2014年01月21日

凍る堤 (田んぼがないから堤の用がなくなった-二宮神社が横峰堤の脇にあった意味)


凍る堤

(田んぼがないから堤の用がなくなった-二宮神社が横峰堤の脇にあった意味)

りんとして二本の樹の庭に立ちひびきあうかな冬の朝見ゆ
堤凍り鴨の群れつつここに住む二宮神社のここにあるかな

横峰の堤が凍っていて鴨が群れる写真を出したけどその脇に二宮神社があった。二宮神社は二宮尊徳を祭っていてもあまりこの辺ではない、神社は人を祭っていることがある。
二宮尊徳は相馬藩では重要な人物である。二宮仕法のことを語られている。
でも二宮尊徳自身が相馬藩に来たことはないのである。教えを受けた弟子が二宮仕法を伝えたのである。

この辺で不思議なのは原発事故で田んぼが無用化して荒地になっていることなのだ。
そもそも堤の用は田んぼに水を供給するものとしてある。ただの水がたまっている沼とは違っている。その田んぼがないということは堤もただ水がたまっているだけだとなってしまう。そのことは前にも水が山から流れて田んぼに供給されて山の神が祭られていた。
山と平地は水を通じて結ばれていたのである。
そういうことが当たり前だから考えることもなかった。
でも田んぼが用がなくなり荒地になった時考えるようになった。


堤がある、二宮神社がある、深野(ふこうの)に出たら豪倉(郷倉)があり飢饉に備えていたとか歴史を認識する。歴史を認識するということは本からではない、そうして土地に根付いて実感として認識されているのだ。生活の中で自ずと歴史が身についていることなのだ。郷土史はだから本だけではしりえようがない、生活の中で身につくものとしてある。

堤が凍っているな、鴨が群れているな、二宮神社があるな、深野に出たら豪倉があり飢饉の時に米や食料を備えていたなとか理屈なしで実感することなのである。

だからもうその土地から離れたら実感としての歴史は身につかない、墓地のことを良く書いたけど墓地も土地に根付いた記憶として共有しているから土地から離れるとその歴史も断たれる。だから原発事故で故郷に人が住まなくなったらそうした歴史は失われて荒地化して記憶も失われるのである。
まず故郷が失われるなどなくなるなと考えたこともなかったろう。それか現実に起こっているのだから信じられないとなるのだ。
田んぼがない世界など考えられなかったのである。
田んぼは第二の自然だから自然が消失すると同じだったのである。
そういう世界が故郷なのかというまでなっている。


故郷に生きるということはそうした自然と第二の人間化された自然と生きることが基本にあったのである。庭の二本の樹でもそうである。何か庭には対のように二本の樹がある。それは津浪の跡にその二本の樹が残っていることで認識された。
それか夫婦のようにも見えるからである。人間化された樹だったのである。


この辺はまだ田んぼがなくても故郷に住める、住めなくなった人たちはどうなるのか?
もうそうした歴史も認識できなくなる、先祖の墓も新しい土地に移住させられて故郷での先祖の歴史は忘れられる。語る人もなくなってしまう。
ただ元の自然にもどり放射能被害だけを語るだけとなってしまうのだろうか?
この辺では五年後でも田んぼに水が流れて米を作れるようになった時、復興したと感覚になるのではないか?相馬市では田んぼがあるから前と何ら変わりないのである。

南相馬市の鹿島区の横峰溜池ー西高松ー深野(豪倉)ー長野ーイオンー駅前シャーター通りー六号線の新しいレストラン (この道筋で南相馬市を考える)


http://musubu2.sblo.jp/article/85605380.html

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/85697826
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック