2013年04月22日

相馬市の歯医者に行く (駅前の花屋でまた花を買う-店屋の役割が見直される)


相馬市の歯医者に行く

(駅前の花屋でまた花を買う-店屋の役割が見直される)

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昨日の雪残り清しき残る花風にしきりに吹かれなお咲く
駅前の花屋に二鉢花を買う春としなればまた来たるかな

田母神の社のここに残りしも田はなく桜咲きにけるかな

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今日は相馬市の歯医者に行った。三本さし歯がとれた。これも結構直すのに時間がかかるから困った。この前歯は自転車で転んだときつけたものだった。その時かなり危険な状態だった。激しく頭をうちつけた。へたすると死ぬということもあったかもしれない、自転車も結構危険な場合があった。
今でも自転車でも道を横切るとき車が突然走ってきて危ない目に何度もあっている。車側からみると自転車は突然飛び出したりするから嫌がられているのだ。ただ自転車に乗る人は車のことをそんなふうにみていない。結局この世の中、看護師と患者のことでも書いたけど立場が変われば見方が変わってしまう。そして自転車乗る人は車乗る人のことを気づかうということがない、自分車に乗れないから余計に車のことがわからないのである。常に世の中は相手の立場に立って考えることがむずかしいのである。看護師は患者がどうのこうのとなり患者は看護師がどうのこのうのと文句になる。
そこで互いに相手を知るということが大事になる。でも看護師は病気になったこともない、医者でも病気をみていても自分が病気にならない限り病人のことがわからないということがある。
ともかく車に乗って自転車にのれは両方のことがわかる。一方だけ経験していると車を運転する人のことがわからないのである。そもそも車と自転車が交差するから危険なのであり相いれないものが社会に併存していることが問題なのかもしれない、自転車が走れる専用道路があれば交差する必要がないからだ。


相馬市の駅から近い斉藤歯医者は夫婦でやっていてインフラントなどやっていたから夫婦でやっていたときは随分混んでいた。一番混む歯医者だったかもしれない、最先端の治療をしていたのかもしれない、でも歯医者はやはりその人の腕なのだろうか?母が通って入れ歯はあわなかった。そして原町の入れ歯を作った人は腕がよかったとしきりほめていた。その歯医者はやはり腕がいいということで有名だった。田舎でも腕がいい歯医者であれ医者であれそういう人がいれば得である。田舎はまず医者に関しては相当不利である。選ぶこともできないし優秀な医者は少ない、まず医者がいるだけでいいとかいう状態だった。今や原発事故で看護師などが流出しているのだから看護師もいればいいとなる。その質は問えない状態なのである。だから医療に関しては田舎は損だし原発事故地域は特に損である。


そして驚いたことはあそこは夫婦でやっていて理想的だなと思っていた。夫婦で医者をしていればまず最高の組み合わせだと思ってしまう。収入もそうだし夫婦でやっているのだから仕事にも理解があるし理想的だと思っていた。前にも夫がみかけないのでどうしたのだろうとは思っていた。
その夫が死んでいたのである。ええ、若くして死んだのかと驚いた。人間つくづくなんでもうまくいかないものである。理想的カップルであり社会的にも最高の組み合わせだと思っていたから驚きだった。客は減らないというがかなり一人では苦しいと思う。二人三脚というけど二人だったら倍の力がでていた。人間はすべてがうまくいくことがない、理想的でうらやましいなと思っていたらそれが突然の不幸で肝心の夫が欠けてしまったのだからこれは痛い。人間は本当に理想的な幸福なことなどないのだ。例え幸福な状態がつづいても必ず不幸に見舞われる。そういう運命に誰しもあるのだ。
自分も何不自由なく三十年暮らしていた。朝起きれば食事は用意されていた。それが今はすべで自分と家族の用意をしなければならない、旅に行けるのも一日もできない、これもまた30年の幸福の代償だったのだろうか?新幹線で最近出たはやぶさで青森まで行って弘前の桜を見るかなと思った。
すると仙台から一時間半で青森に着くというのには驚いた。確かに盛岡まで50分だから青森は一時間半でつく。そんなに早いのかと驚いた。これなら日帰りで行けると思った。ここ六年間旅していないからその変化にも驚いた。一回乗るだけでも楽しいだろうと思った。


石神の紙漉きをしていたという農家に嫁いだ女性が敷居が高いといっていた。敷居が高いというときあまり今は使わない、敷居自体ない家がふえているし敷居が高いというのは段差のある入り口が高くなっているのかと思った。その女性が言いたかったのは敷居が高いというとき農家であり古い家であり入りにくいということだと思った。建築の構造上入りにくいのかと思った。敷居が高いという表現自体今は使わなくなっている。格式があるというのならわかる。古風だというのもわかる。何かそういう意味をこめて敷居が高いと表現したのかもしれない、古風な農家だとするとそうして嫁が入りにくい、古風な家に嫁いだ苦労を言ったのうもしれない、ただ今どき農家でも昔とはあまりにも違っている。それでもなにか敷居が高いという入りにくさ、その家に暮らす不自由なものを感じたのかもしれない。


現在、敷居を意識するのは大抵、寺社仏閣の大きな
敷居なのではないでしょうかね。「踏まないように」でしょうが・・
悲しいかな、それも意識のない人も多いし・・・


農家のことは女性からみてどうなるのかとかもわかりにくいのだ。農家は農家に暮らしてみないとわからない。実感としてわからないと本当に理解できないのである。敷居が高いと格式があるとか古風があるとか家風があるとなるとそれは古い家であり古い家だからこその良さがありまた暮らしにくさもあった。ただ現代は生活が農家でも一様化しているから何かそうした家風がある家すら喪失しているかもしれない、まず家風があるとなると何代もつづかないとできないだろう。そういうものは外から見ていてもわからない、女性でも直接話しを聞けばそういうものかと理解が深まることは確かである。


相馬市の駅前の花屋で花を買うことはそれはただ花を買うだけじゃないかと思う。でも違っていた。まず駅前という場所がありその場所に活気を与えている。花を外に飾るだけで通りに活気を与えている。通りを花で飾っているのだ。もしあの花屋がないと駅前通りに華やぎがなくなる。店屋とはそもそも見せ屋だったのである。ショ-ウィンドウとしての役目があった。見せるものまずあり店屋になっていたのだ。それが衰退したのは車で買い物するようになったからである。駅前通りが衰退したのもそのためである。でもまずス-パ-で買い物するのと駅前の個人商店で買い物するの感覚的に相当違っている。ス-パ-では誰が買い物に来るか覚えていない、自分はそこで確かに買い物したがそこでは何回か買い物したらその人を覚えているのだ。今はコンビニでも買い物している人を覚えていない,毎日行っても覚えていないのだ。会話もしないでモノだけを買うのが今の買い物である。

モノが安いから買うということであり買い物を楽しというとき通りを歩いて見せているもの店屋を楽しむということがあったのだ。買い物ののモノが主役ではなくこれからはそうした通りを楽しむとか会話を楽しむとか地域を知るとかそういう役目を店屋がになうかもしれない、そういうところにこれからの商店街の役目があるかもしれない、それは高齢化社会で変わるということもある。高齢化社会は人と人とのつながりを求めたりモノを買うということ安く買うというだけではない、何か別な人間的サ-ビスを求める時代なのである。モノがあふれモノを安く買えばいいとかいう時代は終わり別な時代の価値観に変化しつつあるかもしれない、モノは過剰気味でありモノ意外のものを求める。
昔の市がたつでもそこでは男女の出会いの場だったり別な働きがあったのである。今回もその花屋で斉藤歯医者の夫が死んだということを知って驚いたのである。あそこには結構通ってたから驚いたのである。そいうニュ-スの伝達の場所としても店屋の機能があった。

ともかく人間社会は常に変化である。人も変わるし環境も変わる。常に同じあった試しがないのだ。朝は山に雪が残っていて清しい、残る花は今日は風が強く吹いているけどなお咲いていた。
まもなく散ってしまうだろう。


田母神というのはあそこはもともと田だったのである。コメリができて田はなくなり社だけが残っている。そこに桜がやはり咲いた。やがてもし社もなくなると単にそこが地名化するかもかもしれない、あそこの田は誰かの家の所有であったが田母神というのは何かの謂われを伝えていたのである。


「田母神」の名前は福島県に縁のある名前です。福島県郡山市田村町にある山村地帯に田母神地区があり、同地は坂上田村麻呂の母の出身地といわれています。また、福島県内には同じ地名が他にいくつかあります。意味は、「田を守護する神」から来た地名で、田村麻呂の子孫が散らばってその神を祭ったことに由来するといわれています。
http://www.tagosaku.co.jp/company/yurai.html


これはまちがいなく三春系統の神であり三春からここに移ってきた人によってもたらされたのだ。
三春からもたらされたというのが珍しいのである。相馬藩では三春と縁戚関係をもったりしているから三春とも関係あったのである。



南相馬市相馬市で三人医者が死んでいる不安


それにしても南相馬市で医者が一人、動物病院の院長が一人死んだ。相馬市で歯医者が一人死んだ。

 2013年3月7日

急性心不全で死去した南相馬市の動物病院長、後継者不在でネコ5匹の里親募集(3/6 福島民報)

 震災・原発事故後に1人で診療を続けてきた南相馬市原町区の高橋動物病院長の高橋敬一さん(54)が2月10日に急性心不全で亡くなり、捨てられたり市民から持ち込まれ育ててきたネコ5匹の里親を募集している。


先に原町中央産婦人科院長(72才)も癌で死んでいる。これは年といえば年である。歯医者の人はおそらく50代になっていたのか?若い死だったのである。三人も死ぬということが何か不安にもなる。
意外と50代でも60代でも毎日死亡欄を見ていれば死んでいるのだ。
ただ普通50代で死ぬということは今では余程何かあったのかと普通は思う。その原因は何だったのか?それは何か常に自分の死への不安になっているのだ。

この記事へのコメント
毎日楽しみに拝見してます。 歴史のことから原発問題まで幅広い見識感服いたします。
Posted by kinzaemon at 2013年04月23日 05:46
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