2006年06月29日

立葵(抽象画はパソコンの新しい芸術)

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朝風の樹にそよぎて涼しかも陽ざしに明るく立葵咲く

抽象画は具体的なもの花だったら花を描かない方がよりよいのだ。もちろん描けないのだが樹や花を線や円で抽象化することに意義がある。具体的な物をもってくると抽象画ではなくなる。抽象画という分野がれっきとしてありこの法則は具体的なものを描かずに線や円やその他面などで代りにするのである。これは偶像崇拝を禁止したイスラム教の絨毯とかモスクの紋様作りとにているのである。偶像崇拝を極端に禁止する時代は終わったが芸術としてこうした抽象画の分野はイスラム教を手本にして残ったのである。

緑の樹に風がそよぎそのかたわらに立葵が咲いていた・・それを抽象化したのがこの絵であった。絵が全く描けなくても抽象画がパソコンで作りやすいのである。パソコンだからこそできた抽象画なのである。これも創作であることは間違いない、レベルは低いかもしれないがこれは自分でもこんな芸術があると発見したのである。ソフトは2千円でありこれでいくらでも作れることがわかる。ソフトは別に高い物が必要ではない、いかに利用するかの方が大事なのだ。10万のソフトを買ってもうまく使いこなせないと無駄になるし無駄になることが多いのがソフトなのだ。結局10万くらいソフトでは無駄にしたからだ。

インタ−ネットはそもそも調べるにしろ何するにしろ使いこなす方がむずかしい道具なのである。今安くなっているが以前として使いこなすのがむずかしいのである。

芸術はいろいろあるが基本的に遊びが芸術である。子供のように遊び楽しむことなのだ。そんなのは芸術ではないとなればそうだが自分が遊び楽しめればいいのである。人間には対価なしで純粋に遊び楽しむことが必要なのである。何々したらこれだけしたらいくらだとか計算ばかりして暮らしているのが人間ではない、人間は遊ぶから人間だともいえる。遊ばないと退職したら何もない金にならないものしか興味がないとその人はボケる、認知症になるから遊ぶこともバカにできないことが身に沁みてわかったのである。

純粋に遊び楽しまないものの罰は認知症、ボケだ

こうなると遊びや純粋に自然でも人生でも楽しまないものは呪われた存在になる。現役中は金になり地位があっても一旦現役を退いたときボケが待っているいうことになってはなにもならないではないか?
全くボケは認知症は恐るべし人間に対する罰なのだろうか?
この病気は全く謎めいて不可解なものでありすぎるからだ。

2006年06月30日

孟宗竹(抽象画はまずソフトを使いこなせ)

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夕日さす孟宗竹や日脚伸ぶ

抽象画はまずペイントソフトを覚えないとできない、照明とかプレビュ−があったのがわからなかったりちょっとしたことに気づかないのがソフトなのである。ちょうど脳の機能が実際使われているのはわずかなようにパソコンも使いこなせないのだ。これは才能の前にソフトで遊んで十分にソフトを知り使いこなせないと自分なりの創作にはならない、使い方さえわかればあとはソフトで遊んでいると自然とできることがわかった。

何度も言うが自分は絵は何一つ描けない、でも抽象化は四角とか丸とか線だけだから簡単なのだ。こうした簡単なものに事物を変換することはできることがわかったのだ。これは一つの新しい発見だった。才能はもともとあるものではない、こうして新しい道具ができたりしたら自ら試行錯誤して発見してゆくものだった。まず漢字とかかな自体が絵だからこれらは抽象化した絵なのだから日本人はすでに抽象化することに向いていたのだ。

ただ遊んで線を円を描いているだけで抽象画はできる。こんな簡単にア−トになることは不思議である。ア−トはみんな才能がないとできないと思っているが才能も開発しないと発展しないのだ。人間の世界はたゆまざる開発である。それは内面から外面へと無限に存在する。新しい分野がパソコンとともに開けたようにイノベ−ションは時代時代によって起きてくる。パソコンを使いこなすにはまずよく使いこなすように道具に精通することが必要である。

白菖蒲(インタ−ネットのグロ−バルな詩的使用方法)

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静けさや人影見えず白菖蒲


町中の一隅静か白菖蒲人影見えず誰か住みなむ


heavy snowfall -
a white silence
deepens


ここから引用→発展
http://indiasaijikiworlkhaiku.blogspot.com/2006/07/silence-haiga.html

a sweet lined irises
a white silence
deepens into the corner
in my town


俳句から短歌に発展することはあるが俳句から短歌に発展することはまれだろう。なぜなら短歌を万葉集を基にして俳句へきと発展したからだ。この英訳はwhite silenceというのが思いついてこのキ-ワ-ドで見つけた。英語のフレ−ズを探すとかならずそれにあてはまるのがでてくる。すると英語の語感がわかるときがある。これもインタ−ネットのグロ−バルな使い方なのだ。

プログの便利な面は時々刻々発信することも可能である。一日二回はアップしていたが今度は三回くらいしてみよう。発想が無限に湧きだしてくる。というのは詩というのも貯えというのが日頃の積み重ねが必要なのである。私の場合旅の蓄積が膨大だし本サイトのホ−ムペ−ジだけでも相当な蓄積だからここからまた新しいものが創造できるのだ。

認知症の妄想とかいろいろ悩まされたけど余裕ができればアップはいくらでもできる。特に抽象画は創造性があるので我ながら面白い、自分にはない絵ができてしまうことが面白くてやめられないのである。


白菖蒲2

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雨しとと人影見えず白菖蒲時のうつりの静かなるかな

今日は三回アップした、時々刻々リアルタイムに変わるのを発信できるのがプログの強みだ。朝と夕とでは変わっているからだ。人影が見えない静かなる時、これは至福の時かもしれん、家の中で問題起きたらそうだった。静けさがなくなるとこれは自分にはショックだった。人は存在しないように存在することもいいことである。もしあの家から人の顔がのぞくとき幻滅するかもしれん、だれが住んでいるかわからないところで詩情がでてくる。白菖蒲が映えているのだ。

2006年07月01日

あじさい(夕餉)

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あじさいや姉穏やかに夕餉かな

日中は蒸し暑かった。夕方になり一雨ふりすずしくなった。認知症の人は昔のことを何度も話す、今までは聞いていなかったがしかたなく聞いている。千回も同じことを話したという人がいたが本当である。百回は聞いているからだ。いいかげんにしてくれといいたいのだがそれもいえない、老人だとこうして昔の話をくどいくらいするのは普通だが認知症の人のは異常なのだ。こっちが頭が痛くなる。それでも暴れているよりは穏やかになっているからいいのである。

ペイントソフトで効果などを試しただけで絵になっている。意図したわけではないが絵の具をまぜわせているうちにそれが抽象画になっている不思議だ。様々な効果を試していれば子供のいたずらがきでも絵になってくる不思議である。

一つだけの血のつながった親戚の従姉妹の親が入院した、福島市の方に住んでいるのでここまで来るのにも大変である。遠くの親戚より近くの隣人が助けになる。これでわかるように今や介護社会になりつつあるのだ。身近で介護する人が膨大にふえてくるしそれに巻き込まれる人もふえてくる。その親も80歳であり80歳こえた辺りから変調をきたす老人が多いのである。

2006年07月02日

白菖蒲3(沈黙は美である−整形美容は本来の美ではない)

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もの言わず畑に一人や白菖蒲

今日見たら白菖蒲の咲く畑に一人の婦人が畑を手入れしていた。それはなんでもないありふれたことなのだけどそこに詩情を感じた。沈黙の美を感じたのだ。沈黙はすべて美を帯びてくる。私は実際学生時代に東京生活して東京を異常に嫌悪して田舎暮らしに入ったのだ。性格的に人づきあいが全く苦手であった。社会生活もだからできずに無職だったわけでありこれは家庭の事情でほとんど社会と人とかかわらず生活できたのである。この性格は母から受け継いだ。母もほとんど人づきあいとかないし女性にしては人とつきあわないのである。だから友達もないのだ。性格は親から受け継ぐことがと多いことは確かであり才能もそうである。ただ才能とか体力とか生まれつきですべてが決まらない、体力があっても不摂生だったら老年になったら病気がでてきて長生きできなくなる。体力がないにしても細く長く生きることはできるのだ。

沈黙が美であるというときそこに無限の趣があることなのだ。物言わず働いている婦人、そこに白菖蒲が映えている。もの言わぬからこそ白菖蒲が映えているのだ。福祉関係の給料が安いとか給料の問題が仕事で問題になる。そういうキ-ワ-ドで調べている人がかなりいる。それもわかるし仕事というとどうしてみんな給料のことばかりになってしまうのか、現代のような時代にはやむをえないこともあるが福祉関係となると畑にもの言わず働いている質素な目立たぬ姿があっている。一般にハデな目立った金になる仕事には本来の美はないのではないか?誘拐されたカリスマ整形美容の女医もそうだった。美を追求しているのだがそこには全く美がない醜悪な仕事ではないか?本来追求する美はそこにはない、美というのが何かわかっていないのだ。市井のありふれた人目にとまらぬような所に無限の味わい深い美が秘められている。これは人生でもそうである。テレビで宣伝されるもの福祉関係でもそこは過度に作られたものとなり金は集まっても番組作り視聴率をかせぐためとかになり本来の目的をはずれたものとなる。資本主義商業主義社会はそういう宣伝が多すぎるのだ。

「君があげているのは召使たちであり、欲望の求めに応じようとする連中であって、そこで扱われている事柄については、何一つ善いことも美しいことも知らないでいる者たちなのだ。その連中ときたら、ただもうむやみやたらに詰め込んで、人びとの身体を肥らせ、それで人びとからは賞賛されているけれども、結局は、人びとが以前から持っていた肉づきまでまでも、失わせることになるのが落ちだろう。」(『ゴルギアス』より)
現代の仕事は要するに馬鹿げた無駄な浪費の仕事が多いことなのだ。ソロ−が金持ちに仕える仕事をしている人に幻滅して森に住んだように金のために本来追求すべき仕事ができないのが現実なのだ。整形美容など本来必要ない仕事なのだ。作られた人工的な美に本来の美などないからだ。人造人間を作ろうとしているのだ。しとやか、つつしみ、おくゆかし・・こうした言葉に日本人の美徳がありこれが失われたように現代の仕事には美が欠けているのだ。

結局は、人びとが以前から持っていた肉づきまでまでも、失わせることになるのが落ちだろう。」(『ゴルギアス』より)

まさにこれがぴったりだ。腰の肉で乳をふくらましたら本来のその人がもっていた肉付きまで失う、奇形になりかねないのだ。この手術はまたなんらかの病気の基になる危険なものでもあるのだ。


ヘシオドスが仕事と日々で人間の業を隠したというとき、人間は醜いものだから自然にとって人間の成すことは醜いものだから神々が人間の業を隠したのだ。また仏教でも人間の仕事にはいいイメ−ジを抱いていない、業とは宿業とかであり仕事は呪われたものとなっている。つつむとは罪をつつむであり人間は醜い罪なるものだから自然に隠すということでつつしむという言葉が生まれたのである。とにかく金持ちの欲望のために使われたり無駄な浪費的仕事が多すぎるのだ。そして本来人間にとって必要欠くべからざる仕事がないがしろにされているのだ。特に福祉介護関係の仕事などがそうである。これは人間にとって欠くべからざるものでも重要視されていないのである。

参考

人間の幸福の在り処

http://www.musubu.jp/jijimondai3.htm

自然に復讐される文明、呪われた文明の最後
(熊が里に出て人を襲う-つづき)

http://www.musubu.jp/jijimondai21.htm#bunmei

白菖蒲4(白菖蒲の詩)

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消えにしもの・・

白い菖蒲の花の一列
その畑に一人の婦
ただ黙して働く
見ればそこに婦はいない
白い菖蒲の花のみ映えて
・・・・・・・・・・・
かく人はありて去るべきかな
美は己を主張ふることになし
己を消すことにより映えにしを


この世で大きな顔をしてしいるやつが一番目障りなんだよ
政治家、宗教団体のボス、様々な利権のボス、庶民をくいものにするもの、金の亡者、・・・・・・
こいつらがみんないなくなるとき自然は信じられない美をとりもどす
己のエゴを主張するものによって自然にどす黒い影がながかけられ
自然の美はだいなしにされているんだよ

2006年07月03日

あじさい(認知症は不安の解消で穏やかに)

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つかのまに介護を離れ夏の蝶

あじさいにやさしき月の夕べかな
         病いやされ心安かれ


介護とまではいかないがやはり認知症などの問題は一人にできない、一人になると不安になるから今家に二人だと離れられない、今まではどこにでも自由に行けたのに行けないのである。これが一番自分には辛い、認知症関係ではインタ−ネットでも調べている人が多い、認知症の家族はみんな苦しんでいるからなんとか解決方法がないかと探しているのだ。「海馬 回復」などのキ-ワ-ドもそうである。でも海馬は回復することはないだろう。ただその人にとってのいい、安心できる環境で暮らすなら穏やかになり多少記憶力の回復もあるかもしれない、なぜならすべてが忘れるわけではない、昨日食ったオカズを忘れるのだが忘れないときもある。すぐ直前のことを忘れるのだが覚えていることも不思議なのだ。

老人の病気は鬱病とか心気症とか精神的な面が大きいのだ。そもそも老化すると全般的にそうなるのだし認知症もそういう面がある。だから肉体の治療より身近な人の親切な介護が必要でありそれが効果的なことになる。現実我が家では環境をその人のいいようにしたら穏やかになり満足しているから前のように問題行動を起こさなくなったことでもわかる。アルツハイマ−でも誰かが身近にいて愛情深い介護をすると病気が少なくとも進行を一時的に止められるということは確かである。特に老人の認知症は老人に対する愛情の不足とか精神的な面をカバ−すると回復することがあるのだ。金のことで不安になった人が金の不安をなくしたりしたら盗ったと言わなくなったとか不安が原因で騒ぐことが多いのだから不安をとりさると穏やかに病気はすすまなくすることができる。認知症は薬もたいしてきかないからこうした治療とか介護しかないのである。
ただ介護する方は大変である。介護する方が犠牲になるし虐待に耐えることにもなる。そもそも認知症の人のいいようにすべてはできないのだ。現実自分はつききりで一日も出かけることもできなくなっている。誰か頼むにしても正常であれば簡単なことでもいろいろ感情的になったりしてできないのである。
とにかく病気の人とといると介護していると介護する方も鬱病のようになるというのは本当である。絶えずどこがわるいとか体の不調を訴えられたりするとこちらも病気のようになってしまうのだ。軽くても自分の家族では特殊な事情で疲れる。重度になったらとても介護できないだろう。だから重度の人を介護している人には感心するのである。

今日は晴れてあじさいを見て家の間の空を見たら月がでていた。久しぶりに月を見て気持ちよかった。

2006年07月04日

梅雨の晴れ間の月(正常と異常の見極め?)

認知症正気になれる時のあり梅雨の晴れ間や月の光りぬ

「正常と異常の見極め」このキ-ワ-ドで来た人はどこで正常と異常が見極められるのか、それが悩んでいるのか知りたいためだろう。認知症のまだらボケの状態というのは本当に初期の軽度のうちはわからない、一時的な妄想状態から暴力のときは異常がはっきりしていた。妄想は正常にはありえないことを信じて言うからである。それは正常の人には通じない世界だからはっきりしていた。では今妄想がなくなり暴力もなくなりどこが異常なのかというと話もそれなりにわかるし会話もそれなりにできる。異常と感じることは忘れることがひどいこと直前にしたことを忘れることや認知症の場合、理解力や知能が低下することなのだがこれもどこまで知能が低下しているのかその見極めがむずかしくなっている。銀行のことやその他話して理解力がなくなっていることがある。銀行の定期の切り換えなどはむずかしくてできない、年金を下ろすことは通帳とハンコが一時なくなったが出てきたのでできるようになるかもしれない、認知症のむずかしいのは正気のときが確かにある。それはかなり重度でも正気になっているときがあるらしい。そのときちゃんとわかっていることをしり施設でもびっくりするとかあるらしい。だからボケを装っているドラマがあったのもわかる。

こうした精神の病気で病識があることはかなりいいことである。自分が忘れたことを忘れたと思わないから他者が盗ったとか他者に対して自分が忘れたのにそれを指摘すると怒っていたのである。ところが自分が病気で忘れる、バカになって忘れると自覚するようになると対処しやすくなるのだ。自分が忘れること、自分が馬鹿になって忘れることを自覚することは馬鹿ではない、正常な人間でも自分が愚かで失敗をするとか俺は愚か者だ、馬鹿者だと自覚する人間は愚かではないのだ。ソクラテスも知らないと自覚する人が智者だと悟った。みんな知らないのに知っていると思い込んでいるのだ。だからよくよく対話するとわかっていないということを知ったのである。

罪の問題でも罪を自覚する人間は悔い改めて天国に行くこともできるが罪のなんたるかを自覚できない人間は救いようがないわけである。殺人を犯しても俺は大変な罪を犯したと自覚できない人もいる。罪を自覚できる人間は高度な人間なのであり救いがありうる。親鸞が千人を殺して見よと言ったのは人間の罪を心から自覚して見ろということである。人間は罪人なんだけど普通、自分が罪人だと自覚していない、みんな自分もふくめ善人だと思っているからだ。娼婦が自分は罪人だから救われますかと主キリストに問うたとき救われと言ったのもそのためである。こうした人は重罪人でも人間的に優れた人ではないか?なぜなら娼婦がみんなそう思っているわけではないし現代ではやむをえざる事情ではなく単に金が欲しくて娼婦になっている人がいくらでもいてその人たちに罪の自覚などないだろう。罪を自覚しうる人は優れた人でありまた罪は他者から自覚させられないと自覚できないものでもあるのだ。人間の愚かさもそうである。宗教家で優れた人は犯罪も犯さないし何も外から見て罪も犯していないのに罪人だと深く自覚した人であることでもわかる。罪を深く自覚すること愚かだと自覚することは高度に人間的に優れた人なのである。

ともかく梅雨の晴れ間に月が光るように確かに認知症には正気のときがあることが不思議なのである。

2006年07月05日

夏柳(老後の釣人-小話)

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老後の釣り人

静かに釣り糸をたれ
釣るるよし釣れざるもよし
老後の日の長しかな
川の淵波紋を描き
ひそけさや魚沈みぬ
古りし夏柳やそよそよ風にゆれ
過ぎし遠き日はかなかれ
今そに世間は遠のき
何故や我がかたわらに
痴呆の老女一人残さる
世間の欲も消えゆけば
利を知らず利に聡からず
世を去るに痴呆もまたよしや
我嘆かざるべし

認知症でも電話で普通に話は通じる。特に電話はわかりにくいのだ。表情とかわからないからボケたということがわかりにくい、認知症の人と直接話しても短い時間だとわからない場合が多いのだ。昔の友達から時々電話が来る、あの人が死んだとかあの人どうしているとか変わってしまってわからなくなったとかなんか昔の思い出話である。認知症になったことがわからないで話している。電話だと実際認知症になったとわからないからかえっていいのかもしれない、声の便りだけになっているからだ。重度の認知症だと死んだ人から電話きて話していたというから不気味であった。近くの友達はボケたとわかっているが遠くだとわからないからかえってそれでいいとなる。認知症も重度にならなければそれほど困ることはない、みる人もまだ余裕があるのだ。まだ人間的でありえることなのだ。このくらいのボケは誰でも高齢化すればしょうがないとなるのだ。いいか悪いかわからないが利欲がわからなくなる。計算できなくなったり自分が金をもっていてもその金を自分のものとして使えなくなる。世間の利欲から離れてしまうことになるがこれが悪い面では親族にも簡単に金を使われることになる。ただ老人になるとあまりにも利欲にこだわりつづけるのは嫌だとなる。老人はこの世の利欲から離れるのが理想的なのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  老翁の釣り人

夏柳が風にゆらゆら老人が一人釣り糸をたれている。そこにまた一人の釣り人がやってきて声をかける。
「御老人、大物釣れましたかな」
「昔は大物をねらい必死でしたがな・・・今はどっちでもいいですわ」
「それは欲のないことですな」
「老人になると何事も淡白になりますわ、釣れても釣れなくてもいいということかな・・・・ただこうして川風に吹かれ釣り糸をたれているのが楽しみということです」
「そういうもんですか、わしはまだ大物が釣りたい、そして自慢したいですが・・・では・・穴場を探しにゆきますわ」
「どうぞ、大物を釣ってください」
二人はこんな会話をしてし別れた。この老人は今日も一匹も釣れず魚籠を下げて我が家に帰った。貧しいけれど隠居の生活はできたから何もせかされるものはなかったのだ。この老人でも若いときは美女を釣ろうと一攫千金を夢見て都会に出ていたのである。だから心はいつも落ち着かずそわそわしていた。俳句とか短歌とか絵も少々やっていたのだがそれも欲に目がくらんでかいいものはできなかったのだ。
そしてなんとなくこの世のことがわかってきた。
「釣ろう釣ろうとしても釣れないんだよ その心が釣れなくさせていることがわかった 釣れても釣れなくてもいいというとき大物がひっかかったりする
この世はまことにままならぬものなんだよ、一層釣れても釣れなくてもいいという境地が一番心安らぐということなんだよ、人間は欲というものに追い回されて一生終わる、そして心安らぐ日がなく死んでゆくから馬鹿げているんだよ」
そのときニュ−スで世間は今日も特に騒がしかったがこう一人つぶやきまた隠居の部屋で昼寝してしまった。
そしてやおらまた起きて書庫にため込んだ本を探し読んでいる。

小畠貞一「初餐四十四」のなかに

 半生

ひねもす
魚はつれず
日ぐれごろ
手長えび一つかかりぬ


詩集の本は色あせこんな古びた本があったのも不思議だ。旅のついでに買ったものだったのだ。なんとも彼の一生はのんびりした暇なものだったのだ。人生も何か懸命に釣ろうとしても手長えび一つかかって終わりとか皮肉なものである。あくせくした欲に追われた人生も水泡に帰することになる。成功も失敗も人生の終わりにさほど変わりない、失敗に意味あることを苦しみに意味あることを学ぶ方が多かったとかなる。


参考
http://libwww.gijodai.ac.jp/cogito/library/yu/yuujou4.html

2006年07月06日

タンポポ(俳句プログの批評など)

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多奈’(田菜’とも書く)は、蒲公英(たんぽぽ)の和名です。

http://blog.goo.ne.jp/samy_1943/

迂回して知らざる道や綿毛飛ぶ

軽快に走りて夕べ綿毛飛ぶ


神となる大銀杏


http://blog.goo.ne.jp/samy_1943/

このプログで「注連飾る」で検索するとでてきます


樹齢400年で神となった、

歳月が神となすかな大樹立つ

92歳とか100歳まで生きるとその歳月故に神的にならないか?馬齢を重ねただけだとなる老人も多いことは確かだから人間の場合歳をとったから神とはならない、でも百年では二百年では樹でも神とはならないが400年となると神となるのだ。人間でも90以上は神となりうる。これはすべての人にあてはまらない、90歳の無駄飯食いもかなりありこの価値判定は個々に違うからむずかしいのだ。社会的に価値なくても家族の中で価値ある人もいるし人間の価値とか意味は一定していないのだ。宗教団体とか他のセクトの団体に尽くした人はその団体では意味あるものでも他から見ればなんの価値もないのである。

芸術の価値はその人がどんな団体に属しているかなど関係ない、その絵なり作品がもっている価値で決まる。それは団体の公式化された一般化されたものではなく個々の眼で見たものに価値があるのだ。

このプログはそれなりに読めるものであった。タンポポの和名が田菜だとかわからなかった。自転車で知られぬ道を行くとそこにいっぱいの田奈の絮(わた)があり飛んでいた。綿毛飛ぶとなるのがいいようだ。田奈の絮(わた)とういうのは現代にあわなくなっている。

最近認知症の介護で忙しくて他のホ−ムペ−ジやプログを読んでいなかった。プログだとトラックバックとかでつながりやすい、これもまだ一度もやっていない、インタ−ネットは意外とこうしたことが理解することもむずかしいし手間がかかりめんどうなのだ。ただプログでわかるのはキ-ワ-ドだけではつまらないし張り合いなくなる。前は大学名とか地域名とかどこの役所とかまでわかっていたのである。今はキ-ワ-ドしかアクセス解析ではわからないからつまらないのだ。


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庭暇に蜘蛛ひたすら糸を張る

今のところキ-ワ-ドだけが蜘蛛の糸にひっかかるだけなのだがひたすら蜘蛛の糸をはりつづける。アップしつづけているのが現状である。

アルツハイマ− 認知症 対処方法 認知症と鬱病 NHK出版 季節の花と短歌認知症 老いを受け入れる・・・・・


ある日の一日のキ-ワ-ドであるがそれなりのものは来ているようだ。とにかく認知症関係ではなんとか当事者が直したいとか対処方法を知りたいから探しているのだ。自分もそうだったからだ。私の家族の場合はその人のいいような環境にしたらかなり回復したことを書いてきた。でもそのためには介護する家族が犠牲になるからみんなはできない、その家の事情によってみんな違っているから認知症の問題はむずかしいのだ。ただ自分が恐れているのは重度の人の介護日記を読んでいるのでそうなることが怖くてしょうがないのである。だからなんとか今のような状態で進行を止めるためにいろいろしてきたがそれなりに今のところは回復していることは確かである。

2006年07月07日

夕燕(認知症は介護する人に左右される)

この道や老鶯啼いて夕燕

境にて夏山遠く行けざりき




芸術が生活の反映だとするとき、これもなんでもないようだがそうなのだ。老鶯がなく川岸の道を行ったり来たりしている。夕燕がしきりに飛んでいる姿も自分の姿とだぶってくる。二つの家を行き来している自分の姿が自然にだぶってくるのだ。老鶯ないて・・・というところにまだ介護でも楽だから余裕があるのだ。俳句とか短歌でも余裕がないと作れないだろう。「ハンセンシ 短歌」などのキ-ワ-ドできている人がいたがこういう人はもしかしたらハンセンシ病の人かもしれない、となると必ずその深刻な病気の反映としての俳句や短歌が生まれる。ハンセンシ病は顔は変形しても正気なのだから俳句でも短歌でも十分に作れるのだ。認知症とかはまずできない、知能が低下してくるからできない、初期の人は確かに絵を描いたから初期の場合、なんらかの自覚があることは確かである。芸術は自らを客観視しない創作できないのだから認知症になったら創作はできなくなる。

ともかく人間には病気が多すぎる。最近親戚の人が血液の病気になって救急車で福島市に連れていかれた。これもなんかめんどうな病気らしい。50以上になるとなんらかの病気が必ずでてきやすいのだ。生活習慣病というのもそうである。自分も病気で困っているのだけど介護のために医者に行く暇がないのである。人間の死に方で一番いいのは実際はその人の盛りの時に死ぬことである。大作を描いてすぐ死んだ画家とか自らの人生を高揚して説教して死んだ宗教家とか90歳で医者をつづけて患者をみていてその次の日に死んでいたとか仕事の途中で死ぬのがいい死に方である。

今日は晴れたのでまた新地の方に行ってきた。鹿狼山は途中までしか上れなかった。体力が落ちてきたのとなんかゆっくりできなくなったのだ。三食の用意をするのが大変だしこれには休みがないのだ。食事はほとんど買ったものでしているから大変なことではないのだがそれでも毎日用意しないといけないので結構な仕事なのである。遠くにゆっくり行くことができないのだ。

認知症とかの介護のポイントは施設の設備とかにあるのではなく人になるのだ。人が左右することが大きいのだ。その人が介護にマッチしていると病気の進行を止められたり回復するのである。だからデ−サ−ビスでもそこにいい介護をしてくれる人がいないとかえって悪化したとか言う人がいる。施設でもそうでありその人にあった介護士に会えればいい結果になる。だから施設ではくれぐれも患者に嫌われないようにと言い聞かせているそうである。認知症の人に嫌われると言うことをきかないから困るのである。いかに人が大事かわかるのだがそれを負わされた人も大変なのである。重度のアルツハイマ−では一時も24時間離れられなくなる。これは疲れるしつづかなくなるのだ。でもこうした人は代わりに介護する人がいないから困るのだ。ある人は良くても気に入らない人は受け付けないからである。すると負担は特定の人に負わされることになくから大変なのである。

2006年07月08日

夏あざみ

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晴れ昼時の弁当屋や夏あざみ

電車陽のさして電車の窓や朝の薔薇

the bright roses by the sunlight
in the morning
through a window of a fast starting train


砂浜や沖を望みてハマヒルガオ

鹿狼山の麓に今日も老鶯の鳴き声ひびき畑仕事かな


街の通りは死んでいるけど弁当屋は活きている。時々自分も行っているからだ。最近街中を自転車で走っていると毎日のように店をそれなりに見る。店は見せるからきているから見せることが店へ発展した。だから店は誰かが買う買わないという前に見られる必要があるのだ。見られることによって活きてくる。見られなければ何があるのかもわからないのだから売れもしない、そして街はともかく人が歩くなりして見られるものを作ることが大事なのである。毎日そこを通り見ていると何があるんだろうとなる。それでこんなものがあったとか買う人もでてくる。毎日街を行くからどうしても店を見るようになる。だから店はまず見せることからはじまったのだから見せる工夫が必要なことがわかる。

ハマヒルガオとヒルガオでは同じ花なのだが全然違う、ハマヒルガオは海に面して遠くの沖を見ている。砂浜に咲きカモメがとび常に海に望んでいるのだ。


夏あざみのリンクから夏あざみの短歌鑑賞できます
オペラでは字の色が茶色になっています
そこを押すとリンクペ−ジにアクセスできる
プログは自分仕様に作れないのがいやだ
認知症関係とか俳句とかで連続的に書くことなどには向いている
プログでこれからこうしたリンクをふやして本サイトの連携で
情報の拡大化をめざします
ただまとまったものは書けなくなったのが苦しいです・・・

2006年07月10日

泰山木

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今日も来て泰山木の花によるみなぎる力ここにありなむ

町中に空屋に葎知らざりき


人間は力ある場所、エネルギ−が与えられる場所による、泰山木の花はまさにそうである。なんとも力強いからである。人間でもそうした力ある、力を与えられる人による。力がそがれる、元気がなくなるような人の側にはあまりいたくないのだ。認知症になった人でも前はこうした力ある人だったのだ。そういうふうにして力を与えてくれた人がまるで力がなくなることはあまりに悲しいとなる。でも家族は長い時間をともにしたのだから力が弱ってもいつまでも前のままの力を与えてくれた状態であった日を思いつづけている。そうあってほしいというのが人情なのである。介護の場合、逆に弱った人が頼りとされる、泰山木のように頼りにされる立場となってしまうのだ。介護するものが絶えず力を出していかねばならない、立場が逆転してしまったのだ。

最近小さな町を行ったり来たりしているだけだから今まで関心なかった、町の中の家なども良く見るようになった。そして空家があったことに気づいた。山の方では廃屋はめずらしくないが町中の住宅地にあったのでええ、こんなところが空家となっている。それは庭に葎が繁っていてなんかわびしいのだ。売りに出されているのとも違う家であり放置されてしまった感じなのだ。廃屋までにはなっていないがこのままではそうなる。

京都のような昔の都でも築地塀が崩れて荒れた家に住んでいたあわれな女のことなどが源氏物語などにでていた。都だからこそ繁華な都だからこそこうしたわびしい住居がひとしおあわれとなる。この家の住人はどこに行ってしまったのか?なぜここを離れてしまったのか?それが知りたくなるのが人情である。

2006年07月11日

老人の狂気と認知症−病気にもいい面がある、、、


万軍の主の日が臨む
すべて誇る者と傲慢な者に
すべて高ぶる者に――彼らは低くされる――イザヤ2−12


病気になっていいことはないと思うのが普通である。でも病気も神の御意により人間が病気にされていることがあるのだ。病気になるとどんな人も弱者に転落する。誰かに頼らざるをえなくなる。どんなに強い人でもそうなるのだ。親というのも実際は権力を持っていた、子供を世話するものとして権力でいいなりにするということがある。子供にはなんの力もないから不満でも親の言いなりになるほかないことがかなりある。親戚の女性はその娘が実の娘でないということで疑心暗鬼になり娘を責めてよせつけず20年くらい離れて暮らしていたが深刻な病気になり入院して娘に世話になる他なくなった。そうなると今までのように娘に文句もいえないしただ世話になる弱い立場になる。弱い立場になったことで素直になるといういい面もある。人は自分が体力でも財力でももっていて強いと思うとき傲慢になるのだ。ところが病気になると弱者となり絶えずありがとうと世話する人に言わざるを得ない、こういうことは金持だった人とかなんであれ地位があったり強い人は苦手である。慈善でも他者を助けるのでも助ける人は強者であり助けられる人は弱者である。強者は慈善でも必ず傲慢になっているのだ。オレがオレの力で助けてやっているんだとなるからだ。しかしこの強者も一旦病気になると弱者に転落して助けられる方になる。そうなると傲慢な意識を持つことはできなくなるからそういう人にとって病気は精神的修養にもなる効用があるとなる。

人間の地位とか力は長い目で見ると必ず逆転している。百年単位でみれば金持ちで地位があり人に権勢を誇っていた家でも百年くらいでたいがい没落している。その家が栄えていたとき世話になっていた人が逆に裕福になり世話する方の立場になっているのだ。だから力があって世話する立場の人も必ず低くされることは間違いないから謙虚にならねばならない、国際関係で歴史でも常にその地位は変わってきた。バビロンとかエジプトは人類最古の地として栄えていたのだがその栄えの地は歴史とともに常に変遷してきた。富は一カ所に永続しないのが歴史なのだ。また一つの家に富が永続することはほとんどない。金は天下の回りものだというとき金は常に世界を回っているから一カ所にとどめることはできないのである。アメリカが強国であることは永遠にはありえない、この力は必ず逆転するのだ。

認知症になると信じられない弱者に転落する。知能が低下することは人間にとって致命的である。銀行に金があっても自分ではおろせないという信じられない弱者になる。銀行に十分に金があるといっても理解できないのである。だから一文なしで全部盗ったとなる。なぜ狂気的に盗った妄想になるのか、自分で金があってもそれが理解できなくなるから全部誰かが盗ったにすればいいからなのだ。これは認知症の場合、まるっきり忘れることからそれを自覚できないで盗ったということにもなるのだが一面にはすべて自分の物が盗られたという妄想におちいる。これは老人特有の喪失感からきているのだ。老人になると体力であれその家での役割であれ失われる。誰でも無力感に見舞われる。これはリア王なんかでも領土をもっていたからその領土を子供に分け与えるということで力を行使できた。ところが領土も奪われ無力化されるときついに狂気におちいってゆく。これは認知症でも老人には一般的に起こることであり認知症の場合は特別病気が加わって極端になるのだ。認知症にならなくても老人には喪失感、無力感からこうなりやすいのである。だから権力自体に固執してそれを力の源としていること自体狂気だという指摘もわかる。権力に誇るものは明らかに一面狂気と化しているのだ。宗教団体でもそうである。創価などでもただ権力だけを求めているから数とか財力とか社会的勢力のみを追い求めているからまさに狂気−ファシズムの世界である。

人間の権力とかあくなき欲を求める世界は狂気に通じていたのだ。リア王の狂気に通じていたのだ。だから権力を奪われたときリア王は狂気に陥ったし認知症の場合も力を権力を失うことで喪失感から盗ったとかの妄想となり狂気に陥ってゆくのだ。

しかし彼は心に高ぶり、かたくなになり、傲慢にふるまったので王位から退けられ、その光栄は奪われ、追われて世の人と離れ、その思いは野の獣のようになりその住まいはロバとともにあり牛のように草を食い、・・・・・・ダニエル5-18

権力を執拗に求める世界は狂気に通じているし現実この世界はみな宗教団体を筆頭としてそうなのだから狂気の世界であり狂気に向かっている。そして高ぶるものは低くされることは長い目でみれば必ずそうなる。今権勢を誇っていたものも必ず権勢を失う時がくる。この世の権力、権勢に固執していたものはリア王のような狂気に陥って終わる。個々の人間も最後は認知症のように狂気になり社会全体も狂気化して終わるのが定めなのだ。神の栄光ではなく結局この世の栄光を権力の権勢の栄光を求めているからそうなるのである。これは宗教を標榜するもの自体がそうなのだから狂気の世界に席巻されて終わるのが定めである。個々の老人はその終末のあがきであり社会全体も最後は権力、権勢を追い求め狂気と化して終わる。天国などこの世に実現しない認知症の重度患者のように地獄化して終わる。

私のプログのキ-ワ-ド分析

認知症 対処方法

看護基準 認知症

認知症 感性

介護 日記 老人の証言

介護 仕事 給料 安い

アルツハイマ−病とは

ハンセンシ病とは

統合失調症 憑依体質

愛情は細く長く

認知症 詩



●働くは端(ハタ)を楽にすること(福祉関係の仕事も介護する端を楽にすること)

キ-ワ-ドは本サイトで毎日調べていた。プログはキ-ワ-ドくらいしか反応がわからない、7月11日の夜11時までのキ-ワ-ドがこれだった。介護関係では福祉の給料が安いとか給料を調べている人が常にいることなのだ。福祉関係に就職する人なのだろう。やはり最初に気にするのが給料なのである。福祉関係は営利事業じゃないから仕事がきついわりには安い、福祉関係は資本主義の営利主義の経営にはそもそもあわないんだよ、サ−ビスの範囲が介護だとここからここまではいくらだとか金に換算できないよ、生活全般にかかわってくる、その人の全般にかかわるから換算できない、その人の人生までかかわってくる大変なんだよ、相手は人間であり物を生産するようなわけにはいかない、福祉には何か別な報酬の方法があるべきなんだよ・・・それが何なのかみんなで考える必要がある。

例えば働くとは端(はた)を楽にするということなんだよ、これは身近な人が苦労しているのをみてなんとか楽にしたいということが働くことの動機になっている、家族で苦労して働いているのをみて楽にさせてあげたいということが働くことの動機なんだよ、これは極めて生活範囲が狭い家族的労働の世界のなかでハタラクという言葉が生まれたんだよ、この日本のハタラクという言葉が一番介護にあった言葉なんだよ、家族で介護で特に認知症をもった家族では苦しんでいるから介護する人をみていたら楽にしたいとなる。それが介護とか福祉関係の仕事なんだよ、まず給料いくらなんだ、ええ、こんなに安いのかやっていられないよといった仕事じゃないんだよな、介護とか福祉関係は、でも働く方にしては食っていかなきゃならないし生活がかかっているし家族のめんどうを見るとか社会人としてちゃんと生活しなきゃならないとなるとボランティアでやるわけでないからここがむずかしいんだ、この折り合いをどうつけるかはやはりなんらかの知恵が必要になる、それがどうなるかは福祉にかかわる人や福祉の世話になる人たちが考えることなんだよ・・

ともかくアルツハイマ−とかハンセンシ病とかも共通して難病である。特に精神の病は何が原因なのか不可解すぎるのだ。最初認知症の極端に悪い症状が接したのでこれは何なのだと驚き狼狽してショック状態に陥った。
「統合失調症 憑依体質」妄想で暴れたときキツネの眼にそっくりになっていたから狐でも憑いた昔の人が伝えたこともなるほどと思った。何か魔物でも憑いて異常になったとしか思えなかったのだ。精神の病はなぜなのか不可解すぎるのだ。認知症の特徴は記憶障害から起きてくる。そこが病気の根本の原因なことはわかっている。でもそれだけがわかっていてそこから波及する問題はわかりにくいのだ。この病気を家族でかかえてからどうしてこのような不可解な病気が人間にはあるのか?また人間はなぜこんなに病気が多いのかという疑問であった。自分自身も今や明らかに病気がありこれも困っている。

若年性アルツハイマ−は深刻である。これは老年性アルツハイマ−型認知症とは違い打つ手がないみたいだから深刻である。環境因子とも関係なく脳が萎縮してゆく・・その原因もわからないとしたらなんでこんな病気があるんだろうとなる。こんなむごい病気でなぜ人間は苦しむんだろうとなる。だから憑依現象だとか先祖の霊が悪さしているとか様々な原因説がでてくる。医者が認知症も病気ですから悪くなってきますとかそんなこと言うだけ何の対策もないのか、薬も気休めにすぎないしそうなると他の何かを求めて頼るのもしょうがないとなる。直しようがなければそれがうさん臭いまやかしでも人はあなたの病気は直らないと簡単に言われるよりはいいとなるのだ。そうして宗教団体にとりこまれる人もでてくるがそこでも実際はその病気は直っていないし問題は解決していないのである。

それから精神の病気には偏見がつきものなのだ。現実付き合ってくれている人がみな精神の病をもったまたは前に持って苦労した人であった。こういう人は理解があるがその他の人は偏見を持っているのだ。親戚の特養に勤めている女性(嫁)が認知症になったらそんな人とつきあうなと義理の母親に言って縁が切れてしまった。こういう人が施設で働いているとするとその施設が姥捨山とかいうように察しがつく、ひどい状態の人をみているから嫌悪感が常にもって仕事しているからそうなったのかもしれない。

でも今や現代は精神病の時代というように誰もが日常的に接することが多くなっている。明確に区別されず隔離されず社会で暮らす人が多くなっている。そういうふうに軽ければ社会で受け入れる地域で受け入れる他なくなるしその方がいいともなるのだ。

2006年07月12日

尼蛙

かたわらに蝶羽根休め尼蛙

安らかに一枚の葉に尼蛙小さなるものの幸いなるかな


尼蛙に必要な物は一枚の葉にすぎない、あとはなにもいらない、食料もそうしてじっとしていてもとれるのだろう。人間は余りに多くの物を食い要求するから必要とするから大変なのだ。つくづく尼蛙見ていて平和だなと思った。人間は生活であれ介護であれ防衛であれ勉強であれ絶えず何かに追われて生活している。介護になるとこれだけで一仕事なのだ。そして人間の不幸は病気にあった。万病があり病気のない世界が本当に平和なのだ。どんな病気でも病気になったら平和がなくなる。つくづく病気で悩むようになって感じたことなのだ。

人間の平和はまず病気でないこと健康であることが第一である。これなくしてし平和はありえない、これだけ人間の世界に悩む苦しみが多いのに戦争したらどうにもならない、どんな戦争も人間に最大の不幸をもたらすのだ。アフガニスタンとか北朝鮮などは不幸の上に不幸を作り出しているのだ。食料さえないのに戦争準備とか軍閥同士の争いがやまないのである。

2006年07月13日

涼し石一つ(はやる心療内科)

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雨にぬれ清楚に涼し石一つ

鯉はねてそのあと音なき夏柳



the one simplest stone
the cool wetted one


英語では清楚という言葉を訳せない、石の魅力は飾り気のない単純性である。禅で石を重んじたのもそのためであろう。俳句も短いから単純に明快な句がいいとなる。ともかく人間はいろいろなものを持ちすぎた結果、精神も病んでいる。文明は余りにも複雑怪奇なものちなりすぎてしまったのだ。だから石一つを見つめているだけで安らぐのである。それは何も所有しない禅僧の姿なのである。この英訳は正しくないかもしれないが韻を踏んでいるので気持ちがいい、日本語には韻をふめない、漢詩も韻をふめるから読んでいて気持ちいいとなる。中国語は発音がきれいだから中国語を選択したという学生がいたけど確かにむずかしいのだが発音は中国語の方が音楽のようなひびきがあるのかもしれない、発音に関しては韓国語もあまりいいひびきはしないからだ。

古池や蛙とびこむ水の音

鯉はねてそのあと音なき夏柳


これは多少にているのかもしれない、静寂の中に音がするのだがさらに成熟が深まってゆく、そういう自然の音に無駄はない、気持ちいいのだ。文明の音は人間の精神をすりへらしてしまうのだ。


最近近くにできた心療内科などがはやるのは精神を病んでいる重い病気の人が行っているのではない、軽い眠れないとか軽い鬱の人などが通って薬をもらっているからなのだ。重い人は少ないのである。だから認知症などの重い人についてはわからないのである。心療内科とか眼科とかこうしたものははやる、白内障も老人になると必ずなるしその他老人向けの病人を相手にするのはふえるからはやるので新しくできてきているのだ。

2006年07月14日

グラジオウラス

二つの家通いてここに菖蒲咲きグラジオウラスの代わり咲くかな

アパ−トの脇の畑に前は紫の菖蒲が咲いていた。今日見たらグラジオウラスが咲いていた。二つの家があることは二つの地域を生きていることにもなっていたのだ。外国では旧市街と新市街が必ずある。旧市街は歴史的に古い地域であり新市街は新しい都市である。老人も別にオカズがさめない近所にいれば一人暮らしでも病気にならない限り困ることはなかったのである。ただ年齢的に90以上となると慣れないということもあるがそうでもなかった。近くでも一人暮らしの老人が多いが近くにサポ−トする家族がいれば一人暮らしの方が自由だとなる。施設だといろいろ自由が制約されるが一人だと制約されないからいいとなるし費用的にも安くできるのだ。施設に入っても自己負担が増えたから十何万とかかなりの額になる。老人だともし部屋代を安くすると半分くらいでまにあうことになる。

今日は相馬は福島市より暑かった。海からの風ではなく山からの風が吹いていた。海があるところは盆地より涼しくなるのだ。沖縄では暑い季節でも32度以上にはならない、海からの風が吹くからである。阿武隈の山越えると海からの涼しい風が吹いてきたのではっきりと海からの風で涼しくなったことがわかった。阿武隈から中通りは暑くなるのだが今日は浜通りの方が暑くなっていた。その原因は山から風が吹いて海から風が吹いていなかったためなのか、普通は海の方が涼しいからだ。

夏の月(二つの家)

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行き来して二つの家や夏の月

I am going and coming everyday
at my two parted houses
and happen to look at summer moon


二つの家があるという経験はしたことがないから奇妙なのである。
それはこんな狭い町でも二つの世界を生きるという今まで経験し得ないものを経験している。我が家を襲った不幸であったがこれも今落ち着いてみると奇妙な新しい経験をすることになった。

今日は32度だったし今11時半現在も32度である。窓を見たら夏の月が思わず光っていた。そしてこの句ができた。即座にプログにアップしたのだ。プログだと現在をそのまま報告できる。今の時点で日本でも世界でもこの月を見ている。でも同じ月でもみんな違った感じで見ているのだ。まず自分のようにこの月を見ている人はいないだろう。でも病院で見ている人もいるし刑務所で見ている人もいるし船上で見ている人もいるし全部見る立場によって月は違ったものに見えるのである。

だから文学とか俳句でも自分が今までにない変わったことを変わった立場になると例えば入院したり何か変わった場所から自然を見たら全然違ったものになってしまうのだ。そのとき別な心境の文学や俳句が生まれることになる。家族でも結婚して子供持ちまた離婚したりなんか家族内で変化すると心境ががらりと変わるから今までに経験しえない文学が俳句でも生まれる。他の人にとってはこれはなかなか理解しにくいかもしれない、自分にとっては現実なのだから奇妙ではあるがこういうことも人生にはあるんだなとそれなりに納得することでもあった。

2006年07月15日

NHKの福祉番組を見て(男性は介護に向いていない)


NHKの福祉番組の福祉と短歌で二組の認知症の介護の人を紹介していた。一組はなんの感動もなかった。ただ徘徊していたのが体が弱り寝たきりになり入院しただけであった。認知症は寝たきりになった方が楽だというから確かにそうである。二組目の人は感動ものだった。8年も主人を介護していた。その苦闘のプロセスはわからないがその主人用のために特別の釜でご飯をたきつづけて死んでも仏前にそのご飯を今も供えつづけている。その主人をみとった妻が言うには穏やかに死んでくれました。穏やかに死んでもらうことが願いでしたと言っていた。何も私には言いませんでしたが穏やかな顔で死んでくれたので他の人も認めてくれましたと話していた。どういう認知症だったのかわからないがもし重度の認知症でいろいろなこと重度の症状がでていたらこの女性はすごい人だなと思った。8年間もよくめんどう見つづけることができたと感心したのである。

認知症の介護は人に左右される。日頃関係のいい人でないと介護できないのである。日頃家庭で争っていたりすると介護ができない、他の人でもヘルパ−でもよほどその人と相性がよくあわないとできないことが一番問題なのだ。だから負担は日頃関係の良かった人にかかる。その人はこんなに愛情深く介護したら最後は穏やかに死ぬということだろう。つまり重度の認知症は私自身は実際に見ているわけではないが介護日記などを読んでもあまりにひどすぎるからだ。だからこそ穏やかな顔で死んでくれたということが救いとなっている。最後は子供と母親のようになっていたという、乳をまさぐると落ち着いて眠ったりするから子供をあやすような状態になっていた。

女性の方が介護には向いている。男性は介護には向いていない、こうした母親のような介護ができないからだ。女性の優れた点がこういうところに発揮されるからだ。母性愛をもっているしそれが介護でも生きてくる。それにしても回りの親戚などでも8年脳溢血の人を介護したとか若いとき肺を半分とった主人をず−と死ぬまで見ていたとか信じられない介護の経験を持つ女性がいる。こういうことをできるのが女性であり女性の忍耐心である。男にはできないものを女性はもっている。こういう女性にみとられた男性は果報者だとなる。死んでからも特製のご飯を仏壇に供えつづけているというからそこまで尽くされていることに感心する。

介護で親を殺したり自殺したりするのは男性が多いことでも男性は介護に向いていないのだ。実際に介護している人も女性が9割以上なのである。認知症の介護も女性が圧倒的に多いから集まりに行っても男は浮いてしまうからヘルパ−が指導して男だけの集まりをもたせるようになったということがわかる。料理からして男は向いていないし介護には料理も深く関係してくるし女性的な細心な配慮もたりないから男に介護は向かないのである。ただこれから介護がふえてくると男も介護にかかわらざるをえなくなる。特に認知症は男だけではない、妻が認知症になったら夫がめんどうみざるをえなくなる。

そして認知症は世話する人によって確かに症状が良くなったり悪くなったりするのだ。本来妻が世話すべきところを病気でできなくなった結果主人が悲惨な結果になったという本をだしたその娘が語っていた。介護する人に恵まれないと悲惨な結果になる。重度になってしまうのはそうした介護する人に恵まれない結果なのだろうか?それともこの病気は若年性アルツハイマ−のように脳が萎縮してしまうのだから病気が進行してみんな悲惨な死を迎えるのか?そこが大きな疑問なのである。つまりこの病気は穏やかに死んでくれれば一番いい結果なのである。重度になるとあまりにも人間として悲惨であるからだ。自分もそうなるのを一番恐れているからなんとか穏やかに死んでくれということで番組の女性に感心したのである。

2006年07月16日

銀行 金おろせない(数字、漢字がわからない認知症−抽象化思考できない)

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●数字は抽象化されたもの

認知症の謎は今日もキ-ワ-ドみたら「銀行 金おろせない」とかあった。銀行に金があっても金があることが理解できないである。年金が銀行に送られる通知のハガキや定期預金の満期のハガキを見てもわからないのだ。それはなぜなのかというと数字であり数字の意味しているものがわからないのだ。数字が金であるということが理解できなくなっている。つまり認知症は抽象的なことが理解できなくなる。抽象ということは人間にとってかなり高度な知的作業であり抽象化が文明を作ったのである。数というのは極めて抽象的な思考の最たるものでありこの数の認識が文明を作った。木が一本でも動物が一匹でも人間が一人でも石が一個でも数の一として認識することはむずかしいのだ。人間でも数として一として数えること自体極めて高度な抽象化なのである。まず数という概念が生まれなかったら文明が生まれようがない、それは抽象化する思考を人間できたからである。


それにしても不思議なのは
「なんでこんなにわからなくなったのか、私は人一倍頭が良かったのにな・・・」
「病気のためだからしょうがないよ、歳がとるとみんななるんだよ、特に85歳以上になると4人に一人とか大勢の人がなる病気なんだよ みんな長生きするからこんな病気ふえたんだよ」
「ふう・・・現代病だね」
この会話も不思議ではないか、自分が銀行のことなどなぜわからなくなったのか嘆いているのだ。前はこれを全部他者のせいにして盗ったと大騒ぎして暴れもしていた。こうして自分のことを病気として認識していることは病識をもっていることはかなりいいことである。病気と認識できること自体、病気と認識できないとはとかなり違っている。他者を責めず自分の病気だと思っているからだ。この病気の不思議は本当に人一倍優秀な人がなっていることなのだ。その中に絵もできれば社会的に活躍していた本物の実践的知識人とか本物の優秀な人も認知症になっているのだ。頭を働かせない人がなるというけどこうした人が実際に認知症になっているのだからあてはまらないからわからない病気なのだ。とにかくこれは現代病だねなどということはいろいろ大人としてわかっている人が言うことであるしそうした大人の会話がわかることがあるがこの抽象的思考ができなくなってしまうことがこの病気の特徴なのだ。数字が金であるということも抽象的なことであるからわからない、現物としして金がないから金がないと思っているのだ。子供でも抽象化して思考することはむずかしいことだから抽象化思考は人間として高度な知的作業なのである。絵画でも抽象化を自分もパソコンでしてきたが一見簡単なようだが意外とむずかしいという面もあったのだ。具体的絵を描く能力がないから自分の場合抽象化絵画をパソコンでやりやすいので試してきたのである。


●文字は抽象化で生まれた

他に漢字も文字も抽象化思考の結果生まれたのである。山であり木であり太陽であれ星であれこれは具体的なものから抽象化して生まれた象形文字である。これが文字の基本であった。さらにアルハベットととなると形がわからなくなるから音だけになるからさらに抽象化したものとなりわかりにくくなる。文字は極めて抽象化思考の結果生まれたものであり認知症になると漢字などが書けなくなったり読めなくなったりするのは抽象化したものを解読することがむずかしくなるからだ。だからまず書類はほとんどわからなくなる。読んでいても何を意味しているかわからないのだ。何回説明してもわからないのである。

認知症の特徴は抽象化思考ができないことが顕著になるということは確かである。だから文章も読むことも書くこともできない普通の世間話ができてもこうしたことはできなくなる。これは若年性アルツハイマで全国を講演している人もどこが悪いのかとみられていたが自分の名前の漢字が書けないのである。簡単な漢字は書けてもむずかしくなると書けないのである。漢字は実際認識して書くことはかなりむずかしい、自分も漢字をパソコンばかりで変換して書いているから書けなくなっている。とにかく抽象化思考は人間にとって文明を築いたように最も大事なものだったのである。

2006年07月17日

白薔薇(秘められた花)

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庭の奥秘めし白薔薇今日一日誰もさやることなくつつまれ咲きぬ

無垢なる花

森の奥に秘められて妙なる花
そは人に見せるためにあらじ
神に見られるために隠されている
人に見せようとしたとき
その花の神秘性と無垢は失われる
花はその本来の美を保つためには
時に森の中に隠されてつつしみ
その無垢なる美を損なわさすべからじ
その花は神に献げるべきものなり


最近前にアイドルだった歌手が42歳で自殺した。華やかな絶えず注目をあびていた人は普通の人と精神状態が違う。自分の美を絶えず露出して人目にさらしている。その言動も常に人にどう受けるとか腐心する。絶えず人目を意識するから疲れるて本来の美もそこなわれるのだ。世の中は商業主義になるとすべてが売り物になるから美貌も当然売り物になるのだがそこで本来の美は失われる、消耗されやすい、あらゆる場所、教養の世界でも出版でも売れること最優先することテレビでは視聴率を最優先するから情報はゆがんだものとなる。目立たないもの変わったものでないと注目されないから大事なことでも報道されないのだ。デジタル放送でもテレビはだめである。6局くらいが独占するためにもくろんだのがデジタル放送でありテレビ放送は独占されたままなのだ。だから新しい放送はデジタルからも生まれないのだ。インタ−ネットではマスコミとかベストセラ−の売るための商業主義から脱した情報世界を作れることなのだ。

日本語のつつむには意味深なものがあり前にも書いた。これは日本語のもっている美徳が言葉となって伝えられた物であった。ただそれが忘れられて自覚できないのである。言葉は常に見直して洗い直しその意味と美を再認識することが必要なのだ。これは言葉だけでなく伝統というのはそういうものである。歴史的に伝えられたものには価値があってもその価値を見直し更新していかないと価値がなくなってしまうことがある。外国からなんでも取り入れる時代は終わった。再び国風文化の時代に入ってくる。時事問題で国風文化というキ-ワ-ドで来るものが多かった。そういう時代風潮にある。奈良時代と明治時代は外国の唐風文化と二つの文化が融合したのでルネサンスが起こった。明治時代も同じだったのであり日本ではこの時代が一番文化的には豊かだった時代なのである。奈良時代の次は源氏物語やかなの発明など国風文化の平安時代になったのである。

とにかく現代の商業主義情報社会から脱しないと自ら情報を遮断しないと精神が汚されることは間違いない、売れる物は軽薄なものであり宣伝される物も軽薄なものなのだ。商業主義情報社会からは新しいルネサンス、価値は生み出されないのである。

参考−整形美容は本来の美ではない
失われた日本人の美徳


2006年07月18日

ソバナの花

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町中を行きてソバナの咲くあわれ行く人もまれに雨しととふる

和名は軟らかな若葉を蕎麦菜(そばな)にたとえ,また岨菜(そばな)で、昔、山仕事をした杣人(そまびと)が使った
杣道沿いによく生えるところから名がついたといわれている。


小さな町の脇道にソバナの花が咲きはじめていた。この花は普通山に見かけるものだった。それが町の中の歩道に咲いていた。このような花が咲くのにふさわしいさびれた町だとなる。でもそうした花が目にとまるのもさびれて静かだからだとなる。あまりにもにぎやかだったらこうした花に眼を向ける余裕もないだろう。自然は大都会では映えにくいのだ。5万から10万の市ではかえって自然と人工美が調和して映えることがある。生活自体はそうした規模だと一応生活に必要な物はそろうだろう。介護になってから今やこんな小さな町を毎日行き来しているだけである。前は通っていたにしても注意していなかったが毎日通る、通るとここに飲み屋があったとか今まで気づかないことが気づくのだ。こんな小さな町でも気づかないということがある。買い物がス−パ−だし街自体が生活とかかわりなくなったためともいえる。街の通りは生活とかかわりなくなると買う人にもかかわりのない死んだ街になってしまうのである。

カテゴリ−に分けるというのもわからなかった、このプログはかえってホ−ムペ−ジ作りよりわかりにくかった。簡単なことができないし自分仕様にできないのだ。忙しくてこうしたこともよくわからなかったのだ。今日の一句一首は認知症日記と一緒になって書きつづけたが分けることにした。認知症に関心のある方は認知症日記を読めばそこにまとめられることになる。でも前に書いたものはかなりあるからこれをまとめることができない、これはリンクでホ−ムペ−ジの方でまとめるという方法がある。プログは日記形式だからホ−ムペ−ジのような作り方ができないので困る。

2006年07月19日

カボチャの花(物を粗末にする原因)


芋の葉にカボチャの花や老鶯の今日も鳴きつつ畑に暮れけり

今日の暴れん坊将軍を見て面白かったのは塩鯖作りしている相模の漁師の娘がその暮らしがいやで江戸にでた。そこの働いている海産物問屋が悪で上の役人と結び密貿易をしもうけていた。その密貿易の品が外国の玉などであった。そこで役人に見初められ妾になった。そこに漁師をしていた親が江戸にきて家を出た娘を探しにきた。そこで見たのが塩鯖の中に密貿易の玉を隠していたのである。その塩鯖は投げられ玉が大事そうにとりだされた。妾になった娘の所に役人がよったとき土産に塩鯖をもってきたのだがその中に玉が入っていて塩鯖は庭に投げられたのだ。それをみた漁師であった娘は怒った。塩鯖を玉よりつまらないものとして投げてしまったからだ。何故怒ったかというと父親と二人で苦労して塩鯖作りしていたからなのだ。それが粗末にされるのが耐えられなかったのだ。

これは江戸時代でも商品経済化するとなりやすい、どうして商品が作られ運ばれてきているのかわからない、ただ金さえあれば食えるとなる。魚をとる苦労だとか塩鯖作りの苦労がわからないのだ。これは現代ではまさに商品がどうして作られるか全くわからない、そのプロセスがわからない、なぜならバナナでもなんでも金さえあれば手に入る、地球の裏側からまで品物は豊富にある。金さえあればなんでも手にはいる。だから物を粗末にすることがある。バナナを熱帯の暑い陽ざしのなかでとるには苦労して日本の若者がやったらできなかったとか結構バナナをとること自体大変なものらしいのだ。コ−ヒ−をとるにしても大変だしそうしたことが現代ではまるっきり見えないのである。これは都会ではそうである。芋の葉にカボチャの花が咲いている。具体的に畑で何が生産されているもわからないのだ。それが物を粗末にしてしまう原因である。

物というのは物語となって物の意味がある。物はただ食うだけのものではなくそこには物語があるのだ。何にでも物語があって意味をもってくる。墓でもそこには一族の物語がありそれを知って墓の意味もでてくる。人にもそれぞれの物語がありその物語、事情を知ってはじめて意味もわかるのだ。歴史もまた物語(ストリ−・・ヒストリ−)なのである。

2006年07月20日

老鶯-月見草

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老鶯の籠もりて啼くや草深し

強き人弱くなりぬる病にてあわれなぐさむ月見草咲く


人間どんなに強くても病気になると弱くなる。強がりを言っていた人もただなぐさめられる人となる。あわれな存在となる。ただそれがすべて悪いことではない、自分の弱さをそこで痛感して人間は弱いものだとしる。強がって威張っていた人も弱さを知り謙虚になるということがある。何かことあるごとに娘を責めていた人も一旦病気になり看病される身になったら離れないでいてくれとかなっているのだ。それまでは寄せつけもしなかったのである。ただ相手に頼りなぐさめられるだけになってしまうのだ。

しかし問題は認知症とか精神の病はそうはいかないことがどうにもならない、自分が体が弱いということを自覚できても精神は自覚できないし、頼らなければならないのに頼るべき人を責めたり暴れたりするからどうにもならないのだ。記憶できないとか明らかに病気なのだがそれを自覚して助けてもらうべき人に素直に助けてもらうこともできない、助けてくれ人を拒絶したり暴力までになる。だから同情して助けようとしても助けることができないということがこの精神の病の悲劇なのだ。

2006年07月21日

ノウゼンカズラ(人間の幸不幸は最後までわからない)



ノウゼンの光を受けず雨に散る

ノウゼンの道工事中の仕事かな


ノウゼンカズラが雨に散っている。梅雨が長い、まだまだ開けそうにない、ノウゼンカズラは真夏にふさわしい花だが雨に散ったのではにあわない、不完全燃焼である。ゴッホの絵のように真昼の太陽の光を受けて咲き散るのににあっている。工事しているところもそこに人が汗して働いていることでノウゼンがにあっていた。写生が俳句であり現実の生活は実際は詩になるのだが自動車とかは詩になりにくい、そもそも嫌悪している。でも介護とかになりまた病院に行くとなると車がないと不便になった。せめてバイクが必要なのだがこれも私の場合、注意力がないので事故にあう可能性が高い。

車をもっていたら事故で障害者になるか死んでいたかもしれない、人間は全く何が不幸の原因になるか、幸福の原因になるかわからないのだ。あなたが不幸と思っていることが90才まで生きてみたまい、その不幸の原因が幸福の原因になったりしているのだ。また幸福の原因だったものが不幸の原因だったりする。何が幸不幸を生むかわからないのが人間なのだ。人間90才まで生きてみて幸不幸がわかる。人間ほど不可解なものはこの世にない、だから若者が嘆く不幸などは実際はあとからふりかえるととるにたらないものになっているのだ。それで自殺するものはとんでもない過ちを犯したことになる。不幸と思えた原因が幸福の基になっているからだ。とにかくなんでもいいから人間は最後まで生きてみることである。

2006年07月22日

山百合

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老鶯や朝雨しとと旧(ふる)き道

山百合の匂いを放つ十数輪街のはずれの農家の庭に

草深く月見草咲き合歓の花我が行く道の今日もひそけし

老鶯に聞きなれぬ鳥ともに鳴く朝の公園歩み静けし


季節は花とか鳥とともに変わっている。山百合がこの雨のなかでも咲きはじめた。鬼百合も咲いた。なにの鳥か知らぬが老鶯とともに鳴いている。今年は梅雨が長いみたいだ。

鳥は鳴き声が聞こえても姿をとらえることがむずかしい。ジュウイチはジュウイチと鳴くのだが姿を見たことがないのだ。また見れないのである。一時野鳥観察などをしたがめんどうなのでやめた。これも相当暇で根気がないとできないのだ。かなり待っていて観察しないとだめである。私は一カ所にじっとしていることが苦手だからだめなのだ。釣りなども向いていない、じっとしていられないからだ。ただ花とか鳥の名とか基本的なものは知らないと短歌でも俳句でもいいのができない、まず名前を覚えることが大事なのだがこれですら結構時間がかかるから人は時間を無駄にしているのだ。詩の分野はかなり広範囲な知識が必要とする。その背景があって短歌でも俳句でも読みが深くなるから勉強することは尽きないとなる。

抽象画も画家が描けばそれはかなり高い深い芸術性がある。簡単なようだが素人の描く抽象画とは違うみたいだ。これはそれをまねたのだがこれはパクリになるのだろうか?インタ−ネットはこういう合成とかちょっとした変化をつけるとわかりにくくなる。これが著作権違反になるのかどうかわからなくなる。でもこの抽象画は老鶯にあっていたのだ。インタ−ネットは創作を相互に刺激あうのにはいい道具なのである。それを自分なりに利用できるのも簡単だからだ。ただ著作権がどうなるのかむずかしいのである。

(京都野鳥の会−短歌)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~yachou/siryou/siryou_03.html

2006年07月23日

野馬追いは旗祭り

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人と馬連らね集うや野馬追いに

ノウゼンや勇み集いぬ馬百騎

北郷の組頭の名や勇み出る

行列に勇みい出ゆく草深く藪萱草の咲きにし道を


●旗奉行とイギリスの紋章院との共通性

野馬追いは旗祭りとも言われ同じ旗は二本となかった。そのため旗奉行をおき、旗の濫造を禁じ、他家の旗を勝手に用いることを禁じた。旗奉行はすべての旗印を覚えておき、遠くからでも「あの旗は何郷の誰々」と言い当てたとういう。(相馬野馬追い絵図帳)

分家の場合は各切りなどをして区別した。

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野馬追いの旗の由来を研究した本がまだ出ていないのでは?これだけ研究するにも大変だろう。旗奉行はイギリスの紋章院と同じである。貴族の格付けをするための役所があったのだ。旗の由来は他者と区別するためのものであった。イタリアの城の街でも旗祭りが実際にあった。テレビで見たが野馬追いのように具象ではなく抽象的幾何学的紋様が多い。旗を投げ合うことを主眼にした祭りであり旗を見せる祭りではない、ただヨ−ロッパでは城内に常に旗が飾られているから日本の城とにているのだ。旗の紋様が合体するのも二つの領土が合体したりすると旗も合体するのである。野馬追いでは分家の旗とにている。今回旗で面白いと思ったのは金札旗でこれは藩の財政を示すものだった。戦争も金がなければできないから重要であった。それから藩公奥方旗というのがありこれも奥方を守るとか奥方が大きな力をもっていたためである。

●旗巻き峠

旗のエピソ−ドととして「赤に黒の釣り鐘」の指旗の武者を伊達藩の者に相違ないと見破り、旗巻き峠まで追いつめたという話がある。他藩の者が交じって戦いに出てきたのかよくわからないが旗は敵味方を見分ける重要なものだったのだろう。旗巻き峠は旗を巻いて逃げたからそうなった。伊達藩と相馬藩の境にあり20回も戦いがあった。小藩の相馬藩は生き残ったのは野馬追いの訓練で軍事訓練を怠らなかったためと言われる。旗巻き峠も旗ということで野馬追いの旗祭りとかかわる地名である。

●南相馬市はまだなじまない

相馬市はもとのままでも南相馬市と変わると確かに相馬市と南相馬市は相馬としての一体感が名前から生まれたことは確かである。同じ相馬だということが外部からもわかるからだ。だから今になれば無難な名前のつけ方だったともなる。これでわかるように地名はあまり飾ったもの詩的に考えるものではないこともわかるし方角地名など単純なものが多いのである。やはり目印としてはその方がわかりやすいからとなる。でもまだ南相馬市というのにはなじみがないからぴんとこないのである。これにはかなりの時間がかかる。

参考

旗の説明
http://members.jcom.home.ne.jp/bamen1/souma2.htm

市町村合併で変わる名前(野馬追いの日)
http://www.musubu.jp/jijimondai17.htm#noma

旗巻き峠について(一部)
http://www.musubu.jp/somagappeijiji.htm#miyako

これはあとで本サイトの市町村合併名前の問題に移動しよう
一時的にここにアップ

2006年07月24日

夜の蜘蛛

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しんとして糸の緻密に夜の蜘蛛

二日前は野馬追いの前夜祭で花火があった。これが曇っていて花火はきれいに見えなかった。それでもやらざるをえないから損だった。二階の窓からデジカメで花火をとっていたのだが偶然に写っていたのがこの蜘蛛の巣だったのだ。この蜘蛛の巣には全く気づかない、二階の小窓の外だから気づかないのだ。この蜘蛛も曇ってぱっとしない花火をみていたのか?それにしてもこんなところに蜘蛛がいてデジカメに蜘蛛が写っていたことは意外だ。デジカメにはこういう作用があるのだ。

人間の眼は花火だったら注目する花火しか見ていない、しかしデジカメは全体を詳細に写しているのだ。だからデジカメはなんでもその場を写しておくと意外なものが写っていて驚くのである。人間の眼と機械の眼は違っている。だから両方の眼が必要であり機械の眼は機械的に全体を細部まで記憶することに優れているのだ。人間の眼だけを頼りにすることはできない、機械の眼も必要なのだ。これがデジカメとかコンピュ−タ−をもった人間の脳の強化に役立つ、人間は万能ではない、明らかに機械の助けが必要であり機械は確かに第二、第三の眼になることをデジカメは証明したのだ。

白薔薇開く

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朝静か白薔薇開く雨しとと

one white rose blooms open
in secret in the morning
in the little rain


雨の中に開く白薔薇である。薔薇というと本当は乾燥した地帯に咲いていたものだが梅雨のなかに咲くのもあっている。ただ蓮は雨のなかにはにあわない、暑い日影に咲いているのがにあっているのだ。インドや熱帯地方ではあう花である。薔薇は秋の薔薇から冬の薔薇まで日本でも風情がある。風土にマッチしたのである。外国では薔薇というと花の代表であり桜と同じである。教会の薔薇窓とかも薔薇を模したものだからだ。

いろいろな角度から十枚ほどとってこの写真ができた。デジカメはこういうところが便利であり素人でもいい写真がとれるしまた加工できたり補正できるので便利なのだ。今の時点でこれだけ咲いたがまだ完全には咲いてはいないのである。その時々をリアルタイムで報告することがインタ−ネットの醍醐味なのだ。

2006年07月25日

白薔薇に虫一匹



認知症の姉は散歩に家になし白薔薇に虫一匹ささやく

金をやってももらったことがないとかその金を入れたサイフもなくなっている。別なサイフに半分あったがあとはなかった。どうしても金を管理できない、この病気は意図的にではなく変な所にサイフなどをおく、隠すつもりではないのだが変な場所に置いて自分でわからなくなるのだ。そして身近な者に勝手にいじるなとか怒るのである。だから金をあづけられないのだが金にこだわり金をもたせろとなるからやっかなのだ。

幸福は昨日開いた白薔薇に虫一匹のみがささやいていることだ。そこにはなんの問題もないのだ。それが平和なのである。あとはまた認知症のいざこざがあるだけなのだ。認知症の人が嫌われるのはどうにもならないのだ。病気なのはわかっていても嫌になるのである。

夏の星

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夏の星遅く帰れる烏かな

橋たもと合歓に夕風釣りの人

合歓さいて日影の広し河原かな


久しぶりに晴れて星が輝いていた。烏が何羽か帰ってゆく、そんなことになぜ感慨を覚えたのか?それは認知症の介護のために一日たりとも留守にできないためである。帰るにしても夕食の用意をしないとならないから早く帰らざるをえないのだ。今まで生きてきてこんなことになるとは夢にも思わなかったのだ。いつでも出かけられたしどんな遠くまでも自由に出かけられた。それも時間制限なくてである。何日でも何カ月でも出かけられたのだ。それが一日すらも自由にならないとは考えられないことだった。こんなふうになることもありうるのだと愕然としているのだ。それでも回りは自然が豊富だから自然は楽しむことができるのだ。そしてまだそんなに手はかからないから昼間でも同じように疲れたら寝ているからそれなりにのんびりしているからこんなふうにして毎日プログを書いているのだ。

2006年07月26日

孟宗竹、老鶯のデュエット

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朝涼し孟宗竹の五六本

すくすくと竹の伸びるや夏の山

走りきて夏山遠く夕暮れぬ

老鶯の声あわせつつ鳴き暮れぬ里にゆるやかに時のすぐべし

訪ねくる旧知の人と語らうや老鶯なきあう声のひびけり

老鶯の鳴きあう声に鋭くも若き鳥鳴き去りにけるかな


晴れてのでまた近間を自転車で一周した。孟宗竹の写真も意外だった。前の孟宗竹一本には注目していたが奥にまた孟宗竹があったことに気づかなかった。つまり前にも言ったが人間の眼は全体をとらえることができない、一部目だった物だけを注目するのだ。結局デジカメの写真を基に俳句にした。奥にも孟宗竹がありなんとも頼もしい感じがしたし青々とし若々しい感じだったからだ。ただこれだけではものたりないが俳句だけでは今や訴えない、写真や絵と一体となったとき活きてくるのだ。

川岸の公園で老鶯が近寄りなんとも気持ちよく二羽が声をあわせて鳴いていた。まさに老鶯のように声をあわせて鳴きあうことが老人にはあっている。老人とは六五才以上くらいになっているが若いとき私は老成していたから今になってまさに老鶯があっているのだ。けたたましく鳴く夏の鳥もあったが今回の老鶯はまるで二羽がデュエットのように声をあわせて何度も歌っていたのである。認知症には旧知の人がかかせない、昔は覚えているから何度も同じことをしゃべっていても気持ちいいのだろう。聞かされる方はいやになってしまうのだが本人はしゃべったこと忘れているから何度もしゃべるのだ。それでも気分がよければしかたないとなる。

2006年07月27日

日焼けした旅の若者

日焼けして若者歩く長路かな

はるか来て若者歩く立葵

若者にみなぎる力夏の山


コンビニで北海道から歩いてきたという若者が休んでいた。軽装で実際に一カ月くらい歩いてきた。歩く人をみかけるのだが意外と途中電車とかに乗っているのだ。全部を歩き通す人は少ないのである。

とにかくその日焼けした顔、まだ20才くらいなのか、力みなぎっている。未来への時間も十分に残されている。時間など全く意識していないだろう。若いときは無限の時間があると思っているのだ。その体から若い生気があふれだしている。認知症とかの老人とかに接していると新鮮であった。

若者は若いというだけで十分に恵まれている。その若い体力,気力があれば十分である。それに比べるとあっというまに今や死への坂を転がりおちてゆく感じなのが60代になる。そしてつくづく自分も自由に旅したことを思いその若者としばし語っていた。ああ、自分はもはや旅することすらできないのか?それを思うと愕然としその若者を見ていてただうらやましく思ったのである。

2006年07月29日

ダンゴ虫(一緒に育たないと情は育まれない)

都会の子ダンゴ虫と遊ぶ夏休み

東京から来た一年生の女の子がダンゴ虫だと手にのせて遊んでいた。虫を嫌っていない、子供はすぐになにとでも遊べるし遊びを見つける。ダンゴ虫と言って遊んだ記憶が私にはない、しかし子供の頃はやはり虫と遊んでいた。それにしても15年ぶりにあった孫と祖母というのも奇妙である。孫と祖父とか血のつながりがあり肉親であっても一緒に育ったり生活しないとそもそも人間には情が育まれないのだ。だから15年ぶりにあったというなつかしさとかが全く起きてこない、でもずいぶん人の顔は変わることには驚く、15年もたつと別人のようになってしまうことがある。

結局肉親の情といってもはかないものであり一緒に育たない限り親子ですら情が育まれないからなんかなつかしいとか会えてうれしいとかという感情が起こらないのだ。血のつながりとか肉親でなくても同じ釜の飯を食うとか一緒に長年暮らしていると肉親以上に濃い情が育まれる。生みの親より育ての親なのである。でも育ての親は血のつながりにこだわる。しかし一緒に育たない親は子でも親でも情が育まれない、情に欠けた親子とか兄弟とかはありえない、親子の情とか肉親の情でも家族の情は一緒に育つことによって育まれるのである。

ただ血縁とはやはり深い因縁があるから15年ぶりに会いにもどってきたりする。しかしこれも実際は金の縁がつないだということもある。遺産の相続の権利はあるからだ。この物語は長くなるので次の機会にするようになる。
西山家(仮名)の因縁の物語である。

曾祖母の時代

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曾祖母(そうそぼ)は九十二や里の夏の闇

とは、直系3親等の祖父母の母にあたる女性に使用される。祖父母の母親に当たる曾祖母については「ひい」をつけ、ひいおばあさんと呼ぶ。

「夏の闇」だ。「五月闇」の傍題だが、「梅雨どきの暗雲の垂れた頃の暗さ。昼にも夜にも使われる」


今の時代、たいがい曾孫(ひまご)の代まで長生きだから生きている。祖父母のその上の曾祖母、父まで生きているのが普通なのだ。一五年ぶりで孫に会ったというのもそんな年まで生きていたからなのだ。昔だったら死んで会えなかったのである。ただ孫といってもほとんど一緒に暮らしていないし肉親の情などありえないと思うがともかく92となると何か人間というより人間の幻というか霊のようなものに生きながらなってしまうともいえる。悪くとれば幽霊化している。幽鬼のようになってしまうのだ。認知症の重度の人はまさに過去を本当に幽霊のようにさまよっている幽鬼になっているのだ。だからその年になると死にたい死にたいという老人が多い。死にたくても死ねないという年にもなる。現実そう毎日のように言ってやっと死んだ老人もいる。死ぬしか用がなくなっていたのだ。長寿は全部祝福されたものではない、呪いとなっている人が多いのも事実なのだ。ただまだその年まで役割を家庭でも社会でもっていたらその存在感はなおあり無言でも重い存在を示すことがある。

曾祖母(そうそぼ)父というとき、田舎の古木のような存在だから都会より田舎にふさわしい。いづれにしろこの超高齢化社会は曾祖母や父が当たり前のように生きている今までに経験したことない時代なのことは確かでありそこからいろいろな問題が生まれるし人間を90を普通の年として考える時代になったのである。

夏の闇というのは果たしてここにあっていたのか?どうもこの季語はピンとこない、わからない、春の闇はなまめかしい闇なのでわかりやすいが夏の闇はわかりにくい、季語に最もマッチした俳句を選句してみる必要がある。季語は一人では理解できないほど多様すぎるからだ。

2006年07月31日

バレリ−ナを夢見る少女

バレリ−ナ夢見る少女は母と子と都会の一間に住みて未来を語る

月謝は8000円、発表会費用は10万円です。プロにならなくても長く続けて欲しいと考えています。

トウシューズを含め月に2万くらい。発表会には20万以上掛りますが何かに打ち込めることがあることと、


http://www.kingdom.or.jp/nanchie/html/00/13_09.html


都会と田舎の違いで話し合ったことがあった。その中で都会は習い事とか趣味を極めることができるとかあった。確かに田舎でなかなかバレ−を習うことはむずかしいかもしれん、でも公共的施設でも安く習いるとするとそれなりの都市ではバレ−を習っているのかもしれん、やはりこういう習い事は都会の方が有利である。いろいろ刺激があるからだ。でも発表会で10万とかかるとなると大変である。私が会った少女は顔だちもよく才能もある。しかし生活保護だとか貧乏だから発表会の金を出すことは苦しいだろう。人間はどういうわけか才能があってもその才能を金で伸ばせないとか才能のない人でも金には恵まれているとか常にこうした矛盾がつきまとっている。「鳶が鷹を生む」ということは私が会った親子にはぴったりだった。こういうこともあるのだと実感した。

生活保護で14万もらっているというが都会と田舎の違いはいろいろあるが6万5千円で新宿で一間しか借りられないというのがかなり田舎と違っていた。ここでは4万ちょっとでも三間のアパ−トがあるからだ。この違いは大きいと思った。だから金はたりないと言っていた。パ−トで6万とか働いているのだから全部で20万になっていてもたりないというのが都会の生活なのだ。生活保護の場合は部屋代が支給されるからだ。田舎だと市営とかで一万五千円でいい住宅を借りられし町では一戸建て庭付き五千円だった。この差も大きいのだ。都会では二〇万で親子二人で金がたりないが田舎だったら十分に楽に暮らしていける金である。最低で三〇万とかかるのだろう。ただ田舎だと車が必要になることが多いから必要経費としてかかる。私は自転車でなんとかやっているが介護とかになると病院に行くのにも不便だからこまる。

都会がいいか田舎がいいか善し悪しはあるが年取ってからは田舎がいい、でも山村は老人にとっては医者もいないから住みにくい、五万以上の小都市中都市が住むには一番いいのだ。病気に関しては認知症をみる「ものわすれ外科」などは福島市とかにしかないから困るのだ。むずかしい病気は小都市ては対処しようがないのである。

西山家の因縁(死者が生者を呼ぶ?)

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無縁墓夏草茂りまた隠す

西山家の因縁は母の前の父親が東京の工場で事故で死んだ時からはじまったのだ。母がそれで実家に帰りその子を連れ子にして再婚したのである。しかし連れ子だった子はまた実家に返されて西山家の養子になった。その後集団就職で東京に行きそれから結婚相手が静岡の方だったのでそっちに移動してしまった。それで何事もなければ良かったのだがここからが大変な問題が起きた。妻が不倫したあと交通事故で私の父違いの兄は死んだのである。その時中学生の女の子の子供がいた。その子も養われないので児童施設にあづけていたのだ。
この不運の原因はまず母の嫁ぎ先の夫が会社の事故で死んだことからはじまった。ただこの不運の原因はそのあとは本人が原因して不運を呼んだともいえる。生活がゆきづまりサラ金から借金して水道、電気などをとめられたりそれが原因で一家破綻になっていたのだ。だから人間は確かにその生い立ち不運はあるのだがそれが全部影響するわけではなく自分で不運を招き入れることがあるのだ。どんな不運の状況でもいい方向にもってゆくことはできる。だから確かに不運があったとしてもそれを運命論的に避けられないとはならないのだ。

ただ不思議なのは墓が死者が生者を呼ぶということがあるのか、西山国男(仮名)の娘はもともとここで育ったものではないから国男が死んでからその娘は母方の親戚がひきとったので父方の親戚には一五年間も来ていなかった。なにしろなじみがないから来たくなかったのだ。育ったところがやはり故郷になるからここには来たくなかったのである。それがなぜか一五年ぶりにおばあさんのところにきたのか、それは金がもらえるということで来たのである。その間に結婚して一人の娘をもうけていた。結婚した相手は暴力ふるからとかで離婚してその後は生活保護になっていた。ともかく児童施設から親戚の家から渡り歩き東京に出てきて結婚して離婚してと変転の人生を歩み今日にいたっている。この人生もその父親とにていることの不思議なのだ。離婚したので元の西山の姓になり一五年ぶりに祖母に会いに来て墓参りにきたのだ。そして西山家は最近長男が死んだから長男には子供もいないからあとをつぐものがいない、もう一人の兄弟は別な姓になり別な墓を作っているからだ。このいきさつはよくわからないが本来は西山家を継ぐべき者だった。これでわかるよに姓の意味は大きいのだ。別な姓になったら別な墓になり別な系統の血統になってしまい分離してしまうからだ。それで西山家は将来は墓だけになってしまいいづれは無縁墓になってしまうかもしれないのだ。

その西山家のとなりはまた草が繁っていたという、一カ月前くらいにその草をきってむしったのだがまた生えてきた。またその草をきりにいかないとならない、そこには無縁墓になっているからお参りする人がいないから草が伸び放題になっているのだ。そしてその草を刈ったところに不思議な無縁の墓があった。それが何を意味しているのかわからないが無縁な墓がとなりにあることで草を刈ることでその墓がわかり興味をもった。墓にも隣があったということである。

墓が死者が生者を呼ぶということがあるのか?一五年ぶりに元の西山の姓になり墓参りに来たのは死者が生者を呼んだのか?墓はかなりの因縁の場所なのだ。なぜ毎日二つの家を行き来している時、必ず自分の家の墓の前を通っているのも因縁なのか、墓が自分を見守っているのかとさえ思う。いづれにしろ人の因縁は不可解であり因縁に操られるのも人間である。

参考

墓は記録である

http://musubu.sblo.jp/article/821634.html

2006年08月01日

夏風邪の下痢?

夏風邪はやっているのか?普通でない下痢がして腹がぼこぼこしてガスが充満している。インタ−ネットのプログで調べたら一カ月くらいで次のような報告がでている。

小さいクラスに夏風邪が流行して、熱は出すわ、下痢ピーだわで大騒ぎでした
胃腸が冷えると機能が低下して、下痢や夏ばての原因になりますし。
体の冷えは夏風邪を引き起こします。

「今年の夏風邪はそういう腹に来る人が多いんすよ」と言って、注射を打ってくれた。で、薬を頂いて退散。


確かにこんなふうだから夏風邪からきた下痢だったのか、おかゆが作れないと思ったら近くの親戚の人がインスタントのおかゆをもってきてくれた。そういえば前にインスタントのおかゆを買って食ったことがあったが忘れていたのだ。それにしても良くこんなことまで気がついてくれて感謝、困ったときは親戚でも遠くでは何の役にもたたないのだ。自分自身もそうだがいろいろな病気に見舞われる。大腰筋の痛みは動けなくなったので一番ひどかった。どうしても動かざるをえなかったからだ。インタ−ネットは病気を調べるのにはかなり役立っている。やはり親戚の八〇才の女性の白血病は急性なので様態が悪くなり死にそうだというのも本当だった。

インタ−ネットでは同じ症状の人を調べたりするのもいい、ただ専門家は医者や病院や施設などでも認知症のことでも情報を小出しにか出していない、商売だと情報もただじゃないだよ、インタ−ネットは本当は無償の情報の協力として出発したのであり今までにはありえない、情報での協力関係が作れるシステムになっている。だから病気で互いに患者が情報をやりとりすることなどにも向いているのだ。

認知症についてもこれを丹念に読んで調査すると認知症の症例とかいろいろわかってくることがあるかもしれない、かなり根気がいるが実例を書いているのだからかなり参考になる。インタ−ネットの利用方法はいろいろあるが病気に関しては具体的に役立つものとして協力関係ができるものなのだ。

貧困には貧困が重なり(貧すれば鈍する)
病気には病気がかさなり
事故には事故が重なる


悪いことには悪いことがかさなり悪いことは一つだけではこない、重なってくるん、いいことはまた一つだけではない重なっていいこともくるようになっているのが人間だ。