2013年09月13日

秋の川べり(秋もそろそろ深まってゆく...)


秋の川べり(秋もそろそろ深まってゆく...)

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大東建宅はこの様式に統一されている
外面は違っても形はみな同じなのである。
統一されているから型にはまっているから
全国で組み立てるように建てられる

 


里の川波紋静かに秋の鴨
押し車座りし老婦月見草
夕月の雲に陰りて月見草
誰か来る今年も駅に秋薔薇
秋の灯の新居にともり誰か住む

秋なれや一日一日のものの声

この辺の変化は激しかった。だから鴨が数羽いて波紋のみが静かに広がっているのは心がなごむ。自然の生き物は見事に全体に環境に調和していることである。鴨というのはまさに水と一体になっているのだ。鳥は空と一体になっている。最近津波の跡の草原によくノスリをみかける。この鳥の飛ぶ姿が格好いいのである。鳶とは飛び方が違う、高くは飛ばず比較的低空飛行である。やはり餌になるネズミを探しているのだろう。だからノスリとは野をするように飛ぶことからその名がついた。鳥はみんな飛び方が違っている。
尾長などは何か平行に飛んでいる。あれも飛び方が気持ちいい。もちろん燕もそうである。

この辺で河原の土手の道で押し車に座っている老婦がいるとすると仮設に住んでいる小高の人だと思う。前はなんなふうにしているのをみかけないからだ。復興住宅も自分の墓の前に建設中だしレンガ風の大東建宅のアパートにもすでに人が入り満室である。
あういう新築の家はやはりいいと感じる。外見がいいし落ち着くのである。
ただ中はどうなっているかわからない。


一軒昔風の大きな家が建って気になっていたがあれは右田の人が建てたという、あれは土地込みでいくらになるのか?軽く5千万はかかっているかもしれない、それだけの外見の家である。あとはみんな建て売りの組立式の家である。だから2千万くらいだと思う。
で土地込みになると3千万とかになるだろう。その土地がなくて建てられない、あれは外部から来た人が建てたのかと思った。右田だと船主なのかもしれない、船主は原発補償が大きいから金をもっている。原発前もそうであり原発後もそうである。

相馬総合病院で特別室に入っていた請戸の人も船主かもしれない、家を建てるといっていたからだ。一億はもっているだろう。漁業関係者が原発の恩恵を一番受けていたのである。あれだけ津波で被害にあっても補償が大きいからそれほど痛手ともいえないかもしれない、ただ魚がとりたいというとき今やいくら補償されても仕事がないということが
生きがいもないとなっているのだ。
漁師だからやはり魚をとってみたい、魚をとることの喜びをもう一度味わいたいとなる。
それはもはや金の問題ではないのだろう。農家の人が米の実りを手にするときの喜びも同じだろう。現代はそうして自然の恵みでも交換するために商品化するために売るということが目的になるが本来は収穫そのものを魚がとれることを喜んでいたのだろう。


今年も二両の電車が行き来しているが相馬市−原町間であり淋しい、秋の薔薇の色はなんともいえない色をしている。夏の薔薇とは明らかに違うのだ。ものさびたピンクになっている。中年婦人の色なのかもしれない、中年婦人の魅力は母の魅力が備わることだろう。
何か娘時代とは違いあたたかみがでてくる。子供を育てるとそうした魅力がそなわる。
女性にもその年なりの魅力が備われば老いることも自然になるかもしれない、でも女性の場合はやはり若さの価値が大きすぎる。男性だったら技を磨くとか一芸に秀でるとか年月を重ねれば才能なくてもそうなるのだ。自分は20代頃から俳句を作っていたけど全く
いいのができない、俳句は老年向きの面があったのかもしれない、だから何の才能もないと見られていた。短歌はこれもただ文字を五七五とならべただけだったがわずかに認められるものがあった。アララギとかの結社に入っていたからだ。


俳句とか短歌はそもそも才能など必要ないかもしれない、長年やっていると上達するもきのようにみえる。感性も時間の中で作られるというとき、季語を覚えるだけでもそれだけの時間がかかるからそうなるのだ。花の名前を覚えるのでも時間がかかる。
ただ最近始めた生け花、フラワーアレジメントでも誰かに手ほどきししてもらうとか
もっと早くそういう世界があることを気づくべきだった。
結局人間は才能ではない、常に潜在している能力が開発されないだけなのだ。
それは仕事に追われるとかいろんな障害でそうなるのだ。

自分のようにこれだけ恵まれても才能を開発されなかったのだから勤める人などはなかなか自分の才能を開発できないのである。旅だってちょっと旅するにも最低一週間とかかる。旅は相当な労力である。一日泊まって保養するのではない、旅は本当は相当に難儀なものである。自分は旅したけどこれは遊びではない、集中力も必要であり旅のときなど
恋愛なとできないし享楽もできない、外国で買春などあるが本当に旅する人は歴史的遺産でも見ることに集中しなければならないからそんな暇がないのである。
旅がみんな成功していないのは団体旅行だと気が散ることなのである。気が散ると自然でも歴史的遺産でも印象に残らなくなるのだ。お前は旅ばかりして遊んでいただけじゃないかと外から思うが実際旅というのはそういうふうな遊びではない、一つの仕事だったと思う。金にはならないが仕事だったのである。だから旅した経験を今書いていてそれも実りとして評価されるべきなのである。そんなもの無駄だとか言うことはできない、つまり勤め人で金をもらったとしてもそれが人生のすべての評価とはならないのだ。
人生の価値の評価は金では図れないものもあるからだ。


最近は本当に行動範囲が狭い、小さな町を行ったり来たりしているだけである。ただ確かに秋が徐々に深まってゆくみたいだ。
一日一日そうかもしれない、今年は落ち着いた秋になってきているかもしれない、そろそろ津波から二年半だから正常化してもいいだろう。いつまでも被災者面しているのもよくないだろう。ただ補償金のためにもう働く意欲もなくしているのも多いかもしれない、
でもそうした同情される期間はすぎて厳しい現実に直面してゆくほかないかもしれない、
それでも若い生活保護者と関係してわかったことは一旦楽を知ると楽な方に人間はながされやすい、他者いくら言っても無駄である。

その人は普通でないから全然生活保護を恥じていないし威張っていたのである。普通の人ではないにしろほとんど普通の社会人の常識もなにもない人だった。ただそうした生活保護から脱することは容易ではない、一生生活保護になっているようにも思う。なぜ威張っているかというと「お前になは何にも言われたくない、お前はなんなんだ・・・」とか威張れるのは結局「俺様は生活保護でお前なんかに世話にならなくても金をもらわなくてもやっていけるんだよ・・・」生活保護者はこういう感覚になっているのだ。それも一理あるが親戚の人が援助するにもいろいろ言われるから拒否する。生活保護の方がいいとなる。もしそうでないならそんなに威張っていられないだろう。必死になって助けてくれというし働くからとなる。でもそうはならないのはまさに生活保護であり食うにも困らないしそれなりの援助を受けているから口うるさい親戚のことなど拒絶できるのである。こうしてその人は一生生活保護から脱せられないしそもそも脱する気持ちがないのだからそうなってしまう。


何か借金でも何でも問題ある人は他人の諭すことや言うことなど聞かないのである。
だから何か言うことも無駄だとなる。ただもし窮迫していたらそんな余裕がなくなる。
なんとか助けてくれとなるからだ。だからあまりにも補償されることも問題なのである。
原発避難者が生活保護ともにているが違うことは以前として東電や国の被害者だ主張できることなのである。

 
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