2012年06月27日

出稼ぎ時代から地元の定着を望み原発事故が起きた (破壊された飯館村の平穏な生活)


出稼ぎ時代から地元の定着を望み原発事故が起きた

(破壊された飯館村の平穏な生活)

 


川俣方面へ下っていくと、中腹におせん茶屋の跡があった。赤い頭巾とよだれかけを掛けられた地蔵があった。
「旅の若い石工がこの地のお寺に頼まれて石地蔵を2体刻むことになり、先の1体目は出来上がり、後の2体目を刻むとき、泊まっていた家の娘と恋に落ち、2体目が出来上がると別れねばならないため、思いあまった石工はわざと地蔵の肩を切り落とした」
http://www.musubu.jp/trymiharu2.htm

山国である信州(長野県)では耕地が少なく零細な村が多かったため昔から(冬稼ぎ)といって秋の農作業が一段落すると農民が大量に江戸で出て奉公人になって現金稼ぎをしていた。
伊那郡高遠街の周辺は高遠石工もその一つだった。(那須の民話)
http://www.janasuno.or.jp/soumu/nasuno_minwa/168_takatoo-sekkou.pdf

 


飯館村から山木屋に出る塩の道の途中にあった石地蔵はここから来た石工だったらしい、たまたま「出稼ぎ」というキ-ワ-ドで探したらでてきた。出稼ぎは別に現代の問題ではなく江戸時代からあった。昔から農業だけではやっていけないから出稼ぎが生まれた。冬は農業も暇になるのだからその暇を活かすとういことで出稼ぎが生まれた。東北では雪深い所が多いのだから日本海側からも江戸に出稼ぎにでた。



冬季の出稼ぎが可能となった背景は、2つの理由が考えられる。
一つは、千把扱(せんばこき)の導入である。千把扱は元禄頃に始まり、大正頃まで広く使われた脱穀機で、農業生産手段の大変革をもたらした。千把扱が導入されて、脱穀作業が容易になり、年内に脱穀作業が完了し、出稼ぎが可能になった。

 もう一つは、千把扱の導入によって、冬季の収入源を失った小規模経営の農民が、否応なく出稼ぎに向かわざるを得なかったことである。

他領の酒造家が、南部杜氏を求めた理由は、南部杜氏の技術の優秀さによるものである。18世紀から19世紀の記録によれば、同じ量の米を使って南部杜氏が造る酒は、仙台領の地元杜氏が造る酒の量の約1.5倍から2倍弱にも達し、南部杜氏の酒造技術がいかに良かったことがわかる。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/264290553.html

脱穀作業がなくなり収入源がなくなった。これも現代の出稼ぎとにていた。

わら仕事や薪炭生産がなくなるなど、生産・生活資材のかつての自給から外部依存への変化で冬場の仕事がなくなっていたことも出稼ぎを可能にした。さらに規模の小さい農家の場合には除草剤の導入などで夏の労働力も過剰になっていた。

 こうして出稼ぎが可能となっていたのであるが、必要不可欠にもなっていた。
 耕耘機などの機械の借金は返さなければならないし、かつてとちがって多額の農薬代、肥料代を払わなければならなくなっていたからである。それに、薪炭やわら・ぬかなどが石油・プロパンに代わったように、これまで家族の無償労働で自給生産していた生活資材も有償の資材にとって代わられている。生産費、生活費等すべてにわたって都市の商工業から購入せざるを得なくなり、貨幣支出が増えているのである
http://j1sakai.blog129.fc2.com/blog-entry-114.html


ここは大学教授のサイトだから詳しい。江戸時代にあったことが現代にもあった。ただ現代の変わりようは大規模であった。生活の根本から変えられてしまった。江戸時代から戦後十年まではともかく自給自足で基本的な生活を支えていた。身の回りにあるもので生活していた。田んぼもない土地もないものでも自分の家でも川原の空いた土地を畑にしていた。つまりなんとか自給自足の生活をみんな心がけていたのである。またそうしなければ生きていけない時代だった。

その自給自足時代から高度成長へ急速に変わってしまった。その時出稼ぎが大きな問題となった。都会で労働力が必要となり金の卵が生まれたのもそのためである。出稼ぎも社会問題となったのもそのためである。出稼ぎが別に江戸時代からあったものだったが高度成長時代の出稼ぎ問題はまた違っていた。


「三ちゃん農業」広まる 高度成長支えた居残り家族 


機械化、農薬、化学肥料が労力を軽減させ、三ちゃん農業と出稼ぎの期間を長くした。

耕作面積の拡大とともに、コメの単作から、トマトやアスパラガスといったハウス栽培などにも広げたことで、出稼ぎは「私の周りでは、ほとんど見られなくなった」と米森さんは語る。
http://doraku.asahi.com/earth/showashi/110308_02.html


NHKのアサイチで飯館村の牛を飼っている人が出稼ぎで牛をふやして地元で生活できるようになったとか言っていた。ここでも出稼ぎしていた。それも牛を飼うためにそうしていた。高度成長時代では出稼ぎで農家のことがいろいろ問題にされた。そこに急速な時代の変化があった。原発でもその周辺の町ではやはり出稼ぎ問題があり地元で出稼ぎをしないで地元で暮らしたいということで原発を誘致してそこで働くことで現金収入になり地元で生活する。ともかく農家でも電気製品から車から教育費から何やかにやと金がいくらあってもたりない時代になったのである。基本的に自給自足時代は身の回り物で貧しくても協力して生活するということがあった。でも高度成長時代から金がいくらあってもたりない時代になったのである。原発を誘致したのもそういう田舎の事情があった。基本的に自給自足の生活でいいとなれば原発も誘致する必要もなかったのである。原発でなくても工場を誘致したりアスパラガスを栽培したり飯館村のように畜産や乳牛で生活をして出稼ぎ時代は終息した。

都会に田舎から労働力が流出して都会が豊になる身代わりに田舎では出稼ぎなどで現金収入を都会でえざるえをえなかった。そこで田中首相が列島改造論で公共事業で金を地方に回した。そういう時代が高度成長の時代だった。地方の原発の誘致もそれとにていたのである。地方でかえって誘致に積極的なところがあったのである。東京に電気を供給する代わりに地元に金がおりるというのも極めて象徴的なことだったのである。その結果として東京の犠牲になったのが福島県だったともなる。


飯館村は原発の恩恵をほとんど受けていない、つつましくまでいに暮らすという平和な村でありこんなに騒がれる村ではなかった。それが一転して放射能の村とか補償金をぶんどるだけの村とかにされてしまった悲劇の村になったのである。それは飯館村の責任でも何でもない、そういうふうに原発事故で理不尽にされてしまったのである。若い人はやはり牛にこだわり仕事に愛着があるから復興牧場を浪江の人とかとも共同で起こすと言っていた。でも飯館村には帰れない、帰る帰れないとか議論しているよりもう新しい世界で悩み希望を見いだしたいというのもわかる。農業はどうしてもあれだけ汚染されてしまうとにくいからである。結局帰還できない区域とか居住制限区域とかに分断され
隣の長泥地区は帰還できない地域に指定されて5年間で一人600万支払われ隣の蕨平地区はそうでないから将来の生活設定が立てられないとか不満になり地域でも意識が心が分断されている。

もう補償金をいかにとるかしかなく地域も分断され心も分断されている悲劇である。金だけもらったからといって補えるものでもない、墓のことをしきりに言っていたけど先祖とのつながりが墓にあるからそれも金では償えない、金ですべてが解決するわけでもないのだ。ただ今や金だけがとりざたされる不幸がある。外から見ても内部でもそうなってしまっている悲劇なのである。

失われた平和の村

山と森に囲まれ平和な村があった
ついこの前までそうだった
その人たちを話題にすることもなかった
人々は田畑を耕し牛を飼い平穏に暮らしていた
もの言わぬ牛と広い土地と森と山につつまれ
平穏な村は隠されるようにあった
今はただ放射能と補償金の分捕りが話題にされる村
隣の地区とも金でもめたりと
避難した人も金の問題でうとまれる
金のことが語られないとき平和があった
それは飯館村だけではない
金が問題になるときそこに平和がなくなる
金持ちも財産でもめるし金が人間の欲をむきだしにする
平和な自然との共生の村は失われた
森の中に黙している石のように
知られざる日々が幸せだったと・・

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2012年07月08日

南相馬市でも原発に働く人が多かった (また福島第一原発で働く人に出会った)

 

南相馬市でも原発に働く人が多かった

(また福島第一原発で働く人に出会った)


今日もたまたまあった人は原発に勤めていた。津浪のとき誘導されて免震棟に避難した。その後も誘導されて避難した。原発で働いていた人はかえっていち早く安全な場所に避難した。放射能の危険も知っていたからである。原発で働いている人が近辺に住んでいたがそこの住人には何も知らせずいち早く避難したことで非難された。なぜ知らせてくれなかったのか、放射能の危険を知らせて一緒に逃げるようにしてくれなかったのか非難している。浪江ではスビ-ディのことを知らず一番危険な山の中の津島に避難して被曝した。海沿いの方に避難していたらそんなに被曝しなかった。それもスピ-ディを公表していればわかったことであるが知らされなかった。それで浪江町で東電や政府の過失を訴えている。そもそも放射能がどういうものかさえわからない、その対処方法も教えてもらえなかたっのである。ただ安全だ安全だとしか強圧的にしか言われてなかった。それはも地元の人たちもまたそうした強圧的な言い方に同調して安全神話は作られたのである。そして思った以上原発で働くかかわっている人が南相馬市でも多かったのである。偶然にしては多すぎる。


浪江-原発の下請けで働いていた
小高-前に原発で働いていた
原町-事故の時原発で働いていた
原町-大熊のス-パ-で働いていた


自分のような交際範囲の極端に狭いものでも偶然にあった人に聞いてみてもこれだけかかわっている人にあっている。大熊で働いている人は原発の町は景気がいいから仕事もあったために一時間通勤にかかっても働いていた。原発までは通勤で一時間だから通っていたのである。原発で働く人は回りでもかなりの人がいるということである。なにしろ給料がいいから働きたいという人が多いのである。火力発電所でも千人働いていたことには驚く。それだけの雇用ができる場だった。だから浜通りは会津などと比べて景気が良かった。特に今住めなくなっている警戒区域はそうである。今は棄民にされたとなげていなるけど事故の前はそうではなかった。そもそも隣の町が原発で潤っているということでうらやましがって隣の町も原発を誘致に賛成して補助金をもらうようになったのである。

そして原発で働いている人は東電を批判しにくいということを言っている。恩恵を受けているからそうなる。他でも東電に盛んに無責任にテロしろとか言っているけどそれができないのはやはり恩恵を受けていたからである。

実際に東電に働く人がどれくらいいたのか統計をとってみればほかりやすいだろう。そういうことかできなくても偶然にあったにしては原発で働く人が意外と南相馬市でも多かったのである。原発によって経済が回っていたということがあった。だから一旦原発を導入したらそのうまみが大きいからやめることができなくなる。双葉町でも富岡町でも原発を稼働させろと今でも言っている。


浪江・小高原発(南相馬市、浪江町)の建設計画の白紙撤回や、
新設電源を、すべて自然エネルギーとする定款変更
などを求めた株主提案は、いずれも否決された。


地元で反対してもまた原発作られるのか?地元の力ではどうにもならないのか?それほど原発の要求の圧力が強いのか?何とも解せないことである。小高にできたら南相馬市も事故があったら住めなくなるぞ、今だって住めなくなって避難している人がいるのにこれはどういことなのか?東北電力も原発なくしては電力を供給できない、そういう体質になってしまっている。東北電力だって完全に安全とはならないだろう。こんなところに住むのが怖いとなるし子孫だってそんなものがあったら安心して住めないとういことがでてきてさびれてしまうのではないか?今回は30キロ離れていたけど今度は20キロ圏内だから恐怖である。相馬市も30キロ圏内になってしまう。


ス-パ-に黒い三組が買い物していた。アフリカ系らしい。言葉からするとそうみえる。島商会で中古車を買いに来たらしい。島商会では「お客さん」と読んでいると勤めていた人が言っていた。島商会はあんなに高い所にあったのに津浪があそこまできたけど助かった。だから早めに復旧した。相馬港も復旧したからロシア辺りに中古車を出している。相馬港から出せるようになって便利になった。
浜通りだからそういう便利はある。漁業よりそうした貿易港になれば金が入る時代である。

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2012年07月10日

原発事故の原因は技術的な問題の前に単純なモラルの欠如 (自国の防衛は自国しかできない)


原発事故の原因は技術的な問題の前に単純なモラルの欠如

(自国の防衛は自国しかできない)

原発事故の原因をいろいろ考察してきたけど人災とされたけど本当にそうだと思った。その原因は人災だったのである。ということは天災ではないから原発事故でも人間的対処で防ぐことができたということである。ヒュ-マンエラ-だとすれば防ぐ手段があったのだからそれを怠ったことによるのだからその非は津浪にあるのではなく地震にあるのではなく人間側にあった。


アメリカ側がマ-ク1という古い型の原子炉を日本に輸出した


アメリカ側のGEの落度をほとんどとりざたされないのは戦後日本はアメリカに負けたのだからアメリカの政府の支配下として出発したのだから日本はそういうアメリカの命令には従うという習性になっていたし強制されていたからアメリカ様の言うことには逆らえない、それは官僚でもアメリカの支配下から出発したのだから検察でもアメリカ側についているのだ。そこに原発事故が起きた一つの大きな要因があった。アメリカ側ではどうせ日本だし遠いから危険な欠陥商品の原子炉を売りつけてもかまわないという判断があった。結局他国になればどうしてもそうした考えになる。だからこそ自国の安全は軍事防衛だけではない、原子力のような技術的な問題でも自国を守るのは自国しかない、他国は責任をもたないということから出発しなければならない、食糧問題でもいざとなれば他国は日本を助けないという前提ではじめねばならない、現実にアメリカでは西海岸には地震があるからと原発を作っていないかった。地震がこれほど多い日本を考慮すればアメリカ側で危険だから輸出できないとなっている。マ-ク1は特に欠陥があるから危ないとなり輸出できないと良心的にはなる。でもその良心が麻痺するのはやはり利益優先になり金になるということであった。そして外国だから遠いし自分たちには安全は関係ないと判断して危険なものが売られたのである。

それを輸入した側の日本にも問題があった。自分たちの特に読売新聞社の正力松太郎が自分の野望のために原発を利用したのである。日本が地震国だということを無視して安全を宣伝したのである。
中曽根首相もそれに加わった。そこから原発が輸入されるようになった。最初に常に利益ありきということが問題を起こす、安全を言えば利益にならない、それで東電の清水社長はコストカッタ-としてのしあがりこれも安全よりコストカットとなり高台に決められていた地盤を削り取り低くして金をかからないようにしたことが命取りになった。企業が利益追求するのは悪いことではない、そうでなければ成り立たない、ただその前に必ず利益だけではない公共の利益追求問題になる。利益追求だけが先んじるとかえって失敗する。会社経営でも基本的な所でモラルに欠けると致命的になる。モラルなどめんどうだから必要ない、技術さえ優秀であればいい、ところが経営と技術はまた別なものである。経営とは何か人間的なものがあり単に技術の優秀さだけでは通用しないものがある。


経営者には何か良心的なモラルが要求される。東電にはそうしたモラルがトップにはなかった。モラルというときむずかしいものではなく正直さとか誠実さとかがなかった。再三危険を指摘されても応じずに事故は隠蔽されつづけてきたのである。権力をもっているからそれもできた。その権力が奢りにつながり大事故につながった。こういうこと歴史上いくらでもあった。権力をもつと必ず奢り独断的になり他者の言い分はきかなくなる。原発事故は原子力というむずかしいものだからその原因は素人には専門家でない人にはわからないと自分も思っていた。原子力が何かとなったら皆目わからないからである。でも事故の原因は極めて人間的なものだったのである。それも単純なもの正直でないとかそういうモラルにあったのである。アメリカ側も原発の危険性を隠しもうければいいということでモラルに欠けていたし日本側も一個人の野望から原発が導入計画されたことでもわかる。それは技術の問題ではない単純な人間的問題、モラルの欠如だったのである。


明治維新後に人間がモラルを喪失してただ金を追求する利益人間になった。それは職人気質というとき個々人が技術に励み人格が形成されていた時代とは余りにも違う。また狭い村の中でモラルが維持されていた時代とも違う。大会社とかで組織的に人間が生きるようになったとき人間の個々のモラルは喪失した。単純な正直であれよなどということは誰も教えられないまでも常識だった。でも今はともかく金になることがいいことだ金を追求することが第一となりそれがすべていいことだとなった。学問も技術もそのために利益追求のためにある。それで個々人のモラルも喪失しているから結果的に上にたつ人もモラルより利益優先になりそれで失敗したのである。経営で失敗するとき何か技術的なものだと思い込んでいるけどモラルの面で失敗している。


その人は技術的に優秀でも経営で失敗したのは人間的なものだったかもしれない、人間的にモラルや情とかそういうものの欠如から経営者になったとき事業に失敗した。基本的な常識的モラルさえない、借りたものは返さねばならないとか恩を受けたら返さねばならないとか今の人にはない、恩さえ感じない人間がふえたのである。金を借りれば返さなくてもいい、恩を受けても返さなくてもいい、もらえるものはもらえるだけもらえばいいとなっている。自分のあった人はみなそういう人たちだった。一人は大犯罪者だった。もらえばいいだけではすまないみんな盗ってやれとまでなっていた。それほどのモラルの荒廃が今は庶民の間で広まっているからすでに人間の社会はいくら技術がこれほど発達して原子力まで利用するようになっても単純なモラルが喪失しているからもう滅んでゆくほかないのかもしれない、たとえこれほどの高い技術をもっても人間自体はモラルもない野獣と化している。

だからこそ利益だけを追求するから欲望だけを追求するから事故になったのである。地元の人でも利益優先主義だからともかく安全より利益だとなっていたこともある。東電は技術集団でも権力をもっているから野獣化して横暴化する。謙虚さを失い他者の意見もきかない、何でも自分たちでできるんだという奢りだけになる。政府もそれに加担して歯止めがなされなかった。それは技術的な問題ではなく単純なモラルの問題だった。天下り先を東電が提供してくれるとか選挙では応援してくれるとか政治家も利益優先主義で監視できなくなっていたのである。これが社会全体が利益優先主義でありモラルの欠如からそうなってしまっていたのである。モラルがなくなるとき人間社会は破滅する。いくら高度な技術をもっていても破滅することを今回の原発事故は示していたのである。ロ-マ帝国の衰退もモラル的な問題、享楽主義とか何か誠実さとか正直さとかのモラルの喪失から滅びた。。


武士道がこれほど言われるのはやはりそこに武だけではない日本人のモラルの模範のようなものがあったからこれほど武士道を再興しろと言われる。日本人にモラルがない、仏教にも神道にもモラルは喪失した。かといってキリスト教のモラルももっていない、とういうことは日本人には宗教のモラルもないとしたらどうなるのか?日本は技術をもっていても野獣化社会になるしなっている。そのことを明治維新のとき武士道を基にキリスト教信者になった内村鑑三が言っていた。西欧化すること技術を導入してキリスト教を導入しないことは危険である。文明とは技術だけを分離して導入することはできない、西欧文明とはキリスト教文明だからと言っていた。日本は技術だけを便利だからと導入した。そこに落とし穴があり今日のモラルなき野獣社会が庶民まで普及して腐食させた。アメリカ文明でも民主主義でも自己の欲望の追求が民主主義とされたのである。仏教を導入したときは技術だけではない、仏教文明そのものを導入した。それが明治維新との大きな相違だった。いづれにしろ原発事故は技術的問題だけから起きたものではない、その原因には広範囲なモラルの欠如から社会の欠陥から起きたのである。

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2012年07月13日

楽は苦のもと苦は楽のもと (文明の便利さになれた生活が原発事故になった)

 

楽は苦のもと苦は楽のもと

(文明の便利さになれた生活が原発事故になった)

何事においても厳しい環境にいた方が、次に楽になるし、
楽な環境に甘んじていたら、次にしんどい思いをすることになる。


楽は苦のもと、苦は、楽のもとだ。

今、楽だな、幸せだなと思っている人は、少し厳しい環境に飛び込んでみたり、
しんどい事をしてみるといい。


下の部屋に新しいク-ラ-があったからかけた。それで今度はク-ラ-をやたらしていいのかと考えた。原発事故でみんな考えたろう。ボタン一つ押せば電気が使える、その安易さが電気はポタン一つで使える、ク−ラ−でも使える、炬燵も使える、電灯でも使える、要するに楽をできるということである。電気があるのが当たり前の生活になっていた。電気がどうして作られるのか、それを身近に真剣に考えた人はいないだろう。電気はあるものである、そして未だに故郷がなくなるなどと考えた人があるだろうか?家族はそれぞれの事情でなくなったりするけど故郷までなくなるということが想像した人もいないだろう。だけどこの辺ではそれが現実化しているのだ。飯館村が草ぼうぼうになっている。人は住んでいない、あれはやはり異様でありこの辺も草ぼうぼうでも人が住んでいるし日常の生活はある。飯館村にはない、ぼうぼうの草におおわれてしまう。その現実が信じられないのである。
それは避難している人が一番感じている。毎日泣いているいうのもわかる。あれをみたら途方に暮れてしまうだろう。家が草に夏草に埋もれてしまう異様な光景だった。確かに家でもヘビの棲家にもなってしまう。なんとか車が通っている所は道が生きている。でも村は死んでいる。草ぼうぼうだから冬より荒れ果てた感じがした。


結局人間は本当に個人的にも楽は苦のもとなのだ。自分の人生をふりかえっても楽すぎたから今の苦がある。食事がいつも用意してあるから食事はいつも用意されているものだと思っていた。その期間があまりにも長すぎたのである。ほとんど一生の時間がそういうふうに楽だったのである。一時路頭に迷ような生活をしたがそれも一時期だった。あとは楽すぎたのである。その期間が余りにも長すぎたから楽であることが普通だと当たり前だと習慣化していたのである。だからそういう楽している人は苦しい状態になるとかえって苦しい状態に耐えられない、なぜなら楽が習慣化しているからなぜこんなに苦しまねばならないのかと常に思いつづけるのである。それほど楽な状態が当たり前になりすぎていたのである。それは今回の原発事故でも言えた。電気は楽のもとであった。電気はボタン一つで使えるものだ、楽ができるものだと思っていた。電気がどういうものかどうして作られるのか、どういうコストがかかっているのか?そういうことを真剣に考えた人は専門家でないかぎりない、電気はボタン一つ押せば使えるものだと思っていたのである。

原発がなくてもそもそも電気を作るのにはそれなりのコストがかかっていた。電気の元はもともとは石油だった。石油は中東からタンカ−で運ばねばならないもので金がかかるものだった。石油が供給できなければ車さえ使えなくなる。石油が欲しくて戦争にもなる。命より石油の方が大事になる。それが電気を供給して楽の元になっていたのだ。電気は実際は高価なものだったが意識されなかったのである。楽の元になっているものが意識化されないことが今日の原発事故の原因にもなっていたのである。もし電気を手動で水をくむように手で回すように起こしていたら電気を起こすことは大変な労力だと意識する。ところが電気はそういうふうに意識されないから電気について真剣に考えないのである。


双葉町の人だったか大熊だったとか原発よりロウソクで一家で暮らせる方が良かったと言ったことでもわかる。故郷を失い家族がばらばらになりそれが意識された。原発は実際は高価なものでありそのために支払われていた代価は実際はとてつもなく大きなものだったのである。原子力は魔法のように電気を作り出すものではなかった。原子力で発電することは知能的にもそうだし大変な労力がかかり危険なものだった。それは確かに楽を作り出すものだったが苦を作り出す元でもあったのだ。

つまり楽は苦の元だったのである。双葉町辺りでも貧乏で藁に寝ていたとか言っていたがその苦も実際は楽の元になっていたかもしれない、いくらなんでも藁に寝るようなことにはならない時代がきていたからだ。それが原発で豊かな楽な暮らしができると思って実際にそうなったとき来るべき苦のもとになっていたのである。今の暮らしは確かに苦しい、でもこの暮らしでもいつか楽になる、これよりはましになるとか働いていればそれなりの豊さがきづけた。原発のような恩恵はないにしても藁に寝るような生活になっていなかった。楽をするコストのことリスクのこと真剣に考えさせられないからそうなった。ただ楽になる豊になるということだけを各自思い描いていた、その楽になる元についてはほとんど真剣に考えなかったのである。そこに便利な文明の落とし穴があったのである。


文明はあまりに便利だからその便利さを供給しているものが何なのか真剣に考えられないのである。働く−ハタラク−が端を楽にするという意味なのは働いている人が苦しいのを見ているからそういう言葉が生まれた。電気には文明にはそうした苦しいということが見えないのである。物を運ぶにも江戸時代なら天秤棒でありあれで良くかついでいけたものだと今になると信じられない、その距離も長すぎるからだ。一キロくらいならなんとかなるが今だととても想像すらできないのである。馬でも牛でも荷物を運ぶことは大変な労力が必要だったのである。そういうことが文明が発達すると目に見えなくなったのである。庭作りして重い石を人間の力だけ動かしたことには驚いた。こんな力がある人がいるのかと思った。でも機械で石をすえればそうは思わない、機械の操作がうまいなと思ってしまうのでありさほどそれが苦労しているようにもみえない、でも実際は機械で石を置くのにも危険なことがあると庭作りの人が書いている。事故につながる場合もある。ただ機械だと機械の操作の方に目が向くのである。
文章だって前のように手書きだったら書くこと自体相当な苦労だった。今だったらパソコンでなれた人はすいすいと文を書けるのである。だからそこには機械の操作にたけていると見ていて苦労だとは思わないのである。

車が物を運んで苦しんでいるななどと考える人はいない、でもガソリンで走るのだからそのガソリンを得るのは実際相当な苦労をしている。それが見えないのである。中東の危険地帯を通らねばならないのもそのためである。あの辺にかかわるといつ戦争になるかもしれない、ある人はアルジェリアまで石油をとるための交渉に行っていた。石油を確保すること原料を確保することはグロ−バルでありそれが大変な苦労になっているのだ。文明社会はそういうことが見えない、いろいろなことが見えず物だけが供給さているのである。バナナとるのにも汗だくの労働だったとか日本人の若者が言っていた。でもバナナなんか安いから簡単に楽に手に入るものだ、いつもあるものだと思ってしまうのである。

ともかく個人的にもそうだが楽は苦のもとになる。快楽なんかも一見楽なものであるが逆に苦痛になるときがある。楽なことは明かに苦に通じている。自分の楽は余りにも長すぎた結果として今の苦がある。浦島太郎の龍宮城伝説などもそうである。美女に囲まれて楽していたらいつのまにか年取っていた。煙のように龍宮城は消えてしまったのである。ショ−ペンハウエルのように苦こそが現実であり楽は快楽でもそれは苦の元になる。苦はやがて楽の元になる。それが確かに人生だったとなる。

すると苦の人生も実は楽の元であり今日のような原発事故で苦しむことがなかったかもしれない、
あまりにも容易な楽な生活にひたっていると楽が当たり前となり習慣化して苦があることを想像すらできなくなる。だから金持ちが没落したり地位あるものが没落することはそれを受け入れられないからかえって辛いことになる。でもそういう浮き沈みは人生には必ずある。楽で終わる人生はないのである。それは今の原発事故でも同じだったのである。

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2012年07月14日

モニタリングポストは必要だったのか (情報は原子力村に今も操作されている)


モニタリングポストは必要だったのか

(情報は原子力村に今も操作されている)
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飯館村を除染していたのは大成建設



「強制的に下げられた放射線量の数値が全国に公表されている」――。20日の会見で、長谷川氏は、仰天の「放射線量改ざん」疑惑を暴露した。
「昨年11月末ごろ、国の除染モデル事業を請け負った大成建設の作業員とみられる10人ほどが、村のモニタリングポストを高圧洗浄機で洗い、土台の土をソックリ入れ替える作業を行っていた。その様子を複数の村民が目撃していたのです」

村の仕事を請け負った大成建設によるモニタリングポストを高圧洗浄と周辺土壌の入れ替えによる意図的に放射線量を低く見せる「改ざん」です。
 
放射線量は下がった、除染に効果はあるなどと宣伝し、飯舘村民を村に帰還させることが目的にあるのでしょう。
 
こうしたおかしなことが起こっているのは、経産省を核とする原子力ムラが飯舘村を直轄支配していると考えれば全て納得がいくことばかりです。
 
つまり、原子力ムラの思惑通りにならない村民を弾圧する、原子力ムラに都合の良いように世論をコントロールする、ゆくゆくは村民を帰還させ被曝実験のモルモットにする


飯舘村役場は、村民が自主的に行っている「見守り隊」の詰所に詰所内での政治活動・署名活動を禁じる文書を掲示したというのです。これは除染計画の仮置き場の設置に反対もしくは慎重な村民の声があったことを反映したもののようですが、

実は今、菅野村長の行くところすべてに付いて回っている経産省の官僚がいるのです。村役場でも、常に村長のそばにいる。そして、マスコミの取材の際もその彼が出張ってきて、あれこれと指示を出しているんですね。今では彼がマスコミ取材対応の窓口となって取材をさばくようになった」
 これでは、村長が村民無視で経産省の操り人形になっていても不思議はない。やっぱり国の放射能対策を信じてはダメだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/neverland20050918/28611235.html

 


公園など設置されたモニタリングポストあるけど本当にあれ必要だったのという疑問が地元にはある。なぜなら下の土をとりのぞけば低くおさ
えられるし別なところから土をもってきても放射線量は低くできる。つまり操作できる。だからこそ 大成建設の作業員とみられる10人ほどが、村のモニタリングポストを高圧洗浄機で洗い、土台の土をソックリ入れ替える作業を行っていた

これは国から命令されてそうしている。国では結局権力を持っているからこういうことを命令できる。作業員はなんでこんなことをしなければならないのかと疑問に思うだろうが仕事を国からもらうから命令に従わざるをえない、人間の社会は誰が権力をもっているのか?それを常に見ておかないとどうなっているのかわからないだろう。確かにどこが誰が権力をもっているのかというのはわかりにくい。政府だけが権力をもっているとは限らない、でもここから見えてくる権力とは何なのか?

それは明かに政府が意図的に放射線量を低くしている。飯館村の住人も言っているうよに何で公表される放射線量は低いのだろうと、今は放射線計測器をもっている人が多い。実際に計ってみればわかる。草野辺りでも5マイクロシ-ベルト以上は平均的にあった。森の辺りは7から8あった。またホットスポットもありそこは20とかあった。公表するのはあまりに低くされているのだ。村民を帰還させるためにそうしいる。放射能はたいしたことはないんだよとして村長を中心に村に帰還させるためにそうしている。政府の権力は大きいからその権力の下で住民はコントロ-ルされている。


権力を持つものは権力で支配する。当然情報も支配できる。マスコミも支配できるから放射線量を低くして公表する。ここで自分が問題にしたいのは放射線のこはわからないにしてもなぜわざわざこんなことをする必要があるのかということである。わざわざ土をいれかえるようなことをする必要はないのである。それをなぜ大成建設の社員が従っているのか?そこに権力関係が明確に現れているからだ。大成建設にしたら政府の命令に従わねば仕事がもらえない、それがこんなことして不正じゃないかと思ってもそうせざるをえない、そういうことはいくらでもあった。権力者集団の命令に従わねばとうなるのか、仕事は受注できない、会社が成り立たないとかなる。除染という仕事はこれも公共事業とにているのだ。何千億の予算がでる。

それで飯館村の住民はもう帰れないからその巨額の除染費用を賠償金としてもらえ他で生活をする計画を立てたいという要望がある。それは飯館村は帰れるような放射線量ではないとみんな知っているからである。一部の老人は放射能と関係ないとしても若い人が帰らないなら姥捨山になるから帰りたくないと言っている。ではなぜその除染費用を村民に賠償金として支払わないのか?それは大成建設とかに金を回すためなのである。そっちの方が国で優先されるからそうなる。なぜそういうことをするのか?そこに現代の社会が巨大な会社を優先させているということにある。会社は確かに国に従っているが国もまた大きな会社と一体であり飯館村のような小さな村より大きな会社の利益を優先するのである。東電でも東電の方が国より巨大化していたから保安院も東電に技術的にも知識的にもかなわないから東電のいいなりだったのである。だから国が権力があり会社が従うと言っても逆になっている場合もあるのだ。


大成建設とういうと創価が正本堂を建てたとき大成建設が受注して建てたのだ。その金は巨額となったから大成建設では創価の会員になったりしていた。拠点になった所は大成建設の社員の家だったのである。大成建設では社員まで公明の選挙活動までさせられていたのである。権力的には創価が上であり大成建設はその下になっていた。別に権力は政府だけがもつものではない、宗教団体でも労働団体でももっている。ただその権力関係は一般的に外から見えにくいから不正をしも情報を操作されてもわからないのである。原発の建設から事故が起きてからも常に放射線の被害を低くしようと隠蔽しようとする政府の力が働いていた。飯館村はそれで避難せずに被曝してしまった。その後も政府による情報操作がつづいているのだ。


南相馬市の400億円の除染利権と東大の児玉教授の関係。一押し企業が、利権獲得に大成功してて分かりやすすぎる


除染、除染というけどそんなに効果あるものなのか?なんかそれが除染利権となっている。放射能汚染地帯は会社の利権の場にもなっているのだ。実際に被害にあった市町村に各人にそうした金が回らずに会社に回ってゆく。それが現代の社会である。浪江町とかで政府を告訴しているというのもそのためである。政府が住民の味方となるとは限らない、政府が会社とか一体となり利権の場となり住民の本来の復興はないがしろにされる。権力によって住民の声はおさえられるのである。でも政府と戦うということは巨大な権力と戦うということにもなる。そういう覚悟も必要になってくる。

アフガニスタンの戦争の被害者と高校生が交流したとういのもわかる。故郷も土地も家も奪われた戦争難民と原発難民はにていた。自分たちの住む場所もない、家もない難民である。ただテントには住んでいないというだけである。こういう難民は他の土地に移っても歓迎されないのである。双葉町の町長が棄民と言ってだけど難民にされてしまったのである。飯館村は原発交付金などもらっていないから特に悲劇だったのである。


ともかくこの辺は極めて沖縄のような政治的な場になってしまった。政治が具体的に意識される場になった。それは政治にはかかわりたくないといってもそう強いられている場なのである。特に難民化した人たちは深刻なのである。一体自分たちはどうすればいいんだと将来のことを考えると深刻なのである。自分の場合はわずかに30キロ圏外であるからそういうことはないにしても影響が大きすぎるのだ。病院であれ福祉であれ教育であれ経済であれ影響が大きすぎるのだ。相双は一体であり経済的にはどのくらい縮小したのか?全体では3分の一とかに縮小したかもしれない、すると全体的に影響を受ける。縮小するということはそれは将来的にもそうでありその未来がないということでまた精神的にダメ-ジが大きすぎるのである。マイナス志向しか生まれないからそうなる。老人だけ取り残されたらさらにそうなるからだ。

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2012年07月15日

旧相馬藩内の人口分布 (三分の一くらいに減った-原発難民は邪魔者にされる) 旧相馬藩内の人口分布 (三分の一くらいに減った-原発難民は邪魔者にされる)


旧相馬藩内の人口分布

(三分の一くらいに減った-原発難民は邪魔者にされる)


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浪江 19000
葛尾(かつろう)村 1400
双葉町 6000
大熊 11000
飯館村 6000
・・・・・・・・・
 合計 32400


南相馬市  67,000人
相馬市 36000
新地 7800
・・・・・・

(旧相馬藩内総人口)118000
 警戒区域-32400人



人口的には南相馬市は72000人あったけど流出して減っていた。警戒区域とあわせると合計で10万でありそのうち3万が警戒区域だからその影響が大きい。相馬市と新地を加えると旧相馬藩内では11万人になるがそれでも3万人へっているから約三分の一に減っている。これは相馬藩で飢饉の時三分の一に人口が減ったときと同じかもしれない、この影響は大きいのである。若い人が流出しているからさらに影響が大きい、物流の鉄道、道路が東京と結ばれない、断たれていることも大きいと会社の人が言っている。これだけ広域交通の中で仕事しているからそうなる。流通網が断たれると致命的になるのだ。原町から川俣への流通がふえてトラックが事故を起こした。遠回りになるからそうなる。あの辺は道路が狭いのである。六号線が断たれたことが大きいのである。
この中で老人の割合、60代以上が半分くらいしめているかもしれない,その影響もまた大きいのである。つまりこの辺は高齢化の問題が顕著になる。老人や病人ばかりふえて働き手の若い人が流出する。これは日本全国でそうでもこの辺はそれが極端になる。姥捨山のようになる。だから高齢化問題により真剣に具体的に対処が迫られる。それは一人一人がそうであり老人は若者を支援しなければならなくなる。年金を多くもらっている人はへらしてここで働く人に回さないと老人は福祉のサ-ビスも受けられるなくなる。そういう緊迫したものになる。もうこういう状態では支えきれなくなる。


そして浪江とか飯館村とかまた小高でも原発難民をかかえるとさらに苦しくなる。難民はなんら生産性がないとか邪魔者にやがてされる。相馬市で飯館村の人が農家でトマト栽培で働いたが解雇されたことでもわかる。津浪の被害者もここでは思った以上に多くこの人たちは賠償金が出ていない、それで賠償金をもらえるからいいだうと外から見られてしまうのである。それは磐城でもそうだった。

仮の町といってもただ負担を強いられるだけだと地元では思ってひまう。つまり難民化、棄民化されるのである。アフガニスタンでもアフリカでも戦争の難民をテレビで見てきたけどそれと同じような光景なのである。補償にしてもいつまでもできない、そうしたら働くにしてもその働く場がないから原発を再稼働して金をよこせ、働かせろとまでなっている悲惨さがあるのだ。だから若者はここはも未来がないと流出してゆくことがさらに衰退に拍車をかけて老人と病人だけが取り残される姥捨山にされる恐怖があるのだ。そういうことがこれから深刻化してくる。当たり前のようにあるものがなくなる。病院が一時機能しなくなって手当てを受けられず死に目にあったようにそれと同じ様なことが起こってくる。


 

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2012年07月16日

福島原発地帯の人口の変化の統計 (1960⇒2005年)


福島原発地帯の人口の変化の統計

(1960⇒2005年)


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(海岸沿い)

広野町-5776⇒5136
楢葉町 9430⇒7330
富岡町-12380⇒14700

(旧相馬藩内)

大熊町-7880⇒11000
双葉町-7558-6300

(山村地帯)

川内村-5705⇒2669
葛尾(かつろう)村-2977⇒1482
飯館村-10941⇒6000
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新地 9771⇒7809


1960年というと戦後10年くらいは江戸時代のつづきだったと書いた。燃料はまだ炭だった。食料も貧しいものだった。ご飯炊くのも電気ではなく釜だった。炭でたいた釜のご飯はうまかった。電気製品は一つもなく裸電球と飯台一つしか普通の家には置いてない、水道が入ったのも戦後十年以上すぎてからだった。水は井戸水であり町では井戸水がないから水をもらうほかなかった。この生活は江戸時代とさして変わらなかったのである。これは前に書いたからここでは統計から旧相馬藩内の変化をみてみた。富岡町から南は相馬藩ではなかった。でも原発関係で変化をみた。


海岸沿いはさほど減っていない、広野町-富岡町は逆にふえているのは第二原発があるためだろう。
大熊町は第一原発があるためにふえた。双葉町は減っているのが不思議である。やはり第一、第二原発地帯は人口は全体的にはへっていない、逆にふえている所もあった。まあ、減りもしなければふえもしないというところである。全体的には人口は二割三割と地方では減ったのだから減らないということはそれなりに産業があったからでありそれが原発だったのである。


この統計でわかったことは顕著なことは山間地帯が約半分にへっている。川内、葛尾(かつろう)村、飯館村は山間地帯である。葛尾(かつろう)村はもともと人口が少なかったが半分に減っているのは大きい。飯館村が一万人いたのは驚きである。一万人の数は大きい。なぜそれだけの人が住めたのか?山林資源が豊だから炭焼きなどで生活できた。東京の方に木材を鉄道で運んでいた。だから森林鉄道がどこにでもあった。葛尾(かつろう)の落合まで森林鉄道が通っていたのには驚いた。なぜならあそこは坂が急でありかなりの距離があったからである。この森林資源が原ノ町機関区から鉄道で運ばれた。南相馬市の前の原町市は1960年では4万で同じ人口だがすぐに5万とかにふえたことでもわかる。原町には工場も誘致されてさらに繁栄した。相馬市は人口はずっと同じだった。新地町は前の相馬郡になっていて人口が1960年で9000人ありその後2000人くらいへった。全般的に人口は減ってゆく時代だった。

飯館村が一万人いたが6000人にへった。でも森林資源から牛の飼育に移りそれでなんとか人口を留めた方である。それでも人口の減り方かはげしかった。小高、原町は同じ様な状態である。山村地域は過疎化になり日本全国的にこれと同じ傾向がある。つまり原発地帯は人口もふえもしないが減らないという状態を維持したのが山村の過疎地帯と違っていたのである。


不思議なのは1960年ころまでは本当に今に比べると貧乏だった。ほとんどが農家人口であることでもわかる。それでも人口が多かったのである。貧しくても人が山村でも地方でも多かった。豊になり高度成長以後に地域の人口は減っていった。人口が多いから金の卵とか東京へ森林資源だけではなく人間も労働力として移動したのである。だから人間は発展途上国のように貧乏でも人口はふえる。豊になると文明化すると人口は減るのである。子供も一人とかへっていった。貧乏人の子だくさんであるが豊になるといろいろな配慮が働いて子供はへる。


数字は苦手だけどやはり統計とか数字は社会の状勢を冷静に示すのかもしれない、原発ができて辛うじて人口減をくい止めたというのが現実だった。そうでないと浜通りでかなりの人口減の減少が顕著になったことは確かである。ただ交通的に恵まれているから山村地帯のようにはならなかったろう。工場も誘致できたからである。

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2012年07月20日

組織人間として権力に操作されることが原発事故の原因 (会社も組織も利益優先で権力に従う)


組織人間として権力に操作されることが原発事故の原因

(会社も組織も利益優先で権力に従う)


「強制的に下げられた放射線量の数値が全国に公表されている」――。20日の会見で、長谷川氏は、仰天の「放射線量改ざん」疑惑を暴露した。
「昨年11月末ごろ、国の除染モデル事業を請け負った大成建設の作業員とみられる10人ほどが、村のモニタリングポストを高圧洗浄機で洗い、土台の土をソックリ入れ替える作業を行っていた。その様子を複数の村民が目撃していたのです」

村の仕事を請け負った大成建設によるモニタリングポストを高圧洗浄と周辺土壌の入れ替えによる意図的に放射線量を低く見せる「改ざん」です。
 
放射線量は下がった、除染に効果はあるなどと宣伝し、飯舘村民を村に帰還させることが目的にあるのでしょう。
 

http://blogs.yahoo.co.jp/neverland20050918/28611235.html
 


このことは一見小さいことのように見える。でもこういう小さいことが原発の事故の原因となっていいった。会社にはそんなことできないよとかならないしその従業員もさらにこんなことしていいのとかもならない。上の命令なんだから俺たちはただ従うだけだよ、逆らうことはできないよ、何かあっても上司の命令でやったことであり俺たちには責任ないことだよ、会社は会社で国や官僚の命令でやったことであり俺たち民間の一企業にすぎない、その責任は命令した国や官僚にある。俺たちはただ従っただけだよ、お国の命令に逆らうことはできない、これも例えば戦争の場合でも同じ様になる。会社に戦争のために協力してくれとなれば従業員を戦争に派遣する、それが敵を殺すことに通じても国の命令だから従ったとなる。そこで戦争に協力していいのかとかの疑問をもつこともないし会社にそうしたモラルがない、会社にはそもそも責任はない、命令した方に責任がある。


この場合も小さいことのようでも会社には責任がないし従業員も上司の命令に従っただけであり責任がない、こういうことが組織に従順な人間は戦争になり人を殺しても責任がないとか罪悪感すら感じないかもしれない、戦争犯罪も組織的な様々な現代の大きな犯罪はそうして起こってきた。ナチスでもそうだしオウムでもそうだし東電という大会社の犯罪もそうだった。政府より専門知識があり技術があるのだから
保安院でも簡単にとりこめた。そして東電では利益優先で一時は土盛りして高くした所にわざわざ低くして原発を作った。低い方がコストがかからなかったからである。それで社長はコストカッタ-として社内では評価を得ていたのである。会社が利益優先になるのはやむをえない、でも安全を計るとかモラルは国が正してゆく、しかしその国がモラルをなくすときすべてが間違った方向に向かうことになる。


現代の特徴は組織人間であり組織に属していない人はほとんどいない、何らかの組織に属している。会社という組織に属していないくても宗教団体には属している。だから自主的に何かを判断して行動することができない、常に上の命令に従っているものは習性となりそれが悪いとしっても上の命令には従うのである。そういう実験をした人がいた。それは電流を流しつづけたのだが危険な状態になっても電流を流す命令に従っていた。その命令する人が先生役になっていたからである。先生の命令には従わねばならない、人はそういう習性をもっている。


組織や集団に入ると人は個人としての良識は意識してもそれが行動基準とはなりにくいのです。上からの命令に対して自分の身体から自分の心をぬき、いわば上司の代理人として自分の身体を使い行動するようになる。


組織上、上位の人は下位の人に命令を出す立場にあり、実際に指示や命令を出していますから支配的行動が日常化しているといえます。しかも、部下からの反対や反発はまず表立って起きません、
このために、人間として社会的に抑えられるはずの、あるいは抑えなければならないはずの「支配欲望」が知らず知らずのうちにスム-ズに日常化してしまうのです
(組織のためという大義名分は人間を残酷にさせる-斎藤勇)


現代人は上野霄里氏が言っているように組織集団人間である。個人であるだけですでに犯罪者だと言っているし本当にそう扱われるのが現代なのである。組織に属しているとき会社の一員であれ何であれ組織に属していれば社会人として認められる。それ意外は認められないアウトサイダ-になってしまうのである。最近ふえたニ-トとかフリ-タ-とかはそういう範疇にないから社会側でも困惑するのである。組織人間として統制できない新しい分類の人間群になるからである。権力側にとっては統制できないものとして危険視される。


組織人間の怖さは戦争になっても百万人殺してもその責任はとらないし犯罪者にもならないということである。それはどこの国でも同じである。ナチスのユダヤ人殺戮の真意は今は不明になっているにしろ上司の命令に従っただけだと言っている人が多い。殺人でも上司の命令だからしたとなる。そこに個人のモラルも責任もないのである。ガス室送りに上司の命令でサインしただけだとなる。そういうふうに人間がロボット化しているのが現代なのである。親鸞が千人人を殺して見よ・・というときそれは個人がそうしろと言ったのである。それならいくら善人でも悪人として意識するだろうということである。でも組織的に千人殺しても誰も悪人とは意識しない、自分が悪いことをした罪人だなどと意識しない、組織的に人間はこのように宗教団体だろうが何だろうが悪も何も意識しないし責任もとらない。

オウムが従わない他者はポア(殺人)してもいいとしてあの犯罪があった。それはオウムだけなのか?組織人間全体に通じていることである。組織に従わないものは善悪は問わない、殺してもいい、排除してもいい、それが善なのだとなる。そういう社会が現代の社会なのである。そういう社会から必然的に原発事故も起きてきたのである。戦争のときもそうだけど誰も上の命令に従っただけだというだけである。そうなると上とは誰なのかとなる。それも明確ではない、戦争では一番上は天皇だから天皇に責任があるとなすりつける。でも結局命令した上司は誰なのか?不明となり責任は誰もとらないのである。戦争する空気がありその空気が原因だったとなって終わっているのである。でもそういう空気が作られるのはやはり具体的にそれぞれの権力の干渉があった。原子力村の権力が作られたものもマスメデアには巨額の金が流れていたし政府でも積極的に安全神話の推進者だった。教科書まで安全神話を作り出していた。これは戦争のときと同じだったのである。


組織に属していると会社でも個々人でも納得いかない、こんなことしていいのかとか何か疑問になる。でもそれを言えば会社をやめねばならないから従うだけになる。だから個々人が現代はモラルが形成しにくいのである。かえって個々人が職人だった時代は職人気質としてごまかさないでただ一筋いいものを作ることをこころがける。でも会社人間になるといろいろとごまかすことに手をかすことになってもそこに何か人間として悪いとかモラルのないことを感じない、会社の上の人にモラルがないから下もまたモラルがない人間になる。それは社会全体でもそうでとはないか?なぜ今になり武士道がこれほど推奨れるのか?武士とは武力だけではない、人間としてのモラルを実践する人、体現する人として社会に範を示す人だった。だから庶民もその武士に習ってモラルがあった。その武士はヨ-ロッパの貴族のように財産家ではない、庶民より農民より貧乏な侍でもあった。ただモラルが徳が高いものとして社会の上層部にあった。そこが根本的に明治時代以後の社会と違っていたのである。
明治以降はすべて利益優先主義でありもうければいい、それがすべてだとなった。そこには江戸時代のようなモラルは喪失した。庶民が見習うものも誰が一番もうけているのか,どうしてもうけられるのか、金持ちになれるのか、その価値しかない、だから金を持っている人が一番偉いのである。
金意外の価値というものが考えられなくなったのである。そういうモラルのなさが原発事故にも結びついていたのである。

 


 

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2012年07月21日

美のない都会の荒野 (原発は東京に作りともに滅びるべきだった)


美のない都会の荒野

(原発は東京に作りともに滅びるべきだった)




枯れみだれた葦の中で
はるかに重工業原をわたる風をきく
おそらく何かがまちがっているのだろう
すでにそれは想像を絶する
眼に映るはいたるところ風景のものすごく荒廃したさまだ。
光なく 音響なく
地平をかざる
強烈な陰影。
鉄やニッケル。
ゴム・硫酸・窒素・マグネシウム
それらだ。
(詩集「大阪」より)



小野十三郎の詩のような世界になっている。そこにもはや人間はいない、鉄やニッケル。ゴム・硫酸・窒素・マグネシウム・・・人間は化学物質になっている。そこが一体人間の生きるところなのか?そういう疑問が常にあった。そこにロゴスも言葉も死んでいる。いかに高層ビルやスカイツリ-に美を見いだそうとしてもありえない、人は美のない世界に生きていることが絶望的なのである。小野十三郎は詩で絶望しているし一般的現代詩はほとんどそういう類のものが多い。環境がそうなのだから当然だといえば当然になる。ただそういう世界に人が密集して現実に生きている。そこが首都であり中心なのである。そこはあまりにも「シオンは美しき極み」から遠すぎる。汚濁の極みになっている。神が人間の営みを隠したというときまさに自然の中に隠されたから美を維持できたのである。人間の作ったものがおおいつくしたときそこからは美は何もない、太陽も月も星も映えない世界になった。それでも人は田舎を嫌い都会へ密集する。

風の中に
煙がみだれる。
おれが草だって。
むしろ鉱物だよ。


草はむしろ生き物である。人間は生き物だから草ともなる。しかし鉱物は非人間的なものである。それも石ではない、人工的鉱物化する。

詩篇に「シオンは美しき極み」とある。シオンは公正も行われるところの神の理想郷になる。そこは美しき極みが実現している。そういう全く美のない世界に人間は生きている。美のない世界にまた希望もない、だからさらに文明の闇は混濁して深くなっている。そもそも一千万の東京に電気を供給するために福島に原発が作られた。そしてかえって田舎の美のある自然が破壊されたのである。もちろん豊になりたいということで地元にも責任があった。しかし原発が必要としたのは一千万の東京に電気を供給するためだった。その首都なる東京に美があればいい、それか全くない、東京は巨大な化け物の都市となり胃袋ともなっている。極めて物質化した精神性のない世界である。


放射能の被害を一番受けたのは村が自然のなかに隠されるようにしてあった飯館村であったことも何を示唆しているのか?ある意味で化け物都市の犠牲になったとも言える。現代文明が東京でもそんなに人が密集していなければそんなに電気はいらない、夏でも江戸時代のように涼しい世界を作れるかもしれない、ヒ-トアイランドとか暑くなるからク-ラ-が必要になりさらに電気が必要となる。確かに田舎でも電気は使っているし必要である。でもやはり一千万人の電気を供給するのとは違う。小規模でも電気は田舎くらいならまかなえるかもしれない、とても一千万人となるともうまかなえないとなり原発ができた。つまり文明が巨大化すればどこでももはや電気がまかなえない、そうなればどうしても原発でまかなうほかないとなり危険でもそうする。


だから原発は東京に作れば良かった。そう言っていた人がいた。それが理にかなっていたのである。田舎に作るべきではなかった。田舎は多少貧乏でも自然エネルギ-で電気を作るべきだった。小規模発電で自給するのが向いていたという指摘がある。水車のような自然エネルギ-が向いていた。都会は原発にふさわしかったし原発と滅びる場所だった。なぜ田舎の美しい自然が放射能に汚染されたのか?そのことが納得いかないのである。その田舎の生活の基となる水や土が汚されたことが納得いかないのである。経済的にはすでに比較できないくらい都会が価値がある。でも美的にみたら田舎の方がはるかに価値がある。価値の尺度が経済だけだったら田舎は都会に従属するほかない、でも美的見地からしたら田舎に価値があり東京のような都会は価値はゼロになってしまうのである。


そして神が愛するのは東京のような魔都ではないだろう。飯館村のような自然に隠された村だった。それが現実はその田舎が放射能で汚染され東京はそれほど害がなかった。東京が滅んでも神は惜しまないが自然につつまれた村が滅びる時惜しむ、カムイコタンとか神の村とかアイヌで言っていたのはまさに村は神の所有する村だったからである。東京はソドムゴモラでありそこが真っ先に神によって滅ぼされる場だった。これはただ前兆として田舎に罰が下り次に都会にその罰の矛先は向けられる、その時文明は壊滅的打撃を受けて滅びるのかもしれない、辛うじて生きるのは田舎で自給自足的はじめられる世界かもしれない、現実に津浪の被害でも水を裏山から汲み薪を切って燃料にして生き延びた村があった。都会ではそういうことができないから被害も甚大になる。

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2012年07月24日

江戸時代にもどったような原発事故周辺の不思議 (南相馬市などは特区化して文明とは別な世界を志向するのか?)


江戸時代にもどったような原発事故周辺の不思議

(南相馬市などは特区化して文明とは別な世界を志向するのか?)

●放射能実験室になった福島


ガンマ線を放出する「放射性銀」は肝臓に、化学毒性が強い「放射性テルル」は腎臓に、それぞれたまっていた。牛の胎児の各臓器に蓄積した放射性セシウムの濃度が、親牛より1.3倍ほど高いことも分かった。
 こうした臓器などを多くの研究者に活用してもらおうと、加齢医学研究所内に組織バンクが新設される。12の臓器などを冷凍保管する。精子と卵子も凍結保存し、人工授精して生まれた子牛の遺伝子に影響があるかどうかも検証することにしている。

http://www.asyura2.com/12/genpatu20/msg/244.html

人にも健康調査しているけど動物はもっとしやすい、警戒区域で野生化した牛は汚染された草など食べているから相当に汚染されているし蓄積されている。そこからどれくらい放射能が影響するのか具体的なデ-タ-がとれる。人間とにかよっているから牛に影響することは人間にも影響する。

野生化した牛が家に進入して家が荒されたと20キロ圏内の人が新聞に書いていた。警戒区域で立入禁止にされたことが何か理不尽なのである。一年間も小高区では放置されて荒れてしまった。そして帰りたくないという人もでてきている。やはり一年間くらい放置していると荒れてしまう。犬も一部は野生化しているだろう。飯館村で異様に吠える犬がいた。野生化した犬なのだろう。アフリカでテレビでやっていたが野生化した犬が狩りをして生き延びていたとか写していた。チェルノブエリでも野生の狼やヘラジカが立入禁止区域に入ってきた。奇妙だけど佐須の山津見神社には日本狼が祀られている。日本でも狼が住んで神として祀られていた。犬も野生化すると狼になる。異様に吠えていたから不気味だった。飯館はまだ立入禁止区域ではないからそんなに荒れてはいない、でも野生化した犬などが住んでいるみたいだ。そのうちイノシシなどが頻繁にでてくるかもしれない、平常のときでもイノシシは原町区の大原まででてきていた。あそこは結構車が通るのにでてきていた。そのために家が荒されるとういことがある。


村でも町でも人が住まないとどうなってゆくのか?警戒区域の荒れ方はひどいものになってゆく。一瞬草原を幻のように駆けさってゆくものがあった。あれは野生の犬だったのか、狐だったのかなんだのか、警戒区域からでも柵もないのだから出てくるのだ。この辺はまるで映画のようなありえないことが現実化しているのだ。こんなに多くの人が仮設住宅暮らしているのも異様である。でも立入禁止区域になっている所が一番理不尽な仕打ちをされている。
いづれにしろ警戒区域では田畑に葦がしげりそこがヨシキリの巣になりすみつく、おそらく鳥などには放射能の影響は少ないだろう。でもチェルノブエリでは燕に影響した。二年も放置すると相当に荒れてしまう。津浪の跡には塩分があり草はあまりまだしげっていない、枯れている。葦は塩分に強いから繁る。


●江戸時代の感覚にもどる不思議


なんだかこの辺は警戒区域になったとき道路も車も通らず静かになった。それが江戸時代に帰ったように思えた。今は原町区-相馬市は鉄道が通っているし高速道路も通っている。でも東京と六号線が通じていない、だから原町区から川俣を通って中通りにでる道が混雑して事故が起きた。この辺の住んでいる感覚は何かやはり江戸時代に多少もどってしまったような感覚になる。それはなぜか?
六号線が東京と通じないためである。現代が交通で広域社会化しているとき交通網たたれると陸の孤島のような感覚になるのだ。そして不思議なのはもともと双葉地域は相馬藩と磐城藩の境の地域であり明治になってから開拓されてきた地域である。大野とか広野とかの地名はあの辺は人も住まない野であゃ森林地帯だったのである。浪江は古代から標葉郷とあるから古くから住んでいた。双葉も江戸時代から住んでいた人はいたし武家もいた。その先はやはり野であり森林地帯だったのである。


そして今感じることは相馬藩は磐城方面とはあまり交流がなかった。なぜなら江戸時代の碑を見ると伊達藩との交流しているのが多いのである。山神の碑が多いがこれも小牛田であり館腰という駅があるが館腰神というのも相馬藩内にある。黄金山神社とかもある。東光院とかいうのも岩切に中世の寺がありこちらに伝播された。その伝説も残っている。伊達藩由来のものが相馬藩内には多いのである。その元が伊達藩内にありお参りしていたのである。仙台辺りまではそれなりに歩いても馬でも行っていたということである。それがどういうことなのか、今の状態がまさにそうなのである。磐城方面から江戸への道は遮断されて遠くなった。しかし例えば参勤交代でも実は栃窪を通って飯館村に通じる塩の道があり飯館村では塩を管理する奉行があり60人もその境界の飯樋に住んでいた。そこから山木屋を通り二本松に通じていたのである。塩の道でも磐城とは交流があまりないのである。磐城や江戸への道が浜通りとしてたたれたということはまさに江戸時代にもどった感覚になるのだ。


昔は磐城とか江戸と関係しなくても自給自足経済だから成り立っていたのである。これだけ物流かはげしくなると成り立たない、その物流が断たれた時、江戸時代にもどった感じになる。江戸時代はまさにこうして閉鎖された世界で自給自足で生活していた。だからこそ別に外部との交流がそれほどなくても生活できていたのである。もちろん貧しいことは貧しいが生活はできていた。そういう生活に甘んじていれば原発など必要ないとなっていた。江戸百万都市があっても別にそれは経済的には関係なかった。伊達藩では米を江戸で商品として売っていたから江戸は消費地として必要であった。でも自給自足経済のときは江戸は関係なかったのである。相馬藩内でまかなう経済だったのである。つまりそういう生活は今できないにしろそれににた生活していれば原発は必要ないとなっていたのである。その時この辺は一段と静かであり江戸時代の闇がもどってくる。文明生活してきたからそれに耐えられないということも確かである。そういう世界はまた自然の回復があり江戸時代の感覚がもどることにもなる。ただ文明生活からより離れて何か原始的感覚をとりもどすということもある。現実に津浪の跡に原発事故で人がいなくなった所が葦が繁っておおってしまったところはまさに江戸時代にも原始時代にもどったとなる。


●中世化する世界(物欲から知価へ)


詩人、陶淵明の嘆いたのは農村の経済的貧困化ではなく強欲な人間によって耕されすぎることだった。決して故郷へ帰って一村一品運動をしたわけではない、だから故郷が草ぼうぼうで木々が伸び放題だったことを喜び長い長い余暇時間を得た生活を是としたのである。(堺屋太一-知価社会)


中世は人は働いていない、物財に固執しない、働かず物欲がなく、ひたすら思弁にふけり抽象化した世界になっていたという。つまりプロテスタンシズムというのが資本主義のエ-トスとなって勤勉の思想が宗教が初期の資本主義だった。そののち世界中が物欲のとりこになった。物欲を満たすことだけが生きることだった。日本ではすでにそうした傾向は低下して物欲への追求は減退している。
それも一面そうなのかもしれない、高度成長時代はかえって物欲増進の異常な世界だった。この時企業戦士とか言われた人たちがいて物欲の追求がありそれがかなえられていった。しかし今や経済が衰退するというとき実は衰退ではなく社会が物欲追求の社会から中世的成果にもどっているからかもしれない、何か自分の状態はパソコンでたまたま抽象画に凝ったり思弁的になっているきはそのためである。こうして延々と文章や詩を書き続けているのもまさに思弁的であり物欲追求とは違う。


この辺が本当に草ぼうぼうになっても誰も飢えたりしない、何か食料に困窮している人はいない、ただ仮設の食堂に集まり昼間から酒飲んだりしているのである。避難した人は働いていない、この辺では回りが草ぼうぼうになって田畑は荒れて誰も働いていない、こんな世界があるのかと思ってしまう。だからといって江戸時代のような飢饉になるわけではない、いづれ補償金がたたれたら苦しくなるだろうけど今のところはそういうことはない、自分も日本を世界を旅行したが今やあまり動きたくない、内面的になり思弁的になっている。だから何か家にこもって抽象画で遊んだり思弁的になり延々と文をつづり詩を書いたりしている。それは中世的世界なのである。思索すること思弁を楽しんでいるのだ。思索するということはこれも一つの訓練である。思索はきりがなく深くなってゆくのだ。
それはあらゆる対象にそうなってゆく、絵画を見てもいろいろ思索してそれが文明論になってみたりとする。思索は思弁はきりなくある。そこ
で時間は延々と費やされるのである。


物の生産ではなく知価の生産だということは言える。そういう時代に変わりつつある。高度成長時代に働かない人は本当にまれだった。みんな馬車馬のように働いたのである。働かない人は本当に変人の変人だった。ほんのわずかのアウトサイダ-になっていたのだ。今やニ-ト、フリ-タ-とか何か働かないことが一般化しているのである。それも中世的現象として時代の変化になっているのかもしれない、物に対する欲望が減退しているのである。物を得たということもあるかもしれない、だから次に何を得るかとなると心を働かせるものであり物を無限に生産して売るということではない、具体的なものではなく知価だとなる。知価というとき茶の世界でも茶碗に価値がでたのは知価であり物がいいとかではない、それにまつわるもの、誰かが使っていたから価値があるとかその物について加えられた無形の価値だったのである。もの自体ではなくその物に付け加えられた物語的価値だったりしていたのである。


●ア-ミッシュのような特区化する?


いづれにしろ一千万の東京はここからは遠い感覚になるが実際は経済的には相当に影響している。
原発がここに建てられたことでも東京とは切り離されずこの辺の田舎もあった。日本全体が東京の影響を受けざるをえない、地理的には離れていても現代のような交通網が発達した文明ではそうなのである。でも感覚的には離れているからそれを感じないのである。ただこの辺が一つの文明から離れた特区として自然エネルギ-で自給したり田畑がだめになったら花を栽培して花園にしようとか言うアイディアは面白いと思う。川内村では実際に試そうとしている。花は放射能とはあまり関係ない、ひまわりが今も一面に咲いているのは気持ちがいいのである。ただそもそも自給自足するとしたら現在のような米も自給できないようでは何もできない、外から米まで買っていたらとてもそうした特区の自給自足にはならない、ただここが特区としてア-ミッシュのような生活空間を形成したらそれまた外部からも注目される。ア-ミッシュの人は文明的生活を拒否して生活している。人々は実際は文明的生活に疲れている。それで癒しを求めているのである。するとこうした特区は江戸時代に還り一段と闇も深く静かな世界となる。もし電気もわずかしか使わないようにしたら闇も深くなる。


それはまさに江戸時代の再現なのである。もちろんこんな世界に住みたくないという人はいるし若者はでてゆくかもしれない、今でも流出しているからいろいろ問題がでてくる。姥捨山になってしまうかもしれない、しかし一方で文明をあえて否定して生きたいという人も若者にもいる、現実にそういう人たちは前からいたのである。そういう志向の人は江戸時代のような所に住みたいと志願する人もいるかもしれない、限界集落はそういうところである。そんな所には誰もすまない、墓場になでしまう。それも一つの特区として文明のない世界として全体からみたら意味あるものとなるかもしれない、今人は文明生活にするのに疲れているから何か癒される場所が必要なのである。何か無のような空間を必要としているのである。馬鹿を言え、無の空間にするとはどういうことか無人の市町村にするのか・・姥捨山にするのか・・・そういうことはあるにしても何か文明とは違う別な空間を生み出すことは価値あることかもしれない、そこが癒しの場になるということもありうる。

ただそこに江戸時代になると医療のサ-ビスなどが受けられないとかなりこんな不便な所にいられないと脱出する人があとをたたないということにもなり遂には誰もすまなくなって文字通り元の野原や森にもどってしまうということにもなりかねない、死に場所としてはそれもいいと老人では住む人がいるかもしれない、それも一つの死に方だという人もいるかもしれない、ともかくこの辺はこうした思考が働くように何か異様なのである。では一体この先どうして生活するんだというときなかなか先が見えてこないからこんな思考をしてみたりしているのだ。松川浦では魚をとって外部の市場で売れたから元にもどってゆくのか?他はだめだろう。小高区は何年かしたら帰るだろう、飯館の人はどうなるのか?


●一年半過ぎた避難者の心境は?


京都の伏見区に若い夫婦が移住した。


露と落ち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢


秀吉の辞世の句だったけどここで作られた。


露と落ち 露と消えにし わが身かな 飯館のことも 夢のまた夢


飯館のことも双葉のことも浪江のことも夢のまた夢となってしまったらどうするのかとか想像する。何か落武者のようになっている。新しい村に集団で住むというのもまたなかなかむずかしいだろう。

涙もて帰る日を今日も待つ仮設暮らしも長くなりにき


牛の名を今日もよみあげ帰れざる飯館村の人の哀しき


いづれにしろこんな事態は本当に不思議になってしまう。津浪の被害者もまだどこに住んでいいのか算段がつかない、元の場所に住むのか高台に住むのかこれから仕事はどうするのかとか何も解決していない、これからどうなるんだうというときこれからどうすればいいのか、どう対処していいのかとか住んでいる人は否応なく決断が迫られる。それは世代間でもかなり違ったものとなる。若い人が流出すると生活ができなくなるだろう。そういう不安定な状態がつづくのがこの辺なのである。


アーミッシュが多く居住するランカスターはスリーマイル島から南東に40kmほどに位置しており、スリーマイル島原子力発電所事故(結果的には健康被害はなかったとされる事故)のような技術災害が、技術自体を好む好まずに関係なく社会全体に影響することの代表例として知られている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%
83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5


どんなことしたってやはり文明の影響を受ける。40キロだったら自分の住んでいる場所とだいたい同じだった。いくら特区にしても文明の影響はまねがれないのである。

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2012年08月01日

原発被害地域で病院福祉などの労働力不足 (他者にばかり頼っていいのだろうか?)


原発被害地域で病院福祉などの労働力不足

(他者にばかり頼っていいのだろうか?)

 県内では震災と原発事故で介護職員の退職が相次ぎ、71施設で226人が不足し、うち約4割を沿岸部が占める。厚生労働省は全国の自治体に派遣支援を要請している。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20120605_03.htm


医者とか看護師は資格がないとやれないからとやかく言われない、でも介護士の人が福岡から来て施設で働くようになった。仮設住宅を3千万で作り住居も用意した。ある人は福岡県から来ていた。そんな遠くから来ているのと驚く、もちろんこの辺は土木関係を中心に仕事がふえたから全国から来ているからめずらしくはない、でも疑問なのは一方で仕事をしていない人が膨大な数にのぼっている。その人たちは昼間から酒飲んだりパチンコ屋に行ったりと遊んでいるという批判がある。パチンコ屋が繁盛してパチンコ屋で勤めている人もいる。こういう状態は異常である。そもそも異常事態なのだから異常であってもしかたがないとなる。けれども何か矛盾している。そもそも別に原発事故があり避難者になったからではない、その前から労働には問題があった。介護などは大家族の時は家族でしていた。死ぬのも家でほとんど死んでいた。ところがそういう家族労働の分野も社会化して専門家がやるようになり素人はできなくなった。介護などはちょっと習えばできそうなものだけどできない、例えば事故が起きたらどうするんだとかなる。専門家される問題は前にも指摘した。そして今やとても福祉でも金もないしこの辺では特に労働力が不足するのだからサ-ビスは限られるようになる。

だから特別養護老人ホ-ムでは300人待ちなど当たり前であり入れなくなっている。民間だと金持ちしか入れない。だから本当は何でも国任せで福祉でもサ-ビスなど受けられない時代になる。病院だって身寄りのない重症者も出されている。医療や福祉にはもう金がかけられないと国では在宅でやれとなっている。その時家族も少ない、夫婦とか二人くらいしかいない家族でやれというのも困る人が多数出てくる。一方が病気の人も多いのである。在宅介護する環境に恵まれた人はまれである。それでももう国では何でもできるわけではない、限界であり受け入れられないのである。それは自分だけの問題ではなくみんなの問題なのである。


原発事故や津浪の被災地は他とはまた違った特殊なものとなった。普通だったらそれほど今は労働のことを言わない、でも被災地などでは復旧の労働が不可欠であり労働が今までより貴重になっている。特にこんな暑いとき下水道の工事などしていると大変だとなる。上水道と下水道の工事があり下水道の工事は未だにいたるところでしている。それだけ時間がかり大変な作業になっている。だから小高などではそうした下水道などの整備に時間がかかるからなかなか帰れないのである。でも一方で労働力がないということはない、現実に昼間から酒飲んでいたりパチンコ屋通いをしている。それは磐城などでは批判されている。補償金で金があっても避難者のために働いている人は磐城の人たちだからである。病院でも福祉の介護関係でも仕事がふえているし避難者がその仕事をわけではない、また専門家して資格がないからやれないとかある。

異常事態だから異常なのはしかたないといつまで言えるのだろうか?そして福岡とかそんな遠くから労働者を呼び住宅を用意して金をかけている、では一体その金はどこからでているのだろうか?地域性がないからそういう時代だといえばそれまでなのか?でも復興とか盛んに言っても昼間から酒飲んでパチンコ屋通いが復興なのだろうかという素朴な疑問がある。実はこんな状態になり何か前より一人一人問われているのかもしれない、あなたはこの土地で必要な人なのか問われているのかもしれない、余裕ある時は良かったがそんな余裕がない、ボランティアにしても地元の人ができるのに遠くの人に頼っているのも変なのである。原発事故は政府が責任があり全国民にも責任があったとして援助してくれる。しかしそういうふうにいつまでも他者まかせにできるものだろうか?地元の人がやれることもやれないで他からとんでもない遠くから来た人に頼っているというのがおかしいと思わないか?


復興だ、復興だと言っても何か地元の人がかえって国任せ、他者まかせになる。補償金をふんだくるだけだと他から非難され福島県は外から国民に寄生する人たちだと印象が悪くなった。一時的にはしょうがないにしてもいつまでもそういうふうに補償金とか他者任せでいいのかとなる。それが復興になるのか。仕事が専門化して誰にできないとかはある。でもそもそも一人一人が何か前向きになり努力しないこともある。何かやれることがあってもしないのである。墓に自分の親の名を刻まない人もそうだった。何も金がないなら前も借りにきていたのだしその金を自分はくれてやった。だから世話になった人なのだから金はくれてやる。

しかし頼みにもこないのは結局そもそもその人は親に対してそうした気持ちすちないのである。何か有用なことに金を出してくれとなれば出す人はいる。ただそういう気持ちがないのである。そしてただ無駄なことに費やして努力もしないのである。だからこの辺は復興と言っても自らが何かをしようとしないのだから復興にならない、ただ国任せ他者まかせである。でもその金がいつまでも国から援助され他から援助されるのだろうか?補償金をふんだくり生活保護者のようにされてしまうのだろうか?それをいいとしたとき被災地は精神的に荒廃してゆく。
したくても何もできないとういのもわかる。でも一人一人が何かできることをしないとこの辺は荒廃してゆく。普通だったらこんなことを考えない、こういう事態だから一人一人が問われている。
復興とは何なのか?もちろんそこには放射能などどうにもならない問題がある。でも何かこの辺は変なのである。

こうなるとこういうところにいたくないと未来がないと若者がでていくのも仕方がないともなる。

復興といってもその道筋が見えないしただ国任せ他者まかせ補償金をもらうことだけになる地域というのも嫌だとなるかもしれない、いつまでも補償金を頼りにはできない、その補償金や国の援助は復興のためなのである。その復興が何なのか?未来が見えないからここから出てゆく若者がふえるかもしれないし現実ふえている。ともかく一人一人が役割をもって何かを地域のためにするということが問われている。それをしないとこの辺は補償金をふんだくるだけの生活保護者特区のように見られかもしれない、大阪ではそういう地域がある。そういう所からは若者はでてゆくし何か活気のない、精神的にも荒廃した地域になってしまうのではないか?どんなときでもやはり一人一人の気持ちが作用してゆく。気持ちがなければ人は動かない、ただ国任せとか他者に頼るだけという気持ちでは復興はありえない、復興だというとき一人一人の復興なのである。そういう気持ちがなければ復興はありえないのだ。

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2012年08月03日

「水道水は不安」…客は宅配水経営者の親族 日テレ報道番組に「放送倫理違反」の意見書


権力は権力によって利用される

「水道水は不安」…客は宅配水経営者の親族 日テレ報道番組に「放送倫理違反」の意見書
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120731/ent12073115530012-n1.htm

この辺では宅配水の会社かみんな電話がかかってくる。放射能の水の不安が払拭できないのである。子供をもっている母親は特に敏感であり利用する人がいる。水は毎日飲むものだから不安になるのだ。そういう不安につけこみ商売がある。週刊誌でも常に過剰に不安をあおることで商売が成り立つ、円高のときつられて損した。30円くらいのはばで円安になるとか言っていたのである。この時以来週刊誌は過剰に不安をあおるあてにならないものだと思った。なぜそうなるのかというと売るために不安をあおっている。視聴率をとるために常に刺激的な映像を流すというのもそのためである。すべてが売るために視聴率をかせぐためにとかなると放送倫理などなくなる。現代社会の問題はすべて利益優先主義になっている。そこに倫理は消失してゆく、だからこそ政府では利益に関係せず公平にみるために税金を払い監視させる役目を官僚などに与えた。でも官僚もさらに利益を得たいとなり東電などの「安全監視」を怠った。この世の中すべて利益優先主義になったら社会自体がゆがみ維持できなくなる。何より利益が先だということに全員が走ったら社会はやがて崩壊する。それぞれに職業倫理がありそれがなければ社会自体成り立たなくなる。確かにこの世には不公平がある。でもその不公平ばかりに眼を向けていたら働くのが馬鹿らしいとなり誰も働かなくなり盗賊だけになってしまうだろう。。現代社会は常に利益だけを求めてモラルなき社会となっているのだ。

そもそも日本テレビは読売新聞でありその正力松太郎が原発を作るために新聞を利用して安全だとして野心のために利用されたのである。だから読売新聞は東電の広告を一番多く出していた。マスメデアは新聞でもテレビでも今回のように放送する権力をもっているから逆に宅配水の会社に利用されたのである。普通はメデアの方が利用している。メデアによってテレビ局によって操作されるのが普通である。何らか編集がなされてテレビ局のシナリオ通りになる。単に事実を報道するのではない、その事実に対していろいろ意見を言い・・であるべきだとかマスコミが主導して世論を作り出すのである。つまり事実を正直に報道すること自体が本当はマスコミの一番大きな使命である。

しかしそのことができない、福島の原発でも再三問題が起きていたがそうした事実がマスコミで報道されたかというと隠蔽されていた。マスコミの役目が権力の監視役であるより権力側にとりいれられ方になっていた。だからこそ東電に事故が起こったとき名だたるマスコミの幹部が接待されていたのである。そこに朝日新聞までそうだった。マスコミ全部が安全神話を作る方にあった。これは戦争のときと同じだったのである。負けている事実は報道されない、官憲によって報道管制がしかれていたからである。現代はマスコミはただ利益を得たいためにそうしている。広告をとりたいためにそうしている。広告が会社の経営を成り立たせているのだからそうならざるをえない、だからマスコミは巨大な権力に買収される。東電は余りにも巨大すぎた会社だったからテレビ局であり新聞社であれ出版社であれ簡単に買収できる。何兆円もの資産があったのがら驚く。国家並の権力をもっていたのである。


今回の事件は宅配水の会社が権力をもっていて日本テレビを利用したというのではない、うまく利用されたのである。権力は日本テレビがもっていてもその権力を宅配水会社が勝手に利用したのである。権力をもつことはこういう危険性もある。権力がある、金がある所はまたそれを目当てに利用されるのである。人間はともかく絶えず金を利益を求めている。親族でもすでに財産だけしか頭にないというのが現実である。だから他人になればますます利益と権力しか求めてこない、金があるところには人もよってくるが金のない所には人もよりつかないのが現実である。マスコミは社会にとって大きな権力である。それは本当は民主主義社会では不可欠であり公正であり放送倫理が求められている。でも実際はマスコミ側にとっては一営利会社であり生活が成り立たないならやっていけないとなるからただ様々な権力によって利用されるだけだとなる。宗教団体という巨大権力にも利用される。地方新聞が聖教新聞を刷って収入としている。その他新聞社の収入源が広告である。広告がなくて成り立たないということ自体すでに公平でありえないのだ。東電は莫大な金を広告に使い安全神話を作れたのはそのためである。マスコミも報道機関もそれだけの権力があるから利用価値があるからそれだけの金がつぎこまれたのである。そもそも権力から独立していない報道機関はすでに公平ではない、ただ大きな会社でも権力でも利用されるだけだとなる。


この世の中がすべて金で動くというとき権力で動くというときその時すでに社会がもはや正常に維持できなくなる。職業倫理でもそうである。人間社会には常にモラルが基礎にあって成り立っている。ただあらゆる所に金を利益を権力を求めてゆくとき社会自体成り立たなくなる。盗賊社会になり下克上になりアナ-キ-無政府社会になってしまうのだ。警察で法律で取り締まってもそれは外的な制約であり内的にモラルがない社会はもう正常に成り立たなくなる。そういう恐怖が現代社会にある。

宗教団体も巨大な権力化しているから権力で社会を支配しようとする反面、また権力によって利用されるということがある。政治家は票田としてその権力を利用するし宗教団体ではも政治的に利用する。だからあれだけの数がいるとよからぬ連中が金や利益や権力目当てに入ってくる。その権力を利用しようとする人たちが入ってくるのだ。宗教はもともとキリストでもシャカでも家すらない権力ゼロから出発した。その後巨大な権力化した。もともと宗教は権力がないとき純粋に宗教的になった。権力があればその権力を目当てに必ず野心家や自らの欲望を達成しようとする人たちが入ってくる。

キリスト教弾圧の不幸は背後に国家権力があり宗教を通じてスペインなどに国が奪われる支配されるという恐怖でそうなった。宗教でも権力をもてば必ずそれを利用しようとする人たちが入ってくるからそういう場所はすでに宗教の場ではない、権力争奪の場でありそこで語られるのは権力に関する利益に関することだけである。権力がより具体的だから人々は眼を奪われ権力の虜になる。いづれにしろ権力を利益を越えたモラルがない社会は滅亡する。そのモラルは時代によって違っていた。国によっても違っていた。社会の骨格は本当はモラルにあったのであり利益や権力のみを求めるものではなかったのである。武士道があり江戸時代のモラルがあり社会が成り立っていた。それは武士だけのモラルではない社会全体のモラルとなっていたから社会が安定していたのである。すべてが利益優先主義になり権力だけを求める社会が原発事故も生み出したのである。

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2012年08月15日

プルサ-マルに反対した佐藤栄佐久知事の失脚の背景 (戦後はアメリカが実質の支配者)


プルサ-マルに反対した佐藤栄佐久知事の失脚の背景

(戦後はアメリカが実質の支配者)

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この核爆弾製造の企みから、菅政権は蚊帳の外に置かれているらしい。旧自民党政権、東電、原子炉の設計者であるGE、経済産業省、そしてアメリカがグルになっているというのだ。だから菅君がいくら怒鳴り散らそうと言うことを聞かないというわけである。
http://blogs.yahoo.co.jp/mos_ic_make/44822521.html


工程が複雑になり、事故の危険性が増す(JCOの様な事故が起こる)


.ひとたび事故が起これば、大事故の危険性


検察はなぜこのように強大な権力を持っているかと考えると、それを作ったアメリカCIAの存在が浮かんでくる。
福島県に原子力発電所を作ることを反対し続けた佐藤栄佐久氏はアメリカCIAにとっては邪魔だった。
だから東京地検のエース級に捏造事件のシナリオを書かせ潰したのだ。
読売(ゴミウリ)=CIAは検察とグルである。
朝日毎日日経産経もすべてアメリカの支配下にある。
この大手五紙の下部組織がテレビ局。
日本は完全にアメリカの植民地なのである。

http://www.asyura2.com/10/senkyo103/msg/936.html


更にプルサーマル計画が福島県でおこなう計画が浮上して来た中で、佐藤知事は県民の原発事故の危険を守るためしっかりした対策の報告を出すために原発の運転許可を出さなかった。

原発と国を相手に県民の危険の為に戦った知事であります。
プルサーマル計画も危険の面で消極的姿勢であったので狙われたのであろう。


■渡辺恒三がCIA関係者であることがあぶり出された!


従来より、渡辺恒三がなにかとテレビで取り上げられ「小沢追放」を吹聴してきたことに不信の念を持っていた。

また、7奉行とかいって従米ネオコン連中(前原、枝野など)を支援・指導するのも違和感のあることだった。
しかし、これで明らかになった。
渡辺恒三はCIA、ネオコンの黒幕そのものだったということだ。


■渡辺恒三の甥っ子佐藤雄平の県知事大出世の陰にCIAあり。


他の方もコメントしているように、佐藤栄井作知事の後任の佐藤雄平は渡辺恒三の姉の息子だ。

−−−wikipediaより一部引用−−−

息子の渡辺恒雄は読売論壇賞を受賞するなどゴミウリとも因縁浅からぬ人物で、竹中平蔵支援の発言はつとに目立っていました。これも売国小泉・竹中と一体行動していたエージェントなりの仕事だったのです。
(ゴミウリの渡邊恒雄と同姓同名なのはなんの因果かわかりませんが・・・)

国のレベルでも地方のレベルでも渡辺恒三一族は従米ネオコンエージェント活動を主導している。

 「特捜に罪人に仕立てられた福島県佐藤栄佐久元知事は唯一イラク戦争に反対した県議会の知事」
  http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-949.html
  
  福島原発の3号機はプルサーマル(再処理核燃料−プルトニュウム)だ。
放射能の危険度は普通の原発(ウラン)と比べものにならない。
これに反対した前佐藤知事を失脚させるため東電・政治家・検察・新聞が動いたと思われる。



本当の権力の主体は表に現れない、闇の中にある。事故が起きて東電が権力の主体であり政治家もマスコミも地元も東電に操られていたことが判明した。そして実は東電ではない、日本国でもない、最も大きな影の権力は戦後はアメリカになっていたのである。アメリカは表立っては現れない、でも実質的にはアメリカの戦後はアメリカの植民地になっていたことは確かである。そのとき検察も必ずアメリカ側につくようになっていた。だからマスコミでも影であやつる最大の権力者を批判はしないのである。ただ今回はあまりにも露骨に否応なく原発事故で露にされてしまったのである。


アメリカのエ-ジェントが代理人が原発を誘導した正力松太郎だったようにこの人はCIAの番号をもっていたスパイそのものだった。アメリカに日本を売り渡した人だったのである。その後も政治家はアメリカのエ-ジェントであった。渡辺恒三がまさしく正力松太郎だった。その息子がGEの社員であるからわかりやすい。渡辺恒三の甥が今の知事になっているのもわかりやすい、前の佐藤栄佐久知事はアメリカ側のエ-ジェントによって失脚させられた。それには検察も一枚加わっていたのである。もちろん福島県でも全国のマスコミでもアメリカの支配下にある。今でこそ原発反対を叫んでいるがそれまでは東電から多額の宣伝費をもらっていたのである。これは戦争の時と同じだったのである。違っていたのはアメリカが背後にあって日本の権力を操作していることだった。それは表立っては見えないのである。現実にスピ-ディを最初に連絡したのは日本政府でもない、アメリカ政府だった。これをみてもアメリカが日本の原発をとりしきっていて何かあったら日本よりアメリカに連絡しろとなっていたのだ。


この核爆弾製造の企みから、菅政権は蚊帳の外に置かれているらしい。旧自民党政権、東電、原子炉の設計者であるGE、経済産業省、そしてアメリカがグルになっているというのだ。だから菅君がいくら怒鳴り散らそうと言うことを聞かないというわけである。


アメリカで日本をプルトニウムの核弾頭を作るために原発を作らせた。その証がプルサ-マル計画であり第4の原発がその核弾頭のプルトニウムを作るものだった。そこは何なのか良く解明されていない、秘密のベ-ルに隠されているからである。
日本はアメリカに原爆を落とされたのは明かに人種差別があった。アジア人への人種差別があった。だから核の実験場にされた。そして今度も核弾頭を作るフルトニウム-フルサ-マル計画の場として福島が利用されたのである。アメリカにとって自国ではないのだから犠牲になるのは日本だからかまわない、事故が起きても広島の原爆でも実験だから放射能がどう影響するか研究材料としていたし今度も福島は研究材料にされたのである。


結局今回の事故では政府であれアメリカであれ東電であれマスコミであれ政治家であれあらゆるものが信じられなくなったことである。マスコミは一営利会社であり損なことはしない、やはり利益第一主義であり損になることはしない、ぎりぎりになればそうである。会社とかはみなそうである。そこに人格というものがないのだ。個人的なら使命のために死ぬということもある。でも会社はマスコミでもあくまで営利追求なのだからそんなことしないのである。今回の事故でそうした権力をもつものが信じられなくなった。もちろん自分は創価の経験で権力というものに疑問をもつようになっていた。そこでもいかに権力だけを操作して社会を支配するかしか念頭にない、そのことを経験しているから権力をもつもの自体に疑問をもっていたのである。この世とは巨大権力に操作される。でもアメリカがこれほど日本の権力を操作されているようには表立っては見えないだけなのである。戦後はアメリカに逆らうものは抹殺されるようになっているのだ。小沢であれ管首相でも一時アメリカに逆らうようなことがあったから失脚させられる。前の佐藤栄佐久知事もそうだったのである。アメリカが働きそのエ-ジェントが代理人がそれを実行したのである。アメリカは影でも大きな権力の主体だったのである。


政府は信じられない
官僚は信じられない
検察も信じられない
政治家も信じられない
会社は信じられない
マスコミも信じられない

,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,


ともかく権力をもつものはただ利益を求め権力を求めるだけである。そこにモラルが欠如してくる。権力を操作して自らの団体の利益だけを権力だけを追求する。だから一番大きな権力のアメリカに操作されることになる。アメリカは日本のことなど駒のように思っていて原発でも事故が起きてもいい実験材料になったくらいにしか思わないのである。結局権力に操作されるとき日本自体が滅亡してゆくことになるのだ。現実に福島県はその犠牲になったことでもわかる。住む故郷さえ奪われたのである。やがで日本は日本に住む場さえ原発事故で失うかもしれない、そういうことを暗示していたのが今回の事故だったのである。

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NHK特集-終戦はなぜ早く決められなかったのかを見て(原発事故とにていた敗戦)

 

NHK特集-終戦はなぜ早く決められなかったのかを見て

(原発事故とにていた敗戦)

●指揮系統の乱れ


NHKのなぜ終戦が遅れて死ななくてもいい人が60万人死んだ。早い時期で戦争をやめねばならなぬことを指導者は暗黙に了解していたができなかった。外務省や陸軍や海軍とかのセクショナリズムがあり派閥がありソ連が参戦することもわかっていてその前に戦争をやめることができなかった。
そしてずるずると戦争は最悪の状態で終わった。戦争は撤退したりやめることがむずかしい。

撤退することも相当な覚悟が必要である。戦国時代はそういうことができた。指揮官が一人であり藩主にゆだねられていた。戦時体制として藩もあったからそれができた。太平洋戦争では会議ばかりを開いていたとか六人くらい最高指導者が集まっても決定もできなかった。そのうちずるずると決定ができず最悪の状態で終わらされたのである。その様子を書き残していた人は指導者が余りにも無策であり愚かだったと書き残していた。結局そのために60万人が死んだのである。
結局平時と緊急事態は対処が違ってくる。緊急事態になると会議している時間などないのである。どんどん状勢は変わりますます戦死者もふえてくる。そういうとき何らか決断する人が必要になる。
しかし会議するばかりで誰も決断する人もいなかった。信長の桶狭間のように決断しなかったら致命傷になる。その決断が失敗するかもしれないが臣下は従うほかない、それは一つの賭けであった。

太平洋戦争ではずるずると戦況が悪化するだけでありソ連の参戦などもわかっていてもずるずると最悪の状態になり終わった。

これは何か原発事故ともにていた。日本の敗戦と原発事故はにていた。最初に安全神話が官民一体で作られて大本営発表になり天皇による神国化されて敗れるということを認めないカルト宗教的体質になっていた。日本が負けるとというとそれは反国家として憲兵にとらえられる。それは原発の安全神話と酷似していたのである。安全神話に逆らうものは国家に逆らうものとなっていて取り締まられていたのである。安全神話であり事故がないということから出発しているから安全対策もする必要がないのだ。戦争でも負けることがあるということを前提にしていないからずるずると徹底抗戦になり最悪の状態で終戦になったのである。指導者は敗戦になることを知っていたが敗戦の決断ができなかったのである。また決断する人がいなかった。ただずるずると事態が悪化するのに何もできなかったのである。これは原発事故でもそうだった。


●事故の認識の甘さ


危機的状況にあった福島第一原発2号機に海水を注入しようと準備していた発電所の現場に対して、東電本店が、もったいないからなるべく粘って真水を待つという選択肢はないのかと言っていたことが、明らかに、なりました


あとで原発が使いなくなり損するからだと言っていたことでもわかる。清水社長がコストカッタ-として社長になったと同じく緊急事態でもコストカット的利益優先になっていたのだから驚く。事故に関してもその程度の認識しかなかったのである。深刻に感じていなかった。これは戦争ともにている。どれだけ人間が死ぬ深刻な状態だったかそれを考えればどうにかしてやめねばならないと思考になった。原発事故でも本当に深刻になったら多数の人が被曝して大変なことになるということが認識されていない、原発が損傷して会社の損になるという思考しかなかった。政府でもどう対処していいかわからなかった。なぜならそもそも安全神話で作ってきた原発であり事故のことなど想定していないからである。だからスピ-ディを最初に知らせたのはアメリカだった。アメリカの指示を受けようとしていたのだから日本政府は何も対処できない、ただ右往左往するだけである。最後は消防隊で決死で水をまくとか特攻隊と同じだった。これも戦争のときとにていたのである。指導者の愚かさ無策から最後は特攻隊として命が犠牲にされたのである。


●平時と緊急時の対応は全く違う


戦国時代のようであったら緊急時の体制なのだからそういう体制や思想が生まれる。しかし平和になり平時が長くつづくと緊急時に対する対処ができない、その時情報が混乱して知っていても決断ができずただずるずると事態が悪化するのをみているだけになる。これは日本だけではない、人間の弱点なのだ。いつも緊急時に備えることはできない、津浪でもそうである。家でも古くなって地震に危ないと言っても簡単に建て替えるわけにいかない、ずるずると古い家に住んでいてそして地震で神戸のように古い家が軒並み倒れた。原発でもそうである。すでに古い型のマ-ク1は40年過ぎて老朽化していた。他も老朽化しているがコストカットしか頭にない経営陣はそれをやめるわけにはいかない、事故になるまでも使いつづける。そういう利益優先が会社である。これが別に原発のような危険なものでないならそれほど問題にならないだろう。原発の事故は致命的になるから他の対処方法でやっていけない代物だったのである。

しかし会社はあくまでも利益優先主義になる。政府も東電に指導される方だったのである。日本の敗戦を見てきた人がまた日本では同じことが起こると予言していたがその通りになった。日本自体が戦争のときと体質的に機能的にも変わっていない、緊急時の体制が備わっていない、緊急時の時、会議して議論しているより早く決断することが望まれる。しかしそれができないようになっている。特に民主主義の体制では特に緊急時には効果を発揮しない体制にある。
民主主義は話し合いだと平等だとか誰か指揮官がいて命令するような体制を作りにくいのである。

だからまたこれからも日本では同じことが起きる。何ら日本自体緊急時に備えるものがないからである。そういう体制も思想もないのである。そのことは津浪でもそうだった。400年に一度は起きていたのだからそれなりの備えがあっても良かった。しかし400年前はもう遠い過去でありまるっきり忘れていたのである。津浪も長い目で見れば定期的に起こるものであり突発的に起こる、予想し得ないものではなかった。日本ではそれがわかっていたはずなのに備えがなかったのである。

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2012年08月21日

土間は夏は涼しく冬はあたたかい (土から離れた文明生活が原発事故を起こした)


土間は夏は涼しく冬はあたたかい

(土から離れた文明生活が原発事故を起こした)

●田舎は都会より都会化していた


はっきりいって今の田舎は間違ってる
おかしい
ちょっと人口が少なく田んぼや山が多いだけなのに
中身は都心の劣化コピーになりつつある


店も、家も、人も、文化も何もかも
祭りとか名の知れた伝統文化ばっかり保全すんなもっと身近な改変を防げ


東北にはDQNいなかったぞ
核家族化していないからお爺ちゃんの知識が伝わるし
村社会で知恵を合わせたりできるし教養も高いと思うんだ


都市社会は賢く住まえば便利だけど
バカはとことんバカになるだけだと思う
ここ数年田舎で凶悪犯罪が増えてるのもこのせいだろ
http://galasoku.livedoor.biz/archives/2679107.html


都市化だからといって、すべてが便利になるってわけじゃないよね。
例えば伝統的な日本家屋にある土間は、冬はあたたかく夏は涼しいっていう快適空間。


●土間は竪穴式住居自体からの継続


土間となにか?それは大地とつながっていた証拠ではないか?竪穴式住居となるとまさに中は土間であり土の部屋になっていた。家が土から影響されていた。ということは夏は土は湿っているから涼しいし冬はかえって温かい空間を作り出していた。そんな掘立小屋のようなものは何の価値があるのだろうと今だとなる。人間は文明的生活に押し進み過去は遅れたもの不便なものとるにたらないものとして否定してきて今日がある。それが一見外観的にはそうだっ。近代的家の方が土間などのある家より冷暖房完備の家が格段に進歩していいように見えた。それを疑う人もいなかった。つまり昔というものその長年の知恵で作り出したものを否定してきたのが現代である。しかしその歪みがまた現代に現れたのである。現代のいろいろな問題、歪みは実は近代化した結果として昔からあったものを否定して進歩したことにあった。何でも新しいものが価値あるものとされたのである。それでも建築で土間が見直されるというとき土間には土としての原初からもっていた役割があったのである。

土のもっている役割に気づきにくい、自分の家には今は土間はない、農家すら土間がなくなった。町でも土間はどこにでもあった縁側もあった。それはそれなりの役割があり土間もあった。ただ家の中に土があるということは何か汚いものとか否定されてコンクリ-トにすべてされてしまった。土はなるべく覆い隠されるものとなった。ただ農業は土から離れてはありえないから農業する人は土の役割を知っていた。土に自然そのものだから土の果たす役割はあった。土から離れて人はありえないのだ。すべての生命も土から離れてありえない、そうした土は家のなかでも果たす役割があった。だから土間が作られたのである。ただ土間が家にあることは何か非近代的なものに見える。都会ではまず土がまるっきり否定されることで成り立っている。そしてただ冷暖房完備の電気の都会にした。江戸時代であるならまだ土が街の中にもあった。江戸時代の都会は土と離れずにあった。だから土的農民的思考がありえた。今は都会から全く土というものが見えないのである。また触れることもできないのである。

そのことが原発と何の関係があるのかとなるとまさに土は必要ない、電気ですべてをまかなうということは原子力でまかなうという発想に通じているのだ。だから都会では農業も工業化しようとしている。電気の光で植物を栽培化しようとしている。南相馬市なども放射能で汚染されたから農業ができない、電気の力で水耕栽培、農業を工業化しようとする計画がある。そういうことは本当にいいものなのか?電気を大量に使う農業がいいものなのか?それはまた原子力発電が必要だという発想につながっていないか?そういうことを根本的に見直さない限り原発反対を唱えても無益になる。都会人はやはり都会的生活をつづけるなら土がないし冷暖房なしで生活できるのかとなる。そうした矛盾の中で原発反対を唱えても結果的に電気はどうしても必要だから原発をなくすことはできないという発想になる。


●古いものすべて否定してきた現代の文明生活に原発事故の根があった


現代の様々な問題の根はどこにあるのか?。そうした古いものを土間でもそうだが否定して近代的文明的生活こそが進歩したものであり古くからあったものは何でも否定してきて今日があるためである。そのベ-スになっているものが土間がない、土から離れた家作りにもあったのだ。人間は実際は土から離れて生活できない、しかしそれが可能にしたのが電気でありそうなると原発は欠かせないものとなる。農業すら石油であり電気が必要だ、だから原発も不可欠でありやめるわけにはいかないとなる。そうした基本的な生活を否定してきたから原発事故も田舎で起こったのである。大きく文明的に現代の生活を見直さない限り原発をなくすことはできない、そもそも土間が否定されたように基本的に自然のエネルギ-を否定することから文明が作られてきたからである。土間も土のエネルギ-の一環としてあるものだった。

土のエネルギ-こそ基本にありこれを否定して電気のエネルギ-にしたら原発を否定など根本的なところでできないのである。ここにただ原発を否定するだけのものが何かインパクトがないのである。都会で大勢がデモしてもその生活は全く電気なしで冷暖房なしの生活などありえないとなっているからだ。もし冷暖房の電気を否定するときインパクトがあるものとなる。いくらデモして「いや、この暑いとき、原発反対のデモしてきたよ、暑いのなんのって嫌になった、ク-ラ-でどんどん冷やしてくれ・・」こういうことで原発反対がインパクトのあるものとはならない。でも現実はこれが原発反対デモの実体なのである。

この辺で放射能で汚染されたからといってさらに電気が必要な農業の工業化というのも何かそぐわない、本当にそれがコスト的にも見合うものなのかわからない、そもそも電気を大量に使うこと自体、原発を推進する方に回る。田舎自体がそうした都会的なもの文明的生活を都会以上にとり入れたことに原発事故の要因があった。田舎的なものが田舎の人が否定したことにその根があった。田舎で田舎らしく暮らそうとしていること自体否定されてすべて都会的文明的生活を都会以上に推進してきたのが田舎だったのである。近代化工業化文明化で失ったものが現代の問題を生んでいる。大家族だったのが核家族になったとか、古いものが否定されて新しい価値だけが追求されたが土間のように古いものにこそ価値が今見いだされた。古いものはより自然と結びついているからその価値は人間にとって不変的なものであり近代的文明的価値は実際は自然から見れば歪(いびつ)なものだったのである。

そういうことが極端化したのが現代だったのである。古いモラルも道徳も崩壊したのも土間がなくなってすべてコンクリ-トにしたことなどが根底にある。古いものの価値を捨ててただ新しいものだけを価値あるものとして追い求めたことにその根があった。そのことを見直さない限り原発は以前として文明にとって不可欠であり必要でありとなりまた事故が起きるのである。人々の意識は生活は何ら変わらない、ただデモしても家に帰れば冷暖房の家で暮らしているから同じなのである。

posted by 老鶯 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2012年09月08日

原発事故がもたらした教訓(コメントに答える) (被害地域では具体的に生活の見直しが迫られている)


原発事故がもたらした教訓(コメントに答える)

(被害地域では具体的に生活の見直しが迫られている)


喩えが馬鹿すぎ
江戸時代の生活を引き比べる勇気が本当にあるなら
ネット切って山奥に篭れ
お前がこのくだらないブログを書いている瞬間にも、ゼロエネルギーではない電気を消耗しています

●ネットは山奥でも普及すべき


自分は2チャンネル的論争はしない、無責任な表面的議論にしかならない、でもこれは要点をついているのでとりあげた。正直自分自身も相当に現代の文明の恩恵にあづかったぜいたくな生活をしてきた。違っているといえば車を持たないことくらいだった。一万くらいの人口の田舎でも車なしで生活できる。もちろん仕事している人はまた違っている。田舎で車なしで生活できないということはない、ただ自分の場合、町内に住んでいるからそれができる。ス-パ-も近いからできる。鉄道の駅も近かった。だから仕事しないなら車なしで生活できる。その他はク-ラ-も使っていたし今の生活水準と同じである。

>ネット切って山奥に篭れ


こういうのは極論だから議論にはならない。ネットが通信がそんなに電気を使うかと言えばそうではないだろう。むしろ本当に電気をエネルギ-を使うものは何なのか議論しなければならない、車が石油エネルギ-をどれだけ使っているかエアコンがどれだけ電気を使っているかその比ではないだろう。むしろ自分はインタ-ネットはもっと山奥でも普及すべきである。その電気はそんなに消費しない。電子本などももっと普及すべきである。そしたら山奥でも都会と同じく情報的には差がなくなるだろう。アマゾンで買うにしても車を使うから相当なエネルギ-を運ぶのに消耗しているからだ。ネットではそういうことはない。すべての電気を否定して江戸時代に帰れというのは暴論なのである。そういうことは自分はこれまで書いてきた。

●原発事故被害者地域は具体的に生活の見直しが迫られている


自分自身の反省としても現代の電気文明の恩恵を相当に受けて生活してきた。そのことは否定できないし。でもこの辺では原発事故で多大の被害を受けた。家族はばらばらになり故郷は失うとかありえないようなことが現実化したのである。そこで原発に近い双葉辺りの人が家族一緒に暮らせるならロウソクでもいいと心から思ったのである。このことが大事なことだったのである。これはただ自分がそうだったように何か空想的に江戸時代に帰りたいとか江戸時代がいいというのではない、具体的に実践しようとすることが原発事故で強いられて生まれた言葉だった。原発は災難だったが原発被害地域はより具体的に今までの電気文明の恩恵を具体的に見直すことを強いられたのである。


これまでいろいろ津浪や原発事故で書いてきた。なぜこれほどまで書いたのか?それはただ今までのように空想的に江戸時代かいいとかではない。深刻な現実問題としてこの辺では強いられたからである。文明を否定することそれが具体的なも問題として自らの生活を見直すことが強いられたのである。だから原発事故は災難であってもこの地域は本当に豊かな電気文明をすべてではないにしろ否定する生活を実践する場となる。思想が現実生活から離れたものではなく具体的に現実の場で実践する場と変わりえる場になる。またそうすることが日本や世界の未来のモデルとなることまで提供する。
つまり原発がなくても生きていける、過剰にエネルギ-を消費しなくても生活できる場である。
こういうことは東京辺りで反原発のデモをしている人たちにも言える。デモに行ったけど暑くて暑くてどんどんク-ラ-て冷やしてくれとかなっていたらこの人の言うことがあてはまる。反原発でもそういう人たちが多いから批判されるのである。


●入院して学んだこと(粗食に帰れ、自然の恵みに感謝せよ)


病院の食事は粗末である。サシミとか肉料理などでない、本当に粗食である。普通アジフライなんか食べない、サシミとか食べていた。アジフライも食べて見ればうまいと思った。正直自分は料理はしていなかった。買ったものでまにあわせていた。ただ食事は用意するだけで相当なエネルギ-を使うものだと思った。食器を洗ったり配膳するだけで時間を使う、するとこうしたネットとか読書とか芸術の創造に時間をかけられないのだ。だから三食粗末でも与えられた食事がありがたいと思った。
料理には実は料理を作るだけではない手間がいろいろとかかっているのである。
人間は食べものでもあまりにも贅沢しすぎたのである。これほどのものを食べていいのか疑問だった。でもそういう生活を自分もしていた。しかしその反省を原発事故で嫌でも強いられたのである。弁当とか買ってご飯も一膳も食べていないのでやせたと思ったら太っていた。
間食して太っていたのである。人間は現代ではやせようとしてもやせられないのは食べ物があふれているからどうしてもそうなる。アメリカは肥満の国なように日本もそうなる。栄養をとらないようにしてもとってしまうのが現実だった。その反省を病院でした。

そして津浪、原発事故は天からの警告であり神の怒りでもあった。


佐用共立病院(兵庫県佐用町)で女性入院患者=当時(85)=が肋骨(ろっこつ)を折られた事件で、傷害容疑で逮捕された同病院の看護師羽室沙百理(はむろ さおり)容疑者(26)が、動機について患者が感謝の気持ちを示してくれなかった」などという趣旨の供述をしていることが12日、捜査関係者への取材で分かった


このことは何か変な話しだけどこんなことがあるのかと思う事件だけどこれを今回の津浪にもあてはまる。原発事故にもあてはまる。「患者が感謝の気持ちを示してくれなかった」ええ、こんなこと思っていたのと一瞬いぶかったしそんな人がいるのかと思った。病院の悪いところは書いたがいい面は病院は感謝に満ちている場所である。看護師に何かしてもらうにもちょっとしたことでもいちいちありがとうといい感謝している。そんな職場はほかにない、それで掃除婦まで実は感謝されているのだ。これなど他ではありえないことである。掃除婦すら看護師と同じ様な働きをしているのだ。
その人は年をとり脚が普通ではない、歩き方だった。なぜこんなにしてまで働いているのだろうと思った。おそらく金のためではない、生きがいのためである。何故なら病院は感謝している人が多いから感謝されるからあんな脚でも仕事している。そういう人が他の病院でもいた。老後は何もしないでいるのも嫌だから生きがいのためにしている。安月給でもしいると言っていたからだ。ボランティアで働く人もいたことでもわかる。


人間よ、お前たち私はどれほどの恵みを与えているのか、それでもまだお前たちの欲望がきりがない、その欲はきりがない、恵みを与えても神に感謝もしない、だから神は怒り津浪を起こし罰してやったのだ、よくよく考えよ、感謝の心をもて、これは私の警告である。


「患者が感謝の気持ちを示してくれなかった」これは一見唐突に思ったがそうでもなかったのである。神は感謝しない人間に憤り津浪という罰を災害を与えたのである。確かに双葉地域はこの辺は過去は貧しい地域だった。でも江戸時代から人は暮らしていて米でも野菜でも水の恵みでも神に感謝して生活してきたのである。江戸時代がモラル的に現代より高かったということを再三言ってきたがそれは生活そのものが質素でありその質素でも神に自然に感謝する生活をしてきたからその心も素直な素朴な人が多かったのである。その生活そのものにモラルを形成するものがあったのだ。

食事が粗末でも感謝した生活があった。毎日米が食べれれば幸せだとかなっていた。それが現代はあらゆるものを貪り食べても満足しない、その欲望は限りなく原発でも何でも誘致して金になればいいとなった。そのことはこの辺でも被害者でも反省していない、でもロウソクでもいい一家がみんな一緒に生活できるならとなったのはそれは学者の理論ではない、心からそういう生活を実践しようとする思想が生まれた。地に足がついた思想が生まれたのである。逆にそういう実践的志向がうまれたことはこの辺の被害者地域の希望となるというのも逆説である。

 


 

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2012年09月12日

一年半過ぎた津浪原発の被災地 (相馬市の病院に行く)

 

一年半過ぎた津浪原発の被災地

(相馬市の病院に行く)


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草ぼうぼうの鹿島駅

草むして駅の淋しき秋の蝶


日立木を越えて相馬市実りかな


ひまわりの車窓に一時走り去る

●駅員と話しする


この辺は原町-相馬市間は電車が一時間おきくらいに通っている。ただ鹿島駅が草茫々になっていた。この風景がこの辺を象徴的に示している光景だった。誰も草も刈らない、整備できない、電車は遠くこないから別にかまわないとかなり放置される。
「常磐線は仙台までいつ通りますか」
「三年でできますよ、用地買収さえできればね」
「そういうもんですか、三年でできますか」
「東日本鉄道は黒字経営ですから、でも全部負担させられるから大変でしょう」
「病院に行くんですよ、車がないので電車は便利です、病院は本当に大事ですよ
いい病院がなかったら治る病気も治りませんから」
そんな話しを誰いないから駅員とした。しかし駅のホ-ムが草茫々になっている心理的影響が大きいのである。心まで草茫々になってしまう。日立木を越えると稲の実りがあるがら普通の光景になる。帰りは車窓からひまわりが見えて一時の電車にのることは楽しめた。


●手術は何でもリスクがともなっている


相馬総合病院では近くの人が入院するところだった。同じ泌尿器だけど前立腺関係ではなかった。そういう話を聞いていたのでそうだと思った。その人は職人であり筋骨隆々としていたが急激に老いた。重篤な病人になっていた。顔色も悪い。車椅子を押されて入院であった。病気は胆嚢だとか言っていたが詳しくかはわからない。あの様子をみたけど自分が入院した人たちとはあまりにも違っていた。しゃべることもできないような状態に見えた。そして贅肉がついて太っていた。
ともかく人間の病気は本当に万病がある。泌尿器科でも種類が多いのである。自分は手術が他の人より倍かかり前立腺からの出血がひどかった。それで手術跡に輸血した。それなりに危険性もあったのだ。


前立腺肥大のための手術で、手術中に患者が大量出血する。病院は止血措置をとり、4時間で止血が完了する。この間、低血圧が20〜30分続く。その日の夜に手術が成功する。しかし自発呼吸なし。その後意識が戻らず、数日後に死亡。原因は脳浮腫。


400ccもの出血があった点について泌尿器科の医師に問い合わせると、血管を切ったのだろうと言われる。問題は、血管を切ったのがミスかどうか。手術なので血管を切るのは当たり前だが、その場合でも止血措置が適切だったのかは問題。
事前に400ccの自己血をとっていたが、これは出血を予想しているから。しかしその20倍の出血は予想されてないはず
www.law.osaka-u.ac.jp/clpp/achieve/lawyering/doc/071220.doc


自分も手術後400ccは輸血した。この人の出血は多すぎたから死んだ。前立腺肥大手術は事前には危険のない簡単なものだと思っていた。しかし手術は何でもリスクがある。医療ミスがありそれか怖いのである。自分の場合も2時間つづき出血が多かった。前立腺か大きかったからである。それでやはり出血が多かった。それで手術後も血尿がでるので病院に行った。血をとめる注射をしてもらったり薬ももらう。血が何か気味悪いのである。出血が多かったから長くかかると言われた。とにかく病気は何かと不安にさせられるのだ。


そしてつくづくこの辺ではもう医者や病院を選ぶことはできない、南相馬市立病院では二棟病棟しか屋ていない。医者は外部から来ているが子供をもった看護師が流出しているからできないという。
医療は医者だけではできない必ず看護師などが必要なのである。チ-ムワ-クなのが医療なのである。この辺ではもう病気になったら早めに死ぬほかないかもしれない、他だったら大都会だったら医者を選び直せる病気があってもできない、仙台の方にあればできるとしても通うのが大変になる。電車も通らないとか乗り物には長く乗るなとか手術後指示されたら通いようがないからだ。
この辺ではもう直せる病気も治せない、江戸時代のように薬師堂にでも祈るほかなくなる。


●原発事故は心理的ダメ-ジが大きかった


これは原発事故などで医療の過疎地帯がさらに悪い状態になった。津浪や原発事故から一年半すぎたけどなぜ復興できないのか?それは津浪や原発事故が心理的ダメ-ジが大きすぎたためである。原発事故でも小高など別にたいして放射線量は高くない、そもそも政府で立入禁止区域にしたことがわからなかった。人為的に国境線のようなものがひかれその中は荒廃した。その状態をみて小高の人は帰れるのに帰りたくないとかなった。実際は放射能はそれほどのものではないから帰ってもいいのだけど心理的にそういう帰りたいという気持ちを萎縮させたのである。つまり放射能被害は非情に心理的影響が風評被害が大きいのである。放射能の影響が実際のところはどれだけあるのかわからないにしても心理的にすでに放射能地域の食べものは食べたくないという風評被害であり科学的根拠からではないものにしても心理的影響が大きいのである。


例えば景気は気の持ちようで景気は良くなるというときそうである。現実に過酷な被害であってもそれが何倍もの風評被害、心理的ダメ-ジを与えているのである。自分にしても何か原発事故の中心地帯に近いといいイメ-ジをもてない、実際は放射能はたいしたことがなくても心理的にそう思わさせられたのが20キロ圏とか30キロ圏とかの設定だったのである。だから原町の方には住みたくないし相馬市の方に住みたいと心理的になってしまう、心理的にそうさせられたというのが放射能被害だったのである。

小高は別に国によって封鎖された結果、かえって荒廃した。別に実際は放射能はそれほどでないのにそう思わされてしまった。外部からもそう思われる。放射能は心理的影響が一番大きい災害であった。放射能はどれだけ被害をだすかわからないのにその何倍もの心配もして若い人が流出したのである。放射能はそうした実際の被害がわからないのにその何倍の影響があると思わせたのである。
この心理的ダメ-ジから脱するには開き直ることしかないかもしれない、老人だったらできるだろう。俺たちはもうここで死ぬんだ、放射能などどうでもいいとかなりうる。実際そう言っている80以上の人が多くいる。ただ高齢者は若い人の助けなくして生活できない、それがなければそういう人たちはもう残り少ない余命をしたいようにさせろとなる。
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2012年10月30日

津波原発被害地域い人手不足の深刻化 (金があっても金が有効に働かない、建物を作っても肝心の人手が集らない)


津波原発被害地域-人手不足の深刻化

(金があっても金が有効に働かない、建物を作っても肝心の人手が集らない)

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●募集しても人が来ない


ヤクルトを配達する若い女性は姿勢が良くハキハキして見ていて気持ちがいい、美人というのではなく体の姿勢がまっすぐで感じがいいのである。若いから素直な感じで清潔感にあふれている。若い人にもいろいろいる。女性でも30くらいすぎると何か疲れたような感じになる人もいる。世間の汚れに染まっている人もいる。50以上になったらほとんどの人が世間の汚れにどっぷりとつかってまともな人がいなくなる。だからもうそういう人とは接したくなくなる。祖父母が孫に財産を残したいとかペットにまで遺産を残したいと遺言を書いた気持ちがつくづくわかった。親でも子供が期待するのは金だけになってしまっているのだ。ましてや他人になればこいつを世話していくらになるんだという勘定しかない、そういうことを身寄りがないから嫌というほど味わった。それか世間というものでありただ利だけしか求めていない、ひどいのは本当に強盗のような人が入ってきたことである。世間にうといから人は協力するものだと思っていた。今はただ利を求め金しか頭にない人がほとんどである。たといいくら困っていても弱っていてもその弱みにつけこんでくるのが世間だということがつくづくわかった。火事場泥棒など普通にあるのだ。まさに弱肉強食の世界である。そういう世界になったのは人が変わってということよりやはり金だけを求める社会にしてししまったということがある。そのことはまたあとで考察するにしろこの辺は金だけでは解決しない問題が生じている。それは津波の被害地域でもそうである。働き手がいなくなっていることか深刻なのである。


そのヤクルトの女性は会社関係の配達は人手がなくて断っているという。相当に人がたりないのである。人が戻ってきてもいるからさらに人がたりなくなっているのだ。だから人の足りない分も受け持つから忙しいと言っていた。募集しても人が来ないのである。これはこの辺では津波災害や原発事故で体が弱り介護状態に陥った老人が増えている。それで特別養護老人ホ-ムては400人待ちとかなっている。それで養護施設の建物を二つくらい建てるそうである。でも介護する人手が集らないのである。一部は他からも来ている。でも一時的だからまた人がたりなくなる。これは病院でも医者は外部から応援に来ている人がいる。でも看護師が流出しているから病院は機能しない、事実南相馬市立総合病院は二棟しかやっていない、看護師が流出してそうなっているのだ。南相馬市総合病院には一か月入院したから世話になり思い出の場所となった。そのことをプログにも書いた。病院と手術でも看護師がいないとできない、チ-ムで医療をするものなのだ。だから看護師がいないと病院は機能しないのである


○少子高齢化社会の極端化する地域(若手の人手不足の深刻化)
○金があっても金が有効に働かない(有効な投資先がない)
○地方の衰退が極端化するモデル(地方自治体の崩壊の危機)


これは日本全体の問題でありこの辺ではそれが極端化したものとして現実化している。


●金があっても金が有効に働かない現実


この辺の問題は津波の被害地域でもそうだが金があっても金が有効に働かない、金が銀行や信用組合にかえって貯金が増えている。でもその金の投資先がない、金があっても死に金になっているのだ。その問題は日本全国で起きている。金余りであり銀行では投資先がないのがずっとつづいている。不景気でずっとそうなっているのだ。だから金があっても回らない、今の時代は金を万能となり金を追い求めて働いてきたのが現実である。その金が万能ではない、金が老人ホ-ムの施設の建物に使われても肝心のそこで働く人が集らないのである。それは病院でも同じである。ヤクルトでも同じである。金あれば働き手がいくらでもある。時給でいくらでも働き手は確保できるとはならない、普通金さえあれば万全だということで金を追い求めて貯えてもきた。しかしその金が万能ではないのだ。

金の投資先、使い道がない、この辺では放射能被害で余計にここで会社を起こそうという人も外からも来ない、すると高齢化社会で年金暮らしのような人が多い、働かない人が働く人より過重に多くなっている。その老人が金をもっていてもでは介護施設で介護で働く人がいるかとなるといないのだ。
本当に金は万能ではない、金で人を買うことはできない、ただ金だけだと家の中に入ってくる人は本当に危険である。財産をねらいみんなもっていかれる恐怖を味わった。人は金だけが動機で働くこと自体危険だったのである。この辺では金があっても働く人を確保できないというとき、まさにもう金だけではこういう放射能被害地域では働かない、地元の人すらいたくない、働きたくないとなる。

ただ外から応援にくる人は助けたいという動機がありきている。それは金だけではない、困っているから助けたいという動機できている。そういう動機がないものはこういうところでは働かない、そもそもおかしいと思うのは外部からくる人に助けてもらうのに地元の人が助け合わない、働かないということである。この辺で失望したのは原発被害でもただ仮設に入り補償金もらっているから働かない人が膨大に増えたことである。その人たちはパチンコだとか飲み屋に入り浸りだとか批判された。
仙台辺りでも津波の被害者にそういうことが言われた。避難してきた人たちを世話する人にとってみるとなんだあの人たち遊んでいるのにこっちは補償金ももらえず働かせられているという不満が生まれたのである。この不満も当然だったのである。


●優先順位を決めて働き手を確保するほかないのでは?


それでは人手不足をどうすればいいのか?それは何が生活にとって不可欠なものなのか?優先順位は何なのかとなる。どうしても優先順位を考えると命にかかわる医療や福祉は第一になる。老人なんか邪魔者でありやっかいなだけだ、金かかるだけだからこの際駆逐した方がいい、死んでもらおうという若者の意見もある。少子高齢化社会ではもう増える一方の老人を世話しきれない、限界になるというのも現実である。そういう現代社会の問題が津波原発被害地域で極端化して現れたのである。

ただこの辺でおかしいのは働かないでパチンコ屋通いの人が増えてパチンコ屋で人手がたりない、募集しても人が来ないという、そんなところで困っているから人手確保せねばならないというのは変なのである。異常自体、一時的なものだからしょうがないということせあるがやはり困っている人がいるのにそうしてパチンコ屋に通いパチンコ屋で人手がたないとか騒いでいるのはおかしいのである。外部から来て助けようとして働いている人がいるのに内部の人は遊んでいるだけじゃないかとなったとき外部の人も働くのが馬鹿らしくなる。ただ現代は介護でも資格がないと働けないとかなかなか簡単に働けないということがある。そういうこともあって働くことに融通性がない社会の問題で働く人が不足するのである。介護施設でもケガさせたら賠償問題が生じるとかへたに人を助け働けないのが現代の事情である。子供でもへたにかかわると何かあったら責任問題になりかかわらないのが得策だとなってしまった。

つまり働くことが端(はた)を楽にするということが起こっている、狭い共同体内での社会とはあまりにも違いすぎたのである。この辺の状態は端(ハタ)が困っている人がいるのだから介護などはそれほどむずかしいものではないから隣近所で助け合いばいいじゃないかとなるがそういうことは全くない社会になっている。困ったら福祉の方で助けてもらいとなる社会である。ところがその福祉施設でも働き手がないないから建物を作っても肝心のそこで働く人がいなかったら看護師がいなくて半分空になっている病院と同じなのである。ともかく病人とか老人の介護はやはり命にかかわるし優先順位はバチンコ屋で働くより高いはずである。これは一身上でもそうだったしこの辺で失望したことである。優先順位が何なのか決めるのは今の時代むずかしい。なぜなら平等社会でありこれが価値あることだから優先順位が高いからここで働けとは強制できない社会だからである。例えばヤクルトにしてもこれを飲まなくても命にかかわることはない、別にス-パ-でも品質は劣っても買えるじゃないかともなる。でも医者がいないなら命にかかわる、介護でも自分のように身寄りのないものは誰かに助けてもらわないと放置されれば死にいたるからいくら老人は無駄だと言っても家族からするとほうってもおけないのである。だから優先順位は高くなるのだ。ただヤクルトが優先順位が低いとはいちがいには言えない、ヤクルトは品物を売るより人間を売りにしたことが成功だった。一軒一軒回ることは手間でありだから一人暮らし老人の見回り役にもなった。福祉の役割を果たしている例もあるからだ。
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2012年11月21日

農業に生きる意義を求めた山尾三省 (ただ金だけを求めた農民、漁民、山民への疑問-グロ-バル化は国々の伝統的価値の破壊)

農業に生きる意義を求めた山尾三省

(ただ金だけを求めた農民、漁民、山民への疑問-グロ-バル化は国々の伝統的価値の破壊)


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山尾三省は最初から農業に意義と価値を求めていた

普通の農民、漁民はわずかしか認めていない

山尾三省は意義や意味が拡大化した

現代のアンチテ-ゼだった


●山尾三省ははじめから農業に意味を意義を求めた


山尾三省について書いたけどこれも原発事故で見直したのである。もしこの人がここの原発地域に住んで暮らしていたらただ言葉だけで言っているのでは自らの体で実践していたのだから説得力があったろう。ただこの辺で原発に反対したら住むこともできなくなっていたかもしれない、原発の安全性に疑問をもち、反対していたら住めなくなっていたかもしれない、それほどすでにこの辺は原発に負っていたのである。実際に40年も原発で働いていた人が原町にもいた。それだけ長い間働いていたとなると原発はこの辺ではすでになくてはならないものになっていたのである。40年という歳月は重みがある。例え否定されるべきものでもそうして働いていた人が他にもいる。この辺ではそういう人が結構いるから東電を余り責められないという、外部の人は何でもっと反対抗議をしないのかと言われる。それはやはり原発に経済をかなり負っていたからでてある。例えば相馬の病院の特別室に入院していた浪江の請戸の人は相馬に家を建てると言っていた。あの人は何をした人かわからない、ただ
請戸の人は漁業関係者だったら相当な金を補償金を事故の前でももらっていたし事故のあとももらえるのだ。その補償金が大きいのである。それで相馬の人は働かないで補償金で暮らしている人に不満をもつ、イワキなどでもそうである。補償金でパチンコなどで遊んで暮らしているのにこっちは働かせられていると不満がでてきたのである。金がもらえるからいいじゃないかというがそこには金だけでは解決しない問題が生じたのである。


そもそも現代は働くことが金を得ることであった。収入によって人間は計られていた。月給がどのくらいなのか、ここで働けばどれくらいもらえるのかとかすべて働くことは金を計算して決められる。こんな月給で働かせられるのかと常に不満は尽きない、働くこと自体に意義を求めて働いている人はいない、農民だってこれも常に金にならないからやっていけない、その跡も継ぐ子供いないとなっていた。金を計算したら農業は割にあわない、やっていられないと不満だけがあった。結構辛い労働の割には収入が低いとして不満ばかりだから子供も継がない、ただ農業の収入の比率は一割にも満たない、原発とか火力発電などのエネルギ-産業は三割とかになっている。そういう経済の中で農業や漁業のしめる割合は全国でも一割にも満たないから昔の農業とは全然違ったものとなっていた。
戦前でも戦後まもなくでも農業のしめる比率は大きかった。ほとんどが農民であり農民意識が以前としてあった。都会に出てきても失業すると実家に帰る、実家で農業を手伝い暮らしていけたという。農業が生活の基盤としてあった。今は失業したら田舎の実家に帰るということなどない、かえって田舎では仕事がないと都会に流出しているのだ。現金を稼ぐのには都会だとなっているからだ。
だから山尾三省があえて屋久島のような所で生活するということは変人中の変人になっていた。都会で暮らした方が楽であり田舎すら仕事がない収入がないということで都会にでていっているときうどうしてあえてそんな苦しい生活をしなければならないとその田舎ですらそういう人をいぶかしがり理解できないものとなっていた。


●第一次産業は国全体でも卑(ひと)くされていた


これが戦前ならみんな農民はみんな苦しい生活をしていたし仕事でもないのだから貧しくても農民をしているほかなかったのである。そこで農業の意義などを求めて仕事をしている人などいない、ただ食うために農業をすることを強いられてきたのである。かえってそうした貧しい農民から脱したいという人が地主が意外では多かった。それでもどうにもならず農業に従事していた。そこで農民の生きがいだとか何だとか関係ない、日々生きてゆくことが農業である。だから猪狩満直は北海道に開拓にゆき「俺の体は俺のからだではない」と呪いの言葉を残して若くして肺病で死んだのである。そういう過酷な状態ではのんびりと農業の意義を求めて働くなどということはない、ただ日々の糧を得るために必死に働く、働かせられるとう感覚しかないのである。山尾三省がそうした戦前の農民のように特別強いられたわけではない、別に農業でなくても生きられる時代だしみんなそうしていた。それをあえて農業に生きる意味を求めて屋久島で働き妻も早死にして自分も比較的若く62才で死んだ。

それは猪狩満直のように強いられたのではないあえて農業に意義を求めて屋久島で生活してそこを死に場所として終わったのである。今農民であれ漁民であれ山に生活している人であれそこに生きる意味を求めている人などいない、中に飯館村辺りで都会から田舎での生活をしたいという人がいた。その人たちは確かに田舎での生活に都会とは違う意味を求めていた。不思議なのはそこで生きる意味を意義が最初にありきだったのである。昔から代々住んでいる農民はそんな意義など探求しないのである。ただ農業とは米作りでも日本ではすでに弥生時代からつづいているから二千年とかの歴史があるのだ。これを考えたとき米作りは単に腹を満たすだけではない、日本の歴史的文化であり歴史的文化的価値あるものなのだ。それはとりもなおさず山尾三省が求めたものだったのである。


なぜそれをあらためて問うのかというと原発事故でそういうことを否応なく意識させられたからである。原発に農民も漁民も金のために自分たちの足元の生活を卑(ひく)くくみた。金にならない金にならないと農業自体の漁業自体の意味を意義は全くないがしろにされていたのである。だから東電との補償問題で漁業組合の人が「俺たちを馬鹿にするなよ」とか訴えていたのはその象徴である。全体でも現代は第一次産業のしめる割合は収入は一割にもみたないのだから卑(ひく)く見られていた。
それより東電のような電気エネルギ-やソニ-やパナソニックなどの電気製造産業や自動車産業が国を支えるものであり第一次産業より価値が断然高いものとして農業は誰もしたくないものになっていたのでてある。それは国全体の評価でもそうなっていたのである。TPPもそういう産業構造の中でもっと車を売りたいとかなって賛成する人が多い。経済界でも財界でも当然そうなる。そういう社会が本当にいいものだろうかという疑問がある。それは伝統的価値の破壊でもあったのだ。それではまた江戸時代に戻るのか、江戸時代のどこがいいのだ。食うや食わずの社会がどこでいいのだ。飢饉になったら飢死するだけの社会のどこがいいのだとかなる。ただ議論するときそういう極端論は議論にならない、お前は江戸時代にもどり山にこもり電気なしで暮らせとかいうと議論にならないのである。
すでに電気であれ車であれ否定できないものである。だからといって電気無しで暮らせるのかとかいえば議論にならないのである。


●すべてを経済的合理性で割り切る危険(TPPの危険)


人間社会は文化が破壊されること伝統的文化的価値が破壊されることがいかに甚大な影響をもたらしたか?そのことを深く反省しないとますます社会は混乱して終始がつかなくなりモラルも喪失して崩壊しかねないなのである。経済的合理性とかそういうものばかり追求していると思わぬ落とし穴がある。原発事故もその一つだったのである。外国では米を作ることが今ではできる、それも日本と同じ様にうまい米を作ることができる。日本の耕地とは比較にならない広い田で作ることができる。それととても日本の狭い領土では太刀打ちできない、でもグロ-バル化すれば何でも他国に売らねばならないとやっていけないからそうなる。ところが山尾三省が農業に意義を求めたように農業は日本の歴史的文化である。それが根こそぎ破壊されて減反からさらに荒地になる。放射能被害で荒地になったような国土になるかもしれない、競争力がついて農業もかえって活性化するというのは本当だろうか?それは農業を文化的なものとしてみていない、ただ経済的効率性からしかみていないからそうなる。経済的効率性だったら外国の方がとてつもない広い土地があるのだから米も外国で作った方がいい、日本は工業国として車だけを作っていろとかなる。そうなったら国土は荒廃して放射能汚染地域となり田畑は放置され荒れ放題になってしまう恐怖がある。


びろう葉帽子の下で
山に還る
その山がたとえチェルノブエリの灰で汚染されているとしても
わたしはほかに還る所がないのだから
山に還る
びろう葉帽子の下で
死期を迎えた動物のように
山に還る


山に還るというときこれは山が昔から万葉時代から日本では人を葬った場所だったから山が死に場所としてあった。山には神が住むというときそこが人が葬られた場所で神聖視されたからである。そして山は田んぼに水を供給する場所だからまた神聖化された。死んだ祖先が神となり春には山からおりてくるというのはそのためである。そういう歴史的伝統的文化的価値観がただ経済的合理性だけを追求して失うことは危険なのである。最近米作りしたオ-ストラリアでもアメリカでもそれは文化ではない、日本は明かに文化として米作りもあった。ただ腹を満たす米を作るというだけではなかったのである。人間は死んだら大地に還るとか山に還るとかいうのはどこの国でも本能的なものとして生き物だからあった。しかし日本では弥生時代からそういう文化が作られてきたのである。結局グロ-バル化の問題はすべて経済的合理性で価値判断することにあった。それは歴史的伝統的なそれぞれの国の価値観を破壊するのである。それはその国のよってたつものの根本的破壊だから国自体も破壊される。現実にグロ-バル化とは金だけが唯一の価値として君臨する、拝金主義となる。現実に日本でもあらゆることが金だけの追求となり山尾三省のようにあえて極貧となり農業に意義を求めた人はいない、それは現代へのアンチテ-ゼであり警鐘だったのである。

例え株で金融でもうけることが国を富ませることなのか?そんな人が人間として尊敬できるのか、金だけを追求することが人間としてのあり
方でいいのか、そこに人間として生きる価値があるのかとなる。グロ-バル化は国々の文化を破壊する。TPPもまたそういうグロ-バル化社会から必然的に生まれてきたものである。アメリカの広大な土地の社会と日本の狭い土地の社会は根本的に文化で違っている。そういうものを経済的合理性だけで容認したら日本の国が根底で破壊される。すでに金だけが唯一の価値となっているのにさらにそれに拍車をかける。だから今山尾三省の生き方が現代の社会を問うことになったのである。彼は農業にその土地に生きることに意義を意味を求め死んだのである。最初からあえて意義を意味を求めて極貧の農業に従事したのである。


山尾三省の詩を読む (原発事故で見直されたその生活)

 http://musubu2.sblo.jp/article/55776731.html

アンチテ-ゼ

弁証法のもっとも単純な説明は、テーゼ(命題、定立)、アンチテーゼ(反対命題、反定立)、ジンテーゼ(統合命題)である。たとえば、「地獄」は「天国」のアンチテーゼ、「無秩序」は「秩序」のアンチテーゼである。通常釣り合いの取れた、対照的概念の並列である。


 

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2012年11月23日

大都会の無意味な死(詩) (還るべき山も大地もそこにはない・・・)


大都会の無意味な死(詩)

(還るべき山も大地もそこにはない・・・)


大都会のビルの谷間に
一人の人間が死ぬ
その死を誰が知るのか
誰が受けとめるのか
その死は大都会の雑踏の喧噪に埋もれ
その死は意味をもたらさない
会社は永続するものなのか
ビルは永続するものなのか
人々は人工物に囲まれて
還るべき大地も山もない
巨大なビルが文明の墓標のように
人間を圧して消し去ってしまう
そこから人間の声は聞こえない
集団示威の騒音と雑音と機械の音が
日々の残酷な事件がマスコミの視聴率となり
人の生は実りとはならない
マスコミは災いと恐怖が売り物
毎日事件は起こり消えてゆく
いちいちその事件を長く追求することはない
無数の人が死んでゆく・・・
それらの死に何が意味があるのか
それら次から次と埋めつくす
群集の雑踏の中に虚しく消えてゆく
一人の生は記録されることはないだろう
高層ビルは巨大な墓標なのである
その下に一千万人の死体が埋まっている・・・
使い捨てられた人の死体が埋まっている
結局それは意味なき蟻塚となっている・・・
意味と意義を与えるものは何なのか?
還るべき山も大地もそこにはない・・・


結局山尾三省はこうして無意味に死ぬことを拒否して死に場所を屋久島に求めたのだ。生きることはまた死ぬことに通じている。自分はここで骨を埋めるんだというとき本当にその場で人は生きる。そういう場を屋久島に求めたのである。そういう一度きりの人生を命を本当に大事にすれば人は意味と意義ある生を本気で探求するだろう。ただ金になればいい、豊かな暮らしさえできればいい、何でも金になることが現代では最大の価値である。金持ちにならなければ現代では何も得られない、金のないものに女性もついてくるか?家も建てられない、家が立派かどうかで人はその人を判断する。なにやかにやいったって外見が第一なのだ。外見で人は判断されるのだ。貧乏人は誰も相手にしない、旅館てもホテルでもその人の外見を見ているんだ、貧乏くさい人間は卑くくみられるのだ。ビロウドの帽子などかぶることはそうした外見の良さで判断するものへの皮肉だった、抵抗だった。樽で暮らしたディオゲスネかもしれない、哲学者は意味を意義を探求している、真の宗教者もそうである。ご利益ばかり求めてはいない、常に現世的なものより天上的なものを脱世間的価値を求めてきたのが宗教である。カルト宗教団体には全くそれがない、世間そのものであり大衆化した文明の価値観を先導するものである。誰も山尾三省のような極貧を求めるようなことはしない、やはり金持ちになりたい、あらゆる欲望を満たしたい、そのために日々祈っているのである。

今なぜ老人がこれほど問題にされ問われるのか?高齢化で多いせいもあるが老人の存在価値が喪失しているからだ。なぜこの老人は生きているのか?延命治療でもそうである。そこでただ人間の命をのばすだけでいいのかとなる。つまり老人が生きる価値が問われる。若者から見れば老人は重荷であり生きる価値がないとみられる。金を持っていても価値がないと見られているのだ。その金を若者のために使いと言われる。金を持っていても価値が生まれる訳でもないのだ。老人が個々にもっている金だけではない価値が問われる。


普通に考えればパンを食うことが贅沢だったとかそこまでこの飽食の時代にやる必要はないと考えるのが普通である。それは厭味にさえなっている。そういう貧乏から脱するために苦労してきて今の豊かな社会を作ってきたのである。でもそのために失ったものがあった。それが見えなくなっていたのだ。原発事故はまさにそうした富を追い求めた結果として生まれた。豊かさを求めれば電気は無制限に必要になるし経済成長をどこまでも追求すればたりない電気をどうするんだとなり原発はやめられないとなるのだ。でもお前も電気をかなり使っているだろう、電気の恩恵をどれほど受けているか自覚しないのか?それは確かにそうである。最近電気釜やらおかゆメ-カ-などを買ったし便利である。これも電気だし電動自転車も電気である。自分も電気なしでは暮らしが成り立たない、しかし電気でも制限されて使うほかないのだ。現代は無制限の欲望の追求でありそうしたら無制限のエネルギ-が必要になってくるのだ。優先的に電気を使うものを決めるということが必要なのである。その制限ができないことが問題なのである。

いづれにしろ人間にとって宗教と哲学がかかせないのは物だけで欲望だけで満たされないからである。人間の欲望はきりがないのだ。「神の国と神の義と求めよ」というとき最初に人間は生きる意味と意義を求めよということである。そのために糧は神から与えられる。この仕事に何の意味があり意義あるのか?

そんなことよりそんなむずかしいことより金になるかどうかが先決だよ、金にならなければ何の価値もない、第一食べてゆくことも生きることすらできないのではないかとなる。それほど金の力は大きくなっている。金を得れば百億円もあれば何か地球でも買えるような気分になっているのが現代である。でも生きる意味とか意義とか宗教が探求したものは得られない、それはそうした富を捨ててこそ得られるということがあったのだ。だからこそシャカは王宮を去って無一物となり物乞いする身となった。もし人間が生きる意味や意義や価値を追求するならそんなことする必要ないのである。

ただ宗教でもヨ-ロッパでも東洋でも何か錯覚しているのだ。豪華な大聖堂や大伽藍があり宗教はこういう豪華なものであり富をもたらすものだと錯覚している。大衆はだからそういう大伽藍に目を奪われ宗教の本来の姿を見失っているのである。どうしても大仏でも巨大なものに目を奪われ偶像崇拝になる。仏像でもそれはそれぞれがもっている教える諭すものがありそこに価値がある。巨大だけだったら価値がない、惑星でも木星であれ土星であれ巨大なだけでは何も価値が生まれないのだ。

日本の価値は狭い国でも価値があり価値を作ってきた。それが日本文化とり文明となったのである。その根本の価値観は農業にあったことは確かである。もちろん海に囲まれているのだから漁業にもあり山林が多いのだから林業にもあった。

これから地方を活性化するとき林業でも植林してから50年くらいで杉が使えるようになって活気がでてきているというとき林業が外材で廃れたのかと思ったらそういうことがあるのか、林業は時間がそれだけかかるものなのである。今や電気製造関係の会社が倒産して地方の工場が閉鎖して疲弊しているというとき農業の役割が大きくなるというのもまた新たな農業の復活の兆しなのかもしれない、そこで雇用が戦前のように確保できるという。そういうことを考えるとまず放射能汚染地帯となったこの辺の未来は本当に暗い、再生エネルギ-基地として希望があるだけになってしまう。30年くらい放射能が減らないとするとまともに耕作できないからだ。林業だって放射能汚染されているから使われないとしたらどうして今林業が杉が成長して使えるとなっても使えないのである。原発事故でそうした生活の基盤になるものを台無しにしたのである。文化を創造するにもそういう生活の基盤がないとしたらありえない、荒地ばかりの世界でそれを絵に描くこともできないだろう。ミレ-の絵に羊がいないようなものである。羊でも放射能汚染された草を食べられないからいなくなるのである。

イノシシや猿が繁殖して増えまるで猿の惑星のようになっているのだ。実際にイノシシが増えて檻で捕獲している人が人間がこの檻に入るようだと言っていたときそれは猿の惑星だったのである。
猿の惑星では人間が核戦争でニュヨ-クも吹っ飛び消えてそこには猿が支配していたのである。
だからあの映画がこの辺で現実化していることに驚くのである。核戦争ではなかったけどやはり人が住めなくなり街が放置されてゴ-ストタウンになっているのは本当に猿の惑星だったのである。

 
 
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2012年11月27日

巨大な権力に操作されるこの世 (権力の主は表には出ない-戦争も原発事故も同じ?)


巨大な権力に操作されるこの世

(権力の主は表には出ない-戦争も原発事故も同じ?)


この世とは巨大な権力によって操作される。そして常に権力は闇のなかにある。その権力によって有為の純粋な若者は犠牲にされる。一生を台無しにされるのである。人間は本当に若いときから間違った道を行く人が多い。それは取りかえしがつかなくなる。この世では本当にそうして間違った道に誘う歪められるのが多いのである。権力をもっているものはたいがい青年を歪める、青年は大きな権力に利用されるということである。その最悪の例が戦争だったのかもしれない、あれだけの人間が死んだけどそれが意味ないものとされる。だからどうしても意味がなくてはその英霊は浮かばれないとなり問題になる。不思議なのは今になるとその死の意味や意義だけが問われている。俺たちを意味あるもの意義あるものにしてくれと死者は叫んでいるのである。
でもその死者自体が若いときその戦争を自ら意義あるものとして選んだかどうかわからない、もちろんだからこそ命をかけるのだから若いなり煩悶したのである。でも大きな権力にのみこまれたのである。そうして道を間違い一生を終わる人が数限りない、今でもそうである。
山尾三省などは最初から農業に意味と意義を求めてその意味と意義の内に死んだから全うしたからその意味とか意義を今更問う必要もないのである。でも当時の青年は戦争に行くにしても明確な思想をもっていたわけでとはない、巨大な権力によって強制されたのである。


カルト教団は大きな権力でありそれを支持するものが権力故に支持される。若者はそういうことがわからないからその社会的に支持されたも
のが善だと思っているのだ。そして一生を台無しにするが誰もその責任はとらないのである。原発事故も大きな権力に操作されたことでは同じだったのである。マスコミなどもほとんど信用できないものである。東電から巨額の金をもらっているし地方の新聞は聖教新聞をすっているからカルトの創価などでも批判できない、悪でもなんでも権力によって左右されるのがこの世である。世の中はいつでもそういうものだったのだろう。この世の巨大な権力に操られのみこまれてしまうのである。権力とは一つの大きな闇なのである。権力は隠されている、明るみに出ない性格があるのだ。権力自体を形成するのが人間の闇なのである。個々人の心の闇もまた権力を作ってゆく。根本的なものは個々人の闇である。個々人の闇からサタンが支配するようになる。この世は金だというとき金に異常に執着する。この辺でも原発の危険性を問う人などいなかった。ただ金になればいいというのが本音だった。そう思わせるのもサタンの思う壺だとなる。現実に今の社会は金だというときまさにそうなっているのだ。そして権力による大きな悪は表に出ない、それがユダヤだとかロックフェロ-だとかいうのもそのためでありそれは不明にしてもどうしても権力が闇の中にあるからその背後のものは何だろうとなり常にとりざたされる。

 


大企業でも尖閣諸島問題で


潜水艦製造詐欺を!
中国などまったく関係ないんだよ。
2010年9月7日、それまでの「棚上げ」を一方的に破り、何故、突然、沖縄海保はカワハギ漁の中国貧乏漁船に襲い掛かったのか、
?    ↓?
1年1隻と決まっていた自衛隊の潜水艦製造が、?一気に6隻=3600億円が国民の血税から奪われた。
尖閣事件「突発」で三菱重工と川崎造船は「競争入札」を回避出来た。
尖閣事件「突発」で、双方で戦後初前代未聞の大量6隻も受注出来た。尖閣事件「突発」で三菱重工と川崎造船は、緊縮財政が叫ばれる中で潜水艦などという原価不明の詐欺兵器600億円×6隻を国民の血税からまんまと引き出すことが出来た。
多くの国民が怒っている石原一家の蓄財疑惑はなぜ追求されない?


心に青雲
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/302740448.html

 


こんなところに余り注目する人はいないしマスコミでも報道しない、これは東電とかが原発事故を起こしたこととにているのだ。東電という大企業は国家並の権力をもっていた。国家もこうした大企業の利益のために存在するとなる。必要もない兵器が尖閣諸島騒ぎで国民の血税で作られる。得するのは大企業だけだとなる。庶民は常に権力によって操作される存在なのである。中国の反日デモにしても共産党の幹部が不満分子をあおってやらせたのである。共産党指導部の不満をそらすためにしむけたのである。デモに参加した人には金まで払ったというから嘘ではない、権力によって常に操られるのが民衆なのである。創価なども巨大な権力をもっていてそれでマスコミも検察さえ内部に入っていて操作しているのである。だから常に司法でもどこでも権力掌握を目的として行動している団体である。オ-ムが宗教が隠れ蓑だったようにカルト宗教団体はみなそうである。


この辺で例えは大成建設が請け負い放射能除染をしている。その時モニタリングポストの下の土をとっていたというのもやはり権力によって真実が隠されることを示している。最近南相馬市の鹿島区の大内村にできたプレハブの建物が何だろうと思っていたら除染作業員の宿舎だった。でも写真にはとるなとかそこにいた人がとめた。別に悪いことをしていないならいいと思うが除染というのも放射能が関係しているから何か隠蔽することがあるのだ。作業員もどこからか集めてくるのかわからないがまともに金を企業で払わないとか問題になった。下請けを通すと大企業の悪は隠されるのである。それは名古屋の方の下請けみたいだ。他にも愛媛県とか九州とか全国から除染に入っている。この仕事も巨額であるから何か隠蔽されるものがある。そして実際の効果はどうなのかとなると本当の所はわからないのである。そしてヤクザを使ったりもしていたのが建設業界では当たり前のことだった。原発は常に危険を隠すために権力によって操作されていたのである。その内部に何が起きているかなど知らせないし地元の人でも調べようがない、前の佐藤栄佐久知事がプルサ-マルに反対したとき失脚されたことでもわかる。その背後にアメリカなど巨大な権力が働いたのである。ただそれ闇であり不明である。権力の主は表にでてこない、それはだから悪魔的なのである。この世の主がサタンだというときまさに権力をもっているのはこの世ではサタンである。だからいかにこの権力は絶大なものかわかる。この世を変えようとしても絶対にできない、この世を滅びないかぎりできないと聖書に書いてあるからだ。


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これは仮設住宅かと思ったら除染作業員の宿舎だった。ただこれは何かの事情で秘密にされている。何か秘密にされていることはうさんくさいとなる。原発そのものが常に秘密にされ権力によって隠蔽されていたのである。マスコミとかはそういう隠蔽された悪を調べて知らせるものだがそういうことはない、東電からみんな巨額の宣伝費をもらっていたからである。マスコミにはそもそも悪を正すとか秘密にされた悪を表にだすような機能はない、巨大な権力を補完するものなのである。
なぜ尖閣諸島の原子力潜水艦のことなどが報道されないのか?そこに大企業がかかわっていて宣伝費がもらえるからだとなる。だからマスコミも権力にだきこまれるだけなのである。

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2012年12月11日

原発の是非は文明そのものの問題だった (道具を作る、機械を作るものに支配されてきた文明)


原発の是非は文明そのものの問題だった

(道具を作る、機械を作るものに支配されてきた文明)


●機械に頼る生活が日本の農業を破壊した


機械に頼る生活というのはそもそも人間の歴史では人間が誕生した時代からはじまっている。だからこそホモファ-ベルと道具を使うのが人間の定義とされた。道具は石器からはじまりそれが一万年つづいたとかいわれる。道具を使うのは人間だけだった。その単純な石器から今の巨大な複雑な機械に発展したのだから機械のル-ツは簡単な石器だったのである。つまり現代の文明も道具の文明であり機械の文明であることはすでに石器を使いはじめたとき現代の文明を予想できたかもしれない、道具を使いなかったら人間はとても石器がなかったら動物に対抗できないから滅びていた。道具を発明することによって人間は人間になったということは納得がいく、自分で毎日家事していると例えばリンゴをすって汁にするとか大根オロシを手ですって作るのが手間になり嫌になるのだ。だから家事でも機械化したいのである。だから家事も電化製品で機械化された。昔は家事の仕事の割合が多いから大家族でないと暮らしていけなかった。農家だったら田植えでも稲刈りでも人手に頼っていた。村の総出で協力してしていた。それが機械化すると人を頼らず機械に頼ることになる。その機械はコンバインでも一千万とか高いのである。それでもともと農地が少ない日本の農業では割にあわないと機械貧乏で農業をやめた人がかなりいる。現代は何でも機械のしめる割合が大きいのである。何か事業をするにも機械を設備として買わねばならない、その投資額が大きいからそれが失敗の要因になる。

機械を買うということはそれだけ金がかかるから金が第一の社会に農家もなる。機械に頼ることは金のかかることであり機械に人間が使われることにさえなる。ただ機械の力は余りにも巨大化したのである。中国で麦刈りにコンパインを使うがこれと昔ながらの鎌で麦刈りにくる出稼ぎ者がいるがその差は千倍とかになるかもしれない、あまりにもその力の差が大きいからその影響をもろに受けるから機械は社会を根底から変えてしまうのである。このように農業も機械に左右されるというときそれは今にはじまったことではない、すでに農業がはじまったときからそういうことはあった。鎌であれ鍬であれ鉄器の使用が農業を飛躍的に発展させたことは知られている。鉄器の使用は石器時代から鉄器時代と時代まで変えてしまった。そして鉄を作るものが社会を支配する時代となった。戦争でも刀は鉄で作られているから鉄器の時代は鉄を生産できるものが支配者となれたのである。天皇が鉄の王だったというときまさに鉄こそが社会を支配するものだったのである。


●道具を作る、機械を作るものが文明の支配者だった


このことが不思議に原子力発電と関係ないと思っているが深い関係がある。原子力とか電気のエネルギ-はまさに電気が国を社会を支配するとまでなっていたのである。電気なくしてもはや社会は成り立たない、電気を否定してはもはや文明も成り立たない、確かに山尾三省のような人は例外的存在でありそんなこと現代にまねることはできない、社会自体のシステムが電気化しているときそういうことを全部の人に要求することはできない、そうすれば文明は崩壊するからだ。そして電気の元は実は原子力もあったが石油でもあった。石油なくして電気もありえなかった。だから石油文明ともなっていた。人間は石器時代があり道具を作ることによって動物より優位になり文明を作ったのである。その頂点に原子力発電もあった。だから現代の社会を支配していた支配者は誰だったのかというと電気を作っていた人たちだったのである。天皇が鉄の王であり電気を作っていた人が実際は王だったのである。原発事故でわかったように原発から金は生み出されその巨額の金が政治家に官僚にマスメデアに地元へあらゆる所へ流れていた。検察官僚の天下り先としても金は流れていたから検察で東電を裁けるのかとなる。政治家や官僚が力をもっているように見えているけど実質の支配者は電気会社だったのである。

電気文明なのだから当然そうなっていたのだ。第一電気会社が社会を支配できたのは電気は誰にとってもいいものであり悪いものでないからだ。電気の恩恵にどれだけ欲していたか、それを誰も否定できない、電気をいらないという人はいないのである。しかし電気はボタン一つ押して簡単に使えるものではなかった。石油にしても中東から運ばねばならないしそこは危険な地帯だった。石油に頼らずもっと安価にしようとしたら原発は危険すぎるものだった。でも社会は電気を要求したから原発が生まれたと言える。原発は現代文明そのものの問題だったのである。文明を維持するのには電気が不可欠である。石油に限界があるとしたらどうするのか、原発は不可欠であり危険でも必要だとなっていた。原発否定するということは機械文明を見直す否定することに通じているのだ。


●人間の幸不幸と文明の発展は関係ない


考えねばならないのは機械に頼ることが人間を幸福にもしたが不幸にもしたが能率的でないこともあった。農家で機械貧乏になってやめる人が多かったのもそうである。機械に頼ることは機械を作るものに農業も支配されることでありそれは鉄を作る鉄の道具を作るものに農業が支配されたと同じである。農業は実際は鉄の道具にたより大規模な灌漑事業とか開拓とかするには技術が必要であり文明そのものであったのだ。だからこそ鉄を作るものに道具を機械を使うものに支配されたのである。
結局今では家事でも電気を使う機械の操作に追われているのだ。確かに電化製品で家事の労働から解放された。ではそれで幸福になったかというとそれは別なのである。幸不幸と文明の発展は別物である。その時代時代に幸不幸かありそれは計り得ようがないのだ。原発事故でこの辺は最大の不幸に直面したことでもわかる。電気は幸福をもたらしても最大の不幸をもたらした。しかしすでにそういうことは人間が機械を使いはじめたときから予見されていたのだ。だから老子は鍬すち使うなと警告していた。鍬を使うことは原子力を使うことに発展したともいえる。

機械にたよることは逆に機械に支配されることになる。道具の道具になることに通じていた。人間はこれほど便利になっても豊になっても幸福かどうかは判定できない、機械が能率的かというとそうでもない、農家で田植機やコンバインをやらを使って効率化したようでも機械にかかる費用が莫大だから採算があわなくなったと同じである。そこでどうしても金がかかる農業となっていった。もし村の人たちで協力して人手でやっていたらそうはならなかっただろう。だから機械がすべて効率的に働くとは限らないのである。
人間は人手に頼らなくなるとき介護でも介護ロボットに頼るとかなるとき一見楽なようでもそのロボットを作るのに金がかかりかえって人を使うより金がかかるとかなる。何かそういう矛盾が常に人間にはあるのだ。

山尾三省がぜあのような極端な貧乏の生活をしてそれを味わいある意味でそこに意義と幸福を見いだしたかというのは文明への逆説だった。なぜ原発事故が起きる前に原子力発電を批判して原発のない世界を目指したということも不思議である。原発をなくせというとき今ならみんな言っているけど原発事故が起きる前は異端者だったのである。それは現代の文明を否定することに通じていたからである。誰もパン食えないとか、車もないとかエアコンもないとかそんな生活を望んでいない、農家でもそういう生活から脱するために働いてきたのだからそんな人を容認するはずがないのだ。
結局原発を見直すということは機械そのものに頼る生活とか文明そのものを見直すことに通じている。しかし電気でシステム化した社会を変えることは不可能になっている。では最後に人類の未来はどうなるのか?マヤ文明が滅びたように太陽がなくなる、光がなくなり滅びると生きた人間を生贄にささげたように人間も電気と共に原発と共に滅びるほかないということにもなる。それも怖いことだけどそれか人類の運命だともなる。


お前は電気なしで山の中で暮らせと言われたけどそういうことをできない、すると人間はマヤ文明のように原発はどうしても必要だとなりそういう人も結構いる、そして人間が生贄に献げられ原子力文明とともに滅びてゆくのである。それが核戦争の猿の惑星だった。それがこの辺で現実化していたことに驚く。イノシシをとる檻に自分たちが入るようだと言っていたのがそのことだった。街がゴ-ストタウンになり繁殖力の強いイノシシが増えた、猿も増えたから猿が支配者になっても不思議ではないとなる。この辺はそんな映画のうよな異様な世界になったのである。交通事故がいくらあってもそれもしかたのない車社会の人見御供のように原子力文明にも人身御供となり文明を維持するほかないとなっているのだ。この辺は放射能の実験台となりモルモットになっているのもそのためである。放射能の影響はどうでるかわからない、そして放射能はたいしたことがないとされ原発は安全だとされるかもしれない、電気は否定できないし原発は不可欠だとなり最後に文明の崩壊がやってくるのかもしれない、そういう大きな文明の問題として原発事故が必然的に起きたのである。

 
 
 
 
 
 
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2012年12月15日

政治には期待できない (新しい国造りは日本国土全体の栄が何か知るべきである)


政治には期待できない

(新しい国造りは日本国土全体の栄が何か知るべきである)

●政治は誰がやっても同じで変わらない

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政治はいわば大小の砂利のいっぱいつまった、社会の砂袋のようなものである。政党は対立する砂袋の半分である。時には四つにも分離することがありたがいにこすりあうのである。
ソロ- 「市民としての反抗」


今の状態はまさにこれだった。砂袋が8っつにもなっている。でもその政党が別にどの政党とくっついても変わりないように見える。共産党は別としてどの政党と砂袋と一緒になっても変わりない。
分離してこすりあっているだけだとなる。原発にしても今やみんな反対しているから選びにくいのだ。自民党は一番原発にたいしては推進派である。民主党の失敗は自民党の路線を否定したのだが結局、自民党の路線を引き継いだことが多かったのだ。また官僚に対しても対抗できなかった。そもそも政治が何によって動かされているのか?例えば電事連という団体や連合でも民主を支持した団体は原発推進である。原水協も電事連の人が入っているから原発推進だった。それで失敗したというがやはりそういうふうにどこにでもそうした組合に所属している人がいるのだからそういう団体によって政治も動かされているのだ。連合でも電事連でも原発推進だったら自民党も最初から原発推進だったからそれが日本国全体で強力な戦時中の大政翼賛会になっていた。大本営発表になっていたのである。もし民主党がこうした団体とかかわらず自主的に政策を決めていたら原発を見直したかもしれないのである。そういうことができない圧力が内部からあるのだからそんなことできなかったのである。

福島県のドンの民主党の渡部恒三が強力な原発推進者だった。そのGEの社員だったことでもわかった。
民主党は自民党の原発推進を積極的に受け継いで失敗したのである。その背景はその支持する団体が原発推進だから当然そうなったというにすぎない、マスコミでも東電から莫大な宣伝費が流れ電事連からも流れるとか何かの団体の支持によってマスコミは運営されているのだ。聖教新聞を福島民報では刷っているからその意向にはさかえらないのと同じである。それは創価だけではない、背後の団体によって政治は動かされるのだし政治が数によって決まるというときどうにもならない、権力の主体は政治家にはない、それを支持するものにあるのだ。政治が変えられないというとき政治家の問題でもない、そうした支持するものが変わらないのである。何にも団体などの支持がなくしがらみもない人は当選できないのだから当然である。たいがい団体は利害心は自己愛もっていても愛国心などはない、東電でわかったようにメルトダウンして死ぬか生きるかのときも海水を使うと原子炉が使えなくなり大損だと幹部が騒いでいたのである。人間の命より原子炉が大事だったのである。それか会社なのである。何であれ会社の利益が優先されるのか現代の社会なのである。


●インドのような価値観も現代では必要

人間は本来が自然なしには死滅するほかないものである。われわれが馬鈴薯よりも教養を砂糖菓子より啓蒙を欲するとき世界の大資源ははじめて強要される。(ソロ-市民としての反抗)


結局この辺の原発事故もこういう所から起こったのかもしれない、教養などより何がなんでも腹のたしになる馬鈴薯であり砂糖菓子を求める。山尾三省のような極貧の生活に意味と意義を求めるものは農民でもいなかった。パンを食べたい菓子を食べたい車が欲しい、電気製品が欲しい、・・・・その欲望はとまることがなかった。そのためには原発を積極的に誘致した。隣の町で財政がうるおっているからこっちも欲しいと競争だったのである。それが原発事故でどうなってしまったのか?
自然が死滅したら人間も生きることはできない、土も水も汚染されたら生きることすらできない、原発がもっと日本全土に大規模に起こればそうなった。第一ソロ-のような生活をめざせば奇人であり何だあいつは馬鹿なことをしている酔狂なやつだとしかならない、山尾三省も奇異な眼で見られるだけである。しかし原発事故が起きてそういう普通の一般の人も反省を強いられたのである。


思うに都会と田舎は本当は別な価値観をもって生活すべきだった。ソロ-のような極端な崇高な生活ではなくても山尾三省の極貧な生活までしなくても第一次産業を基盤とした都会とは同じではない、別なもともとあった山河、大地と共に生活してきた価値観を大事にするべきだった。それは国全体がそうでありグロ-バル化で世界全体が同じ価値観になってしまったのである。誰も車をもちたいというのは世界中で同じになったからだ。だから今や世界中でどこもたいして変わらない生活をしているのである。インドのような所は変わっていた。牛糞を干して燃料にしていると思えばまだ炭を使っているし街路を牛が歩いている、そんなところでも家で子供がゲ-ムを白黒の画面でしてしいたのである。インドすらそうしてグロ-バル化の価値観の中にくみこまれてゆく。ただ牛を聖なるものとして
街路を歩いていることは違っていたのである。まだそういう古来の価値観を壊さないのである。でも牛がのろのろ街路を歩いたら車も通れなくなるから文明化すれば牛もそんなふうにして放置されないだろう。でもインドではまだそうした古い価値観が生きていることが他とは違っていたのである。


●万葉集など日本古来の価値観の見直すべき

今や田舎に住んでも田舎の人も都会と同じである。むしろ都会の人より贅沢をしている。何でも金があれば手に入る時代なのである。食うもの着るものも住んでいる家もむしろ都会より広い庭でいい家に住んでいる。しかしそういう都会と同じ文明的生活に落とし穴があり原発事故になった。もし古来の価値観を継続して山尾三省のうよな思想で意味と意義を求めて生きていたらこんなふうに自然すら死滅して町すら消滅するなどということはなかったかもしれないのである。本当に人間の栄は東京の大都会になるのか?高層ビルがスカイツリ-がその栄の徴しなのか?そんなものに美があり意義があるのか?都会には数が多いから結局その数で都会人によって政治も決まる。限界集落には政治家の宣伝車も来なかったという。票にならないからそうなる。では限界集落はすべて能率的でないから消滅させるべきなのかということになる。そしたら国土が維持できるのかという問題もある。最近森林の木材が50年過ぎて使えるようになった。それで森林が再生して山村も雇用が増えて活気がでてくるという。つまり50年後でも自然のリズムが長いから栄えることがある。都会はそんなに長いリズムをもち得ないだろう。自然と離れているから自然によって豊になるのではないからその栄も短いともなる。

題詞]六年甲戌海犬養宿祢岡麻呂應詔歌一首

御民吾  生有驗在  天地之  榮時尓  相樂念者


御民我れ 生ける験あり 天地の 栄ゆる時に あへらく思へば 


みたみわれ いけるしるしあり あめつちの さかゆるときに あへらくおもへば


天地と共に自然と共に生きている時そこに真の栄があり生きた験(しるし)がある。
その験(しるし)とは何か?スカイツリ-でも高層ビルでもない、まさに自然の中にあるものが験(しるし)として残る。千歳の岩であり石であり樹であれ山であれ海であれそういう栄こそが真の栄だったのである。原発事故周辺ではそういう自然の栄が奪われたのである。そしたら生きる験(しるし)もなくなってしまうことになる。自然の寿命は千年とか長い、都会の人工物の寿命は短い、その栄は一時期で消滅する。だからこれからは都会だけではない、国土全体から国が栄えるように田舎も見直すべきだしまた田舎に住んでいる人も今までの日本が有した万葉集などの価値観を再考して国造りせねばならないのである。

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2013年01月23日

原発避難地域の現状の矛盾(補償金で働かない地元の人と外部の人が喧嘩!)

 

原発避難地域の現状の矛盾

(補償金で働かない地元の人と外部の人が喧嘩!)

●小高区の人たちはもう帰られないと言う


今日は神奈川県からここで働いた自衛隊の人が来たので案内した。結構津浪の被害地域を見に来ている人がいる。自衛隊の人は自分のした仕事の確認にきたのか?もう一度津浪の現状を確かめに来たのか?やはりここで仕事をしたということを確認しにきたのだろう。今回の津浪被害で自衛隊は活躍した。その人も二人の遺体を見たという。南相馬市の海老浜で瓦礫のかたづけをした。八沢浦でもした。その人は若く受け答えがハキハキしていた。真っ直ぐな感じがした。姿勢がぴんとしていると女性でも真っ直ぐな心の持ち主に見える。若い人でも別にみんなが真っ直ぐな心の素直な心の持ち主とは限らない、ただ年とった人よりはまだ体も若いし心も真っ直ぐな感じの人が多い。おそらくあの人は体の訓練を相当して鍛えているからかもしれない、駅からか歩くとなると海側は相当に遠い、自分がいた現場をもう一度みたいということでわざわざ神奈川県からもう一度来たのである。他にもそういう人がいるかもしれない、かなりの期間がここにいたからそう思ったのだろう。またその人は都会的な人間なのだろう。ハキハキして姿勢がいいということは田舎の若者とはまた違っている。田舎は何かハキハキしない人が多いからだ。何か好感のもてる青年だった。


それから仮設の食堂に行ってオカズなど買った。そこで話し合われていたのが鹿島区に避難して仮設に住んでいる人たちのことだった。前にも五年帰れないと言っていたがその人は帰らないという人が多いという。ええ、そんなに帰れないというのも変だと思った。その原因が多額の補償金にあった。一人十万もらっていて他に農家の人は土地とか補償があったりすると一家で一か月百万になっている人がいるとか言っていたが嘘ではない、八人家族の一家がいて毎日マグロのサシミを食べている人がいた。だから別に働かなくてもいいとなる。それで若い人、30代とか40代の人が働けと外部から来た人とそこで喧嘩になったという。そんなことがあったのかというけど確かにそうなのだ。被害にあった人たちが今は暇をもてあましてパチンコとかで遊んでいるのに働かないで外部から来た人たちが懸命に働いているはいうのは外部の人からするとなんなんなのだここはと思うだろう。これだけ多額の補償金をもらっているとすると働かないでこのあとも生活していきたいとなる。特に老人が多いからそうなるのだ。老人は帰りたくないから仮設住宅ではなく長く住める定住型の住宅を作ってほしいというのが要望になっているのだ。相馬市の一人暮らしようの長屋風住宅のようなものを建ててもらいたいとなる。そしてその資金は生活保護のようにずっと補償してもらいたいとなっているのだ。

もう小高に帰って復興する気はないという。小高ならすでに避難区域が解除されて今津浪の被害のあとかたづけやインフラの整備をしているのだから帰れると思うがすでに住民の心はそうなっていない、ここからすると浪江など本当に帰れないと決めている人の数がかなりの数にのぼりもう町が成り立たない状態になっているだろう。小高ですらそうなのだから浪江は五年帰れないとかなっているからだ。除染も山をしないと無駄であり金の無駄使いだとも言っていた。自衛隊でやった方がいいとも言っていた。確かに除染はただゼネコンに金が吸い取られるだけで効果がないのである。


〇小高区には帰りたくない
〇定住型住宅を作って欲しい
〇補償金をずっと継続して欲しい


小高区の人の要望はこうなっている。


●被害者はパチンコで遊び外部の人が一生懸命働いている馬鹿らしさ


一生懸命に外部から来た人が復興のために仕事しているというのも矛盾であり被害者はのうのうとして毎日パチンコとか遊んでいるとなれば腹立たしくなる。
パチンコでは親戚の人がパチンコ屋に勤めていて人手がなくて困っているとか自分の家に来て言っていた。このことは自分に直接かかわることだから変だと思っていたし腹正しかった。自分の家は介護で苦労しているのに手伝わないで毎日パチンコ屋には行って勤めている。借金があるにしてもそんなことで働いてどんな意味があるのかと思っていたが弱い立場にあり何も言えなかった。
このことがこの辺のおかしな状態を最も端的に示していたのだ。他でも人手がたりないのになぜパチンコ屋で人手がたりないとか毎日働きづめで疲れたとか言っていた。実際にかなり疲労していた。
でもパチンコ屋で働くのにどんな意味があるのかとなる。その時自分は思った。


パチンコ屋で遊ぶ人こそパチンコ屋の掃除などして遊べ!


それが理にかなっている。そんなところで働くこと自体何の意味があるのかとなる。つまりこんな異常事態でなくても働くことがすべて有意義なこととは限らないのが今までもあったのである。それが今はこんな異常な事態になり露骨なものとして現れたのである。そんなら介護の方が意味ある。金もやるから介護で働けとなるがその人は手伝いもしなかたっのである。ただ弱い立場にあるから何も言えなかった。津浪原発事故のあとみんな協力してがんばろうとかなったが実際はそんなふうになっていない、一生懸命働いたのは復興に手を尽くしたのは外部の人であり内部の人は補償金をもらって何もしない、遊んでいただけだという矛盾があった。特に原発地域は補償金が大きいからそうなった。

浪江の請戸の人が相馬市の病院に入院していたけど特等室に入っていた。そして相馬市に家を建てるとか言っていた。あの人は億の金はあるだろう。請戸は港であり原発にも近い、原発成り金が生まれ豪華な家が建っていたという。原発事故のあとも船をもっているとその補償金が農家より莫大なものとなっているのだ。一番漁業補償が大きいのである。原発は金なる木であり地元に相当な恩恵があった。それで富岡町の町長の五億円の金庫が津浪で流されたというのが話題になったことが象徴的だったのである。そして原発で働いていた人が実に多いのである。ここは結構遠いと思っていたがこの前もそういう人とあった。ええ、またいたのかと驚くほどである。この辺も原発の金でうるおっていたのである。


●鹿島区の人たちは協力しない、小高区の人たちの不満


それから小高区の人たちと鹿島区の人たちが何かイベントで協力してやろうとしたらやれなかった。商工会議所の会長が力をもっていてボスとなっていてやらせなかったという。鹿島区の人間は協力しない、小高区の人間は何でも協力しあうとか言ってその地域の人間を問題にしていた。確かに鹿島区は人間が協力的でないとか何か違っているのは確かかもしれない、田舎でも地域によって人が違ってくるから田舎暮らしするときはその地域の土地柄とか人柄も良く調べろと作家が言っている。それも確かなのだろう。田舎は人間関係では住みにくい面が多々あるのだ。自分も田舎では人間関係では嫌だし鹿島区は特に人間的には良くないのかもしれない、小高の人と実際に接してそう感じてはいた。ただこういうのには主観が入るからいちがいには言えない。ただ鹿島区の通りの商店は実質的に消滅している。小高に行ったときは駅前から結構店があると思っていた。小高はまだ商店街があり活気があったということである。それから仮設商店街でも小高区の人は四軒しかないというのも変である。何故ならあそこは小高区の人のために建てられたと思っていたからだ。これも鹿島区の人が力をもってそうさせたとなる。どうしても小高区の人はここでは力を持てないということがある。それにしても商工会議所の会長がそんなに権力をもっているとは思わなかった。鹿島区は南相馬市と合併しない方が良かったというとき権力をふるえないからそう言ったのかもしれない、小さな地域でボスでありたい権力をふるいたいからそうなったのかもしれない。


ただ今回の津浪原発事故ではそうした地域地域で大きな差が生まれたことである。双葉町とか大熊町は消滅するし浪江は存続できるかの瀬戸際だし小高すら帰りたくないとかなっているし原町と鹿島とまた相馬市では違っている。相馬市では原発の補償金がもらえないということで不満があり実際に生徒を受け入れなかったのである。今でも避難した人を相当かかえているから地元の人で不満な人が多いのである。そういうことがあるから請戸の人でも金があるからとまた豪邸を相馬市に建てたりしても相馬市に住む人にとってはすんなりとは受け入れられないだろう。家も建てられない人にとってはなんなのだとなる。このことは南相馬市だけではない、いわき市や福島県にちらばった原発難民に同じ様に起きた現象だったのである。いわき市でも病院が混んでこまったとか迷惑になったということがあった。ただまた難民化した人たちにすればそれなりに故郷を失って辛いということがあった。ともかくこの辺の状態は住むにはいいとはならなくなった。自分も何か住みたくなくなっているのだ。もともと田舎では人間関係はわずらわしく閉鎖的であり嫌だった。ただこれまではそういうことを知らずに住んでいたのである。ほとんど田舎でもそうして人間とかかわらず住んでいたのが自分だったのである。

流れ込むマネー、被災地もう一つの断面  日経新聞
http://www.asyura2.com/12/jisin18/msg/144.html

働くと損になる仕組みというのも変だよ、そんなこと長くはつづかないだろう゛ボランティアでも働けば地元の人も受け入れるだろう
なんか矛盾しているのも補償金のためなんだ

posted by 老鶯 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2013年01月24日

差別される原発難民(仮設店舗は小高区ではない鹿島区の店だった)


差別される原発難民

(仮設店舗は小高区ではない鹿島区の店だった)

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キタヤとか金子写真館は鹿島区だった

店を持っているのになぜ仮設にも必要なのか?
これは確かにおかしなことである。

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花屋は小高区である

仮設の店が小高区のために建設されたと思っていたが違っていた。10数軒あっても4軒しか小高区の店はない。写真のキタヤや金子写真館などは鹿島区のものだったので変だなとは思っていた。
鹿島の商工会議所会長が決めたと仮設の人が不満を言っていた。隣の仮設は会長の家族が経営していた。そういう権力をもっているからできた。田舎ではやはり権力をもつとその一家が得をするとなる。私的な利益を得ることができる。本当は権力は公平なものでないとやはり不満がでてくる。でも権力は中国でもわかるように公平なものではない、ある者に権力を得るとその回りが得するようにできているのだ。

これでわかっんたことは原発難民はおそらく鹿島区だけではない、避難した地域で差別されていることは確かである。ただ相馬市だと飯館村とか浪江町とかの人が集団で仮設に住んでいる。その人たちは住民票は相馬市に移さない、移すと補償金がもらえなくなるからである。だから相馬市には税金がもたらされないとかの問題が生じた。それで仮の町の構想がでてきたのである。今やなぜ双葉町でも浪江町でも団結しているかというとただ補償金をもらえることを第一として町民が一致している。

そんな村民や町民があるのかとなるが現実問題として補償金がもらえないとしたら生活できないのだからどうしようもないのである。

相馬市では飯館村の人がトマトを栽培する農家で働こうとしたら断られた。その理由が松川浦などで津浪の被害にあった人を優先して雇いたいということで断られたのである。つまり飯館村もそれなりに補償金をもらっているからだ。相馬市の津浪の被害地域はもらっていないからである。宮城県でも津浪の被害地域は別に補償金をもらっていない、だから生活が困窮して働いている人をテレビで放映していた。そして矛盾しているのは原発難民は補償金をもらっているからかえって贅沢だとか補償金をもらっていない相馬市民から言われるのである。実際に相馬総合病院に入っていた請戸の人は特等室であり家も建てると言っていたから相当な金持ちである。また補償金ももらえるから金には困らないとなる。


でもこの辺で起きていることはもはや金がもっているからといってそれだけで優位に立つことはない、仮設に入って一家で一か月百万もらっているからと言って仮設ではすべて金にものいわせることはできない。むしろなぜ仮設の人は補償金をもらっているのにその土地を貸している町の人はもらえないのだとひがみになる。それで確かに鹿島区でも補償金を交渉してもらったのである。でも一家で百万とかもらっているのかとなるとそこにまたひがみがうまれる。だから原発避難民は威張ることはできない、金を持っていても威張ることはできない、優位には立てないのである。自分も経験したが金だけではどうにもならないことがあった。金はただ奪われて何の役にも自分はたたなかった。金があればすべてまかなえるということはこういう異常事態ではならないのだ。


第一もはやこの辺では金があっても若い働き手が流出していて南相馬市立病院は二病棟しか機能していない、淋しい状態になったのである。働く若い人が流出して金をもっている病人や老人が残っても世話する若い人がいないのである。老人ホ-ムも二つ新たに建設するといっても働く人が集らないのである。小高区でもやはり老人が多いからもう小高に帰らないと言ってもその人たちを誰が世話するのかととなる。金があって老人ホ-ムを作っても世話する介護士がいない、看護師がいないとなる。

そして金はあるし暇だから毎日パチンコして地元の若い人も働かないで働くのは外部の人でその人たちが怒っているというのがわかる。そんなことつづくと思えないのである。なんらかで破綻してゆく。つまり最後は老人や病人が姥捨山のように捨てられる市町村になるという恐怖があるのだ。金をもっていても何の役にもたたない、金がここではすでに有効に働かないのである。実際にこの辺の信用組合とかでは貯金が増えているが投資先がないとか金が有効に働かないのである。これは津浪原発事故で極端に高齢化社会の問題が現れたのである。

いづれにしろ原発難民は難民なのだから差別されても当たり前だとか言われるかもしれない、本当は移った市町村に世話になるのだからその人たちのために働くというのが順序であり補償金があるから地元の人たちを働かせてパチンコやその他で遊んでいるとなると回りの人は受け入れないだろう。

これは金があるからといってそれですまされない問題なのである。ではなぜ原発難民はそんな差別民とされねばならなかったのか?それは原発のある距離に比例して責任を負わされたのである。飯館村は例外であるが双葉町>浪江町>南相馬市(小高区)>原町区>鹿島区・・・このように距離に比例して責任の重さがあり実際に負わされたのである。小高町のとき実は東北電力ですでに原発を作ることは決まり工事も開始される予定だったのである。今になり合併後に南相馬市では原町区とか鹿島区では
それを知って小高区の人たちを批判するようになった。それは双葉町などが今批判されて町長が
棄民だと言っていたがそういう差別された町民になった。でも双葉町民でなくなると補償金がもらえないから双葉町民になっている。本当は双葉町民でなくなりたいという人もかなりいるだろう。


ともかくそういうこともあり小高区の人は差別され不満なのだが原発難民とされて二等市民にされたのである。それが原発事故の現実であり事故になるとそうされるということなのだ。事故が起きなければ恩恵しかなかったのである。原発事故は一旦おきたら難民にされ差別されるという見本にされたのである。放射能のモルモットにもされた。でも補償金はもらいたとしても外部から今では飯館村さえ補償金をふんだくるだけの村だとか言われようになったのである。そして内部でも補償金を金でもめているだけの地域になってしまった。金をめぐってひがみやねたみが生まれたりかえって団結は失われた。何か絆だとなんか言われたがそんなことはない、補償金だけでつながり内部では補償金をめぐって心も分裂している。またパチンコ屋で遊んでるだけだとか外部の人にも印象を悪くしている。そのことは生活保護で暮らすように原発難民だけではない、原発事故で相馬は劣等市民だ外から見られるようになっているのだ。


小高区の人は仮設店舗にしても差別化されて悔しいと思う。でも現実はそういう責任を負わされてしまったということである。ただ小高区は南相馬市の市民だから別な市町村に移った人たちとは違っている。ただ現実問題として小高区の人は仮設に入って補償金をもらっても優位にはならない、差別化されて二等市民化されているのだ。難民化したのだからその難民になった人がよその土地で金があるからと威張ることはできないのである。仮設店舗問題にしても何か理不尽なのだけど原発事故はそういう差別も作り出したのである。

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2013年01月28日

原発避難民は過剰な補償金で堕落する (帰れないのではない自ら帰らないのだ)


原発避難民は過剰な補償金で堕落する

(帰れないのではない自ら帰らないのだ)


...福島ナンバ-の車が東京などで傷つけられる恐怖!........


家に戻ればその時点で1人10万円/月がなくなる。仕事を再開して収入を得れば、その分賠償金が減らされる。

放射能汚染はもはや関係ない。最初から、村の中心部の汚染は避難先の郡山市などより低いということをここでも何度も書いている。
帰れないのは、帰ると補償金がもらえなくなるから。
非常にシンプル、かつ切実な理由からだ。


仕事を再開しなければ事故前の収入が全額補償されるが、仕事を再開して少しでも収入を得るとその分は差し引くということだ。

阿武隈の自然が壊される前に、コミュニティが──人間の心が壊されてしまった。
あそこでもう暮らすことはできないと覚悟を決めるしかない。
http://gabasaku.asablo.jp/blog/2012/02/19/6340245


これは川内村に住んでいる人の報告である。本まで出している。外部から入って来た人であり今は住んでいない。住みたくないとなって住んでいない。今原発避難民の矛盾は働くと補償金がもらえないから働くと損だと働かないということもあった。外部から来た人は働くのは金が欲しいから働く、しかし原発難民は働くと損するから働かない、働くのは外部の人だという矛盾であり外部の人と内部の人が喧嘩になる。それはすべてが過剰な補償金のためなのである。これアヘンだとも言っている。
こんなことをしているところは生きがいもなにもなくなる。それでこの人は出ていった。


そして今日聞いた話しては福島ナンバ-の車が福島以外で東京で傷つけられたという、それを直すのに10何万かかったという。かなり激しく傷つけられたのである。これは聞いて恐いと思った。補償金は税金でありそれで反発が外部の人にあった。確かに一か月百五十万もらっている一家があるとも聞いた。百万でも驚いたが土地とか家とか漁業で船でももっていると高額になる。これだけ補償金をもらうとなると働かない、働かないということは生きがいもないということである。そういう場所では人間の心も荒廃してゆく。だから住みたくないとなって外部の人も出ていった。補償金では補償金もらっている避難民でももめているという。その額が多い人と少ない人がいるからだ。ちょうど遺産でもめているのと同じである。人間は金のことになるとシビアになる。でも原発避難民は金をこれだけもらっても毎日パチンコだとか生きがいもない、でもそういう暮らしからぬけられなくなっている。

前々から疑問だったけど小高など郡山と二本松とか福島市より放射能汚染度合いはずっと低いのに20キロ圏内ということで避難させられたのである。そして補償金をもらえることで働くともらえないということで一旦帰ると仮設をでると補償金をもらえないから帰りたくないと言っているのだ。放射能汚染は低いのだから帰れるのである。で喪補償金もらないから自ら帰らないのだ。これはおかしな話である。多少生活保護とにている。生活保護でなくても暮らせるけど楽したいからもらうとかなっている。外部の反感があってもやめられないとなる。原発難民はニ-ト化したのだ。ニ-トは仲間が増えて喜んでいるけど実際は前より心象を悪くしている。全員がニ-トになれば全員が批判され許されないものとなるだ。ニ-トでもアウトサイダ-でも一人二人なら変わり者ですまされるが全員がなったら社会では許さないのである。


除染にしてもそもそも効果がないのにしている。これも何のためなのか、ゼネコンに金を回すだけなのかとか原発事故の問題は金がからんでただ人間を腐敗させるだけだった。この辺ではもうまともな暮らしができないのかまでなっている。毎日パチンコ通いで補償金問題しかないのである。もちろん補償金をもらえるのは地図の部分であり全部ではない、でもその回りの人もその補償金もらえる人ともらえない人がいがみあうともなる。そして福島県以外の人からは税金泥棒だとか車がひどく傷つけられるとか何か福島県の外に出るのも危険な状態になっている。こうなると福島県人であることはマイナスなことしかない、負のイメ-ジしかもたされないのである。


この原発事故で普通は大熊町民だ双葉町民だ浪江町民だとか意識せずに暮らしていたと思う。それが南相馬市内でも小高区の人は補償金をたんまりもらっているから南相馬市内の仮設に住んでも反発が大きい。相馬市は全然補償金をもらっていないからさらに反発が大きいのである。その例が相馬の病院に入院して特等室に入っていた請戸の人である。相馬市に家を建てると言っていたがこれも回りの人からは相当な反発があるだろう。福島県は原発事故で放射能汚染で被害がありさらに補償金で負のイメ-ジが加担された。宮城県はそういうことがなかったからこの相違は大きいのである。
つまり南相馬市内だったらそれほどでもないが他の市長村に移った人たちはさらに反発がある。
福島県内でも反発を受けているのだ。

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2013年01月29日

補償金で働かない原発避難民が今は国民から批判されている (政府や東電の責任が問われなくなっていることの危険)


補償金で働かない原発避難民が今は国民から批判されている

(政府や東電の責任が問われなくなっていることの危険)


いわき市施設に「被災者帰れ」 3カ所に中傷落書き
http://tinyurl.com/a94b5y3


どこでも避難者に対する風当たりは強くなっいる、小高は南相馬市内だから救われている

誰かしる男の介護冬の暮


裏方に働く人のその思い介護してしる冬のくれかな


●仕事が見えない現代のシステム(人間より機械や金に世話になっているという錯覚)


ここ6年は自分は介護して家事をしている。家事は裏方の仕事であり目立たない、裏方の仕事はそもそも表に出ないからわかりにくい、食事を出すものでも食事を作るものはなかなか目に見えない、
かえって掃除しているような人が目に見えたりする。厨房はなかなか目に見えないところにあるからわからないのだ。病院でも食事を出している仕事場は見えないから誰が作っているのかもわからない、一方掃除している人は見えるからこの人は病院で仕事しているのだと思う。掃除している人も病院では患者のために働いているのだ。病院でも一番目立つのは医者だけど看護師も目立つけどやはりどこにも裏方はいるのである。ただこの裏方の仕事もなくてはならないものなのだ。ただ裏方の仕事は評価されにくい、病院というと医者が黄金のように存在する。あとは目立たないが看護師はそれなりに目立っている。医者を支えているのは看護師たともいうのもわかる。この辺では看護師が流出して病院や医者の仕事ができなくなったのである。現代の仕事はあまりに多様だからなかなか見えないのだ。どういう関連があるのかもわかりにくい。

現代の仕事は本来は人に尽くすとか人と人との関係に仕事もあった。直接人のために仕事をしていたのが見えていた。それが今は人が苦労して何でも働き与えているという感覚がなくなっている。

人に世話になるとか人が働いてくれて助かっているとかの感覚が消えている。むしろ金に世話になっているのだ、人より金だという感覚が大きくなっているのだ。そして機械やってくれているのだともなる。人間の仕事は例えば家事でも機械化する。大根オロシとか作るのが面倒だから機械でボタン一つでやるのがいいとなる。人間の仕事はどうしても機械化するように運命づけられていたのである。だから介護ロボットやがて人間を世話するとまで思いこむようにもなっている。人間を感じられなくなっている。人間は人間が働くのではない、機械が働いている、その機械を動かすのが金であり人間は介在しなくなる。自動販売機などはそうなっている。そこには店もなければ人間もいないからである。ところがすべて機械でやっているのかと思うがそうではない、自動販売機で仕事している人を見ていたら種類が多いから自動販売機にジュ-スなどを入れる作業がめんどうなのである。やはり人間が仕事しているのである。ただ機械が表にでて人間が裏方になっていたのである。


原発避難民の問題も多額の補償金をもらっているから働かなくてもいいとなっている。でもこれが本当に外国のように苦しい難民になったらどうなるのか?補償金がありそれも一家で土地から家からと補償が加担されて150万一か月もらっているから働くなくていい、むしろこの金ではたらいてもらおうとなっているのも異常なことである。もし金がもらえないとなれば暴動にもなる、そしてその移動した人がその土地の人に世話なるとしたら絶対に働かないではいられないのである。助けられるのだからなんとか助けるものとして働かざるを得ないのである。それがないのは今は人に世話になるというより金に世話になっているという感覚が強いしそういうシステムになっているからなのだ。ただ
そういうふうに金があるということで働かないことで回りから反発が大きいのである。仮設の回りは補償金をもらっていないからである。だから鹿島区でも店を出したのは地元の人であり原発避難民は差別されのも仕方がないのかとなる。実際百万とかもらうというのは異常である。何でそんな金もらえるんだ、回りでも日本全国でそんなに金払ってどうするんだ、その金は国民が汗水流して働いた税金だとなり福島ナンバ-の車が東京などで傷つけられた。そこに回りの相当な反発があることを知らねばならない。


●政府や東電より補償金がもらえる原発避難民が批判の対象になっている危険


そして今何が起きているのか?本当の原発事故の責任者が東電とか政府や官僚の検察のことなどが忘れられ具体的に補償金をもらい補償金を要求する原発避難民が税金泥棒のように見られかえって本当は原発避難民こそが一番悪者だったとされる。あいつらはもともと原発で得した者でまた事故でも得しているとされる。そして俺たちの税金で多額の補償金をもらっている。肝心の責任者の政府とか東電は責めなくなっているのだ。一応東電を訴えたにしてもそれは形式的なことであり裁くことはできないとされている。政府でも教科書まで利用して安全神話を作ったのだから戦争のときのように相当な責任があった。しかし今やその責任は補償金問題に移りその補償金をもらう原発避難民に非難が向けられているのだ。そういう自覚がなくただ補償金だけをあてにして暮らそうとするのは問題がある。もちろんそうなるのもしかたない面があるにしろ原発避難民もそうした回りの変化に気づくべきである。最初は政府とか東電を国民は批判していたのだ。今はそういうことがあまりなく国民の関心は多額の補償金をもらう避難民の方に注意が向いている。それは具体的に金がかかわっているからそうなる。これは多額の補償金で政府や東電が仕組んだ策略なのかとさえ思う。実際に最近政府や東電の責任をマスコミでも国民でもとりあげない、東電の会長でも社長でも責任を課せられない、罰せられないことはおかしなことである。いくら補償金もらってもやはり原発事故の被害者は相当に苦しんでいるからだ。放射能の被害で死ななくてもその関係で避難したときに病人などが多数死んだりその他自殺したりと被害者がいるし今もいるからだ。


でも小高区などはインフラが整備されれば帰れるのだから帰るべきだろう。補償金をもらっているからもらえなくなるから帰らないというのは納得できないのである。補償金をもらい町を捨てて別な町に住むにしても働かないでは受け入れられないだろう。働くことは人間の尊厳を保つ基本的な行為でありそれは金があるから働かないではそうした尊厳すら喪失する。実際にパチンコ屋に毎日出勤するのに妻が食事の用意をするということで生きがいもなにもなくなるだろう。家庭全体が生きがいをなくしてしまうだろう。裏方で働く人だって何らか人のためにしている、社会のためになっているという意識があって働いているのだ。学校や病院で食事を出している人だって単に金をもらうからではなくやはり家事をしているのと同じく将来をになう子供育てているという意識があるだろう。
現実に近くにパチンコが仕事の人がいる。でもその人の顔は何か憔悴した人生を浪費したという顔している。パチンコ屋に通いそのパチンコ屋で人手がたりないとか疲れたとか働いている人の姿は異常である。そういうことに矛盾を感じないのかと思う。ただ金になればいいとしか考えないのだろうか?そのくらいの思慮が学問がなくてもあってもいいはずなのだ。ただそれがわからないものは仮設の店でも差別されたり福島ナンバ-が傷つけられたりとか外部からの嫌がらせで意識させられる。


生む−生かす−生きるはすべての仕事に通じる


生む→生かす→生きる これは社会全般、人生全般に通じることである。子供を生む→生かすは育てるに通じる。最後に生きるは主体的に私が生きるとなる。社会の仕事で一番多いのが生かすことである。医療でも生かすことであり教育も人の個性などを生かすことである。医者でも患者を殺すことがあるし介護でも介護されるものを殺すことは虐待など日常的に起こっている。家庭でも起こっている。介護に耐えきれず殺人になったの近くの浪江の請戸がそうだった。介護の深刻さはあまりにも身近な問題になっているのだ。生かすことができず殺すことになるのも厳しい現実なのだ。生む→生かす→生きるは人間の普遍的テ−マである。だから意味もわからない題目や念仏を唱えているより生む、生かす、生きると唱えていた方がいい。なぜなら日々生きることが生む、生かす、生きるだからである。日々なんとか生かそうと努力しているのが人間の仕事なのだ。


生む−生かす−生きるという行為は営々とつづく、新しい生命は生まれ生かす(育てる)ことはつづくし生きることも終わることはない、そして生きられざるものが過去にありつまり生きたいと思っても生きられなかった人たちが膨大な数いる。私が知っている母方の墓には結核で若くして死んだ青年が埋まっているし結核で若くして無念で死んだ人は膨大であり戦争で無念で死んだ人も膨大である。この死者たちの生きたくても生きられない生があり一方で新しい生は途切れることなくこの世に生まれてくる。生む−生かす−生きるは延々とつづく、生きえざるものも生かされざるものも生む−生かす−生きるという連続性のなかにつながっている。

ともかく生む−生かす−生きるは人間の普遍的テ−マであることは間違いない、どんな仕事でも農業でも生む−生かす−生きるという作業がある。何かを生み−生かす−生きるのである。生命の営みは生み−生かす−生きるなのだ。一方で生命を殺すというのも常に反面としてある。団体組織は必ず個性を殺す、生かすべきものを生かさないことは教育でも福祉でもいろんな分野である。何が生かすのか生きるのかそれぞれにの価値観の相違で対立することもある。ただ基本的に生む−生かす−生きるが人間の普遍的テ−マであることは間違いないのだ。


時事問題の深層に書いてきたものだが6年間介護をしてきたのでこういう思想が自然と生まれた。
思想も働くことによって生まれてくる。実践から生まれてくる。学問しても生まれないのである。
まだ実践から生まれた思想は本物であり力強いのである。農民から生まれた思想もそうであった。
ただ農民だけではない、介護もやはり無駄だといってもパチンコするよりは無駄とはならない、それなりの意義があり価値があるからそうした良き思想が仕事のなかから生まれるのである。


生む−生かす−生きる・・・これがなくなるとき人は頽廃して絶望する、どなん戦争も破壊であり人を殺すことには生む-生かす-生きる・・・という行為がないから肯定されないのである。それはおそらくテロですらそうである。いくら不満があっても他者を殺してそれが自分たちの生む-生かす-生きることに通じるということはありえないのである。石油プラント精製所もやはり苦労して外国人でもアルジェリア人でも作ったものでありそれを壊して生産的になれるはずがないのである。


生む−生かす−生きるは人間の普遍的テ−マ
http://www.musubu.jp/jijimondai35.html#umu

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2013年01月30日

原発被災地域には現代の問題が極端化して起きた (高齢化、金万能社会の歪みなど)


原発被災地域には現代の問題が極端化して起きた

(高齢化、金万能社会の歪みなど)


●被災地域は高齢者が多かった

津浪や原発事故ではいろんな問題が生じた。それは現代の社会の問題が露骨に象徴的に現れた。今回の津浪や原発事故の被害にあったところは農業漁業関係でも特に高齢化がすすんでいた。津浪で死んだのも高齢者だった。原発事故で避難指示があったときもう年で出れないと墓に入りますといって自殺した100才近くの人がいたり他にも老人で自殺した人がいた。そしてこの高齢化の問題はその後つづいている。原発被害地域では若い人が流出して老人だけが取り残されるという問題が生じた。
これも高齢化の問題が極端な形で現れたのである。老人は金かかるだけだから死ねとか若い人がただ負担にだけ思っている時代である。とすると極端になると老人なんか世話していられないよとなり

その住んでいる場所から若い人がでてゆくことになる。それが現実化したのがこの辺だったのである。特に放射能は子供に影響があるから子供をもっている若い人が流出した。老人は別に放射能の影響はそんなにないから残っていいとなっても若い人がいなくなると生活できなくなる。姥捨山になってしまう。つまり超高齢化社会で現実に姥捨山となる状態がこの辺に生じたのである。飯館村などでは老人は住んで帰りたいとかあってもそこは姥捨山だから住めないと言っていた。病院もス-パ-もなにもない所で生きることはできない、もともと病院はなかったけど診療所はあった。そういう不便なところでも環境がいいから外部の人も都会から入ってきていたのである。

高齢化社会だから話題は老人になることが多い。何しろ数が多いからそうなる。団塊の世代が若いときはやはり数が多いことで話題になることが多かった。数が多いというこは社会にそれだけ影響があるからそうなる。だから団塊の世代は老人になっても話題になり影響が大きいのである。

今仮設住宅でも津浪の被害地でも原発事故の被災者でも高齢化の問題がある。仮設に入っている人も高齢者が多いのである。田舎に来ればわかるけど本当に老人が多い。子供はわずかで老人の数が多く繁盛しているのは病院だとなっていた。その問題が津浪原発事故でもひきづっている。つまり若い人かいないから町の復興しようにもできない、小高区でも80才くらいの人が集まり相談していたけどこれでは未来はにないないのである。そして老人は小高なら帰れるのに帰りたくないというときすでに町を復興させる気力もなくなっているからである。すでに相馬市の長屋風住宅のように定住する老人ホ-ムみたいなものを作ってそこに住みたいとなる。原発の補償金で補償されて住みたいともなる。
とても60以上になると新しいことや一から始めることはできなくなる。実際に農業の担い手も60代とか多く跡継ぎもいないところが多かったのである。すると補償金で補償された方がいいとなるのもわかるのである。


●補償金でもめるのも金でもめるのも現代を象徴していた


現代は金の社会であり金、金、金で金が頭から離れない時代である。その金の社会ということも仮設に住む人が外から国民の税金にたかるやつらだと非難されるようになたった。体育館などで苦しい生活をしているときは外部からも同情があったが今は補償金をふんだくるだけの人たちだと非難されている。だからあんなところに行きたくないともなっている。ということはもう同情もしないし応援もしたくないということも心情的になっている。でも国の責任もあるから補償金はでる。そこで補償金だけが今は話題になり肝心の国の責任者や東電の責任者が罰せられない、注目もされないようになった。国民の関心は巨額な賠償金をとる避難者に向けられているのだ。そのことで外部から嫌がらせとかが起きている。いわきでも起きたし東京でも福島ナンバ-の車が傷つけられたりとかなりの反感が生まれているのだ。


避難した市町村でも仮設に住んでいる避難した人たちは過分な補償金をもらい毎日パチンコやその他遊んで暮らしている。病院はこんだり避難した市町村で負担が増えているのに避難した人たちが金があるから遊んでいるだけだと非難される。最初はそれでも仮設に入っても同情されていたのである。だんだん補償金のことがわかって非難するようになったのである。ただ避難した人たちにも言い分はある。故郷を失い辛いものがある。ただ現実問題として外部からあいつら補償金でただ遊んでいられる、こっちはあいつらのために働かせられているというふうに見られているのだ。そういうことだけが今になると目立ってきたのである。それで嫌がらせや差別が生まれた。
実際に一か月150万だ百万だ80万をもらっているとなるとこれは何なのだとなる。避難者を引き受けた地域ではその金に驚く。そんな金あるなら避難した地域にも分けるべきだともなる。もらった補償金を住んでいる地域にも分配しろともなる。


昨日も書いたけど現代は人間に世話になるより金や機械に世話になる感覚が強い時代である。だから金さえあれば何でもできる,金が万能のようになっている社会である。それで自動販売機を例にとったけど機械があり金があればまにあう社会の象徴だった。自動販売機は一種の魔法である。
金を入れれば何でも願いがかなう魔法の機械なのである。機械とはそうした便利な魔法的なものをもっていたし人間はそれを望んだのである。


お金をいれてください


この機械は何でも願いをかないます


でも実際はそうはなっていなかったしできるはずがなかったのである。逆に金をもっていることで回りの人から急に金持ちになった人のようにその金が羨望の的ととなる。体育館のようなところにいるときはかわいそうだと国民みんなが同情していたが今は補償金をふんだくるだけの人たちだと見られ同情もされなくなったのである。つまり多額の補償金をもらえることでかえって同情を失い羨望やねたみの対象となってしまったのである。一見金が入っていいように思うがそういうふうに簡単にはいかなかった。金が万能ではあり得ないのである。人間の価値は金だけでは決められないのである。


●金の力が大きくなった社会は互いに人は協力しない


現代の人間は人情がないとか金だけを追い求める冷たい人間になったというときそれは人間にもいろいろあり個々の性質とかの問題なのだろう。これは別にその人の性格や性質や人の良さなど生来もっているものがある。でも現代は一般的に金の力が万能化したような時代でありそれから逃れることはできない、だから金を求めることが悪いとか金がすべて悪いとか否定できない、そういう社会にしたのは便利でもありグロ-バル化など広い範囲で便利に豊に生きるということでも金の力が増したのである。だからそれをいちがいに否定はできない、でも金というのもが万能ではないから問題が起きる。自分の一身上に起きたことも金にからむことでありここ6年間で経験したことは今でも信じられないのだ。


最初にお前の母親は金もっているのだから金でめんどうみてもらいと青筋たてて狂気のようにわめいて去っていた親戚の人がいた。親戚といっても交流がなかったのだからしょがないにしても冷静にふりかえると「金でめんどうみろ」というのは今の世の中を象徴していたのだ。すべてが「金でめんどうみろ、金でかたづけろ、金で解決しろ、・・・」と金が何でも解決してくれるとなっているのが現代である。何か困ったことがあったら金で解決しろ、金でめんどうみろとなりその本人は何もしないのである。結局老人になると家族でも施設にあずけるのも金だとなり金で他人にめんどうみてもらいとなる。それから若い人は金のない老人は死ねとかもわめいている。それも金ですべてが決められる社会だからそうなっている。個々人の問題ではない社会全体がそうなっているのだ。確かに昔から金が力をもっていたことは確かだが現代ほど金が万能化した時代はないのである。


もう一人の手伝いとかヘルパ-とか家に入ってきた人はさらに極端化していた。最初から「金をくれ」と入ってきた。それは冗談だと思い聞き流していた。それは冗談ではなかった。本気だったのである。その人はその通りに強盗のような人でありそれを実行した。こんな人がいるなど想像もできなかった。田舎だからそんなことを思わなかったのである。でも現代はこれほど金しか念頭にない社会になっていたのである。これらは極端にしてもこれは一般的な傾向なのであ。自分の場合は特に極端化して事件が起きたのである。金の力がこのように万能化した社会はここまで来ているのだ。


人情とか甘い同情を期待することはできない冷酷な社会である。だから金のないものも悲惨なことになる。一方で金があっても金は万能でないからかえって金の故に金がもっている故に原発避難者は同情されないし非難されるのである。だから金を持っていることも恐いことなのである。資産家が殺されるのも今は普通のことである。原発避難者が補償金で非難されるのも金のためであり金はもっていてももたなくても災いともなるのだ。もともと金ゆえに協力しない社会でありその延長として補償金問題で金が話題の中心になり原発避難者は同情も協力もされないという状態になった。やはり金でめんどうみろとなった。でもすべて金で問題が解決しない、金をもっているのだから何に使おうと勝手だとかならないし助けてもくれない、協力もしてくれないのである。それは自分の一身上のことと同じだったのである。


原発事故の避難者の補償問題が長びいているとかうまくいかないとか放送していたけど故郷自体喪失するという経験は今までにもそんなに
ない、こんな大規模に起きたことがない,この補償はもはや金だけでできるものではない、金で補償できないものを失ったのである。その土地の思い出とか歴史も失うことになることはそこに住んでいる人たちだけではない相馬地域だけでもない、福島県だけでもない、日本にとっての損失だったのである。それは金で代えられないものだった。金で何でも代えられないということであったのだ。失った青春時代を金で買えないと同じである。それは何百億積んでも買えない、それほど失われた時間は貴重なものだったのである。

 
 
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2013年02月01日

一難去ってまた一難 (人間の心は状況の変化により変わってゆく-津浪、原発事故から二年)


一難去ってまた一難

(人間の心は状況の変化により変わってゆく-津浪、原発事故から二年)

風ひいて頭が痛い、これもまた一難である。ここ6年間が一難去ってまた一難であった。介護していると介護している人が病気になくると辛いのだ。二年間は身体障害者でありこれも辛かった。
自分の場合は30年間くらい心の変化はなかった。20代までは結構めまぐるしくあった。大学が遊びであれその後も20代は結構苦しんでいた。だから恋愛などしていない、そういう余裕がなかった。
性格的にできないところもあったが20代は誰でも波乱の時代である。だから心も相当に変わる。
心は回りの変化でも常に変わっているのだ。この辺では津浪から原発事故とめまぐるしく変わった。津浪で家族が死んだ人や原発事故で避難して仮設に住んでいる人もそうである。仮設に住む前は体育館などに避難して一時は家もなかった。雑居状態でありその時みんな助け合ったということは人間はそういう過酷な状況にともにあるときは助け合うということである。その時の心の状態と今の仮設に住んで補償金をもらってパチンコ屋とかに通い遊んでいる状態とは違っていた。今は内部でも隣の家は多くもらっているとか内部でも補償金でもめて外部からも補償金をふんだくるだけの人たちだと批判されているのだ。最初の内は東電の社員までねらわれるから気をつけろと言われていた。


国民は東電とか政府でも社員でも原発の責任に厳しい目を向けていたのである。それが状況が変わりまた国民の心も変わってきたのである。つまり人間の心は常に変わりやすいのである。人間の心は状況により縁により変わっている。同じ状態はありえないのだ。だから30年も平穏無事で心も変化しなかったということはよほど恵まれていた状態だったのである。人間は恋愛して結婚して子供もってとかそういうなかで心も常に変わっている。老人になると若いとき全く違った心になる。つまらないものが実際は特別貴重なものになったりする。それは金とか物ではない、何か夫婦で共に苦労したとかそういうことがふりかえり貴重な時であり思い出が宝となることがある。老人になると価値観がかなり変わってしまうのである。青春時代に価値あると思ったものがまるで価値のないものとなってしまうこともある。人の心は常に変わり安い、それはまた常に状況が変わるからである。


人と人の付き合いでも常に状況により変わっているのだ。深くつきあっているとこの人はこんな人なのか、弱い人を虐待する人だったのかと知り嫌になる。最初は苦労した人だと思うからそう思っていなかった。この6年間弱い立場にあり何も言うことができなかった。そのためにその弱さにつけこんでいろいろ言葉の暴力を受けた。お前は誰も世話する人がいないからどうだとか恐喝じみていた。
しかしそれも終わった。実際は今度は立場が逆転してこっちが強い立場になっていたのである。
そういう状況立場の変化が常にあり心も変わってゆくのだ。ただ相手は以前として自分が弱い立場にいると見ていたのである。こうして個々の人間関係でも常に変わっているというとき本当は社会というのは常に変わっている。その変化に気づかないことがある。国際関係でも日中関係でも最初は日本が優位にあったが今は違うけど以前として日本が優位であり日本は世界第二位の経済大国だという幻想をひきづっている。現実は変化してもそれがわからず過去をひきずっていてそうなっているのだ。国際関係でもアメリカがいつまでも全体的優位に立つということはいない、いつか思わず逆転するのだ。ただその変化に気づかないのである。アメリカは絶対的に強いんだという幻想は簡単にはなくならない。それで失敗することがある。人間は変化することに対応できないのである。


近所の人で60代の人が新聞配達するという、補償金をもらっていないから働かざるをえない、でも最近二三か月新聞を読んでいない、地元の情報を知るためにとっていたが読む暇がないのである。情報にしても今はインタ-ネットもあるからそんなに読めないのである。活字を読むのはテレビとは違い結構手間であり疲れるからだ。テレズでも今はいろいろあるから見るのも大変である。だから2時間の番組があるけどあういうのは現代にはあわない、簡単に要約したのがいいということである。それだけの時間がないのである。情報の摂取にしても変わっている。プログでもこれを毎日読むとなると結構時間がかかる、書く方にしても時間がかかる。三時間くらいは構想して書くのにかかるのだ。読む方にしても時間をさくことになる。一日の時間が限られているとしたらそんなに読めないのである。新聞は無駄が多い、半分は宣伝だとか無駄が多い、スポ-ツ欄と芸能欄など関心がなくてものっている。今はみんなこの辺では原発問題に注目している。それらを中心にまとめてもらいばいいのであり他の大部分は無駄なのである。だから新聞はだんだん読まなくなるだろう。本の読み方にしても変わった。自分の興味があることを検索してこんな本があったのかとアマゾンで注文するから結構買う本が増えたのである。自分の書くのにあわせて買っているのである。こういう本の買い方は今までできなかった。情報分野では相当な変化がありスマホとかでもありこれにはついていけないのだ。
老人は変化に対応できなくなるのだ。


だから注意しなければならないのは原発避難民に対する風当たりが今は強くなっている。補償金だけもらって遊んでいる。補償金もらうからと地元に帰らない、仮設を離れると補償金がもらえないから帰らないというのは外部から批判される。金があるからとそれですべてが解決するわけではない、
ただ人間はどうしても楽な方を選ぶのである。補償金をもらっていた方が楽だとなるとわざわざ苦労して地元に帰るのは嫌だとなる。特に老人が多いとどうしてもそうなるのだ。ただそうしていたら外部からの批判はいつまでもつづく。移転先でも心情的に受け入れられない、そうしたらいじめとか差別がこれからも起きてくる。そういう状況の変化にうとくなっているとやはり問題が起きてくるだろう。津浪原発事故から二年になろうとしているけどやはりこうした状況の変化に対応しないと外部からの批判にさらされて福島県自体がマイナスイメ-ジしかなくなってしまうのである。

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2013年02月02日

原発避難者が内部で争い国民に責められるのはなぜか?) (支配層の策略にのせられている-共通の敵を知るべき-市町村崩壊の危機)


原発避難者が内部で争い国民に責められるのはなぜか?)

(支配層の策略にのせられている-共通の敵を知るべき-市町村崩壊の危機)

●いわき市で起きている原発避難民の差別はどこでも起きている


「誰も望んでいない被災者同士、市民同士の摩擦が広がっている。
地元の津波被災者より原発避難者ばかり優遇されるなんて・・・」
http://kasakoblog.exblog.jp/18069956/


いわき市にも津浪の被災者がいてその人たちには援助がない、原発避難者には援助があり津浪の被害者は忘れられている。確かに原発避難者の方が数が多すぎるから津浪の被災者は目立たなくなっている。でも実際津浪の被災者も援助がないとすると深刻である。そこで原発の被災者に対して不満をぶつける対立してくる。これは相馬市でも起こった。トマト栽培の農家に飯館村の人が就職しようとしたら断られた。津浪の被災者を優先して雇うためだという。理由は相馬市では松川浦や磯部で大きな津浪の被害がありその被災者は原発避難者のように補償金をもらっていないからだ。他でも相馬市の人は原発被害地のように補償金を全くもちっていないから不満なのである。それで買い物を見ていて贅沢しているとか不満を言う人がいる。

それはやはり生活に余裕がない人たちはそういうことを言いやすいのである。生活に余裕があればそんなこと言わないのである。どこでも底辺層がいるしそういう人たちは特別買い物まで見ているのが田舎なのである。あいつはいいものを高いもの買っているなと見ているから田舎はなかなか目立った行動ができないのである。金持ちは住みにくいのが田舎である。どうしても平均的に生きることが要求されているのだ。本当に津浪の被災者は原発避難者のように援助がないから仕事をするにも大変な苦労している人が宮城県や岩手県などでもいる。その人たちから見れば原発避難者はうらやましいとなるのもわかるのだ。切羽詰まったところに追い込まれている人も多いからだ。ただ浜通りは津浪の被災者と原発避難者が混在しているからややこしくなっているのだ。津浪の被災者となり原発避難者となっている人もいる。相馬市は原発避難者を受け入れて補償金がもらえないからいわき市とにているのだ。


●原発避難者の不安



原発避難者は何かと批判を受けています。何か大きい買い物しようと思っても、贅沢してるんだとか言われて世間の目が怖いです。 主人の車が17年目を迎え、そろそろ買い替えてもいいかなと思いつつも原発避難者は新車に乗り替えてると批判を目にします。
確かに精神的賠償は貰っていますが、主人は働いていて休業補償は貰っていません。パチンコもしてません。外食ばかりもしてません。
中学生の娘は美容室で『避難民は遊んで暮らしていけるんだってね、絆なんてもういらないわよね〜』という会話を直に聞き悲しいと言ってました。原発避難者は大人だけではありません。子供達が聞いて傷つくこともあると知ってもらえたら…と思います


二重生活と言いますが、家賃は無料ですよね。
月一人10万もらい、さらに、一人100万貰ったはずです。
医療費無料、高速無料、義援金も津波被害と同額もらい、次は600万一人貰うでしょう。
んー、
多分今までどれだけ原発から恩恵受けてきましたか?
その恩恵も忘れて原発に文句ばかり言ってるから叩かれると思います、特に津波被害は義援金そこ付きひさんですよ。
義援金原発避難者に回さず津波被害に回すべきの気持ちが県民に多くありますので、原発避難者にきつい目でみると思います。
ま、一番は今までどれだけ原発から恩恵受けてきましたか?
これが、いわき市市民の声です。


原発反対者はおそらく福島県民に対しては同情的です。

しかし、福島県民をたたかれているのを見て喜ぶ連中もいます。
それはこの国の支配層です。
貧しい者がたたきあうように仕向けるのは、江戸時代から続く我が国の歴史的伝統です。
おわかりですね。福島県民を悪者のように風評している大元は誰でもない、この国の支配層なのです。
あとは、そうとはばれずに、忍びやかに福島県民を貶めていけば、勝手に国民同士いがみ合っていってくれるだけです。
貧しい者から奪い続ける者は安泰というわけです。
その手を使えば福島県民の損害賠償も低く抑えることも可能ですね。


知恵袋にもそういう工作をする人がいるんじゃないですかね。証拠はないですが。

私は大多数の日本国民は福島の人の側(がわ)にいるべきだと思います。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1285771587

 


福島県民でも原発避難者でもそれだけ被害を受けたのだから補償金をもらってはじるべきでないという意見は普通にある。応援している人も
全国にいる。これは一方で支配層の策略ではないかと前に書いたが何かそういうふうにしむけられているのではないかという疑念が生じた。
なぜ福島県民や原発避難者に非難の矛先が向けられるようになってしまったのか?
それは支配層によって政府や東電や官僚やらによってしむけられたのではないかという疑念である
例え補償金が多額になってももし他の地域で一から始めるとなると家を建てるにしても土地から建物から多額の金がかかる。今の時代なら家を新たに建てるとなると3千万とかそれから支度金として2千万とか5千万くらい必要になるだろう。一億円くれてやれという人もいたが本当に他の地域で新たに生活するとなるとそれだけ大変なことなのである。

今は支配層の策略にのせられている。補償金で内部でいがみあい外部からは国民から補償金をもらう原発避難民だけ得している。そういうふうにしむけられているとも思える。
だから原発避難民や福島県民はもっとそういう方面で協力すべきである。内部で補償金で争うのではなく支配層の思惑にのせられないようにその意図を知り協力する方法を考えるべきである。
ただ現状は何か支配層の策略にのせられていて思惑通りになっていないか?
内部で分裂して外部から責められている状態はそうである。
原発避難民も福島県民も何かそうした支配層の意図がありそれを知り対策をねる必要があるのではないか?やたら内部でいがみあい争っても得なことはないのである。


●地域の人間に違いがあるの?


つーか今回避難してきた人たちと触れ合ってなんとなく思ったことが
小高人と鹿島人って天と地なくらい人間性違うんだが…。


気のせいだと思うが鹿島の人は基本的に意地悪だわ…。

生まれも育ちも鹿島だが、鹿島区民は足の引っ張り合いが大好きだね。
こんな書き込みしてる俺もそうなんだろが...


体育館で3ヶ月近く避難生活していたとき、鹿島のバッチャン達の意地汚さをマザマザと見せ付けられた。
配られる物資の食料や衣類、生活用品などは、配る前から保管してある在り処を分かっていて
大量に良いものだけを選んで運び出していた。
とにかく卑しい連中だった。それが揃いも揃って鹿島区民ときたもんだ。


鹿島はそうなのかもしれん、でもどこでもいい人と悪い人いるからな、なかなかいちがいには言えないな、そもそも田舎は人間がまともなのがいないと思っている。狭い世界で狭い了見の人が多い。
田舎では個性的な人はまれでるある。それは狂人が異常なアウトサイダ-になるのだ。
だから田舎では創造的な生活をすることはむずかしいのだ。ただ自然があるということで創造性が生まれている。

鹿島の住民が意地悪だというとき自分も苦しんでいるときほとんど助けがなかった、回りでは楽しそうに見ていたのかもしれない、田舎の人が助け合うというのは今はない、かえって悪い面が露骨にでてくるところでもある。ただ一般的には金の社会になると人間はどこでも協力しない、助け合わなくなった。自給自足の村だったら自ずと助け合うことが多かったしそうしなければ小さい社会で生きていけなかった。貨幣社会にれば金さえあればなんとかなるということで人と人は協力しなくなったのである。

原町市が外部の人が受け入れやすいというのは本当である。無線塔などが作られいち早く近代化した街だからである。一方は相馬市は古い城下町でありよそ者を受け入れないというのもわかる。
街の作りでも相馬市は駅前から発展したのではない、城下町の作りそのままが残っていたのだ。原町は駅前通りが鉄道と共に発展した街なのである。そういう違いは確かにある。

何か今回ほどこの町はどうだ、この町の住民が性格が悪いとかいろいろ言われた。双葉町は一番言われた。それは双葉町の住民全部が移住したから当然回りから一つのグル-プとして見られるから必然的にそうなったのだ。双葉町民がいわき市に集団移転したからそうなった。別なグル-プとして意識されるからそこにとやかくいろいろ言われ差別が起きたのである。普通だったら双葉町民がどうだ、浪江町民だどうだ、性格が悪いとか言わない、小高も南相馬市内でも移住したから差別化されていろいろ言われるのである。南相馬市内に住んでも今までは小高町民がどうだ鹿島町民がどうだなどと意識しないのである。多少あったにしてもこんなに意識しない、それはこんな状態ではやむをえなかったのである。

ともかくここでも小高町民どうだとか鹿島町民はどうだとか相馬市民はどうだとか言っているより内部で結束して外部に向かった方が得策である。互いにそういう意識をもち外部に対抗する方法をとらないと状態はさらに悪くなってゆく。支配層の思う壺になってしまう。本当の敵は何なのか、みんなで考えて協力する方法を見いだすべきであり内部で争っていて得するのは誰か?そのことを良く検討する段階に入っているのである。


今確かに食うには補償金で困らない、しかし心は分裂している。これは明かに内部から崩壊してゆく危機なのではないか?人間は外部から責められて崩壊しない、内部から崩壊してゆくのが歴史を見ればわかる。モラルの低下とか人心の乱れ不統一とかから内部崩壊してゆく,そういう危機なのではないか?個々の家の争いとか町民同士のいがみあいとかもそうである。自分の一身上に起こったことも内部分裂であった。何かわからないがこの辺を市町村を分裂させ崩壊させようとする悪魔的な力が働いているのではないかとさえ思う。ただ自分自身を襲った犯罪もそうだったし責められたのもそうだった。この辺には何か破壊させようとする悪魔的な力が働いているのではないか?
そういう危機に直面している。ただまだ別に食うには困らないから深刻なものとして意識していないのである。でも心がばらばらになればそういうことは起こり得るのだ。市町村が心の面で崩壊してゆくということである。そういう危機に直面している。

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2013年02月04日

故郷や家が意味するもの (故郷を喪失することは記憶が喪失すること)


故郷や家が意味するもの

(故郷を喪失することは記憶が喪失すること)


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原発事故では様々な信じられないことが起こった。故郷に住めなくなる、故郷がなくなる、喪失するということも信じられないし想像すらできなかった。そして今もみんな自問自答している。この辺は故郷は住み続けられのとか住むべきなのかとか問われている。それはやはり前のように前向きに故郷に住むという条件が失われたからである。だから現実にに若い人は新し生活の場を求めて流出した。

でも老人は簡単に離れられない、それはなぜなのか?土地をもち家があり墓があり長い間住んで場所だからそこには記憶が刻印された場所だからである。家でもやはりすでに40年間くらい住むとそこが濃密な記憶の場所となり例え家族が死んでも家には霊となり住んで離れないということを実感した。それぞれの家は違ったものであるが家には死んだ人も離れず住んでいる。これは理屈ではない、実感なのである。自分は二つの家に住んだ。一つは昔の古い家でありもう一つは築40年になる新しい家である。前の古い家はただ記憶としてしかないがその家がなくなってもその家があったときから住んでいた家族がいたから記憶がその家族を通じて継続している。自分の記憶は60年間一緒に住んだ姉と結びついている。普通の家族ではないにしろ結果的にそうなったのである。それが悪いとかいいとかを言うのではなく結果的にそういう家だったということである。


この家はやはりつくづく男勝りの父親代わりの姉の家だった。結果的にそうなっていたのである。だから姉が主の家だった。姉は二階の八畳間に寝起きしていた。そこに自分が寝るようになったときそこに確かに姉がいた。姉がいたというとき姉は子供のときから一緒の家でありそこから継続して一緒に暮らし今は死んでいない、墓に納まったが姉はやはり家にいる。父は子供のとき死んだから古い家にいたのでいる気がしない、姉は父が死んでからもさらに50年近く一緒にいたのである。そのことは他人には理解しがたいにしろそういう時間の長さがもはや消えない記憶として定着していたということである。これは別に老夫婦でも40年くらい一緒に同じ家に住んだら片方が死んでもその人は同じ家に住んでいる感覚になるだろう。家は記憶を保持する形なのである。


家は時間のかたちである


家そのものは記憶である。


家には家霊が住む


特に家は女性なのである。嫁というとき女+家であり女性は家と一体化する。家は女性の子宮のようなものであり男性はその子宮から生まれ育てられ家と一体化してゆく。ただ男はこの家と化した女性から脱出するのも宿命としてある。この家にとらわれると創造的生き方はできないというのも真実だろう。家は女性であり母性であり女性により安らぎを与える場なのである。そして記憶が保持される場所なのである。そこには愛があり愛につつまれているのだ。だから女性は特に家から離れたくない、男もそうだが家で死にたいというときそれは人間の本能的な感情であり理屈ではない、家はまた時間を継続する場所でもある。だから家族が死んでも家族はなお家と共に生きているのだ。だから家がなくなるときこの辺では家が壊されて更地になったところが結構ある。その家は喪失して記憶も失われとなる。もし住んでいれば記憶の継続があるが家がなくなりそこに住む人もどこに行ったかわからない、その家の記憶は失われたのである。ただ街中の墓地に墓が残っていた。それで墓にはその家が故郷にあったことを知った。でもそれは無縁仏のように隠されたようにあった。その家があったことを記憶している人はまれだろう。たまたま近くにあったので自分は記憶していたのである。


人間のアイディンティティは空間軸と時間軸で形成される。旅だと空間軸の記憶であり時間軸で記憶されたものを知ることがむずかしい。同じ道でも何度もそこを通り時間の中で空間も記憶されてゆく、一回くらい通っても記憶されないのである。そういう濃密な時間軸と合体して記憶された場所が故郷でありその中心に家があるのだ。だから故郷から離れ家から離れ仮設住宅に住んだりするとそうした記憶がただ頭の中だけになる。場所と結びつかなくなるのだ。記憶は場所と結びついて強固なものとなるのだ。そして記憶を失うことは人間の存在基盤であるアイディンティティを失うことなのだ。だから認知症のようにその人は生きながら死んだとさえなる。認知症になると空間認識ができなくなり迷うのとにている。そこがどこで何なのかすらわからない、自分の生まれ育った場所すらからなくなる。その地名すら言えなくなる。そして「ここはどこですか」「あなたはだれですか」となる。それは故郷でもそうであり息子娘の名前すらわからなくなる。顔を見てもわからなくなる。そうなればすでにその人は死んだと同じではないか?記憶を失うことは死と同じである。生きるアイディンティティをすべて失ったということである。


空間軸で考えると故郷も相馬藩の一村から相馬藩全体としての時間軸があり空間軸がある。歴史的空間と時間軸がありアイディンティティは形成されている。大和というとき奈良を中心に場所に密接結びついて形成されたものである。万葉集は必ず場所と地名と結びついて歌われたのが多いのはそのためである。ヤマトというのは一地域の名であり狭い範囲だったのである。それは日本を現すものとなった。人間が生きるというとき空間軸と時間軸で人生を形成する。それは記憶として継続保存される。だから一人の人間が死んでもその記憶は継続されることに人間が歴史を形成する唯一の動物だとなる。つまり記憶を失うとき人間は人間でなくなる。動物的生であり継続されるものは何もない、動物には過去がないからだ。だから人間はそうして長い時間で継続してきたアイディンティティの場所を簡単に離れて住めるものなのだろうかという疑問がある。もちろん別に新たな場所でアイディンティティを見いだすことがある。でもそのためには時間が必要であり老人にはもはやその時間ないから長く住んだ所から移り住むということはむずかしいのである。

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2013年02月12日

世界に起きている危機と連動している原発問題 (減らす、制限する思想がない現代文明に落とし穴)


世界に起きている危機と連動している原発問題

(減らす、制限する思想がない現代文明に落とし穴)

「マリ北部の子どもたちにとって、大惨事は、もはや“迫っている”ものではありません。今、既にそこで起きているのです。」 ユニセフ・マリ事務所のフレデリック・シザレート副代表は、次のように続けます。「あまりに多くの子どもたちが栄養不良に陥り、避難を強いられています。多くの子どもたちが学校に通っていません。そして現在、深刻な子どもの権利侵害行為が行われているという信憑性の高い報告も寄せられています」

ユニセフの調べでは、マリ北部から避難を余儀なくされたのは、これまでに30万人以上。その半数が子どもたちです。こうした人々は、現在、マリ国内の他の地域や、近隣諸国で避難生活を強いられています。
http://www.unicef.or.jp/kinkyu/africa_drought/2012_0510.htm


013年に入って以来、中国各地では深刻な大気汚染が観測されている。一般市民の不安も募り、薬局ではマスクが売り切れるなど騒ぎが広がっている。中国工程院の鐘南山(ジョン・ナンシャン)院士は中国中央電視台(CCTV)に出演し、中国の大気汚染は2003年の新型肺炎(SARS)以上に恐ろしい、誰も逃れることはできないと警告した。

 鐘院士によると、北京市の肺がん患者数は過去10年間で60%増加した。この背景の一つとして大気汚染があるという。また、喉頭炎や鼻炎、目の疾患の要因にもなっているほか、今後はより重大な健康被害が出現するだろうとコメントした。
ソース:http://news.livedoor.com/article/detail/7374325/


アルジェリアのテロの背景には極端な貧困があった。今回のテロリストが集結していた地帯だった。そこには欧米や日本などに対する根強い不満があった。自分達の富である石油だけがもっていかれるという不満である。石油の精製技術がないのでその富を自分たちのものにできない不満があった。
信じられない貧困があり飢饉状態にもありそこはあまり注目されていない、突然日本人が10人もテロリストに殺されたことで憤りが生まれたが実際その背景をみるとどうにもならない飢饉状態のような貧困があった。そこからテロも必然的に生まれる背景があった。宗教とは必ずしも関係していない、そういう不満が宗教を起爆剤としてテロになっているのだ。そういう貧困がなくなればテロもなくなるのだから明かにテロの原因は宗教ではなく貧困なのである。飢饉となればすでに生か死に追い詰められているのだから自爆テロまでやる。人間は余程追い詰められなければそこまではしない、日本の特攻隊だってそうだった。もう生きるか死ぬかのギリギリでしかそんな無謀なことはしない。


最近北京などからのPM2・5の大気汚染で騒いだ。これも放射能と同じで恐いなと思った。中国はどこでも空気が悪く喉がいたくなるのだ。あれを経験した人は中国に住みたくないとなる。その原因はまた工業化とか高度成長のためだった。中国は水も汚いしどろどろしているし空気も汚染されている。日本のように小さい国でないからそういう汚染に無頓着なところがある。文明はどこでも限界にきているように思う。経済発展だけを目指せばこのように汚染がひどくなる。原発でもエネルギ-を作るために無理した結果である。これ以上経済発展だとか便利さを追求することに無理がきている。何か地球環境の面からも限界にきている。人口も日本では増えないにしても世界では増えるし限界に達すると言われる。どこかで歯止めが必要でありそのために津浪のような大災害が起きて人口を減少さすとか文明の自壊作用が起きてくるかもしれない、核兵器ももはや戦争するというより核自体で滅びるということになるように何か科学技術や経済発展、便利さの追求に限界がきている。それはすでに世界全体でも大気汚染やら環境破壊やら核戦争の恐怖とか文明自体を滅ぼすような圧力になっている。


前も書いてきたけど増やすという思想はあっても減らすという思想は現代の文明にはない、制限する思想もない、無限に豊さと便利さとを追求してゆく、そこに大きな落とし穴が待っていた。原発でも石油を使用するにも無理があるから問題が起きる。それだけ文明は過剰なエネルギ-を使いすぎるのである。もちろん電気をなくせとか使うなとかは言えないけどまず少しでも減らすこともできないのである。原発の電気分をなんとか工夫すれば減らすこと増やすことをしないことができたかもしれない、しかし真剣にそういうことを実行されない。原発は危険でも文明には電気は不可欠だから無理をするのである。


またグロ-バル化というのも何か不自然なのである。原発にしても技術的にアメリカから最初にマ-ク1の古い原子炉ではじめた。こも危険なものだった。次に国産化した原発は今回は事故がまねがれていた。グロ-バル化して安易に何でも技術をとり入れるとそこにはリスクがあった。地震や津浪が多い日本では向いているものではなかった。そういう風土性も考慮されていなかった。技術でもどこまでも可能性があり追求される。もうこの辺でやめておいた方がいいとかにはならない、そこに危険性がひそんでいる。科学技術も思わぬ落とし穴がありその危険性については事前にわからないものが多いのだ。最新鋭機「ボーイング787」の故障もリチウムイオンの電池を使っていてそこにフランスとかアメリカとか日本が技術提携してできたグロ-バル化の協力で作ったものであった。その国が違うことで不具合があったらしい、原因はわからないにしろそれぞれの国の提携がうまくいかなかったこともある。原因はわからないという。グロ-バル化はそうしたリスクが常にともなっている。相馬市にその飛行機の部品の製造工場があったことも知った。アルジェリアのテロではそこに実際に働いていた人と旅で出会った。世界も身近になっているのも確かである。

食品でも外国から輸入されるのは特に中国のは危険だと盛んに言われている。食品くらいは自国産のがいいと思う。グロ-バル化とはすべて地球環境からするといいものではない、それぞれの風土にマッチして作られた文化や文明を破壊する。現代のグロ-バル化を推進しているのはほんの一部の投資家でありその人たちだけが莫大な世界の富を独り占めして他はマリのように飢饉状態になっている所もある。格差が世界的に拡大するのだ。


より広くより早くより便利に・・・こういう思想ではなくより狭くより効率的にただ便利ではなく人間的なスケ-ル(ヒュ-マンサイズ)の落ち着いた生活の志向とかの思想に転換する。それは江戸時代にあった。そこには狭くても効率的にリサイクルで環境を破壊しないものにする思想があった。スピ-ドを制限するために乗り物も制限されていた不思議もあった。食糧まで外国から運ぶこと自体エネルギ-の無駄であり効率的ではない、遠くから運ぶことは何でも相当なエネルギ-の浪費なのである。人間社会には何か減らすとか制限する思想がないのだ。ギリシャでは回りの環境と調和するために大きな建物、神殿は建てていない、その技術力があってもあえて自然と調和するコスモスを目指したためにあえてそうしたのである。そこにギリシャがただ技術力を使うというのではない明確な思想に基づいて技術を使っていたのである。それが現代文明には無限にただ拡大化して発展することが是とされるのである。そこに危険な落とし穴が待っていたのである。

 
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2013年02月13日

補償金でもめる原発難民 (原発難民として特権化したのは沖縄と同じ)


補償金でもめる原発難民

(原発難民として特権化したのは沖縄と同じ)
 
  ●補償金の額が多すぎる
 
  避難生活などで働けなければ、給料分も東電から補償される。このため、月給30万円で5人家族なら、1人10万円ほどの賠償金と合わせ、月80万円ほども支払われることになる。この収入で、寿司を食べたり、スマホに買い替えたり、パチンコに行ったりしている被災者も一部でいるとしている。
   被災者個人ばかりでなく、企業も賠償金をあてにできるため、工場などを再開しようとしないという。マネー流入により、いわき市では、賠償金や義援金などの銀行預金も大幅に増えたとしている。
  
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7460365.html
  
   飲み屋に入ってくるなり、そこに居る女の子たちに1万円札をばらまいた、だの、パチンコ屋は終日満杯だの、という現象が起こっている。使い切れない金は、物騒だからとりあえずの貯蓄として銀行に入れる。例えば福島県地銀最大手の東邦銀行の昨年9月末時点で、個人預金残高は前年比約2400億円も膨張した
  
    最初は昨年5月、被災10県220自治体で、失業給付期限を延長した。再び期限が来ると、昨年10月、岩手・宮城・福島3県の沿岸部で、さらに3カ月延長した。
 今年になってそれも切れ始め、多くが生活保護に雪崩れ込んでいる。
 その間に、すっかり働く意欲を失ってしまったのだ。ハローワークで紹介されるのは、安い時給のパートなどで、失業給付の方が良かったからだ。だからこの時も、地場のパチンコ屋と繁華街が大賑わいした。この人たちには、他に保険金、義援金が入ったからだ。
  
http://ameblo.jp/kawai-n1/entry-11206796877.html
  
   「例えば漁師なら、原発事故の影響で漁に出られない分、漁船の油代がかからない。結果として、可処分所得が大幅に増えたという家庭が少なくないと聞いています」(被災地のカマボコ工場で働いていた主婦)

 福島県漁業協同組合連合会には、原発事故後、東電から過去5年間の漁獲実績により、今年1月までに約76億円の補償金が出ている。これは各漁民に割り当てられ、金額は月に百数十万円に上るケースもあるという。
http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_94134
  
●被害者特権化した原発難民  
  
 補償金が一人十万だけではない、働いていた人や土地をもっていた人はその分ももらっている。これでは働く意欲もなくなる。最低賃金の収入より生活保護がいいという心理と同じである。生活保護で興味深かったのは生活保護をもらうことは世間的には評判を落とす、回りからやっかいな人たちとみられる。それが嫌で苦しくても生活保護を受けない人がいる。それが歯止めになっているという。ところが原発避難者はそういう世間からの眼を逃れるものがある。その正当性をあえて公然と主張できるものがあることなのだ。「俺たちは国や東電のために故郷を失った、被害者なのだ、好きでなったわけじゃないだぜ、金をもらっても当然だよ、何にも悪いことねえんだよ、当然の権利だよ」こう居直ることができる。被害者特権が生まれたのである。これを言われれば責める方も責めにくいのである。これは何か沖縄とにている。沖縄でも基地を置いて騒音などで悩まされているから被害者意識が非常に強い。戦争でも被害が大きかったのでそのことでも日本国民全体に対して被害者意識がありそれなりに支援されて当然だという被害者特権にもなる。
 
 それで土地をもっている人は東京に住んで贅沢な暮らしをしている。沖縄のことをあまり関心をもたなかったがこれも原発事故以後ここと共通したことがありその意識が具体的にわかったのである。他に広島のことも原爆被害と原発事故は別物だと思っていたがそうでもなかった。共通なものがそれなりにあった。避難民というときこれも世界でベトナム難民とかから内戦の難民とか中国だともともと飢饉の時、大量の難民が発生した。それらは流民となり膨大な人が流浪するようになりそれが政権を交代させたりと政治不安をもたらした。

 中国は数が多いからそういう流民がでると政治が不安定になる。難民というとユダヤ人が最古の難民だったのだろう。その住んでいる土地を追われて流浪するよほかなったからだ。そして土地をもたないということでどこの国に行っても金融業とか何かその土地に根付くにも苦労した。中世とかでも土地が生産の基になったとき土地がないことは致命的だったのである。原発避難者も土地を失ったことでは共通しているのだ。まず故郷を失うことがどういうことなのか?それが良く当事者にも認識されていないかもしれない、そういう体験をした人は日本ではほとんどなかったようにも思うからだ。難民になって難民問題で共通性があるとアフガニスタンに行った人もいた。でもあのような貧窮地帯
ではまるで違うのが原発難民なのである。特権階級化した人たちなのである。

現代の民主主義では被害者になることは強力な特権をもつことになる。その被害を集団で訴えて常に被害者として社会に訴えることができる。それに社会は弱いのである。それは低所得層の多かった創価や共産党にも共通したものがある。低所得にされているのはそう社会にされているという被害者なのだという意識で共通して団結して社会に要求する権利があるとなる。だからなんであれ団体化したらその圧力に抗せなくなる。でも一方でそういう人たちがやがてその被害者特権で堕落してゆくという懸念がありいろいろ新聞記事にもなるようになった。
「俺たちは被害者なんだよ、政府や東電の被害者なんだよ、原発を決めたのは推進したのは国民でもあるから国民も負担して当然だ、 何か文句あるのか、・・・・」
こうして被害者意識が当然となりその特権を絶えず主張するようになる。被害者意識をもちそれを権利として主張して生きることになる。これは確かに沖縄ににている。だからこそ沖縄は嫌われている。


●補償金をもらっている人たちもらわない人たちでいがみあいが・・・


例えば福島県内でも補償金をもらっている人たちといない人たちがいる。その間で確執があり争いにもなる。

飲み屋に入ってくるなり、そこに居る女の子たちに1万円札をばらまいた、だの、パチンコ屋は終日満杯だ

まず地元の人たちがこういう人たちをどう思うかである。これはいわきで特に顕著だが南相馬市内や相馬市でも起こった問題である。補償金をもらっている人といない人がいてそこに確執が生まれた。その補償金も80万だ百万だ百五十万だとか聞いたとき最初嘘だと思った。でも漁業業者はまちがいなく百五十万でももらえる。漁業業者は原発があったときも手厚い補償金をもらっていたのである。それで磯部でも御殿が建っていたというのは嘘ではなかったのだろう。相馬市の病院で請戸の人が特等室に入り家を建てるとか言っていたから漁業関係者なのだろう。相馬市でトマト農家に就職しようとした飯館村の人が松川浦などの津浪被害者を優先して雇ったからだというのも今になるとわかる。
飯館村も相当な補償金をもらっているからである。ただいくら補償金をもらっても故郷を失うことに代えられないということは確かである。金では代えられないものを失ったということは言える。

ただ回りの人は今はそうは見ない、あいつらは補償金で困らず生活できる、その人たちのために働くのはその回りの人たちである。そこに不満が生まれるのは人間の心理として当然である。

例えばこれが補償金ももらえないで少なくてもうまともに生活できない、働かせてくれ、米でもあれば分けてくれとなるとそれは回りの人も同情するかもしれない、回りの人も働いてもらえば楽になるということがある。貧乏人はかえって助け合うし貧乏な時代ほど助け合った。今はただ金だけの社会になり人と人は助け合わなくなった。金さえあればどうにかなる、そのためにみんな必死に働いている。そういうことがないからかえって今は回りの人から同情もされないしかえって金だけもらっていて働かない回りの人はその金で働かせられている。こんなこと馬鹿らしいとなる。人手不足なっている、募集しても人が来ないとしたらさらにおかしい。そういう地域で暮らすのに遊んでいていいのかともなる。

「飲み屋に入ってくるなり、そこに居る女の子たちに1万円札をばらまいた」この金を受け取った
飲み屋の人の女の子の気持ちや回りの人の気持ちはどういうものなのか?なんだあいつらは原発難民なのに札びらきって威張っているじゃないか、何なのだ、あいつらはという反感があるだろう。
でも金をもらいるからいいとする。でも心の内ではゆるしていないから何かあればその心が表に現れ問題が起きてくるだろう。つまり原発難民は多額の補償金をもらっても歓迎されないのである。

金だけもらってもそれですべていいとはならないのだ。これもまた現代の問題が象徴的にここに現れたのである。原発事故地域では何かそうした現代の日頃問題になっていることが具体的に現れたからそういうことを考える場としてはモデルとなっている。それは沖縄とにた場となったのである。
常にそうした政治的意識でももたされる地域になったのである。ただこういう場所にはもう住みたくないとか飯館村でもまえはいい場所とされていたがあんなところには行きたくないとかなってしまった。もちろん今は行けないのだけどイメ-ジ的に相当に悪くなって福島ナンバ-までひどく傷つけられるようなことが起きているのだ。

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2013年02月14日

原発難民は復興の気力も補償金で喪失している (三陸では補償金がもらえないので真剣に復興の努力をしている)


原発難民は復興の気力も補償金で喪失している

(三陸では補償金がもらえないので真剣に復興の努力をしている)


やっぱり原発難民は変なんだろう。近くの人が新聞配達をはじめたのはやはり南相馬市内でも小高区の人で仮設に入っている人は補償金をもらっているから働かなくてもいい。でももらえない人は働かざるをえないことがある。その極端な例がパチンコ屋で遊ぶ原発避難民がいてパチンコ屋で働く回りの人がいるという異常な状態なのである。どこも人手不足になっているとき毎日パチンコ屋で遊んでいるというのは回りで働いている人から見るとあの人たちは何なのだともう最初のように原発難民に同情はなくなっている。特権階級化してしまったとなる。避難民というより原発特権者となっている。小高区は放射線量が低いのだから帰れるが自ら帰らないのだ。会社すら補償金がでるからもうやる気がしないという。それで飲み屋とかで札びらきって遊んでいるとなると避難民などどいう名で言うようなものではない、原発特権者である。金があるんだから金を使うんだからいいじゃないかともなるが金だけでは解決しない問題である。銀行とか地元の信用金庫の預金が増えた。東邦銀行では200億も増えたという。


ただその金が活かされるかというと活かされない、投資先がないからだ。何か有効な投資先がありそこから何か生産できるものがあればいい、確かにソ-ラ-発電とかは試しにはじめたがまだどれくらいの収益があるのかわからない、ともかく金があっても有効に働かないのである。金より人手がどこでも欲しい、その人手が集らない、若い人は流出してゆく、老人が金をもっていてもその金は有効に働かない、それは日本全国で起きてきたことだがここではそれは極端化して現れたのである。金で万事解決することはできない、自分も何ら金が役にたたなかった。家事は結局今一人でやるほかないしつづけるほかない、誰か雇ってくれとかそういう人はいない、いても危険だから簡単に雇えないとか金では解決しなかった。金があってもこれが欲しいとか言っても簡単にそのニ-ズにあったものが金では買えない、特に人は買えないのである。原発難民がもし補償金がもらえなかったら何とか働かせてくれ金をなんとか得ようとして必死になるがそういうこともない、原発特権者としてそんなことはしない、むしろ俺たち特権者のために働けよとなっているのだ。だから避難民などというものではない特権者なのである。生活保護とにていて回りからは疎んじられる。でも特権者だから何も回りでは言えないということがある。これも現代社会の特有の問題がここに顕著に現れたのである。


金が万能のような時代でも万能ではない、かえって金で補償されることによって働く気力も復興する気力もなくなる。生きる真剣味もなくなる。宮城県の三陸では外部の若い人も水産関係で働き土地に根付こうとしている。その時何度も俺たちと一緒にやる気なんだな、本当にやる気なんだな、なら一生お前たちのめんどうみるとか言っていた。そこでもう生き残ることは必死なのである。だから真剣に単なる一時的なボランティアの気持ちではないことを問い正したのである。そういう人たちをみているとあそこは補償金もない、街は壊滅的である。流出している人も多い、市町村の存亡の危機になっている。そういうところではもう生きることが必死であり真剣になる。そういう姿を見ていると外部の人でもひきしまってくる。何とかがんばってやってくれとか何もできなくても心の中で応援するようになる。その後どうしたのかずっと見守りたいという気持ちになる。そういう気持ちにさせるということである。


この辺ではそういうことがない、漁業業者は破格の補償金がもらえる。漁業を復興するより補償金で生活できるからいいやとなる。だから復興する気分もなくなる。外部の人もあいつら多額の補償金で遊んで暮らしているとか同情心もなくなり税金泥棒だとかなる。もともと漁業業者は原発補償金を事故の前にも他より高額なものをもらっていた。事故のあともまたもらえるのである。人間はあまりにも補償されると堕落するというのは本当であった。生きる真剣味がまるでなくなる。そういう場では生きる感動的なものも生まれない、三陸ではそこに残るための必死の戦いがあり真剣さがありそのドキュメントには感動するものがある。原発難民にはそういうことがないのである。毎日パチンコ屋通いで飲み屋で札びらを切っているのとは大違いだとなる。ただ人間はどうしても楽なものを求める。特に老人はそうである。無理をできないのである。人間はなかなかあえて苦しいことを選ばない、だからもう補償金もらったら働かないということになる。三陸では補償金がもらえないから強いられて苦しくてもそこに居残るために必死なのである。


原発難民は補償金がもらえるから復興への真剣な取り組みをしない、つまり真剣にならなければ道は開けないということもある。真剣になるからみんなで何とかしようと協力しようとする。体育館という不自由な避難所では助け合ったが仮設では補償金をもらってぬくぬくと暮らせばいいとなる。もちろん仮設も不自由だけど食うには困らないしがまんするかともなる。要するに復興への気力とか真剣味とかが多額の補償金で失われたということである。高齢者も多いからますます何か全体的に自立して復興するという気力も失われてゆく、結果として市全体が何か無気力状態になってゆくかもしれない、補償金で暮らせばいいんだ、あとはパチンコ通いでもいいしとか楽を与えられれば人間は楽な方を選ぶのである。多額の補償金がいつまでもつづくとはならないしいつか断ち切られ正念場を迎えるようになる。しかしまだそういう覚悟はないしのんべんだらりとこうした補償金づけの生活がつづくのだろう。人間の問題はすべて金では解決しない、金が有効に働かないことはいくらでもある。

原発事故地帯はそういう地帯にもなっている。今は外部から土木事業などがあり人も入ってきている。やがてそれも終わり補償金も減らされたたれたりしたらどうなるのか?その時この辺は夕張市のような存亡の危機になることが恐怖である。いづれはそうなることが見えている人には見えているだろう。そういう事態になったとき本当に市町村が夕張のように崩壊する危機になるのかもしれない、実際はそれが迫っているのがこの辺なのかもしれない、ただ今は補償金でもっているだけなのかもしれない、そんなことがいつまでもつづくとはならないからである。

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2013年02月19日

原発事故は人類史的テ-マとして必然的に起こった (一千万の東京を維持するには原発は不可欠になった)


原発事故は人類史的テ-マとして必然的に起こった

(一千万の東京を維持するには原発は不可欠になった)



ウルクの王ギルガメシュは、ウルクの繁栄を願い、盟友エンキドゥとともに香柏(レバノン杉)を得るために、香柏の森の守護者(半獣半神)のフンババを退治に出かけることを決意しました。戦いのために、ギルガメシュは、エンキドゥと刀鍛冶を訪れて、3ビルトゥ(90Kg)の強力な青銅の斧と大太刀を作らせました。その他の武器や防具を合わせて、10ビルトゥ(約300Kg)を身に着けることになりました。

http://www.jvia.gr.jp/kankyou/yomoyama/yomoyama01.html


ギルガメシュ王がウルクから遥か2000qも離れたレバノン山脈までレバノン杉を取りに行ったのは、物語になるほどウルクの皆に認められた偉業だった



この辺で起きた原発事故は何なのか?これは一地域の事件ではない、人類史的事件であり事故だった。だから歴史をさかのぼれば森林の破壊とも共通している。現代に起きていたことは必ず過去にもにたようなことがあったのである。現代のことが現代だけに起きるということはない、過去の延長として同じことが起きていたのだ。森を破壊したというのがウルクという都市の建設のためだった。それが二〇〇〇キロも離れていたのだ。そんな遠くまで資源を求めて都市を建設する。これは全く現代と通じている。東京という一千万の都市をまかなうにはマネジメントするにはけたはずれのエネルギ-や資源が必要になる。そのエネルギ-を三〇〇キロ離れた福島の地に東電が原発を作り供給した。
森林ではないが原子力発電に変わったともなる。都市を建設するには莫大なエネルギ-が資源が必要になるのだ。それはロ-マ帝国時代もシリア辺りに建設した都市で回りの自然が枯渇したという例がある。それだけ都市は森林でもエネルギ-でも使うから自然環境が破壊されるのである。そのために都市の支配者はテクノクラ-トになる。科学者、技術者集団が支配者になる。


今回の原発事故でわかったように政治家が支配者ではない東電が支配者になっていたことでもわかる。政治家も東電によって動かされていたのである。もちろん官僚もマスコミもそうである。検察すらそうだった。創価のようなカルト宗教団体もそうだった。幸福の科学もそもそも科学とつくのだから原発推進をあからさまに主張している。それはなぜか?原発は巨大な文明を推進するものであり都市文明には不可欠なものだった。素朴な疑問としてどうして一千万の東京という都市が維持できるのか?そのエネルギ-は天文学的なものにならないか?それ自体異常に見える。そのエネルギ-を供給するには原発は不可欠でありもはや維持できないとなっている。これは別に東京だけではない中国でも一千万級の都市がいくつもある。そしてそこでは大気汚染に苦しめられている。これも人間が住むことの限界を越えている現象ではないか?仙台くらいなら何とか住める許せるが一千万の都市はもう人間の限界をはるかに越えている。そこに供給されるエネルギ-は資源は莫大なものになるのだ。それは東京でも中国でもそうした大都市を維持することは人間として限界である。だから中国でも原発をさらに増やす他なくなっている。


中国での大きな問題は電力事情だ。あまりにも近年、産業が急速に発展したので、電力が間に合わない。よくあるのは輪番制で、一週間の内、曜日によって電気が送られてこないことが多い。3月4月ごろ日本にあった計画停電のもっと大掛かりなものが、よく行なわれるそうだ。

上海の会社のオイラの通訳者白さんになぜ、こんなに青空がないのだと聞いたら、それはほとんどが、石炭を使った発電所からの煤煙の影響だろうと教えてくれた。当時は嘗ての古い石炭発電所がフル稼働で、それも旧式が多かったので、莫大な量の煤煙を撒き散らす。それが空に登って、曇り空となっていた。

2020年までにさらに100基以上を建設する計画もあるという
http://yoiotoko.way-nifty.com/blog/2011/06/post-181e.html


中国は石炭を使っていた。大同では雲崗石窟が有名だけど石炭の産地でもあった。その石炭採掘現場の街を通ったら子供がすすけた顔していた。石炭で汚れていたのだろう。一方で大同駅から出ると遊牧民が羊を追っていてテントを張っている。何かそうした混沌が中国にはある。古いものと新しいものが混在している。石炭の火力発電の大気汚染も激しいのである。北京などの今回の大気汚染も石炭による火力発電のためだという人もいる。まだ日本のように環境技術が発達していないから余計に汚れが激しくなるのだ。もう石炭では限界だから百基も原発を作るほかないとなる。あれだけの人口と都市を維持するには必然的に原発が必要だとなる。文明が巨大化して人口が増え大都市化したとき否応なく莫大なエネルギ-が必要になり原発なくしてやっていけないとなる。それがここで起きた原発事故のように空恐ろしい結果になることが予測されるのである。中国はいくら広くても住めなくなるという恐怖が原発事故になり人類滅亡に通じているのだ。

これは何も現代だけではない人類史的テ-マとして歴史的にあったのである。ウルクという都市を維持し繁栄させるためにはどうしても森林の木材資源が必要でありそのために森の神を殺すのである。そうしなければ都市は維持できないのである。その森の神のフンババを殺すには


ギルガメシュは、エンキドゥと刀鍛冶を訪れて、3ビルトゥ(90Kg)の強力な青銅の斧と大太刀を作らせました。その他の武器や防具を合わせて、10ビルトゥ(約300Kg)を身に着けることになりました。


森の神を倒すためには技術力が必要である。それで技術はさらに強力なものとなってゆく。原発もにていたのである。原発を作るためにテクノクラ-ト(技術集団)が形成されて支配者となる。それがまさにこの地で起きたことなのである。それは日本の古代でもそうだった。この南相馬市の海岸地域で大規模な鉄の生産が行われその鉄を生産する場が今の火力発電所のあるところで発掘された。その鉄を作って蝦夷征服があり多賀城へと大和政権が進出したのである。そして天皇は鉄の王だった、王は斧の形をしていたというときまさにギルガメッシュの叙事詩とにているのだ。東西の文明でも必ず共通したものがあるのだ。時の支配者とはテクノクラ-トだったということで共通しているのだ。
鉄がないと農耕の道具も作れないから文明には技術が不可欠なものとしてありテクノクラ-トが支配者になる。それが文明を推進するがまた環境を破壊して文明を崩壊させる。そういうテ-マは人類がはじまった時から起こっていたのである。


陸奥みちのくの真野の草原(かやはら)遠けども面影にして見ゆといふものを 笠女郎(万3-396)


一見これが恋の歌で原発と何の関係があるのかと思うがそうでもない、草原とは地名であり渡来人が産鉄の技術集団が移住して来た地が草原だったのである。これは石巻にもあるからこことは断定できないにしても奈良から遠い地とは鉄を生産する、資源を求めて平城宮の都と関係していた。
草原という美しい場所ではない、生々しい資源を求めた場所だったのである。そもそも人間はそんなに遠くに美しいというだけで憧れることはない、現実的問題として生活の糧として必要だから遠くにあえて行くのである。

東京という大都会から原発をここに建てたのもにている。古代など現代とつながらないと思っても人類史的テ-マは共通して古代からすでに起こっていたのである。この辺は鉄をとるためにやはり木炭を鉄を作るための燃料とするから森林破壊があったり鉄を生産するためには田んぼが荒らされたりと自然破壊がつきものなのである。だから原発事故も人類史的テ-マとして必然的に起こったのである。それは予定されていたのである。単純に素朴に考えても東京とうい一千万都市を維持することはもはや不可能とさえ思う。それは中国でもそうだし無理があり原発百基も必要だとなりそれが最終的に致命的なものとして文明の崩壊が起きてくる。文明がもうそういう限界にきている。日本だって適正人口は六千万くらいだというのは本当だろう。人間が多ければ多いほどエネルギ-を消費するのだ。

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2013年02月21日

料理で考えたこと (地元が復興する気をもたなければ復興はありえない)


料理で考えたこと

(地元が復興する気をもたなければ復興はありえない)


それ以上に重要なのは、その料理に込められている「気」だと思うんです。
その食材がどういう想いでつくられたか。どういう想いで運ばれたか。どういう想いで売られたか。その料理をどういう想いでつくったか。どういう想いで食べるのか。
こっちの方が大事ではないですか?
http://okiteru.ti-da.net/e2288185.html


原町の高見食堂のカキフライの味が落ちた感じ、前は食材が良かった。大きな牡蠣だった。今回は何か貧弱な感じがした。そえるものもサラダもない、まあ、八〇〇円では今はうまいものは食べられない、つくづく自分で料理をしているけど料理は本当にめんどうなのである。手間をかけないといいものはできない、だから自分はほとんど料理ができない、すでに四五年家事をやっていてもそうである。家事そのものに熱心になれないし時間もない、家事というか料理は特にその人の才能がものういうみたいだ。まず料理は簡単にできない、でも料理もやはり上手下手もあるけど心をこめることが大事なのか?心をこめても料理は上手下手がある。


プロになると料理でもこれは前より料理の味が落ちたなとかなると何か食べたくなくなる。ただこの辺ではそんなに料理店がないから牡蠣料理のうまい店ないかといってもない、たいがいたいして変わらない、結局牡蠣料理は素材が一番大事である。素材が悪いとどんなに料理が上手でもうまくならない。ただ料理が下手でもそこに気がこもっていればそれなりに満足するのか?
料理運ぶにしても結構手間である。お茶一杯運ぶの手間なのである。ところが人間は気が大事だというときいやいやながら料理でもお茶でも運んでいたらいやいやだからそうした気が料理にこもるかもしれない、もちろんいやいやながら何でもやっていたらやはり気がこもる。
「お前になんか料理するのも運ぶのもいやだけどな、金もらえるからやっているんだよ・・・」
たいがい仕事している人はそうなっている。嫌なんだけど金になるからしかたないとなる。
心こめて料理して運んで売ったりしている余裕がない、なぜこんなに働かされるんだよという意識しかない、自分も介護しているとそう思う、身内すらそうだから他人だったら心を込めて世話するなどあるだろうか?医者でも看護師でもなんでこの赤の他人に心こめて世話しなきゃならないだとなる。

だからたいがいの仕事が強制されて金のためにやっているのではないか?
自分の家に来た人はとにかく金が欲しいしかなかった。全く世話する気がないからそうなる。一人には財産をもっていかれるところだった。家で働いてもらうにしても金だけだとすると本当に恐いことになる。そもそもその家のためであれ人であれ金もらだけだとなる。掃除するにも料理するにも運ぶのもいやいやながらでありそもそもやりたくないのだ。そういう人に金だけ手伝ってもらうことはやがて大きな問題が起きてくる。


それは例えば今この辺は原発事故で混乱して仮設に入っている人は補償金もらえるから働かないでパチンコ屋通いだと批判されている。でもそれが変なのは外から来たボランティアが働いて内部の地元のものが補償金で働かないことは本末転倒なのだ。だから外部から来て働く人がお前らなぜ働かないんだと喧嘩になったこともわかる。地元の人が働かないで復興する気がなくて補償金もらっているから別に遊んでいてもいいんだというのは変なのである。金はもらっている、金があるから別に働かなくてもいいとなるがそれもおかしいのである。自分たち故郷を復興しよう、良くしようという気をもたなかったらそもそも何もはじまらない、別に補償金もらっているからそんなことどうでもいいとなったら一体誰が復興するのだろう。外部の人だっていつまでも助ける訳がないからだ。

どうせ何にもできいなというのもわかる。でも故郷を復興させて良くするんだという気をまずもたなければ何もはじまらないことは確かなので
ある。第一故郷なんかどうでもいいよ、もうここは嫌だと言って別な場所に住むこともできる。それはそれでその人の選択である。でもここに残るとしたらそうはならない。自分たちの住む場所を少しでも復興させて良くしようという気をまず持たなければ何もはじまらいなのだ。故郷を良くするんだ、復興させるんだという気は例えば最近死んだ原町中央病院の院長先生にあった。南相馬市をになう子供が大事なんだと癌になっても働いていたのである。
そういう気をもっていたということである。ところが今やそういう気をもっている人がこの辺ではなくなっている。補償金をもらうことだけが目的となっている。だからますます市町村全体の気が低下してゆき復興もできなくなるということがある。だから意外と気という問題はどこでも大事なものとなる。


でもこの料理にどんな気が入っているとか感じるのかな?高見食堂のカキフライは前と比較して落ちたなとは感じた。素材が前は良かったが今は悪くなった。だからここで牡蠣料理は食べたくないとかなる。そういうふうに評価されると一人の常連客を失うというこにも通じる。でも食材に今金をかけられないということもある。牡蠣でも古いものを使っていて食べられないものを出していた食堂もあった。食べものはやはりいつもいいものを新鮮なものを出すのはむずかしいだろう。ただ高見食堂はサシミ定食などはかなり得である。あれは売りだろう。その店の売りとなるものの味を落としたり手抜きすると客はへるだろう。食べものはみんなうるさいから繁盛しているところはやはりそれだけのものを出している。


気はかなり人間にとって大きな問題だけどあまり意識しない、気など見えないからだ。だか何でも気を発しているのだ。人間からも気が発している。プラスの気を発するものもあればマイナスの気を発するものもある。色気もあるけど気に様々なものがありそれが電波のように発せられる。悪い気を発する人とつきあったり近づくことすら危険である。まずこんな仕事したくないけど金のためにしかたなくやっているんだよ・・今の世の中そういう人がほとんどだというときいかに全体の気が悪くなっているかわかる。金をもらえばこんな仕事はやらない、金がないからしかたなくやっている。では金をもらったらその人は何をしているのか?パチンコやって遊んでいればいいとなる。金さえもらえばいいとなればそうなるのだ。まず何かを良くしようとか何かのために誰かのためになろうとかいう気が全くないのだからそうなる。だからポランティアでもあんなの偽善だというけどやはり復興の一助になろうとする気はある。地元の人にその気がないということ自体もう復興などできないのではないか?そういう気があれば何か解決の道が見いだされるがその気もなければもう全体がどうでもいいとなげやりの気分が覆ってしまいどうにもならない状態になってゆく。

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2013年03月01日

仮設商店街で見直されたもの (津波原発事故は土着的な思考の欠如でもあった)


仮設商店街で見直されたもの

(津波原発事故は土着的な思考の欠如でもあった)


●仮設商店街の新しさと古さ


仮設商店街というのも新しくできたものだがこれも非日常化の世界であったが昔あった商店街の良さを見直すきっかけともなった。商店街は衰退したのだか仮設店舗として集中した結果そこに賑わいが生まれた。何か昔の商店街の復活を見たのである。商店は一軒一軒街中でも離れているから買い物しづらいのである。どうしても忙しい時代は一カ所で買い物をすませたい。車時代は距離が関係ないから余計にそうなった。でも震災や津波や原発事故をきっかけにこれも見直された。

多賀城市駅前は津波の被害を受けていないが駅から十分ほどの郊外型店舗は-イオン、ヤマダ電機、マクドナルド-などの津波で大きな被害を受けた。でもここにはボランティアがほとんど見当たらなかった。石巻にはボランティアが日中必ずいた。

商店街は単なる商業集積地ではない、津波の後も商店街に住み続ける人たちがいて家を流されてももどろうとする人たちがいて商売の再開を願っている人たちがいる。商店街は商業地区であるだけではなく人々の生活への意志があふれている場所である。だからこそ商店街の復興に少しでも役にたととするボランティアが後を絶たないのである。
(商店街はなぜ滅びるのか)新雅史


この一文はかなり示唆に富んだものである。大企業系の大規模商店、大資本の経営は小規模商店など商店街とは違ったのである。イオンなどでも便利にしても昔の商店街とはちがう。いろいろな条件でそういうものが繁栄したのが現代だった。コンビニもそうである。コンビニもやはり大規模な企業経営であり家族経営の商店とは違っていた。つまりこれは壊滅した小規模漁業にかかわる人が大企業の進出に反対する理由と同じである。大企業はあくまでも大企業中心でありその地元に住んでいるのではない、幹部は東京に住んでいる。その利益は収奪して東京に住むものの利益とする。そういうシステムであり地元に愛着がない、ただ利益還元のみを求めている。だから突然採算があわないと撤退してイオンでも空地化して街自体が衰退してしまうということも起きている。企業経営と昔ながらの小規模経営は根本的に違っている。あらゆる仕事が土着的であるべきということを書いたが現代は会社中心大資本の企業中心になるときそういうものが失われた。江戸時代まで戦前でも地縁血縁家族経営とかに根ざしたものであり土着的でありその土地に愛着もつものが仕事していたのである。企業経営はそれとまた違ったものとなる。


原発事故の仮設商店街ば石巻とかは別である。多額の補償金をもらっているから生活の心配がない、石巻のように三陸のようにぎりぎりに追い詰められてやっているのとは違う。ぎりぎりだから復興にも真剣になっている。そこで共感してそこにボランティアだった人が住むまでになっている。
原発事故の避難民の仮設店舗にはそういうことがない、人々の真剣な生活の意志がないのである。
多額の補償金で働かない方が金がもらえならそうなってしまう。だからまた原発避難民の仮設はまた別な問題をかかえているのだ。


●大資本の会社と土着的小規模商店の相違


東電にしてもあれだけ巨大な会社であったことに驚いている。地域社会が東電にのみこまれていたのだ。いわば怪物的な会社だったのである。その人たちが土着的に仕事しているなどということはない、その土地に愛着を持つ人がしているわけではない。一方東北電力は一応地元だからその副社長が岩沼で津波の伝説を知っていて女川の原発を津波を恐れて高い所に作った地元志向があった。土着的だったから救われたともなる。仕事は土着的なのにならないとうまく機能しないということがある。
浪江は標葉(しめは)郷であった。この地名に津波になり着目した人がいた。浪江は津波と関係あったとか津波の記憶があり浪江になったとか言っていた。そして標葉(しめは)郷とは万葉集にしきりにでてくる禁断の地だったのである。入ってはならない地だったのである。昔の呪術師や長老がここは危険な場所だから原発を建ててはならないとか言ったら科学者が必ずそんなこと迷信だとなって相手にもされなかったろう。もちろん科学の時代には地元の人でも科学者が神のようになっているからそんなことを注目している人もいなかった。でも科学では計りしりえないものが自然にありそれが今になると標葉(しめは)郷-禁断の地に危険な原発を造ったから事故になって罰を受けた、呪いを受けたとかなる。もちろん地鎮祭などをしていたがこれも形式的なものでありそんなことを今はすべて無視して科学の力に頼っている。そういうこともまた危険だったということである。土着的志向はあるゆるめ面で必要なのである。


医療にしても原町中央病院の産婦人科の院長は最近死んだけど南相馬市立病院で勤務していたがあとで地元の開業医となり土着して最後のミッションだと言って癌になっても仕事をつづけて死んだ。
一方南相馬市立病院でも勤務医も移動したし地元の看護師すら流出した。土着的だというこは永続的な志向がしり何かあったからと簡単に移動されると困ることがある。何か不利なことが不利益なことがあったら撤退するというのも困るのである。大資本の大企業にはそういう土着的志向がないからその土地に愛着をもつものでないから何かあったときすぐ撤退してしまう。一方その土地に住んでいる人は簡単に移住できないのである。そういうことが露骨に現れたのが津波や原発事故だった。
町や村自体がなくなるということは想像すらできなかったからだ。


土着的とはその土地に愛着をもち根ざして生きるということである。これは江戸時代から戦前まではその生活そのものがその土地のものを糧にしていたから自然にそうなってい。地縁と血縁とが結びついて地元に愛着を自然にもっていたのである。会社社会になったときそういうものが根こそぎ失われたのだ。第一次産業が田舎でもどこでも一割にも満たない社会になったからだ。田舎でも会社社会になっていた。この辺では東電に勤める人も多かった。双葉町や大熊町とかはすでに東電会社の一社員のようになっていた。漁業であれ農業であれそれはとても現代の生活を支えるものではなくなっていたからである。土着的というときその土地に根付くということもあるが時間軸で考えると何代にもわたり故郷を築いていくという志向がある。大資本の会社にはそういうことがない、グロ-バルに会社を展開して利益あれば移ってゆく、人すら移ってゆく。でも利益が出なければまた他に移る。土着的ではない、長い時間をすこで住み続けるということではない、そこに長く住みつづける人のことは無視する、そうでないと企業は成り立たないこともある。第一次産業を主体にしたならその土地を簡単に移動できない、その糧はその土地にあるからだ。


●土着的なことは人間的なこと


人間の正常な生活感覚として土着的でないということはやはり人間が漂流者になり根のないアイディンティを見いだせないものとなる。現代はまさにアイディンティを喪失してみんな根のない生活を送っているのだ。そこに生の充実感は得られない。そもそも原発事故自体がこの土着的志向がないから起きたということもある。東京に本社があり東京都のために電気を供給するというのは土着的ではない、東京都に原発を造るべきだったいうのは正論だったのである。本社が東京にあり事故でも直接人が話し合いできた。福島は離れているから現場との意思疎通が遅れたのである。
維新の党首の橋下氏が東京の議員が勝手に日銀の人事を決めることに文句を言った。大阪にいて何も言えないのは党首でもなんでもないと言った。これも大阪と東京が離れているため直接話し合いないために起きた。通信がいくら発達しても人間の意思疎通は直接あわないとできないということがある。これも土着的なものが必要だったのである。東京でもやはり大地がないにしろ山河がないにしろその土地に密着することが必要だったのである。

ケアという言葉は人に対する世話やメンテナンスを指す言葉である。ケアが必要なのは決して個人だけでない、 わたしたちは自分が暮らしそして子孫が暮らしていく地域全体をみなでケアせねばならない、地域を支える仕組みを考えねばならない
(商店街はなぜ滅びるのか)新雅史


土着的ということは地域全体を視野に入れて仕事することである。それは一大企業のためではない、そして子孫が暮らすのも地域である。時間軸で代々故郷に生きるということがある。子孫に伝えていきるものがあることなのだ。人間は子孫にもその子供や孫にも必ず責任がある。その人生自体もそうである。そういう土着的志向があれば原発というものを見直すことがあったかもしれない、今の時点で利益があってもあとで子孫が困ることは負担になることは恨まれるとなる。大資本の大企業にはそういう過去や未来の志向がない、今の時点で利益になればいいあとは野となれ山となれとなる。
現実に原発事故では野となれ山となれと街自体が喪失した。それは土着的でないからでもあった。

土着なくして職業も学問も芸術も報道もない
(故郷とは有機的に結合されたミクロコスモス)
http://musubu2.sblo.jp/article/55759722.html


医者には愛郷心がない、土着性がない職業?
http://musubu2.sblo.jp/article/54063801.html


 

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2013年03月02日

会津の仮設に二年住む原発難民の心境は? (避難民に代わりて詠める短歌十首)

 

会津の仮設に二年住む原発難民の心境は?

(避難民に代わりて詠める短歌十首)

会津にそ住みて二年や雪かきに雪の難儀を身をもて知るかな
会津にそ二年住みて雪埋もる維新に果てし武士の墓かな
今日も見ゆ会津の城やなじみけり雪を踏みつつ二年の過ぎぬ
深々と会津に積もる雪なれや城も身近にともに過ごしぬ
東風(こち)吹きて会津に住みて故郷を想う人あれ海の恋しき
会津にそ飯豊の山も望みけり雪の厚くも溶けざるかな
峰々や会津の国の広しかな秋の星々澄みてきらめく
会津にそ住みて二年や川のあれその上想い秋深むかも
会津にそ住みて城見つ花のちる故郷遠く海は見えじも
尋ねえじ会津の奥の深しかもなお隠されて花の咲くかな
夏の日や川広々と風涼し瀬音ひびきて燕飛ぶかな

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会津には白河街道からも自転車で行ったし昭和村の方にも行った。舘岩村にも行った。ともかく会津は一つの山国であり広いのである。だから地理すらわかりにくいのだ。大きな川が流れているけどそれがどこから流れてくるのだろうと想うとき、阿賀野川は新潟まで流れているから実に大きな川である。でも地理的に栃木県の方から流れている感じが思い返すとした。この辺の川と違い大きすぎる川だからその川についてもとらえにくいのだ。鉄道も三つあり栃木県の方にゆく会津鉄道の方から流れてくる川かとも想った。栃木県だと平家落人の湯西川がありそんな方面も想いとして残る。

実際舘岩村から栃木県の方へ出て那須の野の方まで行ったことがあった。自転車の旅は鉄道とは違い記憶していることがある。それだんで月日がたてば忘れる。旅もまたいかに記憶するような旅をすることが大事なのである。時間がたつと忘れてしまう。団体の旅だとどこに行ったかもわからなくなる。自転車だって時間がたてばそうだった。ただ自転車は脳だけではない体で覚えているところがありそれであとで詩にもできたのである。旅で記憶に残る旅をしたいと思いば歩くか自転車でしないと記憶すら残らない。旅はその過程にあり苦労して峠を越えたとき峠のことが体に残って記憶されていて思い出すのである。頭だけでは記憶に残らなかったのである。ともかく何度も会津に行ったが本当に広いから方角すらわからなくなった。


不思議なのは浜通りから原発避難民が会津にも移り住んだ。そしてそこで雪かきしている姿がテレビに写される。そういう人たちは今どういう心境なのだろうかと思う。まず会津は山国であり雪国であるから海は見えない、海というとき猪苗代湖がその代わりになるだろう。でも猪苗代湖も山を越えないと見えない、海を常に見て暮らしている人とやつばかり見て作らしている人の感覚はかなり違ったものとなる。その感覚は住んでみなければわからない、雪もそうである。だから会津とか新潟とか山形など雪国の生活する感覚が浜通りなどでは理解しにくいのである。ただすでに今回移り住んで二年となると体で知ることになった。

会津も福島県なのだけど例えば明治維新の戦争で大きな被害があったが別に中通りとか浜通りはその被害について何か一体感がないのである。それだけ福島県は広すぎるのである。だから地理的一体感がもてないということがあった。会津で維新の戦争で死んだ会津藩の侍は名前すらつけられなかった。そういう墓を見るとき実際に移り住んで見るとき感じ方がより会津の人と一体となる感じ方になるのだ。でも福島県としてあるから会津のことを思う。浜通りには高い山がない、それがある意味で致命的であり高い山がないということは精神の形成にも影響する。山も精神を形成するのに不可欠なのである。山を見ていると独立自尊の思想が自ずと養われるのだ。


今回はやはり浜通りの人が移住したということで会津とのじかの交流があった。会津でも原発避難民は嫌われているが会津も福島県とういことで一応県外にでるよりはましだったのかと思う。県外になるとまた差別になった。原発避難民は集団だから差別されやすい、でも大熊町民双葉町民浪江町民というレッテルから離れられない、補償金がもらえなくなるからだ。補償金をもらうためにそのレッテルをもたざるをえない、もし少数だったら補償金が関係ないなら他の市町村民に今なら簡単になれる。江戸時代だったら藩から脱出することはできない、越中などから相馬藩が飢饉のとき移住した真宗系の人たちは大変な苦労をした。江戸時代は移動の自由がなかったからである。現代は移動の自由はあるが補償金のためにマイナスのイメ-ジしかない町民からめけられないのである。ある意味でユダヤ人化したともいえる。


自分はやはり自転車で旅したからその道のりを思いだして思索したり詩作したり短歌や俳句も作れる。そういう恵まれた時間があった。しかし
今や一日も旅することもできない、こも運命だったのか?
ともかくこの世は長い人生の間で何が起こるかつくづくわからない、


蒲生氏郷は享年40歳という若さで死んでしまう。


限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心短き 春の山風


人間は突然思わぬことが起きる。事故で死んだりすることもある。自分も二回も入院したしそこで運が悪ければ死んでいたかもしれないという恐怖があった。今回の津波でも原発事故でも思いがけないことだった。会津に避難した人はこの歌を身近なものとして感じるだろう。もしかしたら避難民で高齢者が死んだ人がいるかもしれない、するとまさにこの歌が心にしみるとなるのだ。

 
 
 
 
 
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2013年03月04日

南相馬市鹿島区(小池)に増えた仮設住宅と新しいビジネスホテル (浪江の会社も移ってきている)

 

南相馬市鹿島区(小池)に増えた仮設住宅と新しいビジネスホテル

(浪江の会社も移ってきている)

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小池の新しい仮設と浪江の会社


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小池には三カ所くらいふえた



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善徳はここの地名である。

隣の新しい仮設は浪江の人たちが入っているのか?

ともかく新しいものが増えている



小池の方に新しいビジネスホテルができていた。一人用であり工事関係者用なのかどういう人が利用するのかわからない、最初見たとき新しい仮設住宅かと思った。ただ一人用だから違うとも思った。設備はWI=FIが設置されているから最新式である。このWI=FI通信が最近良くでてくるのだ。タブレットで通信する場合必要になる。アマゾンのキンドルでもなくてもできるがWI=FIにすると便利になる。こういうものを設置するとなると必ずしも土木の現場だけではなく知的仕事をする人も泊まることを見込んでいる。それにしても結構な数であり百人以上は泊まるかもしれない、大きな管理棟もある。被災者が入るのともちがう。仮設に入っている家族はばらばらであり訪ねてきたら泊まるとか言っていた。確かに仮設ではまず寝る所がない、狭いからないとする利用するようになるのか?
それだけでは需要があるのか?何か不思議である。ただなんらかこの辺はまだ工事関係者などが除染でも入っているからそういう人も入るだろう。


また浪江の人が移り住んでいる仮設もできたみたいだ。浪江の会社も移ってきていた。
南相馬市鹿島区は小高区や浪江などから流入した人たちで人口が増えている。浪江の人で空家に入っている家族を三人にあったし会社もこっちに移した。
それからアパ-トも西町とあさひにできる。人口か増えて津波などで家を失った人がいて住宅不足になっている。それで外部の人が建てている。アバ-トを建てていたのも茨城県の日立とかから来ていた。地元の人ではないのだ。するとビジネスホテルなどに泊まり仕事するようになる。それでホテルが不足して建てたのか「森のビジネスホテル」というのも小池は山の方だからである。


鹿島区は人口が増えて家も壊されたのも多いが建つ方が多くなっている。津波被災者には宮城県では復興住宅を作る計画をしていた。家がないのだからそういうものが必要になる。小高の人たちは家があっても帰れない、でも時々帰って様子みている。五年帰れないとかその期間が長いから困るのである。ただ補償金がもらえるから原発避難民は金の面では困っていないのである。かなり貯金だってできる人もいる。そうするとその面では余裕である。だから困ってなんとかしてくれなど騒がないのである。ただ復興住宅となるとかなり金がかかるからなかなか建てられないだろう。相馬の長屋風住宅にしてもアメリカの援助で建てられた。何らか国の大きな援助がないと建てられないだろう。

ただ仮設から復興住宅に入りたいという要望がある。小高の人でもそうである。そうすると鹿島区は家も増える。鹿島区や小高区はもっと人口が増えた方が良かった。それも街の中心部に集った方が福祉でも回るのが便利だし今は暮らしやすくなる。高齢化社会では街に集まり共同するような生活がいいのである。そういう新しい街作りもこのさい計画してもらいたいとなる。

 


 

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2013年03月09日

原発避難民はなぜ嫌われるのだろう (金をもっていることが反発される-金だけでは解決しない問題)

 

原発避難民はなぜ嫌われるのだろう

(金をもっていることが反発される-金だけでは解決しない問題)

原発避難民か今になりなぜ非難されるのか、それは前にも書いたように多額の賠償金をもらっているからだ。まず百万とか百五十万も一か月もらえるとなれば回りのもらえない人はこれは何なのだとなる。そしてイワキあたりでは飲み屋に行って札びらを切っているというのも異常である。この辺で毎日パチンコ通いでパチンコ屋で人がたりないとか自分の家にきて言う人があった。自分の家でも苦しいのになぜパチンコ屋で働かねばならないのか、他に働くところがあるじゃないかとも思う。
もちろんこういう異常な状態だから何もすることがないからパチンコに行く他ないということもある。そういう人たちをみて回りで補償金をもらえない人はあの人たちは何なのだと何も困っていない、かえって買い物でも贅沢しているとかみる。女性は細かい他人の買ったものをス-パ-見ているのだ。あの人たちは原発避難民で高い買い物をしている。補償金もらっていいわね、こっちは安い給料で働きづめだわ・・とかなる。結局今の世の中なんでも金でもめる、金で何でもできる、解決できると思っているが今はそうなっていない、その金がかえって徒になっているのだ。


金をもっているということは人間を傲慢にする。俺は金があるんだから何も困っていない、金を払っているだから別に頼む必要もない、頼まれても頼む必要はないとかなる。でも実際に本当に困った人ならなんとか助けてくださいとお願いにくるだろう。金があるからそういうこともない、だから避難民は回りから嫌われた。それは何か態度も悪かったのか?原発避難民というのは特権者になったのか、そういうことは確かにあった。自分たちは原発事故の被害者なのだから待遇を良くされても当然だとなった。だから避難した先でも謙虚さがなかったのかもしれない、どうぞお世話になりますとか言う心の謙虚な姿勢がなかった。その後も多額の補償金をもらっているから回りに気づかうこともなかったのか?この辺でも小高区と鹿島区の人たちで仮設商店を出すのに小高区の人は四軒しか出させないというのは差別だった。でもなんか小高区の人も回りに気づかうことがなかったのかもしれない、お世話になりますとかいう気遣いがなかった、もし鹿島区の人たちに一言でもそういうことを言う人があればまた違っていたかもしれない、そんなことは全然ない、他に避難した人たちもそうである。

人間の矛盾は人間は本当に食うものもないとき助けられたら恩義に感じてその人のために尽くそうとするだろう。でも普通の場合はしない、かえって金があり俺たちは何も困らないんだよ、むしろ金を払っているから尽くしてもらいたいとなれば誰も交流もあまりなくなる。住居は狭いにしても困った人たちと助けてくれという人たちではないとみられてしまう。ただ金をもらっているということで回りの反感を買うだけだとなる。今の世の中、金の世界だというとき金をもっているだけで回りは許さない、民主主義は必ずどんなことであれ平等を主張する。とにかくみんな同じでなければならない、そこにいかなるものでも不平等があってはならないのだ。例えその人が才能がないにしてもその相手が才能があったらそれも平等でならばならない、努力しようがしまいがそんなことは関係ない、とにかく平均して同じでなければならない。そうでないと必ず恨んだりねたまれたりと許せないとなるのだ。いくら謙虚になれと言ってもおそらく賠償金を高くもらっていればいるほど回りでは羨みねたみ許せないとなるのだ。だから避難民はその土地の人といつまでも溶け合わないとなる。
津浪の被害者で原発避難者のように補償金がもらえない人も仮設にいる。すると原発避難民はもらって俺たちはもらえないと不満を言っていた。結局今の世の中金がすべてとなったとき金でもめていることもまた同じだった。金がかえって協力させないようにしているのだ。金の世の中の矛盾が被災地にも露骨に現れたのである。


そもそも今回の津浪原発事故では金ではどうにもならない問題が起きたのではないか?宮城県などでも町自体が消失したような所がある。陸前高田市などでも街自体が壊滅した。ではそういうところに一億円やるから住んでくださいと言っても住む人がいないだろう。原発事故の放射能汚染地帯でもそうである。一億円やるから住んでくださいと言っても誰も住まない、住む価値のある場所じゃなくなったのだ。金はそこで何の力も発揮しない、病院も介護施設もなにもないとなれば金があっても何の役にも立たない、そこで商売をはじめようとした人がいたが回りに人がいないなのだから帰ってこないのだから売れないから商売にもらならないとなる。金が有効なのはそこに投資する価値がある場所だとそうなる。しかし壊滅した街を見てここで何をしたらいいのかとかなると金を投資しても無駄だとなる。金があっても有効に働かないのである。原発事故地域でも賠償金で二百億円くら銀行に金が増えた。でもそれは有効に使われない、銀行でも金がたまりすぎても困るという。
銀行は金を貸しているとき一番有効に働いているという。その金を貸すものがいないのである。


だからただ金は紙幣としてあるだげでありそれは紙にしかすぎないともなる。一見今の世の中金ですべて解決するように思えるけど被災地域では金だけでは解決しない問題が生じているのだ。牡鹿半島辺りの小さな漁港では牡蠣などがとれるのでそれで会社で資金をだしてもらいその会社に勤めることでそこに残ることができたと報道があった。60以上の人が多いからもう資金を出してやっていけないからだ。ただそこに会社が入ってきたのは牡蠣とか他にも養殖の貝とかがとれるからである。常にそういう糧がありとれるということが復興につながっていたのである。だからこそ会社が入ってきて資金も供給した。

そこはまだ小さな港だからできたのかもしれない、大きな街が壊滅したような所ではむずかしいかもしれない、ただ現代は一次産業が主力ではない会社があればそこで生活が成り立つ、でも若者が流出して人手不足とかなる地域には会社も入りにくい、金が万能ではなく金を産むものが何かということが問題なのである。現実に銀行や信用組合に二百億円増えたけどそれは活かされていないのである。中国などに世界から工場が進出したのは何もないけど安い労働力があった。それが金を産む元だったのである。やはり補償金だけに頼るようになるとそこは嫌われ人も入ってこない、イメ-ジ的にも悪くなるのだ。

posted by 老鶯 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連