2013年10月18日

今日は十三夜の月が美しい (十三夜は日本だけの行事ーその月の写真)


今日は十三夜の月が美しい


(十三夜は日本だけの行事ーその月の写真)

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風やみて十三夜の月に芒かな

十三夜あわれ深まる老いの身に
知るべしや日本のあわれ十三夜
雲翳り写れる月や一三夜
落ち着くや津波の後の十三夜
十三夜木の器に茶を飲みぬ
後の月移りゆくかな夜もふけぬ

我が母の余命いくばく後の月

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近年の十五夜(旧暦8月15日)と満月、および十三夜(旧暦9月13日)の日付
      十五夜  満月     十三夜
2006年…10月6日≠10月7日……11月3日
2007年…9月25日≠9月27日……10月23日
2008年…9月14日≠9月15日……10月11日
2009年…10月3日≠10月4日……10月30日
2010年…9月22日≠9月23日……10月20日
2011年…9月12日=9月12日……10月9日
2012年…9月30日=9月30日……10月27日
2013年…9月19日=9月19日……10月17日


十五夜は元々 中国の風習でもありましたが
十三夜は日本固有の風習だそうです。

又 十五夜を観賞した後は 必ず十三夜も
行いました。 “片見月”とされ嫌われていました。

十五夜には芋を供え 芋名月と言われたりしますが
十三夜には 栗や豆などをそなえ
“栗名月” “豆名月”
とも言われています。




2013.10.18 06:02:02

 うえひろ : 関西も寒くなりました。夏から一気に冬って感じですね(泪)

「十三夜」  鈴木雅之さんの曲を思い出しました(懐)

 06:44:41 蒼海 : 半月だったけど明る

http://pub.ne.jp/Witch73/?entry_id=5080902


作詩 石松秋二  作曲 長津義司
 昭和16年


2 夢の昔よ 別れては   
   面影ばかり 遠い人   
   話すにも 何から話す 
   振袖を 抱いて泣きたい 
   十三夜

十三夜の歌は昭和一六年に作られたから古いものだった。十三夜の月見がまだどこの家でもしていた


http://ameblo.jp/lesson-raiy/entry-11639803591.html

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ここのプログの写真はいい。

こんな器があったのか、これほしいという人がいるだろうな
インターネットはキーワードから買い物することがある。
誰かの紹介で買い物することがふえてくるのだ。
品物の種類も無限になっている時代だからである。
これは無断で写真を出したけど宣伝にはなっている。
インターネットはこうして写真を出してもきづかないことがあるだろう。
気づかれたらとりのぞけはいいだけだともなる。
普通はしない方がいいだろう。
これは品物の紹介になっているから出してみた。
やはりこれも写真のとり方があるから著作権あるのだろう。
一皿だったらそれほどでもないかもしれない、一つの作品になるのだろう。

十三夜 樋口一葉


今宵は舊暦の十三夜、舊弊なれどお月見の眞似事に團子いし/\をこしらへてお月樣にお備へ申せし、これはお前も好物なれば少々なりとも亥之助に持たせて上やうと思ふたけれど、亥之助も何か極りを惡がつて其樣な物はお止よしなされと言ふし、十五夜にあげなんだから片月見に成つても惡るし、喰べさせたいと思ひながら思ふばかりで上る事が出來なんだに、今夜來て呉れるとは夢の樣な、ほんに心が屆いたのであらう、自宅うちで甘い物はいくらも喰べやうけれど親のこしらいたは又別物、奧樣氣を取すてゝ今夜は昔しのお關になつて、外見みえを構はず豆なり栗なり氣に入つたを喰べて見せてお呉れ、


十三夜は江戸時代から明治とか月見としてつづけられていた。今になると十三夜はなじみがない、ただ今日は満月が美しく調べたら旧暦の一カ月遅れの十三夜なのだろう。
他の人もプログで十三夜と報告していて同じ月を見ている。
こういうことはプログだと時間軸で同一体験できるから今までにないことである。


月待行事とは、十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜、「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、経などを唱えて月を拝み、悪霊を追い払うという宗教行事である。江戸時代の文化・文政のころ全国的に流行した。特に普及したのが二十三夜に集まる二十三夜行事で、二十三夜講に集まった人々の建てた二十三夜塔は全国の路傍などに広くみられる


二十三夜の歌
http://www.youtube.com/watch?v=zOuwCFjfqAo


月に願いはかなえると昔の人は祈りましたと・・・・・

二三夜塔はどこにでもある。昔の人は月に願うというとき今は科学の時代ですたれたが月も以前として神秘なのである。月の引力が作用して津波が起きたとか言う人もいる。
天体なんらか関係あって巨大地震となり津浪か起きた。地球も天体の一部だからそういうこともありうる。こうした昔から伝えられるものは何か意味があった。

結局この世のことは自然でも人事でもわからないことが多すぎるのだ。
津神社が全く忘れられていたように昔から伝わるものを忘れることは明らかに何か大事なものを失っているのでありそれが恐ろしい危険にも通じていたのである。

インターネットから引用して一三夜のキーワードで編集した。
インターネットはこうして自分なりに編集して読むものなのである。
これはテレビのように一方的に見るのとは違う。
編集自体が創造的なものなのである。

ただこういうことは相当時間がかかるのが問題だから忙しい人はどうしてもテレビを見てしまう。ニュースとか必ず見なければならないからそれたけでも時間がとられる。
今は福島民報をとるのをやめた。新聞をみなくてもニュースはテレビでも他でも見れる。いろいろなメデアに接することは時間がないから不可能になっている。
だから取捨選択して自分なり編集しているのである。


ともかく十五夜は中国にもあるが十三夜は日本のみであり日本の文化であり月に対する感性を育んだとなる。ただ九月が十三夜で後の月かと思った。

月という時、自分は蟹座であり月と縁が深いのかもしれない、満月の時に蟹は出産するというのも不思議である。人間であれ自然界であれ人間は知らないことが山ほどあるのだ。今回の津浪でも人間の歴史でもそうだったし自然界でも想定外とか常に起きてるのだ。
一個の人間がしりうるものは極めて限られている。
だから日本の伝統的なものすら知らないのである。
英語の勉強に夢中になれば日本の古典はなおざりにされて知識が深められない、それよりそもそも何も知らないという人が多いのである。
ただ月自体は自然は月は変わらず美しく輝いているから昔をふりかえることができるのだ。

この十三夜の満月を見て感じたのはもう当分はとれくいになるかもしれないが地震はあるにしてもあんな津波はもう何百年は来ない気がする。何か今日の月を見て落ち着いた平和な気分に満たされたからだ。

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