2013年04月03日

2011-3月11日の数日前のプログの記録 (津波原発事故境に戦前と戦後になった)


2011-3月11日の数日前のプログの記録

(津波原発事故境に戦前と戦後になった)

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津浪の数日前のプログの記録

福寿草(余裕なき現代社会の不幸)2011年03月10日
http://musubu.sblo.jp/article/43778288.html


春北風(はるきた)に松風鳴りて右田浜

春光に一艘白し船の行く
陸地には北風なおも吹きにつつ沖行く船の春日に白し


春北風(2011-3-5)
http://musubu.sblo.jp/article/43705488.html

津波が来る前のプログを読むと春北風(はるきた)であり3月11日は東風(こち)が吹いたからこの頃の季節はこういう風であった。今年の11日は東風は吹かなかったから不運だったのである。
そのあと東風が吹いているからやはり風の影響はまねがれなかった。

右田浜の松原を俳句にしたのはこれが最後だった!
漁する船がでていたし春北風に松風が鳴っていたのである。これ以後松原はなくなり松風の音も聞くことができなくなったから信じられないとなる。ここを境にして変わってしまったのである。
 

津浪の前に書いた昔の貧乏と今の貧乏

醤油もまともに使いなかった昔の貧乏と今の貧乏の相違
(島木健作-地方生活を読んで )
http://musubu.sblo.jp/article/43719033.html


今の日本の貧困は中進国の貧困より実はたちが悪い。
一度贅沢な暮らしを経験してしまうと気持ちが抜けられないため、余計に惨めになっている。
周囲の目も違いすぎる。
中進国の貧困は地域や親戚などのコミュニティで物々交換で互いに守り合い、人々は明るい。
戦後の日本もそうだった。

今の日本の貧困はやや金があっても完全に孤独でむしろホームレスに転落しやすい。
福祉の力を借りない真面目でプライドだけ高い人も多い。
ひょんなことで限界に来る。

・・・・・・・・・
貧乏についても書いていた。原発を導入したのは貧しさのためである。でも豊になったにしろその豊さを得るために急ぎすぎたこと、背伸びしすぎたこと、無理したこと、それは個々人にもあったし会社や団体にもあった。自分のプログではそういうことを常に書いてきたし津波の直前にも書いていたのである。元親戚の人にしても二家族が見栄のために金を使い一軒は遂に倒産して家までなくなった。経営が悪化していたのけど見栄があり金も使っていた。一旦それなりの生活をしているとそういう水準を落とせなくなる。金持ちから貧乏になることはかえって辛いのである。そうなると借金してまで外見をとりつくろう。もう一軒もそうだった。成功者のようにしていたからそれを今さら借金経営だったなどと言えないから外見をいいように見せる。でも最後は偽ることができないからどん底に落ちてしまう。人間は偽りつづけることができないのである。原発でもこれはまだ完成した技術でもない、そこに無理があった。背伸びして運営していた。ただ利を得るために無理をしていたのである。急ぐこと無理することはどこかで破綻をきたす危険がある。


結局津波原発事故を境にしてこの辺は激変して価値観まで変わった。それは様々な混乱状態はつづいている。戦争に負けた戦後と同じである。天皇一辺倒の国家主義(ナショナリズム)から民主主義に百八十度変わってしまった。鬼畜米国からアメリカ一辺倒に今度はなってしまって金が第一の社会になった。その変化が大きすぎたからその変化を生きる人はとまどい混乱したのである。この辺もそういう混乱、動乱状態にある。故郷が消失するということはあまりの衝撃だったのである。広島の原爆の跡でも東京空襲でも焼け野原になってもそこに人は住み続けて意外と早く復興したのである。だから奇跡の復興と言われたのである。ところが今回は30年とか帰れないとなっているからかえって今回の事故の方がひどいともなる。


ただ言えることは何か大きな価値観の変革が求められている。今までのやり方、価値観が否定された。その生活の土台となる土や水や森が汚染されたということが深刻なのである。原発事故がもたらしたものはそういう生活の基盤、根底になるものが奪われたことなのである。いくら金になるといってもそういう生活の土台が水すら使いないとなったら誰も原発などいらないとなってしまう。
つまり今回の津波でも原発事故地域でも町自体が消失して算盤で言えば御破算になってしまった。ゼロになってしまった。ゼロからのやり直しになってしまった。当然今までの価値観では成り立たなくさえなった。それは戦後の変化とにているのだ。ではどういう価値観で生きるのかとなると戦後のように天皇、天皇から民主主義、民主主義となったようにわからないということである。
だから貧乏時代の価値観を見直すことについても山尾三省の詩などを参考にして書いた。


では元の貧乏時代にもどるのかというとこれまた違ったものだろう。そういう価値観の変化が具体的に起こり問われているのである。それがどういうものかはまだ定まっていないし混乱状態なのである。他で就職するにしてもできないということもある。つまり宙ぶらりんな状態が10年くらいつづくかもしれないのだ。その間補償で生きる他ないともなる。でも十年のブランクはどうなるのか、三春辺りでは2年間耕作してなかったら荒地化してしまって元のようにいかなくなったとか農業でもブランクが長くなると荒廃してしまうのである。人間でも10年とか仕事せずぶらぶらして遊んでいたらどうにかなってしまうだろう。補償金で生活できても人間そのものがそこなわれてゆく。
いづれにしろ混乱状態はまだまだつづく、その中でいろいろ模索することになる。それは価値観とか思想とかも変革されてゆく、今までの生活の見直しが行われる。

ただ御破算になる、ゼロになるということは新しいことをするには適している皮肉がある。
戦後はまさに焼け野原になり今までのものがすべて否定されたから新しいものへの移り安かったのである。ただ伝統的なものをすべて否定するとそこにまた歪みが生まれた。
ただ宮城県でも津浪で町自体が消失したということはどう再建したらいいのだろうと途方にくれる。補償金で暮らすというわけにもいかないから町から人の流出がとまらず町が消えてゆく危機なのである。

 
posted by 老鶯 at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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