2012年07月13日

最近アマゾンで買ったもの(ニッチなものが売れる) (情報は連鎖して買いものもある時代)


最近アマゾンで買ったもの(ニッチなものが売れる)

(情報は連鎖して買いものもある時代)


最近買ったもの


アマゾンの電波時計 1800円
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電波時計だから時間をあわせる必要がない、温度計とアラ-ムがついている。アラ-ムは最初ピッピッピッ・・・と単調になりづけ今度はピピピピと激しくなり続ける。一様な音ではないのがいい、だからこれは小さくも目覚めやすい、持ち運びにも便利である。1800円では安かった。


36GBのUSBメモリ- 1600円


これも安いから買った。それほどいいものではない、近くの電器店では倍以上している。


みちのくの都 多賀城・松島 (よみがえる中世)

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見逃していたのは岩切が重要な中世に栄えた要所だったことである。奥大道の要所だったから歴史が積み重なっていたのだ。それを見逃していたのである。この本も知らなかった。仙台のこうとう台公園の近くの喫茶店をかねた古本屋に置いてあることをインタ-ネットで知った。でもアマゾンで安く買えた。これも情報の連鎖で買い物しているのである。ともかく岩切には一回行ってみる必要がある。


岩切について
http://www.city.sendai.jp/kyouiku/bunkazai/panfu/pdf/53.pdf


この年になるとあらゆるものの整理になる。人生自体が整理になる。本も整理することになる。こんな本読んだなとか読み返している。これはこういうことだったのかと深く読める。意外と本は何があるかわかりにくいのだ。そして地方では本は買いにくいものだったのである。今はアマゾンで古本でも何でも買える、アマゾンでないと買い物がかなりあるからアマゾンを利用する人がふえたのである。ただ余りに高いもの大型のものは買わない方がいい、軽いと思ったバッグが形は良かったのだか重かったとか手にとれないので失敗する場合がある。だから一万くらいまでの買い物に向いているのだ。椅子などでも大きさや座り心地まではわからないのである。

ともかく本も整理になるが人生そのものが整理になる、こんなことしたとか、過去をふりかえりその意味は何だったのかとか必ず反省する。その時人生とはこんなものだったのかと誰でも覚らされるのである。

自分の場合は変わったいたにしろ家は余りにも居心地が良すぎるところだったのだ。二人の女性が仕えていたし何不自由がなかった。今思うとつくづく楽だったな幸福だったなと思いかえす。その期間も実に長すぎたのである。今になってそれがすべて反転した。自分をみてくれるものは一人もいない、これも自業自得だった。人間は何であれ結局自業自得である。借金で苦しんでいる人は本当は自業自得である。金がないのに金を使っているからそうなる。病気すら自業自得なのかもしれない、酒を飲み無理をしていたら必ず年取ると体に影響して病気になりやすいのだ。これはすべてとは言えないがそういう傾向は一般的にある。不摂生の結果として病気になってくる。

原発事故だってこれも地元の人にも責任があり自業自得だと他から言われるのも一理あり否定はできない、原発で利益を他よりも得ていたのだから地元も悪いとなる。これは日本全体自業自得だともなる。そんな危険なものを放置していたのは国民に責任があるともなる。自分のようなものは自由に生きてきたのだから野垂れ死にしろと言われてもしょうがいかもしれない、それも自業自得である。本当は責任を他者のせいにするのは間違っている。いろいろ境遇があるにしろそうかもしれない、そして時間はもどってこない、後悔してももどってこない、青春などたちまち過ぎて遠い夢の世界になる。この世で一番貴重なものは時間でありその時間が一番消失しやすく取り戻すことができないのだ。だから青春を浪費したものは一生を浪費したともなる。


老人が一番欲しいものはとかキ-ワ-ドでくるがモノを欲しがっていると思っているが老人が欲しいものは時間であり時間で得られたものだったのである。時間など何もしないでも何をしてもすぐ過ぎてしまうのである。女性はたちつち老いて美貌を失うのも早い。それでも60代になっても化粧して男を求めているのが業なのだろう。実際は皺を隠しているが近づけば見える、若いときの姿はもうないのである。老人になるとこうした悪あがきがふえてくる。あきらめきれないのである。いくら若返ろうとしてもできないのである。老人はやはり心の方にその精力をシフトする、集中することになる。
外見はもうどうにもならない、ただ精神的に気品があれば体はだめでも美しいということがある。そういう美しさを目指すべきだったともなる。ともかく失われたときこそ千金の価値があったのである。

今日はむし暑い、こうなるとなかなか知的作業が進まない、頭を使うことが嫌になるのだ。こういうときは北海道が一番気候的にはいい、からっとしているしこうしたむし暑さがないからである。
posted by 老鶯 at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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