2013年07月01日

人の住まない警戒区域が縄文時代にもどる (ネズミやイノシシがふえ荒らされてもどれない状態)

 

人の住まない警戒区域が縄文時代にもどる

(ネズミやイノシシがふえ荒らされてもどれない状態)


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老夫婦が釣りにきていた


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海水が入り込んだところ
フグが何十匹か死んでいた,これは生きていたフグ


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破壊された防潮堤


ことに東日本は、豊かな木の実や山芋などのほかに、サケ、マスなどの川魚にも恵まれていた。カツオ、マダイ、スズキといった海の幸。イノシシ、シカ、マガモ、キジといった山の幸。それに豊かな貝類。このように比較的、食料に恵まれていたので、日本列島の住人は、すぐには大規模な農耕を開始する必要がなかった。

 大型獣にかわって、中型獣(熊、鹿、猪)、小型獣(狸、狐、兎)、さらなる小型獣(ムササビ、リス、ネズミ)、鳥類(キジ、カモ、アホウドリ)などが登場し、弓矢を中心とした縄文型狩猟がおこなわれた。

草原は安定しない環境だ。高校の理科の教科書を引っ張ってくるまでもなく、草原はやがて陽樹の林となり、陰樹の森となる。つまり、ずっと草原である場所というのは長いスパンで見たら存在しない、はずだ。人間の力なしでは。つまり、人間が火入れをするとか、草刈りをするとか、放牧をするとかして、初めて草原は草原としてそこに存続できる。
http://d.hatena.ne.jp/ast15/20120511/p1


この辺が草原化したり湿地化したりした驚きを書いた。湿地化して沼ができて水葵が咲きだしたことも写真と共に紹介した。海岸沿いは津浪で湿地帯化して沼が生まれ大きなトンボが飛んでいることにも驚いた。トンボをドラゴンフライというけど巨大な太古の恐竜時代にもどったような感覚にさえなった。海にススギフタバリュウでもよみがえるような錯覚さえ起きた。小高の井田川の開拓地が縄文の海にもどったというのもそうだった。八沢浦もあんなに奥まで水が入り込んで浦になったことは信じられない光景だった。まさに縄文時代がもどったのである。原発事故で田畑が放置されそこが草原化したことも驚きでありそのことを書いてきた。


でもNHKの東北クロ-ズアップで浪江などの人の住まなくなった地帯がネズミやらイノシシやらなどが増えて家が荒らされて帰れるような状態ではないという。もう帰りたいと思ったが帰ることをあきらめたと婦人は言っていた。何か不思議なのは人間はもう縄文時代のことをリアルに知り得ない、それは田舎に住んでいてもそうである。知識で知るのと実感として知るのとは余りにも違うのである。
だから歴史でも過去をたどるとき必ず現代の便利な生活から想像するから過ちがうまれる。

縄文時代はとても想像できない時代である。でも津浪や原発事故で縄文時代にこの辺はタイムスリップしたのである。

まず草原というのは何か自分は想像できなかった。湿地帯は北海道などで見ていたからある程度想像できた。日本では草原は見れない、北海道は牧草地であり草原とも違う。この辺が草原化したというとき草原は一時期であり湿地帯に生える柳などが生え森になってゆくという。柳は乾燥地帯ではなく湿地帯向きだった。ヨ-ロッパでも柳細工が発達しているから湿地帯が多かった。どこも原初の状態は湿地帯が多い。湿地帯が多いということはそこは虫や蛇や細菌が繁殖して住みにくい場所だから人類が最初に住んだのは高台だったということは共通している。最初に住んだ場所は高台であり低地ではない、だから海岸に接して低地に集落ができたのはかなり後の時代である。例え海に近いにしろ高台に住んでいたのである。磯部のような海岸の砂州のような地域には住まない、そういう場所は今回の津浪で壊滅した。もちろん縄文時代は誰も住まない場所だった。


そして不思議なのは警戒区域となり人の住まない地域は草原から森になってゆき、森に生きる動物が増えてくるという。日本では草原は自然の状態ではないという、森が自然の状態である。草原という感覚はない、草地というとき草原とも違う、一部草が生えている感覚である。野はもともと草原ではない、傾斜地であったり森もふくまれている。日本にはモンゴルのような草原はない、平坦な地域は湿地帯になる。モンゴルの起源が祖先が狼をト-テムとするとき森の民から狩猟の民から牧畜の民になった。人間の起源が森に住み草原で立って歩くようになったという説はそこからでてきている。

日本でも縄文人は森の民なのである。ただ浪江などで草原化したところにイノシシや雉が増えた。

縄文時代は鹿も多かった。これらは食糧として十分に豊かなものである。イノシシにしても鹿にしても雉だって大きいから食いごたいがあり豊かな食糧だった。それに海に接しいてると貝類もとれたし魚もとれた。縄文時代は津浪でわかったように奥まで水が入り込んでいたから魚も入ってきたのである。それで魚が海岸に大量に打ち上げられてそれを食べたということもあった。労せずして海の幸を得たこともあった。今回の津浪で海岸の防潮堤が壊されてフグが数十匹打ち上げられいた。一匹は生きていた。フグだから毒にあたって死んだ人もいたかもしれない、このように魚は縄文時代は豊富だから労せずしてとれたこともあったろう。もちろん栗とかの山の幸もあり縄文時代はそれなりに豊かな食生活があったのだ。川魚もあったから余計にそうである。要するに常に過去は今から考えるから間違ってイメ-ジしているのだ。縄文時代は山の幸海の幸に今よりずっと恵まれていた。それもとれたてのを食べるから新鮮でありうまいし体にも良かったのである。


ともかく草原化してイノシシが増えたとかキジが増えたというとき何かそれが常にこの辺では想像ではない、リアルな現実として感じるから違っているのだ。まるで猿の惑星をみている感じにすらなる。イノシシを駆逐するために檻を作った人が人間が入るようだと言ったときまさにそうだった。
人間は消え駆逐され猿が支配者になっていた。ニュ-ヨ-クは核戦争で滅びてしまいその廃墟が野生化して猿の惑星になっていたのだ。


いづれにしろ浪江は帰れないというとき生態系が変わってしまったということも深刻だった。それは隣の小高にも影響している。ネズミとか増えれば浪江から小高に侵入する。それをさえぎることはできない、だから小高に帰るのが嫌だというのもわかる。隣があんなになっていればそうなる。
ただ六号線が通行証もらえるとイワキまで行けるというのは復興を進めるのに大きな力になる。
六号線は今ではそれだけ大きな役割をになっていたのである。

posted by 老鶯 at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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