2013年11月11日

鴨(冬の雨)ー(たくましい貧乏な苦労した女性の驚き)

 

鴨(冬の雨)(たくましい貧乏な苦労した女性の驚き)

雨降るも水くぐる鴨橋の下
同じ町住みて老いるや冬の雨
盆栽の仮設に手入れや冬となる


今日は冬の雨である。手伝いさんを探していてまた一騒動だった。もめごとに巻き込まれててしまった。その人は福祉に世話になっているという62,3だけど10歳以上ふけてみえる。顔がしわくちゃになっている。今は60代でも若い人は若い、そういう女性と直接接しているからずいぶん老けているなと見た。それもそれだけ苦労の連続で老けてしまったのだろう。障害児の息子とかかかえ貧乏で今も苦労している。
ただ高齢化社会で老人はみんなたんまり金をもっているというけど実際は4分一は貯金すらないというからその格差も大きいのである。多額の貯金をしているとか年金が高い人は少ない、一割くらいになるかもしれない、あとは貧乏老人になっている。

それもこれから高齢化社会の大問題になってくる。だから貧乏ゆえの老人の犯罪もふえてくる。ぎりぎりにおいつめられている老人が多いのである。例えば国民年金で生活することは現代では不可能である。その国民年金からすら介護保険とかに引かれる時代なのである。7万とかで生活できるのかとなる。
そうなると老人もおいつめられて犯罪に走る。自分かその被害者だった。

同じ小さな町に住んでいてもどういう人が住んでいるかわからない、たいがいこの辺で住宅に住んでいる人は貧困層である。住宅という時、一軒家で二室とかでありまた棟つつきだったり二階建ての形式もある。そういうのは小さな町でところどころある。それも50年とか建っていて老朽化して市では取り壊したいのである。
たたそういう所に住んでいる人のことは大きな家でそれなりに豊かに暮らしていれば考えない、その人がしきりに言うのは広い家はいいなというのもわかる。その人は狭い家にしか住んだことがないからそうなる。家というのまず住んでみないとわからないのである。家の居心地は住んでみないとわからない、自分も最近広い座敷の方に寝るようになって部屋が広いということが気持いいものだと実感した。


仮設に住んでいる人は田舎だから農家が多いからあういう狭い所に住むのは相当に窮屈で嫌になっていることがわかる。盆栽というのが日本の住空間や土地の狭さから生れた芸術であることが納得する。俳句だってそうである。短いものに自然を写しだす。それは日本人が江戸時代だって住空間は貧弱なのである。特に江戸なんか昔も長屋住まいであり仮設と同じである。そういう所に一生住んで死んでゆくのかも広い家に住んでみればあわれだっとなる。ただ今でも広い部屋に住むことは贅沢なのた。


その女性は老けている、足も悪い、でもかなり体が動くのには驚く、なんというか人にあんなに平気で頼み込むというのが自分には理解できない、なかなか人に頼むのが自分はいやである。そういうことを気にせずに人を頼ることに何か遠慮がないのである。
それだけ生きることで苦労すると人もあのようになるのかもしれない、例えば金持ちのおくさんなど人に頼まずにも生きていけるからだ。だから金持ちの人は冷たいという時人にあまり頼ることをする必要がないからだ。貧乏な人やいろいろ問題をかかえる人は人に頼むことが多いからあのように人にたのむことができる。それもただでは頼むというのではなく他の人でもいろいろそれなりに助けている。津浪の時手伝ってその人は75歳の男性だけど家族のようにつきあっている。何か生きてゆくガッツがあるのである。
あういう人はなんか苦しくても雑草でも食って生き延びるだろうと思った。
苦労もしないお嬢さんや奥さんだったらそうした困難にあったら生き延びられないだろう。

ただ話してみると好奇心も強いしいろいろなことに一家言もっているのも不思議である。学がないにしろそうした経験を積んでそうなったのと性格もある。がらがらしているのだが遠慮はせずに人を利用するとまでなる。また頼まれた方もそうしてやりたいようになる。そんな人も珍しいと思った。義理堅いとか人情があるとかそれも昔風だと思った。
まず団塊の世代は功利的な人がほとんどであり人情的なことや義理と恩する感じない世代なのである。だからすべてを金で割り切る世界になっているのだ。
ただ人間にもいろんなタイプがいる。女性でもそうだし男性でもそうである。
ただあんな女性がいたというのもめずらしいというか驚きでもあった。


ずっと自分が介護とかで苦労するようになった時、つくづく感じたことは近くでないと助けられない、その人も津浪の被害にあった人を助けていた。その人は小学校の近くでありあそこでも床上まで水があがったことの驚きである。流木などが流れてくることが津浪は怖いのである。あそこでもあんな恐怖を味わったのである。海からは三キロくらい離れているように思う。津浪は例え低い波でも怖いものだということである。例え床下なら水害ではたいしたことがないにしろ津浪は違う。いろんなものが流れてくるから怖いのである。その女性は近くだから行けた。娘がいてもあまり来なかったという、相馬市に住んでいるから来れないし他の人も親戚も助けてくれなかったといってその女性に助けられたかと感謝しているのだ。助け助けられる関係になっていたのである。
いのである。


そういう関係はつくづく本当に近くでないとできないのである。例えば原町が近いと思っても意外と車で来るにしても助け合うときできないのである。近いなら行き来することが容易だが遠いとできないのである。相馬市なら近いと思っても車で来るにしても遠いのである。ましてや東京みたく遠くなったら何か起きたかさえ理解できなくなるのだ。
だから遠くの親戚より近くの他人になってしまう。この諺は遠くの親戚というとき東京とかではない、意外と隣の村とかでもあるかもしれない、それでも遠いという意味だったのである。ともかく老後は近くがそれも隣とか極近くが大事になるのだ。一人でヘルパーなどが毎日きている家は隣の人か買い物を手伝ってくれたりしているからなんとか一人で暮らしていける。そういう近くに助ける人がいないと暮らしていけな


今日は冬の雨である。そして買い物に行くのに橋の下の鴨を毎日みている。鴨は冬の季語である。だから鴨の季節になるのか、すでに白鳥も飛来した。鴨はただ秋からでもいつも橋の下に群れているのた。だから一番親しい鳥なのである。そして今日雨がふっているのに水にくぐっているのを見た。その時、その女性に重ねあわせてみていた。水にくぐって餌を探しいるのか、雨の日でも餌を探さねばならない、なんか水は冷たいなとか思う。
暮らしの苦労を重ね合わせるのである。俳句はこうしてその生活などの背景を読み込むと深く鑑賞できるのである。

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