2014年03月30日

秘境の森、大古林道の春の森の詩(続編)


秘境の森、大古林道の春の森の詩(続編)

大雪に山の樹々の枝折れぬ冬を越えてそ花の咲くらむ


春の森の詩


春風に樹々しなりゆれ
梢に高く四十雀飛びわたるかな
雪解けの水は流れてひびき
苔むす磐に残れる雪のなお厚しも
我が踏みつ奥に入りゆく
かしこ大岩の雪に埋もれて久しかな
一本の古き根っこのここに残りぬ
ここに立ちにし年月の長く
この森に生まれこの森に還りぬ
春の日は苔むす磐にさし
山風は樹々にそよぎわたる
牛の背のごとき堅き磐よ
汝はここに歳月を刻む
二本の樅の樹は古き神殿の石の柱
ゴシック建築の大聖堂の石の柱
質実に誠実に信頼に満ちて立つ
厳かにそはここに立ちて久しも
ここに無益なるものに労するものなし
一つ一つの命が森に活き森を支える
原生の原質の組成の万古の神殿!
蝶は舞い小鳥は喜びさえづり飛び
ここに調和の春の楽は奏でられる
重々しき音、軽やかな音、清らかな音
それらはフーガのようにひびきわたる
森の奥処に鎮座する大岩
そはこの森の主にして神さびぬかも


昨日のつづきとして短歌を詩にするとこんなふうになる。あそこは意外と秘境的な場所だった。
ただ車が頻繁に通るからあそこの森が秘境であり神秘的な場所であることに気づかないのである。
この辺にはまだ実際は秘境的な場所があった。
飯館村にもあった。大倉に出る道が舗装されて神秘の場所は消えたことは残念だった。
何か公共事業で道を作りすぎたのである。
丸森も秘境があ樅の木の原生林が一部残っていた。この辺はまだまだそうした奥深い自然があった。


そして皮肉なことにバラ坂とか大葦とか八木沢峠の麓は原発事故で人がすまなくなった。
あそこはもう誰もすまなくなったから元の自然にもどるのだろう。
そして羚羊が住み着くことになった。羚羊(かもしか)の縄張りは一キロ範囲だという。
あの辺に住み着くとするとまた出会えるかもしれない。
羚羊は行動範囲が広いと思ったが狭い、一キロ範囲で食べるもものがあり生きていけることの不思議である。
人間でも一反田とか地名があり米が一反とれれば最低限生きていけるということがあったのかもしれない、
炭焼きなどがあったからできた。養蚕していた家もあった。


放射能汚染の不思議は皮肉はかえって原始の自然がもどってくるということであった。
チェルノブエリでも狼やへら鹿とかが住み着くようになった。
つまり人間がいなくなると野生の動物にとっては住みやすい場所になるのである。
人間を警戒していたのが警戒しなくなり野生化してくる。
放射能汚染したものを食べているからそれがどう影響するのかもわからない。
今のところは奇形化した野生の動物の報道はない。

浪江の小丸という牧場では野生化した牛に餌をやっている。
高瀬川渓谷に近いからその山道に牛の道ができているというのも驚きである。
最初の道は獣道だったというのも本当になる。

飯館には一年くらい行っていないけどあそこも原初の状態にもどっている。

だから猿の惑星は核戦争で巨大なニューヨークが滅びて元の自然に還っていたのである。
ここでは戦争ではないけど原発事故はそれはにていたのである。
津波によっても元の自然に一時的に還った時は驚いた。
自然が回復することは悪いことではない、美しい自然が目の当たりに現実に見た驚きだった
山の方でも原発事故で人がすまなくなればやはり元の自然の状態に還るのである
ただ破壊されて道ができたところは還らない
それにしても元の自然に還ることはこれも不思議なことだった


ともかく八木沢の麓の家はもう人が住まないとすると元の自然にもどる。
あそこでは農業など成り立たない、大原辺りは広いから集約的にやれば
放射能汚染も消えれば土地を活かすことかできるかもしれない
秘境は今やどこにもないようで実際は田舎だったら身近にまだある。
ただ発見されていないだけなのである。


今年は大雪でいたるところ木の枝が折れた。その衝撃が大きかった。
だから庭の蠟梅は今年は咲かなかった。

自然は津波でもそうだが大雪でも厳しいものである。
大雪では森に生きる動物も鹿でもかなり死ぬ
そうして生き残ったものが強い種を残してゆくのが自然である。
自然はそうして厳しいから美がある。
そういう場所に生きる人間も厳しいから自然の美に映える
人間が最も生きにくい場所は最も美しい場所だともなる
だから八木沢の麓の辺りは秘境だったのである。
すでに江戸時代から住んでいた。
今になるとどうして生活が成り立っていたのが不思議になるのだ。



迷える足のほか踏みしことなき
人住まぬ谷間や奥深き山中を
いと古き代より汚れを知らぬ地域を
思いのまま彷徨いうる自由こそは
定命もてるかよわき人間にとり
いかばかりか神聖なるぞ
(逍遙編 ワズワース)


こういう場所は意外と近くにまだある。
この辺はまた人が住まなくなるとそういう場所に還るということもある。
こういう場所が原発事故でなくても少子高齢化で増えてくることは言える。

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