2014年03月06日

樹にしみとおる寒さ(言葉は文化の基)


樹にしみとおる寒さ(言葉は文化の基)

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しみとおる樹に寒さやしまるかな
しみとおる樹に寒さや飾らざり
しみとおる風の冷たさ木肌かな
しみとおる寒さや木の根深く張る
しみとおる寒さに枝々張りにけり
しみとおる樹に寒さや銀河かな


しみとおるというとき凍みるでもある、しまるにも通じている日本語である
こういう表現は日本語的なのだろう。
何かがしみてゆく、凍み豆腐、凍み餅とかもそうである
その風土にあった言葉は必ずある

英語とか表音語は音を重んじる。つまり英語でもフランス語でもドイツ語でも
音を通じて伝える、フランス語とドイツ語はなぜあんなに違った発音なのだろうと思う
フランス語は軽いラテン系でありドイツ語は重々しいもの感じる
だからフランスの文化とドイツの文化はライン川を境にまるで違ったものとなる
ドイツの音楽も重々しいのはドイツが森の国だからであった。
延々とつづく黒い森があった。ドイツはまただから重厚な哲学の国となった

いづれにしろ音楽がなぜヨーロッパで発達したのかはまさに言葉にあったのだ
言葉が文化の基だったのである。
日本語からも日本の文化が生れてきた。
だから英語にすれば日本の文化は消失するのである
日本人から日本語をとると日本人でなくなる
そのことは「心の星雲」でも言っていた。
つまり言葉はネティブでしか身につかないのである
それは幼児からしか習得できないからである
漢字もあるが漢字は象形文字であり視覚的であり絵画的である
だから音楽は発達しなかったのである
英語を覚えるには英語の音になれる聞き取る力をつけろというとき
まさにそれは音楽を聞くことと同じなのである
言葉の感覚はネティブでないと実感しえないものがある
言葉も数字でないから神秘的なものであるから詩を訳すと
詩でなくなるというのもそのためである


powerful mountain

mighty mountain
strongthend mountain


この感覚も日本人だとわかりにくい、力強いという表現だけではないものが表現されている。

mightyというの内面的に強化された力の感覚かもしれない、
powerfulは外面的な力の感覚だろう。それは説明しにくいのである


芸術はそもそも日々の生活から生れた。人間の生活そのものが芸術だった。
ただ文明的便利な生活は自然から遊離するから自然から分離すると本来の芸術は失われる。
なぜなら自然が基として芸術があり生活でも自然を基にしている生活は真の芸術を産む。
だから薪を積み薪を燃やし鶏を放し飼いにして山の清水を飲み川で洗い物をするという
生活はより自然なのだから不便でも芸術になる。
より自然が身近になるからだ。つまり冷たい水を感じることは自然を感じることなのだ。
だから「風流は寒きものなり」とはそのことを語っている。

まず車は冬でも中はあたたかい、また車だと風も感じない、だから自然を感じない
自転車は常に風を感じるから風流なのである。
だから田舎でも今や山の中でもみんなエアコンをしている。
一部薪を積んでいる家はみかける。
薪は乾燥するために積んでいる。
薪割りは実際は相当に力が必要で楽ではない
ボタン一つで電気を使ってやるのとはあまりにも違う。
でもそういう生活を戦後十年はどこでもしていたのである。
だから同世代の女性の人と話したらそのことで話しがあった。


いづれにしろ本当の芸術は田舎でしか生れない
まず樹について肌身で実感してわかるのにも時間がかかる
つまり樹でも石でも一体化する、アイディンティティ化することが必要になる
それには相当な時間がかかるのである
だから芸術はその土地土地から生まれというのも本当である
cultureは耕すからきているから土地土地を耕して文化は生れる
相馬郷土史研究というのもそうだった
それは土地に根ざしたものである


本当の芸術は日々の生活を基本としているとき、体力がないと本当の芸術は生まれない
例えは山を詩にするにしてもそれは雄大であり力強いから病弱たったらとても山を詩にできない、
山と同化するとしたらそれだけの体力が必要になってくるのだ。
健康な体でなければ詩にはとてもできない、ニーチェのような超越的な力すら必要になる。
高村光太郎の牛の詩にしても彼自身が牛のような体をしていたことなのだ。
前の師の上野霄里氏もそのことを言っていた。

ただ人間はあまり過酷だと芸術はなくなる。
その例が北海道開拓に入った猪狩満直
とかである。もう過酷な生活で疲れ果てて何もできない、
せいぜい日々食べるだけでありあとは寝るだけになってしまう。
その辺のかねあいがむずかしい。
自分も体力がなくても楽したから60以上生きている。
こんなに人は長生きするのだろうと思うと介護してわかった。
エアコンの部屋にいて食べ物で食べないにしても栄養あるものを食べさせる
弱ったら入院して点滴しているとまた99才でも回復したことでもわかる
これは弱い人でもそういう介護をすればさらに生きるのである。
だから昔は介護すらなかった。点滴もできないからちょっとしたことで死にいたる


この辺の原発事故でわかったように田舎でも実際は文明の真っ只中にあった。
田舎の方が文明的生活を享受していたのである
文明から離脱して生活するといっても簡単にはできないようになっていた。
確かに上野霄里氏が文明の離脱というときそれは精神的側面を強調したものである
具体的にそれを実行するときほとんど不可能になっているのだ。
山尾三省のような生活は何か反文明なのだけど
そんな生活をして何か魂胆があるのかとされるのが現代である


とにかく今年は寒かった。またこの辺は北風が吹き唸っている。
風花も舞っている、だからしみとおる寒さの樹というものを感じた
猫の毛が春の日がさしてよりあたたかく感じたように
やはり衣服を着ない自然のものはより自然を光でも感じるのである
それは樹でも同じだったのである




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