2013年02月26日

大雪の弘前城 (日本列島は災害の動乱の時代になった)


大雪の弘前城

(日本列島は災害の動乱の時代になった)


hirosakijyo112222.jpg

枝たわむ雪の重さや弘前城

雪埋もる古風なる門や弘前城
青森は遠きや雪の便りかな
大雪に津波に地震難つづく


弘前城には雪の時に行った。雪を踏んだ感触が記憶に残っている。弘前城は日本の最果ての城である。江戸時代ならどれだけ遠い所だったか?まさに地の果てのような感覚だったのか?そこが雪に埋もれる。古風な門は弘前城ならではである。古い形の門が辺境に残った。青森にはまた日本の古語が方言として残っている。それは沖縄と同じである。そういうふうに古い形の門も残っていた。弘前の桜はまだ見ていない、桜の咲く時期は限られているからみづらい、新幹線になると見やすくなるが一日も介護で出かけることができない,介護は代わりになく人がいないのである。


ともかく日本は災害の口だったことを改めて思い知らされた。あんなに雪が積るなんて地元の人も驚いている。もう何か自然災害が連続して起こる不穏な時代になった。一身上でも難がつづいた。
一身上のことと自然が呼応していた。日本は明らかに動乱の時代に突入したのだ。60年間平和の時代だったがもうそれも終わった。これからは自然も人間社会も動乱である。この辺もまさに仮設だらけであり動乱である。


雪に桜の樹の枝がたわんで耐えているが桜の咲く時期も遅れるというのもわかる。何かまだ寒い、もうあたたかくなってもいいころだが寒い。弘前の桜は一度見てみたい、弘前の朝の雪は美しかった。心を清められるように美しかった。でもあれだけの大雪となるともう美的に鑑賞もできない,雪との戦いになっている。それで高齢者が雪かきなどで死んでいる。一人暮らしだともう雪かきもできない、雪につぶされてしまう。ただこの雪のことはその土地に住んでみないとわからないのだ。


キンドルをなくした。いくら探しても見つからない、外にはもちだしていない、でも小さいものだからなくしやすいものでもあった。箱とか袋とかに入れないとなくなりやすいものだった。これも困った。これから出てくるのか、いくら探してもないということはどこかにまぎれてしまったのか?
電子本とかネット関係は便利なんだけどこれも一瞬にしてすべてが消えるという恐怖が現実になったのである。大量の本を買っていても本体をなくしたらすべて見れない恐怖かある。金銭的にも相当の損失である。まさかこんなに早くなくすとは思ってもいなかった。これもショックである。


写真は出したけどテレビでも見たけどこういう風景はかなりとられている。インタ-ネットにもでていた。拝借したが本人が見ない限りインタ-ネットではわからないのだ。これは自分がとったとしてもわからないかもしれない、同じような構図の写真が多いのはわからないのである。

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