2013年04月19日

街内の花は散った(次は山の桜をたずねる)


街内の花は散った(次は山の桜をたずねる)


遅桜や境の石に山の村


短かきや名残り惜しむその間にも花は吹き散る風の荒しに

街に咲く花は散りにき今年また山になお咲く花をたずねむ

我が口は閉ざされけるやその人の戯れ言聞かじただに黙しぬ

浜通りでは海を意識して山がある。海から陽が昇り山に沈む。それが中通りとか会津とか他でも山から陽が昇り沈む感覚がわかりにくいのだ。でも日本では盆地が多いから山から日が昇る所が多い。
一方日本海は必ず山から陽が昇り海に沈む。この感覚もわかりにくい。日本は狭いけど海に囲まれているから変化がある。大陸だと一様になってしまう。だから日本ではこうした地形によって複雑な情緒がつくりだされてきた。街の花は散っても山側の桜は山桜は橲原(じさばら)渓谷とか大原とか石神でも山側であり山の情緒のなかで住んでいる。だから海側に住んでいたものと山側に住んでいたものの感覚は違っていた。

橲原村には立目石があるりあれは小池村との境の石だったのだろうか?

橲原村はいかにも山の村にふさわしい村である。ただ放射能とかで生業がなくなったとき何か村という感じがなくなる。村というのは生業があって村になりうる。せめて水田でも畑でもあればそれなりに村に暮らしていると感じる。今は会社勤めでも回りに田畑があればそれなりに生活があると感じる。それかなくなったら村といえるのかとなる。補償金で暮らせるとしても村として見れなくなる。

つくづく山側には石神で紙漉きをしていたというとき山側は水が豊できれいだからできた。紙漉きは全国でどこでも行われていた。山上に紙漉き沢とあるけどこれも全国にあるだろう。そこに山の暮らしがあったのである。そういう山の暮らしがあったら山がいきているし山に生活する人も生きている、活かされているとなる。それがなくなったら山に住んでいても暮らしがないのだから何なのだろうとなってしまう。

桜はもう散ってしまった。今日は風が荒くさらに散った。桜の散るのは早い、名残を惜しむまもなく散ってしまう。ところが現代の問題は名残を惜しむ間が延々とつづく、人間は名残を惜しまれて死ぬならいい、延々と生き続けるから惜しまれて死ぬということがなくなったのである。人間はあの人は惜しい人だったとか言われて死ぬのがいいがそうではない、もう生きる屍となっても生き続けている。それは活かされてとはいえない。

胃ろうですでに4年とか生きている人がいる。胃ろうの技術はさらに長生きさせるものなのである。身内で胃ろうの手術をするときまだ生かしておきますかとか露骨に言われた。医者も忙しいから老人には死んでもらいたいとその人は露骨に本心を言ったのである。それだけ負担が大きすぎるからだ。この辺ではもうこんな状態ではそういう老人の延命の負担はあまりにも大きすぎるとなる。60くらいで死んでいたらみんな惜しまれて死んでいったのが昔だった。

病気になったら直せないから死んでいた。今は惜しまれて死ねないということがある。90才でも買い物しているし寝たきりでなかなか死なない、人間はうまく死ねなくなったのである。その分それをみる家族とか社会の負担が大きくなりすぎたのである。自分もこうして介護が長くなると疲れてくるのである。自分だけではない介護している人は本当に全国で本当に多いからそうなる。


自分は沈黙の行者なのだろう。それは若いときからそうだった。人とつきあえないからそうなった。でもこの沈黙することは口をつつしむことだから精神の基本的な修養だったのである。禅の修行が沈黙することでもわかる。人間は口が軽すぎるのである。嘘も平気で言うし実行できないことも言うし口が軽すぎるのだ。武士の二言なしとかはやはり武士は精神修養に励んでいたのである。
人間は沈黙していれば石とか山とかに通じることができる。自然は絶えず沈黙しているから沈黙しないと自然に通じあわないということである。

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