北海道夏の旅短歌十首と詩(宗谷本線の咲来(サックル)
北海道の大地にリフレッシュせよ(詩)
テレビで放送したものだけど開拓村の感じである。
煙突があるからやはり冬は厳しいものがあり北海道を感じる
宗谷本線・咲来駅に行ってきました。
ここに咲来(サックル)のことが写真付きででている
なかなかに電車の来ぬやその鉄路雨ぬれつづき夏草茂る
咲来(さっくる)に夏の日一人おりたぬ何をか見むや数軒の家あり
一軒のライダーハウスありにしと咲来(さっくる)あわれ夏の夕暮
人気なく流れに泳ぐ鮎なりき勢いよしはそれのみなりしも
人来たり驚きぬかなひそむ魚流れに群れの素早く泳ぐ
電車来ず鉄路に眠るでで虫や木立の影の鉄路をおおふ
砂浜に流木の山夏の日や荒き波音人一人来ぬ
海岸の果てなくつづく砂浜や何かとどめむアイヌの地名
波荒くうちよせ荒れぬ利尻かな鴎飛びつつ旅人行きぬ
礼文島遠き島かな夕暮れにレブンウスユキソウ咲きみちにけり
霧かかり磐(いわ)一枚ここに眠りて遠き島や夏の日暮れぬ
飛び交いぬ燕やかなたの宿遠し旅人交わり夏の日去りぬ
我が走る北海道や燕飛びまたはるかにもかなたへと去る
はるかなる大地つづきて雲雀鳴きいづこへ行かむ旅の空かな
今思い出すと不思議である。咲来(さっくる)という駅で一両の電車を来るのを待っていたそれはなかなか来ない,ふりかえるとなぜあの線が残っているのかと思う
採算は全くとれないし本当に乗る人もわずかである。
ただ観光路線として残しているのか?
鉄路があり雨にぬれて夏草にうもれる,テレビで見ていてその辺のことを行ったことがあるのでなつかしいとなる
自分は咲来(サックル)駅を下りて辺りを歩いていた,川がありその川でも辺りに家がわずかであり電車にしても一両でありなかなか来ない,ただ稚内まで急行は走っているが
あの辺りは本当に人家もまれな地帯である。
あういうところで自由に気ままにぶらついていたのが自分だったのである。
それは恵まれた時だった,北海道には十回も行っているから第二の故郷である
北海道は東北とあっても他に大きな区分けがあるが一つとはならない
北海道は一つの国のようになっている、そこで気候も相当に本州とは違ってくる
海に囲まれた島にもなっているから一つの別な国として意識させられる
沖縄ともにている,沖縄もまた別個の島であり国になっているからである。
福島県でも広いがそれが一つの県としての意識がもてない
北海道はあれだけ広くても一つの県として国としての意識がもてる
そこで北海道全体を一つのテーマとして詩でも作れるのである。
そこに多様性があっても一つの国として世界として構成できる
]だからこそ蝦夷共和国の発想が明治維新の時生まれていたのである。
北海道は日本では外国である、北欧とかににているのだろう。
だから宗教でもプロテスタントとかゲルマンのゴシック建築とかにあうとなる
樹だと針葉樹の世界でありトドマツでも太いからである。
それが北の風土ににあっているのである。
北海道は詩にしても一つの国として意識して作る,他にも一つの国として機能する世界を作りやすいのである。本州になるとそうした感覚はなくなる
山が多いせいで統一感を感じないこともある
山にはばまれて統一感を感じない,福島県でもそうである。
阿武隈高原によってさえぎられ福島市とか中通りは地理的一体感を感じにくいのである
平原があればそれはかえって一つの統一国家になりやすいことはあった
山にさえぎられればそこで地理的一体感は断たれるからである。
山は障壁となり壁となり人の出入りも防ぐ天然の要塞となるからである。
おそらく北海道には平原的な風景がある唯一の場所だから本州と違って統一感をもつのである。
それにしても何でも人間は最後は過去を回想する,どんな人生であれ語る,会社に勤めていたらやはり会社が人生だったからそのことを語る
それはつまらないものでもそうである。その人にとってはつまらないとしてもそれが人生だったのである。そこに人生の重みが生まれる
だって人生は一回限りであり一回しか経験できないからだ
誰でもその一生が意義あるものとしてあることを願うだろう
とにかく自分はこう生きたのだと語る,自分は旅を生きたから旅を今語るのである。
そんなの遊びじゃないかとなればそうである。
でもそれもやはり自分の人生だったとなる
つまり今も心は北海道にあるともなる