2012年10月04日

秋陽没る(個人の凶運はだいたい五年で終わる?)

秋陽没る(個人の凶運はだいたい五年で終わる?)


行き来する二輌の電車芒かな

苦しみの終わりにならむふるさとの山脈静か秋陽没るかも
草深く月見草咲き忍び足猫の歩みて我も歩みぬ


陰陽道(おんようどう)で、生年の干支(えと)による運勢の凶運を示す年まわり。この年まわりにあたると、凶事が5年続くという。→有卦(うけ)  


占いを信じるわけではないけどやはりどんな人でも凶運の時がさけられない、本当に自分の凶運は五年間だった。手術が終わりなんとか凶運を脱したみたいだ。なんか気が楽になった。たいした病気ではなかったが医者にもみてもらえず悪化させた。そして病気の不安が大きかった。病気になるとどうしても人の世話、介護などでも余裕をもってできない、その重圧感が大きすぎるのだ。病気ほど人間をうちのめすものはない、病気が重篤になれば死にもつながるし人は死をまねがれえないからだ。

そこで人は絶望的になる。この凶運は最初自分だけに起こったことである。もちろん他の人にも認知症とかなっている人は今は多いし介護で苦労している人は多い、それでも家族によって介護でも助けがある人もいるしない人もいる。自分には親戚も兄弟もいないのだから助けがなかった。ただ一人近所の人が認知症でも助けてくれたのである。その人には今でも感謝している。その人は別に見返りも要求しないしただかわいそうだなと本当に思って同情していたのである。そういう人は今ではほとんどいない、かえって弱者になると弱みにつけこまれのが現実である。団塊の世代は本当にモラル的にも人間的にも非情な人が多い、80代以降はなんとかまだ日本人的良さをもっていた人たちがいた。団塊の世代はドライと言えばドライでありただ利しか求めていない、民主主義とはただ個々人の欲望の無制限の拡大であり満たすことしかなかったのである。ええ、なぜこんな人が同世代にいたのだろうといぶかった。その人は例外的な人かと思った。でもやはり戦後に育った平均的な人でもありその例外的と思われる人もやはり世代の平均的な姿だったのである。


20代の人が親が認知症になり親戚が入り込んで頼ってひとぽめにあったことをインタ-ネットで書いていた。そういう混乱している弱者になったとき親戚でも助けるわけでもない、同情するわけでもない、そこがチャンスと弱みにつけこんでくるのが普通である。どうしても頼らざるをえないしどうしていいかわからないことがあるからだ。特に認知症は何なのか訳わからない病気だったからである。この病気になったら前にどんな親しい人でも離れる、よりつかなくなる。もう人として会話できないと思われるからである。でも家族は離れるわけにはいかない、介護させられるのである。その人は何か金がからんであとでその親戚を恨むようになった。親戚といってもいろいろであり自分には親戚すらなかった。認知症の身内が死んでもそれからやはりもう一人介護状態の身内がいて今度はまた介護で苦労した。病気にならなければ災いはそれほどのものではなかったかもしれない、でも突然病気になったことが災いを生んだ。医者にみてもらっていればそれほどのものではなかったのである。それができなかったのである。

その間に今度は回りで津浪だ、原発だと大災難が起きた。それにも翻弄されつづけたのである。幸い避難することはなかったので助かった。こうして手術が終わるまで五年間は凶運がつづいた。ここからどうしても脱することができなかったのである。結局凶運というのは誰にでも来る、ただ時期が違うだけである。自分から招く凶運も多いがどうにもならない凶運がある。この凶運で死ぬ人もいる。実際そういう人がカルト宗教団体にいた。病気になって若くして死んでしまった。なぜかわからない、そういう凶運から脱してようとしてカルト宗教団体に入る人はいても脱することができない人は相当数いる。カルト宗教団体ではそういう凶運の人はかえって一票として勢力拡大のために格好の餌食とされる。その人がどうなろうと別にかまわないのである。そうでなければなんなに数がふえるわけがない、ともかくどんな人でも一票として数として確保することでありあとのめんどうなどみないのである。


ともかく凶運は結局どうにもならない、凶運の過ぎ去るのをたたひたすら耐えているほかないのである。その時助けは本当にない、あったとしても本当にまれである。その時もし助ける人があったらその人はあとで相当な福運があることはまちがいないがそういうとき人はよりつかなくなる。だからただひたすら凶運の過ぎ去るのを待つ他ないのである。何か特別に脱する方法もない、ただひたすら凶運の過ぎ去るのを待つほかないのである。ただ五年間結構長いから苦しかったのである。五年間は凶運の平均的な期間であることはあたっているだろう。それくらいは耐えるほかないということである。大凶運もこの世にはある。戦争がそうであり今度の津浪、原発がそうであった。飢饉などもそうであった。こういうの大凶運でありやはり何百年に一回でも世の中には起きてくることがわかった。

この大凶運から脱するのはもう二三年ではどうにもならない、最低でも十年はかかる。神戸でも十年かかったというから本当である。この大凶運は10年でなんとか落ち着きさらに十年でなんとか元に近い状態になったとかなるかもしれない、それほどの大凶運だったのである。個人的には五年で凶運はだいたい終わるが大凶運は十年とか二十年は脱するのにかかる。そういう時間をみないとならないということである。先はかなり長くなるのである。


落ち着いて秋の陽が山脈に没(い)る。そうした落ち着いた日々がまたもどると幸いである。
猫は忍び足で歩む、油断なく歩む、猫は回りを警戒して注意して歩いているのだ。ただ漫然と歩いているわけでとない、耳を澄まし、辺りを良く見て歩いている。自分も俳句短歌を作るとしたら詩でも絵でも芸術にするならやはり自然を注意深くみている必要があるのだ。猫はそうして油断なく歩いているけどあるとき獲物には猛スピ-ドにとびかかる。そういう習性でありそれはやはり人も見習うべきだろう。自然に生きるものはやはり人間とは違っている。油断がない、人間は隙が多く油断が多すぎるのだ。その油断が災いに結びつくのである。猫は剣客のように寝ていても油断していない、とっさに危険から逃れる状態にあるし自然の生き物はそうである。そうでなければ生き残れないからである。人間はただ漫然として生きている。猫と犬がいるけど自分は猫の性なのだろう。犬の性の人もいる。性格はいろいろである。

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/58772679
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック