2013年04月18日

北右田の人に津浪の被害と野馬追いの話しを聞く (馬は旗印を見分けられる?)

 

北右田の人に津浪の被害と野馬追いの話しを聞く

(馬は旗印を見分けられる?)

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補償金はこの線で分けられた
御刀神社の所で区切ったみたいだ
(クリック拡大)

橋の所で北右田の人にあった。その人は野球場の近くだった。やはり津浪を見てから逃げて助かっている。あそこは海岸から相当距離がある。だから津浪が来たのを見て逃げて助かっているのだ。
こういう話は本当に多い、ある程度離れていると津浪が見える場所だと見てから逃げても助かるのである。ところが前に家があったりすると津浪が来るのが見えないから逃げ後れるということもある。海岸に接したところはどこも被害が大きかったがある程度離れていると見てから逃げても助かる。
おそらく大川小学校の悲劇は前に家がたて込んでいて見えなかったのである。あそこもそれなりに海岸から距離があったけどほとんど海が見えないし津浪が来るのが見える場所ではなかった。
それが悲劇につながった。それから津浪から避難しろと車で逃げさせようとした人が逃げ後れて死んでいる。津浪を見に行って死んだ人もいる。
あそこに消防の分署がありあそこの消防隊員が避難しろと車で回っていて津浪にのまれて死んだという。消防隊員はそういう役目だからなんとか避難させようとしてかえって死んでしまった。
これは勤めでそうしたのだから悲劇だった。磯部でもテレビで父親の消防隊員が死んで子供が残されたことを報道していた。消防隊員の悲劇は今回の津浪でかなりあった。
そして補償するのは消防隊の分署があった鎌田商店の前と後ろで分けられたという、前は補償されるが後ろは補償されない、自分の家は補償されないと嘆いていた。それもどうしてなのか理由がわからない。


●野馬追いの話

その人の家は野馬追いに出ていたいう。それも甲冑競馬にでていた。その人も出ていた。野馬追いに出る人は地元でもなかなか会えないしわからないところがあった。まず甲冑競馬に出る人は少ない、選ばれた人である。あそこにいつも馬を飼っている人がいた。二軒くらいはいつも見ていたからわかっていた。ただ甲冑競馬に出ていることは知らなかった。だからその人は相当に馬に詳しかった。
馬を知り尽くして馬にのっている。甲冑競馬では馬に精通しないと出れない、最高速度で80キロにもなるという。あれは見ているだけでも迫力があり恐い。乗る人もだから相当訓練された選ばれた人なのである。自分の馬には乗せないというときけがするからだという、馬は人をみるから慣れている人でないと危ないという、馬にもいろいろあって気性の荒い馬もいるしおとなしい馬もいる。野馬追い行列に出るのは大人しい馬らしい。行列だけならそれほど馬に精通しなくても乗れる。でもあの甲冑競馬は旗さして甲冑つけて80キロものスピ-ドになるとこれは相当な訓練が必要であり熟練者でないと乗れない、その人はかなりの熟練者だったのである。だから馬のことをいろいろ知っていた。

馬も人間と同じであり気心を通じ合わせないということをきかない、相手もそのことを知っている。だから他人の馬にのると落馬しやすい、だから馬は貸したくないと言っていた。 何でも小高の神主が落馬してけがしたとか言っていた。日頃馬に乗る訓練をしていないからそうなったとか馬は実際はかなり恐いものなのである。自分も一回中国のフフホトでモンゴルの馬に乗った。これはかなり小型なのである。だから乗りやすいことはあった。でもそれが全力疾走すると落とされるようで恐かった。はじめて乗っても乗れたのは小型だったからである。そもそもあんな小型の馬でモンゴルが世界帝国を作ったということがぉからなかった。日本の馬はそれよりずっと高いし恐い、モンゴルの馬は足がつくほど小型だったからだ。だから日本の馬は恐いのである。落馬したら大怪我をするし死ぬことだってありうる。そうして死んだ人も今の交通事故のように昔はあったろう。


元弘三年(1333)新田義貞の鎌倉攻めで戦没した人びと556体と、128頭分の馬骨が出土しました。計測の結果、馬の体高は109〜140cmの間にあり、平均129cmであったといいます。現代の馬は、150〜170cmで、体高148cm未満はポニーと呼ばれています。宇治川合戦で、佐々木高綱が乗っていた馬は、名馬生食(池月)で「八寸(やき)の馬とぞ聞えし」と平家物語に書かれており、八寸は四尺八寸(約145cm)の意で、馬は四尺(約121cm)を定尺とし、一寸高いものを「一寸(いっき)」四寸高ければ「四寸(よき)」と言うそうです。藤原国衡の馬は、奥州第一の駿馬で、高楯黒と称し九寸の名馬であったといいます。
http://www.geocities.jp/rockfish384/zakki/zakki24.htm


日本の馬もモンゴルと同じように小型の馬だった。モンゴル系統の馬が入ってきたからそうなったのか九寸の名馬というと倍の大きさになり今の馬とにたものだったのか?時代がたつにしして馬が大きくなったのだろう。


記憶力は優れており、一度覚えたことはなかなか忘れません。人間についてもよく覚えており、自分の事をかわいがってくれた人にはそれだけ従順になります。


馬の気持ちを理解し、馬と心が通じ合うことが馬の管理においては絶対に必要です。馬は非常に習慣性の強い動物ですから、毎日同じ事を同じ時間に同じ方法で行うと、馬の扱いも楽になります。つまり、日常の一定した動作を繰り返すことによって馬もそれに慣れ、作業もスムーズにはかどります。
http://www.green-grass138.com/qa2.php


このことをその人もしきり言っていた。馬と常に親しくして気心を通じあわせている必要がある。だから他人には馬を貸したくないというとき危険だからである。

旗をあげるときは馬の見える前でやれという、なぜなら馬は旗印を覚えるという、ええ、本当なの?

馬にそんな能力があるの?


記憶力は優れており、一度覚えたことはなかなか忘れません。


馬については自分など全くわからない、だから馬を知ること自体がはじめてのことであり知り得ようがない、ただ馬は乗ってみてわかるものであり経験がなくては馬をしりえようがないのだ。つまり人間はあらゆることが経験であり経験しない限り実感できないものが多いから困るのである。
馬自体を知ることは相当な経験の積み重ねでしかわからない、これは生き物だから余計にわかりにくい、最近ビ-バ-に噛まれて死んだ人がいた。あんな小さなものでそんなことができるのかと驚いた。ビ-バ-を知っているのはアニメのようなものでそれは人格化されたものであり本当の野生はみんな恐いものなのである。そもそも野生化したもの動物などのことが人間は具体的に接していないからわからなくなっているのが現代人なのである。最近ネコも特定のいつも餌をくれる飼い主の声に反応していた。動物はそれなりに生き物であり人間と通じるところがあるのだ。ただ犬とか猫は野生の動物とは違っている。ビ-バ-にかみ殺されたというとき野生というものがどういうものかただテレビとかアニメで見ているから警戒心もなくなったのである。本当は野生とか自然は恐いものである。今回の津浪もやはり自然というのは恐いものだということを思い知らされたのである。自然とか野生から離れてしまった文明に対して自然の恐ろしさを見せつけられたのである。自然というのを人間は文明化してわからなくなってしまって警戒心も喪失してしまっていたのである。だから突然津浪が襲ってきて甚大な被害を受けた。それはビ-バ-に噛まれた死んだこととにているのだ。

それにしても野馬追いには先祖伝来の旗印をもっていないと出れないと思っていたその人は野馬追いをとりしきる上の人に断れば誰でも出れるという。ただ馬に乗ることができる人だという。これもそうなのか?旗印をもっている古い農家の出でないと出れないと思った。なぜなら町内では市内では野馬追いに出る人をめったにみないからだ。ただ馬を飼っていなければならないから農家でないと出にくいことはある。その人は石神の親戚に旗を貸したという、そんなこともしているということは部落が別な部落に同じ旗印があるがあれは親戚だったから同じになっていたのだろう。病院に入院して老夫婦が親戚十軒があると言っていた。妻と夫をあわせてそれだけの親戚がいて絶えず暇なく親戚の人が見舞いにきていた。こんなに多かったら付き合い自体が金でも大変である。田舎では親戚が多い人が普通である。自分のような親戚がゼロというのは異常だとなる。また親戚がいないと田舎では暮らしにくいことがあるだろう。そもそも部落だと今はそうでもないにしろみんな親戚のようになってしまう。まさに今でも残っている部族感覚になってしまうのである。だからかえってよそ者はこういう田舎には入りにくいとなる。


野馬追いというと他では地元の人が誰でも参加できるとかみんなでやる祭りだと思っているが実際は多くても500人だとする人口が10万単位である相馬藩内では極わずかであり地元の人も野馬追いについて良く知らないということがあるのだ。これは青森のネブタ祭りなどとはちがう。ネブタ祭りだったら誰でも旅行者でも参加できる。ハネトになれるのである。衣装も借りられるのである。
野馬追いは馬に乗ることがまずできないと参加できない、だから馬に乗れれは参加できるのかとなる。そうは見えなかった。旗印自体が新しく作ったものは極わずかでありそれがみんな参加できるわけではない、だからその人の言ったことも納得できないのである。野馬追いは何か小高の人は参加が増えるらしい、補償金が入ってきたから金があるから参加するのだという。野馬追いに参加するには金がかかるのである。第一馬を飼っているだけでそれだけでも金がかかる。

それからその人の話で面白かったのは甲冑競馬では馬に3万くらいする栄養ドリンクのような薬を飲ませるという、草だけではたりないから黒砂糖を食わせたりと栄養をとらせるという。これは競馬の競争馬でもしている。オリンピックの100メ-トル競技でも薬を飲んで走って失格になった人がいた。馬もあれだけのスピ-ドを出して競争となると薬が必要だったということである。
その人はともかく仮設に入っていて小高の人は補償金をもらっているけどもらえないから不満になる。また津浪の補償でも線引きされてもらえないからかなり不満を言っていた。仮設でもだから小高の人と補償金をもらえない津浪被害者は対立してしまう構図がある。一緒に住んでいるから余計にそうなりやすいのである。

hatajirushiii1111.jpg

これらは同じ系統の旗であり親戚関係だったのだろう?
村は違っていても同じ系統だからである。
ただ姓が同じ場合もあるが姓は変わっている
旗印を貸すということもあるから必ずしも親戚だけとは限らない
ただ何かしらつながりがあって同じ系統の旗印が他の村に伝播したのだろう

posted by 老鶯 at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)
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