2012年05月25日

過酷な貧乏時代と原発事故 (変人であった山尾三省と猪狩満直の対比)

過酷な貧乏時代と原発事故

(変人であった山尾三省と猪狩満直の対比)

●食パンが贅沢だって・・・・


食パンの歌


たまに食パンを食べるのは 病人がでたときとか
思いもかけぬ金が入ってきたときとかである
家の中に食パン一本あると それだけでたいした幸福を感じる

日本中世界中どこへ行っても 人々は朝から晩までお金のことを考え
カライモより麦の飯、麦の飯より真っ白な食パン
けれどもそれは間違っている
僕たちはただ命の原郷を求めている
その原郷とは屋久島の樹齢七千年の縄文杉と呼び、
ある時はヤマト呼び 海と呼ぶ・・・・・


山尾三省が求めたものはそういうものである。都会生まれであったからこそ余計にそういう田舎を求めたのである。田舎に住んでいるものはそういうものは意識しない、求めもしない、当たり前だからである。田舎が求めたものはその逆である。カライモより麦の飯、麦の飯より真っ白な食パン・・・都会風な暮らしでありそれは現実化した。田舎の方が都会より贅沢している。家や広い庭があり車も一人一台とかもっている。だからええ、食パンがぜいたくだって・・・馬鹿な・・・食パンなんか田舎でも贅沢でもなんでもないよ、米を作っていても毎日食パンを食べているよ、食パンなんか安いもんだよ、この人は何を言っているんだ、今は江戸時代でも戦前でもないんだよ、戦前なら病人になってはじめて卵が食べられたとかある、今の時代食パンをぜいたくなどと言っているのは異常だよ、よほどの変人だ、むしろ変人として批判される。何でそんな生活をわざわざするんだよ、何か魂胆があるのか、そういう変わった生活を見せびらかして本を書いてもうけているんだろうとかさえなる。
それほど豊かな時代でそんな生活するのは異常であり変人であり何か魂胆があってのことだろうかとなる。実際に何でそこまでしなければならないのかという疑問もわく、別に何か現金収入になるもので働いて食パンくらい食べさせてもいいだろうとなる。どこの田舎でも今はそうしている。


ただ求めたものは原郷だということは共感する。その原郷が原発事故で失われたから余計にそう思う。贅沢を求めて原郷を失ったからこそそう思う人も多いだろう。ただでは食パンも食べられないような生活にもどるのかとなったら誰もそうはしない。それは現代では極端すぎるからだ。つまりそれほど現代の生活は贅沢になれた贅沢が当たり前となってしまった。だからわざわざそんな生活するのは変人でありなんでそんな貧乏生活見せつけるんだ、なんか魂胆があるのか、貧乏生活をドラマにしてテレビ局から金をもらっているのかともなる。そういうふうに見られてしまうのが現代なのである。誰もが日本でも貧乏時代が長かった。その貧乏から脱出するために延々と苦闘してきたからである。

●猪狩満直や三野混沌のどん底の貧乏


一方猪狩満直などは


貧乏は病気のおらを雪の中にひきずりだした
堅いい木
重いい鋸
鎌をふりあぐるたんび
おらは胸が痛いいい

かでをもってくるための
かでのために生を奪われるおらでないか
強制労働
おらは反抗する
あくまでも敵対する


貧乏でも病気でも働かねばならない切実さがここにはあった。都会からわざわざ北海道のような所にその当時は行かない、貧乏が働く場所がないために強いられたのである。その切実さの度合いが違っていた。戦前の農民の貧乏はどん底だった。地主階級をのぞいて農民の多くがどん底だったのである。そのどん底から脱出しようとあえいでいた。農民の生活は明治維新でも何ら変わらなかった。かえって地主階級に搾取されるようになったと言われる。明治維新で得したのは地主と一部の会社工場経営者、商業にたずさわった人たちだったとなる。ほとんどの農民は何ら改善されなかったのである。大正生まれの母の話でもその当時女中は金もらえるから良かったとか、製糸工場も金もらえるから良かったと言っている。現金収入になったから良かったのである。女工哀史というのも当時からすると見方が分かれる。現金収入になったのだから良かった、街に出てうまいものが食べられたから良かったという人もいる。一方で肺病をうつされて若くして死んだ人がいて悲惨だったという人もいる。

でも肺病は工場に働いている人だけではない、若い人がなりやすかったのである。これは外国でもそうである。その時代には時代のいい点と悪い点があった。それが今の時代からみて肺病になったから不幸だったとなる。今は肺病になる人がいないからそうみるのである。減反政策というのも当時の農民からすればそんなことありうるのかと想像すらできないことである。減反して国から補償金をもらった方がいいとなるのも考えられないことなのだ。農業に対する補助ができるのも国が豊になったからなのだ。

猪狩満直のような北海道に入った開拓者はその時特別なものではなかった。貧乏のどん底はみんな経験している。


一日を死んで
一日生きればいい
おれたちが
おれたちの体
おれたちの体ではない


こういうふうに極限の貧乏を生きていた。それは山尾三省のとは違った、そういう貧乏のどん底時代の切実なのものである。今のような時代
だったら猪狩満直でもそんな無理はしないし働く場所があるからわざわざ病気持ちなのにそんな過酷な場所で働かない。ただ山尾三省の妻も早死にしているし自分も六十二才で死んだのはそういう生活がたたったからかもしれない、でも別な道も選ばれていたのが現代でありそれはあえてそういう生活を選んだ。でもそこまでする必要があるのかという見方もある。猪狩満直の時代はみんながそういう貧乏を強いられていた。だからこそその生活は呪詛的なものとまでなった。もうどうにもならない怒りとなっていった。それは三野混沌でもそうである。農民の大半がそうだったのである。

辛苦をともにした妻も無理に無理をかさねたあげく病気で死んだ。入植して一年あまりだった。二人の幼い子供をおいて死んだ。これほど過酷だったのである。だから呪いともなっいった。


俺たちには火のような呪いがある
俺たちには石コロのような決意がある


まさにこれほど凄まじい怨念とも化していたのである。

上野霄里氏なども賢治よりそうした生活をした詩人に共感している。
だから猪狩満直などを知ったら涙を流して書いているだろう。そういう貧乏の時代に生まれたからである。だから貧乏の哲学をもっていたのである。自分の父親も病気になり死ぬ間際になり言い残した言葉がやっと刺身を食えるようなったが食いたくないということだった。病気で食欲がなく食えなかったのである。そういう貧乏の中に生きたのが大半だったのである。だから極端な貧乏の時代を今の時代に適応させることは何か変なものになる。なぜそんなことする必要があるのか、何か魂胆があるのか、貧乏を見せ物にして本を出して売るためとかまで思う人はいる。ちょっとアルバイトでもして食パンくらい食べたらいいだろうとなる。猪狩満直や三野混沌は厳しい現実そのものだった。山尾三省はあえて厳しい現実を作り出して生きた。だから作為的なものとして感じるから変人に見えるのである。江戸時代から戦前までそういう貧乏が当たり前でありそれが現代になるとめずらしいから話題にされるだけなのである。今どき貧乏暮らしするとそれは変人になる。着るものでも米くらいくれる人はいる。だからあえて余ったものすらいらないという生活は変人になる。でも人間は逆説的である。あまりに物がありすぎるということは心が貧しくなることにも通じていたのだ。


●豊かな時代は何にも感謝しない


受け取るものがない、両手で受ける   尾崎放哉


何もないからこそ受けられる。ありすぎるともらってもありがたいとも思わないのである。もっとくれもっとくれとなって何も感謝しなかった。そして金持ちだったらだましてでも金を得ようとする。今の人は物でも金でも例え与えても感謝する人はいない、ただ盗んでもだましてもともかく金を得ることでありそれしかないのである。何か与えられて感謝する人などいない、一般的に豊かな時代とはそういう時代なのである。それは神とか自然に感謝することもない、あって当たり前だ、神様よ、自然よ、たりないんだ、たりないんだ、何を感謝するというんだ、いろいろ今は金かかるんだよ、金なしではどうにもならんのだ、農業だけではどうにもならちん、家も車も教育費もかかるものがいくらでもある。とても農業だけではやっていけない、何に感謝するんだよ、・・・・延々とたりない、たりない、欲しい欲しいしかない、それは食糧かない時の猪狩満直や三野混沌の時代とは余りにも違う。食うのやっとの時代とはあまりにも違う。そこでの不満は理解できる。しかし今の時代の不満を神が許すか?何でそんなにたりないのか、いいかげんにしろよ、それが津浪になり原発事故になったのかもしれない、欲望はきりがないのだ。

当時はみんな厳しい貧乏生活を強いられた。だからなぜ今そんな貧乏生活をあえてするのかとなる。

彼は語る
地震で逃げてきた人たちに
何もできない高原をあてがった者があるんですな
草を刈るとあとが生えないというふ
薪にする木の一本もない土地で
幾家族も凍え死んだそうですな
(高村光太郎)


こんなことが北海道であった。関東大地震なのか、北海道は開拓する場所として土地があったからそうなった。十津川部落で災害で村ごと移住した。北海道はそういう入植者を受け入れる場所だった。ただそこで挫折した人も多い。過酷な場所でもあったのだ。外部の人も原発の避難車は補償されているから恵まれている。なぜあんなに金、金と金を要求するのだろうと批判している。当事者からすれば言い分はあるし自分にもある。でも外部から見ると津浪の避難者には賠償金は出ないからそう見えるのである。人間は誰でも金のことになれば貪欲になる。ただ外部から見ると原発避難者は恵まれていると見えるのである。そもそも中国辺りでは日本はあんな立派な仮設に入れとうらやましがっていた。中国での地震で死んだときそんな仮設住宅に入れないからである。日本はやはり豊なんだなとうらやましがっていた。原発避難者はそういうことが外部からみるとある。ただ内部からまた別な見方もある。そういうことは当事者でしかわからないからなかなか言えないのである。失ったものが実は金以上に大きいものがあったというのもある。それは金で計れないものでもあった。それは賠償すらできない、金をいくらもらっても故郷でつちかわれた思い出とか歴史を失ったら何もないと老人は思う。そこに内部のものと外部のものの見方の相違がある。それでも北海道に支援もなく凍死した人たちよりはいいとはなる。そういう事実をふりかえってみるのも歴史である。


●避難した人はただ生きがいとしての仕事を喪失したことが問題


一方この辺で起きている原発事故も深刻なのだけど実際はそうでもない、なぜなら補償金で働かないでバチンコしているとか批判があるからだ。現実にパチンコ屋が満員でそこが働き口になっているというのも異常である。猪狩満直のうよな切実なものはなにもない、かえって遊び暮らしているとなる。問題なのは金がないことでも明日食うものがないことでもない、働けないから生きがいがない、それで昼間から酒飲んでいるとかその方が問題になっている。だから「万葉集の歌と心境が一致する避難者」このペ-ジが読まれている不思議がある。


ひさかたの 天路は遠し なほなほに 家に帰りて 業(なり)を為(し)まさに 山上億良


これまでのように当たり前にしていた生活ができないことが問題になっている。別に食べることや寝ることには困っていないのである。賠償金も二十キロ圏内だと相当にもらえる。そんな金に代えられるかということはある。でも猪狩満直のような人と比べるとのんびりしたものなのである。もちろん賠償金ももらえず北海道に追いやられて凍死したという人も悲惨である。災害があっても貧乏な時代は国でも支援しないのである。そういう過酷な時代だったのである。

いづれにしろ猪狩満直のような三野混沌のうよな生活を考えたら双葉地域でも原発など誘致することもなかった。それなりに工場だって誘致できたし食パンくらいは食べられる。車だってもてただろう。出稼ぎしなければならないというがそれも現金収入になったのだからいいとも見れた。原発は安易なものとして誘致されたのである。そんな切実な貧乏ではない、高度成長時代は食パンくらい食べられるし車だってもてる、そういう時代だったのである。


日本中世界中どこへ行っても 人々は朝から晩までお金のことを考え
カライモより麦の飯、麦の飯より真っ白な食パン・・・


そういう限りない欲望を追求して原発を誘致した。原発事故で何兆円も補償するとかいかに事故後でも金になるかわかる。北海道の不毛の地にほうりだされるようなことはない。こうした時代の相違が普通だったら当たり前のことでも変人にしてしまう。ニ-トなどがいるのも高度成長時代にはかえっていない、働かない人はめずらしいし姿も見えない、話題にもならない、今の時代ほど働かない人がいる時代はない、退職した人をふくめて働かない人が若い人でも全体でも三分の一はいる。そういう豊かな時代である。一般的には田舎暮らしを志向しているのは退職金で趣味として農業をする人たちである。山尾三省のような人たちは変人である。ただそこに現代人が見失われたものを志向していた。それは見習うべきである。放射能の灰の中で生活するというのはやはり予見していたのである。
核戦争には反対でも原発の危険性は見逃されていた。でも具体的にそう思って生活していたというのは原発に危機感をもっていたからである。


未開の荒野に荒々しく挑んだ人たちがいる
それは実りならず挫折した
その才能も打ち砕かれ埋もれた
過酷な労働で妻は死に本人も若くして死んだ
そういう犠牲が歴史には多い
その人たちをふりかえる今もみる
いかに幸せなことか、何か不満があるのか
なんという贅沢、恵まれすぎている
一日生きればすべてのエネルギ-使い果たす
明日は考えられず寝込んでしまう
あんたたちのような生活を俺たちは夢見ていたんだよ
それ以上何を望むというんだ
原発も建ててもっと欲しい欲しいと・・・
その果てしない欲望にはあきれてしまう
だからお前たちは呪われたんだよ
俺たちの切実な呪いとは違う
俺たちの苦闘の生活は天も神も同情していたんだよ
お前の原発の贅沢な生活は同情しない
だから天罰があたったんだとも言われるのさ


原発は金のなる木であり政治家から官僚から科学者からマスコミから地元の人からあらゆる人がむらがった。だから危険をかえりみることもなくなっていた。金のなる木だったからである。
人間の限りない欲望の結果として原発ができた。その危険性は目をつぶり欲望を追求したのである。

posted by 老鶯 at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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