2014年05月26日

津波の被害が記録されない空白が作り出される謎 (相馬藩内では1677年延宝房総沖地震津波の被害について全く記録されていない)


津波の被害が記録されない空白が作り出される謎

(相馬藩内では1677年延宝房総沖地震津波の被害について全く記録されていない)

●津波の伝承や記録が希薄であり忘れられる


1677年延宝房総沖地震津波では下川(小名浜)から四ツ倉にかけて死者84人・流出家屋487軒、なかでも江名・豊間両浦で死者44人・流出家屋218軒という被害は、2011年東北地方太平洋沖地震に類似する。同地震でも豊間・薄磯で多数の死者と家屋流出が発生している。

いわき市薄磯地区には、「大きな地震が発生したら津波が来るので薄井神社が鎮座する丘に避難すること」という伝承が残されているが、これは1677年延宝房房総沖地震津波の体験による可能性が考えられる。

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慶長津波が1611年であり1677年に延宝房総沖地震津波があった。こ66年後にまた大きな津波があった。
この津波についての記録は岩沼まで被害の記録がある。
でも相馬藩から新地から亘理まではないのも不思議である

慶長津波では相馬藩で700人溺死したとある。でも77年後にも大きな津波が来たのである。
その被害もあったはずだが何にもこの時は記されていない、
慶長津波の前でもその後でも江戸への普請のことでは人数とか記されている。
江戸幕府からのそうした圧力が大きなものであり財政が逼迫して給人が税を支払えないと訴えている。
当時の政治は中央が地方に援助するというのではなく中央が幕府が地方から税をとり労役を課すことだった。
だからそうした幕府からの圧力が強いし負担となっているから相馬藩の政治でも
その負担をどうしたらいいのかというのが課題となる。
だからそこは記録されている。


しかし慶長津波でも延宝津波でも特に延宝津波では何の記録もないのも解せないのである
四倉となると浪江とか双葉とか富岡の隣であり近い、双葉は相馬藩の境であり富岡は岩城藩内ではあった。
それにしても明らかに塩釜まで被害があったら相馬藩で被害がなかったとはありえないのである。
要するにこの時も津波のことは空白状態になっていたのである。
それはなぜなのか不明であるがこの記録の空白が後の世に今回の津波のように大被害をもたらす要因になった。

相馬藩内では確かにわずかだが慶長津波のものと思われる伝承はあった。
しかしそれは地元の人でも知らない、取り上げないものであり津波が海岸に接している人たちにも伝えられていない
、海岸に接して津波のことを意識したのはチリ地震津波のことだったのである。
その時のことを経験してチリ地震津波から津波を推測していたのである。


1793年の「寛政津波」については、<1793年〜1796年がまったくの空白>であり、<飢饉災害として処理された>と記述。1995年、飯沼氏は『仙台平野の歴史津波〜巨大津波が仙台平野を襲う〜』


相馬藩内だけではなく津波については記録されない、空白現象が起きている。
「津波を忘れるな」と警告した碑が残されているのも津波は台風などの被害と違い忘れやすいのである。祖父母ですら経験していないのが普通だからである。すると伝説とか
記録が頼りになるがそれも一行くらいしか記されていないからわかりにくくなる。
ただこの津波の伝承や記録の空白現象が今回のような大被害の要因になっていた。


●女川原発が救われたのは危機意識が違っていた


宮城県ではそれなりに大きな津波被害があったから伝説も残りそれで岩沼に1611年(慶長16年)に発生した
大津波は阿武隈川(※1)を遡上して氾濫し、千貫松まで届いたとか残っている。

この伝説を聞かされて東北電力の副社長だった平井弥之助氏人が女川の原発を14メートルの高さにした。貞観津波まで考慮していたという。


三陸地方は過去に何度も津波の被害を受けていたため、津波の怖さを多くの人々が共有していたと思われる。三陸地方の人々にとって津波は常識であろう

「女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策」のスライドである。これを見ると、東北電力の方々が津波に関する考古学的調査や津波の数値シミュレーションなどに真面目に取り組んでいたことを理解することができる。東北に生まれ育った人が、原子力発電所が立地する東北の地域の安全環境を守ることを自分達の問題として捉えていたと想像することができる


東京電力の原子力発電所の計画・建設に参加した人の大部分は東北地方と関係がなく、東北からみればよそ者であった。そのため、津波に関する畏怖がなく、立地する地域に原子力災害が及ぶ可能性を想像することができなかった。 仕事のときだけ福島に赴き、任務が終われば東京に帰り、現地への愛着が薄かったのではないか-Riyuu.html

http://oceangreen.jp/kaisetsu-shuu/Onagawa-Tasukatta


要するに津波に関しては宮城県の方が危機意識をもっていた。
それは三陸などでもそうだが明治にも津波の大被害があったのだから違っていた。
津波に対する恐怖の意識があるところだったのである。
これが致命的な分かれ目になっていたのである。
女川の原発すら実際ぎりぎりで助かったのでありある意味で幸運でもあったのだ。
女川の街は壊滅したのでありもう立ち直れないような状態になっている。
その被害を見たら原発の方が残ったというのも皮肉である。
近くの人も津波の時、原発に逃げたのである。
だから奇妙なのは街が壊滅して原発の方が残ったということも何か示唆している。

原発という危険極まりないものでもそれなりに危機意識をもっていれば事故にならない。
ところが一方で街に住んでいる人達は津波に対して女川原発に対してもっていたように危機意識がなかったのである。
もし東北電力が想定した津波の高さを真剣に考慮すれば街だって壊滅することはわかる
しかし肝心の街に住む人たちはそんな高い津波のことなど想定していない、危機意識がなかったのである。


●津波の記録の空白地帯だった双葉の原発


そもそも双葉は夜ノ森が相馬藩の殿が余の森として相馬藩と岩城藩の境となっていたところであり
森であり原野の地域だったのである。
そこは近くに大きな病院もないもともと不便な場所であった。
だから双葉でも浪江でも南相馬市立病院に入院していた人がいた。
片道30分もかけて往復して看病していた人がいた。
南相馬かイワキの方にむずかしい病気はみてもらえないのである。
原発はそうした遅れた不便な地域に建てられやすい、
今でもそうした地域では経済活性化のために積極的に原発でも誘致しているのだ。

原発はまた大都会近くに建てにくい事情もある。
だからそうした辺境地帯が立地条件がいいとしてねらわれるのである。

結局津波に対する危機意識でも東京に建てれば一千万人が常に危機意識をもつ、
その前に危険だからと東京にはとても建てられないからそうした辺境地帯に建てられた
今回の事故でも危機意識を東京の人たちは離れているからともっていなかった。
東電でも事故があっても離れているからという意識になった。
もし地元に住んでいればまた危機意識をもつから違っていた。
ただ一時的に勤めてまた東京に帰るというふうになるから土着意識がなかった。
東北電力には土着意識がもともと地元だからあったのである。
岩沼の津波伝説を聞いて決めたというよりあの辺はもともとそうした津波の危機意識を共有していた地域だった。

だから原発ともなるとそれだけの危機意識をもっていたからギリギリで助かったのである
それだって幸運だったのであり危ない状態だった。
それはまず女川が壊滅したことでもわかる。女川の被害は最悪だったのである。

危機意識というとき、人間は平和な生活が長くつづくともてなくなる。
平和がいつまでもつづくと思うようになる。
でも人間の歴史をみると絶えず天災でも戦争でも起きていて平和な時代はつづいていない、
だから江戸時代は世界史では例外的な状態だった。
戦後は確かに戦争で300万人が死んだというあとにしては平和で繁栄の時代だった。
団塊の世代はそれで恵まれていたとなるが今やそうした繁栄から衰亡の時代に入った。
そして再び天災でも対外的にも危機の時代に入っている。

でも以前として平和になれているから危機意識がないから日本は他国に簡単に侵略されるかもしれない、
危機をあおるわけではないが平和になれると油断が生れそこをつかれて滅びしまう
そういうことは平家であれローマであれ中華帝国であれ常に起きていることなのだ。
危機の問題は急激にやってくるから対応できないのである。

女川にはおそらく原発ができる前に行っている。鯨の解体しているのをみているのだ。
牡鹿半島では鮎川が鯨の基地だったから女川でも鯨と関係していた。
女川という地名も何か気にかかるようになった。
女川はオナミであり男波でありこれは津波と関係していたとか
他にも福島県浜通りにも浪江とかにもあるので言われようになった。
深い入江になっていて逃げ場がない地形だった。
だから津波を奥まで勢いよく上って行ったのである。
ともかく津波というのは実感するためには現場に立ってみる必要がある
なぜなら地形とかと深く関係しているから現場に立たないとわからないのである。
それで女川に行ってみたいと自分でも思ったのである。

posted by 老鶯 at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係
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