2012年06月03日

菖蒲(相馬の見どころはどこに)


菖蒲(相馬の見どころはどこに)

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我が町の路地裏淋し墓所通り民宿一軒菖蒲咲くかな


町中の畑に菖蒲雨しとと今日この道我が通るかな


草深く鶯鳴けり雨しととわび住まいこそ我が町よけれ


白藤の咲きにしあとに白菖蒲咲きしもひそか墓所の道行く


草原に夕日の没るや黄菖蒲の咲きて田もなし花のみ映えぬ


人は去る町にもあわれ菖蒲咲く草原淋し夕日没るかも


二本の松の残りぬ港なれ船は来じかも鴨の浮かびぬ


(忘れな草)

忘れな草なお我が庭に咲き苧環の花は散りにきうつる季かな


忘れな草苧環とともに咲きにしを忘れな草の忘れざるかな


忘れな草おだまきの花と咲きにしをたれかしれるや忘れずにあれ


我が町というとき何か目立ったものもない、それでもそれなりに特徴がある。地域の地形はわかりにくい、日本の国の魅力は地形にあった。狭い地域でも地形が複雑なのである。山あり谷あり海ありと複雑なのである。そしてこの地形はなかなか一回くらきてはわかりにくいのだ。この辺でも南相馬市でも相馬市でもわかりにくい、地元に住んでいても意外とわからないのである。
橲原から橲原渓谷を通って大芦とか地蔵木の所は山が迫って落ち込んだような地形であり複雑である。あそこが秘境だったと言った時、山の狭間であり平坦な地がないから耕作には適していない、それでも人が住んだ。あそこが秘境だったということをまるで気づかなかったのは自動車が頻繁に通るようになったからである。それで写真をとった二輪草が咲いていた所には車からなげられたゴミがたまっていたで幻滅したのである。橲原は鹿島区の奥座敷であり大芦などは秘境だった。


隠処の 沢たづみなる 岩根ゆも 通して思ふ 君に逢はまくは

こもりづの さはたづみなる いはねゆも とほしてぞおもふ きみにあはまくは


こもっている・・岩根をながれてゆく水・・・こういう地形があそこだった。こういう地形は日本に多いのである。外国は渓谷のようなものが少ない、外国人が観光で行った渓谷は岩だけであり水もともしくあんなところが渓谷かと思った。でも外国人にはめずらしいものだったのである。日本ではありふれている。日本はだから自然では観光するには恵まれているのだ。満州のようなどこまでも平坦なとうもろこし畑にはうんざりしたからである。狭い地域でも地形が複雑だからあきないのである。歴史的には相馬の城に行く日立木の細道が魅力的である。日本は曲がった細道が多かった。まっすぐな道は少ない、だから奥の細道になった。


細道になり行声や寒念仏 蕪村


細道に消えてゆく姿がここにある。江戸時代の道は今の道とは全然違っていた。細道が多く曲がった道が多かったのである。田んぼすら曲がっていたから曲田(まがた)という地名が多いのである。
人間は今旅ができない、自転車で旅している人がいたけどたいがい六号線を旅しているからこの辺の地理もわからずに終わる。この辺の旅は海から山に向かってするものなのである。そうしなければ地理がわからない、地形もわからない、六号線だと日立木の旧街道も通らないからわからないのだ。
高速道路など通ったらさらにわからない、そこに細道は消えて旅の情緒は消える。鹿島区などでもまず海から山への道をたどると変化がある。橲原は奥座敷であり大芦などは秘境になる。八木沢峠を自転車で上って行った青年がいたけどあれは辛い、自転車の危険はあういう高すぎる峠があることなのだ。ただその峠を越えたとき確かに日本では本当に旅したことになるのだ。車で峠を一気に越えると峠を越えたという感覚がなくなるのである。峠が一つの記憶するポイントとなるのが日本なのである。霊山から行合道を通って佐須に入る峠もビュ-ポイントとなる。吾妻山が見えるからである。

結局日本は地形が複雑だから地名も複雑であり狭い地域でも地形的魅力はどこにでもある。ただこの辺では新地から仙台の方は魅力にともしい。阿武隈川にでると蔵王が見えるから地形的変化がでてくる。


峯の上も同じ月こそ照らすらめ所柄なるあはれなるべし 西行

日本ではどこにも所柄なるものがあり見える月も違ってくるのである。それだけ日本の地形には変化があるのだ。平原のような月だったらどこも変わりないと見えるかもしれないからだ。


ともかくこの辺はまた自然が変化してしまった。津浪の跡が草原化したのと原発事故で田んぼが放置されて草原化してしまったことである。この風景も何度も書いてきたけど不思議としかいいようがない。もっと不思議なのは警戒区域では人は入れないがそこも草原化して菖蒲などが咲いている。人がいなくなっても自然はおなじように知らず花は咲いている。人が知らない所にも花は咲いていた。
原始の状態はそうだった。その原始の状態にもどったという不思議がある。実際田んぼ人工的な風景だったのである。松原もそうだった。も

ともと松原も田んぼもない北海道のような湿地帯が原初の風景だったのである。そういう原初風景にもどったという不思議がある。

この辺はもともと歴史的に見る場所がない、わび住まいに適した場所だったのである。それでも別にみるべきものは自然はある。町には確かに一軒の民宿があるだけである。あそこの垣根には菖蒲が咲いている。あとは墓所の道を通り何もないといえばない、最近は仮設の店ができてにぎやかになったことである。田舎は自然は一回くらい来てみてもわかりにくい、岩手山とか目立った山などがあれば目印になるからわかりやすいが自然の魅力はわかりにくいのである。自分が書いたものを読めばとこがポイント多少わかるかもしれない、何もみるべきものがないじゃないかとなるが実際はどこの田舎でもみるべきものはある。だから田舎は一晩泊まるという観光ではなく一週間とか滞在するのに向いている。そうでないとただ通りすぎるだけになってしまう。
 
 
 
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