2012年08月15日

NHK特集-終戦はなぜ早く決められなかったのかを見て(原発事故とにていた敗戦)

 

NHK特集-終戦はなぜ早く決められなかったのかを見て

(原発事故とにていた敗戦)

●指揮系統の乱れ


NHKのなぜ終戦が遅れて死ななくてもいい人が60万人死んだ。早い時期で戦争をやめねばならなぬことを指導者は暗黙に了解していたができなかった。外務省や陸軍や海軍とかのセクショナリズムがあり派閥がありソ連が参戦することもわかっていてその前に戦争をやめることができなかった。
そしてずるずると戦争は最悪の状態で終わった。戦争は撤退したりやめることがむずかしい。

撤退することも相当な覚悟が必要である。戦国時代はそういうことができた。指揮官が一人であり藩主にゆだねられていた。戦時体制として藩もあったからそれができた。太平洋戦争では会議ばかりを開いていたとか六人くらい最高指導者が集まっても決定もできなかった。そのうちずるずると決定ができず最悪の状態で終わらされたのである。その様子を書き残していた人は指導者が余りにも無策であり愚かだったと書き残していた。結局そのために60万人が死んだのである。
結局平時と緊急事態は対処が違ってくる。緊急事態になると会議している時間などないのである。どんどん状勢は変わりますます戦死者もふえてくる。そういうとき何らか決断する人が必要になる。
しかし会議するばかりで誰も決断する人もいなかった。信長の桶狭間のように決断しなかったら致命傷になる。その決断が失敗するかもしれないが臣下は従うほかない、それは一つの賭けであった。

太平洋戦争ではずるずると戦況が悪化するだけでありソ連の参戦などもわかっていてもずるずると最悪の状態になり終わった。

これは何か原発事故ともにていた。日本の敗戦と原発事故はにていた。最初に安全神話が官民一体で作られて大本営発表になり天皇による神国化されて敗れるということを認めないカルト宗教的体質になっていた。日本が負けるとというとそれは反国家として憲兵にとらえられる。それは原発の安全神話と酷似していたのである。安全神話に逆らうものは国家に逆らうものとなっていて取り締まられていたのである。安全神話であり事故がないということから出発しているから安全対策もする必要がないのだ。戦争でも負けることがあるということを前提にしていないからずるずると徹底抗戦になり最悪の状態で終戦になったのである。指導者は敗戦になることを知っていたが敗戦の決断ができなかったのである。また決断する人がいなかった。ただずるずると事態が悪化するのに何もできなかったのである。これは原発事故でもそうだった。


●事故の認識の甘さ


危機的状況にあった福島第一原発2号機に海水を注入しようと準備していた発電所の現場に対して、東電本店が、もったいないからなるべく粘って真水を待つという選択肢はないのかと言っていたことが、明らかに、なりました


あとで原発が使いなくなり損するからだと言っていたことでもわかる。清水社長がコストカッタ-として社長になったと同じく緊急事態でもコストカット的利益優先になっていたのだから驚く。事故に関してもその程度の認識しかなかったのである。深刻に感じていなかった。これは戦争ともにている。どれだけ人間が死ぬ深刻な状態だったかそれを考えればどうにかしてやめねばならないと思考になった。原発事故でも本当に深刻になったら多数の人が被曝して大変なことになるということが認識されていない、原発が損傷して会社の損になるという思考しかなかった。政府でもどう対処していいかわからなかった。なぜならそもそも安全神話で作ってきた原発であり事故のことなど想定していないからである。だからスピ-ディを最初に知らせたのはアメリカだった。アメリカの指示を受けようとしていたのだから日本政府は何も対処できない、ただ右往左往するだけである。最後は消防隊で決死で水をまくとか特攻隊と同じだった。これも戦争のときとにていたのである。指導者の愚かさ無策から最後は特攻隊として命が犠牲にされたのである。


●平時と緊急時の対応は全く違う


戦国時代のようであったら緊急時の体制なのだからそういう体制や思想が生まれる。しかし平和になり平時が長くつづくと緊急時に対する対処ができない、その時情報が混乱して知っていても決断ができずただずるずると事態が悪化するのをみているだけになる。これは日本だけではない、人間の弱点なのだ。いつも緊急時に備えることはできない、津浪でもそうである。家でも古くなって地震に危ないと言っても簡単に建て替えるわけにいかない、ずるずると古い家に住んでいてそして地震で神戸のように古い家が軒並み倒れた。原発でもそうである。すでに古い型のマ-ク1は40年過ぎて老朽化していた。他も老朽化しているがコストカットしか頭にない経営陣はそれをやめるわけにはいかない、事故になるまでも使いつづける。そういう利益優先が会社である。これが別に原発のような危険なものでないならそれほど問題にならないだろう。原発の事故は致命的になるから他の対処方法でやっていけない代物だったのである。

しかし会社はあくまでも利益優先主義になる。政府も東電に指導される方だったのである。日本の敗戦を見てきた人がまた日本では同じことが起こると予言していたがその通りになった。日本自体が戦争のときと体質的に機能的にも変わっていない、緊急時の体制が備わっていない、緊急時の時、会議して議論しているより早く決断することが望まれる。しかしそれができないようになっている。特に民主主義の体制では特に緊急時には効果を発揮しない体制にある。
民主主義は話し合いだと平等だとか誰か指揮官がいて命令するような体制を作りにくいのである。

だからまたこれからも日本では同じことが起きる。何ら日本自体緊急時に備えるものがないからである。そういう体制も思想もないのである。そのことは津浪でもそうだった。400年に一度は起きていたのだからそれなりの備えがあっても良かった。しかし400年前はもう遠い過去でありまるっきり忘れていたのである。津浪も長い目で見れば定期的に起こるものであり突発的に起こる、予想し得ないものではなかった。日本ではそれがわかっていたはずなのに備えがなかったのである。

posted by 老鶯 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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