2006年05月22日

夏雲雀(人間は二つのものを同時に得られない)

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野の花の金のまばゆさ夏雲雀


人間の皮肉は二つの物を同時に手に入れることができないことではないか?金と愛を一緒に手に入れようとすると虫のいいことになる。老人になると確かに金があると立派な施設に入ることができる。しかしそこには医者がついているかと思ったら遠くに施設があり医者を呼ぶのに大変で大金が無駄になったとか金で老後をみてもらうと思ってもうまくいかないのがわかる。金のない老人でも家族に親切にされている。二つものを一緒に得ることがむずかしいように人間はできているのかもしれない、人間にしても二つのものを備わっている人は少ない、才子薄命とか体力と才能が持ち合わせているものも少ない、人間は何かに必ず欠けているのだ。

アリとキリギリスの話にしてもこれもアリのようにあくせく働いても老後にさて自由になった貯えもできたこれで安心だと思ったとき何もすることもなくキリギリスのように歌うこともできずボケになってしまうという皮肉がある。一方キリギリスはどうかというと貯えがなくて老後は悲惨かと思うとむしろキリギリスはみんなが一生懸命蟻のように働いていたとき肩身の狭い世にうとんじられていたのだ。遊んでばかりで用なしだとかである。ところが老後になると蟻は遊ぶこともできずボケになるという皮肉があった。

まあ、人間の一生は最後の最後までわからん、とんでもないどんでんかえしが待っている。9回で勝負は終わらない、さらなる延長戦が待っていたのだ。延長戦が本番より長くなるというのが高齢化社会だから本番だけで勝負は勝ち組とか負け組はわからない、本番で勝ち組でも延長戦でボケになったら負け組になってしまうのだ。ボケというとんでもない落とし穴が最後に待っていたのだ。

老年のボケは環境的因子が作用してなるからある程度回復するのは本当みたいだ。今は盗ったも探し物もなにもしていない、いたって穏やかであり一見みると普通に戻ったように見える。ただ書類とか何か普通のときの様に理解できないことはある。大人の考えというのがなくなり子供じみている。でもどこが異常で正常かわからないことが多い、環境的因子、環境が作用してボケになるとするとその人なりの過ごしやすい環境を整えると回復するのか?確かに我が家ではそうだったのか、でも実際はそうした環境を整えることかできるのは少数である。なぜなら正常な人の生活が犠牲になるからだ。嫁が出て行ったら子供の世話とかいろいろな問題が起きる姑はその代わりをもはやできないからだ。病人のわがままを全部きくわけにはいかないから困るのだ。

ペイントグラフィックはこれはいろいろ遊べるし使いやすいことがわかった。人間やはり道具に左右される。道具を作るのが人間だというのがつくづくわかった。人間の社会は道具によって変革されてきた。汽車が自動車が社会をまるっきり変えてしまったようにパソコンという道具も人間を変える、パソコンは人間の知能を変える、才能を引き出し脳に変えることが今までの道具と違った革命的なものだったのだ。このパソコンは使いこなすまでが大変なのだ。ソフト自体使いこなすのが大変だからだ。

2006年05月23日

夏燕(俳句はやっぱり季語が大事だ)

雨濡るも今日も飛ぶなり夏燕

夕立や御堂に休みつばめ飛ぶ

思い切り旅のしたしも夏燕

旅路来て木陰に休む時長し心ゆくまで疲れいやしぬ



芸術は必ず生活の反映がある。空想では作れない、空想の作がよくないのは実感がこもらないからだ。子規が写生を強調したのはそのことだった。雨にぬれてつばめが飛んでいるというのは雨の日も買い物に行かねばならないともう一つ必ずでなければならない用事が病人の世話のためにできたからである。雨が降ったからといってこもっていられないのだ。これは勤めに出る人もそうだろう。雨だからといって休むことはできないし雨のなかでも働かねばならないからだ。

俳句はやっぱり季語が大事なことがわかった。わざわざなぜ夏燕なのかというと雨にぬれて飛んでいる燕は夏にふさわしいからだ。それが日本独特の季節感の俳句なのである。夏雲雀もそうだったのだ。もう一つの句は自転車で旅をしたとき作った。御堂の効用は今では無用のように思えるが雨宿りとか旅人が休んだり寝たりする緊急の避難所だったのだ。そのために御堂があったのだ。旅に明け暮れた自分が今は旅を思い出すだけになるのか?自由な外出すらままならいなくなるとは思いもよらなかった。これは刑務所に入れられたのとにている。しかしいまのところどうにもならいのだ。

思い切り旅のしたしも夏燕

夏燕のように雨のなかでも遠くへまた自転車なりで気ままに旅したい。これは今やほとんど不可能になってしまった。

旅路来て木陰に休む時長し心ゆくまで疲れいやしぬ

しかし30年も旅をつづけたのだから余り文句はいえない、自転車の旅で木陰にゆっくりと休んでいた。その時全く時間に追われることがなかったのだ。これがいかに幸せだったか、今考えるとそうである。病人とかかかると心配でゆっくりできなくなる、仕事をもっている人も仕事で追われて心配になるからそうなる。その時は何の心配もなく木陰に休んでいたのである。自由というのも回りの人が支えとなり与えられるものでありそれがなくなると自由もなくなる。今がそうなっていることでわかったのだ。

2006年05月24日

夏雲雀(老後は山村は不便すぎる)

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街中へ朝ひびきけり夏雲雀

森の中涼しき影や庭の石

自転車に坂上り下り夏の鳥

夕藤や男を待てる女かな


夕藤とは夕べの藤のことでありこれは紫の藤にした。藤の花の特徴は源氏物語に藤壺という女性がいたように男を待っている女性にたとえられる。全然色気のない世捨て人ではあるが花といえば女性的なものであり女性を思い浮かべるのだ。

ようやく五月らしく晴れてきた。夏雲雀が街に住宅地に朝ひびいてくる。10万くらいまでの都市だったらまだ近郊には自然が豊富である。実際は10万くらいの都市の近郊が一番住みやすい、山の中には退職しても暮らすべきではない、10万くらいだったら都市的なものと自然も十分に楽しめるのだ。人間の生活にこの両方が不可欠なのである。かえってこのくらいの都市があって自然も生きてくるし人間も活きてくる。それでも福島県で10万の都市となると郡山とか福島市とかになる。東北では10万規模の都市すら少ないのである。5万くらいでも用はたせるからぜいたくはいえないかもしれない、そもそも10万規模の都市がどういうものかわかりにくいからだ。

山の村はたまに行くのにはいいのだが住むところではないのだ。まず身内が病気になったりしたら大変なことになる。医者すら常駐していないとか老後は山村に住むのは不便すぎるのだ。
むしろ退職者とか病気予備軍の老人は住むべきではない、健康な若い人こそ開拓者のように山村に住むべきなのかもしれない、老人は便利なものが近くにあることが大事になるのだ。

ここ一カ月毎日外国のリンクをたどるのが百くらいきている。これはとめようがないのだ。みんな宣伝である。昨日だけ外国からのリンクからきていなかった。70近く訪問者があった。プログはアクセスが多くなる。ユニ−ク訪問者がどのくらいなのかわかりにくい、50、60は来ているのだろうか?本サイトのホ−ムペ−ジは詳しく分析できたがプログはできないのではりあいがない、訪問者がふえていれば知られて認められてきたということがわかる。それもわからないとただ一方的になり反応がわからなくなる。最近本サイトは全然みていないから放置しているからこれも反応をアクセス分析を見ていないからなんか活きていない、ただプログから本サイトへリンクしたとき活かしている。ただ今のところ認知症というとんでもない問題をかかえたのでどうにもならない、ホ−ムペ−ジを書くということはかなりの労力が必要だった。あれだけ書けたのは寝食を惜しんで書いていたからだ。それが今は病人をかかえできなくなったのだ。

認知症関係の人はかなりきている。なんらかの参考になればいいし、自分も参考になるのを探しているのだ。認知症の不思議は意外と芸術と関係していたことである。治療方法に音楽とか絵画とかガ−デニングとかこうした自分が今までやってきたことが役に立つので自分もこれなら何か助けになることができるものがあるとかかわることができるんだと関心をもったのだ。

2006年05月25日

夏つばめ(出版社−書店は消える運命に)

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水々し新しき葉や夏つばめ

街の上朝鳴きひびく夏雲雀



漢字とかかなは絵画的であり字自体が絵であるから書道の世界が生まれた。アルハベットは活字にパタ−ン化しやすいが絵にはなりにくい、夏燕の燕がどうしてこの字なのかわからない、つばめとかなの方が見た目にいい、かなというのは日本独特の文化であるから芸術化する。アルハベットには字自体の面白さはないのだ。

南国系の葉が水々しく生えて夏の光をいっぱいにあびている。そこに飛んで電線に夏つばめがとまっている。ようやく五月晴れの日であった。

ところでまた今日も本が送られてきた。アマゾンで一円とかにもいい本があり送料代だけで買える。本の買い方が変わったのはインタ−ネットで調べ物して関連したものの古本で安いものを買っている。500円くらいだとどうしても買う気になるのだ。認知症関係ですでに20冊くらい買っているがたいした額にはならないのだ。過去にでた本にもいいのがありこれ集めるとかなりの知識の集積ができる。最近だから本をまた読むようになった。調べ物してそのついでに即座に関連した物を注文して買い読んでいるのだ。本は今やさ−と要点だけを読みそれを利用する、利用するために読んでいるのだ。自分の文章の引用のために読んでいる。自分が主体であり本はそれを補うものとなっている。本の要点はさ−と読んだだけでわかる。だから自分は書評に向いているがしていない、自分の文章で利用しているからだ。

本は早く読まないとだめである。また量を読む必要がある。これだけ複雑な情報化社会になるとかなりの量を読まないと発言できないのだ。多読はだめだというが多読でも早く読めばいいのである。だから本は一律500円が適当である。そうすれば本も前よりは売れる。1500円になると買う気しないからだ。それがいい本でもそうなのだ。なぜならまた他に買う本がいくらでもあるからだ。本を読む数は限られているから早く読んで自分が主体となった文章を書くことである。そしてもはや出版社とかは頼るべきではない、出版−書店とかの流通は消えてゆくだろう。自分でもそんなものあてにしていたら何もできずに死んでいた。邪魔になるとか本など個人でもっていっても書店などにおけないし大手出版社とか取次が流通をとりしきっている。ト−ハンとかの大手が実は戦前は検閲のためにあったように出版には自由な発言などできないしくみになっているのだ。権力あるものには都合いい体制が出来上がっていたのだ。

ただ本には本のいい点がある。一冊の本には著者の主張する骨子があってそれが訴えるものがある。インタ−ネットの文章はなかなかその人の骨子が要点がつかみにくい、一貫したものがなくつかみにくいのだ。インタ−ネットの強みは日々発信すること、プログのように日々発信すること放送することの醍醐味である。ここでは今見たことをデジカメでとりほぼリアルタイムで発信しているからだ。他人のプログを読むより自分が主体になり発信することに興奮しているのだ。これは無料でもしたいものなのである。

2006年05月26日

夏つばめ(認知症への差別、偏見)

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旅行かじ今日も飛びくる夏つばめ

今は旅に行かないが夏つばめが盛んに飛んでくる。旅がテ−マだからこういう句もできる。

遠い親戚の人が特養につとめていた。その人が家に来て施設に入れることで便宜を図るとか相談があった。その時姑も一緒にきたのだがこの人は耳が悪い、耳の機械もつけていないいのでよく聞き取れない、それでいらただしく自分で耳の機械をきりつければとか怒っていた。そしてこの女性は姑と親戚関係にある自分の認知症の家族(K子)に息子ときていたのだがこの病気になってから会いに行きたいと言った時、行くなと息子に言ったそうである。これで疑問に思ったのは認知症の人に差別、偏見をもっていたということがおかしいと思った。最初来たとき姑に接するのに冷たいなと思っていた。老人と関係しているのに老人を毛嫌いししている。それも身内ですらそうなのだ。そもそも家族すら介護できない、めんどうみない人に他人をめんどうみれるわけがない、介護というときこれは楽な介護と苦しい介護があるからいちがいにはいえないできないからといって批判はできない、しかし人間基本的に家族を最低限でもめんどうみれないものに他人をめんどうみることができないしそういう人が特養とか福祉にたずさわるのは向いていない、そういう施設にそういう人がいると入りたくないとなる。施設でも病院でも学校でもそこに不向きな人はいくらでもいるからしょうがないとなるが自分の家族をめんどうみれないものには他人はめんどうみれないことは確かである。ただ介護を仕事にしていた人が自分の親の介護に疲れて殺したという事件があった。両方の介護で疲れたからである。介護とはそれほどたいへんなものだから特養とかで実際介護しているとやさしい心をもって接することもできなくなるということがある。仕事だから金もらえるからやっている人はかなりいるからこれもいちがいに批判はできないのだ。認知症の重度の介護は本当に大変であり世話する人が嫌になりやめる人が多いというのがわかるからだ。

障害者の差別というとき、身体の障害者は自分が障害者だと自ら認識しているから扱いやすい、足が耳が目がわるいということを自ら知っている。だから助けてもらえればありがとうとか言うし他人も対処しやすいのだ。ところが精神的病気は障害者でもあつかいにくい、この病気はまたわかりにくいから偏見とか差別になる。自分でもこうした精神的なもの知能的低下の人を直接に介護して未だにこれはどういうことなんだろうとわからないことがある。つまり正常なのか異常なのかわかりにくいのだ。そして自分自身も身体の障害者のように障害者であることを自覚しているわけではない、何か日常的なことができなくなりそれで何かおかしいと思っても自分が記憶障害だからこうなっていて誰かに頼らねば生きていけなくなったとかは思わないのだ。そしてただただ自己本位になり自分の言い分だけを通そうとする。自分の意にかなわないと暴力や暴言になるから扱いにくいのだ。障害者といってもこの点がかなり違うので扱いにくいどうして接していいかどうしたらいいのかわからなくなるのだ。

ともかく基本的には家族を最低限でもみんどうはれないものと他人もめんどうみることはできない、しかしそういう人が結構多いこともありうる。適正と関係なく金のためにだけつとめる人はいくらでもいるからだ。それも容認されているのが社会である。介護というのは義理とかではなかなかできないだろう。だから最近を妻が夫に油をかけて火をつけて殺したとかの事件があった。これも介護される前に夫婦の関係に問題があったのだ。家族でも嫌なものを介護はできないから日頃家族に尽くしていないと介護のときはむずかしくなる。現実そうなっている人はかなりいるみたいだ。認知症の人には家族の関係とかその人の人生とかいろいろなものが複雑にからみあって人生の最後にボケとなってでてくる。リア王なんかも老人の狂気だったから昔からあった。人間はエゴであるから最後にエゴがむきだしになりそれが狂いになってくるというのも必然なのかもしれない、老人のボケは千差万別であり一括りにはできない、認知症の人の人権を重んじろとか差別するなとか尊厳を守れ同じ人間だとか訴えるのもわかる。ただ認知症も精神の障害だからその対処方法が一様ではありえないむずかしすぎるのだ。身体障害者ならわかってもらえることがおまえは記憶障害者なのだから健常者におとなしく従い、言うことを聞けといっても聞かないのだからどうにもならないのだ。

嫁と姑は姑の力が大きく嫁の力が弱いがだんだん嫁の力が大きくなり認知症になると嫁に従わざるをえなくなる。でもそれがいやなので自分で記憶障害になり自分でなくして忘れているのに嫁が盗ったと騒ぎ自分はなくしていない、自分は何も責任がないとなり暴力までになる。認知症の人には身体障害者のように自分をわきまえることができないのだ。だから説得しても無駄である。自分の心地よいことだけを人にも回りにも求めるだけなのである。がまんというものがなくなってしまうのだ。だから家族だってこういう人は扱いにくいし嫌だとなくことはしかたないことである。ただ家族にこういう人をかかえると差別されたり偏見をもたれるとそういう人の人間性を疑う、嫌悪感を差別された人は持つようになる。どうしてもこうしたことは障害者同士の連帯が必要となってくるのだ。

2006年05月27日

鈴蘭(認知症、ボケはダンテの地獄編か?)

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風唸り小松一本その下に鈴蘭かそか庭の隅に咲く

作家の丹羽文雄も認知症になった。その娘が書いた本をアマゾンの古本で買った。これも一円で送料代350円くらいで買えた。二日くらいで送られてくるから便利だ。この本の買い方もインタ−ネットでキ-ワ-ドで調べていてついでに買っているのだ。だから認知症とか介護関係は数十冊買った。これはなかなかいい本だった。プロの介護士を二人も雇うことができたのだから当然恵まれていた。ただ娘は母親が嫌いで施設に入れた心情がわかる。父親はそれほど心がゆがむことがなかった。

ボケてしまえばそれまで自分を抑制していた理性のタガがはずれ感情のコントロ−ルがままらなくなり生まれぱなしのような裸の自分がでてくるのです。つまり、本性が自分の根底にある「ほんとうの自分」が頭をもたげてきます。これは恐ろしいことだと思いませんか、「本当の自分」が素直でやさしい温かい人柄ならよいのですが、ねたみ、そねみ、ひがみだらけだったとしたら、それが包み隠さずでてきてしまうのです。(父、丹波文雄の介護の日々−本田桂子

これを実際に経験したから一時はショックだった。老人のボケの世界はまさに人間がその最後にその本性をあますことなくあらわれる世界である。それはまさにダンテの地獄編の世界だった。人の思いは隠されていたのだが抑えられていたのだがそれがあらわれる。夫婦でも妻が夫の浮気などを延々と責めつづける。まさに地獄の獄卒のようになってしまう。これは夫にしたら耐えられない世界だろう。そこはまさにねたみ、憎しみ、恨み、・・・こうした人間の心が抑えられずでてくる世界なのだ。そこには絶えず女性なら男に対してのねたみが延々と怨念となってでてくる。女性の凄まじい地獄がでてくる。男は男で様々な欲望が現れてくる。施設ではそういう地獄の住人を介護している介護士の日記を読んで納得した。老女が裸になり男を誘っていたのは水商売の女性だったとかセックスをしようと裸になるのもいる。そういうことが恥じらいもなく平気になってしまう世界なのだ。自分も一時そういう世界にひきこまれて延々と聞かされたから自分自身がおかしくなった。

これとは逆に天国とは清らかな思いがあますことなく現れる世界である。人間の善なる心が現れて愛し合う世界なのだ。しかしこの世で主イエス・キリストのような心をもった人など一人もいない、とすると人の心が隠すことなく現れた世界とは地獄なのである。心は表面的につくろうことができるがボケになるとできなくなるからだ。そこには人間のエゴが欲望が限りなく地獄の釜となって燃え上がっている。自然の美に囲まれたこの世界がこうした人間の地獄になっていることが全く不自然極まりないことなのだ。この世は戦争になっていなくても戦争状態なのである。家族にしても嫁と姑は不倶戴天の敵となり争っているし家族だからといって協力しあうとは限らない、子は親のめんどうを見ず金だけをせしめようとしいるのもありふれている。自分の親に冷たい者はその子からも冷たくされるのは必然である。

この世にいる限りこの地獄のエゴの争いに巻き込まれることをまねがれることはできない、家族自体がすでに嫁と姑の争いのように平和がない世界なのだ。家族自体に平和がなければ外に平和もありえない、平和はそもそもこの世にはないということなのだ。だから地縁とか血縁とか否定した別な聖なる関係に天国があるというのがわかる。家自体が呪われた世界なのだ。だから平和がありえないのだ。

庭の隅に咲いていた鈴蘭を見つけたがこれは自分の庭でも気づかないほどだった。そのように謙虚な存在もある。謙虚さがなくなりエゴがむきだしになるのが認知症、ボケの世界である。しかしあまり謙虚になるのは性格的にニ−トのひきこもりになってしまう。自分がそういう性格だったからだ。ただ神は傲慢な人間を一番憎んでいる。この世の権力を手中にして最も傲慢になった。

しかし彼は心に高ぶり、かたくなになり、傲慢にふるまったので王位から退けられ、その光栄は奪われ、追われて世の人と離れ、その思いは野の獣のようになりその住まいはロバとともにあり牛のように草を食い、・・・・・・ダニエル5-18

ネブガドネザル王のようにされてしまうのだ。認知症の重度の人はまだ介護士がめんどうみているのだから人間がめんどうみているのだから違う。しかしそこにはこれとにた光景があるのだ。絶え間ない暴力、暴言・・・・異常な世界がある。まともな人間が相手できないような悲惨な地獄があるのだ。つまりこの世が地獄に他ならない証明がボケによってあからさまにされるのかもしれない、一方ボケになってもやがて穏やかになって顔も柔和になってゆく人もいるからボケは必ずしもそうした人間の悪しき面だけがでてくるとは限らない、良い面もでてくるということには救いがある。ただ仏様のようにになるとかは嘘だろう。自分本位の自分が満足する世界しか見えなくなる、他人への思いやりがなくなる。一般的にはそうだから仏様のようになりえようがないのだ。しかし老人はもうこの世から離れる死んでゆくんだからあまり過去のことはとやかく言うべきではない、そこに許しが必要なことは確かである。なぜそうなったかというと環境に作用されるし人間の哀れさ弱さはだれにでもあるからあまりその人生を問い詰めることはできないのである。






NHK教育ETVワイドともに生きる (認知症の人が語る番組)を見て

NHKの認知症の番組は認知症は誤解されやすいだろう。なんだ認知症なんかあんなものか楽しいじゃないかとかなってしまう。どうしてもテレビ映像では悲惨な姿を写せないことに問題がある。でも前に生放送で口もぐもぐしていた女性をだしていたのは驚いた。一目見ておかしな顔しているのは悲惨である。今回の番組では若年性認知症の問題が多かった。これは老人の認知症とは症状はにていても違う、つまり認知症でもこれはいろいろあるから一様に語れないんだ

キチキチ細かく正確にやる几帳面な男性がなんかおおらかな女性の認知症の人がきらっていた、認知症になると整理できないからずぼらな方がいいのかとなる。自分はあまりにもずぼらだから整理されていなくても気にならない、だから認知症の人にあっているのか?それからやることが遅くても気にならない、今は二人だから別に家族のペ−スにあわせることもないから家ではのんびりやれるのだ。失敗しても誰も叱責する人もいないのである。それにしても主人とスペインまで旅行に行くことができるのには驚いた。ええ、海外旅行に認知症でも行けるのかと知らない人はどこが病気だとなるだろう。これは認知症という病気を誤解させられる。

みのもんたと北海道の町長の認知症は悲惨な現状を伝えていた。小さな町だとそもそも認知症をサポ−トする体制などないのだ。自分もそうだから苦しい。一人で重症の認知症に向き合うのはできない、家族が多かったりいろいろサポ−トがないとできないのは確かである。みのもんたが昔はボケとけなしながら地域でこうした障害者を受け入れる場があったというのは本当なのだろう。つまり前にも述べたが認知症として隔離分離して施設に収容するのではなく人間としてあたたかく受け入れる社会が必要なのだ。それが核家族とか地域の崩壊とかで喪失した。一方で国では施設でめんどうみきれないから在宅介護に方針を変えたがこれもまた矛盾している。つまり大家族も地域の連帯も失われた世界でどうしてそれができるのか?この介護の問題はあまりにも数がふえてくることにあるのだ。重症になったら一人の認知症に三人の介護者が必要だとなると一体それだけの支出を誰がはらうのかとなる。介護は生産的仕事ではないから国も積極的にならないだろう。とするとなんらかのボランティア的協力が必要なのである。それを担うのが退職する団塊の世代というのもわかる。

認知症とか介護については問題があまりに深刻なので当事者以外の語ることは訴えない、自分も当事者になったからこそどうしたらいいんだと毎日悩み模索してきた。グル−プホ−ムが実は家族で認知症、痴呆老人をかかえた家族がはじめたというのはわかる。認知症をかかえると家庭自体が家族ではなく病棟みたくなってしまうからだ。家族として安らぐ場所ではなく常に病人を気づかう病院のようになってしまうからだ。この世の中なんでも当事者にならない限り人の苦しみにかかわることができないことがわかった。堀田氏とかの言うことはボランティアは偽善的なものになる。ただ家族で苦労した人がかかわれば別である。

認知症という病気が一体何なのか?これを知ること自体直接かかわりない人が知ることはむずかしい。そもそも特養につとめる人自体差別、偏見があるようにみのもんたが病院の処置がひどすぎたとか言っていたのはこの病気がわかりにくいためである。原因も何もわからないから対処方法もわからないのである。特に若年性認知症は対処方法がないみたいだ。老人性認知症はこれは高齢化によるのだから側にいる人が絶えず脳を覚醒させる補助をしていると多少もとに戻ったり脳が働き進行を遅らせる、とめることはできるのかもしれない、特に認知症で大事になるのは最も信頼できる補佐人の役割である。これがいないと認知症はすすんでしまうのかもしれない、若年性認知症ではそうした補佐人がいてもだめなみたいだ。脳自体が萎縮するとかになるからだめだとなる。母親は特別長男には思い入れがあるというのはわかる。長男でなくても誰かに特別思い入れがある人がいてその人のことは忘れないのかもしれない、そういう人の前では穏やかになるのかもしれない、でも若年性認知症はそうなっていないみたいだからこの病気はわからないし悲惨である。

プログの検索だとこのテレビ番組の感想が時間系列ですぐにアップされるから便利だ。2ちゃんねるでも番組ごとの感想を書いているがどうも福祉では2ちゃんねるはあまりやくにたたない、プログの方がずっと役に立った。今日は外国からのリンクがなくそれでも訪問者が100くらいあった。この計算は実際はわからない、プログはアクセスが多くなる。でも百人くらい今日来ているのか、だとしたらかなり自分のプログも認められてきたのか?プログはなかなか自分なりに加工できないので苦しい、そういう勉強もできなかった。余裕ができてくればプログもいろいろできるようだ。これも理解するのもめんどうなことがある。だからまだプログというのは十分に利用できていないのだ。

2006年05月28日

芍薬(日本の認知症の施設には期待できない?)

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我が庭にともに見守る芍薬の蕾ふくらみ花開けるを


NHKの認知症の特番でミノモンタが病院や施設がひどいと言っていた、それで自分のことを考えて外国まで施設を探しているというのは驚きだ。それほど日本の福祉施設病院に失望したのか?施設についてはわかりにくい、特養に勤めている施設の職員自体が認知症に対する差別、偏見の冷たい女性だった。では常識的に考えてありえないことがそんな冷たい態度になりうるのか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・
ウチの上司が言う。
やさしい人は辞めて行く。意地の座った人間しか残っていない。
優しさが求められる職場の内情を上手く言い表している。
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特養にも認知症の人いるからそういう人と接して嫌になることは確かである。認知症の人を嫌なのだが生活のためにつづけたということがあるだろう。
かえってそういう人に無感覚になり冷たくあしらうようになる。意地が座るとは無感覚になり冷たくなった、こういうところでは虐待とかも起きてくる、特養の実体は姥捨山だとかこういう福祉施設は設備ではなく職員の質に左右される、人間が大事なである。でもそういう人は少ない、かえって嫌気がさしてやめる人が多いことでわかる。そういう場所にいて人間嫌いになる、認知症は特にそうである。これは自分でもそうなりうるし家族でもひどいときはそうなった。家族でも嫌になるからだ。認知症が重度になれば手に負いなくなるからその前でなんとかくいとめることが必要なのだ。若年性認知症の場合は無理なみたいだ。

そこで疑問なのはなぜ老人性の認知症であんなに重度になってしまうのか?あんなひどくなる前にくい止められなかったのか、そもそもくい止められず進行してみんなあんなふうになってしまう病気なのか?若年性認知症は進行をとめられないから悲惨である。老人性認知症は補佐する人が覚醒を絶えずうながしていると改善したり病気の進行をとめられるのは確かではないか?一時的錯乱狂乱がおさまっているから自分の家族の場合はそうである。ただこれも実際はこれからどうなるか不明である。一時的によくなったのかもしれないからだ。とにかくこの病気は重度になったら手がつけられない、だからその前でとめることが至上命令でありここで家族とか回りの人や福祉関係の人が力をそそぐことである。自分も重度になったらどうしようと恐怖状態になったから進行をくいとめるために自分なりに努力した。ただ医者とか福祉関係には頼っていない、急なことでできなかったからだ。

実際に認知症の独居の人のケアをした事があるけれど、
最終的にはグループホーム入所だった。
このグループホームが玉石混淆。
ちょっと灰汁強すぎ、こだわり過ぎ発言で引いたけれど、
みのもんたは、母の介護経験から、
もし万一の時に自分の入る場所は今から探しているそうだ。
内情が分かると安心、満足が出来る場所は確かに少ないかもしれない。

かつて私は保育園に勤めていて、我が子は保育園に入れる気がしなかった。
福祉の現場は勤めている人の意識、トップの意識でどうにでも変る。
慢性的人員不足の上に、国の基準すら表面上守っているけれど、
実際は、運営上致し方なく誤魔化している所も少なくはない気がする。

http://blog.goo.ne.jp/amaamamikann/e/360996e8960c70054771946a6ff7102d

福祉の問題のむずかしさは営利事業として営利を追求できないことである。愛とか奉仕の精神とかそうした精神的な面が要求されるとなるとそれは誰でもできることではない、そんなことしたら誰も働く人さえいなくなる。だから家族の愛でみれる以上のことを施設には期待できない、ここに福祉の一番の問題があったのだ。

認知症のような人を介護するのは不毛に感じることがある。子供の成長を楽しみに芍薬の花をともに見守るようならいいのだがやがては訳のわから無惨に死んでゆく姿をみることは耐えられないとなる。ただ福祉では協力ということが大きなテ−マとなるしそこに生きがいを見いだす人もでてくる。そこは熾烈な営利のための競争社会とは違う価値観を追求しているからだ。だから退職した人とか営利と関係なくなる団塊の世代などが向いていることはいえるのだ。

2006年05月29日

夏つばめ(認知症関係で役に立ったプログ)

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黄菖蒲



雨あがり一時休む夏つばめ

介護して日々の買い物夏つばめ

通り行く墓所の静かや菖蒲かな


プログの衣更え(ころもがい)したけどプログは変えることが操作することが怖い、消えてしまうような感じがするからだ。プログよりホ−ムペ−ジの方が作りやすかった。自分でいろいろ操作できるからだ。今は全然ホ−ムペ−ジの方は見てもいない、見る暇もなかった。ホ−ムペ−ジ作りはプログでも結構手間暇かかるものだからだ。今度のは見やすくなっているかもしれない、認知症のことでここ何カ月かは頭の中がいっぱいで他に書く余裕がなかった。そこで今ままで書いたのをふりかえったりするようになった。

認知症とか介護関係ではインタ−ネットは役立った。特に認知症の家族をかかえた日記とか介護士の日記はあまりにも生々しかった。今回も仙台の女性が書いている重度の認知症の母の介護を読んで自分が一時体験したことと同じでありその対処方法も悩んだことも同じだった。まず施設や病院や外部の公共的サ−ビスに頼ること自体むずかしいのが認知症なのだ。私の疑問はなぜ認知症はあのように重度になって暴力とか暴言とか信じられない狂気と化してしまうのかという疑問である。その前に止められないのかという疑問なのだ。私の場合は家族環境で暴力になる原因があった。対立していたものが病気になり先鋭化した。でも普通のどこにも問題のないような家族でも認知症になり凄まじい暴力とかになっている。外部からではわからない暴力を生む環境因子があるのか?そこがわかりにくいのだ。若年性認知症の場合は環境因子とは関係なく脳自体の問題からなっているみたいだが老年性の認知症には環境的因子が働くから補佐する人や回りの人のサポ−トがあると重度にならずにすむということがある。重度にしないことが認知症の対処では大事である。一旦重度になると回復しなくなる。

老人の病気の問題は最後はタ−ミナルケアの問題にゆきつく、つまりいかにして安らかに死んでもらうかということなのだ。認知症の重度になるとそれができなくなる。あまりにも無惨な人間の最後となる。だから認知症も重度になる前にくいとめることが必死なのである。重度にならないようにして安らかに死んでもらうことが介護する人もされる人も幸福だとなる。それが唯一の目的でありその他の問題はもはや老人は死んでゆくのだから問題はたいしたものではないのだ。記憶ができなくてもそれもさほどの問題ではない、別に仕事をするわけでもないからだ。安らかに死んでくれることが最大のタ−ミナルケアの目的なのである。

ペイントソフトは抽象画に向いている。全く絵がかけないものでも抽象化すると描ける。黄菖蒲を抽象化するとこんなふうにもなるのか、いろいろな自然の風物を抽象化するのにパソコンは向いているのだ。

夏つばめが雨のなかを飛んでいた。そして雨上がり一時電線に休んでいた。つばめのように今や毎日料理の用意だ買いものだと飛び回っているからこんな句ができたのである。

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参考
仙台の認知症かかえる家族http://lyuva0305.blog64.fc2.com/page-1.html

仙台だと近いし仙台には認知症の関係のサ−ビスはいろいろとある。民間でもやっている。それなのになんらそうしたサ−ビスがうまく利用できていないし効果もない、仙台ならサ−ビスがあっていろいろ相談できたり受け入れる施設もあるのかなと思っていたけどこんな状態ではそうでもないのかと
認知症問題のむずかしさを具体的に感じた。

2006年05月30日

あやめ(かな、漢字は絵である)

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今日も行く菖蒲の紫と白の映ゆ

中国人が陰と陽の二つに世界を分けたように陰と陽に作用されて世界が存在するという見方は芸術にもある。対照的に映えるもの常にあるのだ。人間にしても性格的に外向的な人と内向的な人がいるように二つの性格があって作用しあい社会を豊かにしている。すべての人が外向的であって政治家となるようであれば内面を追求する芸術の世界は育たない、陰と陽−コントラストのなかに世界が成り立つのである。

かなは水が流れるような流線てきなものである。漢字はこれは認知症になると漢字が書けなくなるように一つの複雑な図形であり認識することがむずかしいものなのだ。パソコンで漢字を書いていないから私も漢字が書けなくなっている。認知症でも話が普通にできるのに漢字を書いたり計算ができなくなる。漢字は意外とむずかしいものなのである。漢字は一つの図形であり認知症になると図形認識がむずかしくなる。だから漢字を書くのはむずかしいのだ。かなとかカタカナの方が書きやすいことは確かである。

ともかくかなも漢字も絵でありこれだけでも絵になる字なのである。だから漢字だけでもかなだけでも多様な創作が広がる。絵が描けなくても字が絵なのである。パソコンのソフトはこういう図形認識とか抽象化とか加工するのに向いている。つまり円と線だけでも多様な創造の世界があることに驚くだろう。世界を抽象化すると円と四角と線とかになってしまうこともあるのだ。何かを意図して作ろうとしないでただソフトで様々な効果や筆を試していると偶然にできていることが多いのである。偶然の作用が多いことに気づいた。筆を走らせていると偶然にこれはなかなか面白いなと絵にしているのだ。たいした絵ではないにしろ自分では絵が全く描けないのにこれなら絵になっているなとず−とソフトを使って描きつづけている。俳句とか短歌をそえるのにいいからだ。これだけで相当数の絵のパネルができる。一千枚くらできればそれなりに圧巻になるだろう。

あやめと菖蒲は違う、あやめは乾燥した土地に咲くが菖蒲は水辺に咲く、どちらもあやめとなっているが日本語のあやめが先にあったのだろう。ただあやは漢でもあるから漢字と関係ないともいえないのかわかりにくい。

2006年05月31日

夏雲雀(右脳を使わないとボケやすいのか−認知症になる原因は?)

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大輪の花の開くや夏雲雀

a peaching skylark in the morning sky
the biggest flowers bloom open in summer


最近英語は勉強しないのでだめだ、ここでinとonは違っている。
inは継続している時間だから朝の内になる。onは朝のとき、朝の一時なのか、日本語だって助詞で感じが違ってくるように厳密に言葉はむずかしいのだ。だから詩は訳すことができないのだ。まず俳句は英語に訳してもつまらないもの理解されないものになる。根本的には季語が理解しにくいからだろう。季語は日本の季節感から生まれたものだし大陸にはない季節の移り変わりが日本の自然から作られたものだから理解できないのである。日本の季節感は微妙に変わってくる。日本の食が旬のものを大事にするのもわかる。これも日本の文化なのである。

認知症に関係して脳を働かせる食べ物とかいかに脳を働かせる方法があるか最近いろいろ話題になっているのも高齢化社会のためである。特に認知症、ボケが知られ恐れるようになったためである。なぜボケるのか、認知症になるのか?これはいろいろ言う人がいてわからないのだ。この問題の根はあまりにも深いし原因も結核だったら細菌でこれに対抗する薬が発明されて結核という病気を人類は克服した。ではアルツハイマ-認知症は薬の発明で直るようになるのか?若年性認知症は環境的因子が作用していないから一部きく薬が発明された。でも老人の認知症は症状はにていても環境的因子が大きく作用するとなると別なのである。

例えば退職した人が何もせず生きがいもなくなりぼ-としていたら認知症になったボケになったというのは環境的因子が作用してなった。環境が変わり対応できなくなりボケになったとなる。思うに会社の仕事は一般的に左脳中心であり右脳を働かせない、蟻的な仕事が多いからではないか?キリギリスのように歌う右脳の働きはあまり必要としないしかえって無駄なものとされているからではないか?事務的な仕事もそうだし工場内の仕事もそういうものが画一的な仕事が多いから右脳を働かせないからだ。不思議なのは公務員が特に学者や先生もボケやすいというのはこれも決まりきったことをして教えているからそうなりやすい、一旦先生になるとなんら創造的なことをしなくても先生でいられる。先生とは意外と創造性が要求されないのである。英語にしても数学にしても学問の基礎であり基礎の勉強は大事にしてもつまらないのである。応用は創造になるが基礎はつまらないのだ。だがら学校の授業はつまらないものとなる。
右脳を働かせることは会社の仕事の中で少ない、だから一旦会社をやめると右脳を働かせる趣味、楽器であれ絵画であれ俳句のようなものでも簡単にはできないのである。こうした趣味もかなりの積み重ねと努力が必要なのだ。自分の例として最近特にパソコンのペイントソフトで紋様や抽象画に興味をもったがこれも結構努力が必要なのだ。これは才能がなくてもできるのだがいろいろ操作するのに努力が必要になっている。才能がないのだが苦労して努力で生み出しているのだ。これもパソコンという道具ができて開発された芸術だったのだ。絵の具を使っていたら絶対にできない芸術だったからだ。右脳を使うことが無益とされた仕事が多いから退職してさて右脳を使ってみようかと思っても簡単にはできないのである。遊びにも年期が努力が必要なのである。

でもまたはたしてボケる原因が右脳を使わないからだったのかも疑問な面がある。計算ばかりして右脳を使わない92歳の老人もボケになっていない、店をやって計算ばかりしていたが右脳を使う趣味はゼロなのだ。ただ80歳まで店をやっていて計算はしていたのである。とすると右脳とは関係なく80才頃まで現役で仕事していればボケないともなる。だから自営業の人は息子に店をゆずったとき何もする張り合いがなくボケてしまったという。だから会社員でも60でやめずに70までも80までも働く場がやりがいのある場が与えられればボケないとなるのだ。60歳でやめて役割が喪失することが一番ボケの原因になりやすいとなる。

2006年06月01日

夏雲雀(ボケになる前に歌うものは今歌い)

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夕べなおひびきあうかな夏雲雀

a delightful sympathy
the chirping voices of skylarks
in summer evening

日は落ちむ一心不乱の夏雲雀

明日あらむ命の限り夏雲雀


雲雀の鳴く声は今さらながら強烈である。一心不乱に鳴いている。命の限り鳴いている。確かに人生は歴史上まれにみるほど高齢化になり長生きになった。だから退職しても人生が長すぎるからボケになりやすい、でも人生は本当に生きている時はどんなに長く生きても短い。だからこそ歌いるとき歌わないとあっというまに青春は終わり老人になってボケになる恐怖があるのだ。社会は実際は歌うものを殺してゆく、芸術家とか本当の宗教家がアウトサイダ−となったことでもわかる。

右脳の創造的仕事は少なく左脳の事務的非創造的仕事が多いのである。退職してから趣味を見つけ歌を歌おうとしても歌いなくなっているのだ。歌うものは今歌わねばならないのだ。その時々懸命に命の限り歌わねばならない、そのうちすぐに命は衰えてしまうからだ。本当の芸術家はゴッホのように狂ったように描きつづける人であった。これは天才だからまねできないにしてもあのように狂ったように描きつづける、雲雀のように一心不乱になく、そこに聞こえるのはともにひびきあう歌のみである。そこに世の様々な不協和音はない、歓喜のシンパシィ−があるのみである。命の限り歌わないものは満足して死ぬことはできない、不燃焼のままで死んでゆくことになる。社会の常識はこうだあうだとか聞いているうち人間はみんな老いさらばえてボケになってしまうのだ。!

2006年06月02日

桐の花(新地に行く−真弓地名の謎)

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朝風に夏菊ゆれて特急去る

遠くきて坂を上りて夏の鳥

峠越え景色開けぬ夏の山

幽邃やシャガに古木の日影かな

老鶯の朝ひびきあう山の村

いくつかの坂を上りてホトトギス

新緑に太平洋や沖に船

鹿狼山真弓の清水や黒揚羽

夏の海新地から見える島の影

桐の花日影にひそか咲きて散る新地の町にしばしたちよる



新地まで折り畳み自転車で軽く回ってきた。新地は意外と地形的に変化に富んでいた。海までも車窓から見えるのだから歩いても行ける距離にあるし鹿狼山までも4キロと近いのだ。海と山が迫っている場所なのである。そこに貝塚伝説があるのだから昔から人が山を背にして海を前にして住んでいたのである。

真弓地名の謎

昔、この木で弓を作ったので「真弓」になった


陸奥の安達太良真弓弦はけて引かばか人の我を言なさむ

陸奥の安達太良真弓はじき置きて反らしめきなば弦はかめかも

白真弓石辺の山の常磐なる命なれやも恋ひつつ居らむ

南淵の細川山に立つ檀弓束巻くまで人に知らえじ


関こゆる 人に問はばや みちのくの あだちの檀(まゆみ) 紅葉しにけり(堀川右大臣)


http://www.epcc.pref.osaka.jp/afr/green/backnumber/14murasakisikibu.html

なぜここに真弓という地名がついたのか?いつの時代についたのか?もし弓に由来するとすればかなり古いことになる。古い地名は貴重である。檀もまゆみでありこう名づけられた地名もある。弓は長い間使われてきたのだから地名化しても不思議ではない、ただいつの時代なのかが問題なのだ。陸奥の安達太良、安達(あだち)は弓の産地、真弓で有名だったのか、万葉集に安達太良真弓と二つものっているのは何かよほど意味があるためだろう。今のところこうしたことも研究できなくなった。地名にこだわるときりなくなるからだ。とにかく新地はちょっと途中下車するにはいいところだった。新しくできた道路、真弓清水を上ってゆくと工事中だったが蔵王が見えて阿武隈川が流れるのが見えて景色のいいところだった。デジカメが壊れて写真とれなかったのが残念だ。

写真はデジカメがでてきてみんな写真家になった。デジカメでとってみて偶然にこれはいいというものが写っているのだ。写真の眼の方が正確であり精密なのである。もう一つは合成写真の芸術が生まれたことである。これも新しいパソコンの芸術だった。写真をいろいろパソコンで加工できるのだ。絵を描けなくても写真を絵にすることもできる。ただ加工するとなると著作権違反になるからヤバイのかもしれん、でもインタ−ネットの時代著作権のことを厳しく言うと創造の世界が広がらないのだ。合成写真は明らかにその人の創作があるのだ。最近話題になっている和田氏のような盗作とは違う、明らかに創作のために利用しているのであり合成した側にも創造性はあるのだ。そこを大目にみてもらわないと創作の幅が狭められてしまうのである。

ただインタ−ネットはコピ−しやすいから勝手に使われてもわからないことが多いのが問題なのである。コピ−されても盗まれても本人もわからないから困るのだ。明らかに自分の場合は加工しても別な創造的作品となっている。自分の創作もあるのだから単なるコピ−とは違うのだ。でもうるさいのがいるから指摘されたら本当にわからないようにまた変える他ないのだ。原作品と比べてみてわからなくなれば著作権違反ではなくなるからだ。

2006年06月03日

老鶯(認知症の対処方法は環境を変えないこと)

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老鶯や大地に根付く月日かな

急に朝に頭がくらくらする、おかしい、親戚の人がいい医者を知っているからと言われたとか電話して呼んだ。近くの心療内科でみてもらった。ここでは何分か日にちとか曜日とか簡単な計算とかポ−ルペンとか鍵とか5つくらい品物ををみせてしまいあとで何があったかを聞いたりしていた。それであとは頭のMRIとるからと紹介状をもらい別な大病院に行きMRIの予約をした。

そして帰ってきたら私−−親戚の・・さんに電話したのと忘れているのかトボケているのかわからないような返事をしている。「ここはどこですか」と精神科の先生に聞かれて「病院」と答えたことは病院に行ったことはわかっていた。だがあとで親戚の人を呼んだことも覚えていないし病院のこともよく記憶していなかったのだ。実際は前も不定愁訴で頭が痛いと寝て近くの医者に往診してもらい注射してあとはぐっすり寝たら次の朝は直っていたのである。これもその時々の不調をおおげさに感じた鬱病でもあり実際はたいしたことがなくても悪いと思い不安になり医者に行きたいとなる。それで安心するからである。
いづれにしろ認知症を治療する方法などないのだ。薬を飲んだらかえって悪くなったとかMRIをとって薬で直ったりしない。つまり認知症は薬もきかないし医者もあてにならないのだ。むしろ介護する人の方が大事なのだ。医者ではなく何か不安になるとき回りの人が心配して世話したりすることの方が大事なのだ。医者に行くというのも医者そのものの治療より安心感を与えることの方が効果があるのだ。老人の認知症は病気でない極端な老化の結果だという人もいてこれを病気すること自体間違いだというのも一理ある。病気だとしてもその治療方法はない、親切な回りの介護の方が大事だからだ。それ以外方法がないのだ。

認知症の対処方法で一番いいのはなじみの環境を変えないことである。なぜなら病院に行ってもそこは環境が変わっているし見慣れぬ人が大勢いるからかえって混乱して認知できなくなる。認知症とは人であれ物であれいろいろなことが認知できなくなる病気だからだ。おそらく認知症は老人になれば誰にでもなりうるものである。誰がなり誰がならないというものではない、一般的になりやすいのだ。老人になると若い人のことはわからなくなる、認知できなくなる、浦島太郎のようになってしまう。回りの人がみんな見慣れぬ人になってしまうからだ。認知症の人にとって長くなじんだ家とか回りの風景とか人が大事なのである。それを失うとさらに混乱する、認知できなくなるのだ。だから認知症には環境が変わることが一番よくないとなる。治療もほとんど効果がないのだ。せいぜい気休めくらいにしかならない、認知症の人を病気としないで歳をとればこれはしかたないと共存する寛容さが回りのものに要求されているのだ。それがないと認知症の老人はますます病気とされ隔離されてさらに病気が進行するという結果になりやすいのである。

植物でも樹々でも自然のものは長い間時間をかけて大地に根付く、昔は村の見慣れた風景と人々の中で暮らしていた。だから昔の環境だったら認知症も受け入れられそれほど問題にならず病気のものとして隔離されずに過ごせたかもしれない、なじんだ環境で心安らぐ、変わった環境になると認知できなくなる。見慣れた環境でもここはどこだとか認知できなくなっているのだから見慣れない環境では特にそうなるのだ。

人間はともかく自然の生物界つながり生きているからやはり大地に根付くように生きる。自然物の一つであるからめまぐるしく変わる現代の文明は老人にはすみずらいし認知症を病気として隔離して認知症の人をふやしているのかもしれない、こういう人は病気としても直らないのだから介護とか共存の体制の方が必要なのである。

大地に根付き老鶯のように悠長に歌うことが望まれるのだ。

2006年06月04日

小話(ボケたばあさんと村の辻の石)

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ボケたばあさんと村の辻の石


村の道の辻には大きな石がいつも一つありました。その石は何千年も動かない石です。何千年もここにあった石です。この村ができる前にもこの石はあったのです。道ができる前に石はあったのです。この石はおじいさんやおばあさんが生きる前からもあったんです。この石は動くことなくここにあったのです。今日も畑を耕したおじいさんがこの石に座り休んでいました。そして嘆いていました。
「なんだか世の中そうぞうしい、毎日ブ−ブ−と車が行き来してのんびりしていられねえ、せちがねえ世の中になった、昔はここでオレの親父はプカプカとキセルをふかして一服したもんだぜ、オレもまたこの変わらぬ石に座り休んでいる、この石はいつもここに変わらずあったんだ、だからここに座ると落ち着くんだよ」

その石には近くの流れの音がひびいたり風がそよいだり海の香りや菜の花の匂いなどがしてくるいい場所にあったのです。昔はのんびりと水車の回る音などもしていました。鶯ものどかに鳴いていました。
そこにボケてしまったおばあさんが歩いてきました。ボケたというのはひどい物忘れのことでこれは明らかな病気でした。今日が何日かも何曜日かもわからないのです。行商の魚屋さんがきて買った魚を冷蔵庫に入れていても忘れてしまいます。風呂に入ったことも忘れてしまうので毎日今日は風呂に入るかと息子や娘に言ったたりします。何度も同じことを聞いたりします。年とればみんな物忘れするのですがこの物忘れ今したことをすっかり忘れてしまうひどい物忘れなのです。物忘れというより今が記憶できなくなった脳の病気なのです。だから漢字が書けなくなったり簡単な計算ができなくなったりします。


このボケのばあさんが村の辻の石のあるところに来ました。
「ここに石があったことは覚えている、この石は子供のときからあったから知っている、この村だってかなり変わってしまった、知り合いも死んだり若い人が多くなりわからなくなった、でもこの石はず−とここにあってかわらねえんだよ」
おばあさんはこの石どっかと腰下ろして休んでいました。
「ああ、この石は変わらずにここにあってここに座ると安心だ、落ち着くんだ、鶯がゆったりと鳴いているな、いい声だ モウモウ牛もないているやあ」
そこに村の人が通りかかりました。
「おばあさん 元気かい」
「ああ、なんとかな」
「忘れるなよ」
「なにをさ」
「最近忘れるかたがひどいと聞いたから、それも歳かな」
「オレは忘れねえよ」
「忘れたことを忘れることもあるんだよ」
「バカなそんなこととあるけぇ」
こんな冗談を言って知り合いの村の人は去ってゆきました。
そしてまた独り言を言っていました。
「忘れる、忘れるなとうるさいけどオレは忘れんよ、この石がここにあることは忘れることはない、いつも歩いていればここにこの石はある、こうしてこの石に腰かけていれば安心だ、落ち着くんだ、まわりが変わってもこの石は変わらんからな」
その石は村の辻に何百年もあり村ができる前からもあったのです。変わることなく村の道標のようにいつもあったのです。そこにおばあさんが来るとその石は語りかけるのです。
「おばあさん、物忘れがひどいようだがワシのことは忘れないべぇ、ワシはここに何百年もあったし動かないで変わらないからな、何百年もあればみんなワシのことは忘れねえよ、ワシは変わらずここに動かずあるから安心しなよ、おばあさんもワシは動いたり変わったりしないから安心してここに休めばいいよ・・・忘れることを心配することはないんだよ・・・」
こうして石とボケ老人は語りあっているように見えたのです。その石と老人は長い間こうして語り合って暮らしていたようですしその前の死んだ村の人々もこの石と語り合いその石で休み村はつづいてきたのです。ただ村にも車に乗る人がふえて前とはかなり変わってしまいました。でもこの石だけは動かずに変わらずにあったのです。だからこの石に座り休むと心落ち着くのでした。

モ−モ−モ−
ホ−ホケキョ
牛もないた
鶯もないた
村はのんびり
動かねえ変わらねぇのは
村の辻の石
ここに座れば落ち着くな
急ぐことはねえ
心配すんな
モ−モ−モ−
ホ−ホケキョ

2006年06月05日

薔薇(二つの家−新しい環境は認知しにくい)

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家二つ行き来忙し夏つばめ

移り住み隣の薔薇を窓に見る

I look at a rose in next door
from the new living house


だいだいの夏菊ここに保育園


二つの家を行き来していることも奇妙である。こんな経験をするとは思いもよらなかった。人間は新しい環境になると同じ町でもかなり違ったように見える。そして辺りを認知することには時間がかかるのだ。認知症とは認知することがむずかしくなる病気である。これは普通の人にもある。外国旅行すると簡単なことが認知できなくなる。市庁舎だとか大きな建物すら外国ではわからなかった。言葉がわからないこともあったが変わっているから辺りを認知することがむずかしくなるのだ。認知症とは自分の身近な家庭ですらここはどこだとか息子や娘があなたは誰ですかとか極端な認知障害になる。これは普通の人にも起こることである。新しい環境だと辺りのことがなかなかわかることがむずかしい、こんな小さな町でもそうだったのだ。隣がどうなっているのか、人が住んでいるのかどうかもよくわからなかったのである。

認知症はだから環境を変えることが一番よくなんのだ。見慣れた家とか知りぬいた道とかなじみの知人の顔とかと接している必要がある。なぜならそういうなじみなものが死んだりして環境も変わるとそこが別な世界のように思われてしまうのだ。80以上になると若い人のことなど顔を見ても名前も覚えられなくなる。浦島太郎になっている。何十年ぶりかに故郷に帰ってきたがそこは見知らぬ人ばかりだとなると混乱してしまうのだ。特に現代はめまぐるしく環境が変わった時代だから余計にそうなのだ。60歳以上になるとなじみの場所で暮らすことが精神を安定させる。現代は昔の村落共同体などないから退職するとなじみの人もいなくなり認知障害が起きやすくなるのではないか?

認知症になっても昔の村落共同体のようなものがあると認知症はそれほど進行せずとめられるということがあるのではないか?どうして認知症になるのかわからないけど環境因子が大きく働く病気だとすると治療も環境因子をよくしないとできないとなる。その環境因子をよくできないとしたら認知症というのは増えるし進行させてしまうのか?この病気は医療という面だけではなく環境因子がかかわるとすると根が深いのである。

2006年06月06日

芍薬(ボケないためには仕事の継続が必要)

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我が前に大輪の芍薬おおらかにこころおきなく咲きて散るかな

人生は還暦まで生きれば十分に生きたともいえる。人生がそれから20年とか長くなりすぎたから認知症などの問題が起きてきた。人間の体に限界がきて認知症になる、ボケてくる人がでてくる。高血圧とか太った人はなりやすいのだろうか?長生きしている人はやせているというから太った人は高血圧になり体の負担から認知症になりやすいのか?生活習慣病というのは確かにあるのだ。酒とかタバコを過度にすると必ず中高年、老人になると体に症状として現れる。また生活習慣病というのは体だけではないのだ。精神的な面にも現れる。生活習慣とは長年習慣として働いてきたことが習慣となるのだから働くこともやめてもその習慣は簡単には消えない、だからボケになっても長年やってきたことがボケに現れる。寝床で田植えするしぐさをしていたとか横浜で貿易の仕事をしていた人は船が来るとか徘徊していたとか水商売の女性は裸になって男を誘うしぐさをするとかそれまで習慣的にしていたことがしぐさ、行動となって現れのだ。

また性格的なものも現れる。おおらかな人はおおらかにボケるとか几帳面な人は几帳面にボケるとか乱暴な人は乱暴にボケるとかになる。公務員のような几帳面な人はボケるというがこれも同じように社会で事務をつづけていればボケないのだ。それなりに頭を使いつづけるからボケないのだ。退職して頭を使わなくなることがボケに通じている。ボケにならないためにはとにかく今までした仕事を継続することが大事だとなる。それが退職とともに途切れるからボケになってくる。趣味をやろうにも簡単にできないし仕事としてつづかないからボケの予防にはならない、医者でも病院に勤めている勤務医はボケで開業医はボケないというのは近くの人は90まで患者をみていた。そして一週間くらいであっというまに死んでしまったのだ。なんであれこうして継続して仕事していればボケにくいことは確かである。趣味と違って緊張感が継続されるからだ。

とにかく長寿社会を文明は作ったのだが長寿社会に適したものではなかった。人間は本来は自然や回りの環境と一体となって生きている総合的存在である。家族−生産−消費−遊び(祭り)も一体として存在してそれぞれがパ−トに分割されて存在しない、人間は万物の霊長というように総合するものが本来の人間なのだ。村の長老となればそれは自然の中で村の中で生きてきた知恵を蓄えた特別の存在であった。それは環境と一体化して総合的人間と化したものであり自ずと知恵あるものとして尊敬されていた。文明はあらゆるものが細分化され部品化されるからこうした総合的人間は存在しえなくなる。学問でも仕事でも無数に細分化され専門化されて全体を総合的存在は全く見えないし必要ないのである。退職するということは社会の部品としの仕事が終わる。でも部品でも仕事をそこでしてきたのだから別な部品となるわけにはいかないのだ。人間は仕事の継続が必要なのだ。それは主婦でもそうであり家事は立派な仕事だからこれを嫁に奪われた姑はボケやすいとなる。家の中でもそれなりの役割をもたされればボケないとなる。

いづれにしろ大輪の花のように咲けば人生に悔いはないだろう。生は労苦とし神に与えられたのではない、神を讃歌し神の作りし自然を讃歌するために生は人間に与えられた。だから生は本来は祝祭であり歓喜となるはずなのだ。芸術は何であれ自然の讃歌なのである。ボケというのもこれも老人性の認知症は回りがおおらかにつつみこむものでありこれを隔離して病気としていいのかという問題はある。80以上になるとこれは誰でもさけられずなりやすいからだ。ただ余り重度になるとひどいから家族でも社会でも隔離してしまう。不具なものすらもかかえこむのが本来の人間社会なのかもしれない、狂気とか不具とかは正常と言われる社会でもナチスとか宗教団体でも公然と容認されたのである。ナチスはこうした知的障害者とか様々な障害者を抹殺しようとした、正常と思えた社会こそ狂気の知的障害者だったという皮肉もあるのだ。自分たちは賢く障害者は人間のクズだから抹殺しろと言った人たちが狂気に走った。

これは明らかに人間の傲慢からきた罰だったのかもしれないのだ。ロシアの共産主義思想に逆らうものは狂気とされ牢獄に入れられ殺されたものが多い。障害者とかの差別思想はそのこと自体狂気に通じているから危険なのだ。老人は無用だ、年金泥棒だ、無用なものは早く消えろという思想も危険に通じている。それはナチスの無用なものを抹殺する危険思想に通じているし障害者が無益なものだとか人間には言えない、障害者も神が必要として社会に存在させられているかもしれないからだ。つまり人間というのは人間からの価値観だけではわからない複雑すぎるものなのだ。だから謙虚になる必要がある。一方的な見方は危険なのである。障害者は別として高齢化社会の問題は数が多すぎることにある。老人が多すぎる社会はやはり社会自体をゆがめてしまう。活力がそぎ発展すらそがれてしまう。だから高齢化社会は実際は文明によってもたらされたのだが文明にその備えがなかったことなのだ。高齢化社会は肉体年齢をのばしただけではボケがふえたりするだけで
楽園になりえない、おそらくこの世に楽園などないのだ。つまり楽園、働かなくても楽する社会だったらそこではボケてしまうという皮肉があったのである。

不具者の思想(優生思想の危険)

「お上が兵士を募集するときでも不具者は徴兵免除になる。大手をふって人中を歩き回ることができる。またお上が大工仕事のた人を徴発するにも不具者は免除される。お上が病人に施しをするときには食料と薪をもらうことになる。」

この荘子の例えには中国人の大きさがある。中国人の社会の見方のスケ-ルの大きさがある。国を越えた何かスケ-ル大きな日本人には持てない視野があるのだ。無用の木の例えもそうである。無用のなかにこそ実は本当の生の大きな用があったのである。戦争中に徴兵検査が行われた。

甲種合格の基準は二十歳で、筋肉強健、視力0・6以上、身長155センチ以上となっている。乙種はこれに次ぐ。昔は甲種合格は名誉なことで家門の誉れとお祝いをしたそうだ。その合格者だけが軍隊に入隊した

「お前は甲種合格だ、立派な体だ、真っ先に戦陣の最先端につきお国のために尽くせ、お前は郷土の自慢だ」
「お前の体は貧弱だな、お前は不合格、戦争できる体じゃない、戦争に行く必要なし、お前は郷土の恥だ、不具者だ」



こんなふうになったのだがこうして戦争に有能なものとして駆り出されて死んだものと不具者として戦争にも行かず生き残ったものと一体どっちが今ほめられるのかわからなくなっているのだ。戦争一辺倒の時代にお国のために死ぬことが唯一の価値観になっていたからだ。こんなふうに見る人はいなかったのだ。反対するのにも別な見方で反対していた。戦争は負けるかもしれないとか人道に反するとかであるが荘子のように見る人はいない、日本人は働くことにこりかたまった人間である。働いていれば有用な有能なものだということがこびりついている。戦争のために命をとられたことは愚かなことだったかもしれぬ、そういうことが今問われているのだ。植民地解放のためだとかいろいろ理由を言うが今になると戦争に対してはこうした見方もできるのだ。哲学とか思想は別にむずかしいものにあるのではなくこうした時事問題の中で生活する中で考えることなのだ。宗教団体に属している人は全然考えない、盲従する。哲学、思想は平凡な生活の中にも応用されるものである

ナチスの優生思想も弱者や障害者などを抹殺する思想は賢い者だけが健常者だけが社会を構成するべきであり障害者は金がかかる無駄なものだから抹殺した方が社会のためになるという思想である。こうした傲慢な思想が恐るべきナチスの犯罪に導いたのだ。アイシュタインといえば人類最高の頭脳であった、賢い科学者であったが原爆開発をあとで後悔した。有能な人、賢い人、権力者は一面非常に危険なものなのだ。それは傲慢になってしまうからだ。なんであれ力をにぎるものは傲慢になる。宗教団体だって数に頼り資金も豊富だから傲慢になる。おれ達の団体に逆らうものは抹殺だとなる。神は人間の傲慢を罰せずにはおかないのだ。人間が強い賢いと思うとき傲慢になり非常に危険なものとなっている。その思い上がりが神の厳しい罰を受けることになる。火を盗んだ技術の神のプロメテウスにそれが象徴されている。火を盗んだというのは現代では原子爆弾に通じていたのである。

こうした社会の見方をしている人はアウトサイダ−となり社会に受け入れられない、私はこれを「単細胞的思考」で有名な上野霄里氏から学んだ。私は普通の人より劣っているから創価であれなんであれ集団に従属して命令されて従順に従うのに向いている。あのように単独者などはなりえない劣等者であった。でも上野霄里氏に啓発されて社会の見方が変わったのだ。ただ上野霄里氏にもニ−チェのように弱者抹殺の思想があるから危険でありそこに奢りがあり自分のような劣等者は偶像化してしまう。天才とはあらゆる点で恵まれた人間だった。体力的にも知的にも人間として生来特別なものを努力なしで与えられている存在である。一方聖書に記された予言者は劣等者だった。何か普通の人より劣った人であったのだ。普通だったら天才的な人を予言者にすればいいのだが敢えて神はこうした劣った人を選んだのである。つまり生来優秀な天才や賢い人々は傲慢になりやすいのだ。株で大儲けした村上氏などもそうである。こういう人も謙虚さがなく傲慢になってしまう。金さえもうければこの世はどうにでもなるという傲慢さがでてくる。そういう人を神は罰せずにはおかないのだ。

わたしはわらべを立てて彼らの君とし、みどりこに彼らを治めさせる(イザヤ−3−4)

これは有能な賢い人間に治めさせるというのではない、人間にとって有能な賢い人間とはおごり高ぶる人間でありこの傲慢の故に神の罰を受けてきた。聖書のテ−マはこの傲慢な人間を罰することが一貫したテ−マだったのだ。
老人になると誰もがどんなに社会的に活躍した有能な人でも弱者に転落する。認知症になったら知能が低下して信じられない不具者に障害者に転落してしまう。それをまざまざとみたからその驚きをプログに書き続けてきたのだ。


時事問題で追求したことをここで加筆して書きました。今のところ本サイトは休止です。プログの方を読んでください。

参考
http://www.musubu.jp/jijimondai13.htm(モラトリアムの時代(人間積み重ねが大事) 1月28日

2006年06月07日

夏雲雀(人間の皮肉−楽園ではボケになる?)



走りつつ左右にひびく夏雲雀

summer skylarks are singing out
to right from left
from left to right
on my running way


自転車で走っていると自然と一体化する、だから自転車にのった俳句とかができる。電車にのれば電車の俳句ができる、一番できにくいのは飛行機である。密室に閉ざされた感じになるからだ。車も運転に気をとられると自然と一体化しない、ただ遠出できるから一旦おりれば別な世界が開ける。この中で一番欠けているのが歩いて感じる世界なのだ。近くは歩いても遠くは歩くことがないからだ。江戸時代までは歩いて感じた世界だから全く今とは違った感じ方をしていた。

最近なんか母方の89歳の兄が死んだとか物入りである。この兄も西山?家の長男だったが訳ありで独身で死んだ、よく独身でこれまで生きたことは感心する、一年くらい病院で寝たきりで死んだのだがそのあとしまつが結構大変なのだ。家がゴミの山になった、ゴミ屋敷になった。いろいろなものを拾って集めていたからだ。これをかたづけるのが大変なことになったのだ。人間残すのはゴミだけかともなる。西山家は跡継ぐ人もいない、その人は長男だったが長男の役目を果たしていないからだ。その墓にうまっている人は知っている、一人は結核で若く死んだ人でありもう一人は私の父の違う兄だが交通事故で死んだのだ。西山家は親が機織り工場を倒産してから悲惨なことになったのだ。もしこれがうまくいっていればみんな金持ちの子としてその後の生活は楽なものとなり違っていた。人間の運命は親によって作られることが多い、これはどうにもならない、それによって加重な重荷を負う人もでてくる。それぞれの運命はどうにもならない、運命を恨んでもどうにもならない、兄弟でもまるっきり違った人生をたどる人も多い。運命は不平等でありなぜある人は恵まれある人が恵まれないのかはわからない、でも恵まれたと見える人が恵まれていたかというとそうでもないのだ。

それは認知症になる人、ボケる人は家族のなかでも恵まれた人だという、おばあちゃんはもう歳だから楽してください、何もしなくていいですよ、テレビでも見ていてください・・・こういう恵まれたおばあさんはボケやすいとなる。生きがいもなくなるからだ。一方鬼嫁とか言われる人にこき使われるような姑はボケないというのも皮肉なのか?共働きだとおばあさんに・・・してくださいとか頼まれ役割が与えられるからボケないという、自分の家でも姑ではないが姑と同じような役目をもった家族にこき使われたように見えたのである。一見家政婦のように奴隷のように使われていたのだ。だから一見ひどいな、楽できないなと見ていた。でも認知症になったのは鬼嫁のようにこき使った方だったという不思議である。こき使った方がボケてこき使われた方はボケなかった。80まで店をやったりその後も家事を中心的にやっていたからだ。人間は何がかわいそうだかこれだとわからない、例えば南国の楽園で食べ物はいくらでもあるから働かなくてもいい、そういう場所に住んでみたいと思うかもしれない、そこは皮肉にもボケやすい、生きがいがなく惰眠をむさぼりボケやすい国だとなる。一方文明を発達させたのは不便な寒い方の地域だったのだ。なぜかというといろいろ不足するし寒いから家だって頑丈に作らねばならないとか自然条件の厳しい場所はそれだけ頭も使い体も使い生活を工夫しなければ生きていけないから文明が発達したのである。

イギリスは寒い土地もやせているしジャガイモ飢饉とかアイルランドではアメリカに移民した。そこで近代の工業化、産業革命が起きたのである。一方あたたかいアジアはむしろ気候的にも恵まれ産物も豊富であり豊かな国だったのだ。だからイギリスやオランダなど寒い国は植民地にしてその豊かな南の国の産物を運こんだのである。窮乏している国は豊かになるためにはいろいろ努力して工夫しないと豊かになれないから文明を起こす、南は努力しなくても豊かだから文明は起こらず支配される結果になったのだ。だから奇妙なことだが人間はあまりに自然であれ何であれ恵まれすぎると自ら努力することも怠り怠惰になりそれは他国からの侵入をまねき支配され奴隷にされてしまうということにもなる。ボケというのもこれとにていたのだ。人間の楽園は決して努力も戦うこともない世界ではない、何かと戦って努力して工夫して創造する世界である。

2006年06月08日

夏草(墓は記録である−歴史は記録である)

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夏草や埋もる明治の小さき墓

夏草に埋もれし墓は明治かな

墓おおう夏草刈りて隣なる明治の小さき埋もる墓見ゆ


墓をおおっていたのは太い茎の葉で隣から繁っておおっていた。隣が無縁仏のようにお参りすることもない墓だった。その葉陰に隠れるようにあったのが小さな塚で二人の名前が書いてあった、信女、もう一つは戒名ではない、名前だけなのか男であることは間違いない、この二人の関係は夫婦なのか不明である。たいがい墓から知れることは時代と年齢と名前くらいであとはわからないのだ。そして江戸時代のものは極めてまれなのだ。

西山家(仮名)の墓は複雑である。父母が埋まっている。そのあとに妾になった女性が埋まっているし兄弟で肺結核で死んだ早死にした人と交通事故で40歳で死んだ兄が埋まっている。兵太郎とかトラとかいう名前も昔を語っている。

いまさらに40で死すは若きかな夏草しげる墓を掃除するかな

墓というのは何のためにあるのかというと供養のためにもあるが記録のためにもある。時間がたつとそんな人がいたのかまで本当にわからなくなる。墓に記された名前を見てこういう人がいたということを確認する。寺は江戸時代は戸籍係であった。それが現代に継続している。でも戒名は今や意味がないのだ。名前の方が重要だから戒名は何の意味もない、記録としても意味がないのだ。戒名見てもその人なりのことはわからないからだ。記憶ができなくなる認知症のことを語りつづけてきたが記憶とはまさに歴史である。歴史は要するに何々があったとかこういう人物がいたとかという記録することが最初だった。その記録にあたって文字のない時代は最初語り部が伝えた。それから文字が作られ文字に記されるようになったのだ。文字に記されると永続性のある記録となったのだ。

記憶がなくなることは共有した体験とかが喪失することで深刻である。記憶が喪失するアルツハイマ−などの病気の映画やその他数がふえたのでいろいろ語られるようになった。記憶は愛し合う夫婦だったら愛の記憶を共有することによって歴史を共有することによって成立する。その共有する記憶が喪失するとなると夫婦であれ家族であれ歴史を共有できなくなるから深刻なのである。部族であれそこから発展した国家であれ共有する記憶があって民族が成り立っている。それが日本だったら古事記とかになる。それは日本民族が共有する記憶なのである。つまり記憶が喪失するということは日本民族として共有するものを喪失してしまうことになる。それは日本人でなくなることに通じているのだ。

ともかくちょうど墓の側面に一行分−死者の名前が記される余白が残っていた。あそこに死者の名前が記される。でもそのあとは西山家の墓はあとを継ぐ人がいなくなるので困る。墓参りする人はいるから草ぼうぼうになることはない、でも西山家は無縁仏になるのかもしれない・・・そういう無縁仏が小子高齢化社会でふえてくるから困るのだ。

一行の残る余白に名を記し西山家は絶えにけるらむ

結局この残った一行に記すだけの人生だったのか?
人生の記し−記されるの一行だけだということはありふれたことなのである。

2006年06月09日

薔薇(墓の語るもの−夏草の句の感想)

今日も行く嵐に耐えて赤き薔薇

嵐のなかに薔薇が赤く咲く、嵐の中で赤さが映える、嵐のなかで懸命に生きる、赤い色は嵐に抵抗して咲く赤である、文学はみんなその生活の反映である。苦境でも一層赤くさく薔薇になる。嵐にうたれながらもさらに赤い薔薇は赤くなっているのだ。

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なぜ私は墓に興味をもつのか?それはなぜ墓というのはあまりにもひっそりとして一般的にはめだたない、忘れられている、それで心ひかれるのだ。昔の墓は一般的に粗末な石に簡単な文字を刻むだけなのが多い。江戸時代には庶民には姓がないのだから墓をもっていた人も少ない、明治以降やたら墓はふえすぎたのだ。西山家でもあとをつぐべき人が別な姓になっているから西山家は複雑になった。姓が無数にふえた結果、墓もふえすぎた。そして墓の跡をつぐ人がいなくなる。墓は勝手に廃棄することができないからまた困るのである。

墓にもいろいろある。立派な墓もあるし粗末な墓もある。今回でも草に埋もれて忘れられていたような墓にひかれたのか?まずその墓に注目したのは自分だけではなかったか?たまたま隣から茎の太い葉が繁っていてそれを取り払っていたらその小さな墓をたまたま目にしたのである。そこは掃除もしない無人墓になっていた。そしてその墓に埋まっている人も忘れられていた。この墓の主がどういう人だったのかわかりえようがない、それは男と女だけの二人だけの墓であることは間違いない、一族の墓ではないのだ。一族の墓だったら家族の名前がもっと記されている。こういう墓は別に他にもある。墓というのは忘れられてしまったものが多い。それは何を意味しているのか?これも人間の無情を無常をはかなさを意味しているのだ。

なんらかもっとこの世に残すべきものがあるはずなのだか実際は死んでしまえば粗末な石と名前しかないのだ。これも生きていてあったらその人はいやな奴だったかもしれない、しかし死んで粗末な石の下に物言わぬ人ととなって草に埋もれてしまったとき言い知れぬあわれさを感じてしまうのである。ある墓は戦争の功績を墓の全面にこれでもかこれでもかと文字を彫りつけていた。供養のためとはいえなんかいやな感じがした。こういう墓はかえってこの人はどんな人だったのだろうかと知りたくなくなる。かえって前にも書いた亭年31才戦死と一行ひっそり書いてあるとあわれを感じるのである。ただ墓があってもその墓に埋まっている人の素性とかわからないと墓の意味も見いだせない、今回でもこの草に埋もれた墓の主はどんな人なのだろうと思ってみても皆目わからない、ただ明治という時代だけがわかっただけである。

それでも夏草に埋もれたということで俳句になった。「降る雪や明治はとおくなりにけり」の明治であるが明治は日本の歴史にとって実り豊かな時代だったのだ。明治という時代は日本の歴史の中では万葉集の奈良時代とかに比する国風文化と西洋文化が栄えた記念すべき時代だったのだ。大正−昭和−平成は明治という一時代を築いていない、日本が統一した感覚がない、かえって日本が戦争に突入して賛美できない時代感覚になるのだ。

「夏草やつわものどもが夢の跡」というと芭蕉が江戸時代の初期に作ったのだがこれも500年くらいたってこの句を作ったことの不思議である。なぜならその当時の戦いをなおリアルに感じていた。500年たってもそういう感覚がもてた。つまり百年前明治くらいだったら現代になお通じている、夏草に埋もれてもそれは現代の今の生活と結びついている。これも江戸時代になると結びつかないからだ。

これはやはり江戸時代と明治では余りに変わりすぎたからだ。それは別な世界になってしまったからかもしれない、鎌倉時代から500年たっても日本はそんなに変わった感じないのでそんな句ができたのかもしれない、時代感覚は環境がさほど変わらなければ同じように思えるのだ。環境が余りにかわるとそこは別な世界のようになってしまい違和感が強くなる。現代は余りに環境が変わりすぎたから日本が日本でないような気分になる。それが精神の疾患がふえた原因なのである。


参考
http://blog.excite.co.jp/yonaoshi-seppou/1703160/

ここに心中した墓を推理しているのはすごい、悪役でよくテレビにでてくる人だった、こんな人もプログに書いているからインタ−ネットには発見があるのだ。

2006年06月10日

老鶯(家の乱れの原因−姥柳)

老鶯やこの道今日も姥柳

田んぼの道に一本細い柳、それはまさに姥柳である。毎日通っている生きた姥柳がいるから自然は人の生活の反映でもある。そし姥柳というのは各地にあるのだ。老婆に例えられたのが姥柳だった。女が老いた柳だからだ。
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西山家の長男の骨納めは終わった。西山家が乱れたのは親が妾を家にひきいれたことからはじまった。その後正妻は病気になり死に親も死に妾であった女性が家を全部をとりしきることになった。実質家長となり全権をになった。滅法気の強い女性だったので逆らうことは誰もできなかった。長男は家を追い出されたり姉は家を出たり兄弟がふりまわされることになった。だからといってこの女性がすべて悪いとかにはならない、肺病の若死にした人を看病したり家を実質支えたのも気丈夫な家長となった女性だったのである。ただ西山家は結局この妾として次に家長となった女性にふりまわされた家族だった。それは今でも尾をひいている。功罪がありいちがいに批判できないのである。妾といっても母も父も死んだのだからその女性に支えられて西山家が存続した事情がある。

ただやはり家というのは男が中心になるべきであり男が跡を継ぐべきであり長男は大事にせねばならぬ。そうでないと家が乱れてしまうのである。家の乱れは男をなるべく長男をたてることが望ましいのである。長子には特別な特権が付与されている。聖書でもそう考えていたし一般的に世界でもそうだからだ。長男が跡を継がないと家が乱れる。現代の家の乱れは長男を大事にしない、男女平等とか兄弟は平等で親の財産は平等に分けるべきだとかなりかえって不平等になったのた。家を守るべきものがいなくなり家は乱れその結果として様々な問題が生まれてくる。女性は一家の長とすべきではない、これを考えると天皇家を女性に継がせる、女性天皇はまずいともなる。家が乱れることは天下が乱れることに通じているのだ。男女同権とかフェミニズムとかは家や社会を乱してしまうのだ。離婚がふえたのもそのためである。自分の権利ばかり主張したらそうなる。離婚は子供があればあとあとまで尾をひく。人間あまりに自由と権利ばかり主張すると家も社会も乱れてしまうのだ。

西山家は西山の姓を継ぐ人が別姓になり墓も別になったので跡を継ぐ人がいない、別な姓になった人には息子がいるからそっちの姓と墓は守られるが西山家は跡を継ぐ人がいないのだ。結婚で男女別姓とかなるとこれもややこしくなる。家が乱れてしまうことは確かなのである。結局それは社会の乱れに通じていたのである。

形見に残されたのは米寿の記念として町からの表彰状だった。しかし長生きしてもみんなが意味ある生とはならない、それでなんか虚しいのだ。

2006年06月11日

認知症の責任能力の不思議


明日MRIに行こうとしたらいつ行くことに決めたんだと怒っている


「明日医者に行く約束したから必ず行かないと・・・」
「私はしていません、聞いていません、あんたたちが勝手にやったのでしょう」
「あなたは忘れているんですよ、何度も言ったし医者にもこの前診てもらったんですよ」
「そんな医者に行った覚えないですよ」
「ええ・・・・」
「あんたたちは勝手に私に相談せずに決めているんですよ」
「でも約束したんだから行かないと困るんですよ」
「私に相談せず勝手に決められては困るんですよ・・・それじゃ信用できない」

豆腐を買いに行って何を買ってくるのかを忘れてまた戻ってきて何を買うんだっけと聞きにきた。そういう激しい忘れ方を何度もしているのにその自覚がない、あなたが忘れたといっても私は忘れないというのだ。

認知症の責任能力を問うとき、そもそも契約してもそれ自体忘れてしまう。だからここに判を押してあなたの署名もありますから金をはらってくださいとといっても契約したことを覚えていないから相手に対して怒ることにもなる。何で契約もしていないのに金はらはなきゃならないのよとか何で勝手にあんたたちが医者に行くことを決めたのとかなる。

認知症の人の契約能力となるとそもそも契約したこと自体忘れているとなると証文をみせてここに動かぬ証拠があると時代劇でやるようなものになる。いくらあなたが知らないとシラをきってもここに証文という動かぬ証拠があるから否定はできないとして説得する。でも本人は納得せず暴れたりすることになる。つまりそうした自分がしたことをまるっきり忘れているから自分の責任をとらない、とりようがないのが病気なのである。もし自分が忘れたのかなと少しでも思いば自分にも責任があったのかとなるが自分が忘れたということを認めないから他人のせいになり他人を責めるのだ。物をなくなったときも自分でなくして隠してもそれが自覚できないから他人のせいにして他人に暴力までふることになるのだ。ここが普通の物忘れと違っているのだ。自分が忘れたのかなと決して思わないのである。

でも裁判でも自分が犯罪を犯していないと言い張る人はいくらでもいる。その証明はどうするかというと目撃者とか物証とか指紋とかいろいろその本人の証言より重んじて罪を確定していく。ただ普通の人だったらこれだけの物証とかあるのだからと自分の罪を認めることがある。でも認知症の人だったら認めないのだ。怖いことは認知症の人が殺人を犯してそれをまるっきり忘れていたらどうなるのか?

「私は殺人をした覚えはない、全くない、なぜ殺人犯にされるのか全くわからない、刑務所から出せ、出せ・・・」

こういいはって暴れつづける。普通の人だったら自分が殺人を犯した場合、それをごまかすためにそうするのだが認知症の人の場合、本当に自分が殺人を犯したことをまるっきり忘れてそう言い張るのだ。だから自分自身も殺人を犯しても犯していないと本気で思っているしどうして殺人犯にされているかわからないから狂気のように暴れるとなる。極端な話がそうなるのだ。いくら殺人の責任を問うても本人はまるっきり忘れてしまっているのだから責任を自覚できないとなるのだ。

2006年06月12日

見当識障害

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MRIの結果は普通の老人と変わらないという、専門の心療内科ではたぶん、脳血管で血管がつまっているから血流をよくする薬を飲むように言われた。その他はさほど普通の老人と変わりない脳だという。しかしこのMRIの信用できないのは肝心の海馬が写っていないのである。海馬の萎縮とかわからいないのだからこれは脳の精密な写真ではない、脳血管性認知症にしてもアルツハイマ−型とだぶっているものがあるとか明確でもないのだ。結局ここではわからない、症状を見ればはっきり海馬が萎縮したのかどうかわからないにしても極端な記憶障害があるのだから認知症である。でもMRIでも認知症のことはわからないのだ。

車は見当識障害が起こりやすい、認知症で車を運転できること自体不思議である。車自体は長年運転しているから認知症の人でも運転は忘れないのである。しかし見当識障害が起こりやすい、なぜ病院に行ったらしいことは覚えているのだがその場所がわからなくなったしどんな病院だったかもわからない、明確な記憶として意識されなかった。でもこれは自分もそうだった。はじめて行く病院であり車で案内されたから余計わかりにくいのだ。車は通りすぎてしまうから途中が運ばれるからわかりにくくなる。自分が意識していたのは鉄道の線路があったということである。鉄道に沿ったところにあったとは覚えているがこれも確かでなくなる。車で行ったところは見当識障害を起こしやすいのだ。途中で目印になるものを記憶するとそこがどこかあとでわかりやすい、車だと早く通りすぎるからわからなくなる。歩いたり自転車だと途中に何かあるのか意識するからここにこんな店がありホテルがあったとか記憶してその近くだったとか見当をつけるのだ。

普通の人でもこうして見当識障害に陥りやすいとなると認知症の人にとっては余計そうである。家の中とか見慣れたところでも見当識障害を起こすとすると見慣れないところでは余計そうになる。普通の人でもそうなのである。特に込み入った都会は迷路のようになっているからわかりにくいのだ。人でも常に認知障害に陥ってゆく、はじめて会う人を覚えられない、違和感を覚えてしまうのである。見慣れた人、息子、娘さえあんた誰とかなる病気なのだから新しい人は覚えられない、親しくなるの容易でないとなる。現代は認知症の人は極端としても認知症になりやすいのだ。村のような狭い世界が宇宙のように変化のない世界で暮らしていたら認知障害にはなりにくい、いつも見ているものも会っている人も同じ人なのである。現代は会う人もめまぐるしく変わりやすい、都会の雑踏になると誰かわからない人にまぎれるのだから誰も認知しないことになる。現代とは人と人も互いに認知し合わない世界なのである。これが時代がさかのぼればさかのぼるほど戦前でも明治でもさらに江戸時代になると互いに認知しあう度合いが人間同士でも濃密だったのである

認知症は前にも書いたけど医療より介護の方が大事である。老人の医療は体だけみてもだめである。体と精神が相互作用しているからだ。だから何か悪いというときそれを心配する人が回りにいると安心する。心配してくれるんだなと安心するのだ。そういう方が治療効果があるのが老人なのである。薬飲んだからといって簡単に直らない、そもそも老人の病気は直らないのだから介護の方に重点が置かれべきものなのである。老人の不定愁訴もそうだった。老人は心と体が相互に作用してそうなりやすいのである。


コメントスパムをとめる方法がなくなった。トラックバックスパムはとめられた。コメントスパムはとまらないのはなぜだろう。これも困ったことである。どうもかえってプログは詳しいアクセス解析もできないしとにかく毎日100も外国の宣伝リンクがきているから正確なアクセス数がわからない、これが一番困っているのだ。なんとかしようにもできない、それでも「老鶯」とか俳句関係とか認知症関係とかのキ-ワ-ドではきているから俳句短歌とか認知症関係でふえたことはまちがいない、梅雨だから俳句短歌は作りにくい、梅雨の間はちょっと休みになくかもしれん・・・

2006年06月13日

黒揚羽(夏草−埋もれた墓の謎のつづき)

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この墓は良裕となっている、でも戒名とも違う、法名とあるから本名とは違う、どういう人なきか皆目わからないのだ。でもこれは一族の墓ではない、二人だけの墓なのだ。どういう人だったのか不思議である。

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真昼間の自由や鳴かむ夏雲雀

be free at noon
summer skylark peaching vitaly


サイクル車スピ−ド出すや夏雲雀

誰か訪ふ埋もれし墓に黒揚羽

毒もつや墓所に怪しくケシの花

夏菊の白に代わりて黄千輪


昨日は寒かったが今日は曇っていたが夏らしかった。夏雲雀の声が気持ちいい、自転車が好きなのは走っていること自体風に吹かれて気持ちいいからだ。デジカメが修理できたので墓地の写真をとった。墓地というのはなんとなく薄気味悪いことは確かである。浮かばれぬ無念の霊や怨念がさまよっているような雰囲気は確かにある。そんな霊がつくなどという人がいるのもわかる。そこにケシの花が咲いていたのもあっていたのか?

街の中に雲雀の声が聞こえるのはまだ回りに自然があるからだ。これが大都会だったら雲雀の声も何も聞こえないだろう。やはり街も自然を反映する場所がいいのである。自然はやはり自由なる身にひびきあう、何かに拘束されているとだめである。無職というこは自由ということであり真昼間の自由を謳歌するのだ。

ただ今は街は廃れている。街の活気がどこもなくなったことは問題である。街も生き物だから活きていないとだめだ。この墓は街の中にあるかなり大きな墓所である。墓所も街とともに活きるということもある。墓参りする場所として活きているのだ。だから無縁仏でも自分の墓の隣が草ぼうぼうとなっていて草刈りしたら偶然この墓を見つけたりするわけである。墓にも隣がある。墓すら縁あって隣がある。人とは縁のなかで働く活きるということがある。

プログのコメントスパムで定期的にきているのか、「冬の山」「枯菊」「寒雁」「残菊と石」を削除した。これはまた復活できるのだろう。プログで一番困ったのはこのスパムなのだ。プログは簡単であってもどういう構造、システムになっているのかわかりにくいのだ。日記として連続して書いているから認知症関係は削除しにくいから困る。

ここのつづきです
http://musubu.sblo.jp/article/821634.html

2006年06月14日

高齢化社会の疑問(長生きはすべて意義あるものなか?)

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真昼間の自由やなかむ夏雲雀

be free at high noon
a summer skylark peaching vitaly


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今日はまたNHKで認知症のドライバ-の問題とか放映していた。教育では8時から認知症のコ-デネ-タ-制というのもなるほどなと思った。施設にあづけてしまうきりではなくて家庭にも戻れる、また施設にも戻ったり行ったり来たりできるなどはいい対処方法である。認知症の人にとって家庭は非常に大事なのだ。一番心安らぐ場所は家庭だからだ。でもその家庭で対応できなくなるから施設に入れてしまう。でもまたコ-デネ-タ-がいて施設と家庭のなかを取り持つのは認知症にはいいことは確かである。また地域というのも大事になる。でも現代社会は認知症の人にはまた高齢者には住みにくいものとなってしまった。その例が認知症の人でも運転免許取り上げられると生活そのものができなくなる。買い物を医者に行くことも通勤すらできなくなる。山村だからもはや交通の便などなくなっている。僻地は認知症などになると対応できなくなり施設に入れる他なくなるというのもわかる。

それにしても認知症の人って事故を起こしてもまるっきり忘れている、事故を起こしても事故を起こした自覚がないとしたら運転はできるとなるのだ。だから免許を強制的にとりあげるほかなくなる。認知症でもこれからの高齢化社会でも車社会など便利になったことがかえって不便なものになる。ス-パ-とか買い物が車でできるときは便利なのだが車が使えないとものすごく不便になる。近くに店がないと高齢者にとっては車が使えなくなれば買い物すらできなくなる。これは山村では深刻なのである。高齢者の問題はこれから様々な分野で拡大して深刻化してくる。医療費にしても生活保護者が寝たきりで一年とか病院に入っていれば大変な金の負担がでてくる。保険にしても国でまかないきれないのだ。寝たきりとか延命治療で生かすのはいいのだがその費用が莫大てものとなってくる。なにしろ数が多いから財政の圧迫が大きすぎるのだ。

人間の生は果たして長く生きることにみんな意味があるものだろうかという疑問がでてくる。前に障害者や高齢者を抹殺する思想は危険だと書いたがそれは少数者であればその思想は成り立つが障害者が弱者が正常者を上回る数になるとまた別問題になる。そこが高齢化社会の大きな問題なのである。正直ただ長生きしてもそれがその本人にとっても社会にとっても有意義にならない、その判定をどうして決めるのか、お前も長生きする資格が有意義に長生きできるのかとなるとその判定はなかなかできない、それは自分が優越者として判定してしまうからである。人さまの長生きするのをおまえはもう生きていても何の意義もないから死んだ方がいいとは誰もいえないしそういう人は傲慢だとなるからだ。

ただ長生きして生活保護であれ保険からであれ膨大な税金を若い者に負担をかけることが大きくなると長寿社会は果たしていいものかどうかわからないのだ。いづれにしろ生命は地球より重いとかすべての人間は平等に作られたからその命の重さも平等だとなるし誰もおまえはただ国の金を使うだけでなんの価値も見いだせないとは誰も言えないのである。その判定も誰もできない、そういう差別をすると優生思想のような危険がでてくる。ただ高齢化社会は少数の障害者と違い社会自体が高齢化社会になってしまうことなのだ。スパルタが戦争のために障害者や弱者を排除したシステムを作ったのは敵に攻められて国が滅びたら終わりだから国の存亡をかけた危機感からそういう社会を作ったのである。いづれにしろ高齢化社会や認知症の問題は社会自体を大きく左右するものであることは確かなのである。高齢化社会は過去にないものでありその意義も是非もまだ問われていない新しい問題なのである。


2006年06月15日

人生の価値、意味の追求のための分類

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個人

人間の意味とか価値の追求はさまざまあるから一概には言えない、例えば図のように個人的価値、意味の追求からすると俳句なんか作ったって一文にもならないからそんなものやめてしまいとかやる気がしないとかそう思う人が結構いるだろう。現実は自分の家族では一文にもならないからやってもしかたないし俳句なんかなんの興味もなく金だけをかせぐことだけに意味を見いだしていて自分は用なしとして責められてきた。芸術などなんの興味もないという人はかなりいるし全然理解しない人も多い。ただこれも絵が何十億だとなると眼をまるめて絵ってそんなに価値あるのかと価値を認めるのだ。芸術なんか皆目理解しなくても金になるということでそれが価値をあることを認める。自分の家族ももし俳句を作って金になったら俳句なんか全然理解しなくても有意義なことをしていると認めるのである。でも金にならなくても純粋に価値を追求している人はいるのだ。芸術だけではなく他にも個人的価値を追求している人はいる。それは人によって様々である。

家族

家族としての価値とか意味を追求するのも人間である。家族愛は社会の利益追求の経済活動とは違う、介護とかでもここまでやっていくらとかあとはまた追加の金をもらわないとできないとかいうものではない、家族愛で全体的ににサポ−トするのだ。料理にしても家族の料理は愛がこもっているからまた別なのである。単に栄養を補給するというのではない家族の愛が料理にこもっている。家族で協力しあい生活をともにすることの価値は大きい、介護とかなるとどうしても施設とか病院だけでしにくいのは家族のような愛が欠けてしまうからである。家族としての価値、意味は人間の存在基盤を成すのである。家族の愛があるから弱肉強食の世界のなかでも人間社会は成り立っている。女性は家族の中で生活の意味を生きがいを見いだしているから認知症になるのは老人が家族の中で無用化され役割がなくなることに一因があることは確かであり家族の中で役割をもち生きがいを持てば認知症の回復につながることは確かなようである。

会社

会社は今の時代、個人の価値とか家族の価値、意味よりも大きな存在となった。企業戦士とか会社人間と男がなるのはそこが生活そのもの日々の糧をかせぐ場所であり男の活躍する場であるからだ。男の価値は会社で決められるから会社の価値が増大化したのだ。会社があって給料をもらうからこそ家族も食っていけるとなるから会社の価値が何よりも大きくなっている。そして会社は会社でそれなりの価値を追求している。それは利益を追求しているのだがやはり会社共同体として追求する価値はある。昔は家族が家内工業となって家族と会社が一体化ししていたから家族の意味と価値はさらに大きなものとなっていた。家族が生産主体であり家族は会社もかねていたのだから家族の価値と意味は大きかった。生産主体が会社となり家族が分離したとき家族は消費するものとなり核家族化したのである。

党派、団体

次に党派とか団体の価値、意味を追求している人たちがいる。宗教団体でも政治団体でもそうである。それらは党派、団体の価値を意味を優先する。この中には利益と一体化して追求している人たちもいる。幹部はこの中で生活基盤をもつのだから食うためにも必死だとなる。でもその価値観はその団体のなかで通用しても外部のものからはその価値を認めない人がかなりいる。それらは党派としての利益追求でありそれがいやがられるのだ。共通していることはこれらの団体は弱いものの味方だとかなるのだが結局は創価でも共産党でも国から強いものから利益を奪う、社会の富を国の富を徒党を組み奪うことを目的としていることで同じなのである。何百万となればその団体に様々な利益が供給されるのである。生活保護は優先的に受けられるとか都営住宅に優先的に入れられるとかである。そこに純粋に宗教的価値を追求したりマルキシズムなどの理想を追求したりすることはない、そこにはどうしても権力がかかわってくるから権力団体としてし社会や国の富を奪う、団体の力で分け前にあづかるということにすぎない、だからこうした団体は排他的であり仲間に入らない限り恩恵は受けられないし団体以外の人が不幸にあうと批判したりすると罰があたったとか喜ぶだけなのである。これらは実際宗教であれ政治団体であれ個人とか家族とかの価値、生きがいの追求より低級なものなのだ。低級だからこそそれだけの数が集まるともいえる。高級だったら集まらないからだ。これらは個人とか家族とかの価値の追求より害悪をもたらす、自分たち団体の価値が至上となり他の弱小のものは排除、抹殺される危険なものなのだ。個人とか家族は権力化しないがこれらの団体は権力化して価値を追求するから危険なのである。

地域、国

そして現代では地域とか国とかの価値の追求は一番低くなっている。戦争中は御国のためにかと死んでいったのだから死ぬほどの価値を見いだしていたのである。今ではこうした価値の追求は何か時代にそぐわないから盛んに愛国心とかを鼓舞するほかなくなっているのだ。強制的にでも愛国心を国への忠誠心を教え込まないとそうした価値を追求する人は少ないのである。党派、団体の方が国より重い存在になっている人も多い。愛国心は極めてあいまいなものになっている。愛国心には具体性も生活に結びついたリアリティもないのである。グロ-バル化のなかで地域とか国とかの価値がこれほど希薄になった時代はないのだ。食料にしても昔は自給自足的だから地域は一体化していたし助け合いもした。今は地球の裏側から食料が供給されるのだから一体感もなくなる。誰もバナナを買ってもそのバナナをどれほど暑さの中で苦労してとっているからわからないのだ。地域とか国の価値はグロ-バル化で希薄化したのである。ただこれからの高齢化社会とか認知症問題では地域とか昔の価値観が重要なものとなる。でもそこに回帰することはこれだけ変化してしまうと戻すということがむずかしいから困るのだ。

自分としての価値の追求は個人と家族と地域になってゆく、でも家族というのも今や家族だけでは核家族のようなものでは支えきれない、介護になるとそうなるから、家族から脱した価値の追求が望まれるのだ。それは党派、団体とか会社の価値の追求ではない、新しい価値の追求になるのだ。

2006年06月16日

宣伝媒体となるものは信用できない(病気の原因の謎)

なぜ人は様々な病気に苦しめられるのか?その原因は何なのか、認知症の場合、MRIをとっても海馬すら写っていないし普通の老人と同じだという診断も馬鹿げている、検査すらなっていないのだ。脳血管性認知症だから血流をよくする薬をもらっただけである。アルツハイマ−とか認知症の原因は何なのか?
心臓が悪かったし高血圧であり大量の鼻血をだしたときは鼻血により脳梗塞を防いだのだから体の病気から脳の血管がつまり認知症になったとなる。これだと原因は体が悪いからであり環境がどうのこうのは関係なくなる。でも脳梗塞からすべての患者が認知症にはならない、ひどい脳梗塞の人で言語障害ある人も認知症になっていない不思議なのである。アルツハイマ−と認知症の共通しているのは極端な記憶障害になることである。これは海馬に障害が起きたことは推測できる。こうした体の病気から脳に障害が起きたとすれば環境因子はそれほど関係ないとなる。

問題なのは日頃の行いが悪いとか道徳的な心の問題が作用して病気になる、原因が体にあるのではなく日頃の行いとか心にあるとするとどうなるのか?先祖を供養しないからだととか悪い先祖霊がついているとかいろいろそういう方面のことを原因にする人もいる。宗教団体の人もそういうこといかにも得意そうに言う。でもその宗教団体でも同じように障害者をかかえているしそんな簡単に直らないし奇跡など起こっていないのだ。宗教団体がだしている新聞には悪いことなど書かれないのである。そこにも無数の無惨な不幸は毎日のように起きているのだ。だから不幸は宗教団体に入ったからといってすべて解決するわけでもいなのだ。なんらかの利益を受けられてもそこに入ったから病気にならないとはなりえないのだ。そしてどうしても教会でも宗教団体でも不治の病が治ったなどというのが簡単には信じられないのだ。医者とか病院でもそうである。それは宣伝の場合があり本当にどこまで直るのか正直に書いていないし調べようがないのだ。インタ−ネットのいい点は患者自身が語ることがあり患者をかかえた家族が語ることは信用できるのだ。その人は宗教団体とか医者とかの宣伝のために書いているのではないから信用できるのだ。そこには悲惨な事実が多いということは認知症はなかなか直らないしいいことはないというのが真実なのである。

自分が書いたことも宣伝のためにではない、突然天から降ってきた災いをありのままに書いたにすぎない。誰からも利益を受けるわけではない、誰からかどこかの団体からでも利益を受けるときそこは宣伝となり真実は隠されるのである。マスコミが全部信用できないのは必ず特定の団体の会社の宣伝をして利益を受けているからその会社の悪口は言えなくなるのだ。出版などもかなりの資金が必要だから団体の後押しがないとできないようになっている。だから文学賞でも実際は売るために作られるし書店はそうした宣伝の場所として大手出版社の出店と同じである。書店には勝手に本が置ける場所ではないからだ。書店ではガンが直るいかがわしい薬を売る会社の本を山積みにしたり大きな宗教団体の力とか働いているのだ。そういう本を信者買ったり書店に金をはらわれたりしてもいたのだ。書店はそういう宣伝のためにもあるのだ。一方インタ−ネットは一面全くそうした宣伝を必要とせず出せるのだ。資金がゼロでも出せるからそうなるのだ。だからかえってそこには今までに出ないマスコミや出版には出ない真実が出る場合があるのだ。そこにインタ−ネットの意義があるのだ。

つまり宣伝することは利益を受けるのだからその会社に対しては悪いことは書けない、中立性がなくなる。でも雑誌でもなんでも利益のために宣伝せねば生活がなりたたないから大きな組織の宣伝媒体となっている。真実の言論は宣伝媒体とならないことである。厳密な意味ならプログでも無料ではなく金をだしてやるべきである。プログさえそれを無料で提供している会社があるのだからその会社の宣伝媒体となっているともとれる。現実プログの著作権はライブドアにあるとかあったしニフティのバソコン通信時代の傲慢さは書き込みはニフティにも著作権があるなどと言っていたのである。さくらのプログはわずかであるが金を払っている有料のものだからこれは違っているのかもしれない、他でも有料のプログがあるとすると真実の言論を目指すなら有料にすべきなのである。有料といっても格安なのだから無料とたいして変わらないからだ。いづれにしろ宣伝媒体となる言論機関は不公平になる。それは資金の問題でマスコミでは不可能であるがインタ−ネットでは影響が微小でも可能になったのである。

ともかく認知症関係の日記で悲惨なことを書いていることには驚く、それは偽りではない、真実であることがショックだった。簡単に直ったとかいうのは真実ではありえない、この病気はそんな楽なものでないからみんな苦労しているのだ。その悲惨な現実と戦っていることこそ訴えるのであり簡単に宗教団体に入って直ったとか浄霊したら直ったとかは信じられないのだ。奇跡とは困難と戦っているとき無意識的に起きてくるのではないか?例えば野口英雄にしても黄熱病というバイ菌と研究しているうちに戦うことになり図らずもその黄熱病にかかり死ぬことになった。そして病気と戦った犠牲者として名を残すことになったのだ。つまり計らずもということが大事なのである。意図したというのではなく懸命に研究しているうちに犠牲になってしまった。病気に負けたとしても医者として名を残したのである。困難であれ病気であれ懸命にそれと戦うという中で奇跡が起きるのでありそうした壮絶なプロセスがないとしたら奇跡にも意味がないのだ。簡単に手をかざしたら直ったとか特別な薬で直ったというのも信じられないのである。一部のアルツハイマ−のアセリプトとかは臨床できいたことが証明されているから真実だとわかるがその他は確かめようもないのだから信用できないのである。

宣伝にたぶらかされた時代(NHKは宣伝するな)
http://www.musubu.jp/jijimondai30.htm#nhk

薔薇(旅の思い出−勢至峠−福良−)

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今日も行く二色の薔薇に嵐かな

Two colored roses are in blossom
in the stormy rains
on the road that run by bicycle everyday.


子育てや嵐にも飛ぶ夏つばめ

裏街道雨に打たれて夏つばめ


雨のなかでも嵐でも仕事はあり生活があるから買い物であれ介護であれ生活はとめられない。今や仕事は介護でもある。雨のなかに二色の薔薇が雨に打たれて映えている。いつも行く道は我が生活の道となっている。二階の部屋のベランダに燕の子の巣があり二匹親がいた。嵐のなかでも飛ぶのがつばめである。裏街道を走ったというのは猪苗代湖の西でありこの道は昔の街道でありここはあまり人が通らないのだ。

勢至峠こえてそあわれ福良に来菖蒲の色の心にしみぬ

ここにその自分の詩がある
いかにここで我が旅路の跡が雨風にしみこんでいるかわかるだろう
http://www.musubu.jp/sakuranewpage2.htm

雨の日であれ風の日であれ旅は自然の中で旅すれば旅になるのだ。車では旅にならないのである。車はある地点からある地点への移動であり切断された旅であり旅にならないのだ。自分は風雨のなかでも自転車で旅していたのだ。そういう旅はあとで思い出す、あの苦しい坂をやっとこえてひなびた町にでてきたとか思い出すのである。福良という町は場所としてはひっこんだ奥にある、旧街道の町としてふさわしい町だったのだ。

2006年06月17日

夏雲雀(風土で変わる文化)

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草野球掛け声木霊し夏雲雀

夏雲雀の句を連続して作ったけど雲雀は夏にもずっとないている。夏の期間の方が長くないている。雲雀の声はツ−ビ−トであり激しいリズムになる。
運動するときは自転車でもツ−ビ−トにのる。老鶯になると三拍子とか四拍子になる。リズムにのる−夏は夏の季節に応じてリズムにのる、それが生きることだ。今日は暑かったが暑さの中で生きてくるものもある。本来蓮の花は梅雨時に咲く花ではない、インドなどが原産地であり暑いところに陽ざしの強い熱帯に咲く花なのだ。木陰に瞑想するお釈迦様と蓮の花は熱帯地方の風景だったのである。仏教はインドからインドネシアやタイやカンボジアとか熱帯地方に広がった。ヒンズ−教も一緒に広がった。ところがアフガニスタンとかシルクロ−ドとか砂漠を通じて中国に伝播したとき中国的な仏教に変化して日本にもたらされたのである。だから中国は熱帯ではないから温和な仏ではなく厳格な仏ともなっている。その土地の風土によって文化も変わるのである。

ともかく蓮は梅雨の時期に咲いても風土にあわないから蓮の花の美を感じることができないのである。最近は外国で俳句を作る人が多い。その中で塔−夏雲雀の句を見つけた。これは夏雲雀が活きていた。夏雲雀のキ-ワ-ドででてくる。

2006年06月19日

旅の思い出(喜多方の川−夏の朝)

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夏の朝二つの流れひびきあう

この句を思い出して作ったのは自転車で朝確かに川に沿って走っていた。それが二つも川があるなと思い、街中に二つの川があるのはめずらしいと意識していたから作った。
喜多方は川が多い、会津は山の国であるが水の国でもある。水が豊かだし水がきれいである。水の質もいいのだ。山の国だから水もいいとなる。ここに地図があるがここには小荒川というのがでていない、地図にもでていない小さな川が結構ある。これはどこの街でもありわかりにくいのだ。

喜多方の地図
http://jns.ixla.jp/users/ichinoto027/myweb_009.htm

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「そういえば喜多方とはいい名じゃないですか、喜び多い市でね、途中にさいわい橋などもありましたね」
「小荒川ですが、あれは小さく荒れるから小荒川なんですよ、他に大荒川もあります」
「ああ、あの川がそうですか、自転車で走って来ましたけど、そういえばかなり流れが速いから荒れやすいのか面白いですね」
それからなんか地形のことを盛んに説明した。江戸時代に大きな火山の爆発があり川がせき止められ喜多方が湖になるようなことを言っていた。なぜ喜多方が水がいいのかというと飯豊山から豊富な水が流れ地下水となり井戸水として利用できた。

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参考

喜多方は新しい街だった(時事問題18)
http://www.musubu.jp/jijimondai18.htm#kitakata

とにかく会津は尾瀬でも水が豊富だから湿原の湖が生まれた。川も大きく縦横に流れている。枝川は無数にある。会津の山も幾重にもありほとんど未知の世界である。山は登らないとわからないからだ。会津の領域は相当に広い、その中で山が大部分をしめているのだからわかりにくいとなる。福島県は広すぎる。会津とか福島県でも別な世界となっているのだ。浜通りと会津は全く風土も別な世界となっている。だから福島県は地理的に一体感をもつことがむずかしいのだ。福島市とか郡山でもさらに会津になると東京に行くより不便になるのだ。だから実際は旅でも文化でも風土でも福島県を知るだけでかなり広いし知り得ないものが残る。詳しく知ろうとしたらそうなる。

今はプログ中心で本サイト(http://www.musubu.jp)の注釈になっている。これは大変な介護の問題をかかえることになったのでどうにもならない、でも本サイトの膨大なホ−ムペ−ジは自分の遺産だった。そこから発展するものがある。プログとかホ−ムペ−ジの便利なのは自分で全集を作れるしどこまでも発展させることができる。注釈もこれも必要なものであり創作を拡大化するものなのだ。自分の場合旅の思い出は豊富である。なにしろ人生の大半が旅になっていたからだ。その思い出も今では宝となっている。もし旅でも思い出すことができれば確かに旅をしていたのである。

2006年06月20日

夏日影(認知症の盗ったという意味)

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遠山に向かい走るや夏雲雀

自転車に遠出の道や夏日影

老鶯や慣れにし道に迷わざれ


季語は無数にある。季語を全部知ることは不可能である。夏日影などがあるのも今回はじめて知った。確かにこの場面には夏日影がふさわしかった。日影の道が長くつづいていた。遠出と言っても近くではあるがやはり自転車だと遠出となるのだ。今はあまり遠くに自由に出かけられないからだ。梅雨の晴れ間に夏の日が照った。また梅雨の曇りがつづく、前だったら北海道かどこかに旅していただろう。北海道に十回も行ったのは梅雨の間だった。このときどうしてもいやで北海道の広々とした大地の空気を吸うのが気持ちいいのだ。仙台から苫小牧まで船で行けるから便利だったのだ。

とにかく今自分の生活は変則的である。二つの家を通うというのもそうだし介護になると外部の力を借りねばならない、一人では無理なのだ。そうすると人とほとんど接触していない自分でも接触せざるをえないのだ。認知症の人を家族でかかえたら一人では無理である。でも「正常にもどりつつある」と自分で言っているのはこの病気は回復することがあるのか、脳梗塞で血の流れが悪くなり認知症になったとすると血の流れを良くすると意識もはっきりしてくるということはある。脳血管性の認知症とアルツハイマ−型認知症は違うというけどこれもよくわからないのだ。同じような症状になるからだ。

認知症の対処方法は薬物療法もあるが対人的、環境因子を考慮した対処方法がいいのだろう。我が家ではそれが功を奏しているのかもしれない、盗ったというとき実はまるっきり忘れることから誰かが盗ったとなるんだがそれと同時に盗ったというのは自分の金を息子や娘や近親者が盗ったとか通帳を盗ったとか嫁が盗ったか言うのは盗ったということには自分が弱い立場になり嫁と姑の関係なら嫁が息子を盗ったとか自分が家をとりしきっていたその役割を盗ったという意味もあるのだ。病気になり老人になりボケて弱者に転落したときあらゆるものが盗られたとなる。自分でかくしておいたものも盗られたとなるし眼まで盗られるという妄想まで発展したのだ。病気になり老人となり無力化した結果として自分の力を盗ったとなる。

自分の家では一番盗ったと責めた人がいなくなったから盗った妄想はなくなった。今ではなくなってもいつかでてくるわとか言って平然としている。実際なくなったものはみんなでてきているし安心しているからだ。盗った妄想は一時的なものである。これはその原因を取り去れば消える。ただそのためには嫁がいられなくなったり家族が分解したり崩壊したりしてしまうかもしれない、家庭によってみんな事情が違うからその対処方法もみんな違ってくることが問題なのである。まあ、今は体の調子はなにやかやと悪いのは同じだがそんなに手間がからないから楽だ。だからプログくらいは毎日書けているのである。



2006年06月22日

夏の朝

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燕二羽雀一羽や夏の朝

夏の鳥原野にひびき北海道


燕二羽が電線に止まりその中に雀が一羽とまっている。なんか新鮮である。
これも単に写生しただけだがそれでも写生しただけで面白いのである。旅人がふえる季節だから燕は旅人をイメ−ジする。雀はいつも故郷にいる、冬もいる。そこに燕が来ることは新鮮なのである。

北海道は梅雨の時期には必ず行っていた。第二の故郷みたいになっていた。北海道の魅力はまだ未開の原野が残っている。本土とは空気まで澄んでいて違うのだ。歴史はないが京都のようなところは権力争いの歴史であり怨霊が住んで悪さするとか実際そういう人間のどろどろしたものが歴史となった所である。都は世界中どこでもそうなのだ。権力争いの場であり権力と栄華を求めて人が集まるのだ。確かに文化は都から作られたのだが北海道には原自然があることが魅力である。なんといっても苫小牧から稚内まで一カ月自転車で旅行したことは大きな経験だった。自転車は老人でもゆっくり走って行けばできるのだ。若いとき自転車旅行している若者を見てあんなことができないと思っていたのが失敗だったのだ。自転車旅行は老人でもできるのだ。登山の方が体力いるから老人にはつらいが中高年はきつい登山をしているのだから自転車旅行はむしろ簡単だとなる。それでも登山する人より少ないのは意外である。おそらく理由はみんな車をもっているから平地は車で旅をする。山は車で行けない体験ができるから山に行くのかもしれない、車をもっているものともっていないものとの違いかもしれない、とにかく北海道は日本にある唯一大陸的風土なのである。

旅の思い出や詩をカテゴリ-に追加しました 最初は北海道の詩です

2006年06月23日

境遇で人間の幸不幸はわからない

『 有れば有ることで苦しみ、無ければ無いことを苦しむ。
 有れば有ることで憂(うれ)え、無ければ無いことを憂(うれ)う。
 親・兄弟・妻子・田畑・財宝・金・名誉・地位など、それは一切に通ずる。 ゆえに憂(うれ)いは、有る者も無い者も同じなのだ』(仏典)


親を考えると一人っ子の場合は過分な愛情を受けるから兄弟が多い人はうらやましいと思うかもしれない、しかし一方で一人っ子は兄弟がいないから遊ぶこともできないから淋しいとなる。一人っ子は財産を全部親から争いなく受け継ぐことができるが親のめんどうを一人で見なければならなくなる。兄弟がいれば分担できるができないのだ。でも親に財産があると必ず兄弟があれば争いになるが一人っ子はそうした争いはなくてすむ。兄弟があればあるで憂えるしなければないで憂える。自分ほどこれまで親に恵まれて何不自由なく暮らしてきた。しかし介護になったらそれも認知症になったらこれは過重なものとなった。天国から地獄へ落とされたような重荷を負う世界へと一気に転落してしまったのだ。今まで支えていたものが一転して過重な重荷となってしまった。自分に幸いをもたらしていたものが最も不幸をもたらすものとなったのだ。これは子をもった親にも言える。子供のときは良かったが成長して大人になりとんでもない迷惑をかける子供はいくらでもいるからだ。幸福をもたらすものはその陰にすでに不幸をもたらす大きなリスクをかかえていたのである。

相思相愛の男女を見て幸福と思う。でもそれがいつまでつづくのか、それは青春の一時にすぎない、そのあとに子育てとか生活の困難など様々の労苦が待っている。美はたちまち色あせる。そしてもし夫婦のどっちかがアルツハイマ−になどなったらどうなるか、これは信じられない重荷をもたらすことになる。自分の妻が夫が普通の人間でなくなってゆく恐怖はそれを目の当たりにした人しかわからない、人間としての会話も通じなくなるし最低限の人間の尊厳も保てなくなるのだ。若年性の場合は特に悲惨である。なぜこんな人とと一緒にこんなに苦労してめんどうみなけりゃならないのかということで自分の人生をのろうようにもなる。相思相愛の関係などそこではもろくもくずれさる。かつての男女の甘い恋愛などはそこでは全くの幻影だったことが思いしらされるのだ。そこにあるのはかつてのような甘い愛情ではない、頼るべき相手でもない、信じられない重荷となって一方的にめんどうみなければならない相手となってしまいそれでその人を愛すことができるのか?そこにはかつての好いた嫌いだというかの次元を異にした深刻な重荷を課せられた愛を要求されるのである。

人間の幸不幸ほどわからないものはないのだ。親がない人が親がない孤児として育った。親がいるのはうらやましい。こう思うのは当然であり正しいと思う。でも見方を変えると親の介護をする必要ないから幸せだという人もいるのだ。認知症とか親の介護で地獄を味わった人はそう思うのだ。親には恩恵を受けたがそれ以上の苦しみを与えたのが親だったとなる。つらくて親を殺すのもわかるとなる。この世の中恩恵をもたらすものは災いをもたらす、車をもつことは便利さをもたらす、一方で車をもつことは交通事故になるのではないか、ガソリンが上がって困った、駐車場で困った、金がかかりすぎる、さまざまな憂えをもたらす、車のない社会、汽車やバス中心の社会の方が良かったという人もでてくる。今では山村の僻地では車なしで生活できない、ここでは車をもつもたないという選択できないのである。選択できるところは恵まれた地域なのである。雨は慈雨ともなるが洪水をもたらす、いいものは悪いものにもなるのだ。結局人間はこのよにある限り苦から逃れえないとなる。青春の力強い肉体もその豊満な美もたちまち老醜に変わることは必然なのである。どっちが本当の人間の姿なのかわからない、いつまでも若い体をもつことはありえないからだ。必ず生老病死があるからだ。

認知症に関してはフレディ松川という人の本を読んで本当に不思議に思った。みんな楽園は苦しまない本当に楽な世界が天国、極楽だと思っている。しかしそこには大きな落とし穴が待っていたのだ。何も張り合いがなく苦しみもなく怠惰になりボケてしまうという恐怖の世界が楽園にあったのだ。自分の家族でも一方的に奴隷のようにこきつかわれている方がボケずにこきつかった方がボケてしまったという不思議である。一方的にこきつかわれた方が不幸に見えた。でもそうして90までも懸命にこきつかわれて働いたからボケずにすんだともなる。一番ボケ安い人は「ばあちゃんは何もしないでいいですよ、楽してください、テレビでもみていてください、あとは全部私がやりますから・・・」こういうふうに嫁に言われて用なしにされる姑の方であった。人間は何が幸福なのか不幸なのかわからない、乞食はあまりにもみじめだとなるが乞食にも幸せはありえた。乞食には乞食の幸せが与えられていたのだ。王様がすべて幸せでないように乞食も乞食の境遇の幸せがありうるのだ。人はみなその境遇を嘆き境遇が不幸をもたらしていると思っている。でも人間の幸不幸は境遇だけが決めるわけではないのだ。

『家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった』

この意味は目立つ物が家の中心とはならず目立たないものが家支える国を支えるということになる。人は目立つものに注目しやすい、目立つ物の陰には目立たない物が常に存在しているしその目立たない人が目立つ人を支えている。だから最後はその目立たない人がかしらの石となりうる。しかしそれはなかなかわからない、そういう人は目立たないから陰にあるからこそ意味があるからだ。そういう人が突然亡くなったりするとき例えば妻を空気のように感じてその恩恵がわからない夫が妻の突然の死でその恩恵に気づくようなものである。空気のような物目立たない物は気づきにくいからその恩恵もなかなかわからないのである。

2006年06月24日

夏の海(雄鹿半島が見えた−新地の海)

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夏の日やはるかな沖に島一つ

夏の海雄鹿半島視界にあり


OJIKA peninsula
into my sight
in the distance
in the summer sea


あじさいの下にたたずみ妄想の消えて穏やか認知症の姉

新地は唯一海が近い駅である。海に歩いてもすぐでれるから途中下車に向いている。山も近いことも魅力である。あそこから雄鹿半島と金華山が見えた。つまり航海すれば視界のなかに入っている地域だった。これは意外な発見だった。というのは鎌倉時代とか太平洋岸沿いに船で航海していたらしく古代にも航海があったかもしれない、なぜ真野の萱原の真野が石巻にもあるのか、鹿島町の真野の伝播地名なのか-なぜあんな遠くに同じ万葉の地名が残っているのかなぞである。航海していれば遠くと結びつくからだ。視界にあればあそこが陸地だ島だとわかり目印になるから機械がない時代でも航海しやすいのだ。

ここでの発見は宮城県と相馬地方は視界として一体のなかにあった。みちのくをふたわけざまに・・・という茂吉の蔵王の歌も蔵王が鹿島町の八沢浦から見えたということで一体感があったのである。一方福島県でも中通りとか会津は相馬から視界のなかに入らないのだ。視界のなかに入れば一体感をもつことがわかった。いつもその景色を見ているからだ。近くでもいろいろ魅力は発見できるというより発見する努力がたりないとなるのだ。

認知症の妄想は消えた。もの盗られ妄想も消えた。これは一時期のもので消える。ただ記憶できないことなどは回復しないが穏やかでありあまり問題行動は起こしていないから楽だ。

2006年06月25日

夏柳(新装の田町通り−相馬市)

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新装の田町通りや夏柳

往来や日になお明るし立葵


歴史的街並みというのはス−パ−とかでは作れない、地名というのもそうである。田町といえばありふれた名前だけどこれは城の外の田のあるところが田町とか町田とかなった。町とは一区画とかの意味である。田町とは比較的城から離れた所であり確かに相馬の城跡からは離れている。ここが通りとして新装したことで新しいものと古いものが活きてくる。古いものは古いものだけでは活きてこない、新しいものと融合して活きてくるのだ。古いものを活かすには新しいものが必要なのである。新しくなった歩道は歩くのにも自転車でも気持ちいいから絵になっている。通りとして活きてきたのである。

もともと歴史の興味は自分の場合、地名からはじまったから地名に興味があった。地名も歴史的遺産なのである。だから地名を変えるのはよくないのだ。ここが南相馬市となったが相馬市から南相馬市と道路標識に書かれていると相馬と南相馬はつづきで一体感がでてきたことは確かである。それはそれなりに効果があった。ただかつての独自性が失われた。原町市という鹿島町という独自性は失われたのである。いづれにしろまだ南相馬市はなじんでいないから人々の心に刻印を押していない、一方田町とかこれは江戸時代からあるのだからなじむなじまない以前に歴史的地名として自明のものとして存在したのである。
ここに畳橋を題材にした「老人のいる河」は面白い。
http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-okb/sub2-21.htm

かつては大手門へ行くには空堀にかかる畳橋を渡らなければなりませんでしたが、現在は橋がなく空堀りを歩くことができます。
畳橋とは敵が来ると板橋を取り外し、堀にすることからこう呼ばれていました。
ここでは畳橋と老人の生活が一体化しているのだ。老松町とかあればここも地名と一体化した生活がつづくことになる。

夏柳のキ-ワ-ドでグ−グルの上位にでてくる。釣りを題材にしたものでこれは名句である。夏柳にぴったりなのだ。そこには釣りに没頭する時間がある。魚のひそむ深みを探り釣り糸をたれる。江戸時代のような風景がそこにあるのだ。インタ−ネットは季語を調べてそれにふさわしいのを探すのに向いているのだ。

http://72.14.235.104/search?q=cache:aMYbRN2Y-GQJ:park16.wakwak.com/~ranking819/cgi-bin/free_daily/free_daily.cgi%3Fmode%3Dlist+%E5%A4%8F%E6%9F%B3&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=4&lr=lang_ja

これはキャッシュでしか読むことができなくなっている。

2006年06月26日

文目

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三輪の文目の静か旧道の草むら深く事もなく咲く


文目は菖蒲である。これは間違いやすい、乾燥した所に咲くの文目であり水際に咲くのが菖蒲なのである。文目はなかがアヤな目という模様に注目して名付けられたのだ。だから本当はアヤメ(文目)と菖蒲は違っているのだ。

人間もこのように事もなく静かに咲いているときが幸せだった。薬もらいに行っての帰りで病気だから悪くなるとかきくと不安である。なぜなら認知症が悪くなったらひどすぎるからだ。自分のことが自分でできなくなるからだ。

ともかく一人の人間が生きて死ぬことは容易ではない、簡単に死ねない・・・最後は七転八倒大騒ぎして死んでゆくのが定めなのか、犬ですら安らかに死ねない、隣の犬は死ぬ三日前から悲しい声で吠えつづけた。死にたくない、死にたくない・・・という絶叫だったのだ。犬ですらそうだとすると人間の最後はまだまだ大変である。本人も大変だし見守る方もさらに大変だとなる。今望むのは家族であれ他者であれ安らかに死ぬことだがそれがむずかしいのだ。

まあ、事もなき日が長くつづいたのだから最後はやむをえないともなるのか、いづれにしろ人間の病気は一大事でありこれは誰でもなるのだからどうにもならない、家族で病気にならないとか死者を出さないいえなとありえないのだから・・・・

2006年06月27日

あじさい(失われた日本人の美徳)

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しとやかにあじさい映えて朝の庭
(姉穏やかに今日もたたずむ)


あじさいの葉をぬらしたる雨粒の水玉となり残る朝かな

森の中汚れしものの眼にふれず散りにし花を我は知るかな



和名 紫陽花(あじさい)
分類 雪の下科あじさい属
別名 おたくさ (シーボルトが妻お滝さんにちなんで付けた学名、今は使われていない)
原産国 日本 (ヨーロッパ紫陽花はシーボルトが持ち帰り品種改良されたもの)

「おたくさ」って、シーボルトさんかどなたかが「おたきさん」っていう女性を好きだったとかで、あじさいを「おたきさん」って呼んで、それが「おたくさ」になったらしいです。


あじさいの由来はこうなる、つまりこの花は極めて日本的な花だったのである。桜も日本の特有の花だがあじさいもそうである。日本の伝統文化は言葉として残っている。言葉として伝えられたものに日本人の美学とか道徳かが伝えられている。言葉は単に言葉じゃないのだ。その国の言葉は長いその国の風土とともに培われ作られてきたのだ。あじさいはこの梅雨の季節に一番映えるのもそのためである。

しとやかに・・・・というときこれは外国語には訳せない日本独特の美学がここにこめられている。これはしっとりしたとか梅雨とも関係している。着物を着た女性の姿でもある。しとやかに・・・という言葉には風土と融合した日本的な感じ方が集約されているのだ。しかし現代の機械商業文明の忙しい時代にはこれが合わなくなっている。女性も行動的になり車に乗りキャリアウ−マンとして働く女性が現代の先端をゆく理想とされる。しかししとやかにとかつつしみふかくとかおくゆかしなどという言葉は日本人の美徳として言葉として伝えられてきたのである。つつしみというのは罪をつつむとかの意味があり汚い物を表にださない、自然の美のなかにつつむという意味がある。現代はこうした日本人の美徳が破壊されたのだ。あらゆるものが宣伝となり大々的に売り込み商売にされてしまう。商売がすべて悪いものではない、でも商売にあわないものつつしむべきものがかなりあるのだ。

病気にしても癌になったらそのことを書いて売り出す、若くIT企業の社長だから話題になるとかで売り出される。それが不治の病とともに売り物になるのだ。これをプログで書いていれば問題ないが一旦商業ベ−スにのると売り物、商売としての不幸が成り立つことになる。それでもうけるのは回りの人たちなのである。こういうことは障害者を組織して社会運動する人たちにも共通ししていることがあるという意見はなるほどなと思った。

現代はなんでも売り物になる時代だから何か精神的貴重なものまで売り物にされるのである。つつしみ隠されるべきものが表に出されてだいなしにされることもある。女性のヌ-ドもそうである。女性の美が全く汚される異常な世界となっている。つつしむべきものがなんでも表に出されるのは異常である。日本には日本にあった道徳が美徳がありそれを失うとすべてが醜いものとなっていく、現代の社会の異常な犯罪もそうである。明治時代が偉大なのは西洋化したからではない、江戸時代の文化が伝統が分厚く残っていたから西洋化できたのである。武士道とか文化でも漢詩の興隆が明治にあったのもそのためである。

参考

このメルマガに障害者についての虐待についての一連の文章がのっている。

http://blog.mag2.com/m/log/0000144951

2006年06月28日

刑務所の認知症問題(病識をもった認知症)



●刑務所の認知症問題

ある刑務所医の調査では、65歳以上の高齢者の痴呆率は20.9%との報告があります
特に、初入の高齢受刑者は、もともと反社会性にとぼしかったひとが、高齢になって始めて犯罪を起こしており、痴呆の初期症状(まだら呆け症状など)の可能性も考えられます。

http://ksei.exblog.jp/m2006-02-01/#2699149

刑務所でも高齢化が問題になっている。そこでなぜ認知症がこれほど刑務所で多いのか、これは高齢化によって経済事情などが悪くなり高齢者の犯罪がふえてきたのである。刑務所にまで高齢化の波がおしよせているのだ。認知症は環境を変えるのが一番よくないということはわかっている。また配偶者とかの死亡とかが起因となり認知症になる人も多いというデ−タ−は確かなようだ。仲間と 一緒にいた犬もその仲間の死を契機に認知症の犬になってしまったというから共通している。対人関係とか回りの環境の変化は老人には耐えられないのだ。犯罪を犯し刑務所に入るような老人はかなり追い詰められている。特に初入の受刑者はもともと犯罪をおかすような人ではないとすると余計にそうである。相当な環境の激変に耐えられず痴呆化、認知症になったのかもしれない、過度のストレスが加えられると記憶中枢の海馬が損傷して認知症ちなりやすいとある。これはベトナム戦争を経験した人が海馬を損傷して記憶障害になったことが記憶されているからだ。

●病識を持った認知症

我が家の認知症は環境をその人のいいようにしたら回復したことでもわかる。対人関係でもそうだし回りの環境は変わっていない、今まで通りの近所の付き合いもしている。ひどいもの盗られ妄想も消えた。そして病識をもつようになったことである。今までは盗ったとか他者を狂気のうよに責めてきて暴力までになっていた。それがこのごろ自分は変なんだよ、頭が悪くなったとかしきりに自分のどこかが悪いということを言うのである。そして忘れても自分が頭が悪くなって忘れることを言う、他者のせいにしないのである。だからそうなると忘れないようにノ−トに記録しておくとかしないとなとか自分で言うようになった。自分が病気で忘れるから何かその対策をしないとならないと思うようになったのである。それで今までは病院にゆくのいやがっていたが自分で行きたいとなり心療内科に連れていった。前は他人が異常で狂っていると言って近所にも言っていた。ひどいのは盗ったと近所の人に警察まで呼んだりいいふらすのである。

そして恐怖は激しい妄想のとき「盗ったのは誰だ、誰だ」という狂気になったことである。自分自身が忘れて整理できない洗濯物などを盗られたとかクリ−ムが盗られたとか通帳が盗られたとか毎日のように騒いでいたのだ。それで家族の一人は暴力となりいられなくなったのだ。これは病識がないから犯人は自分なのにその自覚がないからそうなるのだ。そして認知症の不思議は整理できなくなることなのだ。置くべき所でないところに物を置くのだ。財布を下駄箱に置いたり食器を箪笥の中に入れたり変な所にしまうのである。それで行方不明になったのがかなりある。どこにしまったかわからなくなっている。これはわざと盗られると思い隠すのかと思っていたらそれだけではなく自分でもどうしてかわからないけどそういう置くべきでないところに置いてしまうんだよと困った顔して言うようになった。つまり脳が自分の思う通りに働かずそうなる。ただそれを他者のせいにしないで自分が脳の働きが悪くなり変なことをしてしまうということを自覚するようになったのである。これはかなり回復したことではないか?病識をもつ物ともたない物はかなり違うのだ。自分が病気のために変なことをすることがわかればそうしないように指導したりそうならないようにするにはどうすればいいか相手の言うことにも従うからである。

いづれにしろ刑務所まで認知症の問題が波及していることはこの問題がいかに社会を巻き込んでいるかわかる。フィクションとして書いた認知症の責任問題の不思議に刑務所のことを書いたのでそこを読んだ。認知症の人は犯罪を犯してもまるっきり忘れるとなるとその犯罪の認識もできないし罪を悔いることもできないから更生もできない、認知症の人は一時期暴力をふるったことなど忘れているのだ。だから例えば相手を傷つけても極端な場合、殺人を犯してもそのことをまるっきり忘れているとしたら犯罪を犯したという認識もないし罪を悔いることもないから犯罪者として扱うこともできないし刑罰を与えるにしてもその刑罰がどうして与えられるのかわからないからそれもできない、ただ精神病者と同じように社会で犯罪を犯さないように隔離するほかないとなる。しかしその世話は大変だとなる。刑務所に収容するより施設に入れる他ないのである。刑務所に入れても認知症になったらその意味がないからだ。
「あなたはこういう犯罪を犯したのだからここでその罪の償いをしないといけないんです」
「ええ、私がそんな犯罪を犯した、私はそんなことしていませんよ」
「おまえ、しらをきるきか、証拠は十二分にあるんだ、嘘をつくな」
「私は何もしらない、犯罪など犯していない、ここからだしてくれ・・・」
こういうふうに認知症の人が言うとき本人は本当にそう思っているのだからどうしようもないとなる。つまり犯罪を認識する能力がなくなっているのだ。

●キ-ワ-ドからの逆探査は必須

キ-ワ-ドでは「福祉関係の仕事 給料」「認知症の原因」・・・・認知症関係が多い、認知症の原因というときこれもあまりに認知症が謎めいた病気だからなのだ。福祉関係の給料を調べている人がかなりいる。福祉関係の仕事の給料は一般の企業とはちがい営利事業として追求するのがむずかしい。仕事自体は他の仕事よりきついのに安いのは理解した。でも福祉関係の仕事は何か別なメリットを追求する必要がある。例えば給料だけでなく介護する家族とのつながりとかから給料だけではないものを得る、感謝の言葉などいらないというのもわかるが営利事業とは違う別な報酬があるべき仕事なのだ。それは金銭的報酬にもつながる。手術した腕のいい医者に金銭を与えるなどしているように何かいい看護してくれた人にはお礼として家族が給料の他に別に与えるとかが必要な気がする。気持ちとしても必要である。福祉はあからさまに営利を追求するのに向いていないことが給料が安いとかの不満になっているからだ。

リンクをたどりどんなキ-ワ-ドできているか調べるのが前のホ−ムペ−ジでも日課だった。というのは自分の場合コメントがないから反応はこれからしかわからないからだ。そしてプログはコメントスパムとかトラックバックスパムとかが外国からくる、アクセス数も百は外国からのリンクなのだ。だから正確なアクセス数がわからない、でも今日は外国からのリンクはゼロですでに74の訪問者がきている。これはかなりの数ではないか?やはり毎日百以上はきているのか?昨日も30くらいが外国からのリンクでありそれでも160くらいの訪問者だったから百以上はきていることは間違いないのだろう。コメントスパムで困ってコメントをできないようにしていたが一部復活した。プログは実際は一方的に発言することが多い、会話するのは別な掲示板の方がわかりやすい感じだ。

今回の刑務所の認知症問題というのは特異なものなので興味をもったし逆探査で情報の世界が広がるのがインタ−ネットなのである。だからアクセス解析は詳しくできないとだめなのだ。本サイトは今それをしてないから全く反応を見ていないのでわからなくなってしまった。やはりインタ−ネットはなんらかの反応がないと生きてこないのである。なんとか本サイトも手を入れたいのだが忙しくてできないのだ。病人をかかえると今までの半分くらい時間をとられてしまうことがわかったし自分のこと自分の病気すらみれなくなることがわかった。


2006年06月29日

姥柳(認知症と家の関係)


頼りなる夕風涼し姥柳

燕の子育ちし跡に糞一山

あどけなく風にゆれたる立葵


認知症の原因は謎だが役割喪失が原因の一つである。社会のなかでも家のなかでも役割とか責任とかなくなり生きがい喪失が起きてボケてくる。その証拠に家では嫁と姑の争いがあり現代では嫁の方が力が強くなっている。すると姑は家での役割がなくなり張り合いもなくなりボケてくる。男は退職すると同じように役割がなくなりぼけやすい、だから会社を退職してもボケると会社に行くとかなる。92歳でもやはり頼りにされれば家での役割をもっていればボケにくいとなる。現代は家の機能が昔のような大家族で生産母体となり大地とも一体となったような家はなくなった。核家族とか家族が単体化して資本主義経済のなかでは労働力として供給される単位となった。前は家内工業とかがあり農家でも大家族のような会社となっていたのだ。会社自体が社に会すという意味のようにその土地に根ざした地域社会を意味していたのだ。

認知症とは何なのか、原因はあまりにも謎めいている。ただ体の病気なら家族がどうだ、社会がどうだなどと関係ない、脳血管がつまっているなら脳の血流を良くすればいいとなると体の問題であり家族とか社会がどうだとか関係ないのである。それがなぜボケの問題が家族とか社会の問題になるのだろうか?明らかなことは原因はわからないにしてもボケになったあとの対処方法は家族とか地域とか社会的問題など総合的に対処する必要がでてくる問題なのだ。女性は家族の中で一体となり家が血肉となって生活してきた。だからその家から離されると自分のアイディンティティがわからなくなる。認知症になるともともと相手のことも自分のこともわからなくなる病気なのだからますます自分が何者かさえわからなくなり混乱してくる。ところが家にいれば家族といれば地域にいればそこはもともとなじんだ長く生活した場だから一時期認知できない混乱状態になってもだんだんわかってくることがありうる。

家の是非はともかく家は必ずしも血縁で結ばれなくても共同体としてある。それから重要なのは家は必ず少なくても二代はつづいているから歴史的共同体なのである。この歴史的共同体ということがかなり大事なのである。少なくとも家は二代つづくとすれば百年以上の歴史をもっている。その長い歴史の中で受け継ぐものがあり歴史の中に生きるのである。これが国の歴史となると千年以上とかつづくのだから歴史が重要になる。天皇が現代にも生きていることは万葉時代にまで歴史をさかのぼりそれが戦争にもなったということになる。天皇が日本の家長のように生き続けたからこそいい悪いにしろ日本人のアイディンティティが保たれ御国のために死ぬまでの力をもったのである。家は歴史的具体的存在でありなぜ家にこだわるのか、認知症になると奇妙なのはこの家は俺のものだ、俺が働いて建てたとか嫁に追いやられ役割をなくした姑が責めるしひどくなると暴力になるのだ。女性は家に固執する鬼となり呪縛霊となるのは確かである。反面家での存在感があれば認知症になっても癒されるという面がある。自分の存在価値が存在基盤がアイディンティティが家にあるから家族にあるからそうなる。

つばめの子はいつのまにか騒いでいたと思ったら巣立ってしまった。そのあとに残されたのが糞の山だった。それをかたづけた。人間も死んで残すのは何なのか、あとにゴミの山だった。介護では糞の処理が仕事だとか人間も糞の山を残して死ぬのか、人間もあまり長生きすると無駄な面、糞ばかり残すことになりかねない、その糞の処理に追われる介護の仕事も社会的にあまり生産的ではないのだ。親の介護のために結婚できない女性がいたり介護の負担は若い人の未来まで奪うことにもなる。介護の負担を若者に負わせるのは問題である。確かにそこから得られものはあるのだが若者にもっと未来にかかわる仕事をするべきだ。

やっぱりアクセス数は百以上はあった。外国からのリンクのアクセスがないのでわかった。それなりに読まれているみたいだ。コメントできるようにしたので認知症関係の人がコメントしてもらい情報の拡大化したい、でも一回もコメントはない、結局プログはスパムの問題とか自分で自分仕様に作れないのが弱点であった。ただあるテ−マ−認知症などでシリ−ズとして書くのには便利だった。認知症関係ではかなり情報を集めて考察できたのである。