2014年05月18日

八月の石にすがりて  伊東静雄の詩を読む (夏の日の蝶と石ー自作の詩をここから作った)


八月の石にすがりて  伊東静雄の詩を読む

(夏の日の蝶と石ー自作の詩をここから作った)

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有料のものを加工したからまずいがだした

八月の石にすがりて

さち多き蝶ぞ、いま、息たゆる。
わが運命(さだめ)を知りしのち、
たれかよくこの烈しき
夏の陽光のなかに生きむ。


運命? さなり、
あゝわれら自ら孤寂(こせき)なる発光体なり!
白き外部世界なり。


見よや、太陽はかしこに
わづかにおのれがためにこそ
深く、美しき木蔭をつくれ。

われも亦、

雪原に倒れふし、飢ゑにかげりて
青みし狼の目を、
しばし夢みむ。


詩を解説することはできない、この詩も不思議な詩である。
石と蝶に興味をもって自分も詩にしてきた。
石にとまっているアゲハチョウを見たことがある
これは石をテーマにはしていない

さち多き蝶ぞ、いま、息たゆる

この意味はわかる。蝶は夏の明るい日ざしのなかで花々を求めて飛んで死んだ
よく蝶が道端で死んでいるのを見ている。
蝶は美しい羽だけを見せて残して死んでゆく、まず蝶ほど不思議なものはないだろう
なぜあのように優雅に飛んでいるのか?




夏の日の蝶と石


夏の明るい日ざしを一杯に身に受けて
蝶は花々を求めて優雅に舞い飛んだ
そして蝶は道端にその美しい羽を残して死んだ
その羽を旅人は見つけて拾った
旅人もまた旅していた
夏の日に道は別れて遠く誘う道よ
蝶は常に舞うことを宿命づけられている
鳥は翼を与えられ飛ぶことを宿命づけられている
蝶も鳥もとどまってはいけないのだ
風を受け光を受けて飛び舞わねばならない
留まった時に死が訪れる
旅人は旅しつづけねばならない
例え旅しなくても心の中で旅はつづいている
回想の旅はつづいている・・・・
ただ働くばかりの蟻の死は無残だ
ああ 百の千の万の花を見て飛んだ
その彩りは尽きることがない
美しき地球の花園を飛んだ
そこに悔いはなく充たされる
ああ 汝はそのような時を与えられた
まばゆく朝の光を一杯に浴びて散った牡丹のように
汝の生も夏の光の中になおある
汝は醜いもの残してはならぬ
詩人は蝶のように美しい羽を残して死ぬ
舞い飛び歌い笑いつつ神の庭園を逍遙する
石にも夏のまぶしい光がさして
その自然の中で石は夏を感じている
その石は夏の日ざしを受けて光沢をます
石にも夏があり冬の厳しさに生きている
春のあたたかい陽光も受けてなごむ
石は今木陰に影なして涼しく休む
石も雨に打たれ風に吹かれ生きている
ああ 悲しきかなすでに春に生れし蝶の
野辺の道に死にてありしを・・・
かくして夏も来ずに死ぬものもありしを
・・・・・・・・・・・・



これにヒントを受けてこの詩を今作った。
それができたのもインターネットのおかげである。
この詩を知らなかったからである。詩というのは読む人が本当に少ないから知らない詩というのが無数にあるのだ。
それは詩集としても出ない、なぜなら売れないからなのだ。
そこに詩の問題があったのである。
現代ではインターネットなどでいくらでも詩でも何でもだせる、ただ評価はされない。
くだらない詩でも無数にインターネットにだせるものも現代なのである。
ええ、こんな詩があったのかというのが本当に多いのである。
これまで出版された詩集も無数にあるが読まれていないし知られないのである。

この詩には相当深いものがある。


雪原に倒れふし、飢ゑにかげりて
青みし狼の目を、
しばし夢みむ。


これも一転して真冬になっているのも不思議である。
ただ飢えているというとき、飢えながら雪原という自然の美の中で死ぬ狼をイメージしている。
それも詩人の死にふさわしいのだろう。
詩人とかは社会では排斥されて認められないのである。
社会とは無残な蟻の集団という側面が常にあった。
働くことがすべて肯定されるものではないのだ
俺は働いてきた、働いているというのは何かと主張する人がいる
それは蟻としで働かされた働くことを強いられたという側面もあったのだ
確かに毎日ダンプで請け負い一台分いくらともらって収入を増やして家を建てたというのもわかる
でもそれは一面蟻のように働かされたという面もあったのだ。
ただそ人は別に遊びもしていたから全く楽しみもなっか人とは違う。

ともかく蟻とキリギリスの話しは今では逆転しているだろう。
キリギリスの面がない人はこれからは豊かな時代は嫌われるだろう。
その点団塊の世代は遊び上手であり苦労しかない働くことしかない戦前の人とは違っているのだ。

いづれにしろ自分も結局蟻とキリギリスでありキリギリスだったから今になると
ただプログに書いてきたようにこの七年間は悲惨な状態になった。
それまでは自分ほど恵まれていた人はいなかったのである。
30年間は旅をしつづけ働くこともなかったのである。
それゆえにこの七年間の苦しみを受けねばならなかった。

でも今になると自分は会社勤めもできない性格だったし人と交際もできな性格だった
だからそういうわずらしいことからまねがれて自然の陽光の中に風に吹かれ
自由に飛んでいたということになる。
学校とか自分にはあわない場所だった
ただ今になると学問とか芸術分野も好きだし理系的な分野でも興味をもって学びたいということがあった
だからこそ自分は工場とか会社で事務などすることもなく野外に常にあったのである。
その期間が長いからそのことが体にも心にも影響している


自分の母親などは若いとき十年間紡績工場で働いていた
そういう環境はいいものではない、それでも百才も生きようとしているがまさに蟻そのものだった。
だから巨大な蟻となって迫ってくる恐怖もあった。
花にも何にも興味がない、ただ働くだけの人間はそれは異常な存在と化していたのだ
巨大な蟻の化け物になっていたのである。
それもそう強いられたのだから批判はできない。これも無残である。
だからたまたま自分が家庭環境でそういう人生になっていたのである。
一カ月とかぶらりとどこへとなく旅ししていてとがめられることもない
食事はいつも用意してあるし何もすることもなかった
これは今になるとよほど恵まれたものだった。
今や食事を用意して自分だけではない介護しなければならないし
近くでも自由に行けなくなったことでわかったのである。
今や自分は蟻にされていることがわかったのである。


ただ自分の人生はそのように恵まれたものだから今は蟻でも全然違っている。
人間とはその一生の時間を何に費やしたかで決まるというときまさそそうだった。
いくら働いていても毎日工場で流れ作業していたり自然とかけ離れたデスクワークをしていたりとしていると
姿勢すら猫背のようになったりしないか?
心の中にも長い間でそうした自然から離れた生活が鬱積されてこないか?
そうしたものは実は知らない間に人間をゆがめていることが還暦すぎるとわかるのである
それは樹とか石とか自然のものとは違ったものとなっている。
自然を感じない人工物になっているかもしれないのである。

もちろん普通に社会人としして働いてそうでない人もいる。
だからいちがいには言えないがそうなりやすいことは言えるのである。
上野霄里(しょうり)氏やニーチェの超人になれる人はいないだろう
世間の価値観にとらわれて本来の原生人間は失われる
社会というのがそんなに大事であり価値あるものかという根本的疑問がある
いづれにしろ最後に人は馬鹿でもわかる
何を失ったかわかる、本当に生きる時間を失ったことが最大の後悔となるのだ。

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