2007年11月02日

残る虫(読書のこつ)

 
残る虫老人ホ−ムに誰がいる

短日や老親の世話に追われけり


ひそけくも秋深まりて白き薔薇庭に咲きにつ闇につつまる

近くに福祉施設がある。老人ホ−ムもある。そこに誰がいるのかわからない、近くの人が死んだときその老人ホ−ムで死んだらしい。近くにいないからわからなかった。そこの老人ホ−ムではインタ−ネットで中味を写し報告している。食事なども出していた。老人用の食事だから食べやすい、老人はみんなむせる嚥下障害があるから食事は専門家に作ってもらった方がいい、私はほとんど料理していない、料理がめんどうなのである。料理していたら他になにもする時間がなくなる。家事は結構時間をくう。それでもこれだけのものを書いてきたのだから書く熱意があったからだ。ただ長文を書くことがなかなかできない。プログは短文だから継続できたのだ。短文だということは誰でも書けるとういことでもあった。プログはそれで中味がない、一行だけくらしかないのでも一ペ−ジとして検索にひっかかるのだ。一ペ−ジが単位にしてはあまりにもお粗末すぎるのだ。
 
本をアマゾンでまた買った。読書のこつ勉強のこつは本を集めることだということは意外である。本は読まなくても大量に集める必要があるのだ。昔は知識人は本を集める、本をもっている人だったのだ。何故なら本は貴重だからである。写本の時代を考えればわかる。本が唯一の情報源になっていたからである。家書千金に値する・・・というのは家に書があることなのである。何かを知ろうとしたとき書こうとしたとき参考にするものが必ず必要になる。インタ−ネットで書き続けられるのはやはりインタ−ネットの情報を参考にしているからだ。辞書代わりにもなっている。本というのは実際奇妙だが読まなくても集めることから知識の世界は開けてくるのである。別に読むわけでもないのに分厚い和辻哲郎の倫理思想の歴史とか買っていた。これは当時でも高かっただろう。私は本を買うことが趣味だったのだ。本というのは読まなくてもコレクタ−になることがあるのだ。そして若いとき読んでもむずかしくてわからないが年をとれば必ず理解できるものである。今は本を厚いのでも一時間読めばその要点がすぐわかってしまう。アマゾンで一円の本でも集めれば書庫ができる。誰もがそれなりの専門的な書庫ができる時代かもしれない、まだまだインタ−ネットには専門的なものは少ない、それでもインタ−ネットだけでも郷土史関連などは情報量が豊富になった。
 
今回買ったのは「賢知の時代」セオドア・ロ−ザックという人の訳された本だった。まずこんな本が出されていること自体本の世界の方がまだ多様なのである。この本は私が老人問題で追求したこととほぼ同じことを書いていた。つまり高齢化は世界的問題なのである。世界が高齢化している、中国が世界で一番高齢化で深刻なのである。これは高齢化の暗部だけではない、高齢化社会は今までにない社会を作る、価値観の世界的変換が起きる。優秀な介護士は社会に評価され高給取りになる。介護士に適した天分をもつものは今までの職業とは違う、人をへだけなく思いやれる人でありそれは天分だという、これは今までの才能とは違う、性格的に優しいとかの価値でありがむしゃらに金儲けに他者を蹴落として出世するらうな人ではない、そういう人より優しいとか温和だとうそういう人の価値が評価されることは今までにない、これも高齢化がもたらすものである。それは悪いことではない、今まで価値なきものとされるものが価値あるものとされるのだ。介護士 給料安い こういうキ-ワ-ドで毎日来ているが今は過渡期で宋なっているのでありこれから介護士の価値は社会的に認められてゆく、でもそれに適した天分をもつものは少ないのである。まだ見いだされていないのである。別な才能の方が社会の先端をゆくものであり給料も高いとなるからだ。つまり高齢化は明らかに社会の価値観を変えることは間違いない、それが世界的に波及したとき今までの競争だけの世界とは違った協調とか助け合いを重んじるせかいとなりうるのである。いづれにしろ高齢化の暗黒面やら明るい面でも未だ経験されないものが世界的高齢化社会なのである。
 
今ころ白い薔薇が咲くというのも不思議だ。あまりにもひっそりとして闇につつまれた。
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