2013年02月12日

世界に起きている危機と連動している原発問題 (減らす、制限する思想がない現代文明に落とし穴)


世界に起きている危機と連動している原発問題

(減らす、制限する思想がない現代文明に落とし穴)

「マリ北部の子どもたちにとって、大惨事は、もはや“迫っている”ものではありません。今、既にそこで起きているのです。」 ユニセフ・マリ事務所のフレデリック・シザレート副代表は、次のように続けます。「あまりに多くの子どもたちが栄養不良に陥り、避難を強いられています。多くの子どもたちが学校に通っていません。そして現在、深刻な子どもの権利侵害行為が行われているという信憑性の高い報告も寄せられています」

ユニセフの調べでは、マリ北部から避難を余儀なくされたのは、これまでに30万人以上。その半数が子どもたちです。こうした人々は、現在、マリ国内の他の地域や、近隣諸国で避難生活を強いられています。
http://www.unicef.or.jp/kinkyu/africa_drought/2012_0510.htm


013年に入って以来、中国各地では深刻な大気汚染が観測されている。一般市民の不安も募り、薬局ではマスクが売り切れるなど騒ぎが広がっている。中国工程院の鐘南山(ジョン・ナンシャン)院士は中国中央電視台(CCTV)に出演し、中国の大気汚染は2003年の新型肺炎(SARS)以上に恐ろしい、誰も逃れることはできないと警告した。

 鐘院士によると、北京市の肺がん患者数は過去10年間で60%増加した。この背景の一つとして大気汚染があるという。また、喉頭炎や鼻炎、目の疾患の要因にもなっているほか、今後はより重大な健康被害が出現するだろうとコメントした。
ソース:http://news.livedoor.com/article/detail/7374325/


アルジェリアのテロの背景には極端な貧困があった。今回のテロリストが集結していた地帯だった。そこには欧米や日本などに対する根強い不満があった。自分達の富である石油だけがもっていかれるという不満である。石油の精製技術がないのでその富を自分たちのものにできない不満があった。
信じられない貧困があり飢饉状態にもありそこはあまり注目されていない、突然日本人が10人もテロリストに殺されたことで憤りが生まれたが実際その背景をみるとどうにもならない飢饉状態のような貧困があった。そこからテロも必然的に生まれる背景があった。宗教とは必ずしも関係していない、そういう不満が宗教を起爆剤としてテロになっているのだ。そういう貧困がなくなればテロもなくなるのだから明かにテロの原因は宗教ではなく貧困なのである。飢饉となればすでに生か死に追い詰められているのだから自爆テロまでやる。人間は余程追い詰められなければそこまではしない、日本の特攻隊だってそうだった。もう生きるか死ぬかのギリギリでしかそんな無謀なことはしない。


最近北京などからのPM2・5の大気汚染で騒いだ。これも放射能と同じで恐いなと思った。中国はどこでも空気が悪く喉がいたくなるのだ。あれを経験した人は中国に住みたくないとなる。その原因はまた工業化とか高度成長のためだった。中国は水も汚いしどろどろしているし空気も汚染されている。日本のように小さい国でないからそういう汚染に無頓着なところがある。文明はどこでも限界にきているように思う。経済発展だけを目指せばこのように汚染がひどくなる。原発でもエネルギ-を作るために無理した結果である。これ以上経済発展だとか便利さを追求することに無理がきている。何か地球環境の面からも限界にきている。人口も日本では増えないにしても世界では増えるし限界に達すると言われる。どこかで歯止めが必要でありそのために津浪のような大災害が起きて人口を減少さすとか文明の自壊作用が起きてくるかもしれない、核兵器ももはや戦争するというより核自体で滅びるということになるように何か科学技術や経済発展、便利さの追求に限界がきている。それはすでに世界全体でも大気汚染やら環境破壊やら核戦争の恐怖とか文明自体を滅ぼすような圧力になっている。


前も書いてきたけど増やすという思想はあっても減らすという思想は現代の文明にはない、制限する思想もない、無限に豊さと便利さとを追求してゆく、そこに大きな落とし穴が待っていた。原発でも石油を使用するにも無理があるから問題が起きる。それだけ文明は過剰なエネルギ-を使いすぎるのである。もちろん電気をなくせとか使うなとかは言えないけどまず少しでも減らすこともできないのである。原発の電気分をなんとか工夫すれば減らすこと増やすことをしないことができたかもしれない、しかし真剣にそういうことを実行されない。原発は危険でも文明には電気は不可欠だから無理をするのである。


またグロ-バル化というのも何か不自然なのである。原発にしても技術的にアメリカから最初にマ-ク1の古い原子炉ではじめた。こも危険なものだった。次に国産化した原発は今回は事故がまねがれていた。グロ-バル化して安易に何でも技術をとり入れるとそこにはリスクがあった。地震や津浪が多い日本では向いているものではなかった。そういう風土性も考慮されていなかった。技術でもどこまでも可能性があり追求される。もうこの辺でやめておいた方がいいとかにはならない、そこに危険性がひそんでいる。科学技術も思わぬ落とし穴がありその危険性については事前にわからないものが多いのだ。最新鋭機「ボーイング787」の故障もリチウムイオンの電池を使っていてそこにフランスとかアメリカとか日本が技術提携してできたグロ-バル化の協力で作ったものであった。その国が違うことで不具合があったらしい、原因はわからないにしろそれぞれの国の提携がうまくいかなかったこともある。原因はわからないという。グロ-バル化はそうしたリスクが常にともなっている。相馬市にその飛行機の部品の製造工場があったことも知った。アルジェリアのテロではそこに実際に働いていた人と旅で出会った。世界も身近になっているのも確かである。

食品でも外国から輸入されるのは特に中国のは危険だと盛んに言われている。食品くらいは自国産のがいいと思う。グロ-バル化とはすべて地球環境からするといいものではない、それぞれの風土にマッチして作られた文化や文明を破壊する。現代のグロ-バル化を推進しているのはほんの一部の投資家でありその人たちだけが莫大な世界の富を独り占めして他はマリのように飢饉状態になっている所もある。格差が世界的に拡大するのだ。


より広くより早くより便利に・・・こういう思想ではなくより狭くより効率的にただ便利ではなく人間的なスケ-ル(ヒュ-マンサイズ)の落ち着いた生活の志向とかの思想に転換する。それは江戸時代にあった。そこには狭くても効率的にリサイクルで環境を破壊しないものにする思想があった。スピ-ドを制限するために乗り物も制限されていた不思議もあった。食糧まで外国から運ぶこと自体エネルギ-の無駄であり効率的ではない、遠くから運ぶことは何でも相当なエネルギ-の浪費なのである。人間社会には何か減らすとか制限する思想がないのだ。ギリシャでは回りの環境と調和するために大きな建物、神殿は建てていない、その技術力があってもあえて自然と調和するコスモスを目指したためにあえてそうしたのである。そこにギリシャがただ技術力を使うというのではない明確な思想に基づいて技術を使っていたのである。それが現代文明には無限にただ拡大化して発展することが是とされるのである。そこに危険な落とし穴が待っていたのである。

 
posted by 老鶯 at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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