2014年01月01日

正月の寿春-正月は日本の文化


正月の寿春-正月は日本の文化

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正月と刻まれている-北泉の延命地蔵神社




正月の寿春


円は満願、調和、円満
紫菖蒲は清楚な妻
チューリップの大きな蕾
未来へ開く瑞々しい若さ
葉牡丹は田舎的素朴質実
若松は初々しい命の緑
黄色の蘭は無垢なる幼児の色
正月に床の間に映えて
この家を言祝がむ


広き家に初日のさして一年の穏やかにあれ老いてくつろぐ



正月という気分は失ったけど正月は明らかに日本の文化を色濃く反映されていた。
それは農耕社会だからそうなった。餅花などを飾るのは豊作を願って農家の人が手作りで作っていた。そこに意味があった。自分で作るものと買うものではそもそもその差が大きいのである。自分で作ることにより愛情がわくし作る過程でいろいろなことを学ぶ。
だから労働は商品を売るという近代的なもの貨幣経済で本来の意義を全くゆがめられてしまったのである。

なんか正月飾りを餅花を一万で売っているとかいう人がいた。買うから高くなるんだよなと言っていた。もともと農家で自家生産しているときそうした伝統的なものには意味があったのである。ただ買うだけだったら意味がない、餅花を作ることで豊作の願いをその過程でこめられていたのである。
その作り方も祖父母とかに教えられるということで伝統が受け継がれ村の暮らしが受け継がれていた。


本当に家事をしてみるとわかるけどいかに買うかが問題になる。多種多様なものがありその売っているものがわからないのである。玉子焼きに入れる具まで売っているしあらゆるものが売っている。だから買うことが生活することになっているのだ。
そういうことは何か変だと思うけど忙しい時代には便利であり家事ができなくても一人で自分はしているし介護までできるのは買ってしているからである。
これを人手でまかなっていたら専用のお手伝いさんが必要になるだろう。
それは大金持ちでないとできない、結局今どきそうしたお手伝いさんという仕事は誰もしたくない。だから機械と買うことでまかなっているのだ。

ただ人間の生活はいつも同じではない、常に変わってゆくからその変わることをいちがいに否定できない、伝統も常に新しくされるて意味あるものとなる。

今回の正月のフラワーアレンジメントに感心したように新しいものが取り入れられると
別な様相を帯びて伝統は受け継がれるのである。
昔のままがすべていいとはいえないのである。
戒名なんかいつまでつづけているんだと思う、もうそんなことに意味がないことが一般的になっているからだ。なんのありがたみもないのである。
以前として同じ題目をなど唱えつづけているのもそうである。
でも以前としてつづいているのは伝統というのは簡単に変えられないものがあるからだろう。


正月は日本の文化である。なぜなら年賀とか正月の儀式などは韓国などにはなく年賀などは日本のまねたのである。韓国には明らかに古代から日本の文化も入っていたのである。前方後円墳があったことでもわかる。それだけ古代から深い交わりがあった証拠である。日本の文化というときそれも現代では何かわからなくなっている。この正月飾りは日本文化であり生け花がそうであり茶の湯の道もそうである。それらは一体としてあった。
もちろん大和言葉も日本の根底を成す文化そのものである。民族の言葉を失ったらそもそも文化は喪失する。

ただこうした日本文化の根底を作っていた農耕社会が失われた時、日本の文化も失われた。巨大な工業社会となり一割くらいしかGDPを示していない、そうなると工業社会となり工業優先の社会となるのだから農村的文化は必然的に失われる。
原発がこの辺で作られたのはそういう時代の変化があった。

南相馬市の金沢に江戸時代の碑が二つありそこに正月と刻まれていた。正月に建てたのであり正月が一番一年で大事であり農耕社会ではそうだったから二つも正月と刻まれていたのだ。金沢の北泉の延命地蔵神社は村の中心だったのである。そこにいつもお参りしていたのである。
特に正月は大事だから正月を祝うために建てられた。そして長生きしたいということで延命地蔵を祭ったのである。
今までは注目してなかったが津波であの辺の村がなくなってしまった。そして延命地蔵神社が残ったので注目したのである。そこには江戸時代の碑が地層のようにあり村の要だったのである。


 我が形見見つつしのはせ 荒珠 (あらたま) の年の緒長く我も 思 (しの) はむ(587) ... 笠女朗


この歌は物として残った形見である。それは歴史的にもそうして残ったものが無数にある。人は死んでも物は残る。だから残されたものに死んだ人の思いがこもっていて何か物が捨てられないのである。物は単なるものではない、何らか人間の心がついているのだ。
悪い念がものにはついている場合がある。するとその物をもっていると触れると悪い念にもふれることになるから怖い面がある。単なるものは物じゃないかというけどそうでもない、奇妙だけど自分の家に他人の茶箪笥が何カ月か置いてあった。それは夫が若い時苦労して買って妻に与えたものだった。それを長く使っていた。その妻は7年前くらいに死んだという、するとその死んだ妻もその茶箪笥と一緒にそこにあったような気になったのも不思議である。別にその女性のことは全く知らないけどそう感じたのである。
それは長く使っていたから余計にそうだったのである。

家というのもまたそうして長い年月人が住んでいるから単なる人が住む入れ物ではない、特に古い家はそうなる。家霊とか住み着いているともなる。

ともかく家は広い方がいい、気分も広くゆったりしてくる。最近家が大事なことがわかった。それは今までは六畳の狭い部屋に寝起きしていたが今は八畳の間でで寝ているし廊下も広いからゆったりするのである。老後は意外と家が大事である。くつろぐ家が大事になる。だから仮設に住んでいる人は嫌になっていると思う。なぜなら田舎では広い家に住んでいたからである。農家などは家と土地とか一体化していた。前田があり前畑があり生産と一体化していた。それが人間の原点の生活だった。

日本はそもそも土地も狭いし広い空間を確保できない、家も狭いから茶室が生れた。
家は相当に精神にも影響するだろう。家が狭いと思想的にもゆとりがなく偏狭なものになってゆくかもしれない、都会では窮屈な空間で汲々して暮らすほかないから嫌である。

自然を知るには田舎に住まない限りしりえないと思う。
花でも生け花でももともと自然を基にしたものである。菖蒲にしてもそれは湿地帯にもともと咲いていたものであり湿地帯に映えるのである。そこに花のエッセンスを解読する。生け花の基本は野の花にあったのだから田舎に住まない限り本当は花についてわからないということがあるのだ。高山植物は高山に咲いてこそ映えるものである。
ただ文化というのは野のままではない、そこに必ず人間的なものと変容して文化となっているのである。


とにかく今年は平穏であってほしいいうのが願いである。もう一身上のことでも回りでもいろいろなことで疲れてしまっているだろう。結局六年間はそうだった。もう生きることに必死になり追われているだけだった。これほどの激動があるとは思いもよらなかった。なぜなら自分の30年間は平穏無事だったからである。一回水害があったがそれもそれほど影響しなかったのである。まず津波で家を流された人の気持を考えるとその人たちの傷はなかなかえ癒えないだろう。これほど人間にとって家が大事だという時その家が一瞬にしてなくなった、家族も死んだとなるとその傷はなかなか癒えない、でも三年目になるからそろそろいつまでも嘆いてばかりいられないだろう。

 
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