2006年01月15日

寒椿

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90や意識明瞭寒椿

九十歳意識明瞭万両の赤き実映えて新年祝う


80歳以上になると5人に一人が痴呆症、アルツハイマ-、認知症になる。このアルツハイマ-とはなにかまだよくわかっていないのだ。認知症という名付け方は良かった。何かを明瞭に認知できなくなる精神の病気である。今までの精神分裂病→統合失調症、鬱病とかあるがそれとにた面があるがやはり老人特有の脳の細胞が萎縮するとかわからないが老化がかかわっているとみるのが普通だろう。単に物忘れとか耄碌したボケたとか老人特有の老化ではなく脳の一部の細胞が破壊される病気らしい。鬱病は今どきかなりの人がなっているがこれは軽い方だろう。こうした精神の病になるのが80以上になると5人に一人とは割合が多いのである。ひどいのになると実の子供でも「あんただれ」とか見分けがつかなくなるから悲惨である。

80以上になって意識明瞭な人は勝ち組なのだ。認知症になる人はその人いくらその前に社会的に地位があり活躍した人でも無惨な結果になる。負け組になるのである。だから勝ち組、負け組というとき最後までわからないとなる。これも結局余りにも長生きする時代が生んだものである。今90以上の人はかなり戦争とか経験しているし苦労した人なのである。だから寒椿がにあっているのだ。90以上まで意識が明瞭であればそれだけで生前たいした功績がなくても立派だと思える。実際はその前に二、三割は認知症とか寝たきりとか何らか障害者になっている割合が多いからである。

2006年01月17日

旅の回想(金色堂の句)

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旅人に金色堂や秋の蝉

健やかに鳩群れ飛ぶや冬の空


蝉の句は回想して作ったものだけど平凡な句のようにもしかしたら同じ句があったような気さえする。秋の蝉では確かにあった。この句のポイントは常には私は旅人であったから金色堂に来てみたらすでに夏が過ぎて秋になっていたということだった。芭蕉が来たのが夏だからそれとも関係して秋の蝉というのがそれなりにみちのくの情緒を示している。山寺で聞いた蝉の声は夏だったことと関係して味わい深いものとなる。冬籠もりはまだつづく、最近健やかなことがどれほど価値あるものかわかった。精神であれ体であれ病気になれば健やかなことだけで価値あるのだ。アフガニスタンの少女が何がほしいと言ったら戦争のない世界だというのはわかる。病気であるかぎりそこに平和と安寧はないのだ。平和というとき実際はいろいろな平和のレベルがあるのだ。戦争がなくても平和でありえないことはいくらでもある。ただ戦争は最悪だからそれよりはまじだとなるのだ。


素材の著作権は岩手県に帰属します。
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岩手県で金色堂のイラストは提供している。個人では使用していいのである。
加工もいいが二次配布は禁止している。パソコンはソフトをいじっていると偶然に絵ができることがあるのだ。絵が全然描けなくてもソフトの作用でできてしまうのである。パソコンは新しい芸術も作ったのである。

2006年01月19日

朔風

朔風になお木のしなり耐えるかな

朔風に耐える老木倒れざれ


人生というのは認知症を身近に見て過酷だと思ったし痴呆症のために家庭崩壊とかもある。認知症というのはこれは業病である。人間というものを失う深刻さがある。ボケとか耄碌とは余りに違いすぎる。本来持っていた人間的な情感を失う、人間ならざるものとなる。息子に娘に向かって「あなただれ」というときこれはすでに親と子の情が通わなくなっている。そして病気だからしょうがないといえばそれまでだが肉親であり家族であったものがまったく家族的情感も通じなくなる。死より悪いものがこの世には結構あるのだ。この認知症とか精神疾患はそれにあてはまる。死んでほっとするとなってしまう。体の病気でもガンであれいろいろ悲惨なものがあるが精神の病はこれは手に負えない、狂気によって人間的情が失われるのが最も深刻なのだ。

家族として長年暮らしていたものが全然人間の情が通じないような世界に入ってしまうのだ。ただここに人間の大きな業みたいなものがでてくる。老人特有の精神の病気として起こる一面がある。過去の長い人生体験がそこに反映されてくる。リア王の狂気というのもその類であろう。病気であれおさえられたものが噴出してくるものもあるのだ。日頃思っていることが何の遠慮もなく現れてくる。嫁が口汚くののしられるのもまさに日頃思っていた姑の思いが露骨に現れるのである。認知症で死ぬ人は最悪の死に方かもしれん、病気でも苦しくても最後まで人間的感情が残っていれば人間として死んでゆくが認知症は人間として死んでゆくように思えないのだ。だから死より悪いとなってしまうのである。

ただこういう悲惨ななかにも一体家族とは何なのかという単純なものの意味が発見される。家族は同級生とか二三年で終るものではなく人生の大半を暮らすところなのだ。そして家族も終るときくる。つまり老年になると家族が終るということを知る。その時認知症になる人が80歳以上では5人に一人いるとなるとしたら深刻なのである。認知症何かその家々とか人とかによって違う、その対処の仕方も家族が違うから違ってくるのだ。そこは普通の病気とは違う老年特有の問題として現れたのだ。不思議なことは家族は空気のような存在だからその貴重な存在の意義を感じないのである。家族も終わるときがくるし別れるときがくる。そこに家族の貴重な価値が生まれる。価値はどこで見直されるかわからないのが人生である。

今日はまた一日北風が唸って家を揺すっている。

2006年01月22日

南相馬市誕生


また一つ店の閉じたり冬の暮

万両に雀の群れて新市かな

用なるは墓参りのみの白髪かな


南相馬市が誕生して選挙が市長選がはじまっている。鹿島町(鹿島区)の通りの食料品と雑貨店、ビデオ店併用の小さな店のシャッタ-が閉ざされた。前にも一軒小さなス-パ-が閉じた。三つも大きなス-パ-があるからやっていけないのだ。今のところ全く認知症のことで何も手がまわらない、これはとんでもない病気なのだ。人間を崩壊させてゆく恐ろしい病気である。単なる老人のボケとは違う、精神病特有の疾患、せん妄とか強度の幻覚とかが入ってくるしだんだん金の計算やらさまざまなことが一人でできなくなる。人間が崩壊してゆく恐るべきものである。これはガンなども体をむしばむものだから恐ろしいことを父親がなったので知っている。しかし体の病気ではまだ人間は人間としての意識を持っている。手厚く看病すれば感謝したりうれしく思ったりそうした病気でも普通の人間的感情をもっているのだ。

認知症など感謝するとかもない、一方的に怒鳴られたり暴れられたりわけもわからずされる。ものすごく扱いにくい患者である。介護で虐待のことが問題になったが経験すると日々虐待されているのは看護する方なのである。毎日のように物をとったとか遠慮もなくあけすけにののしるし歯止めがないから暴力もふるうのである。これに耐えられず介護する専門の人の殺人まであった。多くの若い人がやめてゆくのもわかる。こんな病気があるとは信じられられなかった。介護する方が寿命が縮まり早く死んだものもいたというのもわかる。ノイロ-ゼになり介護する方が安静薬を飲んでいる。

ともかく南相馬市になっても7、8万だから福祉関係のサ-ビスは悪い、認知症の相談する場もないかもしれない、この辺ではグル-プホ-ムなどもない、こういう点小さい市は損なことがわかる。ただ地域が助け合う世界があると助かるだろう。人間墓参りだけが用となってしまった白髪がある。白髪にはいろいろも白髪があるのだ。賢者の白髪とか経験の智恵をもった老人の白髪とか老人もまたいろいろなのである。老人でも社会であれ何であれ用あることが何かにたいして価値あることが必要なのだ。この用とは無用の用とかもあるし用とか価値は簡単に決められない、わかったことは誰かが苦しんでいるとき助ける人が用なる人である。認知症自体の介護自体意味なくてもそれで苦しんでいる人には意味あるのだ。家族で背負いきれないものだからだ。それを助ける人は価値ある人となるのである。一方ただ墓参りするだけならなんの助けともならない価値ないものとなるのである。用とか価値とか対人関係的で決まる場合がある。ある人が必要とするものを提供する人は価値がある、用なる人ともなるからだ。なんか自分のプログも認知症のプログに変化してしまった。プログは日記にもなるからどうにもならない、本人が今一番関心あるものを書くのはしかたないことである。

2006年01月24日

枯木一本が標し(認知症には近隣が大事)

枯木一本標しとあれな変わらずに

近隣の人の助けや冬の鳥


最近認知症のことで頭いっぱいであるから俳句までそれに関連してしまっている。枯木一本が標しというとき認知症の人にとっては身近な世界、なれ親しんだ世界が大事になる。そういう場所では一人で生活している人もいるのだ。近隣の人が助けてくれればできるのである。一本の枯木でも十分助けとなるのだ。そうした近隣の人の助けをみつけたときこれは助けられたと思った。近隣がこれほど価値あるものとは思わなかった。今の世界、経済でも遠くへ遠くへと車社会でなっている。近隣に通りに店などなくなっている。その結果、街でも近隣のつながりがなくなる。高齢者は近隣が大事であるが認知症の人にとってはさらに大事である。

現代の社会は認知症の人にとっては生きにくい世界だとなる。こうした障害者を施設とかに隔離して社会のなかで受け入れないからだ。そうした地域社会を破壊してしまったからだ。そのしっぺ返しがくる。やはり確かに発展した社会であったがその歪みがしっぺ返しがこれから高齢化社会にくるから怖い、70歳で一割80歳で2割となると必ず身近に認知症の人をかかえることになるのだ。それは施設とかで負いきれなくなる。やはりこの社会の発展はかなり人間社会としてはゆがんだものだった。便利さと欲の追及で人間そのものが見捨てられるという逆転した社会となってしまっていたのである。この認知症問題は余りに大きな問題でありこれは人類的問題になる。2040年には8千万人が認知症になるというからそら恐ろしい現実なのである。

2006年01月26日

朔風(認知症の家)


朔風や認知症かかえし家一軒

田舎町では認知症に関して理解もないし何の助けもなかった。金出して避難所の室を確保しようとしても小さい町では部屋さえ確保できない、今や近隣の助け合いなどはほとんど期待できない、そういう社会にしたのだからやむをえない、金でなんとかしようにも田舎ではそうした物権とかサ-ビスすらないのだ。認知症の人を一日でも預かってもらえるデイサ-ビスとかもない、回りにそうした支援体制が全くないのだ。そこで仙台を調べたらグル-プホ-ムとかいろいろあった。専門の研究機関もあった。山元町にグル-プホ-ムがあった。ここだとかなり近い、仙台くらいでないと相談も受けられない、認知症は田舎の地方町ではお手があげである。近隣の助けなど全く期待できない、ただ昔からのなじみのところが一軒くらいは付き合ってくれるかもしれないが他はむずかしいのだ。

認知症で苦しんでいる人々は助け合うことができるがまだ地方ではその認識度合いが低すぎる。単なる老人のボケのようにみているのだ。この認知症は家庭崩壊さえまねくとんでもない大変な病気である。人間が壊滅するような恐るべきものだった。なんか腰痛は大腰筋が痛み直っていない、立つ時とかがかなりいたむ。なんか憑依霊が腰につくとかまんざら本当かなとも思うほど苦しい状態になってしまった。認知症なるくらいなら絶対に早く死んだ方がいいと心の底から思った。意識が正常であれば不治の病でも人間として生きることができるのだ。ここにはもはや人間そのものが奪われてしまうほどの恐るべき病だと思った。これを見たら他の苦労などたいしたことがない、美人でないから自殺したとか馬鹿らしくなる。病気でもない、意識が正常であとはどんな貧乏でも食えれば人間はいい、認知症はそれすらないという現実があるからだ。つまり人間そのものが奪われてしまう恐るべき病気なのだから・・・・

2006年01月27日

寒雀(自然は天国、認知症は地獄)


寒雀三羽よりそい朝日かな

寒雀三羽なごやか家なしも


認知症は家庭崩壊になる、すでに我が家ではなっている、昨夜は幻覚症状、せん妄がでて誰がいたんだ、誰がいたんだと問い詰められて眠ることもできなくなる。狂気の人間相手だから説得もむだである。ただただ自分の言い分を狂気的に通そうとする。狂気の人間との会話はなりたたない、自分の言い分が通らなければ暴れる、だから縛りつけるほかなくなっている。こんな地獄があるとは信じられない、家庭は崩壊し精神病棟になる。ヨブの試練とかたいそうに言うけど財産を失うことなど誰でもあるし自身が病気になることも誰にでもある。しかしこの認知症の狂気よりはましだと思った。これを家庭にかかえこんだらそこは地獄である。ダンテの地獄に住むことになる。認知症は地獄の人間になっている。

しかしこの地獄の人間は一面人間の真実示している。まず肉親でも人間を信じなくなる。考えてみれば肉親の絆といえそれほど強固なものとはいえない、親を財産目当てにしかみなくなっているものも当たり前だしそうなると娘や息子でも信じられないとなるから金に固執するのである。いづれにしろこの地獄の住人の対話は何なのか?そこから見えてくる人間の真実はそら恐ろしいものであった。そしてこの認知症よりは自然はいかに平和か、それはまさに天国だった。単に雀が三羽よりそい朝日を昇るのを家の屋根から昇るのを見ている姿はなんと平和なことか?認知症と接して人生観、世界観まで変わってしまった。それほどのこの病気は凄まじいものなのだ。家庭自体今や地獄であり家庭など必要ではない、家は雨露をしのぐ場所としてのハウスであり必要だが家族は必要ない、家族のなれのはてみんな同じである。最後に認知症の地獄の住人となって家庭での暮しは終る。


2006年01月28日

冬の暮(認知症の原因)

冬の暮認知症看護や石二つ

今日も耐ゆ小松一本冬の暮

今したことを忘れる認知症

認知症の深刻さは今やっていることをすぐに忘れてしまう。だから絶えず探し物をしている。そして見つからないと近くにいるものが盗んだとなり責められる。それが毎日延々とつづくのだから神経的にまいってしまうのである。それが異常なほど執拗でありそれとつきあっていたらノイロ-ゼになってしまう。一日中一緒に探し物をしていなければならなくなる。遠い過去のことは覚えている。今のことはすぐ忘れてしまうのだ。忘れるから不安になり探し物をしてしいるのだ。そして疑い深くなるから通帳とか金とかを離さず持って歩く,ところがそれがなくなるとまた身近にいるものを責める、自分で管理できればいいのだができないのに大事なものを持って歩いたり管理しようとするから困るのだ。事実上金の出し入れもできないのにしようとしている。本当は金でも全部まかせるべきなのだが後見人にならないとそれができないしめんどうなのである。認知症になっても当人がわからなくても金はなかなか親族のものにも委託されないのである。認知症の看護には正常な意識のものが二人くらい必要なほど大変な病気なのである。石二つというのはそういう意味である。

認知症の原因?

そもそもこの認知症の原因は何なのか?精神病とにているからその一種なのか?それもあるがそれだけないのはこれはどこの家庭でも誰でも70歳以上で一割とか80歳以上で2割とかかかる割合が多いから確実に老化現象とともにかかりやすいものなのだ。老化現象と深く関係していることは間違いない、老化現象の極端化されたものが狂いとなってしまった。老化というとボケとか耄碌とかあるがこれとは全然違ったものが認知症である。人間のもっている妄執、妄念とか独占欲とか憎悪とか不信とかそうした悪徳が狂気となって行動となってわらわれてくる。これはだからまさにダンテの地獄に落とされた世界である。そこでは心の思いがはばかることなくはきだされつかみあい殺し合いまでしている。そこはだから身の毛のよだつような人間の地獄世界となっているのだ。認知症が何か高血圧とか心臓病とか体から来ることは確かだろう。しかし人間が生きてきた心の問題として起きている面がある。これはだから家庭と深く結びついて起こる。例えば嫁と姑の関係がそうである。姑は家庭に嫁が入ってくることは絶対に許せないものなのだ。嫁と姑となった時点で不倶戴天の敵と化す、それは最期まで終ることがない、そして最悪が認知症となりすさまじい鬼と化してその家の呪いとなり嫁を攻撃してくるのだ。家自体かそうした呪いをもったものであり先祖大事にしないから先祖霊にたたられたとかいって仏様の罰当たるとか言うひとがいるが全く逆なのである。先祖をもった家自体全部呪われているのだ。家を家庭を維持しようとすることこそ呪われているのだ。だから呪われた家だからこそ認知症になる人はどこの家とかではなく誰かとはでなくみんなに起きてくる問題なのである。その原因の根源は人間の本源的な営みの家族にあったのだから不可避的にみんな平等に起こる病気なのである。

2006年01月29日

白鳥(認知症と地域)


白鳥に餌をやるかな近隣に見離され悲し認知症の人

認知症になると回りから嫌われる。そもそも認知症は家庭に存在させること自体とんでなく大変なことなのだ。付き切りでめんどうみるようになってしまう。なぜなら今したこと今言ったことを忘れてゆく、だから何か一貫してやることができなくなっている。自分が自分でやろうとするのだができなくなっている。それがいらいらとなり身近なものに当たるのである。それが普通でない、異常な行動となり当たってくるから耐えられなくなる。だから認知症とつきあうのはものすごく疲れるのだ。神経が消耗ししてしまう。

らい病というのも世間から隔離されたがこれは確かにひどいものだったが認知症はもっとひどい、なぜなら記憶とか意識が失われるのだから人間として成すべきことができなくなってしまうのだ。らい病患者は隔離されても畑を作ったりいろいろな作業もやっていたのである。認知症は日常のささいなことすらできなくなる。でも今は洗濯でもその他家事でもまだできる。何かできるということが認知症にとっては大事である。ああ、まだこんなことできるのだなと当たり前にやっていたことを感心しているのだ。ともかく社会の絆がたたれることは辛いことだろう。幼なじみとして80までつきあっていた人からもつきあいを断られたりすると悲しくなる。ただ保健婦とかやっていて精神病の人を世話していたのでそこでは受け入れるというのもわかる。らい病は確かに血縁から忌避されて血縁関係が絶たれたこともわかる。でも彼らは意識が正常であり意識は正常なものとして生活できたのである。だから隔離も容易だしその人たちだけで生活できたのである。ところが認知症の人は認知症の人だけでは絶対に生活できない、かなりの補佐人が必要となるしそれはものすごく大変な仕事になるのだ。

つまりこの病気は精神病とかそうしたものに理解あるものしか受け入れられないものなのだろう。だから社会からの絆が切られたり隔離されたりする。グル-プホ-ムを作るのにも近隣からいやがられ反対されるのだ。ところがこの病気は社会自体がそうして忌避するだけで隔離してすむものかというと数が多くなるとそうはいかない、施設でも収容しきれないし家族や地域でかかえこまざるをえなくなる。確かにそれは不可能なくらい大変なことである。でもこの病気自体は他人に大きな危害を加えることはない、暴力的なことは外部にはない、家庭では幻覚で苦しみ多少暴力的になるが危険な状態にはなかなかならない、歯止めがまだきく、認知症はまだ謎の病気であり全体が狂気に犯されるのとも違う、正常な感覚の部分がかなりあるのだ。だからその時は普通の人間同じようにつきあえるし外部の人でも一見わからないようにつきあえるのである。

2006年01月31日

冬の雨(認知症の対処方法)

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認知症の家にたずぬる人へりて冬の雨ぬる庭の石かな

認知症になるとこれまでつきあっていた人が遠ざかる、やはりなんか気味悪いとかなるしこの病気がよくわからないからだ。ただこれまでつきあっていた人は認知症の人にとって精神を安定させるのに大事なのだ。「回想法」という治療方法かある。これは昔のことは良く覚えているから昔のことを話すると機嫌良くなるのである。でもどうしてもそうした昔の人間関係が地域で絶たれることが多くなるからその精神的影響も大きくなる。人によっていろいろ治療方法があるらしいが「作業療法」というのはきくみたいだ。この病気に対処する一番のコツはなんとか精神を安定させることなのだ。だから「回想法」とか音楽療法とか絵画療法とかがあるのだろう。ただこれは人によって違うからむずかしいのだ。人とつきあうことが好きだった人はやはり人と話することがいいのである。それが絶たれると精神が不安定になる。ただ認知症なるとつきあう人がかなりへってしまうのはどうにもならない、でも家庭内でのようなひどいことが外部ではまだないみたいだから受け入れられているところがまだある。昔の話は通じてそれで会話が成り立っているのだ。

◆真心を込めたアイコンタクトをする

かがんだり、座ったりして、認知症の人の目を直接見つめる。信頼を築く。

◆言ったことを繰り返す(リフレージング)

認知症の人は、相手が自分の言うことを繰り返して確認すると安心する。
声の大きさや抑揚も出来るだけ同じようにする。


相手を落ち着かせることが大事なのだ。催眠術的なものも必要なのかもしれない、真心が必要だというのは相手の心に対応に敏感に反応するからだ。こうした病気の人にはやさしい人が向いているのかもしれない、険しい表情の人やきつい眼の人や落ち着かない人や・・・・性格的に向き不向きがあるのかもしれない、ただこれもいちがいにはいえない、女性には女性がいいみたいだ。男性についてはわからない、男性は暴力的な人がでてくるから男性でないと対応できない、まあ、なんかしらないけどどうしても精神科医のような努力が必要になってきている。これはまた宗教とも関係している。なぜなら心が関係した問題だからだ。肉体が病んでいるのではなく心が病んでいるからである。

いづれにしろこれは父親が癌で死んだ次に驚いた病気である。精神が病む、正常な意識を失うことほど恐ろしいものはないと思った。いろいろ災難があってもこれほど人間にとって恐ろしい病気はない、正常な意識があればどんな状態であれ人間的なものとして接することができるがこの病気はそうした人間的なものを失い、人間的なもの失い死んでゆくような病気だからだ。ただ人間的感情は最後まで残るとかありやはり人間とは最後まで人間的感情は残るものらしい。それが救いとなるがなかなかこの病気はまだわからない謎である。























2006年02月03日

風花(認知症の世話の限界点

窓の外に風花舞いて朝静か認知症なき家の安らぎ

認知症をかかえこんだ家族は悲劇である。これまでいろいろ認知症でもなんとか心を通じ合わせようと暴力は一切ふるわないしやさしく接してきたがそれも限界点に達してしまった。自分のような家ではこの認知症の人をかかえこむことができない、これは大家族だったらなんとかおさえこもめる。認知症でも回りでおさえこめるのだ。それが一対一とかになるともろにその攻撃を受けるから耐えられる無くなるのだ。だから認知症はなんらか外部の力をとりこんだり外部的強制力が必要なのである。家族だけでかかえんこんで解決はできない、特に核家族とかしている現代ではむずかしいのだ。ただこれも家庭家庭によって事情が違うからいちがいにはいえない、はっきりいって自分の懸命の対応も限界点に達してしまったのだ。

この認知症対策の一番大事なことは世話する家族を休ませることが大事なのである。家族はノイロ-ゼになり睡眠薬飲んだりしてやっとしのいでいる。一日だけ留守にしただけで家が天国のように思えた。普通の日常感覚の生活がこれほど平和なのかと思えてしまうのが認知症をかかえた家族なのである。しかしまた悪夢やってくる。たった一日でまた帰ってくるのだからまた地獄へ逆もどりであるが自分はなんらか限界点に達してしまったのだ。

2006年02月04日

氷柱(認知症の最大問題)

認知症部屋に閉ざされ氷柱かな

アパ-トに老人一人冬の月

郡雀に吹雪くや寄り合い耐えにけり


向かいの家の90歳の人も認知症だったらしい。別室に閉じ込めて食事も家族と別にしている。認知症の人き顔は険しいからやっぱり認知症の一種なのだろう。しかし家族は嫁しかかかわらないから楽だ。家族と切り離されてしまったのだ。だから家族は干渉する必要がないから悩まされることもないのだ。認知症は大家族だと楽である。二人くらい丈夫な人がいればめんどうみれるしおさえこめるのである。これは夫婦二人とか核家族のようだと大変である。核家族化して家族の人数が今はへっている。一人暮しの人も多い、こういう状態は認知症を見るにはよくないし地域も補佐する体制がないのも苦しいことなのだ。

認知症の対応の最大の問題は夜とか早朝である。このとき症状が悪くなるのだ。幻覚をみたり眠れなかったりして暴れたりもする。そうすると看護する人が起こされて眠れなくなり精神的にまいってしまうのである。これが家族が少なければ対応できなくなる。家族が多ければ交代でみれるからできるのだ。自分の場合今や一人は移り一対一になったから苦しい、夜さえ安眠できれば昼間はなんとか対応できるのである。だから睡眠薬が必需品となるのだ。この病気は外部のものを取り込んだり地域で協力したり福祉を充実したり認知症のもの同士が助け合うとかしなければ家族だけでかかえこむこと破綻してしまう。それが一番の課題である。

2006年02月06日

凍る雪(認知症になりやすい高齢化社会)

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認知症対策に必要な力

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認知症に危険な家族

認知症理解されじや凍る雪

認知症は単なるボケとは全然違う、ものすごく質の悪い精神の病気なのだ。その始まり今したことを全く忘れてしまうことである。なぜ探し物ばかりしているのか、今何を置いて何をとったかも次々にまるっきり忘れるから、あれさっき置いたものどこにいったとか、カバンの中味もしまってもどこにしまったかもその瞬間瞬間でまるっきり忘れるから毎日探しているのだ。ここが最初の病気の始まりでありここからいらいらして相手が盗ったか一番身近なものに当たるのである。だから対処方法は一緒に探し物をするほかないのだ。すると一日探し物を手伝うことにもなるから大変なのである。

この瞬間瞬間でまるっきり忘れることから波及して様々な問題行動を起こすのだ。そもそも瞬間瞬間に自分のしたことを忘れるとなるとこれは当人にとってはとんでもない刑罰を受けているようなものになる。脳の細胞が破壊され結果として探し物に追われる、地獄の世界に落とされているのだ。まるで人間に与えられた恐ろしい刑罰のような感さえある。なぜ神はこんな酷い仕打ちを人間にするのだろうか?こういうなんとも重い疑問と課題がつきつけられているのだ。

 シシィフスは自分の欲しいものを手に入れようとして神々をだましたため、刑罰を受けました。その刑罰というのは、大きな岩石を丘の上まで運んでいくというものです。苦労して丘の上まで着くと、その石は坂を転がってもとのところに戻ります。それを再び丘の上まで運びと、また岩は坂を転がり落ちていくのです。シシィフスは、運んでは転がり落ちる岩を丘の上に運ぶという仕事を未来永劫、永遠に繰り返すのです。これが神々からの刑罰でした。

これと同じように無意味なことをつづけさせられるしこれは回りのものもまきこむからもっとひどいのだ。地獄の刑罰なのである。なぜそういう刑罰が人間に課せられたのか?これは高齢化社会の現代的課題としてつきつけられたのだ。

こんな病気があること自体まだまだ回りでは理解されないのである。ところが高齢化社会はこうした痴呆症の人を地域でも家族でもかかえこむことになる。これは自分一人の問題ではない、社会的問題なのだ。自分の場合、親戚などもないから一人でなんとか今の所は看護しているがこれは家族だけでも対応しきれない問題である。そして老夫婦だけとか一人暮しの老人とか核家族でこうした老人が回りをみただけで多いし親と別々に暮らして親をかまわない娘息子夫婦が多いのである。親戚を見回しても親とは別々に暮らしている。そして親をかまわないのが多いのだ。

こういうのはボケになるというがすると膨大な認知症の老人を社会がかかえこむことになる。そして家庭でも対応できなくなるし社会でも対応できなくなり悲劇が生まれてくる。今回りを見回してこんなに認知症予備軍がいることにぞっとしたのだ。あと10年で回りにそうした80以上の人がいてどうなるのだろうかとか恐ろしくなってしまったのだ。これは社会で協力しなければどうにもならない、だから実際は認知症の人がどういものかなった家族を知るべきでありそれを参考にして予防策をとる必要があるのだ。つまりこれは自分だけにふりかかった災難ではない、みんなふりかかる災難の介護地獄がやってくるから実際は無関心ではいらなれない協力体制をつくっておかないと大変なことになる病気なのである。

2006年02月07日

寒戻る(俳句ができる背景を知れ)


認知症看護に暮れて寒戻る

窓の外に寒烏一羽声もなし


認知症の看護は日々大変である。正常の世界が通じないから不毛の世界で疲労困憊するのだ。認知症はただ無軌道に異常の世界から攻めてくるのである。だからこの看護に春がくるのかとなる。死んだときやっと解放されたというのが多くなる。やっと正常の世界が取り戻せたということでそれが最高の至福感となる。

アパ-トの外に寒烏一羽が声もなく止まっている。それは何か冷たく見離したような烏である。それは何を意味しているのか?無関心ではなかろうか?現代は地域も家族もかつての紐帯は崩れ無関心社会を作ってしまった。そういう自分も結局東京の大学とか常に外へ外への志向であった。三十年は旅行であり最近10年は海外旅行だったのだ。故郷の町に結局眼を向けることは少なかった。郷土史は書いたが生活的に何か故郷で仕事していなかったのだ。つまり自分自身が無関心でありだから認知症をかかえても無関心にされているのもしかたないことなのか?認知症は人の輪とか人の協力なしでかかえきれない余りにも大きな難題なのである。

俳句にはこうした説明が必ず必要である文学なのだ。俳句だけでは成立しない、説明書きが必要な文学である。つまりどういう背景で作られたかという説明が必要なのである。認知症をかかえた家族とから見た世界は自然は違ったものとなってしまっているのだ。寒烏を見る眼もその人の境遇や立場などみんな違ってくるのだ。

2006年02月09日

春の月(扶養義務の恐怖)


穏やかに病小康春の月

今日は多少小康状態になった。認知症は幻覚とかにふりまわされ記憶の細胞が破壊されて心身ともにいづれ衰弱してゆくのかもしれない、まだ自分のことは自分でやっているから外からみたらそれほど悪く見えないかもしれないがかなり幻覚で暴れたので悪かったのである。幻覚は止めようがないから怖いのである。盗ったというときそこに幻覚症状が起きているから追及が激しくなるから怖いのだ。認知症は必ずしもその人が全部悪いわけではなく病気にふりまわされているのだ。その人間そのもの心に起因していることも確かなのだが本質的には病気が原因でそうなっているのだ。その一番の原因が今したことを全部忘れてしまうこと、記憶の細胞が破壊されることにあるのだ。

扶養義務というのはかなり怖いものであることがわかった。認知症になった場合、一番扶養義務があるのは娘であり息子である。これは戸籍上だけの関係でもそうなのである。最初に戸籍を見て扶養義務者が責任を負わされる。認知症になって放置して回りに問題が起きたら娘、息子が必ず呼び出され責任が問われる。監督不十分で罰せられることもあるから扶養義務は怖いのである。認知症になった人には責任能力がないから。買い物などでも売った方が責任をとらされ認知症の人は責任能力がないのである。責任者は扶養義務のある娘とか息子になる。親子の実質的関係に関係なくそうなるのだ。だから親子関係がうまくいっていないと介護はうまくいかない、いやだと言っても第一に娘であり息子が扶養義務をおしつけられるのだ。奇妙なのは兄弟とかになるとさほど扶養義務は課せられていないのである。だから公共の施設に入るとき娘とか息子とか世話する係累がない人は優先的に施設に入ることができるというのも意外だったのである。

いづれにしろこれから介護地獄がやってくる。特に認知症になったらこれは大変であり家族だけではできない、回りのものの助けをかりないかぎり介護できないのだ。まあ、親孝行というと海外旅行に連れてゆくとか温泉に親を連れてゆくとかしているがこんなものは全く楽すぎる。介護を負わされた娘、息子が本当に親を世話した人なのである。それをになわされた人が本当に親を世話した人なのである。親はその人にこそ最大の感謝を捧げるべきなのである。

2006年02月10日

春の雲(看護からのしばしの解放)


久々に隣の市へ春の雲

しなやかに樹々のゆれるや春の風


ここ一カ月認知症の看護で何もできない、隣の市にも一カ月ぶりくらいで行った。認知症とかは留守にすることもむずかしいのだ。付ききりの看護になってしまうから苦しいのだ。二人いれば楽だが一人だと大変になる。連絡のために携帯電話に入ったりなんか介護はいろいろ金かかる。そして車がないと介護はかなり不便であることがわかった。車を利用することが多くなるからだ。技術力といったのは車とか携帯電話のことである。91歳で携帯電話をするというのも現代なのか、耳が遠いから本当は携帯電話は向いていない、でもなんとか話は通じた。まあ、91歳で携帯電話を経験するというのも時代である。音声通話だけだったら電話と同じだからできるのかもしれない、でもこれも大変である。高齢化社会はこれまで経験しえないことが起こってくるのだ。その最大の問題が認知症というとんでもない病気だったのである。介護は地元を利用することが活用することが多くなるから地元にとっては経済の活性化になる。地域の助けとかが絶対必要だからだ。それは商店でも近くにあるものが必要になってくるからだ。すでになんだかんだで何十万もいろいろ使ってしまった。介護は金のかかることにもなるのだ。

本当に春が来た。日ざしも風も春になった。春になれば介護も楽になるのか?認知症は直らないとか悪くなる一方だとかいうとそうはならないのか不安である。施設とか外部の利用が全くわからないしできていない、親戚とかはちょっとは援助してもそれはあくまでもちょっと介入するだけであり本格的に看護や援助してくれのはもはや別の協力体制を作らざるをえないのがこの病気なのだ。今助けてくれたらあとまた助けてくれた人を助けるとかそうした援護関係を作るのがいいというのは納得する。それは別にもはや親戚とは関係ない援助体制を作ることなのである。認知症には大変だからそうなるのだ。

2006年02月13日

春鳥(認知症に平和な日はない)


春鳥の声そちこちや我が耳に

幸せや石騒がずに春日さす


春の鳥がそちこちで鳴きはじめたようだ。その声が確かに我が耳に聞こえる。しかし耳の遠くなった老人にはその声も良く聞こえなくなるのだ。耳が遠くなることも老人の不幸の一つである。眼はなんとか眼鏡などで補強できる。耳も補聴器で補強できるがはっきりと聞き取りにくくなるから老人と話すことはめんどうになるのだ。

とにかく認知症の最大の問題は記憶する細胞が破壊されるから今言ったことを忘れる、したことを忘れる。そしてその自分の忘れたという自覚もないのだ。だから 忘れた→盗られた→攻撃・・となる。自分が忘れた自覚がなければ一番身近にいる人が盗ったとなるのだ。それが妄想的になるから否定できないし攻撃が強くなるからあつかいにくい、そして毎日こうして騒ぐのは瞬間瞬間に自分のしたことをまるっきり忘れることにあるのだ。ここが認知症の最大の問題なのである。

認知症の人をかかえてつくつぐ今まで当たり前のことがいかに幸せな平和なことか実感した。石は騒がない、それがいかに平和か?毎日何かで騒いでいる認知症の人をかかえると疲れてしまう。一日でも騒がない日があったらなとつくづく思う。それが最大の幸せになっているから奇妙である。

2006年02月15日

春日さす小松(認知症にかかりやすい人がいるのか?

春日さし小松一本狭き庭

認知症は犬とか猫も長生きしてなっているのだから間違いなく老齢化とともに脳の機能低下でなりやすい病気なことはわかる。しかし一方ではそれだけではない、単なる生物学的機能低下ではない、記憶の細胞が破壊されて猜疑心の強い、悪辣な人格に変貌するという不思議である。自分が忘れても物が盗られたとなり身近なものが盗ったとなりその相手は悪いやつだと徹底して異常に攻撃してくる。病気の始まりは記憶できないことにあってもそれが単なる耄碌のような物忘れで終らない異常性がある。そこがこの病気の根本的に不可解な病気なのだ。そして人間が思いやりもなくなり獣のようになってくる。これは家庭の中の親密な関係のある人に向けられるのだ。

不思議なのは自分が接した例では勝気な傲慢な人はなりやすいのではないか?謙遜な謙虚な人はなりにくいのではないか?勝気な人とか傲慢な人とかは社会的地位ある人になりやすい、こういう人は生前はいろいろなことができる才能ある人達でもある。これは男性だけでなく女性でも勝気な人や自己本位の女性になりやすい、謙虚さがない人になりやすいのではないか。女性でも認知症になる前は実際はリ-ダ-とかいろいろなことがテキパキできる女性で人望もある人が多いのだ。そういう人は何でもできる人だから傲慢になりやすい、なぜか共通項として「この家は私一人で建てた、この家は自分一人のものだ、財産は全部自分のものだとか・・・」自分がした、自分がやった、自分のもの・・・こういうことにこだわりずけずけ主張するようになる。そこに感謝とかの謙虚な気持ちが全然なくなっているのだ。一人でやれるわけがないのに自分がやったと自分のものだ、家も土地も金もとあくことなく主張する。これが狂気になっているのだ。本当に他に感謝したり思いやったり謙虚な心が全くなくなる、獣になってしまう人間の恐ろしさがある。ここが自分にとっては一番のこの病気の謎であった。


彼は権勢を賜ったことにより、諸民、諸族、諸国語の者がみな、彼の前におののき恐れました。彼は自分のものを欲するものを生かし、自分の欲するものをあげ、自分の欲するものを下しました。しかし彼は心に高ぶり、かたくなになり、傲慢にふるまったので王位から退けられ、その光栄は奪われ、追われて世の人と離れ、その思いは獣野のようになりその住まいはロバとともにあり牛のように草を食い、・・・・・・ダニエル5-18

神に罰せられて野獣のようになったというのである。そこにいるのは獣であり人間は相手にしなくなった?つまり認知症も人間が相手するような病気でないようなものがあるのだ。相手が本当に人間なのかというほど獣的人間になっている、呪われてしまったという他ない無惨な状態なのである。

過去にも認知症とにたような病気があったのだ。なんらかの神の罰として認知症があるのではないか?
単なる生物学的老齢化だけの問題ではない、その人生の終わりに人間の自己本位的欲望や生へのあくなき執念が露骨に現れたのが認知症ではないか?
自分の家族の場合はそういうことがあったからこれは納得がいく、ただこの認知症は家族により人により千差万別でありわからないのだ。認知症は全くその症状といいなんとも謎めいているからだ。謙虚謙遜何事にも感謝しているような人はならないのではないか?高ぶり傲慢な人はその人は社会的に仕事のできる優秀な人でも最後に認知症になりやすいのか?これはしかしどんな職業の人でもなるからわからないのだ。修道院で暮らす尼僧もなるし老齢化で一定比率必ずかかるからどうしてそうなるのか謎である。

2006年02月16日

芽吹き(認知症の根本問題)

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心強し牡丹の芽吹き七つ八つ

認知症はまず忘れることからはじまる。普通年取ると忘れるのだがそれは全体の一部を忘れるのである。食事してもなんのオカズを食ったかは忘れても食事したことは覚えている。しかし認知症は食事したことさえ忘れてしまう。その時その時記憶する能力がなくなる。例えばAと教えてもそのAはその瞬間に忘れるから記憶されないからその空白を誰かが埋めてやらねばならぬのだ。絶えず探し物をしているのはその時々忘れるからそうなる。今オリンピックのトリノがどこかと聞いてきた。イタリアだと教えたがそれを言っても忘れるから十回もイタリアと教えつづけねばならなかった。こうして人間不信になり物を隠したとしてもその隠した場所を忘れるから次々に探し物をしている。そもそも人間不信になるのは自分で忘れたという自覚がまるでないからだ。自分が忘れたという自覚がないなら、なぜ無くなったのかとなる。自分でないとすると最も身近にいる人となる。身近な人が盗ったとなりその人に対する怒りは度を越した激しいものとなるのだ。

ここから人間不信となり悪辣な人格変貌が起きてくるのだ。根本的にはこの瞬間瞬間記憶できないことから記憶する細胞が破壊されることから様々な問題が起きてくるのが認知症の根本的な病気の原因である。ここから盗られるという妄想に発展する。誰かがみんな自分のものを盗ってしまうとなり毎日騒いでいるのだ。それは夜まで誰かが忍び込んで盗ってゆくと妄想化して夜まで家族の人が起こされたり家族の人は夜も眠れなくなるのだ。本人にしてみれば盗られるということで不安になっているのだ。眼鏡がなくしたのに眼まで盗られると言ったのには驚いた。それほど盗られるということが妄想化しているのだ。

認知症はこの記憶の細胞が破壊されたことが根本的な原因なのだからここを直さない限り直ることができない、それをどうしたらいいのか、記憶の細胞を増殖する方法でもあるのか?記憶の細胞とは何なのか?
ここが一番の問題である。ここが解決すれば認知症は直るし解決できる。なぜなら瞬間瞬間記憶できないということから問題が発生しているからである。前に述べたその人自身の性格とかにも確かに問題がある。でもその人自身が傲慢だったとか自己本位だったから神の罰としてネブカデネザル王のように獣ののようになり人と離れて獣としか住めなくなったというのは過酷すぎるのだ。ネブカデネザルブ王のような罰はやはり特別権力をほしいままにした王への罰であり一般人に対しては過酷すぎる。ただ人間の終末になんかこうした症状がでやすいことは一般的にありうる。生のあくなき執念が最後に誰にでもでてくるからだ。それは無意識的にもでてくるのだ。死にたくないとか生への最後のあがきのようなものである。

庭の牡丹が芽吹いた。その七つ八つは開花が約束されている。大輪の花を咲かせることは約束されている。存分に花は開花して散ってゆくのだ。しかし人間の最後はなんと無惨なのか?認知症になったらこれは本当に最悪である。人間の醜悪な部分が人間の記憶の破壊から地獄の釜のようにでてくる。人間不信の呪詛を毎日聞いていたらまさにダンテの地獄にいると同じになるのだ。人間がこんなに醜悪になって死んでゆくのかという戦慄を覚えたのである。

2006年02月18日

春の雲(脳と心は科学できるのか?)

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坂越えて隣の市へ春の雲

認知症の集まりがあったので言ってみた。七八人くらいしか集まっていない、ひどいのは徘徊している人で車で追っかけているという、食事することも忘れて何度も食事してもやせてゆくのも不思議だという。みんな症状はにているが看護しているのはみんな中高年以上の女性だった。男で看護している人は少ない、それなりに家族がいるので看護できる。自分の場合は男一人しかいないから苦しいのだ。隣のばあちゃんが助けてくれているというのは意外だったがそういう近所がいるのはありがたいことだしそうでないとこの認知症は家族や地域でめんどうみるのは限界だでてくる。ともかく話を聞くだけでも多少は良かったが何か助けられるというのは介護認定を受けた方がいいというくらいで得られなかった。

この病気で脳とか記憶とか心とは何なのだろうという疑問につきあたった。人間にとって心は一番不思議なものであり解明されていない、脳のどの部分が何の役割をになっているのかは解明されているみたいだが脳というのはやはり人間の体の中で一番わかりにくいものである。それは脳と心がどういう関係にあるのかわからないからだ。記憶するということさえ様々な記憶の仕方があるのだ。認知症の場合は図のようにABCDというふうに時間の経過の中で連続して記憶できないから次々にまるっきり忘れるから一貫して物事を考えることができなくなる。

そしてあることを何回もこだわり言い続けるのは黒い固定した記憶になりそれが妄想化して何度も言いつづけることになる。記憶は固定化されるものではなく柔軟に臨機応変に神経細胞が新たに結びつき新たな発想や行動につながる。脳の記憶細胞が破壊されると一部の記憶が固定化してそれに執拗にこだわりそればかり言い続けている。一回言えばわかるのに何十回も言っている。条件反射のようにそれにこだわりつづけている。それが柔軟性を失った記憶が固定されて妄想化してそれが否定されなくなる。そんなことないよと言っても無駄なのである。否定できない記憶として固定化されてしまったからだ。いづれにしろ脳と心が科学できるのかとか全くこの世界は不可思議の世界であり人間にとって最も未知の世界であり認知症もまたこれも何なのか不可解なことが多すぎるのだ。脳の細胞を増やすとか何らか脳に記憶する細胞を移植できる増殖できるとかそんなことが試されているから将来的にはそれで認知症が直るということもありえるのか?これは宇宙の不思議と同じように全く不可解な世界なのである。

2006年02月20日

春の花(認知症の原因は家庭環境に?)

春日さし園芸の花になごむかなしばしの憩いス-パ-に

認知症の原因

●本人自身の問題(性格、人生経験)
●家庭環境
●体の病気


認知症の原因で良く言われているのが感性豊かな人はなりにくい、芸術家はなりにくいといわれる。また頭を高度に使う人間はなりにくいといわれる。しかしこれもわからないのだ。画家でも認知症になっているしカントは認知症だったとか宗教家でもなるし普通の人にならなくて優秀な人もなっている。社交的な人はならない,友達多い人がならないというのも自分が接した例では嘘である。社交的な友達が多い人でもなっているし非社交的な友達のない90の老人でもなっていない人はなっていないのである。ただ頭を使うことは脳の細胞を刺激して新しい記憶の細胞とかも作り出すとか言うからいいことは間違いないのだ。最近一時の錯乱状態から不思議に回復した。激しい暴力をふるったのだから精神病院に行く他ない状態だったのに落ち着いたのである。それがわかるのは何よりも穏やかな顔をしいるからだ。この精神に関係する病気では怒っていたりふさいでいたり心が穏やかでないことが一番良くないのである。だからどうにかして穏やかにすることしか治療方法がないのだ。何か手習いのようなものをやってみようかという意欲がでてきたのもいい徴候である。何もせずテレビばかり見ていたり探し物ばかりしていたら良くないのだ。

次にこの認知症にかかるのは家庭環境が大きくかかわっている。自分の家族を考えると家族全部で旅行したり遊んだりしたことがほとんどないのだ。個々にはあったし自分一人では30年間も旅行したり遊んだが家族全部で旅行したり遊ぶ楽しむことがゼロの家族だったのだ。これはある意味で異常な家族といえる。そして嫁と息子と姑の関係で家族関係が悪化して認知症になる人がでやすいのだ。家庭内の対立が高じて狂気にいたるのである。思うに人間とはただ働くだけが生きることではないのだ。遊ぶことも大きな人間の要素であり遊ばないことが認知症になりやすい頭を作るのだ。ただでは遊ばない人間が認知症になりやすいかというと真面目に80まで働いていた人間が認知症にならないで元気だったりするからわからない、現役80まで働くような人間は認知症になりにくいともなる。それも刺激があるからいいのだろう。何もしないとテレビばかり見ていると脳の活動が衰退して施設に入るとボケ安いとかなる。地域でも家庭でもそれなりの役目が与えられるとぼけにくいとなる。とにかく認知症になる人を類型化はできない、様々な要因がからんでいるからだ。ただこうした精神の病気の人にとって環境が一番大事なことは確かである。安らげる安心できる環境が一番大事なのである。それは人でもそうだし回りの地域でもそうだし家族が一番大事になる。だから一人暮しの老人と老夫婦が多い現代の家族状況や孤立化する社会状況は認知症の老人を作りやすいことは間違いないのだ。

まあ、今のところ精神錯乱状態から穏やかになった。何よりも顔みると穏やかになっているからいい方向に向かっている。一時は昼間でもこれが今まで身近に接していた人間なのか、悪魔でものりうつったのかとかしか思えないほどひどいものだった。それが今物忘れがひどいがそれほど盗ったとかあまり騒ぐことがない落ち着いた状態にはなっている。これが継続するのかどうかわからないが認知症の症状は変わる、いい方向に向かうことがあるのか不思議である。

2006年02月22日

春風(介護は精神的ケアが大事)

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90歳春風吹くや姥柳

認知症は90歳以上になると5割がかかる。認知症になったらこれは手がつけられないひどいものになる。高齢化社会はこれほど恐怖的社会であることがわかった。90歳でも携帯電話をやりアパ-トでもそれなりに暮らしている老人もいるが一方認知症になるとやはり体まで弱ってきて何か表情自体苦しそうにしている。頭から体まで病気なのである。老人でも健康な老人と認知症にかかった老人とでは天と地の差がある。認知症は人間を地獄に落とす病気である。それにかかる率が年取るとともに高くなるから恐怖なのだ。

介護を考えるとに医者によって診断して注射したり薬を与えたりする。肉体的な面での世話がある。これは体が悪いから体を重点に医学的療法をほどこすのだ。これは技術的に差があっても認知症のような精神的な病気の介護は精神的ケアの方が大きなものとなる。肉体的ケアでも介護は精神的ケアが絶対必要でありこの精神的ケアは医学的なもの医者では補えない、看護婦とか看護師がその役目をになうのだがこの精神的ケアには無限の幅があり認知症のようなやっかいなものに他人が対処するとなるとこれは筆舌に尽くしがたい苦労を負わされることになる。だから認知症のような病気には他人では対応しきれない。家族さえ対応できないひどい病気だからだ。

介護には愛が必要だというときその愛は人によってかなり差がでてくる。日頃介護する人に苦しめられた人は虐待にまでなる。日頃の関係が介護にでてくるのだ。精神的ケアの部分は人によってかなり差がでるしまた精神的ケアは無限に伸びる大きくすることもできる。肉体的医学的ケアはそんなに大きく変わらないが精神的ケアが大きく伸ばすことができるのだ。認知症のような病気は特にそうである。こちらが助けようとしてしも盗られたとかけられたりなぐられたりして介護すること自体、他人ではいやになるし介護を放棄したくなるのは当然なのだ。それは家族でさえそうだからだ。

これはいくら金をもらっても本当の介護はなかなかできない、殴られ怒鳴られて愛をもって他人を介護できるのか?これは主イエス・キリストのような無限の忍耐の愛が要求されないか?
金をいくらもらってもこれはできない、右の頬をはたからたら左の頬をだしなさいと言ったがこんなものじゃないのだ。怒鳴られけられ何の感謝もない、こういう人間に愛をそそぐことは無限の忍耐と愛が要求されるのだ。これはまさにキリストが十字架にかかったような犠牲の愛が要求される。介護とはそれほど大変なものなのだ。特に認知症とか精神的な病気はこれは精神的ケアが大きな部分をしめているから大変なのである。

2006年02月25日

蝋梅(認知症は直るのか?)

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蝋梅やボケにならざる長寿なれ

春鳥のたずねて鳴くや事もなく

忘れらる古き碑並び春日さす

春の日に桃色のマ-ガレット我が買いぬ

春日さす通りに新しレストラン内装良しやランチ食しぬ

白鳥のもはや去りなむ残飯をやると散歩にボケの直るや


蝋梅が農家に咲いていたので一枝折って盗んで部屋にさした。この緑の石と蝋梅があっている。ここのところ認知症を家族でかかえて全く家族は分裂し異常事態だった。精神的にもへとへとになった。考えることは認知症しかなかった。あとは精神異常の世界のことしかなかった。認知症と鬱病と統合失調症の恐怖の世界を体験した。こうした精神病を家族でかかえると家庭が崩壊する危機に直面する。家族の精神状態もおかしくなってくる。自分自身もそうだった。鬱病の人を家族でかかえると介護する人も鬱病的になってしまうのである。ともかく一時の錯乱混乱状態はぬけだして症状は正常に近い程落ち着いた。認知症は記憶が破壊するから忘れるということは直らない、でも相手を思いやる人間的感情もとりもどしたし認知症は精神病とは違うような気がする。正常な部分がかなり残るし正常に戻ることがある。完全に直らないにしても今の状態をみるとかなり正常に戻っているのだ。

一時は本当に妄想がひどく激しい暴力ふるったから精神病院に収容するほかなくなっていたのだ。それが今は正常に近い状態になっている。認知症は記憶する能力が破壊されるからこの部分は直らないにしても盗ったとかも言わないし探し物をあまりしていないし日常的なこと掃除とか料理も手伝うし買い物もしているなど日常的な仕事ができることは回復しているのだ。一時は混乱状態で旧知の人との付き合いが断られたりしたが今は家に呼んだりして話しているからこれも精神的に落ち着くいい方向に向かっているのだ。認知症とは果たして直るのかどうかわからないが回復することがありうるし社会のなかでちょっと不適合な面がでてもそれなりに回りのサポ−トがあれば普通に生活しえるようになるのかしれない、今の状態はそこまで回復したのである。あの錯乱混乱状態からすると考えられない程回復しているから不思議である。

ボケとか認知症とは何なのか?これはいかなる病気なのかまだよくわからないものなのだろう。悪くなる一方で直らないとか言う人もいるが地域の社会の家族の親身なサポ−トがあるとぎこちなくてもそれなりに社会の中で日常生活が営むことができるしそれがその人にとっては一番いいのである。これからどうなるかわからないが家族とか地域とか社会から切り離されることは隔離されることはかえってボケを進ませることになるのが一般的であることは確かである。
まあ、なんとか多少正常な世界にもどって創作活動ができるかもしれん、ただ今後のことはまだわからないがいい方向には向かっている。

2006年02月27日

猫柳(介護の日々)

故郷に看護の日々や猫柳

しっかりと猫柳手に婦人行く


今や看護の日々になってしまった。看護に向いている人と向いていない人がいるというのは確かだろう。どうしても看護は女性向きだけど看護士というのも一般的になったから男性でも看護はできるし必要なものだろう。認知症の看護は一番むずかしいことは間違いない、精神的な看護が大きな部分をしめているからだ。記憶できないから記憶を補ったり様々な日常で支障が起きることを補う必要があるからだ。人間の障害というと目が見えなくなるとか耳が聞こえなくなるとか顔が壊されるハンセンシ病とかある。しかしこれらは精神は正常に機能しているのだ。だから耳が聞こえなくなってもベ-トベンは運命を作曲できたのである。耳が聞こえなくなってこそできたという側面もあるのだ。ある機能が失っても別な機能が発達する、過敏になるということもある。認知症もだから現在の記憶は失うのだが感情的には豊かになるとか別な側面が過敏になることがありうる。今のところ軽度だからあらゆる機能が失ってはいない、わかることはわかるしむずかしい話も通じることがある。これだけ回復したのは掃除とか料理とか洗濯とか買い物とか日常的な作業をするようになったからである。それまでは毎日無益な探し物ばかりしていたからこれは全く生産的ではなかった。家事は立派な生産的労働なのである。だからこれをある程度できるようになったことは無駄な探し物をしないということは前からするとかなり回復したとはなる。ただ認知症は全部は回復しないしこれから進んでくるとどうなるかわからない、今のところはいろいろな日常的な仕事ができるようになったからそれなりに回復したとなる。

猫柳というとやはりあたたかさであり看護にはやさしさとか温かさが必要である。だから看護には女性の方が向いているのだ。男性でも男性的な闘争型より女性的なやさしさをもった男性が向いているのかもしれない、自分は女性的な面があるから看護に向いているのかもしれない、ただ今は軽度だからやれているのでありこれが重度になったら自分も意外と早くギブアップすることは間違いないし現実にそういう看護ができる家庭環境にはないから無理なのだ。
介護疲れで55歳の男性が80歳の母親を殺して自分も自殺したのは悲惨である。そういうことがこれからかなり起きてくる。介護地獄がやってくるのだ。特に認知症の介護は重度になったら絶望的に誰にでもなるし死んでくれとか殺したくなってしまう。事実自分も錯乱状態になったときそう思ったからである。

しっかりと猫柳手に婦人行く

俳句は短いからそもそも説明とか背景を知らないで理解できないものである。
この句だって何の意味も感じない人もいるだろう。しかしこれは私の一連の介護に関する文を読んでいればそれに関した特別な意味あるものと読める
認知症の患者の施設で働いている人が言うには自分に親切にしてくれる人は見分けるしその人の言うことは聞くというのである。意外と認知症の患者は人を見分けるのに敏感なのである。自分に親切にしてくれる人、自分のことを親身になって接してくれる人をわかる。それはごまかせない程わかるのだ。つまり親切にしてくれる猫柳を人にたとえるとその人を離さないと解釈することになる。ここまで普通は解釈しない、俳句は俳句だけで成立しない文学であることがこれでもわかるのである。

 21日午後8時20分ごろ、埼玉県和光市の無職女性(86)方で、女性
が布団の上に倒れ、同居の無職の二男(55)がベランダで首をつって
死んでいるのを、訪ねてきた長男(60)が見つけ、119番通報した。

2006年03月01日

春の雨(おとなしいバカは扱いやすい)


柔らかに石を濡らしぬ春の雨

the wetted stone by soft rains
in spring in my garden


一時期の狂気をぬけだして今は盗ったと言っても顔が穏やかだし激しく怒り責めないからいい、認知症は妄想から暴力をふるったり問題行動を起こすと家族で世話しきれないものとなる。妄想から激しい暴力になったら家庭には置けない、それがその力が消耗したのか相手が盗ったとか他に責めるにしてもなんか追及が激しくなく穏やかであるからこれなら楽に対処できる。最初は盗ったというとき顔が険しくなり感情がたかぶり狂気のようになっていた。それが顔がおだやかであり言うことも穏やかである。これなら盗ったと言われても一緒に探してみようとかどこかにあるとかでて来るよとか言っていればおさまる。

前は異常なほど感情的になり追及して怖かったのである。どうしても出せ出せと狂気のように追及してきたから手においなかったのだ。今なら盗ったといってもなんか拍子抜けたように言っている。まあ、妄想の狂気から何か力が消耗してしまったのかもしれない、おとなしいバカになっていたらめんどうみるのに楽だと思ったがそれに近い状態になっているのか、それなら家庭でもめんどうみれるかもしれないのだ。まあ、認知症はなかなかわかりにくい病気だからこの先どうなるかわからない、でも一時期の険しさ、狂気はなくなったような気がするのだ。なんかニコニコしているバカに見えてしまうのである。これなら扱い安いのである。

柔らかな春の雨が石をぬらししている。柔らかな春の雨のように認知症の家族をかかえても落ち着いて穏やかなものになれば自分も楽である。

2006年03月02日

日永(認知症には頭の活性化を)



日永きやペットボトルの風車

春夕陽ペットボトルの風車

鵜の一羽川より海へ春の夕


日が永くなり畑のペットボトルの風車が回っている。ちょうど夕陽が山に落ちてゆく。川を上って飛んできた鵜が一羽が海に帰ってゆく、そこには広い海が広がっている。しかし認知症の介護の困るのは付ききりで相手しなければならないことなのだ。話相手でもなんか一人にしておけないのである。今のところ治療のためにいろいろ付き合うほかないのだ。つまり頭の活性化が必要なのでいろいろ興味を喚起したり家事をさせたり機能回復を試みているのだ。ただそのために自分の時間がなくなってしまったのである。まあ、余裕もできたので春の日永の一日を川べりですごした。

認知症になるのはやはりなる前に頭の活性化が確実に必要であったのだ。ただほとんど自分は自分で頭の活性化をしてきたが家族とはほとんど話もしていなかった。それが認知症にしてしまったというのはわからないが確かにそれはある。だから今治療のためにつききりでいろいろ話を聞いたり一緒にテレビ見てもああだこうだと興味を喚起するために話している。それが多少効果あったのか、脳が活性化されたのか良くなった面がある。ただではゲ-ムとか花札やると認知症にならないとかいのうはありえない、花札が面白いなどと思うのは極わずかでありゲ-ムもそんなに脳を活性化するとは思えないしかえって脳をゲ-ム脳にするかとか退化させることもありうるのだ。言えることは認知症を防ぐには濃密な人間のコミニケ-ションが必要でありそれをしていれば防ぎやすいかもしれない、だから一人暮しの老人は認知症になりやすいとかなる。でもこれも統計的にどうかとなるといちがいには言えないのだ。いづれにしろ老人をかまわずほっとくと認知症になりやすいことは確かである。なんらかかまってやらないと認知症になるからそれを試みていた方がいい、認知症になったらとんでもない大変なことになるからだ。

2006年03月03日

孟宗竹(認知症に回想は効果的)

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春日さし孟宗竹や健やかに

数十本孟宗竹や芽吹きかな

穏やかに春日のつつむ夕べかな


孟宗竹は健康の象徴かもしれない、たくましく真っ直ぐ伸びるからである。認知症には確かに回想法というのは効果的である。認知症になった人は昔の方が生き生きとした世界でありその時に今も生きているのだ。だから同じことを百回も話している。それがなぜなのか?話したことを忘れて毎日話しているのか?必ずある場面のことを話すると笑って機嫌がいいのである。ただ聞いている方にするといやになってしまう。またかとなるからだ。

でもその中でちょっと話が変わり昔の貴重な歴史がわかることがある。戦前の学校では農休みというのが二週間くらいあったという。これは蚕様で忙しくなるとき手伝いのために休まされたのである。蚕はどこの農家でも飼っていて絹は輸出産業として国家で一番大事なものだった。だから機織りで働いた女性が実に多いのである。私の母もそうであり親戚の人もそうでありこれはいたるところがそうだった。この蚕様は山の中でも飼われていて主要産業となっていたのだ。まず学校を二週間も休ませること自体今ではありえないから蚕様をいかに大事にしたかわかる。田植えの時も農休みがあったとなるといかに農業中心の社会だったかもわかる。認知症でも過去の世界は生き生きとして語られるからそこから学ぶことがありうるのだ。ただ同じことを毎日しゃべることには閉口する。でもその中に話が変わることがありそれで別な興味を持つこともありうるが前は聞きもしなかったが今や聞かざるをえなくなったのである。老人は過去のことが生き生きとしてそこにまだ実際生きている。だから認知症になると現在より過去が現実になったりしているのだ。

今日の春の日はなんとも穏やかに自分をつつむようにあたたかであった。まあ、一時の異常な状態から正常の世界にある程度は戻った。それで春の日のあたたかさを感じたのである。認知症は今の時点のことは次々に忘れてもすべての機能を失うわけではない、家事でも昔からやってきたことはやれるのである。ピアノができる人はピアノがひけるし将棋をやってきた人は将棋もできる。今までやってきた能力が失われるわけではないのだ。だからそういう残った能力、機能を回復させることが大事になるのだ。だから「回想法」は認知症の人にとってはいい方法なのである。

2006年03月06日

春の夜(認知症に回想法は効果的2)

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春の夜や回想法に古時計

20年以上前の腕時計はネジ巻き式でスイス製で文字盤も色あせているが動いている。その頃スイス製が一番良かったのである。こんなに長く正確に動いているのは驚きである。使い捨ての時代とは違いこれは今でもちゃんと使っているから驚きである。認知症には回想法はかなり効果的である。過去は認知症の人にとってはこの古い時計のように正確に今も動いているのだ。今は瞬間的に次々に忘れてゆく記憶できないのである。過去の記憶は確かだからそこにもどり何回も話するのである。すでに百回以上話している。それでも病気になってから放っておくわけにいかず聞いている。聞くということが一つの治療になっている。同じことでも何かしらちょっとでも違った過去が掘り起こされると聞いている方でも聞いていてあきないとなる。これが聞く人がいないと壁に向かって話するというのもわかる。

回想法というのは老人の過去を掘り起こし共感することである。老人にとって過去の方が生き生きとした世界であり過去が現実なのである。認知症の人にとっては特にそうである。通販の雑誌を見ていても次の日には一時間後にはその雑誌を見たことさえ忘れているのだ。そしたら現在は記憶できないから存在しないことにさえなりうる。過去はしかし記憶されているから生きていることになるのだ。だから過去を蘇らせることが大事になる。それはまず老人の話を同じことでも聞く他ないのである。毎回同じとなるといやだがなにしら新しい過去の記憶が発見されることもある。

考古学というのも遠い過去の記憶を呼び出すことであり想像力のいる仕事なのだ。一つの陶器のかけらを堀りだしてもそこから想像力で当時の生活を思い浮かべる作業が必要になって来るのだ。ただこの回想法を効果的にするにはその人を良く知らないとだめなのである。百人百様の世界があり個別的だからそうなる。その個々の世界に対応しにくいのである。だから若い人は回想法に向かいないかもしれない、なぜなら過去を共有しにくいのである。一方50代以上の人は80代の人と共感しやすい、私の子供の頃は戦前の生活とたいして変わらなかったからだ。燃料は炭であったり水道さえなかった時代である。井戸水を使っていたのである。「回想法」ではそれぞれの老人の人生に直接触れることでありこれはその聞く本人もかなりの人生経験がないとできない、例えば戦争の話を聞いても経験していないと共感の度合いは薄いもきとなるからむずかしいのである。

自分のパソコンにspywareが入ってきて混乱した。急遽ソフトを買いなんとか駆除したがまた入ってきたりやっかいなものである。おそらくこのプログからメ-ルに送られたトラックバックの知らせを開いたことで感染したのかもしれない、何十とかのトラックバックが来ていたのだ。外国が多くこれは内容とは関係ないものである。これを開いて感染した。パソコンもインタ-ネットもこういうことがあると嫌になる。トラックバックはわかりにくい、だから放置していたのである。いづれにしろなんだかいろいろな災難が自分にはふりかかってくる。認知症の災難、これは人生最大の災難だった。こんなものがあること自体信じられない世界であった。この世を生きるとは死ぬまで何が起きるかわからない世界だということである。死ぬ直前まで人間の最後はわからない、そこにも思いがけないことがおこる。死自体が最も思いがけないことであるからだ。

2006年03月08日

近間のドライブ(認知症は理屈でわかると安心?)

雪残る山の奥処の初音かな

山陰に残れる雪や家一軒ここに残りて冬を越すかな

山の上は風吹き荒れて残る雪枝も折れなむ春はまだしも

なつかしみ昔の山の道歩む春の日さして病いやさむ



便利屋に頼み車を3時間ばかりかりて近くの世話になっている友達を招いて回ってきた。栃窪から大倉の真野ダムから飯館の山陰の道を回り上萱を通り栃窪にでて帰ってきた。山陰にはまだ雪が残っていて車で行きづらいところがあった。実際家族でドライブとか旅行などしなかった。ここは自分一人で自転車で何回も行った道である。この近辺では知らない道はないから案内した。地元の人でも山の方は関心がないと来ないから知らないのだろう。タクシ-なら知っているが頼んだ所は道を知らなかったから道を案内した。認知症の家族をかかえてからどうしても回復を計るため今まで家族で楽しむ旅行などしたことないがせざるをえなくなったのだ。近隣の人ととの付き合いもなかったが認知症の家族をかかえると付き合ってくれる人は大事になる。なかなかつきあいづらくなるからだ。そうなると地域とか社会での役割もなくなり生きがいとかもなくなり孤立してしまうからよくないのだ。認知症になると特にそうした地域とか社会で排除されるとなかなか生活しにくくなる。だからなんとか協力してくれる人を大事にせねばならなくなる。また地域で認知症の人を受け入れてもらうということも必要になるのだ。これも症状がすすむとむずかしい。今は回復したからそれなりにぎこちなくても適合できているのだ。

ボケる原因として家庭に問題があるとか言われるが確かに自分の家庭は一緒に楽しむ遊ぶということがゼロの家族だった。自分一人では遊んでいても家族全部で遊ぶ楽しむということがない家族だったのだ。だからその原因には納得いくのだがしかしこれがすべてではないと思うし原因は良くわからないのだ。ボケるとは記憶障害でありこれは別に狂ったとか何かわけのわからない病気ではない、今になるとなるほど理屈でも納得いく病気だと思った。記憶障害が起きていろいろ失敗する、失敗することを認めず他者のせいにするのは自分がしたことが記憶されていないのだから一体自分にどんな非があるのだとなり他者を責めることになる。記憶障害からくる様々な問題が理屈的にも納得できるから人間的にもある程度受け入れられるものだとわかったのである。

なぜそうなるのか?それがわからないとしたら人間的につきあうこともできないだろう。こういう理由でこうなるのかとわかると人間は何か安心する。理由がわからない訳のわからない行動は人間を恐怖させるのだ。2+3=5であるがこれを6とか7とか言い張る人がいれば理解できない人となる。認知症はそういうものではない、一見症状は極端に悪いときは全く理解できない人だと思った。でも症状が安定してふりかえると2+3=5の世界ではありそれを6あり7であると言い張るように思えたが実際は違っていた。認知症は記憶障害から様々なやっかいなことをひきおこすが理屈的に全然通じない世界ではない、理屈的にわかるから人間としてつきあえると今のところはなっている。病状が進むとこんなのんきなことを言っていられないのかもしれないが今のところは全然訳のわからない、正常な人間の埒外の人とは違うことがわかったのである。

車だと自然を遮断するのでなかなか俳句とか詩になりにくい、例えば鶯の声を初音を聞いたのだが車の中ではっきり聞こえなかったのである。ただ今日は暴風警報がでるほどの強風であり枝が折れたりして外を歩くこともできなかったが車の中なのでこんな風のなかでも行ける。自転車ならとても行けないのである。ただ自然を感じる度合いはかなり低減されるのである。

2006年03月11日

紫のクロッカス(認知症は同情されにくい)

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春耕や我が畑ありて老婆かな

夕月や蕾ふくらむ白椿

つつがなく公園に憩い春の鳥

アパ-トの老母へ通う冬の鳥


一輪紫のクロッカス

我が家の騒ぎ知らずに
今年も福寿草あまた
黄色のクロッカスまず咲けり
その間に夕べひそかや
一輪の紫のクロッカス咲きい出ぬ
あわれこの花の知らず咲きしを
何故に我を懊悩させしめるは何故ぞ
我が心の休めざるは何故ぞ
夕月の家の間にい出て
今日花はここに静まり咲きぬ


認知症を家族でかかえてから毎日があわただしい、仕事もしていないのにあわただしい。いろいろなことに追われる。肉体の介護ではなく毎日銀行から金をおろすとか年金をもらうとかいうのだが通帳はなくしているし自分でできなくなっている。でもなんとか自分の金を自分で使いたいというのはわかる。それにしても今金をわたしてバッグに入れてもそれを瞬間的に忘れているのだ。これはひどい忘れ方でありその人の身になってみれば大変なことなのだろう。これは目が悪くて見えないとか耳が悪いとか足がなくて歩けないとか体の障害なら理解されやすいのだ。認知症の場合は体ではなく記憶障害だから理解されにくい、金を今わたしたのをしまっても瞬間的に忘れてしまうのだ。こうした世界に住んでいる人は本人にとってみればその不安はわからない、つまり他者には理解しにくい障害なのである。らい病などは顔がゆがめられるからひどいなと傍目で見てすぐにわかるが認知症の障害は記憶障害だからわかりにくいのだ。

認知症になるとバリバリの社長でも一家を切り盛りしていた母親も一転して弱者、障害者になってしまう。子供でもできることができなくなる衝撃がある。だから実社会で社長をやったりいろいろなことができたやり手の人ほど衝撃が大きい、女性でもそうである。いろいろなことが人よりできた人ができなくなるのだ。一転して人生の末期に障害者に転落してしまう恐怖である。そして認知症は他者を盗ったとかいろいろな症状が同情されにくいのである。身体の障害は同情されてもこの記憶障害からくる問題行動はほとほと悩まされて同情されにくいのがこの病気の損なところなのだ。身近に認知症に接してそれがたよくわかったのである。もともといろいろできた人であり頑張り屋であり勝気であったからその衝撃が大きかったのである。そういう人だから認知症になっても社会に適合できなくなっても懸命にがんばっているから応援せねばならないと思うのである。他者はこの病気のことが良くわからないから障害者であってもその障害について良くわからないからそういう気持ちにもならない、特に一番身近な家族が被害を受けるからただやっかいなものと思ってしまうのである。これはただ本質的には記憶障害であり何か他の精神病とはにていても違っている。他の精神病には記憶障害はないのである。脳の記憶する細胞が破壊されることはないのである。

ともかく深山幽谷の神秘の花のように隠れ咲いていた自分がこんな騒動にまきこまれるとは思いもよらなかった。毎日頭ががんがんしてしまう、いろいろ治療のためにつきあって多少は回復した。ただ瞬間的に忘れるとかその他作り話したりして自分の責任を他者のせいにして他者を責めることは変わっていなのである。自分には全く非がないと思っているし自分が悲劇のヒロインのようにして他者を悪者にしているのには聞いている方も病気とはいえ嫌になるのだ。悪いのはすべて他人のせいになるからいやなのだ。いくら病気でもそれを聞いている方にはたまらなくななるから認知症は同情しにくいのである。


2006年03月13日

蝋梅と満月(高齢化社会の落とし穴)


蝋梅に満月いでて平成の長寿の世や惚けにならざれ

なんかパソコンにスパイウェア-とかウィルスとか入りかなり悩まされた。一部の重要なソフトが破壊されて閲覧できなくなった。しょっちゅう電源が止まり利用できなくなっていた。認知症の災難も頭にコンピュタ-ウィルスに犯され正常に機能しなくなってしまったのか、確かにサクラのプログも機能的に使えなくなってしまった。ただなんとか普通の文字と写真はめんどうだがアップはできる。このスパイウェア-とかウィルスをなんとかしようとしてスパイバスタ-なか4千5百円で買ったがスパイウェア-ではなく今度はウィルスだとかウィルスのソフトを買いとか電話で相談したら言われた。なんだこれはスパイウェア-とかウィルスがでてきたからまるでそれにきくワクチンを販売してもうける会社なのか?実際にたいした効力もなかったのである。なぜか外国の同じウィルスを阻止するソフトが自動的にインスト-ルされている不思議である。これは何度消してもインスト-ルされる。これもなんなのだろうか?スパイウェア-に汚染された同時にこのスパイウェア-を阻止するソフトが自動的にインスト-ルされたのだ。ウィルスがしかけられそれを種に金儲けになる会社もいる。このウィルスの被害は甚大なものらしい。インタ-ネットの弱点がここにあることがわかった。使うことさえいやになったからだ。ともかく今年は災難の始まりの年だったのか?次から次と災難に見舞われている。

今日は春の満月がでていた。90まで生きるのがめずらしくないのが、平成の時代であった。しかしここに大変な落とし穴がまっていた。それが認知症だったのだ。90まで生きてボケなかったらそれは別に問題なく長寿の平成の世を楽しむことができた人である。しかし90すぎると半分が認知症になるというのもその恐るべき長寿社会の暗黒の部分だったのだ。長寿社会は高齢化社会はボケ社会ともなる。このボケはなんとも始末が悪すぎるのだ。記憶障害から知能が低下するし人間の醜悪な断末魔を経験することになる。これに身近に経験すると高齢化社会は呪われた社会となる。ボケない前に死ぬことを心から願うようになる。認知症になると人間の尊厳も失われるから怖い。認知症になるまえにいくら社会的に活躍した人でも認知症になるとあまりにひどいから人間失格の烙印をおされかねない、それほど無惨な状態になる。ただ認知症とかボケが何なのか、共通の症状があっても百人百様に現れる。今は回復したから人間的な情が自分に対しては通じているのだ。ただ今は瞬間的にも次々に忘れる認知障害があっても妄想がとれないにしても人間的に通じるものがあるから楽なのである。介護する人を気遣い人間的な情は通じているからだ。介護認定では1か2くらいである。妄想とかせん妄で暴れたときは5になっていたのか、手に負えないものと思った。脳血管性のボケはまだらボケでありなんか正気と異常がまじりあっている。確かに正気かと思うとなんでこんなことが理解できないのか変な妄想にこだわっているのか解せないのである。明かに正気であり正気と思っていると簡単なこともわからない常識も通用しない妄想の世界を何度も言う異常になっている。だからまだらボケは外の人には正常に見えるのだ。そこで誤解されやすいのである。

バソコンの機能も余りにも多くありその一部が使いなくても不便でも使えることは使える。ウィルスではパソコンの電源が必ず切れたりつかえなくなっていた。今はソフトが破壊されておさまったのか一部はだめになったが使えている。それでなんとかプログのアップもつづけているのだ。

2006年03月15日

日永の街(認知症の人をあづかる場がない)

春満月正気の時や認知症

春満月走る電車に光り増す

春の日やショ−ウィンドウに変わる品
  
街中に日永の光人の波介護を離れしばし歩みぬ


認知症はアルツハイマ−と脳血管性ではかなり違ったものだった。症状はにていてもかなり違っている。脳血管性は高血圧とか血管がつまるとか血流が悪くなり起きる。とするとこれは高血圧とかと深く関係してなる。どんな人がなるというのではなく高血圧の人はなりやすいから注意しろとなる。アルツハイマ−は集団で治療することがいいが脳血管性は個別的に対応した方がいいとあるのもなるほどと思った。個別的に対応したから脳血管性の認知症は効果あったのかもしれない、この脳血管性のボケはまだらボケでありどこまでが異常で正気なのかわかりにくいのだ。精神病とかこの認知症には誤解が多いのだ。知らない人は気味悪いとかなるのはらい病と同じである。実際に身近に接しないとわかりにくいものだからだ。この認知症に接してなぜ正気なのにかなり高度なことも理解できるのに非常に簡単なことが理解できない不思議である。銀行から自分で金を落とせないという不思議である。通帳とかハンコをもっていてもなくしてしまったり金をおろしたことさえ忘れてしまうからそうなる。知能が確かに低下しているのだがニュ−スを一緒にみていてもてもかなりむずかしいことを理解しているから話が通じている。それなのに簡単なことがわからない不思議がある。

今介護で自分の一番の問題は留守にできない、認知症の人は一人でいると不安になるから一人で留守番できないのである。だからあづかってくれるところが必要でありそれが認知症をかかえた家族の一番の問題であることがわかった。それで不利なのがこんな一万の町では託老所とか簡単に民間で金を払いあづかってくれるところがないことなのだ。あづけるには看護の認定が必要だとかこれもかなりめんどうで時間がかかる。昨日はやっと親戚の人が来て相手してくれたのでひさしぶりに仙台に行くことができた。

ヨドバシカメラで10万のパソコンを注文した。ウィルスでダメ−ジを受けたパソコンは初期化する他使えない、そのためにもう一台必要になったのだ。手頃なものがあったので買ったのである。これも明日とりにいくのでめんどうになる。なんとか一日でも二日でもあづかってもらうとそれなりに自分の時間を確保して自由を楽しむことができるがこれが今自分にとって一番むずかしい問題となっているのだ。

2006年03月16日

春満月(認知症は地域がいやしの場に・・・・)


春満月正気の時や愛の満つ

広瀬川せせらぐ音や芽吹きかな

春日さし松の幹太し故郷に看護の日々や病いやさむ


仙台に行き10万のパソコン買った。ウィルスにられたからパソコンを初期化したりして元に戻す必要がある。その前に新しいパソコンで主要なことはやれるようにしている。クロ−ズアップ現代でウィニ−でパソコンがウィルスの被害にあい個人情報がもちだされない方法を紹介していた。ウィニ−をやるときは個人情報などを置かずウィニ−専用として使う、他は別なパソコンにする。これなどはいい方法でありパソコンを二台持ち使い分けるのがいい方法である。パソコン自体は今は安いからそれができるのだ。

認知症でも正気の時は本当に正気であり母親だったら息子、娘への愛がそそがれる。まだらボケはまだそうした正常だった頃にもどったように見えるのだ。だから春満月のように母の愛ある姿にもどったような感じになる。しかしまた一転してやっぱりボケて馬鹿になっている。

青葉城恋歌では広瀬川が歌われたがあの詩も良かったのである。広瀬川はせせらぐ浅瀬が多いからだ。瀬音ゆかしき杜(もり)の都・・・仙台に広瀬川があることはやはりかなりの潤いをもたせているのだ。その土地にあった芸術を創造するとそれはその土地と結びつき長く生きるものとなる。青葉城恋歌はその土地の人が仙台に住んでいる人が作ったことに意義があったのだ。わかりやすい音楽だったことで余計親しまれたのである。その土地には村でも町でも市でもなにかしら特徴があるしあるべきである。それを見いだすのが芸術でもある。

南相馬市の鹿島区の右田浜の松原にはいい松があるのだ。幹が太い松がある。景観的には火力発電所でそこなわれたがあそこの松にはいい松がある。その土地にはなんらか必ずいいものがある。それは自然だけではなく人間が作り出すものでもある。ボケの問題にしてもその地域で受け入れられるような市町村だったとしたらそたはあたたかい地域となる。いづれにしろ介護というのが高齢化社会では大きな深刻なテ−マになることは間違いないのだ。老人はその土地と一体化して生きてきた人が多いからその土地から切り離されることは精神が不安定になるしとくにボケになったら特にそうなるから施設に隔離したりすると症状が悪化するというのがわかるのだ。



















2006年03月18日

翁草(記憶障害と感情の謎)

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何故になごみ老いざれ悲しかな翁草二輪わがもとに咲く

虫一匹来たりて
誰か悩まさむ
ひそか一輪
紫のクロッカス
また庭に咲くかな


10万でDREAMSYS のパソコンを買った。これは10万ではすぐれものである。メ−カ−品ではないがこれだけのものを10万だとするとパソコンは安くていいものが買える時代になったのだ。56年前でもこれなら30万はくだらないものである。パソコンや通信は誰でもやれる安価なものになったのである。ウィルスで前のパソコンはだめにした。これも初回からウィルスの攻撃にあった。それをプロテクトしたとでてきたからだ。全くこのウィルスはっかいなものであることがわかった。どうして入って来たのか?さくらのプログにトラックバックが百とか一週間くらいつづいてきた。こんなところからも攻撃されたのだろうか?プログからもウィルスが入ってくるのか?これは実にやっかいなものであり初期化しないかぎり使えないものになっていたのだ。

人間の脳は認知症になっても初期化できない、壊れた記憶の部分は海馬というところらしいがこれはストレスを受けても記憶する細胞が破壊されるからストレスがかかると認知症になりやすいともなる。認知症は老化するとなりやすい、それにストレスがかかるとさらに破壊されやすい、衝撃を受けて記憶する細胞が破壊されるのだ。ベトナム戦争で記憶障害に陥った兵士がいたのもそのためだろう。そして不思議なのはこの海馬の領域と扁桃(へんとう)という感情をつかさどる領域が隣り合わせになっていることなのだ。記憶されないことはいらだちそれが隣の扁桃(へんとう)に即影響して感情的怒りとして爆発する。これが認知症の怒りやすいくなるメカニズムなのかここはまだわかりにくいからこの次に書いてみよう。今回は新しいパソコンで自分のプログにアップする練習なのでこれ以上は書けない、次からここを興味を持ったので書いてみよう。

2006年03月21日

翁草二輪(ヨブ記と認知症)

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翁草二輪に水やり我がもとに置きて静かに朝の日さしぬ

聖書のなかにはのネブカデネザルブ王のことを書いたがこれもなんらかの精神の病のことでありヨブ記にも現代に通じる病気のことが書いてある。

肉は蛆虫とかさぶたに覆われ、皮膚は割れ、うみが出ている。」(7:15)

 「骨は皮膚と肉とにすがりつき、皮膚と歯ばかりになって、わたしは生き延びている。」(19:20)

 「わたしの皮膚は黒くなって、はげ落ち、骨は熱に焼けただれている。」(30:30)

 ヨブの皮膚は恐ろしく腫れ上がり、熱を帯び、黒くなり、ひび割れを起こし、膿が生じ、蛆までも湧く始末でした。

 「病は肌着のようにまつわりつき、その激しさにわたしの皮膚は、見る影もなく変わった。」(30:18)

 「遠くからヨブを見ると、それと見分けられないほどの姿になっていた」(2:12)

 この皮膚病のために、ヨブの外貌は恐ろしくゆがめられ、友人ですらその姿が見分けられないほどでした。

「息は妻に嫌われ、子供にも憎まれる。」(19:17)

「泣きはらした顔は赤く、死の闇がまぶたのくまどりとなった。」(16:16


これはおそらくらい病(ハンセンシ病)のようなものだった。らい病になったものは血縁さえたたれて隔離された。しかしこれは伝染病でもなく危険なものでもなかったら家族というのも無情なものだったのだ。認知症をかかえた家族の方がもっと苦労しているからだ。「息は妻に嫌われ、子供にも憎まれる。」認知症になると子供に悪い影響があるから一緒にできないとかもちろん妻にも嫌われる。

私のうめきは水のように流れ出る
私の恐れるものが、わたしにのぞみ
私のおそれおののくものが、我が身に及ぶ
私は安らかではなく、またおだやかではない
私は休みを得ない、ただ悩みのみがくる

ヨブ記(3−24)


私の恐れるものが、わたしにのぞみ
私のおそれおののくものが、我が身に及ぶ


おそれおののくもの・・・これは精神の病であり認知症もその一つに思えるのだ。これは本人もそうだがその回りのものも「私は安らかではなく、またおだやかではない、私は休みを得ない、ただ悩みのみがくる」こうなってしまうからだ。こうした災難は義人だったヨブにも起こった。認知症にしてもそもそもこんな過酷な病気になるのはなぜか、その人に原因があるのか?確かに一部はあった。その人の人生とか性格とかが影響してなることは確かにありうる。自分は何も悪いことはしていないというが何か自分自身が見えずに一方的に言っているのだ。ヨブの場合はそういえても認知症になった人はには何かしらの欠陥に由来している。ただなぜ認知症になるのか?これは様々な要因がありわからないのだ。

恐れおののくもの・・・これは過去にもあったし今もある。それが癌であったりエイズであったりらい病であり精神の病だったのだ。認知症も不可解な病である。ヨブはまだ精神の病にはかかっていないし身近にもいなかった。いづれにしろこの恐れおののくもの・・・これは病に如実に現れるが他にも戦争とか自然災害とか人間の生活には必ずあるものだし結局認知症にかかった自分の家族も戦争−自然災害−認知症・・・・これら恐れおののくものを経験した人だった。ほとんどの家庭や人生でこうした経験を課せられる。しかしその人生の最後に過酷な刑罰のような病気に課せられるのは酷いとなる。それが高齢化社会でいたるところになる人がふえてくるのだから高齢化社会は呪われた社会だとなってしまうのだ。長寿に神の祝福がないことが解せないのである。










2006年03月23日

春寒し(認知症は人間を戯画とする不可解?)

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春寒し昔語りて認知症

紫のクロッカスひそか一輪の庭に咲きふゆも誰か知るらむ


今日も親戚の人が来て昔を語った。墓参りにゆくつもりだったが今日は寒くてだめだった。まだ梅が咲いていないのは今年は寒かったからだろう。認知症の人が昔を語るのは昔にこそ自信にみちた自分の存在があったからだ。そのとき自分は今のあまりにも無力となった自分ではない、いろいろなことができた人の世話もできた自分だったからその昔を語ると自信に満ちた自分に帰れるからであるし現実に語っているときそうなっているのだ。自分の金である年金とか貯金の管理もできないというのもなんともあわれである。金をもたしてもどこかに隠したりしてなくすことが多いからもたせられないのである。自分の金も自分で使えないとなるとなんとも情けないとなる。なぜなら金は一番の力を持っているものだからだ。認知症でも障害者でも金をだせば客になるから粗末にできないのである。だから金にこだわるというのがわかるのである。

それにしても認知症は不可解な奇病である。なぜニュ−スなどを見て高度なことを理解しているのに他の世間話でも大人の会話が通じているのに貯金のことや簡単な整理ができないのか、バッグを10個くらい持ち一個のバッグにサイフを何個も入れてやたら封筒とかに金を入れてかえって金のありかがわからなくなり金がないと騒いでいるのだ。金が盗られると思い秘密の場所に隠すのだがそれがかえってわからなくして金が盗られたとか騒いでいるのだ。まるっきり忘れる記憶障害から様々な症状がでてくる。疑い深くなったり記憶されないことでいらだち怒り安くなったり不安になる。記憶する海馬が破壊されたために起こる病気なのだ。単なる物忘れとは違い海馬という記憶する部分が破壊されたため感情領域とか理性領域とか様々な脳の分野も影響を受けて脳全体の働きが低下してしまうのである。これはベトナム戦争でこの海馬が破壊されて異常をきたした兵士がいたことでもわかるのだ。老化とともに記憶する海馬にストレスがかかり破壊されて脳全体に影響して認知症になった。

それにしても人間の脳は心なのだから脳の一部が破壊されるとこんなふうになるのか?脳と心の関係がわかりにくいしこれは不可解である。脳と心は別物と思っていたからだ。心は神が作る、魂は神が作ると思っていたからだ。脳と心とか魂とか霊の関係はどうなっているのか?認知症に接してこの関係がどうなっているのか不思議でしょうがない、海馬という記憶の領域が破壊されたとすると脳を機械のようなものとして考えられるのか?記憶する海馬という部品が不具合を起こすとパソコンにウィルスが入ってパソコンソフトが働くなるようなこととにているのか?なぜ人間がこんなみじめなものにされてしまうのかもこれだけはなんとも不可解である。

全く人間の尊厳が失われこれが人間なのか?これが人間の最後の姿かと唖然としてしまうのである。死というのも無残であるが認知症になるようなことも死の前に人間が戯画のように笑い物ののようにされてしまう不可解さがある。ヨブはそんなことにされたが認知症のようなものにはされていない、意識も頭も正常だったからだ。人間が機械ではないから機械が壊れてがたがたになるようなものとは思えなかったからである。いづれにしろこの認知症は人間を失墜させるものでありなぜこんなものが人間に課せられ死んでゆかねばならないのか?これではあまりにも人間というのは無惨すぎるとなってしまうのである。

2006年03月25日

梅が咲く


手折りきし梅の香るや食卓に認知症のケア今日もつづきぬ

畑に咲いていた梅を手折り食卓においた。香りが流れる。今日は破けた布を針でぬったり昨日は鍋物の料理をしたりこういうことはできるのだ。長年やってきたことは体で覚えているからできる。認知症の人はやれることはやらせた方がいい、なんにもさせない、家族と一緒にいても役割のない老人はぼけやすい、人間は生きている限り人であれ自然であれ必要とされる存在であらねばならない、それは死の時までつづくのだ。
認知症でも認知症は軽度の段階なら家族とか地域でもそれほど問題なく暮らせるかもしれない、ただ今までのつきあいとか様々なことが正常な時と同じようにはできない、今まで世話する方であっても今度は世話される方になるしなんとなくつきあいづらくなるのはしかたがない、そこを大目にみて受け入れてくれれば地域でもなんとか同じように軽度であれば暮らせるかもしれない、多少問題が起きたが今のところ正常の時と同じように生活が継続している。

2006年03月27日

夕雲雀(老いを受け入れる)

故郷に老いゆくものや夕雲雀

どうも自分自身が老いに入ってゆくのだから老いがテ−マになってしまった。認知症というのも明らかに老化の極端化したものともいえるし脳の老化と関係してふえてくるから高齢化社会では地域でもめずらしくなくどこにでもいるし地域でそうした障害者と共生せざるをえなくなってくる。施設に収容しきれなくなってくるからだ。

軽度の認知症の方をトレーニングしますと3年後に
は55%の方が良い状態でもっています。認知症の前段階の人をトレーニングしますと87%の方が良い状態でもちます。
悪くなってからではなかなか良くなるのは難しいということが言えます


認知症は早期発見すると回復させやすいが悪くなると回復させるのがむずかしくなる。ところが物忘れなど老人になると誰でもするから単なるボケとかに思ってしまい見過ごしてしまのである。すでに自分の家族の場合も2年前からその兆候があり医者も気づいていたのである。とすればその頃から今のように密なるコミニケ−ションをしていればもっと回復していた。それでも軽度だからなんとか回復してきた。軽いうちに放っておかずいろいろ刺激を与えたりコミニケ−ションをとることが必要だったのである。

それよりも2年前より正常なときですら濃密な家族のコミニケ−ションがとれていれば認知症になる老人は少なくなるのではないか?この辺はわからないが自分の家族はそういう点であまりに普通の家族ですらない異常な家族だったのである。だからこそ認知症がでても不思議ではなかったといえる。家族環境が大きく作用してなるというのは間違いないような気がする。花に水をやったり田畑を手入れするように人間もかかわらないと花が早くしぼんだり作物も育たないと同じである。


うらうらに照れる春日に雲雀上がり心かなしもひとり思へば -大伴家持

この歌は現代の人の歌だと言っても誰も疑わないだろう。きわめて近代的抒情と同じなのである。これは老いと通じるものがあるだろう。
認知症といっても百人百様である。極端な物忘れは共通していてもすべてがわからないとか馬鹿になっているのではない、大人の会話が通じている不思議があるしユ−モワとか笑いとか人間的なものもわかるし通じているのだ。ただ極端な物忘れから整理が苦手になったり物盗られ妄想が起きたりするのが特徴である。

老いれば真昼の空にさえづる雲雀のようにはいかないが夕雲雀のように依然として認知症ですら人間として美しいものにふれ笑い悲しみ感動することはあるし人間的なものが通じるのだ。笑いがあるうちは人間だというのも言える。笑いとかユ−モアがない世界は荒寥とした世界となる。人間は確かに悲劇なのだが悲劇が喜劇にもなっている。認知症の悲劇を語ってきたがここには何か喜劇にもなっているのだ。これはまだ軽度だからこんなことを言うようになったのか、それとも認知症の人に接してなれたのか?人間はどんなことにもなれるということがあるからだ。最初はショックでもなれてしまいショックを感じなくなるということはありうるのだ。

ともかく人間とは老いるものであり老いは不可避的に起こるものであり老いは自然現象でもある。だから老いを受け入れざるをえない、植物でも生物でも老いは共通にある。それは自然現象であり自然なことであり老いをすべて醜いものとすることはできないのだ。老いて死んでゆくことはみんな避けられない、その老いをことさら嫌い否定することは自然ではない、社会でも地域でも老いを受け入れる寛容さが必要になってくる。ただ問題は高齢化社会はその数が多くなることが最大の問題なのである。これは自然現象としても社会現象でも不自然なものなのである。そのために認知症もふえるからやはり老いというのは自然現象でも数があまりに多くなるとこれは不自然なものとなり認知症のようなものが自然からの長寿社会への警告としてでてきたのかもしれない、エイズとかも性の乱れの天からの警告、神の戒めのようなものがあったからだ。

2006年03月28日

河口の芽吹き(認知症のメカニズム)

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ABCDと情報が海馬に入っても記録できないから整理、分類もできない、前頭野に働くことができない、そこでいらいらして扁桃−感情領域にすぐに反応して怒りやすくなり極端になると暴力になるのだ

潮満ちて光る河口や芽吹きかな

潮満ちて波のひびくや沖に船松健やかに春山望む


認知症になるとなぜ簡単な整理や分類ができなくなるのか?薬の整理や書類の整理や金の整理が全くできなくなる。そしてなぜいろんなところに分散して隠してかえってわからなくなるのか?まず自分で整理したものをすぐに忘れる、記録できないから整理できないのである。今引き出しから出した下着でもなんでもちょっとそのままにして部屋を出ると引き出しから出した下着やいろんなものが外にでている。それは自分が出したものなのだがその記憶がないから誰が出したちらかしたとなり大騒ぎになる。認知症の中核症状はここから始まっているのだ。ここがベ−スでありここから様々な問題行動へと波及する。自分がしたことをまるっきり忘れるしその自覚もまるっきりないから自分で引き出しやタンスから出したものは誰なのだ、こんなことをするのは誰なのだといらだち怒り身近な人がやったとなりものすごく怒る、いたずらするなとか盗るなとかこれが相手によりものすごい暴力になるのだ。それで家にもいられなくなった嫁とかがいる。

認知症の問題はここからすべて波及してくる。自分がしても忘れても自分がした忘れたという自覚が全くない、とすると誰かがしたのでありそれは妄想化して誰かが家に入ってきて盗っていったとか大騒ぎする。今日も薬がなくなったと泣いて騒いでいたし昨日はクリ−ムがなくなった盗られたと親戚まで電話して騒いでいた。犯人は誰だ?と恐ろしい剣幕で問い詰めるがその犯人は自分なのだが記憶する部分、海馬の細胞の破壊のために情報が記憶されないので瞬時にわすれるために整理とか分類ができなくなる。自分でわすれているのに自分が犯人なのに恐ろしい剣幕で他者を犯人にして追求し怒るのだ。その怒りが異常だから手に負いなくなるのだ。本人の側にたってみれば海馬であれ記憶することができないのだからそこが破壊されたことがそうさせているのだ。だから犯人は当人でもあるが記憶する機能が破壊されたことにありそこがガンと同じように回復しない限りこの症状は改善させることができない。

この脳のメカニズムはまず海馬が破壊されたため記憶できない→前頭野で整理、分類できない→扁桃(感情領域)への怒りとなる

最初の妄想化して夜中に暴れた行動も今ふりかえるとこのメカニズムであり理屈的に全く訳のわからず暴れたのとは違っていた。最初何がなんだかわからずショックを受けたから狂気としか思えなかった。では最初の妄想化して暴れたのが極端な異常かと思ったら今もそれは継続しているから今でもそうなりうるからこれは認知症特有の行動であり訳のわからないものではなく理屈的にもわかるものだったのである。根本的には記録する海馬の回復がないかぎりこれは直せないのである。そこからすべてが狂ってしまったからだ。

ともかく認知症をかかえた家族は苦しんでいるからなんとかいい方法がないか探している。「認知症 直る」とかでアクセス解析で見たらあったからこの人もなんらか直らないまでも回復する方法を探しているのだろう。他にもなんとかいい方法がないかみんな探している。自分も探している。でも基本的に今を記憶することができないことが致命的でありここを改善する方法がない限り直る方法はない、記憶する海馬なりそこのところがなんらかの方法で取り戻さない限り直るとか回復することがむずかしいのだ。

「潮満ちて光る河口や芽吹きかな」これは光る河口のところを波のひびくやとかしたが直して光る河口とした。実際に俳句にした場は河口だから河口という写生の場を明確にする必要があった。写生としては河口が良かったのである。その場を忠実に写生することが作る俳句よりいい俳句になることは確かなのである。

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2006年03月29日

春の雷(老人の脳の活性化を)

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老の身に刺激与えむ春の雷

春の雷眠れる記憶目覚めなむ


今日は気候の変化が激しかった。最初は晴れていたがみぞれになり次に春の雷の嵐になった。認知症というのは奇妙な病気である。瞬間的な記憶が喪失するということはどういうことなのなか?「毎日風呂にするか」というのは昨日風呂に入ったことを忘れているから言うのだ。だからカレンダ−に風呂に入った日の印しをつけておく必要がある。この記憶できないということで薬を飲んでのを忘れて薬を飲みつづけて病気を悪化させたということが事実としてあったのだ。瞬間的にでも自分のしたことをまるっきり忘れる、記録できないのである。

しかし過去の記憶は鮮明に残っているところがあり昔の話は延々としているのだ。保健婦をしていたから農家などを回っていろいろ食べ物や野菜などをもらった話やコジハンのことを話していた。コジハンとは農家の人が野良で働き午後に休んで食事をとることであった。必ずそういう人が畑や田んぼにいたのである。働く人の姿がそこにあったのだ。今は機械だけが大きく目につき人の働く姿が見えないのである。コジハンという言葉には当時の生活の雰囲気がにじみでている。これも死語となってしまった。

今の記憶がなくなっても老人は過去の記憶に生きる。過去の記憶も人間に欠かせないものである。歴史は過去の記憶であり常に現代を知るには過去にさかのぼらねばならない、現代を知るには過去をしらねばならないし未来も過去から生まれてくる。現在だけに人は生きていない、動物には現在しかないが人間は遠大な過去から現在に未来に生きるものである。そこに人間の存在意義があるのだ。過去は発掘されず眠っている。それが現在によみがえる時がある。過去はまた現在の人がよみがえらせるのだ。新しい発見は未来より過去にあるのだ。

認知症の人と接してこれはバカになったのだからなんのようもない廃人だとはならない、いろいろな経験をしているしそれぞれの一生を持っている人間である。それぞれの話を聞いていればその人の過去がよみがえり学ぶことがある。生きた歴史を学ぶことができる。自分の場合は人と接するのが苦手だが認知症の人は病気なのだから病気の治療として回想法があり聞きやすいということもある。過去のことを遠慮なく語ってくれることもあるからだ。その話は実際の経験した生活と密接に結びついている。だからリアリティがある話なのである。人間は道具を作る動物だとかいろいろあるが言葉を持つ、語るということも人間を人間たらしめているのだ。今機械化してコミニケ−ションが希薄になった時代、語るということを復活せねばならない時代なのかもしれない、この語りのなかに老人も生きてくる。老人になれば何かしら必ず経験しているから語り伝えるものがあるのだ。それはどんな人にもある。とるにたらない掃除婦として過ごした人にもあるのだ。長い人生の中でそういうものにも意味があるし語るものはあるのだ。だから老人の語ることを若い者は嫌がらないで良く聞くべきだし同じことを際限なく言うのでいやになるということもあるがやはり聞いてやる必要がある。そのなかに何かしら得るものがあるのだ。

ともかく人間はたえず変化し向上心で生きねばならない、それが宿命であり停滞は許されない、老化してゆくなかでもさらなる飛躍をこころみる。病気になっても病気を生きねばならない、病気や年取りたくないといってもそうなるのだからそこになんらか積極的意味を見いだすのが人間である。絶望の中にも一すじの希望を見いだしてゆくのも人間なのである。