2018年06月09日

岩沼-仙台間で車両事故で約一時間ほど遅れる(2) (仙台行きが岩沼行きになっていた)


岩沼-仙台間で車両事故で約一時間ほど遅れる(2)

(仙台行きが岩沼行きになっていた)


timesendai1.jpg

一昨日だった,東北電力に仕事に来た人がタクシーで鹿島駅に来た,その人は前にも来ていた
それでまた自分がいないかと言っていた,待ち合わせ時間に時々話し合える人と話すからである。
その時も自動化した無人駅のことで話していたのである。
その時車両が仙台-岩沼間で故障していたのである。
それで約一時間遅れた

そして今度来たらその人は岩沼でおりて東北線にのりかえたという,仙台-岩沼間は不通になっていたのである。
だから岩沼行きになっていた
でも確かに自動化された電子掲示板に岩沼行きと出ていた
でも自分は毎日その電子掲示板を見ていたのだがそのことに気づかなかった
岩沼行きになることはない,仙台行きなのである。
いつも表示されるのは仙台行きなのである。

英語で行き先はforである toだと途中でおりてまた次の駅に行くとなる
forだと終点なのである。目的地なのである。
だから岩沼行きとあれば岩沼でとまり終点になっていたのだ
だから
これはおかしいと原町駅の人にインターホンで聞けば良かったと後悔している
困らないように自動化しているのだがそれをよめこめないことがある
人間は自動化してもなんでもできるものではないと思った
未だにはじめく来るような人は仙台行きの乗り場と原町行きの乗り場,ホームがわからないのである,そんな簡単なことがわからないのかというがはじめての人にはわからないのだ
なぜなら何度も聞かれたからである。
それで表示するものを作ってもらったが以前としてそれが見ない人もいるし気づかない人もいるのである。
いろいろ案内してあっても気づかない人がいる
タクシーの電話番号は駅を出た所にあるから気づかないのである。

とにかくその人は自分を覚えていたのである。だから駅にまたいると思った
そこに人間がいるということはロボットがいるとか自動化した機械がいるとは違うものとなる
ただ普通駅員がいてあまり話さないかもしれない,でも駅員がいるのといないのとではかなり違ったものとなる
駅に駅員がいるということは安心を与えるものともなる
自分は一時間もいないからいつもいるわけではないからそれほど役ににはたたない
普通はあまり案内はなくなった,ただこうして故障したり風が吹いて遅れたりすると案内が必要になるのである。

2018年06月13日

高齢化社会で車に乗らない人が増えている (電車とかバスの利用も必要になる)


高齢化社会で車に乗らない人が増えている

(電車とかバスの利用も必要になる)


その人とは良く駅で会う,この前は仙台の方に温泉巡りに行っていた
その人は大型トラックの運転手だったのである
東京にトラック運送していたのである
でも運転したくないと言ってやめた
そして自転車を買っていたのである

トラック運転手となるとぐったり疲れて一日働くと後二三日働くことができないとか言っていた、前にもトラック運転手にあったことがある
その人も同じようて仕事をしていた、それで水戸街道とかのかとを良く言っていた
標識のことをよく言っていた
その人も今は仕事はしていない,何か孫に金をふるときだけ喜ぶんだとかボケたようなことを言っていた

これでわかることは田舎でもトラック運転手が多い、田舎だと農業のように思うが実際は違う、農業だけで食べている人はわずかである、一割にもみたない、
つまり金にならないからだ、その人は今は温泉とか回りで金回りがいいみたいだ
もうトラック運転手で根詰めて働いたから車にも乗りたくなったとなる
それがやはり老人になると同感する

自分は遊びで旅行していただけだけど何かふりかえると旅行も乗り物は疲れるなと思った電車だって長く乗ると疲れるしバスは一番疲れる、自転車旅行はもう最高に疲れる
それ以上に疲れたのが登山だった、だから登山は早い時期にやめたのである
そして自分も今は乗り物にも乗りたくないとかなった
旅に行きたくないというのも不思議である。
それは介護十年して気力が喪失したのである

だから老人も働けというけどできない、その人は十分に働いたからである
だから老人も働けというのは酷だともなる、それはみんながそうではない、自ら遊んでいるのも良くないとス−パ−で掃除している人もいるからである
ただ事故で死んだ人もいた,やはりなれないところだとどうしても反応が鈍くなるからどうしても危険になる
なぜ原発避難区域で復興できないかというと残るのは老人だけだからである
老人はこの人のように十分働いたからである。

確かに80過ぎても90でも運転する人はいる,でもこの前も80歳の女性が危ないからと運転をやめた
その人も駅に電車を利用してきていた
つまり高齢化社会はこうした車を運転しない人が増えてくる
すると鉄道とかバスなどの交通の便が必要になる
車というのはいくら老人より若者が事故の割合が多いとしても負担になるからだ

老人向きの社会は車社会とは違ったものとなるのだ
老人に向いた社会は住みよいのは田舎であるが田舎は交通の便が悪い
そこが問題なのである。車なしだと暮らしにくいからだ
電車も利用するのだが駅からの足となるものがないことが最大の欠点なのである
ただイオンのように郊外でなく駅の回りにあると便利なのである。
そういう駅中心に老人も住める街を作った市もある
原町クラスの街ならできるが一万くらいだとできない
コンパトシティである

駅は鉄道を利用しなくてもこうして人が集まり情報を交換するのにいい
その人はスマホをもっていてドコモのがいいと言っていたので自分も聞いてみようかと思った
自分はこうしてその人が何をしたかと聞くのが楽しいのである
それが一つの郷土史にもなるからだ
前は馬車の仕事をした人にも出会った、ただなかなか気軽には話せないのである
駅のような場だと外からの人でも話せることがある、それが面白いのである。
何か老後の楽しみとはいろいろあるがこうしていろいろな人と話すことが面白いとなる
ただその人は話しやすい人だからできた、気さくな人だからできた
ともかくあの人とは駅では暇だから会うのである
何かそうして老人は暇でありそういう人が集まる場が必要になる
その一つが駅だともなる

2018年06月14日

鉄道俳句(3分5分とまる駅) (鉄道は人間的なものとして愛着がある)


鉄道俳句(3分5分とまる駅)

(鉄道は人間的なものとして愛着がある)


(逢隈(おおくま)

蝉の鳴く三分とまる電車かな

(亘理駅)

亘理駅車窓に一羽秋鴎

(山下駅)

通勤の人や菖蒲の列をなし

(新地駅)

蛙鳴き5分とまりて夏の月

月照らし5分とまりて虫の声

新地駅二本の木植え冬の暮



タンポポや一挙に遠く新幹線

暑き日や鉄路はつづく旅路かな

駅の名を一つ覚えて春の雲

雪うもれ乗る人数人小国へと


鉄道の旅が長いから鉄道には思い入れがある、鉄道に勤めた人も思い入れがある
人間は何であれそこで長い間働けば勤めればそれが人生だったとなるからだ
高倉健の「鉄道員」はそういう映画だった、最後は北海道の辺鄙な駅でしんだ
そして遺体は一両の電車に乗せられて真冬の雪の北海道に消えた
そのシ−ンがまさに鉄道とともに生きた人間を表現していたのである。

鉄道でもいろいろ興味の対象がある、車両とか機械に興味を持つ人もいる、マニアックな人もいる、
でもいくら機械が発達しても便利になってもそこに人間が生きているということを見るべきである。
この世界は機械がロボットが生きる場所ではないのだ
人間が生きる場所であり人間のドラマなのである
だからかえって辺鄙な駅で一両の電車が来るような所が人間的になっていたのである。
この辺で一時原町から相馬市の区間しか電車がはしらなかった
そのとき二両の電車でありそれがが人間的になっている、人間に見えたというのも不思議だった
時雨がふったりしてもそれが人間に見えたのである
ところが四両になるとそうはなりにくかった、6両になると余計にそうなっていたのも不思議である。
それで一両の電車はまさに人間が走っているように見えたのである
とことこ走ってくる姿は人間そのものなのである

何か駅は送り迎えしたりする場であり人間的な情がしみこんだ場所なのである
それが車の道の駅とは違う、そこに出会いとか別れもあまり感じないのである。
見送りで迎えるというものではない、駅には常に人が出迎え別れる場だから人間的な情がある

駅はまた必ず10分でも待つ場所なのである。その待つことで人間的なものが生まれてくる、道の駅では待つことはないのである。
そういうふうに鉄道は120年とかそうして人間的場として機能してきたのである。
だからこそ鉄道を廃止させたくないというときただ便利でなくなったからというだけではない、そうした人間と一体化したものがなくなることが淋しいのである。

それで新地駅が津波の後に新しくなったがその前の駅の方が人間的だったとなる
仙台から帰る時必ず5分停車するのである
その5分が人間的なものにする,ホ−ムに出ると海が近く津波の前は集落があって屋根が見えた、そこでカエルの声とか虫の音とか聞いていた
月が上って照らしてもいた、要するにその5分とまることによって自然を感じていたのである

それは阿武隈川をわたる手前の駅の逢隈(おおくま)駅でも待ち合わせのために3分とまる、すると蝉の声がそこでひびくのである。
こういうことは車で経験しにくいのである。
ともかく人間はなんでも自然が反映することで情緒が生まれる
東京となると地下鉄とかなると何にも自然が反映しない、そういうのは便利でも嫌だとなる、だからもう自分は東京には行きたくないのである
人ばかりで嫌になるからだ、ただ大江戸線ではトンネルをぬけて隅田川に出て公園になっているとこすは開けた感じで良かった、隅田川のところはまだ自然がしるからだ
百羽の鴎が群れていたことでもあそこは自然がある場である

自分は鉄道には思い入れがある、だから駅でもボランティアするようになった
要するに自分は鉄道が好きなのである。鉄道というときメカだけではない、何か人間的なものが鉄道にはあるからだ、今駅に行って人と会って話したりするものそうである
そこは広場とか出会いの場でもあるのだ
高速のSAがセディティは人で賑うが何か人間的ではない,ただ人がちょっと休憩して去るだけだと感じてしまうのである。
だから高速と鉄道はかなり違ったものなのである




タグ:鉄道俳句

2018年07月04日

常磐線の乗降客の変化 (高速と鉄道の相違)


常磐線の乗降客の変化

(高速と鉄道の相違)

sasss1.jpg

1987年からすると原町駅の乗降客は半分に減っている、仙台とかいわき市だとそれほど減っていないがやはり減っている
この30年の間に車社会になっていったからである

震災以後は三倍に増えたというとき外部からの人が入ってきて仙台行きが増えたのだと思う、近間では増えていないのである。

原町の道の駅で年間の収入が2億円で常磐高速の鹿島のSAが8億円である
原町駅の道の駅も結構にぎわっている、あそこの利点は街と直結しているから買い物とか食事とかしやすいのである。
常磐高速の鹿島のセディティは利用者が多くてもあそこだけであり鹿島の街の方にはほとんど来ない、日曜日はトイレにも女性が並んでいたし学生の中学生なのか団体で来ていてレストランがにぎわっていた、8億円の売り上げがあることを納得する

駅は減る一方だった、それで津波や原発事故で大きな打撃を受けた
でもJRては400億円かけて復旧した、乗降客が半分に減ってもまだここは廃線にはできない

ただ亘理駅の乗降客は一日4000人とか多い、通勤圏でありそうなる、浜吉田ですら1200人とかなっている、このように仙台への通勤圏になっているから常磐線はいいのである
それはいわき市周辺の駅でも乗降客が多いのである。
それは仙台の通勤圏となっているのと同じである。

前からいわき市へ行く車両は二両であり途中の駅で乗降客は少なかった
でもいわき市とつながらないと遠くから来る人には不便なのである。

いわき駅11820人/日 (2015年)
泉駅4512人/日 (2015年)
亘理駅4390人/日 (2015年)
湯本駅4212人/日 (2015年)
内郷駅2180人/日 (2015年)
大津港駅2044人/日 (2015年)
小高駅1622人/日 (2012年)
相馬駅1528人/日 (2015年)
浪江駅1468人/日 (2012年)
浜吉田駅1370人/日 (2015年)
四ツ倉駅1276人/日 (2015年)
大野駅1232人/日 (2012年)
原ノ町駅1186人/日 (2015年)
双葉駅1084人/日 (2012年)
富岡駅948人/日 (2012年)
草野駅778人/日 (2015年)
夜ノ森駅718人/日 (2012年)

これでわかるのはいわき市周辺の駅、泉とか湯本がだんとつに多い
離れていても四ツ倉とか大野でも多い
震災前だと2012はあるが2011年震災前の統計だろう
小高駅が多いのは高校があり通学のために多い
ただ浪江でも1468人は多いと思う
双葉でも1084人とか夜ノ森ですら718人とか多いのは原発があったために人の出入りが多かった、この辺の経済では原発関係で人の出入りが多かったのである。
地元でも原発で働いたという人が多いのである。

今は鉄道をみても経済活動は見えない、車社会になっているから高速の方が人の出入りが見える、ただ高速のSAは確かに人の出入りがあっても街の方に経済効果をもたらさない、そこだけお土産を買ったり食事したりするが街の方には来ない、ただ通り過ぎるだけだとなる

2018年07月11日

静岡の常葉大学の学生が来る (卒業論文で市町村合併がテーマ)

 静岡の常葉大学の学生が来る

 (卒業論文で市町村合併がテーマ)

 駅でインターホンで話している人がいた、乗車賃を払おうとしたが払えない、それでわからなくてインタ−ホンで原町駅の人に聞いていた
 それでちょうどその分の金がないので一万を自転車屋で交換してもらった
 金が多くても困るし少なくても困る、でも無人駅なのだからそのまま出てもわからないのである、だからこうして通り過ぎてわからないのに金を入れる人がいるから日本人は真面目な人が多いのかなとなる、もし外国だったらそういうことがないかもしれない、自分に何かそういうことがなかったから感心しているのである。
 こういうことで無人の販売店でも金が置かれている商売が日本では成り立つ、外国では成り立たないと思う

 その人は市町村合併をテーマにして卒業論文を書くために来ていた
それでこの辺の事情をいろいろ教えてやった
社会環境学部だという、何か最近環境学部というのがはやりだとなる、これも時代なのだろう

とにかく大学が多いのには驚く、時々自分のプログに来る人を調べる、すると大学から来る人がある、その大学の名前もわからない、なぜそしてこんなに大学あるのだろうと思う
日本には 764 大学あり、そのうち約 8 割が私立大学
日本に存在する60パーセント以上の大学はFランク大学である

456もFランなのか?何かわからない大学が地方にも増えたのである。
大学の価値はすでに50年前から相当に低下していたのである。
私立文系などはそうである、現代の大学の特徴は国際化とか環境学部とか情報学部とか現代にあった学部が生まれたことである。
浜岡原発がありそれでここにも関心をもったのかもしれない。
でも国際とつくと何かFランだとされている
自分もFランとたいして変わりないのである。
大学でほとんど勉強していないからである

正直大学は増えすぎた、だから質も劣る、実際一割くらいしか大学と言えるものであり後はただ名前だけなのである。大学とつくと何か名前で偉そうに見えるのである。
だからこの名前を変えないと時代にそぐわないのである。

駅はこのようにいろんな人が来る出会う場所だということである
最近駅ですることがないが前にはネパ‐ルの人と出会ったり出会いの場所なのである
外部の人を迎える場所でもある、自分が日ごろしていることだったから説明できた
案内もできたとなる
その人は静岡市から来たという、そこで清水市とかがあったがこれも合併で静岡市の清水区になったというから合併の影響があった
静岡市というのがわからない、清水市とか焼津市とか知っているが静岡市というのがわからなかったからである。静岡県があり静岡市があった、福島県があり福島市がある
でも仙台市があっても宮城県なのである。全部がそうはなっていない
合併して元の市町村がわからなくなる、相馬市だってもともと中村だったけど相馬氏が野馬追で知られいるということで相馬市にしたし南相馬市にしたのである。
そうすると前の歴史がわからなくなるのである

その人は鹿島の区役所に行って聞くと駅を去った、一日泊まってとか調べるのかもしれない、そういう人はここにはずいぶん来ているだろう
医者でもここを研究の場にして名をあげるとかそのことが目的で来るから問題だと指摘されていた
この辺は自分でも追求してきたけどあらゆることの問題の場所になったのである。
自治体のありかたを調べるというがそれもここでは問題になた
だから社会環境学部とかでもここは良い教材になってしまうのである

2018年07月13日

駅は野馬追い迫り出入りが多くなるのか? (仮設商店街のはる食堂も閉鎖したのは残念)

駅は野馬追い迫り出入りが多くなるのか?

(仮設商店街のはる食堂も閉鎖したのは残念)

harushoku1.jpg

相馬農業高校の人がトマトを売りに来ていた、いい色をしたトマトである
6個くらいで300円だった
一軒一軒回って売っていた、ス−パーで売るともうからないから直接売りにきたのだろうトマトはとにかく種類が多いし競争も激しい、トマト栽培している人が増えすぎたためだろう
トマト栽培とかでだと農家でもやっていけるからみんなやる,すると生産過剰になり安くなっていると思う、あんなふうにして売りにくるのも生産過剰になっているからかもしれない。

「トマト生産業界」は、現在、飽和状態で糖度の高いフルーツトマトの市場は激しい競争下にあり、世羅町に進出している大手「カゴメケチャップ」が県内の市場を席巻し、県内トマト農家は企業力のある大手企業に太刀打ちできない状況にあるとの情報もあります。水耕栽培トマトは、大量に収穫が可能で生産過剰が常に発生して、商品価値が著しく低下、廃棄されるトマトは相当量になっているとのことです


今日駅にいたのは前に見かけた女性でその人はネパ―ルの人といたからネパ―ルの人だと思ったがフィリピン人だった、なんか田舎でもいろんな外人がいる
ネパ―ル人とかベトナム人が増えたのが最近の特徴である

野馬追いが近づくと駅の出入りが多くなる、それで混んでいたとなるのか?
やはり乗車証明書のことがわからない、初めての人にわからないのだ
外部から来る人が増えると案内の仕事がある
最近は案内の仕事はしていなかった

仮設のはる食堂は閉鎖した
前のあつみ食堂もやめた,工事関係者が減ったし5,6人とかしか来ていなかったようだあそこの仮設商店街は壊すらしい、コインランドリーとかマッサージとか二軒しかやっていない
あそこも終わりなのかと思った

あつみ食堂の次にはる食堂では世話になった
カレーがうまかった、500円で安かった、カレーの味はみんな違う
あとは餃子定食を700円で食べていた、このくらいの値段でないと入りにくい
千円となると入りにくい、この点原町はいろいろあるから便利である
ただ自転車がから気軽には行けないのが残念なのである
 たこ焼き屋もやっているからあそこは継続する、食事には一番困っているので生協に入ってオカズをなんとかしようとしたがこれもあまりいいものではとなかった

はる食堂様お世話になりました


2018年07月23日

鹿島駅で三か所の工事 (電気関係で金がかかる)


鹿島駅で三か所の工事

(電気関係で金がかかる)

kkkks44.jpgstationkkk1223344.jpgstationkkk1.jpg
stationkkk122.jpg

stationkkk12233.jpg


今日は三か所で工事する、電気関係が二か所であり一か所は新しくでき設備の小屋であり車が三台来て荷物を運んできた
もう一か所も電気関係であり電気工事である
それから市の方で自転車置き場を直すためにまた見に来ていた

まず鉄道は設備に金がかかる、保守点検に金かかる、その中で電気系統が金がかかる
それでローカル線は乗客が少ないからやっていけなくなる
デーゼル機関車なら電気系統はない、北海道はそうなっている
でも廃止になるのは保守点検が手間であり金がかかる

なぜ復興するにも道路はいち早く復興したが鉄道は6年とか時間がかかっている
津波で駅が流されたりしたし鉄道を高架橋にしたり大工事になった
それで400億円もかかったのである。
それはJRで出した、常磐線は原町から仙台は通勤圏であり廃止になるような路線ではなかったからである

鉄道はどっちかというと中距離とか長距離に向いている
仙台に行くとかに向いている、近くだと車を利用した方が便利なのである
なぜなら駅からの足がない、自転車置き場に自転車を置くとかしないと帰れない
それから隣の市に買い物に行くにもイオンとか離れているから足がない
病院に行くにも足がないのである。タクシーだと高くなるから使えないのである。

ただ震災以後常磐線が復興したとき三倍に収入が増えたというのは工事関係者がきて仙台まで利用する人が増えたからだろう、乗客数は増えない、地元では一定しているし増えないからである。
ただ車のない老人は利用している、後は通学の高校生だとなる

鉄道には市でも金をかけている、トイレも市営だし自転車置き場も市営なのである。
そこで新しくするとまた予算がかかるのである。
鉄道はこうして設備でも保守点検でも金がかかる
今日は鉄道路線でも踏切の方でも仕事する人がいた
15,6人仕事に来ていたのである

2018年07月28日

駅でフランス人と話する (野馬追いなども国際化が迫られる)


駅でフランス人と話する

(野馬追いなども国際化が迫られる)

駅にフランス人が来ていた、日本に三週間いるというし二回目だという
小学校の先生だった、何か日本のことを知りたい熱意が感じられた
それは先生だから知的好奇心があったからだとなる
日本語も少ししゃべれていた、英語で話しした、英語といっても自分の英語は会話まではいかない、でもなんとか通じるというだけである

その人はフランス人でも知識階級だと普通英語はしゃべれるのである
何かその人は平泉のことも知っていた、いろいろ日本のことを知りたくて来ていたのである
何かわからなかったが平泉でししている「曲水の宴」のことを言っていた
つまり杯がながれてくるとき短歌を即興で作る、そのことを言っていた
俳句のことを言ったら短歌のことだったが短歌を知らなかったのである。
説明書を出してその絵を見たらわかったのである。
それだけこの人は日本の文化と歴史に興味をもっている
前にも韓国へわたる船でフランス人とあった
その人は退職した人で日本の祭りを見て歩いていたという、それも何か月もである
民宿を泊まり歩いていたというから驚いた
今になるとインバウンドで外国人が増大した、前はフランス人の女の人が原発事故が起きたことで一人で来ていた、フランス人とは結構会っているなとふりかえる

それで思ったことはやがて田舎に外国人が増えてくる、すでに増えている場所がある
辺鄙火て温泉に外国人が集まっているとか放送していた
都会だけではない、日本の田舎に興味を感じる人がでてくる
また祭りでもそうである、つまり観光は国際化してくる、すでに国際化しているのだが
田舎になるとまだ波及していない、ただ野馬追いなどはそうした日本を知りたい人にはいいとなる

説明するのにフランスでは城が多いとか侍はナイト(騎士)だとか言った
ヨ−ロッパには城が多いから日本と共通性があるのだ
ただ東京は城がないからつまらないとなる、自分が外人と話せるようになったのは英語ができるからではない、外国に旅行してから外人慣れしたのである
外人と別に言葉ができなくても多少でもわかりをえるということを経験から知ったからである、言葉の前に相手も人間であるということで外人に慣れる必要があったのだ
今でも外人に田舎の人を嫌がる怖がるのは慣れていないからなのである
それでアルプスの白馬町の民宿の年配の女性が外人でだきあって別れを惜しんでいた
それだけ外人が増えたからである、日本人は貧乏になり来ないとなると外人を相手にするほかない、それが嫌でもそうするほかなくなったのである。
そうなると言葉すら覚えるのである。人間は食べていかねばならないとなると必死になるから言葉以前にそういう態度が身についたとなる

野馬追いにも国際化が必要になる、そのフランス人は漢字がむずかしいと言っていた
確かに漢字は苦手だとなる、中国では日本人は漢字が読めるから有利だった
ただ外国人は漢字が読めないから困る、それで英語の表示が必要だとなる
野馬追いでも国際化が迫られる、英語で説明する、アナウンスも必要になる
まだそれだけ外国人が増えていないがこれからは外国人を集める必要もある
外国人はかえって日本のことに異常に興味を持つ人がいるからだ
つまらない日常のことでも興味をもつのである
かえ、こんなことを面白いのかということで興味をもつ
ただ今は都会中心であり東京−大阪間がメインであり後は田舎にはまだ来ない
でも都会にあきたら日本の田舎にくる、でも田舎では外人慣れしていない
そのことからが言葉の前に問題なのである。

今日は駅で案内することが多かった、普通は今はほとんどない、外人が来たことも案内することになった、ボランティアのガイドだがそれもオリッピックで必要になる
東京とか大阪や京都になったら今や外国人だらけである
それがかかって今度は日本の情緒を壊すとまでなるし日本人が旅行しても宿がとれないとかなる、それも問題である。自分が旅行した時はそういうことがなかったからである
ただ京都では修学旅行生が売るうるさかった、今は外国人がこれだけ多いともうそんなところではなくなった、日本人が日本を旅行しにくくなったのである。
東北辺りはまだそういうことがないがいづれはなるかもしれない、都会はあきて田舎の方に移るかもしれない、そのフランス人は長野にも行っていた
東京に来ても田舎を回って歩いていたともなる、どうしてもまず東京に来てそこから日本全国に行くからである

国際化の時代は大学でもそうだが英語がコミ二ケーションの言葉として重要になってくる銀行でも国際化するから英語でやりとりできないと外国にも仕事が広がるから今の上司は外国が経験ないということで若い人からうとんじられるし重要な仕事がまかせられないとかなりはずされているというのもわかる
庶民レベルでもそれだけ国際化してしまっているからである
田舎にいると仕事でも外国と関係しないとわからないが実際はインタ−ネットとかも普及してグロ−バル化しているし国際化は否応なく迫られる
それがどうのこうのといっても現実なのだからもうどうにもならないともなる

駅前の自動販売機は一番売れている、店もないし駅で休むことが多いからそうなるのである、そのフランス人も飲もうとしたが青森のリンゴジュースをすすめた
フランスとかヨ−ロッパではみんな葡萄でありワインであるが果物はあまり生産できないらしい、リンゴジュースはめずらしかったのかもしれない、自動販売機だって外人にはめずらしいのであり食べ物でもそうである
別に知的文化的なことだけではない、食べ物は一番わかりやすいものだからである
ただ今はいくらでも外国から食べ物は入ってくる、自国でとれなくても外国から入ってくるからヨ−ロッパでも食べ物は豊かなのである。
確かにイギリスなど寒いから果物はとれない、でも外国からいくらでも入ってくるのである。

そのフランス人は宿は仙台にとってあり明日は雲雀が原の旗とりを見にまたくる
やはり宿をとるのは地元ではむずかしいから仙台になった
仙台でも今は外人でホテルがこんでいるかもしれない、その小学校の先生はサマーバーケーションで来ていたのである。
ホテルでもこむと日本人の旅行者は困るのである
日本はただ貧乏になるとカジノとか観光とかをすすめるほかなくなる
おちぶれるとそうなるのである。外国人を相手にするほかなくなる
それで長野県の白馬の民宿のおばさんが外人と抱き合って別れを惜しんでいたのである。それが現代を象徴していたのである、一部では観光地は外人だらけだとなってくる
それで温泉とか人気になり雪のない国から東南アジアでも今は裕福になってくるのである日本人でも外国に一時ブームになったように異常に興味を好奇心をもつことがあるからだだから人間が外国に異常に憧れることがある、それが日本で旅行が解禁されたからそうなったのである。

2018年08月03日

八戸から来たおばさん (跨線橋(こせんきょう)を渡るのが老人には辛い)


八戸から来たおばさん

(跨線橋(こせんきょう)を渡るのが老人には辛い)

八戸から来たおばさんがいた、その人は鹿島区の出身で前の中学校に通っていたという
そういうふうにここ出身で鉄道で来る人に良くあう
そういう人はたいがい福島市でもそうだが距離があるから鉄道を利用する
八戸までは新幹線で一時間二〇分というときここから仙台に行くより近い
だから距離感覚ではなく時間感覚になると近いとなる

そのおばさんが言っていたのは跨線橋をわたるのが荷物をもっているとき大変なので今までは若い人がおりるとき頼んでいた
この前は誰もいなかったので苦しかった、それで今回は荷物をあらかじめ宅急便で送ったという
スーツケースを階段をひきあげるのは大変だなと見ていた
重いから階段はきついのである
それが田舎駅の不便な所である
田舎駅だけではない、相馬市にはエレベーターがないのも意外だった
相馬市は4万くらい人口があるのにエレベーターがない、原町駅にはある
ここより乗り降りがない新地駅は津波で流されたのでエレベーターがついたのである。
駅のなかもエアコンがついた、でもュツは海から風が吹いてくるからこの辺は涼しいのである

駅が意外と気づかないのがホームが二つあり反対側に行くとき不便だし外から来た人は
その行く先がわからずにホームがどっちなのかわからない、表示するように頼んだらJRでは二か所したがそれでも気づかない人がいて聞かれるのである
ただ仙台行きは待合室からすぐに外に出れるから便利なのである。

駅というのは意外と利用しにくいものがある、駅についてもそこからの足がない、タクシーになると高くなる、これも不便なのである。
跨線橋(こせんきょう)をわたるとき荷物をもっていたりすると辛い
特に老人になると辛いのである
実際に階段から落ちて怪我した老人がいたのである
階段を上ることでも老人になると辛いとなる、階段が意外と急なこともある
高齢化社会で老人が鉄道を利用することが増えるとしてもこうした設備がないと利用しにくいのである、でもJRでは相馬市にもエレベーターを設置しないのだから作らない
そしたらローカル線はみんな赤字なのだからますます費用ばかりかかるとなる
現実に今駐輪場を新しくしている,柵を新しくする
これは市の方で作るのだが市でも金をだしているから金がかかる

JRだけではない、鉄道というのは維持するだけで手間がかかり金がかかるものなのである広島の方で鉄道が洪水で使えなくなったがその復旧にしても金がかかる
只見線でもあれだけ乗る人が少ないのだから維持するのができないとなり福島県で半分費用を負担して復旧することになった
ここで津波の被害があったとき復旧に400億円もかかった
でもそれはJRで負担して復旧した、六年もかかったのである。
その費用は新幹線でもうけているからできたのである。
ローカル線は新幹線につなぐものとして効用がある、ネットワークとして効用があるから維持しているのである。
鉄道はもともと石炭とか木材とか資材を運ぶものとしてはじまり発達した
乗客をのせるためではなかった、この辺でも戦前は乗車賃が高いから普通利用していなかったのである。主に貨物輸送として石炭とか木材とか石材とかを運ぶものとして発達したのである。
だから今でも鉄道は近隣の足ではない、中距離輸送に向いている、この辺だと仙台に行くときなどき便利なのである。近間だと車が便利であり自分でも原町に用事があるときは鉄道を利用しない、鉄道ではイオンとかにも回れないからである。

その八戸からきたおばさんは八戸ではサバとかイカとかなに魚がとれていないという、それで困っているという、水産関係の仕事が八戸では多いから魚がとれないということは困る、サンマもとれないとかも報道されている
こういうふうに生の情報を知るのが駅でもある
だから今は何もしていなくても話かけているのである
野馬追いの時はフランス人の人が来た、これは特別だった
ともかく駅は外との交流の場になっている、そういう効用もある
広場の効用もある、街の玄関口でもある、つまり遠くから来た人を最初に迎える場なのである、駅に降りてその街の第一印象をもつのである
高速のSAのセディティは人が駅より百倍とか出入りがあったとしても何かそういう機能はあまりない,通り過ぎてゆくだけで街の方には来ない
街とつながっていないのである。駅は駅前通りとあったように街とつながっていたのである。

2018年08月12日

無人駅でも管理者がいなと困ることがある (忘れ物ではない、捨てていったバッグ)


無人駅でも管理者がいなと困ることがある

(忘れ物ではない、捨てていったバッグ)
baggg1.jpg

その女性は大きなスーツケースとバッグとか紙袋とか荷物をたくさん駅に持ち込んだ
とてももちきれない荷物だった、それで今度はスーツケースに入れていた
荷物を小さくするためである、自分はそれを見ていた
その女性は中国人である、中国人はここに裁縫の会社があるのでいつも一定数来ている
来るのは前の満州地域である
だから仙台空港からだと飛行機で意外と近い、北京でも三時間だからである
気軽に行き来できる距離なのである

その女性はホームにでても荷物を整理していた、そして去って行ったのだが
大きなバックを残していった,それはいらろくなって残して去った
中には何も入っていなていからだ
でも駅員が無人駅を回ってきてなぜそこにこのバッグがあるかわからないだろう
忘れたものなのかとも思いとっておく、JRでは忘れ物を管理している
たいがい返ってくる、そういうのは日本だけだろう

でもこのバッグがなぜあるのか?
それが誰もいないからわからないのである
そのことで原町駅に連絡した、すると見回りに来るから理由がわかっているからこれはどうせ誰もとりにこないということで処分できるのである
そうでないといつまでも置いておくほかなくなる
今日見たらそのバックは置いてあった

そのバックは韓国製なのか?
韓国語と中国語の漢字で書いてあった、手に取った感じで相当な安物である
そんなもの日本ではもっていかない、盗みもしない
だから駅舎に置いたままになっているだろう
そして見回りにきた駅員が持ってゆくが事情がわかっているから処分できるのである

こうして無人駅には人がいないと困ることがある
管理者がいないから困るのである
もしかしたら監視カメラに映っているかもしれないがそこは映る場所ではなかった
改札口の方を写しているからだ,ただ大きな荷物をもった中国人らしい女性は映っているとなる、でもその女性がバックを置いていったということはわからないだろう

鹿島駅は結構人の出入りがある、だから誰か管理者がいないと困ることがある
ただ正直金がかかりすぎる、今度は自転車置き場を市の方で直す、トイレは障害者団体に金をだして毎日してもらっている、何かと金がかかりすぎるのである
だから維持するだけで手間と金がかかる
それでローカル線はみんな赤字になるし維持できないとなる
ただ常磐線はそれなりに乗る人がまだいるからいい、それでも赤字である
新幹線に乗る人が多いから新幹線とのつなぎであるとなる
後はこの辺では昨日も大阪に行くとか名取から飛行機で行く人が多くなっている
中国人の女性も名取から飛行機で中国に帰ったのだろう

今はお盆の時期だから多少出入りが増えている、地元に住んでいて嫁に行ったとか墓参りに来る人が多くなるからだ
いづれにしろ何でも無人化できるのか?
それはできないと思う、AIとかロボットで人はいらなくなるというが必ず人は必要なのである、全部を管理はできないからである
ただコスト削減で人が一番金かかるから会社ではそうするのである
でもそこにも問題がある、そういう社会が本当にいいのかどうかはわからないのである。でもコスト第一だからどうしても資本主義社会ではそうなる
民間になったら余計にそうである,だから国鉄時代だったら多少は無駄ができたからその方が良かったという人もでてくるのである

2018年08月16日

津波で流された海老の隣の湊が実家だった人


津波で流された海老の隣の湊が実家だった人

(闇米の話)

闇米田購入拒否で判事

日本は戦争中、「配給制度」をとっていました。米、味噌、醤油、砂糖などの食料、調味料からマッチ、石鹸、ちり紙などの日常品までが、配給されていました。各家庭に、あらかじめ人数分だけの引換券(切符)が配布され、これを商品と引き換える方式です。こうした商品を配給以外の手段で手に入れることは法律違反でした。

  敗戦とともに、この配給制度はマヒしました。米の配給はわずかで、さつまいもやとうもろこしなどの「代用食」が配給になりましたが、それも遅配や欠配が続きました。
 人々は配給を頼っていては、食べるものを手に入れることができなかったのです。配給に頼れない国民は、法律違反とわかっていても、「闇市」と呼ばれる市場で食料などを手に入れるしかありませんでした。

 特に都会の住民が食料を手に入れるのは困難で、しばしば農村に買い出しに行くことになりました。それでも現金を持っている人はいいのですが、現金がない人は、衣類を売って現金を手に入れ、その金で生活物資を買いました。着ているものを次々に脱いで食べ物に換えていく様子が、まるで食用のタケノコの皮を一枚一枚はがしていくようだったので、「タケノコ生活」と呼ばれました。
 このころ、日本の国民にショックを与える事件が起きました。1947年(昭和22年)10月、東京地方裁判所の山口良忠判事(34歳)が、栄養失調のために死亡したのです。法律違反の闇市で食料を買うことを拒否し、正式な配給の食料だけで生きようとしたためでした。
 山口判事本人は、闇市で食料を売ったり買ったりしている庶民を「食糧管理法」違反で裁く立場にありました。
 法律を守る立場から、法律違反のヤミの食料に手を出すわけにはいかないと考えたのです。
 逆に言えば、当時の日本人は配給だけでは生きてゆけず、ヤミの食料に手を出さなければ死んでいたのです。  

951(昭和26)年7月3日、東京・上野駅で警察官による闇米の一斉手入れ。乗客は手荷物に隠し持っていた米を没収された。食糧統制下の戦後は配給米だけでは足りず、都会の人々は農家で闇米を手に入れてしのいでいた。組織的な運び屋を乗せた「闇米列車」まであり、取り締まる側とのいたちごっこが繰り返された。
<あのころ>闇米の一斉手入れ 上野駅で乗客を急襲

共同通信2018年07月03日08時00分

 闇米を買う列車の写真


その人は駅でおくさんの写真を鹿島駅を背景にしてとっていた
その人は「私は原高に通っていたんですよ、そこでね向かい側のホームの方が田んぼになっていて闇米を積んで運んでいたんですよ,日暮里に運んでいたんですよ」
「闇米の話は聞きましたよ、家の人も仙台まで買い出しにとか行った話聞きましたし」

その人は原高だというとき戦後原高に通っていた、自分よりは年上である
なぜなら闇米のことを実際に見ているとなると戦後まもなく物がないときの話である
だからその時配給米でたりなくて盛んに闇の流通があった
ただ米を東京まで運んだとすると相当な時間がかかるし金をもかかる
蒸気機関車の時代だったからである、時間でも八時間かかる 
ただ金になるから東京まで闇米を運んだとなる

その時農家では食料がありかえって豊かだった、第一農家では納豆まで作っていたとか鶏がいて卵を食べていた、卵はその頃食べらなかった、卵が食べられるようになったのは戦後十年以上たってからなのである。
それで自分の家では店をしていたがその卵を農家に買うことをさせられていた
それは自転車でしていた、箱に糠をつめて割れないようにして運んだが必ず一つ二つ割れるのである、それは道が舗装されていなかったからである
真野川の橋でも木の橋でありゆれるから怖かった
その頃は何も物がないから物があれば売れた時代だったのである

まず戦争が終わったとき食料不足が深刻だった、だからそういうとき子供が団塊の世代が爆発的に増えたのに良く育ったとふりかえれば思う
食料もないのにそんなに大勢の子供が育ったことの不思議である
アメリカからの食料援助はあった、脱脂粉乳などが学校で配られたがまずかった
戦後十年は貧乏だった、炭がエネルギーであり囲炉裏が街内でもあった
過去をふりかえるとなぜそんな極貧の食料もない時代に子供が爆発的増えて育つことができたのか?それが今少子化になっていることと比べると不可解だとなる
なぜなら今なら食料はあふれているし捨ててもいるからだ、子供に食べるものがないということはありえていからである。

その人は湊出身でありその湊の40軒くらいあった家は全部流されて何もなくなった
その人の話を聞けば面白かった、駅にはそうしたここに住んで老人になった人が結構来る今日来た人の話を聞けばこれも郷土史の一端を語るものだった
戦争の話は姉がシンガポ―ルに従軍看護婦として四年間いたから嫌というほど聞かされたそれは認知症になってもからもそうであり死ぬ間際まで語って死んだ

その人はその闇米のことを知っているということは自分より十年くらいの年の差があるのか?それにしても自分だって蒸気機関車の時代を経験しているのだから年とっている
ただ記憶があいまいになっている、
残念だったのはその人ととは数分も話できなかった、すぐに電車が来たからである

いづれにしろ時代を象徴する事件というものがある、判事が闇米を拒否して餓死して死んだのもそうである

渇しても盗泉とうせんの水を飲まず・・・とはこのことである

戦争とか戦後でもその話が無数にある、でも戦争を経験している人も死んでゆく
現実に今戦争を経験している人はその頃小学生とか中学生の人である
戦後の食糧難の時代を経験している、つまりギブミーチョコレートの時代の人である
その時アメリカに負けてなんでも食べ物が欲しいからそうなった
そのことが日本人の精神を退廃させた、アメリカに負けて貧困化して何でもいいから食べ物をもらえばいいとなったのである
その後経済でアメリカに追いつこうとした、高度成長時代になり団塊の世代はただ経済的豊かさを求めて企業戦士となって働いたのである

戦後70年で一時代がつくづく終わった、団塊の世代は豊かな時代を生きた
ただこれからは日本は厳しくなる、すでになっている、貧困化している
ただ時代はこれからの人が作るのでありではこの後の50年はどうなるのか?
それは世界情勢にしてもわからないのである
戦後の焼け野原から高度成長時代になることはその時予想もつかなかったからだ

戦後70年で津波とか原発事故があったのも大きな時代の区切りだった
何か日本はいろいろな方面で疲弊したのである、だから改革がまた望まれるのである
戦争が終わった時はかえって既得権者とか今までの組織などが財閥などでも解体して
発展したとなるからだ、戦争は大きな破壊だったがその後に新たな日本が生まれた
それは明治維新ともにているのだ、明治維新から70年で戦争になりアメリカに敗れた
そしてまた70年すぎて大きな変革が迫られているのである
70年が時代の節目であり何かその時規制のものが崩壊してゆく、制度疲労をしてくる
だから改革しないと日本は衰退して後進国並みになる
その兆候として観光立国とかカジノとかを作り売りこむのはまさに後進国的発想なのである

ともかく駅はいろいろな人がくる、それでちょっとで話すと面白いし郷土史を知る場にもなる、お盆だからそういう人も来る、ただ高速のSAのセデッティの数とは比べようがない千倍もの人間の数の差があるかもしれない、ひっきりなしにお盆で来ている
どちかとういと高速は家族連れが子供連れが多い、それで子供の遊び場まで用意してあるでも高速は人が多すぎてそこが会話することはできないからつまらないとなる
どういう人が来ているから全くわからないからである
でも高速と鉄道の差はあまりにも大きいと思う、それだけ車社会になっているのである
ただ東京辺りから来るのだったら新幹線できて鉄道でも便利だとなる
でも実際は車で来る人が多いのである

タグ:闇米

2018年08月17日

駅長が草刈していた (淋しいから一人一人が目立ち記憶される無人駅)


駅長が草刈していた

(淋しいから一人一人が目立ち記憶される無人駅)


駅長の草刈りするや無人駅秋めく風の吹きて淋しも 

原町の駅長が一人草刈り機でホームの草刈りしていた、前は二人で草刈りしていたのを見ている今回は一人で草刈していたのか?
普通駅長が草刈りするだろうか?部下がするものではないか?
あの駅長は前も来ているから知っている、時刻表を自分が置いた時ルールがあるからと断られたのでいい印象がなかった
何かそうであっても言い方があったかもしれないからだ

無人駅は淋しい、それなりに人の出入りがあるのだが一人一人が気になる場所である
それで声をかけて話したりする、駅は意外と話しやすい場所なのである
ちょっとでも話すとそこに何かを記憶する
駅でボランティアして気づいたことは駅は関所でもあり何か記憶する場所なのである
関所にはいいイメージがないが区切りでありそこは記憶する場所となる
関所とか境界がないと人間は記憶できない、関所があることで区切りとなり別の世界の入り口として意識するのである
今になると関所的役割があるのは駅だとなる
なぜなら本当は勝手に出入りできない,改札口があり駅員がいたからである
無人駅は出入り自由だがやはり駅があり改札口があることで外部の人が入る境界になるのである。
だから国境でも今は簡単に通過できるとき国というのも意識できなくなる
ヨ−ロッパではそうなっている、便利なのだが国を意識しにくくなるのである

駅が人が少なく淋しいということでかえって人がそこで一人一人でもそこで意識される空間になっていることに気づいた
まず高速のSAとかなると人を意識できない、群衆が流れてゆくだけだとなる
人が少ないことで人間的になっているのも不思議である
それは何か贅沢なことなのである。

小高の人が厚生病院に母親が入院して通うと聞くと大変だなとみる
なぜなら小高から電車で原町まできてまたのりかえる,原町と小高間は便数が半分くらいになるからだ,そうなると浪江でもそうだけど遠い感じになるのだ
その人は車がないからそうなっている、車がないと電車で来るほかないからである。
車がないと病院に通うとかなると不便なのである。
小高には病院がなくなったことも原因しているのである

ともかく何にもない無人駅だと思っていたがそこには人の営みがある、草刈ることでもそうだからである、誰かが維持するために働いているのである
ロボットがいて自動化してすべてたりるわけではないのである。
駅には鉄道には長い積み重ねられた歴史がある、それで鹿島駅は開通から120年すぎたことで花文字を作ったのである
常磐線でも120年の歴史がある、だから駅で営まれたものは一つの物語りであり歴史がある
昨日聞いた闇米がここから東京へ運ばれた話もそうである
その人は原高に蒸気機機関車で通い見ていたのである

今日は急に涼しくなった、風も秋風になったようである
今は自転車置き場を工事しようとしているから自転車置き場がなくなり無造作に置かれている
駅もこうして常に変化している、毎日一回は寄っている、ただ今は案内でもたいしてすることはない、でも駅は何か人間的な場を演出することを感じたのである。
それは皮肉にも人が少ない淋しいということで人が目立つからそうなる
もし逆ににぎわう駅だったら一人一人のことに関心をもてないのである。

無人駅蕗の葉大きく雨宿り

北海道の無人駅では雨宿りだった、北海道だと無人駅は本当に淋しいとなる
電車が来るのか来ないのかもわからないようになっている
そうなるともう淋しいなどと感傷的になっていられないだろう
いつ廃止になるのかとか深刻な問題となっているからだ
北海道の路線は歯がぬけるように半分は消えたのである。

2018年08月26日

駅の半自動の新しいドア (大阪の人と話する)


駅の半自動の新しいドア

(大阪の人と話する)

autodoor2.jpg

autodoor1.jpg
開けるとき矢印のところまで開けないとまたしまるので注意

鹿島駅のドアは前はさびついて重くあきにくかった、それで駅の人に直すように言ったら直したのだがまだ不十分だった
今度は半自動にしたと聞いた、完成したのは電気式ではないが
確かに半自動である、写真の矢印を越えると自動的にしまる
でも開けるときは矢印のところまであけないとまだ自動的にしまる
でも軽くなったから楽である

駅は何か改善している、改善するところがある
新しいドアは寒くなると必ず閉めるから直す必要があった
でも改札口は直していないから風が入れば寒いとなる
見にくい所にあった電車料金表も下に置いて直した
上を見上げてわかりにくかった、それは駅の人が自発的に直したのである。
原町行と仙台行きのホームがわからない人がいると言ったのは自分でありそれも表示したのだが何かわからない人がまだいる

今日駅であったのは大阪の人である
何かマラソンして高速のサービスエリアの近くの寮に帰ると言っていた
それで大阪のことを話した

「大阪の人は気楽に誰にでもはなしかけるんだよ 
道がわからないときは東京じゃ、そっけなく方向だけ言うが大阪の人だと
いっしょに行きますかとかなる、おせっかいなんだよ、誰にでも話かけるんだよ」
「大阪の人は言葉からして違っているからな、気楽にしゃべれる言葉なんだよ
東北人は硬い表情の人が多いから近寄りがたいということがあるからな」
「大阪人はおっせいだしせっかちなんだよ、東京の人は信号わたるにしても
赤になってからだけど大阪人はその前にわたるんだよ」
「東京人と大阪人は違うよな」
「大阪は大阪人の街なんだよ、だからおせっかいにもなる」
「大阪弁だと通じやすいよな」

その人はまたしきりにここはいいところだよ、大阪では24時間休みがない、ここは6時ころなると店もしまる、人もいい人が多いとか言う
確かに都会と東京大阪と比べると田舎の夜は静かだし真っ暗である
何か大阪の人とは何人もあった、他にもあったが、ここはいい、田舎はいいと言う人が多かった、大阪とこの田舎ではその相違が大きい
ただ田舎がいいというときここがいいというとき一時的に田舎を見ているからである
田舎の悪い点もありそれは住んでみないとわからないのである
つまり一時的に滞在するような人はそういう悪い面を見ないのである、見えないのであるただ老人になってからは田舎で生活する方がいい、どうしてもあんなに混雑した所にいるのは向いていないからである。
それでこれからは田舎は限界集落とか騒いでいるが逆に田舎に移り住む人も増える
田舎の良さを見直す時代になる、でも限界集落のような所には移り住むことはできない
この辺だったら一万であれとなりでも4万くらいの都市があるから生活するにもさほど困らないからいいのである



タグ:大阪の人

2018年09月06日

山形の大学生が折り畳み自転車で来る (駅前のドアと盲人の標識のタイルは完成)


 山形の大学生が折り畳み自転車で来る

 (駅前のドアと盲人の標識のタイルは完成)

stkk456.jpg

stk123.jpg
ここにある八重桜の根っこもなくなる



 折り畳み自転車で来た人がパンクで駅前の自転車屋で直してもらった
 それが古いものでさびついていたしタイヤを交換したり
 ブレーキを直したり大変な作業になった
 タイヤが古くて癖になっていてもどらないのが苦労だった
 それでもなんとか直した
 一万で買ったというがもう使えないようなものだった

 駅前の自転車屋は何か好感がもてる、接客がいいのである
 普通は自転車は愛想が悪いのでとっつきにくい
 あの人はそうではない、だからいつも人がいて話しているのである
 この前は駅で電車賃のこまかがないと交換してもらったりした
 あの自転車屋は駅前の案内所にもなっている
 津波で死んだ人の碑をその学生は見に来たというので説明した
その学生は大船渡出身だったのである
だから津波に関心があったとなる

 駅前の半自動ドアは入り口も直した
 冬になると閉めれるからいい
 盲人用の標識の黄色タイルも直した
 今は一人が浜吉田から通っている

 今工事しているのは駐車場と自転車置き場である
 写真の所が駐車場でありその脇に自転車置き場を作る
 駐車場の所が自転車置き場になると思ったが
 金を払って駐車する場だった
 駐車場は鹿島駅ではたりないのである
 駅舎の前は一時的にしかとめられないからだ
 それが駅の問題なのである

 あそこには八重桜が咲いていたが根っこが残ったがそれもなくなるだろう
 すると思い出の桜は何の痕跡もなくなる
 一本あった八重桜も切ったからである
 それも淋しい、何かこの辺ではそうして思い出になるものが消えてゆく
 津波で右田の松原は消えたしいつもゆく原町への金沢への道もソーラーパネルになったりして変わった
 ただ池の所の松一本は残っている
 でもまたそこには廃棄物を処理する会社ができたから風致は乱された
 ともかく思い出の場がなくなるのは淋しい

 変わらずに松一本や秋の蝉

 何か駅前でも木があったりとするいいのだ、それは思い出の風景として記憶されるからである、駅は高速のSAとは違って自然でも映える場所だとなるからだ
 それで鉄道が好きなのである。鉄道が写真になるのはそのためである
鉄道には情感がある、それは鉄道には人間の長い時間の中で人間の情はしみこんでいるからである、そこが高速とかとは違っているのである。




続きを読む

2018年09月08日

タイの画家に会う (原町の高倉に住んでいる人の友達)


タイの画家に会う

(原町の高倉に住んでいる人の友達)

今日駅で会った人は変わっていた、私は芸術家です、ア―ティストですというから何のか最初のみこめなかった
出身はというとタイだという、タイからアーティスト?
確かにスケッチブックをもっていて絵を描いていた
それはタイの古い家だった、それから飯館村の山津見神社に行って狼の彫刻を作っていたその写真を見せてくれた

その人を案内した人がまた変わっていた、そんな人がなぜここに来たのか?
その人がどこかで知り合い訪ねてきたのである
その人は芸術家でも有名ではない、貧乏芸術家だという、自称芸術家なのかもしれない
でもヨ−ロッパ辺りも回っているという、放浪の芸術家となるのか?
それなりに彫刻までできるのだから技量はあるのだろう

でもその人を案内した人は震災以後高倉に住み着いたのである
六年もたつという、結構長い、その人は郷土史に興味をもっている
それが相当に詳しい、たいがいこの辺のことを知っている
岩松氏のことも知っていた、基本的なこの辺の歴史を知っている
南朝の落ち武者がこの辺に住んでいることも知っていた

その人は何をしているのか?高倉のあやめ園に住んでいるという
あの辺を通ったらプレハブとかあったからそこに住んでいるのかもしれない
何かこの辺ではそうした変わった人も移住して住んでいることがある
震災以後いろんな人が入ってきたからである
そういう人も受け入れやすくなっているからである
第一小高などは空家だらけだから誰でもいいかち住んでもらいたいということがあるからだ

ただあの人もタイの放浪画家芸術家とにていて定職を持たない人だろう
第一タイにそんな放浪画家みたいな人がいるのかとなる
タイなら今ならいるとも思った、なぜならタイは東南アジアでは一番豊かになっているからである、物価も高くなっているから豊かになるとそういう人も出てくる
駅とはいろんな人が来るということを知る
田舎でも国際化している、この辺は震災以後いろんな人が入ってきたからである
そのことをここで紹介した、駅はやはり街の玄関であり出会いの場なのである
特に小さい駅だとかえってこうして話したりできるからである

この前来たフランス人も小学校の教師であり日本の文化に興味をもっているから平泉まで行ったのである、その人ともちょっと話しただけだが日本文化に興味をもつ人がふえてくるようになる、中国人だって最初は買い物だけど今は日本文化に興味をもつ
つまり観光でも日本文化に触れたいという人がふえてくるのである
芸術家なら余計にそうなる、そのタイの放浪芸術家も日本に長いのか?
日本文化に興味があってきている、スケッチしり彫刻したりしているからである
ただこの人は今まであった中では一番めずらしい人だったとなる

その人は英語がしゃべれる、それもどれくらいの能力なのかわからない
でもちょっとした話は英語で通じる、ただむずかしくなると通じない
英語ができるということはやはり知識人でもあるのだ
タイには行っている、タイは東南アジアでは最も発展した国である
だからそうした人がいても不思議ではない
普通はベトナムとかネパールとかフィリンピン人とかとも会っている
その人たちは観光には来る人はまれこである
金稼ぎにくる、タイの人は観光に結構今は来ているからだ
だからタイにはそういう人がいても不思議ではないとパ思ったが
それにしてもやはり変わった人も日本に来ているなとつくづく思った
都会ではそういう人もたくさん今は来ている、田舎ではなかなか会えないが
駅であったということがやはり田舎でも国際化しているのである

仙台が下りで東京が上りの違和感 (震災以後は中心は仙台、東京から地方都市へ中核が移る)


仙台が下りで東京が上りの違和感

(震災以後は中心は仙台、東京から地方都市へ中核が移る)

updown1.jpg

中央集権ではない国では、ありえない表記であり、一般にはnorthern-bound(北行き)、western-bound(西行き)といった方角や、大阪方面、仙台方面といった主要都市を示す言い方しかない。ついでに、東海道線、奥羽本線といった路線名を付けない国もあるので、説明が必要かもしれない。

東日本震災以後、この辺で双葉や大熊や富岡区間などが不通になっている
それで仙台行きが出ているがそれが下りになっているからなにか感覚的にぴったりしなくなったのだ
東京方面が不通になり余計にそうなったが今はそうでなくても違和感が生まれてきている

それはなぜなのか?

仙台行きが中心でありあとは名取から仙台空港行きがある
だから相馬地域では常磐線は仙台が上りの感覚になる
仙台からは新幹線も出ているし新幹線に乗る人が多い
ここでは常磐線はそのつなぎのようになっている
3倍に収入が増えたというとき外部から入ってきた人が多くなり利用したからだろう
ともかく仙台は東北の中心であり東京のような感覚になる
だから震災以後仙台が下りになっているのは合わないのである

それらのものが、江戸に運ばれると、都から江戸に下ってくるという意味で「くだりもの」と呼ばれるようになったのです。

 茶は「くだり茶」、酒は「くだり酒」、そのほか「くだり醤油」や「くだり傘」など様々な生活用品が江戸に入ってきた。
 上方のものは、とても上等でしたので、江戸の人たちからも人気がありました。
 しかし、上方以外の品物は質が良くなかったので、江戸にはあまり入ってきませんでした。

「くだりもの」に対して「くだらないもの」とよぶようになりました。
 質が良くないために、江戸には、「くだってこない」という意味です

これは京都中心にまだなっていたからこうなった、京都から下ってくるものはいいものなのである
東京が中心なら東京から下ってくるものがいいものだとなる
東京中心の中央集権になればそうなる

ただ電車は上りというときそれは中心に向かっているのだ
下りは中心から離れることである
だから東京から西でも東京行きになると上りになるのである
その感覚は明治の東京中心の社会から生まれた方向感覚なのである
地方からお上ぼりさんというように中心に上ってゆく
それが東京だったのである。京都にも使われていた

でも今になるとすべてが東京中心の社会ではなくなっている
今は東北では仙台が中心だから仙台に行くことが上る感覚なのである
そこは交通の中心地でもあるし東北の中心になるからである
そもそもだから時代とともにこうした方向感覚も変わる
地方の中核都市がありそこが中心となるべきなのである
東京一極集中の時代は終わっているからである

外国にはパリがありロンドンがあっても電車では東京のような中心へ向かうという感覚はない、ただ方向をさしているだけなのである
こっちの方が合理的であり合っているのだ
だからこの辺では特に常磐線の双葉とか大熊で途切れたから中心は仙台になった
そこへの往来が一番多いからである。 
タグ:上りと下り

2018年09月16日

岩沼で脱線事故


岩沼で脱線事故

acidentrail1.jpg



一時間くらい遅れた、脱線事故はめずらしい、それでも一時間くらいしか遅れなかったのは早い事故処理だった
信号の故障?は何度かあったが脱線事故は今までなかった
まず脱線事故は日本の鉄道ではめったに起きない

なぜ起きたのか?

石を誰か置いたのではないかと言う人がいた、そういうことでしかなかなか脱線事故は起きないとは言える
ただ遅れがそれほどなかったから良かったとなる

それから梨の忘れ物があった、これは置いておくと悪くなる
一応原町駅に連絡した
忘れ物は駅にはある、これも連絡は必要である
タグ:脱線事故

2018年09月28日

ネパールの人が自動車の免許を取得 (おくさんを日本に呼ぶという−日本人になりたいとういう)


ネパールの人が自動車の免許を取得

(おくさんを日本に呼ぶという−日本人になりたいという)

前に駅で会った駅の向かい側のホンダで働くネパール人は今日仙台の方から駅に来て自動車免許をとったと教えてくれた
ではどうししてとれたのか?
まず先進国ならもともと免許をもっいていたら実技試験免除とか試験も免除とかあるみたいだ
でもその人はネパールでありヒマラヤの標高4000メートルに住んでいる人である
そういう人がどうして免許をとるのか?
日本語で日本の試験を受かる他ないだろう
そうすると相当に難関になる
でも合格して免許をとったのである

その人は真面目でありホンダで車の修理とかして仕事しているから仕事もすでにできる、日本語もできる、だから日本人になりたいというのもわかる
永住権はとれるだろう、ただ日本国籍となるとめんどうらしい
ともかく奥さんがいて奥さんを呼ぶと言っていた
まずネパールだとあまりにも生活の差がありすぎる
ネパールはベトナムよりひどい第一4000メートルの高所でどんな生活ができるのか?まともに食べるものもないと思う

その人は日本国籍でも申請すればとれる人である
真面目だし日本語能力も高いし仕事もしている、それも車の修理関係でしている、すると会社で援助してくれる
保証関係でも援助してくれるかもしれない
ただ日本国籍となると何かめんどうになる
でもその人はすでに日本に住んで長い、10年くらい住んでいるのかもしれない、だから国籍でもとれるような人なのである
そういう人なら日本人になってもらいたたいとなるだろう
やはり人によりけりなのである
移民を全部否定はできない状態だけど無制限に入れることはできない、それだと後になって困るからである
でもその人は奥さんを呼んで日本に定住することは間違えない
永住することはもう決定しているのである
ネパールに帰らないし帰りたくないというのがわかるからだ
あまりにも生活条件が厳しすぎるのである

今駅では自転車置き場を作っている
前より半分くらいになる、他にも自転車置き場はあった
駅から離れているがあった
駅前は便利でもやはり車が優先されるから前の自転車置き場は駐車場にしたのである
そこが金を払う地元の人のための駐車場である
たいがい家が空き地になると用途としては駐車場になる
車がそれだけ必要な社会だからそうなっている



JR線路の除草剤で沿線農作物に被害 早場米の出荷自粛も 福岡・みやま市 今夏の猛暑で揮発、飛散か

駅ではこの前ホームを原町の駅長が草取りしていた
駅長もそんなことするのかと見ていた
一人で草取りしていた、前は除草剤を線路にまく人がいた
なぜそうしているのか、見通しが悪くなるから線路でも草取りしている、ともかく日本は雑草がどこでも生えるのである
だからどこでも草取りが仕事になる
ここの線路では専用の除草剤をまく車両を利用していたのである
だから本格的でありそれが畑に飛散したのである
これも鉄道を見ていたからわかったのである

鉄道でもいろいろなことがある、それは鉄道に駅でもかかわることがある、今日も何か走行に邪魔するものがあり一五六分遅れたのである、何かと遅れることはある
これから風が吹くようになるとまた遅れる
これは冬だがこれだけは困るのである、もう定期的に遅れるからである


タグ:ネパール人

2018年10月01日

午前中だけ遅れたが午後からは正常に戻った


午前中だけ遅れたが午後からは正常に戻った

railwayaaaccc11.jpg


taifuuuu111.jpg
この家は古いから壁が落ちた、かなり風が強かったが早く過ぎ去った

台風の影響は午前中だけだった、午後からは正常に回復した
今は風がやんでいる、風が吹いていると新地の高架のレールで遅れる
台風は早く過ぎ去ったということである

被害は思った以上なかった、ここではやはり風が夜強かったからこの古い壁が落ちた
後はそれほど被害はなかったろう
タグ:電車の遅れ

2018年10月07日

韓国の人が茨城県の鹿嶋市と間違えて来る (風の遅れは7,8分)


韓国の人が茨城県の鹿嶋市と間違えて来る

(風の遅れは7,8分)

mitoooarai11.jpg

kashimanada11.jpg
鹿嶋市は水戸でのりかえる、でもこの線はそんなに電車がでていない
だから今日のうちにたどりつくように思えない、代行バスでいわき市でまたのりかえて
水戸まで行ってまたのりかえだからである


韓国の女性が駅に来てタクシーを呼んだ、タクシーに乗ったがその女性は茨城県の鹿嶋市と間違えたのである
それで原町に行くように指示した
原町で代行バスが4時に出る、それにしてもそれからいわき市に行き水戸に行きまた電車に乗り換える、鹿嶋市までは電車が出ていてもあそこは辺鄙である
そんなに電車が出ている線ではない、一度は乗ったことがあった
それにしてもこういう間違いは外国人だとありうるともなる
とんでもない所に行ってしまうことがある
韓国旅行してわからなかったのがハングル文字だった、あれには苦労したしアルハベットより読めないから困った

それからもう一人も末次に行くという、代行バスがあるからと案内した
今日はめずらしく案内があった、案内は風で遅れたときとまどう人がいてある
ただ自分は一日一回買い物に行ってたちよるだけでありわずかの時間しかいないのであるだから最近は案内はしていない
今日は他にも杖つえた老人がいて案内した
向こう側のホームだったのでそこまでわたるのが大変なのである
鹿島でも病院に来る人がいて良く杖ついた人も来るのである
すると向こう側に渡るのが苦労なのである

今日は風吹いたけどさほどの遅れはなかった、ただまず鹿島でも茨城県の鹿嶋市とまちがうことは日本人だらありえない、外国だとそういうことも起こると思った

タグ:鹿嶋市

2018年10月16日

仙台の長町から街道を徒歩でゆく老人の一団が来る


仙台の長町から街道を徒歩でゆく老人の一団が来る

walkinpppppp111.png

真野の一石坂を上る長町の歩く会の老人



朝に駅に行ったら老人が十人とかおりてきた
どこからきたのかと聞いたら仙台の長町からだった
街道を徒歩でゆくそうである
他に街道を歩いている、相馬市の日立木の松並木の街道は歩いている
個人的に歩く人は時々みかける、やはり歩くと実感できるものがある

その一団は街の中を通り自分の家の近くの神社まで見にきた
何か結構詳しく事前に調べている
一石坂をのぼり日吉神社によった、原町まで歩いて原町駅に行き小高に行き浪江まで行くという、結構な道のりだけど歩くことが目的でもある
本当に歩いてみないと実感しないことがある
私自身がこれだけ旅ししても歩く旅はしていない、それが問題だとなるが疲れるから嫌なのである

長町というと歴史があり何か紹介したものをインタ−ネットで読んでいたことがある
長町は今は急速に変わった、高いマンション開発地に立っていたのには驚いた
良く長町から広瀬川を通り仙台に行っていた、でも最近は仙台に行かない
もう今年は半年以上行っていない、ほとんど近間しか行かない
それは介護になってから遠出しなくなったのである

ただ長町でも東北の歴史とか関係しているかしら興味がある
最近インタ−ネットでは郷土史関係の情報が濃密にある
本だけだとなかなか郷土史はわからない、でもインタ−ネットだと調べたりして地元の人が書いている、それで郷土史でもつながりができる
一地域の歴史でも他の土地とつながりがあるからそれで関連させることができる

宮城県仙台市太白区――舞台(ぶたい)―― 記事をクリップする

 坂上田村麻呂の祖先である東漢(やまとのあや)氏は、後漢霊帝の末裔を自称しておりました。彼らは何故か漢高祖帝に血脈を繋げようとするわけですが、その実は高句麗系渡来人と考えられております。私の持論では、アテルイらいわゆる蝦夷(えみし)も高句麗系騎馬民族と限りなく密接な関係であり、それ故に田村麻呂の蝦夷鎮圧もすんなり成功したものと考えております。それらを踏まえて「武帝」とは彼らを指し示す

 こういうことが書いてある、これも今まで渡来人のことでこの辺のこと真野の草原のことを探求ししてきたがどうしても蝦夷とは蝦夷(エミシ)は渡来人と関係しているのである

いづれにしろ今日は秋晴れとはいかないが晴れていて歩くのにはいい天気だった
ちょっとはガイドした、やはり地元のガイドが必要になることはある
ただちょっとだけ話しただけである
ただあの人たちはかなり街道沿いを調べて歩いている
自分のすぐ近くの神社まで来るとは思わなかった、あういう趣味はいいと思う
歩くことは健康的だし知的にもなるし文化的でもあるからいいのである

老人の街道歩む柿なりぬ




2018年10月27日

駅で三人くらい車の運転やめた老人に出会った (その人は車の運転やめたことを後悔)


駅で三人くらい車の運転やめた老人に出会った

(その人は車の運転やめたことを後悔)

死ぬまで運転を続けていても、1000人に1人程度、逆にいうと一生死亡事故を起こさないドライバーが1000人中999人ということになる。

75歳以上の免許の自主返納件数は29年11月末時点で約23万2千件となり、28年(16万2千件)の1.4倍に増加。

駅で三人くらい車の運転をやめた人に出会った
今日もその人はまず駅前の自転車屋によった,自転車を直すためだった
次に駅に来たのは車の運転をやめたので駅がどうなっているのか見に来たのかもしれない車の運転をしている人は電車の乗り方も知らない人が結構多いからだ
そしてその人は80才であり

車の運転をやめて失敗だった

と後悔している

75歳以上での運転をやめさせるのは政府の方針である
でもそうなると今まで運転していた人は不便になる
自分はもともと車がないのでそのことがわからないが今の社会は車社会なのである
だから車のことを知らない人は社会のことを知らないとまでなる
実際自分自身がそうだった、車がないために肝心なことを知らないことがあったからだ

そして75歳以上でも特別事故が多いというわけではないのである
そこに政府が無理やり免許とりあげる強行な政策がある
それが問題なのである

ただこういうことで高齢化社会になると車に乗らない人が増えてくる
するとやむなく鉄道を利用する人も増えることがある
ただ鉄道の最大の問題は駅からの足がない
だから高校生は自転車で駅まで来たり親が車で送り迎えしているのである

車の免許の自主返納した人が23万人いるのは多い、ではその人たちの足はをとなるのかとなる、鉄道だけでまにあうのかとなるとならない
鉄道は駅からの足がないから不便なのである

駅でみていて不便だったのはスーツケースとか荷物を運ぶのが苦労なのである
重い物を階段を上りもちあげて運ぶのが苦労なのである
それで老人は前もって荷物を宅急便で送っていた
ただ相馬市にはエレベーターが気づかなかったがあった、新地も震災以後新しくなりエレベーターができたから鹿島駅より小さいのに便利になったのである

無人駅の鹿島駅はいろいろ直したけど一番の問題はエレベーターがないことであることに気づいた、でもこれは費用がかかりすぎるからできない
でもこういう面でも改良しないと鉄道は利用しにくいのである

道路と鉄道の予算を比較してみると2001年には道路予算は11兆8000億円に対して鉄道は1500億円で全体の1・3パ―セントにもならない
鉄道予算の半分は新幹線、残りの半分が地下鉄やモノレールなど都市交通の整備
地方鉄道の予算はさらに少ない
地方鉄道に関してはここ何十年の間、ほとんど投資が行われていなかったため
過去に蓄積したストックを細々と使ってきたのが実情です

どうする?鉄道の未来(鉄道まちづくり会編)

鉄道はそいうことなのだろう、新幹線でも道路に比べると格段に使う費用が違っている
また鉄道には地方交付税も使われていない、鉄道は公共的なものだから採算だけでは計れないというのがこの本で述べている
つまり公共的なものだから利益だけでは計られないとしている

鹿島駅でも外観は明治の時に作られたときから変わっていないのである
その変わっていないことで撮り鉄が鉄道マニアが写真をとりにきている
だいいち明治から変わらない建物だということが鉄道に投資されていないことだったのである
最近やっとドアを直したりして改善した、無人駅化してもそれなりに改善した
しかし問題はエレベータ―が設置されないことが最大の問題である
でもそこに投資するにはJRだげでは無理である
自治体がかかわる必要がでてくる
ただそのためにはもっと利用者が増えて市民でも要望があれば考えることになる

駅で気づいたことは駅には実際は広場のような機能があり外部との交流の場であり玄関にもなっていた、駅の印象が大事になることに気づいた
常磐線では名取の空港に行く人が意外と多い、来る人も多い
それは名取から空港に直接行ける路線ができたからである
もう一つはいわき市と常磐線が復興して結ばれればまた乗客が増える
つまり交通はこのように結ばれないと利用価値がなくなくなるのだ
だから名取の空港と鉄道で結ばれたことは利便性が生まれ鉄道を利用する人が増えるとなる

この本でも高齢化社会になり鉄道が見直されると述べている
それは駅で実感した、その一つが75歳以上の人が免許を返納して鉄道に関心をもち利用するようになる、高齢化社会には鉄道の価値は高まるとなる
それで公共的なものとして投資が必要になる、それはJRだけではできないことなのである

2018年11月02日

駅前の自転車置き場の通路が狭すぎた (通りにくいので案内板の前に置くのはまずい)


駅前の自転車置き場の通路が狭すぎた

(通りにくいので案内板の前に置くのはまずい)

stcyclepp1.jpg

ここに自転車を置かれるとまずい

stcyclenew234.jpg
この通路は狭すぎる、混雑する通りにくい
高校生が通学の時混むから困るのである


駅前の新しい自転車置き場が作られ、でもその通路が狭すぎたのである
同時に駐車場を作ったがそれで自転車置き場が狭くなった
結果として通路が狭いから案内板の前に自転車を置いている
そこには花壇もあり案内板を見る人もいるから困る
そこは自転車の置く場所ではないのだ

これは失敗だったがもう直すこともできない、でもあそこに自転車を置かれると困る
外から来た人も案内板を見れないからだ
このことは工事する前からわかっていた、でもなぜそれを考慮しなかったのか?
それは南相馬市の役所で作ったものである
それは工事する前からわかっていたことである

私が工事を見ていたときも前がの駐車場が自転車置き場になると思っていた
でも工事が始まると自転車置き場は別だったのである
でも一旦あのように作ってしまったら直すことはできない
それでも狭すぎるから利用しにくい、その問題はずっと継続されるのである
だから工事は慎重にしないと後に直せないから困ると思った

では設計の段階からかかわることはできない、でも利用するのは市民なのである
しかしまた市民がそこで見ていても口をはさむことはできない
ただ問題は利用者が市民でありずっと困ることになる
でもそういうことは市民が何か言えるのか?
ただ後で利用する人たちが困るからなんとかしてくれとなるかもしれない
それなら作る前から利用する市民にその設計を知らせるべきだった
それは素人でも見ればわかったのである
工事始まって駐車場になる場所がわかったとき狭いなと感じていたからである
それは誰が見てもわかったのである

JRだと何も言えない、そこは南相馬市で作ったから市民としてかかわることがありえた
JRだと土地もJRのものであり市民がとやかく言えなくなる
ただ鉄道とかもみんな利用するものだから公共性がある
するとみんなの使い勝手のいいようにしてもらいたいとなる
鉄道は誰のものか?また会社は誰のものか?とか言う人がいる時
公共性のあるものはみんなのものにもなる、みんなが利用するものだからそうなる
ただ駅の中も新しいドアにしたり新しい自転車置き場になったり改善はしたが
今回の自転車置き場は利用しにくいから失敗があった
それをどうするのか?改善できるのか?場所がないからむずかしいとなる
駐車場はどうしても必要になるからだ
一応市の方に言うことができるが今になるとそれを直すことがむずかしくなった
ともかく土地の利用に失敗したとは言える

2018年11月03日

駅の自転車置き場が狭くなった原因 (車は空間の占有率が高い)


駅の自転車置き場が狭くなった原因

(車は空間の占有率が高い)

stttt6666.jpg
ここはJRの土地であり長く車はとめられない
sttttt2222.jpg

この標識はタクシー乗り場としてある
でもここにタクシーがとまることは一年に一二回である
でもこれは案内板があるから美観的に良くない

sttt44444.jpg

車が八台とまれる場をとったため自転車置き場が狭くなった

stationkkkcc1.jpg

stttt777.jpg

ここに駐車場があっても気づかない
ここの駐車場は狭すぎる
ここは長くとめられる



なぜ駅の自転車置き場が狭くなったのか?

それはどうしても5台くらいの車を置く場を確保しなければならなかったからである
ここにも車優先社会が反映されていたのである
そんなこと関係ないとうけどやはり駐車場が車社会では不可欠になる
あそこは一台一台置く場所が決まっていて使用料金も払っている
他の人はとめられない,それから駅前はJRの土地であり長くはとめられない、長くとめることを禁止している、それで駅から離れたところに狭いが長くとめる駐車場があるが
外から遠くから来た人にはわからないし狭い
つまり駅前に駐車場が確保できていないのである

それはなぜか?

鉄道ができたとき鉄道が足だったときは車社会ではない、そのために駐車場を確保していないかった、駅からバスだったりした時代があった、バスが縦横に走っていた時代があった、自家用車の時代になったとき社会自体が車社会になったのである
車社会の問題は車が意外と空間の占有率が高いのである
その視点が意外ともてない、例にすると電車だと百人運ぶことが狭い空間でできる
ところが車だと百台道路を走るとなると空間占有率が高くなる
それは駐車場でもそうなのである、だから実際は大勢の人間を運ぶには向いていないのである                                  

そのことで津波の時道路が渋滞して逃げられなくなった、それは車は空間の占有率が高いからである、車にのっていて渋滞になったら身動きできなくなったのである
だから車にも弱点がありそれに気づかなかった、災害の時は車で逃げられない
東京辺りでも地震があったら道路が走れなくなる
それで自転車か歩いて脱出する他なくなる
車というのは災いをもたらすものでもある 

日常的にも車が駐車場でも場所をとる、すると自転車置き場でも狭くさせられる
道路でも自転車道路がない、それで自転車は車にとって邪魔者になる
車にとっては歩行者も邪魔になる、車からすると自転車でも飛び出したりするから危険なのである、だから嫌がられているのである
それは結局車社会だからそうなる、車中心にすべて考えられているからだ
なぜ郊外にイオンとかができたかとなるとそこには広い駐車場がとれるからである
街の通りの店がそこでシャッター通りになったのである
車がとめられないからである
もし電車で駅におりて通りを歩けば街中の店も必要になる
車は街中を通りすぎてゆくだけなのである

いづれにしろこれから車社会を見直すようになるかもしれない、高齢化社会でこの前も駅で80歳の人が免許を返納して失敗したとか言ったいた
23万人が返納した,すると足がなくなり困る、では何にするかとなると鉄道とかバスを利用する人が増えるかもしれない、つまり高齢化社会には車は向いていないのである
そうはいっても車社会自体が簡単に変わることはないだろう
ただ車の免許を返納した老人がふえれば足を確保したいからなんとかしてくれとんいう要望がふえることは確かである

駅でも新地駅とか最初から新しい街作りとして駅があり駅前広場に駐車場もとった
駅前からアクセスしやすいようにした
それは山下駅でも駅前にスーパーができたから駅中心の町作りをした
要するに駅前開発は土地の利用の問題になる、駐車場を広くとり車でも利用しやすくして駅と一体化して人を集めるとならないとさびれたままになる
ただ車社会は見直すということも必要になる
歩行者とか自転車とかは車社会では邪魔もの扱いになっていることがおかしいのである
あまりにも車優先社会となっているからそうなる
街作りにしても車優先社会になればいい街作りにならない
実際に車社会によって街自体がシャッター通りになったことがそのことを証明している


2018年11月05日

東京の駅でも無人化する鉄道 (店も駅も人がいなくなる?)


東京の駅でも無人化する鉄道

(店も駅も人がいなくなる?)

JRsttt222.jpg

railssst11.jpg


週刊東洋経済%202018年11月10日号 

今日は仙台に住んでいる人が親が鹿島に住んでいたということで戸籍をとりにきていた
私も家族が死んだとき東京の戸籍をとるのにめんどうだった
血縁のある人の戸籍が相続に必要だからである
それはただ血縁というだけで必要なのである、付き合いがなくてもそうである
そこでめんどうになるのである
                  
駅で待っている時間が長いと言っていた、何か休む場所がないとか言っていた
それで何か買い物をしたいとかも言っていた
でも今日は大岩菓子店は休みだった、このことは良く聞かれる
やはり待つ時間が鉄道では長くなる、特にローカル線だと長くなる
ここは一時間おきでも長くなる
駅前には食堂はあるが近いにしてももっと近い方がいい
常磐高速のSAとはあまりにも違っている
ただともかく人が少ないのだから需要がないから店も休む場もできないのである

次に来たのが浜吉田の盲目の人でありマッサージにきている、その人を電車に乗せる導きをしている、ただドアの開閉のボタンを押すくらいである
あとは一人でできる

東洋経済の記事では東京の駅でも無人化するというのには驚いた
何十万も乗り降りする駅で無人化するのは驚きである
ローカル線ならわかるがそこでも無人化する
それだけ人件費を省きたいとなるのか?

JRでも高齢化しているというのもわかる、国鉄時代に採用した人たちが退職する
この高齢化のも問題はどこでも起きている
ただこの記事で指摘した盲人とか聴覚障害者は困るとかわかる
一人盲人が通っているからだ
ただその人でもなんとか助けがなくても乗れる
だからどうしてもますます駅は無人化する

それより社会そのものが無人化してゆく、ロボットとかAIとかに代わり店も無人化してゆく、あらゆるところが人件費を省くために無人化する、店も無人化して人がいないなくなる
それは越すとがかかるからそうなるのである
でもそういう無人化する社会はどうなるのか?
どこにいってばせ人がいない、無人化している、ロボット化して機械化して人間がいないというのがいいのかとなる
多少非効率でも人間がいた方がいいともなる、ただコストを追求するとそうなってしまうのである、それが矛盾なのであ

2018年11月07日

駅は世代を越えて多様な人が交わる公共的な場所


駅は世代を越えて多様な人が交わる公共的な場所

アイネット

今日駅に来たのは会津に会社があるアイネットである
緊急連絡システムのサービスである
65歳以上だと市の方に相談すると設置できるという
一人暮らし?の老人が増えるからいいとなるのか?
ただ一人暮らしだと何かあった場合、かえって孤独死した方がいいともみた
身寄りがないとか頼る人がないとなるとそのまま死んだ方がいいのである
なぜなら介護状態になったら世話する人がいないのだからかえって苦しむことになるからだ
なんらかもう死ぬ覚悟をしていないとだめだなとはそういう人たちを病院で見てきたから思った、ともかく脳梗塞でも他でも悲惨なのである
一層一挙に死んだ方がいいと思ったからだ


次に来たのは役所の移住推進をする課の若い女性だった
一人は男性はカメラをもって駅舎を写していた
何かここで集まり案内するらしい
鹿島駅は良く鉄道マニアでも写真をとりにくる
明治30年に開業したときと建物自体は変わっていないからである
農家民宿を手伝う女性とかも来ていた、それも若い女性である

移住推進というといつも原町の道の駅にいる
でも何か仕事しているようには見えない、ただいるという感じである
どれだけ移住する人がいるのかわからない
小高では農業する人に13万円を市から支払われている
それでそこで働く人が20人くらいいるとか聞いた
ただその人たちがどういう人なのかはわからない、人数もはっきりしない

いづれにしろ駅は意外といろいろな人がくる、情報が集まる、外部から来る人もいるからだ、広場の役割がある、鹿島では道の駅がないから車で駅に来る人が結構あるのだ
あとはトイレを利用するのである、駅のトイレは市で障害者団体に委託して毎日掃除してもらっているのである

ともかく駅とは公共的な場所だなとつくづく思った
そこはJRの人たち所有するいうものではなく街の人でも外部の人でもみんながかかわる場所だったのである,そして世代的にも子供でも来ることがあるし子守りをするばあちゃんもくるしいろいろな人が来るところだった

今の時代はこうしてあらゆる世代とか男女とか集まる場がない
子供は子供とか子供でも幼稚園とか小学校とか中学校と高校とか世代ごとであり世代を越えて集まる交わることがないのである
老人は老人で隔離されるように施設に入る
それで幼稚園だったとか一緒にしたという施設もあった

かえって昔の村だったら子供老人も若い人も交わる一緒に生活する場だったとなる
現代では人間は世代ごとにとか何か分類されて隔離される感じなのである
多様な人が交わる場所がないのである
駅には確かに広場の役割がある、公共的な場所だったのである

タグ:駅の役割

2018年11月08日

ボランティアはなぜするのか? (公共精神とか奉仕の精神とか養うため)


ボランティアはなぜするのか?

(公共精神とか奉仕の精神とか養うため)

mystation1.jpg

そもそもボランティアとは人のためにするのではなく自分のためにするのです。
(結果それが人のためになる)
ここを勘違いしてはいけません。

最近駅ですることがない、時々案内したりしている、ゴミを拾ったりしているだけであるでも別にゴミ駅構内に捨てる場があるし定期的にJRに頼まれた商工会の人が捨てている
それはJRら金をもらい委託してしている
だからゴミは別にほとんど落ちていない
ただ時々飲んだカンとかペットボトルをかたづけているだけである
だから実際は駅に来てもなにもしない、何もしなくてもいいとなる
何か遅れたときなど案内することがある

そもそも私は駅でボランティアする気とかなかった、またボランティアとも思っていない介護が終わり駅に寄ったりする時間がでたので見にきていただけである
それで何か用があったので案内したりした
それは自分がしようとしたのではない、そういう意志もなかった
成り行きでそうなった、それはなぜか?

無人駅化したためだった

無人駅になった結果、そこに自ずと駅員の代わりのような人が必要になったともなる
実際はいなくても別にそれほど困ることもない、一番の動機がそこがたまたま無人駅化したから補うということになっただけである
だから何かしているとか何かのためとか大仰なものではなかった

第一誰も自分が何かしているということを認めていない、だから警察の人があやしいと職務質問されたことでもわかる、あいつは一体駅で何しているのだとなって誰かが通報したのである
実際に原町の駅長が来るけどそこで良く原町行と仙台行のホームが外から来た人がわからないからと言ったら案内板を作ってくれたりした
ただその駅長はこいつは何しているんだと嫌がっているのである
他でも勝手にホームに入ってくるなとJRの関係者が仕事していて言われた
つまりこいつ何しているんだと嫌がられているのである
へたするとここでうろうろしているなと注意されるかもしれない
それは警官があやしいと誰かが言って職務質問しにきたことでもわかる

でも人間は不思議だなと本当に思った
ゴミを拾っていたのだが別にゴミだってほとんどないからそんなことしなくてもいい
でもゴミを拾うことで駅というのが公共空間であり公共の建物であり
ここはマイステーションでありアワステーションだと自覚した
なぜそう思ったのか?それは家なら掃除するがでは道にゴミが落ちていたらそのままにしていることがある、でも汚いからと拾ったら街をきれいにしようという気持ちが働くことになる、街はmy townでありour townとなるのだ

その時不思議なのはそうしてここがみんなのものでありまた私のものであるという感覚である、それは別に拾う必要もないがゴミを拾ったことでそう思ったのである
駅は意外と公共的空間でありJRのものだけではなかった
町の人でも外部の人でもかかわる公共的な場所だったのである
だから公共精神が養われるともなった
それは本当にゴミを拾うなどつまらないことだがそういう心が養われたいうのも不思議である、ある宗教団体が他人の家のトイレを掃除したとかあるがそれとにている
ただ家は公共的建物ではない私的な所有物だから違っている
誰も他人の家をみんなのものだとか思わないからだ
だから他人の家のトイレを掃除していいですかとなると断る人もいる
それはおせっかいだとなるからだ

駅は公共的空間でありみんなものであると同時に私のものだともなる、そこが違っていたのである
ただこんなことをしていても誰も評価しない、でも評価しなくても不思議なのは公共的精神が養われる、みんなの場になっているからゴミを拾いきれいにするということである
それは本当につまらないことだった、そんなことしなくてもしてもいいとなる
でもはボランティアとは自分のためにしているんだというとき確かにそうだともなる

ただボランティアでも過重な力仕事とかになったらボランティアしたくない
いろいろ災害がありそこで重労働させられたらもうボランティアしたくない
その代価を欲しいとなるからだ、こんなに苦労しているのにとなるからだ
実際に広島とか暑くて倒れた人までいたからである
そこまでするとなると何かしら代価をなければできない
それは恨みにすらなる、無理やり何か無償でやることはできないしするべきではない
それがとがめられることはない、金をもらうべきなのであり社会はそうして成り立っている、外で建築関係でも重労働するなら当然なのである

だからボランティアは過重なことはすべきではない、またできない
人から認められたい人もするべきではない、ボランティアで名前を売る人もいるからだ
この辺ではそういう人が多すぎたのである、文学者でも自分の名前を売るためだったとか医者すら功名心から援助していたのである、論文とか書けるとなる名前が売れるとかになっていたのである
その他のボランティアも宗教団体なら宣伝のためとかいろいろな人が来たが動機が不純なものもいたのである、だから必ずしもそういう人たちは評価できないのである
むしろ金を与えて正当にその労働に報えることで良かったのである  

ボランティアと普通の仕事の相違は何か?それは責任ありなしかもしれない、責任をとれとなるとボランティアになるとやりにくいだろう
責任をとるということはやはりプロの仕事している人なのである
それはあらゆる仕事している人がそうである、医者でも看護師でも建築関係でも商人でも銀行員でもプロとして金をもらうとなると必ず責任が問われる、家を修理してもらった人が実際は直っていなかった、ただ金をとられただけだとなる

何か医者でも直らなかったら金をとるべきではないというのも一理あると思った
そうなると医者が貧乏になる、でも10兆円くらい節約できるという、つまり直らないのに医者は金をとりすぎているのだ
それが国民の負担になっている、銀行員でも投資信託をすすめて損したがそもそも銀行は株でも投資信託でも素人並みであり知らない

ではなぜ知らないことをすすめているのか?プロだとして知っているといったからまかせたのである
全然素人並みに知らない人が株とか投資信託をすすめるのは詐欺と同じである
つまりとても責任を銀行はとれない、でも手数料だけは確実にいただくという商売である
だから常にプロと責任が問われる、家の修理でも直らなかったらなぜ直ったとして金をとったのかとなる

ボランティアはそんな責任をとらせられない、だから基本的に金にはならない、無料だからかえって責任はないのである
そんな仕事としてボランティアが向いているということである
何か消極的にかかわる仕事である
だから別に認められなくてもいいし何かを相手に要求もしない仕事である、その代わり責任も問われない仕事である

何か仕事は必ず責任が問われるからいろいろそのためにルールを作ったり契約を細かく規定しているのである
保険もかけたりしている、何か事故などあったとき怖いとなるからだ、責任を問われるからだ
ボランティアでもそういうことはありうる、だから責任があることにはかかわらない方がいいとなる
せいぜいゴミ拾いのようなものでもいいとなる
それでも何か市町村のためとかみんなのためになっている
ボランティアは本当は自分のためにしているのである
だから宗教団体で家々のトイレ掃除して心の修養をしているのとにている

実は、多くの新宗教団体にとって掃除は定番の「行」であり、大半の教団が実践している。教団にとって掃除の意義とは、信者の精神を向上させること。すなわち、己の魂を磨くことにある。掃除を通して、自分の心を清めるのだ。

これは確かに言えるのだけど宗教団体はなぜこうしたことをするのか?それは会員獲得するためでありそのパフォ−マンスなのである、宗教団体の目的は精神を修養することではない、目的は会員を増やして社会に勢力を誇示して社会を動かそうとする団体である、会員の数が百万でもその人たちが社会に要求することができる、もうそれだけの数がいれば一勢力として社会が認める
権力と化した団体となるのである、だから批判できなくなるのである、少人数だったら誰も怖がらないからである
だから宗教団体にはそもそも宗教の修養とか愛と善の実践はない
ただどこでも会員を増やし勢力を拡大化することが目的なのである、そのことで利益を得られるからである

あなたは、憐れみの施しをする際、あなたの右の手がしていることを左の手に知らせてはなりません。あなたの憐れみの施しがひそかになされるためです。そうすれば、ひそかに見ておられるあなたの父が報いてくださるでしょう 

キリストの言葉だけどこれがボランティア精神かもしれない、ただボランティア精神と公共精神は違う
ただにていることは確かである、何か愛とかいうけどそれが押しつけが多すぎるのである
そういう人は俺はお前に尽くしているからその倍も今度は尽くされたお前は俺に尽くすべきだとなる
そういう愛が実際は多いのである、援助でも国同士でも何か裏に魂胆があってた援助する
無償の援助は国同士でもほとんどないのである

ともかく神が報えてくださるというとき何か神が与えてくれるのではない、その行為自体が報いなのである
なぜならそれによって心がすがしくなるとかあるからだ
つまりそのささいな行為によって心が影響して清められるということがあるのだ、それは経験で感じたのである
その行為自体が心に影響して清められたことが報いだったのである

だから俺はボランティアだとか何かおしつけていかにも善行しているような人がほとんどである
それによってでは心が清めれたかとなるとならない、今度は俺は善行した、だからみんなが俺を称賛すべきだとなっているのである
要するに善とか愛とかは謙虚なものだということである
そこに謙虚さがないと心の修養にはならない、だから政治家などはただいいことばかり言って目立つことばかりしようとする
実際は何もしていない、票をとるためにすべての行動があるためだとなりそれはただ政治家自身のためにしているだけなのである

2018年11月12日

シニアカーの人が電車に乗るのに大変だった


シニアカーの人が電車に乗るのに大変だった

siniacar1.jpg

今朝は6キロ離れた所から駅にシニアカーで来た人がいた
一時間待っていた、インターホンで原町駅に連絡していた
それで原町駅の駅員が車で来た
電車にわたすものをもってきた
あれがないと車椅子でも電車にのれない

でもシニアカーは重いし乗れるのかと思った
そしたらJRで許可したから来たのだという
何か連絡がはっきりせずそうなったのか?
シニアカーは場所もとるし車椅子とは違う

その人はまず仙台に行き次に仙台から原町駅でおりてまた鹿島駅に来る
その間に駅員が手伝わなければならない
これも大変である、エレベーターがないから原町駅でおりる
シニアカーはホームを渡ることができない
エレベーターがないということが鉄道では不便になることがわかった
それで老人の女性が荷物を送ってもらったというのもわかる
若い人ならいいが老人になると荷物をもってわたることが苦しからそうなる

そのシニアカーの人は脳梗塞で手足が麻痺した、でも歩けている
頭ははっきりして普通の人と変わりない、ただ長くは歩けなくなったということである
年も同じくらいである
近くの同級生の二人も脳梗塞になった、一人は足が悪い、でも車は運転できるから
買い物に来ている
一人はどこも悪くなっていない、体全体は弱ったとしても普通に歩けるし頭もしっかりしている、だから自転車で散歩している

脳梗塞とか脳出血とかでもいろいろ差がある,最悪は寝たきりとかなった時である
歩くことも外出もできなくなる
脳梗塞とかなる人は多い、でもシニアカーでも外出はできる
それにしても仙台から帰りは原町にきて鹿島駅に戻るとなるとちょっと手間をかけすぎだとなる、ただ許可したなら乗れるということである
盲人の人は自分一人でも乗れる、だから手間にならない、その人は毎日通っているからそんなに手間をかけられるとJRでも困るとなる

いづれにしろちょっと今回は迷惑な気がした、盲人の人も原町の駅員を呼んだことがあるそれで駅員の人は嫌がっていた、やはり手間になるからだろう
今回はそもそも許可したこと自体が疑問に思った
これだけ手間をかけることはJRにとっても手間になりすぎたからだ

2018年11月13日

JRではシニアカーを乗せることを断れない? (シニアカーに乗る人は高齢化で増えてくる)


JRではシニアカーを乗せることを断れない?

(シニアカーに乗る人は高齢化で増えてくる)

ciniacar111.jpg

係員が証明書またはステッカーと身体障害者手帳を確認し、ハンドル型車椅子と認められていることと、利用者が身体障害者で有ることを確認して乗せてますので、業務妨害には当たりません。

こうした障害者手帳所持者を排除することは差別になりますので、鉄道側は出来ないことですね。


シニアカーでも乗せることをJRでは断れないのか?
法律でそうなっているというのか?

それにしても今回の人は鹿島駅に乗る、ここで駅員がわざわざ原町駅から鹿島駅に来て
車両にわたす専用の渡しを用意しのせる
次に仙台で降りる時、また補助が必要である、次に仙台から原町に来るのに補助が必要である、仙台から原町へきて補助が必要である
なぜなら鹿島駅にはエレベーターがないから
原町駅で乗るのに補助が必要である、また鹿島駅でおりるのに補助が必要である
5回も補助が必要なのである、一人の人のためにこれだけの労力が必要になる

これはJRにとっては嫌になるだろう
でも断るわけにはいかない?
その人はJRに許可されて来た、でもJRでは法律で断れないからそうしたのか?
ここまでJRがすることが強要されるのか?

JRのことで人のサービスに欠けている無関心だから無人駅にするとか書いた
でもこれだけ福祉関係でサービスしているとなると別である
こうしたサービスになると料金を三倍とってもいいとなる
その手間が大変になりすぎていた
一人の客のためにこれだけの労力を費やすことになるからだ

ただこれがもし国鉄時代だったらありえたかもしれない、なぜなら国鉄では国から金が支払われるから税金が支払われる、すると福祉でも税金から支払われるようになるから
やむをえないとなっているかもしれないからだ
ただ福祉というのは普通に暮らす人の迷惑にもなる、でも過剰に福祉に金とか労力が使われる、それは法律で決められていて拒否できない
医療関係でもそうである、そのために普通に暮らす健常者は迷惑になる

それでもそれだからこそこれだけのことを障害者のためにしてくれるからこそ
日本はいい社会だともなる、普通にここまでするとなるとなかなか国に余裕がないとできないだろう
一人のためにやはりJRの人でもまた周りでも迷惑になることがあるからだ
ただこれはすべての路線で許可されることはない、都会だと混むからむずかしいとなる
でも仙台辺りだと混むから迷惑になる

今回は何か無理な感じがした、盲人でも確かに駅に駅員を呼んだが一回限りである
今回は五回も補助が必要だったからである
ただわかったことは意外と脳梗塞とかになりシニアカーに乗る人が増えている
それは高齢化でそうなったのである、70以上になると増えてくる
知っている人でももう3人いたからである
でもその人たちは頭は正常なのである、一人は体も麻痺していないのである
だから脳梗塞になってもあのようにシニアカーで外出もできる

ただ高齢化の問題はこれから数が増えてくる、するとそういう手厚いサービスができなくなる、現実にこの辺では福祉施設で実際に空いているのだけど入れない
それは人手がこの辺で特に足りなくなっているからである
それで知り合いの人は青森の方の施設に移されたというのはそのためかもしれない
つまり施設にすら入れなくなっているからである
だからこれからこうした手厚い福祉サービスは受けられなくなるかもしれない
それはもし次々にシニアカーで電車にのりたいとなったらもうできないからである



市役所の人とNPOの人が駅に来る (駅にコーヒー出す場とか人を置くとかする)


市役所の人とNPOの人が駅に来る

(駅にコーヒー出す場とか人を置くとかする)

市役所の人とNPOの人が駅に来た
切符売り場のところをガラス窓にしてコーヒーを出す場を作るとか
人を置くとか言っていた
切符売り場の所をガラス張りにすることは確かである

ただコーヒーを出すとか人を置くとかは決まっていないらしい
人を置くとなると金がかかる
でもnpoとかなると市から援助される
現実に市役所の人がきて工事の手筈を整えていたからである

商売になるのはむずかしい、それほどの人の出入りはない、ただあそこの駅の入り口の自動販売機は売れる、待つ人が多くそれで飲み物が必要になるからだ
別にコーヒーはそこで飲める
ただ何か憩いの場とするのか、人を置くというのは何か他に目的がある

その担当の人は地域振興課の人だったからである
駅に人が朝から長くいればわからないこととか案内はその人に聞けばいいのだから安心になる
今日も年配の女性が二人ただ駅に来ていたのである
その二人と長く話した、何かそういう憩いの場として駅もある

そして駅は外部とのつながりがある、外部の人が必ず来るからである
それで無人駅でわからないことがある
地元の人はわかっているがわからないことがある
そこに問題があった、でも常時人がいれば聞けるからいいのである
私は一日一回くらいちょっといるだけだからである
でも今日は二人のおばあちゃんがきて話していたのである
一人はこの土地の人ではなかった、移り住んだ人である
それから小高のおばあちゃんとも話した
だから今日は結構長くいたのである。普通は長くはいない、だから長くいる常時いる人が必要なのである

コーヒーを出すとかなれば食べ物をパンなどを置くということもある
前は確かに売店があった、とういことは鹿島駅はそれなりに出入りがあるところだったとなる
今でもそうである、だから何か駅をもっと良くすることが望まれていた
ドアを直したとか良くはなっている
ただやはり売店とかくつろげる、憩える場としての機能はない

ともかく駅も変わる、無人駅はやはり良くない、ここはそれなりに人の出入りがある
だから無人駅になるところではなかった
でも商売となるとむずかしい、採算はとれない、でも市の方でnpoに頼めば市の方で援助するからやれるとなる
ただこれは検討中でありわからないという、でも市の方でも鹿島駅のことを地域振興課で考えていたのである
だから市の行政が何も無関心ではない、鹿島駅のことを考えていて実行に移したとなる

掃除は商工会にJRで頼みしてもらっている、金はJRから払われている
駅の外のトイレも市役所て障害者施設に頼み金を払っている
切符を売ればいいのだがJRでは機械が設置できないから断れられた市役所の人が言っていた、切符を買えないことはやはり困るが断られたのではしかたがないともなる

ともかく地域振興課では駅のことを考えていた
駐輪場も作ったしドアも直したと駅は改善されたのである

2018年11月14日

新地駅は仙台行き相馬行きで間違う (1番線で両方行くが4回は2番線で行く)


新地駅は仙台行き相馬行きで間違う

(1番線で両方行くが4回は2番線で行く)



stshinchis1.jpglinehomeppp22.jpg

これがまぎらわしい

linehome1.jpg


この時間以外の電車が1番線から発車

この時間のみが2番線から発車

underent11.jpgundeways1.jpg


今日は折り畳み自転車BD1で新地に行ってきた

新地駅は本当に立派になった、地下道までありエレベーターが通じている
大都会並みである
そして駅中心の街作りをしている、今建築中である
そこに温泉ができたりみんな憩える場を作る
すると鉄道を利用して他からも来る
鹿島の温泉好きな人は鉄道で行きたいと行っていたからだ

山下駅でも駅前にスーパーができたから駅前中心ににぎわうようになり鉄道でも利用される、つまり鉄道だけではもうにぎわいはもどらない
駅前に駐車場を広くとりそこにいろいろな人が集まる施設を作る
ただ温泉は売りになるがそれがどれくらいの温泉なのか?
そうなると交通の便がいいから人が集まるとなる

街作りを考える場合、一か所にいろいろなものが集積すると効果が大きくなる
例えば外から来る人は不案内でありいろいろなことがわからないのである
点々と離れていると買い物でも食事するにしてもわからないのである
地元の人は知っているから行くけど外から初めてくる人はわからないのである

そして新地駅の最大の問題が仙台行きと原町行きの番線が間違えることである
私自身が間違って2番線に行って帰ろうとした
それで一時間遅れた
なぜなら新地駅では駅員がいても4時で終わりだからである

どうしても一番線と仙台行きだと思っていた
鹿島駅でも良く仙台行きが何番線か聞かれる
それは表示してあるのだが聞かれる
でもその表示に初めての人は気づかないのである
つまり問題は戸外部から初めての人はいくら自動化してもわからないことがあるとなる

実際に一人は間違って2番線に行っていた、それは表示してあることがわからなかったのである、1番線が仙台行きであった、指定された時間が2番線である
それは4回ある、でもあとはみんな1番線なのである
これは本当に間違いやすい、だからいくら表示していてもそれに気づかないのである

乗車証明書もあったがそれも気づかない、目立っているのだが気づかない
バスで団体の人達がバスで20人くらい降りて来た
その時スイカなどない人は乗車証明書が必要になる
でもわからないのである、それは鹿島駅でも経験していた
それでここでも教えて案内してやった

駅は確かに自動化できる、でも新地駅ではじめてくる人はわからない、いくら自動化してもわからない、表示の張り紙があってもわからないのだ
おそらく時間がないからそれを知り理解することができないのかもしれない
私は一時間遅れていたから理解した
それも待っていた新地の人に聞いてわかったのである

だから自動化機械化ロボット化はできる、でも人間がいないとどうしてもわからないことがある、ただロボットでもうそのことは必ず聞かれるのだから答えることはできる
機械化ロボット化できるのだがそれが完全に成されていないということがある
アナウンスで仙台行きと原町行きの番線が間違うから注意のアナウンスを定期的にしていれば間違わないとなる

でも人間がいないとどうしても何かたりないものがでてくる
だから本当にすべて自動化AI化できるのか疑問になる
ただわからないが間違って2番線に行った人は引き返した
それはスマホを見ていたのである、だからスマホを見て気づいたのかともなる

折り畳み自転車は重かった、だからエレベーターがあると助かる
老人が多くなるとどうしても荷物をもって階段を上り下りするのが苦労なのである
相馬市にはエレベーターはなかった、それもおかしいと思う
思うにそれだけ金をかけられないということなのだろう
エレベータ−は相当に贅沢てあり金がかかるからだ
新地駅は特別津波の後に良くされたのである

2018年11月20日

駅のことを説明しいたらコーヒひもらった (ボランティアをする思想について)


駅のことを説明しいたらコーヒひもらった

(ボランティアをする思想について)

何か一人の女性に駅のことを説明していた
たいだいいつも駅の機能のことをいろいろ説明している
駅はこういうものでありこうあったほうがいいとか書いてきたことを説明した
その人は長く待っていたのである
だから今まで書いてきたようなことを説明した
そしたら自動販売機でコーヒーを買ってくれてもらった
自分が何かしているということを認めたからそうしたのだろう
その人とははじめてあった人であり地元の人である
でも地元の人でも自分がしていることに認める人はいない
かえってあいつは何しているのだと怪しまれ警察に通報された
ボランティアにもいろいろ問題がある
責任もありそれで訴えられた人もいるしいろいろある
それが善意であっても無償であっても責任が問われたりいろいろある

それでここでの考察に興味をもった

金子郁容の『ボランティア もうひとつの情報社会』(岩波新書、1992 年)では


ステップ1「まず、自分から動く」――勇気をもって
ステップ2「評価を相手に委ねる」――ゆったりと
ステップ3「相手が動いたら、タイミングよく対応する」
        
何のルールも後ろ盾もないところで、ひとりの個人として行動するからである。そこには、自由もあるが、リスクもある。そのようなリスクを犯して、互いに出会うところに、人間としての対等の関係があり、人間としての尊厳があり、相互承認が成立する。最初に引用した文「ボランティアは「助ける」ことと「助けられる」ことが融合し、誰が与え誰が受け取っているのか区別することが重要ではないと思えるような、不思議な魅力にあふれた関係発見のプロセスである」

ボランティアは何か法的にも保護されていない、でも責任が課せられることがある
災害で事故にもなる、するとボランティア保険に入らないとできないとか意外とボランティアはめんどうなものなのである
だから私の場合はそんな責任あることはしない、駅でゴミ拾うとかちょっとした案内するとかだけである、だからそこには責任は生じない
一つの公共の場所として自分自身が利用者となってそのついでにそんなことをしているだけであり何か特別しているという意識はないのである

何か乗客とかに教える場合でも強制はしない、案内を強制はしない、いやがるなら何もしない、話もしない、だからこの三原則は興味深いとなる
ボランティアは災害などの支援などになると体力的にもきつすぎるから報酬を与えるペきでありとてもこのようなのんびりしたものではやれないのである

だから責任のないものであり評価もされない、今回のようにコーヒーをもらうということが一つの他者からの評価だったとなる

「相手が動いたら、タイミングよく対応する」

これは自分自身がしていた、あの人困っているのかな道を聞きたいのかなと見えたとき
何か困っていますか、知りたいことがありますかと軽く言う
でも別にスマホとか自分で探す人には言わない、そのタイミングが大事になる
ただ別に私が案内しなくてもどうにかなるから必要ないともいえる
嫌がられる場合もあるからだ、その辺のタイミングがむずかしいのである

ともかくボランティアは災害とかの支援となると労働がきつい、責任もあり、事故になったりすると困る、だからそういうものは組織化して対応するべきである
それは有償にもするべきである、責任が生じるからである

ともかくここではいかにボランティアが弱い立場であり何の保証もない、そして責任も課せられたらとてもできない、だから自分のような軽い責任もないボランティアならいいとなる
しかしそうなると誰も認めないということもある、それもしかたないとしてやるとなる
ただ邪魔になる場合だってありそれで鉄道関係者とか駅長でも嫌っている
でも駅はJRのものだけではない、利用する人でも自治体でもかかわるものである
だからNPOでコーヒーを出す人をおくとか市役所の人が来て工事をはじめるのである
だからNPOとかでするのはボランティアとは違うのである
それは市の方で援助して金も払うとかありNPOがかかわればボランティアではない
有償の普通の仕事ともなっている

だからボランティアは何か?

それを定義することはできない、個人と団体でやるのはまた違っているからだ
ここでは個人のボランティアのことを書いているのかもしれない
それも何の後ろ盾もないボランティアである
それを何か思想的に裏付けしようとしているのもあったということである
ただそこまで軽いボランティを考えるのかとなると普通はない
私もただそんな意識とか思想もない、偶然無人駅になって聞かれることがあったりしてしているだけである、別にそこでボランティアしなくても駅は機能しているからである
だから誰も認めなかったが一人昨日は何か認めることがありコーヒーをもらったということになる


2018年11月22日

踏切にも監視カメラ


踏切にも監視カメラ

watchingkkk1.jpg

踏切監視カメラの元々の設置理由は「踏切事故が発生した際の証拠」「遮断機を折って強行突破する車への牽制」ですので、「列車の本数が少なくて、歩行者しか通れない」ような踏切なら、設置していない可能性はあります

監視カメラを踏切につけていた、どこにでも監視カメラがあるがわからない
駅にも無人駅だと必ずついているしどこでもついている
4っつ監視カメラがついている
駅は外部からの出入り口になる、国境とか関所とかとにているのだ

何か振り込め詐欺の犯人が監視カメラに映っていたとかともいう
逮捕されたかどうかは定かではない、犯罪者をチェックする役目もある
それは関所とにているのである、現代は関所の役割になるところがない
あまりにも自由になりすぎたのである
車だと高速などでは料金の払う場でチェックするにしても車はチェックしにくい
だから車だと遠くに簡単に逃れられてしまうのである

ともかく駅とか鉄道はいつも下請けの専用の会社の人たちが仕事している
ほとんど毎日のように来ているのである
それが仕事なのだからそうなる、点検保守管理をしている


でも踏切を通る人も映るしそれで監視していると不安になる人もいるのもわかる
前は踏切番人がいた時代もあった
踏切はやはり危険だからそうなっていた
まず今はどこかで監視カメラに映るらうにできていることは確かである
踏切の監視カメラはどこでも普通に設置されていて今までここに設置されないのはかえって変だったとなる
結構ここの踏切は人はあまり通らないが車が通るからである
小学生とかは別な道がありここを通らないから安全ではある

2018年12月01日

風で電車が遅れる季節に


風で電車が遅れる季節に

traindd1.jpg

電車が風で遅れるようになった、それでとまどう人がいる
すると若い女性は遅れたと言ってどうこうとか教えていたら
私は知っているからいいわとか待っている人の前で言う
前にもそういう人はいた、地元の人はなれているから知っている
またスマホでも見て遅れが連絡されているのもわかる人がいる
でもみんなそうではない

駅に来た若い女性でもわからない人がいた
それは何か電車がどうなっているのか見にきたのかもしれない
それで説明したらわかったとなる
地元の人でもわからない人はいるし説明するとわかる人もいる

だから自分は知っているからというのは勝手なのである
その人は他の人を考えないのである
こういうふうにコミ二ケーションできない人はいる
何か話しかけても答えない人はいる
今はそういう人が多くなっているのかもしれない

若い人で遠くから来た人でも話せる人は話せる
その人は仕事できたけど津波のことを知りたかった
海は近いですかと聞いてきたからすぐ近くの高架橋に上れば見えると教えた
海は松原がなくなくり直接見えるようになったからである
その人は長崎の人だった、若いけどはきはきして受け答えが良かった

人にもいろいろだからこれはどうにもならない、別に聞かれなければ答える必要がない
でも遅れてみんなとまどうことがありそれを聞いた時、知っているからいいわとかいうのは身勝手なのである、他の人のことを考えていないのである
そこでまた私自身がここで何をしているのかということを認められていないからだともなる

つまり自分はJRからも客から認められないということがある、ボランティアには何かそういうことがある、ただ組織的にnpoとかの一員とかでやれば違っている
そういう人は報酬をちょんともらっているからだ
ただそうなると定期的に仕事をしないとだめになるからできない

いづれにしろこれからは風で必ず遅れる季節である
これがこれからの鉄道利用と駅の一番の問題なのである
続きを読む
タグ:電車の遅れ

2018年12月11日

常磐高速の鹿島のSAのイルミネーションがいい


常磐高速の鹿島のSAのイルミネーションがいい 

irumisa4.jpg

irumisa1.jpg

irumisa33.jpg

irumisa2.jpg                                                        


abstract painting

irumisa1runhh1.jpg

irumisa666.jpg

horsrheaven11.jpg



鹿島の駅は去年と同じイルミネーションである
なかなか年毎に変えるのは予算とかまたは手間でできないのだろう
鹿島のSAは道路公団とかかかわってしたのかきれいにできている
通り抜けができる所がいい、他でも今の時期はいろいろ見れる

馬をあしらったのは相馬らしいとなる
常磐高速ではとにかく人が集まるから何かしらイベントするのに向いている
何かを売るというときもやはり人が集まらないと売れないのである

2018年12月14日

福島市から来た遺品整理の会社の人と会う (ひとものがたりの会社である)


 福島市から来た遺品整理の会社の人と会う

 (ひとものがたりの会社である)


 今日駅であったのは遺品整理をする「ひとものがたり」という会社だった
 遺品整理というとテレビで話題になった
 それが福島市にあったのが意外だった
 仕事するために駅まできていた
 そして駅に着いた人を車に乗せて去った
 斎藤商店の車も来ていた
 それは廃品処理の会社であり自分も行ったことがある
 市で委託して廃品を処理している

 時代によって仕事が生まれる、老人が増えるとまた一人暮らしとかが増えるとこういう仕事が生まれる、田舎だと親戚がいて孤独死などはあまりないと思うが孤立した一人暮らしが増えている
 それは自分自身がそうだったのである
 ゴミ屋敷清掃なども請け負っている
 人間一人が死ぬということはめんどうなのである
 いろいろな処理があるからだ
 それで死者が増えれば高齢化でまた時代で一人暮らしが増えるとこんな商売も生れる

 第一駅前が葬儀屋になっていることでもわかる、もともとはそこは駅前の農協のスーパーだったのである、その時は駅前にまだ人が集まっていたからそうなった
 農協の仕事でも今や介護とか葬儀とかなっている

 何か駅前に葬儀屋があるのはあまりいい感じがしない
 それが何か暗くしているという感じにもなる
 しかし時代でありどうにもならない、少子高齢化でそうなっているのだ
 ただ新地駅前は温泉ができるとか施設もできる
 大きなビルも建設しているからあそこでは駅中心に人が集まる
 山下駅でも駅前にキクチスーパーができたから前とは違って人が駅に集まる

 原町駅は前に立派な図書館ができたが今になるとそれは失敗だったともなる
 やはり人が集まるもの、スーパーなどができると良かったのである
 駅からイオンス―パーに行くのが遠いからである
 前はヨークベニマルがあったがなくなったのも駅に人が集まらないとなる

 ともかく駅は意外と人が交差する場であり活きた情報を得る場でもあった
 こういうことは常磐高速ではできない、話しかけることもできないからである
 どういう人が来ているのかわからないのである
 駅では人が少ないから話かけることができる
 だから世の中の流れをここで知る、活きた今の情報を知る場だということを知った
 インタ−ネットとかスマホだけではわからないことがある
 別にインタ−ネットで調べれば出ていたが直接そういう人に接して話を聞くのとはまた違うからだ

2018年12月15日

JR仙台病院で癌検査に行く人 (この辺は仙台の病院に行く人が多い)


JR仙台病院で癌検査に行く人

(この辺は仙台の病院に行く人が多い)


JRの仙台の病院に癌検査に行くという、これはJRの専用ではない、一般の人も利用できる、農協ともにている、鹿島の厚生病院は農協の出資でできた
デイサービスの施設でもそうである、農協の組合員は優遇されることがある
農協では介護事業と葬儀事業をしている

仙台の病院に行く人は多いなと最近思った、知り合いの人は糖尿病があり白内障の手術をした、めんどうだから仙台の病院で手術をしてもらうことになった
それだけいい医者がいるということなのだろう

知っている女性は腰が悪いと仙台に行きまたその医者の案内で東京に行った
いい写真がとれる機械があるとかで行った
そして二回目は何か腰を楽にするものをつけるためにそれを取りにまた行った
その人は金がないのでまた自分が援助を強いられた

ともかく仙台に行く人は多い、病気はこの辺では困る、いい医者がそんなにいない
だからむずかしい病気になると福島の医大でありあとは仙台になるのだ
仙台からも医者が診にきているからだ
癌などはめんどうだからそうなる、設備も必要だからである

脳の詳細な写真をとれる機械は福島市と郡山に二台しかないとされる
この辺で認知症の脳の写真をとったが何もわからないものだった

でも三万とられた!

それは写真をとっても何もわからないのに金をとるために写真をとっただけである
一割負担だとすると写真をとるだけで30万するからである
その収入が大きい、こうして医療費用は膨大な無駄がある
最近無駄な薬を出さないと政府でも抑制しているのも当然だとなる
それが税金としてはねかえってきて国民の負担となるからだ
でも病院とか医師は機械に金がかかるとなればどうしても金をとらねばやっていけないから無駄でも金をとることをする
そして実際に新しいいいき機械がないと患者も来ないとか大きな都市では競争も激しいからである

その女性とは結構いろいろ話した、別にはじめてあった人である
畑のことを話したので興味をもった、それを書いた
駅は意外とナマの情報を得られる所だと思った
人間はまず自分の住んでいる場所について街でも身近なことを知らないのである
何するにしてもまず知ることなのである
相手のことでも相手を知らなければ理解しえないからである

ただそういう相手をしるとか市町村のことを知るというのは結構むずかしいのである
近くだからわかるようでわからない、人の動向も住んでいる土地のことがわかならいのである、その知らないことからいろいろな問題が起きてくる
その最たるものが津波や原発事故だったのである

もっと土地のことを知っていれば津波でもある程度さけられて被害が少なくななった可能性があった、原発事故でも地元の人がもっと知る努力をしていればこうはならなかった
ただ原発の場合は立ち入ることも聞くこともできないから知らされないのだからどうにもならなかったのである
現代複雑な社会であり知ることが知識が膨大であり多すぎるから処理しきれないのであるそして迷路に陥ってゆく、小さな一万の町に住んでいてもその土地のことでも人のことでもいろいろとわからないのである

そして知らないことが致命的なものとなる
それが津波であれ原発事故であれ甚大な被害に通じるから知らないことが怖いのである

2018年12月21日

撮り鉄、乗り鉄、描き鉄・・・・ 〈思い出の駅の物語)


撮り鉄、乗り鉄、描き鉄・・・・

〈思い出の駅の物語)

stpic55.jpg

stpic33.jpg

NHKのおはよう福島で放送していたのは描き鉄であった
駅の絵を鉛筆で描いていた、女川駅とか新地駅は津波で流されたが新しくなる前の駅を描いていた
鹿島駅でもよく撮り鉄がくる、そこでなんで行き先の案内板を写真に撮ってゆくのか?
これを東京からわざわざ撮りにきた人が今日いた
若い人である、前にもこの案内板は撮りに来た人がいた
そして駅舎とこの鹿島駅という表示を取ってゆく
これはと撮り鉄では人気なのである
相当に古いものだかららしい。

それでNHKのおはよう福島で描き鉄の鉄道の駅とかの展覧会を地下道でしていた
駅には確かにいろいろな思い入れがある人がいる

stpic1.jpg

だからこれはわかる、私自身は撮り鉄ではない、乗り鉄である、乗るのを楽しむ
それで日本の路線は私鉄をのぞいてほとんど乗ったのである
鉄道は絵になる、風景になる、自然とマッチするのが自転車と同じように魅力があるのである、それより鉄道は歴史が古いから何か駅でもそこには人間の情がしみこんでいるのである

それぞれの物語があるというとき駅で良くあうのは東京から実家に帰省する人である

「もう私の父親は92歳ですよ、もういつ死ぬかわかりません、私は高校出て東京に憧れて出たんです」
「自分も東京に憧れて出た口です、ただ大学で遊んだだけだから集団就職とはあまりにも違ったものでした、中卒の集団就職の人たちは苦労しましたから・・・・」

この女性の世代は高校出た人である、だから60代になるのだろう
団塊の世代は中卒が三分の一いたのである
高卒までこの土地にいた人ととは良くあう、集団就職で中卒で東京に行ったという人とは意外と会っていないのである
その時は東京に憧れるというとき女性でもそうであり東京は特別な憧れの都会だったのである、だから田舎を脱出して東京に行きたいというという人が多かったのである

田舎なる駅舎の寒し一時を話して別る東京にさる女(ひと)

良く駅ではぽつんと待っている人がいる、駅は誰いなくて淋しいわとか地元の女性が一人待っていた、そうやはり感じていたのである
駅は出会いと別れの場所でありそれは歴史が明治から始まっているから古いのである
だから何か人間の情が駅にはしみこんでいるのだ

そして不思議に駅で別れてあの人は東京に去った、その去る余韻があり東京でどういう暮らしをしているのかなとも想像する、去ってもその人のことを思うのである
別にその女性にはじめてあった人であってもそうなのである

2018年12月29日

駅と高速のSAの違い (駅は会い別れる公共の場)


駅と高速のSAの違い

(駅は会い別れる公共の場
                            

今日も見ゆ保線の人や年暮れぬ

三人ほど帰省を待ちぬ年末の駅や我もともに待ちにけるかな


今日は年末だから三人ほど帰省の人をまっている人がいた
一人は浮田であり離れていても歩いてきた?
車で来たのではない、それでタクシーで帰るために呼んだ
携帯ももっていない、でも待っている時間に来なかった
それでタクシーにのって家に帰った

帰省の人は今頃だったらある、それで自分も一緒になり待っていたとなる
前にもそうして迎えに来たり送ったする人がいて一緒に見送ったりもした
それが無人駅だとしやすいのである、なぜなら駅員がいないから出入りが自由だからである
ヨ−ロッパの鉄道はみんなホームに自由に出入りできる
自転車も載せる車両があり直接ホームにでてそのつま載せることができる
あれができたら自転車で遠くに行くのも楽である
折りたたんだり袋に入れることもないからである
それが日本でできないのが残念なのである

ここで高速のSAと駅の違いに気づいた
高速のSAは人を出迎えたり送ったりしない
なぜなのか?
車だと直接家まで行ってしまうからである
出会いと別れは家にある、車はこうして閉ざされた他者を排除するものにもなる

なぜなら駅だと一緒に見送ったり出迎えたりできるが車は家に直接行くことができるからそういうことがないということに気づいた
この差も大きい、駅というのはそれだけ人間の出会いとか別れを公共的な場で演出していたのである

ただ私は駅をそんなふうに見ていなかった
機能的なものとして見ていただけである
でも何か家族が死んで待っている人もいなくなった、それで今度は自分自身が迎えたり見送ったりしているともなる
でも別にそういう人もいないのである

ともかく駅が鉄道がなぜ車と違うのか?それは鉄道は長い歴史のなかで人間の出会いとか別れとかまた何か人間的なものが情でもしみこんでいるからである
それが車との大きな違いだったのである
だから鉄道がなくなるということはそうして人間の出会いや別れなど情がしみこんだ場がなくなるから淋しいとなる
どうしてもバスとか車とかにはそういうものを感じないからである

今日も保線の人たちがきていた、毎日のように見かける、それが仕事なのである
駅にかかわったというのも何か不思議である
それはただ無人駅になったから偶然にそうなったのである
そして毎日寄るにしても30分いればいい方である
だから後は自分の創作とかプログとか本を読むとかできるのである
もう一時間だと長くなる
なぜなら家事に時間をとられるからである、全部自分一人でしているからである
だから暇なく何かをしているのが強いられているのが自分である
これだけの仕事をこなすのは大変なのことである
それも介護をしなくていいからやれたとなる


2019年01月10日

車社会と鉄道の相違の考察 (マイホームとかマイカーの時代へ)


車社会と鉄道の相違の考察

(マイホームとかマイカーの時代へ)

自家用自動車を「マイカー」という言葉で呼んでいるがこの言葉ほど自動車に対する日本社会のとらえ方を象徴したものはない
他人にどのような迷惑を及ぼそうと自らの利益だけを追う
飽くことをことを知らない物質的欲望がそのままこの「マイカー」という言葉にあらわされている
「自動車の社会的費用」宇沢弘文

戦前と戦後を比べると何が変わったのか?
戦後十年から二十年はまだ車が普及していない、だからその時それほど車の影響はなかったし主要な交通機関は鉄道とかバスだった、特に鉄道が国鉄だったから鉄道が輸送の中心だった

車の問題は社会全体も人間そのものの人格すら変えてしまったほどに影響が大きかったのである、街路が消滅して街の活気が失われた、車の問題は車一台がしめる面積が意外と気づかないかもしれない大きいのである
だから駐車場が必要でありその面積を確保するのが問題になる
駅前にはそうした面積を確保できないのである
車は駐車する場所の確保に一番困っているからである
すでに日本全体でも土地の面積は道路と駐車場で二十パーセント以上占められているのである
だから車は今までの街の中に商店が密集して駐車できないことが一番問題になり郊外の大型店に移り街は寂びれてしまった、シャッター通りになったのである

車は歩行者や自転車からすると常に危険なものだが車にとってみると自転車とか歩行者は目障りになる、突然横切ったりするからである
それで自転車で行くと必ず自分はどなられることが多い
自転車は脇を通り車の邪魔をするなということである、それより歩行者とか自転車は邪魔だとなっているのだ、自転車専用道路は日本にはほとんどないからである
歩道を行くのだがそこは段差が必ずあって走りにくいのである
だからマウンテンバイク型のがいいとなる

車が社会そのものも変えたしそれだけではない人間の人格まで影響したのである
「キレル」人間を大量生産したからである、老人がキレルというけど車を運転する人はみんな突然後ろからスピードを出して目障りな歩行者や自転車をどなりつけて猛スピートで走り去ってゆく、キレルのが車なのである
機械が社会を変えただけではない、人間の人格まで変えたことが深刻な問題なのである
ただ便利なものとして何でも日本人は受け入れたのである
技術の危険性は原発でもそうだが考慮していないのである
便利ならいいとなっているからだ

実際人格を変えるということは本当に危険だし住みにくくなる、人間同士の関係もギスギスする、そこにはもう人間としての情は通わなくなる
第一車に乗っている人は歩行者のように歩かないからその人すら認識できないのである
ただ通り過ぎてふっとばしってゆくだけである
そこには人間と人間の情が通わないのである
例えば馬とか牛とかに農業で仕事でじかに接していると相手も動物だから情が通うのである、だから馬には名前をつけて人間のように呼ぶ、それは今はペットになっている
つまり情がない社会でペットはその代償となっている

車の問題はいろいろあるがやはり戦後の社会そのものを人間の人格まで変えてしまったのである、それは確かに世界共通の現象なのである
このマイカーということとマイホームというのも共通している
その私的な所有と空間の私的な占有とマイ・・・となるとき他者を排除するものとなる
それは公共性が喪失したものとなる
プライベートとかもそうである、プライベートは奪うとういことであり、本来共有のものを奪うとういことなのである
明治からでも私的所有過度に認めて山が入会権として共有だったのにそれも無数に分割されていちいち私有している所有者の許可が必要となり山を共同で管理するできなくなったのである

戦前は異常に国家優先の社会だった、でもそれは公共的なものとして全体としての共同の意識をもっていた、それが過剰になっていた
でも戦後は逆に私的なものだけを追求するようになったのである
そこに共有するとか共同するとか公共的なものを追求することが喪失した
そして金だけを求めてマイ・・・となり他者とか公共的なものとか全体とかへの意識が希薄化したのである、それは明治から私的所有を過度に認めてからもそうなっていた
でも国家という共同意識はありそれが過度になって戦争にまでなったということはある
それが極端に戦後は私的なものを追求するようになったのである

マイホームとか核家族とかでもそうだった、マイホームに象徴されるのは自分の家族のみの利益を求める世界である、核家族となるとまさに家族でも夫婦単位の家族であり昔のように大家族ではない、国家というものを極端に戦争に負けて否定するようになったのである、だから日本では愛国心も薄れただ自分だけの私的な利益だけを追求して家族でもマイホームという核家族単位の幸福を追求してきたのである
それは他者を車のように排除してマイカーでありマイホームになったのである
日本がではつくづく戦後は公共的なもの大きな共同体的なもの価値は追求されなかったのである

こういうことがこの辺で起きた原発事故でもあった、簡単に町でも村でも避難区域になりゴートタウンになった
それはそうさせられたとしても何かこんな簡単にそこに長年住んでいた町や村が崩壊するのかということが信じられなかった
それも結局私的所有とかマイホームマイカーの時代になったからなのかとも思う
自分の家族さえ良ければいいとかマイカーとなるとマイカーを家にしている人もいるからそのままマイカーで補償金をもらえば他に移ればいいともなるからだ、市町村に住んでいてもそのつながりは希薄になっていたのである
市町村全体のことを考える人はいない、ただマイホームマイカーなのである、他は知らないとなっていたともなるからだ


鉄道にはひかれる原因はそうしたものが失われたからである
鉄道には車両の中でも共有する空間であり車のように排除する空間ではない、みんなで共有するものとしてある
駅でもそこは広場的な出会いと別れの共有して情を通う場を提供しているのである
高速道路のSAにはそういうことがないのは車だと直接家まで行くから家で出会いと別れがあるから他人は関係なくなるのである
駅だとそこで共有の空間であり他人も一緒にそこでかかわるのである
だから一緒に見送ったり出迎えたりしているのである

人間というのが社会というのが機械とか技術によってどれだけ変わるかを考慮していないそれが人格まで変えてしまうとういことが考慮していない
でも便利なものはやめられない、その便利さによって恩恵も大きいからである
ただ人格まで影響すると人間は無情なロボットだらけになってしまったのかともなる
つまり無情非情化した人間となりそういう人たちの中で暮らすことは地獄だともなる
現実に今の人に情はなくなる、そうなると病院とか介護とかの分野では情が大事になるけど人間はロボットのように処理される
だから病院とか介護施設とかは怖いなと経験してつくづく思ったのである

宗教とかはもともと情の世界を人間の根本としてとらえてきた、愛とか慈悲とかそうだろう、でもこうして機械技術が発展すると情のない人間にとりかこまれて生活することになる、そして金が突出して力をもつ世界となり人間を人間とみない、金になるかならないかしか付き合う判断がないのである
それで自分が介護とか病気になり苦しんでいる時一切同情がない
ただこいつから弱っているから金をとればいいしかなくなっていたのである

確かに便利さでは格段に進歩したのだが人格とか人間の情という面では衰退した
江戸時代は逆に技術がないから病気になったら直す術もなくあきらめていた
ただみんな他人でも長屋に住んでいたら家族のようにして情をかけたのである
だから現代は確かに機械や技術の進歩で病気も直せるし栄養もとれる
ただ逆に情がない社会になっている
それで江戸時代が今に比べると全部悪いとはならないのである
技術がない社会としても情で補っていたのである

そして私自身は情がある社会がいいともなる、情ある人に看取られて死んだら幸福だとなる、病院は情がないからみんな嫌がるのである、確かに技術は進歩しているが情はないのである、医者にも看護師にも希薄である
だから時代時代でいい面と悪い面がでてくるとつくづく思う
それで江戸時代がすべて悪いとはならないのである
現代は江戸時代のいい点が失われたからこそ江戸時代を良く見えるということである