2012年08月21日

カボチャの花(土間は湿って涼しい?-浪江の大堀の陶芸家)


カボチャの花

(土間は湿って涼しい?-浪江の大堀の陶芸家)

朝靄やカボチャの花に芙蓉かな
海よりそ見知らぬ鳥や夏の夕


福島県で勘違いしているのは気候にしても福島市で日本全国で最高温度の37度があったというけど浜通りは30度くらいで今年は風が涼しくなっているから暑くない、実際温度がこれほど違うことは外の人から理解しにくいだろう。海からの風が涼しくしているのである。今年は最近特にそうである。
福島市は盆地で蒸し風呂のようになるからあそたには住みたくない、気候的に浜通りは理想的である。気候からしたらここは離れたくない、今回の津浪の地域は夏は涼しいのである。津浪はあまりにもひどいものだったがそうした住みよさが海岸地域にはありいつのまにか人家がふえたということがある。海側は住んでいて気持ちいい場所だから人家もふえたのである。仙台辺りでも海側に住居が広がって津浪の被害にあったのである。ともかく自転車で行けばわかる、阿武隈高原の坂を上って海側にゆくと海からの涼しい風がふいてくる。中通りは蒸し風呂のようになっているのだ。だから気候的には浜通りはみんないいところだと言っている。今日はみなれぬ鳥が海側から何羽か飛んできた。
渡り鳥が海からよることがあり知らない鳥が海から飛んでくることがあるのも海側なのである。


テレビでやっていたけど浪江の大堀で相馬焼を二本松の仮設ではじめた人がいる。その人は土間で轆轤あ回して作っていた。土間だから土で湿り気があり涼しいという、そうか土だと涼しいのかと思った。今は土間がない、土間は土だから涼しくしていたというのをわからなくなっている。農家の人でも土間がなくなっていまからわからなくなっている。ク-ラ-を農家でもしているのだからそういう自然から離れた生活がやはり暑くしている。そのことが意外と原発とも結びついたことなのである。

      夏場は中庭から玄関に通る土間の冷たい風が、
    家の中に隠った熱を冷やし、外に逃がすと云う大切な循環の役割も
    果たしてくれています
http://boncopain.exblog.jp/14158966/

昔の生活が近代化ですべて否定されてしまった。自然に則して生活していたのが根こそぎ失われた。
そういうことが原発事故にもつながっていたことを知らねばない、田舎では特にそうだったのである。
田舎的生活が田舎で一番失われていたことを自覚していなかったのである。

電気に過剰に頼る生活はク-ラ-でもそうだが原発をどうしても必要だというふうになる。土地の人さえ電気や車や都会より文明的生活をしているのである。浜通りなんか涼しいのだからク-ラ-など必要ないかもしれない、土間があって湿った土が涼しいとかなっていた。だから田舎は今は田舎らしくない。都会と変わりない、都会にならなわないで田舎的生活に固執していたら原発など必要ないとなったかもしれない、田舎でも全く都会と同じであり都会以上に文明的生活になってしまったのが田舎だったのである。


浪江などは本当にいい場所だった。大きな川が二つもあり請戸もそれなりに港であり魚もとれた。高瀬川渓谷は景勝の地だった。大堀があったところも高瀬川の側であり後ろが山でありいい場所だったのである。一人だと陶芸家になってしまいつづかないと言っていた。産地形成されないと陶芸は廃れてゆくという。旅したときいつも窯元により茶碗をお土産に買った。その土地独特なものが日本では今残っているのが茶碗なのである。それはもともとその土地と深く結びついていたのである。そういう場がなければ陶芸は一人だけになり維持できないというのもそのためである。浪江から葛尾村はかなり広い地域だった。海から山と広い領域だったのである。それが住めなくなったということは惜しい。葛尾村では野生化した牛が群れていた。立入禁止になるとあんなふうになってしまう。飯館村は立入自由だからあんなふうにはならない。福島市とか会津とかに移った人ははにかく暑いから浜通りがいいとなっていることは確かである。


今日は朝は靄だった。その靄の中にカボチャの花が咲き芙蓉が咲いているのはのどかであるがそのカボチャの実が食べられないことが異常なのである。福島の桃など何個か食べた、老人はあまり放射能と関係していない、老人ホ-ムにスイカが贈られたというのはこの辺のスイカだったのか?老人は放射能の野菜をいくら食べてもかまわない、なぜなら10年後はほとんど死んでいるし影響ないからだ。

ともかく明日は入院である。今回は用意できたから良かった。人間の弱点は不意にくることが苦手なのである。地震も津浪も用意できないのに来るから被害が大きくなる。病気も不意に来ると用意できていないから家族のいない人などは大変なことになる。いろいろな準備が必要だからである。

今回はノ-トバソコンとかラジオとか本を何冊か持参したりと余裕がある。手術もそれほどではなというからなんとなく安心している。ただ一人だから不安になる。これを乗り越えればなんとか病院に通わなくてもいいから楽になるはずである。実際はそのあとも困ったことがでてくる可能性はある。
明日からしばらく休みになりますのでよろしく

病院から何回かプログに書いて発信できるが時間がかかりすぎるからあんまり期待はできません
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/57712457
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック