2008年09月07日

2008年09月12日

万華鏡−花曼陀羅−反応する脳

 
万華鏡−花曼陀羅

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反応する脳
 
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異国の花

抽象画はいろいろに見えるから抽象画になる。
だから名づけることはむずかしい。万華鏡は花曼陀羅である。
無限に人工化したartの花を作り出せる。

 

2008年10月30日

函館

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函館が両側が海であり細長い独特の地形をもっている。抽象画は何かを抽象化したものであり形にとらわれないことが表現の自由を生み出している。これが函館かというとき確かに近代の港の都市らしいともなる。両側が海になっているからそうも見えるのだ。ただ抽象画は本物の芸術にはならない、第二芸術である。これもまさにパソコンのart(技術)から生れたことが一番の特徴なのである。常にこれはパソコンを操作して偶然にできるものなのだ。ただそれを選んでこじつけている。これはそうか函館にあっているなとなり一つの作品としている。

2008年11月08日

抽象画の不思議(秋の薔薇)

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秋の薔薇とキ-ワ-ドで調べると秋の薔薇をデジカメでとった写真がでてくる。これを適当にソフトで加工する。すると偶然にこんなものができる。これてもしかしたら秋の薔薇にイメ−ジできるのか?そんなにふうにじっとみていると秋の薔薇と言えば薔薇になるのだろう・・・花をテ−マにして結構今日の一句一首のカテゴリ−に出してきた。私がこうして具象の写真を加工して抽象画にしていること自体が不思議なのである。
ええ・・これが秋の薔薇なのか、秋の薔薇といえば確かにそうだ、これも芸術なのか?要するにこれはパソコンから生れた未知の芸術なのではないか?新しく発見された芸術である。化学作用かもしれないと不思議な体験なのである。他の人が絵画を本当に描ける人がどう思うのか評価するのかそれかないからわからない、でも花がテ−マになっているが花という世界は信じられないほど広く深いものである。花の抽象画となるとこれまた無限にあるのだろう。これが・・・・の花だよと言えばそう見えるのが抽象画だからである。とにかく抽象画自分自身が不思議に思うものでありその不思議の故に作りつづけているとなるのだ。

2008年11月09日

秋の薔薇(抽象画2)

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秋の薔薇(抽象画2)

秋の薔薇というと薔薇の具象画と抽象画を混交したような絵を描いていた。絵を描ける人だから具象画がうまい、でも薔薇の花だけを観賞しようとすると他の部分が邪魔になるのだ。薔薇の絵だけがとりだしてそこだけを並べて加工してみると秋の薔薇として芸術として鑑賞できる。花のテ−マで芸術を追求した時そうなるのだ。こんな鑑賞の仕方も変だがインタ−ネットでは一部をコピ−したり加工して自分なりに鑑賞し創作することが可能なのである。いづれにしろインタ−ネットにでていなければそもそも見たり読んだりすることがないものが膨大にでてきたのである。だから薔薇というテ−マでインタ−ネットの芸術の世界が広がっているのだ。

http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e85066749

ここに二つの薔薇がありこれをとりだして秋の薔薇として鑑賞する。著作権違反だからできないがそれにしても一〇〇〇円ではずいぶん安い、そんなに芸術性がないものなのか?薔薇の描き方は気にいったけど秋の薔薇として鑑賞するにはいいと思ったけど・・私の作った抽象画これを基にしたわけでもないしほとんど関連性はないから著作権違反にならない、なんのつながりも見いだせないからだ。

2008年11月12日

抽象画(happy dream)

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happy dream

パソコンのソフトの色は独特である。これは機械でしか出せない色である。
これもただソフトの効果でなってきれいだなと思い次にまた加工して下のものになった。いつものようにソフトを操作しているだけである

2008年11月13日

2008年11月19日

抽象画(A CENTER OF FLOWER 温かい花)

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A  CENTER OF FLOWER  温かい花

花は万華鏡でいくらでもできる。その中から選ぶのが芸術をになる。
パソンコでは常に自分で選ぶことが多くなる。他人の文章でも自分で選び編集することが強いられているのだ。抽象画は普通それが芸術性があったとしてもわからない、何を意味しているのかそこに美があるのかさえわからないのが多い、花をテ-マにしたときこれはこんな感じの花のイメ-ジだとして名前をつけた。自分でも気に入ったから選んで出した。いくら無数にできても全部出すことはできない、そのなかで自分にあったものを出すことになる。

2008年11月20日

抽象画ー熱帯の花

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熱帯の花 


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鮮やかな山々

2008年11月22日

抽象画ー遺跡

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森の遺跡 

 


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水中の遺跡

2008年11月25日

大地の夢と花

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大地の夢と花

2008年12月03日

抽象画-古い街-新しい街

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古い街-新しい街


抽象画はどこまで芸術性があるかわからない、自分でもわからない、あるように思えばあるしないと言えばない、何を意味しているのか現しているのかわからない、他の抽象画見てもそうなのだ。これが芸術なのか、絵なのか、何の意味も見いだせないとなるのが多いからだ。だからその抽象画に対して価値を認めることができないのだ。自分の抽象画もそうなる。全然価値を認めない人も出て当然である。

この抽象画のイメ-ジは盛岡の街をイメ-ジしたといえばそうなる。二つの街らしいのが二つの円でイメ-ジされていると見える。これも偶然ソフトの操作でこうなったからこれは何かに見えるなと題をつけているだけなである。

2008年12月12日

結ぶ細胞

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パソコンのソフトには数学的な理数的なものが組み入れられている。文系は別物だが
理系的思考がすでにプログラムされているのだ。理系的なものは苦手だがパソコン自体が
数学的プログラムでできているから理数的思考が身につくとがあるかもしれない、
パソコンは数字的なもの得意なのである。絵でもだから数学的に分解したり組み立てたりしているのだ。
一方自然はカオスの面があり風とか雲の動きとか千変万化だから秩序化できないのである。
理性的なものは理数的なものに通じ感情的なものは文系的であり
感情は制御できない数学的に秩序たてできない、突如火山のように噴火したりする
認知症はそうだった、感情が突出して爆発するが脳の中が整然と整理整頓できなくなってしまった。
 

2009年01月02日

2009年01月07日

抽象画(縄文)-芸術も偶然の産物?

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artrageは絵の具の厚みが出せる。絵の具の厚みを出せるのはそんなにない、これは3000円だと安い、芸術でわかったことは常なる新しい発見である。こんなところに芸術があるのか?
ただソフトをいじくっているだけで芸術が生まれるのか、芸術とは偶然に生まれるものだという発見である。縄文時代でも土をこねていて偶然に作られてきたものが多いのだ。科学技術の発見でも偶然が大きく左右している。コロンブスが発見したのも偶然だった、インドを発見しようとしてインドだと思ったのがアメリカに近い島だった。目的のものを発見しているのではない、別なものを発見している。インタ-ネットもキ-ワ-ドで目的のものを探しているのだが常に別なものがでてくるのだがえか、こんなものが出ていたのかと偶然に読んでいる。探していたものとは違うのだがあれ、これ面白いなと読んでいる。インタ-ネットにはそういう知識の発見が多いのだ。

人生もまたほとんど計画どおりにならない、計画してもいろいろなものが作用して計画どおりにならないのだ。結局みな思いがけない結果に終っている。人間の最後も思いがけない結果に終る。これをまじかに経験したからその衝撃は大きすぎた。未だに唖然としているし認知症で死んだことを理解できないのだ。なぜこんな病気になり無惨に死んだのか未だに不可解なのである。人生とはつくづく不可解なり・・で終っているのだ。芸術もまた才能といっても偶然の作用で作られる。ソフトの抽象画作りは全く偶然の産物であった。意図して作ったものではない、ただパソコンの操作の過程で偶然に生まれたものだからだ。これは絵の才能が全くなくてもできた偶然の産物だった。

2009年02月09日

金閣と松と雪(抽象画)

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金閣と松
http://musubu.sblo.jp/article/26538968.html
 
京都的なイメ-ジが模様化される。これはいくらでもできる。ただソフトを操作するだけでできる。
抽象画というのは実際不思議である。ここでは単純に金と雪の白と緑に分けてあとはソフトで操作しただけだからだ。

2009年03月31日

2009年06月14日

2009年07月19日

松原

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南相馬市の鹿島区の右田の松原はそれなりにいい松原である。松原には太い松がないと見栄えがしない、松川浦には太い松がない、松原でいいのは虹ノ松原とか気比の松原とかである。あそこに日本的な風景がわずかに残されている。右田の松原は火力発電所ができて風致がそこなわれた。でもまだ松原はある。この絵はまたパソコンで加工してできた。モザイク画風にできた。絵の才能がなくてもパソコンで加工するとき、それが一つのア-トと変質する。第二芸術にしても全く絵が描けない人が絵らしきものを創作できるのはパソコンのおかげである。

2009年07月24日

野馬追いの旗は抽象画?

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野馬追いの旗の幾何学模様が抽象画と通じている。古いのだけでモダンなんだよ、デザイン感覚が古い時代からあったということ、同じものを作らないことで工夫したのだ。

2009年07月30日

花の万華鏡

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万華鏡に加工したものをさらに万華鏡にすると面白いものができる。
上をさらに万華鏡にしたものが下であり下の方が面白い、花の万華鏡は
いろいろ作れるのである

2009年08月11日

2009年08月16日

飯館村の紋章

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ロシアの王国

2009年08月19日

2009年08月21日

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2009年09月01日

抽象画-四つと八つの目玉

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現代は二つの目だけではたりない、四つの目から八つの目まで必要である。たりないので機械が補うことになる。それがデジカメだった。デジカメで人間は四つの目玉と八つの目玉を手に入れた。抽象画はこれが目玉といえばそうだしまた何か別なものにもなる。ただ万華鏡で偶然にできたものをこれは目玉に見えるなと名づけた。他に何に見えるのか?

抽象画-森の王国への道

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抽象画は計画的には作れない、偶然の結果である。これも全く偶然の結果なのだ。
これは何かなとあとで名前を作る。道が森の中を通りその中の王国の中心に向かう
それは飯館村かもしれない、飯館村は奥深い森の国だからである。
ただ水色になっているところがちょっとイメ-ジが違ってくる。
森の国の紋章のようなものができているところはあっている。
これは別に才能がなくてもソフトの操作でできる。新しいパソコンのア-トだった。

2009年09月12日

抽象画-魚

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最初のが万華鏡で偶然にできた。あれこれは魚かなと思い、その魚の部分をきりとり
アレンジしたら下のができた。ソフトを操作することがア-トになっているのがパソコンなのである。
文章も今や切り取りしてはりつけするとオリジナルなものになったりするのがインタ-ネットだから
でもこれもやはり創作していることになるんだよ・・・・・
これはパソコンでしかできないからだ。
 
 
 

2009年09月18日

2009年09月19日

抽象画-新鉱脈(紫水晶)

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 新鉱脈(紫水晶)
 
暇なときいつも抽象画で遊んでいる。何ができるか全く予期できない、でたらめにやっている。
ソフトをいろいろいじっているうちこれは何かに見えるということで題をつけている。
新しい架空のパ-チャルの面白みがある。自然界にない第二の自然の創造である。
これが確かにパソコンの世界にあったのだ。
 
今や新鉱脈を発見するのは容易ではないがア-トの世界ではバ-チャルな世界では可能なのである。
新鉱脈というとき異分野の職の人と交わるとこうした一つの総合力としての鉱脈が発見される。
その職にしても人間の経験は限られているからアルバイトの話でも面白いに違いないのだ。
その職についていない限りわからないことが多すぎるからだ。

2009年10月03日

抽象画-盛岡のイメ-ジ

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盛岡のイメ-ジはやはり川いくつかある。普通一つなのだけどいくつかある。北上川は大きいし
それで水に囲まれたイメ-ジになる。盛岡と仙台はかなり違ったイメ-ジになる。
仙台は近代的でイメ-ジだが盛岡が何かまだ古いものが残っている。
盛岡には秋の薔薇がにあっている。

2009年10月05日

2009年10月08日

抽象画-秋の模様

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万華鏡にする素材はインタ-ネットに無数にある。有名な画家のもある。写真も無数である。
上は抽象画で有名な外国人の絵を万華鏡にした。下は写真から万華鏡にした。
これは著作権違反になるのか?
その元の絵なり写真なりがわかりえようがないから著作権違反にならない
もしわかれば違反になる・・・・・
これもパソコンの新しいア-トだから著作権もあてはまらなくなる
第二芸術にしても芸術であり創作なのだろう。
 
 

2009年11月13日

チベット曼陀羅

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 一番上のを万華鏡にしたら下のに変化した。確かにチベットの塔ににている。最初は地下をイメ-ジしてたら偶然にこれもできたのである。
 
 
 
 
 
 
 

2010年02月05日

spring stream2(抽象画)

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                      宇宙の芽吹き
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        spring stream

2010年02月27日

new island(抽象画)

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 (原画)→変化
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NEW ISLAND

2010年03月14日

文字にならない文字(抽象画)

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春のさえづり
 
 
 
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文字にならない文字

2010年03月15日

春の交わり(抽象画)

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春の交わり

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春の紋様