2012年07月13日

楽は苦のもと苦は楽のもと (文明の便利さになれた生活が原発事故になった)

 

楽は苦のもと苦は楽のもと

(文明の便利さになれた生活が原発事故になった)

何事においても厳しい環境にいた方が、次に楽になるし、
楽な環境に甘んじていたら、次にしんどい思いをすることになる。


楽は苦のもと、苦は、楽のもとだ。

今、楽だな、幸せだなと思っている人は、少し厳しい環境に飛び込んでみたり、
しんどい事をしてみるといい。


下の部屋に新しいク-ラ-があったからかけた。それで今度はク-ラ-をやたらしていいのかと考えた。原発事故でみんな考えたろう。ボタン一つ押せば電気が使える、その安易さが電気はポタン一つで使える、ク−ラ−でも使える、炬燵も使える、電灯でも使える、要するに楽をできるということである。電気があるのが当たり前の生活になっていた。電気がどうして作られるのか、それを身近に真剣に考えた人はいないだろう。電気はあるものである、そして未だに故郷がなくなるなどと考えた人があるだろうか?家族はそれぞれの事情でなくなったりするけど故郷までなくなるということが想像した人もいないだろう。だけどこの辺ではそれが現実化しているのだ。飯館村が草ぼうぼうになっている。人は住んでいない、あれはやはり異様でありこの辺も草ぼうぼうでも人が住んでいるし日常の生活はある。飯館村にはない、ぼうぼうの草におおわれてしまう。その現実が信じられないのである。
それは避難している人が一番感じている。毎日泣いているいうのもわかる。あれをみたら途方に暮れてしまうだろう。家が草に夏草に埋もれてしまう異様な光景だった。確かに家でもヘビの棲家にもなってしまう。なんとか車が通っている所は道が生きている。でも村は死んでいる。草ぼうぼうだから冬より荒れ果てた感じがした。


結局人間は本当に個人的にも楽は苦のもとなのだ。自分の人生をふりかえっても楽すぎたから今の苦がある。食事がいつも用意してあるから食事はいつも用意されているものだと思っていた。その期間があまりにも長すぎたのである。ほとんど一生の時間がそういうふうに楽だったのである。一時路頭に迷ような生活をしたがそれも一時期だった。あとは楽すぎたのである。その期間が余りにも長すぎたから楽であることが普通だと当たり前だと習慣化していたのである。だからそういう楽している人は苦しい状態になるとかえって苦しい状態に耐えられない、なぜなら楽が習慣化しているからなぜこんなに苦しまねばならないのかと常に思いつづけるのである。それほど楽な状態が当たり前になりすぎていたのである。それは今回の原発事故でも言えた。電気は楽のもとであった。電気はボタン一つで使えるものだ、楽ができるものだと思っていた。電気がどういうものかどうして作られるのか、どういうコストがかかっているのか?そういうことを真剣に考えた人は専門家でないかぎりない、電気はボタン一つ押せば使えるものだと思っていたのである。

原発がなくてもそもそも電気を作るのにはそれなりのコストがかかっていた。電気の元はもともとは石油だった。石油は中東からタンカ−で運ばねばならないもので金がかかるものだった。石油が供給できなければ車さえ使えなくなる。石油が欲しくて戦争にもなる。命より石油の方が大事になる。それが電気を供給して楽の元になっていたのだ。電気は実際は高価なものだったが意識されなかったのである。楽の元になっているものが意識化されないことが今日の原発事故の原因にもなっていたのである。もし電気を手動で水をくむように手で回すように起こしていたら電気を起こすことは大変な労力だと意識する。ところが電気はそういうふうに意識されないから電気について真剣に考えないのである。


双葉町の人だったか大熊だったとか原発よりロウソクで一家で暮らせる方が良かったと言ったことでもわかる。故郷を失い家族がばらばらになりそれが意識された。原発は実際は高価なものでありそのために支払われていた代価は実際はとてつもなく大きなものだったのである。原子力は魔法のように電気を作り出すものではなかった。原子力で発電することは知能的にもそうだし大変な労力がかかり危険なものだった。それは確かに楽を作り出すものだったが苦を作り出す元でもあったのだ。

つまり楽は苦の元だったのである。双葉町辺りでも貧乏で藁に寝ていたとか言っていたがその苦も実際は楽の元になっていたかもしれない、いくらなんでも藁に寝るようなことにはならない時代がきていたからだ。それが原発で豊かな楽な暮らしができると思って実際にそうなったとき来るべき苦のもとになっていたのである。今の暮らしは確かに苦しい、でもこの暮らしでもいつか楽になる、これよりはましになるとか働いていればそれなりの豊さがきづけた。原発のような恩恵はないにしても藁に寝るような生活になっていなかった。楽をするコストのことリスクのこと真剣に考えさせられないからそうなった。ただ楽になる豊になるということだけを各自思い描いていた、その楽になる元についてはほとんど真剣に考えなかったのである。そこに便利な文明の落とし穴があったのである。


文明はあまりに便利だからその便利さを供給しているものが何なのか真剣に考えられないのである。働く−ハタラク−が端を楽にするという意味なのは働いている人が苦しいのを見ているからそういう言葉が生まれた。電気には文明にはそうした苦しいということが見えないのである。物を運ぶにも江戸時代なら天秤棒でありあれで良くかついでいけたものだと今になると信じられない、その距離も長すぎるからだ。一キロくらいならなんとかなるが今だととても想像すらできないのである。馬でも牛でも荷物を運ぶことは大変な労力が必要だったのである。そういうことが文明が発達すると目に見えなくなったのである。庭作りして重い石を人間の力だけ動かしたことには驚いた。こんな力がある人がいるのかと思った。でも機械で石をすえればそうは思わない、機械の操作がうまいなと思ってしまうのでありさほどそれが苦労しているようにもみえない、でも実際は機械で石を置くのにも危険なことがあると庭作りの人が書いている。事故につながる場合もある。ただ機械だと機械の操作の方に目が向くのである。
文章だって前のように手書きだったら書くこと自体相当な苦労だった。今だったらパソコンでなれた人はすいすいと文を書けるのである。だからそこには機械の操作にたけていると見ていて苦労だとは思わないのである。

車が物を運んで苦しんでいるななどと考える人はいない、でもガソリンで走るのだからそのガソリンを得るのは実際相当な苦労をしている。それが見えないのである。中東の危険地帯を通らねばならないのもそのためである。あの辺にかかわるといつ戦争になるかもしれない、ある人はアルジェリアまで石油をとるための交渉に行っていた。石油を確保すること原料を確保することはグロ−バルでありそれが大変な苦労になっているのだ。文明社会はそういうことが見えない、いろいろなことが見えず物だけが供給さているのである。バナナとるのにも汗だくの労働だったとか日本人の若者が言っていた。でもバナナなんか安いから簡単に楽に手に入るものだ、いつもあるものだと思ってしまうのである。

ともかく個人的にもそうだが楽は苦のもとになる。快楽なんかも一見楽なものであるが逆に苦痛になるときがある。楽なことは明かに苦に通じている。自分の楽は余りにも長すぎた結果として今の苦がある。浦島太郎の龍宮城伝説などもそうである。美女に囲まれて楽していたらいつのまにか年取っていた。煙のように龍宮城は消えてしまったのである。ショ−ペンハウエルのように苦こそが現実であり楽は快楽でもそれは苦の元になる。苦はやがて楽の元になる。それが確かに人生だったとなる。

すると苦の人生も実は楽の元であり今日のような原発事故で苦しむことがなかったかもしれない、
あまりにも容易な楽な生活にひたっていると楽が当たり前となり習慣化して苦があることを想像すらできなくなる。だから金持ちが没落したり地位あるものが没落することはそれを受け入れられないからかえって辛いことになる。でもそういう浮き沈みは人生には必ずある。楽で終わる人生はないのである。それは今の原発事故でも同じだったのである。

posted by 老鶯 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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