2012年08月14日

芙蓉(原町の福寿園に入る)



芙蓉(原町の福寿園に入る)

himawarinakaniwa.jpg


静けさや遠くにひびく秋の蝉

淋しさや津浪の跡に秋の蝉
朝の蝉原町までや走りゆく
朝の雨庭に休みぬ揚羽かな


中庭にひまわり咲きて朝顔やホ-ムの老人朝椅子に座る

朝静か芙蓉の花に優雅にも揚羽舞いつつ去りにけるかな

原町の福寿園は大きい、外から見ると大きく見えないが奥深い、長い廊下をわたって一番奥がショ-トスティの部屋だった。ただここは窓際でないから居心地が悪い、そこにも中庭があるのだが小さく花が咲いていない、老人ホ-ムなどはやはり中庭など自然環境をとりいれたものが過ごしやすい、病院でも窓際でないと外が見えないのでいやされないのである。南相馬市立病院には一か月いてそのことをプログで書いてきた。この福寿園も建物が立派だから気持ちいい、それでもこれだけ大きいのに広いのに定員百人くらいだとするとぜいたくだと思った。4人部屋だったが個室もある。百人くらいの収容者に対して40人くらい働いているかもしれない、それだけの人がいるからどこでも老人ホ-ムは300人待ちとか入れないのである。この辺ではどこもさらに条件が悪い、津浪やら原発事故で老人をあづかってもらいたいという人がふえたのである。だから隣の人は中通りの老人ホ-ムで18万で入っているという、他でも老人ホ-ムはなかなか入れなくなっている。


全国的に40万人くらい待っているとか入れないのである。その一つが100人の収容者に対して40人くらい働く人が必要なことなのだ。そうならないと国の認可がおりないとか介護保険の適用を受けられないとかなる。そうしてあとの大多数は老人ホ-ムにはますます入れない、そして自宅で介護してください、看取ってくださいとなっているのだ。もう少し金のかからないそれほど手厚いものにしないならもっと多く収容できる。そういう施設がもはや緊急的にも必要なのである。何らか介護に困った人が集まり作らねばならなくるような状態である。建物もあんなに立派ではとても作れない、また必要ないだろう。あれもこの辺では原発マネ-が多少入っているのかとも思う。相馬市の長屋風の老人用住宅は一人が二部屋あることがいい、一部屋だと荷物を置くのにも困る。あういうふうなものが高齢化では必要なのだがあれでも建物がアメリカの会社から寄付されたからできたのである。建物だけで金がかかりすぎるのである。イギリスのシェルタ-ドハウスなとは理想的に見える。それぞれに庭をもてるからだ。


ただ理想の老人ホ-ムなどないし老後もありえない、のんびり椅子に座り中庭の花など見ているのは幸せのうよでもそうでもないだろう。家で死にたいというときつくづく女性にとって家がアイディンティティを長年かけて作ってきたところだからそうなる。嫁はまさに女と家なのである。家にあってこそ存在感があった。今は家が大家族でなくて老人夫婦は若い人とと別に暮らすことが多くなった。そのときも女性の存在感はアイデインティティは断たれる。寝ていても少しでも食器などを洗い役に立つ、何もしなくても家にいるだけでなお存在感がある。そこが施設とは違っている。施設では何でもしてくれるがただそうして世話されるだけのものとなる。その施設ではアイデインティティをもつことはむずかしい。なぜなら家は長く暮らしたところであり家と人が一体化しているからだ。


中庭にひまわりが咲き朝顔を咲いているのは老人ホ-ムらしい、朝顔は老人ホ-ムらしい、でもただ座っているだけなのが老人ホ-ムなのである。自分としてはこういうところでは本読んだり書き物したりしにくいから仕事の場としては家が必要である。ただ病気になったりしたら世話する人がいないから困るのである。

原町までは電動自転車で通える距離にある。朝260円の定食があるからあそこの牛丼屋は便利である。鹿島にはない、あういう場所があれば食事は一人暮らしでも困らない、食事を用意するのがめんどうである。老人ホ-ムでは一人一人にあった食事すら出すから食事はいいのである。自分は食事の用意ができない、朝の納豆定食でもオロシに小魚をまじえたものを出しているのがいい、料理を多少してみてそうした脇に添えるものが大事だったのである。それがなかなか用意できないのである。


原町は暮らしやすいことは確かである。ただ新田川より真野川の方がいい、草深くて川らしい川である。町の中を流れているのも違っている。何でもないようだが真野川はいい川である。相馬市の宇多川も小さい川で川らしくない、真野川は上流まで長くいい川である。ただ宇多川も上流は副霊山まであったことは発見だった。草深く老鶯がなく・・・それで老鶯を俳号としたのが自分だった。小さな街でもそれぞれ何かしかの自然でも文化でも歴史でも特徴があるのだ。この辺では真野川はいい川である。街の中心を流れているのがいいのである。ただ便利なものがないので暮らしにくいことはいえる。


芙蓉の花は大きい、その花に朝に優雅に揚羽待っている。朝は雨がふったので庭にしばし止まっていた。黄色の揚羽でもナミアゲハはキアゲハがあった。キアゲハはひれに紅い色がついている。ナミアゲハはついていない、雨で庭に休んでいたのはナミアゲハだった。蝶は見ているだけでも何とも優雅で気持ちがいい、とまっても飛んでいてもその舞いは優雅であり魅了される。それは女性よりも美しく感じる。どうしても人間の場合はすべてがいいとはならない、悪しきものがそこには交じっている。薔薇には刺がある。蝶には自然にはそういうことがないからいいのである。


秋の蝉というときすでに津浪の被害から二年目の盆である。その跡は今もなんとも淋しい、特に磯部とか海老とか烏崎とかほぼ全滅したところは淋しい、荒寥としている。八沢浦とか右田浜は家が少なかったからそういうふうに感じないのである。だから八沢浦が美しい入江にもどったというとき本当に家が確かにあったにしろ田になっているところには何軒かしかなかった。津浪では家が密集しているところばかりみているから凄惨なものとしてばかりみていたのである。家が密集していたところは今でも何ら変わっていない、荒寥としてその状態は変わらないのである。


プログは日記である。記録することに意味がある。あとでその日記読み返すと忘れたことを思い出す、俳句や短歌でも自分の作ったものさえ忘れているものが多いのである。文章でもそうである。人間は忘れやすいから記録することに意味がある。プログは他人にとって意味があるがまず自分にとって記録することに意味がある。

芙蓉と揚羽蝶
http://musubu3.sblo.jp/

詩はこちらにまとめています、ごらんください

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/57586769
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック