2013年02月28日

今日は東風(こち)が吹いた! (3月11日も吹いて飯館村が放射能汚染)



今日は東風(こち)が吹いた!

(3月11日も吹いて飯館村が放射能汚染)

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東風(こち)吹いて川面さざなみ光るかな

前畑に婦(おんな)耕す木の間見ゆ
東風吹くや新たな力湧きい出む


福寿草ヒヤシンス咲く我が庭に争いのなく石の鎮まる

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今日は東風が吹いた。やはり今ころ吹くから3月11日には飯館の方に吹いたのが不運だった。3月になったらやはり東風は吹く、川面をさざなませて吹いていた。川を海から遡って東風が吹き川がさざなみをたてて光っていたから気持ちが良かった。

ようやく春が来た。自転車でも結構遠くに行きたくなるし今日は何度も乗った。
庭には福寿草とヒヤシンスが咲いた。今は花は咲いて争わない、人間の世界は常に争いである。
60年間自分の家も争いだった。でも一人が死んで争いが終わった。人間死なない限り解決しないことが多々あるのだ。

耕しをする婦人が見えた。このように生活があれば春が来たと感じる。田でも田起こしとかがありそれで春を感じる。この辺では田畑は5年間くらい何もできないから荒地化している。ただ草ぼうぼうとはなっていない、でも五年間は長い。アパ-トを西町に建てるため工事をしている。かなりの部屋不足になっているのだろう。新しい家が近くにも建った。津波の被害で海岸部の部落は壊滅したから町の方に家を建てる人が結構いるだろう。街の方に人が集まってくるのである。現代はコンパクトシティ化した方がいい。便利な生活を望むならその方がいい。津波や原発を契機に新しい街作りが望まれているのだ。


ただ小高区でもそうだが補償金の額があまりに大きいと回りでは何だとなりそれを羨む人がいてそこに断絶が生まれてしまった。一人百万とかなると何だとなる。全然もらっていない人が多いからだ。あの人たち恵まれた人だとなり同情もしないとなる。実際に一人十万ではない、それ以上に土地や家や休業補償などもらっていて平均したらどのくらいになるのか?50万くらいもらっても一年に換算すると相当な額になるから働かない方がいいとなる。かなり貯金もできる。そんなに今まではもらっていないから得していると思っている人がいるだろう。ただ5年くらいはもらいるとしてもあとはもらえないとしたらその資金で復興するようになる。でも津波の被害者よりかなり恵まれているからねたまれるのである。


一年目はまだ無我夢中だった。二年目になって多少落ち着いたろう。復興へ向かう力も湧いてくるはずだがこの辺は補償金もらっているからそうともならない、働かない方が高額な補償金もらえるということは変なのである。人間はそれだけの補償金をもらえば働かない、怠け者になってしまう。
ただそれがいいようでまた悪い面であり原発避難民はどこでも嫌われている。だから金をもらってもいいとはならないのだ。




東風(こち)吹いて川面さざなみ光るかな

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