2019年06月14日

ヨ−ロッパとか大陸国家と日本の歴史的根本的相違 (日本には都市がない、市民がいない)


ヨ−ロッパとか大陸国家と日本の歴史的根本的相違

(日本には都市がない、市民がいない)

ヨ−ロッパとか大陸国家から例えば中国から来た人でも日本に来て不思議に思うことがあるだろう
その大きな不思議が日本に来たら城壁で囲まれた都市がない街がないということである
そしてなぜか城だけがありそこは防御するようになっている
城門もあり厳重に敵から攻められるために備えているのである

でも街全体とかにはないのである、だから戦争という時、城に住んでいる侍と侍の争いでありそこに住んでいる住民は関係ないのである
ただ戦争の勝敗によって殿様が変わるから影響するだけだとなる
別に戦争に負けてもそこの住民は殺されたり奴隷にされたりしないのである

なぜヨ−ロッパとか中国でも熾烈な争いがあったのか?
それは中東でもそうであり大陸では熾烈な民族同士の争いがやむことなくあった
それは近代まで継続していたのである
そうした大陸国家の熾烈な争いに明治維新後に日本は世界史に登場しまきこまれたのである
明治維新からグロ−バル化がはじまったのである
そこで日本は相当にヨ−ロッパにおいつくために無理したのである
その無理がたたって70年後過ぎて太平洋戦争になり大敗北をして3百万人死んだのである、つまり大陸国家の歴史の興亡に巻き込まれたのである
なぜならヨ−ロッパとか大陸国家では戦争の連続であり何百万人の単位で死んでいるからである
それで思想でも中国なら三国志があり戦争の結果としていかに敵に勝つかと孫子の兵法が生れたりまたヨ−ロッパだとマキャベリズムが生まれた

そしてなぜ日本はヨ−ロッパとか大陸国家を理解できないのか?
日本には日本だけで海に囲まれて閉鎖した中で歴史がはぐくまれたからである
このために日本がは大陸国家の興亡を理解できないのである
戦争に負ければ奴隷にされる、そうなれば必死で戦争に勝つための方策を考えるし軍備でも備えるとなる
日本ではそうして他国に攻められて奴隷になる経験がないのである
ただモンゴルが攻めてきたとき一時その恐怖におののいたのである

なぜ大陸で階級制が生まれるかというと民族同士が国同士が絶えず争い優劣を決めるからである、負けたら奴隷にされたり下層階級にされる
大陸国家では必然的に奴隷を下層階級を作り出す仕組みがある
そして様々な民族がいるから混交するからそこで区別しり優劣を決めるのである
それはネパールでもそうだった、様々な民族の吹き溜まりのようになったのがネパールだからである、そこで階級制が生まれたのである
それで外国人まで日本人も階級のどこに属するから決められていたのである

ヨ−ロッパであれ大陸国家だとアメリカでも絶えず戦争がありそれで優劣を決める社会だとなる、また人種が混交するからそれで民族ごとに区別して差別して階級制になりやすいのである
これが世界の歴史であり普遍化したのである
だから日本人は外国で暮らしてメードを雇えない、使えない、なぜならそういう歴史を経験していないからである、武士は階級制ではないかともなるがそれも厳格なものではなく今では士農工商は職業で分けただけだとか見方が変わってしまった
第一侍でも大陸国家のような贅沢をしていないからである
また日本にはそれだけの富を生みだせないからである

大陸国家だと戦争に勝てば莫大な財産を得ることができる、奴隷もその一つであり他にも土地を奪うとしたら広いから莫大な収入になる
だからこそ戦争に勝つか負けるかでその運命も決まる
それで戦争は熾烈なものとなる、また中東などの砂漠では略奪は公然として許されている別に犯罪ではないのである、権利なのである
何かそうした大陸国家の成り立ちとか歴史が日本では肌で感じられないのである

だから大陸から来た人はなぜ城だけが独立してあって街を囲む城壁や市壁がないのだろうとなる、そして戦争でも別に殿様が変わるだけでありそこに住む住民は殺されたり奴隷にされないのである、だから戦争になってもそこに住んでいる人はあまり関心がないともなる
それで会津でもあれだけ悲惨な戦争であってもそこに住んでいる住民はその戦った侍に同情もしていないのである
それよりこれが好機として農民がヤーヤー一揆を起こしたからである
日ごろ税金に年貢に苦しんでいたからこの機に乗じ反乱起こしたのである
あれだけ薩長軍と官軍と必死で戦っている時、別に一緒に街を守るために戦うのではないかえってこの時こそ好機だと一揆を起こしていたのである
つまり城とか侍は一般農民とか庶民とかとは分離していたのである
侍同士の戦争でありそこに庶民とは関係なかったとなる
そして戦争に負ければ殿さまが責任をとり切腹して戦争は終わりになる
それから負けた方でも敵味方塚として供養されているので中国から来た人が理解できないとなるのである

この相違は本当に大きい、例えば資本主義とはこうしてヨ−ロッパから大陸国家から生まれたからこうした歴史を知らないと理解できないともなる
なぜなら資本主義とは資本を投下して巨利を得るということが基本にある
それは戦争とにていたのである、戦争に資本を投下して敵に勝てば莫大な利益を得るとなるからだ、そういうことも資本主義の背景にある
だから大陸国家とは格差社会が歴史的に基本としてあった
それはグロ−バル化経済でも起きている、世界的に格差が生まれる社会が欧米型大陸型の文明だからである、戦争とは敵をうちのめして収奪することでありそれが資本主義にもある、別な見方があるにしてもそういう側面もあることは確かなのである

それも大陸国家の歴史から生まれた弱肉強食の思想だったともなる
マルクスが階級制を打破しろというときそもそも階級を常に意識される社会だからそういう過激な思想が生まれたのである
日本だったら生まれにくいのである

とにかく日本には市民がいない、街を守る市民がいない、ヨ−ロッパの都市はそこに殿様も王もいない、市民だけの都市がある、それは市壁に囲まれていてそうした都市同士が争っていたのである、そういう歴史が日本にはないのである
それでシテズンシップとかはない、市民意識、市民共同体がないのである
パスポートにどこの出身ですかというとき国があって市があるが市が重要だからそうなっている、どこの市に属しているのか市が基本的な共同体でありアイディンティティになっているから大事になる
この点で日本は根本的にヨ−ロッパでも大陸国家の歴史でも肌で理解できないのである
だから外交でも戦争でもそうした大陸国家の熾烈な戦いを興亡を経験しないから何か甘いというか外交下手となる
つまり大陸国家の長い歴史の中でつちかわれた経験がないから他国に対してどう対処していいかわからないとなりグロ−バル化して戦争にも負けるしまた一時は電機産業で高度成長を遂げたがそれも衰退に向かうとなる

日本の特殊性を理解するにはやはり大陸国家の歴史を知りどういうことで歴史的に成り立ったのか知る必要があるのだ
日本は世界で極めて特殊な国の歴史でありそれを自覚する必要がある
だからグロ−バル化するということは日本に向いていないのである
そういう経験をしていないからである、外国人労働者でもどう扱っていいかわからない
大陸国家なら奴隷として階級制を作り対処していたからである
でも日本だと同じ人間じゃないかとなりそういうことはできない、そういう歴史がないからできないのである
だから明治維新後西欧化とかそういう課題は戦後でも続いているのである
何か日本が経済的に技術的にも衰退するという時、それがどういうことになるのか?
グロ−バル化のなかで三等国になり奴隷ともなり階級的に下層民とされるのである
それが大陸国家の歴史であり日本は鎖国もできないからそうされるのである
現実に観光でおもてなしとか言っているけどまさに日本が世界の中で経済的に技術的にも衰退しているからそうなる

金が落とす外国人優先になるのはそのためなのである、まさに外国人の奴隷にもなる
それは東南アジアで一時為替の差で安く女性を買っていたとかと同じである
これも日本人のカルマだったのである
それも世界史で繰り返されているのである、中東が優位だったときはヨ−ロッパの女性が下位になり5ドルくらいで買われていたとかあった
それだ逆転したのもまた歴史である、カルマはくりかえされているのである
必ず国家の興亡があり上になるものが下になり下にあるものが上になる
それで今や中国が日本を経済的にも技術的にも優れていて日本は中国の属国になり奴隷二されるとなるのである
グロ−バル化では鎖国はできないからである
グロ−バル化とはそういう熾烈な戦いから逃れることができないのである



ヤーヤー一揆

新政府軍と会津藩兵との戦いによって数多くの犠牲者が出て、以後会津地方の旧武士階級の人々は薩長土肥に対して恨みを抱いたという話はよく知られている。だが農民、特に戦場にならなかった地域の人々にとっては、かねてからの重税や物産の専売制度による搾取に加え、藩主松平容保が京都守護職として上洛して以来、その経費を賄うために行われてきた増税に対する不満に一気に火をつけることになった。9月22日(1868年11月6日)、会津藩が明治政府に降伏すると、たちまち藩政崩壊による権力の空白状態に乗じた民衆蜂起が勃発した。

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2019年06月20日

日本人は特殊な内輪仲間民族 (話せばわかるとだけでは通じない外国)


日本人は特殊な内輪仲間民族

(話せばわかるとだけでは通じない外国)

日本人の特殊性はやはり地理から生まれた、縄文時代から外界と接することなく暮らすことができた、日本に移住した人たちも日本の島国で同化された
それが日本人を作ってきた、人間は地理と風土から基本的に作られる
それを越えることはできないのである
日本の地理が大陸とは離れているから歴史も孤立して形成されたのである
つまり日本人は異民族との熾烈な闘争からまねがれていた唯一の国なのである
だからそこに日本人独特の精神性が形成された

何気なく使っている日本語でもそうなのである
日本人は「話せばわかる」とか普通に使う、でも話せばわかるということは文書にしないことである、文書にしない、明確に文書にして契約しないことなのである
文書にすることは明確に契約することであり話せばわかる、口約束だとそんなこと言っていないとなって証拠にならないが文書にすれば証拠になるのである
この意味はまた別な意味がある、同じ仲間なのだから話せばわかってもらえるとなった、それが通じないで殺された
つまり外国で異民族が交わるというときこういうことが多かった
話したって簡単にわかりあえないのである

そういうことに厳格なのは大陸国家ではヨ−ロッパでもイスラムでも中国でもどうしたら約束が守れるのか?それは話せばかるでは通じないのである
相手は内輪のものでもないし仲間でもない、異体の知れない人たちでありまた遠くから来る人たちだからである

そこで文書の重みが生まれる、書くことの重みが生まれる
また法律でも全然知らない人たちが民族同士が和を保つために不可欠だとなる
話せばわかるとなるのは村内の狭い範囲ならそれでいいが大陸のように広大になると民族も多様でありそういう人たちが混交して和をどうして保っていけるのか?
何か厳しい公平さがなければ過酷な暴力で決着をつけるほかなくなる
ただ強い者だけが勝つ弱肉強食の世界になってしまうし現実に国家間になるとそうなったローマ法が成立したとしてもローマ以外になれば成立しないからだ 

日本では敵があって戦争しても敵味方塚を作り敵も味方も供養しているのは日本人として仲間だからとなっているからである
大陸では中国では墓まで暴いて罰ししているのだから日本は理解しにくいとなるのだ
では敵味方塚は日本では通用しても外国の戦争ではありえなかった、ロシアと戦争してもアメリカと戦争しても日本は三〇〇百万人死んだ、そういう熾烈な戦争になると敵味方塚などはない、原爆にしてもあまりにも残酷だからそんな感覚は吹っ飛んでしまったのである

そういう多民族が混交するときどうしてコミ二ケーションはどうするのだろうか?
話せばわかるとか阿吽の呼吸だとか腹でかるとかにはなりえないのである
つまり言語で明確に説明しなければならない、すると言語に関してその定義というか言葉の意味も共通の認識として追求されて明確にしなければならない
言葉に対しあいまいでいられないのである

話せばわかるというとき文書にしなくてもいい、互いに知っているのだから話せばわかるとなる、でも文書にしないと話したことは一時的で消えてしまうのである
公証人制度とは文書で署名して文書で証拠として保管することである

この公証人制度はドイツやイギリスには存在しませんでした
一般にイタリアの都市からはじまりローマ法の法律が広がっているスペインやフランスなどで定着した

もともとローマ法といんう成文法によっていちおう契約の文書がルールづけられているところで有効に機能したのです
(今ヨ−ロッパが崩壊する)

ローマが文明をヨ−ロッパ文明の基となっているのはそのためである
ドイツやイギリスはその時文明のルールが成立しない野蛮な無法地帯だったともなるのである、そしてローマではラテン語共通の言語となっていたのである

いづれにしろ日本人を知るには日本を知るにはまず地理であり歴史であるが日本は内輪の仲間内のコミ二ケーションでたりていたことが特殊なのである
異民族との熾烈な争いを経験していないから話せばわかるとかになり厳格な文書でのルールを成文化しない、そこに言語の意味を明確にしない歴史と文化かが生まれた
日本は情的文化であり情緒的言語が多いのもそのためである
もののあわれとかに象徴されているのでもわかる
だから本居宣長が漢語と大和言葉を分けたことにより日本の特質を明確にしたことでもわかる
現代はヨ−ロッパ文明だから外国語と特にヨ−ロッパ系統の言語と日本語の相違を明らかにすることが強いられている、それで苦闘したのがヨ−ロッパ文明の言語を翻訳することに苦労しているしその言語が翻訳できなかった
それはその背景にローマから始まる歴史がありそれが重層的になっていて日本人には理解できなかったからである

だから何気なく日本人が日常的に使っている言葉にもその国の歴史や文化がある
「話せばわかる」というがそこに日本人独特のコミ二ケーションの態度がある
文書にしないでもそれで通じるというのは狭い内輪のい村のような社会が世界となっていたからである
日本人の世間とは村なのである、せいぜい四、五〇〇人くらいの単位の村が世間なのである、社会とは全然違ったものである、社会の訳でも(やしろ)に会すであり神社の回りにいる氏子くらいが世間なのである、するとソサィアティとかとは違ったものなのである
つまり日本語では訳せないものだったのである
第一そういうものが社会そのものにないとしたら言語にしようがないからである

正直外国にヨ−ロッパでもアメリカでも暮らしていないものは日本を相対的に見れないのである、だから日本人を何か知っている人は外国で暮らした人なのである
だから留学することはそれだけ価値があったとなる
そういう人も増えているから日本を客観的に相対的に見て批評するから実感があるとなるそれで「日本人はこうして奴隷になった」林英彦などをアマゾンの古本で読んでなるほどと思った、此の人も外国暮らしが長いから日本を相対化して見えたとなる
自分にしても五〇過ぎてから海外旅行したがそれで多少は外国を知り日本を相対化してし見ることができたとはなる、でも外国で暮らしていないからそこにもう一つ日本を客観的に相対的に見れないのである




2019年06月22日

日本語を見直す作業が必要な時代 (言葉はその国や地域の風土歴史があり生まれた)


日本語を見直す作業が必要な時代

(言葉はその国や地域の風土歴史があり生まれた)

日本語は日常的に使っているけどその意味を深くたずねることがない
でも言葉にはその背景にその国の風土と歴史とか密接に結びついて生まれている
言葉が文化の最たるものであり外国語が理解できないのはその国の風土や文化や歴史が理解できないからなのである
何気なく使っている言葉にその国の風土や歴史や文化が内蔵されて伝えられている
ただその意味がわからなくなったのである
それで本居宣長が漢語と大和言葉を分けて日本人の日本人たる所以を解き明かしたのである

もののあわれというときそうである、この言葉に日本の風土や文化や歴史が凝集されていることを示したのである
もののあわれとは何なのか?ものとあるときものとはただの物なのか?
ものとは生命全般でありただの物ではない、モノにもすべて命がありあわれだとなる
それは植物にも動物にも及ぶ仏教的なものもふくまれている
あわれと慈悲の心だからである
日本では敵でも一旦争い終わると死んだ人を敵味方塚として弔うのは死んだ者は敵であれあわれだと思ったからである、こういうことは外国にはない、外国では異民族が熾烈な争いとなり中国では死んだ者の墓を暴いても罰するのである
またみな殺しにもするのである、それだけ過酷なのである
だからアメリカで日本に原爆を落としたのもそういう歴史をひきづっているからだともなる、敵に容赦はしないということである

日本語もその言葉ができた背景をたずねれば切りなくなる、その深い意味も不明になっている、そもそもどうしてそういう言葉が生まれたのかとなる
それは日本の風土と歴史から切り離されず生まれている
それはどこの国の言葉でもそうである、それでどうしても明治になったとき日本語に訳しても訳せない、なぜならその言葉の背景となっている風土とか歴史が違うから訳せないのである、ただ漢字で訳したという時、漢字には何か世界的な普遍性が内臓していたから漢字でヨ−ロッパの言葉を訳したとなる、ひらがなでは無理なものが多かったとなる

言葉というのはどうしても外国語になると本当は訳せない、外国語では訴えることができない、通じ合うことができない、ここに文化がグロ−バル化できないものがある
モノのやりとりは自由にできる、でも言葉はできない、そこにグロ−バル化する大きな壁がある、では世界共通語として英語にしろとなる
すると日本人の心も失われて日本自体が消失してしまう、言葉はまたその国の精神であるからそうなる
言葉にはそれぞれに味わいがある、それは日本人にしか通じないのである

味というときこの味(あじ)はどこからきたのか?それは芦が味になったのである
芦原瑞穂の国が日本がの原風景だったからである
ではなぜ芦(あし)が味になったのか?

これも良くわからないが

福島県会津若松と九州の宮崎椎葉村、この遠く離れた二つの場所から、ある、共通す 
るものが発見されました。

実は、つい最近の昭和年代まで国が直接「味耜高日子根神」を祀る神社が、会津若松 
のすぐ近くにありました。東白川郡棚倉町の「都々古別神社」です。

現在食べている米は、遙か な古代、熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカの交配に依って「早生」「中生」「晩生」 という様々な品種が作り上げられ、今に至ったのです。その南の国から来た原種の稲の種を持って、一体誰が、遙か離れた、それぞれの場所へ、米を植えたのでしょう。 
血縁で結ばれた民族が、どんな人を中心に動き、どの様に生きたのでしょう。背後に 
」が見え隠れしていることを否定する事が出来ません。

アジとはアヂスキタカヒコネのアジ(ヂ)なのである
アジは鴨だという韓国語由来にしているがこれは芦(あし)から来ていることは間違いない、なぜでは芦が味となったのか?
それは芦原瑞穂の国として日本がありいたるところ芦だらけだったのである
その芦原を水田にして米をとれるようにしたからである
芦が味となったのは米がとれるようになってその味となった、味がいいとなった
味をしめるとかにもなった
とにかく米には種類が多いから味が違うのである、味というときまず米の味だったことは間違いない、縄文人は米を食べていないから、味のはじまりは米だったともなる
そして味真野とかいうと味鋺(あじま)というのは芦の間のことなのである
それが味真野になった、芦の間から見える野が真野のの意味なのである
それで真野の草原の真野をたどるとそこまでわかる
アヂスキタカヒコネとはスキで芦を切り水田にした神だとなる

言葉にはこれだけの由来があるとなる、別な説があるにしても言葉の背景はこれだけ広く深いものがある、そして米の種となる種類は多いのである
だから土地土地によってとれる米の味が違うとなる
最近で人気の米も味が違うから売れている、また狭い範囲でも味が違うのである
それは野菜でも果物でも同じものでも米でも梨でもリンゴでも味が違うのとにている
だから味をしめるということは何か日本的な言葉だとなる
隣村で作る米でも野菜でも味が違う、それより農家ごとによって作る野菜にも味が違うという人もいた
それはその人なり土地の状態とかいろいろそこの土地とか風土が作用してそうなるのである
味はみんな一様ではない、だからこそ文化なのである、cultureはcultivate(たがやす)なのである
その土地土地に違った味がある、料理でもそうだけど風景でも人でも違ってくるのが文化なのである

ところがグロ−バル化社会になると貨幣であらゆるものが交換されて一様化される
料理でもみんなマグドナルドとかコカ・コーラとかなる
それは多国籍企業化するときその国や土地の文化(料理)でも一様化した方がいいとなってしまう、その土地土地の味などと言っていたら多国籍企業のものは売れくなくなるからである
同じ規格化したものを大量に売る方がもうかるからである
つまりグロ−バリゼーションとはそうした国々とか地域の文化を破壊する方がいいからそうなる、その時その土地土地に伝えられた土地の味は破壊される、消失するのである

いづれにしろグロ−バリゼーションはいろいろな弊害をもたらした
確かにいい面もあったがマイナス面が大きくなったのである
それは物質的豊かになってもその土地土地の文化が失われるときかえって貧しくなる
存在するアイディンティティも奪われてしまうのである
するとその国に土地に生きるに値(あたい)しないとまでなってしまうのである
それは国が維持できなくなる危機的状態になる
だから今本居宣長のように自国の文化を見直す作業が言葉の面でも必要になっているのである、日本はこういう国だったのかと再認識することが必要なのである
そこで日本の国に誇りがもてるとなるからだ
そうでないともう日本が日本でなくなり何が日本かもわからずになり日本は消失してしまうのである
明治維新から150年過ぎて奈良時代の国際化から平安時代の国風文化に移行したように今がそういう時代になりつつある
欧米から習うことまねることから日本の独自の国風文化の時代へ移行する時代になる 


あとがき


この秋三軒の隣家から自分の田んぼとれた米を頂戴した
それぞれ味が違うことに驚いた

土が違うのでしょう
種も少し違うかもしれません
作る人によって味が違ってくる

米は作る個人の味がする
彼らはそれぞれ個性的な工夫によって量を求めず質を求めている
日本がは独特な個人主義である、西洋の個人主義とは違う
(この国の終わりー林英彦)

日本がはその土地土地に多様な文化をはぐくんできた、それが三軒の隣同士でも味が違うとなる、とにかく農業はその土地とか水とかに作用されるからみんな違ったものになる
規格化された工業製品のようにならないのである
文化というのはそういうものである、ワインでも土地の名前がつけられるのも味が土地によって違ってくるからである、光の具合とか土地とか水でも違ってくるからである

神田の水で産湯を使い…」「玉川の水で産湯を使い…」とは江戸っ子が啖呵(たんか)をきるときの決まり文句。 実は「神田の水」というのは、神田上水の水ということ。同じく玉川の水は、玉川上水。現在、JRに水道橋という駅がありますが、この「道」が、まさしく、その上水道です。江戸っ子は、川の水や井戸の水などではなく、水道水を使っていることを自慢しているわけで、そうした近代設備のない田舎者を見くだす文句として、この言葉を使ったのです。


下町一帯の神田上水、多摩川上水、千川上水も、みな土中の伏樋を堀り捨てて鉄管にしてからは神田児(かんだっこ)の産湯の水もなくなったわけで江戸っ子と移住人との限界の崩れてきたのも上水によって暗示されているのはおもしろい、(折口信夫) 

ここでも水をとる場所が違っていて水の味が違っていた
それが鉄管にしてから同じ味になった、つまり味が一様化するのが文明なのであるそれはグロ−バル化文明とにていたのである

井戸の話(沢庵和尚の春雨庵から・・・)

2019年07月04日

なぜニーチェに魅了されるのか? (社会と別な世界をイメージしてそこに自らの理想の世界を作り上げたから))

なぜニーチェに魅了されのか?

(社会と別な世界をイメージしてそこに自らの理想の世界を作り上げたから)

なぜニーチェに魅了されるのか?
この理由は深く現代の文明と関係している
現代文明とは混沌(カオス)である、東京でもそれは何なのか?
もう怪物でありその全体を知るものはない、原発でも複雑すぎて所長すら肝心なことを知らなかったし社長だからといって会社のすべてを熟知することは不可能なのである
人間もそこでは無数の部品になる、膨大なパーツの集合体が社会である
そこで仕事するとなるとただほんの一部品となるだけなのである
それでもそのことに意味があり価値があるとしてもどうしても何かの職につくこと自体一つの部品化するのである
人間はしょせんそんなものでしかない、要するに社会は複雑巨大化して一個人など摩天楼を見上げている大衆の一人にすぎないとなる

それで人間を大きくするときどうするのか?
現実社会にはありえない、何かの職につくときどんな職でも一部品と化す社会である
それで自ら巨大化するときどうするのか?
現実社会ではもうありえない、人間は無数の大衆の一人としてまぎれる
それは名もない個性もない群衆なのである
そこに個人が大きくなれるものはなにもない、それより政治なら数であり経済も数である文明社会は数が支配する、宗教でも数である、どれだけの数を集めるかでそれが巨大化して何ものかとして認識される
創価で700百万票とったとかなるとみんな注目して恐れる
それも前に書いたように幽霊会員が何百万人もいるのだ
ただ一応会員になっているが何にも活動もしていない、だから一票を入れないものさえあるからそういう人たちを回って一票いれてくれと頼み回るのが幹部の仕事だとなる
つまりこれと同じようなものである
膨大な大衆、幽霊会員の集合体が現代の文明社会である
民主主義自体が数であり数がすべてなのである
人間が実体のない幽霊と化しているのである

だからニーチェとかアウトサイダーはそういう文明社会から離脱する、それがヘンリーミラーとか上野霄里(しょうりしょうり)とかなる
ニーチェはその最たるものである、そしてなぜニーチェに魅了されるのか?
それは文明社会から離脱して別な一つの世界を作りあげてそこに自らを超人として配置したことにあった
なぜなら現代文明社会ではそうした統一体はありえない、無数の部品の集合体でありその全体をみれる人などいないからである

だから自らを巨大化して主人とするときそうした別な現実には存在しない一つの理想の世界を作りあげてそこで主人になるほかないのである
それはあくまでもイメージされた一つの世界で主人になることである
するとその中で超人であれ巨人としてふるまうことができる
何よりそこで不思議に言葉が活きてくるのである
第一文明社会ではもう商業語とか騒音語なのかロボット語なのか言葉がロゴスが通じなくなっているからだ、言葉が通じないということは事物と物と結びつかないことなのである
そういうことをピカートが「沈黙の世界」で書いた
そうして言葉がもう通じなくなったという時、ナチスが生まれたと分析している
ただヒットラーと叫ぶことでドイツが一体化した、それも仮りの異常な一体化でありファシズムとなったのである

東京辺りでももう実際の事物を言葉で表わせないのである
巨大なビルの谷間で人は存在する事物と遊離して乖離している
そこに本来の人間はありえようがないのである
つまり人間存在の危機なのである
相馬郷土史研究というときそれは一つの統一体として全体を見ようとする試みなのである
有機的につながる一つの統一体として見る、そこに個々も活きてくる
でもここでももう有機的つながりは失われている
それだけ地方でも田舎でも職業でもなんでも複雑化している、グロ−バル化もしている
だから昔の村のような帰属意識がなくなり原発事故が原因にしろ街自体が雲霧消散したともなる

そういうことからイメージの世界で一つの世界を作り上げた、そこにツアストラが王者としてふるまうことができる
言葉もそこならひびく、通じるとなる
現実に自分自身も自然と岩であれ石であれ木であれ山とかでも一体化してアイディンティティ化することを田舎で試みてきたのである
田舎ならまだ都会と違って自然の事物でも言葉と結びつくからである
まだ沈黙の世界があるから言葉も活きてくるとなる

岩の神殿
          
岩と岩
向き合いて
暗黙の裡に
契りを交わす
その信は
長く深く堅く
動かざるかな
夢疑うこと勿れ
木と木よ
岩と岩よ
隙もなく稠密に
堅固に積み重ねられて
神殿は形成されぬ
その神の意になる
荘厳な神殿は不壊なり
神が建てしゆえに・・
不埒なものは入れず
そこに花は咲き
まことの実は稔る

この私の詩のように事物と事物は結びつき言葉もそこで活きてくる、ロゴスとなる
常に自然にあれば岩とか木とかが事物として全面に出てくる
ビルとか車の洪水とかではない、自然の事物が顕現して言葉として表現できるのである
でも都会ではそれができない、事物と言葉は分離して乖離して言葉は死んだとなる
つまりニーチェがなぜ魅了されるのかというとき超人とかいろいろあっても根本的には文明社会は別な世界を作り上げたからである
それはダンテの地獄とか天国でもそうである
そういう文明社会とは別な世界をイメージで作り上げてそこで思想とか詩を展開したのである
何か自分の場合、石とか岩とか木とかが心にイメージされる、そういう自然の神殿の中にありアイディンティティ化しているのである

だからニーチェは超人ということに魅せられるとかそれで犯罪が起きるとか言われた
それはそのニーチェが作り出したのはあくまでも仮想の世界でのことであり現実に適応できるものではないのだ
一方批判したキリスト教はあくまでも社会に現実には反映して適応したものである
弱者の思想だとして批判したとしても2000年の歴史で現実を作ってきたのである
ただ現代文明社会が混沌化して迷路化してどこにアイディンティティを求めていいかもわからない、そこに明確に一つの別な世界を作り上げて超人を説くとそれがひびきやすいのである
その手法で魅了されるとなる、自分自身も実はそういう別な世界をイメージしてそこに安らぐとかなる、現実の文明社会を否定して拒否してそういう自分自身の理想の世界に天国を作る、そもそも天国と言っても現実の自然から人間が作り上げるほかないのである
ただ神との約束が厳粛にありそれは神の国へと導くものである
ただ神の国がいかなるものかはあくまでもイメージしたものであり見ることはできないのである、ただビジョンとして見える時確かにそれは天国でありえるとなる

正直ニーチェとかアウトサイダーを語ること至難になる、私自身はそこに岩とか木でも詩的なものとしてイメージした自然と一体化したアイディンティティ化したものがあるので魅了されるとなる、このニーチェにふれて危険なのは偶像化することである
自らが神としたのだから偶像なのである
偶像は自ら倒れざるを得ないのである、ただそれでも超越的なものを目指して自ら倒れた巨大な偶像だったとなる、現実社会を離脱して仮想の世界を作り上げてそこで偶像化して倒れたのである、それは自ら演出して自ら倒れたとなる

何か現代では現実と想像の世界が区別がつかくなるのである
三島由紀夫でもそれが自らの演出だったが社会の現実となったときそのギャップにとまどったのである
テレビでマスコミでも有名になったからその人はそうしたブラウン管とかの中の架空の存在にも見えたのである、だからテレビとかメデアというのは何か現実が仮想化するし仮想が現実するのである
テレビの有名なアナウンサーの現物を見たときも不思議な感覚になった
まずそもそもテレビに像が映ることも不思議でありそのこと自体現実なのか?
仮想なのか?そういう問いがうまれる、原始的な部落でテレビを見れば本当に不思議なものとなるからだ
そういう矛盾が生まれたのが現代文明のメデア環境である
それでやらせとか常態化してもそれが現実なのか架空の物のなのか見分けることができないのである
だから三島由紀夫の死とは何だったのか何か不可解なもの、ドラマだったのか現実だったのか今でも明確にできないのである

大分前の映画の「ネットワーク」でもそうである
あらゆるものがショーでありニュースもショーである
それは見世物として視聴率を稼ぐものとしてある
だから予言者役にアナウンサーがなった、それでヒットした
でもそれはあくまでもショーである、そして最後はテレビの中で殺された
それもショーであり視聴率を上げるためになんでもする
そして何がなのか現実なのか架空のかわからなくなる
テレビでもやらせがあるのはテレビという媒体がそうさせる
視聴率を稼ぐためにより過激なものをショーとして提供するからだ
テレビを見ている人はより刺激的なショーを期待しているからそうなる
だから本を読むのでも何か目的をもってみる、それがインタ−ネットだとキーワードを入れて目的のものを捜すということ知識の世界が広がる
それはショー見たいからではないからそうなるのである

インタ−ネットの問題はニーチェでも浅薄な批評にあふれる、言いたいことが言えるからそうなる
沈黙して語れとニーチェが言っているがもう成熟しなくてもネットだと語れる
そこでそうした浅薄なものが検索で無数にててくることで時間の無駄になっていることも問題なのである
そこに良質なものがあればそうはならない、何が価値あるのか判別できずインタ−ネットにあふれてしまっている
ただ学術論文などはそれなりのレベルを保つから参考になる
まずニーチェを語れる人自体が本当に極わずかだと思う
それだけ含蓄ある一つの世界を創出したからだともなる


2019年07月08日

姓と名の由来(世界と日本の相違)


姓と名の由来(世界と日本の相違)


「姓(名字)」を表す英語はいくつかあります。

last name
surname
family name
maiden name:結婚する前の女性の「旧姓」のこと

私はパトリック・ハーランという名前ですが、ハーランというのは、「川の渡り」。だから、ぼくは「パトリック・オブ・ザ・渡り」なんです。ハーラン(川の渡り)に住んでいるパトリックということです

姓名というとき姓と名は相当に違うものである

姓というとき

血統

地域(村)

欧米では血統を重んじるから姓は地域とは関係ない、ジンギスハーンとなればその子孫ということで姓がつづく、日本でも姓は氏姓(屍ーかばね)でありそれは姓(かばね)は死者のことであり父親から姓を受け継ぐ一族に属するとなる

アラブ人に代表されるイスラム教徒は姓を持たず、「名+父の名+祖父の名…」のように父祖代々の名を繋げて名とします。 

スラブ民族の名前の多くは「名+ミドルネーム+姓」で構成され、ミドルネームは通常、父称です。ロシア語では、名をイーミャ(Имя;Imya)、父称をオーチェストヴァ(Отчество;Otchestvo)、姓をファミーリヤ(Фамилия;Familiya)と呼びます

欧米であれイスラムとなると姓はこのように血統である、父方の姓と母方の姓がまじることもある

姓は血統とするとき原始社会になればトーテムである、犬族とか猿族とかいろいろあり
眷属となる、そのトーテムに属するものとしてアイディンティティがあり属することになる
姓にはそういう帰属関係とか所属関係を示している
例えば現代なら会社名が先に名乗られる、大企業の場合は特にそうである
東芝だとか三菱とか日立とか名乗ればそれで一目を置かれる
つまり姓はもともと官位とも関係していたり特別なものとして上から地位あるものから授けられるものとしてあった、

秀吉の正式名は藤原朝臣(あそん)秀吉です関白になるには藤原氏でなくてはいけません

苗字帯刀でも殿様から姓が農民に与えられて武士の格に引き上げられる
だから姓は名前とは性格が違っている

ただでは中国の姓が先に姓が来るのはなぜなのか?

それは中国では家族がそこから派生した一族が強固の紐帯をもっている、今でも政府を信じないときそうである、一族意識が強いのである、するとその一族を現すものとして姓がありそれで団結する

つまり姓が先に来るとか名前があとにくるとかではなく姓と名は別なのである
姓が後ろにきても姓は姓である、名前とは違った性格のものである
だから名前を先にする、ファーストネームとしてもそれは名前である
後にしても名前である、その後先ではなく姓と名前は区別すべきである
ただ名前はその人個人の個性だとなる、姓はその人個人ではない、血統とか一族とかで繋がるものである
だから欧米だと中東でもイスラム系統だと同じ姓になりやすい、名前は違っても姓は少ない、それは宗教も関係してそうなっている
同じ宗教であり同じ宗派として姓を区別する、それは所属する団体がありそれを示しているのである
それで日本だったら現代なら会社名が姓になっても不思議ではないのである

日本ではなぜこんなに姓が多様で多いのかとなるともともと無数の村が姓の基だったからである、つまりわたしはどこどこの村の出身ですということが姓だったのである
だから日本の姓は必ず地名としてある、…村としてある
でも欧米とか中東ではそうした村から発しているのではない、中国でもそうである
だからそれほど姓は多くない、日本は地縁社会であり血統社会ではないのである
村を共同体としてアイディンティティとしていたのである
そして日本国時代が同一民族として血統を同じくしている
民族同士が熾烈に欧米のように戦った歴史がないのである、日本の姓は無数にあるとしても同じ日本人であり姓は日本なのである
欧米とか中東は多様な民族の熾烈な争いであり血統が違う、だから姓は日本とならないし地域名とはならないのである 

パトリック・ハーランという名前ですが、ハーランというのは、「川の渡り」。だから、ぼくは「パトリック・オブ・ザ・渡り」なんです。ハーラン(川の渡り)に住んでいるパトリックということです。

先に血統の姓がきて土地の名がくる、日本だと先に地名が来て後に姓が来るとなる
ハーラン(川の渡り)が姓となる、渡部とかは渡るから来ているからだ、何か輸送する人たちの姓だった

日本がこうして地縁社会であるとき地縁から脱っすることが困難になる
無数の村があってそれらを統一するには強力な指導者が必要になる
今でも無数の姓があるのはそうして地域の村が依然として日本には残っているともなる
でも村社会が希薄になるとき会社名がアイディンティティになり実質姓ともなる
何か姓を名乗っても聞いても現代ではぴんとこない、別に姓を名乗ってもその姓に所属するとは見えない、過去にあったというだけである
姓は形骸化しているのである、それはそういう社会が喪失したからだとなる
家の重みもなくなって核家族とかなったりすればむしろどこの会社に属しているかの方がアイディンティティとなるからだ 

姓では不思議なのはこの辺では岩松氏が鎌倉から移り相馬藩地域の最初の支配者になったところが鎌倉から従ってきた家臣に子供まで皆殺しにされたのである
そのことは今でも伝えられる、それで相馬藩領内に岩松という姓はないのである
それが歴史を語っているのである、ただ現代では外から入る人が多いから姓から何か歴史をたどることがむずかしいのである
なぜ相馬藩内に荒姓が多いのかそれを尋ねる人がいる
それはツノガノアラシトととうい製鉄関係の技術をもたらし渡来人に由来がある
ツノガノアラシトのアラが荒になったとなる
それは韓国の伽耶国から来た人たちでありその一族の系統だとなる

李氏朝鮮とは李氏一族の朝鮮であり相馬氏一族の相馬市とにているのである

1392年に高麗の武将李成桂太祖(女真族ともいわれる[1])が恭譲王を廃して、自ら高麗王に即位したことで成立した。李成桂は翌1393年中国から権知朝鮮国事(朝鮮王代理、実質的な朝鮮王の意味)に封ぜられた。朝鮮という国号は李成桂が明の皇帝朱元璋から下賜されたものであり、明から正式に朝鮮国王として冊封を受けたのは太宗の治世の1401年であった

李という姓があり一族がありそれに属したものがあり国とまでなっている
だから朝鮮は中国なのかともなってしまうのである

そして日本の天皇には姓がない!

それはなぜなのか?つまり姓とは何か一族に所属することである、李氏朝鮮がまさにそうである
天皇に姓があれば特定の氏族に所属することになる、そうなればある一族が日本の支配者だとなる
でも姓がなければどこの氏にも所属しないから日本の王だとなる
ただ姓がない王様は世界にはないだろう、必ずヨ−ロッパでも誰かが大きな一族が支配者となる
だから姓がないということありえないのだ

いづれにしろ何でも言葉でも常にその背景となるものが実質が失われると言葉も廃れる、戦前の言葉が国体とか天皇でも一体化していた言葉は失われた、通じないのである、それはその実体となるものが失われたからである
でも人間社会でも人間そのものの本質は変わりない、それで(無常)という言葉は今でも活きている、人間が老いて死ぬのも無常であり人間社会がこの辺でも津波だとか原発事故で急激に変化したように(無常)を身に染みて感じたのである
だから無常の世界は変わらないから言葉も活きつづけている
でも死語となる言葉が多いという時社会が変わってそれが通用しなくなってしまうからである

確かに会社名が現代にふさわしいとしても会社自体が盛衰があり現代はそれが激しい
銀行すらなくなるというときもそうである、そうすると会社名にしてもそれは永続しないともなる、それは何か無数の姓がその実体を失ったと同じになる
原発に屋号があり屋号は会社名だった、私の家は元は酒屋であり屋号があった、屋号は山村でもある
私の家は酒屋の暖簾分けした屋号だった、大きな会社から支社とも言える
そして姓より屋号でその家の人が呼ばれるのは生活の実態が屋号の方にあったからである
姓には生活の実態は消失しているのが多かったからである
とにかく権力とか権威とかも常に変わる、徳川といえば日本を支配するものとして300百年あったが今ではない、徳川というと何か珍しいともなるのも不思議である

とにかく名前は個人そのものである、だからファーストネームで話すときは姓のことが眼中にない、その個人を相手にしているとなる
でも姓を語ればそれは長い歴史を背景にしているとなる、それは必ず外国でも日本でも歴史なのである
姓は受け継がれるからである、ただ名前にしても相馬氏だと胤(たね)という字を必ず入れているから受け継がれている 
そして相馬氏というとき相馬氏一族によってし支配された国だとなる
それは明らかに歴史なのである

ただ日本だと最近は外国性とか名前とか混血したりしてでてきた
でもヨ−ロッパとかと違って単一民族であり姓が多いとしてもやはり日本人だとなる
なぜスリランカでフェルルナンドとい人がいるのか、そのフェルナンドはポルトガル人の王様の姓なのである、それは大航海時代にポルトガル人が一部支配してその姓となった
そういうことは外国では多い、人種が入り混じっているからである
だからフェルナンドの姓は多いのである、フェルナンドの王様の臣下ともなる

ポルトガル語よりもイタリア語のほうがスペイン語に近く、スペイン語ネイティブでなくても理解できやすいと思います
関西弁の人と秋田弁の人が会社の会議の話し合いや討論などはできますが、スペイン語とポルトガル語では無理です。
似てるとは言え、やはり違う言語です
メキシカンの友人とポルトガル人の友人がいますが、彼らはお互いが放す時には英語を使っています 


ポルトガル語はスペイン語やイタリア語などと同様、ローマのあったラティウム地方(Latium)で話されていたラテン語に由来する言語です。

ラテン語は、ご存知の通りローマ帝国の領土拡張に伴い、欧州全域に普及しました。現在のポルトガルとスペインがあるイベリア半島にラテン語が到達したのは、紀元前3〜2世紀のことでした

文法的には、ポルトガル語は古ラテン語を基礎としています。この点で、より新しいラテン語を基礎としたイタリアやガリア(現在のフランスとスペインのある地域)とは異なるのです。


ポルトガル語よりもイタリア語のほうがスペイン語に近く....とあるのはそのためである
ポルトガルはそれだけ古い土地だともなる、ラテン語の古語を基にしている、それは不思議に沖縄と青森に日本の古語が残っているのと似ている、辺境に古いものが残る

津軽弁に「てぎ」→「面倒」の意→「大儀」(漢語の転)

   沖縄の方言

ラテン語の古語がポルトガルに残っているということはこれとにている、何かヨ−ロッパの歴史でも日本の歴史と共通性があるとわかりやすくなるのである、ただ今はどこでもブラジルでも英語で話ししている、コミ二ケーションしているというときやはり底辺労働者でも英語を学べというときそういう人たちが英語を話しているからだとなる
ともかく名前一つからも地名一つからも歴史をたどると興味深いとなる
ただ外国で日本の姓を名乗っている人はいない!
それだけ日本は国際的に孤立していたとなる、国際性がそもそもない歴史だったのである









2019年07月10日

中国の脅威は世界史の逆行なのか―文明の衝突なのか? 〈古代中華帝国の再興に従えない世界)

中国の脅威は世界史の逆行なのかー文明の衝突なのか?

〈古代中華帝国の再興に従えない世界)


脆弱な内面があると同時に、中国は世界規模の大国になろうとした過去がありません。植民地を持とうとしたこともなければ、他国を支配しようとしたこともない。そしてまた、普遍的な文化を持とうとしたことすらないわけです。普遍的な大国にならずして、世界の超大国になることはできません。

中国に「世界の超大国」になる資質はない
"米中大衝突"が世界に与える悪影響

中国共産党がスローガンに掲げる「中華民族の偉大な復興」である。中国は偉大な過去の栄光を取り戻そうとしている。過去の栄光とは、東アジアに君臨して世界の超大国であった19世紀以前の中国である。中国共産党によれば、19世紀以降、帝国主義者たちは中国に対して侵略戦争を行い、広大な中国の領土を略奪した。習近平・中国国家主席が唱える「中国の夢」とは、偉大な中国を取り戻すことである。

アメリカが、中国と「文明の衝突」か「新冷戦」か「貿易戦争」、あるいは「戦略的競争」を進めている時代において、日本はあらためてアメリカに日米同盟の価値をアピールする機会を得ようとしている。


中国が脅威になる、テレビでも今日中国が太平洋のハワイまで拡大する戦略にあることを知りオーストリアとかが警戒しはじめて具体的に抵抗してきた
それは日本の太平洋戦争とにている
中国とアメリカで太平洋を二分する戦力を具体的にしている
南大平洋諸島に金をつぎこんで勢力下に置くことをしている

中国の台頭は何を意味しているのか?
これを考察する時人類の歴史をふりかえりそれが何を意味しているのかを問うことが必ず必要なのである
つまりこれは世界史の問題だからである
それで参考にしたのが「現代が受けている挑戦ートインビー」という本を参考にする
ここで語られているのは国家主義の歴史である
それは最古の文明の発祥地から楔形文字を発明した中東地域から始まっていた
ただここは複雑でめんどうなのでエジプト文明を見れば具体的にわかる
これも国家主義である、地方の神がありやがて一つの神に統一される
エジプトにも日本のように八百万の神があり地域地域は分裂して統一されていない
それがやがて一つの神にファラオに統一されてゆく
それはエジプト国家の形成になる

そうして一つの文明が大国家が帝国が形成されるときそこには必ず科学技術とかがかかわり神格化される、そこに理系的な技術者がいて神官となる
それはインカとかマヤ文明でも同じだったのである、例えばなぜヨ−ロッパの石の大聖堂を作った石工のギルドがフリーメーソンとかの結社となり世界の指導者がその信者だという時もそうである、そこは秘密結社となっている
それは神官であり力をもったのである、エジプトの神々の像であれピラミッドを作るのには相当な技術力が必要になっていたからである
つまり大国家を形成するには科学技術が不可欠なのである
それは現代でも引き継がれている、この辺で原発を作り従事した人たちはエリートであり神官だったのである、科学技術者は聖職者になったというときもともと治世に科学技術は不可欠だったのである、今でも医者だけは神のように尊敬されているから同じなのである

宗教というとき文明でも巨大な事業を灌漑とか神の像とか巨大建造物を神殿とかを作る技術が生まれたとき権威をもつようになった
そしてそこでは王は神格化される、ファラオとなるのである
それは現代でもその歴史は継続されているのである
エジプト王国がありペルシャ王国がありローマ帝国がありイスラムのオスマン帝国があり中華帝国がありと継続されているのである
アジアだと仏教もそういう働きをしてきた、それは華厳教などの政治思想がありそれが中国でも採用されたからである
日本だと大和王権が日本を統一するために奈良のルシャナ大仏が創建されたのである
その前に巨大な古墳もやはりその地域地域の統一するシンボルだったのである
つまり国家を形成するにはそうした巨大な建造物が不可欠なのである

だから人間はそういう歴史を継続してきて今日に至っている
中国でも同じである、最初は始皇帝が世界国家を形成した、西域で異民族を吸収して世界国家となったのが中国である、その時の大軍団が地下に埋もれていた兵馬俑なのである
それはエジプトともにているのである
地下まで大宮殿を作りその権力は壮大なものだったからである
そして王は神格化される、エジプトでも王が神格化される、偶像化される
国家を支配する者が神となるのである、人間はなんらか人格化したもの、人間を神とするとわかりやすいからである、無機質的なものを神にしにくいのである 

ただローマでは皇帝も神格化されるが統治としてローマ法を法の下の平等を一応追求したのである、それが西欧文明の骨格ともなっているから中国の国家主義とは異なるのである
一見今をみれば過去とは全く違ったものであるように見えて人間は世界史的にも同じことを繰り返している、「歴史は繰り返す」とかカルマだとなる
個々人でもカルマをくりかえし国家的にも世界史的にもそうである
国家主義がナショナリズムがなぜこれほど強力なものとしてありつづけるのか?
例えば共産主義でも結果的にはナショナリズムとなりその幹部はソビエト連邦時代に幹部は神格化されたのである
まるで死んだときファラオのようになって葬られたのである
そして中国でも同じである、共産主義があっても国家主義となりナショナリズムとなり
頂点にたつ共産党の指導者が神格化される、毛沢東はすでになっている

それは日本国内でも起きている、創価は仏教をイデオロギーにしているがナショナリズムにもなる、日蓮を見ればわかる、強烈な国粋主義者、ナショナリストだからである
それで日蓮主義が太平洋戦争の時イデオロギーとして訴えた人がいたのでもわかる
日蓮主義はそうなりやすいのである
そして池田大作が教祖が神格化される、それは政治化したときそうなる
エジプトでもそうだったが政教一致化してくる、ローマ帝国でもキリスト教と政教一致化してカトリックが権力をもったのとにている

共産主義は「万国の労働者よ、団結せよ」というときそれは国家を越えるものとして主張されたイデオロギーである、でも実際はナショナリズムとなり政治化して指導者が神格化して偶像化するのである、政治とは科学技術は人間の力を基にしている
科学技術でありまたは人間の数であり経済力であり物量であり軍事力になる
それらの総力が国家主義となり世界国家を目指すのである
中国でも科学技術力がアメリカをぬくとかなるとそうである、通信技術がそうである
ファウィがそうである、アメリカが世界の支配者になったのはそもそも科学技術力だったからである、世界国家になるには科学技術力が不可欠なのである
エジプトでもピラミッドのような巨大建造物を作り技術がありローマ帝国でも水道や道を作る公共技術を張りめぐらす技術力をもったからである

文明という時西欧文明が世界の普遍性スタンダードとして世界史が展開してきた
でも今度は中国が世界をリードする時どういう普遍性が中国にあるのか?
ただそこには有無を言わせない強大な古代と同じ中華帝国が世界を強圧的に支配する
それは西洋文明への歴史が世界史となっていたのを一挙に時代が古代に逆戻りする現象だともなる
文明とはcivilizationである、civilとは市民のことなのである
その市民というものが日本でもなかったし中国にもない、そしたら文明もない
ただ古代の中華帝国の再興であり世界史は古代に戻るのか?
エジプトのファラオ時代にもどるのか?何かそういうことを感じしてしまうのである
中華帝国の柵方体制になるのかとなる、それは歴史の逆行になる

要するに世界国家といい文明といいただ力だけで科学技術であれ経済力であれ軍事力であれそうした力だけで世界国家になれるのか?
中国に周辺国が反発するのはそのためである、西洋文明というときヨ−ロッパの長い歴史から形成されたものでありその西欧文明の挑戦をアジアで最初に受けたのが日本だったのである、それを受け入れるために苦闘したのが日本だった
結果的には世界大戦となり敗北して終わったのである
その時中国はヨ−ロッパやアメリカの植民地化していたのである
日本だけが西欧文明の挑戦を受けて独立を守ったがアメリカに戦争で敗れたのである

中国は最近急に経済力技術力軍事力が強大化した国である、文明という時それはcivilizationであり、civilとは市民のことなのである、パスポートにシテズンとか所属する市の名を書くことはヨ−ロッパ文明のアイディンティティだからである
ヨ−ロッパでは市長のは権威は日本だったら殿様と同じなのである、市の鍵をもっていて市を治める者の権威は強い
そういう市民社会が形成された歴史がありcivilizationがあった
だから西欧文明が世界化したユニバーサル化したとなる、では中国ではどうなるのか?
言論の自由もない、人権もない、ただ古代の始皇帝のような圧制がある、そういうことで周辺国家が従うのかとなる

そして日本はつくづく東西文明の橋渡し役としてあったというとき何か今そうなっている
米中の仲介役の立場になる、でも日本は確かに西欧文明を受け入れたとしても実際は科学技術とかは受け入れたけど西欧文明の真髄たるものを受け入れていなかったのである、西欧文明がキリスト教文明だというときそうである
科学技術だけが文明ではないのである、それは中国でも同じである、科学技術はいち早く受け入れたけど文明はそれだけではない
共産主義のイデオロギーでありそれはすでに通用しないことが証明されたからである
では資本主義がいいのかとなるとそれも行き詰まっている
だから新しい文明を創造しなければならないとなる、それがどこがするのか?それが実は日本だという人もいる
つまり東西文明の融合の使命を負っているのが日本だ内村鑑三は言っていたのである
でもアジアとは何なのか?アジアの文明とは何なのか?
それも明確化されていないのである

アジアでは自らの欲望から自由になることを望む一方で、西洋では欲望を実現するための自由を手に入れることきを望んだのである(ジャックアタリ)

仏教でもそうだが欲望を内面の修行で抑制して自由になる、西洋では欲望を外に向かって求めてアジアに進出したのである
そこに東西の文明の相違があったともなる、だから宗教というのもはもともとアジアから発した
イスラエルもアジアなのである、ヨ−ロッパは地中海を越えた地域だからである
だから最終的にはアジアに回帰するオリエントに回帰する、それが中国の台頭でまず科学技術経済力で欧米を凌駕してゆく
その後にアジアの真の文明の興隆となるのか?
中国が受け入れたのは共産主義のイデオロギーである、それが失敗したことはソ連で証明された
するとそうして古代国家へもどることは世界史の退歩であり逆行だともなる

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中国の地下宮殿の跡

2019年09月06日

世界史でも空間軸と時間軸の考察である (時間軸の思考がむずかしいからそこで問題が起きる)


世界史でも空間軸と時間軸の考察である

(時間軸の思考がむずかしいからそこで問題が起きる)

この世界を知るというとき基本は空間軸と時間軸である
津波というのもそうだった
空間軸というのは津波はその土地の地形と密接に関係していた
前にさえぎる小高い山があるだけで津波の勢いがそがれた
でも前に何もないともろに津波を受けて大被害になった
その圧力がものすごかったからである
つまり空間軸として地形として地理としてその土地のことを知らなければ津波に対処できない
今回の津波ではそれで高台を作るようになったのである

一方で津波は周期的に起きている、その時間軸の考察ができていない、時間軸の考察が人間にはなかなかできないのが弱点なのである
空間軸だったら何億年前と同じ世界が現実に今もあるから把握しやすいのである
大地とか山とか海はなくならないからである
でも時間軸だと村でも街でも消えてしまうことすらある
津波の被害では・・・千軒とかあり千軒の家が消失して何も残さないということがあったそして時間軸となる何か残されるのは祖父母の代くらいまでである
それはじかに聞いたりするから何か多少は実感になる
でも現実は戦争というのはいくら聞かされてもなかなか理解できない
それは日常生活とはかけ離れたことであるから理解できないのである
人を殺すことが日常化した世界はとても理解できないからである

そして津波でも400年前にこの辺に700人溺死として相馬藩政史に二行だけ記録されていたけど誰も注目せずに忘れられていた
今回の津波でそれが発見されたのである
だから専門家ですらそうした400年前のことになると見逃して忘れられる
時間軸での歴史の理解が難しいのはそのためなのである
人間は今の世界が現実であり過去になるとイメージの世界になりそこに必ず誤解が生じるもしタイムマシンで江戸時代とかに行ったら歴史で習ったこととは全然違っていたということなどいくらでもでてくるのである
それだけ時間軸で起きた歴史は理解しにくいのである
外国旅行しても今の世界に目を奪われて過去を歴史を知ることはむずかしい
ただヨ−ロッパとかだとローマでも石造りの建物などが残っているからその物から過去をリアルにたどるということがある
一つの建物の一片でも残っていれば違う、第一ローマと言えば2000年前ともなるからだ、そんな昔のものは日本では残っていない、古墳くらいである
だからヨ−ロッパは歴史をたどりやすく歴史を重みあるものとして受け継がれる
それでもこれだけ現代都市化すると過去を知ることがむずかしくなる

人間の歴史自体が空間軸と時間軸からできている、大陸だと余計に広いから空間の拡大がありローマ帝国をはじめモンゴル帝国とか空間の拡大がある
大航海時代も空間の拡大だった、アメリカはあれだけ広いから西部へと空間の拡大だったアメリカとかヨ−ロッパがなぜか知らないが西へ拡大するというときそのためにアジアへ向かったという人がいる
西部開拓からアジアへ向かって日本と衝突して戦争になったとなる
それはホイットマンの詩にもある
とにかく大陸は空間の拡大が歴史である、ただ古代になるとエジプトなどは時間軸の世界の文明だともなる、三千年も続けばそうなる
ピラミッドは空間の拡大ではなく空間に定着する時間軸の産物だとなる
建築は定着する時間軸の産物である、だから2000年前の建築でも残っている
石造りだから石の文明だから残っているとなる
そこに歴史的継続の思考が常に醸成されるのである
日本では木の文明だから木は残らないから歴史的思考がしにくいのである
だからこそ常に新しいものを受け入れるのだが歴史的に継続するものを見失う
日本の古来の文化とか伝統でも失いやすいのである


移住 ゲーテ

北も 西も 南も 砕け
王座は裂け 国々はふるえる
移り住もう、 清らかな東方で
族長の国の空気を吸おう

その純朴 その正義の地で
わたしは 人類の
原始のふかみに分け入ろう

Break to the north, west, south
The throne rips and the countries tremble
Move and live in a clean east
Breathe the air of the patriot country

In the land of justice
I'm humanity
Let's break into the primordial flock

・・・・・・・・

この詩のようにまさに空間の拡大なのである、大陸はこうして幾多の帝国の興亡があったそれは世界的な空間の拡大としての歴史なのである
大陸は空間に生きる、日本は逆に時間軸に生きるというとき日本は海に囲まれた閉ざされた山国という特殊な環境で歴史が形成されたからである
日本自体が一つの宇宙となり外に空間を生きるにも拡大するにもできない
日本では最西端とか最南端とか最北端とかが人気があるのはまさに海で囲まれているからそうなる、もし大陸のような陸続きだったら最西端とかに行くとなるとヨ−ロッパだったらポルトガルのロカ岬とかになってしまうのである
そして中国からヨ−ロッパまでは陸続きだということである
隔離されてはいない、陸続きなのである

その間に草原とか砂漠があってしも陸続きであり交通路になりやすいからシルクロードとかまた砂漠の民は移動しているから必然的に商業の民となった、イスラム商人となった
それは中国も農業国家でも商人国家だというときイスラムとか草原とか砂漠とかあっても陸続きであるから砂漠でも交通の道となる
そこには絶えず交流が生まれている、日本のように江戸時代の鎖国のように閉ざすことができない国である
中国でいくら万里長城を作っても異民族の侵入を防ぐことはできない
それで中国の歴史は異民族の侵略がありその国の王が変わる、モンゴルが支配したり満州族が支配したりするとなる
日本が萬世一系の天皇があるというときそれは日本が大陸のように海に囲まれているから異民族に進攻されなかったからなのである

君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで

これは時間軸の思考なのである

いづれにしろ人間は空間と時間軸に生きる、でも時間軸から思考することはむずかしい
歴史でもローマ帝国の拡大は空間の拡大時期でありキリスト教の中世は時間軸に生きていたとなる、内にとじこもる内省の時代だったとなる
そして現代はもう空間の拡大は終焉した、資本主義もグロ−バル経済で空間の拡大だったがそれも一段落してこれ以上フロンティアとして開拓する地域がなくなってきた、それで宇宙が空間拡大の場所となる、ここも限界がある
インドとかアフリカが最後のフロンティアになるとしてもそれも大航海時代とは違ったものになるだろう
そして空間的拡大としての投資が終焉するとき中世のような修道院に閉じこもる内省の時代になる、若い時は空間の拡大に生きる

夏の星若人遠くへ行きにけり

one summer star
a young man
go away in the distance

このように若者はとにかく空間の拡大に生きる、自分自身も60歳まで空間の拡大に旅に生きたのである、その憧れが強いものだから50でバックパッカーになり外国を旅行したのである
しかし遂に親の介護とかで十年過ごしてもう年になり遠くに行くの億劫になった
今は仙台すら今年だって一回行ったのかとなる
近間を回っているだけである、つまり中世的内省の時間を生きるようになったのである
老人はどうしてもそうなり安いのである、内省化して内面化する
そこに深い洞察が生まれる、それでつくづく批評家に向いてくる

いろいろな経験から批評家になる、本でもさっと一読するとその内容がもう直観的にわかる、そして自分の文脈で取り入れることができる
ただ読むだけではない、その内容は自分なり新たな創造として展開できるのである
これもだから不思議だと思う、本はただ買うだけで積んでいるだけだった
でも今は違うこうして新たな自分の読みで創造化できるのである
他者のものを引用するにしても創造的引用でありそれはただコピーしているものとは違うのである、つまりあらゆるものを深く読めるということなのである
それは新たな創造でもある、他者のものを何か自分なり新たな角度から創造しているのである、それは抽象画でもそうだった
他者の創作物を絵や写真をソフトで変えてもオリジナルものとは別物だったのである
だからそれも二次製作にしてもやはり創造であることは間違いないのである

2019年10月06日

どうしたら栄るのだろうか? (歴史をふりかえるー国や市が栄えた理由)


どうしたら栄るのだろうか?

(歴史をふりかえるー国や市が栄えた理由)


人間は栄えることを求めている、具体的になればみんな金が欲しいとなる
豊かな生活をしたいとなる、これを否定はできない
では歴史をふりかえりどうして国が栄えたのだろうか?
その例としてなぜヨ−ロッパが栄えたのか?
世界を指導する国となったのか?

●資源
●貿易
●産業革命
●資本主義
●天才の多様な排出(教育)
●宗教の影響


なぜヨ−ロッパが栄えたのか?そしてなぜイスラムが衰退したのか?
これも大きなテーマとしてある、イスラムがヨ−ロッパより栄えていた、それがオスマントルコだった、ヨ−ロッパはもともと辺境の地域にになっていた
それでヨ−ロッパの女性が5ドルくらいで買われていたとかなる
貧困国は女性が安く売られる、アジアでもカンボジアなどは最貧国であり5ドルだとかなる
つまりヨ−ロッパはこのようにむしろ遅れた国々だったのである
ただローマ帝国が一時栄えた、その後は暗黒の中世時代になった
ではなぜヨ−ロッパが栄えるようになったのか?
これも複合的な原因があり一つではない、例えばその基本になる宗教が栄えをもたらしたともなる
イスラム教とキリスト教国を比べるとイスラム国は衰退した
キリスト教国はヨ−ロッパで栄えたとなる
するとなぜイスラム教では栄えなかったのか?
またなぜキリスト教で栄えたのかという理由が必要になる
だから仏教と儒教も関係していてアジアは宗教のために停滞したとかなる

何らかでキリスト教と資本主義が結びついていたことはウェバーのキリスト教から資本主義が発展したという思想でもありうる
なぜなら資本主義が修道院から生まれたとしているからだ
神に奉仕するために勤勉に働き他者に奉仕するという修道院から生まれたという思想である
ではなぜイスラム教から資本主義が生まれなかったのか?
これも理由があるとするのはその後の歴史でイスラム国が停滞したからである
でもイスラムの方がヨ−ロッパよりも優れていたのである
代数学とかか化学とかいろいろな面で優れていた、ヨ−ロッパは遅れていたのである

ヨ−ロッパ文明が世界を主導したというのが20世紀とかまでであった
それは大航海時代からはじまっていた、この大航海というコロンブスのアメリカ発見とかもヨ−ロッパが世界を主導するものとなった原因である
それは軍事力の征服でもありそれで南米のインカとかが呆気なく滅ぼされた

そして最初はポルトガルがスペインが大航海時代の先駆けとなり栄えたのである
南米から黄金がもたらされ金ぴかの聖堂が作られたのである
ただポルトガルとかスペインは泥棒国家ともされていてたちまち衰退国家となった
栄える国ではなくなったのである

そしてイギリスが七つの海を支配したという時なぜ栄えたのか?
それはポルトガルとかスペインとは違って略奪国家ではなかった
産業革命をしたことが大きかったのである、技術革命があったことが違っていた
それはアメリカがITで栄えたのとにている
技術革新があり栄えた
その前にヨ−ロッパは科学分野でも様々な分野で天才を産みだしてきたのである
だからなぜヨ−ロッパには天才があれほど生まれたのかというのも栄える理由となる
天才というときたいがいヨ−ロッパでありイスラムの国々から名だたる天才の名が出てこない、たいがい学んでいるのは理系文系でもヨ−ロッパなのである
だからこれもなぜなのだろうとなる

そして日本ではなぜ明治以降とか戦争があっても焼野原になっても高度成長時代があったのか?
その理由が何であったのか?
3百万人が死んでその後なぜめざましい経済発展があり栄えたのか?
それはヨ−ロッパのように産業革命があったとわけでもない
ただ電器製品を外国に売ることで豊かになった
それは何か発明したわけではない、イギリスの産業革命のように鉄道の発明とかをしたわげではないのである 

ただイギリスは結構石炭がとれる国でありそれで蒸気機関車が作れた
資源がないと産業革命も起きない、その後石油文明というように石油がとれる中東はイスラムの国々の栄える基となったからだ
ただイスラムの国々でも何か発明したりしていないのである 
何か科学でも学問でも芸術でもイスラムから学ぶということがないのである
ただヨ−ロッパ文明にはイスラム文化が取り入れられているというだけである
そういう国はいづれ石油が枯渇すると栄もなくなることは見えている
資源があるだけでは豊かになれない、その石油でも石油を精製することが自国できない
それは先進国で日本の技術とかでもしているからだ
工業力があって活かせるのである


国が栄えるという時実際はいろいろな要素があるから一概に言えない、それを国内で考察すると長者伝説が必ずある、炭焼長者とかも山ではある
それは木材資源があり炭焼く技術があって長者になった栄えた伝説である
資源が栄えるというとき海だと大漁があり豊かになることがある
日本が栄えたという時江戸時代には新田を開拓して米の石高を増やして栄えたとなる
農業で栄えたとなる、ただ稲作がないときでも栄はあったのである
縄文時代でも縄文土器を作っていたのだからそれが栄の標しだったのである
いつの時代にもその時代時代の栄がありそれが文化財として残っているとなる

日本が栄えるというときなぜ高度成長時代があったのか?
その時は国全体が上昇気分にあった、私の家でも角にありそこで子供向けの店を開いたら繁盛したのである、その頃物がないから物を置くと売れたのである
そして角だったから場所が良かったからはやったのである
なぜかというとその頃車などもっていない、道は舗装されていない、ほこりがたつ道だったのである
でもそんな場所でも小さな店でも繁盛したのである
それは例えば都会だと中小の工場も注文があり繁盛した
それで人手不足になり地方から金の卵として中卒者が集団就職したのである

そういうときは別に特別の才能が必要ない、私の家でも商売に向いている人はいなかった母は内気な人でありとても商売に向いている人ではなかった
でも高度成長時代はそうした個々の能力と関係ない、みんな繁盛したのである
そういう時代は起業すればもうかるとなっていたのである
また貯金すれば利子が7パーセントとという時代であり金は増える一方だったのである
今になると高度成長時代は特別な時代だったのだとふりかえる
その後失われた30年とかなりもう日本は貧乏になり後進国に脱落したとなるからだ
その相違も大きいとふりかえる

でもなぜ高度成長で日本が栄えたのか?それは日本が技術革新したとか技術が優れているわけではなかった、私は理系でないし科学技術のことがわからない
でも今になると韓国でも中国でも日本と同じように家電を作っているしかえってスマホとなる韓国中国が作って日本の作ったものは売れない
ITで日本は遅れをとった、そして原発事故とかあり日本は技術が優れているから事故が起きないというのは嘘だった
しきりに今でも科学者が日本の技術が優れていると自慢しているがそれは右翼の自己自賛に好きなんがたのである
日本が一時的に世界に先んじて電器製品を作ることができた
それは日本人が発明したものではない、日本人は発明が得意ではないからだ
壊れないものとして作る技術はあったとしても発明はなかったのである
エジソンのような人は日本から出てこなかったのである
それはヨ−ロッパから様々な天才が出たのに日本からは出なかったからだ
もちろん江戸時代にもそういう人はいたが実際に実らなかったのである 

ただ日本だけが明治維新で西欧化できたアジアでは唯一の国だったのである
植民地にならない唯一の国だったのである
だからそれは誇ることができるのである、アジアはみんな欧米の植民地化したからである
ともかくなぜ日本が高度成長時代がありその後30年の停滞がありそしてもう没落して衰退国家になる、栄いは失われてゆく
それでなんとかまた栄えるようにと国でもアベノミックスとか金融で成そうとする
でもそれは官製のものであり金融でごまかした景気にすぎないからすぐに限界がくる
現実には給料が上がらないとか少子高齢化で日本がどん底になるとか言われる
もうそういう悲惨な未来しか日本には見えないのである
それで経済の起死回生はありうるのかと模索する

でもそれも見当たらないのである、資源はないし貿易もだめでありその精神も惰弱化している、日本の若者が他国に比べて何か向上心がないという
かえって今はベトナム人とかネパール人などが貧乏だからかつての日本のように向上心かある、だからベトナムなどはいづれに日本に追いつくとなる
そして日本にはもう外国人も来ない国となると言われる、それだけの魅力がない国となるただインパウンドで旅行者は来る、それは日本が旅行できる安い国になったからである
それは東南アジアとかに日本が大挙して旅行したと同じなのである
外国人の方がデパートとかでも歓迎されている
日本人は買い物をしない、外国人が高価なものを買っている
日本人はスーパーの夜の安売りの弁当にむらがっているという
高いものは外国人が買っているうというyoutubeの報告もある
日本はもうすでに後進国であり貧困国になっているのである

それと東日本震災の影響も大きい、ポルトガルでも大地震がありその後海外に出る冒険精神は失われて衰退国家になった、そこで問われているのが冒険精神が進取の精神が喪失したことだとされる
日本の東日本震災の影響も大きい、その衝撃は地元では今でもつづき立ち直れないのである
それに原発事故にもなり立ち直れない、ダブルパンチで立ち直れない
ただ原発でも日本が資源がないから原発国にするということ科学技術の先進国の位置を保つとういことがあった
それは核武装のためでもあり国で支持したのである、それが津波で打ち砕かれたのである
そして原発で栄えることはありえないことを証明したのである
この辺で船主とかは原発御殿が建ったとしても福井県の高浜町でも町の助役が原発マネーで原発御殿をたてていた、そのスケールは違っていた

つまり原発は地方では栄えさせる唯一のものだったからそうなった
その後の処理でも除染でも7兆円とかかかったとかとてつもない金が流れた
そして補償金でもめたりしてかえって地域は分断されてモラルの崩壊になった
その補償金でフィリンピンの女性に貢ぎ仙台に店をもたせて金がなくなったという人も現実にいた
原発マネーは一時的でありそれは栄をもたらさないのである

だからそもそも栄とは何なのか?本当に真に栄えるとは何なのかが問われたのである
科学技術が栄えをもたらすことはあった、でも原発はもたらさなかったのである
何か原発マネーは人間を狂わせてモラルを喪失させるものなのである
モラルを喪失させるというとき現代の強欲資本主義もそうである
金しか価値観がなくなりグロ−バル経済の中で数パーセントの人に金が流れる
ここでもすでに資本主義か崩壊しつつあるのだ
それは資本主義にはモラルがないからである、数パーセントのものに富が収奪されているからである
だから世界中で格差が広がり暴動も起きてくる、日本でも大人しいがこれから貧困がますます激しくなると暴動が起きると予告する人が増えている
自分もそう思う、原発で恩恵を受けてもそれか真の栄にはつながらない
モラルの退廃を生んでいることは福井の高浜町でも同じだった

原発とともに栄えることはありえないのである、豊かになりたいからと原発にすがることは危険だったのである、そして原発では国は栄えないということを国民は知るべきなのである
では何が栄えさせるのか?それが日本の農業だというのも何なのだとはなる
農業では金にならていからと工業化して貿易で電気製品を売り高度成長したからである
でも日本の農業は技術的に優れている、世界でも比べても優れていたのである
だから最近日本でも銀行が農業に投資しているのである
例えば常に国家でも都市でも栄枯盛衰はある
中東のペトラは交易都市として栄えた、でも交易ルートからはずれたりして取り残されて衰退した、貿易で成り立つ国はシルクロードが海の道として栄えても大航海時代で廃れたそういうふうに交易ルートが変わると衰退する

でもペトラは交易都市として栄えたのもそうである
でも都市は廃墟化してもその周りで農業して生き残っていたのである
継続してい生活していた人たちがいたのである、何かオリーブとか果物を栽培していたのである、だから農業は最後に継続するものとしてある
結局人間を最後に支えるのは食料だからそうなる
食料があればまた何か後の栄がありうるとなる

原発事故はその食料となる農業をできなくさせる、汚染させたから深刻だったのである
だから原発では栄がありえないのである

海犬養宿祢岡麻呂(あまのいぬかひのすくねをかまろ)の詔(みことのり)に応(こた)ふる歌一歌一首 

御民(みたみ)われ 生(い)ける験(しるし)あり 天地(あめつち)の 栄ゆる時に あへらく思(おも)へば

ここでは栄とは天地とともに栄える自然とともに栄えるということだった
日本の天地国土とともに栄えることであった
でも原発はその日本の国土を汚した、そこに栄はなかったのである

確かに原発マネーで豊かになっても結局活かされないのはやはり金が入るだけでも栄ないこの辺でも原発マネーでモラルは喪失した
補償金で何をしているかというとギャンブルでありある人はフィリピン女性に貢ぎ仙台に店を出させて金がなくなったというからふざけている
そして何か言うとなぜかわいそうな原発避難民を批判するのだと怒る
いつまでも被害者であり援助すべきだとなる、それもフィリンピン女が金が欲しいからだとなる、これは極端にしてもそういうことがある
だから原発マネーがすべていいように働かないのである
金ですべて解決するというわげでもないのである
そのようにモラルが荒廃したときとても栄えるとは思えないからだ、ローマ帝国でも最後は豊かになってモラルが腐敗して贅沢になれて滅びたからである、金が入り贅沢過ぎることが滅びに通じているのである

だから人間は天地からまたは海からでも離れたとき栄はない、栄をもたらすのは天地であり人間の科学技術ではないともなる
それが原発事故で示されたともなる

とにかく世界史的に見れば中東からヨ−ロッパからその延長のアメリカと栄えて次にその原点のアジアにもどってきた、アジアがもともと産物が豊かだったからである
ヨ−ロッパは産物が豊かな国でないから大航海時代になりアジアの富を収奪して豊かになったとなる
そして21世紀は22世紀はアジアの国になるという時大きなサイクルで見ればそうなるただ一時的に日本のように後退して衰退してゆくとなるともみる 、そういう大きな歴史の流れは変えられないということであ

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中東が世界でぱ最初に栄えた場所だった
それがヨ−ロッパに移りアメリカに移った
アジアはこことは別にインドがあり中国があり栄えていた



2019年11月25日

地理と風土が国を作る (日本人の視野は非常に狭い、山に分断されているから)


地理と風土が国を作る

(日本人の視野は非常に狭い、山に分断されているから)

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日本全体で見ても大阪平野と濃尾平野と関東平野が三大平野であり
ここに大きな権力が生まれたのも地理だったとなる
東北だと仙台平野が広いから米も多くとれてそれを商品として石巻から船で江戸に送ったのである
だから地理が歴史でも作っているのである


山で分断され
海で閉ざされ
川は人を結ばない

何か日本の風土とか地理とかが日本人を作った、これは間違えない、日本人の耕作する土地は平坦な土地が少ない、それはヨ−ロッパとか大陸国家と比べると少ない
それなりに領土が広くても耕作できる土地が少ないのである
ドイツでもフランスでも平坦な土地が多いのである
日本の可住地が27パーセントでありイギリスは島国でも85パーセントもある、フランスは73パーセントでありドイツは67パーセントである、イギリスは山というより丘でありそこはゴルフが生まれのもその風土から生まれた地理から生まれた
イギリス全体がゴルフ場に適した地勢だったのである、だから島国でも居住できる範囲が広いのである
日本のように急峻な山がないのである,その差も大きいのである
ただイタリアは意外と高い山があり山国という感じもする、そこからローマ帝国が生まれたというのもどういうことなのか?
ギリシャも山が多いのである、ただ大陸国家は平坦な土地がつづくのが普通である
だからこそエジプト王国でもペルシャ帝国でも中華帝国でも強大な権力国家が生まれたのである
統一しやすいから中央集権的大国家生まれた、そこにファラオが王が絶対的なものとして君臨する
それは大陸国家ではにているのである


そして海で閉ざされているという時、四方を海で囲まれている、だから海によって閉ざされている
それでヨ−ロッパではイギリスが島国でもドーバー海峡は30キロとかであり日本の玄界灘とは違う、それは常に渡れる距離であり日本人が泳いで渡ったとかもある
でも玄界灘はそうではない、簡単には渡れない、モンゴルの船が渡れなかったのもその距離とか海流とか台風とか日本の気候条件にはばられて渡れなかったのである
そして海で閉ざされるという時、ヨ−ロッパだったら地中海での交流が古代から始まりその歴史は古い、地中海は交易の海であり船で行き来できる内海である
そこで船を操作する技術が発達した
そこからコロンブスが大西洋に乗り出したのである
でも日本だと太平洋でありそれはあまりにも広く島国としてペリーが来るまで閉ざされていたのである、だからこそ300年の鎖国もありえて特殊な国なのである

そして大陸の川は中国でもヨ−ロッパでもインドでもどこでもスケールが違う
それは日本のような激流とかにならない、自然の運河になっていて物が運ばれ人が交流する河である、だから四大文明が川から生まれたという時まさにそのことを語っている
川は物が運ばれ人と人を結ぶ川なのである
日本では川は側(がわ)としてしか意識していない、向こう側に渡るのが川なのである
ということは狭い範囲で生活していて向かい側しか意識していなともなる

ヨ−ロッパでも中国でも川は道路のようなものであり常に交通がある
だからヨ−ロッパでは川を通じて都市が結びつきハンザ同盟とか商人の同盟組織が生まれた、それは国を越えた組織でありえたのは川で結ばれていたからである
また川はリバーはライバルが語源であり川を通じて敵対していた
また川はライン川のように境にもなる、それが川が長く大きいからそうなる
川で遮られるからである、大陸には常に大きな川がありその川が歴史と文化を作って来た父なる川がラインでありガンジス河はインドの文化と歴史の源である
中国でもそうである、大陸は広大でも川で結ばれていたのである

川上とこの川下や月の友 芭蕉

この句にしても風流的に川を見ている、現実に船が行き来して生活の場になる川ではないのである、日本の川は常に変化する川である、それは今回の台風でも証明された
流れが絶えず変わる川なのである、だから古川という地名が多いのである
それは流れが変わって古川になり地名として残ったのである

とにかく日本でも外国でも旅行したから地理に興味をもった
日本は本当に山で分断された国である、それで常に感じているのが阿武隈高原とういう山で私の住んでいる相馬地域は同じ福島県でも分断されている
それは福島市の方面が見えないからである、そこで何か地理的一体感がもてないのであるでも原町の片倉のフラワーランドから牡鹿半島と金華山が見えたというとき地理的一体感を感じた、新地から見えていたが原町から見えると思わなかったからである
つまり視界に入れば地理的一体感をもつのである
日本は常に山で遮られ隣り合っても地理的一体感をもてない国である

それで峠というときこれは国字であり日本人が発明した漢字だということもわかる
だから峠を越えると新しい視界が開かれる、そういう峠の国だということが日本だとなる
その国の歴史でも文化でも地理と風土から作られる、これは逃れようがないのである
日本人の故郷がアイディンティティになる場所が海ともならないで「国のまほろば」というとき奈良でありそれは山に囲まれた盆地だということでもわかる
東北の地理を見てもそうである、山に囲まれていて平地がありそこは盆地であり平地があり都市が生まれている、でもその平地が少ないのである
そして青森だと山で津軽藩と南部藩の延長として二つが分断されているのもわかる
それは山が分断して言葉も違っているとなる

つくづく日本人は地理的に海でも山にでも分断されて生活してきたのである
まず大陸の歴史とは違ったものとなるのも当然なのである、大陸だと広い視野が視界が得られる、でも日本では常に山で遮られて広い視界が得られないのである
だから広い視野で視界でものを考えることもできないし防衛とかもできない
大陸でぱ中国でもヨ−ロッパでも塔が発達するのは平原とかで遠くをウオッチする見張る塔なのである、遠くから平坦な平原でも敵が攻めてくるのを見張るためである
だから塔に人間の強い意志が感じられる、それは中国でもその塔は何か日本の優美な塔とは違う、堅固であり強固な人間の意志を感じる塔なのである

日本人はどうしても視野が狭くなる、それが山が多すぎることなのである
山で視界がさえぎられ狭い地域に閉ざされてしまう
何か小さな村で閉塞されたようになる、いい面としてはそこで互いに濃密な人間関係を作って協同することである、でも村という狭い範囲が一つの世界となってしまい広い世界の協同関係は結べないのである
だから明治維新から世界に国を開いた時その世界に適応できない、それが太平洋戦争の失敗だったともなる、世界的にそんな大きな戦争などしたことがないからである
日本の戦争は関ケ原を除いて小競り合いの戦争だったともなる
大規模な戦争はなかったのが日本なのである
大陸の戦争だとものすごい数の兵士が大平原に集まり戦争になる
そういうことを何回も繰り返してきたのである
だから戦争にたけてくる、日本は戦術にこまかいことには気をくばるがそうして大局的戦略的に対処するのが苦手なのである

いづれにしろその国の文化はそれぞれの国土によって作られることは確かである
それは逃れようがない運命なのである、大陸国家だと中国でもそうだが巨大な権力が生まれる、始皇帝であれそれは地下にも都を宮殿を作って生き続けようとしている
日本ではそういうことはありえないのである、巨大な権力が生まれない、それで話し合いで決めるというとき小さな村が生活の政治でも経済でも単位になっていたのである
「話せばわかる」という狭い範囲での生活だったのである
だから法律も必要がない、話せばわかるとなるからだ
狭い範囲での意志疎通が中心であり異民族とかの意志疎通は必要ないからである
同じ民族でも日本が広いとしても村という狭い範囲での精神形成になっていたのである
そうなるとこれだけグロ−バル化したとき適応できないとなる
   
日本人は実際は世界で一番冷たい民族だという時、狭い範囲の村が共同体だからそのウチでは強いつながりをもつ、協同する、でもそこから離れた外になると冷たいとなる、よそ者を歓迎しないのである
外国では対立があっても争いがあってもそこでなんとか折り合うとする文化が生まれる、日本では異民族を受け入れることがむずかしいのはそういう歴史がないためである
日本が外交下手だというとき当然なのである、そういう歴史がないからである
狭い村という範囲でみんな仲良く争わないで協同する生活だった
そこにはよそ者は入れないという世界である
だから限界集落でもよそ者を入れない、入れても追い出すとかなりもう限界集落は後継ぐものもなく消滅してゆく、そういう国柄は簡単に変えられないのである

要するに日本がいいとか悪いとかではなく日本を客観的に見るには外国の理解が必要になる、その対比のなかでわかってくる、それはまた時代的にも江戸時代と比較すると今の時代が見えて来る、つまり日本だけでは日本のことはわからない、また今の時代だけを見ても今が見えてこない
それでたいがい日本に深い見方をするのは外国で暮らした人である
留学した人とか外国暮らしをした人とか外国人と共同で仕事した人とかになる
それは否応なく対象的に日本が見えてくるからである
ただ今の時代になると海外旅行している人が多くなったから戦前のような偏狭なものにはならない、情報でもそうである、太平洋戦争では日本人はアメリカのことなどほとんど知らなかったからである
テレビもなにもないし何も知らないのである、それでアメリカを甘くみていたのである
今でも日本はそういう地理でしり外国の理解ができない、それで失敗するとなる 

一番の問題が日本で山が多くて視界がさえぎられることである、そうなると見えないのだから見えない所を考慮しなくなる
例えば身近なことでも常に家事で台所仕事で失敗しているのが目の前に電気の卓上焼き機でもスイッチを見えない方向にしていたらスイッチを消し忘れているとかまた料理する場所が離れていて見えないと何度もIHヒーターの電気を消しわすれとかある
それで前はガスでそうだったから時間を決めて使えるものにしても電気をつけたままだという失敗がある
その原因が自分の視界内にないからである、見えないから失敗している
そういうことはあらゆるところである、原発事故だって迷路のように網の目のように配管がある
その一部分を常に見ている人はその一部分には詳しいのである、だから配管のことをその現場で働いていた人は知っていたのである
上の人は知らないということがある、要するに原発の全体を知るものは誰もいなかったし知り得ないのである
こういうことはどこでもそうである、こんな複雑な巨大な社会になると一部分を見ていても全体を見通せる人などいないのである
そこが盲点となって事故につながる

地理でも常に住んでいる小地域は見えてもその周りの全体は見えない、特に日本では山に遮られて見えない、するとどうしても見えないからその場所を理解できないのである、日本だと山が多い、するとその山の中に隠れたように田んぼがあったりする
その田んぼが見えないのである、だから隠田というのが普通にあっても不思議ではない
こんな所に田があるのかということを旅してもわかる、山の中に入って開けた地がありそれが意外だったのである
平原のような所だった一望に見える世界である、見えるからこそその広大な平野で戦略がたてられる
軍隊をどう配置するかなど戦略がたてられる、日本ではそういう戦略をたてられない
義経のひよどり越えでも信長の桶狭間でもそうである、敵が山の下に休んでいる時急な坂を一気に駆けおりて勝った
まるで滝のように襲い勝ったとなる、相手から山の陰であり見えない、ところが敵は上から見えていたのである
だから見えるか見えないかの差が大きいのである
日本の地理と風土は大陸国家がユニバーサルとして普遍があるとして日本は特殊なのである
その特殊性を日本人自身が理解していないのである


                                             
参考にした本

国土が日本の謎を解くー大石久和

国土交通省に勤めていた人の本である、日本の国土を知ることがやはり第一にある、日本の国土は外国と相当に異質だからである


2019年11月28日

現代文明批判ー無職であることは全人間になること (職につくことは専門家になり部品になること)


現代文明批判ー無職であることは全人間になること

(職につくことは専門家になり部品になること)

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もう歯車は嫌だ

無職というとき批判の的になるし誰も推奨できない、しかしなぜこれほど無業者の時代になっているのか?これも謎である、無業者でありえることが働かなくてもそれなりに生活できるからそうなっている
貧乏な時代だったらそんなことありえないからである
みんなあくせく働いている時のうのうとしていられないからである
それだけ今の社会には余裕があるからそうなっている

団塊の世代はみんな猛烈な企業戦士であり無職の人は極まれである、つまり何百万人も無業者が無職がいるということ自体ありえない社会だったのである
学生運動とかヒッピーとかはやったこともあったがほとんどが会社に就職して猛烈社員となり高度成長時代を生きた
それがなぜこんなに無業者とかニートとかフリーターとか非正規が増えたのか、それも数百人とかの数ではない数百万の数である、まず数百人だったら誰も問題にしないからである、そんな人いたのとなっている

ただ無職であることの効用がある、マイナス面が大きいにしても無職になる効用がある
現代社会ではまず全人間とかになりえない
とにかくまず職につくことはどんな優秀な人でも科学者でも技術者でも専門家となり部品化することだからである
専門家というとき何かそうではない、特別の人のように見えてもそうではない
全体社会の中でわずかな一部分に関して専門家になることである
それで面白いのはトインビーが言っている

王や魔術師や鍛冶屋や吟遊詩人はいづれも「専門家」である
そして鍛冶屋がびっこであったり詩人ホメロスがめくらである事実は未開社会では専門家は変則てあり「万能人」もしくは何でも屋になる資格を欠いた人間になる

王とか吟遊詩人がなぜ専門家のなのか?この辺はわかりにくい、ただ吟遊詩人は職業化したからこそ専門家になったからこそそう言っている
ただ王となると国全体を見る人だから専門家とはなりにくいと思う
市町村長となると専門家では勤まらないだろう、その全体を見る人になるからである

ただ言えることは職業につくこと自体がもう専門家になっている、なぜならそれはささいなことでも一部分を担当して仕事することになるからである
それでまず何々の職業につくこと自体が巨大な複雑なの社会の一部品化したことなのである
それで農業というというとき農民というとき百姓と言っていたのは百の生であり百の仕事をこなしていた人なのである、農業にはそれだけ広範囲な知識でも業でも必要になっていたのである、だから農民というのではない百姓だったのである

それで天才のニーチェとか上野霄里とかヘンリミラーとかアウトサイダーと言われる人はそういう専門家になることを拒否したのである
第一ニーチェを超人をある職業についている姿をイメージできない
会社員であれ公務員であれ銀行員であれ何か員とつくものに従事している姿をイメージできない、完全にアウトサイダーとして社会から逸脱しているのである
結果的に狂気になったともなる
ただイメージすると自然の中の半神半獣とか神話的な英雄とか神になってしまうのであるつまりそういう天才的な人はとても何かの員とつくようなものに適応できないのである
今ではそういう人は天才的芸術家とかになっている
それで社会の中で悲劇的に人生を終わる

ただなぜそういう無業者が無職は実際社会では何も役立たない無能とされる
そしてなぜかブライドが高い、自分は何かできる、ただ活かされないだけだとか不満をもっている、つまり無職となると職につかないから専門家になっていない
無職の世界に開けているのは自然でありまた無限の時間なのである
そこでニーチェのような超人的志向になってゆく、部品として職についていない、すると何か社会は視界から消えて広大な自然が広がることになる
そこで自然と同一化すしようとする、アイディンティティ化しようとする
まず一つの職についたらその職に追われ他はかえって見えなくなるからだ
職義をもつことは専門家になることだからである
つまり社会に超人を受け入れるものはないのである、だから最後は狂気になる宿命だともなる
それほど社会を忌避するのは全人間として生きる天才的資質のエネルギーのある人は耐えられないとういことである

それほど現代文明では人間は無数の部品となり構成されているからである
その時人間は全人間たろうとするときナチスのようなファシズムに陥ってゆく
何かそうした無数の部品が一つになるためにハイルヒットラーと叫ぶようになる
ナチスの原因は文明自体にあった、それは今でもカルト宗教団体がそうである
何かばらばらになった人間が一体感を求めてそういう組織に入る
そこで何か存在感を得ようとしてそうなる、それが現代文明の危険なのである

原発事故でも本当はこれは事故後にわかったことだが自然でもその市町村でも全体にかかわることだったのである
結果的には全体が自然でも市町村でも破壊されたからである
でもその時全体を考慮して作られていない、議論すらしていない、それで今になってこんなに広範囲に被害あることで騒いでいる
例えば宮城県のホヤが風評被害で今でも売れないというときそうである
福島県は漁業組合には原発事故前も後も手厚い補償がある
宮城県には一切なかったのである、つまりそれだけ広範囲に原発は影響あるものとして全体を見ていなかったからである
つまり全体的に見れないことが考慮できないことが致命的な結果になったのである
第一吉田所長がトップにいても復水器のことがわからなかったのである
トップでも全部知る人などいなかったのである
むしろ配管を見ていた人はその配管が古くなって危ないと見ていた
その部分をいつも見ているからそう見ていた、でもトップの人はそのことを知らないのである、それで結局破綻したのである

そして現代文明ではみんな無数の職業につき専門家でありそのことは部品化することなのである、そうなるとどんな優秀な人でも歯車にすぎないとなる
複雑巨大な文明の歯車となるだけだとなる
社畜だというときもそうである、会社の歯車として働くほかない、それ以外生きる道はないとなるからだ
それでそういう巨大な社会の歯車から逃れるのがニートとかフリーターとかになっていたでもそれはロスジェネ世代が氷河期世代がまともに就職できないということでそうなっていたのである
私の言う全人間志向とかではない、そう強いられた世代だとなる

時代をさかのぼればのぼるほど原始人でも全人間だった、一つの職業についているという感覚はなかったのである、それは家事なども仕事が実際は多様だから女性でも全人間的に仕事していた,経済でもその起源が

Economy"というのは「家計の学問」という意味であり、いわゆる「家計のやりくり」から発展して今日の「経済」という意味になったものと思われます。

つまり経済という時家計が始まりだった、それがグローバル経済になったとき世界経済になったのである、そのギャップがあまりにも大きすぎるのである
家計だったら日常的な生活から推し量れるせかいである、グロ−バル経済になったらもう天文学的数字にもなりもう見えない世界になっている

人間は文明社会で不適合を起こすのは当然なのである、それでこそ人間としては正常だとなる、文明社会に抵抗なく適合ししている人は人間ではないとなる
機械かロボットなのかとなる
たからこれだけ働かない人がいるということは文明を否定している人たちなのかとなる
それは異常でもあるがまた今の文明社会に適合している人は異常だともなるのである
ただアウトサイダーというとき世界でも天才的な人でありまさに例外的な人である、だからまた今の無業者とは違ったものである
そんなアウトサイダーが増えたらそれも異常だとなってしまうからである

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現代文明は図のように全体に生きられない、結果的そうした無数の人間が部品化する、そのパーツが一体化しようとして全体主義がファシズムが必然的に生まれる、民主主義の弊害は意外と全体主義に通じている
ナチスは民主主義から生まれたからである、民主主義がナチスを生んだ、それは合法的なものだったのである
民主主義は数のなのだからその数を無数の部品を一体化するためにヒットラーとかの偶像を必然的に産む
その対極にアウトサイダーが生まれる、それが巨大化するのである
それが天才的な人であり偶像化する、これはどっちにしろ現代文明が生んだものであり怪物化したのである
一人の人間が異常に巨大化するのはナチスが巨大化したものとまた違っていても対照的に生まれたのだとは思う
ただ全体主義の方が恐ろしいものとなったのである
現代の宗教は宗教ではない、ファシズムになりやすいのだ、仏教ファシズムになったことでもわかる
宗教自体が現代文明にとりこまれて変質してそうなった、本来の宗教とは何の関係もないものとなってしまった
国家でも巨大化するとファシズムになりやすい、ポピュリズムもファシズムだからである
大衆というもの自体が統制できないものとなりファシズムになってゆく
要するに標語をみたいなものを一切に叫ぶだけなのである、それで一体感を感じるのである

つまり現代文明が生んだものであり文明そのもの災厄だったのである
それは原発でも同じである、文明の巨大災厄だったのである
文明自体がそうした災厄を必然的に産むものだったのである
だからグロ−バル経済とか資本主義でも社会主義でもそういうものも異常な格差を生んだり人間的なものでは計れないから富の極端な偏向があり自壊してゆく
必ず大恐慌とか経済破綻が生じて来る、巨大なるがゆえに誰もしることができなし操作できない
何かに常に操作されている、それで陰謀論になって終わっているのである

私が郷土史とか郷土学を追及してわかったことはこれは狭い範囲にしろそこにヒューマニズムとかアイディンティティを回復しようとする試みだった、人間性の回復とかはとてもグロ−バル経済とか東京のような都会とかではありえないのである
大組織でもありえない、それはファシズムになる、それは宗教も今は組織化したらみんなファシズムになっている
そこに本来の人間性の回復はない、巨大な文明にとりこまれてただその中で操作されるだけになる
そしてナチスのようになり偶像崇拝になる、そうしてしか全体に帰属するとか一体感をもてないからだ
でも場の現象学を追及したように人間性の回復は一つの共有の場をもってアイディンティティを造りだすことなのである
そこにこそ人間性の回復がある、だから地方に住む、田舎に住む意義はそこにある
それはグロ−バル経済とか金だけを追求する世界とは違ったもの精神的価値を追求している
グロ−バル経済とか資本主義が行き詰まっているのはそういう時代が終わって別な価値観を求めてるようになっているからである
多少金がないにしろ精神的に落ち着く場所で暮らしたいとか金だけではない物質だけではない
精神的安らぎのもてる場を価値を求めるようになったためだと思う




2019年11月30日

地理のテーマになる境の考察


地理のテーマになる境の考察

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 境界民族,境界線, 境界帯,  国境, 国境貿易, 国境都市, 政治的境界, 
 自然的境界, 人為的境界, 人為的荒廃境界, 障害境界, 海洋境界, 河川境界, 山脈境界, 山狭境界

自然的境界というとき山川海でさえぎられる、そこで例え同じ国でも別な意識をもつのである、それに人為的境界がある、それは例えば相馬藩と伊達藩の境は新地になるけど歴史的人為的境界であり自然的境界ではない
なぜなら平坦な土地だからである、関所でも人為的境界であり自然的境界と一致しない

ただ日本は山が多いから峠が国字となったことでもわかる
峠を越えると別世界が開けるのである、そして山に囲まれてそこは小国となる
そこが一つの国となっているのが日本なのである

白河の関は必ずしも自然境界ではない、人為的境界である
ただ山をぬけるので確かにその山を越えるとみちのくだという意識はもつ
でもそれほどの高い山でもないからそんなに境界だと感じない
ではなぜあそこがみちのくの入り口になったのか?
それはやはり自然的境界より人為的境界だった、大和王権が支配できない地域として大和朝廷に認識されていたからそうなった
それは政治的境界でもあった

境界というとき実際はいろいろある、まず国というものを意識する前に人間は自然を地理を地勢を意識させられて生活する、村でも自然村として発展する
都市だとこの成り立ちもいろいろあるが商業都市として発展するのが多い
オワシスが都市になったのはそのためである
ただ村とかなると自然村が発展して村になった
不思議なのはヨ−ロッパでは城壁内の都市とその外は別な世界である
農民は都市民ではない、異民族とかに攻められるから城壁で囲みその中で戦うのが市民なのである、農民は異民族でも攻めてきたら他国が攻めてきたら城壁内に入らなければ助からないのだ
だから中国も都市国家的側面があり城壁の内と外でぱ分かれている
都市籍がないと都市には農民は住めないのである
城壁も境であり人を分けるのである

人工的人為的境界というとき明治以降の県単位の境界は自然境界とは関係ない、人為的に上から行政の範囲として強制的に決められたのである
だから境界が不自然なのである、みちのくの入り口として白河があり関所があったから一応茨城県とは別れる地域として福島県がある
でも福島県は広いから地理的一体感をもてないのである
磐梯山とかあってもそれが福島県を象徴する山でもない、なぜなら浜通りからは全く見えないからである、ただ霊山に来ると見えるのである

浜通りからすると相馬地域だと飯館とかに行くには峠を越えなければならない
標高が高いからである、それで自転車だと難儀するのである
八木沢峠をみればわかるその高さだと越えるのにいかに障害になっているかわかる
日本にはそういうふうに山で別々に分かれて隔離されている感じの場所が多いのである

外国だと大河がありそこが境界になる、父なる川のライン川がそうである
その大河がドイツを作ったともなるからだ
とにかく大陸には長大な川がありそれが境になるのは当然だとなる、自然境界になる
平原でも川があればそれが境界になりやすい、シーザーがルビコン川を渡ったという故事はそのために生まれた、そこは越えてはならない異郷の世界へ入る川だったのである
みちのくの白河の関ともにていたのである
それは自然境界でもありそれが川になっていたのはいかにも大陸国家らしいとなる

見たまえ、地球が回転するさまを
先祖の大陸たちは遙かかなたに集い
現在と未来の大陸は地峡をはさんで南と北に
ホイットマン(草の葉)

こうなると日本がにそんな巨大な地峡などないから理解できなくなる
ホイットマンの詩はアメリカ大陸を謳っているからスケールが大きすぎて理解できなくなる、グランドキャニオンなどがまさにそうである
アメリカにはインデアンが住んでいても歴史的境界というのがない
アメリカの歴史はそれだけ短いからそうなっている   

また現代で見逃しているのが森である、中世とかまでヨ−ロッパでは広大な森があった、ドイツの黒い森は有名である
それは人も入れない森でありそこに逃れれば追っても入り込めないほどの広大な森だった、そこにイギリスのロビンフッド伝説
生れた、イギリスにも広大な森がかつてあった、そこに逃れればもう入り込めない自由の場となっていたのである

相馬藩では原発事故のあった地点、双葉とか大熊とかは磐城との境目であり森に覆われていた、そこで夜の森とは相馬藩の殿様の余の森のことだったのである、相馬藩の殿様の森だったとなる、ただ境目だから領有権を主張するためにその名がついたとなる
土地に名前をつけるのはそこが自分の土地だという証でもあるからだ

森はしたがって、見える国境というより、緑の海であった。ひとつづきの村や畑、未耕地、そして町は、森の海に囲まれた島であり、島国であった。
当時の西洋人にとっての「森」のイメージは、ちょうど、日本人にとっての「山」のイメージと同じです。山なかには山姥や、妖怪がいます。また、アジール(法喪失者の避難場所)としての機能も共通しています

いづれにしろこの境界は一つの探求するテーマである
地理のテーマである、ただこれは世界は広いから探求することは困難になる
例えばインドと分けるのがヒマラヤ山脈だとなるときそうなる
空からしかその全貌は見えない、わずかに空からその頂上を見たことがあった
これもあまりにもスケールが大きくなって理解できなくなる
日本に住んでいただけではこうして世界の地理は理解できないのである

ただ境は何か節目として記憶する場所になる、江戸時代だったらどうしても関所を通るからそのことを意識した、今は関所がないからその境が意識できない
でもやはり一連の短歌にしたように何か境は意識しやすいのである
歩いて旅したときは常にこうして境となる地点を意識させられた
坂でも峠でもそこで歩いて上ればそれが体に記憶されるからである
今はただ便利に楽に通り過ぎてゆくだけなのである

それで今は何か旅でも記憶に残らないものとなる、まず現代では旅人になるにはかえって歩いたり自転車で行くとか時間で手間暇をかけないとなれない
たいがい旅行でも保養であり旅にならない、旅人は現代ではいなくなったのである
旅人でありえないのである
結局私は暇だから時間があったからこれだけ旅できたとなる
旅するには必ずしも金はかからない、時間はかかる
自転車旅行ならテントで寝れば無料になる、温泉旅館は高いから泊まったことがない
でも日本では安宿は本当に少ない、ヨ−ロッパのようなゲストハウスやユースホステルがないのである
別にユースホステルでも老人でも普通にとまっているから安いのである

私は大学の卒業旅行で資金30万円で3週間のヨーロッパ旅行を計画し、無事実施することができました。
もちろん往復の航空券代や諸経費も全て含めて30万円です。

私もこんなものだった、ただ食べるのはハンバーグとかだけだった
日本と違いここが不便だった、レストランは日本の食堂とは違っている
何倍もする社交の場のようになっていて高いからバックパッカーは入れない
庶民の食堂はわからないし言葉の障害で入れないから困ったのである
グルメの旅などに自分は興味なかった、ただ旅できればいいと思っていたから気にしなかったのである

いづれにしろ境界というのを知るにもそもそも実際に旅しなければわかりえようがないのである
そういうテーマをもって旅すれば論文でも書ける、まず本だけ読んでいても地理はかわらないのである
そして地理の見方がいろいろある、角度をちょっと変えただけで別な風に見えるのであるそれで地理だと地図が必須になるがでもその地図通りではない
その人の旅した経験からか地図を描けばみんな違ったものになっているのだ
だから地図は主観が入ると本当に個人個人によって違ったものになるのである
ただこんなことしいるだけでたちまち時間が過ぎて人生も終わる
それが自分だったのである、旅に終わったとまでなる
それでも外国になるとまだまだ旅は未完に終わったのである、それだけ地球がとてつもなく広いということだったのである

2019年12月19日

東西文明の橋渡し役が日本だった-内村鑑三の言葉 (それは今も変わりない、だから米中の仲介役ともなる)


東西文明の橋渡し役が日本だった-内村鑑三の言葉

(それは今も変わりない、だから米中の仲介役ともなる)

東西両洋の間に介して西を招き、東を弁じ,両者の暴を和らげ,後者の迷を解き二者の配合を計るは日本をおいて他に国民あるを知らず余輩は信ず、泰東の六億の生民は我ら日本人の蹶起活動にうながしつつありと
日本は亜細亜の正門を守の国なり
我らの一挙一動は我らの威厳に関すること多し(内村鑑三)

日本の明治時代はまさにそういう時代だった、西洋文明の挑戦を受けて日本文明が応戦した時代である
東を弁じる、両者の暴を和らげる・・・・とかなるのは何なのか?

そもそも東洋といってもそれが一体何なのか、アジアとは何なのか?
それ自体が大きすぎて不可解になる
ただ歴史を振り返れば日本文明とは何かとなればそこに縄文時代が一万年あったとされるそこでは争いがほとんどなかったとされる

それはなぜなのか?
それは老子のいうように小国寡民が実現されていたからである

小国寡民
什伯(じゅうはく)の器有れども用ゐざらしむ。
民をして死を重んじんて遠く徙(うつ)らざらしめば、舟輿(しゅうよ)有りと雖(いへど)も、之に乗る所無く、甲兵有りと雖も、之を陳(つら)ぬる所無し。

民をして復た縄を結びて之を用ゐ、其の食を甘(うま)しとし、其の服を美とし、其の居に安んじ、其の俗を楽しましめば、隣国相望み、鶏犬の声相聞こゆるも、民老死に至るまで、相往来せざらん。

住居跡などから割り出してみると、日本の人口密度は狩猟採集社会としては、世界一高かったといわれる。ところが縄文時代も晩期に入ると、その人口が一気に減少する。それも26万人の人口が、8万人にまで落ちてしまう急激な減少だった。

その原因が自然災害とかあり食料不足などで急激に減ったのである
それにしてもそんな人口で住んでいたということ自体イメージできないのである
そこでの暮らしが本当に貧しかったのかどうかわからない
例えばそれをイメージすると私の家とか戦後何もない時代があった
その時私の父親はアユ釣りとか鰻釣りをしていてオカズにしていた
その時鰻でも鮎でも御馳走だったのである、それは天然の物でありうまかったのである
鰻釣りは不思議だった、田んぼの畦道の穴に餌をつけた棒をさしこんでとる
そんなとこに鰻がいたのかとなる、今は全くいないからである
今や鮎すらいなくなった、津波以降全くいなくなった
鮎の稚魚は放流したのだが育っていない、ただこれは放射能の影響だけではない
鮎が各地でいなくなっているのである

縄文時代の生活になるとそれを具体的にイメージするのがむずかしくなる
だから謎になる、でも日本全国に20万人くらいしか住んでいなければかえって魚でも鹿でも採集する木の実でも豊富だったとなる
おそらく狩猟採集生活だと移動もしやすい、未開の地がまだまだあったからそこで食料を得られる
人間一番の問題は食料を確保することである、それができれば人間はそんなに争わないとなる
そうして縄文時代が一万年とかつづいたのは争いがなかった
それは自然の理の中に治まっていてそうなったとなる
老子の小国寡民の世界が実現していたのである
もちろんそれが理想社会でもない、ただそんなに長く戦争がなかったということが特筆すべきだとなっていたのである、ただ意外と自然災害に弱いから半分以下に人口が減ったのである

人間が弥生時代になり稲作をはじめたとき争いが始まった
稲作とは土地が必要でありそこに定着する、そこで土地の奪いあいや土地をめぐって争いが起きる、アフガニスタンでは水をめぐって争いが起きて中村哲氏が殺害された
そういう争いが稲作では起きる
それが発展して土地を治める主君が殿様がいて封建時代がはじまったともみる

それは大陸だとなぜあれだけ絶えず戦争がくりかえされたのか?
それはまず食料の確保のためであった
モンゴルなど遊牧民は定期的に食料不足になり農耕民の中国を襲ってくるために万里の長城ができた
歴史を見る時、その生活形態の方が大事である、その生活形態が文化であり文明となる
狩猟採集と漁労と遊牧民(牧畜民)と農耕民がいてその生活形態が違うから対立が生まれた
それで聖書でもカインが野菜を神にささげてアベルは羊をささげた
でも神がよみしたのはアベルだったのである、その理由はともかくここに農耕民と牧畜民が分かれたことを示している
そして遊牧民はモンゴルのように馬を使って大陸を移動して征服する民族に自ずとなったのである

世界を見れば必ず牧畜民がいる、遊牧民がいる、ヨ−ロッパにも今でも羊を飼っている
ヨ−ロッパは最初は狩猟採集民族でも牧畜民、遊牧民が先祖だった
それでドイツ語には秋という言葉がないというとき農耕民だったら収穫するということで秋があるのにない、それは狩猟採集遊牧民であったからだとなる
それを民族にするとアーリア人だとなるが遊牧牧畜民という生活形態をもった人たちのことなのである
なぜアーリア人が野蛮で攻撃的で戦闘を好むというけどモンゴルを見ればわかる
そういう生活形態が自ずと戦争に適したものとなっていたからそうなったのである

農耕民のような特定の村落共同体の帰属意識は小さかった
しかし家畜の群れを統率するリーダーが必要になった、見知らぬ人と出会い、異なる民族と接触する機会が多い牧畜民は不測の事態に守る武器を必要としていた(大河文明の誕生-安田喜憲)

この遊牧民牧畜民はヨ−ロッパでもアメリカでもその末裔である
なぜなら握手を交わすという習慣があるところは見知らぬ人でも握手することで危険ではないとうことを示すからである
握手という行為は敵ではないですよは相手納得させる儀式でもあったのだ

いずれにしろ日本の文化は歴史は世界と比べると特殊なのである
その特殊性は日本という島国で他国から攻められないとかの地理的なものである
縄文時代一万年が争いがなく、また江戸時代300年も争いがないというとき海に囲まれて守られていたためなのである
だからこういうことは本当に世界では特殊なのである

必ず大陸だと民族が混交してくる、他国から攻めてくる、インドでも原住民のドラビダ族とイスラム系の民族がアーリア人なのか混交してできた
西洋的な顔つきを見ればわかるのである、何か東南アジアは西洋的な顔つきの人がいる
だから東南アジアではいろいろ民族が混交したのである
日本でも縄文時代とかでもいろいろな民族が移動して混交した
でも日本の場合はそうした民族の混交がわからなくなったほど一つの民族化した
すでに縄文時代に縄文人は一つの日本人となっていたのである

東を弁じ,両者の暴を和らげ,後者の迷を解き二者の配合を計るは日本をおいて他に国民あるを知らず

明治維新から今でもその課題は日本にあり日本の使命ともなっている
そして中国人がきて敵の死者まで祀っている、敵味方塚があるのはありえないとししている、中国でも墓を暴いても罰しているからである、攻め立てているからである
こういうことがあるのはまさに日本の歴史と文化なのである
それは日本人同士ならそうなっていたのである
ただ日本人は異民族と熾烈な争いを経験していなかったのである
だから異民族にどう対処していいかわからなかった
そしてなぜ大東亜戦争が起きて300百万人が死んだのか?
そのことが今でも大きな問いとなっている
西洋の暴に対して暴と対処したからなのか?
ガンジーは無暴力で独立を勝ち取った、それはまさに東洋的な平和志向で勝ったとなる

東洋というときインドの仏教とかに発している、ただ宗教というときそれはアジアがオリエントが起源だとなる、イスラエルもアジアだからである
だからキリスト教でもヨ−ロッパがキリスト教国家となったときそれはローマ帝国を経て政治的なものとししての支配体制として組み入れられた
だからその宗教はまた別物だともしている

東洋という時どうしてもインドの思想が基になり中国でも老子とかの思想が東洋的だとなる、それは侵略的暴力的思想ではない、平和志向があり暴で治めるのとは違う世界であるそれを実行したのがガンジーのような人だったのかとなる
大航海時代からヨ−ロッパの暴力的進攻により世界が支配された
その暴力に暴力で対抗したのが太平洋戦争の日本だったともなる
そこでは一億総玉砕の危機にあった
つまり民族殲滅の危機にあった、そういうこと世界史では大陸では起きている
民俗と民族の熾烈な争いが聖書に記されているからである
日本もその熾烈な民族の争いの中にまきこまれたとなる

いづれにしろ内村鑑三は日露戦争は経験している、これには反対していた
これも日本人全部が熱狂していたとき覚めて反対していたのである
その日露戦争の勝利が太平洋戦争にも結びついたとなる
日露戦争もそうだが太平洋戦争で本当に世界史の舞台に登場したのだがそれで民族殲滅の危機にさらされたのである
だから太平洋戦争は世界史として日本を見るべきであり日本がだけから見えないのである世界史的に日本の戦争はどうだったのか、その意義はなんだったのかと問うことになるし世界から問われるのである

日本の歴史文化の特殊性は平和を長く継続していたことにあった
それは島国という環境で育まれた一つの文化だったのである
でも欧米の挑戦を受けて日本は応戦して敗れたのである
ただ内村鑑三が言ったことは今でもそういう立場にあるのだ
なぜなら中国とアメリカが対立するとき日本に仲介を求めるいうのもそうである
日本とはそういう立場にある、アジアでそういう立場に最初から明治からなっていたのである、つまり米中の対立を和らげるのは日本だとなる
両方の暴を治めるのは日本だともなる、それが日本の位置でありさすれば日本は重要な要の位置にある
内村鑑三が言ったことは今は通用しているのである

いづれにしろ世界史は小国寡民の全く逆に進行したのである
それが極点に達したのが第二次世界大戦だったのである、グローバル化だったのである
グローバル化は奨励されいいとされるしそれがなくては世界から取り残されるとなって
日本でも明治維新が起きて西欧化に邁進したのである
でもグローバル化はかえって熾烈な世界戦争に発展したのか?
そして老子の言うような結果になった、2000年前にそれを予言していた驚きである

西欧文明に世界史が席巻されたのが20世紀である
その暴に世界が巻き込まれたのである、日本もその暴にまきこまれて第二次世界大戦に突入した、もしヨ−ロッパ列強がアジアに進出しなかったらこういうことはなかった
アジアは蹂躙されることはなかった、
実際にヨ−ロッパ列強がアジアよ進出しなかったらどうなっていたのか?
別にアジアはアジアで戦争は起こらなかった、現実に江戸時代は中国とも韓国とも友好関係にあったというより没交渉だったからである
それで平和が保たれていたからである
だから世界史的に明治維新でもアジアの歴史でも見直すことが必要になっている

グロ−バル経済とか自由市場とか貿易がいいようにみえてもそれが世界的格差となったり衝突が激化して最終的に戦争で解決するようになる
そして民主主義国家とか国民国家とかの弊害も歴史をふりかえり反省する時代になった
なぜ内村鑑三のような人物が輩出したのか?
それは江戸時代300年で培われた日本の文化がありそれは西欧の挑戦を受けてキリスト教を受け入れた、その基に侍というエリート階級がいて成されたともなる
内村鑑三は幕臣であり明治維新というとき薩摩長州ばかり注目されるけど幕臣も明治維新を推進した人たちだったのである
要するに明治維新から国の指導者に侍はいなくなったというとき何かそれが太平洋戦争で敗北した、またはその戦争自体へ突入することを誤ったとなる
だかか内村鑑三は絶えず薩長政府を批判していたのである
そして日露戦争でも非戦論者になっていたのである





2019年12月23日

精神性を文化を追及すらなら田舎か地方都市 (都会は経済科学技術しかないー精神性は追求できない)


精神性を文化を追及すらなら田舎か地方都市

(都会は経済科学技術しかないー精神性は追求できない


田舎と都会の相違はただ経済とかからしか見ない、都会には多様な仕事がありそれぞれの才能が確かに発揮されることがある
田舎でぱ職業というと農業や漁業や林業とかあってもそれが衰退した
結果としてこの辺では原発を誘致した
原発の経済的効果は抜群だったのである、だから本当に原発で働いていた人が多い
飯館村でも働いていたのである
おそらく日給とかにしても三倍にもなっていたということも聞いた
それだけ原発は金のなる木だからみんな賛成したのである

その経済普及効果は地域にとってあまりにも大きすぎたのである
それで高浜町ではその斡旋するボスが助役が殿様みたいな豪邸を建て利権を得ていたのである
それは知らなかったが漁業権を売り渡した漁業組合とかで船主は原発事故前から原発御殿を建てていて周りからうらやましがられていたのである
港があってもみんな漁業をしているわけではない、船主でもないからだ

とにかく現代とは何か?電気社会なのである、電気なくして日々の生活すらできない
だから貧困者は必ず電気をとめられている、それも毎月なのである
料金をとどこおると即座に電気がとめられて生活できなくなるのである
そして原発事故のとき原発で電気工事関係者1000人も働いていたというから驚きである
それだけの雇用があるのが電気事業なのである  

私は田舎で追求してきたのはそうした仕事ではない、私は30年間ひきこもっていたのだからそうした仕事と関係せずに生きていたというのも不思議である
そういう家庭環境にあり別にとがめられることも一切なかったのである
それだけ家に生活の余裕があったからそうしていたのである
別に親から働かなくてもとがめられたこともないのである
だからこれは特殊な家庭環境でそうなったのである
親にニートが殺されたけどそんなこと絶対にありえなかったのが自分の家だったのであるだから最後は恩返しに懸命に認知症になっても親の介護をしたのである
それで多少は恩返ししたとしてつくづく良かったなと思った
それがなければ相当に後悔したことになっていたのである

田舎とは何か?それはcultivate(耕す)からcultureになったことでその言葉が明確に象徴している                                                          
言葉の生まれる背景にはその背景に生活の現実とか自然の現実があり生まれている
スレーブとはスラブでありスラブ民族から生まれている
それは奴隷の意味だったのである、それでドイツがアーリア人であり東欧からロシアはスラブ民族で劣っている民族だから優れた民族に従うべきものとしてロシアとの戦争で3000万人が死んだというのも驚きである
つまりスラブ民族が奴隷民族だという意味である
説はあるにしてもその言葉が語ることは歴史を語っているのである

田舎とは地方都市でも経済とか科学技術とかでも富を得ようとすることは変わりない
でも田舎の場合はもともと文化が耕すから生まれたのだからそのよって立つべきものが
その大地であり自然だった
実りをもたらすのは自然だったから自然にアイディンティティを求める
そこが田舎と都会の大きな相違である
ただ都会という時、地方都市は言うのではなくイメージするのは東京のような大都会なのでなしる、それはモンスター都市でありそこで追求されるものは何なのか?
もう精神性とかは関係ない、物質的なものしかない、そこにアイディンティティを求めることはできない、東京砂漠とかなってしまうのである

例えば人間は自然があるとする、確かに自然は食料を提供するし材料を木材でも何でも提供する、石でも土台になるし材料としての自然がある
でも一方で自然と一体化アイディンティティ化しようとする、精神性を追求する、
それは山でも崇高さとか厳粛さとか精神性を人間が自然に付与するのである
だから高い山がない所ではそうした精神性が育たないから偉人がでないというのも納得するのである、毎日富士山を眺めていたら何か心も必ず高められるからである
ここにはまず蔵王が見えるにしても高い山がないからそうした精神性が備わらないとなるのだ

精神性を追求する時、これまでグロ−バル経済を批判してきたがグロ−バル経済ではただ地球から物が入ってきてもそこから精神性は備わらないのである
葡萄でもそれが実っている場所にあってこそその実り何でも実感するのである
葡萄が実るに適した場所がありそれは川岸とか湖の側とか何か光でもいろいろ自然が関係しているのである、それは野菜でもその土地と土とから生まれる、そこで特産物が生まれるのである、食料の場合はその土地と一体化して生まれる
文化もまた同じなのである、その土地の風土と一体となり生まれるそれが文化なのであるだからただ物が入ってきてもそこで精神性文化は追求できないのである
だから私の偏見かもしれないがワインというのは日本に合っていない
そういう風土にもないし文化もないからである
何かいろいろな食料でもみんな外国産を輸入しているのは間違っているのかもしれない
それが食料が文化の基本にあることは確かなのである
日本料理は日本の風土とか文化から生まれたからである
ワインとパンはあっているが日本食は日本食であり合わないのである

いづれにしろグロ−バル経済はいすいろな点で限界に来ている
そこには道徳もないしただ物だけが入ってくる
そして世界的に豊かになるからいいではないかとなるが実際は世界的天文学な格差が生まれたのである、世界的共同ではない、富が奪われるシステムだったのである
国際資本家が金融を牛耳るシステムであり公平な市場での取引ではないのである
そして食料でもその国の風土にあったものがありそれも無視されるのである
世界が第二次世界大戦で破局的なものになった、何千万人も死んだというのはグロ−バル化した世界の結果だったのである
むしろ国々はその国の風土と歴史に根ざした国造りをするべきでありかえって貿易はもしかしたら必要最小限の方が良かったとまでなる
それが中国で政治で苦しんできた老子の小国寡民の思想になったのである

なぜなら貿易が盛んになると同時に摩擦が激しくなる
経済戦争になるからである、絶えず食料でも輸入していると何かもめごとがあると食料でも入らなくなる
それは国同士だと信用がない、何かあると戦争までに発展するのが国なのである
そして国が違うと食の安全など関心がなくなる、売ればいいとなるのである
アメリカでも日本の国などなくなってもいいとか中国でも小日本がなくなっても民族が滅びてもいいとなまでなる、それは第二次世界大戦でナチスがロシアに進攻したときそうだったのである
日本は島国で孤立した宇宙だから同じ民族同士だから敵味方塚として戦争しても供養している、中国だと墓を暴いても敵を罰して許さないのである
民族自体の殲滅を計る、それが大陸国家なのである

とにかく東京のような大都会からは文化は生まれない、そこは巨大な胃袋になっているだけなのである
パリの人口でも市内だと300百万くらいであり少ない、だから文化都市でありえた
ヨ−ロッパには東京なような巨大マンモス都市はない
歴史的にも地方都市が繁栄してルネサンスがあった、フィレンツェでもそうである
5,6万しかないとしたら原町とかくらいの人口だったからである
そこからあれだけのものを芸術文化都市になったのである
地方都市の充実がありそこで天才も育まれたのである
ただこれから少子化で人口が日本で減る時東京の人口もへる
すると田舎の地方都市が充実する時代になるかもしれない、江戸時代は江戸があっても
地方がそれぞれに経済でも文化でも育んできたからである
ただ地方といっても大きな地方でなければ今は成り立たない
東北だったら東北政治経済文化圏を作る構想が必要になる
東北という風土と歴史でアイディンティティ化するのである
そうすると精神性が追求できるのである、それを自分は詩とかで追求してきたのである
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ドイツの都市の人口は大きくて300百万人である
後は50万以下が多い
いかに地方都市社会になっているかわかる


いづれにしろ次の時代がどうなるか予測はできない、時代の傾向としてはグロ−バル経済の見直しがありまたもう資本主義が銀行が投資先がなくて破産するとかしきりに言われるようにゆきづまっている
そして日本に成長産業がなくなり農業が見直されているのも時代である
日本の農業は何かきめこまく技術的に優れているからである
だから耕作放棄地がこれから活かされかもしれない、またそうしなければ日本自体が生活すらてきなくなるかもしれない
戦後は引揚者が開墾にいたるところに辺鄙な場所に入った、それは働く場所がなかったからである、でも結果的に半分がつづかずやめたのである
その時高度成長時代になり仕事が増えたからそこに吸収されたのである
原発事故周辺でも街の回りが草ぼうぼうになっている
するとその土地を大規模に利用できる、それで外から農業を始めた若い人がいる
そういうチャンスもは一方で生まれているのである

東京のような大都会では精神性は文化は追求できない、どうして高層ビルとかと精神的に一体化できるのか?建築でもルネサンスのようなラファエロのアテネィの学堂のような壮大な絵巻物は作れないのである
そこにいるのは精神的に高揚された人間がいるのである
東京砂漠には人間はいないのである、ただ経済的単位の数値化した統計化した数量化した人間がいるだけである
宗教はカルト教団であり一票として数として計算されるだけである
そこに一人一人の個性を見ないのである、要するに数としてしか見ていないのである
数が民主主義では権力なるからである
それはすでにギリシャのボリスで始まっていた、世界は数であるという感覚が生まれたのも哲学が生まれたのもそうである
あのようにボリスにしても一二万の規模でもそうなのである
それは貨幣も生れて数量化の思想が生まれたのである、貨幣は人間性を奪ったのである
貨幣が万能になると人間は数量化される運命にすでにそんな古い時代からありそれがグロ−バル経済で極端化したのである

だから次の時代は高度成長とか経済の時代から文化芸術とかの時代である
奈良時代は唐風の文化が入った時代であり次に平安時代がかなを発明して国風文化になり女性が活躍した
次に鎌倉時代になりこれも宗教の分野で仏教は日本化した民衆化した時代であり東国の武士の文化の時代だった
それから戦国時代になり安土桃山時代が国際的な文化があった
そして江戸時代300年がありこれも国風文化であり明治維新でもまた外国文化が入り第二次世界大戦で日本は負けた、それで高度成長時代になり今度はアメリカの物質文化の繁栄の時代なにった
そしてやはり時代のサイクルとして文化の時代、国風文化の時代へ回帰するのが日本の歴史だとなる
明らかなことは文化が華開く時代なことは確かである
つまり高度成長とか経済が繁栄した後に宗教とか思想とか文化芸術の時代になる

みちのくで考えればここも歴史と風土で培われてみちのくになった
関東とは別なの領域なのである
それで平泉の栄があったがこれも三代で短かくして終わった
その繁栄は千年の都の京都とかにはならなかったのである
それがまたみちのく的だとなる

三代に終わる栄やみちのくの枯野のあわれ風唸るかも

旅に病んで夢は枯野をかけめぐるー芭蕉の句はみちのくの枯野だったのだろう
「奥の細道」はまさにみちのくの風土を俳句という短いものに凝縮させたのは驚きであった、そういう俳句は今ではもうできないが何か依然としてみちのくの風土がかもしだすもの歴史がかもしだすものはありつづけている
北海道とみちのくは東北は全く違ったものになっているからだ
北海道はそうした歴史とかないし風土が違っている、むしろ明治以降の開拓の歴史として新天地としてフロンティアとして意識されるのである
アイヌがいたにしても何か北海道の風土は歴史感覚は明治以降に培われたものなのであるただつくづく日本は島国なのだけど多様である
平坦な大地がつづくだけではない、多様な風土に地勢がありあきないとなる
満州のようにな地域はただどこまで言ってもトウモロコシ畑であり汚い大きな川が流れていて何か変化がないのである
だから日本という国は旅するにはいい国だと思う
常に山から海からと変化してゆくからである、だから日本を旅するだけで一生は終わるとなったのである


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2020年01月18日

式年遷宮の祭りの意味 (日本は生(き)の木の文化)


式年遷宮の祭りの意味

(日本は生(き)の木の文化)

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真新し柱を建てて遷宮の祭りのつづく日本なるかな

真新し宮の柱や緑映えいつかしの森の木々の古りしも

新しき宮の柱と選ばれてとうとし神に祈り切るかな    


縄文時代は鬱蒼とした森が日本をおおっていた、森の国だった
今でも森林が日本でぱ多い、日本の神は鎮守の杜とか三輪山が御神体のように山自体が神になったり木でも石でも神になる
木を伐りだすとき山口祭が行われる、この山口とは神聖な場所だったのである
山の入り口でありそこが結界ともなっていたからである

日本が木の文化だというときこれだけ森が多ければ当然そうなる
でもヨ−ロッパでもうっそうとした森に覆われていた、ドイツだと樅の木に覆われていたそれは黒い森として知られている
そしてその深い森があってそこは容易に入れない場所となり侵入できない場所であり
そこでロビンフットは森に逃れて時の権力者とか対抗できた
森が隠れ家になったのである、また森は国境にもなった

例えば日本でも相馬藩内の双葉とか大熊や富岡地帯は森で覆われていたし野でもあった
だから広野とか大野とかの名がついている
そして夜の森というとき相馬藩の殿様が余の森といってその土地が相馬藩の殿様の所領だと宣言した場所だったのである
明治になってその辺は新しく野とか森が開拓されて人が多く住むようになったのである
ここでも森は国の境になるように森が境界として閉ざされた場所だったのである
鬱蒼とした暗い森をぬけることが容易ではない、その森をぬけたときほっとするのである歩いてしか行けないとしたその森からなかなかぬけられないということになる

日本が生(き)の文化というとき木は呼吸しているし生きている、木材となっても生きているというのが石と違っている
だから大工は木をみて木材をいろいろな用途に使うのである
それで20年に一回の式年遷宮は宮大工の技を継承するためだともしている

生ものをサシミでも魚でも食べるのは日本の文化である、漁師は二日三日過ぎた魚を食べないという、日本でぱ魚でも生きのいいうちに食べなければならないのだ
だから生きたままのイカを食べたりする、活きづくりである、それも残酷だがそれが日本の文化なのである、日本でぱ新鮮なものに価値がある  
それでこの辺でぱ海の魚を放射能で食べなかった
でも松川浦とかでとれたカレイを汁も売っていたので煮魚として食べた
それがうまかったのは新鮮だったからである、これが古くなるとまずくなるのである
それで幸福な時を味わった
この辺では石鰈は贅沢品でありそれの新鮮なものを食べることは贅沢だったのである
それが放射能汚染でできなくなっていたのである
ただ日本人は家でも新築のものもを好む、外国だとヨ−ロッパだと古いものにも価値があり好む
その違いもやはり日本が生(き)の文化だからだとなる

ただ漁業は現実にそれだけでは生活できないと漁業権を東電に売り渡して補償金をもらっていた、そこが原発事故で明るみに出たのである
放射能という時これが残酷だったのは空気から土から森でも木材でもそうした生活の基本となるものが汚されたことが深刻だったのである 
もしそういうことがなければいかにこの土地の恵みは海の産物である
その生きのいいものを食べることでそれが最高の贅沢だったのである
それで会津のみしらず柿をもらって石鰈を送ったとき会津の人は喜んだ
会津の人はそうした新鮮な魚を食べられないからである

とにかく日本の文化というとき確かに木の文化だとなるが縄文時代は木の文化ではない
土器の縄文土器の文化である、森に覆われていて森を意識しない
つまりありふれたものであり意識しないということがある
木の文化ということを木を利用するようになって意識した 

森が豊富な日本に「木の文化」は育たない?

木がありすぎるときは木の文化が育たない、木が希少価値になってくるといかに木を丁寧に利用するかと工夫するというのも一理ある
いづれにしろ日本の風土は森とか木を離れてはありえない文化である  
ただ今は外材を使うから何か森林の木材が無駄になっている
近くの森でも深い森があった、その道は木材を切りだしていた道だった
でも今は放置されているからもったないと見る

自分の家でも姉がいつも自慢していた、橲原の木を切って柱にしたと自慢していた
その頃家を建てることは一大事業だった、三か月くらい家を建てるのにかかった
今は建売住宅で二週間くらいで組み立てて作る、そこに家の重みが感じられないのである人が住む箱のように見えてしまうのである
今はその土地土地から作られる産物が少ない、外から買うだけであり外から買うだけだとその土地独特のものは作れないし残されないのである
確かにグロ−バル化で外国からいろいろな物が入ってきても日本の文化が形成されるわけではないのである、むしろ文化から見れば失われてきたのである
地域創成ということが盛んに言われるようになったけど一旦失うと伝統的なものを回復するのはむずかしくなる
だから式年遷宮とはそうした宮大工の技の継承とかでも意味がある
大工でも十何代とかつづく人がいたりするが今は本当にそうした継続がなくなっているからである

我が家の柱によればふるさとの木にしあればありがたきかな

こんなふうになるのだけど今は外材だからこんなふうにならないのである
それがグロ−バル化で何でも外国から入ってきても便利でも何か充実しないのである
だから日本の森が活かされない、木材が活かされないのは淋しいとなるし大損失である
なぜなら依然として日本は森の国だからである
何か日本が貧乏になるというとき外国からばかり木材でも仕入れたりすることがつづけられるのか?それで豊かになれるのかということである 

第二話:式年遷宮の千三百年 〜式年遷宮の歴史と今〜(フジテレビ)

これを録画できなかった、ここには伊勢神宮の歴史が興味深く語られていた
一応見たのだが録画していなから再考できないのである   


伊勢神宮の式年遷宮とは?「20年ごとに行われる真の理由」
http://urx.red/oMVS(url短縮)

ここが詳しい、要点がわかる








2020年01月24日

中国ではどうしてもウィルスが繁殖しやすい風土 (中国はなぜ汚いことに無感覚で日本人は異常に清潔なのか?)


中国ではどうしてもウィルスが繁殖しやすい風土

(中国はなぜ汚いことに無感覚で日本人は異常に清潔なのか?)


中国というときなぜか三回も行った、中国は汚いことに無感覚である
一方日本は清潔さでは異常なほぎ敏感である、塵一つでも嫌がる
清潔民俗である、その相違は何から来ているのか?
これもやはり風土からそうなったのではないか?
そもそも中国は清潔に保つにも保ちようがないのである
黄砂とか飛んできて汚れるのが普通である
その汚れを気にしていたら住むことさえできない国である

そして川は大きくてみんな汚い、あらゆるものがそこに流れているのだ
それはインドのガンジス河でもそうである、川は長大でありなんでものみこんでしまう
そしてその川は海にそそぎ海まで濁っているのだ
それで中国でも海から行くと白水といって海が濁ってきたら中国大陸が近い
中国に来たということを意識できるのである
つまりだから中国に入るということは海まで汚くされる国に入ったとなる

中国はそもそも汚いことに無感覚になるように風土的になっていたのである
日本と比べると川はきれいであり透明である
そういう場所にいれば何か少しでも川が水でも汚れると嫌だとなる感覚が身につく
だからこそ禊(みそぎ)とか川で水で洗って浄めることが神道になった
神社でもゴミ一つない、静粛な清浄な場にしている
これも中国と日本の相違なのである
だからその国民性とか文化でもその風土と密接に関係して作られている

そもそも砂漠を見たらどうなるのか?そんなところに住んでいたらどうなるのか?
砂漠では砂が浄めるのである、砂にすべてが埋まり隠されてしまう
その広大な砂漠に穢れはないのである、だからそこに神が住んだのである
日本では水がきれいだし水で浄める、大陸では砂漠が砂が浄めるとなる
日本では砂漠がないのだから砂漠を知ることはできない
また草原もないし大陸のような広大な土地がない、だからそこから生まれる感覚が理解できないのである
つまり日本という風土で育まれた歴史と文化があり大陸で育まれた歴史と文化は違ったものになる

だから中国であれヨ−ロッパであれインドであれその国を歴史と文化を理解するのは本当にむずかしい、ただ比較すると日本はどうしてこれほど清潔なのか?
また中国が汚いことに無頓着なのかわかる
だから中国ではどうしてもウィルスなどが増殖しやすいのである
今回の武漢のコロナウィルスもそうである、ネズミを食べていてそこから感染したともしている、中国人は何でも食べる、飢饉で土まで食べたということもある
人肉も食べる、中国は常に飢饉があると膨大な数が流民化して革命も起きる
何かイナゴ民族のようにも見える、何でも食いつくしてしまう勢いである
それだけ人間が広くでも多いからそうなっている
だから中国の政治ではまず人民を食わせることが第一だとされている
そうでないと反乱が起きてくるからである

いづれにしろなぜ自分が中国に三回も行って被害にもあわなかったのか?
一回はあっている、カメラをとられたが後はそれほどなかったのも不思議である
自分自身は海外旅行に慣れていない、それで三回も行ったのである
その理由を後で考えると何か自分も清潔さがなく中国人と同じようになっていた
中国人の中にまぎれこんだのである、顔でも日本人と中国人は区別がつかない
結果として被害にあわなかったのだと思う
白人だったりすると見ただけで見分けがつくからである

とにかく中国と日本の相違はその風土にある、日本は中国の広大な大陸国家を理解できない、小日本になる、中国人は日本の歴史や文化を風土を理解できないことにある
でも不思議に漢詩がありその漢詩の詩語が日本語化して短歌や俳句に利用された
でも根本的には大和言葉がありそのなかに漢語が入って日本文化になった
漢字も日本化したものなのである
それで中国の西安に前の長安に行った時、柳が垂れて雨に濡れたとき何かほっとしたのだ砂埃が街中でもたち何か汚い、でも雨に濡れたとき柳でも新鮮になる
何か汚れが洗い流されるという感覚になった
まさにこういうことを経験しないと文化も経験できないのである

送元二使安西 王維 

渭城朝雨潤輕塵
客舎青青柳色新
勧君更盡一杯酒
西出陽關無故人

元二の安西に使するを送る
渭城の朝雨 軽塵を潤し
客舎青青柳色新たなり
君に勧む更に盡くせ一杯の酒
西のかた陽關を出ずれば故人無からん

ここは砂漠に近い所だからこうなった、

渭城朝雨潤輕塵
客舎青青柳色新

これを実感したのである、だからまず風土を知らないと詩でも文化でも理解できないのである、軽塵を潤すというときどうしても中国は砂漠が近いから黄砂とか埃りがたつ
砂で汚れるのである、だから雨がふったときその砂が埃が雨でぬれてたたなくなる
それが本当に気持ちいいということを実感してこの漢詩でも理解することになるそ
それは俳句でもそうである、時雨とか台風とか日本にしかない天候があるから日本の天候を理解しない限り季語も理解できないから俳句でも理解できないのである

グロ−バル化するとこうして様々な国と歴史でも文化でも交わることになる
そこでウィルスでも入ってくるし様々な軋轢が異民族で異なる国家で起きて来る
それもいい面と悪い面がある、中国の悪い面がこうしたウィルスとかが広がり安いことでありそれが世界に影響することである
それがまたグロ−バル化のリスクなのである
ただ日本の歴史とか文化の欠点を補うものとして大陸文化も歴史もある
だから常に外国で生活した人は日本人をその歴史でも文化でもこきおろすのである
それだけ比較することによって日本が対象的に見えるからそうなるのである
日本人は細かすぎるとか何か大局的に判断したりするのが苦手である
日本は自主性がなく同調圧力が強すぎるとか様々な日本人の欠点もそうである

日本はヨ−ロッパとか欧米に明治維新以来習ったけど中国のことがわからなくなっているでも漢字を日本化して漢詩からとか中国の文化を深く学んでいる
でも実際の所は中国は最近貿易の面だけで物質の面だけで交流している
唐の国と交わった時は文化的な面での深い交流があった
それが現代との大きな相違である、文化面で日本は中国文化を深く学び取り入れたのである
その時日本と中国が争うようなこともなかったのである

だから歴史をふりかえれば今のグロ−バル化というのは本来の国と国が民族が交わるのとは違っている、文化という時、労働者など入れないからである
あくまでも文化面で特別なエリートしか入れていない、鎌倉時代の禅僧でも中国からいろいろ文化を伝えた、お茶でもそうである、それはモノがとして入ってきても文化として入ってきた、それが今とは違っている
日本は物だげではない、文化を取り入れたのである
だから国が違うとき歴史文化が違うのだから何でも取り入れるのはかまくいかないのである、その国にあったものを取り入れるべきだとなる

それで日本がでは今なんでも食べているが日本人には肉食があっていなかった
それは身体でもそういうふうに風土と文化と歴史から作られたものだったのである
なぜなら日本人の腸が長いのは穀物などを消化するために長くなった
そして欧米とかでは肉食が主流だから肉を消化する酵素が出るという
肉食に適した身体として作られていたのである

魏志倭人伝に、「其の地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲無し。」とある
日本文化の特徴はこうした動物と関係していない、漁労民族であり縄文人でも狩猟をしていても森の国だから採集民族だったとなる
そういう風土から日本の文化が作られたのである、神道にしても日本の風土から生まれたのである
日本という風土はもともと自然に恵まれて清潔な場所だったのである
そこから日本人の精神も育まれたのである

豊国の企救(きく)の浜辺の真砂土(まなごつち)真直にしあらば何か嘆かむ(万葉集)

日本の自然は砂浜でも清浄だった、原初の状態を見たらその美しさふれたらこういう心になるのが自然なのである、だから中国の自然と日本の自然はにているようで全然違っている、こういう砂浜がおそらく中国にはなかったと思うからである


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人が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖 (経済界新書) (新書)
澁谷 司

目次だけ読んだが中国はこんな状態なのである

2020年02月09日

格差社会の原因の歴史的考察 (大陸国家と島国日本の根本的相違)


格差社会の原因の歴史的考察

(大陸国家と島国日本の根本的相違)

日本の社会に階級制がないいうとき平等だというときその原因は日本はもともと島国であり小国だった、資源もないし突出した富を産みだせない
殿様と外国の王様は違う、殿様でもそれほどの贅沢をしない
食事の内容でも殿様が鯛を食べたとしても庶民とさほど変わりない食事だった

リヨンにブションが生まれたのは18世紀頃と言われていますが、貧富の差が激しかった当時、上等の肉は富裕層の食べ物で、庶民の口に入るのは正肉以外の安価な臓物である事が多かったそうで、それらの食材を女性の料理人たちが美味しく調理し、労働者の集まる庶民的な食堂で彼らに食べさせていた事からこのような料理が生まれたという訳です

食べる者からしてこのように差があった、明確に階級で差があった、それがヨ−ロッパだったのである
韓国にも宮廷料理があり中国にもある、日本には殿様料理など残っていないのである
日本でぱみんな貧乏だったから生活自体に差が生れなかった
また戦争するにしても外国のように異民族と戦争するのではないから民族絶滅するようなジェノサイドも起こらない、敵味方塚を作るように歯止があった
天主閣は殿様がそこで戦争に負ければ討ち死にする場でありそれで戦争は終る
殿様が死ねば戦争は終わる、家来は殺されないとなる

なぜ格差社会になるのか?
それは大陸国家だと桁外れの富がもたらされる、資源であり何であれ富が集中するのである、それはヨ−ロッパでもそうであり中東でもそうであり中国でもそうである
巨大帝国が生まれ富が集中する、ペルシャ帝国であれローマ帝国であれオスマン帝国であれ中国の始皇帝であれモンゴル帝国であれ巨大な富が集中する
そして何かそうした帝国は贅沢になり弱体化してゆく
それが世界史の法則のようになっている
第一奴隷が大陸国家では必ず生まれる、そのこと自体すでに極端な階級制が生まれる所以である

日本の特殊性は狭い島国で等しく貧乏であり大きな富が支配者に集中できなかった
ただなぜ巨大な古墳ができたかわからない、でもそれは支配者が王が贅沢するものではない、それは何のために作られたのかわからない、王の墓なのかどうかもわからないからだ灌漑用のために作られたとかいろいろ説があるからだ

一方始皇帝であれ歴代の中国の王となる桁外れの富が集まりむさぶることになる
地下まで宮殿を作りそこで贅沢して生きようとする貪欲さがある
その贅沢も桁外れなのである、始皇帝陵は大きな山であゃそれは明らかに始皇帝が埋められている山なのである
外国の歴史で共通しているのは階級制とか格差社会はこうして富の集中から起きたのである、またそれだけの富が集中できる結果なのである
また資源でも何でも富が生まれるから必然的に格差社会になったのである

ヨ−ロッパは実際は富がない、資源もない、でもイギリスで産業革命が起きた時、
イギリスが七つの海を支配してアジアから富を収奪して富が集中した
そして大英博物館には世界の遺産が収集されたのである
これは近代でも富が集まる産出する国は格差社会になる
それはアメリカだとロスチャイルドとかでも石油を発掘して巨万の富を築いた
中東でもサウジアラビアなど王族が石油の富を独占していることでもわかる
そこに桁外れの富が生まれ極端な格差社会になる
日本が平等社会になっていたのはそうして巨大な富を生み出せないからである

大陸国家がスタンダードでありルールだというとき世界史は大陸国家の歴史だからである日本は一小国の島国の特殊な歴史なのである
だからこそ日本の生み出したものが世界のルールになりにくいのである
そういうユニバーサルなものスタンダードを作ってきたのは大陸国家だったのである
それは宗教でもそうである、宗教は異民族が交わる時、そこで差別すると普遍的なものとならず広がらないからだ
だからヒンズー教はカースト制があって仏教の平等思想は普及しなかった
キリスト教はユダヤ教の選民思想に固執すると世界宗教にはならなかった

中国でも中国は一つの世界だとするときそこに普遍的原理が生まれる
様々な教訓を残し思想を残すのである、政治思想を残すのである  
日本にはそうした独自の世界的な普遍的な思想が生れなかったのである
神道をみればわかる、一体神社は何を意味しているのか、良くわからないのが多い
ただ先祖を祭ったものだとはなる、また地域の地域の神だともなる
だから明治維新で国家神道になったのはもともとそういう政治思想はないから歪なものでありそれが日本を歪めてしまったのである
そこに日本が近代化する欧米化する時歪なものとなったのである

日本からはもともと資本主義でもマルクス主義でも共産主義でもそうした思想自体が生れようがない、第一マルクス主義だと階級制の打破を唱えていても階級制がヨ−ロッパのようにないのだからその根幹で理解できないのである
資本主義の思想でももともと日本ではそれを理解するための素地となるものがなかった
それも大陸国家の思想である、だから日本の会社が従業員主体の会社であり欧米の会社は株主中心の会社になる
日本の会社は日本的な独自の会社組織になりる、高度成長時代は家族の様な会社だとなり福祉とか家族のめんどうまで見るとされ終身雇用になっていたのである

だからどうしても世界的標準としての大陸国家の興亡と日本の歴史を分けて考える必要がある、日本文化というとき外国文化との根本的相違を知るべきだとなる
日本の文化が世界的普遍性をもたないというとき日本人自身が日本を知らないからだとなる

それでyoutubeで必ず外国に住んだ経験のある人は日本を対象的に見れるから何かを言える、日本だけに住んでいる人はどうしても外国と比較して見れないから深いところでわからないのである、自分自身がそうである
確かに外国旅行して見聞を広めたことは大きかった、でも外国に住んだ人住まない人の差も大きいのである、外国に住んだ人は外国を肌で知っているからである
その相違を肌で知る、ただニュースとかテレビを見るとか本を読んでもわからない
直接そこに住んで肌で知るから理解が深まるのである
それは日常ののささいなことでも違うから理解が深まるのである
            
それは歴史を勉強するときは現代を過去との対象でみるのも同じなのである
今だけ見ていたらわからない、今を見るには過去と対象して見なければならない
今を知るには江戸時代を知るべきでありそこで対象的に見ると理解が深まるのである
日本は明治維新以来江戸時代のことがわからなくなった
明治が偉大なのは江戸時代と新しい西欧文明にふれたことによっていたのである
つまり江戸時代の継続としても明治があったから偉大な時代となったのである
その後は江戸時代は忘れ去られて欧米化一辺倒になったからである
武士道からキリスト教を説いた内村鑑三でもそうである、明治には武士道がまだ活きていたのである、その後武士道は何か不明になったのである
神道が国家神道になったのも歪なものでありそれが国自体を歪めてしまったのである

日本は明治維新から150年とかすぎて新たな社会の思想の構築も望まれている
日本は十分な西欧化とも行われなかった、逆に国家神道とかになり悲惨な戦争で3百万人も犠牲を払った
日本の歴史は最初の異文化の対応は中国の唐から受けた、それが漢字を受け入れて
自家薬籠中の物のものにした、それが奈良時代でありその後は国風文化の平安時代となった、仏教もとりいれた、その仏教も鎌倉時代になり日本が独自の宗教が日蓮宗とか真宗とかで生まれた
ということは仏教でも日本の仏教となるには三百年くらいかかったともなる
それだけの時間を要したともなる、異文化を異文明を消化するにはそれだけの時間がかかるともなる

おそらく日本はこれから世界的普遍的なものを作り出す使命がある
一時は明治維新で西欧文明受け入れてアジアに先進国となった
何か明治時代は一番時代的に高揚していた、これだけグロ−バル化しても明治の方がアジア全体を視野に入れて具体的に行動していたのである
その時アジアの指導者は中国ではない日本だったからである
時代の雰囲気になると高度成長時代がありバブル崩壊がありと何かある
明治時代になると日本が世界史の中に現れて一番高揚した時代だったのである
その後大正デカダンスとかなり荒廃した時代雰囲気になったことでもわかる
今の時代が大正時代に似通っているというときそうなる

ともかく日本は何か大きな変革が迫られていることは確かである
それが何になるのかはわからないにしてもそうしなければ日本はますます衰退して
世界から取り残される衰退国家になるだけだとなる
おそらく技術的なものより思想的哲学的文化的な面での新しい開発興隆、交流の時代となる
それを如実に示したのが原発事故だったのである
そこが科学技術の限界を見たからである

それはまた日本の風土に合わないものであり日本の風土から生まれるものを尊重するようになる
それはグロ−バル化にコロナウィルスとかでも歯止めがかけられ
ナショナルなものに回帰する、グロ−バル化は限定される時代になったのである
グロ−バル化では世界大戦が二回も何千万人も死にいいものではなかった
経済的に資本主義が歪められた結果極端な世界的格差が生まれたのである
つまり思想的にも限界が世界的に生まれたから新しい経済思想でも哲学でも望まれる時代になった
その一翼をになうものとして日本が期待される時代だとなっている



2020年02月22日

海に囲まれた日本の地理が日本を作った (日本とアジアの地政学―太平洋戦争の意味)


海に囲まれた日本の地理が日本を作った

(日本とアジアの地政学―太平洋戦争の意味)

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学問の基本に地理があることは間違えない、天の時、地の利、人の和が基本にある
地の利が地政学から歴史でも政治でもある
なぜ日本が外国を理解するのにうといのか?
それは日本が特殊な地理にあったからである
自国の地理がどういうことをもたらしたかそれが基本にある

日本は海に囲まれた島国であり一つの隔離された宇宙である

これが日本の最大の特徴である、つまり日本は必ず海で世界が尽きる、それで最果ての地点が人気になる、日本では海で囲まれているからその外は意識しにくいのである
その特殊な地理が日本を作った、まるで世界とは大陸とは別個の純粋培養した世界を作ってきたのである

日本は世界のことを理解しにくい、例えば中国だとそこは一つの世界であり当然中華思想も生れる、中国には食べ物でも南から北かららゆるものがあるからだ  
中国にないものはないとなる、だから外国から何か輸入して豊かになるとかの発想がなかった、国内ですべて間に合うからである
そして夜郎自大という諺にも中国がすでに世界であることを示している
夜郎国が漢の国をみくびって戦争に勝つと思い込んでいたのである
その大きさと強さを知らなかったのである、それはアメリカと戦争した日本とも似ていた中国とはそうしてもともと大きいから世界であり中華思想が生れた

そういうことは自然現象にも起きて来る、最近アフリカからバッタが大量に発生して食料となるものを食いつくして中国に移動してきているという、それが脅威となる
それは中国にも過去にありアヒルを大量に放ちバッタを食わせてくいとめたという
アヒルは雑食性だったのである、そのアヒルが中国では食べる、バッタを食べたアヒルはたんぱく質をとるからうまいとしている、アヒルは中国ではどこでもみかける
でも今度は農薬を飛行機とかでまくほかないとしている

つまりこのことを見てもアフリカ大陸からアジアへ大陸はつながっているからこういうことが起きる、それも壮大な移動である、そのことはバッタでも起きているが人間にも起きているのだ、モンゴルのように大陸がつながっているからその大陸を遊牧民が軍隊となり移動する、また中国では流民が問題である、飢饉になると膨大な人間が移動するのだ
それで内乱となる、今中国は食料不足になりそういうことがまた起こりかねないとしている、アメリカから穀物を輸入しているのもそのためである

とにかくここでわかることは

バッタは日本には移動できない→海があるから

まさにこれが日本の地理的特徴なのである、海があってバッタも人も容易に移動できなかったのである、海が障壁となり中国のように万里の長城を作る必要がなかったのである
このことが日本を作ったのである、鎖国など大陸ではできないからである
日本はだからこうした地理によって作られた国である
確かにイギリスなども島国であるがドーバー海峡は30キロくらいで対馬海峡とは違う
泳いで渡る日本人もいたように近いのである
ドイツのケルンの塔からライン川が流れていてそれがオランダからイギリスにも通じていると見た、ヨ−ロッパ大陸とつづいているのかとも見た
そういう距離にあり日本は大陸と隔絶してはいないがその距離は遠いのである

だからイギリスはヨ−ロッパの大陸の歴史とも一帯化している
第一もともとゲルマン人が移住して作った国であることは明確である
ドイツ語が英語の基となっていることがはっきりしているからだ
日本の不思議は日本語がどこから来たものなのか未だに不明なことなのである
それが本当に神秘的なのである、だからもともと日本文明があり日本文化があった
縄文時代が一万年あり日本は中国より前から文明があったという人もでてくる
それは中国とかの大陸とつながっていないからである

日本の太平洋戦争の失敗は日本がどういう位置にあるのか地政学的に見ていなかったからかもしれない、それは中国の大陸の満州にこだわったためである
それは日露戦争の時からそうなっていた、あれだけの犠牲を払って満州を守ったのだから手放せなかった、結果的に満州にこだわりそれがひいてはアメリカとの戦争にもなった
中国もロシアも敵に回すこととなったのである

だから日本は大陸進出するべきではなかった、太平洋戦争というように太平洋の覇権を守るものとしての戦争だったら3百万にも死ぬようなことはなかった
中国の西安のような奥まで日本軍が行っていたことには驚く、あんなに広い中国に入ったらまさにのみこまれてしまうだろう、そんなところまで行って死んだということが信じられないのである

日本は海の国とするとき太平洋連合とか東南アジアくらいまでを連合国とするべきであり中国大陸に深入りしたのが失敗だったのである
それは日本の地理的特性を見ていなかったからである

それで不思議なのは済州島の漢拏山である

「榛名山」と「ハンナ山」

群馬県の榛名山は韓国の漢拏山(ハルラ山・叉ハンナ山)からで渡来人が名称と・・・群馬県立女子大学:熊倉靖氏がほぼ間違いないと言及しています。・・「東国文化シンポジュム」より

金井東裏遺跡(渋川市)出土の甲(よろい)着装人骨や日本のポンペイと言われる渋川市の黒井峯遺跡など、榛名山が大噴火していた6世紀中頃、渡来人が噴火の山をみて、済州島の噴火の山を漢拏山(ハルラ山)に連想して、ハンナ(榛名)山と・・

これは興味深い、なぜなら済州島に私が行って漢拏山(ハルラ山)に上らなかったが
その山は2000メートル級るから高い、そして独立峰である
その山を見たときそれが中国と韓国と日本に通じている、その山がそういう位置にあったことで意識した
地理のつながりとはこうして理屈なしで一体感を感じることなのである
韓国が日本と地理的には一番一体感を感じるのである
日本の延長として韓国があるとなる、ただ韓国は大陸とつながっているから大陸の一部にもなる、でも済州島ともなると何か日本の延長の一部のようにすら思えたのである
この地理的感覚はその場に立たない限りわからない、それは日本でも同じなのである

日本の地理の感覚は島国であり海を通じてつながる、陸を通じてつながるのではない
海を通じてつながる、だからこそニライカナイ信仰が生れた、海の彼方にある理想郷であ海のかなたに母なる国があるとかの信仰である、それも当然なのである
なぜなら日本は海で囲まれているのだから海のかなたをいつも見ているからだ
海によってさえぎられるからである、根の国というときは海の底なのである

ともかく日本は海洋国であり山の国でもあった、本来は海とのつながりが深かった
でも江戸時代の鎖国とかで海とのつながりが希薄化したのである
不思議なのは古代の方が大和朝廷ができる前の方が海とのつながりが深かった
古事記の神話でも海洋民が安曇族とか宗像族がその神話を作ったのである
だから相馬地域になぜこれほど綿津見神社と山津見神社が多いのか
それは海洋民がここに移住して来たからだとなる
その人たちが群馬県にも入りこんで榛名山は韓国の漢拏山(ハルラ山・叉ハンナ山)に由来しているというのもわかるのである
そしてまた日本語がポリネシア系統の言葉に由来するというのもそのためである

アジアの地政学というき中華思想の大陸だけではなく海のアジアがある
その海のアジアの中心が日本なのである、だから太平洋岸から沖縄諸島から中国の海岸線から台湾からと太平洋の島々がつながっている
そういう地政学をもてば一つの連合がありえた
それが満州を基盤に中国大陸に深くは入りこんだことが失敗の元だったのである
人間は地理を離れてありえない、だから政治でも地政学なのである

2020年02月27日

中国は世界帝国を目指しているのか? (洪武帝も中国を物語る代表する皇帝だった―食から考える中国)


中国は世界帝国を目指しているのか?

(洪武帝も中国を物語る代表する皇帝だった―食から考える中国)

例えば、モンゴル支配以前の朝鮮半島では肉食はあまり普及しておらず、モンゴル支配下で、肉食が始まったのです。また、マッコリという醸造酒は、アイラグという、蒸留していないモンゴルの馬乳酒にそっくりですから、マッコリもその頃から飲まれるようになったものだと思います。

 それ以前の朝鮮半島は、日本のお寺の精進料理のようなものを食すなど、日本との文化的共通点が多かったようです。今の朝鮮文化は、モンゴルの影響を非常に大きく受けているのです。

 39度より南は農耕民が住んでいました。新羅と百済に相当する地域で、日本とも通じる文化を持っていたところです。そこが狩猟民と農耕民の分かれるラインであり、人種も違っていたようです。

 皇帝たちの中国史8】明の太祖洪武帝朱元璋〜吹き荒れる大粛清の嵐



ここで言うネズミはタケネズミで
竹しか食べない
ほとんどモグラ

豚肉に近く味するタケネズミ
養殖もされている
江南ではポピュラーな食材

 ネズミは広東料理ではしゃぶしゃぶや火鍋の材料にされる。味はウサギや鶏肉に似ているとか。ここでは猫と同じくらい丸々と太った大人のネズミが特に好まれる。

 現在中国で拡散している
食べてはいけない野生動物の一覧表がこちら



NHKの残虐な農民皇帝・洪武帝を見た、旱魃(かんばつ)で両親が死にその後僧となり乞食して生き延びて反乱軍に加わり皇帝までなり民王朝を作った
中国の歴史でも農民の生活も過酷なのである

農民の家で八宝粥というのをその故郷で日本人が案内されて食べた、それは洪武帝が食べたのとは違う、砂糖が入っていたから甘い、なんでも洪武帝の時代はネズミとか入れて食べていたという
中国に三回行った、八宝粥も食べた、何か大きな黒い豆が入っていてうまいしライチも安いから食べた、海外旅行は本当は食を知ることがその国を知ることである
ただ私の場合はそれはできなかった、最低のありきりのものしか食べてないなからである

中国はそれでも三回も行ったから良く行けたと我ながら感心する
一回でもこうして外国を旅行すれば肌で知ることになる
十数年前のことでありこれもたちまち時間が過ぎてしまった

中国はその時まだ貧しく鉄道でもまだ蒸気機関車が走っていた所があった
そこは砂漠の様な所だった、そして工業化する走りであり農村から都市へ膨大な人が流れていたのである
中国では人が移動するというとき洪武帝でもそうだが飢饉になり大量の人間が流民化するそれが軍隊となり時の政権を倒すようになる
そのエネルギーが凄まじいのである

そしてあれだけの大国となると治めるのに統一するのには10万人も仲間だった人も殺して粛清した、官僚も嫌っていて粛清した
何かこれは今も中国ではつづいている、それが中国という国のカルマだからつづいている習近平王朝もその続きなのである

ただ何でも動物を食べるという時食べるものがないから食べるというのではなく
薬として漢方薬として食べる、だからかえって金持ちが食べているという時意外である
コロナウィルスもそうした武漢の動物市場から出て来たとされる
ただ別な説もあり不明である

何かこうして問題が起きる時必ずその国の風土とか歴史を知ることが不可欠なのである
その中で食は文化であり歴史であり風土と深く関係している
インドでカレーが生まれたのはあれだけ暑い国だからである
つまり料理は必ず風土と関係している、日本のサシミ料理も江戸前料理もそうである
新鮮な物を生ものの魚を食べるのは日本だけだからである
ただ武漢ても海鮮市場とあるからやはり動物でも新鮮なものを生きたままの動物の赤子を食べるとかあり日本がで踊り食いなどあるから共通している
でも魚と哺乳類の動物となるとまた違ってい

韓国では意外である、肉食はあまりしていなかった、モンゴルに征服されて肉食が入ってきた、韓国は淡泊な食事であり日本と共通しているというのも意外である
ただ今の韓国と北朝鮮があり北朝鮮は高句麗であり別なのである
そこは遊牧民が住んでいた場所であるからだ
ただ古代から関係が深かった百済とか新羅は文化的に日本と共通していたとなる
だからこの辺が誤解しやすいのである、文化的にも古代辺りは日本と変わりない一体感があり外国とも感じていなかったかもしれない。

いづれにしろ中国を知ることは容易ではない、その国も巨大であり人間もまたスケールが違う、どうしても英雄が生まれる土壌がある
そして一将功成って万骨枯るという国である、皇帝一人が君臨して治めあとはない
洪武帝が10万人を粛清した殺したというのもそうである
そのくらいしないと治められない、回りから寝首をかかられる
だから中国では対外的より広大な内部を治めることが先決になる

だから日本が中国とどう対処するのか?
それが今問われる、コロナウィルスでもそうであり経済で関係が深くなったからである
それまでは江戸時代であり直接かかわることがないし明治以降でもそうである
ただ大東亜戦争で敵となり戦った、それはヨ−ロッパの侵略によって世界大戦の結果としてそうなったのである
ただ中国とは朝鮮半島をめぐり古代から争ってはいたのである
ただその他は没交渉になっていたのである

経済的に巨大化した中国とどう付き合うのか?それが今問われている
それには中国の歴史を知る必要がある、でもその歴史を知るにしてもあれだけ大きな国となると理解しにくい、とても日本のスケールで計れないからである
でも洪武帝は極めて中国の英雄であり人物だとなる、それこそ中国という風土と歴史から生まれてきた人物だったのである
中国ではとても民主化を簡単にはできない、それは人口と国が巨大だからである
それをまとめるとなると結局洪武帝とか毛沢東とか習近平とか独裁政権になり毛沢東でも何か一千万殺したとか言われる、それは習近平とかにも受け継がれている
天安門事件でも実際は何万人を無惨に殺戮したとか言われる
そういう国柄でありそれは歴史的カルマとして変わらないのである

日本はそういう国とどうつきあうのか、ただ経済力が大きくなり小日本はのみこまれる
中国の観光客が来ないとまた経済関係でも武漢にサプライチェーンがあり衰退している日本では中国から離れることがもうできない、中国は今や日本だけではない世界にとって脅威となる、コロナウィルスでも中国人は世界中に散らばりはいりこんでいるからイタリアまで被害が拡大したのである
中国の負の面を世界でかかえるようになったのである 

とにかくウィルスでもそうだが中国が経済的に巨大化するとき世界から問われる
一体何をもくろんでいるのか?世界帝国なのか中華帝国の復興を目指しているのは確かであるがアメリカのように世界の覇者になることも目指している
そこでアメリカと衝突する
おそらく日本は今度は中国の属国となる、また中国ではそうしようとしている
でも何か中国というのは古代からの中国の歴史として発展したものであり中国は古代から変わっていないのである

近代化とういとき西欧化だったがその時中国は眼中になかった、中国は欧米の植民地化されていたからである
つまり明治維新は欧米化として日本は革新した、その時漢字をヨ−ロッパの思想などを日本風に訳した、それを中国人は今使っているのだ
中国の問題は西欧化が世界の流れとしてあったが今になり経済が巨大化して世界帝国化しようとしている
それは古代への逆行でもある、これは日本が天皇を中心にすえて明治維新があったとにているのだ、つまり皇帝の復活である、毛沢東でも習近平でも皇帝だからである
そして日本も属国になればその皇帝に仕えることになる

だから世界のリーダー国になることが許されるのか?
世界のリーダーとは軍事力とか経済力なのか?
それがまた問われている、みんなウィグルの弾圧のようにされることを恐れているからだ
文明がcivilizationというときcivilは市民のことである
でも中国に市民は存在しない、皇帝が君臨して治める、言論の自由もない
日本もまた天皇が存在して臣民であり市民といなかったから似ていると言えばにている
いづれにしろ国の歴史が継続して国もありうる
だから必ず歴史を知らないとわからない、その歴史にもいろいろあり食の歴史は一番わかりやすいのである

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竹製の牌を混ぜる時の音が雀の鳴き声に似ていることから付けられたとされる

麻雀は雀のことであり雀も食料だった、ネズミを生で食べるということは日本でぱ考えられない
竹鼠とは竹を食う鼠のことである、パンダも竹を食うからにている
竹は食料になる、ただ竹は南方系である

2020年05月19日

日本人は日本語と切り離せずある (日本語の特殊性は何なのか)

  
  日本人は日本語と切り離せずある 
  
  (日本語の特殊性は何なのか)
  
  日本人性の失われた場に日本語が生息できるわけがない
  どこの国の言葉であろうと言葉は環境の産物なのだ
  特に日本語が産みだした環境はその独自の精神生活にあった
  国語を守るのはその日本の生活環境を守ることと同義なのだ
            
  金銭や物質をふくめた富には長いこと無縁であり、争いごとから遠く離れ、豊かな自然は数学、理工脳よりも工夫、洗練といった芸術的な質の価値観を育んできた
  
  失われた日本語,失われた日本(林秀彦)

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日本人が日本のことがわからない、日本を知るには外国と対比することで見えて来る
対象的にすると見えるものがある
例えばここに紫色と黄色がある、これは黄色の菖蒲と紫の菖蒲を単純化した抽象画になるつまり色が現すものがある、赤だったら太陽とかイメージするし青だと海とかをイメージする、黄色とかなると何か明るい感じものをイメージする
すると紫と黄色は何を意味するのかとなる
黄色は明るく目立つ、でもその色を目立たせるのは紫なのである
紫は何か謙虚な感覚になり黄色は派手な感じになるからだ
こういうふうに対比することで見えて来るものがこの世界には多い

日本語でも日本語が何かわからない、でも外国語と対比してみると日本語の特性がわかるそれで本居宣長が唐言葉と大和言葉に分けて日本独自の言葉の由来から日本文化を解き明かした
日本語は特殊な言葉であり英語とかと比べると論理的ではないとしている
情的美的言葉であり世界の言葉からすると特殊だとしている
日本語自体が詩的な言葉としている

良くわからないけれどなぜ中国人はIT社会になりアメリカを追い越すような国になったのか?
それは漢字だけだと論理的でありそれが意外とプログラムするのに適していたのかとなる漢字は象形文字でありそう見えないが中国語の語順とかが英語とにている
だからIT社会になることができたのかともなる

日本語の特殊性はかなが作られていたことである
このかなが平安時代に宮廷に仕える女御たちによって発明されたことである
それで最初は漢詩を作ることができる、漢字だけを使うことが優れているとなっていた
大和言葉より漢語が優れているとされたのである
それは日本語より英語が優れているとなるのとにている
だから一時明治維新でもフランス語を国語としろとか英語を使用こせて国際化社会に適応すべきだということが今でもある
でも日本語は特殊であり日本語を使わないと日本人でなくなる
外国語は別にそうはならないと林秀彦は言っている
この人も外国暮らしが長いから外国のことを深く知っているしそれで対比して日本が見えたとなる
そして日本の悪い所もありありと見えたので日本人をこきおろしたのである
一方で日本のいい面も日本語などを通じて称賛している

何か外国暮らし人でも日本の見方が違ってくる
内村鑑三はアメリカに留学したがアメリカは金銭崇拝の国であり嫌悪した
日本は金だけの国ではないとしてその良さを主張した
だから彼はまたアメリカでも宣教師を嫌って武士道に根ざしたキリスト教を説いたのである
アメリカという国はプラグマテズムの実用主義の国であり何か神秘的なことは嫌う、実業家の国である、だからアメリカからは宗教でも哲学でも思想でも絵画でも音楽でも芸術も生れない、一流なものは生まれない、巨大な富を産みだしても精神的に人類に寄与する面が少ないとしている

プラグマティズム(英: pragmatism)とは、ドイツ語の「pragmatisch」という言葉に由来する、実用主義、道具主義、実際主義とも訳される考え方

言葉にしても英語とかはそういう実用主義の言葉、ビジネスの言葉であり詩的なものとはなりにくいとし林秀彦は言っている
それも英語を日常的に外国で使い暮らしていたから日本語が何か見えてきたとなる

日本語は語源とかたどると本当に謎でありどうしてそういう言葉が生まれたのか不思議だとなる

美しい(うつくしい)というときうつは何なのか?

うつむく・・という動詞から来ている、美しいとはうつむくと関係あるのかとなる
日本画とかの美人画ではうつむいているの多いからうつむいている姿が美しいととらえたのか、何か日本語は動詞から形容詞になっているのが多い
動作がありそれが形容化する、しなるという言葉がありしなやかなとかなる
日本舞踏でもそういう感じになる、日本人は動作に重きを置く、その動作はしなやかなということに象徴される、外国のダンスは激しい運動だとするときその対象で相当に違ったものである、しなやかなというとき柳のような感覚になる
とにかく言葉を探求するとそこに日本人が形成した文化を知ることができる
何気なく使っている言葉でもそれがどうして生まれたのかを読み解くと日本人の文化の根源をしることができる、それで本居宣長は唐言葉と大和言葉に分けて日本の文化を探求したのである    

 日本人性の失われた場に日本語が生息できるわけがない
  どこの国の言葉であろうと言葉は環境の産物なのだ
  特に日本語が産みだした環境はその独自の精神生活にあった
  国語を守るのはその日本の生活環境を守ることと同義なのだ  
  
 この言葉を象徴していたのが万葉集の次の歌だったのである

 豊国の企救の浜辺の砂地の真直にしあらば何か嘆かむ 

この場所が今は工業地帯であり全く当時の面影がない、ということは日本人の心も失われたとなる、その地に立ってもこんな境地にならないからである
日本の自然景観は破壊されつづけてきた、それとともに日本人の心も失われてきたともなる 


2020年07月05日

ヨ−ロッパや中国の精神形成の歴史 (城壁の内と外)

                                              
ヨ−ロッパや中国の精神形成の歴史

(城壁の内と外)

城壁の上をふみしめ歩みつつ城市に住む心知るべし

大陸というとき、まずその地形を知るべきである、そこはどこまでも平坦な地形がつづくさえぎるものがない、そういう地形に生きることは日本の様な山国に生きるのとは根本的に違ってくる
その感覚を知ることはやはりその土地とその場所と城壁を知ることである
それで長安の城壁の上を歩いた、その幅広いし重厚の城壁である
そこに門があり門の外と内とがあり外に住めば無防備になるから危険である
外的がどこまでも平坦な土地からモンゴルの様に大挙攻めてくる
その地勢は前を遮るものがないからだ
だから城の内に逃げ込めば命が助かる、命が守られるとなる
それはヨ−ロッパの都市でも同じである、都市を城壁で囲む、その内に入れば敵が攻めてきても命が守られる、そうでないと命は守れない
するとその城壁内で城と一心同体になる

日本だったら城と町とは町民とは農民でも分離して生活している
敵が攻めてきても城の中に逃げる町民とか農民はいないのである
ここが大陸と日本の歴史を知る大きな相違である
それはなかなか頭の中で理解しにくい、それで旅でもいいからその土地を踏むことにより歴史を知ることができる
つまり血肉となった歴史を知ることができる、それでなんとか50代で世界旅行をしたから十分とはならなかったが知ったことは大きいことだった

中国とヨ−ロッパはやはり大陸であり似ているのだ、城壁があり塔があるというときそれは敵から守るためのものであり塔は敵の侵入から守るための見張りの塔である
だから中国でも塔が多いのである、それも堅固な塔でありそれが仏塔にも発展したのである、日本の塔は五重塔でも見張りの塔ではない、優雅な塔なのである
どこまでも平坦な大陸に住めば何かそうした高い塔が目印にもなる
つまり遠くから塔が見えればそこが目印となりその塔を目指して来る
ともかく大陸ではそうして城壁に囲まれていればそこで安全が保証されたとなる
それが国全体を城壁で囲むとなり万里の長城が生れた
ただ万里の長城はなぜ急峻な山の尾根のような所にあるのか?
そのような山を遊牧民が上って攻めてきたというのも理解しにくい所はあった
やはり山が防壁となりその上に城壁を作ったという歴史があったとなる

civilizationというときcivilは市民である、その市民というものが日本人にはないのである、それは城壁内で作られた共同意識のことである
その城壁内で命を守るための義務と責任のことだった
日本の共同意識は小さな4、5百人の村のことだった、非常に狭い地域の村が村意識が作られてそれが日本人の共同性を作ったとなる

日本の地形がとにかく山が多くて山でさえぎられている、山が障壁となる
山に閉ざされてしまうのである、国のまほろばとなると奈良の盆地のように山に囲まれた地域なのである
また日本の城が要害となる山に作られたのも地形を利用して敵から守るということに自然となったのである
人間の精神の形成もこうして地形が影響して地理が影響して作られてきたのである

何度も言うけど福島県は地形的に一体になれない、ハマ、ナカ、アイヅと別れていてそこで天候も地形も違っている
阿武隈山脈が高原があり中通りと浜通りはさえぎられて見えないのである
福島県はその地形のために不自然な県となっている
それは日本がの国土自体が山にさえぎられてそうなっているのだ
だからこういう国が一つの国となることはむずかしいことである
八百万の神がいたということは隣の村でさえ山でさえぎられて別な世界になりそこに別な神がいたともなる
だから大和王権が海から船で支配した統一したというのもわかる
とても陸地からだと山にさえぎられて道もないときその全体を統一することはむずかしかったからである

ともかく歴史でもその国土と密接に結びついて形成される、その地形とか地勢とか地理は変わらないからだ、阿武隈山脈が高原がなくなり向こう側は見えるようにはならないからだ、もちろん日本を囲む海は依然としてなくならないからである
中国でもヨ−ロッパでも川が大きな役割を果たした、ドイツのライン河は父なる河となっていることも理解しにくいのである
中国の文明でも黄河と長江が作ったというときもそうである
エジプト文明がナイルの賜物というときもそうである
川は水が流れているというだけではない、道ともなっていて結べものだったからである
エジプトの神殿が河岸に作られたのは港の機能があったともなるからだ

日本人が大局的なものの見方ができないというのも地形からそうなる
常に山にさえぎられて遠くが見えないのである、大陸だったらどこまでも平坦な大地があり遠くが見える、ということは当然大局的な見方ができるとなる
大局的に見て戦略をたてる、日本だと戦術になる、その場その場での臨機応変な対応となる、大陸だと時間的にも空間的にも長期的であり空間でも広い範囲に生きる
だから中国の一帯一路に批判があっても中国自体が大きく一帯一路として見るからそうなる、日本ではそんな遠大な計画ができない、大東亜戦争でもそうした巨大な大陸に攻め入ってもとてもその広大さがわからずに大陸に中国に飲み込まれてしまったのである

ともかくまず世界を知るにはその地理を地形をしることである
でもそれが広すぎて知りえないのである、常にいるのは狭い日本でありそこから世界を見るから理解できない、そこに誤解も生れて来る
中国とかアメリカがどれだけ広い国がとても実感できない、そこで島国根性になり無謀な戦争になったりした、日本は海に囲まれでまた孤立しやすい風土だからである


長安春望<盧綸> 

東風雨を吹いて 青山を過ぐ
却って千門を望めば 草色閑なり
家は夢中に在って 何れの日か到らん
春は江上に來りて 幾人か還る
川原繚繞す 浮雲の外
宮闕參差たり 落照の間
誰か念わん儒と爲りて 世難に逢い
獨り衰鬢を將て 秦關に客たらんとは 


千門があり河がありそこは外界とつなぐ道でもある
いろいろ人生を経て長安の城壁内に老いたということである
その城壁内が安住の地だったとなる

長安の城壁

これだけ広いのである