北海道(枝幸町)−廃船の詩
北海道の自転車旅行のことを思い出した。そこは枝幸町(えさしちょう)であった。ここに二日ほど泊まった。ここから宗谷岬を回り稚内に到着した。この旅で印象に残ったのは6月でも寒かったのだ。5度くらいだったから驚きである。それで思い出して一句作った。
夏寒し廃船あわれ烏かな
夏寒しだとこれは冷夏のことだが北海道では夏でも寒いことが普通にあるから冷夏のことではないのだ。北海道では廃船をよくみかけるし廃船の風景がにあっている。今や旅は思い出す旅である。旅は旅ゆく前の計画する旅、旅を実際にしているとき、最後に思い出す旅がある。この思い出す旅が意外と大事なのだ。芭蕉はあとから思い出して奥の細道を推敲して構成した。旅しているときは夢中で見逃すことが多いのである。枝幸町は紋別市とは違い小さな町だった。その町中の海岸に廃船があったのだ。それが印象に残ったのである。その廃船に何羽か烏が泊まっていたのである。
枝幸で千畳岩による。枝幸の街はどこかうらさびしい感じがした。国道沿いには廃屋や廃船などが転々と ちらばって、砂浜には海鳥が群れている。神威岬は雲がかかり神秘的だった
インタ−ネットで検索すると廃船ではかなりでている。北海道は廃船が多くそれが絵になっているのだ。だから詩を書いている人もいた。廃船は何か認知症の人ににていた。
廃船と認知症
廃船が北海道の果
小さな町なかに無造作にあった
廃船は何を語るのか
廃船はしきりに語る
それは浪の荒い嵐の日のこと
波に廃船はもまれ沈む寸前
船は悲鳴をあげて波にもまれる
その日のことは忘れられない
そのように認知症の人も
忘れられない日を語り続ける
それは戦争の悲惨な経験
何度も何度も語りつづける
しかしその船は用なきもの
町中にその屍を晒す
烏が何羽か泊まって鳴いている
それが町の風景ともなっている
そこは墓場なのだろうか
ただ過去だけ現実である
弔いなのだろうか、烏だけが群れている
廃船のマストにけふも浜がらす
鳴いて日くれる張碓の浜
小樽市新光町465 朝里不動尊前 篠原三郎
加島祥造の「港町の風俗残映」
http://www.haizara.net/~kirita/unite/sake70.html
霧の中の廃船−写真と詩
http://www.comfart.jp/site/a_ship/a_ship05.html
廃船をテ−マにした写真館とか廃船に関しては相当集められる。こういう読み方がインタ−ネットにはあっている。このつづきは各自調べれば一冊の本にもなってしまうだろう。