2021年09月29日

遊牧民から世界史を見る (遊牧民が航海民になる―陸の民と海の民)


遊牧民から世界史を見る

(遊牧民が航海民になる―陸の民と海の民)

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遊牧民は中央アジアから移動して地中海に至りレバノンからフェニキア人になりアルファベットを発明して商業の民となる
その前にアブラハムか神の命でメソポタミアとかの地域からイスラエルに向かった
遊牧民は移動する民であり商業民族になる、だからフェニキア人のように航海の民となっても不思議ではない、シルクロードは陸の道でありオワシス都市が海であれば港なのである、当時の国家とは都市国家であり城塞に囲まれた中に都市民が住んでいた
城壁とその外に生活する者は別だった、つまり城壁の外にいる者には安全は保証されていないのである
だから当時の国家とは今の国家とは違う、城壁に囲まれて安全を保証された場所が国家なのである

そして砂漠地帯であれ平原であれオワシスがありそこに都市が生まれる
そのオワシスの都市を結んで物が運ばれる、一旦城壁の外に出ると危険になる
商業になるとその安全を保証されることが大事になる
その保証をするのは大きな帝国でありその軍隊だとなる
モンゴル帝国に紙幣が通用したのはモンゴル帝国という権力があり軍隊があり保証されていたとなる
今いろいろな国家があるのとは違ったものである
だから砂漠の民はもともと国境があいまいであり遊牧民は自由に往き来していたとなる

遊牧民は広大な砂漠であれ平原であれ移動するのだから方向が大事になる
それでたいがい国旗は星印になる、特に北斗七星の北極は方向をしるの大事だから信仰とまでなる、日本にその文化が韓国経由で入り妙見信仰になったのである
日本の場合何でも韓国経由になり大陸の文化が入ってきたのである
ただ朝鮮半島の先端は照葉樹林帯であり日本と生活形態が残っている
でも朝鮮半島の大部分は遊牧民の影響を受けているのである

日本にはレンガの技術とか石の技術が入らなかった、石窟庵の石仏は見物である、石塔もまた多いのが特徴である
韓国の武寧王とか日本の王でもあったシマオウの墓はレンガ作りでありアーチにもなっていて銀製の(さじ)も使っていた
これはと中国の南朝から入ってきたし中国には大陸の文化が入っていたからレンガの技術も入ってきていた、日本にはレンガの技術は入っていないのである
ただ明治になってからレンガの技術が入り建築でも普及したのである
日本でもモンゴルが日本本土を侵略していたら確実に遊牧民とか大陸の文化が入って歴史的なものとして残された

遊牧民自体の国家というのは形成されない、エジプトは巨大な農業国家であり中国でもそうでありインドでも農業国家であり国家が形成される
国家とは広い領土を有するものであり都市国家とは違うからである
つまり大地に根付くものが国家である、そういう農業国家は定着文明であり巨大な建築物を残すことになる、ピラミッドとかそうでありメソポタミアのジグラッドとかもそうである,マヤとかインカの文明でもピラミッドと似た建築物を作ったのは農業文明だったからである
遊牧民はオワシス都市は作ってももともと大きな領土を支配する国家は作りにくかった
移動する民だからそうなる、ただ巨大な帝国は作ってもその盛衰も激しく継続しないとなる、農業国家のエジプトは三千年とか継続しているし中国の漢民族国家も農業国家であり現在まで継続しているとなる
ローマ帝国でももともとは農業を基にして興ったものであり農民国家だった
そしてこの農民国家は定着文明であり継続するのである
オワシス都市だと本当に楼蘭(ローラン)のように砂漠の砂に埋もれて消えてしまうこともある

農業国家は陸の民であり遊牧民は陸の民であってもやがて移動するから海の民、航海の民となる、遊牧民が地中海に出て航海の民となったということは納得する
そこは丁度航海するには太平洋とは違い人間が航海しやすい海だったのである
それげてまずフェニキア人が航海の民となり貿易の民となったのである
最初はギリシャが島々を渡り船で行き来した、多島海であり島を港のようにして航海しやすいからである
トロイはマルメル海の入り口にあり戦いの伝説を残した
ギリシャは多島海で航海していたから海の民となっていたのである
ペルシャは陸の民でありそれでギリシャの戦争で船の戦いで敗れたとなる

それで私はイスラエルからギリシャまで船で旅した
途中6時間くらいキプロスによったのである、それが気持良かった、春でアーモンドの花が咲いていた、そこに春の地中海が開けていた
キプロスは歴史が古い、エジプト人もここにきていてその跡が発掘されたりする
ここは後悔の中継地点になるからそうなる
一時はイギリスが支配したりしている


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キプロスの歴史

紀元前1450年頃には、古代エジプトの支配下に入り
    紀元前1400年頃には、アカイア人(ギリシャ系)が
    入植してきました。その後、アカイア人はキプロス人
    のルーツの一つになりました。

    紀元前800年もには、地中海全域を舞台に活躍した、
    フェニキア人が入植し、さらに、紀元前709〜670年
    には、メソポタミアを支配した、アッシリアによる
    支配も受けたそうです。

    紀元前560年頃には、エジプト王国に、紀元前525年頃
    には、アケメネス朝ペルシャ帝国、そして、紀元前
    300年頃には、プトレマイオス朝エジプト王国、さらに
     紀元前333〜325年頃には、マケドニアのアレクサンダー
    大王、紀元前76年には、ローマに支配されました。

    ローマ帝国による支配の下でキリスト教が伝えられ、
    島にはキリスト教文化が繁栄しました。ローマ帝国の
    分裂後、395年に、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)
    の支配下に入り、1192年まで支配が続いたそうです。

    この間、488年には、教会による自治が認められ、また
    650年頃には、アラブ・イスラム勢力が侵攻しました。

    1191年には、十字軍の途上にこの島に立ち寄った、
    イングランド(イギリス)の王で、獅子心王として
    知られる、リチャード1世によって征服されました。
  

  

ここが交通の要衝だからこういうふうに支配する国が変わったのである

陸の民と海の民の争いは世界史に基本的にある、地中海の覇権を握る争いがつづけられるオスマン帝国が地中海の覇権を握ったことでもわかる
ローマ帝国も陸の民であるがカルタゴとの戦いでも地中海での海戦となり地中海で争うことにある
海の民と陸の民のせめぎ合いその後も舞台を大西洋とか太平洋とかに代えて継続される
イギリスが覇権国となったのは七つの海を制したからである
次に日本の戦争も太平洋戦争となり太平洋を制覇する戦いだった
そしてアメリカが今度は陸の道の要衝であるアフガニスタンを捨てて太平洋にその兵力を集中して中国との覇権争いに備えるのも陸の民と海の民の争いが続いているからである
中国は典型的な陸の民であり海の民でなかった
でもその海へ進出してきたて世界の覇権国になろうとしているのである
つまり太平洋をめぐる争いとなっている、

いづれにしろ歴史は地政学である、地理がわかれば世界史でも大雑把に理解できる
それで世界旅行したことが今になると貴重だったとなる
大学生で中国からカザフスタンとかに行った人もいる、十数年前は世界旅行するのに向いていたのである、日本の円が高かかったからである
中国だったら十分の一で旅行できた、そして日本人は金持ちとして世界で歓迎されていたのである
自分自身はバックパッカーで安宿めぐりだった、まともなものを食べていない
実は世界のことがわからないのでそうなっていたのである

アジアだったらもっと金を使っても良かったのである、でも日本での貧乏暮らしでその金の差がわからなかったのである、それで失敗したのである
実際一ドル80円とかのときがありそれだと外国で価値が馬鹿高くなっていたのである
今になると日本は物価が安い国であり東南アジアより安い国になっている
タイなどだと日本の方が物価が安いとしている、それでめっきり日本人が減ったと報告がある,アメリカとかヨ−ロッパでも中国でも物価が二倍以上になっいるからもう貧乏人は世界旅行がむずかしくなる、その時は貧乏人でも日本人は世界に出ると金持気分を味わいたのである

こうして人間は時代によって経験することが相当に違ってくる
それもまだ十数年前のことである、そうしてたちまち時間が過ぎてそれは過去の物語になってしまったのである
中国に今行ったら日本人は貧乏人だとなり肩身が狭くなる、威張っていられないのであるそれもカルマだった、日本人はその時何か威張っていて傲慢だったとなるからだ
そして今や外国人をアジア人でも中国人でもおもてなしとか言って歓迎してへつらう金をもらうほかなくなったのである
これもつくづくカルマだったのである、なぜなら外国ではそういうことを日本人が見下して威張っていたからである、それが逆になったのはカルマだったのである


キプロスに寄港した一時(詩)

(6時間ほど船で寄港した思い出)

2021年10月29日

空間軸と時間軸の世界歴史 (グロ−バルな空間軸の歴史から時間軸へ還る歴史)


空間軸と時間軸の世界歴史

(グロ−バルな空間軸の歴史から時間軸へ還る歴史)

●地歴とは地は空間であり歴は時間のこと

人間は空間軸と時間軸で基本的に作られる、地は空間であり歴は時間であり二つの軸から世界を見るのである
日本人が理解できないのは空間軸の歴史である、日本の空間軸は海に囲まれた狭い島国に閉ざされているからである
日本自体が一つの宇宙ともなっている、完結した島国としてあった
外国との交流は海を隔たて取捨選択したのである
もし大陸のようであれば必ず異民族が攻めてくるから根こそぎ社会自体が変わってしまうそうして征服されれば階級社会となり奴隷民族にもされる
しきりに日本が平等社会だというとき大陸の様に異民族が否応なく攻めてきて支配される従属されることがないからである

広大な空間を移動して空間を拡大することがないからである
つまり日本の歴史の特徴は空間軸の歴史がないことである
日本は狭いから統一されたらその支配者でもそれほど変わらない、確かに権力争いがあり支配者は交代する、でも異民族によって支配者が変わるということはない
だからこそ天皇が継続されたのである、時間軸の歴史として天皇が継続された
日本の天皇が世界で一番古いいうとき日本は異民族に支配されたことがないからである
もし異民族が攻めてきてモンゴルが支配したら天皇制は維持できなかったともなる
なぜなら中国の歴史は常に異民族が攻めてきて王朝が変わったからである
そしてモンゴルなどの異民族の侵入を防ぐために万里の長城が作られたのである

世界史というとき大陸だと空間の拡大としての歴史がある、空間は無限であり平原であれ草原であれ砂漠であれその先に何があるのかということになりその先を知りたいと人間の本能としてなるからだ、どうしてもこうして大陸だと移動することが文化ともなる
中央アジアは遊牧民の世界であり絶えず移動する人達の世界である
家自体が羊とともに馬とともに移動する、そういう文化を人達を狭い空間で生きてきた日本人には理解できないのである

だから世界史となると大陸の広大な空間を知りたいとなりそこで移動することになる
移動するには徒歩より馬がいいとなり遊牧民は馬を操作する術にたけることになる
そうしてモンゴル帝国が生まれた、それは空間の拡大なのである
空間の拡大は必ず異民族との衝突があり戦争となる、空間を拡大することは戦争を通じて行われた、アレキサンダーでもそうである、これも空間の拡大に憑かれて英雄となったのである

必ず大陸では草原の平原の砂漠の果て未知でありその未知にひかれて進んで行く
そのかなたに何があるのかということで進んで行く、そのかなたに未知の国がありそこにパラダイスがあるともイメージする、だからこそ冒険でも生死がかかっても進んで行く
それが大陸人間のメンタルなのである、日本にはそうした広大な空間がない、土地がないそのために日本では海のかなたにニライカナがあり理想郷がありまた海のかなたから移動してきたとなり憧れる、でもその海は広大であり大陸のようには
移動できないのである、すると島国に閉ざされて生きるほかないのである


●ホイットマンの草の葉の空間と時間

勇気ある魂よ

勇気があるか、おお魂よ
私と一緒に未知の国へ
足の踏むべき地面もなく
辿るべき道もない国へ歩き出す勇気が

そこに地図はなく、案内人もいない
肥えも響かず、人の手のぬくもりもなく
血色のよいふょくらとした顔も、唇も、目も、何一つその国にはない

縛る(いましめ)が、「時間」と〔空間」という名の永遠の縛る(いましめ)を除く
ありとあらゆる縛りが、ようやく解けて、もはや闇も、重力も、感覚も
とにかくいかなる境界も、我らは阻まれることなく

さまざまな種族、隣人たちは、ぜひとも娶りめとらねばならぬ
海は渡りつくされ、遠きものは近くに引き寄せられ
国々はぜひとも一つに溶接されねばならぬ

あなたの寵児たる人間、あなたそっくりの種族
ここでなら強く優しい巨木となり、ここでなら大自然と釣り合うぐらいの背丈になる
ここでなら壁や屋根にかこまれもせず覆われていない広大な正常な空間をのぼって行けるここでなら嵐や太陽と一緒に笑い、ここでなら喜び、ここでなら辛抱強く鍛錬できる
ここでなら自分のことを気にかけて、自分自身を披露できる
(他人の処方なんか気にかけず)ここでなら自分の時間を生き尽くし
幕がおりたらどうと倒れて、最後はひっそりと捨て石になり消えてそれで役立てる

ここでは未知の広大な空間の中で恐怖を覚える人間がいる、実際アメリカには砂漠もあり平原もありそのスケールがあまりにも違っている、そういう場所にいるだけで空間で恐怖を覚える、人間的なものがないからである
そうした広大な空間で自由がある、何ものにも縛られない自由が生まれる
そこでは空間の結合を唄うのであり時間はそこにない

ただ巨木となると時間の中で根付く、それも相当に長い時間である、樹齢千年とかの樹があるから樹は時間的存在なのである
時間的存在なのは岩とか石とか木とか山とかである、それら動かないから時間的存在なのである
ただアメリカではそういう場所があっても空間としての存在でありまだそこに人間は根付かいなのである、空間を移動する存在なのである、そしてその広大な空間を結びつけることがアメリカ合衆国を作ることなのである、時間的存在としてのアメリカは育っていないのである

大陸にとって未来とはまだ見たことなのかかなたにある、そういうことは大航海時代にも続いていた、海のかなたにある世界を見たいということでコロンブスであれ太平洋を渡りアメリカに到達したとなる、他のバスコダガマでもそうである、船でポルトガルでもスペインでもまたオランダでもそうでありイギリスになると遂に七つの海を征服して世界の覇権国となったのである
イギリスがアメリカに移民を送り込みアメリかを作る、そのアメリカもまた広大な空間の未知の国だったのである、そのアメリカを地理的に知ることは不可能だとなる
その広大さはまさに中央アジアにも匹敵するからである
そのアメリカの広大さもやはり空間軸からなり移動することになる
西へ西へと開拓者が果敢に進んで行く、それがホイットマンの詩となったのである
それは基本的に空間軸の詩である、無限の空間を移動する詩なのである
移動するにも馬車の時代でありだからこそ大挙して開拓者が移動するさまは壮観だったとなる、その後に西部への鉄道が通りさらに移動する人達がいたのである

●空間の移動の世紀から時間軸の世界へ

移動するということは移動する道具が必要になる、それが遊牧民だったら馬になり次に機械が発明されて蒸気船とかなり鉄道となりやがて飛行機となってゆくのである
機械の力で大移動の時代はつづくのである、そのことは第二次世界大戦までつづいていたしグロ−バル経済でも現代までもつづいていたのである
世界の拡大であり統合である、フロンティア精神である、これまでは常に未知なるフロンティアがあり人々は移動してきたのである
日本でも明治にはこのフロンティア精神があり空間を移動した、それが北海道である
侍の時代が終わり侍も北海道で開拓者になったからである
明治は日本が世界に開いた空間の時代でありフロンティア精神の時代だったのである
だから明治の偉人はみんな何かの大学であれ会社であれ実業家であれ銀行であれ創始者になっていたのである

ただその移動の時代も終わった、もう地球に移動する新しい空間はなくなった
そのために今度は宇宙空間に移動するようにもなった時代である
フロンティアは宇宙になってしまったのである、そして宇宙に投資するというときやはり空間の拡大の延長なのである、投資する資本主義というとき常にリスクがともなう
それでオランダでは世界へ旅発つ船にみんな株主になり投資する、リスクを分散するのである、それが資本主義の精神にマッチしていたのである
資本主義は常に投資するものを必要とするからである、その投資するものというときいろいろありただ移動してフロンティアを見出すということだけではない、投資とはあらゆることに発明でも機械でも投資することだからである
新製品の開発に投資することでもあり投資してその見返りとして利益をあげるということである、だから新たに投資すべきフロンティアが必要になるのである
ただ地球はもう空間的にはもう未知はなく限界になった、だから空間を拡大するということに投資することはなくなる、そこに資本主義の限界が生まれたともなる

だから世界は空間の拡大から時間軸の世界に移る、時間軸の経験を持つのは四大文明もそうである、文明となると時間軸で形成されたものである
エジプト文明は三千年とか継続して不動のピラミッドを作ったからである
神殿を作るということはそれは定着して不動であり時間軸のものである
インドでも中国でも日本でも時間軸の歴史があり文明であるとなる
アメリカには時間軸の歴史がないのである、空間の拡大であり時間軸の歴史がないからそこに宗教とか哲学とか芸術は産みだしていないのである
ホイットマンの詩を読めばわかるいかに空間を移動することがテーマになっているかわかるからだ、全く未知の広大なアメリカにふれた感動が延々とつづられているからである
時間軸で見るものがほとんどないのである、常に広大なアメリカを移動する詩なのである

ただ現代は空間の拡大の歴史は終わり時間軸の歴史に還る、時間軸の歴史は文明が起り成熟した地域である、エジプト文明であり中国文明でありインド文明でありヨ−ロッパ文明である、そこに時間軸の歴史があるからだ、時間軸の歴史は宗教哲学の時代でもある
それは人間精神の内面化の時代だからである、ただ現代のカルト宗教団体はこれには内面化など全くない、やはり空間軸の世界であり会員の獲得であり増大であり内面性は全くない世界である、物質欲と権力欲の拡大しかないのである
結局世界が島国化するというとき日本化するということが言われたが確かにそういうことにもなる、世界のフロンティア消失して島国のように閉じられてその中で生きる
時間軸の中で定着して生きるようになる、ただそこでは精神は耕され深いものが生れる
新たな文化が生まれる、文化とはその土地を耕す、cultivate-cultureだからである
コロナウィルスによる巣籠り生活はそういう生活形態だったのである、中世的内面化の探求でもあったのである

ただ空間軸の世界はわかりやすい、でも時間軸の歴史は理解しにくいのである
世界を旅しても時間軸の歴史を理解することは最もむずかしいのである
日本だってすでに江戸時代を理解することは本当にむずかしいからである
その土地に積み重ねられた歴史は簡単に理解できないのである
すでに50年、60年前、戦争や戦前のことが理解できなくなっている
卑近なことでも理解できない、子供時代街中でも囲炉裏があり炭が燃料であり井戸で水を利用していたとか経験しない人は理解できなくなったいるからだ
すると千年前とかの時間軸の歴史を理解することは至難になるのである
空間軸なら今でも世界を旅行すればある程度は実感として理解できる、空間軸の世界は地理は変わっていないからである、だから空間軸の世界を今でも理解できる
でも世界となるとやはり広大だからそれをしていたら一生などすぐに過ぎてしまうことにもなる、ただ別に学問がなくても空間軸の世界は今でも理解しやすいのである


2022年02月08日

地理が歴史を作る (初夢(はつゆめ)内村鑑三よりー世界を見る)


地理が歴史を作る

(初夢(はつゆめ)内村鑑三よりー世界を見る)


めぐみのつゆ、富士山頂にくだり、
したたりてそのふもとをうるおし、
あふれて東西の二流となりぬ。


その西なるものは海をわたり、
ペクトュをあらい、クンルンをひたし、
テンシャン、ヒマラヤのふもとに水注ぎ、
ユダの荒野に至りてつきぬ。


その東なるものは大洋を横断し、
ロッキーのふもとに黄金崇拝の火を滅し、
ミシシッピー、ハドソンの岸に神の聖殿をきよめ、
大西洋の水に合してきえぬ。


アルプスのみねはこれを見て
あけぼのの星と共に声を放ちて歌い、
サハラの砂漠は喜びて
サフランの花のごとくに咲きぬ。


かくて水の大洋をおおうがごとく、
エホバを知るの知識全地にみち、
この世の王国は化してキリストの王国となれり。


我は眠りよりさめ、ひとり大声によばわりていわく、
「アーメン、しかあれ、
みこころの天になるごとく地にもならせたまえ」と。

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内村鑑三は日本のアブラハムだった、聖書を解読した始祖でもあった
地理論も書いた、なぜ江戸時代に生まれ明治になりそれだけの世界的視野をもてたのか?意外と明治は世界的視野をもっていた人がいたしまた明治が現代と違っていたのは
江戸時代に育まれた鎖国三百年でも日本の精神が醸成された時代だったのである
だから和魂洋才の時代だったのである、日本という伝統的に育まれた精神でも活きていたのである、すると西洋化したとしても日本という伝統精神は色濃く残っていた
それが内村鑑三の場合は武士道だったのである
それでキリスト教に武士道が接ぎ木されたとなる、もう現代になると日本では接ぎ木されるものが残っていないのである

特に戦後は日本的精神はアメリカ化されて物質化されたから残っていないのである
例え民主主義でもそれはあくまでも表層的なものとしてしか受け入れられず日本には本来の民主主義もない、西洋文明がキリスト教文明と指摘したときそのキリスト教でも日本には根付かなかった、ヨ−ロッパから取り入れたの科学技術であった
洋行したとき関心したのは機関車とか科学技術げありキリスト教は受け入れなかった
つまり西洋文明とは科学技術機械文明だとして取り入れたのである

内村鑑三が明治時代にグロ−バル化した世界をすでに見ていた
でも実際に留学したのはアメリカである、アメリカしか行っていないのである
でもその経験がその当時でいかに大きいものだったかわかる
今でも日本を語りうるものはたいだい留学した人だとなっているからだ
つまり外国で暮らすことによって日本を比較して見えるからである
ただ明治と違うのはもはや日本には江戸時代の遺産が消失してしまった

明治はまだ江戸時代が現実に活きていたのである
だからこそ武士道キリスト教というのが成立ったのである
その後は武士道は明治でも消失してわからなくなっていったのである
そして大正時代から戦争へと突入する暗い時代になったのである
内村鑑三が薫陶を受けたクラークの時代はアメリカはホイットマンに詠われた素朴ないい時代だったのである
ところが十年くらい過ぎてアメリカは変わったとしている、別なアメリカになったとかいう人がいる
やはり時代は常に変わっているということである
それでいい時にアメリカに留学したからアメリカのいい面を体得したことが影響した結果人も作られたとなる
人間はどんな人でも時代の影響を受ける、これはどうにもならないのである
現代からとても人物は出にくい、大衆社会とか物質化して世界中が求める者か金しかなくなったからである
それはどこでも同じなのである,グローバル化して世界が均質化したからである
旅行してもたいがい都会は同じようなものに成っているからだ、大衆社会というのも世界的に同じなのである


めぐみのつゆ、富士山頂にくだり、
したたりてそのふもとをうるおし、
あふれて東西の二流となりぬ。

この詩では富士山を世界の中央のように見ている富士山からめぐみのつゆが下り東西二つに分かれるというとき西洋と東洋を二つの川として表現している

ペクトュをあらい、クンルンをひたし、
テンシャン、ヒマラヤのふもとに水注ぎ、
ユダの荒野に至りてつきぬ。

ペクトュをあらい、クンルンとか北京とかなのか、中国でありヒマラヤが世界の尾根としてありそれがイスラエルのユダにつづく、明治時代にはまだイスラエルは作られていない第二次世界大戦の後に建国されたからである
ユダだとういときシルクロードとかユダや人が秦氏とかが弓月という国が中央アジアにありユダや人が日本がに古代に渡ってきたともみる
イスラエルが誤解しやすいのはそこは半分砂漠でありそもそも一神教は砂漠から生まれた砂漠の荒野から生まれた、イスラエルには隊商宿がありラクダをつなぐ場がある
つまりシルクロードであれ砂漠が道となり東西が結ばれていたのである

西安の長安の始皇帝は白人とされているしヨ−ロッパ系でありギリシャ文化も伝わっていた、仏教にギリシャのヘレニズム文化が伝わり仏像が生まれた、そしてインド人はアーリア人とドラビダ人の混血であり目鼻立ちがくっりきりした人が多い
すでに東西文明は交わっていた、そして日本があたかも世界の中心のように地理的にしたのはやはり明治に世界が結ばれたとき地理的に直感したのである
それはやはりアメリカに留学したことでそういう地理の感覚を得たのである
でも行ったのはアメリカだけであり船で行ったのである

つまり明治時代に内村鑑三は日本を地理的にどういうふうに見ていたかというと
東西文明の合流する統合する国だと見ていたのである、だから富士山が世界の中心と見たのである
ただヒマラヤを詩にしても実際に行っていない、わしはヒマラヤに行った、でも春であり高い峰が雲がかかって見えなかったのが残念だった
ただヒマラヤを見るには飛行機からしか見えない、その頂上は飛行機から見たのである
まさに天空に聳える峰なのである
ヒマラヤは三千メートルのトレッキングコースから見ると圧巻である、その高さに驚嘆する、三千メートルは富士山でありそこから8000メートルの山を見るのだから本当に天に聳える山なのである、その感覚は全然違ったものとなる

日本の山は実際は矢間とかあてられ谷間とかでもある、高い峰ではなく谷間を意識していたのである
世界を俯瞰的に見ることはそれは映像で見てもわからない、ただイスラエルがなぜ地上の神の国として定められたのか?、それは地理的なものである
イスラエルが中央アジアの砂漠地帯から地中海に面してそこがヨ−ロッパ大陸に向かっていた、一神教がやがてキリスト教でもヨ−ロッパに伝播して広がる地域にあったのであるつまり地理と神の定めた者であり世界史は地理がわからないと理解できない
地理は上か造ったものだからである、その地理は歴史がはじまってから変わることがなかったのである

でも世界を俯瞰することは神の眼をもつことでありできない、でも世界旅行が簡単になったときある程度は普通の人でもできるようになったのである
とにかくとんでもない場所に日本人でも行っていたからである
ということはこれから世界を詩にする人や絵にする人が出て来る
ホイットマンでもアメリカを詠うことで終わった、でもそのアメリカ自体が広大であり
大きな世界と同じである、中国もまた一つの世界である、インドでもそうである
だからまず世界を理解するときもう地理的に理解することが不可能になる
50歳からバックパッカーで世界を回ったことで多少世界の地理がわかった
でも本当に世界となると広いからとてもその広さゆえに理解できないのである
まず中国に三回行ったとしても広すぎてわからなかったからだ

ただ日本が明治時代にすでに世界的視野を持った人がすでにいたのである
それで東西文明の結節点のような地理に日本があることを指摘したのである
だから現代の政治情勢でも地理から見ると日本は中国とアメリカが対立するときその中間にあって双方を結びつけるものとしてある
つまりアメリカはヨ−ロッパの延長だからである、ぐるっと地球を一周してアメリカがヨ−ロッパ文明の延長でありそれが日本へめぐってきたのである
そしてアメリカは西へ西へと西部開拓に向かった、その西部開拓でも今のカリフォルニアで終わらなかった、アジアへ日本へ向かっていたのである
そして日本とアメリカの戦争となり次に米中対立となってきたのが現代の歴史だったのである

ただ明治以降はグロ−バル化して世界戦争の時代になった、平和的東西文明の融合はなかったのである、ただ地理的に日本は東西を結ぶ国として今でもある
そういう地理を理解することが政治でも経済でも文化でも基礎として必要なのである



地理が世界の歴史を作る

ヒマラヤは天空に聳え屹立し
下界は雲に隠れて見えず
その頂上は天より望む
畏るべき神の業かな

大草原は展かれて遠く
奔馬は本年の力に駆ける
遠くへ遠くへ限りなく
熱を帯びて歓喜して疾走する

大河は悠々と流れ尽きず
二つの国を分かち境界となり
文化を育み歴史を作る
上と下とを結び交易し文明を作る

砂漠は一なる神の棲む場
偶像崇拝を拒否した厳粛な場
シナイ山頂よりモーゼが下る
強靭な山より十戒を授ける

砂漠はまた道にして人結ぶ
オワシスに都市が生まれて結ぶ
その広大な延長の先にイスラエルのあり
神の定めし世界の中心なり

地中海に面してやがてヨ−ロッパへ向かう
地中海は交易の海にしてギリシャは栄える
植民都市のネオポリスの各地に
その船は帆を張りすすむ

やがて地中海より太平洋へ
コロンブスはアメリカへ渡る
地理の定めにより歴史は作らる
広大なアメリカに新世紀は成る

そして極東の東の端の日本の開国
日本は世界に門戸を開き
アジアの歴史の先兵となりぬ
西洋と東洋を結ぶ要の国なれ

陸が草原が河が海が山が歴史を作る
20世紀は海が歴史を作る
日本は海の戦いに敗れたり
中国は今陸を離れ海の戦いへ乗り出す

世界は地理の定めにより地理に成る
海を制するものは世界を制する
陸の帝国は地に埋もれぬ
始皇帝は地下の帝国に眠る

海は展けて新天地を見出す
アメリカの西海岸に陽は没り
日本の東海より陽は昇り
中国の西に陽は没り東西を結びぬ

地球の歴史の興亡は地理による
天地創造の神の定めし業による
今人は世界と交わり生きる
日本よ、その地理により再び興隆せむ


自己と他者を知る者は、
ここでも了解することだろう:
東洋と西洋は
もはや分けることはできないのだ。ゲーテ



現代はすでにそうなっている、もう切り離せない一体なのである
その一体の先駆けとなったのが日本だったのである
そういう地理的位置にあったしこれからもあるとなる
馬が駆けるというときこれがどうしても車だとなるとロマンがないし躍動感がなくなる
この馬は今はないが自転車に乗るとき走る時馬に感じるのである
馬は風を感じるし自然を感じるからである、それで走っている時熱を帯びて躍動感を感じるのである、だから機械に頼る時本然の生き物の力を失っているのである
動物は本然の力で生きているからである、それで躍動感があるとなる

Geography makes the history of the world

The Himalayas rise and soar in the sky
The surgeon is hidden in the clouds and cannot see
Its peak is seen from the sky
Awe-inspiring work of God.

The prairie is spread out and far away
The wild horse runs with the power of this year
Far, far away, endlessly
With feverish joy, it gallops on

The great river flows endlessly
It divides the two countries and forms a boundary
It nurtures culture and creates history
It connects the upper and the lower, trading with each other and creating a civilization.

The desert is the dwelling place of the One God.
A place of solemnity where idolatry is rejected.
From the top of Mount Sinai, Moses descended.
Giving the Ten Commandments from a mighty mountain

The desert is also a road that connects people
A city is born in the oasis and it connects
At the end of its vast extension is Israel.
The center of the world, ordained by God.

Facing the Mediterranean Sea, it will eventually head for Europe.
The Mediterranean Sea is a sea of trade, and Greece prospers.
In the colonial cities of Neopolis
And its ships sail on.

From the Mediterranean Sea to the Pacific Ocean
Columbus crosses to America.
History is made by geography.
In the vastness of America, a new century was born.

And the opening of Japan on the eastern edge of the Far East.
Japan opens its doors to the world
It will be the vanguard of Asian history.
Japan will be the key country connecting the West and the East.

The land, the steppe, the river, the sea, and the mountains will make history.
In the 20th century, the sea will make history.
Japan has lost the battle of the sea.
China has now left the land and embarked on the battle of the sea.

The world is a geography by geography.
He who controls the sea controls the world.
The empire of the land will not be buried under the earth.
The First Emperor sleeps in an underground empire.

The sea will open up and find a new heaven and a new earth.
The sun sets on the west coast of America.
The sun rises over the East Sea of Japan.
The sun has set in the west of China, and the east and west are connected.

The rise and fall of the earth's history depends on geography.
The rise and fall of the earth's history depends on geography.
Now we live in harmony with the world.
Japan, through its geography, shall rise again.



2022年02月17日

待つ時間の消失 (待つ時間は期待する時間であるー間とか,無用の用とか東洋思想を見直す)


待つ時間の消失

(待つ時間は期待する時間であるー間とか,無用の用とか東洋思想を見直す)

現代かいろいろなものが消失した、それに気づかない人もいる、旅に過ごした人生で感じたことはそもそも旅も消失していたのである
旅とは行程のことであり目的に寄り早く着くことではないから旅があった
今は三時間で平泉に着くとしたら場所の俳句などできない、その時地の果てへ行くような感じであり死をも覚悟した旅だったからである
だからこそ「奥の細道」が生まれたのである
「五月雨の降り残してや光堂」というときこれは時間の感覚の俳句である
でもまた空間的距離も関係していた
なぜなら江戸からはるばる歩いて来て金色堂を見た、その金色堂がまだ残っていた
藤原氏の栄華の形見として残っていたという感懐があり生まれた句である

もし新幹線で三時間で着いたらこういう句は生まれないのである
人間は何でも空間軸と時間軸で構成されている、でも空間軸でもそれが交通の発達で狭くなると距離感がなくなると感じ方が違ってくる
だからそうして失ってしまったものがかなりある、ただ気づかないことがある
別に旅など車でも電車でもしているのではないかとなる
でも歩いて旅していた時代とは感じ方が違うし本来の旅は消失したのである
ということは何でも時代が進歩したとしても必ずそれによって失うものが必ずあるのが人間世界だということがわかる

医は仁術というとき医のモラルとか人間に対して人情とか愛とかで患者に接することだったその時代は病気は直せないものとして見ていたからかえって情を愛を注いでいたともなる逆に今は科学技術が発達したから病気は直せるものとして医者に行く
直せない医者は藪医者だとかされる、情とか愛など関係ないとなる
またて医者の方にしても医は算術だとなる、金もうけの手段としてある、だから人情がなくても
そして科学技術の最先端の機械設備を整えた病院がいいとなる
でも病院で死ぬことは情もない無機質な空間で死ぬことで嫌だとなる
最後死ぬときくらい愛情をもってみられて死にたいとなるからだ
その時はもう病気は治らないからである、老人でも治らない病気が多いからである

こうしてとにかく人間社会は何か進歩したとしても何かを失っているのである
人間とは何かを得れば何かを失うということがある、この辺で原発は歓迎されていた
金になるとかなり電気関係で働く人も多かったからだ
それで財を築いた人もいるからだ、でもそれが事故で反転した、故郷にも住めなくなったからだ、いいと思えるものが最悪ものにもなった、そして貴重なものを消失した
でもそれが貴重なものだと思っていなかった、故郷など別に住んでいるし貴重なものという意識がなかったのである
何か最も貴重なものの価値がわからない、当たり前にあるものの価値がわからないのが人間なのである
家族とか妻とかでもその価値が意外とわからない、でも死んでしまうとそのありがたみがわかる、今や全部家事でもして病気になっても誰も同情もしない、他人がこれほど冷酷だと思わなかったとなる、だから家族がいないことはこの世は一変して地獄に変わったのである
ただここでも失ってみて初めて家族の価値がわかったことになる

そういうことはあらゆることに言える、待つことでもそうである
待つことが何なのともなる、インタ−ネットの通販で感じた
本を注文すると三日四日くらい配達される、その期間が結構待ちどおしいとなることに気づいた
そこに待つ時間があるからである、すぐに例えばインタ−ネットの電子本で読んだりするとそめういうことはないのである
ただ題名しか読んでいないし中味を早く読みたいと待ち遠しいのである
その待つことでそれが配達されたときはうれしくむさぼるように読むということに気づいた、また電子本では手に入らないものが多いからそうなる

この待つ時間が電車にはある、駅で待つことは何か期待している、家族を迎えるために待つというときまた他でも友達を待つということでもそうである
何か待つ時間は期待する時間なのである、そこで駅は人間的な場所だったのである
そうした人間的なものが駅にはあった、それは待つ時間が必ず電車にはあるからだ
そういう時間があったということである、時間の感覚も時代によって違っていたのであるただ新幹線とかなるとあまり待つ時間がない、一時間置きとかではなく、待つ時間が短いと感じない、それよりも余りにも早く着きすぎるから時間の感覚が違ったから今までの駅とは違ったものになる
高速道路のSAとか道の駅には待つ時間がない、ただ立ち寄り去ってゆくだけである
道の駅で待っているということはない、そもそも車には何か待つ時間がない
いつでも家から出て目的により早く着くという乗り物だからである
そこで鉄道の駅とは相当に違ったものとなっていたのだ

人間は待つということは神を待望するというときも待つ時間なのである
神の国を待望する時間なのである、だから雄々しく待てとかなる
待つことに価値を見出していたのである、待つことも不生産なものではなく生産的な価値があった、ただ旅でもより早く目的地につけばいいとなると待つ時間もなくそれは精神的な損失だともなる、充実した旅とはならないからである
人間はこうしてより効率的なことを追求して社会を作ったてきたが必ずそこで失われたものがあった、それに気づいていなことがある

確かなことは待つ時間は期待する時間なのである、それが無駄なものではなく精神的にも豊かにする価値があった、それが消失したとき人間的なもの情的なものも失われたのである、何かすぐにけ手に入ればいいとなるがなかなか手に入らず得ることができないで待つ時間があってその手に入るものが貴重だとなりまたそれが手に入った時の喜びも大きいのである、それが本がすくに手に入らない三日四日かかることでも感じたのである
その待つ時間が実は貴重でありそれがかえって精神的豊かさを醸成していたのである
効率的になれば待つ時間は無駄だとなるのが現代である
それによって失うものがあることを感じないのである

だからともかく人間社会は進歩した効率化した合理化したとかでいいとするが必ず失うものがある、それに気づかない、だから人間とは必ずしも何でも効率化するとか合理化するとか機械化するとか何かいいように全部働かないのである
何かそこで人間的なものを失うことがある、何か不満だというときそういう人間的なものが喪失したとでまた不満になっているのだ

結局用ばかり追求するより無用の用が必要だとか老子の思想が東洋にはある
日本だと間の思想である、何か日本では日本語には間がつくのが多い
それは時間にも間が必要であり間合いが必要であり空間でも間が必要である
そこに人間的なものが生まれる、老子だと無用の用が必要だとなる
それが東洋的思想としてある、おそらく西洋的なものにはない、資本主義とかでもすべて効率的にする合理的にする、無駄をなくすということになる

東洋的思想として禅があるとしてそれは無の境地にいたるとか空を知るとかなるのだから仏教とかでも同じなのである、東洋文化として共通したものがある
それでインドでゼロを発見したとでもわかる、これは西洋文化からは生まれないものだったのである、ここに東洋と西洋の相違があり今見直されるべきなのは東洋的文明であり思想だともなる
キリスト教はもともとアジアから生まれたのである、宗教はアジアから東洋から生まれたそれが欧米化したのである、ギリシャ文明があり本来の宗教が変化したのである

キリスト教と西洋化したヨ−ロッパのものもでありそれは本来のアジアのものとは違っている
ただ現代の宗教は別に東洋的だとかアジアだとか関係ない、資本主義の論理のように適合した全く東洋とかアジアだとか高遠なものとは関係ない、御利益宗教であり要するに金にあればいいとしかないのである、東洋も西洋もないのである
ただ欲望の是認でありカルト宗教になっている、どの団体でも同じなのである
それが世界でも大都市が似たようなものになていることでもわかる
画一化して平均化した大衆社会になっているもの同じなのである

いづれにしろ資本主義とかその変容したマルクス主義とかは限界である、思想的には東洋に回帰する
思想としては東洋が元であり深いからである、それを再び見直す作業も必要になる
だから中国がマルクス主義になっているのはおかしいのである
ただ仏教とかでも結局は資本主義的になっている、欲望の全面的解放であり宗教的なもの皆無である
大衆の欲望を全面的に開放した異常なカルトなのである
そんなとこに思想もなにもない、ただ資本主義の欲望追求と変わりないのである

だから不思議に思うのは中国には仏教遺跡が多い、仏都も多い、そこで唐の時代に日本もその仏教最盛期の時学んだ
でもその仏教も過去のものとなり今の中国は日本でも仏教は関係ない社会なのである
中国こそもっとも資本主義に適合した国だとなっている、だからあれだけ急速に経済発展したのである
でもそれも行き詰まっている、資本主義とその同根の西欧文明から転換が必要なのである
キリスト教は西洋化したものであり本来の東洋にオリエントから発したものなのである
だからこそキリストが生まれたとき東洋の三博士が祝福したことでもわかる
東洋から生まれたから東洋の三博士と通じていたのである






2022年02月18日

この世は迷宮であり怪獣に食われる (3000年前にでも現代も人間の未来も予言されていた現代)


この世は迷宮であり怪獣に食われる

(3000年前にでも現代も人間の未来も予言されていた現代)

●3000年前に予言されたことが現実化している

人間の未来を言う時そのことはすでに300年前とかに予言されていたのである
ます聖書だと善悪の知識の木(善悪を知る木善悪を知る果物を食べた、そこで人間は目覚めて神から離脱した
人間は主人となり神から離れたのである、そして楽園を追放されたのである
その原罪は消えることなく人類にのしかかり現在に至っている

そしてギリシャ神話でも人間の未来は予見されていた、ゼウスから火を盗んだプロメテウスは過酷な罰を受けた、その火とは原子力にも通じている
そして原発事故が起りこの辺でぱ住めなくなった
つまり人間の未来とはすでに3000年前でも予言されていたのである
その時すでに人間の未来は見えていたのである
だから人間が未来を見るというときやはり3000年前に予言されていたことが依然として未来なのである

でもこれから3000年後にどうなるのか?

その未来はどうなるのかと見れることができるのか?イメージできるのか?
とてもできないだろう、でも人間の未来は3000年前に予見されていたのである
それはさらに3000年後でも同じなのである、人間の未来は確かに科学技術は発達するがそれが全部いいようには働かないのである
それが神話とかで予言された通りになっているからだ

●ギリシャ神話の迷宮伝説ーイカロスの迷宮からの脱出の失敗

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ミーノース(ミノス)王に保護されていた大工ダイダロス(イカロスの父)は、王の命令を受け、牛頭人身の怪物ミノタウロス(ミーノータウロス)を閉じ込めるための脱出困難な迷宮(ラビュリントス)を作り上げた。

ミノタウロスはミーノースの息子で、海の神ポセイドンの怒りで牛の頭をもった怪物にされてしまっていた。

テーセウスのミノタウロス退治
ミーノースが降伏させたアテーナイは、毎年ミノタウロスへの生贄を要求されていた。これに怒ったアテーナイの英雄テーセウスは、ミノタウロスを倒すべく自ら生贄として乗り込んだ。

やってきた英雄テーセウスを見てミーノースの娘アリアドネが一目惚れ。彼を死なせたくないと、迷宮からの脱出法を大工のダイダロスから聞き出し、魔法の毛糸と短剣をテーセウスに手渡した。

ミノタウロスを倒したテーセウスは迷宮を脱出し、アリアドネと共に島を脱出した。

幽閉されたダイダロスとイカロス
ミノタウロスの死を知ったミーノースは激怒し、迷宮の秘密を教えたダイダロスを息子イカロスと共に高い塔へ幽閉した。

ダイダロスは鳥の羽根を蝋(ろう)で固めて翼を作り上げ、息子イカロスと共に空を飛んで脱出することに成功した。

ロウで固めた鳥の羽は湿気と熱に弱いことから、「海面へ近づくな、太陽にも近づくな」と父から警告を受けていたイカロスだったが、自由自在に空を飛べる鳥の羽に魅入られ、無謀にも太陽神ヘリオスに向かって飛んで行った。

太陽の熱でロウが溶かされ、イカロスは墜落してしまった。父ダイダロスはシチリア島へたどり着くことができた。

現代のギリシャ・北エーゲ地方には、イカロスが付近の海に墜落したことから命名されたというイカリア島(Icaria)がある。

これは示唆に富んだ神話である、迷宮の中に怪物がいてそれが生贄を要求していたのである、それが遠い昔のことで関係ないようだが現代でもこの迷宮の怪物の生贄になっている人が多いのである、戦争とかで死ぬのもそうかもしれない、なぜなら戦争の理由が良くわからないからである、ただオウムとかでやはり犠牲になった優秀な理系の若者は麻原とかの怪物の犠牲になったのかとなる、これは迷宮からの脱出の物語なのである
この迷宮からの脱出は命がけにもなる
こんなこと現代には関係ないとも見るがやはり現実として社会にあったし今もある
現代文明の迷宮はますます複雑化してもうその迷宮から出れないのである
イカロスが迷宮から脱出しようとした、それは翼を得て脱出しようとした
それは科学技術の力だともなる、でも結局脱出できずに墜落した
それは原発事故とも似ていたのである、原発は迷宮でありそこから脱出しようとまた科学技術に頼ったがそれもできなかった、そこに人間の限界があったのだ

●この世は迷宮であるー脱出しないと怪獣に食われる

ギリシャ神話の迷宮伝説があるがエジプトの地下に隠されているとか言われる
エジプトのピラミッドとは何なのか、それは現代から見ると一つの閉ざされたものの象徴である、つまり人間の組織とか団体とかあるがそれは宗教団体でもカルトでありそれは一つのピラミッドなのである、組織団体は階級を創りそこに人を閉じ込める
そしてそこから脱出できないようにする
映画でピラミッドに入り閉ざされて出れなくなりそのままピラミッドの中で死んでゆく
出れなくなって死んでゆく、これも恐ろしいものだと思った
そういうカルトにかかわり一生を費やした人も相当数いる
現実にオウムとかあり麻原尊師とか言われた人は怪獣だったのである
それに優秀な理系の人達が食べられたとなる、実際に死刑になっているからだ
カルト団体はみんなそんなものである、迷宮に迷い込み出れなくなりそこにいる怪獣に食われるのである、だからこの世とは恐ろしい場所なのである

人間社会とは何かまさにこの世自体が必ず迷宮でありそこに迷い入りピラミッドに閉ざされて出れなくなりそこで死んでゆく、それはまさにこの世を象徴していたのである
なぜならこの世とは何なのか、誰もわからない、要するに大都会でもそこに入ったら迷路であり迷宮である、そこをすべて知ることなどできない、だから3000年前からでも都市は迷宮だったのである、人間は迷宮の中に閉ざされて脱出できないのである
そして怪獣が棲んでいて食われるともなる

そういうことが現代でもある、東京とかでもそこは大迷宮でありその全部を知りえる人はない、一旦そこに迷い込んだら脱出できないのである
何かそこにいかがしいものがあり組織化集団化して悪魔崇拝でもしているともなる
陰謀論でも盛んに言われるのはこの世のことを世界などすべて見ることができないし知ることもできない、そこは複雑な迷路であり迷宮であり誰も知りえない世界である
一旦迷宮に入ると脱出できないことが怖いのである
そこでは組織化して階級化するピラミッドを形成する、創価とか他のカルト団体でもそうである、軍隊の組織と同じだからである、そこで上下関係が作られて権力化する
これは共産主義でも同じだったのである、なぜならソビエト連邦の時、書記が死んだ時
まるで神のように葬られたからである、神格化されたのである
毛沢東でも神格化されて文化革命で大量の人間が粛清されて殺されたのである
共産主義は反対を許さない宗教と同じになっていたのである

●聖書のテーマはこの世からの脱出

それで聖書のテーマでも脱出になっている、この世の迷宮から脱出することがテーマなのである、ノワの箱舟の神話も大洪水の前に脱出することである
出エジプトも脱出である、ソドムゴムラが神によって滅ぼされる前に脱出する
つまりこの世からの脱出がテーマなのである、何かこの世を変えるということではない
そもそもこの世は変えることはできない、いづれは滅びるからである
その滅びを逃れるために脱出するのである

そして最終的にいくら科学技術が発展しても残されるのは大迷宮である
それが遺跡ともなっているのが人間社会であり歴史でもある
人間の歴史でも実際は解き明かせない、謎になってしまうのである
エジプト文明は砂に埋もれてマヤ文明はジャングルに埋もれた、それが何なの今になると発見されても解き明かせないのである、ただ謎を語るだけだとなっている
中国の始皇帝になると地下に大宮殿を作っていた、死んでも地下帝国を造り支配しようとしていたのである

この世は最終的には大迷宮を残し滅びるとなる、それは神の御意にかなったものではないからである、文明という時何か素晴らしいもののように見えるが実際は文明自体が迷宮として砂に埋もれジャングルに埋もれ地下に埋もれるのである
そこに永遠の都ではない、地の都はこうして迷宮となり埋もれる、そこに謎の怪獣が棲んでいたともなる、この世にあることはこうして一時的であり永遠の都ではない
いづれは滅びる都なのである、科学技術の恩恵はあった、でもやはり科学技術も万能ではないしマイナスの面が常にある、それが原発事故として現実化したのである
それは3000年前に予言されていたことなのである
科学技術もやはり迷宮化してゆく、原発など誰も全部知り得る人はなかった
第一吉田所長が肝心の復水器のことを知らなかったのである
どこの会社の社長でも全部を知ってる人などいない、無数の専門に分化しているからである、そして事故になったときお手あげとなり頼ったのがアメリカだったのである
何もできない状態になっていたのである、そこの内部も複雑な迷宮と同じだったのである

●世界大戦で一千万以上死んだ理由もわからない

そして歴史でも不可解なのである、世界大戦が二回ありそれで一千万以上死んでいる
それは何のためなのかということも不可解になっている
人間は何のためにかをはっきりせずそんなに大量の人間が死ぬ
何かわからず迷宮に迷い込んでその命が怪獣にでも食われるとなる
主義主張とかありまた宗教でもそれが現代では異常なのである
巨大な迷宮に入り込みもう出れなくなる、そして怪獣に食われるのである
救いとか悟りとかなど全く関係ない、膨大な数が集められてそれで権力化して社会を席巻する、それがナチスともなり戦争ともなったのが現代である

正義の戦争などないのである、アメリカにしても別にアジアのことなど関係しなくても良かった、ヨ−ロッパでも別にアジアとかかわり植民地化する権利などなかったのである
それは侵略だったのである、そうして世界大戦に発展したのである
それぞれの地域で生活していればこういうことにはならなかった
またクリミア問題でもロシアにも理がありEUにも理がある、でもなぜアメリカがかかわるのかそこに理があるのかわからないのである
それは日本でもそうである、日本がアジアに侵略したとしてもアメリカがなぜかかわるのかその理由がわからないのである
つまり人間の社会で理など関係なくなく強い者の言うことが通るとなる
その背景に軍事力がありその優劣で物事は決まるとなる

共産主義のマルクス主義が宗教のように絶対化してそれを信奉した人たちが学者でも多いそのためにまた反対者は粛清されてソビエト連邦でも中国でもカンボジアでも膨大な人間が死んだ、カンボジアでは二百万も殺された、小さな国でそれだけの人間が死んだ
そして骸骨の山が展示されている、それも何だったのか不可解になる
こうして人間は何のためなのかわからずに膨大な人間が死んでゆく
殺されてもゆく、それを後から歴史としてふりかえってみても何か理解できなくなっているのだ、日本の戦争も三百万人死んでもそれがなぜそうなったのか、なぜ戦争になったのかも良くわからないのである、植民地解放戦争だったというけどそれは後から言ったことでありそんな意識が国民にあったとも思えないのである

●日本人は明治以降ヨ−ロッパ化して不幸になった

こうしてそもそも人間社会とは過去でも歴史でも不可解なのである
だから古代かから迷宮伝説はあり迷宮から出れなくなりそこに住む怪獣に食われて死んでゆく、それがこの世だとなる、それは現代のように情報化して機械化して民主化してとかあってもそうなのである、事の真相というのはわからないのである
グロ−バル化すればさらに世界のことが知られるているとしても実際の真相はわからないそれげフェクニュースにだまされるのである
結局グロ−バル化することはいいことのように見えてもこれも世界が大迷宮化したとなった、もうこうなると誰も世界のことなどわからない、だから知りえようがないから大迷宮化して陰謀論になるのであるそして迷宮に迷いこみそこに住んでいるのは怪獣であり食われるということになる、そもそも世界で起きることを簡単に理解できない、何が正しいのかも理解できない、ニュース自体が画像でも騙されるからである

グロ−バル化したからといって別に世界が協力することでもなかった
結局世界大戦となったように米中とかの戦争の危機にもなる、アメリカでも日本でも中国を援助しても今度は強国になると攻めてくる、それが人間の実体だった
だから江戸時代なら中国でも関係ないし朝鮮とも友好的だったのである
つまり鎖国がみんな悪いことではなかったのである
その時日本は小国寡民であり貧しくても人情に厚く平和に三百年暮らしていたのである
それがヨ−ロッパが侵略してきてグロ−バル化した経済となり遂に米中対立から世界大三次戦争にもなりかねないとなる恐怖におびえるようになったのである

それでイギリス人の外交官が日本がに来てヨ−ロッパの文明を日本人にもたらすのはいいことなのかと疑った、なぜなら日本は平和であり穏やかに暮らしていて満足していたからだという、ヨ−ロッパの文明をもたらしたら不幸になると見たのである
実際日本人はヨ−ロッパ文明を取り入れて幸福になったのか、物質的にはなったが精神的には不幸にもなった、日本の良さがなくなった、戦後もアメリカ化して金しか求めなくなり人は冷たくなった、中国だったら唐の時代でもいいものだけを取り入れた、宦官制度などは取り入れなかった
また直接に中国人の移民が来たりしない、いいところだけを取り入れたのである
江戸時代三百年は国内でも戦争もないし平和の時代であり国外でも中国でも朝鮮でも争わないし友好的だったのである、だからグロ−バル化というのはかえってマイナスなものが目立つようになったのだ、だから老子の言う小国寡民とは日本のことだったのである
小国でも平和であり満足していたのである、これを言ったのは中国が二千年前であり
一億くらいの人口の時だったのである、つまりあの広い中国でも一億でも多く感じていたとういことである


この世は迷宮にして火宅の世

この世とは何なのか誰もわからない
巨大迷宮に迷いこみ出れなくなり
怪獣に食べられる
人は今氷のように冷たい
情は愛は通わない
その頭脳はコンピュターとなり
機械とロボットを使役する
でも延々と人間のカルマは消えず
無意味な労役を課せられる
シュシュポスの神話のように
科学技術も災いとなる
ゼウスからプロメテウスが火を盗んだように
その罰は過酷でありそれが今現実化する
原子力の火が故郷に住めなくした
この世に永遠の都はない
ただ砂に埋もれジャングルに埋もれ
地下に埋もれ海底に沈む
幾多の大帝国の王座は虚しい
一時の栄華に終わり捨てられる
この世はカオスであり治められない
何千万の死者が無意味に葬られる
それもなぜなのか解明されない
この世は混乱の世にして火宅の世
人々は虚しく使役され地に埋もれぬ
その数は膨大にして死者は浮かばれるや
その意味を問うも不明なり
かくてこの世はわからず混乱する
バベルの塔の崩壊して人々の言葉は通じない
この世に理想の国は生まれない
ただ混乱の内に収支がつかなくなり終わる
救いはこの世からの脱出なり
ノアの箱舟を用意して大災害から逃れよ
背徳の都市、ソドム、ゴムラは神に亡ばされる
脱出せよ、この世より、迷宮より脱出せよ
神の手に救い上げられて神の国へ行かむ
神の永遠の都にしか安住はなし
この世にあるのはカルマ(業)の場なり
人間はただ巨大な墳墓を築き去るだけ
そこに眠るのは誰かそれも謎なり
ピラミッドに閉ざされミイラは三千年や眠る
そして謎を語るのみなり
人は迷宮に迷い脱出できずピラミッドに堅く閉ざされ
ただ謎となり眠り遂にここに蘇ることはなし
時に幽霊のように彷徨い出るや
三千年ピラミッドに閉ざされて出でることなしも

2022年07月29日

島国日本と大陸文明 (日本人は大陸を理解できないー遊牧民を理解できないのが致命的)


島国日本と大陸文明

(日本人は大陸を理解できないー遊牧民を理解できないのが致命的)

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イスラエルを世界の中心に神が定めた

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人間のアイディンティティが作られる要素は風土と地理である
これは今でもそうである、また空間軸と時間軸でも作られる
基本としてはこの二つの要素が人間を文明を作る
日本の特殊性は回りを海に囲まれた島国でありしかし中国大陸と海を隔てていても結びついていた、その仲介役が朝鮮半島になっていたのである
仏教でも朝鮮半島から入ってきたし文化でも技術でもそうである
ただ謎なのはなぜ日本語が孤立語なのかということである
どこの言語とも共通性がないのである、ということはすでに独特の文化として日本が形成されていてそれで外国との言語との共通性がない、それはもしかしたら縄文時代から日本語が形成されていて独自のものとしてあったともなる
その後に漢字が入ってきてハイブリッド化したのが日本語だとなる

言語でも大陸だと特にヨ−ロッパとかなると言語が国々が交わり民族が交わり長い時間をかけて構築された、だからギリシャ語由来とかもありフランス語とかドイツ語とか英語でもさらにロシア語でも共通性があり英語の習得が楽である
ウクライナ人でも英語をしゃべる人が多いなと見た、英語ができるとグロ−バル化しやすい、日本がIT分野で遅れたのは英語ができないのも大きな要因だった
なぜならITはプログラムは英語でしているからである
それでインド人は英語ができるから有利だったとなる、またもともとインド人は数学で
ゼロを発明したように数学に優れていたのである

ともかく日本人のアイディンティティは島国でありさらに村単位の閉鎖された小地域で作られてきた、そのメンタリティもそうである、大陸的なものと相当に違っている
ても日本でも大陸的なものは文化でも古代から入ってきていた
なぜ妙見信仰があるのか?これは広範囲にある、妙見信仰は北極星と北斗七星の信仰である、これは相馬藩の紋でもあり片倉氏の白石城でも妙見信仰の紋になる
これは日本に広範囲に広がった、北斗七星は北極星は方向を示す星であり遊牧民から伝わったものである、なぜなら砂漠であれ平原であれ遊牧民は羊を追って移動する
馬をたずさえて移動する、移動する民だからどうしても方向が大事になる
方向を間違うと死にいたるからである、それで砂漠を旅した日本人の一団が水のある方向へリーダーが導いて助かったとかある、そこで方向を間違うと死にいたる世界である
だからこそ北極星は不動であり信仰にまでなったのである
日本でも星という姓があるからそれも北極星信仰と関係しているのかとなる

日本人は島国に閉ざされて長い間暮らしているからどうしても大陸のこと砂漠とか平原のことが理解できないのである、第一そういう場がないのだから理解できない
でも人類の始まりはメソポタミアとか今のイラクとかイラン辺りから始まった
ただ文明という時、農業を基盤にしないと文明にはならない、だからナイル川の恵みがあるエジプト文明は麦の生産をしていたビールまで作っていた大農業国である
農業文明は定着文明であり定着しないと文明は生まれない、だから四大文明は農業が基本にある、建築というときやはりピラミッドがあるときそれは大地に定着する農業的なものとしてある、でも一方で四大文明は大河があり交通があり商業も発達した
文明と商業は深い関係がある、商業は移動して商品を運ぶというとき大河が必要になるからだ、移動するのがそもそも遊牧民であり自ずと商人にもなる
だから商業の起源が古いのである、農業が古いとみているが商業の起源も古い
なぜなら聖書でなぜ神との契約ということになったのか、それは商業が盛んであり契約ということが必ずありその言葉が生まれたのである
日本ではそもそも小さな村に契約という言葉が入ってきたとき理解できなかったのである日本の村はよそ者を嫌うし商人でも村に入れないし商売も自由にできなかった
神社が無縁の場所として提供されてそこが市場となり売り買いされた
それは限られたものであり特別許可されたものであった、なかなか閉鎖された村に商人は入れなかったのである

文明とは確かに農業を基本にして生まれた、でも次に商業が早い時期に発達した
それは遊牧民地帯で発達した、なぜなら遊牧民は移動する民であり自ずと商品でも運ぶ商人になったからである、だから早い時期から商業があった
また商業に必要なのは文字である、文字は重要であり文字がない文明は成り立たないともなる、それでマヤやインカの文明はジャングルに埋もれた謎の文明となった
エジプト文明はヒエログリフがあり神聖文字がありその歴史を知られるようになったのである
またアルファベットはフェニキア人が発明したという時やはり地中海を航海する商業の民だから文字が必要でありそれで契約するとか発達した
大陸だと文字が大事であり文を重んじるのはこうして商業が発達して契約するということで文字が大事なのである、だから大陸文化は文字を重要になる
外国人が文章の方が書かれた文字を信じ?というとき商業が早い時期に発達した結果として契約する文字の重要性を肌で知ったからである、外国人を信用にするというときやはり契約は文で文字でするから大切になる、それは信頼の基だからである
日本人はもともと契約という観念がないのは商業が発達しなかったからである
でも漁業が盛んだから船で海岸を行く漁師が最初の商人になったということは同じだったつまり漁師は船で移動するから自ずとそうなったのである

商業というとき中国人は巨大な農業国家に見えて商業国家でもあった
中国人は商売上手だというときそうである、中国人は農民であっても根っからの商人だというとき中国人は最初の国家が始皇帝が長安(西安)から始まったように遊牧民と砂漠の民とか平原の民と一体だったからである
中国は農業国家というだけではない、きわめて商業的要素がありそれが日本と違っていたのである
日本でも商業民というとき関西人はそうである、近江商人とかいて商売上手なのである
だから関西人と東北人とかのメンタリティは相当に違う、東北人は根っからの農民であるが関西人は根っからの商人なのである

この遊牧民地帯は広大でありそこが文明の揺籃地帯だった、それがイスラエルまでつづいていたのである、イスラエルというとき離れているから砂漠と関係ないと見ている
でも砂漠の延長としてイスラエルがあった、半分は砂漠でありイスラエルにユダヤ人が入り入植して豊かな土地にしたのである、もともと半分は砂漠でありラクダとも泊まる隊商宿がある、広大な砂漠地帯がありそこにエホバが現れた、一神教が生まれたのである
つまり自ずと遊牧民は移動する民だから商人となりその遊牧民がフェニキア人となり貿易の民となり地中海を船で移動したとなる
移動するには道が必要になる、でも大陸だと道は長大な川になりまた砂漠でも平原でも馬で移動できる、モンゴルが馬を操作するのに長けていたから大陸を制覇して拡大したとなる、移動するにはラクダとか馬が欠かせなかったからだ、そして移動するには海だと船になったのである

この移動する遊牧民はやがて船を操作して大航航海時代を築いたのである
ヨ−ロッパも遊牧民が入ってきている、東ヨ−ロッパは遊牧民が侵入してきた末裔である小さな国が多いがそれらは遊牧民の末裔である
第一トルコ自体が突厥とか中国の周辺の遊牧民が移動してきて作られたからである
イスラム系は砂漠の民であり遊牧民だからである、だからこの遊牧民を理解しないと世界は理解できない、でも日本では砂漠とか平原とか大河とかがないので遊牧民とか移動する商業の民を理解しにくいのである
大陸のメンタリティは共通性がある、ユダヤ教からキリスト教からイスラム教と一神教として共通している、イスラム教はもともとアブラハムを祖としているからだ
アブラハムもイスラエルに移動してきた遊牧民なのである

古代のギリシア神話には、主神ゼウスが白い雄牛に変化して攫ったフェニキアの王女エウローペー(希: ΕPρホπη)が登場する。ゼウスは彼女をクレタ島へ連れ出し、そこでミーノースら3人の子どもを得た[31]。このエウローペーがヨーロッパの語源という説がある[32]。

ヨ−ロッパがフェニキアの王女と関係しているということは移動する商業の民のフェニキア人がヨ−ロッパを発見したとなる

世界を理解するときどうしても遊牧民を理解ずる必要がある、でも島国の日本人には理解できない、魏志倭人伝に日本に馬、牛、羊なしと記されいることでもわかる
日本の特徴はまさにここにあったからだ、馬も牛も羊もいないということに日本の特徴を見た、それは大陸と根本的に違うものだったからである
たでから日本とは異質の日本文明がありそれは大陸の文明とは相当に違ったものだったのである、だから日本のアイディンティティとかメンタリティは世界基準と違っている
熾烈な民族抗争も経験していない、身内の争そいだけであり敵味方塚として敵すら丁重に葬るとなる、そこで中国人はそんなことあるのかありえないとして驚く
なぜなら中国人は敵を殲滅して墓からも死体を取り出して罰を与えるとしているからだ
それで民族抗争が激烈でありジェノサイドが起るのが普通なのである、民族は殲滅されるのである、だから東ヨ−ロッパはそうした遊牧民が国家の起源であり抗争するとなる

2022年09月29日

東洋思想と西洋思想とは何なのか? (宗教はもともと東洋からアジアから生まれた)


東洋思想と西洋思想とは何なのか?

(宗教はもともと東洋からアジアから生まれた)

●西欧化したキリスト教ー宗教は東洋から生まれた

キリスト教でも誤解しているのはそれがヨ−ロッパから入って来たからヨ−ロッパが発祥の地のように思っている
でもアジアというときイスラエルまでアジアなのである
そもそもあらゆるものの淵源はアジアにあり東洋にあった、イスラム圏でもアジアであった、ヨ−ロッパは遅れていたのである、一時はイスラム圏内でヨ−ロッパの女性が奴隷として売買されていた、つまり今はイスラム圏内はヨ−ロッパからすると遅れた国としているがもともとはイスラムの方が優れていてヨ−ロッパは後進国でありイスラムから化学とか代数学とか学んだのである
その前にアジアがありその中心がインドだったのである、そしてインドから仏教が生まれたのである

そして宗教というときその思想はヨ−ロッパと相当に違ったものである
ヨ−ロッパの思想の形成はギリシャとかを基としている、それとローマ帝国であり政治支配が確立した、そしてカトリックがローマ帝国に公認されたとき本来のキリスト教が変質したのである、政治的になったのである
そしてヨ−ロッパとは何かとなるとその思想はキリスト教があったとしても西洋的キリスト教でありアジア的な東洋的なものとしてあったものが変質させられたのである
だからアジアで受け入れられたのはヨ−ロッパ化した西欧化したキリスト教でありそれが世界に伝えられた、特にカトリックがそうである
ただプロテスタントでもやはり西欧的価値観に基づくキリスト教なのである

そのキリスト教が資本主義を産んだというとき修道院から生まれたというときもそうである、なぜ修道院から資本主義が生まれたのか?ウェバーによると修道院だから他者に尽くす愛の集団だからそこで資本蓄積があり消費するためではない、他者への愛としての労働として資本主義が生まれたとしている
ヨ−ロッパ的思想となると必ず実用的なものとしてある、実利を追求するのである
だから瞑想とかは否定されやすい、用なるものを追求する

でももともとキリストの教えは実際は東洋的なものアジア的なものである
だからもともとあったオリジンはアジアであり東洋的なものである
それは仏教とかにもなるし中国だと老子の思想と共通しているのである
なぜなら老子の思想となると「用」なるものを否定する、無用の用というようにヨ−ロッパ的実用の思想とは違っている、ヨ−ロッパではあくまでも用を追求する
それはキリスト教でも同じである、常に慈善でも愛でも布教でも行動して強制的にもなるだから何か何もしないで禅宗のように座禅を組んで一日沈黙業をすることはキリスト教にはない、ヨ−ロッパ的キリスト教になるとそうである

●老子の無用の用の思想とキリストの教え

空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった

この言葉は西洋的な思想ではない、極めて東洋的思想なのである、老子の思想に通じている、またインド人がゼロを発明したように空の思想とも通じている
自然をよくよく観察していると不思議である、それは本当に単純なことなのである

空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。

鳥を見ているとそうである、また自然の生き物でもどうして生きていけるのか不思議になる、まず食料を貯えることはしない、日々の糧を得て生きている、でも人間だったら明日食べるものでも何でも貯える、そうでなければ不安になっているからだ
とても鳥のようには生きられないのである、そして貯えるにしても金でも何十憶の金を貯えても不安は決して消えることがない、なぜなら金でも紙幣となるとそれはいつ紙切れになるかわからないからだ、特に日本では昨今預金封鎖とかなんとか言われて本当に紙切れになる不安がつきまとっいるのである
でもなぜ鳥は明日食糧を得る不安がないのかとなる
自然と人間を対比すると見えて来るものがある、

なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった

人間は絶えず働き紡いでいる、衣服を着るにしてもそうであり絶えず労働している、
自然は働き紡いだりしない、まず衣服など着ないしまとわないからである
自然のままであり衣服はない、でも別にそれで一年中寒い時でも過ごしている
そこで石油がないとか燃料がないとか悩まないし騒ぎもしないのである
天然の衣服を着せられて野にその姿は映えて美しいのである
それは私は人とも接することもなく田舎の自然を見ていた、そこでいつも見えるのは人間ではない、白鷺である、その白鷺を見て不思議なのは決して辺りを乱すことなる静々と歩み餌をあさる、餌は何なのか、確かに餌があり日々得ている
そしてその姿は天然の純白の衣を着せられて美しく田園に映えている

それは実際はいつも見ていて当たり前のことである
でも人間と比べるとそれが当たり前ではない、特殊なことになるのである
人間の悩みは消えることなく不満でも消えることなくその愚痴も消えることがない
それは金持ちでもそうなのである、いくら貯えても食糧が得られるなくなるとか不安になる、それは紙幣は紙きれになることが実際にあったしこれからもありうるからである
ともかく人間から何か不満が消えることはない、ではなぜ自然界でも鳥でもそうした不安がないのだろうかとなる、貯えもしないのに不安がない、それを見ていると不思議なのである

●なぜ自然には美があり文明(大都会)にはないのか

そしてこれだけ労働しているのに人間社会には美がないのである
野の一輪の花ほど人間社会には美がないのである、それを象徴しているのが大都会であるそこに美があるだろうか、その光景はまるでとても自然から見たら異世界であり生き物の住める所とも見えないのである、つまり文明とは美を作り出していない
これだけ労働して日々汗して働いているのに美を作りだしていないのである
すると人間の技とは何なのかとなる、その技(わざ)は業でありわざわいになる
でも自然のままに何も手をつけない自然には本来の天然の美が備わっている
その美があるゆえに人間は醜いものとしても生きていけるとなる
つまり人間がいない方が実際は自然は本来の美の世界がありそこは天国だともなるのである
田舎でそうして自然を見ていると不思議になる、人間がいない方が自然の美は映える
人間は下手に労働して工作するより自然のありのままの方が天然の美が映えるのである

だから田舎がいいとはならない、そこに人間が顔出すと醜いものとなるのである
田舎の人間の方がせこく醜い面があるからだ、何か人間が顔出すと蛇のように見えるのである、だからなぜ人間が神の最高傑作でありキリストだったら神の子とされたのに大多数は醜いのかとなる、それで神は人を隠したというとき人が表に出ないことで自然の美は映えるのである、とういうことは人間は醜悪なものであり自然にとって不必要なのかとなるのも理解できなくなる
だからこそ老子の小国寡民とか無用の用とかの思想が生まれたのである
多すぎる人間が問題なのである、でも老子の生れた2000年前は中国でも一億人くらいであった、それでも人口を多く感じていたのである
人口が多いということはどうしても自然は汚され破壊されてゆく、本当に自然の美が映えていたのは人間がいない世界だったともなるのである
そこには災いも生れないし何か不足を言うものもいないし調和の自然の中にあり美が自ずと映えていたのである

人間は自然の中で一番の邪魔なのものともなっている、人間と自然の調和はありえないのである、職業が業というときやはりカルマであり人間の職業は自然を破壊する
破壊しないと生きていけないのである、農業でも実際は自然破壊である
焼畑農業だと森を燃やして灰として肥料を得るからである
森林の破壊なのである、農業にとって肥料が最大の問題だからである、その肥料を得るために苦労して来たからである、最近は農薬にしているがこれも毒であり害になる
何らかこうして人間の営為は害をもたらすのである
老子が無用の用を言ったとき自然と接していてそれを感じたからである
人間は無用でありえない、必ず用を追求してそれが自然を破壊して汚してゆく
反れか人間の業(カルマ)なのである

●自然と調和しない人間

例えば津波でも縄文人は海側に住んでもそもそも津波の来る場所には住んでいないのである、それは直感的に危険を察知していたからである
そして縄文海進があり津浪が来た所はもともと海であり人は住めなかったのである
でもその海を埋め立てて田んぼにしたりしたから今回の津浪でそこが海になったことに本当に驚いたのである、八沢浦とかもともと海であり入江であったがそこが元の海になったつまり元の海に戻ったのである、そこに自然の大きな作用があった
ではなぜこんな大被害になったかというと自然に調和して住めない人間側にその落ち度があったとなる、でも港でも海に接していないと不便である、魚をとるにしても不便であるだから人間の利便性故に海側に港を作り人が多く住むようになった
それが一網打尽のように津波にのまれたのである
人間は自然と調和するのではなく必ず何らかで利便性でも追及して自然と不調和になっていたのである
だから松原でも根こそぎ津波で流されたことには驚いた
これも松原は稲作していて塩害を防ぐための人工林だったからである、白砂と松原は美しい光景だったけどそれはあくまでも人口の美だったのである
でもそれに気づかなかったのである、もし自然との調和した世界だったら津波の被害はなかったともなる、第一そういう場所に住まないからである

人間はどこまでも利便性を追求してゆく、その利便性が自然を破壊して汚して調和を乱す運命にある、ダムというものがいいものとしてもやはり自然の調和を乱すものにもなる
やはり自然の流れを乱すのである、またダムが崩壊することもありそうすると甚大な被害になる、それは科学技術力で作れたものはみんなそうである
その最たるものが原発だったのである、この辺では事故で人が住めなくなったからであるつまり人が住めないということは最悪なのである
でも人間は利便性を追求してゆくからどうしてもそこに技わいが生まれるのである
人間が何かを成すことは何らか自然に反するものなのである
だからこそ老子は成さずして成るという無為自然を唱えたのである
それは東洋的思想でありヨ−ロッパの実用を追求する思想とは違っている
キリスト教とは西洋的なものではない、東洋的無の思想に通じるものであり宗教は東洋からアジアから生まれたのである、オリエントは基であり発祥なのである

●西洋文明の行き詰まりから東洋思想へ

そして世界的文明を歴史を俯瞰すると西洋文明というのが行き詰まっている
それは進歩の名ものもとに世界を席巻したがその弊害も大きくなりすぎたし限界になったのである
資本主義でも西洋からヨ−ロッパから生まれたものが基になっている、それは何か自然にそうなったように見えるが一つの主義であり原理であり思想でありそれに基づいて社会が変わったのである、それは共産主義がマルクスの思想が社会を変えたのと似ている
自然発生的なものではない、人工的に作られたものであり西洋的実利思想が社会を変えたのである、もちろん人間は利便性実利が欠かせないから文明自体がそういう業を宿命をもっていたことは確かである

でもキリストの思想でも仏教でも中国の道教となった老子の思想でももともとそうした文明否定があった、それは東洋的アジアから生まれたものである
だから世界的西洋文明化してそれが行き詰まった、その弊害が巨大化したのが現代のグロ−バル化世界だともなる
でも社会主義共産主義は西洋が作り出した思想が基になっている、それは東洋的なものではない、東洋的なものはインドから発して中国に伝わりまた日本にも伝わった、仏教とかである

ただ日本でもアジアの一国だから東洋的思想がある、間の思想がそうである
日本人は間を重んじる、間とは無用の空間にも通じる、間を置くというのはそこに無用な空虚な空間を重んじる思想である、時間の間でもそうである、西洋的なものだと一秒刻みで時間が計られて間が消失する、それは人間を機械化することであり効率化することになる、でも人間はすべて効率化すると窮屈となり人間性が奪われる
人間は有用と効率化された世界でそうした無用の用とか空虚な間とかを無くすようにしてきた、それでただすべて利便性と効率化でありそれが必ずしも人間を幸福にしなかったのである

確かに鉄道は不便で利用しなくなった、でも駅で待つ時間が何か人間的なのである
待つということは期待することに通じていた、人の出合いに待つ時間があってそれが
人間的なものとなるから駅は人間的な場になっていた、でもそれが高速のSAとかなると待つ時間がないのである、車でいつもでも次の場所に行けるから効率的なのだけど待つ時間がないからかえって人間的でなくなっている
こういうことはいくらでもある、人間はそもそも歩くことがなくなったから歩くことで得られるものがわからなくもなったのである

つまり西洋的な合理性と効率の極限の追求はかえって人間を不幸にするのである
現代とはそういう西洋的なものの思想とか文明が限界に来たのである
それを経済面ば方を見ているが資本主義とかグロ−バル化経済とかでも限界に来ている
それが西洋文明に由来するのものであり東洋的な思想への回帰復古が求められているともなる、ただそれがインドにあるとか中国にあるとか日本にあるとかなればない
世界が西洋化したのだからないのである、そして何が東洋的なのかアジア的なのかわからなくなっているのた

でも西洋的なものが限界に来ている、だから何でもヨ−ロッパに追従する時代は終わっている、アメリカに追従することも不幸になるだけである
だからといってインドとか中国が東洋的なものがあり新しい文明が生まれるのかとなればないのである、東洋的なものアジア的なものが何かを見出して再構築することなのであるだからといって宗教と言っても今はカルト教団であり大衆宗教でありそれは全体主義とナチスにもなる、それを証明したのが近代文明であり何千万人が機械のようにロボットのように使われて死んだのである、まさに文明ゆえの大量殺戮だったのである
それを象徴していたのが原爆でありまたこの辺の原発事故だったのである

●自然との合一の思想としての東洋思想

何かむずかしいことではなく、単純なものに真理がある、宗教の教理とか哲学でもむずかしくなる、特に仏教はむずかくなるので敬遠する
でもキリストが説いたことは余りにも単純なものであり学者とかではなく学のない庶民でも理解できるものだったのである
その単純なものを追求するものとして自然がある、自然を良くみていると不思議になる
例えば石があるとする木があるとする、それらは何を意味しているのか
経済的には石材になるとかまた木材になるとかなる

でもその精神的意味がある、石や木は黙している、そして最も不思議なのことは人間に比べて不思議なことは石や木は害を及ぼさないことである
そんなこと不思議なのかとなるが人間を見ればわかる、絶えず他者を害すために存在している、例え暴力をふるわなくても口で悪口とか呪いの言葉すらはいている
でも石や木には口は堅く閉ざされていてそういう精神を害する悪口など言わないのであるそんなこと当たり前じゃないかとなったとしても人間は余りにも常に害になる存在なのである、存在自体がそうなのである
無用の用というとき人間は無用ではありえない、無用でいたとしても常に害になる存在なのである
石や木は害を及ぼさない、その口は閉ざされて互いに争うこともない、平和なのである
その平和も持続的であり木は大地に根付き不動なのである

人間の害悪は凄まじいものである、その最たるものが戦争であり何千万人も近代になると死んだことである、つまりもともと人間はこの世になければそんな悲惨な戦争などなかった、確かに動物と動物は食い合いをしている、でもそれである種が滅びるということはない、自然の摂理にかなって食い合いしている、動物でももし食料を貯えようとすると大量に食べ物となる動物を殺すかもしれない、でも日々の餌を得るだけだからそういうことは起こらない、人間では常に貯えることをしているからそこでかえって貯えるために争うともなる、人間は何らかで争いがさけられないのである
だからこそ石と木が争わないという時奇跡的に見えるのである
石と木に接する時平和を感じるのである

●自然と対比でみる西洋と東洋思想ー文明の融合よりどららも滅びる

自然を観察する時、動物で草食動物と肉食動物がいる、でも草食動物は肉食ではない、草を食べているから平和に見える、それでもなぜ牙があるのか、それは他の動物を襲うものではない、身を守るものとして牙がある、敵を威嚇するものとして牙がある
それを見ると国を防衛するのには一応牙が軍備が必要なのかともなる
でも人間の場合は防衛するにしても牙が必要でも過剰になるのである
そして防衛だけではない攻撃することにもなる
老子の思想の成さずして成るとは植物的思想なのである、どうも西洋的思想はアングロサクソン的思想であり狩猟的思想であり攻撃文化思想なのである

つまり肉食的動物的思想である、それで絶えず大陸ではヨ−ロッパでは戦争が絶えなかったのである
インドでは仏教だと肉食をさける、動物でも保護する、平和的民族に見える
中国は三国志の世界であり弱肉強食の世界でヨ−ロッパと共通している

とにかく宗教はアジアを東洋を起源としている、そこに草木まで成仏するとか草食的植物的思想がある、それは平和的民族ともなる
日本でも牛馬羊がいなかったとか草食的植物的民族文化がある
ただ一方で日本人は侍がいて戦闘的動物的だということにもなる
国でも民族でもいろいろな見方がある、でも目指すべきは東洋的思想の文明でありまた植物的な文明の世界観が平和を作る、東西融合文明とかなる
それを成すのが日本だと明治維新に言われた、和魂洋才である
日本の地理がそうだからである、東西融合を果たす地理にあるからだ

科学技術的物質的なものが中国でも飽和状態になってきた、経済発展はこれ以上望めないとかなっている、でも文化的なものはこれから興隆するのかもしれない
東洋的アジア的物価の復興日本だと国風文化の復興があるかもしれない
物質的なものから精神的なものへの移行が起きる、内面的哲学的宗教的時代になる
でもカルト教団は一切そうしたものと関係ない、世俗社会より世俗的な所であり精神世界など関係ないあくことなく物質的欲望をかなえるために祈っているだけなのである
そんなところから何か東洋的文化だかと国風文化だとか一切起らない
ただ一票得るための政治団体であり利権団体であり御利益だけを目指す団体なのである
そこは一切東洋とか西洋とか関係ない、あくことなく欲望を追求する団体なのである
だからこそ宗教ではないから税金をかけろとかなる、制限しろというのもそうである
正直文明といってももう新しい文明は起こらない、どっちにしろ文明は滅びるともなる
第二次世界大戦で何千万人死んだとかなるのも文明の災禍だったのである
文明故の戦争でもあったからである

●高齢化社会はアート哲学文化の時代になる

これからの時代は世界的にも中国でも高齢化する、するとどうしても今までのように若者社会ではない、ぎらぎらした欲望を充たそうとする社会ではない、確かに日本は貧困化して食べるのが精一杯だということもある
でも高度成長時代のようにな物欲一辺倒の時代ではない
例えば老人になるとその語ることで老人を評価する、ただ物を持っていると金を持っているとかで評価しないことがある、もちろんそれだけで評価する人もいる
でも老人と語る時その人がどういう人生を歩んできたのかその経験談によって語ることによって評価する、その人なり人生を語る人は価値あるとなる
それは必ずしも金があるとか地位があったとかではない、まずカルト教団で一生終わった人は何も語ることがない、その人なりの人生を語ることがない
すべて団体組織の一員としてロボットとして終わったら何を語るかをあらかじめわかる
俺はナチス党員だったと言っても誰も今は評価しないと同じである

そして物欲一辺倒の世界から精神的豊かさを求める社会になる
中国人でも最初は物欲であり爆買いだったが今は違う、日本の文化的なものを求める
逆に中国では日本の物より菓子とかでも中国にもともとあったものを買うようになっている、中国でももともとあった国のもの文化を見直しているともなる
物欲がある程度充たされるとどこの国でもそうなる
全体的には成熟社会でありスロー社会であり内面的になり精神性を求めるのである
だから逆に文化面では興隆するともなる、つまり中味の菓子の味もあるが包装とかデザインとかが重んじられるようになる、がつがつ食べて腹を満たすだけではない、茶の湯とかなると喉が渇いたから飲むというのではない一つのアートに文化となったのと同じであるそういう文化の時代であり思想を深化したりアートの時代になる
インタ−ネットもそうしたアートとか文化の交流の面があるからだ
世界の映像がアートが見られるということでそうなる、その評価も世界で刷るとなるからだ、そういうことは映画とかだと莫大な金をかけてしてきたが別に無料で個々人でもする時代になっている、インタ−ネットは世界の展覧会場にもなっているからである

例えば鉄道が衰退しているが観光としては必要だとなる、新幹線のようにA-Bと早く着くことではない、各駅停車で途中を楽しむことがいいとなる
スローでいいとなる、もちろん早いこともビジネスとかでは必要である
でも一方で途中を楽しむことも必要でありそのために鉄道も必要だとなる
そこに鉄道の効用もあるとなる、車だけでは味わいなものが味わいるとなるからだ
車だと風とか光りでも感じない、見える景色も違っている、すると旅でも車より自転車の方がいいとなる、でも自転車の旅する人はまれである、老人になればさらにまれである
変わり者となっている、でも今自転車が見直されていることも確かである
また歩くことがなくなったから歩く旅をするとそれが新鮮な経験になり江戸時代に還ったような気分になるのである

だから福島中央道とかできたがそこはただ福島市まで早く到達するだけでありつまらないとなる、でも逆に前の道路は車も通らなくなり自転車で行くのにはいいとなった
まるでサイクリング道路となったのである
それでその道路沿いの店とか食堂とか客が来ないというとき逆にそこをサイクリングとかに利用して休むとかなるといいとなる
要するに時代は常に変わる、何が幸いするかわからないのである
だからこそ未来は常に予想外になっているのである







2022年10月07日

日本は森の国でありヨ−ロッパも中世は森で覆われていた (グロ−バル化の弊害と生態系の破壊の問題)


日本は森の国でありヨ−ロッパも中世は森で覆われていた

(グロ−バル化の弊害と生態系の破壊の問題)

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日本がの地形の特徴として入野がある、この野が問題なのである
これは極めて日本の地形から生まれていたからである

我が恋は まさかも悲し 草枕 多胡の入野の おくもかなしも (万葉集)

ここの入野は有名である、入野という地名は各地にある、入野とは山に挟まれた野とかなる、また山の斜面が野でもありその野の奥に入ってゆく地である
こういう地形は日本の典型としてある、だから野とは極めて日本の地形から生まれた言葉なのである
大陸だったら原になる、広々と開けた原になる、それは日本の野とは違っている
日本で平というとき地名にもあるし平氏とかもある、その平な場所とは平原のような場所ではない、山の斜面でありまたその一部分が平らな土地だったのである
日本は山国であり平らな土地が貴重だったのである
そこで山であっても田畑を作れるとなるからだ

日本がではそもそも山というとき谷間と字を当てている、また矢間とかもあてている
山とはやはり山と山の間とか谷間とかの間を利用して生活していたからそうなった
おそらく高い人間の生活できない場所は嶽となっていた、山岳である
人間はまずその生活感覚から地名でもなづける
浜というのもハ・マーはまであり間なのである、海と平地の間がハマなのである

元は野(ノ)といふのは山の裾野、緩傾斜の地帯を意味する日本語であった。火山行動の最も敏活な、降水量の最も豊富なる島國で無いと、見ることの出来ない奇抜な地形であり、之を制御して村を興し家を立てたのも亦一つの我Lギター(エレキ)フ特長であった。野口、入野といふ類の大小の地名が、山深い高地に在るのも其為で、是を現在の野の意味で解こうとすると不可解になるのである」(同上)。〈柳田国男ー地名の研究)

野原というとき野ー原が合体して生まれた言葉である、でも野の一字だと山野斜面とかになる、だから野原とは山の斜面からさらに平らな原の地域だとなる
原は日本語ではないのである

日本語と外国語の感覚は違っている、森というとき日本の森とヨ−ロッパとか中国とか大陸の森は違っている、日本の森は盛るーもるとかなり盛り上がったとかなる
何か余り森を意識した言葉ではない、林(はやす)だと生活する範囲にあり親しみやすいはやしはハヤスからきていて里をハヤス、栄えさせるという意味にもなる
森は林から離れた別の世界である

ともかくかつて深い森に覆われた世界が日本がにもありヨ−ロッパにもあった
その森で交通も閉ざされていた、森を抜ける道はあまりなかった、すると森が境界となり閉ざされた世界を形成していたとなる
相馬藩でも夜の森があるがそれは余の森であり相馬藩主が領有権を主張したのである
森は境界にもなった、川がヨ−ロッパでは境界になったが森も大陸だと森におおわれていたらそこはなかなか入ったら抜けられないような森林地帯となる
そこでその森の中で伝説が生まれたとなる
相馬藩内の双葉町の夜の森は余の森である、藩主の森とういことで領有を主張したのである
飯館村や丸森は森に囲まれた世界である、そこが地理的に一つの国となっている

五月雨や森におおわる木曽路かな(自作)

木曽路でも森の中に道があった、その時五月雨に森が煙っていた、そして奥へは行けなかった、あんな森の道があった、相当に暗い道だから昼でも暗いからそこを行くことは不気味だともなる、つまりそういう道しかない時代である
何らかでそういう森が覆っていて暗い森の道を行かざるをえない時代だった
なかなか森を抜けるさとはできない森があった、ただ日本の森は山と一体化した森であるヨ−ロッパとかの平原にどこまでもつづく森とは違うのである
縄文人は森で暮らしていた、すると相当に暗い場所で暮らしていたことになる
それは鎮守の森となったように日本人の歴史と文化で継続していたのである
森の中に神社があり街ができても森(杜)で覆われていたのである

日本では森は失われることがなかった、森の木でも全部切ったりしないからである
また羊とか山羊とかでも放牧しない、だから森は残った、ヨ−ロッパではギリシャとかでも森が喪失して岩山になっている、でも羊を追う人を山の斜面で見かけた
羊を飼うと森は喪失する、草を食料とするから樹は切られ森が喪失する
ヨ−ロッパでは羊を飼う放牧する人がみかける、そのために森が喪失したともなる
また文明を発達した地域では燃料でも森の木を使うから森を喪失しやすいのである
だからかつて森におおわれた所が都会になったりする
レバノン杉が有名だけでほんのわずかしか残っていないからである
エジプトにも森がありもともと神殿の柱は木だったとしているから森があった
文明は森を破壊して消失される、インドネシアでも原生林が破壊されてオランウータンの棲む場所がなくなったと保護される
文明は様々な資源を食い尽くすのである、それが機械化して大規模になったのである

人間はもともと自然が障壁となっていたから山で川で森でさえぎられていた
自然の障壁が国境となっていた、ライン河はローマ帝国が越せない境となっていた
ゲルマン人が住んでいてその民族は強固な紐帯を持った民族だった
イタリアが南方民族だとするとゲルマン人は北方民族の方になる
そしてゴシック建築の石の大聖堂を造った、それはドイツの樅の森を模したものだというとき独自な文化が実は自然の風土からcultivateされたものでありcultureになったのである
日本だと島国であり海に囲まれているから海に遮られていることによって独自の歴史と文化が育まれたのである

だからこの国境というのは自然国境になっている、自然に生成した国になる
日本で小国が多いのは山に囲まれてそこで自給自足していた、一つの国だったからであるその土地土地で自給自足していたのである
そして逆にコロナウィルスとかでは国境が見直されたのである、ウィルスが入ってくるのを止めるのは国境だからである
ともかくグロ−バル化は国境とか国籍とかをかえって無視する必要ないものとした
でも結果的にそこで様々な問題が生まれたのである
多国籍企業などが国家を越えて他国の森林を大型機械で伐採して破壊してオランウータンなどを住めなくさせたとか自然破壊が行われた
それは日本だって自国の森林は利用せず荒廃させて外国の森林の木材を利用したから同じである

ともかく人間はどうしても生態系を無視して生きていけない、でもこの生態系がグロ−バル化でも工業化でも破壊されつづけたのである
それはこの辺の原発事故でもそうである、空気から水から森林でも田畑でもあらゆる生態系の中で生きていたものが放射性物質に汚染されたのである
奇妙なのは川は狭いから汚染されつづけている、鮎が上ってきても苔などを食べると
放射性物質に汚染される、そして川の放射性物質は海のように希釈されないから困る
そして真野ダムとかあるがそこの下の泥には放射性物質がたまっている
そこは広いから除染されない、またしたとしても回りの森から放射性物質が流れてきて
たまるのである

確かに遠洋漁業が盛んになったけれども沿岸漁業になると森でも山でも川を通じてつながりがある、そこで生態系に準じた生活になる、遠洋漁業になると国土とのつながりは消える、また魚を大量にとるので中国でもとるようになったから日本の沿岸でサンマなどでもとれなくなったとかある、グロ−バル化というときこうしてあらゆることに影響したのである、食のグロ−バル化もあり競争があり日本がもともと海の幸に山の幸であり森の恵みがあったがそういうものも無視されて外国の木材が使いやすいとして日本の森の木材を使われずに荒廃したともなる、また養殖の魚にしても自然の者ではないから問題がある
つまりグロ−バル化は生態系を無視するからそうなる、ウィルスでも風土病だったようにその国にとどまって伝染が広がらなければ良かった
現代だとたちまち同時間でウィルスが世界中に拡散されるのである
そのグロ−バル化も頂点に達したの今である、グローバル化の負の面が大きくなったのである
日本では食料を外国に依存したことでも失敗だった、米すら不足するというとき国内で自給することを怠ったからである、それをすぐには回復できないことが問題なのである
これまでしてきたことを簡単に修復できないからである

いづれにしろもうグロ−バル化は縮小せざるをえない、それには何か無理があったのである、食糧までグロ−バル化することは危険でもあった、ウクライナの戦争でもわかった
食糧が何か争いがあると入ってこなくなる、だから外国に頼ることは危険だったのであるそういうことはうすうす感じていたが現実化したのである
人口減少が騒がれるが地球規模でも人口は増えすぎたのである、地球で養う限界になっている、グロ−バル化して食料を燃料でも資源でも費やすことはできなくなる
SDGsとは「Sustainable Development Goals」を「持続可能な開発目標」が世界的標語になったようにそれぞれの土地土地で生態系に準じた生活に戻ることでもある
そこでリストアーするのが世界的に目指す社会になったのである
接続可能というとき森でも大地でも海でも山でもそうである、生態系に準じて生活することなのである、それがすべてでない技術や開発をすべて否定するのではない、過度になり行きすぎたものになったからそうなるのである
丸森の山ごとソーラーパネルにしたら保水能力がなくなり宇多川でもまた氾濫するかもしれない、あれは本当に行き過ぎた開発なのである


2022年10月14日

ヨ−ロッパ中世と日本の歴史の共通点 (日々の暮らしの食糧から見る―身近なことで歴史を知る)


ヨ−ロッパ中世と日本の歴史の共通点

(日々の暮らしの食糧から見る―身近なことで歴史を知る)

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https://www.youtube.com/watch?v=F4N_FdG_CCs&ab_channel=%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%8F%B2%
E8%A3%8F%E6%8E%A2%E8%A8%AA

●食べるものから歴史を知る

このyoutubeで見たが日本とヨ−ロッパの共通点があった、何かヨ−ロッパとか外国はわかりにくい、でも人間は食べなければ生きていけない、では一体食事はどうしていたのだろうかとなる、そういう基本的なことから歴史を見てみる
そうするとわかりやすいし共通点があることでやはり人間はどこでも同じなのだなと見たヨ−ロッパとかの歴史だと何かむずかしいことを語る、そういうのも必要でも興味がもてなくなる、それが歴史の勉強では問題なのである
何か身近でわかりやすいことからも歴史は見るべきなのである

何かわかりにくかったのはローマの貴族でもローマ帝国が衰退してからその人達が農奴になったということがあったのかとなる、没落して農奴になった
中世は領主がいてその下に貴族がいてカトリックの司祭とかいた
その人たちはいいものを食べていたのである、肉はその頃贅沢で食べられなかった
貴族は肉を食べていたのである


●水は土地が悪く飲めるのが少なかった、水の代わりにばい菌のないビールを飲んでいた
●パンにもまずいものといいものがありまずいのは食べるのにオートミルを飲んで食べた
●麦から作る米やビールが栄養源、麦の不作は飢饉になった

●肉を食べられたの貴族と聖職者―庶民は祭りの時食べるだけ

農家は「粘土と木材からなる」「地面からあまり高くない」「麦藁で葺かれている」のが当然だった。レンガが製造されるようになってからも、農民の間では石造家屋は稀だった。ガラス窓も稀なモノであり、通常は四角い小さな穴があって、それを木製の雨戸で閉めていた

農民の食事は「大麦orライ麦のかゆ,パン,塩魚(四旬節の食べ物),野菜,チーズ,卵,ベーコン」からなっていた。農民が肉を食べたのは休日だけ(だから休日は“肉の日”と呼ばれた)であり、そもそも家畜の疫病が度々発生したから、肉は乏しかった

繰り返す飢饉の間には事情はいっそう悪化し、人々はただ餓死を免れるために、根でも雑草でも樹皮でも(それどころか人肉さえ)食して生き延びた。これは穀物取引がほとんど発展していないことも一因だった。飢饉に見舞われた地方に穀物が届くのは、通例は飢饉が襲ってからであり、このため穀物価格は(住民が手に入れることができないほど)騰貴した
https://ameblo.jp/sumire93/entry-11614015879.html

●農奴の藁葺の家と食料

藁葺の家となれば日本は戦前まで藁葺の家だった、今でも藁葺の家に住んでいたという老人がいる、パンは良質なものは貴族が食べ農奴は黒い栄養の悪いまずいパンを食べていた食べ物も貴族と農奴では相当に違っていた
農奴にはまた土地にしばりつけられて自由がなかった、でも逃亡して都市に逃げるとそこで自由になった、都市は自由にするということはそこから由来している

中世のヨ−ロッパとか古代史でも外国になるとわかりにくくなる、日本でさえわかりにくいのである
でも何を食べていたかということでそこをてがかりとして歴史を見るのも身近だからわかりやすくなり人間はどこの国でも食べなければならないのだからそこで歴史を実感する
だから縄文時代に何を食べていたかを実験すれば縄文時代でも身近なものとなる

日本でも農民の暮らしには共通性があった、ヨ−ロッパではパンの良し悪しがあったが
日本では米をまともに食べられず稗とか粟とか山国だと蕎麦を食べていた
つまり米はみんな食べていないのである、かて飯というとき御飯にいろいろまぜて食べていた、つまり米がそんなにとれないから別なものでまかなうとなっていた
ともかく人間はどこに住んでいても何かを食べなければ生きていけない
そこから人間の歴史を見るとわかりやすいのである、他のことは宗教の歴史でも法律の歴史とかいろいろあってもむずかしいのである
人間は何か歴史でも必ずしもむずかしいものからではなく極身近なことから歴史を見る
そうすればヨ−ロッパでも理解できるとなる
ヨ−ロッパでは領主が大きな力を持っていたの土地をもっていたからである
日本でも土地をもっていたのは封建領主であり似ている面がある
でもヨ−ロッパの方が権限が大きいものだったようだ

それから中世のヨ−ロッパの土地は栄養分がたりない土地だった、それで領主が税をとりにきたとき鍋に動物の糞を入れたもを出したという、糞が肥料になっていたのである
それが貴重だから鍋に入れて税として納めていたのである
ここでもわかるように農業とは肥料が死活問題になっていたのである
日本でも戦後まもなく近くの農家の人が糞尿を集めて肥料にしていた
田舎の香水は糞尿の肥料のことだった、今では農薬になったがその肥料となるものが外国からロシアから主に入ってウクライナ戦争で高騰したとき物価が上がった
それが相当に影響している、それだけ肥料は農業にとって大事なものなのである
農業というとき肥料でどれだけ苦労したかを見るべきだとなる

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動物の糞を入れた鍋ー肥料がいかに大事だったかをこれでわかる

●ヨ−ロッパ中世の農奴の過酷さ

そして貴族と農奴とか庶民の差は食べるものにあった、これはわかりやすいのである
ただ農奴でも祭りの日には肉を食べていた、それは日本だったら晴れの日でありその日は贅沢した、正月とかそうである、餅とか食べられたのは正月だったのである
それからこの辺では石鰈とかは贅沢であり大晦日とか正月に食べるものだった
それは日本全国でそうだったのである、だから食べることから世界を見ると共通したものがあると見た
また農業から歴史を見るとやはり共通したものがある、肥料で苦労していることは共通しているからである、ヨ−ロッパは余り土地が肥えていないから苦労している
水でも良質な水でないから飲めないのでビールやワインを飲む習慣が生まれた
日本でも酒は栄養がありただ酔うためにではない栄養補給のために飲んでいたのである
それでザビエルの弟子なのか日本に来て布教するとき酒を飲んでいたという
つまり酒は栄養があったからそうなったのである
だから栄養をどうしてとるかということでは共通している
何か全く理解できないものを食べていることはないからである

それにしても中世の農奴は過酷だった、労働でも過酷でありまともに栄養がとれない
だから早死にする人も多かったのは当然である、でも貴族はいいものを食べていたのである、その相違がヨ−ロッパでは大きいものだった、日本だと侍と農民の食べるものはそれほど違っていない、とういうのは全体的に貧しいからそうなっていた
殿様でもそんなにいいものを食べていたともならないのである
ただ米くらいはいつも食べていたとなる

中世の農民の主食はパンだけどこれを焼く窯がないのでそこで焼いてもらうにも金がかかった、水車も利用したがそれを借りるので金がかかったから負担になった
それを作るだけの資力がなかったのでそうなったのである
それは今なら機械を持っている資本家とそれを持たない無産階級だとかなる
だからそのパンを焼く窯をもっていた人は恨まれたとなる
そうなるとマルクスの資本家階級を恨む、階級闘争という理論がそうした歴史からも生れるとなる、日本ではそういう明確な差がないから階級意識も生れなかったとしている
士農工商は最近では職種のことであり階級ではないとしているからである

中世ヨ−ロッパの環境は劣悪だった、だからこそペストが流行して三分の一が死んだとなる、糞尿も処理されていないし水も飲めないとかありそういう環境ではどうしても疫病が蔓延したのである、日本では水は江戸水でも飲めたから水には恵まれていたとなる
水道の水は外国では飲めない、スイスくらいしか飲めない、でも日本では水道の水は飲める珍しい国なのである
農奴というときロシアではまだ農奴というのが現実に存在しているのかもしれない
中世では戦争に戦闘の訓練をしていない農奴が戦場で兵士にされたとある
するとロシアでも今訓練していない人がウクライナで兵士にされて戦わされる
それは都市部の人ではなく地方の農民なのである、何かそういうことに歴史の連続性を見る、過酷な労働とか兵士とかに皇帝の命令でされるとなる

結局こんなふうにヨ−ロッパの中世でも過酷だったのである

まずいパンだな、肉なんか簡単に食べれねえ
早く祭りがこねえかな、肉を食いたい
パンを焼くにしても窯がない
それでまた金がとられふんだくられる
領主様が怖いから文句を言えねえ
藁葺の家も糞尿でかためて臭い
藁で家畜と一緒に寝る
そして今度は戦争になり兵士にされて戦わされる
こんな暮らし地獄だぜ
でもここから逃げたかったら都市に行け
そこには自由がある
土地に縛り付けられて生涯働かされることはねえぞ
ああ、うめえいパンが食いてい、ゆっくり休めてい
いつなったら楽になるんだ俺たちは・・・・・

では領主や貴族はどういう感覚で生きていたのか?
農奴などどうでもいい、ただ不満で反乱を起こすことがあるからあまり厳しくはできないその辺の加減が問題なんだよ、百姓は生かさず殺さずなんだよ
今日も肉をたらふく食うか、多少の残りものは農奴に食わせてやろう
日本でも農民が働かなければならないのだから過酷過ぎたら農民でも反乱するから手加減したとなる、それは自分たちのためでもあったからである

●ビスケットの由来

ともかく何か歴史はこうして外国でも日本との対比でみたり食べ物か歴史の連続性を感じるとわかりやすく実感をが持てるのである

大航海時代の船乗りの代表的な食事はビスケットでした。航海中にパンを焼くことはできませんからカビない様に固く二度焼きしたパンです。二度焼き(ビスキュイ)からビスケットと呼ばれる様になりました。焼いてから3日もすれば1年たったパンの様に固くなり保存食となりました。
https://histori-ai.net/archives/489

ビスケットにこんな由来があったのかとなる、カビないようになるというから保存食だったのである、何か野菜でもカビが生えてこまるからである
こうして何でも食べ物でもその成り立ちとか由来を知るとその味もまた違ったものになるただまずいとかうまいというだけではない歴史を感じつつ食べるのである
それは別に食べ物だけではなくあらゆるものに歴史かあるからだ、家にもあるし道具にもあるし着るものでも何でもある、その歴史を知る時何でも味わい深いものとなる

人間の歴史をたどり見る時見えてくるものがある、今がいかに豊かで楽な暮らしかとなるただ一方で今の不足している苦しい面も見えて来る
それは時代によって違うからである、ただ人間は一時代しか生きられない、でも歴史は連続したものとしてありそこからまた未来を見るのである
今の豊かになった生活の反省もある、こんなに食べ物でも無駄にしている時代はないからである、それは日本の江戸時代でもそうである、ヨ−ロッパの中世と似ているからであるただ日本では侍がいたとしてもそれがヨ−ロッパの貴族とは違っていた
侍はそれほど食べ物でも贅沢していないしできなかったからである
下級武士となるとたいして庶民と変わらなかった、それで内職したり庭で野菜を作ったり柿を植えて食料としていたからである
その内職したものが今ではお土産とかなっているのである

大石内蔵助の妻、りくの里は但馬豊岡ですが、その特産品の柳行李はりくの弟が発明したものです。

砂鉄の産地の倉吉では稻こきの道具(千把こき)、大和郡山藩では金魚を特産品にしていましたが、いずれも下級武士の内職から始またものですね。
https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12458118810.html

ヨ−ロッパの貴族ではこういうことはしていないだろう、それだけ日本の貴族といっても武士は貧しかったのである、でもなぜ領主と貴族がヨ−ロッパでは富を得たのか、農業だけからだとそんなに富を得られないとみる、後の貴族はイギリスとかなると外国を植民地にして富を得たのである、日本の侍とヨ−ロッパの貴族は相当に差がある
だからマルクスの階級歴史観が生まれたのである、明らかに貴族が下の階級を搾取したと見えたからである

日本の明治維新は下級武士が成したのであり庶民ではなかった、その下級武士は貧しかったのである、ヨ−ロッパでは貴族階級が強固にあり階級社会がありそれでフランス革命で王様がギロチンとかで処刑された、王侯貴族が処刑されたのである
それは富の差が大きいからそうなった、つまり極端な格差社会になると上級国民でも危険なのである、そういう社会は富める者でも住みにくいし危険なのである
ヨ−ロッパの貴族と日本の侍とは違っている、ヨ−ロッパの貴族は庶民とは格段の差があり別世界に住んでいたとなる、でも貴族でも平等化したのだが依然としてヨ−ロッパには階級社会が根強く残っているという、貴族階級の言葉と庶民の言葉が違っているという
日本でも侍言葉がありそれが庶民に伝わったことは確かである
でもそれほど明確な差は日本にはなかったのである
士農工商とは階級ではなく身分ではなく職種の相違だと今では見直しているからである

2022年12月30日

肥料で苦労してきた農民−農業を知らないと歴史をわからない (田舎でも農業を知らない人が増えた)


肥料で苦労してきた農民−農業を知らないと歴史をわからない

(田舎でも農業を知らない人が増えた)

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歴史道【別冊SPECIAL】そうだったのか!江戸時代の暮らし (週刊朝日ムック) ムック – 2022/12/6


業で一番大事なものは肥料である、肥料で苦労するのが農業である、そもそも農業自体の起りが森の木を焼き払って灰にしてその灰を肥料にして畑を作り野菜を作ったことに由来している、だから肥料がないと農業は成り立たない、其れでイワシが肥料になったのもそのためである、イワシは人が食べるものではなく肥料になった
そのために北海道で大量にとれたイワシが全国に肥料として売れた、それは松前から船で運ばれたのである、相馬藩でも松前まで船で行きイワシを積んできて買って肥料にしていたのである、米を売ってイワシの肥料を買っていたのである
それから肥料は落葉とかでも肥料になる、草も肥料になる

それで右田の農家の人はそれを馬車で運んでいた、橲原(じさばら)とかに山を所有していたのである、今は津波でその人が住んでいた家がなくなった
だから街内の団地のような所に住んでいる、また橲原とかに土地を持っていたからそこに家を建てた人もいるようである
小さな畑で野菜作りした人は角田まで行って鶏糞を買って肥料にしていた
その鶏糞を私の庭にも利用した、花でもやはり肥料がないと育たないのである
日本の地名で焼畑地名が多い、飯館村の佐須村の佐須は明確に焼畑地名である
そこに山津見神社がある、これは安曇族が入ってきて証拠である、安曇族は海人族であったが焼畑の技術ももっていてそこに土着したのである

肥料なくして農業はなし・・・・・・・

ロシアとウクライナで戦争があり肥料を輸入していたが入らなくなったことが世界的に影響した、日本でも影響して農産物が高くなるということがあった
肥料というとき今は化学肥料になる、それが入らないと農業が成立しないのである
農業とは肥料を作る苦労だったともなる

近くの街中の農家の婦人は人糞を取りに回っていた、それを子供の時見ている
汚いものだがそれを汚いとは見れないものだった、なぜならそれを肥料として食料としていたからである
江戸でも回りが農民であり肥料をとるために人糞を取りにきていたのである

隅田川の由来

「すみだ川」の名が登場したのは、西暦835年のこと。当時の政府の公文書に「住田河」と記されています。この「住田」が、どのように読まれていたのかは定かではありませんが、川の三角州に田を作ったという意味で「すだ」と呼ばれていたと考えられています。その後、平安時代の伊勢物語では、「すみだ川」という歌が詠まれ、すみだ川の名が全国に広まっていきました

「隅田区」の広報

地名とはこのように人間の生活に密着して名付けられる、詩的に美的にとか名付けられないのである、人間が生活するために田が必要であり米が必要だからこそその名がついたとなる


ある年に土地の半分を植え、残りの半分を休ませ地力を蓄える二圃式農業は古代世界では非常に一般的でした。ヨーロッパではこのような休閑による地力の回復の他にも、家畜の糞を藁と混ぜて発酵させてつくる厩肥(きゅうひ)が広く用いられました。 また、石灰肥料や緑肥(刈った植物を畑に混ぜ込む施肥)も行われました。

江戸時代の重要作物は関西の木綿と関東の桑(養蚕)で、品質と生産量を安定させるために多くの肥料を必要としました。当時重要だった肥料は菜種油粕と魚粕。菜種油粕は行燈の油として利用した菜種油の粕。魚粕はイワシなど採れすぎた魚の再利用法でした。

大阪では、家主は借家人の固形物の権利を持っていましたが、価値の低いとされる小便の権利は借家人が持っており、それぞれ仲買人に売ることができました。18世紀初頭では、一年の10世帯分の糞尿は、半両以上で取引されていました。

大阪では、家主は借家人の固形物の権利を持っていましたが、価値の低いとされる小便の権利は借家人が持っており、それぞれ仲買人に売ることができました。18世紀初頭では、一年の10世帯分の糞尿は、半両以上で取引されていました。

値段が高騰すると仲買人同士の喧嘩や論争も頻発し、貧農が糞尿を買えず盗みに走り罰せられるといった事件も頻発しました。

8世紀のイギリス、刃物の町シェフィールド。

この町では刃物の柄に動物の骨を利用しており、加工の時に削った骨くずが大量に生じて工場主は処理に困っていました。そんな時に誰かが骨くずを失敬して自分の畑に撒いてみたら、なんと作物がよく成った。それが噂で広がり皆が骨くずを欲しがるようになりました。こうして骨粉が誕生しました。骨粉はリン酸を多く含み、植物の生育を促す働きがあります。

 肥料の歴史"農業の始まりから化学肥料まで"
https://reki.hatenablog.com/entry/211105-Fertilizer-History



地力が失われるのでこうなった、土の栄養分が失われるから肥料を貯えさせてまた使う方法である、これも農業では肥料が大事なのように土が基本であり土を肥やさない限りできないからである
こうして農業から文明が生まれたのである、それまでは狩猟採集であり定着できないが
肥料を作る、土地を肥やすことをして定着できて農業が発展してそれを基礎にして文明が生まれたのである
骨紛とかでもそうである、何か肥料となるものを農業では常に探していたのである
今は化学肥料となり鉱物から取り出されているのである

いづれにしろ歴史とか社会を知るにはやはり農業が基本になる、農業は欠かせない食料を生産するのだからそうなる、食糧危機になるとか最近騒いでいるのでもわかる
外国から入らなくなりそうなることで不安になる
中国ではそうして飢饉になれば政権が変わる、革命になる、だから食料を供給できなくなったら人民に襲われるという恐怖が歴史的にある
14億の人間を食わせることが第一になりそれが政治にもなる
田舎だと回りが田畑だから農民が多いし農業で生活しているように見える、でも実際は今は農民は一割にもみたない、みんな会社員なのである、だから意外と農業のことが田舎でもわからなくなっている
農業でも実際にたずさわってみないと実感としてわかりにくいのである
でも肝心なこと農業がわからないとういことがある、すると農業が軽視されて跡継ぎもいなくなったとなる
浪江の電気工は原発で働いていた、だから浪江が廃墟のようになっても周りの田畑が草ぼうぼうになっても関心がなかった
何か補償金もらってみんな喜んでいると言っていた、これは明らかに農業で生活していないし実際は全体でみても少数者になったからそうなったのである、農民が八割の時代はそういうことはありえないからである
それは生死にかかわるからである、天皇が皇居で田植えしたり養蚕をしたりしているのはやはり農業中心の社会がありそれが継続して行事となっているのである

そして正月の行事でも実際は農民の行事であり正月は豊作を祈る時である、でも農民が全体の一割とかなるとそうした正月行事も
なくなってゆく、別に餅は正月に食べていたがいつでも食べられるから晴れの日はなくなったのである
ただ正月とは年が変わるというだけで何か晴れの日としての楽しみでもない、紅白歌合戦が国民みんなで見るというのもなくなりつつある、年代的に音楽でも何でも多様化しているから国民的行事とういのは消失しているのである
でも歴史をふりかえるときやはり農業が基本にあるからこれを知らないと歴史もわからないのである

御民我れ 生ける験あり 天地の 栄ゆる時に あへらく思へば  
                          海犬養岡麻呂

基本的に人間が栄えるというとき自然と切り離しはありえない、それが原発事故でわかった
生活の基本となるもの水でも土でも森でもさらに空気まで放射性物質に汚染されたら生きることもできない
住むこともできなくなったからである、科学技術文明の危険がここにあった
最近持続可能社会がSDGsが言われるのはそのためである

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原町区の北泉の残された碑−ここは延命地蔵を祭っている
延命地蔵とはやはり長生きを望んだからである
正月と記されている、正月がやはり特別な日だから記されたとなる

 

2023年01月16日

文明と交通の発達は不可分に結びついている (現代文明は運送社会ーでもコロナウィルスとかで歯止がかかった)


文明と交通の発達は不可分に結びついている

(現代文明は運送社会ーでもコロナウィルスとかで歯止がかかった

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運送費用が大きい


●文明と交通

文明と交通は深い関係がある、なぜなら四大文明が起きた所は大河がある所だったからである、エジプト文明はナイル川がありインダス文明はインダス川がありメソポタミア文明はユーフラテス川がありと黄河文明は黄河がありまた揚子江がありと文明が起きた
なぜ川が文明を作ったのか、エジプトだと定期的に洪水がありその洪水が肥沃な大地を作った、川が養分をもたらして肥料となっていたのである
川にはそういう効果もあったが交通の道としてあり川は物資を運ぶもの人を運ぶものとして結びつけることで文明を作った、つまり商業が発達したのである
ともかく大陸の川は長大であり運河のようになっていて船の航行に向いていたのである
日本の川は滝だと外国人が言ったが大陸の川と比べるとそうなる、とても船が運行するには向いていないのである
それでも川がやはり原始時代には道になる、なぜなら森は道になりにくい、川ならなんとかたどっていけば上流へ行けるからである
ヨ−ロッパでも川が運河のようになっていてそれで川を通じてハンザ同盟とかができた
それは商人が国家を越えた同盟を結んだのである
つまりこの川を理解しないと外国の地理でも歴史でも理解できないのである

とにかく文明と交通は深く関係している、だから文明の一つの見方としていかに交通が発達したかを見ればわかる、草原地帯だと馬が交通の手段となりモンゴル帝国が生まれた
遊牧民は移動する民だから自ずとそうなった、馬が強力な武器となったのである
馬は日本の侍でも馬を持つ侍が偉いとなる、そのために馬を飼う専用の人を雇っていた
戦争でも馬を持っているものと馬を持たないものでは大きな差があるためである
相馬野馬追いがあるがこれも相馬氏が馬を操作することにたけていたのでこの地域の支配者になったのである、それが今でも継続されて祭りとして残されたのである
馬は強力な道具であり武器にもなった、今なら車と同じである、現代では車をもたないものは下等民ともなる、車も持たない運転できないのかとなれば劣った人間にみられる
車がない自転車に乗っているだけで怪しい奴だと警察に職務質問すらされる
そういうふうに馬を持っているもの馬に乗れる者と馬を持っていないものの差があった

文明を見る一視点として交通から見ることは欠かせない、日本でも汽笛一声新橋を・・
と蒸気機関車が横浜で通じたことで文明開化になったことでもわかる
その時日本国家は関所もなくなり統一国家として目覚めたとなる
それまで関所があり藩ごとに閉ざされた世界で生きていたからである
だから交通の発達が社会を変えたのである、そもそも江戸時代の不思議はなぜ駕籠のようなもので人を運んでいたのか?それが理解できないのである
そんな時代から蒸気機関車になったのだから驚きだとなる、船の運航は別に北前船などでもあった、でも陸路は歩くとかであり相当に遅れていたのである
戦前でも戦後まもなくでも交通は不便だった、鉄道は発達していても馬車とかリヤカーとかが運ぶ手段だった、それで鹿島の横手の梨農家の人が相馬市に前の中村市に梨を運び売っていたという、これも相馬市となると15キロあるから大変な労力である
でも梨でも数が多ければそうするほかなかったとなる
今ならいくらでも車で運ばれるからその差も大きいのである

●グロ−バル化広域化は運送社会になったため

社会が世界が広域化グロ−バル化したのも交通の発達があったからである
なぜなら大航海時代は船であり船だと軽く一か月とかヨ−ロッパに行くにしてもアメリカに行くにしてもかかった、でも船でもやはり世界を結びつけたのである
その当時は飛行機はない、今度は飛行機が世界を結びつけてグロ−バル化したのである
だから交通の発達がいかに世界を変えたかである、文明と交通は密接に関係している
現代文明とは運送社会でもある、田舎でも運送にたずさわる人が多い、トラック運転手が多い、でも最近トラック運転手の成りてがなくて困っているという、仕事が過酷でも給料が高くないということでまた高齢化もしていて若い人でも成り手がないとなっている
とにかくアマゾンでも成り立つの運送社会だからである、車社会だから運送できるから成り立っているのである

電熱ベストを買ったが二千円で安いし悪いものではなかった
それが二週間以上かかったのは中国で作ったものを運んだからである
その運ぶ過程がアマゾンに表示されていた、時間がかかったのは日本まで運ぶのに途中関税を払うと手間がかかっためである、これも輸送社会になっていることがわかる
また知っている人はトラック運転をしていて人の倍を運んでそれでもうけて二十代で立派な家と庭を作った、今は85歳とかなっている、それから私の兄はトラック運転手になり高速道路で41歳で事故で死んだのである、それだけ運送にかかわる人が多いということである

でもこの輸送社会がコロナウィルスとかで一時中断した、観光のインパウンドも喪失したこれらのことは何か時代の変化をもたらすものだったのだろうか、つまり運送社会というのに歯止めがかけられた、広域化グロ−バル化社会に歯止めがかけられた
現代の経済は運送することでも成り立っている
だからのそのコストは必ず運送費が運送する労力がかかっている、それがコストになる
第一リヤカーで15キロも隣の市まで運んでいたならその分をもらうとなるのは当然である、運送の労力があり運送社会が成り立っているのである
また運送するには危険が常にある、それでオランダでは船で外国と貿易するとき船が嵐などで沈没するとかのリスクがあり安全のために株式会社として投資させた
もし安全に航行すれば投資した人達は大きな利益を得たのである、また船には保険もかけられたとなる

グロ−バル化社会になったのも今度は飛行機が生れたからである、この変化も大きかった船で一か月かかったのと比べるば格段の違いだからである、8時間で行けるとなったからグロ−バル化が進展したのである、でも逆にウィルスでもたちまちこれだけグロ−バル化して人間が移動する時代に裏目に出たのである、世界に一気に拡散したのである
そのことも一つの時代の変化となってゆくのかもしれない、グロ−バル化に歯止がかかったのかもしれない、運送社会とは運送のコストがかかりまた外国とか外部からの輸入に頼っていたら肝心の国内であれ地域であれ成り立たなくなる
それが日本がの貧困化の原因にもなっている,電器製品が売れていたときは良かったが売れなくなり日本は貧困化しているからである、円安になり輸入するものが高くなっているからである

●グロ−バル社会運送社会の負の面が増大した

とにかく何か時代の変化が起きている、グロ−バル化の負の面が増大したのである
グロ−バル化とは何でもいいものではない、なぜ世界大戦が二度もあったのか?
これも世界がグロ−バル化して対立が激化したためである
ただ貿易で互いに豊かになればいいが実際は対立が激化する、そのことで外国人を入れることはこれも国内で対立が激化するから反対する人もいるしヨ−ロッパは移民を受け入れてそうなったとしているからだ
ただ何事必ずいい面と悪い面がでてくる、その悪い面が顕著になったのである
現代では近くが遠くなり遠くが近くなっている時代である、だから田舎でも一体何をしているのか仕事しているのかわからないのである、隣同士でも疎遠になっているのである
これも介護とかなると困るのである、介護は意外は隣の市とかでも8キロくらいしか離れていなくてもいちいち来るのが手間なのである、車があってもそうなのである
介護とかは近間だとすぐ行けるからやりやすいのである、現実に百メートルも離れていないのに病気になって歩けなくなった人は行けなくなったとかある

その人は車を持っていても運転できなくなっている、それで自転車に乗るかなどと言っていた、そこに毎日のように行っていた女性は脳梗塞になり歩いて百メートルもないのに行けなくなったのである
何か百メートルでも二百メートルでも遠いとなってしまったのである
それは私自身も感じた、例えば歩くとなるとスーパーまで二百メートルくらいしかないのに歩いて行くとなると遠く感じる、買い物で毎日行くとなると相当な手間になる
だから戦後まもなくは車で普及しないときは近所に店があり用をたしていた
私の家は角にあり店を始めて繁盛した、それは近所の人が買い物したからである
その時はみんな歩いて買い物していたし歩く範囲が生活の範囲だったのである
でも今は本当に歩かないと思う、私自身これだけ旅しても歩いた旅をしていない、自転車の旅はしても歩く旅はしていないのである

だから歩くことは本当に特別の経験ともなってしまったのである、歩いて感じる感覚が消失したのである、これも奇妙だといえばそうである
その時何を失ったかというと人間の感性が消失したということである
だから歩いて感じて作った俳句でも短歌でも他でも理解でなくなったともなる
歩いて感じることと自転車の乗って感じることと電車に乗って感じることと車に乗って感じることとみんな違っているからである、歩いて感じるものがなくなったということはかえって人間的なものを喪失したのである
それから鉄道だと必ず駅で待つ時間がありそれが人間的でありそこで感じるものが違っていた、でも高速とかのSAで待つ時間などないのである、用をたしたらすぐに車に乗って出て行くだけである、だから鉄道の駅とSAは相当に違っている