所有する山もありそこに他の村の人は入っていけないというしきたりもできた

石一つでも考えるといろいろなことがある、その考えることが学問なのである。
石にもいろいろな質がある、その石の成り立ちはその石の質を調べればわかるだろう。
石にも岩もいろいろな種類があり形成されているからだ

岩石の不思議は砕くと土になる、土の基は岩石であり砂の基も岩石だということである。地球はもともと岩石でなりたちその岩石が砕けて土になり砂になったというのも興味深い土がなければ植物は育たないから動物も地球にはいなかったろう。
岩石にはなにかしらの栄養分がつまっているのだ、水にミネラルがふくまれのは岩石に水がしみこんでその栄養分がまじるからである。
純粋な水は化学の上であるが水にはなんらかの栄養分でも不純物でも混じっているのだ。岩石は地球を作って基本なのだ

石は動かない、何か牛のように動かない、牛は一日どっしりと寝そべって動かないことがある、岩石も牛とにている、どっしりと構えて動かないのである。
何か石によると自分もどっしりした気分になる、心も落ち着く、石は同じ場所にあった
それは千年とか万年単位で同じ場所にあった
代々人が変わっても石は変わらずあった、おじいちゃんのおじいちゃんのそのまたおじいちゅんやおばあちゃんの・・・代からあった
人の命は長く生きても百年だ、石の命は千年とか万年とかとてつもなく長いのである。
人は次々に死んでもこの石だけはそうしてここにあったのだ
百年もすぎたら住んでいた家もなくなったり変わるがこの石は千年も変わらずにここにある、だから岩は千歳(ちとせ)の岩と言われるのだ

我が君は 千代に八千代世に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

日本の国にもこのように長い歳月つづいたからこの歌が生れた、国が作られるにはそれだけ長い時間が必要なのだ、その長さが国の威厳を作っているのだ。
この歌は日本の大地のそこからから鳴りひびく歌なのである。

posted by 老鶯 at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 童話

2019年11月24日

幻の国のコイン(童話)


幻の国のコイン(童話)

その人は放浪者だった、どこから来たのかわからない、ある国に入った
どうも国境をすりぬけて入って来たらしい
そこで何か買うことになる
それでコインをだした
それを見た店の主人は言った 

「これはどこの国のコインだよ」
「・・・の国だよ」
「ええ、そんな国がるのか、聞いたことがないな、このコインはここの国では通用しないこんなコインで売らないよ」

その放浪者はコインをもっていても何も買えなかった
その人はそもそもどこの国の人なのか、それも謎である
その人はどこの国でもない、宇宙人なのか?
そういう疑いもある人である

放浪者はまた別な国に行くことにした、なぜいろいろな国を回ることができた
それでどうしてかその国々のコインをもっていた
様々なコインがある、何かいろいろな国がある時代だったのかもしれない
しかしその人がどこの国の人か謎であった
世界放浪者とでもいえるのか、世界をぶらぶら気ままに回り歩く人となるのか?
その人はどこの国の人かわからないから宇宙人だということにもなる
はるかに宇宙のかなたから来たからである
そうし地球を気ままにぶらついいる

そしてどこの国の人かもわからない、ただ不思議なのは様々な国のコインをたくさん持っていたことである
それでその放浪者はいろいろな国のコインがあったが一つのコインの国がわからない
どうしても思い出せないのだ

「このコインはどこの国だったのだ、どうしても思い出せない、これは謎のコインだ
もしかして幻の国だったのか?」 

そんな独り言を言ってその謎のコインを見ていた

「ただここにコインがあることは確かにこの国はあった、これが証拠なのだ」

コインはなぜかどこからでも発見される、砂漠からでも山の中の屋敷跡からで島からもも発見される、そこにコインを使った人がいて埋もれたのである
過去の遺跡からは必ずコインが発見される、古い時代のコインが発見される
コインは紀元前6世紀とか古い時代にすでに人間が使いはじめたからだ
とにかくコインは無数にあるのだ
地球はコインの国でもある

しかしその放浪者は宇宙人はお土産にそのコインをもって遠く去ってしまった
そして一つのコインはどこの国のものだったか謎である
幻の国だったのか、ただそのコインを宇宙から来たのか放浪者はにぎりしめている
もしその放浪者が宇宙人でなかったら地球人だったらそのコインがどこかに埋もれ残ることもあるだろう

でもその人は宇宙人だからそのコインはどこにも残らなかった
地球にあった謎の国のコイン、それは永遠に幻となり消えた
ただどこかの宇宙人がそのコインをもっている、そして宇宙人は地球を放浪したことをどこかの星で思い出しているのだ 

ただその宇宙人が帰った星でぱコインは使っていなかった
それでその国の人にコインをみせた

「こんなものが地球人では大事なものなのか」
「そうだよ、コインがなっかたら何も買えない、これさえあれば何でも買える、どこにでも行ける、遠くに行っても困ることはない」「へえ、そんなものか、ただの金属のおもちゃのようにも思えるな、こんなもので物が買えた」
「地球ではこのコインが命より大事なものなんだよ、このコインのために命をかけて殺し合いまでしているんだよ」
「ええ、そんなに大事なものなのか、こんな金属がな、地球も変わった所だな」

その星にはコインはなかった、コインなしでどういう暮らしをしていたかはわからない
コインがない時代もあったから不思議とはならない

「このコインがあったので私は自由に旅できたんだよ、コインがなければ何も買うこともできないし死んでしまっただろう」

そこでその星の人は言う

「何か面白い国のようだ、地球には俺たちも行ってみたいな」
「地球は面白い所だよ、コインが金があればな、地球でコインなしでは一日も暮らせないよ」

こうして宇宙のどこかの星で放浪者は地球から持ち帰ったコインを手にとって地球を思い出している、その放浪者の宇宙人はまたそのコインをもって地球に来るかもしれない
ただその時は時代が変わりコインは通用しないかもしれない

「このコインは通用しない、いつの時代のコインだよ、ここは古銭を買いとる店じゃないよ、冗談でも悪い冗談だ、、さあ帰ってくれ」

こんなふうになっていたかもしれない、でもやっぱり地球は面白いからその放浪者はまた来てみたいと思っている、その星でぱ寿命は長い、ある意味で死というものもない星である、そうしてその放浪者は永遠にさまよっている
でも宇宙人だからどこの国の人でもない、その人の国は宇宙のかなたの星だからである





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