2012年12月14日

寒夜 (マイアミから来た英語教師と駅であい話す)


寒夜

(マイアミから来た英語教師と駅であい話す)

二両の電車の行くや寒夜かな


今日は寒夜というほどではなかった。昨日は寒夜だった。普通だったら冬の夜になるだろう。
夜に駅に行ってみたら前にみかけた外人がいた。気になっていたが英語の先生だった。
今はボランティアでも来ているかとも思った。真野小学校とか小高の福浦小学校と言っていたから
鹿島区に移った生徒に英語を教えていたのである。必ずアメリカから派遣される英語の先生はいたからめずらしくはない。ただ田舎だとまだ外人はめずらしい。でも中国人も必ずいる。
アメリカ人は大学生である。その学生はマイアミの出身だった。マイアミはメキシコに国境を接するところだから暑い所だった。メキシコまでドライブするというからメキシコが身近な所だった。
何を専攻しているかと聞いたら心理学と哲学だという、アメリカンスピリットは何かと聞いたら
ペイドリッド・・とか何かわからなかった。ここで言葉の障害があった。これも字を書いてもらって調べればわかるだろう。日本はサワムラスピリットだと言ったからペイドリットと言った。
ホイットマンがアメリカンスピリットだと自分は言った。


そもそも英語で学問的になると説明すること自体相当にむずかしくなる。あの青年はマイアミの都会から来たとするとずいぶん田舎に来たので驚いているのかもしれない、近くに住んでいるとするとまた会う機会がある。田舎だから良くみかけるのだ。暇だからあちらこちら歩いている。
英語も最近使っていないのでなかなか言葉がでてこない、言葉は何でも使っていないと忘れるのである。マイアミは沖縄のような熱帯地域でもあるのだからここは寒く感じたろう。マイアミはメキシコと接しているとなるとヒスパニック系が多い、アメリカでスペイン語を話す人が実に多いのだ。
そして英語を話せないのでてある。だからヒスパニックとコミニケ-ションを計るにはスペイン語を覚えねばならない、ヒスパニック系は英語をしゃべれないし教育されていない、日本人は英語を高校まで6年間習ってもコミニケ-ションできる英語力がついていない、でも観光くらいだと中学英語で十分なのである。中学英語を馬鹿にしていたけど中学英語だけでも相当な英語の基礎力があった。


ここの土地のことを教えるにしても言葉の障害が大きいし基礎知識がないとなかなか相手も理解できないのである。ただアメリカは歴史がないから歴史的建造物がほとんどないから千年前の古墳ともなればそれだけでもめずらしいというのは確かである。確かに外国に通じるには生きた人間とコミニケ-ションするのがいい、田舎ではまれだから話すのもいい、英語でなんとか多少はできる。
英語がどうしても国際語になっている。中国人でも英語で話すほかなかったのである。

ニ-トの一人がガソリンスタンドで働くというのには驚いた。その人は身なりが普通ではなかったし
普通に働けると思えなかった。まず社会的に人とうまくやってけけいるのか疑問だった。ニ-トは田舎でも普通にいる。なぜ雇われたのか不思議に思ったがこの辺はどこも人手不足だから人を選べなくなっているのだ。あらゆるところが人手不足になっている。あるところは時給1000円にしたのもわかる。そこはすさまじい忙しさだった。この辺は待遇を良くしないと働く人がいなくなる。


まあ、若い人と接して思うのは女性もそうだったが何かやはり若い生気が体から放出している。
だから若い人からは老人はエネルギ-をもらうことができる。若返るというのがあると思った。
若い人と接している人は年取らない、若くなるというのも本当なのだろう。若い人はまだこの世の汚れにどっぷりとひたっていない、年取るとほとんどの人が体だけではない、心が世間の垢にまみれてしまってまともな人がいなくなっているのだ。自分が接した人は本当にあまりにも異常な狂気的な人だった。ただ一般的に老人はまともなのがいない、知恵ある老人などまれである。
若い人は世間の汚れにまだそまっていないからそこに見込みがあるとなる。
でも若い人でもいろいろだろう。ただ若い人と老人の根本的相違は若い人はこれから生きようとしているのだからいろいろなものに対する態度が違ってくる。だから放射能汚染で若い人が流出したことでもわかるように未来がない場所には生きたくない、子育てでもしたくないとなる。未来のある場所で子育てしてゆきたい、老人は別にそうした未来を望むこともない、要するに前にも書いたけどすでに死に場所として終の棲家する場所を求めているのだ。その差はだから相当に大きいのである。


ともかく若い人はまだ純粋な人が多い、老人はまず様々な問題をかかえた人が多く嫌になる。
老人が枯れたなどということは全くない、欲望はますます先鋭化して最後の生を欲望を貪(むさ)ぼろうとしているのだ。老人はすでに深い罪を身に負っているしそれはもはや払拭できないくらいである。若い人はいろいろあるにしてもまだそういう罪を負っていない人が多いだろう。
だから老人に接するよりは気持ちいいともなる。何かさわやかになり生気が伝播して若返るということがある。それが悪くなると回春だとか性の露骨な欲がまたむきだしになる。それで東南アジアに
中高年や老人でも回春にゆく、それが世界中から集まり若い女性を安く漁るおぞましいものとなっている。それも年老いることは本当に経験しないとわからないが衝撃的なことであり性を欲をあきらめきれないのである。


とにかく老人から発してくるのは何かそれは老いた体臭だけではない、心が影響しているのだと思う。心が体と同じく歪んでしまっているのだ。それですでに見ただけでも接することに嫌悪感を覚えるのである。でも結局はその若いときもほんの一時で消失してしまう、一時のあまりにもまばゆい輝きなのである。女性の輝くのは本当に短い、結婚して子供産むと女性の本来の輝きは消えてしまう。
25才くらいで女性の盛りが終わってしまうよな感じさえする。女性は本能的に生きる面が強いから余計にそうなる。男性は年取っても仕事に精進すればそれに誇れるが女性の場合はその見た目がすべてだとなりやすいのである。

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/60773103
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック