2006年03月31日

春寒し(遠い記憶−認知症の語り)

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長塚駅遠き記憶に消えにけり老いてあわれも春寒しかも

常磐線の福島県内の長塚駅は消えてなくなった。戦後10年後くらいまで双葉駅は長塚駅だった。なぜ長塚駅がわかったかというとここに自分の父親がここの酒屋に勤めていて鹿島町に移り酒屋を始めたからである。暖簾分けをしたわけである。そこには一年くらい住んでいたことがありそこのことを語ったからわかったのだ。長塚駅におりて酒屋に行ったのである。昔は長塚村と新山村があり双葉町はなかった。のちに新山村が新山町となったのだ。その酒屋の近くに銀行がありそこで子供だから遊んでいた話をした。銀行というのも当時ではめずらしいものだったのだ。ここでわかることは長塚村と新山村は江戸時代からあった古い村であり双葉町はそのあと合併した名前である。江戸時代からつづく村が古いから郷土史では古い方が大事でありそこを基点に歴史を考察する必要があるのだ。

認知症でも昔は生々しく語るから古い歴史がよみがえってくることがあるのだ。奇妙なのはやたら古い証文とか役に立たないのをサイフとか引き出しに入れておき肝心の今使っている通帳とか証書をなくしてしまうのである。整理できないから古いものと新しい物とかごちゃごちゃになるのだ。関係ないもの、ちり紙のなかに証書だとか使われなくなった銀行の契約書とか入れておく、新しい物と古いものの区別がつかないのか奇妙である。それでいて世間話とか通じているのも不思議である。認知症ほど奇妙な病気はない、忘れるにしても普通に忘れるとは違う、昨日食べたものを今日は忘れているのだ。同じ物を食っているのだが初めて食っていると同じになる。ではサシミを昨日買ったのにそれを忘れてまた買ったりする。サシミを食ったことを忘れている。ではサシミの味を忘れているのだろうか?長年食ってきたのだから忘れるはずがないのだ。ただ新しい食べ物はその味を昨日食っても今日は忘れているのだ。そしたらいくら食べても覚えがない?それはどういうことなのだすうとなる。認知症の人が認知症がどんなことか語れない、だから理解しにくいのである。記憶できなくなるということが他者には理解しがたいことだからだ。

いづれにしろ古い記憶は重く沈殿したように残されている。だから何度も百回も語っているのだ。認知症の老人の話にはこうした過去が生々しくよみがえることがありこれは生きた人間の証しでもある。生き証人が語る昔が歴史がよみがえることがある。歴史は教科書とかメデアで学ぶものではない、人間が直接伝えたものである。村には語り部がいて伝えたのが歴史の始まりなのだ。認知症の人がなんにも用のないバカではない、何かそこからも引き出す後の世のためになるものが残せるのだ。ただ若い人が耳を傾けないだけなのである。

プログについては調べることもできなくなったのでわからないことが多い、外国の人が自分のプログを英語翻訳で読んでいた。結構翻訳ソフトも正確さをましているから大要はわかるのかもしれない、日本語→英語となるとむずかしいがそれなりに訳されているのかもしれない、これはもっと正確さをましくる。ただトラックバックというのがいまだにわからない、今もトラックバックスパムなのか外国からかなりきている。これには何か異常を感じている。そこからウィルスが入ってきたような気がしたのでトラックバックは拒否しているがトラックバックされているのか?インタ−ネットとかプログの仕組みはわかりにくい。これを勉強する暇がなくなった。だから今は一方的に書いているだけである。アクセス数は30−50くらいなのか?多少はふえたかもしれない、今のところ自分のホ−ムペ−ジは更新がなかなかしにくい、病人をかかえての作業になるからいろいろなことができなくなってしまったのだ。最も困ったことが一日も留守にできない、その方法がないことなのだ。30年間自由にいつでもでかけることができたのに一日も留守にできなくなってしまったのだ。これは自分にとってはあまりにもショックだった。こんな生活は考えられなかったしまるで刑務所に入ったように出れないのである。代わりにめんどう見る人がいないからである。公共の施設に頼むにしてもめんどうすぎるからだめなのだ。ともかく最近はまた落ち着いておだやかにてっているからいい、プログは書きやすいのでここは継続して更新している。

2006年04月02日

翁草三輪(高齢化社会は自然法則に反する)

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翁草鉢に二輪の咲きひそか一輪ふえてこもる室かな

鉢に二輪咲いていた翁草の一輪が咲きふえた。この翁草はまさに老人を象徴している花なのだ。花も人間を象徴したものだからだ。認知症を家族にかかえてから外に出れない、鉢に咲いた翁草の二輪が咲いて一輪が咲きふえていたのだ。この翁草は実に神秘的な花である。この花は長寿にふさわしい花なのだ。

しかしこの人類が初めて経験する高齢化社会はやはり一つの人間の限界に挑む戦いだったのだ。なぜならこんなに大勢の人が長生きすることは神が定めたことでもない、自然の限界を越えたことだから認知症とかの問題がでてきたのである。自然は子孫を残すことを最優先するとき実際は魚などが無数の卵を生むようにまた多くの子を生むようにする。というのは人間でも子供のとき死ぬことが多かったからである。自分の母方の兄弟でも子供の時8人生まれて半分死んだとかそういうのが普通だったのだ。適者生存でありそれに則して人間も子供を多く生んだのである。これに反して高齢化社会というのはこうした神の定めというか自然現象に逆らうものだったのだ。子供とか若い者中心になるのが強い者が生き残ることは種の保存とか強い生命の維持、連続のためには必要であり弱者は淘汰されるのが自然の命を維持するためには不可欠だからだ。それが文明化して生存条件に恵まれると弱者も80とか90の老人まで生きるとなるとこれは自然の法則、神の定めたことにも反するから認知症などという訳のわからない病気が蔓延することになる。80から90まで生き延びるということは神の予定にも想定されていないからその負荷が大きくなり適応できなくなり認知症などにかかる老人が多くなる。

つまり長寿を楽しみ生きることができるのは実際は限られていたのだ。その他は脱落者になってしまう。80〜90まで生きる時代でもそれに適応できない脱落者がでてくるのは当然なのである。その人は実際は早く死ぬべきだったのだが文明化で科学などや生存条件の良さで生き延びているのだ。でもそれらは介護せねばならぬとか認知症になり多大の迷惑人間となったり社会に大きな負荷をもたらす存在となったのである。これから500万人が介護が必要だとなると介護しきれない人たちが多くでてくる。社会自体も介護社会になったら本来の社会活動、健康な生活の革新とかできなくなってしまのだ。介護に追われると自分のことができなくなってしまう。特に若い人が介護の犠牲になることは嫌なことがわかる。若い人は老人の介護の犠牲になるより自分の才能のばすとかいろいろなことに挑戦したいからである。自分の場合はそういうことをしてきたし自由に人よりいきさせてもらったから仕方ないとなるがそれでも介護には得るものもあるがあまりにも負荷が大きすぎることが問題なのである。

だから高齢化社会の問題は高齢になっても認知症とか介護とか負担をかけないで生きることが老人は心がけねばならないがこれも実際はかなりむずかしい問題である。どうしても80を越えたら一割二割は認知症とか介護さられる人になってしまう。一定の比率でそうなるのである。いろいろ努力してもみんな介護もされない認知症にもならない社会にはできない、そこに高齢化社会のどうにもならない問題があったのである。

2006年04月03日

春来る(若々しい脳)

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ここからフリ−の壁紙

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若々しい結ぶ命や春来る

本サイトがhttp://www.musubu.jpであるがこのmusubuは結ぶである。人間の脳の細胞
も結ぶことに特徴がありその結ぶ回路も日々違っていることが人間の人間たる所以である。人間は固定化しない常に変化して作り変えられる。素質は遺伝してもその後の人間は環境とか努力とか様々な影響を受けて育つから人間は後天的な影響で作られることが多いのだ。体力もそうだし能力も脳自体が実際はその人によって先天的に与えられたものではなく作られたものなのだ。

パソコンにより新しい芸術の分野が開かれたのもそうである。絵の才能がなくてもパソコンの操作から絵とか写真とか合成したりして作られるのだ。このグラフィックの分野はパソコンという道具が開いた芸術なのである。才能の開花もこうした道具とか時代とか環境によって左右されやすいのである。凡人でも環境とかに恵まれると才能は開花するのだ。インタ−ネットもそうであるこうして表現する場が与えられたことにより多様な才能が開花していることがある。相乗効果で影響しあい才能が開花するである。

若々しい脳は老人になってもありうる。老人になると記憶力は減退してもいろいろなものと結びつける関連つける力は経験があるからかえって若者の脳より緻密になっているともいえる。ただこれが80歳越えるとこれはどうしても脳も限界に達してくる。80歳を越えるということは人間の能力の新たな挑戦の段階に入ったからここは未知の世界でありだからこそここから認知症になる人などが急に増加してくるから問題なのである。





2006年04月06日

マ−ガレット(無能人間にされる認知症の衝撃)

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春の室春の日さしてマ−ガレット

認知症の家族をかかえて認知症になることで一番ショックなことはその当人が人よりなんでもできた人間が突然−無能人間にされてしまう恐怖、衝撃であった。通帳とかハンコとか金の管理ができなくなるのだ。例えば億の金を持っている人でもその金を銀行に行っておろすことさえできなくなるから信じられない話である。だから通帳もなくして新しい通帳を作ってもらうとかハンコもなくなりやたらめんどうなことになったのだ。それは今ふりかえると人間が無能化された悲鳴のような気がした。億の金があってもその金が自分で下ろせない、使えなくなるという衝撃である。金は権力の象徴だとしたときそれができないことは全く無能化されることなのだ。金をもたせるにしてもそれがいろんなところに隠しなくなる。そしてなくなると盗ったとか騒ぐからもたせられないのである。誰も盗らないのだからわかるようにしてあれば安心でもたせられるのだ。今は安心したのかあまり隠していないからもたしていいのかとも考えている。

認知症になると自分の金も金でなくなるというときその前に金を管理してくれる機関にあづける制度がある。これだと親族でも勝手に金をひきだすことはできない、どうしたって認知症になったら勝手に金を使われる。本人でなくても金をひきだせないといってもいろいろ方法はあるし認知症の場合はできるのだ。だから家政婦に銀行にあづけた金を盗られた事件があったが親族だったらもっと簡単に金を自由にできる。認知症の衝撃はなぜこんな簡単なことかできなくなるのかということ−無能化されることの恐怖なのだ。通帳がなくなる、ハンコが盗られたか、・・・・騒いでパニックになるのは自分の金なのにおろすこともできなくなるからだ。別に金の亡者とかではない、自分の金が目前にあっても自由にならない、管理できなくなるからだ。認知症になると書類を見ることもできなくなる。意味がわからなくなるのだ。だから契約もできなくなる。認知症の人をだますのは簡単だからだます事件も起きた。

社会で地位も高く活躍していた人、女性で一家を切り盛りしていた豪腕主婦?だった人も認知症になると無能化されるのが恐怖なのだ。もちろん老人になればみんな能力は落ちてくるし立場も無力化されるが少なくても自分の金くらいは銀行からおろせるし金を管理できなくなることは考えられないから認知症はこの点恐怖なのである。

それでやはり前にも書いたが人間のこんな極端な無能化される原因は何なのかとなる?

彼は権勢を賜ったことにより、諸民、諸族、諸国語の者がみな、彼の前におののき恐れました。彼は自分のものを欲するものを生かし、自分の欲するものをあげ、自分の欲するものを下しました。しかし彼は心に高ぶり、かたくなになり、傲慢にふるまったので王位から退けられ、その光栄は奪われ、追われて世の人と離れ、その思いは獣野のようになりその住まいはロバとともにあり牛のように草を食い、・・・・・・ダニエル5-18

王は答えて言うのであった,「この大いなるバビロンは,わたしが自分の偉力の強さをもって王家のために,またわたしの威光の尊厳のために築いたものではないか」。ダニエル4−30


ネブガデネザルと認知症が何の関係があるのかというと認知症になると人を信用しなくなりこの家はオレが建てた、家はオレのものだ、また金に頼り親族も信用しなくなる。もちろんこの王のようにすべてがその治めた国まで自分の物であり自分の栄光に帰するような絶大な権力ではないしこれと比べることができないがこれと共通点は確かにあった。これまでの地位とか権力とかが認知症になると無能化される。無権力かされるのだ。金をもっていても自分の金として使うことすらできなくなる。それは無能化されるからそうなる。テキパキと自信に満ちて生活していた人が突然無能化されるのだ。だからそれは神の罰のようなものを感じたし無能化された人間の悲鳴を感じたのである。ネブガダザル王の罰の教訓は栄光を全部に自分に帰したことなのだ。それで神から罰を受けた。認知症も様々だが社会的に地位も権力もあった人や女性でもかえってやり手の人が認知症になると無能化されるからショックなのだ。そういう人たちはなんでも自分の力で家を建てたとか金を稼いだとか地位を得たとかなんでも自分中心に考えることが多い、実際は金でも権力でもそれは与えられるものでその人だけの力では得られるものではないのだ。だから金とか地位とか権力をもっている人は傲慢になりやすい、そういう人が認知症になると無能化される。認知症になりそうなった人をまざまざと見たから現実にショックだった。ただ庶民の場合はその権力でも金でもたかがしれているからこれがあてはまるとはいえない、でも栄光は神に帰する必要があり自分がやったというときこうした罰を受ける恐怖があることは知らねばならない、なんでも自分の才能とか力でやったということの危険性があることは間違いないのだ。そもそも文明そのものが人間の力で作ったものだから人間に栄光を帰するべきだということ自体が傲慢であり神の罰、バベルの塔の罰を受けるハメになったと同じである。

このプログはホ−ムペ−ジ作りよりわかりにくかった。自分の工夫ができない、管理もしにくい、トラックバックもわからない、そして宣伝のトラックバックが毎日100も来たり荒らされることが多いしコメントでも訳のわからない宣伝とかメ−ルのスパムのようなものが来ている。こうなるとトラックバックもコメントも拒否するほかなくなる。これはかえって交流もできない不便なものに思った。もちろん自分のホ−ムペ−ジからして返答はない世界であったがここはなんか攻撃されやすい、このプログからウィルスに感染したのかと思い恐怖している。ただ認知症のことを書いたら外国のサイトから医者とか薬関係のサイトからアクセスしている。日本語を読めるのか調べているのかプログもかなり外国の人がアクセスしていることがわかった。

2006年04月07日

燕来る(高齢化社会の明暗)

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水仙に日影薄れぬ石の陰

90歳新居を持つや燕来る

春日さす二間に憩う90歳


長寿社会、高齢化社会の明暗は実際は様々である。団塊の世代が退職して20年後には介護する人が500万人になとか信じられない社会になるのだ。この明暗がくっきりと現れたのが認知症になる人とならない人の差なのである。一方は廃人のようになってしまうかもしれないし一方は認知症ならなければ高齢でもさほど問題ないのである。正常であるだけで80以上になると勝ち組であり長寿社会をそれなりに楽しむことができるのだ。90以上の人が百万人というのも信じられない数である。そして百歳になると認知症になる人が非常に少ないのはやはり百歳まで生きる人はどこか違うとなるのだ。百歳になる前に普通はなんらか病気とかになり死んでいる人が多いということである。

90歳で新居というかアパ−トに住み携帯をもって連絡しているというのも時代なのか、まだ携帯を音声だけでもやれるからいい、認知症の人は携帯電話は操作できないからだ。90歳でもアパ−トで一人暮らししている人はいる。アパ−トであれ一人暮らしでも近くに世話する家族が住んで頻繁に行き来していると一人暮らしとはいえないのだ。オカズを運んでさめない距離にあるからだ。だから別に一人暮らしはそんなに悪いことではなかった。ただ近くに世話する家族がいない一人暮らしはだめである。これは頻繁に行き来するのとは違い孤立してしまうし安心感もないからである。

ともかく我が家の特殊な家庭事情で90歳でアパ−ト暮らしというのも長寿時代の一つの事例であった。90で始めてアパ−トの一人暮らしのような初体験すること自体ありえないからだ。そういう環境の変化にも耐えられないからだ。ただオカズのさめない距離にあり頻繁に行き来しているからできたともいえる。

燕が来た、新しい部屋には住居には新しいものが生まれることがわかった。新しく移り住むことはみんな悪いことではない、人間の住む場所はその人の性格を決めるくらい大きな影響を及ぼす、どうも自分の住んでいる場所はなんか陰気な感じがするがかえってそこは住環境では良かった。たいして離れていなくてもそう感じたのである。なにかここより日当たりが良く明るい感じがしたのである。まあ、最悪だと思ったがそのなかにもいいこともあったということである。人間悪いことばかりはないようである。最悪の中にもいいことが生じたというのも不思議であった。認知症についていろいろ書いてきたが芸術も生活とともにあり生活を反映したものであることがこれでわかる。生活自体が変わると芸術も表現も変わってしまうといことであり新たな表現もそこに生まれるのだ。住む場所を変えただけでその人の芸術の大きな変化が生じる。だから旅すると全く違った環境になるので必ず刺激を受けるからいいのである。ただ今や一日も留守にできなくなり旅もできないというのが一番辛い、こんなことになるとは夢にも思わなかったからだ。

2006年04月08日

春の月(「門閉じても家にいても災いは天から降ってくる」)

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アパ−トに住む人若し春の月

今回の災いはそうだった。前にも二度目の水害のときも水があがり米を運ぼうとして母がコタツの穴に入り骨折した。これはなかなか直らなかった。コタツのようなものが災いの元になったし家の中にいても突然災いはまさに天から降ってくる。外が危険だというが家の中で安全を図ろうとしてもできないのがこの世の定めなのだ。宗教では愛とか慈悲とかが盛んに言われる。無理してでも愛を困った人に援助せねばならないというのもわかるがこれはかえってその人のエゴがでてきて政治的になったり党派の活動としてまたは会員を増やすためのものとなっているのが多い。善に対して積極的なことは偽善的になりやすいのだ。ところが善に対して受け身でも災いとか困った人は家の中に閉じこもっていても天から外からやってくる。今回の我が家の災いもそうだった。これは認知症という未だに訳のわからない災いに四苦八苦したのである。

認知症というのは本当に何が原因でなるのか?そもそもそれさえよくわかっていないのだ。どうしてもその人の生い立ちとか性格からなるといっても10項目のテストがあったが全部あてはまらないから性格からなるとはいえない、社交的で友達も多くあらゆることに積極的で快活な人がどうして認知症になるのか?そういうことを原因にすることは成り立たないのが自分の家の場合であった。むしろ10項目全部あてはまる無趣味な非社交的な人が90でもなっていないからだ。私の私見ではこれはストレスが大きく関係しているのではないか?なんらかのストレスが長年が継続したりしてそれが大きな負荷となって記憶する海馬が破壊される。老化も原因してここが破壊されやすいからだ。ベトナム戦争に行った人が海馬が破壊され記憶ができなくなるとかなった。そうした異常な体験を記憶したくないから海馬に異常が起きたのである。また感情をつかさどる扁桃と海馬が図のように一体不二であることは感情が怒りとか悲しみとか極端になると海馬にストレスが加わり記憶障害がでてくるのだ。だからなにか特に悲しいこと長年つれそった夫婦でも一方が亡くなったり家族の死などのショックで認知症になった人がかなりいるという報告があるからなるほどと思ったのである。

認知症問題の複雑さは原因もわからないしそのあとの症状も百人百様でありその対処方法も百人百様になるからむずかしいのだ。相手は長い人生を困難な人生を生き抜いてきたのだからこれに対処するのも容易ではないのだ。回想法にしてもこれに話を合わせるにはそれなりの体験をもっていないと合わせられない、若い人ではむずかしいとなる。治療自体が個別的になるからむずかしいのだ。個別的だけではない、地域別にもるな。老人はその土地、地域とともに生きてきたからである。その地域と切り離されることはそこで育った植物と同じであり別な土地では生育しないともなる。その土地に合わせて生育する種があるからだ。また老人は家とともに暮らした歳月が長いから家とも一体となっている。悪くいえば呪縛霊となって家にとりついているのが特に女性の老人になる。土地−家−家族−仕事−・・・これらが一体となって血肉となっているからこれらから切り離して施設に収容することは連続性、継続性が失われるから精神が不安定になり認知症になったりすすんだりするのだ。認知症には普通の体の病気とは違う様々な要因がありその対処方法も一様でないからむずかしいのである。

アパ−トは若い人が多い、田舎では90の老人がアパ−トに住んでいるのはめずらしいだろう。都会ではこれからこうした老人がふえてくるかもしれない、田舎の場合、近くに家族が住んで頻繁に行き来していれば一人暮らしではない、かえって自主性が保たれていい場合もある。問題は近くに家族がいない場合なのである。まあ、今や家が二つになってしまった不思議がある。これが何を意味しているのか?自分にも解せないのである。

2006年04月09日

つばめ来る(認知症の人に敬意をはらうことはできない)

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新しき花を植えたりつばめ来る

swallows come and
a new planted flower
in my garden


認知症の人に接する心構えとして敬意をはらって接するようにとあるがこれはできない相談である。そもそも敬意という意味が何なのかわからないが今の時代、大衆化、水平化の時代に敬意をらうことなどしない、それを認知症の人に敬意をはらうなどできるはずがない、また敬意という言葉があっていなのである。人間として愛情そそぐとか軽蔑しないとか親切にするとかならわかるが敬意となると今の時代、首相でも社長でも本当に敬意はらっているかというとそれは権力をもっているからであり内心いやいやながらおべっかをつかったりして上の命令に従っているのであり敬意はらうことなどないのだ。それを認知症の人に敬意はらいというのは言うべきではない。そもそも認知症になればものの道理がわからなくなる?我が儘な自分本位の考えしかなくなる。自分の意に反することにはそれがどうであれ従わない、それを強制すると暴力にすらなるのだ。ものの道理がわからなくなった人間に誰が敬意をはらうだろうか?愛情をもって接するとか親切にするとかならいいが敬意まではらう必要はないのである。

認知症が単なる物忘れだけするなら人間としてたいしてさしさわりがないのだ。しかしそれとともに人間の道理が理性が通じなくなる。わがままな人はさらにわがままになり手がつけられなくなる。言うことをきかないと暴力までになる。だから怖いとなる。感情がおさえられなくなる。だから拘束とかされる場合がある。そういう人間に敬意はらうなどできるのか?全くできない、ただ愛情をもって接してなだめるとかできる。つくづく人間は理性と道理を失ったらどうなるのか?それは人間でなくなる。人間の一番は発達したのが前頭前野でありこれは「額が秀でる」という表現のように額の部分が人間の一番重要な部分でありここが動物より発達したのが人間なのである。小脳とか扁桃でも本能的な部分をつかさどるのは動物でも脳として働く、しかし前頭前野の部分は人間を人間たらしめている最も重要な部分なのである。それは感情をおさえる、嫌なことや、苦しいことや、相手にたいして怒りや憎悪やいろいろな反感をもっても抑えることなのだ。ところが認知症になると感情をおさえることができないから極端になると暴力になるのだ。そして一旦暴力をふるうと回りのものは怖いとなる。これはなにも精神病者とか認知症とかの人だけではない、暴力団でもなんでも理由はなんであれ暴力をふるう人間はその時点で危険人物とされてもしょうがないのだ。なんであれ暴力をふるったら負けなのだ。これは戦争でもそうである。実際は暴力をふるった暴力をしかけた側が本当は危険だとなる。日本は戦争を中国にしかけたから暴力で侵略したからいつまでたっても日本は危険な国だとなる。これは何も日本だけではない、中国でも、アメリカでもそうである。力があっても暴力をふるった時点で相手は危険な人物としてマ−クされ警戒されまともに話し合いないとなるのだ。一般社会ではそうだが人間の歴史では戦争となるとそうはならない、戦争の暴力は肯定されがちなのである。

いづれにしろ認知症の人に敬意などはらうことができないのだ。ものの道理がわからなくなった人間だからだ。理性で道理で説いてもわからないのだ。極端なのは妄想を信じていてそれを合理的に説明しても通じない場合がある。こういう人間が社会の中で社会人として存在させること自体問題なることがある。家庭でもそうである。なにか問題があったとき道理が通じない、だから喧嘩をしに行くとかやたら回りを騒がせて警察沙汰になったりする。別にそうした回りに迷惑をかけいないならそれなりに社会でも適応できて問題ないかもしれないが敬意をはらう存在などではない。目を離さず見守るとかし社会の規範を逸脱しないように監視するとかの存在なのである。そのために精神病院が収容所としてある。ただ認知症の場合はそばで見守る人が必要ではあるが軽度だったらほとんど社会的に問題を起こすこともなく暮らしていける。

2006年04月10日

紫のクロッカス(何に敬意をはらうのか?)

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かそけくも消えて忘れし紫のクロッカスのまた一輪咲きぬ

紫のクロッカス

一本の小松の下に
ひっそりと咲いていた
紫のクロッカス
その二三輪のあわれ
雨風に倒れはや消えしを
我が忘れしを
またひそか一輪咲かむ
かく人も忘れられし人の声
よみがえり聞くことあらむ
人はつつしみ深くあるべきかな


敬意をはらうというとき何に敬意をはらうのか欠けていたのだ。日本語には目的語がはっきりしない、あいまいな表現が多いからだめなのだ。認知症の人に敬意をはらいとか老人に敬意をはらいというとき何に敬意をはらうのか?そもそも人は何にたいして敬意をはらうのか、人は今や容易に敬意をはらうことがない、才能がすばらしいので敬意をはらうのか?才能というとき一部の才が優れているから絵とか音楽の才能が優れているから敬意をはらうというよりその才能に感嘆するとなるだろう。敬意をはらうというときそうしたものではなくその人自身の人柄とか人格に敬意をはらうとなるがそんなこと現代では皆無ではないか?特に現代はそうしたものを尊ばない時代である。だから認知症の人とか老人に敬意はらうといことがないのだ。金をもっているとか地位があるとかそうしたものに敬意をはらうというのはあっていない、だから認知症の人に敬意はらう人などいないのだ。無能化したら余計そうである。認知症の人でも障害者でも金をもっていればその金のために大事にされることがあるが敬意をはらうなどありえないのだ。

老人でもただ年を重ねたから敬意をはらうのか、誰でも年取ることはできるのだ。敬意をはらうというとき何に敬意をはらうかが問題なのである。それは長い人生を生きたその長い人生を生き抜いた経験に敬意をはらうのである。長い人生の経験というとそんなものに価値があるのかとなる。財産をどれだけ残したかに価値があると子供は思うかもしれない。しかし金の価値だけで計れない人生の価値がある。例えば自分の大正生まれで糸とり、機織りの絹の生産工場で10年間くらい働いた。この労働もかなりきついものだった。その時代、絹は輸出品であり外貨を稼ぎこれが軍事費に投入されたのだ。蚕は国の中心産業だったのである。そこで女工哀史とかも生まれた。

その後も最初の夫が工場の事故で死んだり戦争直後の食料難とか様々な苦難がつづいた。今の80代以降の人は同じような人生を歩んできた。だから遊びということをほとんど知らない、尋常小学校でてからはただ家のために働くことだったのだ。今でも世界の遅れた国では貧しい家族に仕送りするために出稼ぎにきている人がいるのと同じなのだ。なぜ遊ぶことを知らず遊びに価値を見いだせないのか?金にならないものは全くの無駄としか思えないのか?それは貧乏で金に追われた生活であったからだ。だからこれも無闇に批判もできないのである。これだけ無趣味な働くだけの人生を90生きても認知症になっていないのも不思議ではないか?だから認知症の原因はよくわからないのだ。ただ同じ財産を残すでもニ−トが株で何十億一夜にもうけたという金の価値と苦労の末に残した金とは金の重みが違うしそれよりその苦難の人生経験を知ってはじめて老人に敬意をはらうことができる。そういう人生を生きてきたことに敬意をはらいということなのだ。これは認知症の老人にも同じようにいえるのだ。

つまり敬意はらいというときその人の長い人生経験を知ってはじめて敬意をはらうことかできるのだ。ギャンブルのような金で株でもうけてもそこに人生経験というのがぬけているから老人になったとき価値が認められない、ただ金だけをほしいという人はいるのだ。老人に認知症でも敬意をはらいというときその人生経験に敬意をはらいとなるのだからその人の人生経験を知らないと敬意もはらうことができないのである。90まで生き抜いた老人は特に今の老人は苦難の時代を生き抜いたということでその人生経験に価値があるから敬意をはらいとなるのだ。

I respect to your long experienced life .

老人とか認知症の人に接するときはその背後にある長い人生経験に思いやるべきなことがわかる。これがないと能力が今やないのだから軽蔑の対象にしかならなくなるからだ。老人の価値はその長い人生経験にあるからだ。

2006年04月11日

相馬市の春

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新しき田町や柳芽吹くかな

紅梅のまじかに燃えて鯉跳ねる

木蓮の千輪満ちて天仰ぐ

茅葺きの仁宮仕法の家残りその前にあまたイヌフグリかな



相馬の田町通りは歩いたり自転車で走っても新しくなったので気持ちいい、なぜ街の中心街の商店街がだめになったかというと歩道とかが狭く歩きにくいし自転車でも通りにくいのだ。鹿島町でも前の町は歩道が狭く歩きにくいし自転車でも道路が狭く十字路から急に出ると自動車が危険なので裏道を回っている。原町の駅前通りとか旧市街がそうである。昔の街道沿いの街とかもどこでも道が狭く歩道が人一人くらいしか歩けないので歩くものと自転車では窮屈だしそれでも車がひんぱんに通るので危険でもあった。かえって裏の方が車が通らないので自転車で行きやすかったのである。結局旧街道沿いの街とかは車にも自転車にも歩きにも不便な窮屈な場所になってしまったからだめになったのだ。

田町というと相馬の城のある中心からは離れた田のある区画となるから田町となった。そんなに遠くはないのだが当時は離れていて田になっていたのである。相馬は城下町だから細い路地がある。街の作りが違っている。堀があってそこに鯉を放した。その鯉が跳ねた。紅梅が燃えるように咲いていた。それから木蓮の大木があることに驚いた。木蓮の木があんなに大きくなるものだとは思わなかった。あれだけ咲けば満足である。思わずこれだけやったと天を仰ぐような気分になる。相馬は城下町で古い家がありそれであの木もあんなに大きくなったのかもしれない、仁宮仕法の古い茅葺きの家も残っている。その前にイヌフグリがいっぱいさいて当時のようにその前の畑を耕す農夫がいた。相馬といっても城がないとなかなか当時を思い浮かばないがやはり街の作りは違うのである。二宮仕法の家とは二宮尊徳の教えを受けた人が復興させた模範の家である。あれは江戸時代から残っている茅葺きの家である。

2006年04月12日

夕燕夕雲雀(強いられた人生)

夕燕夕雲雀(強いられた人生)


なお聞かむ命のひびき夕雲雀

夕燕二つの家の行き来かな


こんな奇妙な生活になるとは思いもよらなかった。二つの家を毎日行ったり来たりしている。家が二つあることは疲れる。これも自分に与えられた宿命だった。宿命というとき人間はどうしたって自分で親を選べないように強いられた宿命として人生を受け入れざるをえない、大正時代生まれの人は苦難の人生を強いられたのだ。私の母の場合は少女時代は裕福な金持ちの家で育ったがその後会社が倒産して一家が辛酸をなめた。もし裕福なままに育てば人間そのものも変わっていた。その後結婚しても夫が事故で死んだり戦争があったり自分を生んだのも結婚したのも自分の父親の20歳年上の夫だった。これは本当にいやいやながら仕方なくやむをえず嫁いだのである。嫁いだ自分の家でも家政婦かお手伝いさんのように働かされたのだ。それは全く強いられた人生だった。だから関心があるのが金であり他に趣味などない、花にも興味などない、それでもボケていない不思議である。もし裕福で生活に余裕があれば俳句とか短歌とかの手ほどきを受ければ教育を受ければそれなりの教養を身につけたかもしれないのだ。そういう人生を選べない強いられた人生だったからできなかった。強いられた人生というと戦争で犠牲になった若者も国家から強いられて若くして御国のために死んだのである。そこに選ぶ余地がない、赤紙一枚で戦地にいやおうなく行かされたのだ。

人間は貧乏だったり時代の要請で強いられた人生を送る方が多いのかもしれない、環境によっても強いられる。貧乏だったらいやな仕事でも食うためにやらざるをえない、昔だったらニ−トなどしていられない、飢え死にするからだ。今80以上の老人はそういう強いられた人生を送ってきた人が多いのである。貧乏でなくても宗教団体に入っていると批判する前にその団体にいることが当然なのだからそこに従うことが強いられる。自由が言われるようになったのは豊かになったからである。豊かで平和であれば自由な選択が許されるようになる。いやな仕事にもつかなくてもいいとなる。自分がまさにその人生を無職で過ごしたのも家が豊かでありそういう人生を許されたからである。その結果として今の介護が強いられているといえる。感性がない家族から認知症が出るというけど感性とは何なのかよくわからない?その人の感性を個性を作り出すのは時間的余裕がないとなかなかできない、たいがい貧乏な時代を生きた人は感性を磨けるのはほんの一部の人だった。親のために働くことを強いられたのが多いのである。つまり食えればいい時代にはたして感性などみがけるのかとなるとむずかしい。自由な選択を許されるのは豊かな平和な時代であり戦後はそれがあったしさらにその自由の度合いは大きくなってきたのである。人間はさらにそれぞれの個性による才能をのばせる時代になる。これが社会の進歩なのだ。自分が感性をみがくことができたのも結局自分の才能よりそうした環境が与えられたからである。本サイトであれだけ書き続けることができたのもそういうことに専心して集中力を傾けることができたからだ。今になるとなんか余裕がなくなり書けなくなったことでもわかる。これは才能ではなく誰でもあることに集中する環境が与えられるとそうした才能が発揮できる証拠である。毎日介護であれ生活に追われていたら詩すら書けなくなる。ここでは短歌、俳句という短いものだから作りつづけている。なかなか長くなると書けなくなっているのだ。

このプログで困ったのはリンクされてくるのが外国のいかがわしいサイトでありこれが百くらいきている。コメントとトラッツバックは拒否する昨日があったし削除できたがリンクしてアクセスするのはできないから実質的なアクセス数とかがわからなくなっている。するとこのプログがどういう人に何に関心があり読まれているかもよくわからなくなる。認知症関係は読まれている。俳句短歌がどれだけ読まれているのか?訪問者がここ一週間100以上になっていてもその半分以上が外国の関係ないサイトからのリンクから宣伝から来ている。これを拒否しないと実質的アクセス数がわからなくなっている。ただ10から20ふえているのかもしれない、この外国からの宣伝のアクセスで実体がわかちなくなった。それが一番のこのプログの問題であった。本サイトはアクセス解析すると細かくわかったからアクセス状態をつかみやすかったからだ。


2006年04月14日

あどけない花(おごりたかぶる人間の末路)

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あどけない花(おごりたかぶる人間の末路)

鉢一つあどけなき花二輪咲きまた一輪のここに咲くかな

人は、見せかけ、上辺、血筋などで見るが、神は心を見る(サムエル第一16章7節)

すべてその心に思い図ることは悪いことばかりであるのを見られた(創世記−6)
「人の心は偽るもので、はなはだしく悪に染まっている、だれがこれをよく知り得よう 主である私は心を探り、思いを試みる」エリミヤ17−10


人の心と脳の関係がどうなっているのか、これはある部分がある働きをしているとか科学的な研究も確かにすすんでいる。アルツハイマ−型認知症というのが女性に多いというのはなぜなのか?これは女性は感情の動物でありより本能的に生きる。だから感情に生きるからこの感情の作用、ストレスを受けると老化して弱っている記憶する領域の海馬が損傷して認知症になりやすい、扁桃と海馬は一体不二になっているからだ。そこから前頭前野に波及して低能化されてしまう。これはないとなく科学的に納得いくのだが実際は脳と心がどうなっているかなど永遠にわからない、神が心を見ているというとき神しか人間の心を見ることができないのである。心とはそれほど複雑でありわからない、慈善をしてしいてもその心はどうなっているのか?そこには無心というより人に良くみられたいとか慈善を装うということもいくらでもあるからあまりその行為からその人の善し悪しを判断できないのである。「人の心は偽るもので、はなはだしく悪に染まっている、だれがこれをよく知り得よう」つまり人の心はどんな科学者でも脳を研究してもわからないのである。そこに認知症の解明しがたい謎があるのだ。

認知症の謎はどうして銀行から自分の金をおろせなくなるのか?こんな簡単なことが自分でできなくなるかということである。結構世間的なむずかしいことがわかりこんな簡単なことがわからないという不思議なのだ。ハンコとか通帳を隠して無くしたということもあるがどうも銀行とかのことがわからなくなったためなのか解せないのである。住所が新しくなったらその住所を何回も書いていたりするのだが書けないということがある。自分の住所が書けないということがあるのか?小学生でもできることができない、それでいてむずかしいニュ−スとか世間のことはわかっているのだ。だから友達つきあいしておかしくなったということが気づかない人もいる。アルツハイマ−とアルツハイマ−型老人性痴呆症(認知症)は症状はにていても違っている。老人性認知症はある程度治療すると回復する。50代とか若くしてなるアルツハイマ−は良くならない、回復できないから違う。またらボケだと血流がいいときはまともになっているのか正常になっているような錯覚に常におちいる。どこがおかしいのかわからなくなるのだ。

不思議なのは「すべてその心に思い図ることは悪いことばかりであるのを見られた」人間は認知症でも知的障害者でも悪巧みとか悪知恵が働かなくなるし無力化無権利化、無能化低能化される。金を持ち地位があり腕力があるとき要するに権力があるとき人間は威張る、権力を傘にきる、これは宗教団体でもそうである。宗教というと権力と無関係というけど宗教団体こそ最もその数や勢力を頼み権力化しているところなのだ。その他人間社会は世界でも権力を傘にきる世界であり権力で動いているのがこの世界である。しかし神の世界はこうした人間の権力に頼る権力で動く世界が無力化される。無能化される。人間は確かに頭いい、知能を授かったのだがこれは自らを神としようとする、自らが賢いとするものでありそれが呪われたものとなった。自ら賢いとして核戦争とかで人類滅亡にもなる。それは自らを賢いとする人間の権力に能力に頼った結果なのである。だから認知症のように人間は無能化される。そのあとに神の知恵により治められる世界が来る。認知症の驚きは人間としていろいろできた人が銀行からも自分の金もおろせなくなるのかという信じられない無能化なのである。

私は童をたてて彼らの君とし、みどりこに彼らをおさめさせる−イザヤ3−4

認知症の驚きは老化して人間がかくまで無能化されるのかということなのだ。このことは他の人間にも文明にも起こる。己の力に高ぶった人間や文明が突然無能化される。機能しなくなる恐怖である。そのあとに神が全権をふるい治めるのだ。その治める物は己の力と才をほこるものではない,欲も何も世間のことすら知らない無知なみどりこだというである。

2006年04月16日

老いの悲しき結末(認知症は社会的環境の病気でもある)

我が家に母のなしかも目だたじも今にし思ふその姿かな

今日もまた日にち知らじ認知症の家族かかえて教える悲しさ


今や私に残されたのはかたや90をこえた老人とかたや認知症の老人である。考えてみればなんとも悲しい結末である。つくづく人間は悲しいものだと思った。老いてみればみんなこうした悲しさを体験する。老いそのものが人間にはどうにもならないものなのだ。老いれば病気になるし今までもっていた力が失われる。生老病死とあるけど老病死となるのが人間の結末なのである。自分の家族の場合、特殊なるゆえの悲劇であるが一般的にも老いればこうした悲しい結末がみな待っている。老いて死んでゆく人間の宿命を誰もまねがれることはできないのだ。認知症とは何なのか?ボケはこの老いに拍車をかけて人間の最後を迎えさせる酷い病気である。これは家族を引き裂き苦しめる。つまりこれは老人特有の病気であり老いと切り離せないのである。老いという悲しさが認知症になると最も酷いものとして現れる。結局高齢化社会はこうした老いの悲しみを信じられない数で接することになるのだ。確かに老いて健康な人も多いから暗部だけを言うことはできないがそれにしてもその数は全体として多いのだからその数も膨大なものとなるのである。80以上になるとこれはやはり人間の生の限界を越すことになりそうなるのである。

ただ認知症は軽いうちなら問題行動が起こさないように回復する。家族が愛情をもって接したりいろいろ脳の機能回復訓練をすると回復する。一時は幼なじみでつきあいをしなかったものが回復したり今までのように地域で生活している。今日は春祭の市に一緒に行った。認知症になるとそうした地域で普通の暮らし付き合いすること自体むずかしくなる。だから地域にいても家族でもいろいろ簡単なことができなくなるから不満になり自信がなくなり問題行動を起こすようになる。変な話だけどデイサ−ビスでは普通の人より劣った人が集まるのでそこではかえっていろいろできない人がいるので合わせられるのでいいとかできないという劣等感を感じないのでいいというのも変ではあるがそうなってしまうのだろう。普通の人に合わせることが容易でなくなるからそうなるのだ。

この認知症の問題は高齢化社会ゆえに生まれた病気である。結核とかガンなどは社会的問題ではない、純粋に体の病気なのだが認知症は老化と関係しているのだから体の病気でもあるが家族関係とか地域とかその人の人生とか性格とか体験とか様々な要因が関係していることが違っている。高齢化社会では今までのような生産第一主義の価値観、核家族とか地域の人間関係の希薄化とかこれらは高齢化社会ではマイナスとして働く、つまり社会的要因も認知症を生む原因になっている。認知症は体の病気ではあるが社会の変化とかにも関係しているのだ。だから医学的な見地からだけでは解決しえない問題なのである。回りの人間関係とか環境がかなり影響して良くもなり悪くもなる病気なのである。

最近隣の5万の市の駅にエレベ−タ−ができた。それで私の家に来る老人が楽だったと言った。実は私の町の駅にはエレベ−タ−はない、普通エレベ−タ−のある駅は少ない、この駅の階段から転がり落ちた老人が近くにいたのだ。二カ月以上入院する大けがをしたのだ。老人にとって駅の階段はかなり危険なものなのだ。高齢化社会になると自動車社会とか様々な文明の恩恵もマイナスに働くことになる場合がある。近くに店がなくなって歩いていくところに店がないのと自動車がひんぱんに通る道路は老人には危険なのである。だから老人の交通事故者がかなりふえているのもわかるのである。老人にとって車社会というのはかえって住みにくい社会ともなる。ただ便利なものがすべて老人にとって悪いものかというと車さえ老人は歩けなくなるから遠くへ行くにはいい道具だしいろいろ使い道がある。ただ現代社会は医療は充実しているが社会的環境として老人にいいかとなると疑問である。スロ−ライフとか言うが老人にとって住みやすい社会とはこれは若者でも住みやすい落ち着いた社会なのである。だから年金問題など老人は無駄だと若者が言うが社会的環境が老人向きになることは若者にも住みやすい街になることは言えるのだ。

参考

沖縄では老人にとって環境がいいから痴呆老人にはならないという
http://www.kg-tokyo.com/memo/ooi18.html

2006年04月17日

つばめ飛ぶ(認知症は人の和がいやす)

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慣れにける近道行くやつばめ飛ぶ

道は街を左右するほど重要である。道が変わると街の様相もがらりと変わる。むしろ道によって街が作られるのだ。旧街道沿いの道は車社会から取り残されてしまった。どこでも古い街の中心街が一番不便なのだ。毎日自転車で通うになりわかった。道幅が狭く車が行き交うのだが人と自転車にとっては狭くて危険なである。歩道も狭く人一人しか通れない、だからどこでも旧市街というのは買い物にも不便である。通ることさえ不便なのだから買い物にもゆきずらい、車だけが通りすぎてゆく道になっている。だからかえって街の中心を通らずに脇にそれた道が車も通らず近道になって通りやすいのである。車社会ではかえって脇道の方が自転車とか歩きには通りやすいのだ。ただこれは地元の人でよく道をわかっていないと利用できないから遠くになると不便な道を行くことになるのだ。

認知症のサイトやプログは豊富である。ここ三カ月くらい毎日それだけを探し読んでいた。介護日記とか介護士日記とかリアルな体験談はかなり参考になった。ただ忙しくてトラックバックとかコメントはつけられない、自分自身のことを書くだけで精一杯だった。プログについてもこれがどういものかまだわからないし調べることができなかった。ただ認知症関係はそれなりに来ているのだろう。「今日の一句一首」はすでに三年くらいつづけている。今回は「認知症」と今日の一句一首になってしまった。プログは日記だからその人の実際の生活をリアルタイムで発信するのだからこうなってもしかたない、正直自分の生活は変則的になり疲れる。だから本サイトは更新できなくなった。これもどうにもならない、プログの弱点はアクセス数とかが外国からの宣伝リンクでわからなくなってしまったことだ。毎日百とかきていてわからなくなった。

認知症の問題はこれは広範囲な問題であり様々な視点から探求研究されるものである。医学的見地だけではなく社会学的見地とからの探求も必要なのである。心理学的な要素も大きくかかわっているとか何か総合的な問題提起として認知症はあったのである。だから人の和というのが認知症を防いだり癒すには必要なのだがこれが現代文明社会では欠けてしまったからボケ老人がふえたりいやすことができないともなっているのだ。沖縄ではボケ老人はいないとかいうのはそういう人たちもつつみこむあたたかい人の和がまだ残っているからそのなかで癒されるからそうなっている。認知症を防いだりいやすのには人の和が必要なのだがそれが家族すらにもないからボケ老人がふえるのだ。

2006年04月18日

夕鶯(里山で息抜き)

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夕鶯鳴き合う声や里の山

心地よく花見に疲れ眠るかな





今日も我が家には春の珍事というものがあった。まあ、認知症という病気はわけわからないのだ。今回のアクセス記録を見ると「看護の俳句」とかあったからこれなどはここにマッチしたわけである。これは読まれているなとわかる。だからアクセス解析が必要なのだ。でないとどういう人が来ているかわからないのである。毎日百も外国の宣伝のリンクからくるのには嫌になった。とめる方法がないのだ。これがインタ−ネットの弱点だった。今のところここしか更新していないのでアクセス解析も今はこのプログしか見ていない、これだけだとアクセス数は限られている。あまりふえもしないようだ。

ここも桜も満開となり認知症の病人も今は穏やかであり落ち着いている。まだ普通の付き合いができているのか、そのへんが不思議である。もともと人よりなんでもできたし賢いやり手の女性だった。それが認知症になってその能力が失われたのだがそれでもまだその人らしさとか正常と異常の区別がつかないときがある。この認知症は本当にわかりにくい病気なのである。不思議なことは正常と異常は異常が何か知るとき正常もわかるということがある。正常な人にも異常は存在する。面白いのは刑務所のような閉ざされたところでは妄想を見やすい、妄想が作り出されるという。妄想が一時ひどいときがあった。それは朝早く起きて眠れなかったからである。妄想を防ぐには昼間十分に活動しないとだめなのだ。今は夜は眠れているから妄想は見なくなった。今日もかなり花見の散歩に費やしたから心地よい疲れとなって眠れるのだ。

まあ、いろいろあったがいまのところは自分にも精神的余裕ができてきたのである。この結論はどうなるのか自分にもわからないのだ。相当な不安があるのだが先のことがわからないのだ。この老化がかかわる認知症はある程度回復することがわかる。回りのかかわりかたによって回復する。一時付き合いが断られた友達とまたつきあいだしたというのは気分よくさせたからだ。軽度であれば認知症は地域社会でぎこちなくても適合できる。家族とか地域とかが認知症を回復させる場となることが理想的なのだがこれは軽度であればできる。これが症状が悪化すると普通の付き合いとか地域での社会生活もままならなくなり孤立するからむずかしくなる。今のところは自分にも余裕ができたので多少のんびりした。

2006年04月20日

春の庭(病気の暗さへの対抗)

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様々な花植えいやす春の庭


認知症は確かに深刻な病気だしガンでもどんな病気でも深刻である。どうしても人間は病気になれば暗くなってしまう。認知症の重度な人に実際に接していないからわからない、老人ホ−ムでもそこには暗いイメ−ジがつきまとう、うば捨て山とかのイメ−ジである。人間どうしても貧困や災害や病気や災難に見舞われると暗くなってしまう。病気は一番人間を暗くするし絶望になる。老人になると病気から自殺したりする人が一番多いのである。あきらめてしまうのが多いのだ。だからこの病気であれ人間を暗くするものとの戦いが必要になる。これは実際ガンになったり認知症になった人でなければその深刻さを分かち合うことはできない問題がある。でも病気でもそれにうちのめされて暗いばかりになっては救いがない。なんらか病気であれ災難であれ人間はそれに対抗して生きるほかない、自分の家族の場合、もともと勝気であり天真爛漫な性格とか反映して友達をもっていて付き合いは普通のときと同じようにつづけているのが救いである。だから自分でもよくなったとか自信がついてきたのである。
人間は確かに不治の病とかこんな信じられない認知症のような病気にもなるのだがこれでもなんらかそこに救いを見いだす、明るい面を見いだす方法を模索する他ない、しかしあまりに重度になった人は悲惨すぎる、人間が壊れてゆくとか人間でなくなってゆくとかになってしまう。だから何かあまりにもそこに救いがない、明るい面が全くない人間の地獄のようなものになってしまう。自分の家族の場合はまだまだそうしたものになっていないからこうしてその症状を書けるのかもしれない、ひどくなると書くことさえはばかられるだろう。人間はみんななんであれ死ぬんだけど死なない命、永遠の命というものが主キリストによって与えられたことも確かなのだ。それは最大の救いである。だから死を怖がることはないのだ。ただどうも庶民的にはあまり高度な救いとかを言うべきではない、庶民には庶民的に接する、あまりむずかしいことは言うべきではない、とにかく不治の病でも認知症でもなんとか明るい方に導く、明るくなるように接する方法が必要なのだ。幸いは性格が勝気なのは手こずるのだが良い面は楽天的だとか開放的だとかになり庭に花をいろいろ植えたり散歩をしたり友達付き合いがつづいているから明るい方面に導かれ自分でも良くなったか言っているのだ。

芸術も実際は癒しになるものなのだ。死の直前まで自然の美を鑑賞する、美しいものにふれ美しいものを探求するのが人間の宿命なのだ。最悪の中にも美しいものが生まれるのが人間ではないか?それこそ人間なのかもしれない、認知症の重度になって娘、息子さえ誰かわからなくなっても施設では不思議なことは親切にした人は覚えている、離れたくないという、家族のことは忘れても愛情をそそいだやさしくしてくれた他人の方が最後に覚えているということはそんな最悪の人間が壊れてしまったような状態でも愛を感じる能力は残っていたというのも救いである。その人にとって最後に覚えていた人は家族ではなく施設の親切にやさしくしてくれた愛情もって接してくれた人だったのである。その記憶を残して死んでいった。そんな最悪の状態でも「愛」だけがわかったということは救いなのだ。明るい面として残されたのである。

いづれにしろ家族が病気になったり認知症になればそれは直らないから何をしてもだめだとなれば暗いだけになる。でも人間はどうしても直ると良くなるとか明るい面を追求する。暗いだけをみると自殺になってしまうのだ。それで新興宗教で直らないのに直るといえばだまされるのもわかるのである。藁をもつかむ思いでそうなっている。自分もなんとか認知症でも悪くなることばかりが多いので良くなった例をインタ−ネットで探している。これが人情なのだ。悪い例ばかり読んでいたら暗くなるばかりだからだ。芸術も確かに暗さがあっても少しでも明るいものが見えないと読んでも絶望してしまう。人間は絶望の底からでも一条の光を求めて生きる。そこに人間の人間たるゆえんがあるのだ。

2006年04月21日

春の嵐(神の万能 人間の力の限界)

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人の世の運命(さだめ)は老いてなお変わる
        時ならぬ嵐に花の散るかな


人間の運命はつくづくわからない、90になっても運命は変わり翻弄される。認知症というわけのわからない病気に襲われる。このことばかりここ2、3カ月考えつづけてきた。この病気が何なのか未だにわけがわからない。難病というのが人間にはかなりある。そして直らない病気もガンなどかなり今もある。そしてつくづく感じたことは人間の無力と限界であった。認知症の重度から死んでゆくひとを見たら人間はこんなに無惨なものかとあまりにもショックを受けるだろう。認知症になると知能が5、6歳になってしまうというショックである。人間はこんなに無力化されて無惨に死んでゆくのかという人間のみじめさに愕然とするだろう。そこにどうしても人間の無力さを人間の力の限界を感じたのである。確かにアルツハイマ−にきく薬とかガンにきく薬とか病気に対抗して人間の力で立ち向かって成功した例はある。結核などはそうである。人間との病気の戦いは延々とつづいている。野口英夫なども細菌にやられて死んだとか病気との戦いは世界的に人類的課題として科学者によりつづけられている。それでもこの認知症であれなんか結局直らず無惨な最後を迎えている。そもそも老化がとめられないということが医学の限界なのである。老化は克服できない、老化とともに確実に死がやってくるのだ。

確かに科学の医学の発展には目を見張るものがある。それでも人間の力には限界がある。病気でも老化でも認知症でもその人間の無力さの人間の力の限界を感じてしまう。神は万能であるが人間は塵にすぎない、塵に帰るというのもそうである。神から見ると人間の力などたかがしれているのだ。人間は無力化されてはかなく死んでゆくのだ。これは王様でも地位を極めた人でも億万長者でもみな同じなのだ。最後は無力な老人と化してはかなく終わる運命にある。
どんなに人間がこの世の様々な問題を解決しようとしてもできない、そこに無力感がでてくる。医者でも患者を直せないので無力感をもつ、結局自らの科学でも限界を感じて奇跡を求める心がわかる、なんであれ信仰でも奇跡を求める、それは医学でも病気が直らないからそうなる。直らないとしても直ると言う人があれば藁にすがるように頼るのは責めることはできない、実際奇跡が必要なのだ。主キリストの一生が聖書が奇跡を記した書であることがそれを証明している。神の奇跡なくしてこうした人間の無力感は解決しない、人間では解決できないから万能の神に期待するのだ。神の奇跡により一変して神の国は与えられる。人間の力では以前としてこの世は罪の世であり変わらないのだ。結局罪の繰り返しであり詐欺でもその手口が変わってゆくのと同じである。手を変え品を変えこの世の罪の世界はつづくのである。

自分自身もそもそも普通の人より劣った人間で結局その一生で何をしたかというほとんどなんにもできなかったのである。要するに無能人間の一生だったのだ。しかし自分で優秀だと自負していた人間も認知症になると全く無能化されるから戯画化されるからそれもむなしかったとなるのだ。人間はしょせん自らの力を誇ってもたかがしれている。人間は無力であり無であり神は万能だから神に望みをいだくし神に祈る他ない、人間は人間の力で様々な問題を解決できない宿命にあるのだ。努力は無駄ではないにしても老化であれ認知症のような病気をふせぐことはできない、人間の死は荘厳であるべきなのにあまりにも動物より無惨な死というものがあったのだ。人間は老人になれば知恵あるものとして神に近い存在になるというのが古代にはあった。それが高齢化社会では認知症になるとこれが人間なのか?というあまりにも無惨な姿に人間の非力を無力さを目の当たりにして愕然としてしまうのだ。

脳というのはステレスが加わると特に老人は耐久力がなくなるから記憶する海馬が傷つき破壊されやすい、マウスの実験でもステレスを長い間かけると記憶の領域が傷つくし人間も長いストレスは認知症になりやすくする。現代はまさにストレスの時代であるからこれは老人にも影響する。老人は現代文明のストレスに耐えられなくなる、それが90とかまで長生きするから余計に耐えられなくなっているのだ。森のような深い緑に海のような青い瞑想帯につつまれる必要があるのだが今や人間は文明という人工物に囲まれている。だから脳がストレスをためて一番弱い老人の脳に影響して認知症がふえているのではないか?文明の発達していない国の老人が尊敬されたり沖縄では老人のボケがいてもあたたかくつつみこむ社会があればそこがいやしの場になりボケはないのだというのもわかる。人間は自然から離れ自然体としての人間社会から文明社会になりストレス社会で生きねばならずそれで80以上という人間の限界の歳になると認知症のようなものになる人がふえたのだ。こうした瞑想的環境にあると記憶力とかも回復するとか認知症も回復するとか言う人がいるのもわかる。穏やかな心になっていると脳の能力も働くし回復しやすい、そうした環境が文明社会から失われたことが認知症がふえた一因である。

ソフトはみんな違っている。それでただそのソフトで特に効果とかで遊んでいると偶然にできる抽象画がある。これは明らかにパソコンが作りだしたア−トだ。絵がまるっきり書けなくても抽象画がパソコンで偶然に作れる。上のも抽象画として面白い、抽象画の分野はパソコンに向いていたのである。

瞑想の領域

深い森の緑につつまれ
深海の群青につつまれ
瞑想の領域の守られぬ
一条の光がさしこみ
隠された花のひそかに咲きぬ
そこに妙なる花は微笑みぬ
外殻は狂乱の世界
何故に脳は破壊されしや
そが心は狂乱の妄想に陥りしや
そが心は休まざりしや
深い森の緑につつまれ
深海の群青につつまれ
やさしい小鳥の歌を聞き
騒擾なき深海を泳ぎて
そが心は休み眠るべし
瞑想の領域は乱れざるべし
そこに安住はあるべし


参考

偉大なる個々の死を・・・(上野霄里氏の文明批判)
http://www.musubu.jp/jijimondai24.htm#ueno

こうした自分が追求した死と認知症とかで死ぬ死はあまりにもかけ離れている。高望みはしないにしてもあまりにも落差が大きすぎたのだ。人間の死は様々であるが認知症で死ぬのは最悪になってしまうのでは?

2006年04月22日

春の朝の林(山に行き息抜き)

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そよぐ風空の青さや朝桜

朝の風林に鳴りて芽吹きかな

健やかに目ざむ春の樹々かな

今生れて朝の光に蝶の舞ふ

幾筋も朝の沢音や芽吹きかな

野の梅の香りに満たさる真昼かな

水仙や誰か汚さむ水清し

一際に黄色あざやかキセキレイ春の林に朝の光満つ


今日は雲一つなかったが風が強かった。山の方に自転車で行ったが風で進めず早めに引き返した。春の朝の林は透き通るような光の中に映えていた。近くに自然があるのでちょっとなら息ぬきできる。でも認知症とか介護の問題は目を離せない、休息がとれないことなのだ。自分の場合一人だから余計そうである。親戚の人がこれも実際は親戚というよりあつく世話した人だからきてくれている人である。兄弟でも近くにいるのに介護で困っていてもきてくれない人がいる。どうしてもかえって困った家には人がこなくなるのだ。めんどうになるし手伝わないと邪魔になるしなかなかきずらくなるからだ。認知症でも普通の人とつきあうこと自体むずかしくなるからなかなか家には訪ねてこなくなる。世話になるときは来るのだが困った家にはこなくなるのだ。来てくれるのは前に世話した人なのである。

介護する人も介護ばかりに集中していたら気が滅入ってしまう。やはり外の健康な新鮮な空気を吸う時間が必要だし与えられるべきである。デイサ−ビスとかショ−トスティとか利用したくてもめんどうでしていないし福祉のサ−ビスは地方の小都市では充実していない、都市間で福祉のサ−ビスは差がありすぎるのだ。介護には介護される人もそうだが介護する人の問題も大きいのだ。いつでも自由にどこまでも行けたのが全く4、5時間自由になることがやっとになるとは思いもよらなかった。それでも今日は快晴で春の空気を吸った。介護する人にも活力が必要だし自由な時間でリフレッシュできなかったら介護はつづかないし介護だけに犠牲になるのは大きな問題なのだ。人間は介護のためにだけ生きているのではない、それだけに犠牲になるのは愛がないとかの問題ではなく介護が介護する人の人生や生きることすら奪うとしたら介護とは何なのか?そこはむずかしい問題にしてもお前は愛を説いているのに愛がないではないかと責められる問題なのか?もっと信じられない苦労をして介護する人はどうなるのかとなる。介護が一年くらいだったならしかたなく耐えるほかないとなるがその期間が長くなると犠牲になることも多くなる。介護には確かに単に家族だから当然だとか愛をそそぐべきだとかだけではかたづけられないむずかしい問題がある。とにかく介護する人もリフレッシュする時間が絶対必要なことは確かなのだ。それまで奪う介護となるとこれは生きることすら奪われてしまうのだからそこまでする介護とは何なのだろうと疑問になって当然に思えるのだ。


2006年04月25日

蛙鳴く(不定愁訴?)


蛙鳴く昔の話尽きぬかな

なんか病気のことばかりかかわっているとこっちも病的になる。頭が痛いと騒ぎ医者に往診してもらった。ところが注射してもらいそのあと夜はぐっすり眠ったら直ったのだ。これは老人の不定愁訴だとか医者が言ったので「不定愁訴」で調べたら頭痛や腰痛などしきりに訴えるがそれは老人特有の「不定愁訴」で本当は頭痛も腰痛もたいしたことはないのだという。またこれは鬱病ともかかわっている。何か眠れない不安などがそうさせる。老人はほとんどの人が眠れずに精神安定剤とか睡眠薬を飲んでいるのだ。

認知症とかの治療には脳のリハビリとしてドリルとかやれというがやはり「回想法」というのが一番効果的である。相手が変わると同じ話でも変わったように展開することがあるしその人にとってははじめて聞く話にもなるからいいのだ。ただこの相手をしてくれるのはかなり親しい親身になってくれる人だからなかなかいないししてくれない。認知症は脳だけの病気ではない、体も病気になる。いろいろなところが痛んでくる。やはりどうしても前に痴呆症と言っていたようにバカになったと言われるから悲惨な病気なのである。それもなんでもできた社会的にも地位があった人や優秀な人でもなるから悲惨になる。あんなに頭のいい人がなんでも人よりやれる優れた人がなぜとなるのだ。

ともかく認知症の家族をかかえるといろいろあって疲れる。まだ軽度だとすると他の人をみると自分はずっと楽である。認知症になったらそもそも一人でめんどうみること自体無理な病気なのだ。認知症にはこの昔の話ができる人がかなり大事になる。そういう人がいないと孤立してしまうだろう。そしたら施設の方がいいとなる。認知症はすでに社会的に大きな問題になっているのだ。


2006年04月26日

春の日暮れる(老人に学ぶ−大正生まれは忍耐の時代)

阿武隈の飯野に生まれ語りたる尽きぬ苦労や春の日暮れぬ

川俣の隣が飯野でありここは山深い、川俣から福島市には一時間おきくらいにバスがでている。ここではまだバスが生活の足となっている。福島市に通勤している人も多いかもしれない、ここに生まれた人が私の家族と縁あってその人の夫が結核で肺を半分とる手術をして大変な苦労をした。看護婦だったので子供の世話までした。10年間くらい病院を行ったり来たりしていた。それで世話してくれるのだ。親戚といってもさほどの親戚ではなかったがめんどうみたことでその恩を忘れず来てくれる。他にも精神病を患った人を保健婦のときめんどうみたからそこでも良くしてくれるのである。近くでは兄弟でも病気になっても来ないとかある。人間はそういうものなのだろう。なかなか問題あるところにはきずらなくなる。

いづれにしろ大正生まれの人はみんな大変な苦労している。学校に行ってもオトノモリ、子供をおんぶして行って教室の外で授業を聞いていたとか小説読んで字を覚えたとかまともな教育すら受けていないのが多い。労働もきつく朝6時から9時まで機織り工場で子供を連れて働いたとか延々とその苦労を語りつづける。機織りは絹の産業が日本の中心産業だったからどこでも盛んだった。今でも山の中には二階が蚕をおく部屋となっている古い作りの家が残っている。下が馬小屋になっていたところもある。機織りは絹の産業には大正生まれの人は必ず関係しているのだ。そもそも母方の家も機織り工場を経営して破産したことが苦労の原因になったのだ。日本全国でこの絹の産業に関係していた。女工哀史もその一つである。この機織り、絹の生産は阿武隈の山の農家でも盛んだったのは蚕は山でも桑の葉を作ればやれるのだから盛んだったのだ。だから桑の葉はいたるところに作られていたのだ。自分の家の裏にも桑畑があった。それが今はほとんどなくなってしまったのだ。


日本の産業革命は紡績、製糸の軽工業を先頭にたててすすんだ。それに従事した80パ−セントが女子である。つまり日本の資本主義工業はまったく女性により発達させられたのである。これらの女工の大半は二十歳未満であり十四歳未満が10パ−セントもいた。(日本女性史−井上清)

これで母が言っていたことだがやはり朝六時ころから晩の6時頃まで働かせられた。そこで昼休みが30分しかなくその間に遊びたくて早食いした仲間が胃を悪くして死んだとか話したがそれが冗談かと思ったが長い労働時間がそうさせたことで納得する。その頃貧農が多く現金収入のために紡績、製糸工場が現金収入の道となっていたのだ。これは今の後進国や中国の貧しい労働者と同じである。子供も親のために働かせられているし安い賃金で中国の農民が世界に安い品物を輸出している。日本での輸出品は絹だったからそうなったのだ。こういうことを実感として知ることがむずかしい。血のにじみでるような体験を知ることはむずかしいからだ。歴史は権力闘争の歴史だけではなくこうした庶民の歴史を地の底からでてくるような大地に刻まれた庶民の歴史を知ることが大事なのである。そこに本当に生きた歴史が刻まれているからだ。

老人を知るということはこうした長い過去の歴史をじかに知ることなのだ。これは教科書で学ぶより生きた歴史なのである。これは認知症になった人でも昔のことはその日にちまで覚えていることがある。昔は今より生き生きとして語られるのだ。だから回想法は認知症の治療にいいのである。そして聞き出す方も過去の生きた歴史にふれるから教えられることになるから認知症の人とつきあっても何も益がないいやなことばかりだとはならない。大正生まれの人に学ぶことは忍耐力である。この時代の人は極貧を生きていた人が多数なのである。忍耐して生きる他ない人生を強いられたのである。その人生もいろいろであるが共通していえることはこの忍耐力には敬意がもつのである。

今の人は特に最近の信じられない少年のキレタ殺人事件は忍耐力がないからだ。この世の不満を言ったらきりがない、大正生まれの人の話を老人の話をもっと少年でも若い者でも聞くべきなのだ。大正生まれの老人は忍耐力では誰しも尊敬に値するものをもっていることになる。いろいろいやなことや不満なことやたりないことがあっても90年という歳月を耐えて生きてきたことに意味があるのだ。だから短絡的に自殺したりするのは間違っている。そういう人たちの苦労からすると全然苦労にもなっていないからだ。今の大正生まれの老人の価値は長く生きたというだけではない、苦労して忍耐して忍耐して生きてきたということにある。信長と秀吉は天才であり家康は天才ではないが長生きして忍耐して天下を治めることになった。結局時間のレ−スで敵対するものが勝手に脱落してしまったのだ。天才ではなくても長生きした結果、天下が家康のもとに転がりこんだのである。それは一重にひたすら忍耐して時を待った結果そうなったのである。ともかく90となると60からでもあと30年あるのだからやはりこの歳月はすごく長く感じられる。90まで認知症にならず正常なら明らかに勝ち組であり尊敬の対象になるような気がするのだ。ただ高齢化社会でも実際は90になる前にかなりの人が認知症とか病気になっており脱落しているのだ。

その人は今では家庭環境でも非常に恵まれている。不思議なのはログハウス作りの個人経営をして東京とかまでしょっちゅう行っている。地元でもログハウスなど高いから作らない、だから広い範囲で仕事の注文を受けている。だから車で遠くまで常に行っているので大変である。この仕事も金持ちのためのものであるから昔の仕事ととは違っている。一般的には今の大正生まれの人は極貧の生活から比べれば信じられないような豊かな生活をしていることに驚いているのだ。自分の父親も病気になり言ったことはさしみ食えるようなったら病気で食欲がなく食えないと言って死んでいったのである。その頃バナナも売っていなくて遠くからわざわざとりよせるのに大変な苦労したとかいつも言っている。だから大正生まれの人は過去の極貧の時代を知り現代の豊かさを知っているからいいのだ。その後は豊かさしか知らない時代となったから豊かさが当たり前だからありがたみもない、物を粗末にするとか忍耐力がなくキレル殺人とか多くなるのだ。

どんなことでも忍耐力なくして成し得る仕事はないのだ。凡人は忍耐力を養うことが大事である。才能もその上に花開くことがある。老人と学ぶことは単に財産を受け継ぐだけではない精神的なものを受け継ぐことである。それが忍耐力なのである。その生の重みはその忍耐力にありそれほど語らずとも老人の存在感がある所以なのだ。大正生まれの人にはそれが備わっていたし明治生まれの人にはそれ以上に威厳があるものがあった。その違いは何なのか?やはり時代が育んだものなのだろう。今度は団塊の世代が老人になるのだがこれは大正生まれのような存在感と尊敬は得られない、今でも団塊を邪魔者扱いしている若者が非常に多い。だからこれからは大正生まれの老人のような待遇を受けられない、やっかいものとしてお荷物として年金泥棒とかそんな冷たい目でしかみられないから老人の受難の時代になる。ただこの時代の人は遊び上手だから新しい老人文化を作り出すことはありうるかもしれない、団塊の世代が再びバンドを結成したりするのはやはりそういう感性は豊かだからである。それで新しい老人文化が興隆することになるかもしれない、つまり豊かな時代は文化の時代になる。食うことだけが優先された時代とは違っているからその点大正生まれの老人たちとはかなり違った老人文化が生まれるのである。

2006年04月27日

つばめ来る(パン食に変わる)

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つばめ来るパン食に変わる我が家かな

夕食の用意忙し夕つばめ


自分の家は病人をかかえて朝食がパンに変わってしまった。パンは10分で用意できるから便利である。このカップで牛乳を飲みパンを食べる。朝がパンだと気分まで変わるから不思議だ。でもパンだけでは腹ごたえがないので昼間におにぎり二つ食べている。やはり朝はしっかりご飯と味噌汁食った方が頭にもいいし体にもいいのだ。朝起きたとき脳はエネルギ−が空っぽになっているからブドウ糖を補給しないと頭が働かない、だからご飯なりをしっかり食べて脳に栄養を回さないとだめなのである。ただ便利さではどうしてもパン食である。パンの文化とご飯の文化はかなり違っている。食が文化の基本だとするとこの差は実際は大きいのだ。食の差が根本的なところまで影響して文化の差を作り出している。パンと牛乳やコ−ヒ−やワインとあうが米とは合わないのだ。

日本人はどうしても米を食わないと力がつかない、これは長年の遺伝子で作られてしまったから変えられないのである。夕食のオカズはほとんど買っている。料理はできないからどうにもならない、料理は簡単にはできない、これからは男も料理を学んでおく必要がある。いつ料理が必要になるかわからないからだ。この歳まで料理は起きればあったしすべてまかせていたから楽だった。今や食事を備えて出す方になってしまったのだ。これも考えてみればしかたないとなる。それほど自分は与えられるばかりだったからである。

2006年04月28日

春の朝(認知症の対処には広範囲な知識が必要)

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新しき花また見むやつばめ来る

swallows come
I will look at
new fresh flowers again


鳥の音の峰にひびくや朝桜

朝清し竹にそよげる春の風

大いなる岩に小さきスミレかな

老木の梅の香りぬ重ねたる歳の長さや一村古りぬ


今日は風もさほどなく雲もなく最高にいい日だった。近くを自転車で一周した。最近は早く帰らないとまずいので朝早くでている。それで朝の気分を味わったのである。朝早いことはいいことなのだ。ただ自分の場合、寝るのが12時過ぎなので朝が苦手なのである。今は夜型だから朝ぼんやりしている人が多いかもしれない、ただ食事の用意のために7時半頃起きている、なんだ7時半というが今までは8時だったのである。人間は朝は30分でも無理して起きるべきだった。自分はあまりにもなまけすぎた、これは意外と頭に良くないものだった。なぜなら定年後に会社にゆく緊張感とかがなくなり生活に張りがなくなりボケる人が多くなっている。グ−タラボケというのがあるというのは本当だと思う。なんらか人間には緊張感が必要なのである。自分の一生は無職の一生だからこうした緊張感に欠けていた。人間は金をもらわなくても仕事が全体に必要なのである。金にならないものは仕事ととして認めないこと自体おかしいのだ。だから仕事は金をもらってもかなりゆがんだものとしてある。つまらない社会にたいして役立たないものでも金になればそれが有効なものだとされるのである。資本主義社会は金にならないものは無益なものとされるのだ。出版なんかもそうである。これは元手がかかるから売れる見込みのないものは出さないし出版社も常に売れることを目的にして出すのである。そこから除外されたものは出せないのである。でも人間は誰でも何かを伝えたいものをもっているのだ。それは一文にならなくても見てもらいたい読んでもらいたいというものがありこうして無料でホ−ムペ−ジやプログで出しているのである。

神の義と国を求めよ・・・というときまず金になるかならないかではなく天職としての仕事を求めよ、仕事をしろということがある。その天職の仕事をしてれば自ずと金も与えられるということがある。それが理想でありコマシャ−リズムの出版関係はまず大衆に受けるものとか売れるものを出そうとする。そこで有名人が作り出されてきたのである。それらは出版社により売るために作られたのである。人間の天職は実際これは何なのかわかりにくい、自分自身だってわからないし若いときにそれがわかるということもなかなかない、オレの天職はこれだというものを見つけるのは大変である。それはもしかしたら一生かかるものかもしれん、天職とはもしかしたら自分で発見するものではなく与えられるものかもしれない、自分に災難としてふりかかった認知症の問題はこれは学問的にも広範囲なものがありこの対処方法は別に医者でなくてもやれることがあるので興味をもった。理系でなくてもやれる分野がかなりあることに気づいたのである。ガンとか他の様々な病気は体自体の問題だから理系ではない文系はかかわりにくい、しかしこの認知症は今ままで書いてきたように回想法とか「認知症 歴史 絵画療法」とかのキ-ワ-ドできている人がいるように歴史の勉強とか芸術の分野とも関係していたから自分も興味をもったのである。医学に歴史とか芸術は関係ないと思っていたからだ。しかし認知症の問題には実に広範囲な分野の知識とか経験とかが必要なことがわかり興味を持ったのである。

2006年04月29日

春逝く(認知症、ボケになる人ならない人?)

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その人に二度は逢わざる春は逝く


旅に明け暮れた私が一日も留守にできないというのは皮肉なのか?本サイトで書いたが旅で出会った人を思い出した。その人は遍路乞食の人と隅田川の川岸でテントで暮らしていたホ−ムレスだった。これは一回だけあって会えない人だった。この二人とは短い時間だったが結構話したのである。こんな人がこの世にはいるもんだと不思議だった。旅ではそういうことがあるのだ。今特に旅に行けないから思ったのである。

都会のホ−ムレスとホ−ムレス遍路はあまりに違っていた
http://www.musubu.jp/jijimondai27.htm#ho

認知症になぜなるの?どうしてなる人とならない人がいるのか?この原因は一様ではない、これが原因だというものはないところにボケのむずかしさがあるのだ。どうしても自分の家族は性格的にはなりにくいのになぜなったかわからない。ただ保健婦であるときは性格的に向いていたし回想法で話するのは保健婦と戦争で従軍看護婦していたときなのである。そのときは苦しくても印象に一番残っているから話しているのだろう。その後保健婦をやめて年金の事務に移ってからの話はしていない、その事務を何年かして役所をやめた。やめてからはなんか役割喪失でありたいして仕事もせず家事もあまりしないのでグ−タラボケだったのだろうか?それが85歳になりボケになった。公務員が一番ボケになりやすいといのは人間的に創造的なところがないからだという。教師もなりやすいのはこれらは一旦就職すると身分も保証され無能でも一旦試験を通れば退職まで大過なく勤める仕組みができているからである。それでボケ安いのかもしれない、家庭に障害者だとかできそこないの子供をもって迷惑をかけさせられている親はボケないという、それはたえず子供を心配してボケていられないからだというのも皮肉である。ボケを世話する人もボケないというのは自分が書いてきたようにどうしたらボケを進行させないか、あれやこれや努力せざるをえなくなるから頭も使うし体も使うからそうなるのである。ボケの原因は何もさせられない、役割も与えられない、家事すらもしない、楽隠居が一番ボケやすいというのは本当なのだろう。そういうことで性格的にはまったくなる要素がないのにボケになったのかというこじつけは成り立つがよくわからないのだ。

いづれにしろ団塊の世代が退職したらまた大量のボケ老人、認知症の患者がでる。これはとめられない、どうしても人口の一定比率ででてくるのがボケである。原因をいろいろ調べてもそれがすべて正確にあてはまるとは限らないし本当のところはわからないのがボケなのだ。回想法−作業療法(家事、庭いじり)−地域人間コミニケ−ション−この三つは効果的でありそれから自尊心の回復も行われたのでまだらボケに留まっている。家事をして一応主婦の役目を回復しているからだ。施設にはいると自尊心は奪われる。介護される病人を収容するのが施設であり家庭や地域や社会でもっていた役割は奪われるからだ。まだらボケは正常と異常のなかを行き来している。ただこの正常と異常の見極めがむずかしいことがある。正常な時の判断ができないことは確かである。理性とかが働かなくなっていて自己中心になってしまって他者を省みることがなくなる。嫌なことは嫌だとストレスをためないからかえって長生きするという人もいる。嫌な上司でも同僚でもお客さんでも正常な人はがまんしてつきあい自分を殺して仕事している。認知症になるとそれがなくなりまったく自己本位になってしまうのだ。このまだらボケは正常な部分がかなりあり社会生活にそれほど不適応とはならないのだ。だからこの状態を維持することが大事だというのは確かだろう。

人間の存在の意味は創造を発揮しろという神からのメッセ−ジがある。公務員や教師や事務員など創造性を発揮できない世界は将来ボケに通じているというのは頭の活性化が行われず脳が死んでゆく状態になっているからかもしれない、しかしこれも一様にあてはまるわけでもない、そもそも社会に創造性を発揮して生きられる仕事は少ない。決まりきった仕事が普通は多いのだからそういう人がみんなボケになるのかとなる。芸術家がボケにならないというが芸術を仕事にできる人は極端に少ないのだ。社会の中ではそれは微々たるものである。芸術はそもそも仕事にならないし金にならないのだ。仕事自体感性をそこなうものが多すぎる。感性があるとかえって仕事しにくいのだ。その人個人の感性を活かせる仕事は非常に少ないのだ。現実自分は芸術を追求しても一文の金にもならない、かえって金がかかるのである。それでも人間の人間たるゆえんは創造を追求するところにある。これは金にならなくてもやりたいのである。それ自体が面白いし生きがいになるからだ。それが文明一般の仕事に欠けているから長生きになってもボケて悲惨な最後を迎えるとなってしまう悲劇がある。文明は長寿社会に適応できる人間を作り出さないボケを作り出す非創造的なことが多すぎるからその結果として認知症を大量に生み出すとなるのか?長寿を実現してもそれに対する備えある社会ではないことがあったのか?医学で長寿が実現してもボケがふえては何の意味もないことになるのだ。ボケにならない、ボケがふえないような長寿社会にならない限り文明は幸福を人間にもたらさなかったのである。

新しい歌を主に向かって歌い、
喜びの声をあげて巧みに琴をかきならせ(詩篇−33−3)


新しい歌を歌わないものは滅びる、それは新しい音楽でもあり様々な分野で新しい事が起こることなのだ。人間の人間たるゆえんは創造にあるからだ。

2006年05月01日

夕蛙(アパ−ト暮らしに生活の匂いがない)

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争わぬ二輪草にスミレかな

夕蛙アパ−ト暮らし老母かな

アパ−トやつばめ飛び交い部屋にいず



アパ−トには人が住んでいる気配がない、日曜日辺りにちょっと人がいるのを見たのだがその他人が見えないという不思議である。確かに人は住んでいるのだが住んでいる生活が見えないのだ。洗濯物を干していたりするからわずかに人がいるのかとも思う。アパ−トは独り者とか若い夫婦でありここには子供がいないから余計生活の気配がしないのかもしれない、昔の長屋とかとは違う。人間的交流はゼロである。おそらく寝起きの場所であり暮らしの場ではないのだろう。何かもう少し暮らしの匂いがしてもいいはずだがそれがないのだ。隣から何か食事の用意して匂いがしたりしないのである。というのはおそらく外にいる時間が長くアパ−トには寝るくらいの場所になっているのかもしれない、なんとも不思議である。一万くらいの田舎のアパ−トなのだから都会のアパ−トとは違うのである。外にいる時間が長いことは確かなのだ。

とにかく二つの家を行ったり来たりする生活になるとは予想もつかなかった。その間に自分の家の墓の前を必ず通っているのだ。嫁と姑であれなんであれこの世の中望むのは争いのない世界である。人と人の争いは当人だけではなく回りも巻き込まれ苦しめられるのだ。つくづく人間に災難は多い、工場の事故で死に戦争の食料難、水害は二度、病気の難、交通事故死・・・そして思いもよらぬボケの難が我が家を襲い家庭は分裂したのである。

まあ、今はそれでもそれなりに落ち着いてはいる、だから夕蛙とかの俳句も作っているのである。俳句であれ短歌であれこうした家族が認知症になった日記はなかなか書けない、まだ軽いから書けているのだ。重度でも書いている人も結構いるが書くことは余裕がないとできないのだ。それでも最悪の状態が最初にきてプログで書いてきた。つくづく平和とは幸福とはなにも災難がない世界である。人間には思いもよらぬとんでもない災難が待ち受けている。今は災難のない、平穏な暮らしがあればいいと思う。それが幸福なのである。アフガニスタンで少女が一番望んだことは戦争のない世界である。それが一番の幸福になっていた。戦争は外部からではなく家庭でも内部からも起きてくるのである。

このグラフィックソフトはあまり利用していなかった。新しいパソコンになって利用した。漢字は絵だということがわかる。こうしてペイントソフトで遊んでいると絵が描けなくても抽象画ができるのだ。ソフトによって違ったものができる。効果というのがいろいろみな違っているからだ。パソコンはもはや欠かせない道具になっているのだ。

2006年05月02日

牡丹の芽(漢字は絵である)

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牡丹の芽競いふくらむ七八輪

しとしとと雨のささやき庭に散る白椿見つ事もなきかも


認知症の患者と一緒にいると何か騒動がもちあがる。なにもなければ平穏な幸福な日なのである。しとしととささやくような雨が降っていればいい、ただ平穏な日が幸せになるのだ。今はほぼそういう状態にあるから楽である。

やはりデジカメでとると見えない物まで写っていた。牡丹には注意していたがその他の花も写っていたのである。人間はある一点の注意力には優れているがその回りのもの全部を記憶することはできない、ある一点をクロ−ズアップするように脳は働くがその他は看過される。

春は張るからきている。万物が張るからハルになった。春という字からこれだけの創造ができる。漢字は一つ一つが絵だからそこから創作がありえる。漢字は無限の芸術的な素材なのである。これはパソコンのソフトにより新しく創出されたア−トであり絵の具ではできないのである。これは絵ができなくても簡単にできるから取り組みやすい、ただいろいろ試して遊んでいると偶然にできる。才能ではなく偶然の産物なのである。才能というのもこうした道具がないと花開かない、artが技術の意味のように技術によって新しい芸術が花開くのである。

2006年05月04日

春の夕(末期の眼−終末期をともに生きる)

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我が生きて街のにぎわい春の夕

身に浴びぬ5月の陽光血の湧きぬ

ともに生く年月短く春は逝くもののあわれの身にしみるかも


ボケになる認知症になる老人の問題もそうだが人生の終末期の人間の問題がでてくることなのだ。人生の総決算がでてくる。犬ですら老犬は認知症になるとプログに書いている人がいた。夜吠えつづけたり人間と同じような症状がでてくる。人間と同じく犬も死にたくないのだ。動物は死を恐れないというが嘘である。隣の犬死ぬ三日前に悲しい声で吠えつづけた。それは死にたくない死にたくないという断末魔の叫びだった。犬がボケ犬になるのは例えば仲間と一緒にいた犬が死ぬとボケになったという。これも長年連れ添った妻がなくなったとか身内のものが死んだとかが原因でボケになった老人が多いという。老人問題は人間の最後を迎えるときに起きてくる人間特有の最後のあがきなのである。

末期の眼でみる時、この世の物は全然違ったように見える。何気ないことが何か特別な意味を帯びてくる。もののあわれを深く感じる。なぜなら死ぬということはもはや人であれものであれもはや二度と合わないとか見ないことになるからだ。最後の見納めとなるからだ。青年時代にはこんなことを考えないが老年はみんなそうなる。例えば春の街のにぎわいのなかにあることなど当たり前のなのだがこんなふうにして街を歩くのもなくなる日が近いと感じた時どうだろうか?ガンであと一年とか宣告されたらどうだろうか、街をただ歩くだけでなんともいえぬ感慨を覚えるのだ。生きているということだけが何か貴重に思えてくる。だから老年の俳句でも短歌でも文学などは深い意味をおびたものとなる。死というものが身近になるから生というものが限りなく貴重ないとおしいものになるのだ。

老人を知るということはこの人はやがてまもなくこの世から去ってゆく、その終末の人生最後の時間をともにあるということなのだ。それが根本的に普通の人間関係と違っているのだ。認知症になると早く死んでくれとなるがやはり人生最後の時間をともにするということでは同じなのである。

五月になり太陽の光をいっぱいに浴びた。血がめぐりわきあがる、光は人間の体に影響し精神にも影響するのだ。光は健康の基であり光は薬より人間をいやし活力をもたらすのである。

2006年05月06日

老鶯(認知症の原因は環境の変化−役割喪失か?)

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行きなれし道に老鶯ないて暮る

田舎町つばめ迎える雀かな

山吹や河原に裸の子供かな



老婆の語るもの

君の側に黙って立っていた樹
それはただ立っていただけではなかった
風に嵐に雨に雪に耐えて立っていたのだ
その歳月は五〇年百年と長い
それゆえに重みがある
そこには刻まれている忍苦の歳月が
九〇度腰の曲がった老婆は醜いか
九〇年の忍耐の重みの故に曲がっている
それは家を自分を支えてきた
家を離れた時、その存在の重みを知った
ひしひしと痛々しいまで支えた重みを知った
そのように土台の石となった人が大勢いた
人柱のようになった人がいた
歴史は人の忍苦により作られている
その上に今の繁栄がある
歴史を作りしは人であり物ではない
人の汗と血の結晶なのである



認知症になる原因は何なのか?生活習慣病だと食生活とか体から影響してなる。高血圧とか糖尿病の人はなりやすいとなる。それだと別にその人の生き方とか趣味がどうの生きがいがどうのこうのとは関係ない、体が悪くすることに注意すればいいのである。一方その人の性格とか生き方とか家庭環境が影響するとなるとこれはいろいろな要素がからんでくるからむずかしいのである。ただ最近はずっと盗ったとか妄想も見なくなっておとなしくなった。忘れることは変わりないが問題行動を起こさないのである。まずいろんなところにサイフとか通帳など隠さないからこちらでもどこにあるかわかっているから安心なのである。何かないと言ったときすでに自分はあるところがわかっているしすぐそこにあるよといえるからである。本人もだから今は安心したのか騒がない、責める相手もいなくなったのでおとなしくなったのである。これは明らかに環境が影響してなったからとりまく環境を変えれば症状がおさまるということなのか?

五十代からなるアルツハイマ−とはここが根本的に違うという、五十代からのアルツハイマ−は環境とは関係ないから環境を良くしたり脳リハビリしても回復しないからだ。ここが老人の認知症と違うというのは本当なのだろう。五〇代からのアルツハイマ−は特殊性が強いが八〇代以上になるのは誰でもなりやすい、老化現象と一体となったものだから回復しやすいとなるのか、それにしてもなぜアルツハイマ−と症状がこれほどにているのも不思議である。環境が原因だとすれば嫁と姑の関係では姑が家でもの主導権を握られたから役割が喪失したことにより自信喪失なのだからその役割を回復してやると自信がつき認知症が良くなりうる。他に環境が認知症の治療にいいとなると例えばスリランカとかで村の一人が病気になると村の人全員が集まり病気の人を祈り励ましたりするのをテレビで見たことがある。ここでは医者とかがいない原始的な村だからである。それで無力なのだがみんなで集まり励ますことになる。認知症、ボケにはこういうことが効果的である。環境を良くすると回復しやすいとなる。

認知症の問題はやはり人間の役割喪失からきているのか?原始的な村の長老のような役割はもった時代からあまりにも遠いしそれよりこれまでは人間は長生きしなかったからこんな問題も起きなかったのである。定年退職してから二〇年もまた生きるとなるとこれは大変な時間を生きることになる。そのとき会社一筋とかで生きた人間でも退職すると役割が喪失する。地域でも長老とかの役割などゼロである。地域社会そのものがなくなっているからだ。だから退職するとそこからすでにボケる問題が深刻化してくるというのは本当なのだろう。社会的役割、家庭の役割喪失がボケになる大きな要素だとするとこれは高齢化社会では等しく起こる問題だから深刻なのである。退職したからといって一般的には趣味とかその他をはじめてもそれに没頭しうるのかとなると疑問だからである。むしろ社会でも家庭でも老人になってもなんらかの役割をもち続けることがボケないために必要だとなる。

ともかく老人にはそれだけ長く生きているのだからそれぞれに存在価値があるのだ。その存在価値は長い年月によって作られてきたのである。その存在価値を認める必要があるのだ。だから一人一人の老人の過去を知らないとそうした存在価値を認めることもできない、それをなしえるのは女性の場合は家庭だとなる。嫁は女と家であり家と一体化したのが女性であり家への思い入れが強いのである。つまり家の人柱になったのが女性の歴史だったのだ。それが悪いと呪縛霊になり家にとりついて離れないほど家に執着して生きてきたのが女性であり認知症になると家に執拗にこだわるのもそのためだとなる。嫁と姑は家をめぐっての争いであり男は社会的権力をめぐっての争いであるのがこの世の変わらぬ憎悪の世界を作り出してきたのである。

今日は立夏だとてるとやはり老鶯とか山吹とかが合う季節になったことは言える。老鶯は自分の俳号にしたから老鶯の句を作った。電線に雀がつばめを迎えるというのも我ながら面白いと思った。裸で子供河原で遊んでいたのも変わらない風景がまだ田舎にはあった。



2006年05月07日

延齢草(記憶力は強く意識しないとつかない)



90や小松の下に延齢草

九〇歳以上生きている人が百万人いるといってもそのうちの三割は認知症とか寝たきりとかまともではない、だから九〇歳まで生きて認知症、ボケにならない老人はそれだけで称賛に値する。やはり九〇歳まで生きるとなると容易ではないのだ。ボケになると悲惨である。これは軽度と重度ではかなり違っている。テレビに認知症の老女がでていたが口をモゴモゴしていたから一目で変だななとわかる。一目でおかしいなとわかるようになるとかなり重度に思える。そんな人がテレビにでていたことに驚いた。そんな姿普通さらしたくないからだ。目つきがおかしくなったり何かゆがんだ顔をしていたり一目で変だなとわかるようになると悲惨ではないか?

ただまだらボケは普通のときがあるのでわからないのだ。今ではかなり回復したので我が家の認知症はちょっと接しただけでわからなくなっている。今までのように同じように普通の人とつきあっている。一時断られたところも付き合いが回復した。まず普通の人とつきあえるということはほとんどどこが異常がわからなくなっているということでもある。だから別に地域でも家庭でも普通に暮らしていける。認知症の重度になるとあまりにも悲惨だからこのいい状態を維持して願わくばこんな状態で死を迎えれば最善だとなる。認知症の死は人間が壊れてゆくとかあまりにも悲惨すぎるからだ。実際に死より悪いとなってしまっている。家族からも見放される。家族でもどうにもならないからであり家族を責めるわけにもいかない、だから初期の段階で手をうち病状が進まないように最善を尽くすことが大事になる。そしてなんとかまだらボケの状態を維持するのがいいとなる。

記憶にしてもすべての記憶が失われるのではない、電話したことや比較的大事なことは覚えていたりするのだ。記憶というのは例えば会社にいたら何か約束したらその約束を守らなければならないとなればかなり意識するから忘れないはずである。なぜ退職したりすると脳がぼけてくるのか、脳の働きが悪くなっていくのか?それは実社会にいると違って記憶しようとする強い意識が働かなくなる。毎日が自由であり何もしなくていいとなると脳が働かなくなりやがて記憶障害まで起きてくる。グ−タラボケになってしまうのだ。外国人の相撲取りがなぜ日本語がうまいのかというと日本語ができないと相撲も覚えることができない、毎日強く意識して日本語を体で覚えるから記憶するから上達する。つまり強いモチベ−ションとか意識が働かないと記憶力もつかないのである。退職するとそれかなくなるから記憶する力が衰えて認知症にボケになりやすいのかもしれない、とにかくボケにならないためには意識して頭でも足でも働かせないとだめである。楽隠居はボケの最短道である。でもみんな退職して楽できるということしか考えていないのだ。これも退職して一〇年くらいで死ぬならいいが二〇年となるとその過程でボケになる率は高くなってくるのだ。これが怖いのである。

2006年05月08日

八重桜(医療ミスは日常茶飯事)


雨しとと行き慣れし道八重桜

●医療ミスは日常茶飯事

googleで医療事故、医療ミスと入れたら三〇〇万件以上あった。これだけ医療事故に関しては注目があるし関係している人が多いのだ。我が家族でも三人いて二人が医療事故にあっていたのだ。私の場合は子供のときの注射ミスでまたが大きな傷となって残ってしまったのだ。もう一人は盲腸の診断ミスであった。盲腸だとわからなかったのだ。それでリヤカ−で病院まで運ぶほかなく三〇分くらいかかり死にめにあった。そんな時代でありおそらく昔は医療事故になるまえに医療も受けられず死んでいた人が多いのである。医療事故は日常茶飯事にあるのだ。なんかわからないけど耳を洗浄してもらったらメニュエル病とかぐるぐる目眩する奇妙な症状も経験した。これも医療ミスだったのだろう。親戚では手術してガ−ゼが体のなかに残り膀胱からそのガ−ゼをとりだしたとか信じられない医療事故がありそうした信じられない極端なミスも医者の責任となることはほとんどないのだ。だからおわびの一言もないのである。医者から与えられる薬にしても医者はその薬に対しては副作用があっても薬に対しての責任はとらない、薬を作った方に問いとなる。医者は無責任体制ができている。そうしているのもあまりにも医療事故が多すぎるからそうしないと医療すらやれないということになる。あまりに医療事故が多いから責任なんかとっていたらやっていけないよというのが本音だとなる。そもそも田舎ではいい医者を選べといったて選べない、きわめて限られているから近くの医者に頼らざるをえないしそしたらかかる医者の悪口など文句などいえないのである。それが田舎の現実である。

●大腰筋痛と自分で診断

いい医者とは見立てがいいこと、何の病気か診断できる医者だという、盲腸だったのに盲腸とからなかったからひどいことになった。盲腸すら診断できないことがあるのだ。何の病気か診断できればあとはそれについての治療をすればいいとなる。私の場合インタ−ネットで自分の腰痛を診断したのである。太股が痛くなるので大腰筋腰痛だと自分で自分を診断した。自分で診断してもそれを確信したのだ。なぜなら図とかみて症状がぴったりだったからだ。図解でこんな筋肉があるのかというのも知らなかった。ギックリ腰とか骨の関係とかいろいろ不安だったが症状がそっくりだったので確信した。そしてこれの治療方法が間違っていた。風呂の中で筋肉の伸び縮みの訓練をしたりしたのがよくなかった。筋肉はそっとして休めることが必要だったのである。筋肉の痛みであり骨の痛みではなかったからだ。腰痛で十種類くらいあるからわかりにくいのだ。これは骨ではなく、大腰筋だとわかったときなんとなく安心した。素人でもなんとなくこういう病気だと診断できると安心するしその対処方法も明らかになるのだ。インタ−ネットは病気には詳しい、自分でもある程度判断できるものがあるのだ。

●認知症も自分で対処方法を見いだす

認知症にどうしたら対処していいのか?精神科に行けとかなるがこれもわからない、脳の中味をみてすぐわかるようなものならいいがそもそも認知症の原因が何なのか本当のところ誰もわからないのだ。薬もきかないとか施設に入ったらかえって悪くなるとか一番いいのは今までの環境を変えないことだとかなりそれを実行している。認知症の原因はわからないがその治療方法はそれなりに有効なものがある。それは今まで述べてきたことである。こうした治療は注射したり薬を与えるわけでもないから自宅でもできる。これも医者にも見せず自分流にやっているのだ。認知症とかボケはみれる医者は少ない、田舎では特にそうである。医者自体がその親をたいがい施設とか病院に入れているから直しにくいからだ。ともかく専門家に見せないと認定もされないからだめだとか言われても急なことでそれができないかったからなんとか自分なりに対処方法を考えて実行してきたのである。認知症の治療は行きなれた道の俳句を作ったが環境を変えないことが理想的である。その人の人生の継続が必要である。自分自身のアイデンティティがわからなくなり余計混乱してくる。人間も土地でも家でも見慣れたところでの継続した生活が安心感を与えるからだ。

(医療ミスの恐怖)

http://www.musubu.jp/jijimondai10.htm#miss




2006年05月09日

夕蛙 (貨幣の価値−石の貨幣のクイズ番組をみて

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意味ある古い記憶

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歴史の地層


安売りにみな集まるや夕蛙

百円で売るときはここのス−パ−にも人が集まる。他はここのス−パ−にはあまりこないのだが場所が便利なので今はここにきている。蛙は春の季語であり夏には使わない、でも今日は寒かったから夏の気分は全然なかった。

南極から北極まで自分の足で答えを探せ!世界一過酷な冒険クイズ(フジテレビ)を見て

その形、石のクオリティ、そしてもっとも重要なのは入手の困難さなのです。 道中で嵐に出くわした(よくあることなのですが)り、人命が失われたりなど、安全に持ちかえるために要した努力が大きければ、その苦労が価値を高めたのです。

http://www.mantaray.com/yap/yap_stonemoney_j.html

この番組は面白かった。石の貨幣が海に沈んでいるのをとりだすのに苦労して取り出し運べば貨幣の価値があがる。そこで酋長にどんなに苦労してその石の貨幣をとりだしたかを報告するのだ。この石の貨幣は切り出すのにも運ぶのは400キロも離れたところから運ぶのでありそれでこの石の貨幣を運ぶ途中に嵐にあい海に沈んだのである。その子孫が今でも所有者でありそれを番組を作る担当者に売ったのである。これで考えたことは今まで老人の苦労した昔の話を認知症の回想法で有効だと書いてきたがそれと通じるものがあった。

つまり金の価値はどこにるのかということである。ギャンブルで株で一夜で何億円何十億もうけた金と一生かかった汗水たらしてかせいだ金の値打ちが同じなのかとなる。もし老人が10億もっていれば確かに豪華な施設に入り世話されるかもしれないがそこではその家族が金であづけてかまわないということもある。金持ちだからといってその子供は金ばかりあてにするものもでてくる。一方さほど金を残さない老人でも苦労して生きてきた人生は尊いものになる。その人生の価値はそもそも金で計れないのだ。この老人は一文も残さないから価値がなかったとか言えないのである。どれだけ苦労して人生を生き乗り切ってきたかという物語に価値がでてくる。だからこの苦労の物語を報告してその価値が決められる、それは老人の価値もそうなるものでありその苦労した物語に価値があるのだ。

だから老人は必ず一番苦労したことを必ず何回も百回も語っている。戦争の苦労がそうである。私の家では最初店をはじめるとき資金がなくその資金5万ほど用意するのに借りられず大変な苦労をした。それを何度も言っているし私の親をガンになったとき大変な苦労して介護したことも何度もいやになるほど言っているしいかに苦労して生きてきたかを老人は必ず言っている。つまり老人の価値はそれぞれの長い人生を苦労して生きてきた物語に価値が生まれているのだ。それは作り話ではない現実の物語、血の出るような苦労した物語だから価値がでてきているのだ。あまりにもギャンブルでもうけた大金の話をしてもその話自体には価値は付与されない、老人になってそんな話を聞いても誰も価値を認めない、人生の価値は認められないのだ。認知症であれ老人にはそうした苦労の価値を認めることが大事である。認知症になっても回想法で昔の苦労話を聞きその人生に価値を認めてやることが大事になる。

2006年05月10日

タンポポ(ペイントグラフィックは使える)

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たんぽぽの空地見つけて増え咲きぬ

六号線ライダ−増えてつばめ増ゆ

親しむやツバメにスズメ夏の昼

三匹ほど蜂きてうれし夏の庭


どうも季語はいろいろありすぎてわからなくなる。春過ぎたら蛙や蜂やつばめが春の季語として使えなくなる。ツバメだけでは春の季語になるから夏になるとどうすればいいのかとなる。蜂だけだと春の季語になる。北の国、東北ではやっと蜂がでてきたのだ。今日庭に三匹ほど蜂が来たからうれしかった。これは春というより夏という感じなのだ。季語は日本のような暑い地域から寒い地域があると一カ月くらいずれるている。南中心の季語になっているのだ。

タンポポは空き地とか隙間を見つけてどこにでも咲き増えてゆく、明るさで満たしてゆく、社会は病める人が多い、しかしその病める人に対してタンポポのように明るさで満たしてゆく、認知症というのもなんとも酷いわからない病気だけどこれなんかも回りのサポ−トがあると回復しやすいものかもしれない、ガンなどや肉体的なものはこれは回りのサポ−トがあったとしても肉体の病気だから直りにくいが認知症とか精神の病は回りの人が親切に接してくれたりすると回復しやすいものかもしれない,この病気はそういう要素があり肉体をいやすだけでは直らないからだ。

ペイントグラフィックという2000円のソフトは使える、これだけ安くて使えるのはなかった。どういうわけか新しいパソコンになって使いはじめた。ソフトは高くても使えないのが多い、これは効果とか筆の種類も多く使いやすい。一万のソフトとさほど変わらなかった。パソコンのソフトもこれもわかりにくいものだったのだ。2万でワ−プロソフト買ったりしていた。ワ−プロやっていたからパソコンで文章を書くのワ−プロソフトが必要だと思っていたのだ。パソコンは前はわからないとソフトもそうだがいろいろなものがめんどうで高く損したのである。今はそういうのがなくなってきたから楽である。それでもどういうソフトがいいのかとかわからないし使いこなすことがむずかしいのだ。このペイントグラフィックは2000円では安いしこれだけは買って損はしない、まっぷっぷとか7000円の地図ソフト買ってもうまく使えないとかパソコンソフトの問題は使いこなせないのが問題なのだ。今まで描いてここにアップしたのはほとんどこのソフトであり絵が描けなくてもパソコンだと写真の加工だとか抽象画がは遊んでいじっているとできるのだ。効果とかいろいろ加工すると偶然にてきるのだ。このソフトは一番役に立った。

ここに使い方がよく説明されている

http://haruuo.exblog.jp/m2006-01-01/#2603127



2006年05月12日

老鶯(遊びで堕落した人間−高齢化社会はボケの大量生産?)

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タンポポや明るさふりまく神の手に

老夫婦畑仕事や白菖蒲

老鶯や昔の水車回るかな

老鶯の声の余韻や森深し

山路きて日影に咲けるシャガの花今日この道行く人なしも


水車が回っていた時代はのんびりしていた。今の騒々しい時代とはあまりに違っていた。生活そのものが自然にとけこんでいたのだ。そういう時代に老鶯があっていた。スロ−ライフの象徴が老鶯なのだ。

団塊の世代が退職するとスロ−ライフに社会が変わるかもしれん、高齢化社会はそうなりやすいからだ。しかし高齢化社会の落とし穴が認知症、ボケになることだったのだ。人間退職して暇ができてもそれでは今までやれなかったことを一からはじめることはむずかしい、たいがいそうした根気もなくなっているのだ。ただ今まで継続していたものはできるのだ。ところが会社をやめたら仕事もなくなるということが大問題なのである。人生の継続が断たれてしまうからだ。workとは仕事の意味だがこれには作品という意味がある。仕事とは一生かかって完成する作品のことである。これは芸術家の場合はこれにぴったりあてはまる。またworkには機械が正常に作動する意味がある。認知症、ボケになると脳が正常に作動しなくなるのだ。つまり人生を作品として完成させようと脳を作動させてゆく場合は認知症にかかりにくいとなるのか?そういう面が確かにある。

チンパジ−の実験で彼らにパズルを与えると大喜びしてそれを得ることを待ち、要求する。彼らにとってバズルを解くこと自体が楽しみなのである。しかしある時パズルを解くと食べ物を与えるようにするとチンパンジ−はしだいにパズルそれ自体を楽しむより食べ物を得るためにパズルするようになる。やがてパズルだけを与えて食べ物を与えなくなるとチンパンジ−はパズルへの興味をなくしてしまう。(あなたの隣の狂気−町沢静夫)

これは非常に示唆的である。このことは人間の根本的な問題として比較される。子供は何か金を得るためにとか名誉得るためにとかのために遊んでいるのではない、遊び自体が楽しいから遊ぶのである。大人になるとそうした子供のように純粋に遊ぶことがなくなる。勉強自体が大人は親は自分の欲のために子供を自慢したいために勉強させる。試験とか点数主義になるのもそのためである。純粋に学問への興味から勉強するのではなくなる。このチンパンジ−の実験は現代文明の人間が実際は進歩したようで堕落した一面を指摘している。遊びそのものを楽しむのではなく遊びさえが金を得るとか何か遊びを通じて別な利益を得るためのものとなる。学問とか仕事自体の興味からではなくそれが名誉になるとか金になるとか有名になるとか別な卑しい動機がそこにからんでくるからだ。文学なども文学自体の興味の追求ではなく賞をとることが目的になったりする。それを企画して売るのが現代のコマ−シャリズムの出版社なのである。彼らは大衆に売れるものを企画して宣伝して金のために働くのであり純粋に文学など追求していないのだ。

資本主義社会であれ現代の物質文明はこういうことが非常に多いのだ。それはいつの時代にもあったではないかとなるが古代ではそうではなかった。古代ではむしろ実用品でも壺でもなんでも装飾に非常にこっている。その装飾は実用だけを目的にすれば必要ないものだが人間の特性としてそうした無駄なもの遊び面白いものを無償で追求するのが人間が人間たる所以(ゆえん)なのである。江戸時代の職人気質でも自分の納得いくものをこって作っていた。それは必ずしも収入が増えるからではなかったのだ。そういう自分の技を認められたいということがあったのだ。だから職人の名前がついたものが江戸時代には多いのである。誰の櫛や飾りがいいとかその人の名前がプランド名になっていたのだ。

古代では踊りとか祭りとかすべて神への奉納するものであり資本主義社会の金のために売るためにするものではなかった。神聖な行事であった。そしてそういう踊りとか祭りとか装飾とか一見現代では実用的でない無駄なことに多くの時間が費やされていたしそれは遊びでもあった。遊びとは神聖な神遊びであり神と通じることが遊びだったのだ。現代の物質文明はこの無償の純粋な遊びをなくしてしまったのだ。何か対価を金を得られなければやらない、食べ物をもらわなければパズルをしないのである。パズル自体への興味を失ってしまっているのが多いのだ。これが認知症とかボケが増える要因になっているかもしれないのだ。なぜなら会社に勤めているうちはかなりの報酬がもらえる、だから社会でも家庭でも有能な人間として価値あるものとされる。しかし退職するとその仕事は失う、年金などをもらえるが仕事自体はなくなる。もともと仕事(作品)の追求が目的でないとすると会社をやめると同時に仕事を失うのである。そうすると脳もworkしなくなる、作動しなくなりボケに通じてゆくから怖いのである。


退職すると利益をうまないこと、金にならないことも追求できるがそういう純粋な遊びとかしてきていないからやる気にもならないのだ。利益、食べ物をもらうことのない仕事は仕事ではない、遊びは仕事ではないとなると簡単に自由に自分のやりたいことをやれと言っても遊べといっても今まで遊んでいないものは遊べないということがある。ここに高齢化社会の深刻なの問題があり社会での役割喪失とともにボケに通じてゆくという恐怖があるのだ。高齢化社会というのはかえって大家族や地域が濃密に交わる社会とかスロ−社会とかかえって昔の社会が高齢者にとっては適合しやいものだった。文明化により栄養が良く医療もいいので長寿社会になっても皮肉なことに現代文明はそれに適した環境を提供できないのだ。だから大量の認知症、ボケ老人を作り出すことにもなる。

動物と人間の相違(麻薬犬の訓練)−遊びの必要
http://www.musubu.sblo.jp/article/1128249.html


2006年05月13日

老鶯(福祉関係の給料はなぜ安い)

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老鶯や街中に啼く雨の日に

介護関係の仕事がなぜ給料が安いのか、これはトヨタのように自動車の生産とか輸出したりして国を富ませているが介護や医療は富の増加につながらない、むしろ富を減らすことになる。医療や福祉の問題は金だけで計れないむずかしさがある。介護にしても仕事を部分で分けて収入化することがむずかしい。物の生産ならできるが相手が人間だとなるとできないのだ。医療や福祉を経済利益至上主義でやることがあっていないな職なのだ。教育にもそういうものがある。物の生産にはこうした効率化とか徹底した合理化とか売るためのあくことなき努力は当然なのだが福祉では合わないのである。それでこれが公共的な支援とか寄付とかボランティアとかが必要となる。

それにしても認知症の重度の人を介護している人には頭が下がるし給料が安すぎることは確かである。そうした仕事をしている人の日記を毎日のように読んでわかった。自分も認知症とかかわってこれは大変だと身をもってわかったからだ。私は軽度だから本当の苦労はわからない、でもこの軽度でも苦しんでいるのだから重度の人をめんどうみている介護福祉士とかの給料が安すぎる不満を言うのは理解するようになった。認知症の重度の人を世話するのはダンテの地獄みたいなところで働くような気さえした。よほとタフで体力もないと勤まらない、だからやめる人も多いのだろう。それなのに給料が安いと嘆くことはもっともだと思ったのだ。

介護関係の職の給料が安いのはどうしても物の生産とか違い、利益をあげにくいからである。医療だって収入をあげようとすればかえって病気を直らないように薬を飲ませ続けた方がいいとか収益をあげるために植物人間にしている病院もあるとかいろいろ問題がでてくるのだ。今や介護は大きな社会問題である。一人で二人の親や老人が老人を介護することも普通になってくる。その負担はあまりにも大きすぎるから国でもなんとかしてくれとなる。介護によって普通の生活を奪われその人の人生、未来まで奪われるとなると介護が単に家族の愛でやれとかではすまなくなる。

2006年05月14日

老鶯の句のまとめ(楽隠居は現代ではボケに通じる)

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月山や老鶯鳴いて登山かな

老鶯や隠れて釣りの一人かな

老鶯や親子の釣り人日曜日

老鶯やあわれ田舎にいつくかな

老鶯に蛙の鳴くや田舎かな

老鶯やベンチ四つ空きてあり

老鶯心ゆくまでなお鳴きぬ

老鶯や孟宗竹の林中

牛啼いて老鶯鳴いて飯館村

昼寝して老鶯の声今日も聞く

老鶯や釣り人一人松の影

老鶯や四阿屋二つ川の岸

老鶯や隣の市に二里の道

老鶯やまた四阿屋のふえにけり

老鶯や旧家に残る書画の類

老鶯にかぼちゃの花や田舎道

老鶯や認知症も癒されむ


・・・・・蕪村が滞在した旧家・・・・・・・・

NHKの日曜美術館の蕪村の絵の紹介は興味深いものがあった。蕪村があんなに旅したことを知らなかった。茨城県の下館の庄屋のような中国の書画が置いてある農家に奇遇していた。蕪村がなぜ日本人に好かれるのかというと江戸時代のいい部分を芸術化したからである。そこに貧しくても自然と調和した日本人の生活が今になれば絵のように展開していたのだ。コンクリ-トジャングルとか全然違った本当に夢のような汚染されない世界があったのだ。その中に江戸時代の安定した豪農があってそこに養われる豊かさがあった。蕪村が比較的豊かな生活ができたのは絵のおかげである。俳句だけでは食うのにも困る。一茶がそれを証明している。

古庭や鶯鳴いて日もすがら 蕪村

蕪村があの農家で作った俳句だとわかるとなるほどなと思った。俳句とかはその場所と深い関係があり背景を読み取らないと鑑賞できないのである。あそこで日もすがら中国の水墨画を模写していたというから本当にそういう生活だったのだ。蕪村の句がなぜ平凡の中に味わい深いものとしたかというと江戸時代の貧しい生活そのものが今から見ると極めて日本人的な自然と密着した味あい深い生活だったからである。もしそうした生活そのものがないなら蕪村の句もなかったのである。その時代を写したものでありその生活がそのものが自然の四季の中に生きる日本人の姿が美になっていたのである。

老鶯や旧家に残る書画の類(自作)

東北より茨城でも江戸に近いところは豊かな農家があった。旧家が多かった。これが関西辺りになると平安時代頃からの旧家となるから東北にはない歴史の厚みがあるのだ。

http://www.musubu.jp/2004dairyhaiku415.htm

高齢化社会はスロ−ライフになるのだが蕪村は60歳くらいで死んでいるのだ。ここが江戸時代と現代の大きな違いなのだ。江戸時代で長生きする人は極めてすくないからこそ老人問題の深刻さはなかったのである。姥捨山伝説がほとんど嘘でありただ親孝行を奨励するために作られていたことでもわかる。60以上生きる人は本当にまれだからむしろ老人は尊ばれたのだ。現代こそ姥捨山の時代になっている。施設にあづけられる人は現代の姥捨山でもあるのだ。

楽隠居とかは江戸時代にはあてはまる現代ではあてはまらない、会社を退職して楽隠居する時間が長すぎるのだ。この長い時間を楽隠居していたらボケてしまう怖さがある。むしろ現役で使命感をもって生きることが大事になってくる。90歳でも現役で活躍するようなことが望まれている。これは主婦でも家庭での役割がなくなるとボケてくるから怖いのだ。ともかく高邁なものでもなくても役割を持ち生きることがボケを防ぐことになるのだ。

私は膨大な量をホ−ムペ−ジで書いてきた。今ホ−ムペ−ジの本サイトは中断している。これはそこからの転載であり老鶯の句をまとめた。

2006年05月15日

白き藤(空間は拡大化しても時間は体験できない)

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腰休め手押し車や白き藤

老いたれば生のひそけさ白き藤

街道の残れる松の影涼し老鶯なきて耳をすましぬ

老鶯の鳴き合い静か森の中奥に一軒家のひそけし

アパ−トに三カ月住みてあわれかななじむ近くに八重桜散る


家族に病人とか認知症とか介護する人をかかえると社会の見方が変わってくる。全然社会とかかわりなかった自分も他者とかかわらざるをえなくなる。介護とかは一人でできるものではないからだ。そこにせ他者のかかわり助けが必要になってくるからだ。だから介護は国とか公共的なもののサポ−トなくてはこれからできないというのも確かである。家族だけではよほど人手があるとか恵まれていないとできないからだ。

なんか老人と病気のことで苦しんだから手押し車を押している老人や介護のドラマとかが身近に感じるようになった。老人から見た地域とか社会はまた違ったものなのである。老人には身近なものが大事になる。家族とか近くで接する人や店などが大事になる。遠くはあまり関心がなくなる。私は国内旅行はほとんど全部回った。海外も行ったがこれはまだまだであったがこれから海外に行くことはむずかしくなった。自分の関心はこうして外へ外へと向いていた。しかし今や狭い範囲に向けざるをえなくなった。視野が狭くなるがどうにもならない。

それにしても家が二つあるような生活も奇妙である。アパ−トの近くの八重桜も散ったが何回もここを通るのでなじんだ道となった。三カ月くらい通うとそこもなじんだ場所になる。普通だったら無関心だが三カ月間毎日通うとそこが親しい場所となってゆく。これだけ狭い町内でも違った感覚生まれのも不思議である。現代の旅の欠点はその場所なじむ間が短すぎるから印象に残らないのだ。江戸時代の旅はスロ−だからいい俳句もできたのである。ものに自然になじむには人でもそうだが時間が必要なのである。時間の中で印象化記憶化されるのだ。空間と時間があるが空間の領域が世界大宇宙大にも拡大化したが時間は容易に拡大化できない、そこに何日も何カ月も留まることによって印象化されるものは空間を拡大化しても体験できない、それで旅行記には浅薄なものが多くなっている。旅が早すぎて印象化できないからだ。

一本の老木があるとするとそれは固定化されている。そこで体験されているのは時間なのである。雨風とか暑さ寒さとか時間の中で起こることを体験している。その時間の中で根をはり年輪を重ねてゆき重みをもってくる。遺跡なども時間の中で残った重みがでてくる。老人も時間の中で重みをもってくる。これは長い時間が必要であり空間を拡大しても備わらない、世界を旅行しても簡単には時間の中で備わってゆく知恵などは作れないのである。世界旅行してもなかなか外国を理解できないのは時間を体験できないからなのだ。歴史は長い時間のなかで作られてきたのだからその歴史を知るにはまた長い時間が必要だとなる。外国旅行してもその印象が浅薄になるのは時間を体験できないからなのだ。

2006年05月16日

新緑(抽象化絵画はパソコンソフトの新しい芸術分野)

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抽象画は全く現実と離れたものかというとそうでもない、広瀬川を抽象化したらこうにもなるし川を抽象化するといろいろバリエ−ションがある。これは具体的に風景とか人物とか全く絵が書けなくても描ける。この抽象化がパソコンのソフトは得意なのだ。だからこの抽象化のア−トの分野は新しい芸術の分野なのである。

2006年05月17日

白藤(文学はカルタシス?)

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細りゆく老いる身あわれ白き藤

裏通り猫の歩むや白き藤

我がなくば生きるもならじ悲しさや今日もよりそふ認知症の姉

幾歳を生きる身ならむ悲しさや白き藤咲き我によりそふ


NHKで認知症のことを良く報道している。今朝も若年認知症のことを報道していた。一見みるとあの人のどこが悪いのかわからない、でも自分の名前や計算できないのだからやっぱり同じ症状なのか?あれだけ普通にしゃべれるのにそういう子供でもできることができないことがこの病気の特徴なのだ。若年認知症と老人の認知症は症状はにているのだが違っている。若年認知症の方が質が悪いのか?ガンのように若いと進むのか、それよりも働き盛りになるから悲劇的なのだ。老人は死をまじかにして起こるから同じ症状でも違っている、脳リハビリすると回復するとかあり回りの人のあたたかい接触で回復するとかがある。若年認知症にはそれがないみたいだから悲劇的なのか?ちょっとテレビで見ただけではわからない面があるのだ。

老人の認知症は確かに悲劇的なのだがなんか喜劇的にもなる。これは高齢化で脳が老化しておこりやすいが若年認知症の原因は何なのか、正常な脳が老化ではなく突然機能障害を起こして脳が萎縮してゆく、だから悲劇的である。ただこのアルツハイマ−は病気なのだから薬も一部きいてきたとか将来的に直るものなのか、原因がわかればなおるものなのなのか?疑問なのはこういう認知症とかいう記憶障害の病気というものが過去に歴史的に存在したのかということである。これは現代になって突然生まれたものなのか?とすれば現代の環境の結果なのか?外部的要因、アルミニウム汚染の結果だとか何か現代文明が影響してなっているのか?老人の場合は脳の老化が関係しているからそこだけは原因がはっきりしている。若年認知症はそれがないとしたら何なのか不思議である。

これまで認知症をテ−マにずっと書いてきた。ここで俳句とか短歌として文学化できたのも比較的軽いし回復したから書けている。文学にはカルタシスになる。

カルタシス・・・浄化と約される。一般的に苦痛や悩みなど言葉を出して表現すると苦痛や悩みを解消できることをいう。精神分析の歴史において、その初期段階では抑圧されたり、差し控えたりしてきた感情を表出することの治療意義を強調した。

認知症の家族や介護で苦しむ人々の気持ちが多少わかり同情するようになった。妻や介護する家族が毎日泣いていたというのがわかった。自分も泣いていたからだ。それほど認知症とかは残酷な病気なのである。そもそも老化するということは血管が異常に浮きでたり体が弱ってゆくことだから悲惨である。ただそうした老人にもカルタシスとしての文学はなぐさめとなる。かえって深い見方が生まれる。

しかし認知症とかの重度になるとカルタシスとしての文学も成り立たなくなる。人間が壊れるとかあまりにもひどすぎるからだ。これが人間なのか?というショックであり見たくない接したくないと身内すら思うようになる。これはハンセンシ病よりひどい状態である。暴力、糞をぬる、食べる、ふりまく、これを家族で看護できるのか?人間ではない豚になっているではないか?こうなったら文学としてのカルタシスも成り立たなくなる。そこには嫌悪感しかなくなるのでは?

裏通りを猫が歩むのはあっている。その裏通りに白い藤が咲いている。毎日通うのはこの裏通りである。ここの通りに自分の家の墓があるのも因縁なのか?藤の花と猫はあっていたのだ。猫は忍び足でやってきて辺りを乱さないからだ。自分には猫の性質がある。猫は敏感に辺りの気配を察知する。社交嫌いでもあり人嫌いでもある。犬のようにうるさくじゃれつかない、冷静であり孤独なのだ。ただ自分の場合は非社交的なことが度をこしていた。これはニ−トの場合は引きこもりとなる性質だったのだ。表通りは店も魅力ないし道は車で占領されて狭いがこの裏通りは人通りも少なく自転車で行くのには落ち着いた道なことを発見したのである。こんな一万くらいの町に新たな魅力を発見したのも不思議である。

2006年05月18日

延齢草(ボケにならないだけで善幸)

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いくつもの芍薬の芽をなでるかな

石一つ人悩まさず延齢草

今日も行くこの道静か猫歩み墓所の前なる白き藤かな


九〇歳以上になり認知症、ボケにならない人は何か功績がなくても称賛に値すると書いた。ボケは人を悩ます、絶え間なく悩まし苦しめるのだ。人間は善幸をすることはない、罪を犯さないこと、悪いことをしないことが人に迷惑をかけないこと人に苦しみを与えないことが最大の善幸なのである。実際はそれが一番むずかしいのだ。自分自身でも善幸を積極的にやろうとして人に迷惑をかけ人を悩ましたのだから積極的に善幸しようとしてもできないのだ。それは他者に災いを与えるのだ。

石一つ人悩まさず延齢草

これこそまさに理想の姿である。90まで生きて認知症、ボケにならない人は大きな善幸を他者にほどこしている。一方認知症になりボケになった人は重度になれば早く死んでくれと言われてやっかいものとして死ぬことを回りから望まれるのだ。この差はあまりにも大きいから認知症、ボケにだけはなりたくないと思うようなるのは当然である。ボケと単なる耄碌は全然違ったものだったのである。

これから認知症、ボケ老人が250万人とかてるとこれは社会的負担が大きすぎる。介護者500万というのも空恐ろしい数である。少子化で90まで生きる時代になると一人っ子が多いから親と祖父母と4人を介護してめんどうみるとか大変な負担がかかることになる。これは次代のものに大変な負担をかけるし健全な社会の発展すら阻害される深刻な問題である。ボケになったら子供には迷惑かけないと言っているがだめである。施設に入れたとしてもその費用とか他者の世話になり大変な迷惑をかけて死んでゆくことになるのだ。

ではお前はボケにならないのか?というとこれは誰も保証できない、立派な宗教者、クリスチャンでも修道女でも学者でも画家もなっているから自分もなる可能性はあるのだ。誰もこれは保証はできない、原因が本当はわからないし体からきているとすると心臓病や脳卒中のようにボケにもなるからだ。ただボケにならないように祈り励むほかないのだ。その一つが無償で出しているホ−ムペ−ジと今のところはプログで創作活動をつづけることなのだ。

2006年05月19日

藤の花(ボケの予防には運動が一番)

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藤の花夕日のさして蝶とまる

いくつもの芍薬の芽をなでるかな




ボケになる原因は一様ではない、別に頭働かせていないからなるとかならないとか関係ないのが身体的影響からもなる。私の家族の場合は心臓病であり高血圧がつづき鬱病になっていたのだ。とすると鬱病+高血圧となるとこれは身体的影響からボケになったのであり趣味がどうのこうの脳を使わなかったからなったとかでもなくなる。一時大量の鼻血をだした、あれが頭だと血管が破れ脳溢血になっていた。こうしたことはボケになるリスクが極めて高いから身体的影響からなった。一方で頭を脳を使わないからなるというのはこうした身体的な影響と関係なくなるのだろうか?身体的影響から脳の血流が悪くなりなるのと日頃脳を使わないと血流が悪くなりボケになりやすいとなる。

ボケの予防策で一番いいのは運動することである。特に散歩がいいというのは確かである。脳の血流が促進されるからだ。自転車なんかもいい、かなりの量の運動をしていないと脳が働かなくなる。これは中高年になるとつとめて運動をしないと危険である。体からくるボケもかなりあるのだからこれは運動一番いい、その他、趣味とか学習とか簡単にできないからだ。運動は誰でもできる。一週間に一回でも一日くらい運動することがいい。車ではだめかもしれん、ただ車で遠くにゆきそこで歩いたり登山したり運動すればいいとなる。

その点私は自転車で運動はしている。晴れた日にはかなり遠くまで行くからこの時は脳の血流も良くなっている。ただ今日のような曇りとか雨の日は動かないからよくないのだ。困ったのは一日も留守にできないし遠くに行けなくなったことだ。これは運動不足をまねく、車社会はボケになりやすいかもしれない、日常的に運動をしないからだ。ただ車社会を今や否定できない、生活の範囲は拡大しすぎたのである。村とかの狭い範囲で生活していた時代とは違う、今回の我が家に起こった問題でも車がないからいろいろ困ってしまったのだ。これが山村地帯だったら買い物すら大変になりどうにもならなくなった。高齢化社会でも過疎地帯は老人は何かあったら近くに医者はいない、買い物は車がなかったらできない・・・・とお手上げになっていた。


いくつもの芍薬の芽をなでるかな

これは子供の頭をなでることを連想したのである。抽象画はとにかくソフトをあれこれいじって遊んでいてそこからこれは面白いと作るのである。意図して作るわけではない、ソフトをいじる遊ぶ過程で偶然にできるから絵の才能がなくても作れるのだ。

2006年05月20日

夏菊(認知症は関係障害?−母性本能は強烈なエゴか?)


千輪の夏菊ゆれて走りさる

民間宗教で死者とあわせることがある。死者を呼び死者に語らせる。三歳くらいで死んだ子供のことを80歳になってもこだわり忘れないということは男にはわからない母性本能の強さであり母親は子供のためならなんでもする耐えるとかいうのもそうである。その死んだ子供があの世で死んだ夫と歩いたり遊んでいたという、それで涙を流して聞いていた。その人はまた早く母親に死なれて大変な苦労したので母親がでてきて苦労かけたことをわびて体をさすってくれたという、こうした民間宗教をいちがいに悪いとか否定でなきい、これは宗教ではなく一つの心理療法とにているのだ。これによって悲しみがやわらげられたり死者と話ができるという死者がまだ生きているということになる。この死んだ子供のために地蔵を建てたという、地蔵はこうして死んだ子供を供養するものが多かったかもしれない、心理学と宗教は極めて共通したものがある。これは実際違ったものである。キリスト教でも仏教でも宗教の目指すものがあまりにも高すぎて実行できないものである。

一方多くの人が求めているものは非常にわかりやすいものである。病気を治してもらいたいとか商売繁盛とか具体的な利益になるものを求める。キリスト教にしても眼をなおす聖人とか胃腸病にきく聖人とかいろいろご利益をさずける聖人がいたりする。民間宗教的なものが宗教には常にあるのだ。これをいちがいに否定することはできない、それで多少なりとも心がいやされれば悪いことではない、ただこれが宗教団体になるとこうしたご利益を目指すものが創価などのように政治化して権力化してゆく、これはカトリックの歴史でもそうだった。これが組織的ではなく民間宗教的なものとして個人的な家族的なものとしてあればそれほど否定できないものである。ただ地獄に落ちるとか先祖霊がついているとか脅しになるとペテンになる。そして宗教は金をとることをしないのが理想である。本を出すとなるとそれは金がかかるから組織をもった団体しか出せないしそれにだまされることになるのだ。不治の病が治るとか本に出して信用させることも金があればできることになる。団体化することは権力化することだからよくないのだ。

母性本能は誰にでもありこれをやたら称賛することもできない、一面母性本能はエゴである。女性の強烈なエゴなのだ。これつきつめると自分の子供は自分の体とも一体であり自分のものだとなる。自分の所有物のようにしてしまうのだ。母性本能とか血縁からなる家族は自分の子供とかしか眼中にないから強烈なエゴである。だから宗教は本来そうした血縁とかを否定した別な人間関係を説いたのである。でも肉の結びつきを離れることを説いたのである。でもこれは否定しがたいしあまりにも目指すものがかけ離れているから結局民間宗教の延長として巨大宗教団体化しているのだ。認知症というのもその人生の最後に様々なエゴがむきだしになってきて起きてくるのではないか?認知症が関係障害だというのもそのためだろう。若年性の認知症と老人の認知症は違う、老人のボケは人生の総決算のように起きてくることなのだ。今まで隠れて抑えていたものが病気とともにむきだしになりそれが相手の暴力や暴言へと歯止めのきかないものとなる。だから単なる脳の欠陥とか身体の病気からだけではないものも大きく作用しているからその治療も心と関係しているから薬だけでは解決できないのである。

今のところ自分の家族は関係障害の原因を争う相手がいなくなったので盗ったという妄想もなくなりやけにおとなしくなってしまった。嫁と姑が争っているとする。姑が認知症になったらもう一度家の家事とか姑にやらせると認知症の問題行動がなくなるかもしれない、役割喪失とかからボケになるからである。

2006年05月21日

椿(磐城の浜)

tutubakii1.JPG


終日を海に向いて椿咲く

camellias bloom open
in front of the sea
all day long

白波のよする磐城の浜により石蕗(つわぶき)の葉と椿咲くかな


夢で俳句を作っていた。時々夢の中で俳句作ったりするのは昼間の延長が夢のなかまでで継続しているのだ。椿は南方系の花であり日本列島そいに青森辺りまで咲くようになった。終日海に向かって咲いているというのがにあっているのか?海石榴(つばき)に海をあてたのもそのためなのか?

柳田国男の「豆の葉と太陽」の中の
「椿は春の花」(昭和16年)の紹介

北の海岸線沿いに椿の群生がなぜあるのか
日本人が千何百年の間に海岸線を北上してゆくときに携えていった

象徴として椿にまつわる伝説
八百比丘尼(若狭の空印寺の洞穴にすむ)、
禁断の霊肉、人魚の肉を食べたため、八百歳まで生き、
杉やイチョウなどの木、特に椿の枝を全国に植えて回ったという
残された像は、花の帽子をかぶり、手に白玉椿の小枝を持っている
行く先々で神意をト(ぼく)した霊木
特に雪国では春を告げる木
『万葉集』にすでに、木に春という字が用いられている

八百比丘尼の宿り木は椿であるが、
その背景には熊野比丘尼たち、
廻国の霊能巫女(みこ)の姿が浮かぶ

海人族のもたらした
椿にまつわる聖樹信仰
海沿いに椿の群生を広げていったまれびと訪人伝説


つわぶきは秋に咲く、これも南方系であり日影を好むというのが特徴か、椿の北限は青森である。磐城はここより南で南国的になるのだ。あそこに熱帯魚が来ていてそれを千葉県から探しにきた人がいたのだ。毎年来るとか確かに小さな熱帯魚が岩礁にいたのだ。鹿島町は車輪梅の南限の地になっている。磐城はここよりまだかなりあたたかいし同じ浜通りでもあたたかい感じになる。