2006年08月12日

私は花々の中を逍遙している(人生は短い)

私は花々の中を逍遙している

人生は短い
あなたはその短い人生をふりかえる
その時何が浮かんでくるのか?
私は花々の中を旅して逍遙した
その後に花々が延々と咲いている
今私は思い出の花々を絨毯のうよに織る
人生は短い
あなたは何を追い求めるのか
その美貌も力もやがて色あせる
あなたの中に何が残るのか?
金か地位か権力か
それも虚しくされる
今私の中の心を彩るのは花々だ
花々の中を蝶のように舞い逍遙している
人生は短い
その与えられた歳月を何に費やすのか
輝ける青春の日は短い
たちまち白髪と病が襲ってくる
あなたが短い人生に貯えたものは何か?
それは老年になって明らかになる
私は明るい真昼間花々の中逍遙している
夢のように至福のなかに逍遙している
天国でも花々の中を逍遙している
尽きることのない花々が私を迎える
あなたはこの世で何を求めたのか
それは老年になり明らかになる
金を使い切れぬほどためて権力をえても
ただ人生の苦さのみを残すものもいる
人生は短い
たちまち美貌と力は色あせる
私は花々の中を微笑み逍遙している
私はさらに遠く旅をして花々を逍遙している
・・・・・・・・・・・・・・・・・


人は何かに魅了される、この世の魅力は余りにも大きい、女性の美貌の虜になるのも普通である。地位や権力の魅力も大きい、しかし老年になるとそれらはたちまち色あせる、老年には本当の求めた価値が現れる、あなたの求めたものが何なのか?本当の愛なのか?本当の義や美や善なのか?あなたの求めたものはそうではなかった、この世の偽りのまやかしの義や美や善だった。あなたをそそのかしあなたをたぶらかしあなたを誘惑したものはこの世の大きな力、サタンの力だった。人はそれに翻弄されて一生を費やし老年になり後悔するのだ。あなたを若くして有名にして売り出されのも大きな誘惑の力が働くのだ。あなたはその大きな力により消費されるのだ。あなたは売り物にされ消費されるのである。

この世のつづきがあの世までつづく、花々を求めたものはあの世でも花々を求め旅し逍遙している。この世の欲を求めたものはやはりあの世までその欲の実現を計る、清純な花はそうした汚れた住人にはいくら外見が立派でも花は本当に本来の美をもって咲くことはないのだ。花の本来の美はしぼんでしまう。花の美は女性の美貌ともまた違う美である。無垢の美なのだ。世俗的に汚れた場にはふさわしくない、深山幽谷か素朴な生活の中で咲くのににあっているのだ。
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2006年08月29日

夏の蝶の詩

 夏の蝶の詩

陽はまだ沈まず
光のなかを
風にのり
軽やかに舞ふ
夏の蝶
美しい羽根を与えられ
その眼に映りしは
色彩りどりの花々
いづこの花へと
喜びに満ちて
そは今舞っている
明るい光の中を
風に乗り
軽やかに舞ふ
そは舞いつづける
花々を求めてやむことなく
そには見えざる
この世の汚れを
ただ美しきものを見む
陽はまだ沈まず
与えられた今この時
その日は短い
夏の蝶
そは美しき羽根を残し
その羽根の痛みしや
一夏はまた終わらむ
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2006年11月22日

花の安らかな眠り(認知症にはやさしい声を)

花の安らかな眠り

花はかすかな虫の羽音を聞いている
花にやさしくそよぐ風
花は穏やかに眠るだろう
蝶の舞い来し夢を見て・・・・
そが心は何故に荒れ狂いしや
そはやさしくささやく声に眠るがよい
そして朝日さし大らかに大輪の花と開かむ
私はまたその大輪の花につつまれ眠りたい
安らかな日よ、花の眠りよ
荒れ狂う嵐は一時に去るべし
暗雲は去り明るい陽の光とそよぐ風
神の祝福のそこにあるべし
そを狂わせしは何か
一時の悪魔の悪戯か?
サタンは人を弄びしや不可解なり?
神はそれを許して良しとせしや?
そを慰めるはやさしくささやく声
荒々し強き声にあらず
その声を聞いてそが心は静まるだろう
花のごと安らかな眠りにつかむ



認知症とか精神の疾患ほどわかりにくいものはない。心と関係しているからわからないのだ。特にアルツハイマ−、認知症は何なのかわけわからない、他の精神の疾患とはまた違っている。間違いなく老齢化が原因していることは共通している。それでもその症状の不可解なことは他の精神の疾患とも明確に区別できるのだ。物盗られ妄想などがそうでありこんな不可解な病気があること自体何なのか?悪魔の悪戯としか思いないような病気なのだ。

この病気の対症方法は怒っても説得しても無駄でありただやさしくささやくように導くほかないのである。そういう声には従うのかもしれない、この病気は怒って説得しても理屈を言っても従わないからそうするほかないとなる。


瞑想の領域

深い森の緑につつまれ
深海の群青につつまれ
瞑想の領域の守られぬ
一条の光がさしこみ
隠された花のひそかに咲きぬ
そこに妙なる花は微笑みぬ
外殻は狂乱の世界
何故に脳は破壊されしや
そが心は狂乱の妄想に陥りしや
そが心は休まざりしや
深い森の緑につつまれ
深海の群青につつまれ
やさしい小鳥の歌を聞き
騒擾なき深海を泳ぎて
そが心は休み眠るべし
瞑想の領域は乱れざるべし
そこに安住はあるべし
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2007年03月15日

大地に刻まれた歴史

大地に刻まれた歴史

春の陽ざしのなかを
ゆっくりと歩いてくるもの
遠い道のりを一歩一歩
籠を背負い、馬車に荷をひき、・・・
大地の道を踏みしめてゆく
ゆっくりゆっくり進むほかない道
そこに知らず労働の重みが刻まれていた
坂を越え峠を越え村と村を結ぶ
春の陽ざしのなかを
早められぬ時の神が見守る
一歩一歩歩むことが時を刻む
実りは早めることはできない
一歩一歩歩む堆積のみが実りを生む
大地に結ばれる道
大地に刻まれる労働の重み
あわただしく過ぎる現代の時間
その昔の人の跡をたどるが良い
春の陽ざしのなかを・・・・
忍耐の石が山の道の辺に
春の日を浴びて黙している
その石の重みを知るがよい
あなたが知るべきは
大地に刻まれた歴史なのだ
大地の血肉となりし歴史なのだ


旅の部の詩の文が赤になっていた。このさくらのプログでおかしくなったのはこの文字色の変化だった。黒に指定していたのに赤になっていた。
プログはなかなか自分なりに編集できない、日毎に変わるものだから全体をふりかえってみにくいしあとで見て直すのもやりにくい。
一応赤の文を黒にはしたがどこかで他も文字の色が変わっているのか

旅の部と一般の詩の部を分けた

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2007年03月18日

孤高なる美(上野霄里氏の部)

上野霄里氏の部−詩一編加える
http://musubu.jp/jijimondaiueno.htm#kokou

上野霄里氏という人間がなぜ現代で理解しにくいのか、文明が本来の人間を見えにくくしてしまった。巨大な科学組織文明が本来の人間を消失させたからである。だから本来の人間の巨大さを追求するニ−チェであれキケルゴ−ルであれミラ−であれアウトサイダ−化して文明の価値観にどっぷり浸っているものは見えないし理解できなくなっている。人間の偉大な個の消失の危機感から上野霄里氏などが反文明人間として佇立することになった。ここには確かに偶像化する危険性があったが組織を偶像化するよりは神に近づく一つのテコとはなっていた。つまり神といっても人間からイメ−ジれる神しかないのだ。

上野霄里氏は知識にしても学者が語る知識とは違う、強烈な個性と人格力から語られているのだ。司馬遼太郎などは豊富な知識で語りかけてくるが人格力は感じられない、人格力で語れる人はまれであり天才だけがなしうると言う人もいる。その骨太な人格力がパ−ソナリティが一貫して彼の語るもの書くものにある。それはやはり天才として備わっている大きな人間としての人格力である。自然の美は人間の資質の反映としてもある。崇高なる美があり崇高なる人間もあって自然と人間は調和する。ただいくら天才でも全能なる神の表現である自然を示すものにはなりえないのだ。そこに人間の限界があるから全能の神を崇めるべきなのである。
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2007年03月30日

春の町の墓所(墓に思う−続編)

春の町の墓所

誰が眠るや
町中の墓所
春の日影に
我が家の墓も
そのとなりに
名もなき石くれの墓
かすかに縁つなぐや
供え物ありぬ
手押し車を押して
墓掃除が勤めや
90過ぎし母もゆく
ここを今日も通りて
ああ 人の世の悲しさあわれ
我も身にしむるかな
人は生まれ死して忘れられる
遂には家からも世からも
切り離されるが定め
最後に世に留めしは墓のみ
今日も町の墓所の前を通い
春の日は暮れぬ


キ-ワ-ドで墓 詩ででてきたのがこの漢詩だった。

訪子陽先生墓

              良寛

古墓何處是,
春日草せんせん。
伊昔狭河側,
慕子苦往還。
舊友漸零落,
市朝幾變遷。
一世眞如夢,
囘首三十年。


墓がどこにあるかわからなくなった。こういうことはかなりあるだろう。江戸時代は墓はそんなに建てられない、庶民の墓は粗末な石くれがほとんどであり名前も定かでない、個々の墓はなくホトケッポとか村の集団墓だった。武士の墓は立派なのが多いし今でも残っている。家の墓でもこれだけ墓が建てられたのは明治以降なのだ。ほとんどの墓は明治以降である。名字をもてたのも明治以降だから墓もそれに比例して増大したのである。

舊友漸零落
市朝幾變遷


これはつくづく感じた。私の親戚すじも破産して工場がなくなった。市も余りにも変わってしまった。自分の住んでいる場所は昔を思い浮かべるものは何もない、全く変わってしまったのだ。これほどまでに変わるものかとなるがこれは60年生きればほとんどこうしたことは古来から経験していたのだ。人も死んだり移動したり変わってしまう、無常の世界である。これは老人になれば誰でも馬鹿でもそう強いられるのだ。

だからうまいこと言う人がいるもんである。なぜインタ−ネットでは普通の庶民が別に文学青年でなくても気のきいたことを言うのを発見するのか?
それは実体験しているからなのだ。認知症であれそういう人に日頃接している人はその方面の専門家に自ずからなっているのだ。私も今や認知症素人評論家みたくなってしまったことでもわかるのだ。インタ−ネットは庶民にはじめて表現の場を与えたのである。

利用者が帰りたがっているところって
そうだね。かつてあった生活、もはや今はない、帰りたくても帰れない
あの頃の生活、あの頃の家庭、あの頃の家族・・・
そして、それがまだ外にあると感じている。
自分を待っている場所があると思っている。


家族さえ家さえなくなっている。これは多くの老人が実感することである。施設に入ったりするともはや家から切り離されるからである。認知症の症状は老人に一般的に現れるものでそれが極端化したのが認知症なのだ。大きな生の喪失感では共通しているからだ。


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2007年05月15日

文明を離れた島の時間(ゴ−ギャンの絵をモチ−フにして)

文明を離れた島の時間(ゴ−ギャンの絵をモチ−フにして)

(上野霄里氏の部へ)
http://www.musubu.jp/jijimondaiueno.htm#ggg
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2007年06月10日

千歳の岩


千歳の岩

千歳の岩
乱れを知らず
騒音を聞かず
清き流れのひびき
小鳥のさえづり
蝉の声、虫の声
その内にひびきぬ
千歳の岩
残雪のように
キクザキイチゲ
埃りのたたぬ
隠されし道
人行くまれに
その行く人を知る
その静謐なる
影なす山陰
千歳の岩
森深き道を歩め
花はつつみ隠され
秘めて咲くべし
千歳の岩
神なる岩
そは乱れず
刻める時を知らず
誰かより座りぬ
汝を待ちて久し
そが座るべしかな
浪費されし日よ
使役されし日よ
何故に生きしや
浪費されし日よ
そも遠き日なれ
我はもはや去るべし
ここに神の妙なる
調和の声を聞ききつ
そは癒さるべし

 

冬の日にワ−ズワ−スを読む(霊感された場所)
http://www.musubu.jp/hyouronkannshou4.htm

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2007年07月15日

白鷺の飛翔(詩全般)


 白鷺の飛翔

なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、
注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。 (マタイ6:28

真澄の空に白鷺の眩い純白の飛翔!

確実に餌を捕らえるその鋭い嘴

そのしなやかな脚は水を乱さず歩む

神の技にそは一糸もまとわず形優美に

均整とれた過不足なく完璧な姿
そは優雅に舞い下りて地を乱すことはなし

真澄の空に白鷺の眩い純白の飛翔!

真昼熱く燃える花がじかに映える

汝は何をも労すことはなしも

完璧に神の技に造られしもの故

そはただ神の御意のままに従順に

神の園にその天然の美を尽くして飛翔する

そは神により造られしものゆえに真の美あり

人により造られしものは真の美を損なう

無益な労苦や装飾をもたらし疲弊させる

真澄の空に白鷺の眩い純白の飛翔!

神により造られしものはなべて奇跡の技

神の御意にかない健やかなる日々を生きている

美は神の造りし天然にありて人の造りしものにあらじ

そはただ神の御業を讃えるが仕事なり

人の前に奇跡の神の技なる美が優雅に舞い下りる

清々しく風はそよぎ緑の野が広がる

その中に花は喜びに赤さを増して燃え上がる


 

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2007年11月22日

二本の木

ichjikukaki2.jpg 
 

二本の樹

柿の木に柿の実のなり

無花果に無花果の実のなり

ここに久しく変わらざるもの

風の日も雨の日も雪の日も

ただ黙しつ耐えし強き命よ

冬の日さして今休らいぬ

そは大地に根を張り変わらざるべし

昔を偲び末永き命なるべし

柿の木に柿の実のなり

無花果に無花果の実のなり

何事のなけれど争うことなく

互いに傷つけることもなく

大地に根を張り変わらずに

静かなる強き命にあるべし

そは天にてもつづきあるべし

神の園に植えられし樹よ

その実はさらに甘美なるべし

忍耐は平和の基、来世の実り

神の国はそこに作られるべし

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2007年12月07日

老子石

stoneroushi.jpg


 

 老子石

この道を幾度通りしや

我が気づかざるかな

枯木を通して大石一つ

冬日さし静謐に鎮まりぬ

誠に我が気づかざるかな

自然の静寂のいかに深しや

騒擾に過ぎゆく世の日々

そは千年知らずここにありぬ

我が老いゆくにこの石知りぬ

この石の悪しき夢見ず

徒に無益に使役されることなく

太古のときより変わることなく

神の御旨のままに騒ぐことなく

ここに鎮めと動かざるかな

木の葉かそかに一二枚散り

静けさはさらにここに深まりぬ

汝、この世に何を成せしや

成さざるものこそ成しぬ

故にこの知られざる大石の尊き

そこに癒しと鎮めのありぬ

神なるごとき石にあるかな

 

rouishi22.jpg
 
 
※「原生岩」と名づけた方はこれはいつも流れがひびき目立つ岩だった。だからこの岩ばかりに注目していたのだ。でも今回別な岩があったのだ。この大石には気づかなかった。千回ここを通っても気づかなかった。このように人間は身近にあっても気づかないものがあるのだ。この大石は神秘的であった。石には小さな石でも大きな石でも実際はみんな違った個性をもっているのだ。その形もそうだがどこかに配置されるかでその石の個性が発揮されるのである。この石の名前をなんと名づけようかと困った。「大鎮石」とかもいいと思ったがまさに老子の教えにぴったりの石なので老子石にした。

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2007年12月16日

桧扇菖蒲(尾瀬−至仏山)

hiougi2.jpg 
 

桧扇菖蒲

至仏山の山頂

蛇紋岩その古さ

霧にしっとりとぬれ

そこにあらしめるもの

桧扇菖蒲

埃ももたたずに

神の顕せしもの

その大きな花びらの

静謐の中にたれ

触れえぬ神秘をたたえ

至仏山の山頂

日影のしんとして

過ぎ去りかすめるもの

雲の影のみや寥々として

蛇紋岩を深い霧につつむ
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2008年03月20日

微睡(まどろ)む石

dreamstone1.jpg 
 

a dreaming stone
in spring haze
in a unknown villiage
over many mountains
in the distance

 
 微睡む石

春日さし大きな石は微睡(まどろ)み

いづこの村か霞み隠される

春風に誘われ訪ね来しもの

その大石に寄りて休みぬ

鶯の鳴く声のうららかに

大きな石は微睡み重し

その石の回りに蟻のい出くる

ああ、また労苦のはじまりかと

大石はその蟻を知らじ

自由なる旅人は霞む日に

桃源郷を求め次なる村へ

峠を越えてはるか去り行く

大いなる神は霞みて微睡み

その中より蝶の舞いい出る

病院に苦しむものに春はなく

微罰の日々を生きていしや

その声の哀しく切なし

その苦痛の声は我も苦しめる

石のごとく微睡み眠ることなしや

石は他に害を与えず苦痛もなく

春の日は微睡み眠る

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2008年04月29日

神座の磐


 神座の磐


その磐の静粛なり

その千歳の磐にし

誰が座するべしや

春の朝日さして

神し座して静かに

心乱れざるべし

真向かいに磐あり

峻厳にして寡黙に

見つめあう面なり

清流激ちひびきつ

山吹咲き乱れつつ

鳥は激しく鳴きぬ

しばし人よ休まむ

何故に追わるるや

何故に使わるるや

虚しく費やされ時

定めと動かざりし

その千歳の磐にし

神は座するべし

ただ座して正覚す

無益を語らずして

その思いは整いて

その他何もなしや

ただ他は虚しきや

そこな人にして神

神にして人なりや

永久の安らぎにし

虚しき幻影を見ず

座して動かざるや

神の声ここに聞き

雑音ここに消えて

衆の騒ぎはなしも

ここに悟るべしや

神座して動かざる

千歳の磐の尊しも

人に忘れられしも

人に知られざるや

神なるものありて

厳に動かざるべし

godstone12.jpg
 

 
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2008年05月15日

夕べの白鷺

 
 夕べの白鷺

静々と歩み乱れなく清楚なる白

夕べ田の面に写る静謐なる白一点

神の精巧なる業に成りしもの

ありとしもなく白い影を写し

いつしか去りて跡をとどめず

空に消えしや優雅なる歩みその姿

桐の花ひそかつつましく咲きぬ

美は精緻にして乱れざるもの

神の御園に白鷺の映えて鎮まる

生き物も神の一つのイデアなり

神の聖なる思念の具現なり

そは神の奇跡にして成りしもの

そは神の御園のそちこちに現れ

聖なるや白い衣につつまれて

他に何物ももたざりしかな

ただ白い衣ぬぎ天に召されるや

ただ美しき追憶の日を残して

神の御園に住まわされにしを

白鷺の飛翔
http://www.musubu.sblo.jp/article/4710434.html



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2008年05月16日

桐の花の章

kiripoempic1.jpg
 

桐の花の章

人目もふるるもはばかる

ありとしもなくうすむらさきに

静謐なる桐の花の咲くかな

夏の青い空にし消えるや

誰かささやくやひそけし

昼の月のそこにありしを

誰か気づくやかそけしを

あまたし咲けどひそけしや

村一つここに鎮まる

夕風にかすかそよぎふるえぬ

神のその繊き指にふれ

そは自らを知りしも

いつしか地に落ちしあり

そはありしともなく咲き

いつしか消えてなしかも

真昼の桐の花(詩)
http://musubu.sblo.jp/article/29184618.html
 


 

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2008年05月27日

朴の花(詩)

hohhoho222.jpg 


 朴の花


朴の花の広葉の風にそよぎけり

朴の花の地を知らじかも

白き大輪の花の天に向き咲く

磐にひびけはじける水音さやか

ただ清しく風のわたるや

山間深きも涼しく影なす谷間より

黒揚羽のいでて舞いわたり消ゆ

山鳩の番いの鳴いて森の深しも

風はそよぎて深き緑に鳥は眠りぬ

朴の花夕べ静けく隠さる村や

牛の啼く声の聞こえて暮れぬ

人よ、何をし求むもむなしきや

ただ地を知らず咲きにし花こそよけれ

炭焼きの煙に素朴なる暮らしの昔

市の暮らしの徒なる浪費の時よ

塵埃にまみれて過ぎ去りし時よ

そはただ世に使われしのみなり

千歳の磐のごとくにそこにあるべし

そは何も成せず成さざるべし

朴の花は地に咲くにあらじ天に向き

その純白の大輪の花を咲かしむ

神の御旨はそこにあるべし

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2008年07月20日

千里疾走する天馬


千里疾走する天馬


全身に血潮みなぎり健やかなる時

草原の果てしなく悍馬は千里を疾走する

疲れを知らずどこまでもどこまでも疾走する

北斗七星、妙見菩薩や馬は天をも駆ける

神の巧みに天性の足と筋肉は疾走すべく作られる

草原は果てしなく悍馬は走りたらざれ

アレキサンダ−大王を乗せし名馬よ

そも世界制覇は成らず途上に果てぬ

鳥は休むときも飛んでいる

馬は休むときも走っている

魚は眠るときも泳いでいる

思いがけぬ遠くに駆け抜ける馬よ

草原ははてしなく留めるものはなしも

悍馬は思いのままに疾走する

草原にしばし休めば何の花や雲は流れぬ

全身に血潮みなぎり健やかなる時

馬は疲れを知らず疾走しつづける

糧は草原にありて荷はいらじも

精悍なる血潮みなぎる肢体をはずませ

大草原を思いのままに疾走しつづける

赤々と血潮のごとく夕陽は草原に映えて沈む

草原にも海にも北辰は変わらぬ座標

妙見信仰の星にして一際輝く

悍馬よ、そはなお走りたらじも

夢のなかにもそは天にも翼を生え翔りゆくを・・・・
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2008年08月15日

夏の大空


夏の大空

 

鳥は大空と一体

魚は大海と一体

馬は草原と一体

・・・・・・・

そこに国境はなし

広々とした空間

神から与えられた

自由の領域が広がる

縦横に飛び高く高く

天空への飛翔

夏の日よ、広がる空よ

夕陽に燃え上がる空よ

その自由の空間を

思う存分に飛べ駆けよ!

洋々とした海原よ

果てしない草原よ

草原を流れる眩い雲よ

時に湖ありて鏡のごとし

神の顔のそこに写すも

そこにも国境はなし

神の造りし天地に国境はなし

神の国に国境はなし

自由の翼、脚、鰭

神が造り与えたもの

そを駆使して飛べ、駆けよ、泳げ

夏の日躍動する生命よ

嚇々たる轟く火山よ

溶岩流跡に地球の熱さを感じよ

百輪の鬼百合が咲き

夏の日の生命の饗宴よ

鳥は鳥を馬は馬を魚は魚を

神の御意のままに生きしを

過不足なくマッチして生きしを

大空に草原に海原に森林に・・・

白鷺は風そよぐ森に群れて眠る

鳥は森が家にて安らぎ眠る

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2008年09月18日

常なる道(詩−秋)

fukoi11.jpg

常なる道

我が行くこの道親し

一本の松変わらずに

影なす所我がよりぬ

古池に大鯉の波紋や

心静かに秋づくなれ

なおいくつ蝉鳴くや

静心我が聞き入りぬ

我が行くこの道親し

薊に虫一匹うなりぬ

秋の日さして石三つ

ともに安らう里も秋

祖は静かに眠るべし

懇ろに墓に参らむや

菊挿して静粛にあれ

常なる道に心休まり

我が行くこの道親し
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2009年01月05日

万里の長城延々たり(訓読漢詩風短詩)

banrichokyo111.jpg
 

万里の長城
 
万里の長城延々たり

赤貧の老爺、寒村に生き

青史に英傑名を残すも

羊を追い乏しき糧や

名もなく果てて土となる

その墓知るや遠来の客

中華遠大にして人民多寡

夷狄の襲来やまず長城を成す

営々と人民の労苦やまず

夏の日遥か重畳の山々望み

大漠にも伸長してなお残存す

万里の長城延々たり

まず漢詩を日本人が作るのは至難である。韻を踏むこと自体できない、そこでヒントになったのが訓読漢詩風のインタ-ネットにあった詩集である。ここでは漢詩の詩語を訓読して作る。これなら漢詩ではないにしろ漢詩風になる。中国を旅して詩にしようとしたがうまくいかない、漢詩にもできない、とするとこの訓読漢詩風というのが日本人には適しているかもしれない、漢詩風になり作りやすいかもしれない、一つの試みとしてここにあげてみた。インタ-ネットにはつくづくいろいろ参考になるものがあるのだ。
 

訓読漢詩風四行詩集
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/goyou/index.html

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2009年01月06日

みちのくは癒しの地

sleepmmm12.jpg


みちのくは癒しの地


みちのくの大地の眠り深きかな

病める者よ疲れしものや

今は冬安らかに眠るがよし

みちのくの山の眠りの深きかな

死者よそも今は騒ぐべからじ

ただ安らかに眠るべし

深き大地の眠りに癒されるべし

文明もただ過酷な労働を増やして

ただ大地の重荷となりぬ

冬は大地も休む人も休むべし

人を苦しめるは人なり

無益なる事に費やされて

人を苦しめることあるを知れ

なべて有益なるものとはならじ

無用の用に大いなる用あり

大地(ガイア)は眠る、機械は眠らない

機械は生命のリズムに反する

大地は急がない、千年が一日

億年で神の造形は成る

みちのくの大地の眠り深きかな

ここは癒しの地にして神の休息の場

汝らもここに休み癒されるべし

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2009年01月08日

冬の鳥(ジョウビタキ)-詩

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冬の鳥( ジョウビタキ)

 

軽やかに一羽

枯枝から枯芒へ

刈田のなかに

神から与えられた

その衣装の紋

それのみ映えて

粗末な食にたりる

質素にして簡素

田舎に目立つもの

軽やかに一羽

今日も里を飛ぶ

ジョウビタキは背中から見るの多い、白い斑点があるからわかりやすい、これはオスでありメスはわかりにくいし見たことがない、メスはよほど注意しないと見えない、写真はインタ-ネットにあったのを拝借したがまずいかもしれん、もっとぼかせばいいのかもしれん、ここに入れないと映えない、写真はいいのがあるから利用したいしにたものもある。自分でとったといえばわからないものもある。そのへんがむずかしい。
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2009年01月17日

フェニックスの翼(新年の詩)


フェニックスの翼(新年の詩)

 

澄み渡る大空に高く高くかなたへかなたへ

大鳥の翼よ、疲れをしらぬ翼よ

火の鳥となりフェニックスとなる翼よ

洋々たる大海の上を翔けゆく翼よ

汝を妨げるものありや世界はそがものなり

汝は偏狭なる郷土を脱して

自由に大空と大海と大陸を翔けゆく翼よ

澄み渡る大空に高く高くかなたへかなたへ

汝はさらなる崇高なる高峰を望むだろう

汝は新しい島を発見するだろう

汝はまたそこに新しい花を発見するだろう

汝の探検と探求はやむことはなし

汝の齢は今や百歳なりしを

五十才は人生の前哨戦なるを知れ

勉学の日も遊びの日も長しを

汝の見るべきものは多く知るべきものは多し

やむことなく探求はつづき発見はつづく

汝はすでに千の国を訪れたり

さらに千の国を訪れだろう

澄み渡る大空に高く高くかなたへかなたへ

太陽は黄金の光を放ち未知の国へ沈む

汝は今いずこにありや知らず

そは知られざる国の深い神秘の森に眠らむ

一時その翼を休めまた旅立つにあらむ

大鳥の翼よ、疲れをしらぬ翼よ

火の鳥となりフェニックスとなる翼よ

汝はまたこの地球をはるかにめぐり飛ぶ

洋々たる大海に陽は昇り新しき年は明けぬ

忌まわしき過去は葬れそは未来に向かい飛べ

神の世界に向かって高く高く飛翔せよ

汝は蟻にあらず、獅子なり龍なり大鳥なり

汝は蟻のごとく地に這いつくばるものにあらじ

汝は蟻のごとく使われるなかれ 

汝は大鳥なり、千里翔けゆく大鳥なり

神は汝にフェニックスの翼を与えしなれば


 
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2009年01月20日

残される記憶、記憶される物(詩)


残される記憶、記憶される物

 

そこに大きな花が馥郁と咲いていた
その花が散ったとき花は本当に消えたのか
その余韻は深くいつまでも残る
その花の思い出は消えない
その道に一本の古木が立っていた
その古木が枯れて倒れてなくなったとき
その木のことは誰も記憶しないのだろうか
何かがそこに木の霊のようなものが残っていないか
木はやはりその道の辺に立っている
何百年もあったとしたら簡単に消えるものだろうか
この世あったものは消えてゆく無常である
しかしそう簡単にすべてが跡形なく記憶から消えるのか
何かが残され記憶され語られてゆく
もしみな消えてしまうとするなら生は余りにも無常
無常の世にも無常ならざるもの
それがあってほしいと人は生きる
記憶から消されてならないものがある
60年もとにかくも一緒にいた人の記憶
それは簡単には消えないだろう
また消えてもならないものだろう
すべて良きものとしてあらじも
記憶に存在しつづけるものがある
消しがたく存在しつづけるものがある
それがやはり人間の一生の重みだろう
はかない生にも一生は重みがある
どんな老人もその重みを持っている
それは若者にはないもの
それが老人の言うに言われぬ重み
若者よそもおごるなかれ
やがてはみな老人となるものなれば
それは例えば村の入り口るある石
その石は何百年とそこにあり
謂われある石でありそこを動かない
その石を簡単に邪魔になったからととりのぞけるか
役に立たない石だからととりのぞけるか
その石は村の中で何かを語りつづける石
姥石とか名づけられ村と一体となってあった石
または要石とか名づけられ重しのようにあるもの
石は神としても祀られる
それはやはり長い時間のなかで存在しつづけた
時間の中でその存在感を培った
だから簡単にとりのぞくことはできない
単なるモノではなく村と一体化した石
空間の中に配置された単なる石ではない
時間の中で重みをました石だから・・・・・

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2009年01月23日

神の花園

 
  神の花園

神の広い庭に様々な花が咲いている

その花の中を日々歩み花を摘む

様々な花はそれぞれの個性に咲き

花と花が争うことなどありえない

「私の方が美しいのよ、ええ、私の方が美しいのよ」

そうは花は言わない

「あなたも美しい花ですね、ええ、あなたも美しい花です」

花は常にこう言って神の花園は至福に満たされている

花は神の手に摘まれて部屋に飾られる

壺に様々な花が一つとなり調和する

花と花は決して争うことはない

それぞれの個性を尽くして一つの壺に咲く

天国でも人は人と争わない

それぞれの個性を際立たせるだけであり

相手を否定する言葉をはかない

だから花々はさらに美しく神の庭に咲いている

神は日々花園を逍遥してあきることはない

そこに穏やかなまなざしに静かな光がさし満ちる

神の手から魔法のように花は生み出される

その花の一つ一つはミステリ-の美

神はその花々の一つ一つ愛でいつくしむ

そこに充実した時間があり時間は浪費されない

神のイデアは奇跡でありその美は計り知れない

神は静かな足どりでまた歩みこられるだろう

花々もまたそのひそかな足音を聞き喜びにふるえ咲く

 
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2009年02月05日

スロ-タイムアゲイン(多様な時間への回帰-詩) slow time again


スロ-タイムアゲイン
slow time again

 
 

分割され計られ迫られ追い立てられる時間
文明によって時間も奪われた
大地に根付く樹の時間
のろのろ歩む牛の時間
千年黙す石の時間
種蒔く季(とき)を教える桜の時間
太陽が昇り沈む時間
日の影が移る日時計の時間
水がしたたり落ちる水時計の時間
江戸時代の一刻は二時間
一時間が二時間でもいい
二時が三時になってもいい
一時間のずれは自然では見過ごされる
時間はそもそも分割できない
文明によって時間も消耗される
大地のリズムから離れた機械の時間
人間はロボットに機械にされる
ああ 一万年の時間がほしい
そうすればあせる必要がない
百年は寝て暮らせる
百年は国内を放浪して
百年で百カ国回り
百年は読書して
百年は瞑想する
さらにタイムマシンでエジプトに百年
ロ-マ帝国に百年、中世ヨ-ロッパに百年
江戸時代に百年
そのくらいの時間を過ごせば
ようやく確かな知識をものにできる
誰でも知恵者になっいる
人間が生きるの蜉蝣の時間
すでに持ち分の時間は残り少ない
命の灯は消えかかっている
人生は無常゛変転極まりない
ここにありしモノも人も今はない
何一つとて無常ならざるものない
昨日いた人は億光年のかなたへ旅立ち
もはや永遠に帰ってこない
60年一緒にいても短かった
千年ともに大地に立っている樹からしたら
人間の時間はあまりに短い
人間の時間は蜉蝣の時間
明日はもうこの世にいないのかもしれない
さよならだけが人生だ
老人に大切なのは健康と時間
残り少ない時間に何をしよう
今まで当たり前に見ていたものが価値をおびる
そのうち時間は最も価値あるもの
毎日同じ道を歩いても違う
なぜならこの世の時間は限られているから
道端の石に腰かけて梅の匂いをかぐ
私はもう千年生きて仙人でもなったのか?
この世の中のことが現実味帯びない
文明は幻だったのか
いつの世も人生は一時の夢
うららかな春の日私はどこに行くのか?
私は桃源郷に行くのかもしれない
そこで私はこの世とおさらばして深い眠りにつく
文明こそ夢であり桃源郷こそ故郷だった
だから元きた所に帰ってゆく

 

 

「オラ-見て来たんだよ、空中までそびえてる建物を
百万の人でごったがえししているとんでもない大きな街を
どこもかこも走る車が突っ走っていて
夜はこうこうと灯がともり昼間と同じだった
暗闇はなく夜も眠ることのないとてつもない街だ・・・・・」
「そんな街なんかありえよがない、何ねぼけたこと語っているんだ
とんでもない夢見たな、夢だよ、夢だよ・・・ここの家を見てみろ
これがオメエの家だよ、そんなものはどこにもねえ、夢だよ」
「夢だった、そんなはずがねえ、・・・そんな不思議なことがあんのか」
「オメエは狐にでもだまされたんだよ、馬鹿にされたんだよ」
「これがそこで使った金だけどな」
「なんじゃそれは、」
「これで食うものも何でも買うことできるんだよ」
「それは紙切れじゃねえか・・・そんなものここでは通用せんよ
「オマエはやっぱり狐にでもだまされたんだな・・・・」
百ドル紙幣を出したが通用しなかった
ここでは金は無用のもの
あくせく働くことはない
食うには困らない
自分の行った大きな街はやはり夢だったのか
そうかもしれん、一場の夢だったな・・・・・
ここがオレの故郷だったんだ
馥郁と村の古木の梅が香っている
真昼の村は今も変わりがない
なつかしい人の顔がある
あれ、死んで別れたはずの人の顔ににている
あれ、ここにいたのかい
そしたらいつもいたようににこにこ笑っていた
ここはやっぱりオレの家で村だったんだ
ここでオレは死んで行く、安らかに死んでゆくんだ
ここに小さな墓が残るかもしれん
誰が訪ねてくるのかな、オレが語った夢を求めて
物好きな奴が一人くらい来るかもしれんな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

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2009年02月08日

白鳥の詩


 白鳥の詩


白鳥はどうして作られたのだろう

白鳥はすでに犯しがたい高貴が備わっている

生来の貴族にして高貴と優雅と美質が備わっている

まわりの鴨も侍従のように従い群れる

その数は多く白鳥をひきたたせるだけ

庶民は鴨であり雀でありその差は大きい

水に浮かび白鳥のその純白の静謐さ

その高貴さは生来のものにして神の与えしもの

神聖不可侵のごとく白い衣につつまれている

その心は乱れることなく純白の心を宿している

互いによりそい映えて妬みの心がない

水晶のように透き通る美に浸されている

まるで主・キリストのように至純な心を宿している

内面と外面の美が完全に一致している!


その単純な真理に驚嘆せよ

すでにその頭上には銀河がきらめき宿り

労せずして星座になることが定められている

北極星がその座にすえて軸となす

誠の哲人も北を目指して星となる

その翼は冬の銀河にははだき星になるにふさわしい

北の果ての湖は凍て吹雪くなかに白鳥は鳴き

一層その白さを増して長き冬を耐える

白鳥はやがてまた北の酷寒の地、シベリアへ帰る

そこが故郷にして人跡まれにして広大な地

そこで白鳥を脅かすものはなし

白鳥は我が領土と大空に羽ばたき舞う

白鳥は他の鳥と違いかく格別魅了するのか

それは天才とにているのだろうか

天才には天凛の質が備わっている

我等庶民には天才のことを知りえぬ

神が与えしもの、贈り物、それが天才なのか

モ-ツアルトのように天才の美しい楽が鳴りひびく

白鳥のその純白の静謐さは神の衣

近寄りがたく犯しがたく聖者の後背が光る

後光がさして神秘のオ-ラが光る

白鳥はまもなくシベリアに渡ってゆくだろう

そこでさらに美しく天来の質が映える

荒寥とした太古の静寂につつまれて・・・
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2009年02月21日

巨人なる人間−(詩の部)


 

巨人なる人間
 
 

大いなる過ちをなし

大いなる愚かさをなし

大いなる罪を犯し

なお人は人であり

大いなる時間があり

大いなる神の許しがある

人はささいなことで

一回の失敗で死にもいたる

電車の一分の遅れも許されぬ

人は今精密機械のように生きねばならぬ

時間のゆとりがない

無用の用をもつ余裕がない

何より時間の余裕がない

人間が機械のように生きねばならない

ささいな失敗は致命傷となる

ああ 神話の巨人のように大地に寝ころびたい

文明人よ、目を覚ますなかれ

我は千年眠りやがて起きるだろう

起き上がったとき己が大地を

どっしんどっしんと歩むだろう

誰はばかることなく境界もない大地を

誰もとがめるごとなき己が大地を

オ-イと巨人が大きな声で呼ぶと

向こうの山からもオ-イと声がかかってくる

ハッハッハッと笑ったら向こうでも

ハッハッハッと笑った

そこにも巨人が住んでいて頭をもたげる


この国にはまだ小人は住んでいない
そこに不平不満の声はなかった

自由な大鳥は天空をはばたき

野に花は一面に咲き満ちている

その巨人の足跡は大地に印される

伝説となりて記される


 

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2009年02月24日

死者は冬の水のように透き通ってゆく・・

 
 
死者は冬の水のように透き通ってゆく・・・・・
 
 

死者はだんだん冬の水のように澄んでゆく

死者は日々浄められて

底まで透き通るように澄んでゆく

死者にはもはや触れることはならず

死者は生者から離れ冬の水のように透き通ってゆく

死者はもはや愚かなることは成さず語らず

死者は人に災いを与えず安らかに

死者の心は冬の水のように透き通ってゆく

死者はその澄みし底に落ちるものを知るだろう

だから死者をその透き通る水を乱してはいけいない

死者はやがて美しき汚れなき花と咲くだろう

その花を水に写して小鳥の歌を聞くだろう

妙なる美しい楽の音を聞くだろう

美しいもののみが映え見るだろう

死するは悪しきことにあらじ

死者は日々浄められて

まことに浄土にあるべきかな


 
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2009年02月25日

死者の影


 

死者の影

 

冬なお長くぬばたまの

闇の深きに誰ならむ

この道行きしは

ものみなしずまり

家のともしきに

星影照らし

月影照らし

死者は語らず

死者眠りぬ

静謐なる刻

死者の眠りの深きかな

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2009年03月20日

水仙の詩



水仙一輪



ひっそりと

一つの種は植えられた

神の御心に

その種のいかなれや

今しりぬ

石の陰

水仙の花

一輪

そっと開かむとす

そはへりくだり

神の御心に

石の陰

浄らかに

ひそか咲きにき

へりくだる心こそよし

人よ、低きにあるべし

高きにあるは災いまねき

神の怒りをかうべし

水仙の花一輪

そは災いなくも

ここに咲くべし


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2009年04月26日

静謐の座


静謐の座

 

宇宙は静謐である

星と星は静寂のなかに輝きあう

静謐のなかに信頼しあっている

その信頼は深く大きい

人と人は相反して争う

自然は調和して整合する

神の則にのっとり安定している

自然は静謐のなかに実る

限りなく忍耐の中に実る

自然は騒擾を嫌う

神のイデ-なる花はひそかに開く

千古の磐の陰に神秘の花は咲き開く

静謐こそ神の力である

静謐に実るものこそ真である

神は常に静謐の座にある
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2009年05月11日

雀が持っているもの

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雀が持っているもの

 

雀はちょこちょこ塀を歩み顔を出す

そこに白椿が咲いている

そのあどけない顔がなごみとなる

雀はなにもまとわないし何ももってこない

すずめはただあどけなさをもってくる

雀は光の金の衣をまとい

あとは何も身につけない

野原にはタンポポが一面にまばゆい

その野の絨毯の上でまろび遊ぶ

寒さをしのぎ春がやってきたから

雀は寒いときも何も身につけない

ひゅ-ひゅ-と風が吹きつけても雪がふっても

雀は毎日少しの食べ物で満足

それは神の御意により与えられるのだろう

雀は謙虚であり威張らない

いつもペコンとお辞儀する

雀は庶民であり貴族ではない

雀同士で仲がいい庶民である

人間はあまりに多くのものをもちすぎた

何百万の着物は着ることなく捨てられた

死んであの世に持ってゆくこともできなかった

雀はあれもこれも欲しいとやってこない

ただ今日一日の少しの食べ物がほしいだけ

雀は道端で死んでいた

誰もふりかえるものなく死んでいた

でも雀は神の掌(てのひら)で安らかに眠っている

雀は人間のように様々な欲にふりまわされることがなかった

だから今は神の掌で幼子のように安らかに眠っている

 
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2009年05月16日

真昼の桐の花(詩)


真昼の桐の花

 
 

屋敷林の影が濃く

長い木陰の道

蔵があり前畑が広い

農家が点々とあり

家はひっそりとして

誰も顔を出さない

農夫が黙って畑を耕している

桐の木が一本

真昼に花が咲く

年老いて今は思う

こういう所に安らぎがある

人は隠れているがよし

こうしてただよそ者として

通りすぎるとき平和がある

藪をつつけば蛇がでる

土を掘ればまた虫が出る

人の世は欲の世

人と交われば欲が出る

血縁とて交わればもめる

人と人とに平和なし

この世に災いは尽きることなし

この道を行く人まれに

桐の花はただ天上を向き

わずかにそよ吹く風にゆれ

静謐さ保ち咲いている

この道をさらに行けば

墓所ありて眠る人は幸い

人に世話にならず

人知れず眠るは幸い

そこに永久の安らぎがある

 
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2009年05月25日

千歳の磐と磐


千歳の磐と磐

 
 

磐と磐真実に動かざれ

磐と磐誠を尽くし偽らざれ

その粗金の硬さに契り

磐と磐千歳友誼を深めぬ

信義は常にその中にあり

人と人今乱れはげしくも

相和せず絆は断たれぬ

磐と磐そは変わらざるかも

日々重厚なるものにして

内に篤く信を宿しぬ

磐は神の手に練られて固く

その場に動かざるかな

夢にだに相反することなく

磐と磐千歳友誼を深めぬ

磐は強くも内より光るもの

物は結びてより力を出しぬ

野鳥の声は磐にひびき

水の流れの音もひびき

清しく風は吹きそよぎつ

充実の時はここに流れぬ

何故に今人は徒に疲るや

その目論むこと成すこと

神の御意に反すればなり

信実はそこになく

ただ偽りのみあれば

人は疲れ消耗する

汝、磐のごとくあれ

千歳信実を培い神の社と成せ

磐のごと斎き祀りて

荘厳の宮居と成すべし

 
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2009年05月31日

神の花園

 
神の花園
 
そは天国の花の園にあり

大輪の花々は惜しみなく開き

その花を日がな愛でて飽きることなし

健やかなる心と体はもどり花々は

そのふくよかなる顔に映えぬ

屈託なき笑いはそこに満ちぬ

花に花はそえられて神の祝福は満ちぬ

悲しみ苦しみの日は終わり

神の祝福ここのみにあらじ

宏大なる神の国を満たしている

真澄の空は果てしなく青く

光をさえぎる影もなしかも

翼もてさらに新たな国へ希望もて

はるか翔けゆくなりしも
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2009年08月12日

庭の石は流れを作る(詩と絵)

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庭の石は流れを作る

 
 

石は水を感じている

小さな石をしきつめた流れ

そこにはさらさらと浅い流れの音

水がないのだが水が流れている

流れる水の音が聞こえる

澄んだ清らかな水の音が聞こえる

大きめの石をしきつめれば

深い激しい流れを感じる

地球がはじまったとき

石だけも土だけも木だけも存在しない

その前に常に水があった

水なくして命はない

だから石も水なくても水を感じている

巨きな岩があれば

その岩に激流の音がひびく

岩と水とは一体であり

自然のものはすべて一体である
 
 
庭作りで不思議だったのは石をしきつめるだけで流れを感じたことである。ここの写真のように小さい石を浅くしくと浅い流れでありさらさらと清らかに流れる日本的な風景が竹垣とともにイメ-ジされる。庭は単に石をしきつめただけで水の流れを感じる不思議があった。なぜそうなるのか?詩のように石と水ももともと一体としてあり地球の生命はそもそも石だけとか孤立して存在しない、有機的に相互に連関しているからそうなる。自然の中の一つをとりだしてみてその一つを知ることはできない、おそらく隕石が地球に降ってきたらそれは宇宙を物語るものでありその宇宙を知らなければその隕石のことも知ることはできないのである。
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2009年09月12日

初秋飯館村(詩)


初秋飯館村


 
農家が木立の中に点々と隠され

道の辺の古木に秋の夕日がさす

森深く淋しく一羽鳥が鳴き暮れる

森の中に大岩が沈黙を深める

山陰に一すじ清い流れがひびく

牛の歩みのように急がずして

ここに実りは静かにもたらされる

爽やかな風がわたる高原の村

秋の星々がさえてきらめく

農家が木立の中に点々と隠され

緑の森に深くつつまれる村

風がそよぎわたり樹々の葉にさやぐ

静寂の中に美しい楽が自ずから生まれよう

あせらずその声に耳を傾けよう

あざみが大地に根を張り

悠々と大岩は動かざるかな



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2009年10月27日

誠の愛とは (詩)


誠の愛とは

 
 

秘められたる愛
現されない愛
そこに深い愛がある


見えざるところで尽くす
隠れたるところで尽くす
そこに深い愛がある


秘められたる悲しみ
現せない悲しみ
そこに深い悲しみがある


その涙は真珠となり
海底深く落ちる
それを神は拾うだろう


慰めは神からきて
人からは来ない
涙をぬぐってくれるのは神


死者はあなたを見ている
神はあなたを見ている
その心を見ている


偽りの愛は見破られる
死者に偽ることはできない
神に偽ることはできない


人を騙すことはできる
社会も騙すこともできる
しかし神を騙すことはできない


厳格な裁きがその前に成される
あなたの愛は本物か?
それが正される



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