2014年01月16日

忘れやすい歴史認識力が欠如している日本人 (四〇〇年前の相馬藩の津浪災害も復興のために尽くしたとか美談化している危険)

 

忘れやすい歴史認識力が欠如している日本人

(四〇〇年前の相馬藩の津浪災害も復興のために尽くしたとか美談化している危険)


オームの事件も二〇年過ぎたのか?二十年過ぎると忘れないにしろ何か興味なくなる。関心もなくなる。あれだけ騒がれたものでももう日本人の関心は薄れオウム事件を知らない20才の若者もすでに発言していた。戦争のこともその遺品が売られているとか忘却されてゆく、ただ一通の手紙が残っていて家門の誇りとか家には迷惑をかけないとか書いて死んでいった若者がいた。家門などというのも今は相当な旧家でないと出ない言葉になってるだろう。まだ家というのが大きな役割を果たしていた時代だったのだ。
オウムのことも戦争のことも何だったのか?日本人は過去を執拗に探求しない、あいまいにして忘れてゆくだけである。台風一過のようにからっと忘れてゆく、それが日本の風土と関係していたというのもわかる。

日本は災害国家であり次々に災害が起きる。でもその災害も次々に起こるから忘れてゆく、津波はあまりにも大きな災害だからまだまだ忘れない、それでも部外者は関心がうすれているだろう。地元だとまだまだ生々しく津波の跡が残っているから忘れない。

神戸の地震だってもう二〇年過ぎたとなるとこれも過去のものとなる。特にもう地震の災害の跡の建物も建て替えられたりして元のようになると余計にあれだけの災害でも思いだすものがなくなってしまう。二〇年の歳月はそれだけ一昔以上になる。十年一昔というけど日本では災害が多いから次々にそういう災害を追っていると前のことは忘れやすいのである。大島での災害も部外者はすでに関心がない、新しいものが災害も事件も次々に起こるからそれに追われて忘れてゆく。全国規模になると世界規模になるとと大きな災害でも事故でも事件でも忘れやすい、それはニュースの画面だけで一時だけ見て終わりでありまた次に新しい事件があり新しいことが起こり前のことは忘れてゆく。


日本人の国民性は明らかに忘れやすい、過去を水に流すとか過去を記憶しないで次々に新しいものを求める。伊勢神宮の遷宮も二〇年ごとであり新しい宮に建てかえる。
つまり二〇年が区切りでありその二〇年で過去は水に流して忘れてゆく。
そして新しい宮で神様を迎える。新年を迎えるとなる。
だから初日の出とか初という言葉が日本人は好きなのである。それは忌まわしい過去など忘れて新しいものを迎えて再出発するという感覚である。これは神道の感覚でもあるのだろう。だから日本人は過去から積み上げた歴史が作れないのである。
言葉でも英語のように時制がないし過去を意識されないのもその要因である。

ただそれだけではない、日本人はどんな過去でも水に流したいという感覚がある。

一方でヨーロッパでもその文化が石の建築から成り立っているから石は二〇〇〇年前でも残っているからローマ時代となると現代と全くかけ離れた世界ではなく現代とも密着して連続したものとして具体的に意識されている。いたるところにローマ時代の石の遺跡がヨーロッパに残っているからそうなる。二〇〇〇年前からでも歴史を過去から積み上げて認識することが具体的にも言葉でも様々な文献でも何でも過去から現代を認識されやすいのである。中国も歴史の国であり青史に名を残すとは歴史に名を残すことを生きる目的としていることでもわかる。

日本人は過去を執拗に探求しない、過去は水に流すものである。そして絶えず新しものこそいいものである。だから日本人は歴史認識にヨーロッパや中国よりも比べて欠けている。あれだけの戦争のことも何だったのか日本人は追求していない、過去は水に流す方がいいのだとかなりただ美化するようになる。

この辺で学者でも小説家でも相馬藩が四〇〇年前の慶長津波で七〇〇人溺死と記されていたがそれ意外のことは一切記されていない。それでも城を中村に移したのは津浪の復興のためだったとか小説でも美談のように書かれている。相馬藩の侍でもそうした津浪の復興事業にかかわったことなど一切記されていない、でもあたかもそれが事実のように美談のように書いている。だから知らない人はそんなことがあったのかとその架空の小説が歴史だと思う人も結構いるのだ。それは戦国時代でも維持維新でも小説化ドラマ化されると何か事実なのかわからなくなる。ドラマを事実だと現実に思っているいる人も多くなるのだ。なぜなら大衆はわかりやすいことを望むから水戸黄門のうよなドラマの方がわかりやすいからそういうもので歴史をみてしまう。


歴史が事実を基にしていることは間違いない、架空のことを事実としたら歴史に対して間違った認識を与えるから危険なものになる。相馬藩で慶長津浪で七〇〇人溺死と記されたことは事実である。ただそれ意外の事実は調べようがない、わからないのである。だから小説でもたいがい事実を基にしている。その事実が全くないのに現代の公共事業のように津浪の復興事業が行われたとか書いているし学者も小説家も書くのは何か納得できないのである。歴史小説でも事実を踏まえて探求したものを書くべきだろう。そこに小説の重みも生れてくる。

いづれにしろあれほど騒がれたオーム事件も二〇年たって自分自身も興味なくなった。
津浪とか原発事故とかの当事者になったりして余計に興味なくなったのである。

一身上のことでも大事件があったりすると人間は自分のことに追われて忘れてしまう。
今年だってそうである。離婚騒動にまきこまれ新しく出会った人間に関心をもち前につきあっていた人は忘れてゆく、結婚でも何十年で一緒にいても離婚したらまた忘れてゆく。人間は次々に新しく起きることに追われ過去は忘れてゆく運命にあるのだ。
年取ると段々新しく起こることについていけなくなる。これから同時代の人も次々に死んでゆく。
するとすでに同時代の人さえ忘れてゆく人が膨大になるのだ。
あの人死んだか、あの人も死んだか、あの人は何だったのか、もうどうでもいいやとかなり関心なくなるのである。ただ一時ニュースの画面に出て消えるだけなのである。

 
posted by 老鶯 at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係
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