2012年07月04日

南相馬市鹿島区右田浜の消えた松原の貴重な写真



南相馬市鹿島区右田浜の消えた松原の貴重な写真

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この道のまっすぐ行った所の家は消失した

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これは火力発電所ができるまえの烏崎である。
この家が全部なくなった。


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これは真野川河口である。
河川改修する前の真野川河口で自然の状態があった
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これは河川改修する前の薬師堂への道である。
薬師堂は移動して残っている。
これも故郷の記録としてあった。


注意

クリックすると拡大して鮮明に見えます

他の写真も縮小してぼやけてみえていました

クリックすると鮮明に見えます



右田浜の松原が消えてしまったことは今でも信じられない、長年親しんできたしあの松原も百年くらいあったのか、それが一瞬にして津浪で消失した。こんなふうになるのだったらもっと記念に写真とっておけばよかったと思った。名残りを惜しんでいれば良かった。
右田の松原は松がそれなりに太くていい松原だと見ていた。松川浦の松原は松が細いのであまりいいと見ていなかった。ともかく今や松原を思い出すのは頭の中と写真しかない、写真がいかに貴重かわかる。記録として貴重なのである。烏崎の村は全部消失した。この写真は火力発電所ができるまえの自然のままの光景のときとっていたのがたまたま残っていた。今になるとこういう写真がいかに貴重かわかる。なぜならこの写真に写っている烏崎の家は全部なくなったからである。この写真をとったのはすでに30年前とかなのである。あの頃からよく自転車で原町に高台の道を通り行っていた。あの時は火力発電所がなかったから自然のままの砂浜が残っていたのである。その砂浜の写真はとっていなかったのが失敗だった。


他の人も写真をとっていたら貴重である。右田浜からまっすぐの道の北右田の家は消失した。
これも貴重である。他でもいい松原が消失したから思い出すのは写真くらいしかなくなった。

posted by 老鶯 at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係
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